悪獣篇
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著者名:泉鏡花 

       一

 つれの夫人がちょっと道寄りをしたので、銑太郎(せんたろう)は、取附(とッつ)きに山門の峨々(がが)と聳(そび)えた。巨刹(おおでら)の石段の前に立留まって、その出て来るのを待ち合せた。
 門の柱に、毎月(まいげつ)十五十六日当山説教と貼紙(はりがみ)した、傍(かたわら)に、東京……中学校水泳部合宿所とまた記してある。透(すか)して見ると、灰色の浪を、斜めに森の間(なか)にかけたような、棟の下に、薄暗い窓の数、厳穴(いわあな)の趣して、三人五人、小さくあちこちに人の形。脱ぎ棄(す)てた、浴衣、襯衣(しゃつ)、上衣(うわぎ)など、ちらちらと渚(なぎさ)に似て、黒く深く、背後(うしろ)の山まで凹(なかくぼ)になったのは本堂であろう。輪にして段々に点(とも)した蝋(ろう)の灯が、黄色に燃えて描いたよう。
 向う側は、袖垣(そでがき)、枝折戸(しおりど)、夏草の茂きが中に早咲(はやざき)の秋の花。いずれも此方(こなた)を背戸にして別荘だちが二三軒、廂(ひさし)に海原(うなばら)の緑をかけて、簾(すだれ)に沖の船を縫わせた拵(こしら)え。刎釣瓶(はねつるべ)の竹も動かず、蚊遣(かやり)の煙の靡(なび)くもなき、夏の盛(さかり)の午後四時ごろ。浜辺は煮えて賑(にぎや)かに、町は寂しい樹蔭(こかげ)の細道、たらたら坂(ざか)を下りて来た、前途(ゆくて)は石垣から折曲る、しばらくここに窪(くぼ)んだ処、ちょうどその寺の苔蒸(こけむ)した青黒い段の下、小溝(こみぞ)があって、しぼまぬ月草、紺青の空が漏れ透くかと、露もはらはらとこぼれ咲いて、藪(やぶ)は自然の寺の垣。
 ちょうどそのたらたら坂を下りた、この竹藪のはずれに、草鞋(わらじ)、草履、駄菓子の箱など店に並べた、屋根は茅(かや)ぶきの、且つ破れ、且つ古びて、幾秋(いくあき)の月や映(さ)し、雨や漏りけん。入口の土間なんど、いにしえの沼の干かたまったをそのままらしい。廂は縦に、壁は横に、今も屋台は浮き沈み、危(あやう)く掘立(ほったて)の、柱々、放れ放(ばな)れに傾いているのを、渠(かれ)は何心なく見て過ぎた。連れはその店へ寄った[#「寄った」は底本では「寄つた」]のである。
「昔……昔、浦島は、小児(こども)の捉(とら)えし亀を見て、あわれと思い買い取りて、……」と、誦(すさ)むともなく口にしたのは、別荘のあたりの夕間暮れに、村の小児等(こどもら)の唱うのを聞き覚えが、折から心に移ったのである。
 銑太郎は、ふと手にした巻莨(まきたばこ)に心着いて、唄をやめた。
「早附木(マッチ)を買いに入ったのかな。」
 うっかりして立ったのが、小店(こみせ)の方(かた)に目を注いで、
「ああ、そうかも知れん。」と夏帽の中で、頷(うなず)いて独言(ひとりごと)。
 別に心に留めもせず、何の気もなくなると、つい、うかうかと口へ出る。
「一日(あるひ)大きな亀が出て、か。もうしもうし浦島さん――」
 帽を傾け、顔を上げたが、藪に並んで立ったのでは、此方(こなた)の袖に隠れるので、路(みち)を対方(むこう)へ。別荘の袖垣から、斜(ななめ)に坂の方を透かして見ると、連(つれ)の浴衣は、その、ほの暗い小店に艶(えん)なり。
「何をしているんだろう。もうしもうし浦島さん……じゃない、浦子さんだ。」
 と破顔しつつ、帽のふちに手をかけて、伸び上るようにしたけれども、軒を離れそうにもせぬのであった。
「店ぐるみ総じまいにして、一箇(ひとつ)々々袋へ入れたって、もう片が附く時分じゃないか。」
 と呟(つぶや)くうちに真面目(まじめ)になった、銑太郎は我ながら、
「串戯(じょうだん)じゃない、手間が取れる。どうしたんだろう、おかしいな。」

