酒と歌
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著者名:若山牧水 

酒と歌若山牧水 今まで自分のして來たことで多少とも眼だつものは矢張り歌を作つて來た事だけの樣である。いま一つ、出鱈目に酒を飮んで來た事。 歌を作つて來たとはいふものゝ、いつか知ら作つて來たとでもいふべきで、どうも作る氣になつて作つて來たといふ氣がしない。全力を擧げて作つて來たといふ氣がしない。たゞ、作れるから作つた、作らすから作つたといふ風の氣持である。寢食を忘れてゐる樣な苦心ぶりを見聞きするごとにいつもうしろめたい氣がしたものである。 わたしは世にいふ大厄の今年が四十二歳であつた。それまでよく體が保てたものだと他もいひ自分でも考へる位ゐ無茶な酒の飮みかたをやつて來た。この頃ではさすがにその飮みぶりがいやになつた。いやになつたといつても、あの美味い、いひ難い微妙な力を持つ液體に對する愛着は寸毫も變らないが、此頃はその難有(ありがた)い液體の徳をけがす樣な飮み方をして居る樣に思はれてならないのである。湯水の樣に飮むとかまたはくすりの代りに飮むとかいふ傾向を帶びて來てゐる。さういふ風に飮めばこの靈妙不可思議な液體はまた直にそれに應ずる態度でこちらに向つて來る樣である。これは酒に對しても自分自身に對しても實に相濟まぬ事とおもふ。 そこで無事に四十二歳まで生きて來た感謝としてわたしはこの昭和二年からもつと歌に對して熱心になりたいと思ふ。作ること、讀むこと、共に懸命にならうと思ふ。一身を捧じて進んで行けばまだわたしの世界は極く新鮮で、また、幽邃である樣に思はれる。それと共に酒をも本來の酒として飮むことに心がけようと思ふ。さうすればこの廿年來の親友は必ず本氣になつてわたしのこの懸命の爲事を助けてくれるに相違ない
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