古事記物語
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著者名:鈴木三重吉 

古事記物語鈴木三重吉目次女神(めがみ)の死(し)天(あめ)の岩屋(いわや)八俣(やまた)の大蛇(おろち)むかでの室(むろ)、へびの室(むろ)きじのお使(つか)い笠沙(かささ)のお宮満潮(みちしお)の玉、干潮(ひしお)の玉八咫烏(やたがらす)赤い盾(たて)、黒い盾(たて)おしの皇子(おうじ)白い鳥朝鮮征伐(ちょうせんせいばつ)赤い玉宇治(うじ)の渡(わた)し難波(なにわ)のお宮大鈴(おおすず)小鈴(こすず)しかの群(むれ)、ししの群(むれ)とんぼのお歌うし飼(かい)、うま飼(かい)女神(めがみ)の死(し)       一 世界ができたそもそものはじめ。まず天と地とができあがりますと、それといっしょにわれわれ日本人のいちばんご先祖の、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)とおっしゃる神さまが、天の上の高天原(たかまのはら)というところへお生まれになりました。そのつぎには高皇産霊神(たかみむすびのかみ)、神産霊神(かみむすびのかみ)のお二方(ふたかた)がお生まれになりました。 そのときには、天も地もまだしっかり固(かた)まりきらないで、両方とも、ただ油を浮(う)かしたように、とろとろになって、くらげのように、ふわりふわりと浮かんでおりました。その中へ、ちょうどあしの芽(め)がはえ出るように、二人の神さまがお生まれになりました。 それからまたお二人、そのつぎには男神(おがみ)女神(めがみ)とお二人ずつ、八人の神さまが、つぎつぎにお生まれになった後に、伊弉諾神(いざなぎのかみ)と伊弉冉神(いざなみのかみ)とおっしゃる男神女神がお生まれになりました。 天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)はこのお二方の神さまをお召(め)しになって、「あの、ふわふわしている地を固めて、日本の国を作りあげよ」 とおっしゃって、りっぱな矛(ほこ)を一ふりお授(さず)けになりました。 それでお二人は、さっそく、天(あめ)の浮橋(うきはし)という、雲の中に浮かんでいる橋の上へお出ましになって、いただいた矛(ほこ)でもって、下のとろとろしているところをかきまわして、さっとお引きあげになりますと、その矛の刃先(はさき)についた潮水(しおみず)が、ぽたぽたと下へおちて、それが固(かた)まって一つの小さな島になりました。 お二人はその島へおりていらしって、そこへ御殿(ごてん)をたててお住まいになりました。そして、まずいちばんさきに淡路島(あわじしま)をおこしらえになり、それから伊予(いよ)、讃岐(さぬき)、阿波(あわ)、土佐(とさ)とつづいた四国の島と、そのつぎには隠岐(おき)の島、それから、そのじぶん筑紫(つくし)といった今の九州と、壱岐(いき)、対島(つしま)、佐渡(さど)の三つの島をお作りになりました。そして、いちばんしまいに、とかげの形をした、いちばん大きな本州をおこしらえになって、それに大日本豊秋津島(おおやまととよあきつしま)というお名まえをおつけになりました。 これで、淡路の島からかぞえて、すっかりで八つの島ができました。ですからいちばんはじめには、日本のことを、大八島国(おおやしまぐに)と呼(よ)び、またの名を豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)とも称(とな)えていました。 こうして、いよいよ国ができあがったので、お二人は、こんどはおおぜいの神さまをお生みになりました。それといっしょに、風の神や、海の神や、山の神や、野の神、川の神、火の神をもお生みになりました。ところがおいたわしいことには、伊弉冉神(いざなみのかみ)は、そのおしまいの火の神をお生みになるときに、おからだにおやけどをなすって、そのためにとうとうおかくれになりました。 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、「ああ、わが妻の神よ、あの一人の子ゆえに、大事なおまえをなくするとは」とおっしゃって、それはそれはたいそうお嘆(なげ)きになりました。そして、お涙(なみだ)のうちに、やっと、女神のおなきがらを、出雲(いずも)の国と伯耆(ほうき)の国とのさかいにある比婆(ひば)の山にお葬(ほうむ)りになりました。 女神は、そこから、黄泉(よみ)の国という、死んだ人の行くまっくらな国へたっておしまいになりました。  伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、そのあとで、さっそく十拳(とつか)の剣(つるぎ)という長い剣を引きぬいて、女神の災(わざわい)のもとになった火の神を、一うちに斬(き)り殺してしまいになりました。 しかし、神のおくやしみは、そんなことではお癒(い)えになるはずもありませんでした。神は、どうかしてもう一度、女神に会いたくおぼしめして、とうとうそのあとを追って、まっくらな黄泉(よみ)の国までお出かけになりました。       二 女神(めがみ)はむろん、もうとっくに、黄泉(よみ)の神の御殿(ごてん)に着いていらっしゃいました。 すると、そこへ、夫の神が、はるばるたずねておいでになったので、女神は急いで戸口へお出迎えになりました。 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、まっくらな中から、女神をお呼(よ)びかけになって、「いとしきわが妻の女神よ。おまえといっしょに作る国が、まだできあがらないでいる。どうぞもう一度帰ってくれ」とおっしゃいました。すると女神は、残念そうに、「それならば、もっと早く迎えにいらしってくださいませばよいものを。私はもはや、この国のけがれた火で炊(た)いたものを食べましたから、もう二度とあちらへ帰ることはできますまい。しかし、せっかくおいでくださいましたのですから、ともかくいちおう黄泉(よみ)の神たちに相談をしてみましょう。どうぞその間は、どんなことがありましても、けっして私の姿(すがた)をご覧(らん)にならないでくださいましな。後生(ごしょう)でございますから」と、女神はかたくそう申しあげておいて、御殿(ごてん)の奥(おく)へおはいりになりました。 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は永(なが)い間戸口にじっと待っていらっしゃいました。しかし、女神は、それなり、いつまでたっても出ていらっしゃいません。伊弉諾神(いざなぎのかみ)はしまいには、もう待ちどおしくてたまらなくなって、とうとう、左のびんのくしをおぬきになり、その片(かた)はしの、大歯(おおは)を一本欠(か)き取って、それへ火をともして、わずかにやみの中をてらしながら、足さぐりに、御殿の中深くはいっておいでになりました。 そうすると、御殿のいちばん奥に、女神は寝ていらっしゃいました。そのお姿をあかりでご覧になりますと、おからだじゅうは、もうすっかりべとべとに腐(くさ)りくずれていて、臭(くさ)い臭いいやなにおいが、ぷんぷん鼻へきました。そして、そのべとべとに腐ったからだじゅうには、うじがうようよとたかっておりました。それから、頭と、胸と、お腹(なか)と、両ももと、両手両足のところには、そのけがれから生まれた雷神(らいじん)が一人ずつ、すべてで八人で、怖(おそ)ろしい顔をしてうずくまっておりました。 