時計屋敷の秘密
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:海野十三 

   気味(きみ)のわるい名物

「時計屋敷はおっかねえところだから、お前たちいっちゃなんねえぞ」
「お父(と)うのいうとおりだ。時計屋敷へはいったがさいご、生きて二度とは出てこられねえぞ。おっかねえ化け物がいて、お前たちを頭からがりがりと、とってくうぞ」
「化け物ではねえ、幽霊だ」
「いや、化け物だということだよ」
 お父(と)うとお母(か)あが、そこで化け物だ幽霊だと、口争いをはじめてしまったが、とにかくこの「時計屋敷」のこわいことは、村の子供たちはよく知っていた。
 その時計屋敷とは、いったい何であろうか。
 この左内村(さないむら)の東はずれにあたる山腹に、昔からこの時計屋敷が見られた。がんじょうな塀にかこまれた邸で、まん中に二階づくりの西洋館があり、そして正面にはりだして古風な時計台がそびえているのだった。
 その時計台も洋館も、昔からあれはてていて、例のおそろしいいいつたえと共に、だれも近づくものはなかった。
 窓の戸はやぶれ、屋根には穴があき、つきだしたひさしはひどくひん曲っていた。ペンキの色もすっかりはげて、建物はミイラ色になっていた。
 時計台の大時計は、二時をさしたまま、動かなくなっていた。今この村に生きている者で、誰もこの時計が動くのを見た者がなかった。
 この時計屋敷が、いつ、そこに建てられたのかそれを知っている人は、あまり多くなかった。それは[#「それは」は底本では「それが」]明治維新の前後に出来たもので、どこの国の白人かはしらないが、ヤリウスという鼻の高い赤いひげのからだの大きな人が、そこへあれを建てたということだ。
 一説に、そのヤリウスは、白人と日本人の混血児だとも伝えられていて、この方が正しいのかもしれないと思われる。
 とにかくそのヤリウスは、百五十人ばかりの人を連れて来て、その建築工事をはじめた。左内村の人たちは、ぜひその仕事にやとってもらいたくて、代々庄屋(しょうや)の家柄の左平(さへい)をはじめ若者たちもその工事場へいってたのんだのであったが、ヤリウスは首を左右にふって、左内村の人間をただ一人もやといいれなかった。村人は、がっかりし、そしてヤリウスをうらみ、時計台をにらみつけては新築屋敷のことをのろった。
 建築は手間どって、春から始めた工事がすっかり出来上ったのは、夏も過ぎ、秋もたけ、木枯(こがらし)の吹きまくったあとに、白いものがちらちらと空から落ちて来る冬の十二月はじめだった。さかんな新築祝いの宴が、時計屋敷で三日三晩にわたって行われたのち、百五十人の建築師たちは、村人にあいさつもせず、風のようにこの土地を去った。
 それと入れ替えに、その翌日たくさんの荷物を積んだ馬が屋敷へはいっていった。そして、それから時計屋敷の窓々からは、あかるいともし火がかがやき、ヤリウスの豪華な生活がはじまったのである。
 ヤリウスは、そこに四五年住んでいた。
 そして、とつぜん彼の姿は村の人の目から消えた。窓のともし火も、急に数がへった。
 人のうわさでは、ヤリウスが日本を去ったともいい、またヤリウスが、とつぜん死んだのだという者もあった。
 どっちかしらないが、それから間もなく、この時計屋敷の買手を探しているそうなとの話が流れ、商人らしい服装の人が何人となく時計屋敷を入ったり出たりした。
 庄屋の家柄の左東左平は、前から時計屋敷のことを心の中にきざみつけていた。ヤリウスには恨みをいだいていたこともあったが、時計屋敷ができあがったのちは、あの屋敷にたいへん心がひかれ、自分もなんとかしてあんな様式の家をつくりたいものだと思い、いろいろ考えていたところだったから、その屋敷が売物に出たとの話を耳にすると、さっそくかけつけて、せり売の場にはいっていい値をつけた。
 そして結局、左平がこの屋敷を買取ることにきまった。金額はいろいろとうわさされたが、とにかくヤリウスの家扶の門田虎三郎(もんだとらさぶろう)は、左平から金を受取ると、屋敷を明けわたして出ていった。
 大よろこびの左平だった。
 さっそく家族をつれて、この屋敷へひっこした。妻君のお峰(みね)と一人娘の千草(ちぐさ)と、あとは雇人が十人近くいた。
 左平のとくい顔が見られたのは、それから半年あまりの間だった。そのあとは、左平の顔には何だかやつれの色が見え、そして何事かについてあせっているようだ。
 それを村人がしんぱいして、それとなくわけをたずねたが、左平はいつもかぶりをふって、
「何も、しんぱいなぞしていない、そんな話はもうごめんだ」
 と、耳を貸すのもきらった。
 その左平は、ちょうど一年ほどたって、時計台の天井にひもを下げ、自分の首をくくって死んだ。遺書があった。
「いのちがおしいものは、この屋敷に近よるな。左平」
 と、かんたんな文句がしたためられてあった。
 左平の自殺を見つけたのは、雇人の喜三という老人だったが、そのしらせに村人がこの屋敷へかけあつまったとき、さらにへんな話を聞いた。
 それはこの一ヶ月ばかり、奥様も千草も共に雇人たちに顔を見せず、そのことを旦那さまの左平にいうと、左平のきげんがたいへんわるかったとのことだった。
 そこで、みんなで手わけして、各部屋をさがしてまわった。
 すると、おどろくべきものを発見した。
 二階の奥の居間に、はなやかな女の蒲団(ふとん)が二つしいてあるのを見つけた。たしかに人がねている形だったが、蒲団をあたまからかぶっている。それがおかしいというので、みんなして蒲団をめくってみたら、中には白骨がねていた。骨がばらばらになっているが、たしかにどっちも一人分の白骨がねていたのである。
 さあ、みんなびっくり仰天(ぎょうてん)、にげ出す者もあれば、その場で腰をぬかす者もあった。そうして、ほうほうのていで、時計屋敷からにげだしたのであった。
 古い話は、まずこれだけである。それ以来この時計屋敷は、極度にこわがられ、そして荒れるにまかされていた。村人でなくても、こんなおそろしい因縁(いんねん)ばなしを聞けば、だれだって時計屋敷へ近よるのはやめるだろう。

