大菩薩峠
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著者名:中里介山 

         一

 信濃の国、白骨(しらほね)の温泉――これをハッコツと読ませたのは、いつの頃、誰にはじまったものか知らん。
 先年、大菩薩峠の著者が、白骨温泉に遊んだ時、机竜之助のような業縁(ごうえん)もなく、お雪ちゃんのようにかしずいてくれる人もない御当人は、独去独来の道を一本の金剛杖に託して、飄然(ひょうぜん)として一夜を白槽(しらふね)の湯に明かし、その翌日は乗鞍を越えて飛騨(ひだ)へ出ようとして、草鞋(わらじ)のひもを結びながら宿の亭主に問うて言うことには、
「いったい、この白骨の温泉は、シラホネがいいのか、シラフネが正しいのか」
 亭主がこれに答えて言うことには、
「シラフネが本当なんですよ、シラフネがなまってシラホネになりました……シラホネならまだいいが、近頃はハッコツという人が多くなっていけません――お客様によってはかつぎますからね」
 シラホネをハッコツと呼びならわしたのは、大菩薩峠の著者あたりも、その一半の責めを負うべきものかも知れない。よって内心に多少の恐縮の思いを抱いて、この宿を出たのであったが、シラホネにしても、ハッコツにしても、かつぐどうりは同じようなものではないか。こんなことから、殺生小屋を衛生小屋と改めてみたり、悲峠(かなしとうげ)をおめでた峠とかえてみたりするようなことになってはたまらない。
 そんなことまで心配してみたが、きょうこのごろ、風のたよりに聞くと、白骨の温泉では、どうか大菩薩峠の著者にもぜひ来て泊ってもらいたい、ここには四軒、宿屋があるから、一軒に一晩ずつ泊っても四晩泊れる――と、何かしらの好意を伝えてくれとか、くれるなとか、ことわりがあったそうである。してみれば、ハッコツの呼び名が宣伝になって、宿屋商売の上にいくらかの利き目が眼前に現われたものとも思われる。しかし、宣伝と、提灯(ちょうちん)が、どう間違っても、白骨の温泉が別府となり、熱海となる気づかいはあるまい。まして日本アルプスの名もまだ生れてはいないし、主脈の高山峻嶺とても、伝説に似た二三の高僧連の遊錫(ゆうしゃく)のあとを記録にとどめているに過ぎないし、物を温むる湯場(ゆば)も、空が冷えれば、人は逃げるように里に下る時とところなのですから、ある夜のすさびに、北原賢次が筆を取って、
白狼河北音書絶(白狼河北、音書(いんしょ)絶えたり)
丹鳳城南秋夜長(丹鳳城南、秋夜(しゅうや)長し)
と壁に書きなぐった文字そのものが、如実に時の寂寥(せきりょう)と、人の無聊(ぶりょう)とを、物語っているようであります。
 その時、その温泉に冬越しをしようという人々――それはあのいやなおばさんと、その男妾(おとこめかけ)の浅吉との横死(おうし)を別としては、前巻以来に増しも減りもしない。
 お雪ちゃんの一行と、池田良斎の一行と、俳諧師(はいかいし)と、山の案内人と、猟師と、宿の番人と、それから最近に面(かお)を見せた山の通人――ともかくも、こんなに多くの、かなり雑多な種類の人が、ここで冬を越そうとは、この温泉はじまって以来、例のないことかも知れません。
 そこで、この一軒の宿屋のうちの冬籠(ふゆごも)りが、ある時は炉辺の春となり、ある時は湯槽(ゆぶね)に話の花が咲き、あるときはしめやかな講義の席となり、ある日は俳諧の軽妙に興がわくといったような賑わいが、不足なく保たれているのだから、外はいかに寒くなろうとも、この湯のさめない限り、この冬籠りに退屈の色は見えません。
 ことに、この冬籠りに無くてならぬのはお雪ちゃんであります。見ようによれば、お雪ちゃんあるがゆえに、この荒涼たる秋夜に、不断の春があると見れば見られるのであります。誰にもよいお雪ちゃん――どうかすると、このごろめっきり感傷的になって、ひそかに泣いているのを見るという者もあるが、それでも表に現われたところは、いつも気立てのよい、人をそらさぬ、つくろわぬ愛嬌(あいきょう)に充ち満ちた微笑を、誰に向っても惜しむことのないお雪ちゃん――
 お雪ちゃんは今、柳の間で縫取りをしている。
 縫取りといっても、ここでは道具立てをしてかかるわけにはゆかないから、ただあり合せの黒いびろうどに、白の絹糸でもって、胡蝶(こちょう)の形を縫い出して楽しんでいるまでのことです。手すさみに絵をかいて楽しむような気持で、針を運ばせながら、浮き上って来る物の形に、自分だけの興味を催して、自己満足をしているまでのこと――風呂敷には狭いし、帛紗(ふくさ)には大きい。縫い上げて、自家用にしようか、贈り物にしようかなどの心配はあと廻しにして。
 物を縫うている女の形を見れば、それが若くとも処女というものはない。否(いな)、娘というものはない。Wife(ワイフ) という文字には、物を縫う女という意味があるそうですが、いかなる若い娘さんをでも、そこへ連れて来て縫物をさせてごらんなさい。それはもう、娘ではない、妻である。否、妻であるほかの形に見ようとしても、見えないものであります。
 自然、悍婦(かんぷ)も、驕婦(きょうふ)も、物を縫うている瞬間だけは、良妻であり、賢婦であることのほかには見えない。
 自分の娘を、いつまでも子供にしておきたいならば、縫物をさせてはならない。
 老嬢の自覚を心ねたく思う女は、決して針さしに手を触れないがよろしい。
 独身のさびしさを心に悩む男は、淫婦(いんぷ)を見ようとも、針を持つ女を見てはいけない。だが、安心してよいことには、お雪ちゃんがこうして針を持っているところを、誰ひとり見ている者はないし、お雪ちゃんとても、誰に見せようとの心中立てでもなく、無心に針を運んでいるうちに、無心に歌が出て来る。心無くして興に乗る歌だから、鼻唄(はなうた)といったようなものでしょう。
 それはお雪ちゃんが、名取(なとり)に近いところまでやったという長唄(ながうた)でもない。好きで覚えた新内(しんない)の一節でもない。幼い時分から多少の感化を受けて来た、そうして日本のあらゆる声楽の基礎ともいうべき声明(しょうみょう)のリズムに、浄瑠璃(じょうるり)の訛(なま)りがかかったような調子で、無心に歌われる歌詞を聞いていると、万葉集でした。
 このごろ中、心にかけて習っている万葉集の中の歌が、そこはかとなく、例の声明と、浄瑠璃のリズムで、お雪ちゃんの鼻唄となって、いわば運針の伴奏をなして現われて来るらしい。
巌(いはほ)すら
行きとほるべき
ますらをも
恋てふことは
後(のち)悔いにけり
 これだけはリズムの節調ではなく、散文の口調(くちょう)で、すらすらと口をついて出でました。
 なぜか、お雪ちゃんはこの歌が好きです。それは歌の心が好きなのではなく、口当りがいいから、それで思わず繰返されるのかも知れない。そうでなければ、相聞(そうもん)の歌では、これがいちばん男性的であるというような意味で、良斎先生の愛誦(あいしょう)となっているところから、その口うつしが、思わず知らず、お雪ちゃんの口癖になっているのかも知れない。
