ベリンスキーの眼力
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著者名:宮本百合子 

「『マクベス』はシェークスピアの最も大きな、そしてそれと共に最も怪奇な作品の一つである。この作では一方からは彼の創造的天才の巨大な力が全部反映し、他方からは彼が生活している世紀の野蛮さの全部が反映している」
「シェークスピアは世界が有したかぎりの、詩の領域に於けるすべての天才のうち最大のものであるかもしれない。しかし同等に彼は自分の時代の、自分の世紀の子であった。人間の理性が千年の夢からやっと目醒めかけたばかりの、ヨーロッパでは数千人の魔法使を焼き殺したところの、そして誰でも人間と魔の力との直接的関係の可能性を疑うものはなかったところの、そういう野蛮な世紀の子である」
「彼が自分のドラマの中に導入した凡ての荒唐無稽さにも拘らず『マクベス』はそれでも中世紀のゴシック風の寺院の如く巨大なる、絶大なる作品である」「人類の全世界史的発達の各々の瞬間は、同様に豊富なる収穫を詩のために与えるものだということの証拠である。今後二世紀が過て、或はそれより少い年月でもよいかもしれないが、吾々が今十六世紀の野蛮性に驚くように、人が十九世紀の野蛮性に驚くであろう時には、人は十九世紀に於てシェークスピアを発見しないが、しかしバイロンやジョルジュ・サンドを発見するだろう。そして、これは人類がその中で出口なしに廻転しているところの円周ではなくて、そこでは各々の後から来る円周が先行する円周よりも広汎であるところの螺旋である。吾々の世紀は十六世紀に対して、後から来る諸世紀がどういう点において十九世紀の野蛮性を見るべきであるかを予め知っているという重要な優越点を持っている」
 文芸評論家としてのベリンスキーの生々とした精神の精髄がここに現れている。ベリンスキーという人の存在が人類の発展にどういう歴史的な価値をもたらしたかということを理解する鍵がここにかくされている。そして、これらの明らかな理性と人間社会の未来への見とおしをもって語られている。言葉は、現世紀の読者に、おそらくは筆者の予想しなかったような複雑で具体的な展望を与える。何故ならば、現世紀の二十世紀野蛮さは、野蛮であることによって利益を蒙ることのない地球上の夥しい多数人民の心を深く傷ましめている。今世紀の野蛮性を、その社会的な原因の最も根蔕的な点にふれて剔抉(てっけつ)し、その根源をとりのぞいて成長することが切望されているからである。




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