   恐(おそ)れる人、恐れぬ人

 だが、世の中は、このところ、たいへんかわった。
 そのわけは、住宅難のこと、資材難のこと、物価がたいへん高くなったことなどのために、戦災で焼けのこったありとあらゆるものが、新しい目で見直されることだった。
 この左内村に対しても、県から達示(たっし)があって、「家のないたくさんの戦災者のために、なんとかして住める部屋をできるだけたくさん探して報告せよ。また修理をしないとはいれない部屋があれば、どのくらいの修理を必要とするか、それも報告せよ」といって来た。そしてこの達示はたいへんきびしく、左内村に対しても、あるきまった数以上の部屋を申告(しんこく)するように、わりあてて来た。
 村では困って、毎日のように会議をかさねた。部屋をもたない者はないわけではなかったが、気心(きごころ)もわからない人たちがはいって来て、同じ屋根の下に住むということを考えると、つい心がすすまなくなるのだった。
 しかし「部屋なし」と報告することはできないので、みんなしぶい顔をして、ため息をつくばかりだった。
「どうだね、あの時計屋敷を手入れして、あれへ戦災者(せんさいしゃ)をむかえたら、どうだろう」
 そういった者があった。
「いや、それはだめだ、そんなことは出来ることじゃあねえ」
「あの屋敷のことはいわないことだ、とんだ災難が、村の衆の頭の上にかかってくるだ」と、まっこうから反対の声をあげた者は、昔から代々この村に住んでいる人たちだった。その声には、あきらかに恐怖のひびきがあった。
 だが、それと意見の違った者もいた。
「はははは、時計屋敷の怪談かね。三年前にも、幽霊が窓から顔を出していたのを見たという話も聞いたが、今どき、そんなばかばかしいことがあってたまるか。第一によ、県から役人がきて、あの建物はなんだ、空いているようだねと聞かれたときは、どういって返事をするね、いえ、あれは幽霊屋敷でございまして、人間が住めませんでございますなんて、そんなばかくさい返事がぶてるものか、ぶてないものか考えてみりゃ分る」
「北岸さんの意見に、僕も賛成だね。幽霊屋敷だとか、お化けのうなる声がしただのというばかげた話は、まじめになって出来ないですからね。あちらの人に聞かれても、日本人はなんという科学性の低い国民だろうと、けいべつされるばかりだ。だから、これからみんなであの屋敷へいって窓をひらき、掃除をし、そしてどこを修繕(しゅうぜん)すると住めるか、それもしらべて県へ報告しようじゃないですか、そうすれば、あの屋敷一軒だけで、県からこの村へ割当てしてきた部屋の広さは十分にあると思う」
 北岸に賛成したのは吉見だった。この二人に賛成する者が、外にも五六人あった。それらの人たちは、いずれも明治維新ごろからこの土地に住んでいた家の子孫ではなく、近年この村に住むようになった人たちであった。もっとも、そういう人たちの中にも、時計屋敷には手をつけるなという旧家の連中の方に賛成する人たちもあった。
 この会議は、なお二日ばかりつづいたが、結局は北岸や吉見の説が採用され、それにもとづいて時計屋敷の大掃除が行われることにきまった。
「聞いたかよ、おそろしいこんだ。時計屋敷を掃除して、あそこに人が住むんだとよ」
「これは困ったことだ。今にみんな、おそろしいたたりに泣き面をして暮らすようになるだべ」
「子供たちによくいいきかしとけよ、子供は、こわいもの知らずだから、新興班(しんこうはん)について、幽霊屋敷の中へはいるかも知れんからな」
「そうじゃ、うちの音松なんか、よろこんで時計屋敷の探険に行くちゅうだろう。はて、これは又気がかりなことがふえたわい」
 そのようなわけで、旧家の人たちは、自分たちの子供に、時計屋敷へ近よってはならぬぞと、子供の顔を見ればいましめるのだった。
 さて時計屋敷の大掃除をするに先立って、その下検分(したけんぶん)のために、七人の有力者が、屋敷へはいってみることになった。これがいわゆる新興班の連中で、北岸が班長、吉見がその副班長だった。
 それはよく晴れた初夏の朝だったが、この七人は塀(へい)に縄ばしごをかけて、時計屋敷へ乗りこんだ。人々がよく働いているのが、お昼頃、村道からながめられた。しかしその七人は、その後どうしたわけか、邸(やしき)から出て来なかった。みんな行方不明になったのである。そら、いよいよ始まったと村の人たちは時計屋敷のたたりにふるえあがった。
 この事件がきっかけとなって、八木音松(やぎおとまつ)をはじめとする少年探偵団の活躍が始まるのであった。

   探偵団の結成

 とうとう怪事件を、ひきおこしてしまった。いわないことじゃない。それだから、時計屋敷には手をつけるなと、昔からいいつたえられているのに、ばかなことをしたもんだ。
 時計屋敷におそろしいのろいのかかっているのを信じている左内村の老人たちは、北岸の治作(じさく)さんほか六人の若者たちが、われからそのような悪い運命におちこんだのを悲しみ、そしてなげいた。
「も、誰も時計屋敷に近づけるんじゃないよ」
「あの屋敷に一足ふみこめば、地獄の血の池地獄までさかおとしじゃ」
 そういうことばが、合言葉(あいことば)のように、左内村の中を何十ぺんとなく往復した。
 この行方不明事件は、警察署へも報告された。しかし二名の警察官が自転車にのって、村長のところへ様子を聞きに来ただけで、警官は時計屋敷には足を入れず、そのまま帰ってしまった。
「おまわりさんだって、いやだよなあ。あんな幽霊屋敷にはいって、二度と外へ出てこられなくなるのはなあ」
 村人は、そういって警官に同情した。
 だが、この村にも、こんなおそろしがりやばかりではなかった。
「ねえ、時計屋敷の中で、北岸のおじさんなんかが、幽霊につかまって、捕虜(ほりょ)になってしまったというけれど、おかしいじゃないか。そんなことが信じられるかい」
 そういったのは、村の小学校の金棒(かなぼう)の下に集まった少年たちの中の一人だった。いや、この少年こそ、この物語のはじめに出て来た八木音松少年だった。
 音松は、おばあさんから時計屋敷の昔ばなしを聞いて、あの怪物屋敷にたいへん興味をおぼえるようになった。それ以来、彼は時計屋敷についてのいろいろな話に聞き耳をたてていたのである。音松は、はじめは時計屋敷がおそろしくてたまらなかったが、だんだん話を聞いて、その一つ一つのことを冷静に自分の頭で、ほんとうかどうかと判断して行くうちに、彼は時計屋敷がそんなにおそろしくなくなった。そして時計屋敷の秘密と取組んでやろうと決心したのである。
「幽霊なんて、話に聞いただけで、見たことがないから、信じられないや」
 と六条君がいった。
「ぼくも信じないよ、幽霊だのお化けだの、そんなものが今の世の中にいてたまるかい」
 五井少年が、力んでいった。
「ぼくたち人間の科学知識は、まだ発達の途中にあるんだから、もっと先になって、幽霊やお化けがあるってことが証明される日が来るかもしれない」と四本君がとくいのむずかしいことをいい出した。「しかしだ、たとえ幽霊やお化けが今実在するにしてもだ、その幽霊やお化けは、かならずぼくらの習っている物象(ぶっしょう)の原理にしたがうものでなくてはならない」
「四本君のいうことはむずかしくて、わからないや」
 と、二宮少年が手をふった。
「いや、ぼくのいっていることはちっともむずかしくないよ。つまりここに一人の幽霊がまっすぐに立っているとなると、その幽霊は、やはり重力の作用を受けているにちがいないし、また空気の中に立っているんだから、幽霊の体積にひとしい空気の重さだけ幽霊のからだが軽くなっているはずだ。つまり浮力に関するアルキメデスの原理は、この幽霊にもあてはめられなくてはならない」
「おもしろいことをいうね、ははは」
 音松は、腹をゆすって笑った。
「ちっともおもしろくないよ、幽霊の力学の話なんか、北岸のおじさんなんかの、行方不明事件のほうはどうするんだい」
 と、二宮少年が、顔を赤くして叫んだ。
「二宮は、ぼくのいうことをしまいまで聞かないで怒るから困るよ、つまりね――」
「つまり――はもうたくさんだよ、四本君」
「いいや。ここはどうしてもつまりといわなくちゃね、つまりぼくのいいたいことは、幽霊でもお化けでもすこしもこわいことはない。奴らも、物象学にしたがわなくてはならないのだから、物象学をよく勉強しているぼくたちは、少しもこわいことはない。すなわち幽霊にあったら、幽霊の浮力を観察すればいいんだし、鬼火が出れば、それは空中から酸素をとって燃えているにちがいないんだし、こういう風に、おちついて幽霊をだんだん観察していくと、幽霊がどんなことをする能力があるかが分る」
「むずかしいね」
 二宮少年は顔をしかめる。
「むずかしいことはないさ、そういうわけだから、ぼくたちは幽霊をおそれずに、時計屋敷の幽霊に会って、はたして幽霊が北岸のおじさんたちをかくしたかどうか、それを推理すればいいじゃないか。さあ、みんなで、時計屋敷へ行こう」
「さんせい!」
「ぼくも、行くよ」
「なあんだ、行くなら行くと、それを先にいえば、ぼくは文句なんかいやしなかったんだ」
 二宮少年はむずかし屋の四本君が、自分と同じく時計屋敷探険を強く主張していることを知って、そういって笑いだした。