       二

 とは思ったが、歴々(ありあり)彼処(かしこ)に、何の異状なく彳(たたず)んだのが見えるから、憂慮(きづかう)にも及ぶまい。念のために声を懸けて呼ぼうにも、この真昼間(まっぴるま)。見える処に連(つれ)を置いて、おおいおおいも茶番らしい、殊に婦人(おんな)ではあるし、と思う。
 今にも来そうで、出向く気もせず。火のない巻莨(まきたばこ)を手にしたまま、同じ処に彳んで、じっと其方(そなた)を。
 何(なん)となくぼんやりして、ああ、家も、路(みち)も、寺も、竹藪(たけやぶ)を漏る蒼空(あおぞら)ながら、地(つち)の底の世にもなりはせずや、連(つれ)は浴衣の染色(そめいろ)も、浅き紫陽花(あじさい)の花になって、小溝(こみぞ)の暗(やみ)に俤(おもかげ)のみ。我はこのまま石になって、と気の遠くなった時、はっと足が出て、風が出て、婦人(おんな)は軒を離れて出た。
 小走りに急いで来る、青葉の中に寄る浪のはらはらと爪尖(つまさき)白く、濃い黒髪の房(ふさ)やかな双の鬢(びんづら)、浅葱(あさぎ)の紐(ひも)に結び果てず、海水帽を絞って被(かぶ)った、豊(ゆたか)な頬(ほお)に艶(つや)やかに靡(なび)いて、色の白いが薄化粧。水色縮緬(みずいろちりめん)の蹴出(けだし)の褄(つま)、はらはら蓮(はちす)の莟(つぼみ)を捌(さば)いて、素足ながら清らかに、草履ばきの埃(ほこり)も立たず、急いで迎えた少年に、ばッたりと藪の前。
「叔母さん、」
 と声をかけて、と見るとこれが音に聞えた、燃(もゆ)るような朱の唇、ものいいたさを先んじられて紅梅の花揺(ゆら)ぐよう。黒目勝(くろめがち)の清(すず)しやかに、美しくすなおな眉の、濃きにや過ぐると煙ったのは、五日月(いつかづき)に青柳(あおやぎ)の影やや深き趣あり。浦子というは二十七。
 豪商狭島(さじま)の令室で、銑太郎には叔母に当る。
 この路を去る十二三町、停車場寄(より)の海岸に、石垣高く松を繞(めぐ)らし、廊下で繋(つな)いで三棟(みむね)に分けた、門には新築の長屋があって、手車の車夫の控える身上(しんしょう)。
 裳(もすそ)を厭(いと)う砂ならば路に黄金(こがね)を敷きもせん、空色の洋服の褄を取った姿さえ、身にかなえば唐(から)めかで、羽衣着たりと持て囃(はや)すを、白襟で襲衣(かさね)の折から、羅(うすもの)に綾(あや)の帯の時、湯上りの白粉(おしろい)に扱帯(しごき)は何というやらん。この人のためならば、このあたりの浜の名も、狭島が浦と称(とな)えつびょう、リボンかけたる、笄(こうがい)したる、夏の女の多い中に、海第一と聞えた美女(たおやめ)。
 帽子の裡(うち)の日の蔭に、長いまつげのせいならず、甥(おい)を見た目に冴(さえ)がなく、顔の色も薄く曇って、
「銑さん。」
 とばかり云った、浴衣の胸は呼吸(いき)ぜわしい。
「どうしたんです、何を買っていらしったんです。吃驚(びっくり)するほど長かった。」
 打見(うちみ)に何の仔細(しさい)はなきが、物怖(ものおじ)したらしい叔母の状(さま)を、たかだか例の毛虫だろう、と笑いながら言う顔を、情(なさけ)らしく熟(じっ)と見て、
「まあ、呑気(のんき)らしい、早附木(マッチ)を取って上げたんじゃありませんか。」
 はじめて、ほッとした様子。
「頂戴! いつかの靴以来です。こうは叔母さんでなくッちゃ出来ない事です。僕もそうだろうと思ったんです。」
「そうだろうじゃありませんわ。」
「じゃ、早附木ではないんですか。」

