平和の願いは厳粛である
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著者名:宮本百合子 

 朝鮮に戦争がおこってから、世界じゅうの平和運動は目立って活溌になり、真剣さを加えた。日本の五人の名流婦人たちが、「非武装国日本女性の講和問題についての希望要項」をダレス国務省顧問に託して、アメリカの世論に平和を訴えたことは非常にいいことだった。文学、宗教、婦人運動、教育などの分野でそれぞれの業績を重ねて来ているこれらの婦人たちが、その母としての立場、主婦としての経験から、名誉ある彼女たちの知慧の叫びを街々のつましい主婦の声に結んで、世界に平和をアッピールしたことは、正しかった。世界の良心ある人々は、日本の代表的立場の婦人たちが平和を守ろうとして、その決意を示した声明をうけとって、はじめて彼らと共通な日本のヒューマニティというものを実感しただろうと思う。『女性改造』が、五人の婦人たちの声明を中心に、平和への希望のために多くの頁をさいていることもわたしたちすべての女性のきょうの要求にぴったりする。
 平塚らいてうさんが本紙のために書いていられる「非武装の平和」には、三度もくりかえし一つの言葉が叫ばれている。「わたくしたちの敵は戦争です。ただ戦争だけが敵なのです」そして最後に「わたくしたちの敵は戦争だけなのです」と。
 なおらいてう氏は、「非武装の平和」のなかで多くの行をさいて、ある種の平和運動と、五人の婦人たちが提唱した平和運動とのちがいを説明している。「敵の侵略は認めないが、味方の侵略はよしとする、敵の手から武器を奪うが、味方の手には与えるというこの不思議な平和運動は、わたくしたち非武装者の、敵をもたない平和運動からは、はっきり区別されなければならないものです」と。このただし書きも、こんにちでは実際的な意味をもっている。平和のために世界十数億の人々が立ち、原子兵器使用禁止のアッピールに数億の人が署名しつつある今日、どんな恥しらずの戦争火つけ人でも、「平和のために」という口実によらなければ、戦争という人類的犯罪に人々をかり立てることは不可能になって来ているからである。七月十二日の連合通信は、ロンドン十日発外電で、地獄の言葉をつたえている。
 フランス敗戦当時の首相レイノー、フランス元大臣シューマン、英国前外交顧問ヴァンシッター卿その他を委員とする、いわゆる「欧州問題研究委員会」は「長期に亙る犠牲の多い戦争を終結させるために朝鮮で原子爆弾を使用すべきである」という文書を、西欧各国政府におくった事実をつたえている。更に、この委員会は「モスクワ・レーニングラード・オデッサ・キエフその他の都市を原子爆弾で破壊すべきである」、「ウクライナとシベリア間数千マイル平方の土地を、ほのおに包まなくてはならない。」と提言しているのである。この委員会は、細菌兵器も禁止すべきではないとしている。味方の手には、あらゆる殺戮の武器を与えようとするこの種の平和運動者を指弾するらいてう氏の警告にはこのようにして事実の裏づけが見出されるのである。きょうの現実の間で「二つの世界」をいうならば、それは一方に真実世界平和のために努力しつつある人々の良心の世界があり、他の一方に、平和のための戦争挑発、平和のための原子兵器、細菌兵器使用をけしかける屠殺者的平和主義者の世界と、この「二つの世界」があるだけである。〔一九五〇年七月〕



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