怪星ガン
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著者名:海野十三 

   臨時放送だ!


「テレ・ラジオの臨時ニュース放送ですよ、おじさん」
 矢木三根夫(やぎみねお)は、伯父(おじ)の書斎の扉をたたいて、伯父の注意をうながした。
 いましがた三根夫少年は、ひとりで事務室にいた。そしてニュースの切りぬきを整理していたのだ。すると、とつぜんあの急調子の予告音楽を耳にしたのだ。
(あッ、臨時放送がはじまる。何ごとだろうか)と、三根夫は椅子からとびあがって、テレ・ラジオのほうを見た。その予告音楽は、そこから流れでていたし、またその上の映写幕には目にうったえて臨時放送のやがてはじまるのを、赤と藍(あい)とのだんだら渦巻でもって知らせていた。
 テレ・ラジオというのは、ラジオ受信機とテレビジョン受影機(じゅえいき)がいっしょになっている器械のことだ。みなさんはすでに知っておられることと思うが。……
(臨時放送は、まもなくはじまる。そうだ、すぐおじさんに知らせておかなくては。……あとで「なぜそんな重大なことをおしえなかったのか」などといって目をむくおじさんだから、知らせておいたほうがいい)
 三根夫は、事務室をとびだすと、廊下を全速力で走って、いまものべたように、伯父の書斎までかけつけると、扉をどんどんたたいたのである。
 なかから、大人の声が聞こえた。
「臨時ニュースの放送か。よしわかった。……鍵はかかっていないよ。こっちへはいってミネ君も聞くがいい」
 伯父は三根夫のことを、いつもミネ君と呼んでいる。探偵を仕事としている伯父のことだから、なかなか気むずかしいこともあるが、ほんとはやさしい伯父なのである。
 三根夫は扉をあけて、書斎にはいった。
 伯父の帆村荘六(ほむらそうろく)は、寝衣(ねまき)のうえにガウンをひっかけたままで、暗号解読器をしきりにまわして目を光らせていた。このようすから察すると、伯父は夜中にとび起きて、なにかの暗号をときにかかったまま、朝をむかえたものらしい。
 伯父の頭髪はくしゃくしゃで、長い毛がひたいにぶらさがって目をふさぎそうだ。卵形をしたりっぱな伯父の顔は、たいへん色が悪く目ははれぼったい。三根夫は伯父に同情し、そしてまた仕事に熱心すぎる伯父の健康についてしんぱいになった。三根夫がはいっていっても、伯父はちらりと、ひと目だけ甥(おい)を見ただけで、あとはふりむいても見ず、声をかけようともせず、ますますいそがしそうに暗号解読器をまわしつづけているのだった。
 そのとき、臨時放送がはじまった。
 アナウンサー田村君の声が、いつになくきんきんとするどく響く。――
「お待たせしました。臨時ニュースを申しあげます――」
 すみの三角棚(だな)のうえにおいてあるテレ・ラジオがしゃべりだす。その器械のまん中にはまっている映写幕には、アナウンサー田村君のきんちょうした顔がうつっている。
「――地球連合通信。九時五分発表。
 サミユル博士以下六十名の搭乗しております宇宙艇『宇宙の女王(クィーン)』号が遭難したもようであります。
 その遭難地点は、地球より約四千万キロメートルのところと思われます。
『宇宙の女王』号が金星探検のために宇宙旅行をつづけていたことは、みなさんよくごぞんじの通りであります。
 地球時間の本日七時五十五分に『宇宙の女王』号は謎の文句をのせた無電を放送いたしました。その文句は、
『……航行不能におちいった、どこの故障なるや解くことをえず。艇および艇内気温異様に急上昇す、室温摂氏三十五度なり。乗員裸となる。二等運転士佐伯(さえき)、怪星を前方に発見す、太陽系遊星にあらず、彗星にあらず、軌道法則にしたがわずふしんなり。ただいま突然、怪星怪光をあげて輝き、にわかにわれに接近す。われいまや怪星(かいせい)ガン』
 電文はここで切れております。
 それいらい『宇宙の女王』号よりの無電連絡はとだえておりまして、すでに一時間余を経過しており、同号の安否はすこぶる憂慮(ゆうりょ)されております。
 同号は、非常のときに五種の救難信号を発するように設備せられていますが、いままでにその一つもつかまらないのであります。それから推察して、『宇宙の女王』号は、まえに読みました謎の無電の停止した直後に、おそるべき破壊または爆発をとげたものではないかと思われます。
 なお、遭難地点にちかき空間を航行ちゅうの宇宙艇にたいし、救難のためその地点へ急行するよういらいをしましたが、調査によれば約三隻あり、そのもっとも近きものは、現場より千三百万キロメートルをへだてた空間にある宇宙採取艇(さいしゅてい)ギンネコ号であります。
 以上がただいまお知らせすることの全部でありますが、十時の定時ニュースのときに、ついか放送することがあるはずでございます。
 サミユル博士の『宇宙の女王』号遭難説に関する臨時ニュース放送をおわります」