 万葉の歌は上代の歌人の――上代の歌人とのみいわず、すべての人類の血と肉との叫びであります。人生に、恋にいて恋を歌うほど苦しいものはなく、恋を知らずして、恋歌をうたうほど無邪気なものはありますまい。
 その時、湯槽(ゆぶね)の方で高らかに笑う男の声がする――まもなく、トントンとかなり足踏みを荒く三階の梯子(はしご)を上る人の足音がする。もしやとお雪ちゃんは狼狽(ろうばい)しました。ここへ誰か訪ねて来るのではないか知ら。あの遠慮のない北原さんでも押しかけて来るのか知ら……それではと、あわただしく縫取りを押片づけて心構えをしていましたが、足音はそれだけで止んで、ここへ渡って来る人もありません。
 来(きた)るべき人が来ないと思うと、淋しさはまさるものです。ことに、あれほど荒っぽく三階の梯子段を踏み鳴らしながら、上ったのか、下りたのか、それっきり立消えがしてしまったのでは、徒(いたず)らに人に気を持たせるばかりのものです。
 いやなおばさんと、男妾(おとこめかけ)の浅吉とがいなくなってから後、この三階は、わたしたちで占領しているようなもの。上ったならば、当然、わたしたちを訪れる人であろうのに……立消えになってしまった。
 お雪ちゃんは、また縫とりをとり上げる気にもならず、相聞の歌を繰返す気にもならず、手持無沙汰のかげんで、しばらく所在なくしていたが――その時、ゾッと寒気(さむけ)がしたものですから、急いで、ぬぎっぱなして置いた黄八丈の丹前を取って羽織りかけ、そうして、こたつのそばへずっと膝を進めて、からだをすぼめて、両手を差しこんで、ずっと向うのふすまを見つめたままでいました。
 この時、湯槽は急に賑(にぎ)わしくなって、高笑いと、無駄話の声までが、手に取るように響いて来ますけれども、お雪ちゃんはそこへ行ってみようという気にはなりません。
 以前は、誰がいても遠慮なく入って行ったものですが、このごろは、どうしたものか、なるべく人目を避けるようにして、誰も入っていない時をねらうようにしては、こっそりと、お湯につかるようになりました。
 それというのは、いつぞやあのいやなおばさんから、からかわれて、乳が黒いといわれたのが、突き刺されたように胸の中に透っているものですから、それが気になって、昨日までは、人に見せても恥かしくないと思っていたこの肌が、今日は、自分で見るさえも恐ろしくなることがあるのです。
 お雪ちゃんの不安はそのところから始まりました――それがない時には、無邪気に、晴れやかに、誰にも同じように愛嬌(あいきょう)を見せ、同じように可愛がられているお雪ちゃんが――ふとそのことに思い当ると、暗くなります。
 何ともいえない不安がこみ上げて、こんなはずはない、そんなことがあろうはずはないと、さんざんに打消してはみますが、打消しきれないで、とうとう泣いてしまうことが、この頃中、幾度か知れません。
 ああ、弁信さんが言う通り、こんなことから、わたしは、生きてこの白骨の温泉を帰ることができないのかも知れない――あれは、わたしの身の上の予言ではなくて、その運命は、いやなおばさんだの、意気地のない浅吉さんだのが、代って受けてくれてしまったのではないか。今に始まったことでない弁信さんの取越し苦労――それを他事(よそごと)に聞いていたのが、追々にわが身に酬(むく)って来るのではないか。それがために、お雪は書いても届ける由のない、届いても見せるすべのない盲目法師(めくらほうし)の弁信に向って、ひまにまかせては手紙を書いているのは、ただこの心の不安と苦悶(くもん)とを、他に向っては訴える由もないからです。
 つい今まで、晴れ晴れしていたお雪ちゃんの心が、また暗くなりました。
 ぼんやりと、見るともなしにふすまを見つめていた眼から、涙がハラハラとこぼれました。ついに堪(こら)えられなくなって、面(かお)もこたつのふとんの上に埋めて、なきじゃくってしまいました。
 だが、自分ながら、なんでそんなに悲しいのだかわかりません。身に覚えがない、何も知らない、と自分で自分をおさえつけていながら、それがおさえきれないで泣いてしまう心持が、どうしてもわかりません。
 そこでお雪ちゃんは、思い入り泣いてしまいましたが、身を入れていたこたつの火が消えてしまっているというのを知ったのは、その後のことでありました。
 ああ、火が消えてしまった。それでもお雪ちゃんは少しの間、身動きもしなかったが、やがて立ち上って、炭入と十能を取って、丹前を引っかけたまま、障子をあけて廊下へ出ました。

         二

 お雪ちゃんが、炭取と十能を持って外へ出たのは、自分の冷めた炬燵(こたつ)へ、新しく火と炭とを追加のためかと思うとそうでもなく、静かに廊下を通って、右へ鍵の手に廻ったいちばん奥の部屋まで来て見ました。
 そこへ来ると、上草履(うわぞうり)が綺麗(きれい)に一足脱ぎ揃えてあるのを見て、ホッと安心したような思い入れで、外からそっと障子を引き、
「お休みでございますか」
「いいえ、起きていますよ」
「御免下さいまし」
 お雪は障子を引開けて中へ入りました。ここは松の間というけれども、実は源氏の間とでもいった方がふさわしいのでしょう、十余畳も敷けるかなり広い一間ですが、その襖(ふすま)の腰にはいっぱいに源氏香が散らしてある。
「めっきり、お寒くなりました」
「寒くなったね」
 室の主というのは机竜之助であります。竜之助も同じような丹前を羽織って、片肱(かたひじ)を炬燵の上に置いて、頬杖(ほおづえ)をしながら、こちらを向いて、かしこまっておりました。
 何を考えるでもなし、考えないでもなし、白骨の湯にさらされて、本来蒼白(そうはく)そのものの面(おもて)が、いっそう蒼白に冴(さ)えているようなものだが、思いなしか、その白い冴えた面に、このごろは光沢というほどでもないが、一脈の堅実が動いていると見れば見られるでしょう。例の五分月代(ごぶさかやき)も、相当に手入れが届いて、底知れず沈んでいること、死の面影(おもかげ)のようにやつれていることは、以前に少しも変らないが、どこかにかがやかしい色が無いではない。
 お雪ちゃんは、前へ廻って、そっと炬燵(こたつ)のふとんを開いて手を入れてみて、
「まあ、先生、すっかり火が消えてしまっているじゃありませんか、お呼び下さればいいのに」
と言いました。この娘は自分の炬燵が冷めたのに驚いて、他のことを心配して、ここへまで調べに来て見ると、これは全く火の気が絶えている。
 この人は、長い間、こうして火のない炬燵によりかかって、うつらうつらとしているのだ、かわいそうに……
 お雪ちゃんは、済まない心持になって、炭取を下に置くと、十能だけを持って、自分の部屋へ取ってかえしました。そうして、自分の炬燵から火種をうつそうとしてみたが、これもあいにく、小指ほどの塊(かたまり)と、蛍ほどのが総計五個もあるぐらいで、とてもこれでは、他の火勢を加える足(た)しにならないとあきらめて、でも、その五個ばかりの火を、丹念に十能の上に置いたまま、その十能を大事に持って、三階の梯子段を下におりてゆきました。土間の炉辺まで行って、烈々たる炭塊を十分に持ち来らんがためであるに違いない。