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、そのありさまをご覧になると、びっくりなすって、怖ろしさのあまりに、急いで遁(に)げ出しておしまいになりました。 女神はむっくりと起きあがって、「おや、あれほどお止め申しておいたのに、とうとう私のこの姿(すがた)をご覧になりましたね。まあ、なんという憎(にく)いお方(かた)でしょう。人にひどい恥(はじ)をおかかせになった。ああ、くやしい」と、それはそれはひどくお怒りになって、さっそく女の悪鬼(わるおに)たちを呼(よ)んで、「さあ、早く、あの神をつかまえておいで」と歯がみをしながらお言いつけになりました。 女の悪鬼たちは、「おのれ、待て」と言いながら、どんどん追っかけて行きました。 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、その鬼どもにつかまってはたいへんだとおぼしめして、走りながら髪(かみ)の飾(かざ)りにさしてある黒いかつらの葉を抜(ぬ)き取っては、どんどんうしろへお投げつけになりました。 そうすると、見る見るうちに、そのかつらの葉の落ちたところへ、ぶどうの実がふさふさとなりました。女鬼どもは、いきなりそのぶどうを取って食べはじめました。 神はその間に、いっしょうけんめいにかけだして、やっと少しばかり遁(に)げのびたとお思いになりますと、女鬼どもは、まもなく、またじきうしろまで追いつめて来ました。 神は、「おや、これはいけない」とお思いになって、こんどは、右のびんのくしをぬいて、その歯をひっ欠いては投げつけ、ひっ欠いては投げつけなさいました。そうすると、そのくしの歯が片(かた)はしからたけのこになってゆきました。 女鬼(おんなおに)たちは、そのたけのこを見ると、またさっそく引き抜いて、もぐもぐ食べだしました。 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、そのすきをねらって、こんどこそは、だいぶ向こうまでお遁(に)げになりました。そしてもうこれならだいじょうぶだろうとおぼしめして、ひょいとうしろをふりむいてご覧になりますと、意外にも、こんどはさっきの女神のまわりにいた八人の雷人(らいじん)どもが、千五百人の鬼の軍勢をひきつれて、死にものぐるいでおっかけて来るではありませんか。 神はそれをご覧になると、あわてて十拳(とつか)の剣(つるぎ)を抜きはなして、それでもってうしろをぐんぐん切りまわしながら、それこそいっしょうけんめいにお遁げになりました。そして、ようよう、この世界と黄泉(よみ)の国との境(さかい)になっている、黄泉比良坂(よもつひらざか)という坂の下まで遁げのびていらっしゃいました。       三 すると、その坂の下には、ももの木が一本ありました。 神はそのももの実を三つ取って、鬼どもが近づいて来るのを待ち受けていらしって、その三つのももを力いっぱいお投げつけになりました。そうすると、雷神たちはびっくりして、みんなちりぢりばらばらに遁(に)げてしまいました。 神はそのももに向かって、「おまえは、これから先も、日本じゅうの者がだれでも苦しい目に会っているときには、今わしを助けてくれたとおりに、みんな助けてやってくれ」とおっしゃって、わざわざ大神実命(おおかんつみのみこと)というお名まえをおやりになりました。 そこへ、女神は、とうとうじれったくおぼしめして、こんどはご自分で追っかけていらっしゃいました。神はそれをご覧になると、急いでそこにあった大きな大岩をひっかかえていらしって、それを押(お)しつけて、坂の口をふさいでおしまいになりました。 女神は、その岩にさえぎられて、それより先へは一足も踏(ふ)み出すことができないものですから、恨(うら)めしそうに岩をにらみつけながら、「わが夫の神よ、それではこのしかえしに、日本じゅうの人を一日に千人ずつ絞(し)め殺してゆきますから、そう思っていらっしゃいまし」とおっしゃいました。神は、「わが妻の神よ、おまえがそんなひどいことをするなら、わしは日本じゅうに一日に千五百人の子供を生ませるから、いっこうかまわない」とおっしゃって、そのまま、どんどんこちらへお帰りになりました。 神は、「ああ、きたないところへ行った。急いでからだを洗ってけがれを払(はら)おう」とおっしゃって、日向(ひゅうが)の国の阿波岐原(あわきはら)というところへお出かけになりました。 そこにはきれいな川が流れていました。 神はその川の岸へつえをお投げすてになり、それからお帯やお下ばかまや、お上衣(うわぎ)や、お冠(かんむり)や、右左のお腕(うで)にはまった腕輪(うでわ)などを、すっかりお取りはずしになりました。そうすると、それだけの物を一つ一つお取りになるたんびに、ひょいひょいと一人ずつ、すべてで十二人の神さまがお生まれになりました。 神は、川の流れをご覧になりながら、  上(かみ)の瀬(せ)は瀬が早い、  下(しも)の瀬は瀬が弱い。とおっしゃって、ちょうどいいころあいの、中ほどの瀬におおりになり、水をかぶって、おからだじゅうをお洗いになりました。すると、おからだについたけがれのために、二人の禍(わざわい)の神が生まれました。それで伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、その神がつくりだす禍をおとりになるために、こんどは三人のよい神さまをお生みになりました。 それから水の底へもぐって、おからだをお清めになるときに、また二人の神さまがお生まれになり、そのつぎに、水の中にこごんでお洗いになるときにもお二人、それから水の上へ出ておすすぎになるときにもお二人の神さまがお生まれになりました。そしてしまいに、左の目をお洗いになると、それといっしょに、それはそれは美しい、貴(とうと)い女神(めがみ)がお生まれになりました。 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、この女神さまに天照大神(あまてらすおおかみ)というお名前をおつけになりました。そのつぎに右のお目をお洗いになりますと、月読命(つきよみのみこと)という神さまがお生まれになり、いちばんしまいにお鼻をお洗いになるときに、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)という神さまがお生まれになりました。 伊弉諾神(いざなぎのかみ)はこのお三方(さんかた)をご覧になって、「わしもこれまでいくたりも子供を生んだが、とうとうしまいに、一等よい子供を生んだ」と、それはそれは大喜びををなさいまして、さっそく玉の首飾(くびかざ)りをおはずしになって、それをさらさらとゆり鳴らしながら、天照大神(あまてらすおおかみ)におあげになりました。そして、「おまえは天へのぼって高天原(たかまのはら)を治めよ」とおっしゃいました。それから月読命(つきよみのみこと)には、「おまえは夜の国を治めよ」とお言いつけになり、三ばんめの須佐之男命(すさのおのみこと)には、「おまえは大海(おおうみ)の上を治めよ」とお言いわたしになりました。天(あめ)の岩屋(いわや)       一 天照大神(あまてらすおおかみ)と、二番目の弟さまの月読命(つきよみのみこと)とは、おとうさまのご命令に従って、それぞれ大空と夜の国とをお治めになりました。 