   国際電話で


 臨時ニュースを聞きおわって、三根夫は、すがりつくように伯父のほうへ目を向けた。
 すると帆村は、いつのまにか暗号器からはなれていて、小さな腰掛のうえに腰をおろして足を組み、膝のうえにメモをひらいて、鉛筆をにぎっていた。三根夫が見たとき、帆村はメモのうえに書きつけた速記文字を熱心に見入っていた。
「おじさん。たいへんなことがおきたものですね」
 すると帆村は無言のままメモを持って立ちあがり、しずかに事務机のうえにおいた。このとき帆村の唇が、ぎゅっとへの字にまがった。それはこの名探偵が、何かある重大なる手がかりをつかんだときにするくせだった。
「おじさん。どうしたんですか」
 三根夫は、伯父からしかられるだろうと思いながらも、そういって聞かずにはいられなかった。
「うん。これはまさに重大事件だ。わら小屋の一隅(いちぐう)に、マッチの火がうつされて、めらめら燃えあがったようなものだ。見ていてごらん。いまに世界じゅうをあげてさわぎだすようになるだろう」
「いまではもう世界的事件になっているではありませんか。臨時ニュースで放送されるくらいですもの」
「いや、それでもいまは、まだマッチの火がわら束(たば)にうつったくらいだ。やがで世界じゅうの人々が火だるまになってわら小屋からとびだしてくるだろう。――おや、おや、僕はとんでもない予言をしてしまったね。予言することは、このおじさんはほんとは大きらいなんだが……」
 そのとおりであった。伯父は、事件の捜査にあたって、いろいろな証言や証拠品がそろって、もうだれにも「かれが犯人だ」といえるようになっても、伯父はけっしてそれを、ひとにいわないのだった。また次の日、犯人がある場所へあらわれることを知っていても、それをけっしていわない人だった。そういうときは、伯父はその日になってその場所へいって待っている。そして犯人がほんとに姿をあらわしたときに、伯父ははじめて「そうだ。そうこなくてはならなかったのだ」と一言つぶやくのがれいだった。
 だから伯父帆村荘六が、いままでになく『宇宙の女王(クィーン)』号の遭難事件が、やがて全世界の人々をすっかりおびやかすほどの大事件にまで発展することを予言したのは、伯父がこの事件について、よほどおどろいたせいなのであろう。
 いや、さもなければ、伯父はなにかこういう事件の発生を待ちかまえていたところだったので、臨時ニュースを聞いているうちに、それだと知ってきゅうにおどろいたのかも知れない。伯父がメモに取った速記は、いまの臨時ニュースの全文のうつしなのであろう――と、三根夫は思った。
「世界じゅうの人々がさわぎだす事件て、それはいったいどんなことが起こるんですか」
「さあ、それはしばらくようすを見まもっているしかないね」
 このときはやくも伯父は、いつもの慎重な探偵の態度にもどってしまった。
 そのときであった。けたたましい呼出し音響(おんきょう)とともに外から電話がかかってきた。
「お、きたようだ」
 帆村は、かれにしか意味のわからないことをつぶやいて、電話機のほうへ足早にいった。
 かれがスイッチを入れたのは、国際電話の器械のほうだった。やはりテレビジョンがついていて、電話をかけてくる相手の顔が映写幕にうつる方式の電話機だった。
 映写幕のなかに、血色のいいアメリカ人の顔がうつった。顔の背景に、宇宙図が見えていた。
「やあ、ミスター・ホムラ。ぼくはきみを引っ張りだす役目を仰(おお)せつかったのだ。うちの社できみを雇って、出張してもらおうというんだがね、行先は宇宙のまっ只中だ。聞いたろう、さっきの臨時ニュース放送を……」
 ぶっきら棒に、さっそく用件を切りだしたそのアメリカ人は、ニューヨーク・ガゼット新聞の社会部記者として名の高いカークハム氏だった。そして彼カークハム氏は、これまで二、三の事件を通じて帆村荘六と知合いなのであった。
「だしぬけにぼくを引っ張りだして、どういう仕事をやれというのかね、カークハム君」
 そういう帆村の声は、いつもの落ちついたしずかな調子であった。
「明朝はやく、こっちから『宇宙の女王』号の救援艇が十隻(せき)出発する。その一つにきみは乗るんだ。もう救援隊長テッド博士の了解をえてあるが、きみは『宇宙の女王』号の捜査にしたがうんだ。そして記事を全部わが社へ送ってくれるんだ。わが社は、それを新聞、ラジオ、テレビジョンを通じて特約報道としてアメリカはもちろん全世界にまき散らすんだ。――もちろんきみは引きうけてくれるね」
「その他に条件はあるのかね」
「ない。それよりはきみのほうの条件を聞かしてくれ」
「条件は別にないよ――おッと、ちょっと待ってくれ、カークハム君」
 帆村は送話口(そうわぐち)でしゃべるのをちょっと中止して、横へ首をのばした。そこには三根夫がいて、しきりにじぶんの鼻を指さしていた。
「ゆきたいのか。……ふーん。しかしひどい目にあって泣きだしても知らないよ。大丈夫か。きっとだね」
 帆村は小声の早口で甥(おい)とはなしてから、ふたたび映写幕のなかのカークハム氏と向きあった。
「条件はただ一つ。ぼくの甥の矢木三根夫という少年をぼくの助手として連れていくこと。いいだろうか」
「オーケー。では契約したよ」
 カークハム氏はにっこり笑った。
「救援艇の出発一時間まえまでに、社へぼくをたずねてきてくれたまえ。それまでにこっちはいっさいの準備と手続きをしておく」


   三根夫の買物


 えらいことになった。
 きゅうに話がきまって、アメリカへ飛ぶことになった。――いや、アメリカどころか、何千万キロ先のひろびろとした宇宙のまっ只中(ただなか)めがけて旅立つのだ。
 帆村荘六は、三根夫に、あと三時間の自由行動をゆるした。そして本日十三時に東京発の成層圏航空株式会社の『真珠姫(しんじゅひめ)』号に乗りこんでニューヨークへたつこととなった。それに乗れば目的地へ五時間でつく。
 三根夫は、すっかりうれしくなり、顔をまっ赤にほてらせたまま、往来(おうらい)へとびだした。この三時間に、かれは宇宙旅行の準備をととのえるつもりだった。必要だと思ういろいろな品物を買いそろえなくてはならない。
 それから、いとまごいをしておきたい先生や友だちも四、五人あったが、それを全部まわる時間はないかもしれない。テレビ電話をかけて、それでまにあわせることにするか。
 いとまごいをするのは、それだけだ。三根夫には両親も兄弟もない。兄弟は、はじめからない。両親は、はやくに亡(な)くなった。だから、一番近いみよりといえば、帆村伯父だけであった。
「さあ、なにを買って、持っていこうかなあ」
 三根夫は商店街を歩きまわった。そしてぜひ必要だと思うものを買い歩いた。
 たとえばかれは十冊ぞろいの名作小説文庫を買った。また愛曲集と画集を買った。それから工学講義録二十四冊ぞろいも買った。これらは艇内にとじこめられて、たいくつな永い旅行をつづけるあいだに、たのしんだり、勉強をするためだった。
 受信機や万年筆や手帳やトランプやピンポン用具などは、買いかけたが、やめにした。こんなものは艇内にそなえつけてあるだろう。
 薬品を買うひつようはないであろう。
 服装に関するものもないだろう。靴なんかのはきものもいらないであろう。艇内には、そういうものを作ってくれる裁縫師(さいほうし)や靴屋さんがいるであろうから。
 だんだん考えていくと、ぜひ買っていかねばならぬ品物があまりないことに気がついた。
 もう家へかえろうかなと思った三根夫は、最後に、とうぶん銀座街ともお別れだと思い、そこを歩いた。
 昔ながらの露店(ろてん)が、いろいろなこまかいものをならべて、にぎやかに店をひらいていた。それをいちいちのぞきこんでゆくうちに、三根夫は、ある店に、小さな娘の人形が、オルゴールのはいった小箱のうえで、オルゴールの奏楽(そうがく)とともにおもしろくおどる玩具(おもちゃ)を、一つ買った。かれはオルゴール音楽がたいへん好きだったのである。
 それからしばらくいった先の店で、かれは一ちょうの丈夫なパチンコを買った。さらにその先の店で、硝子(ガラス)のはまった木箱のなかで、じぶんの身体よりもずっと大きい車をくるくるまわしつづけるかわいい白鼠(しろねずみ)を買った。それは三つの車がついている一番いい白鼠の小屋に、白鼠を七ひきつけて買った。
 オルゴール人形、パチンコ、車廻しの白鼠の小屋――なんだかあまりひつようのように見えないへんな買物であるが、とにかくときのはずみで三根夫はそれを買ってしまったのである。いわば、よけいなフロクの買物であった。
 しかしこのフロクの買物が、やがて三根夫にとって、思いがけないたいへんな役目をつとめてくれることになろうとは、さすがに気がつかなかった。
 三根夫がかえってみると、伯父の帆村はやっぱり寝衣(ねまき)のうえにガウンをひっかけたまま、暗号器を廻しつづけていた。別になんの出発準備をすすめているようすもない。
 が、帆村は、三根夫がその部屋へはいっていったとき、
「やれやれ、間にあったぞ」
 ひとり言をいって、暗号器から一枚の紙をぬきだしてほっと一息つくと、その紙片(しへん)を八つに折りたたんで、革製の名刺入れのなかにつっこんだ。
「さあ、でかけよう」
 伯父は寝衣をぬいで、外出用の服に着かえた。たった一分しか、かからない。それから机の上の雑品をあつめてポケットへつっこんだ。それから戸棚(とだな)から一個のトランクをだして、手にさげた。
「ミネ君。でかけるが、きみの準備はいいかい」
「待ってください、伯父さん。ぼくはこれから荷造(にづく)りをするのです」
「おやおや、そうかい。……でもまだ三十分時間があるね」