 残された竜之助は、この時、クルリとこたつの方へ向き直って、やぐらの上へ両肱(りょうひじ)をのせて、てのひらで面(かお)をかくして、じっとうなだれてしまいました。
 こうしている姿をごらんなさい。心は無心でも、姿そのものが何を語っているか。
 ああ、おれはもう、生きることに倦怠した……とうめいているのか。
 生きていることが不思議だ……と呆(あき)れているのか。
 いやいや、おれはまだまだ生きる。自分が生きるということは、つまり人を殺すことだ……何の運命が、何の天罰が、この強烈なる生の力を遮(さえぎ)る……と叫んでいるのか。
 さりとは長い長夜(ちょうや)の眠りだ。もういいかげんで眼をさましたらどうだ。
 いつの世に永き眠りの夢さめて驚くことのあらんとすらん――と西行法師が歌っている。誰か来(きた)って、この無明長夜(むみょうちょうや)の眠りをさます者はないか……かれは、天上、人間、地獄、餓鬼、畜生に向って、呼びかけているかとも見られる。
 その時、お雪ちゃんが火を持って来ました。それを上手に組み合わせて、自然に、おこるようにして置いて、灰をかけ、蒲団(ふとん)をかぶせて、お雪ちゃんも、多少遠慮をして、炬燵の一方に手をさし込んであたりながら、
「先生、これからは、もう当分外へ出られません。おひとりでこうしておいでになって、淋しいとは思わない、つまらないとはお思いになりませんか」
「思ったって、仕方がないじゃないか」
「仕方がないっていえば、それまでですけれど……わたしはほんとうに、あなたをかわいそうだと思うことがありますのよ」
「思うことがあるだけじゃつまらない、いつでも思ってくれなくちゃあ」
「でも、怖いと思うこともありますのよ、憎らしいと思うこともありますのよ……そうしてどうかすると、心からかわいそうだと思って、涙をこぼすこともありますのよ。どれが、本当のあなたの姿だか、どれが本当のわたしの心だか、これがわからなくなってしまいます」
 お雪ちゃんはこういっているうちに、またなんとなく悲しくなりました。
 しかしまた気を引立てて、
「先生、きょうは一日、お傍でお話をお聞き申しとうございます。お邪魔にはなりません……お邪魔にならなければ、わたし、自分の部屋へ帰って縫取りを持って参りますから、それをやりながら、ゆっくりお話を伺おうではありませんか」
 こう言って、お雪ちゃんはこたつから出て、自分の部屋へ縫取りを取りに行きました。
 その間に竜之助は、横になって、長いきせるをかきよせて、こたつの火を煙草にうつして、腹ばいながら一ぷくのみました。
 机竜之助は煙草を一ぷくのんでしまって、吸殻を手さぐりで煙草盆の灰吹の中に、ていねいにはたき、それから暫く打吟じて、二ふく目の煙草をひねろうとするでもなく、そのまま長煙管(ながぎせる)を、指の先で二廻しばかり廻してみました。
 何か縫取物をとりに行ったはずのお雪ちゃんが、存外手間がとれる。待ちこがれているわけでもないが、ちょっと行って、すぐ戻るはずの人が、存外時間をとるのは、多少共に気を腐らせるものです。
 来なければ来ないでいいが、来るといってそこへ出た人が、容易に来ないのは、人をじらすようにもあたる。お雪ちゃんという娘が、決して人をじらすようには出来ていないのだが、故意でないにしても、偶然であるにしても、女は人をじらすように出来ているのかも知れない。
 ところで、その間のちょっとした穴明きの所在に、竜之助は長煙管をカセに使っている。で、二三度クルクルと指の先で廻してみた長煙管を、今度はピッタリと自分の頬に当てて、ヒタヒタと叩いてみました。
 無論、これは寝ていての芸当で、そう食うほどに煙草が好きというわけではないから、自然、煙管の方が扱いごろの相手になります。
 ちぇッ、長い煙管がどうしたというのだ。
 ふと、かれの眼前に、都島原の廓(くるわ)の里が湧いて出でました。
 島原がどうした?
 朱羅宇(しゅらう)の長い煙管の吸附け煙草がどうした。
 ははあ――御簾(みす)の間(ま)から扇の間へ出る柱のあの刀痕(かたなきず)――まざまざと眼の底には残るが、あれが机竜之助のした業だと誰がいう。その時分には、おれも眼が明いていたのだ。あの里の太夫というもの――京美人の粋といったようなものにも、おれだって見参(げんざん)していないという限りはない。
 さあ、それがどうした。
 東男(あずまおとこ)を気取ったやからが、かなりいい気な耽溺(たんでき)をしていたたあいなさ。
 まあしかし、そのたあいないところが身上だ、少しの間でも溺れ得る人は幸いだ、売り物の色香にさえも、つかのまでも酔い得る間が、人生の花というものだな。
 おれは酔えない――おれは溺れることができない。
 不幸だ、この上もなく不幸だ。
 竜之助は、朱羅宇(しゅらう)でも、金張(きんばり)でもない、ただの真鍮(しんちゅう)の長煙管で、ヒタヒタと自分の頬をたたきながら、我と我身を冷笑するのは、今にはじまったことではありません。
 その時です、ちょうど、この室から幾間かを隔てた――多分三階ではありますまい、二階の菖蒲(あやめ)の間(ま)あたりでしょう。そこで、
「デーン」
と張りきれるような三味線の音がしました。眼の働きを失って、しかして、耳の感覚が敏感になったというのみではなく、こんな静かなところで、思い設けぬ音(ね)を聞かされた時は、誰だって耳をそばだてます。
 いわんや、それが引きつづいてかなりの手だれな調子で、デンデンデンデンと引きほごされてゆくと、机竜之助の空想もその中に引込まれて、
「珍しいなア、太棹(ふとざお)をやっている」
 全く珍しいことです。日本アルプスの麓(ふもと)の、ほとんど人音(ひとおと)絶えた雪の中で、よし温泉場とはいいながら、不意に太棹の音を聞かせようなんぞとは、心憎いいたずらには相違ない。
 といって、必ずしも、それは妖怪変化(ようかいへんげ)の為す業(わざ)でもあるまい。何といっても温泉場は温泉場である。宿の主(あるじ)が気がきいて備えて置いたか、或いはお客のある者が置残して行ったのを、いい無聊(ぶりょう)の慰めにかつぎ出して、手ずさみを試むる数寄者(すきもの)が、この頃の、不意の、雑多の、えたいの知れぬ白骨の冬籠(ふゆごも)り連(れん)のうちに、一人や二人、無いとはいえまい。
 例のお神楽師(かぐらし)にいでたつ一行のうちにも、然(しか)るべき音曲の堪能者(たんのうしゃ)が無いという限りはありますまい。

         三

 だが、その手は何を弾(ひ)いているのだか、正直のところ、机竜之助にはよくわからない。
 しかし、なかなかの手だれであることだけはよくわかる。
 そうだなあ、お染久松の野崎村のところに、あんな三味線の調子があったっけ――といって、それには限るまい。三味線の調子にもそれぞれ型というものがあって、それをいいかげんのところへ、つぎはぎして、そうして一曲をでっち上げるのだ。まあ、何だって大抵は手本の種はきまったものだ――少し数を聞いていれば、これは新しいというのは、ほとんど全く無いものだ。