ところが末のお子さまの須佐之男命(すさのおのみこと)だけは、おとうさまのお言いつけをお聞きにならないで、いつまでたっても大海(おおうみ)を治めようとなさらないばかりか、りっぱな長いおひげが胸(むね)の上までたれさがるほどの、大きなおとなにおなりになっても、やっぱり、赤んぼうのように、絶えまもなくわんわんわんわんお泣(な)き狂いになって、どうにもこうにも手のつけようがありませんでした。そのひどいお泣き方といったら、それこそ、青い山々の草木も、やかましい泣き声で泣き枯(か)らされてしまい、川や海の水も、その火のつくような泣き声のために、すっかり干(ひ)あがったほどでした。 すると、いろんな悪い神々たちが、そのさわぎにつけこんで、わいわいとうるさくさわぎまわりました。そのおかげで、地の上にはありとあらゆる災(わざわい)が一どきに起こってきました。 伊弉諾命(いざなぎのみこと)は、それをご覧(らん)になると、びっくりなすって、さっそく須佐之男命(すさのおのみこと)をお呼(よ)びになって、「いったい、おまえは、わしの言うことも聞かないで、何をそんなに泣き狂ってばかりいるのか」ときびしくおとがめになりました。 すると須佐之男命(すさのおのみこと)はむきになって、「私(わたし)はおかあさまのおそばへ行きたいから泣(な)くのです」とおっしゃいました。 伊弉諾命(いざなぎのみこと)はそれをお聞きになると、たいそうお腹立(はらだ)ちになって、「そんなかってな子は、この国へおくわけにゆかない。どこへなりと出て行け」とおっしゃいました。 命(みこと)は平気で、「それでは、お姉上さまにおいとま乞(ご)いをしてこよう」とおっしゃりながら、そのまま大空の上の、高天原(たかまのはら)をめざして、どんどんのぼっていらっしゃいました。 すると、力の強い、大男の命(みこと)ですから、力いっぱいずしんずしんと乱暴(らんぼう)にお歩きになると、山も川もめりめりとゆるぎだし、世界じゅうがみしみしと震(ふる)い動きました。 天照大神(あまてらすおおかみ)は、その響(ひび)きにびっくりなすって、「弟があんな勢いでのぼって来るのは、必ずただごとではない。きっと私(わたし)の国を奪(うば)い取ろうと思って出て来たに相違(そうい)ない」 こうおっしゃって、さっそく、お身じたくをなさいました。女神はまず急いで髪(かみ)をといて、男まげにおゆいになり、両方のびんと両方の腕(うで)とに、八尺(やさか)の曲玉(まがたま)というりっぱな玉の飾(かざ)りをおつけになりました。そして、お背中には、五百本、千本というたいそうな矢をお負(お)いになり、右手に弓を取ってお突きたてになりながら、勢いこんで足を踏(ふ)みならして待ちかまえていらっしゃいました。そのきついお力ぶみで、お庭の堅(かた)い土が、まるで粉雪(こなゆき)のようにもうもうと飛びちりました。       二 まもなく須佐之男命(すさのおのみこと)は大空へお着きになりました。 女神はそのお姿(すがた)をご覧(らん)になると、声を張りあげて、「命(みこと)、そちは何をしに来た」と、いきなりおしかりつけになりました。すると命は、「いえ、私はけっして悪いことをしにまいったのではございません。おとうさまが、私の泣いているのをご覧(らん)になって、なぜ泣くかとおとがめになったので、お母上のいらっしゃるところへ行きたいからですと申しあげると、たいそうお怒(おこ)りになって、いきなり、出て行ってしまえとおっしゃるので、あなたにお別れをしにまいったのです」とお言いわけをなさいました。 でも女神はすぐにはご信用にならないで、「それではおまえに悪い心のない証拠(しょうこ)を見せよ」とおっしゃいました。命(みこと)は、「ではお互(たが)いに子を生んであかしを立てましょう。生まれた子によって、二人の心のよしあしがわかります」とおっしゃいました。 そこでごきょうだいは、天安河(あめのやすのかわ)という河(かわ)の両方の岸に分かれてお立ちになりました。そしてまず女神(めがみ)が、いちばん先に、命(みこと)の十拳(とつか)の剣(つるぎ)をお取りになって、それを三つに折って、天真名井(あめのまない)という井戸で洗って、がりがりとおかみになり、ふっと霧(きり)をお吹きになりますと、そのお息の中から、三人の女神がお生まれになりました。 そのつぎには命(みこと)が、女神の左のびんにおかけになっている、八尺(やさか)の曲玉(まがたま)の飾(かざ)りをいただいて、玉の音をからからいわせながら、天真名井(あめのまない)という井戸で洗いすすいで、それをがりがりかんで霧をお吹き出しになりますと、それといっしょに一人の男の神さまがお生まれになりました。その神さまが、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)です。 それからつぎには、女神の右のびんの玉飾(たまかざ)りをお取りになって、先(せん)と同じようにして息をお吹きになりますと、その中からまた男の神が一人お生まれになりました。 つづいてこんどは、おかずらの玉飾りを受け取って、やはり真名井(まない)で洗って、がりがりかんで息をお吹きになりますと、その中から、また男の神が一人お生まれになり、いちばんしまいに、女神の右と左のお腕(うで)の玉飾りをかんで、息をお吹きになりますと、そのたんびに、同じ男神が一人ずつ――これですべてで五人の男神がお生まれになりました。 天照大神(あまてらすおおかみ)は、「はじめに生まれた三人の女神は、おまえの剣(つるぎ)からできたのだから、おまえの子だ。あとの五人の男神は私(わたし)の玉飾りからできたのだから、私の子だ」とおっしゃいました。 命は、「そうら、私が勝った。私になんの悪心(あくしん)もない印(しるし)には、私の子は、みんなおとなしい女神ではありませんか。どうです、それでも私は悪人ですか」と、それはそれは大いばりにおいばりになりました。そして、その勢いに乗ってお暴(あば)れだしになって、女神がお作らせになっている田の畔(あぜ)をこわしたり、みぞを埋(う)めたり、しまいには女神がお初穂(はつほ)を召(め)しあがる御殿(ごてん)へ、うんこをひりちらすというような、ひどい乱暴(らんぼう)をなさいました。 ほかの神々は、それを見てあきれてしまって、女神に言いつけにまいりました。 しかし女神はちっともお怒(おこ)りにならないで、「何、ほっておけ。けっして悪い気でするのではない。きたないものは、酔(よ)ったまぎれに吐(は)いたのであろう。畔(あぜ)やみぞをこわしたのは、せっかくの地面を、そんなみぞなぞにしておくのが惜(お)しいからであろう」 こうおっしゃって、かえって命(みこと)をかばっておあげになりました。 すると命は、ますます図(ず)に乗って、しまいには、女たちが女神のお召物(めしもの)を織っている、機織場(はたおりば)の屋根を破って、その穴(あな)から、ぶちのうまの皮をはいで、血まぶれにしたのを、どしんと投げこんだりなさいました。機織女(はたおりおんな)は、びっくりして遁(に)げ惑(まど)うはずみに、梭(ひ)で下腹(したはら)を突(つ)いて死んでしまいました。 女神は、命のあまりの乱暴さにとうとういたたまれなくおなりになって、天(あめ)の岩屋(いわや)という石室(いしむろ)の中へお隠(かく)れになりました。そして入口の岩の戸をぴっしりとおしめになったきり、そのままひきこもっていらっしゃいました。 