   救援艇の出発


 ニューヨークのエフ十四号飛行場から、十台の救援ロケット艇がとびだしたときの壮烈なる光景は、これを見送った人びとはもちろん、全世界の人びとにふかい感動をあたえた。
 帆村荘六と、甥の三根夫少年は、テッド隊長の乗っている一号艇に乗組んだ。
 各艇とも、乗員は三十名であった。
 遭難をつたえられるサミユル博士搭乗の『宇宙の女王(クィーン)』号にくらべると、搭乗人員ははんぶんであるが、そのかわりこの救援ロケット艇は、最新型の原子エンジンを使っているので、ひじょうなスピードをだすし、またその航続距離にいたっては十億キロメートルを越すだろうとさえいわれる。
 うつくしい流線形をした巨体。後部には、軸(じく)に平行に十六本の噴気管がうしろへ向かって開いている。
 頭部の一番先のところが半球形の透明壁(とうめいへき)になっていて、その中に操縦室がある。その広さは十畳敷ぐらいあるというから、このロケット艇はかなりの巨体であることがわかろう。
 出発のときは、胴体から引込(ひきこ)み式の三脚(きゃく)をくりだして、これによって滑走(かっそう)した。そのとき、やはり胴体から水平翼(すいへいよく)と舵器(だき)が引き出されて、ふつうの飛行機とどうように地上を滑走した。
 もちろんプロペラはないから、尾部(びぶ)からはきだす噴気(ふんき)の反動によって前進滑走した。そしてある十分なスピードにたっしたとき、艇は空中に浮かびあがり、それから、足と翼と舵器とをそろそろ胴体のなかにしまいこむ。
 一等むずかしい仕事は、スピードをだんだんあげていくその調子であった。スピードをそろそろあげていたのでは、目的地へたっするのにたいへん年月がかかって、搭乗員(とうじょういん)はみんな老人となり、ついにはみんな死んでしまわなくてはならない。
 そうかといって、あまりスピードをあげる割合いを――このことを『加速度のあげ方』ともいう――その割合いをきゅうにすると、搭乗員の内臓によくないことが起こる。ことに脳がおしつけられてしまって、気が遠くなったり、仮死(かし)の状態となり、はげしいときにはそのままほんとうに死んでしまう。そういうことがあるから、あまり加速度をきゅうにあげることもできないのであった。
 つまり、その中間の、ほどよい、そして能率のよいスピードのあげ方というものがある。それをまちがいなく正しく調整していくことが操縦員にとってまず第一番のたいせつな仕事であった。
「ああ、なんという壮烈なことだ。どうかこの十台の救援艇が、無事にもどってきてくれますように」
 そういって、ひそかに神に祈りをあげる老紳士もいた。
「うまくいくだろうか。三十名十台だから、総員三百名だ。このうち何人が生きて帰ってくるだろうか」
 心配する飛行家もいた。
「ああ、勇(いさ)ましい。あたしはなぜいっしょにゆけなかったんでしょう。エイリーンさん、アネットさん、ペテーさんはいってしまった。あたし、うらやましい」
 ハンカチーフをふりながら、残念がるお嬢さんもいた。婦人の搭乗者もあると見える。
「どうかなあ。この救援は成功しまいとおもうよ。第一、宇宙はあまりに広いんだ。……それにね、去年の春あたりからこっちへ、ひんぴんとして行方不明の宇宙艇があるじゃないか。わしのにらんだところによると、宇宙のどこかに、兇悪(きょうあく)な宇宙の猛獣とでもいうべき奴がひそんでいて、みんなそれに喰われてしまうんだどおもうよ」
 禿げ頭のスミス老人が杖をふりまわしながら、花束を持った四、五人の老婦人を相手にしゃべっている。
「まあ、宇宙の猛獣ですって。またスミスさんのホラ話がはじまったよ」
「なにがホラ話なもんか。わしはきのう、その宇宙の猛獣をつかう恐ろしい顔をした猛獣使いを見つけたんだ。わしは相手に知られないように、こっそりと、その恐ろしい奴のあとをつけていったが――ややッ」
 スミス老人は、きゅうに話を切って、おどろきの声をあげた。そのときそばを、顔を緑色のスカーフでぐるぐる巻きにした目のすごい怪しい男が、松葉杖にすがりながら、通りすぎた。


   自称(じしょう)金鉱主(きんこうぬし)


 スミス老人は、おしゃべりを忘れてしまったかのように、口をつぐんだ。そして肩をすぼめてあごひげを小さくふるわせている。老人の顔色は血(ち)の気(け)をうしなっている。
 そのまわりにいた老婦人たちも、スミス老人のただならぬようすに気がついた。そしてスミス老人がぶるぶるふるえだしたわけを、それとさっして、これまた顔色が紙のように白くなり、ひざのあたりががくがくとふるえだして、とめようとしても、とまらなかった。花束までが、こまかくふるえていた。
 ずいぶん永い時間、みんなは息をとめていたような気がした。しかしじっさいは、たった二分間ほどだった。その間に、れいの緑色のスカーフで顔をつつんだ松葉杖の男は、人ごみの中にかくれてしまった。
「スミスのおじいさん、いまここを通っていったのが、そうなんですかね」
 ケート夫人が、さいしょに口をきった。くだもの店をもっているしっかり者と評判の夫人だった。
「しいッ。あまり大きな声をださんで……」
 とスミス老人は大きな目をひらいて言った。
「……わしの言ったことはうそじゃなかろうがな。だれでもひと目見りゃわかる。あのとおりあやしい男じゃ」
「やっぱり、そうなの? あのスカーフの下にどんなこわい顔がかくれているんでしょうね」
「おじいさん。あれが、さっきおじいさんがいった宇宙の猛獣使いなの?」
「そうじゃ。この間から、彼奴(きゃつ)がこのへんをうろうろしてやがるのじゃ。ひとの家の窓をのぞきこんだり、用もないのに飛行場のまわりを歩きまわったり、あやしい奴じゃ」
「なぜ、あの人が宇宙の猛獣使いなの。宇宙の猛獣て、どんなけだものなんですの」
「宇宙の猛獣を知らんのかな。アフリカの密林(ジャングル)のなかにライオンや豹(ひょう)などの猛獣がすんでいて、人や弱い動物を食い殺すことはごぞんじじゃろう。それとおなじように、宇宙にはおそろしい猛獣がすんでいるのじゃ。頭が八つある大きな蛇、首が何万マイル先へとどく竜(りゅう)、そのほか人間が想像もしたことのないような珍獣奇獣猛獣のたぐいがあっちこっちにかくれ住んでいて、宇宙をとんでゆく旅行者を見かけると、とびついてくるのじゃ」
「おじいさん。それはほんとうのこと。それとも伝説ですか」
「伝説は、ばかにならない。そればかりか、あのあやしい男はな、わしがこっそりと見ていると、ひそかに宇宙を見あげて、手をふったり首をふったりしておった。そうするとな、星がぴかりと尾をひいて、西の地平線へ向けて、雨のようにおっこった。だから彼奴は、宇宙の猛獣使いにちがいないんじゃ」
「ほほほ。やっぱりスミスおじいさんのほら話に、あんたたちは乗ってしまったようね」
「おじいさんは、話がおじょうずですからねえ」
「ほら話と思ってちゃ、あとで後悔しなさるぞ。わしはうそをいわんよ。だいいち、あの男の顔をひと目見りゃ、あやしいかどうかわかるじゃろうが……」
「もし、おじいさんのいうとおりだったら、あのあやしい松葉杖の男は、さっき出発したテッド博士たちの旅行に、わざわいをあたえるかもしれませんわねえ」
「それだ。それをわしは心配しておるんだて。それについてわしは、もっといろいろとあのあやしい男のあやしいふるまいについて知っているんじゃ。昨晩あの男はな……」
「あ、おじいさん。あの男が松葉杖をついて、またこっちへもどってくるよ」
「うッ、それはいかん。……わしは、こんなところでおちついで話ができん。こうしようや。みなさんが、次の日曜日、教会のおかえりに、わしの家へお集まりなされ。あッ、きやがった」
 スミス老人が、ぎくりと肩をふるわせたそばを、れいの緑色のスカーフに面(おもて)を包んだ男が、ぎちぎちと松葉杖のきしむ音をたてて通りすぎた。
 一同が、そのほうへこわごわと視線を集めていると、いったん通りすぎたかの男は、ぴたりと松葉杖をとめ、それからうしろをふりかえった。肩ごしに、首をぬっとまえにつきだして、かれはしゃがれ声でものをいった。
「おい、お年寄り、あまり根も葉もないよけいな口をきいていると、おまえさんの腰がのびなくなっちまうよ」
「……」
「おれは金鉱のでる山を三つも持っているパンチョという者だ。これからへんなことをいうと、うっちゃってはおかねえぞ」
 ぎりぎりぎりと、すごい目玉で一同をねめつけておいて、かれはそこを立ち去った。
 あとの一同は、しばらくまた息がつけなかった。スミス老人は、いつまでも唇をぶるぶるふるわせていた。