 しかし、撥捌(ばちさば)きはあざやかだといってよかろう、なかなかの芸人が来ているな。
 太夫(たゆう)は語らないで、三味だけが聞える。それは竜之助が聞いて、野崎か知らと思った瞬間もあれば、そのほかの手も連続して出て来る。何がどうしてどこへハマるのだか、竜之助にはわからなくなる。竜之助にわからないのみならず、玄人(くろうと)でない限りは、その弾く手と節の変りを、いちいちそうていねいに説明するわけにはゆくまいではないか。
 ただ、弾き手自身は、よほど三味線そのものに興味を持っているところへ、思いがけなく、その好物を探し当てたものですから、ことに、無聊至極(ぶりょうしごく)に苦しみきっているためでしょうから、ふるいつくように三味にくいついて、自分の知っている、有らん限りの手という手を、弾きぬいて見る気かも知れません。竜之助とても、それを聞いて悪い気持はしない。太棹(ふとざお)は、やっぱりこのくらい離れて聞いた方がいいな、ことに、なまじいな太夫が入らないのがいい、三味線だけがいい――と、多少の好感を持つことができたのは幸いです。
 そこで、いつのまにか長煙管もほうり出して、肱枕(ひじまくら)になって、やはり、いい心持で弾(ひ)きまくっている三味線を聞いているところへ、ようやくのことにお雪ちゃんが戻って参りました。
「お待たせ申しました」
「長いじゃないか」
「でも、火をおこしますと、あんまりよくおこって勿体(もったい)ないものですから、これで安倍川(あべかわ)をこしらえて、あなたに差上げようという気になったものですから、つい……」
といって、お雪ちゃんは、片手には縫取りをかかえ込み、片手にはお盆に載せた安倍川をどっさり持って来たものです。
「一つ召上れ」
「これは御馳走さま」
 竜之助は起き上りました。
 そこで、炬燵櫓(こたつやぐら)の上で、二人はお取膳(とりぜん)の形で、安倍川を食べにかかりました。
 竜之助は、これは無邪気なものだと思いました。これが、「何もございませんが、一口(ひとくち)召上れな」と言って、お銚子(ちょうし)と洗肉(あらい)をつきつけられたところで、いやな気持はしないが、わざわざ安倍川をこしらえて来て食べさせるところが、お雪ちゃんらしいなと、竜之助も人間並みに、その御馳走が有難く見えたのでしょう。
 二人はこうして、さし向いで安倍川を食べながら、お雪ちゃんが、しかけて置いた鉄瓶の湯を急須(きゅうす)に注ぎました。
 安倍川を食べてしまうと、お雪ちゃんは縫取りを取り出して、例の胡蝶の模様を余念なく縫い取りにかかりました。
 その時分とても、下の三味線はいよいよ興に乗るので、針を運ぶお雪ちゃんの気もときめいて、
「池田先生のお弟子さんには、芸人がいらっしゃるわ――ずいぶん御熱心ね」
といって、自分も針を運びながら、その三味線の音色には聞き惚(ほ)れているらしい。
 机竜之助は、もう横にならないで、やぐらの上に頬杖をついたまま、キチンと坐って、沈黙しているのは御同然に、三味線の音色そのものに、暫しわれを忘るるの余裕を与えられているのかも知れません。
 ややあって、お雪ちゃんが、針の手を休めないで、
おととしの十月
中(なか)の亥(い)の子(こ)に
炬燵あけた祝いとて
ここで枕並べてこのかた
女房のふところには
鬼がすむか蛇(じゃ)がすむか
それほど心残りなら
泣かしゃんせ
泣かしゃんせ
その涙が
蜆川(しじみがわ)へ流れたら
小春が汲んで
飲みゃろうぞ
と三味線に合わせて口ずさみましたから、たれよりも最も多く机竜之助が驚きました。
 何だ――お前それを知っているのか、いつそんなことを覚えたのだね、小娘は油断がならない、と心底から驚いたかも知れません。
 それには頓着なく、お雪ちゃんは、ただもういい心持になっているようです。
 そうこうしている時に、さしもの三味線がやみました。誰も御苦労さまというものもなく、もう一段と所望する者もない。
 一息入れてまた弾き出すかと思うと、それで全く一段の終りです。
「お雪ちゃん、今のを、もう一ぺん歌ってごらんなさい」
と竜之助が言いました。
「でも……」
 お雪ちゃんがハニカミながら、
「あのイヤなおばさんが、よくこれを語りますから、わたしもつい覚えてしまったんですもの……それに浅吉さんもなかなか上手でしたわ、どうかすると、三味線もよく弾いていました」
「感心なものだ」
「泣かしゃんせ、泣かしゃんせ……あそこのところがなかなかようござんすね。あのイヤなおばさん、あんな様子をしていながら、いい声でしたよ。どうかすると、わたしたちでさえほれぼれするようないい声を出して、あのさわりを語りました」
 お雪ちゃんは相変らず余念なく、縫取りの針を運ぶように見せながら、
それほど心残りなら
泣かしゃんせ
泣かしゃんせ
その涙が
蜆川(しじみがわ)へ流れたら
小春が汲んで
飲みゃろうぞ
 別段得意にもならないで、たのまれたから繰返してお聞かせ申す、というわけでもなく、素直にそのさわりのアンコールを繰返すところは、たあいないものです。
「それから……」
 竜之助がそのあとを所望すると、
あんまりむごい治兵衛さま
なんぼお前がどのような
せつない義理があるとても
二人の子供は
お前なんともないかいな……
 ここへ来て、お雪ちゃんがどういうものか、しくしくと泣いて、あとがつづけられなくなりました。竜之助は憮然(ぶぜん)として、もうそのあとを所望はしません。
 お雪ちゃんは、どうしたものか、とうとう縫取りを投げ出して、炬燵(こたつ)の上にうつぶしになって、聞えるほどの声を出して泣いてしまいました。
「どうしたの……」
「二人の子供は、お前なんともないかいな……というところで泣けました、泣けて泣けて、仕方がありません」
 お雪ちゃんは、わっと泣いてしまいました。この娘が近頃、感傷的になっているというのは、多分こんなところをいうのでしょう。
 三界流転(さんがいるてん)のうち、離れ難きぞ恩愛の絆(きずな)なる――といったような、子を持った親でなければわからない感情のために、お雪ちゃんが泣きました。
 子を持った親でなければわからない感情のために、子を持たぬお雪ちゃんが泣くくらいだから、少なくとも子を持って、人の親として経験を経てまでいる竜之助はいかに。
 単に小娘の口ずさむ浄瑠璃(じょうるり)のさわりの一ふしぐらいに、やすやすと涙を流すほどの男ならば、文句はあるまいに、それが、どうしたものか、横をむいてしまいました。
 もし、彼の見えないところの眼底に、この時、一点の涙があるならば、それは春秋の筆法で慶応三年秋八月、近松門左衛門、机竜之助を泣かしむ……というようなことになるのだが、泣いているのだか、あざけっているのだか、わかったものではない。
 お雪ちゃんは、何が悲しいのか泣いている。竜之助は何ともいわないで、横を向いたまま静かにしている。
 そうして、しめやかな沈黙がかなり長くつづいた時分に、以前の柳の間の廊下の方で、
「お雪ちゃん、お雪ちゃん」
と呼びながら廊下を渡って来る人。そこにいないものだから、たしかにここと、バタバタと草履(ぞうり)を引きずりながら、
