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著者名:宮本百合子 

 去年の今頃はもう鎌倉に行っていた。鎌倉と云っても、大船と鎌倉駅との間、円覚寺の奥の方であった。不便極るところで、魚屋もろくに来ず、食べ物と云えば豆腐と胡瓜。家の風呂はポンプがこわれて駄目だから、夕方になると、円覚寺前の小料理やのようなところへ風呂と食事に出かけたりした。変な、構わない恰好をして行く途中踏切を横切る。よく東京から来た汽車に出会い、畑の中に佇み百姓娘のように通過する都会的窓々を見上げた。知った人が一瞬の間に、おや! と自分を認めたかもしれないと可笑しがった。今年は、郊外へ引越したし、多分何処へも行きはしなかろう。――行けぬという方が正しいが。
〔一九二六年八月〕



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