   嵐の声

 五人の少年探偵団ができあがった。
 団長は、選挙の結果、八木音松がつとめることになった。
 さっそく団長が、あいさつをすることになった。
「第一に、みんなのまもらなくてはならないことは、幽霊や化け物をおそれないで、四本君のいったように、おちついて観察し、その正体を見きわめることです。第二に、ぼくたちは協力し、団結しましょう。捜査にあたってばらばらになって、自分の好き勝手をすると、成績があがらないでしょう」
「そうだ、そうだ」
 と、二宮少年がこうふんして叫んだ。
「それから第三に、ぼくらが探偵となって時計屋敷の捜査を始めたということを、ぜったいに他の誰にも知られないようにすること」
「あら、いやだ。すっかり聞いてしまったわよ」
 ふいに、うしろで女の子の声がした。五人の少年探偵がおどろいて、声のした方をふりむくと、一人の女生徒がにやにや笑って立っていた。
「あ、吉見カズ子ちゃんか、困ったなあ、もう秘密が他へもれちゃったか」
 八木団長は、大きくため息をついた。
「いいじゃないか、カズ子さんなら、秘密をまもってくれるよ、だってカズ子さんのお父さんも、あの行方不明になった一人なんだからね」
 六条君がいった。[#「いった。」は底本では「いった」]カズ子は、副班長として時計屋敷の掃除にはいっていった吉見勤(よしみつとむ)の娘だった。
「ええ、あたしは秘密をまもりますわ、そしてお礼を申しますわ、お父さまたちを探し出してちょうだいね。また、あたしたち女の子に手つだうことがあったら、喜んで手つだいますわ」
「うん、またたのむかもしれないけれどね、とにかくぼくたちのことは、だまっているんだよ」
 八木団長は、そういって、カズ子に念をおした。
 さて少年たちは、午後二時に、学校がひけると、一度家へかえったあとで、そっと家をぬけ出して、集合所の鎮守(ちんじゅ)さまの境内(けいだい)へ急いだ。
 午後二時二十分に、五人の少年探偵は、せいぞろいをすることができた。
「じゃあ、いよいよ出かけよう、今日は、時計屋敷の中へはいっても、時計の塔までのぼれば、それで今日の仕事はすんだことにして、すぐ外へ出よう、ねえ」
 団長の音松は、そういった。
「それじゃ、あっけないね、せっかく探偵にはいるんだから、もっと調べようよ」
 二宮は、不満を顔に出して、そういった。
「いや、そうしないで、あまり屋敷の中で、ながいことをやると、北岸のおじさんみたいに、おとし穴かなんかに落ちてしまうんだ」
「おとし穴だって、音ちゃんは、おじさんたちが、おとし穴へおちたと思っているのかい」
 六条が、たずねた。
「そうかもしれないと、ぼくは思っているんだがね、とにかく、屋敷の中へはいってから出るまでに、あやしいことを見たり、あやしい音を聞いたら、よくおぼえておいて、外へ出てからあとで、よく話しあって、研究をしようや」
「そういう用心ぶかいやり方は、たいへんいいと思うね」
 六条が、さんせいした。
 五人の少年は、屋敷の中で、もし危険な目にあったら笛をふくことにきめ、それぞれ音色のちがった笛をポケットにもっていた。これはかねて、うしろの山登りをするときに少年たちが利用している呼び子の笛であって、どの音色が誰の笛か、それはよく知っていた。
 六条は、自分がこしらえた短波の無電器械をさげていた、それはべんとう箱を四つあつめたぐらいの大きさで、大して重くなかった。
 いよいよ鎮守さまの境内を出て、五人の少年がかたまって時計屋敷の塀のそとへついたのは午後二時五十分であった。
 急に黒い雲が太陽をさえぎったために、日がかげった。そしてどこからともなく冷っこい風が起って、少年たちのえりくびを吹いた。少年たちは、ぞっとしてくびをちぢめた。
 時計台のある怪屋敷は、崩れかけた塀を越した向こうに、何かものをいい出しそうに立っている。時計台の時計の針は、あいかわらず二時を指したままだ。
 勇ましいことをいって、ここまではやって来たが、なんだか急にうす気味が悪くなった。天候がにわかに変って、嵐もようになったのも、その原因の一つにちがいない。
「さあ、元気を出して、はいろうぜ」
 八木のうながすような声に「うむ」と返事をした。八木はつかつかと、崩(くず)れた塀(へい)のところへ進み、手をかけてその上にのぼった。そうしてうしろを向いておいでおいでをすると、塀を内側へとびおりた。
 それを見て、残りの四名の少年探偵も、やはりこれまでと覚悟をきめ、つづいて塀によじのぼり、それから塀の内側へとびおりた。
「おや、八木君はどこへいったんだろう、先へおりた音ちゃんが見えないじゃないか」
「あれッ、へんだね、もう八木君は、時計屋敷の幽霊につかまっちゃったのかな」
「いやだねえ」
 八木音松の姿は見えない。彼がひとりで先に塀をおりたあとで、いったいどんなことが起ったのであろうか。

