よろこびはその道から
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:宮本百合子 

夕暮
仕事につかれ
「赤と黒」とを手にもって
縁側に腰かけている
きょうも 空しいままに暮れた
わがよろこびの小径を眺めながら。

松の木と木の間をぬけて
草道はうねり
あっちの林へ消えている
その道の果はこの庭
この間の嵐で 松の落葉の散りしいた

この小径はよろこびの小径
夕方、六時が半分すぎた頃
この道から おかしな二輪車があらわれる
   草の上だから音もなく
樹間にちらつく俥夫の白シャツは
わたしの うれしい前じらせ
車がとまり
その幌のなかから
溢れ出す わたしのよろこび
この小径は よろこびの小径。

きょうも空しく暮れるよろこびの小径を眺め
わたしは考えている
ああ もし あした この小径に
あのよろこびが溢れ出したら
わたしは泣き出さないでいられようか、と。

 これは それほどわたしの
 よろこびの小径




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