       三

「いいえ、銑さんが煙草(たばこ)を出すと、早附木(マッチ)がないから、打棄(うっちゃ)っておくと、またいつものように、煙草には思い遣(や)りがない、監督のようだなんて云うだろうと思って、気を利かして、ちょうど、あの店で、」
 と身を横に、踵(かかと)を浮かして、恐(こわ)いもののように振返って、
「見附かったからね、黙って買って上げようと思って入ったんですがね、お庇(かげ)で大変な思いをしたんですよ。ああ、恐かった。」
 とそのままには足も進まず、がッかりしたような風情である。
「何が、叔母さん。この日中(ひなか)に何が恐いんです。大方また毛虫でしょう、大丈夫、毛虫は追駈(おっか)けては来ませんから。」
「毛虫どころじゃアありません。」
 と浦子は後(うしろ)見らるる状(さま)。声も低う、
「銑さん、よっぽどの間だったでしょう。」
「ざッと一時間……」
 半分は懸直(かけね)だったのに、夫人はかえってさもありそうに、
「そうでしたかねえ、私はもっとかと思ったくらい。いつ、店を出られるだろう、と心細いッたらなかったよ。」
「なぜ、どうしたんですね、一体。」
「まあ、そろそろ歩行(ある)きましょう。何だか気草臥(きくたび)れでもしたようで、頭も脚もふらふらします。」
 歩を移すのに引添うて、身体(からだ)で庇(かば)うがごとくにしつつ、
「ほんとに驚いたんですか。そういえば、顔の色もよくないようですよ。」
「そうでしょう、悚然(ぞっ)として、未(いま)だに寒気がしますもの。」
 と肩を窄(すぼ)めて俯向(うつむ)いた、海水帽も前下り、頸(うなじ)白く悄(しお)れて連立つ。
 少年は顔を斜めに、近々と帽の中。
「まったく色が悪い。どうも毛虫ではないようですね。」
 これには答えず、やや石段の前を通った。
 しばらくして、
「銑さん、」
「ええ、」
「帰途(かえり)に、またここを通るんですか。」
「通りますよ。」
「どうしても通らねば不可(いけ)ませんかねえ、どこぞ他(ほか)に路がないんでしょうか。」
「海ならあります。ここいらは叔母さん、海岸の一筋路ですから、岐路(わかれみち)といっては背後(うしろ)の山へ行(ゆ)くより他(ほか)にはないんですが、」
「困りましたねえ。」
 と、つくづく云う。
「何ね、時刻に因って、汐(しお)の干ている時は、この別荘の前なんか、岩を飛んで渡られますがね、この節の月じゃどうですか、晩方干ないかも知れません。」
「船はありますか。」
「そうですね、渡船(わたしぶね)ッて別にありはしますまいけれど、頼んだら出してくれないこともないでしょう、さきへ行って聞いて見ましょう。」
「そうね。」
「何、叔母さんさえ信用するんなら、船だけ借りて、漕(こ)ぐことは僕にも漕げます。僕じゃ危険(けんのん)だというでしょう。」
「何(なん)でも可(よ)うござんすから、銑さん、貴郎(あなた)、どうにかして下さい。私はもう帰途(かえり)にあの店の前を通りたくないんです。」
 とまた俯向(うつむ)いたが恐々(こわごわ)らしい。
「叔母さん、まあ、一体、何ですか。」と、余りの事に微笑(ほほえ)みながら。