   二人の八木君

「困ったねえ、八木君がいないと、あとの探偵はできやしない」
「そんなことよりも、早く八木君を助けてやろうよ、きっと時計屋敷の幽霊につかまったんだよ、早く助けないと、八木君は殺されてしまう」
「困ったね、しかしへんだね、ぼくたちより、たった一足先へとびおりたのに、もう姿がみえないんだからね」
 四人の少年は、塀の内側にからだをよせて、心配している。
「おうい」
 とつぜん頭の上で呼ぶ者があった。
「あっ!」
 四人が、声のした高塀(たかべい)の上へ目をあげると、なんというふしぎ、塀をのり越えて八木音松が下りて来た。
 さっき、まっ先にこの塀をのり越えた八木だった。姿が見えなくなる。と、またもや八木が、塀をのり越えて下りて来た。さっきの八木と、今下りて来た八木と、八木が二人居る。いったいどっちの八木が、ほんとうの八木であろうか。ほんとうでない八木君は、幽霊か、化けものかであろう。ああ、気味がわるい。
「おい、君たちは、なんだって、へんな顔をして、だまりこんでいるんだい」
 と、八木がたずねた。
「だって……だって、君は幽霊じゃないのかい」
「なんだって、ぼくが幽霊だって……」
「だってさ、先に一人、君と同じ姿をした少年が塀を内側へ下りたんだ。つづいてぼくたちが下りてみるとね、その少年はいないのさ、ふしぎに思っていると、今君が塀の上から声をかけて下りてきた」
「うふ、わははは」
 と、八木は笑った。
「なにがおかしい」
「だって、はじめの八木少年も、あとから塀をのぼって来た少年も、どっちもぼくだもの、顔を見れば分るじゃないか」
「だってさ、はじめの八木少年は姿を消してしまったんだもの、あやしいじゃないか」
「ああ、それはこういうわけだ。ぼくは、一番先に塀を下りた。すると、そこに小さな洞穴(どうけつ)があいていた、ほら、見えるだろう、あれだ」
 と、八木は、くずれた塀の内側に小さい洞穴があって、入口を、雑草がしげってなかばかくしているのを指した。
「あの洞穴へはいって見たんだ、するとね、だんだん奥がふかくなって、道がまがってついている。その道のとおり歩いていると、ぽっかりと塀の外へ出たんだ」
「へえーッ、塀の外へね」
「そうなのさ、だからもう一度、塀をよじのぼって、こっちへ下りて来たんだ」
「なあんだ、そんなことかい、ちょっともふしぎでも怪事件(かいじけん)でもないや」
「ぼくたちは、時計屋敷がおそろしいところだと思いこんでいたので、こわいこわいが、今みたいに、二人の八木君を考えることになったんだよ」
「そんな風に、ぼくたちの頭がへんになるということは、もう時計屋敷の怪魔(かいま)のためにぼくたちがとりこになっていたしょうこだよ、いやだね」
「そうじゃないよ、ぼくらの神経がちょっとへんになっただけのことさ、こんな塀なんか普通のくずれた古塀だよ」
「いや、へんなことがあるのさ」
 と八木は顔をかたくしていった。
「あの洞穴の中にはいっていくとね、井戸みたいな穴があるんだよ。垂直に掘ってある穴だ、井戸かと思って、ぼくは中へ石を落としてみた。ところが、ぽちゃんともどぶんとも音がしない。だから井戸ではなくて、水のないから井戸だと分ったが、どうしてあんなところにから井戸が掘ってあるのか、ふしぎだねえ」
 この八木が語ったから井戸の話は、他の少年たちをおどろかせた。
「へえーッ、なんだろうね、そのから井戸は……。あやしい井戸だ。調べてみようじゃないか」
「その井戸の中へ下りて行けるのじゃないかしら、きっと抜け道かなんかあるんだよ」
「じゃあ、これからみんなで行って、調べてみよう」
 そこで相談がきまり、五人の少年探偵は、雑草を踏みわけて、問題の洞穴へはいっていった。

   から井戸の中

 穴の中は、どこからともなく光線が流れこんで来て、うすぐらいが、ものの見わけはついた。
「ここにあるんだ、から井戸は……」
 八木が立止って指した。なるほどそこはすこし壁がひっこんでいて、から井戸らしいものがあった。少年たちは、おそるおそる中をのぞいたり、聞き耳をたてたりした。
「中はまっくらで、何も見えない」
「何の音もしてないね。地獄の穴みたいだ」
「いや、地獄なら鬼や亡者(もうじゃ)がわいわいさわいでいるから、にぎやかなんだろ」
「そうじゃないよ、地獄といっても、いろいろ種類があるなかに、無限地獄(むげんじこく)というのは、底がない、つまりずっと深いのだ。そして一度落ちると出てこられない。あたりは、しーンとしている。このから井戸は、無限地獄によく似ているよ」
「まあ、そんな話はどうでもいい、こういうものを発見した以上は、ぼくたちはこの井戸を下りていって、中を探偵しようじゃないか」
「うん、それがいい」
「よし、やるか。やるなら、下へ綱(つな)を下ろそう。その綱の端(はし)を、どこかしっかりしたところへ結びつける必要がある。ああ、これがいい、ここに鉄の棒(ぼう)が出ているから」
 その鉄の棒は、塀をつくるときに、骨組(ほねぐみ)としていれたものであったらしい。それに少年たちが持ってきた綱を結びつけ、それから綱をおそるおそる井戸の中へたらした。
「下へついたか」
「うん、まだまだ。……あっ、今、綱の端が下についたらしい、ずいぶん深いね。十五メートルぐらいある」
「深い井戸だなあ」
「さあ、誰が先に下りるか」
「よし、ぼくが下りる」
 そういったのは八木だった。彼は探偵長だったから、自分が一番はじめに下りるのがあたり前だと思った。
「大丈夫かい、入る前に、よく中を見た方がいいんだが、懐中電灯を紐(ひも)にぶら下げて、中を見ようか」
「いや、そんなことをしたら、悪いやつに見つかるかもしれないよ。どうせ下りるなら、くらがり井戸をそっと下りて行く方がいいと思う」
 八木はそういった。
「よし、君の好きなようにしたがいい、そのかわり、もし危険を感じたら、この綱をゆすぶるんだよ。それが信号さ、SOSの危険信号さ。するとぼくたち四人は力をあわせて、すぐこの綱を引張(ひっぱ)りあげるからね、君はしっかり綱につかまっているんだよ」
「うん、分ったよ、それじゃ頼むよ、では、ぼくは井戸の中へはいってみるよ」
 八木少年は、もうかくごをきめて、綱を握り、身体をまかせた。しずかに、そろそろと綱を伝わって下りていく。
 ひえびえと、しめった井戸の冷たさが、八木のくびのあたりを襲(おそ)った。ますます暗い、五メートル、十メートルと下りていくにつれて心細さがわく。
 しかしもう決心したことだから、途中でもって、「この綱をひき上げてくれ」などと弱音(よわね)があげられたものではない。八木少年は、自分の心をはげましながら、なおもするすると、から井戸を下りていった。
「あッ」
 いきなりあたりがうす明るくなった。それとほとんど同時に、八木の足は下についた。
 さあ、ここはどんなところかと、八木少年は、すばやく身構(みがま)えをして、ぐるっと四方八方をにらみまわした。そこは一坪ばかりの円形の穴倉(あなぐら)になっていた。そこから一方へトンネルがつづいていた。
(どこへつづいているトンネルだろうか)
 分らない、その奥のことは。

   ガラス天井(てんじょう)