「お雪ちゃん、こちらにおいででしたね、ちょっと」
「久助さんですか」
「はい」
 姿は見えないけれども久助に違いないから、お雪はあわててその涙の面(おもて)を隠そうとした時、
「あの、皆さんが、俳諧の運座をはじめますから、お雪ちゃんにも、ぜひ、いらっしって下さいって……」

         四

 その日の午後の浴室。北原賢次は板の間の上で、軽石で足のかかとをこすり、小西新蔵は湯槽(ゆぶね)のふちにぼんのくぼをのせて、いい気持になっている。
 窓越しに、初冬の日の光が浴室いっぱいにさしている。
 この二人は、どちらも池田良斎の一行で、この白骨の湯で冬籠(ふゆごも)りをし、春の来(きた)るのを待って、飛騨の方面へ飛躍しようとする一味の者。
「お雪ちゃんは、とうとう運座へ出て来なかったね」
 湯槽のふちにぼんのくぼをのせて、いい心持につかっていた小西新蔵が言う。
「うむ、出て来なかった。あの娘はこのごろ少しどうかしているよ」
と北原賢次が、かかとをこすりながら答える。
「そうだ、快活なあの娘が、このごろ少しふさいでいる、呼ばないでも出て来て、われわれを賑(にぎ)わしたあの子が、めっきり引込思案になってしまったのは気になるよ」
 そこで二分間ばかり話が切れ、
「あの娘は看病に来ているんだよ――病人を連れて来てるんだね、その方が忙しいんだろう」
「え……病人を連れて、あの久助という老人のほかに、あの娘に連れがあったのかい」
「あったにもなんにも……だが、誰もまだ同じ宿にいながら、その人の姿を見た者が無いんだ、よほどの重体で枕が上らないんだろう」
「なるほど……その看病でお雪ちゃんが出て来られないのだな」
「多分、そんなことだろうと思う」
「それは何人(なにびと)だろう、あの娘の身うちの者か、それとも……」
「さっぱり正体がわからないんだ、また、強(し)いて尋ねても悪かろうと遠慮もしているが、とにかく、身内の者には相違あるまい」
「近親の看病のためにふさいでいるならいいが……万一ほかの事情であの娘の性格が一変するようでは、かわいそうだ、あんな性格の娘は、どこまでもあのままで保護存養して行きたい」
「そうでなくてさえ、このごろは番人がヒヤヒヤしている、飛騨の高山の者だというあの油ぎった後家(ごけ)さんと、その男妾(おとこめかけ)の浅吉とやらが変死してから……留守番や、山の案内がこわがっている、この上、お雪ちゃんでも病みつこうものなら、鐙小屋(あぶみごや)の神主でも祓(はら)いきれまいよ」
 二人は、いい気持で、こんな噂(うわさ)をしているが、窓の上高く、三階の勾欄(てすり)のあたりを見上げた時、何かこの晴れ渡った白骨温泉場の空気の底に、抜け穴があって、張りきったものが、そこから無限の下へもれて行くような気持がしないでもない。
 かかとをこすり終った北原賢次も、何かちょっとそんな気分にさわったことがあると見え、
「時に、根も葉もあるではないが……あのお雪ちゃんが、妊娠しているという噂を聞かないかい」
「え……妊娠、あの娘が」
 小西新蔵が、ちょっと枕を立て直す……そこで二人の会話が、また五分間ばかり途絶(とだ)える。
 やがて、声高に、笑談まじりに、二人は何か話しはじめたが、ばったりと立消えになってしまうと、暫くあって、森閑たる浴室の外へ聞えるのは、小西新蔵がやや得意になって、
聞くならく
雲南(うんなん)に瀘水(ろすい)あり
椒花(せうか)落つる時、瘴煙(しやうえん)起る
大軍徒渉(とせふ)、水、湯の如し
未(いま)だ十人を過ぎずして
二三は死す……
と断続して、「且(しばら)ク喜ブ、老身今独(ひと)リ在リ、然(しか)ラザレバ当時瀘水ノ頭(ほとり)、身死シテ魂孤(こ)ニ骨収メラレズ、マサニ雲南望郷ノ鬼トナルベシ……」と、急転直下、朗読体に変って行ったのが、白日の浴室の中に、恨みを引いて糸の如し、と見れば見られないこともないのです。
 果して、お雪ちゃんはその日一日を、源氏の間で暮してしまいました。
 暗くなって帰る時、ちゃんと竜之助のそばへ行燈(あんどん)をつけて、自分の部屋へ帰り、そこでまた行燈をつけて、炬燵(こたつ)のうずみ火を掻(か)き起して、やぐらの上へ頬ずりをするほどに身を押しつけてしまったくらいですから、別段、あわてた素振(そぶり)も、うろたえた様子も見えません。
 けれども、そこで、ぐったりとして、改めて仕事にかかろうでもなし、別に蒲団(ふとん)をのべて寝ようとするでもありません。
 じっと、炬燵櫓(こたつやぐら)の上に身を押しつけたままで、動くことさえがおっくうのように見えました。
 こうして、半時ばかりも、じっとしている間に、ひとりでにお雪ちゃんの眼が、涙でいっぱいになりました。
 いっぱいになった涙が、ハラハラと頬を伝って流れましたけれども、それを拭おうともしない間に、相次いでの感情がこみ上げて来ると見えて、ついつい本当に泣いてしまいました。本当に泣くと、ここでは、思うさま、誰に遠慮もなく、泣いて泣いて、泣けるだけ泣いてしまいました。
 若い娘は箸(はし)のころんだのにも笑いたがると共に、葦(あし)の葉の傷(いた)めるのにも泣きたがるものです。
 お雪ちゃんという子は、今まであまり泣きたがらない子でありました。それは泣くべき必要がないからでした。誰をも同じように愛し、同じように愛されている者に、泣くべき隙間の起るはずがありません。
 お雪ちゃんは、その晩、改まって床に就いたのか、就かないのかわかりませんでしたが、翌朝になると、かいがいしいみなりをして、机に向って一心に物を書きはじめました。

「弁信さん――」
 弁信の名は、まさしくこの娘のためには救いであるらしい。
「苦しうございます――」
と、お雪ちゃんが書き出したのは、少なくとも異例です。
「苦しうございます、あなたのおっしゃる通りの運命が、わたしの上に落ちて参りました。
穂高、乗鞍、笠ヶ岳の雪が日一日と、この白骨の温泉の上を圧して来ますように、わたくしの胸が……ああ、弁信さん、わたしは、もうトテも筆を取って物を書いているに堪えられません。
弁信さん――
どうぞ、わたしのそばに来ていて下さい。あなたがいなければ、わたしは助からないかもしれません――殺されてしまいましょう」

 一方、お雪ちゃんが帰ってからの机竜之助は、行燈(あんどん)の下で暫くぼんやりとしておりました。
 行燈の光なんぞは、有っても無くってもいいわけですが、それでも、有れば有るだけに、何かしらの温か味が、身に添わないという限りもありません。
 暫くぼんやりとしていたが、やがて無雑作(むぞうさ)に左の手を伸ばすと、水を掻(か)くように掻きよせたものが、かなり長い袋入りの一品であります。
 この人のことだから、それは問うまでもなく、手慣れの業物(わざもの)と思うと案外、その黒い袋入りの一品を手にとって、クルクルと打紐(うちひも)を解いて取り出したのは、尋常一様の一管の尺八でありました。
 極めて簡単にそれを引き出して、歌口を湿してみましたが、相応に興も乗ったと見えて、いずまいを直して、吹き出したのを聞いていると「竹調べ」です。