       四

「もう聞えやしますまいね。」
 と憚(はばか)る所あるらしく、声もこの時なお低い。
「何が、どこで、叔母さん。」
「あすこまで、」
「ああ! 汚店(きたなみせ)へ、」
「大きな声をなさんなよ。」と吃驚(びっくり)したように慌(あわただ)しく、瞳(ひとみ)を据えて、密(そっ)という。
「何が聞えるもんですか。」
「じゃあね、言いますけれど、銑さん、私がね、今、早附木(マッチ)を買いに入ると、誰も居ないのよ。」
「へい?」
「下さいな、下さいなッて、そういうとね。穴が開いて、こわれごわれで、鼠の家の三階建のような、取附(とッつき)の三段の古棚の背(うしろ)のね、物置みたいな暗い中から、――藻屑(もくず)を曳(ひ)いたかと思う、汚い服装(なり)の、小さな婆(ばあ)さんがね、よぼよぼと出て来たんです。
 髪の毛が真白(まっしろ)でね、かれこれ八十にもなろうかというんだけれど、その割には皺(しわ)がないの、……顔に。……身体(からだ)は痩(や)せて骨ばかり、そしてね、骨が、くなくなと柔かそうに腰を曲げてさ。
 天窓(あたま)でものを見るてッたように、白髪(しらが)を振って、ふッふッと息をして、脊の低いのが、そうやって、胸を折ったから、そこらを這(は)うようにして店へ来るじゃありませんか。
 早附木を下さいなッて、云ったけれど聞えません。もっともね、はじめから聞えないのは覚悟だというように、顔を上げてね、人の顔を視(なが)めてさ。目で承りましょうと云うんじゃないの。
 お婆さん、早附木を下さい、早附木を、といった、私の唇の動くのを、熟(じっ)と視めていたッけがね。
 その顔を上げているのが大儀そうに、またがッくり俯向(うつむ)くと、白髪の中から耳の上へ、長く、干からびた腕を出したんですがね、掌(てのひら)が大きいの。
 それをね、けだるそうに、ふらふらとふって、片々(かたかた)の人指(ひとさし)ゆびで、こうね、左の耳を教えるでしょう。
 聞えないと云うのかね、そんなら可(よ)うござんす。私は何だか一目見ると、厭(いや)な心持がしたんですからね、買わずと可(い)いから、そのまま店を出ようと思うと、またそう行(ゆ)かなくなりましたわ。
 弱るじゃありませんか、婆さんがね、けだるそうに腰を伸ばして、耳を、私の顔の傍(そば)へ横向けに差しつけたんです。
 ぷんと臭(にお)ったの。何とも言えない、きなッくさいような、醤油(おしたじ)の焦げるような、厭な臭(におい)よ。」
「や、そりゃ困りましたね。」と、これを聞いて少年も顰(ひそ)んだのである。
「早附木を下さい。
(はあ?)
(早附木よ、お婆さん。)
(はあ?)
 はあッて云うきりなの。目を眠って、口を開けてさ、臭うでしょう。
(早附木、)ッて私は、まったくよ。銑さん、泣きたくなったの。
 ただもう遁(に)げ出したくッてね、そこいら□(みまわ)すけれど、貴下(あなた)の姿も見えなかったんですもの。
 はあ、長い間よ。
 それでもようよう聞えたと見えてね、口をむぐむぐとさして合点(がってん)々々をしたから、また手間を取らないようにと、直ぐにね、銅貨を一つ渡してやると、しばらくして、早附木を一ダース。
 そんなには要らないから、包を破いて、自分で一つだけ取って、ああ、厄落し、と出よう、とすると、しっかりこの、」
 と片手を下に、袖(そで)をかさねた袂(たもと)を揺(ゆす)ったが、気味悪そうに、胸をかわして密(そっ)と払い、
「袂をつかまえたのに、引張られて動けないじゃありませんか。」
「かさねがさね、成程、はあ、それから、」

       五

「私ゃ、銑さん、どうしようかと思ったんです。
 何にも云わないで、ぐんぐん引張って、かぶりを掉(ふ)るから、大方、剰銭(つり)を寄越(よこ)そうというんでしょうと思って、留りますとね。
 やッと安心したように手を放して、それから向う向きになって、緡(さし)から穴のあいたのを一つ一つ。
 それがまたしばらくなの。
 私の手を引張るようにして、掌(てのひら)へ呉(く)れました。
 ひやりとしたけれど、そればかりなら可(よ)かったのに。
(御新姐様(ごしんぞさま)や)」
 と浦子の声、異様に震えて聞えたので、
「ええ、その婆(ばば)が、」
「あれ、銑さん、聞えますよ。」と、一歩(ひとあし)いそがわしく、ぴったり寄添う。
「その婆が、云ったんですか。」
 夫人はまた吐息をついた。
「婆(ばあ)さんがね、ああ。」
(御新姐様や、御身(おみ)ア、すいたらしい人じゃでの、安く、なかまの値で進ぜるぞい。)ッて、皺枯(しわが)れた声でそう云うとね、ぶんと頭へ響いたんです。
 そして、すいたらしいッてね、私の手首を熟(じっ)と握って、真黄色(まっきいろ)な、平(ひらっ)たい、小さな顔を振上げて、じろじろと見詰めたの。
 その握った手の冷たい事ッたら、まるで氷のようじゃありませんか。そして目がね、黄金目(きんめ)なんです。
 光ったわ! 貴郎(あなた)。
 キラキラと、その凄(すご)かった事。」
 とばかりで重そうな頭(つむり)を上げて、俄(にわ)かに黒雲や起ると思う、憂慮(きづか)わしげに仰いで視(なが)めた。空ざまに目も恍惚(うっとり)、紐(ひも)を結(ゆわ)えた頤(おとがい)の震うが見えたり。
「心持でしょう。」
「いいえ、じろりと見られた時は、その目の光で私の顔が黄色になったかと思うくらいでしたよ。灯(あかり)に近いと、赤くほてるような気がするのと同一(おんなじ)に。
 もう私、二条(ふたすじ)針を刺されたように、背中の両方から悚然(ぞっ)として、足もふらふらになりました。
 夢中で二三間(げん)駈(か)け出すとね、ちゃらんと音がしたので、またハッと思いましたよ。お銭(あし)を落したのが先方(さき)へ聞えやしまいかと思って。
 何でも一大事のように返した剰銭(つり)なんですもの、落したのを知っては追っかけて来かねやしません。銑さん、まあ、何てこッてしょう、どうした婆さんでしょうねえ。」
 されば叔母上の宣(のたま)うごとし。年紀(とし)七十(ななそじ)あまりの、髪の真白(まっしろ)な、顔の扁(ひらた)い、年紀の割に皺(しわ)の少い、色の黄な、耳の遠い、身体(からだ)の臭(にお)う、骨の軟かそうな、挙動(ふるまい)のくなくなした、なおその言(ことば)に従えば、金色(こんじき)に目の光る嫗(おうな)とより、銑太郎は他に答うる術(すべ)を知らなかった。
 ただその、早附木(マッチ)一つ買い取るのに、半時ばかり経(た)った仔細(しさい)が知れて、疑(うたがい)はさらりとなくなったばかりであるから、気の毒らしい、と自分で思うほど一向な暢気(のんき)。
「早附木は? 叔母さん。」と魅せられたものの背中を一つ、トンと打つようなのを唐突(だしぬけ)に言った。
「ああ、そうでした。」
 と心着くと、これを嫗に握られた、買物を持った右の手は、まだ左の袂(たもと)の下に包んだままで、撫肩(なでがた)の裄(ゆき)をなぞえに、浴衣の筋も水に濡れたかと、ひたひたとしおれて、片袖しるく、悚然(ぞっ)としたのがそのままである。大事なことを見るがごとく、密(そっ)とはずすと、銑太郎も覗(のぞ)くように目を注いだ。
「おや!」
「…………」