すると女神は日の神さまでいらっしゃるので、そのお方がお姿(すがた)をお隠(かく)しになるといっしょに、高天原(たかまのはら)も下界の地の上も、一度にみんなまっ暗(くら)がりになって、それこそ、昼と夜との区別もない、長い長いやみの世界になってしまいました。 そうすると、いろいろの悪い神たちが、その暗がりにつけこんで、わいわいとさわぎだしました。そのために、世界じゅうにはありとあらゆる禍(わざわい)が、一度にわきあがって来ました。 そんなわけで、大空の神々たちは、たいそうお困(こま)りになりまして、みんなで安河原(やすのかわら)という、空の上の河原(かわら)に集まって、どうかして、天照大神に岩屋からお出ましになっていただく方法はあるまいかといっしょうけんめいに、相談をなさいました。 そうすると、思金神(おもいかねのかみ)という、いちばんかしこい神さまが、いいことをお考えつきになりました。 みんなはその神のさしずで、さっそく、にわとりをどっさり集めて来て、岩屋の前で、ひっきりなしに鳴かせました。 それから一方では、安河(やすのかわ)の河上から固(かた)い岩をはこんで来て、それを鉄床(かなどこ)にして、八咫(やた)の鏡(かがみ)というりっぱな鏡を作らせ、八尺(やさか)の曲玉(まがたま)というりっぱな玉で胸飾(むなかざ)りを作らせました。そして、天香具山(あめのかぐやま)という山からさかきを根抜(ぬ)きにして来て、その上の方の枝(えだ)へ、八尺(やさか)の曲玉(まがたま)をつけ、中ほどの枝へ八咫(やた)の鏡(かがみ)をかけ、下の枝へは、白や青のきれをつりさげました。そしてある一人の神さまが、そのさかきを持って天の岩屋に立ち、ほかの一人の神さまが、そのそばでのりとをあげました。 それからやはり岩屋の前へ、あきだるを伏(ふ)せて、天宇受女命(あめのうずめのみこと)という女神に、天香具山(あめのかぐやま)のかつらのつるをたすきにかけさせ、かつらの葉を髪飾(かみかざ)りにさせて、そのおけの上へあがって踊りを踊らせました。 宇受女命(うずめのみこと)は、お乳(ちち)もお腹(なか)も、もももまるだしにして、足をとんとん踏(ふ)みならしながら、まるでつきものでもしたように、くるくるくるくると踊(おど)り狂(くる)いました。 するとそのようすがいかにもおかしいので、何千人という神たちが、一度にどっとふきだして、みんなでころがりまわって笑いました。そこへにわとりは声をそろえて、コッケコー、コッケコーと鳴きたてるので、そのさわぎといったら、まったく耳もつぶれるほどでした。 天照大神は、そのたいそうなさわぎの声をお聞きになると、何ごとが起こったのかとおぼしめして、岩屋の戸を細めにあけて、そっとのぞいてご覧(らん)になりました。そして宇受女命(うずめのみこと)に向かって、「これこれ私(わたし)がここに、隠れていれば、空の上もまっくらなはずだのに、おまえはなにをおもしろがって踊っているのか。ほかの神々たちも、なんであんなに笑いくずれているのか」とおたずねになりました。 すると宇受女命は、「それは、あなたよりも、もっと貴(とうと)い神さまが出ていらっしゃいましたので、みんなが喜んでさわいでおりますのでございます」と申しあげました。 それと同時に一人の神さまは、例の、八咫(やた)の鏡(かがみ)をつけたさかきを、ふいに大神の前へ突き出しました。鏡には、さっと、大神のお顔がうつりました。大神はそのうつった顔をご覧になると、「おや、これはだれであろう」とおっしゃりながら、もっとよく見ようとおぼしめして、少しばかり戸の外へお出ましになりました。 すると、さっきから、岩屋のそばに隠(かく)れて待ちかまえていた、手力男命(たぢからおのみこと)という大力の神さまが、いきなり、女神のお手を取って、すっかり外へお引き出し申しました。それといっしょに、一人の神さまは、女神のおうしろへまわって、「どうぞ、もうこれからうちへはおはいりくださいませんように」と申しあげて、そこへしめなわを張りわたしてしまいました。 それで世界じゅうは、やっと長い夜があけて、再び明るい昼が来ました。 神々たちは、それでようやく安心なさいました。そこでさっそく、みんなで相談して、須佐之男命(すさのおのみこと)には、あんなひどい乱暴(らんぼう)をなすった罰(ばつ)として、ご身代をすっかりさし出させ、そのうえに、りっぱなおひげも切りとり、手足の爪(つめ)まではぎとって、下界へ追いくだしてしまいました。 そのとき須佐之男命(すさのおのみこと)は、大気都比売命(おおけつひめのみこと)という女神に、何か物を食べさせよとおおせになりました。大気都比売命(おおけつひめのみこと)は、おことばに従って、さっそく、鼻の穴(あな)や口の中からいろいろの食べものを出して、それをいろいろにお料理してさしあげました。 すると須佐之男命(すさのおのみこと)は大気都比売命(おおけつひめのみこと)のすることを見ていらしって、「こら、そんな、お前の口や鼻から出したものがおれに食えるか。無礼なやつだ」と、たいそうお腹立(はらだ)ちになって、いきなり剣を抜(ぬ)いて、大気都比売命(おおけつひめのみこと)を一うちに切り殺しておしまいになりました。 そうすると、その死がいの頭から、かいこが生まれ、両方の目にいねがなり、二つの耳にあわがなりました。それから鼻にはあずきがなり、おなかに、むぎとだいずがなりました。 それを神産霊神(かみむすびのかみ)がお取り集めになって、日本じゅうの穀物(こくもつ)の種になさいました。 須佐之男命(すさのおのみこと)は、そのまま下界へおりておいでになりました。八俣(やまた)の大蛇(おろち)       一 須佐之男命(すさのおのみこと)は、大空から追いおろされて、出雲(いずも)の国の、肥(ひ)の河(かわ)の河上(かわかみ)の、鳥髪(とりかみ)というところへおくだりになりました。 すると、その河(かわ)の中にはしが流れて来ました。命(みこと)は、それをご覧(らん)になって、「では、この河の上の方には人が住んでいるな」とお察しになり、さっそくそちらの方へ向かって探(さが)し探しおいでになりました。そうすると、あるおじいさんとおばあさんとが、まん中に一人の娘(むすめ)をすわらせて三人でおんおん泣(な)いておりました。 命は、おまえたちは何者かとおたずねになりました。 おじいさんは、「私は、この国の大山津見(おおやまつみ)と申します神の子で、足名椎(あしなずち)と申します者でございます。妻の名は手名椎(てなずち)、この娘の名は櫛名田媛(くしなだひめ)と申します」とお答えいたしました。 命は、「それで三人ともどうして泣いているのか」と、かさねてお聞きになりました。 おじいさんは涙をふいて、「私たち二人には、もとは八人の娘(むすめ)がおりましたのでございますが、その娘たちを、八俣(やまた)の大蛇(おろち)と申します怖(おそ)ろしい大じゃが、毎年出てきて、一人ずつ食べて行ってしまいまして、とうとうこの子一人だけになりました。そういうこの子も、今にその大じゃが食べにまいりますのでございます」 こう言って、みんなが泣いているわけをお話しいたしました。「いったいその大じゃはどんな形をしている」と、命(みこと)はお聞きになりました。「その大じゃと申しますのは、からだは一つでございますが、頭と尾(お)は八つにわかれておりまして、その八つの頭には、赤ほおずきのようなまっかな目が、燃えるように光っております。それからからだじゅうには、こけや、ひのきやすぎの木などがはえ茂(しげ)っております。