   宇宙通信


「なかなか気持のいい旅行をつづけています」
 帆村荘六は救援艇ロケット第一号の中から、ニューヨーク・ガゼット編集局のカークハム氏と無電で話をしている。
「はじめは、このような球形の部屋に住みなれなくて、へんなぐあいでしたが、もうだいたいなれました」
 テレビジョン電話で話しているから、この部屋のなかが相手のカークハム氏にもよく見える。そのかわり、カークハム氏の事務室の光景が、帆村のまえにあるテレビ電話の映写幕にうつっている。
 球形の部屋の一つを、帆村と三根夫少年とでもらっているのだ。なぜこの部屋が球形になっているか。その理由はもっと先になるとわかる。
 室内の調度は、みんなしっかり部屋にくくりつけになっている。コップ一つだって、ちゃんとゴム製のサックの中にはめるようになっている。そしてそのサックは壁とか机の上とかに、しっかり取りつけてあるのだ。
「この窓も、もう閉めたきりです。だっていつ窓から外をのぞいても、暗黒の空間に、星がきらきら光っているだけのことですからね」
 地上から成層圏のあたりまで航行する間は、それでも外が明かるく見えていて、多少なぐさめになった。しかし成層圏を突(つ)っ切(き)ってからというものは、どこまでいっても、暗黒の空間に星がきらきらであった。
 もっとも、そのなかにおける一つの異風景は、昼間は暗黒の空間に太陽が明かるくかがやいていることだった。月よりはずっと大きく、もっと赤味(あかみ)のある光りをはなっているんだが、附近の空間は地上で見るような青空でなく、暗黒の空間であることにかわりはない。それはそのあたりにはもう空気がないから、太陽の光りを乱反射する媒体(ばいたい)がなく、だから太陽じしんが明かるく光ってみえるだけで、そのまわりはすこしも明かるく見えないのだ。
 これは宇宙旅行の第一課にそうとうする知識なのである。
 地上から二十万キロメートル位のところで、空から明かるさがまったく消えたが、そこまで達するのに、地上出発いらいちょうど十二時間かかった。それいじょうに速くすることは、乗組員の生命に危険があった。
 いまも加速度は、ぐんぐんふえていく。それはこの宇宙艇隊の航空長とその部下が、計器をにらみながら、ひじょうに正確にあげているのだ。そのやりかたの良し悪しによって、この宇宙艇隊の乗組員の健康を良くも悪くもし、また原動力の能率を良くも悪くもするのだ。しかもそのけっかが、さらに『宇宙の女王(クィーン)』号の救援作業の成功か不成功かをさだめる原因となるのだ。
「地上では、われわれの救援ロケット隊にかんしんをもっていますか」
 帆村もそのことが気になると見え、カークハム氏にたずねた。
「かんしんをもっているかどうかどころじゃない。きみたちが空を飛んでいるところを、二十四時間テレビジョンで放送してくれなどという注文があるくらいだ。新聞記事のほうでも、二面全部をこんどの事件に使っているよ。それでも読者は、まだ報道が少ないとふへいをいってくる」
「なるほど、近頃まれなるかんしんのよせぶりですね。しかしそのわりに、われわれの現場到着はひまがかかるので、みなさんにしびれを切らしてしまいそうですね」
「それはその通りだ。だから一刻もはやく現場へ到着してもらいたいものだ。このあと、ほんとに一カ月半ぐらいかかるのかね」
「そういっていますね、うちの艇長が……」
「これから一カ月半を、どうして読者をたいくつさせずに引っ張っていくか。これはうちの社のみならず各社各放送局でも気にやんでいる。だからねえ帆村君。その間に、なにかちょっとした事件があってもすぐ知らせてくれるんだよ。そしてじぶんの部屋なんかにあまり引きこもっていないで、操縦室にがんばっていて、首脳部の連中のしゃべること考えることをよく注意していてもらいたいね」
「それは、やっていますから安心してください。今、操縦室には三根夫ががんばっていますよ。ぼくと交替で、かれがいま部署についているのです」
「三根夫少年だろう。少年で、首脳部の連中のいっていることがわかるかね」
「あれは勘のいい少年だし、ぼくがこれまでにそうとう勉強させてありますから、大事なことはのがさないでしょう」
「そうかしら。なんだか心配だぞ」
 そういっているときであった。艇内電話のベルがけたたましく鳴りひびいた。帆村は手をのばして、卓上から電話機につづいている紐線(ひもせん)をずるずると引っ張りだし、そのはしを耳の穴に近づけた。紐線の端には、線とおなじ太さの受話器がついていた。
「ああ、ミネ君か。……えッ、なんだって。第六号艇がおかしいって。故障? えっ、火災が起こった。爆発のおそれがあるって。それはたいへんだ。ぼくは、そっちへすぐゆくよ」
 帆村は受話器をもとへもどして、立ちあがりざま、テレビ電話の映写幕のなかに録音器を抱きあげて目を丸くしているカークハム氏にいった。
「わかったでしょう。三根夫はなかなか使えるじゃありませんか。ではぼくは操縦室へゆきます。あっちからあなたにあらためて連絡します」
 帆村はいそいで部屋をとびだした。


