黄金の甕
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著者名:野口雨情 

 このお譚(はなし)は、わたしが少年の頃に、安寧寺と云ふお寺の和尚さんから聞いたお譚です。和尚さんは、いいか、この譚のもとは、この村に、幾百年だか判らないほど古くから言ひ伝へてあつた譚ぢや、忘れずにゐてくれ――と、斯う云つて話されたのです。
 それ、ここから見えるあの田甫(たんぼ)ぢや、あれが、この村の開けないずつと往昔(むかし)は一面の沼だつたのぢや、蘆(あし)や蒲(かば)が生え茂つてゐて、鳰(にほ)だの鴨だのが沢山ゐたもんぢや。今学校のある丘の上には、長鍬の長者と云ふ田が千町、畑が千町、山が千町合せて三千町の土地を持つた豪(えら)い長者が住んでをつたのぢや。
 ある日、長者が櫓(やぐら)へあがつて沼の中を見渡すと、沼の中には一羽の白鳥が餌をあさつてゐたのぢや。長者は、急にその白鳥がほしくなつて、下僕(しもべ)にいひつけて射らせたのぢや。矢は白鳥にあたつて白鳥は死んで了つたのぢやが、その白鳥が車の庄といふ、これも素晴しい物持ちの長者が家で大切がつておいた白鳥だつたのぢや。
 さア、斯うなると車の庄から長鍬の長者がところへ『何故、白鳥を殺したか』と談判(かけあひ)の使者(つかひ)が来た、長鍬の長者の方では『沼の中にゐた野鳥だから射殺したまでで、談判なぞ受ける覚えはない』と答へたのぢや。
 使者(つかひ)が帰つて、その通り話すと、車の庄の長者は『白鳥を射殺しておきながら、けしからん言分(いひぶん)ぢや』と怒つて了つたのぢや。それが因(もと)で、たうとう戦(いくさ)になつたのぢや。いいか。五月雨(さみだれ)の降る晩に、車の庄の長者は、八百人の家来をつれて、長鍬長者が屋敷へ押し寄せて来たのぢや。長鍬の長者の方でも、四方の門を閉め切つて、七日七夜も戦つたのぢや。怪俄(けが)人は出来る、死人は出来る、いやはや目も当てられぬ激しい戦(いくさ)だつたのぢや。
 丁度、八日目の夜明け方に、長鍬の長者はたうとう攻め落されて了つたぢや。その時長者は、黄金(こがね)の甕を下僕(しもべ)に負(しよ)はせて、今もこの村の真中に流れてゐるあの川の岸まで落ちのびて来たのぢやが、毎日の五月雨(さみだれ)で水は増してゐるし、橋も舟もないし、困り切つてゐると、車の庄の家来は、後から後から追ひかけて来たのぢや。長者は、せめて黄金の甕だけでも敵に渡すまいと、急いで河原の土を掘つて埋めて了つたのぢや。そのまま長者も下僕も討死にして了つたから、黄金の甕を埋めたことも、埋めた場所も、誰一人知らずに幾百年も幾百年も過ぎて了つたのぢや。
 それからだんだん歳がたつて、沼は田甫(たんぼ)になるし、家の数は増えて来るし、まるつ切りこの村が変つて了つた、今からおよそ百年も前ぢやが、あの川縁へ、跛(びつこ)の一ツ目小僧が出たのぢや。

今にも、ざんぶりこ
長鍬様の
長者が 恋し

と、うたひながら一ツ目小僧は、人さへ通れば、片足を川へ踏みはづしさうに、ぴツこりぴツこりと歩いたもんぢや。
 それが村中の評判になつて、川縁を通るものが一人もなくなつて了つたのぢや。その頃この寺の檀家に藤右衛門と云ふのがあつて『俺が一つ見とどけてやらう』と出かけていつたのぢや。矢ツ張り一ツ目小僧は『今にも、ざんぶりこ……』とうたひながら、ぴツこりぴツこり歩いてゐたぢや。藤右衛門は『何処(どこ)へ行くか見とどけてやらう』と後からついて行つたのぢや。一ツ目小僧は、

藤右衛門どんよ ここだ ここだ
ざんぶりこ ざんぶりこ

と、ぎよろツと藤右衛門の方を睨めて消えて了つたぢや。藤右衛門は不思議に思つて其処へ行つて見ると、黄金(こがね)の甕が今にも川へ落ちさうになつてあつたのぢや。
 和尚さんは、話し終つて『黄金の甕が、永い歳月(としつき)のうちに川へ落ちさうになつたので、一ツ目小僧に化けて人に知らせたのぢや。いいか、判つたか』
と念を押して云はれたのです。




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