そのからだのすっかりの長さが、八つの谷と八つの山のすそをとりまくほどの、大きな大きな大じゃでございます。その腹(はら)はいつも血にただれてまっかになっております」と怖ろしそうにお話しいたしました。命は、「ふん、よしよし」とおうなずきになりました。そして改めておじいさんに向かって、「その娘はおまえの子ならば、わしのお嫁(よめ)にくれないか」とおっしゃいました。「おことばではございますが、あなたさまはどこのどなただか存じませんので」とおじいさんは危(あや)ぶんで怖る怖るこう申しました。命は、「じつはおれは天照大神(あまてらすおおかみ)の同じ腹(はら)の弟で、たった今、大空からおりて来たばかりだ」と、うちあけてお名まえをおっしゃいました。すると、足名椎(あしなずち)も手名椎(てなずち)も、「さようでございますか。これはこれはおそれおおい。それでは、おおせのままさしあげますでございます」と、両手をついて申しあげました。 命は、櫛名田媛(くしなだひめ)をおもらいになると、たちまち媛をくしに化けさせておしまいになりました。そして、そのくしをすぐにご自分のびんの巻髪(まきがみ)におさしになって、足名椎(あしなずち)と手名椎(てなずち)に向かっておっしゃいました。「おまえたちは、これからこめをかんで、よい酒をどっさり作れ。それから、ここへぐるりとかきをこしらえて、そのかきへ、八(や)ところに門をあけよ。そしてその門のうちへ、一つずつさじきをこしらえて、そのさじきの上に、大おけを一つずつおいて、その中へ、二人でこしらえたよい酒を一ぱい入れて待っておれ」とお言いつけになりました。 二人は、おおせのとおりに、すっかり準備をととのえて、待っておりました。そのうちに、そろそろ大じゃの出て来る時間が近づいて来ました。 命は、それを聞いて、じっと待ちかまえていらっしゃいますと、まもなく、二人が言ったように、大きな大きな八俣(やまた)の大蛇(おろち)が、大きなまっかな目をぎらぎら光らして、のそのそと出て来ました。 大じゃは、目の前に八つの酒(さか)おけが並(なら)んでいるのを見ると、いきなり八つの頭を一つずつその中へつっこんで、そのたいそうなお酒を、がぶがぶがぶがぶとまたたくまに飲み干(ほ)してしまいました。そうするとまもなくからだじゅうによいがまわって、その場へ倒れたなり、ぐうぐう寝(ね)いってしまいました。 須佐之男命(すさのおのみこと)は、そっとその寝息(ねいき)をうかがっていらっしゃいましたが、やがて、さあ今だとお思いになって、十拳(とつか)の剣(つるぎ)を引き抜(ぬ)くが早いか、おのれ、おのれと、つづけさまにお切りつけになりました。そのうちに八つの尾(お)の中の、中ほどの尾をお切りつけになりますと、その尾の中に何か固(かた)い物があって、剣の刃先(はさき)が、少しばかりほろりと欠けました。 命(みこと)は、「おや、変だな」とおぼしめして、そのところを切り裂(さ)いてご覧になりますと、中から、それはそれは刃の鋭い、りっぱな剣が出て来ました。命は、これはふしぎなものが手にはいったとお思いになりました。その剣はのちに天照大神(あまてらすおおかみ)へご献上(けんじょう)になりました。 命はとうとう、大きな大きな大じゃの胴体をずたずたに切り刻(きざ)んでおしまいになりました。そして、「足名椎(あしなずち)、手名椎(てなずち)、来て見よ。このとおりだ」とお呼(よ)びになりました。 二人はがたがたふるえながら出て来ますと、そこいら一面は、きれぎれになった大じゃの胴体から吹き出る血でいっぱいになっておりました。その血がどんどん肥(ひ)の河(かわ)へ流れこんで、河の水もまっかになって落ちて行きました。 命はそれから、櫛名田媛(くしなだひめ)とお二人で、そのまま出雲(いずも)の国にお住まいになるおつもりで、御殿(ごてん)をおたてになるところを、そちこちと、探(さが)してお歩きになりました。そして、しまいに、須加(すが)というところまでおいでになると、「ああ、ここへ来たら、心持がせいせいしてきた。これはよいところだ」とおっしゃって、そこへ御殿をおたてになりました。そして、足名椎神(あしなずちのかみ)をそのお宮の役人の頭(かしら)になさいました。 命にはつぎつぎにお子さまお孫さまがどんどんおできになりました。その八代目のお孫さまのお子さまに、大国主神(おおくにぬしのかみ)、またの名を大穴牟遅神(おおなむちのかみ)とおっしゃるりっぱな神さまがお生まれになりました。むかでの室(むろ)、へびの室(むろ)       一 この大国主神(おおくにぬしのかみ)には、八十神(やそがみ)といって、何十人というほどの、おおぜいのごきょうだいがおありになりました。 その八十神(やそがみ)たちは、因幡(いなば)の国に、八上媛(やがみひめ)という美しい女の人がいると聞き、みんなてんでんに、自分のお嫁(よめ)にもらおうと思って、一同でつれだって、はるばる因幡へ出かけて行きました。 みんなは、大国主神が、おとなしいかたなのをよいことにして、このかたをお供(とも)の代わりに使って、袋(ふくろ)を背おわせてついて来させました。そして、因幡の気多(けた)という海岸まで来ますと、そこに毛のないあか裸(はだか)のうさぎが、地べたにころがって、苦しそうにからだじゅうで息をしておりました。 八十神(やそがみ)たちはそれを見ると、「おいうさぎよ。おまえからだに毛がはやしたければ、この海の潮(しお)につかって、高い山の上で風に吹かれて寝(ね)ておれ。そうすれば、すぐに毛がいっぱいはえるよ」とからかいました。うさぎはそれをほんとうにして、さっそく海につかって、ずぶぬれになって、よちよちと山へのぼって、そのまま寝ころんでおりました。 するとその潮水(しおみず)がかわくにつれて、からだじゅうの皮がひきつれて、びりびり裂(さ)け破れました。うさぎはそのひりひりする、ひどい痛(いた)みにたまりかねて、おんおん泣き伏(ふ)しておりました。そうすると、いちばんあとからお通りかかりになった、お供の大国主神がそれをご覧(らん)になって、「おいおいうさぎさん、どうしてそんなに泣いているの」とやさしく聞いてくださいました。 うさぎは泣き泣き、「私は、もと隠岐(おき)の島におりましたうさぎでございますが、この本土へ渡(わた)ろうと思いましても、渡るてだてがございませんものですから、海の中のわにをだまして、いったい、おまえとわしとどっちがみうちが多いだろう、ひとつくらべてみようじゃないか、おまえはいるだけのけん族をすっかりつれて来て、ここから、あの向こうのはての、気多(けた)のみさきまでずっと並(なら)んでみよ、そうすればおれがその背(せ)中の上をつたわって、かぞえてやろうと申しました。 すると、わにはすっかりだまされまして、出てまいりますもまいりますも、それはそれは、うようよと、まっくろに集まってまいりました。そして、私の申しましたとおりに、この海ばたまでずらりと一列に並びました。 私は五十八十と数をよみながら、その背なかの上をどんどん渡って、もう一足でこの海ばたへ上がろうといたしますときに、やあいまぬけのわにめ、うまくおれにだまされたァいとはやしたてますと、いちばんしまいにおりましたわにが、むっと怒(おこ)って、いきなり私をつかまえまして、このとおりにすっかりきものをひっぺがしてしまいました。 そこであすこのところへ伏(ふ)しころんで泣(な)いておりましたら、さきほどここをお通りになりました八十神(やそがみ)たちが、いいことを教えてやろう、これこれこうしてみろとおっしゃいましたので、そのとおりに潮水(しおみず)を浴びて風に吹かれておりますと、からだじゅうの皮がこわばって、こんなにびりびり裂(さ)けてしまいました」 こう言って、うさぎはまたおんおん泣きだしました。 