   刻々危険せまる


 三根夫少年は、操縦室の壁ぎわに、頬をまっ赤にして、はりきっていた。
 帆村の姿が見えると、三根夫は手をくるくると動かして、なにか合図のようなものを帆村に送った。
「六号艇ハ絶望ラシイ」
 手先信号で、三根夫は重要なることを帆村に知らせた。
「どうしたの、第六号は……」
 帆村は三根夫のそばへかけよると、小さい声でたずねた。
「いまから五分まえに、後部倉庫からとつぜん火をふきだしたそうです。原因は不明。消火につとめたが、次々に爆発が起こって――燃料や火薬に火がうつって誘爆(ゆうばく)が起こって、手がつけられないそうです。テッド隊長は、『絶望だ』とことばをもらしました」
「わかった。ここはぼくがいるから、ミネ君は部屋へいそいでもどり、ガゼットのカークハム君を呼びだして、いまの話をしたまえ。そしてね。ぼくもあとから連絡するといっておいてね。その連絡がすんだら、きみはもう一度ここへやってくるんだよ」
「はい。そのとおりやります」
 三根夫は、いそぎ足で操縦室をでていった。
 あとには帆村が壁ぎわに立ち、この部屋でいまむちゅうになって働いている人々のじゃまをしないようにつとめながら、悲しむべき第六号艇の椿事(ちんじ)のなりゆきを見まもった。
 いまこの操縦室には、本隊の首脳部がのこらず集まっていた。もちろん隊長テッド博士が中心になって、なんとかして第六号艇をすくう道はないかと、一生けんめいにやっている。
 その悲劇の第六号艇の姿は、操縦室の前方側面の壁に、大きくうつしだされている。それは一メートル四方のテレビジョン映写幕いっぱいにうつしだされているのだった。
 艇の姿がななめになってうつっている。本艇よりはすこしおくれている。そして艇のうしろから三分の一の部分のところから七、八箇所も、えんえんと火を吹きだしている。その焔にまじって、まぶしいほどの火の塊が、ぼんぼんとはねながらとんでいる。それらの焔と煙とは、むざんな火の尾を長くうしろにひいている。それは艇の全長の五倍にものびていて、見ているだけで脳貧血が起こりそうである。
 いったいどうしてこんな大椿事が起こったのであろうか。
 第六号艇の艇長ゲーナー少佐は、原因不明だと無電でテッド隊長に報告している。この救援隊の十台のロケット艇がエフ十四号飛行場を出発するとき、地上では不吉(ふきつ)な流言(りゅうげん)がおこなわれたが、それがとうとうほんものになったようでもある。
 隊長テッド博士以下の救援隊の首脳部の心の痛みは、災害をちょくせつに身にうけてその生命もいまや風前の灯火どうようの第六号艇の乗組員三十名よりも、ずっとふかく大きかった。
 テッド博士たちとゲーナー少佐とは、あれから無線電話でたえずことばをかわしていたのだったが、テッド博士はついに第六号艇の火災と爆発とが、とても人力(じんりょく)によってふせぎ切れるものでないことを見てとると、艇員たち全部の退避をすすめた。
 艇長ゲーナー少佐は、沈着な責任感の強い軍人だったので、隊長テッド博士のこのすすめには、すぐにはしたがわなかった。そしてなおも部下をはげまして消火作業をつづけさせたのであった。
 だが、それから五分ののちに致命的(ちめいてき)な大爆発が起こり、そのために艇の後部はふきとばされてしまった。そのすごい光景は、司令艇の操縦室の映写幕にもはっきりとうつって、帆村も見た。見たは見たが、あまりに悲壮(ひそう)であってとうてい見つづけることはできなくて、おもわず両手で目をおおったほどだ。帆村だけでなく、他の人びとの多くも目をおおった。
 隊長テッド博士だけは、またたきもせず、だいたんにこの地獄絵巻のような第六号艇の爆発をじっと見つめていた。そして艇長ゲーナー少佐にたいし、ふたたび総員退避をすすめた。
「ゲーナー艇長。この次の爆発が起こると、原子力的な大爆発となるだろう。そうすれば、第六号艇だけでなく、のこりのわれわれ九台の宇宙艇もまたぜんぶ破壊するおそれがある。だから一刻もはやく総員を艇から退避させたまえ。きみたち救援のことは引き受けた」
 隊長の忠言は、ゲーナー少佐をついに動かした。
「隊長。わかりました。総員退避を命令します。部下を救ってください。お願いします」
 少佐はそこではじめて最後の命令をだした。
 二十九名の乗組員は、部署をはなれて、空間漂流器(くうかんひょうりゅうき)をすばやく身体にとりつけると、艇外へ飛びだした。黒暗澹(こくあんたん)たる死のような空間へ……。