 八木少年は、すかしてみたけれど、奥はほの明るいだけで、はっきりしたものの形は見えない。
(あの明るさは、どこからさしこんでいる明るさだろうか、あそこまで行けば、もっとこのトンネルの中のことが分るかもしれない)
 そう思った八木は、とことことトンネルを歩きだした。
 行きついてみると、その明るい場所は、トンネルの曲りかどになっていた。明りは右手からさしこんでいる。その右手をのぞきこむと、扉があった。
 その扉は、さびた鉄の扉だった。
 ハンドルがついていたので、それをにぎって、扉をあけようと、いろいろやってみた。しかし扉はびくともしなかった。さびついているのかもしれない。
(この扉があくと、きっと、おもしろいことが分るんだろうが、ざんねん……)
 そのときであった。八木の立っているところが、急に光がかげったように暗くなった。
「おや」
 と、八木は上へ仰向(あおむ)いた、光は天井からさしていたので、それがどうして暗くなったのかと上を見たのだ。
「おお、あれは何だ……」
 八木少年の頭上五メートルばかりのところに、あついガラスをはめこんだ細長い天井があった。そのガラス天井は、よごれてくもっていたが、そのガラス天井の上を、黒い楕円形(だえんけい)のものがゆっくりと動いているのであった。
「ふしぎなものを見つけた……」
 おそろしいことはおそろしいが、すばらしい発見だ。
 なおもよく見ていると、その黒い楕円は二つあって、一方が動いているときは、他方はじっとしている。そしてたがいちがいに動く、その二つの楕円全体が、もっと大きい円形のかげで包まれている。
「あッ、そうか。ガラス天上の上を、人間がそっと歩いているんだ」
 八木は、その謎(なぞ)をといた。
「しかし、あれはいったい誰だろうか」
 ガラス天井を破って、上へあがって、あれが何者であるか、顔を見たいと思ったが、天井を破ることはできない。どうしたものかと考えこんでいるとき、どこからか、異様(いよう)なうなり声を聞いた。それは猛獣が遠くで吠(ほ)えているようであった。わわわンわわわンとトンネルへひびいた。
「なんだろう」
 八木は猛獣がこのトンネルへどこからかはいりこんだのではないかと思った。それならたいへんである。彼はもと来た方へどんどん駆けだした。
 やっと、から井戸の下までもどりついた。上から綱がたれている。八木はその綱をにぎると、左右へはげしくゆりうごかした。
 上では、これを危険信号とさとって、すぐさま八木を綱ごと上へ引張りあげてくれるはずの約束だった。
 ところが、綱はしずかに左右にゆれているだけで、引張りあげられるようすはなかった。
「どうしたんだろう」
 八木の心臓はとまりそうになった。
 見上げると、から井戸の上はぼうと明るい。友人たちが、そこからのぞいていれば、その顔が見えなければならないのであった。ところが、誰の顔も見えない。
 八木は不安になって、下から上へ声をかけた。声はわわわンと上へ伝わっていったが、仲間の顔はいつまでたっても出ない。
「へんだなあ。上じゃ、どうかしたんだろうか。どこへいったんだろうか」
 八木は、この上は一刻もこんなところに待っていられないと思った。なにがなんでも、この深さ十五メートルの綱をよじのぼって、から井戸の上へ出なくてはならないと思った。しかし十五メートルも高いところをうまくのぼれるかしらん。
 八木は綱を見つめた。
「えいッ」
 彼は綱にとびついた。
 と彼はどすんと尻餅(しりもち)をついた。いやというほど椎骨(ついこつ)をうった。それと共に大きな音がして、上から綱がどしゃどしゃと落ちて来て、彼の上にのしかかった。
 せっかくの頼みに思う綱が、どうしたわけか、上の方ではずれて、落ちて来たのだ。さあたいへん。もうここから井戸を出ることができなくなった。彼は困りきって、うらめしそうに井戸を見上げた。そのときであった。井戸の上に、うす青い鬼火が二つ、何に狂うか、からみ合いつつおどっていた。八木少年は「うん」と呻(うな)って、気絶(きぜつ)した。

   怪音

 井戸の外で、八木少年を待っていた四人の少年探偵は、いったいどうしたのであろうか。それを語るには、すこし以前にかえらなくてはならない。
「どうしたんだろう、八木君は、おそいじゃないか」
「もう引返(ひきかえ)してこなければならないのに、へんだねえ。呼んでみようか」
「うん、呼んでみよう」
 そこで六条、五井、四本、二宮の四人が、井戸の中に頭をさしいれて、
「八木君、早くかえっておいでよ」
 と、声を合わせて叫んだ。
 そのあと、四名の少年は、中から八木の返事がもどって来るかと、耳をすまして聞いていた。するとその返事はなく、そのかわりに、うしろの方、つまりトンネルの入り口の方で、あっはっはっと大声に笑う者があった。それにつづいて、重い金属性の大戸が、がらがらッと引かれるような音がしたのだ。
 四少年は顔を見合わせた。
「あの音は、なんだろう」
「時計屋敷の玄関の戸がひらいたんじゃないかしらん」
「笑ったようだね、誰だろう」
「村の衆(しゅう)かもしれない、早く行ってみよう」
「よし、みんな走れ」
 どやどやと、四少年はトンネルを逆に走った。そしてやがて、すぐむこうに、トンネルの口を通して、まぶしい日光をあびた外の景色が見えるところまで来たと思ったら、
「あッ」
「うわッ」
 と、四少年はめいめいに叫び声をあげて、地上から消えた。
 いつの間にできたものか、トンネルの道の一部が、大きな穴になっていたのだ、四少年は重(かさ)なりあって穴の中に落ちた。
 がらがらがらッと、重い金属製の戸が引かれる音を再び耳にした。しかしこんどは、四少年の頭上はるかのところにおいてであった。
「おい、けがをしなかったか」
「ぼくは大丈夫、君はどうだ」
「ぼくは腰の骨をいやというほど打って、涙が出たよ、ぼくたちは、落とし穴へ落ちたんだね」
「そうらしい、やっぱり時計屋敷はすごいところだね」
「早く穴から出ようじゃないか」
「いや、だめだ。あれを見たまえ、大きな鉄の格子戸(こうしど)が穴の上をふさいでいるよ」
 さっきは見えなかったが、くらがりにようやくなれた今の目で見上げると、なるほど四本のいうとおり、穴は鉄格子でふさがれていた。
「困ったね。どうしたらいいだろう」
「八木君が助けに来てくれるといいんだが、八木君はどうしたろう」
「さあ、どうしたかなあ、また声を合わせて、呼んでみようか」
「叫ぶのはよしたまえ、こうしてぼくたちが落とし穴に落ちたのも、さっきぼくたちが、あんまり大きな声を出したから、それで落とし穴を用意されたように思うんだ」
 五井が、そういった。
「ああ、そうか、で、誰が落とし穴を用意したというの」
「ぼくらの敵だよ」
「時計屋敷の幽霊のことをいっているの」
「幽霊だか何だか知らないけど、とにかく時計屋敷に住んでいる怪(あや)しい奴(やつ)が、ぼくたちの敵さ」
 幽霊をはじめから信じない常識家の五井がそういった。
「しようがないね、その敵のため、ぼくたちははじめから捕虜(ほりょ)になってしまって……おや、へんだね、足許(あしもと)がゆらいでいるじゃないか」
「あっ、動いている。地震らしい」
「地震じゃないだろう。ぼくたちは、なんか動くものの上に乗っているんだ」
「あ、そうか、どこかへはこばれていくんだな」
 その先は、どこへ? 四少年は、たがいにしっかり抱きあって自分たちの運命を待っていた。