大国主神(おおくにぬしのかみ)は、話を聞いてかわいそうだとおぼしめして、「それでは早くあすこの川口へ行って、ま水でからだじゅうをよく洗って、そこいらにあるかばの花をむしって、それを下に敷いて寝(ね)ころんでいてごらん。そうすれば、ちゃんともとのとおりになおるから」 こう言って、教えておやりになりました。うさぎはそれを聞くとたいそう喜んでお礼を申しました。そしてそのあとで言いました。「あんなお人の悪い八十神(やそがみ)たちは、けっして八上媛(やがみひめ)をご自分のものになさることはできません。あなたは袋(ふくろ)などをおしょいになって、お供(とも)についていらっしゃいますけれど、八上媛はきっと、あなたのお嫁(よめ)さまになると申します。みていてごらんなさいまし」と申しました。 まもなく、八十神たちは八上媛のところへ着きました。そして、代わる代わる、自分のお嫁になれなれと言いましたが、媛(ひめ)はそれをいちいちはねつけて、「いえいえ、いくらお言いになりましても、あなたがたのご自由にはなりません。私は、あそこにいらっしゃる大国主神のお嫁にしていただくのです」と申しました。 八十神たちはそれを聞くとたいそう怒(おこ)って、みんなで大国主神を殺してしまおうという相談をきめました。 みんなは、大国主神を、伯耆(ほうき)の国の手間(てま)の山という山の下へつれて行って、「この山には赤いいのししがいる。これからわしたちが山の上からそのいのししを追いおろすから、おまえは下にいてつかまえろ。へたをして遁(に)がしたらおまえを殺してしまうぞ」と、言いわたしました。そして急いで、山の上へかけあがって、さかんにたき火をこしらえて、その火の中で、いのししのようなかっこうをしている大きな石をまっかに焼いて、「そうら、つかまえろ」と言いながら、どしんと、転(ころ)がし落としました。 ふもとで待ち受けていらしった大国主神は、それをご覧になるなり、大急ぎでかけ寄って、力まかせにお組みつきになったと思いますと、からだはたちまちそのあか焼けの石の膚(はだ)にこびりついて、「あッ」とお言いになったきり、そのままただれ死にに死んでおしまいになりました。       二 大国主神の生みのおかあさまは、それをお聞きになると、たいそうお嘆(なげ)きになって、泣(な)き泣き大空へかけのぼって、高天原(たかまのはら)においでになる、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)にお助けをお願いになりました。 すると、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)は、蚶貝媛(きさがいひめ)、蛤貝媛(うむがいひめ)と名のついた、あかがいとはまぐりの二人の貝を、すぐに下界へおくだしになりました。 二人は大急ぎでおりて見ますと、大国主神(おおくにぬしのかみ)はまっくろこげになって、山のすそに倒(たお)れていらっしゃいました。あかがいはさっそく自分のからを削(けず)って、それを焼いて黒い粉をこしらえました。はまぐりは急いで水を出して、その黒い粉をこねて、おちちのようにどろどろにして、二人で大国主神のからだじゅうへ塗(ぬ)りつけました。 そうすると大国主神は、それほどの大やけどもたちまちなおって、もとのとおりの、きれいな若い神になってお起きあがりになりました。そしてどんどん歩いてお家(うち)へ帰っていらっしゃいました。 八十神(やそがみ)たちは、それを見ると、びっくりして、もう一度みんなでひそひそ相談をはじめました。そしてまたじょうずに大国主神をだまして、こんどは別の山の中へつれこみました。そしてみんなで寄ってたかって、ある大きなたち木を根もとから切りまげて、その切れ目へくさびをうちこんで、その間へ大国主神をはいらせました。そうしておいて、ふいにポンとくさびを打ちはなして、はさみ殺しに殺してしまいました。 大国主神のおかあさまは、若い子の神がまたいなくなったので、おどろいて方々さがしておまわりになりました。そして、しまいにまた殺されていらっしゃるところをおみつけになると、大急ぎで木の幹を切り開いて、子の神のお死がいをお引き出しになりました。そしていっしょうけんめいに介抱(かいほう)して、ようようのことで再びお生きかえらせになりました。おかあさまは、「もうおまえはうかうかこの土地においてはおかれない。どうぞこれからすぐに、須佐之男命(すさのおのみこと)のおいでになる、根堅国(ねのかたすくに)へ遁(に)げておくれ、そうすれば命(みこと)が必ずいいようにはからってくださるから」 こう言って、若(わか)い子の神を、そのままそちらへ立ってお行かせになりました。 大国主神は、言われたとおりに、命のおいでになるところへお着きになりました。すると、命のお娘(むすめ)ごの須勢理媛(すぜりひめ)がお取次をなすって、「お父上さま、きれいな神がいらっしゃいました」とお言いになりました。 お父上の大神(おおかみ)は、それをお聞きになると、急いでご自分で出てご覧になって、「ああ、あれは、大国主という神だ」とおっしゃいました。そして、さっそくお呼(よ)びいれになりました。 媛(ひめ)は大国主神のことをほんとに美しいよい方だとすぐに大すきにお思いになりました。大神には、第一それがお気にめしませんでした。それで、ひとつこの若い神を困(こま)らせてやろうとお思いになって、その晩、大国主神を、へびの室(むろ)といって、大へび小へびがいっぱいたかっているきみの悪いおへやへお寝(ね)かせになりました。 そうすると、やさしい須勢理媛(すぜりひめ)は、たいそう気の毒にお思いになりました。それでご自分の、比礼(ひれ)といって、肩(かた)かけのように使うきれを、そっと大国主神におわたしになって、「もしへびがくいつきにまいりましたら、このきれを三度振(ふ)って追いのけておしまいなさい」とおっしゃいました。 まもなく、へびはみんなでかま首を立ててぞろぞろとむかって来ました。大国主神(おおくにぬしのかみ)はさっそく言われたとおりに、飾(かざ)りのきれを三度お振(ふ)りになりました。するとふしぎにも、へびはひとりでにひきかえして、そのままじっとかたまったなり、一晩じゅう、なんにも害をしませんでした。若(わか)い神はおかげで、気らくにぐっすりおよって、朝になると、あたりまえの顔をして、大神(おおかみ)の前に出ていらっしゃいました。 すると大神は、その晩はむかでとはちのいっぱいはいっているおへやへお寝(ね)かせになりました。しかし媛(ひめ)が、またこっそりと、ほかの首飾りのきれをわたしてくだすったので、大国主神は、その晩もそれでむかでやはちを追いはらって、また一晩じゅうらくらくとおやすみになりました。 大神は、大国主神がふた晩とも、平気で切りぬけてきたので、よし、それではこんどこそは見ておれと、心の中でおっしゃりながら、かぶら矢(や)と言って、矢じりに穴(あな)があいていて、射(い)るとびゅんびゅんと鳴る、こわい大きな矢を、草のぼうぼうとはえのびた、広い野原のまん中にお射こみになりました。そして、大国主神に向かって、「さあ、今飛んだ矢を拾って来い」とおおせつけになりました。 若い神は、正直(しょうじき)にご命令を聞いて、すぐに草をかき分けてどんどんはいっておいでになりました。