   爆発原因


 帆村は、手に汗をにぎって、映写幕のうえに見入っていた。
 かれは、しばしばうなった。こうしてじっとして惨劇(さんげき)を見ているにたえなかった。じぶんもすぐ艇外へとびだして、あの気のどくな第六号艇の漂流者たちのなかに身を投じ、ともに苦しみともにはげましあって、この危機の脱出に協力したかった。
 だが、そんなことはゆるされない。艇外へとびだしたとて、何のやくに立とうぞ。
 第六号艇のまわりには、僚艇(りょうてい)から放射する探照灯(たんしょうとう)が数十本、まぶしく集まっていた。その中には、空間漂流器を身体につけて、艇からばったのようにとびだす乗組員たちの姿もうつっていた。また、すでにその漂流器にすがって空間をただよっている乗組員たちの姿をとらえることもできた。それはどこかタンポポの種子(たね)ににていた。上に六枚羽根のプロペラがあり、それから長軸(ちょうじく)が下に出、そして種子の形をした耐圧空気室があった。人間はこのなかへ頭を突っ込んでいるが、だんだんと下から上へはいりこむと、しまいには全身をそのなかに入れることもできた。
 この耐圧空気室のなかには、いろいろな重要な器具や食糧や燃料などがそろっていた。まず発光装置があって、遠方からでもその位置がわかるように空間漂流器全体が照明されている。
 無電装置は送受両用のものがついているから、連絡にはことかかない。
 原子力発電機があって、ひつようにおうじてヘリコプター式のプロペラを廻して、上昇することもできる。その外にやはり原子力をりようしたロケット推進器がついており、航続時間は約千時間というから、四十日間は飛べる力を持っている。
 そのほか、空気清浄器や食糧いろいろの貯蔵もあり、娯楽用の小説やトランプもあり、聖書(バイブル)とハンドブックもあった。
 これだけの用意ができている空間漂流器だったから、乗組員はじゅうぶん安心して、これに生命をあずけておくことができた。
 だが、それだけで安心するにははやい。なぜなれば、もし第六号艇が、テッド博士のおそれる第二の爆発を起こすようであったら、その附近から大して遠くはなれてない空間漂流者たちは爆発とともに、まず生命はなくなるものと思わなければならない。
「おい、ゲーナー君。なぜきみは早く退避しないのか」
 無電で、隊長テッド博士が、ゲーナー艇長を叱(しか)りつけるようにいった。
「もうすぐ退避する。二十八名、二十八名だ。まだ一名艇内に残っている者がある」
 少佐は、艇員がもう一名残っているのを気にして、じぶんは危険をおかして踏みとどまっているのだ。
 それを聞くと隊長テッド博士は、胸が迫ってきた。
「ゲーナー君。きみは数えまちがえている。二十九名だよ、今空中を漂流しているのは……」
 博士は、生涯にはじめて嘘を一つついた。
「二十九名? ほんとうに二十九名が漂流していますか」
「ほんとうだ。いくらかぞえても二十九名いるぜ」
「ははは、ぼくはあわてていたらしい。じゃあこんどはぼくが飛びだす番だ……」
 と少佐は壁から空間漂流器をおろして身体にしばりつけようとした。そのとき少佐は、おどろいた顔になって戸口をふりかえった。
「誰だ? まさか……」
 もう誰も残っていないはず。が、戸の外からどんどんたたく音がする。人間らしい。そのようなことがあっていいものか。
 少佐は漂流器を下において、戸口へとんでいった。そして戸をまえへ開いた。
 と、戸といっしょに、ひとりの人間の身体がころがりこんできた。
 たしかに人間だった。乗組員だ。しかし誰だわからない。上半身が黒こげだ。顔も両手も黒こげだ。
「誰だ、きみは……」
 その黒こげの人物は、火ぶくれになった顔をあげ、ぶるぶるふるえる両手に一つの黒い箱をささえて少佐にさしだした。
「きみはモリだな」
「森です」火傷(やけど)の男は苦しそうにあえいで、
「艇長。これを発火現場で見つけました。本艇の出火はこれが原因です」
「これはなにか」
「強酸(きょうさん)と金属とをつかった発火装置です。艇長、本隊を不成功におわらせようという陰謀(いんぼう)があるにちがいありません。他の艇にも、こんなものがはいっているかもしれません。至急、僚艇へ警告してください」
「うん、わかった。すぐ司令艇へ報告する」
 艇長は、痛む胸をおさえて後をふりかえって、テレビ電話のほうを見た。映写幕には、司令艇の隊長テッド博士の顔が大うつしになって、うなずいていた。
『ばんじわかったぞ。はやく退避せよ』と目で知らせているのだ。少佐は安心した。
「報告はすんだ。モリ、さあぼくといっしょにはやく艇から脱出しよう。きみの空間漂流器は……おお、これを着ろ」
 少佐はじぶんの漂流器を森に着せようとした。
「それはいけません。艇長のふかい情(なさけ)に合掌(がっしょう)します。しかしわたしはもうだめです。助かりっこありません。艇長、わたしにかまわず、はやくこの艇をはなれてください」
「そんなことはできない……」
「艦長。はやく艇をはなれてください」
 森は、最後の力をふるって立ちあがった。そして漂流器を少佐にかぶせた。それから操縦室の床にある自動開扉(じどうかいひ)の釦(ボタン)をおして、床がぽっかりと穴があくと、その中へ少佐の身体を押しこんだ。
 すぐその外に、まっ暗な空があった。漂流器にはまった少佐の身体は、ついに艇をはなれた。艇は、ものすごい落下速度がついているので、頭部を下にして急行列車のように少佐のそばをすりぬけて下へ落ちていった。
 それから十五分の後、おそるべき第二の大爆発が起こって、第六号艇は無数の火の玉と化して空中にとび散った。
 椿事(ちんじ)の原因をとらえた倉庫員森もまた、その火の玉の一つとなったことであろう。
 救う者、呪(のろ)う者、魔力をふるう者。
 大宇宙を舞台に、奇々怪々事はつづく。……


   危機一歩まえ


 三根夫少年も帆村荘六探偵も、第六号艇のいたましい最後を涙とともに見送った。
「おじさん。第六号艇は自然爆発したのでしょうか。それとも誰か悪い人がいて爆発させたのでしょうか」
 三根夫は、どうもようすがあやしいので、帆村にたずねた。
「さあ。いまのところ、どっちともわからないが」
 と帆村探偵は首を横にふり、すこし考えているようすだったが、
「うむ、そうか。これは気をつけないといけない」
 といって、顔色を白くした。
「やっぱり悪人がいるんですか」
「うむ。ミネ君にいわれて気がついたんだが、六号艇の爆発した中心部だね、その中心部の位置を考えると、どうしても自然爆発が起こったとは思われない。あそこはぜったい安全な場所だった。……だから、時間の関係から考えても、これは時限爆薬(じげんばくやく)で爆発させられたものと見て、まずたいしたまちがいはないだろう」
 さすがは名探偵だ。
 爆発がどの場所に起こったかを見落としはしなかった。そして爆発の場所から考えて、それは自爆でなく、他人の陰謀によってこの大惨劇(だいさんげき)がひきおこされたことを推理したのだ。
 このことは、あとに六号艇の艇長ゲーナー少佐が救助されたけっかはっきりした。
 空間漂流器に身体をまかせて、極寒(ごっかん)のまっくらな空間をあてもなくただよっていた六号艇の乗組員たちは、六名の犠牲者をのぞいて、全部僚艇に助けられた。
 そのうちの一名は、みずから艇とともに運命をともにした倉庫員のモリであり、他の五名は、六号艇が爆発したとき、すごい勢いでまわりに飛び散った艇の破片(はへん)によって、不幸にも漂流器をこわされ、あるいは身体に致命傷(ちめいしょう)をうけた人びとだった。
 その救助のときはそうかんだった。
 九台の僚艇は、全部が六号艇の遭難現場のまわりに集まってきて、四方八方から六号艇のほうへ強力なる照空灯で照らした。あたりは光りの海と化した。六号艇からふきでる火災の煙が、地上の場合とははんたいに、照明をたすけた。顕微鏡で見たみじんこのような形をした空間漂流器が、明かるく光る。それを目あてに、救助作業がはじまったのだ。
 しかし六号艇が爆発して飛び散ったときには、みんなひやっとした。それは破片がとんできてじぶんの艇をぶちこわしはしないだろうかと、きもをひやしたのだった。だがさいわいにも、それによる損傷はなくてすんだ。
 ゲーナー少佐は、司令艇に救助された。
 救援隊長のテッド博士は、少佐をむかえて、しっかり抱きしめた。
「けがはないのかね」
「たいしたことはないです」
「ほう。やっぱりけがをしているんだね。ドクトル、手当をたのみます」
 医局長がすぐに手当にかかった。両手と左脚をやられていた。手のほうは火傷(やけど)だ。
「隊長、倉庫員のモリが重大なる発見をしたのです。それは……」
 と、少佐は傷の手当をうけおわるのが待っていられないというようすで、艇長に報告をはじめた。
 艇長テッド博士は、非常におどろいた。
 そばに、それを聞いていた人たちも顔色をかえた。
 聞きおわった艇長は、何おもったか、ものをもいわず、いそいでそこを去った。そして司令室にはいった。
「いそぎの命令だ、各艇に時限爆薬がかくされているおそれがある。各艇はすぐさま艇内を全部しらべろ。六号艇の爆破の原因は、時限爆薬のせいとわかった」
 隊長は僚艇に無電で命令をつたえた。
 たしかにそのおそれがあった。六号艇が特別にねらわれる理由はないようだ。だから時限爆薬は、他の九台の艇にもかくされているおそれはじゅうぶんであった。
 この命令をうけた各艇は、ふるえあがった。そんなぶっそうなものがあっては一大事だ。各艇は総員を集め、大至急で艇内の捜査をはじめた。
 そのけっか、隊長テッド博士のはやい命令がよかったことがわかった。というのは、第二号艇と第三号艇と、それから博士が乗組んでいる司令艇と、この三台の艇内に、やはり時限爆薬がかくされていたことがわかった。
 そのあぶないお客さまは、ただちに艇外に放りだされた。それは木箱にはいっていて、機械の部分を入れた箱のように見えた。もう五分間探しあてるのがおそかったら、司令艇は六号艇とおなじ運命におちいったことであろう。じつにあぶないところであった。


