顔を語る
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著者名:宮本百合子 

 どんなひとでも、はたからは、その人に似た人というものの話をきかされているだろうと思う。よく知っている者が、その似たというところの話されているのをきくと、案外、まるで似てもいないのに、とびっくりするようなこともある。私たちが互にひとの顔だちなどのどんな特徴をどうつかんでいるのかということは、一応はっきりしていそうでなかなかはっきり定(きま)ってしまえないものなのでもあろう。顔だちと、顔つきとは実に、微妙にからまりあっていて、而も一つのものではないのだから。
 自分の顔なんか、迚も自分で話せるものではないと思う。随分大した顔付をしていることもあるんでしょうから、どうぞあしからずと笑うしかないようなところがある。

 写真ずきと写真ぎらいとの心持の理由はいろいろあるだろう。私はフラッシュがいやで、つい堅くなる。自分にそれが向けられていなくても、音楽会などで近いところでそら、もうじきフラッシュが閃くぞと思うと、体が堅くなって来る。

 深夜の鏡にチラリとうつる自分の顔は、気味がわるくて、ちゃんと視たことがない。真夜中、おなかが空いて、茶の間へおりて来ると左手に丁度鏡があって、廊下からのぼんやりした光りで、その鈍く光る面をチラリと自分の横顔が掠める。それは自分の顔とわかっている。でも、その薄ぐらい中で覗きこんだら、覗きこむ自分の二つの眼も気味わるい。電燈をひねるまで真直を見て足さぐりで進む。

 人間のいい顔とはどんな顔つきをさすだろう。大なり小なり、自分以外のものごとにしんからの同感が溢れている時の顔、それはなかなか美しいものだと感じる。
〔一九四一年六月〕



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