 机竜之助は、どの程度まで尺八を堪能(たんのう)か知らないが、おそらく、この男が、この世における唯一の音楽の知己としては、これを措(お)いてはありますまい。
 これは父から習い覚えたものです。父は幼少の竜之助に、本曲のほかは教えませんでした。竜之助もまた、父の教えた本曲のほかには、何を習おうともしませんでしたから、知っているのは本曲ばかり。興に乗って吹いてみるのも、興に乗らずして手ずさみに笛を取ってみる時も、やはり本曲。
 つまり、本曲のほかには、吹くことも知らず、吹こうともしませんでした。
 といって、本曲、そのものの玄旨に傾倒して、他を顧みずというほどに、妙味がわかって吹くというわけでもないのです。父から、やかましい伝来の由緒を、教えられるには教えられたけれど、そんなことは、てんで頭へは寄せつけなかったくらいだから、頭に残っている由がありません。
 ただ、ここで思い起すのは、父が尺八の師であった青梅鈴法寺(れいほうじ)の高橋空山が、ふと門附(かどづけ)に来て吹いた「竹調べ」が、ついにわが父をして短笛(たんてき)というものに、浮身をやつすほどのあこがれを持たしめてしまったことです。
 ここにヅグリという手があって、これはなかなかやかましい。これがうまく出来なければ虚無僧(こむそう)ではない……といったのはそれ。自分は虚無僧になるつもりはない、父も虚無僧にするつもりで教え込んだのではないが、この手が妙味で、ここが難所という時は、意地でもそれをこなそうと勉めた覚えはある。
「錦風波(きんぷうは)」の吹き方は、日本海の荒海のように豪壮で、淡泊で、しかもその中に、切々たる哀情が豊かに籠(こも)っている。そうしてどこにか、落城の折の、法螺(ほら)の音を聞くような、悲痛の思いが人の腸(はらわた)を断つ……山形の臥竜軒派では、これをこう吹いて……
 それにつけても思い起す、父が尺八というものに対する、あこがれと、理解の程度の、尋常一様でなかったことを。
 高橋空山師と計(はか)って、附近の虚空院鈴法寺の衰えたるをおこさんとして果さなかった。あの寺は関東の虚無僧寺の触頭(ふれがしら)、活惣派の本山。下総(しもうさ)の一月寺、京都の明暗寺と相並んで、普化(ふけ)宗門の由緒ある寺。あれをあのままにしておくのは惜しいと、病床にある父が、幾たびその感慨を洩らしたか知れない。自分が孝子ならば、その高橋空山という父の師なる人を探し当てて、そうして父の遺志をついで、あの寺を再興するようなことにでもならば、追善供養として、これに越すものはなかろうに……
 父はまたよく言った、人間の心霊を吹き得る楽器として、尺八ほどのものは無く、人間の心霊を吹き現わし得る楽器として、尺八ほどのものは無いと――父といえども、世界の楽器の総てを知りつくしたわけではなかろうが、以てそのあこがれの程度を想い知ることができる。
「竹調べ」から「鉢返し」――「鉢返し」から「盤渉(ばんしき)」
 世界もちょうど――平調(ひょうじょう)から盤渉にめぐるの時――心ありや、心なしや、この音色。

         五

 宇津木兵馬は、今宵月明に乗じて中房(なかぶさ)を出で、松本平の方へ歩みます。
 どうして、特に月明の夜を選んだか知らないが、その足どりから見れば、中房の温泉にも望みを失して、すごすごともと来し道を引返す心のうちが、察せられないでもありません。
 それにしても、歩みぶりが甚だ悠長(ゆうちょう)で、旅装(たびよそおい)は常習のことだから、五分もすきはないが、両腕を胸に組んで、うつらうつらと歩いて行く歩みぶりは、いくら月明の夜だからといって、案外な寛怠(かんたい)ぶりであります。
 兵馬は、それでも、少し自分の足が早過ぎたなという心持で、振返って立ちどまると、後ろに一つ、うつむいて草鞋(わらじ)の紐(ひも)を結び直すらしい人影がある。
 さては伴(つれ)がある――察する通り、その伴の人は、杖を下に置いて、しきりに草鞋の紐を結び直しているものに相違ない。
「どうです、うまく結べますかな」
と兵馬が、寛怠ぶりで問いかけると、
「結べやしませんわ、結んでも結んでも、解けてしまうんですもの」
 それは女の声であります。
「ちぇッ、世話を焼かせるなあ」
と兵馬が、少しじれったがりました。
「でも仕方がありませんわ、草鞋なんて、足につけたのは、今日が初めてなんですもの」
といって女は、しきりに草鞋の紐を結び直しているが、思うように結べないらしい。結んではみても、ためしてみると、足につかないで、また解きほごして、結び返しているものらしい。
 当人よりも、それを見ている兵馬が、もどかしがって、二三間小戻りをして来て、昼のような月明に、当の女の足もとを篤(とく)と透(す)かして見ました。
「そんな手つきじゃ、駄目駄目」
 兵馬は、ついにうつむいて、自分の手を女の足もとにかけて、その草鞋の紐を受取ってしまいました。
「済みません」
 女は手を束(つか)ねて、兵馬のなすところに信頼している。
「それ、ここをこうしてちにかけて、それから後ろで綾(あや)に組んで、前でこう結ぶのです。こんなことをしていた日には、一町も歩けば、横に曲ってしまう」
 草鞋の紐を結ぶということは、あながち、先輩長者に向ってすることだけではないらしい。やんちゃな、扱いの悪い、弱者に対して、そうしなければ道が行けないためしもあるに相違ない。
 兵馬は、こくめいに、この女のために草鞋の紐を結んでやりました。
「どうも有難うございました、穿(は)き心がすっかり違いますわ」
 女は菅(すげ)の笠をかぶって、女合羽を着て、手甲(てっこう)脚絆(きゃはん)をした、すっかり、旅の仕度の出来ているところ、兵馬とは十分しめし合わせた道づれのようであります。
 そこで兵馬は、先に立って歩き出したが、以前のように、両腕を胸に組み上げながら、悠々閑々(ゆうゆうかんかん)と歩いていても、それでも女は歩み遅れる。どうしても、二人の間が二間、三間と隔たりの出来るのは免れないらしい。
 これは行き過ぎたと思っては、踏みとどまって待受けて、また、そろそろ踏み出すと、忽(たちま)ちまた二三間の隔たりが生ずる。
「片柳様、誰も追いかけて来やしませんから、もう少しゆっくり歩いて下さいな」
と女が訴えました。
 兵馬としては、これより以上の寛怠(かんたい)はできないらしいが、その寛怠が女の足では、追従のできないほどの急速力とも見られるようです。
「その足で、松本までは覚束(おぼつか)ない」
 兵馬は憮然(ぶぜん)として突立って、念入りに女の足もとを見ました。
 これは、また奇妙なる一つの道行(みちゆき)といわねばならぬ。
 兵馬の道づれの女は、浅間の温泉で、芸者をしていた女であります。
 酔って、手古舞姿で、兵馬の室へ戸惑いをして一夜を明かしたために、大騒動を持上げた女であります。その結果、八面大王の葛籠(つづら)の中へ納められて、中房の温泉場へ隠された女であります。それを兵馬が、夜具蒲団の砦(とりで)の中で、偶然発見した女であります。
 この数日来――期せずして、どうも、兵馬の先廻りをして歩いているもののようです。