   社会事業家ガスコ氏


 艇内捜査と時限爆薬のかたづけがすんだあとで、艇長テッド博士は、数名の幹部とゲーナー少佐と、そのほかに特別に帆村荘六を招いた。
「集まってもらったのはほかでもないが、さっきの時限爆薬事件だ。なぜあんなものがかくされていたか、これについて諸君の意見を聞かせてもらいたい。じつにこれはにくむべき陰謀事件であるからねえ」
 そこで一同は、あの事件のてんまつを復習し、そしていろいろと意見をのべて、事件の奥に何者がかくれているかを探しだそうとした。
「出航のまえに、じゅうぶん調べたんだがなあ。まったくふしぎだ」
「密航者しらべをしたときに、怪しい品物がまぎれこんでいるかどうか、それもいっしょに厳重にしらべるよう僚艇に伝えたんですがねえ」
「もし、そういう品物がまぎれこんだとすれば、それはやはり出航のすぐまえのことだと思います。つまり乗組員が家族に送られて艇を出たりはいったりしましたからねえ。もしそういうすきがあったとすれば、それはそのときですよ」
 これは帆村荘六の意見だった。
「まあ、こうだろうという話は、それぐらいでいいとして、じっさい見たことで、怪しいと思ったことがあったらのべてもらいたい」
 隊長テッド博士は、議論よりも事実のほうが大切だと思った。
「べつに怪しい者が出入りしたとは思いませんがねえ。みんな家族なんですから」
「出入(でい)りの商人もすこしは出入りしたね」
「招待客もすこしは出入りしました」
「顔を緑色のスカーフでかくした男がうろうろしていましたね。松葉杖をついていましたから、みなさんの中にはおぼえていらっしゃる方もありましょう」
 帆村がいった。
「あっはっはっ」と同席のひとりが笑った。
 帆村は、なぜ笑われたのかわかりかねて、その人の顔をふしぎそうに見た。
「それはガスコ氏だ」
「ガスコ氏とは?」
 帆村いがいの人びとは、にやにや笑いだした。
「ガスコ氏というのは、こんどの救援事業に、名をかくして六百万ドルの巨額を寄附してくれた風変りの富豪だ。金鉱のでる山をたくさん持っている」
 この説明には、帆村も苦笑した。そういう有力なる後援者とは知らなかった。その方面のことは、かれと仲よしのカークハム編集長も教えてくれなかったのだ。この重大なことをなぜ教えようとはしなかったか、ふしぎなことである。
 そのとき帆村は、ふと気がついたことがあった。
「……名をかくし六百万ドルを寄附したということですが、それならば、なぜみなさんはそれがガスコ氏であることをご存じなのですか」
 帆村は探偵だけに、どうもわけがわからないと思ったことは、わけのわかるまで探しもとめなければ気がすまないのだった。
「それはね、帆村君」とテッド博士が口を開いた。
「出発の日の朝になって、ガスコ氏は本隊へ電話をかけてきて、きょうはじぶんも気持がよいので、こっそり救援隊の出発を見送りにいく。しかし微行(びこう)なんだから、特別にわしをお客さまあつかいしてもらっては困る。それからあの匿名寄附者(とくめいきふしゃ)がわしであることは、今回救援に出発する少数の幹部にだけは打ちあけてくれてもよい――こういう電話なんだ。それで幹部だけは、あの匿名寄附家がガスコ氏であることを当時わたしから聞かされて知ったのだ。きみには知らせるわけにゆかなかったが、まあ悪く思うな」
「なるほど」
 帆村はうなずいた。もっともな話である。帆村荘六は通信社から特にたのんだ便乗者(びんじょうしゃ)にすぎない。隊の幹部ではない。
「それで隊長は当日、ガスコ氏をこの艇内へ案内せられたのですか」
「ちょっとだけはね。氏はほんのわずかの間艇内を見たが、まもなくおりてゆかれた。わたしは氏を迎えたとき、氏が『挨拶(あいさつ)はよしましょう。ていちょうな取扱いもしないでください。近所のものずき男がやってきているくらいの扱い方でけっこうです。わしはすぐ失敬します』といった。氏はきょくりょく知られたくないようすで、スカーフを取ろうともしなかった」
「そこなんだが……」と帆村はまえへ乗りだしてきて、「どなたか、その時刻からのち、ガスコ邸(てい)へ電話をかけて、ガスコ氏と話をされたことがありましたか」
「さあ、どうかなあ」
 帆村のだしぬけな質問に、隊長テッド博士はすこし面くらいながら、幹部たちの顔を見まわした。
「わたしはその後一度もガスコ氏に連絡しないのだが、諸君はどうか」
 その答えは、あのとき以後誰もガスコ氏と話したり連絡した者がないとわかった。
「そうなると、これは調べてみるひつようがありますね。隊長。ガスコ氏を電話に呼びだして話をしてみてください」


   奇怪な事実


 帆村荘六は、いったい今なにを考えているのであろうか。ガスコ氏を電話でよびだして、どうしようというのだろう。隊長テッド博士は無電技士に命じて、ガスコ邸をよびださせた。
 まもなく電話はつながった。でてきた相手は、ガスコ氏の執事(しつじ)のハンスであった。
 電話で、相手にたずねることがらは、そばから帆村が隊長にささやいた。
 はじめははんぶんめいわくそうな顔をしていた隊長だったが、電話の話がだんだんすすむにつれ、おどろきの色をあらわし顔は赤くなり、また青くなった。
 というのは、執事の話によると『旦那さまはこのところ持病の心臓病のためずっと家に引きこもっておられること、去る十三日も一日中ベッドの上に寝ておられ、ぜったいに外出されたことはないし、外出がおできになるような健康体ではない』ことをのべたからである。そして『去る十三日』というのは、テッド博士のひきいる救援隊が地球を出発した日のことであった。だから博士のおどろいたのも、むりではない。
 博士は、もしや聞きちがいかと思っていくどもくりかえし、おなじことを執事に聞いたが、執事はぜったいにまちがいでないこと、またそんなにうたがわれるなら主治医に聞かれたいと、すこし怒ったような声でこたえた。
(すると、出発当日、艇のそばへ姿をあらわし、じぶんと手をにぎったガスコ氏と名乗る松葉杖の人はいったい誰だったのかしらん)
 隊長の服の袖をひく者があった。そのほうを見ると帆村荘六だった。(話はもうそのへんでいいから、電話をお切りなさい)と目で知らせている。そこでテッド博士は、執事にていちょうに挨拶をしてガスコ氏の病気がはやくなおることを祈り、そのあとで電話を切った。
 一同は、もう笑う者もない。みんなかたい顔になってしまった。
 博士が、ためいきとともにいった。
「わたしはゆだんをしたようだ。わたしは本隊の出発当日、身許(みもと)の知れない覆面の人物を本艇や僚艇に出入りすることを許したようだ」
 そのあとは、しばらく誰もだまっていた。まことに気持のわるい発見だ。
 やがて帆村荘六が口をひらいた。
「ガスコ氏だと見せかけたその覆面の人物こそ、時限爆薬を投げこんでいったにくむべき犯人にちがいないと思います。その怪人物を至急捕えなくてはなりません。おゆるしくだされば、わたしはすぐにニューヨーク・ガゼットのカークハム氏に連絡して、検察当局へ届けてもらいます」
「いや、こうなれば、わたしも責任上、公電をうって、この怪事件についての新しい発見を報告しなければならない」
 そこで隊長からいっさいのことが地球へむけて通信せられた。
 読者は、その怪しい松葉杖の人物が、スミス老人によって、宇宙の猛獣使いとよばれたことをおぼえていられるだろう。
 スミス老人は、ほかの人たちが知らないことを知っており、ほかの人たちよりもずっとまえから、あの松葉杖の男に目をつけていたのである。
 だが、スミス老人は、かの怪人物についてどれだけのことを知っているのか、今はまだわかっていない。
 テッド博士からの報告により、検察当局ではさっそく大捜査(だいそうさ)をはじめた。
 だが、だいぶ日がたっていることでもあり、かんじんの人物が覆面しており、そして服装はといえば、ふだんのガスコ氏とおなじようであったので、その本人を探しだすのはたいへんむずかしかった。
 せめてスミス老人か、老人のまわりに集まっていた婦人連とでも連絡がつけば、すこしは手がかりらしいものも見つかったであろうが、あいにく検察当局はこれらの人びとに出会う機会がなかった。
「ガスコ氏に似た怪人物の手がかりが見つからない。もっと資料を送っていただきたし」
 そういう暗い報告が、検察当局からテッド博士のもとへとどいた。