大神はそれを見すまして、ふいに、その野のまわりへぐるりと火をつけて、どんどんお焼きたてになりました。大国主神は、おやと思うまに、たちまち四方から火の手におかこまれになって、すっかり遁げ場を失っておしまいになりました。それで、どうしたらいいかとびっくりして、とまどいをしていらっしゃいますと、そこへ一ぴきのねずみが出て来まして、「うちはほらほら、そとはすぶすぶ」と言いました。それは、中は、がらんどうで、外はすぼまっている、という意味でした。 若い神は、すぐそのわけをおさとりになって、足の下を、とんときつく踏(ふ)んでごらんになりますと、そこは、ちゃんと下が大きな穴になっていたので、からだごとすっぽりとその中へ落ちこみました。それで、じっとそのままこごまって隠れていらっしゃいますと、やがてま近まで燃えて来た火の手は、その穴の上を走って、向こうへ遠のいてしまいました。 そのうちに、さっきのねずみが大神のお射になったかぶら矢をちゃんとさがし出して、口にくわえて持って来てくれました。見るとその矢の羽根のところは、いつのまにかねずみの子供たちがかじってすっかり食べてしまっておりました。       三 須勢理媛(すぜりひめ)は、そんなことはちっともご存じないものですから、美しい若い神は、きっと焼け死んだものとお思いになって、ひとりで嘆(なげ)き悲しんでいらっしゃいました。そして火が消えるとすぐに、急いでお弔(とむら)いの道具を持って、泣(な)き泣(な)きさがしにいらっしゃいました。 お父上の大神も、こんどこそはだいじょうぶ死んだろうとお思いになって、媛のあとからいらしってごらんになりました。 すると大国主神(おおくにぬしのかみ)は、もとのお姿(すがた)のままで、焼けあとのなかから出ていらっしゃいました。そしてさっきのかぶら矢をちゃんとお手におわたしになりました。 大神(おおかみ)もこれには内々(ないない)びっくりしておしまいになりまして、しかたなくいっしょに御殿(ごてん)へおかえりになりました。そして大きな広間へつれておはいりになって、そこへごろりと横におなりになったと思うと、「おい、おれの頭のしらみを取れ」と、いきなりおっしゃいました。 大国主神はかしこまって、その長い長いお髪(ぐし)の毛をかき分けてご覧になりますと、その中には、しらみでなくて、たくさんなむかでが、うようよたかっておりました。 すると、須勢理媛(すぜりひめ)がそばへ来て、こっそりとむくの実と赤土とをわたしてお行きになりました。 大国主神は、そのむくの実を一粒(ひとつぶ)ずつかみくだき、赤土を少しずつかみとかしては、いっしょにぷいぷいお吐(は)き出しになりました。大神はそれをご覧になると、「ほほう、むかでをいちいちかみつぶしているな。これは感心なやつだ」とお思いになりながら、安心して、すやすやと寝いっておしまいになりました。 大国主神は、この上ここにぐずぐずしていると、まだまだどんなめに会うかわからないとお思いになって、命(みこと)がちょうどぐうぐうおやすみになっているのをさいわいに、その長いお髪(ぐし)をいく束(たば)にも分けて、それを四方のたる木というたる木へ一束ずつ縛(しば)りつけておいたうえ、五百人もかからねば動かせないような、大きな大きな大岩を、そっと戸口に立てかけて、中から出られないようにしておいて、大神(おおかみ)の太刀(たち)と弓矢(ゆみや)と、玉の飾りのついた貴(とうと)い琴(こと)とをひっ抱(かか)えるなり、急いで須勢理媛(すぜりひめ)を背なかにおぶって、そっと御殿をお逃(に)げ出しになりました。 するとまの悪いことに、抱えていらっしゃる琴が、樹(き)の幹にぶつかって、じゃらじゃらじゃらんとたいそうなひびきを立てて鳴りました。 大神はその音におどろいて、むっくりとお立ちあがりになりました。すると、おぐしがたる木じゅうへ縛りつけてあったのですから、大力(おおぢから)のある大神がふいにお立ちになるといっしょに、そのおへやはいきなりめりめりと倒(たお)れつぶれてしまいました。 大神は、「おのれ、あの小僧(こぞう)ッ神め」と、それはそれはお怒(いか)りになって、髪(かみ)の毛をひと束ずつ、もどかしく解きはなしていらっしゃるまに、こちらの大国主神はいっしょうけんめいにかけつづけて、すばやく遠くまで逃げのびていらっしゃいました。 すると大神は、まもなくそのあとを追っかけて、とうとう黄泉比良坂(よもつひらざか)という坂の上までかけつけていらっしゃいました。そしてそこから、はるかに大国主神を呼びかけて、大声をしぼってこうおっしゃいました。「おおいおおい、小僧ッ神。その太刀と弓矢をもって、そちのきょうだいの八十神(やそがみ)どもを、山の下、川の中と、逃げるところへ追いつめ切り払(はら)い、そちが国の神の頭(かしら)になって、宇迦(うか)の山のふもとに御殿を立てて住め。わしのその娘(むすめ)はおまえのお嫁(よめ)にくれてやる。わかったか」とおどなりになりました。 大国主神(おおくにぬしのかみ)はおおせのとおりに、改めていただいた、大神(おおかみ)の太刀(たち)と弓矢(ゆみや)を持って、八十神(やそがみ)たちを討(う)ちにいらっしゃいました。そして、みんながちりぢりに逃(に)げまわるのを追っかけて、そこいらじゅうの坂の下や川の中へ、切り倒(たお)し突(つ)き落として、とうとう一人ももらさず亡(ほろ)ぼしておしまいになりました。そして、国の神の頭(かしら)になって、宇迦(うか)の山の下に御殿(ごてん)をおたてになり、須勢理媛(すぜりひめ)と二人で楽しくおくらしになりました。       四 そのうちに例の八上媛(やがみひめ)は、大国主神をしたって、はるばるたずねて来ましたが、その大国主神には、もう須勢理媛(すぜりひめ)というりっぱなお嫁(よめ)さまができていたので、しおしおと、またおうちへ帰って行きました。 大国主神はそれからなお順々に四方を平らげて、だんだんと国を広げておゆきになりました。そうしているうちに、ある日、出雲(いずも)の国の御大(みお)の崎(さき)という海ばたにいっていらっしゃいますと、はるか向こうの海の上から、一人の小さな小さな神が、お供の者たちといっしょに、どんどんこちらへ向かって船をこぎよせて来ました。その乗っている船は、ががいもという、小さな草の実で、着ている着物は、ひとりむしの皮を丸はぎにしたものでした。 大国主神は、その神に向かって、「あなたはどなたですか」とおたずねになりました。しかし、その神は口を閉(と)じたまま名まえをあかしてくれませんでした。大国主神はご自分のお供の神たちに聞いてご覧になりましたが、みんなその神がだれだかけんとうがつきませんでした。 するとそこへひきがえるがのこのこ出て来まして、「あの神のことは久延彦(くえびこ)ならきっと存じておりますでしょう」と言いました。久延彦というのは山の田に立っているかかしでした。久延彦(くえびこ)は足がきかないので、ひと足も歩くことはできませんでしたけれど、それでいて、この下界のことはなんでもすっかり知っておりました。 それで大国主神は急いでその久延彦(くえびこ)にお聞きになりますと、「ああ、あの神は大空においでになる神産霊神(かみむすびのかみ)のお子さまで、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)とおっしゃる方でございます」と答えました。大国主神はそれでさっそく、神産霊神(かみむすびのかみ)にお伺(うかが)いになりますと、神も、「あれはたしかにわしの子だ」とおっしゃいました。