 今や、こうして、月明の夜、二人同じく旅よそおいをして、道を共にしてみれば、夫婦としては少し釣合いがまずいようだが、力弥(りきや)としては、兵馬に少し骨っぽいところがあり、小浪(こなみ)としては、この女に少し脂(あぶら)の乗ったところがあるようだが、誰がどう見ても、尋常の旅とは見えないでしょう。
 しかし、依然として二人の間は離れ過ぎている。待ち合わせても、待ち合わせても、いつか知らず二三間は隔たりが出来てくるのです。道行としては、こんな離れ離れの水臭(みずくさ)い道行というものがあるべきものではありません。
 兵馬がこうして、ついつい、連れの足弱を置去りにするような歩み方ばかりするのは、人目を気兼ねするのではなく、また、二人ばかりの山路の夜道に、人目を気兼ねする必要が毛頭あるのでもなく、ただ、兵馬の頭が、全く別なことを考えているから、足がふらふらとしてその空想に駆(か)られて、現実を忘れがちにするの結果と思われます。
「それじゃ駄目ですよ、松本どころではない、この先一里も覚束ない――困ったな」
 兵馬はまたも、立ちどまってつぶやきました。
「そんなに小言(こごと)をおっしゃらなくってもいいじゃありませんか、置去りになすったり、お小言をおっしゃったり、ほんとうにたよりのない道行……」
と女が息を切りました。
「仕方がない……」
 兵馬が、やはり途方に暮れた返答ぶりです。
 仕方がないといえば、全く仕方がない。ほかの道中と違って、馬や、駕籠(かご)をたのむ便宜もなし、そうかといって、自分が引背負って行くわけにもゆかず、万一の場合には、たたき起すべき旅籠屋(はやごや)すらも当分みつかるべき道ではない。そのくらいなら、いかに月明に乗じたとは言いながら、夜分、こうして出て来るがものはないじゃないか。だが、そのほかの理由で、二人が、馬も駕籠も借らずに、夜を選ばねばならなかった筋道は、相当にあるだろうと想われます。
 ただ、兵馬として案外なのは、女の足が弱過ぎたことです。想像以上に、この女の足が弱過ぎました。
 草鞋(わらじ)をつけたのは、生来これが初めて――それはよいとしても、一町行っては息を切り、二町歩いては休む、これで前途の旅をどうするのだ。
 前途といえば、二人はどこを目的(めあて)として行くのだ。さし当り、このまがいものの道行、離れ離れの水臭い道行も、行をともにしている以上は、落着くところもきまっていそうなものに思われる。
 兵馬としては、求むるものは、いつも与えられずして、求めざるものに、ついて廻られるような結果になる。ついて廻るならまだいいが、時としては、それに引きずられるような危なっかしいことさえしばしばあるのには困る。世間の事実は往々逆説になって、足の強いものが、足弱を引きずらないで、足弱が、健足のものを引きずるためしが、ザラにないとはいえない。
 兵馬としては、この予想外に足の弱い女を、自分が引きずりながら歩いているのだか、引きずられて困惑しているのだか、ちょっと、わからない立場でありましょう。
「もう歩けません、あなたお一人でいらっしゃい――どちらへでも」
といって、女は有明明神の社壇の下に、腰を下ろしてしまいました。
「ちぇッ」
 兵馬は眉(まゆ)をひそめて、突立っています。
 その時、暫く思案していた宇津木兵馬は、足を踏みならして、
「そうですか、では、あなたは疲れの休まるまで、休息していらっしゃい、拙者は、ひとりでブラブラと出かけます」
といって、彼はそこを歩き出してしまいました。
「まあ――ひどい人」
 女の驚愕(きょうがく)をあとにして、兵馬は以前の通り悠々閑々たる足どりで、両腕を胸に組んで歩き出します。日本アルプスの大屏風(おおびょうぶ)を背景にして、松本平を前に望むところ――孤影飄々(ひょうひょう)として歩み行くあとを、女が追いかけました。
「まあ、片柳様、あなたはほんとうに、わたしを打捨(うっちゃ)っておいでなさるのですか」
 兵馬はそれに答えずして、フラフラと歩いて行きます。片柳とは宇津木の変名。
「あんまり、ひどい」
 女は追いかけて、追いすがりました。
「それでは、あなた、約束が違やしませんか」
「約束とは?」
「わたしを救い出して下さる、あなたのお約束じゃありませんか」
「救い出す――いつ、わたしが、そんなことを言いましたか」
「あら、また、あんなことをおっしゃって……あなたをお力にすればこそ、こうして、わたしは、逃げ出して来たんじゃありませんか」
「人をたより過ぎてはいけません、拙者は人にたよられるほどの人間ではありません、人にたよりたいくらいの人間ですよ」
「では、わたしというものを、どうして下さるの……」
「浅間の、もとの主人まで送り届けるだけのことはします」
「それだけじゃいけません」
「いけませんといったって、それより以上のことは、拙者の役目にないことで、またしようとしてもできないことです」
「ねえ、あなた、浅間へ帰ると言いましたのは嘘なんですよ、わたしは、あんなところへ帰る気はありません」
「帰らなければ、どこへ行きます」
「わたしは、江戸へ帰りたいのです」
「それは事情が許しますまい、江戸へ帰るならば、帰るようにして帰らない以上は、迷惑が湧いて、災難を求めるようなものです」
「ただは帰れませんから、逃げて帰るよりほかはありません」
「一里二里も覚束ない足で、どうして江戸へ帰ります」
「ですから、わたしは、あなた様におすがり申しているじゃありませんか、どうぞ、このまま、わたしを連れて逃げて下さい」
「何をおっしゃる――そなたを連れて、拙者に江戸へ逃げろといわれるのですか」
「お江戸でいけなければ、どこでもようございます――京でも、大阪でも、いっそ、誰も知らない山の中でも、海の涯(はて)でも、どこでもようございますから、このまま、わたしを連れて逃げて下さいまし」
「なるほど」
 兵馬は、この間も、腕組みをして、悠々閑々と歩いていることを少しも止めないでいましたが、この時から、以前、二三間ずつは必ず離れていた女が、兵馬の袖にすがって離れません。
「ねえ、片柳様、押しつけがましいことですけれども、わたしはそう思います、因縁(いんねん)だと思います、金にあかしても、わたしを欲しがる人には行きたくありません、かゆいところに手の届くほど親切にして下さるお方のところへも行きたくありません、ホンの袖すり合うたような御縁のあなた様におすがり申します、このまま、わたしを連れて逃げて下さい」
「…………」
 兵馬は、やはり腕組みをしたまま、無言で歩きつづけながら、身ぶるいをしました。
 この手にはかかっている――商売人の用いたがる手だ。江戸の吉原で、おぞくもこの手に引っかかって、苦い経験を嘗(な)めたのは、そんなに遠い過去でもない。
 実はこの手を警戒すればこそ、この道行も、ワザと離れ離れのよそよそしさを、兵馬自身から仕向けていたのではないか。
 まあ、最初のかかり合いから言えば、戸惑いとは言いながら、自分の座敷へころがり込んだ、あれが間違いのもとなのだから、相当の責任感をもって、この女のために証明の役目も果し、浅間の元の主人のところへ落着けてやるまでは、旅の道草としても、意義のないことではないと思って、頼まれるままに、浅間へ送り届けることだけは、引受けたに違いない。