   遭難現場近し


 三根夫(みねお)は、音(ね)をあげないつもりであった。しかしとうとうがまんができなくなって、三根夫は帆村荘六(ほむらそうろく)にうったえた。
「おじさん。どうもたいくつですね」
 帆村荘六は、本から顔をあげて、目をぐるぐるまわしてみせた。
「そんなことは、いわない約束だったがね。それにミネ君は、いろんなおもちゃを艇内へ持ちこんでいるじゃないか」
「それと遊ぶのも、もうあきてしまったんです」
 オルゴール人形、パチンコ、車をまわす白鼠(しろねずみ)ども――これだけのものを持ってはいったのであるが、もうあきてしまった。
 白鼠の小屋の掃除をするのが、一番たいくつしのぎになる。といっても、これをいくらていねいにしてみても、ものの二十分とはかからない。
 白鼠は、はじめ七ひきであったが、まもなく三びき死んで四ひきとなった。しかしその後はどんどん子鼠が生まれて、一時は五十ぴき近くになった。
 五十ぴきにもなると、食物の関係や、場所の関係があって、それ以上にふやせないことになった。そこでそれ以上にふえると、かわいそうだが、かたづけることにした。
 白鼠の運動を見ているのは、楽しい時もあったが、地球を出発してからもはや百日に近い。白鼠の車まわしに見あきたのもあたりまえだろう。
「ねえ、帆村のおじさん。いったいいつになったら『宇宙の女王(クィーン)』号に追いつくんですか」
「さあ、それはいつだかわからないが『宇宙の女王』号が消息をたった現場まではあと二、三日でゆきつくそうだよ」
「えっ、それはほんとうですか」
 三根夫は、『宇宙の女王』号の姿ばかりを追っかけていた。しかしよく考えてみると、それは今どこにいるかわからない。遭難しないで動いているとしても、あれから四カ月ちかくの日が過ぎたことであるから、その間にどこまで飛んでいったかわからない。
 また遭難してじぶんの力で動けなくなったとしても、地上とはちがうんだから、それから四カ月ものながいあいだ、おなじ空間にじっとしているとは思われない。どの星かの重力にひかれて動いていったことだろう。それもそろそろと動くのではなく、谷間に石を投げ落とすときのように加速度をくわえて飛んでいったかも知れない。
 が、帆村のおじさんの話によって、そこまで探しあてるまえに、遭難地点の附近をしらべる仕事があることに気がついて、三根夫はなんだかきゅうにたいくつから救われたような気がした。あと三、四日で『宇宙の女王』号の遭難地点にたっするとは、なんという耳よりな話であろう。
 三根夫は、いまやすっかりきげんがよくなった。このところさっぱり訪問をしなくなっていたところの操縦室へも、たびたび顔をだすようになった。
 そのかいがあった。
 それは翌日のことであったが、操縦士のところへ遠距離レーダー係から、
「前方に宇宙艇らしい形のものを感ずる、方位は……」
 と知らせてきたので、にわかに艇内は活発になった。
 もちろん隊長テッド博士も操縦室へすがたをあらわし、手落ちなく僚艇へ知らせ、監視を厳重にした。
 艇内では、この話でもちきりだ。
「やっぱり『宇宙の女王』号は、遭難現場附近にいたね」
「どんなことになっているかな。生き残っている者があるだろうか」
「それはどうかなあ。でもみんな死にはしないだろう」
「すると、この附近に『怪星ガン』もうろついていなければならないわけだね」
「カイセイガンて、なんだい」
「こいつ、あきれた奴だ。怪星ガンを知らないのか。『宇宙の女王』号が最後にうってよこした無電のなかに、おそるべき怪星ガンが近づきつつあることを、知らせてきたじゃないか」
「ああ、あれなら知っているよ。『宇宙の女王』号を襲撃した空の海賊――というのもおかしいが、おそるべき宇宙の賊だもの。きみの発音が悪いんだよ」
「あんな負けおしみをいっているよ」
 そんなことをいい合っているうちに、救援隊の九台のロケット艇はどんどん宇宙をのりこえていった。そしてやがてテレビジョンのなかに、かの宇宙艇らしきものの姿が捕えられた。
「おや、これはどうもちがうね。『宇宙の女王』号ではないようだ」
 テッド博士は、誰よりも先に、そういった。
「そうですね。形がちがいますね。もっと横を向いてくれると、はっきりわかるんですが……」
 まもなく、かの宇宙艇は針路をかえて横になった。
「なあんだ。あれはギンネコ号じゃないですか、宇宙採取艇(さいしゅてい)の……」
「そうだ、たしかにギンネコ号だ。救援の電信を受取って、現場へいそいでくれたんだな。なかなか義理(ぎり)がたい艇だ」
「ギンネコ号に聞けば、なにか有力な手がかりがえられるでしょう」
「無電連絡をとってくれ」
 隊長が命令をだした。
 はたしてギンネコ号は、どんなことを伝えてくれるであろうか。『宇宙の女王』号について、ギンネコ号はなにを知っているだろうか。また怪星ガンについてはどうであろう。
 おそるべき魔の空間は近いのだ。いや、じつはもうほんの目と鼻との間にせまっているのだ。
 テッド博士以下、誰がそのことについて気がついているだろうか。ミイラとりがミイラになるという諺(ことわざ)もある。
 怪星ガンの魔力はいよいよ救援隊のうえにのしかかろうとしているのだ。


   宇宙採取艇(さいしゅてい)


 いよいよギンネコ号との距離がちぢまった。
 救援隊長テッド博士は、九台の艇にたいし、全艇照明を命じた。

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