作家研究ノート
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著者名:宮本百合子 

 一年ばかり前、ある雑誌にマクシム・ゴーリキイの今日までの生涯について伝記的な側から短いものを書いたことがあった。
 私はその小さい仕事をしている間に、ゴーリキイの生きかたやゴーリキイと何かの形で不断の接触を保ちつつゴーリキイを発展せしめると同時に、そのことによって大衆のうちに蔵されている巨大な階級的芸術の可能性の見本をひき出して行った、ロシアの階級的組織の底力というものに深く感銘したことがあった。
 後、暫くしてツルゲーネフの生活と作品との関係についてこれも短い一つの感想を書き、さらに『文学古典の再認識』でバルザックをうけもってから、私は自身の貧弱なこの種の仕事の経験を通じて、一つの意味深い印象を得ている。それは、偉大で才能ある過去、或は現在のブルジョア作家の一生とそこにのこされている文学的業績とから私達が遺産として価値あるものを獲て行こうと努力する場合、私たちの探求の中心は常にその作家の生活態度の中に現れ、従って各作品に鋭くふくまれて出ている諸矛盾の解明というところにおかれざるを得ないようになって来る。非常に天分ある大作家でも、矛盾相剋するブルジョア階級の世界観の環内に止っているところにあっては、文学的練磨がつみ重ねられ、才能が流暢に物語り出すにつれ益々その作家に現れる矛盾は、その作家自身にとって克服し難い妥協なく顕著なものとなって来る。私はバルザックにおいてそれを痛感したのであった。
 ゴーリキイの今日までの道を見ると、勿論複雑な矛盾は包蔵されていたのだが、彼の社会関係における態度と創作の実践を通じて仔細に見れば見るほど、私たちの前にはっきり現れて来るのは、ゴーリキイの社会的実践によってそれ等の矛盾が如何により高きものに統一され揚棄されて、今日の彼になっているかという点である。作家研究にあたって私に感じられたこの二様の方向は、さながらに二つの階級の本質であると、つきぬ興味を覚えるのである。




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