 だが、あぶない。女がなかなかのあだものであるだけに、またその道の玄人(くろうと)だけにあぶないものだ――先方があぶないのではない、こちらがあぶないのだ。
 ここに至って、兵馬の懸念(けねん)と、不安とが、まともにぶっつかって来ました。
「冗談(じょうだん)をいってはいけません」
 歩きながら兵馬はこう言いました。
「冗談ではございません――あなたには冗談に聞えるかも知れませんが、わたしは真剣でございます、命がけでお願いしているじゃありませんか」
「そういう頼みは聞かれない」
「では、わたはどうなってもいいのですか、どうすればいいのですか」
「それまでは考えていられない、浅間へ送り届けるだけで、拙者は御免蒙(こうむ)る、拙者には、拙者としての仕事があるのですから」
「どの面(つら)さげて、わたしが浅間へ帰れましょう、あれは嘘です、嘘よりほかには、申上げられようがありませんでしたもの」
「嘘はそちらの勝手、拙者は、拙者だけの勤めを果せばいいのだ」
「ようござんす」
 そこで、ふっと、今まですがっていた兵馬の袖を、女がはなしました。
 兵馬は多少のハズミを食ったが、やはり最初の調子の、悠々閑々ぶりを改めず、あとを振返ることもなくして、フラフラと歩んで行くのであります。
 女は、どうしたものか、恨めしそうに兵馬の後ろ姿を見てはいるが、以前のように追いすがろうともしない。また、静かにそのあとを慕(した)って来ようとするの様子も見えない。じっとその地点に立ち尽しているのです。
 そうなってみると、兵馬も、多少の不安を感じないわけにはゆきません。だが、自分の強(し)いて、つれなく言い放した言葉の手前からいっても、いまさら未練がましく後ろを振返って見るというわけにもゆきません。
 いや、そう言っているうちに、また追いかけて来るだろう、追いかけて来ないまでも、何とか呼びかけてはみるだろう、というような期待もあって、兵馬は相変らずの調子で、日本アルプスを後ろに、松本平を前に、月明の夜、天風に乗じて人寰(じんかん)に下るような気取りで歩いて行きましたが、今度はさっぱり手ごたえがありません。後ろから呼びかける声もなく、追いすがる足音もなく、そうして、とうとう一町半ほど歩んで来てしまいました。
 その時に、兵馬も、不安を感じないわけにはゆきません。
 実は、不安を感ずるのはいけないのだけれど、最初の機鋒を最後まで通して、女が泣こうが、追いすがろうが、立ちどまろうが、退こうが、押そうが、動ぜずして振切り通すだけの切れ味があれば、さすがなのだが、これが無いところが、兵馬の兵馬たるゆえんかも知れません。
 一町半ほど、そうして歩いたところで、やむなく兵馬は後ろを顧みてみました。
 そこには誰もいない。
 月夜で、見通しの利(き)く限り、その一町半の間には紆余曲折(うよきょくせつ)も無かったところに、女の影が見えません。
 あっ! と兵馬は面(かお)の色をかえました。今ここで面の色をかえるくらいなら、最初から、あんなつれない真似(まね)をする必要は無かったではないか――

         六

 呼びかけると思った女が、呼びかけません。追従し来(きた)ると思った人が、追従して来ないのみならず、影と、形とが、見ゆべきところから消え去っています。
 この案外には、兵馬が手脚(しゅきゃく)を着くるところなきほどに惑乱しました。
 われに追従して来なければどこへ行く――この場合、その方向転換の目的が、人の身として考えても、自分に比べて考えても、皆目わからないのであります。
 行くところの道を失えば、当然、その帰結は自暴(やけ)のほかにありません。
 自暴――女にとって、その恐るべきことは、破滅を恐れないのでわかります。しかし、その点は心配するほどのものはあるまい、処女ではないのだから。処女でないのみならず、商売人なのだから。自暴(やけ)のために身をあやまる時代はすでに過ぎている。
 しかし――という余地はないはず。その切れ味の鈍(にぶ)いところが、それがいけない。
 よろしい、去る者は追えない。拗(す)ねる者をあやなす引け目もないはず。
 一処にその未練を残すから、万処がみな滞るのだ。
 進むに如(し)かず――さりながら、兵馬は一つところを歩いているような心持で、月明を松本平に向って下って行くのです。
 鶏(とり)がないた。何番鶏か知らないが、もう夜明けの時だ。
 ふと、馬の高くいななくのを聞いた。
 馬――暫くぼんやりしていて、ハッと気がついたように、その馬のいななきの方へ、桑の畑を分けて進んで行くと、とある農家の厩(うまや)の前に、童(わらべ)がしきりにかいばをきざんでいるのを見る。
「お早う」
「お早うございます」
「済まないがね、君」
「はい」
「少し馬を頼みたいのだが」
「この馬は、等々力(とどろき)へ豆を取りに行く馬でございますが」
「そこをひとつ折入って頼むのだ、有明明神のところまで……」
「明神様までなら、そんなに遠くはねえのだが……」
「うむ、ちょっとの間だ、そこへひとつ馬を連れて行って、多分、あの辺に、旅に疲れた女の人が一人いるはずだから、それを馬に乗せてつれて来てもらいたい」
「ここまで連れて来ればいいのかね」
「ここまでではない、左様、穂高の村まで連れて来てもらいたい」
「穂高のどこまで連れてくだね」
「左様、よくは知らないが、あの穂高神社の附近に拙者が待っているから、そこまで連れて来てもらおうか」
「旦那様は、一緒においでなさらねえのかね」
「ああ、拙者は一足先に待っている」
「ようござんす、ちょうど、この馬も等々力まで行く馬ですから、穂高へは順でございます。では、旦那様、物臭太郎(ものぐさたろう)あたりでお待ちなすって下さいまし」
「物臭太郎とは?」
「穂高の明神様の前のところでございます、物臭太郎でお待ち下さいまし」
「では、そうしよう」
 物臭太郎というのが奇抜に聞えましたけれど、それは何か因縁があるのだろう。その因縁はここで問うべき必要はない。指示された通り穂高神社を標準として、物臭太郎を目的としていれば差支えない。
 兵馬は、子供に若干(いくらか)の手間賃を与えて、またも悠々閑々(ゆうゆうかんかん)として、松本平へ下りました。
 これとても、おぞましいことです。見殺しにする気なら、見殺しに殺しつくすがよい。
 最後まで助け了(おお)すつもりならば、人の手や、馬の力を借る必要はない。あくまで自分の背に負い通して行くこと。
 ここに至って、切れ味がまた鈍(にぶ)る――所詮、これは仕方がないと思ったのでしょう。
 穂高神社の物臭太郎をたずねて来た宇津木兵馬。
 くすぐったいような思いをしながら、物臭太郎をたずねてみると、どうもちょっとわからない。
 所在がわからないのではない、教える人の、教え方がまちまちなのだ。
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