漫言一則
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著者名:北村透谷 

 われかつて徒然草(つれ/″\ぐさ)を読みける時、撰みて持つべき友の中に病ひある人を数へたり。いかにも奥ゆかしき悟りきつたる言葉と思ひて友にも語りける事ありけり。然るに頃者(このごろ)米国の宣教師某を訪ひたる時、其卓上に日常の誡(いまし)めを記せるを見る。其中に言へる事あり、病ある人を友として親しむ可からずと。
 われ曾(か)つて英人なる宣教師某と相携へて花を艶陽の中ばに観る。わが花を賞するの心はわが時を惜む情より多かりければ、花王樹下に佇立(ちよりつ)する事稍(やゝ)しばらくせり。某即ち怪んで曰く、何事の面白きぞ。余曰く、この花の面白からずと思はるゝ所ありや、われはこの花に対して魂魄(こんぱく)既に花心にありと言ひけるに、驚いて再び曰ふ、さてもさても日本は風趣に富める国かな。われら実際的の国民なる英人に取りては、兎(と)ても花の下に終日浮かれぞめくの興を貪(むさぼ)ることは覚束(おぼつか)なしと。
 偶然の事なれども、以て東西人心の異なれるを知るに足るべし。われは花なき邦に生れて富める人とならんよりも、花ある邦に生れて貧しき世を送らん事を楽しむ。
(明治二十五年四月)



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