そして改めて少名毘古那神に向かって、「おまえは大国主神ときょうだいになって二人で国々を開き固(かた)めて行け」とおおせつけになりました。 大国主神は、そのお言葉に従って、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)とお二人で、だんだんに国を作り開いておゆきになりました。ところが、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)は、あとになると、急に常世国(とこよのくに)という、海の向こうの遠い国へ行っておしまいになりました。 大国主神(おおくにぬしのかみ)はがっかりなすって、私(わたし)一人では、とても思いどおりに国を開いてゆくことはできない、だれか力を添(そ)えてくれる神はいないものかと言って、たいそうしおれていらっしゃいました。 するとちょうどそのとき、一人の神さまが、海の上一面にきらきらと光を放(はな)ちながら、こちらへ向かって近づいていらっしゃいました。それは須佐之男命(すさのおのみこと)のお子の大年神(おおとしのかみ)というお方でした。その神が、大国主神に向かって、「私をよく大事にまつっておくれなら、いっしょになって国を作りかためてあげよう。おまえさん一人ではとてもできはしない」と、こう言ってくださいました。「それではどんなふうにおまつり申せばいいのでございますか」とお聞きになりますと、「大和(やまと)の御諸(みもろ)の山の上にまつってくれればよい」とおっしゃいました。 大国主神はお言葉(ことば)のとおりに、そこへおまつりして、その神さまと二人でまただんだんに国を広げておゆきになりました。きじのお使(つか)い       一 そのうちに大空の天照大神(あまてらすおおかみ)は、お子さまの天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に向かって、「下界に見える、あの豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)は、おまえが治めるべき国である」とおっしゃって、すぐにくだって行くように、お言いつけになりました。命(みこと)はかしこまっておりていらっしゃいました。しかし天(あめ)の浮橋(うきはし)の上までおいでになって、そこからお見おろしになりますと、下では勢いの強い神たちが、てんでんに暴(あば)れまわって、大さわぎをしているのが見えました。命は急いでひきかえしていらしって、そのことを大神にお話しになりました。 それで大神と高皇産霊神(たかみむすびのかみ)とは、さっそく天安河(あめのやすのかわ)の河原に、おおぜいの神々をすっかりお召(め)し集めになって、「あの水穂国(みずほのくに)は、私たちの子孫(しそん)が治めるはずの国であるのに、今あすこには、悪強い神たちが勢い鋭く荒れまわっている。あの神たちを、おとなしくこちらの言うとおりにさせるには、いったいだれを使いにやったものであろう」とこうおっしゃって、みんなにご相談をなさいました。 すると例のいちばん考え深い思金神(おもいかねのかみ)が、みんなと会議をして、「それには天菩比神(あめのほひのかみ)をおつかわしになりますがよろしゅうございましょう」と申しあげました。そこで大神は、さっそくその菩比神(ほひのかみ)をおくだしになりました。 ところが菩比神(ほひのかみ)は、下界へつくと、それなり大国主神(おおくにぬしのかみ)の手下になってしまって、三年たっても、大空へはなんのご返事もいたしませんでした。 それで大神と高皇産霊神(たかみむすびのかみ)とは、またおおぜいの神々をお召(め)しになって、「菩比神(ほひのかみ)がまだ帰ってこないが、こんどはだれをやったらよいであろう」と、おたずねになりました。 思金神(おもいかねのかみ)は、「それでは、天津国玉神(あまつくにたまのかみ)の子の、天若日子(あめのわかひこ)がよろしゅうございましょう」と、お答え申しました。 大神はその言葉(ことば)に従って、天若日子(あめのわかひこ)にりっぱな弓(ゆみ)と矢(や)をお授けになって、それを持たせて下界へおくだしになりました。 するとその若日子は大空にちゃんとほんとうのお嫁(よめ)があるのに、下へおり着くといっしょに、大国主神(おおくにぬしのかみ)の娘(むすめ)の下照比売(したてるひめ)をまたお嫁にもらったばかりか、ゆくゆくは水穂国(みずほのくに)を自分が取ってしまおうという腹(はら)で、とうとう八年たっても大神の方へはてんでご返事にも帰りませんでした。 大神と高皇産霊神(たかみむすびのかみ)とは、また神々をお集めになって、「二度めにつかわした天若日子もまたとうとう帰ってこない。いったいどうしてこんなにいつまでも下界にいるのか、それを責(せ)めただしてこさせたいと思うが、だれをやったものであろう」とお聞きになりました。 思金神(おもいかねのかみ)は、「それでは名鳴女(ななきめ)というきじがよろしゅうございましょう」と申しあげました。大神たちお二人はそのきじをお召(め)しになって、「おまえはこれから行って天若日子(あめのわかひこ)を責めてこい。そちを水穂国(みずほのくに)へおくりだしになったのは、この国の神どもを説き伏せるためではないか、それだのに、なぜ八年たってもご返事をしないのか、と言って、そのわけを聞きただしてこい」とお言いつけになりました。 名鳴女は、はるばると大空からおりて、天若日子のうちの門のそばの、かえでの木の上にとまって、大神からおおせつかったとおりをすっかり言いました。 すると若日子のところに使われている、天佐具売(あめのさくめ)という女が、その言葉を聞いて、「あすこに、いやな鳴き声を出す鳥がおります。早く射(い)ておしまいなさいまし」と若日子にすすめました。 若日子は、「ようし」と言いながら、かねて大神からいただいて来た弓(ゆみ)と矢(や)を取り出して、いきなりそのきじを射殺してしまいました。すると、その当たった矢が名鳴女の胸(むね)を突(つ)き通して、さかさまに大空の上まではねあがって、天安河(あめのやすのかわ)の河原(かわら)においでになる、天照大神(あまてらすおおかみ)と高皇産霊神(たかみむすびのかみ)とのおそばへ落ちました。 高皇産霊神(たかみむすびのかみ)はその矢を手に取ってご覧(らん)になりますと、矢の羽根に血がついておりました。 高皇産霊神は、「この矢は天若日子(あめのわかひこ)につかわした矢だが」とおっしゃって、みんなの神々にお見せになった後、「もしこの矢が、若日子が悪い神たちを射たのが飛んで来たのならば、若日子にはあたるな。もし若日子が悪い心をいだいているなら、かれを射殺せよ」とおっしゃりながら、さきほどの矢が通って来た空の穴(あな)から、力いっぱいにお突きおろしになりました。 そうするとその矢は、若日子がちょうど下界であおむきに寝(ね)ていた胸のまん中を、ぷすりと突き刺(さ)して一ぺんで殺してしまいました。 若日子のお嫁(よめ)の下照比売(したてるひめ)は、びっくりして、大声をあげて泣(な)きさわぎました。 その泣く声が風にはこばれて、大空まで聞こえて来ますと、若日子の父の天津国玉神(あまつくにたまのかみ)と、若日子のほんとうのお嫁と子供たちがそれを聞きつけて、びっくりして、下界へおりて来ました。
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