   かびくさい室

 その動くものは、たしかに大きな動力で動いているらしかった。
 ごっとんごっとんと、重いひびきが地底からひびいてくる。
 そのうちに、足の下が急に傾(かたむ)いた。ざらざらと土砂(どしゃ)が一方へ走る。
「しっかり、気をつけろ」
 と、五井が叫んだが、そのときには、足の下は急角度に傾き、四少年はずるずると滑(すべ)ってからだの中心を失った。
「あッ、落ちる」
 どすんと投げだされた。次々に投げだされた少年たちだった。びっくりして、呼吸がとまった。が、気がついてみると、あたりは今までのような半くらがりではなく、昼間の光がどこからか、さしこんでいた。そして、そこは板の間だったではないか。
 少年たちは、次々に起きあがった、腕をさすっているのは二宮、腰をおさえて、顔をしかめているのは六条、頭をしきりに振っているのは四本、平気な顔は五井だった。
「これはどうしても、時計屋敷の中だね、表からはいらないで、へんなはいり方をしたものだ」
 五井が、いった。
 そのとおりだった。妙(みょう)なところから、地下を経(へ)て送りこまれたのだ。これも時計屋敷の最初の主人公ヤリウスの秘密の設計なのであろうか。
 あとから考えると、四少年が、こんな裏口の道から時計屋敷の中へはいりこんだことは、むしろ幸運であった。というのは、この時計屋敷の正面からはいりこむことは、たいへん困難なことであった上に、危険がいくつも待っていたのだ。
 裏口の道にも危険な仕掛(しかけ)が用意されてあった。しかし今ではそれがもう役にたたない。仕掛が故障となっているためだった。だから四少年はまず無事のうちに、屋敷内に送り込まれたのである。もっとも、少年たちはそういう事情について全く気がついていなかった。
「奥へ行ってみよう」
「ちょっと待った」と四本がとめた。
「このまま進むことは危険だ。そこでロープでもって、ぼくたちの身体をしばっておいた方がいいと思う。つまりロック・クライミング――岩のぼりのときと同じように、もし一人が危険におちいったら、あとの者がロープをたよりに、助けあうのだ。そうすれば、とつぜん落とし穴へ落ち込むようなことはなくなるだろうと思う」
 この四本の考えは、もっともだったので、他の少年たちも賛成して、たがいの身体を、ロープでしばることになった。
 先頭は五井、次が六条、それから二宮、しんがりが四本だった。そしておたがいを結ぶロープの長さは三メートルとした。そして、危いと思われる場所へかかったときには、その間隔(かんかく)で展開することとし、別に危険がなさそうなところでは、普通に、寄りそって進むことにした。
 こうして、四少年は屋敷の奥へ向かって前進をはじめた。
「たしかに、この屋敷の建て方は、一風かわっているね、間取も、奇妙だ」
 四本が、あたりを見まわして、感じたことをもらした。
「気味がわるいね」
 と、他の少年たちも相づちをうった。
「西洋建築は、普通は、扉で仕切られるようになった部屋の集りで、その部屋の外には、通路として廊下(ろうか)がついている。ところが、この時計屋敷の間取りをみると、そういう扉式の仕切がすくない。原則としてカーテンで仕切ってある。カーテンをひらけば、どの部屋も廊下も、みんな一つのものになってしまう。これはヨーロッパでも、暑い方の国が採用している古風な建築法だよ」
 四本は、おもしろいことをいい出した。
「するとヤリウスという人は、ヨーロッパの暑い方の国の人の血をひいているのかい」
 二宮が、感心(かんしん)のていで、口を出す。
「そうだ、多分ポルトガル人かイスパニア人の血を受けているのかも知れない」と四本はまじめな顔つきをした。
「ところが、あそこなんか、襖(ふすま)がついている。奥には障子(しょうじ)のはいっているところもある。これはきっと、この屋敷を左東左平が買ったあとで、手入れしたものらしいね」
「なるほど、イスパニア式では、日本人は住みにくくてしかたがなかったんだろう」
 五井が、うなずいて、いった。
「だから、これからの探険では、今いったことを頭において、よく注意をはらっていくのがいいと思うね。そして左東左平が手をつけたところは、まず、安全だと思っていいし、ヤリウスがやったままの部屋などに対して、十分注意したほうがいいと思うね」
 四本は、さすがに目のつけどころがよかった。

   時計塔への道

「それでは、今日の目標第一は、時計塔として、塔の頂上まであがってみようじゃないか」
 五井は、一同の顔を見まわした。
「ああ、行こう」
 少年たちは、武者(むしゃ)ぶるいした。
「すると、塔へあがる階段を見つけるんだ。行こうぜ、いいかい」
「いいとも」
 前進を開始した。
 かびくさい部屋をいくつか通った。
 色のさめたカーテンに手をかけると、紙のようにベリベリとさけた。そして頭上からどっと何十年の埃(ほこり)が落ちて来た。少年たちは、そのたびに息がつまった。
 そのうちに、大きな部屋に出たと思ったら、そのむこうに階段がみえた。螺旋(らせん)形に曲った広い階段で、その真中には赤いジュウタンがしいてあった。そのジュウタンのふちは黒であった。
「ああ、あれだ、時計塔へのぼる階段は――」
 少年たちは階段の下へかけつけた。
「気をつけてのぼるんだぜ、ちゃんと間隔をとって登ろう」
 そこで四少年は、ロープの間隔をおいて、五井から順番に階段をのぼりはじめた。
 やがて五井が、階段を中二階までのぼり切った。そのとき、しんがり四本が、階段の第一段に足をかけた。
 この階段は、まず異状がなかった。
 次は、中二階から二階へあがる階段だ。これは今までの半分位の短い階段だった。先頭を五井がのぼる。
 がたん。
 大きな音がして、「あっ」と五井の叫び、五井の身体は、階段の中ほどに、とつぜん開いた穴の中へもんどりうって消えた。
「あっ、しまった」
 六条が前にのめる。
 二宮が、うわッといって悲鳴をあげる。
「うぬッ」と、しんがり四本が顔を真赤(まっか)にして、そこへ伏せる。「みんな、その位置を動くな」
 幸いにも、五井は救いだされた。他の三名が、早く身体を伏せたからよかったのだ。
「ああ、ひやっとした。いったいこの屋敷には、落とし穴がいくらあるんだろう」
 五井は、落し穴からひっぱり上げられると、にこにこ笑いながらいった。彼は、ようやくこの種の冒険になれて、もう大しておどろかなくなったらしい。
 他の少年にも、危険とたたかう自信ができたようだ。このようなやり方で、少年たちは階段を一つ一つ征服していった。
 階段は上になるほど狭くなり、そして粗末(そまつ)になった。もうジュウタンなんか見られなかった。板ばりに塵埃(じんあい)や木の葉がたまり放しであった。だがそこにも落とし穴が二つも仕掛けてあった。
「なるべく階段の端(はし)を通った方がいいようだ、まん中を歩くと、落とし穴の仕掛が働くらしい」
 四本は、早くも階段の秘密を見ぬいた。
 いよいよ時計塔の中へ、先頭の五井は足をふみこんだ。階段はいよいよ狭くなり、人がひとりやっと通れるくらいだ、そして天井は高いが、室内はまっくらであった。懐中電灯の光をたよりに、あがっていくよりほかなかった。
 その光の中に、複雑な機械が、照らしだされた。今はもう死んだように動かなくなったこの時計屋敷の大時計の機械らしい。少年たちは、今こそ古い秘密と向かいあったのだ。

   高い天井

「みんな、心をしっかりもっているんだよ」
 先頭にすすむ五井が、うしろの連中に、最後の注意をあたえた。
「うん、大丈夫だよ」
「心配するな」
「ほんとに、おちついて、しっかりしてくれよ、どんなお化けが出たって、こわがってはだめだよ」
「こわがるくらいなら、ここまで来やしないよ」
「そうだ、そうだ」
 みんな、いせいのいいことをいう。しかしみんなの声は、気のせいか、すこしふるえをおびていた。
 五井が合図(あいず)に、綱をひいて、それからむこうを向いて、せまい階段をのぼりだした。なにが、この時計台の上に待っているだろうか。
 四少年の影法師が大きく壁にゆらぐ、みんなの足音が、気味わるく反響する。
 ふいに、頭の上にばたばたと音がして、こっちへとびついて来たものがある。
「あッ」
「出たぞ」
 大きな鷲(わし)のような影が、壁にうつった。
「コウモリだ。心配するな」
 一番下にいる四本が、声をはげましていった。
「なんだ、コウモリか」
 五井が持っていた竹の杖(つえ)をぴゅうぴゅうふりまわす。すると、さわぎはさらに大きくなった。コウモリは一ぴきではないらしい、四五ひきはとんでいるようだ。
「コウモリがいるくらいなら、あとは大したものがいないだろう」
 四本が、そういった。
「ほんと、きっと、外に何にもいないんだね」
 四本の前の二宮が、ふりしぼったような声でたずねた。
「まあ、多分そうだろう。しかし五井君の方を注意していた方がいいよ」
「ああ、そうだ」
 二宮の足は重いらしく、四本のすぐ前で立ち停(どま)りそうな足どりである。
「上まで来たよ、何にも出てこないや」
 五井の声が、上の方で安心したような響きをつたえる。
「えッ、何にも出てこないか、ふーん」
 二宮はほっとして、階段に腰を下ろしてしまった。すると四本がそばへよって来た。
「おい二宮君、このいきおいで、早く上まであがってしまおうよ。のぼりたまえ」
「え。いいじゃないか、上には何にもないと、五井君がいっているもの」
「じゃあ、君はここにいたまえ、ぼくは上までのぼる、ロープはといてしまうからね」
「う、待った。ロープをといちゃいけないよ、ぼくも上へのぼる」
 四人はついに上までのぼった。
 そこは、時計の機械のまうえになっていて、二メートル平方ほどの板の間になっている。上を見上げると、煙突(えんとつ)の内側のようになって、まだ五六メートルの空間が少年たちの頭上にあった。電灯をその方へさしつけてみたが、天井のあることと、そのまん中あたりに、鎧(よろい)でもぶら下げるためにつけてあるのか、大きな鈎(かぎ)が一つ見える。その他ははっきり見えない。
「あそこまでのぼってみるのが本当なんだけれど、どうする」
 五井が、頭の上をさしていった。
「ぜひ、みたいものだ、しかし、下から長いはしごを持って来る必要があるね」
 六条が、そういった。
「ぼくは、時計台の天井は調べる必要はないと思う。だって、あの上は建物の外へ出るだけだからね。それよりも、時計の機械を調べたいね。なぜ、そして、どうして、この時計は停ってしまったのか、それを知りたいね」
 四本が、こういって、反対の説をもちだした。
「時計のことよりも、この屋敷へはいって行方不明になった北岸さんなんかの安否(あんぴ)を調べるのが第一の目的なんだから、やっぱり時計台の天井までのぼって、そのへんに何か隠(かく)れ穴(あな)でもないか、調べた方がいいよ」
 五井は、六条が同意したので、あくまで天井を調べたいといいはった。
「じゃあ、手分けをしてやればいいよ。君たち二人は天井を調べ、ぼくと二宮君は時計の機械を調べる」
「さんせい、ぼくは時計の方だ」
 二宮が叫んだ。
 そこで四人は、二手に分れることになったが、まだロープをとくところまでいかない前に、とつぜん意外なことが起こった。
「あ、地震らしいぞ」
「うん、これは大きな地震だ」
「あ、こんなところにいては、あぶないね」
 がたがたと、四少年のいる板の間は大きくゆれだした。天井からは、土のようなものがばらばら落ちて来た。時計の金具(かなぐ)が、ぎしぎしきしむ。四少年は、たがいに抱(だ)きあって、ゆれがおさまるのを待とうとしたが、そのとき板の間がめりめりと音をたてて、ぐらりと傾(かたむ)いた。
 あっという間に、四少年は、傾いた板の間からすべり落ちて、下へ墜落(ついらく)していった。さっきはちゃんとしていた階段が方々ではずれていたので、少年たちはどこまでも下へ落ちていった。

   地震が奇縁

 そのままでは、少年たちは下で頭をぶっつけて死ぬか重傷を負うか、どっちかであったろう。
 だが、幸運というのか何というか、途中で、階段が裏がえしになって、斜めに空間にひっかかっていたのにぶつかった。そしてそれにぶつかったはずみに、すぐ前の壁の穴の中へずるずると滑(すべ)りこんだ。
「あッ」
 身体の平衡(へいこう)をとりもどすひまもない。一同は、はずみのついたボールのように、もんどりうってくらがりの闇(やみ)の中へ叩きつけられたが、幸いにもそこは身体にやわらかくあたった。
(畳がしいてあるな)
 と気がついた。そしてぷーんと、かびくさい匂いが鼻をうった。
 やっと気が落ちついて、口がきけるようになってみると、懐中電灯は四本のものの外、全部がなくなっていた。さっき落ちるとき手から放したのであろう。
 そのただ一つの電灯で、四本はみんなの顔をてらした。
 五井も六条も、顔にすり傷をこしらえ、土にまみれたまっくろな顔をしていたが、まず無事だった。二宮だけは、目をまわして、のびていた。
 だが、ちょっと介抱(かいほう)すると、二宮も気がついた。大したことではなかったらしい。
「どうしたんだろう。ここはどこかな」
「居間の一つらしい、暗くてよく分らないが、あそこからあかりがもれる。雨戸(あまど)か窓か、とにかくあれをあけてみよう」
 五井が立ちあがったが、すぐぶったおれた、ロープが彼をひきとめたのだ。
「もうロープの用はない、とこうや」
「よし」
 少年たちは、ロープをときにかかった。
「おや、なにか、あやしい音がしているよ、五井君、四本君、六条君、あれは何だろう」
 二宮のおびえた声だ。
「あやしい音がするって」
「あれは時計の音だよ、さっきからしているんだ」
 かった、かった、かった。
 ゆっくりと同じ周期で同じ音がくりかえされている。たしかに時計らしい。
「時計は停っていたはずなのに……」
「さっきの地震のせいで、久しぶりに、動きだしたんだろう」
「ああ、そうか」
 ロープをといた、それから五井は、さっき見かけたあかりのさしこむところまで、行ってみた。四本の電灯で、それをよく見ると、となりの部屋との間のすき間らしい。
 だが、となりの部屋へは、かんたんに行けそうもなかった。それは、壁がしっかりしているばかりか、ひきあけるにも、何の穴もなかった。つまりここはこの部屋にいる者が、勝手にあけたてするところではなかったのだ。
 五井たちはがっかりしたが、なおも希望を捨てずに、この部屋を探しまわった。この部屋は、がらんとしていて、何一つおいていない部屋だった。戸もなければ、襖もない、あるのは厚い壁ばかり、天井は太い木で組合わした格子天井(こうしてんじょう)いったいこの部屋はどこから出入りするのか分らない。
「あ、窓があるよ、あそこにある、空気ぬきかもしれない」
 六条の目が、天井に近い隅(すみ)っこに、鉄格子の小さい窓らしいものを見つけた。しかしこの窓からは、あかりがはいってこなかった。鉄格子の外に、窓をふたしているものがあるのだ。
「あれを、叩(たた)きやぶろうじゃないか、するとあかりがはいって来るかもしれないよ」
「よろしい。それでは、元の場所まで行って、階段のこわれたところから、材木でも見つけてこよう」
 そのときだった。
 とつぜん大きな音をたてて、鉦(かね)が鳴った。かーン。
「あ、なんだろう」
 ぎりぎりと音がして、また、かーンとひびいた鉦の音。
 四少年は思わず一つところにかけ集った。

   久しぶりの報時(ほうじ)

「なあんだ、あれは、時計が鳴りだしたんだ」
「えッ、時計か、ほんとか」
「時計だよ、時計はさっきから動いていた、だからちょうどいいところへ来れば、音をたてて鳴りひびくはずだ」
「三つうったね、三時だ」
「そうだ、三時だ、ほんとうの時間は、今何時ごろだろうか」
「やっぱり三時ごろじゃないかな」
「気味のわるい音だね、この時計台の時計のひびきは……」
 そういっているとき、つづいて思いがけないことが起った。
 それは、さっき見つけた空気穴らしい小窓(こまど)のふたが、ひとりでに、ぱっとあいた。そしてそこから、さっとあかるい光線がさして来た。
「あ、あの窓があいたよ」
「だれが、あけたんだろうか」
「みんな警戒するんだ、きっと、このあと、なにか起るぞ」
 五井が叫んだ。
「ほら、もうなにか起っているよ、そこの壁が動いている」
 四本の声だ。
「え、壁が動いているって」
「そうだ、窓の左手の壁だ、壁全体が上へあがって行く」
「あ、そうだ。みんな、うしろへ下れ、危険だぞ」
 五井は、みんなを壁と反対のうしろへ下げた。その間にも壁は音もなく上にあがってゆく、そのむこうに何があるのか、あいにく、その奥はまっくらで、何の形もみとめることができなかった。
 壁はだんだんあがっていった。天井の中にはいってしまうのであろうか。
 やがて、壁はあがり切った。
 ことんと音がしたと思ったら、今あがった、壁のむこうの部屋が、急にあかるくなったのだ。どこかに、あかり窓があって、それがあいたものらしかった。
 さて四人の少年は、次の部屋に何を見たろうか。
「あッ」
「なんだ、あれは……」
 少年たちは、めいめいの心の中に、かねて聞いていた左東左平の妻お峰と娘千草らしい二体の白骨が、寝床によこたわっているという例のものすごい光景を見るのではないかと思っていた。
 ところが、その予想ははずれた。
 少年たちが見たものは、古ぼけた洋風の実験室らしいものだった。
 いくつかの台があり、その上にいろいろの形をしたレトルトやビーカーや蛇管(じゃかん)が、それぞれの架台の上にのっている。たくさんの壜(びん)がある。
 古い型の摩擦電気(まさつでんき)を起す発電機らしいものもある。炉(ろ)らしいものもある。ふいごが三つもころがっている。
 棚(たな)には、本や薬品の壜らしいものも並んでいる。椅子が一つ横たおしになっている。他の腰掛(こしかけ)は、ちゃんとしている。
 壁に、額縁(がくぶち)が一つ、ひんまがって掛っているが、その中には、かんじんの絵がはいっていなかった。いや、はいっていないわけではない。そこにはいっていた油絵らしいものが、切りとってあった。それは肖像画(しょうぞうが)らしかった。

   八木君目ざめる

 話は、八木のことにもどる。
 八木君は、空井戸(からいど)の中にひとりぽっちとなり、心細くなっていた。空井戸の底から上を見上げたとき、井戸の上あたりで、鬼火(おにび)が二つおどっているのを見て、びっくりした。そこまでの話は、前にしておいた。
 八木君は、肝玉(きもたま)のすわっている方であった。けれども、青白い鬼火がふわふわと宙におどっているのをこんな場所でしかも心細いひとりぽっちで見物したんでは、あまりいい気持ではない。
「あああァ……」
 と、八木君は声をあげて、地下道をまた奥の方へ逃げこんだ。
 そこで彼は小さくなって、土の壁にもたれてかがんでいた。恐ろしさに気がつかれ、その上に、ここへはいってからの活動のつかれも一時に出て来て、八木君はいつとも知らず睡りこんでしまった。
 それからどのくらい時間がたったか、八木君は知らなかった。
 夢の中に、カーン、カーン、と天主教会(てんしゅきょうかい)の鐘がなるひびきを聞いた。大司教(だいしきょう)さまが、盛装(せいそう)をしてしずしずとあらわれた。と、下から清水がこんこんわき出して……。
「あッ、水が出てきた」
 八木君は目をさました。
 気がついてみると、あたりは水だらけになっている。お尻(しり)も足も、水づかりだ。
 なぜ急に、こんなに水が出てきたのか。
 八木君は、立ち上った。そして足もとに注意し、耳をすました。水は、だんだんふえて来る様子だ。すこしはなれたところで、どうどうと音がしている。それから水がわいて来るものらしい。
「このままでは、溺(おぼ)れてしまう、なんとかして、水の出るのをとめることはできないかしらん」
 八木君は、この期(ご)におよんでも、あわてることなく、冷静を保(たも)っていた。
 ざぶざぶと水をわたって、八木君は、水のわいてくると思われるところへいってみた。
 あいにく、まっくらで分らない。
 彼が持っていた懐中電灯は、いつの間にか水づかりとなって、ボタンをおしてもあかりがつかなかった。
 そのくらやみの中で、八木君は足でさぐりながら、出水口の様子をしらべた。
「うむ、すごいいきおいで、水が下からわいてくる。これはきっと、上にタンクがあって、タンクの水がながれこんでくるんだな」
 あとで分ったことであるが、これはタンクにたまった水と同じような種類であるが、じつはそれとはくらべものにならないほど多量の水をたくわえているところから、こっちへ流れこんで来たのである。それは泉水(せんすい)の大きな池であった。
 そうでもあろう、水のいきおいはもうれつであった。とても水の出口をふさぐことはできないことが分った。たとえ八木君が、自分のお尻をそこへ持っていって、出口を力いっぱいふさいだにしても、一分間ももちきれないであろう。
 さすがの八木君も、すこしあわてないわけにはいかなかった。
 また、ざぶざぶと水をわたって、空井戸(からいど)の下へ行ってみた。そして上へ向けて「おーイ、おーイ」とよんでみた。
 だが、それを聞きつけて、井戸の上に姿を見せた者はひとりもなかった。

次ページ
ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:78 KB

担当:undef