       六

 黒の唐繻子(とうじゅす)と、薄鼠(うすねずみ)に納戸がかった絹ちぢみに宝づくしの絞(しぼり)の入った、腹合せの帯を漏れた、水紅色(ときいろ)の扱帯(しごき)にのせて、美しき手は芙蓉(ふよう)の花片(はなびら)、風もさそわず無事であったが、キラリと輝いた指環(ゆびわ)の他(ほか)に、早附木(マッチ)らしいものの形も無い。
 視詰(みつ)めて、夫人は、
「…………」ものも得(え)いわぬのである。
「ああ、剰銭(つり)と一所に遺失(おと)したんだ。叔母さんどの辺?」
 と気早(きばや)に向き返って行(ゆ)こうとする。
「お待ちなさいよ。」
 と遮って上げた手の、仔細(しさい)なく動いたのを、嬉しそうに、少年の肩にかけて、見直して呼吸(いき)をついて、
「銑さん、お止(よ)しなさいお止しなさい、気味が悪いから、ね、お止しなさい。」
 とさも一生懸命。圧(おさ)えぬばかりに引留めて、
「あんなものは、今頃何に化(な)っているか分りませんよ、よう、ですから、銑さん。」
「じゃ止します、止しますがね。」
 少年は余りの事に、
「ははははは、何だか妖物(ばけもの)ででもあるようだ。」と半ば呟(つぶや)いて、また笑った。
「私は妖物としか考えないの、まさか居ようとは思われないけれど。」
「妖物ですとも、妖物ですがね、そのくなくなした処や、天窓(あたま)で歩行(ある)きそうにする処から、黄色く※(うね)[#「亠/(田+久)」、200-7]った処なんぞ、何の事はない婆(ばば)の毛虫だ。毛虫の婆(ばあ)さんです。」
「厭(いや)ですことねえ。」と身ぶるいする。
「何もそんなに、気味を悪がるには当らないじゃありませんか。その婆に手を握られたのと、もしか樹の上から、」
 と上を見る。藪(やぶ)は尽きて高い石垣、榎(えのき)が空にかぶさって、浴衣に薄き日の光、二人は月夜を行(ゆ)く姿。
「ぽたりと落ちて、毛虫が頸筋(くびすじ)へ入ったとすると、叔母さん、どっちが厭な心持だと思います。」
「沢山よ、銑さん、私はもう、」
「いえ、まあ、どっちが気味が悪いんですね。」
「そりゃ、だって、そうねえ、どっちがどっちとも言えませんね。」
「そら御覧なさい。」
 説き得て可(よ)しと思える状(さま)して、
「叔母さんは、その婆を、妖物か何ぞのように大騒ぎを遣(や)るけれど、気味の悪い、厭な感じ。」
 感じ、と声に力を入れて、
「感じというと、何だか先生の仮声(こわいろ)のようですね。」
「気楽なことをおっしゃいよ!」
「だって、そうじゃありませんか、その気味の悪い、厭な感じ、」
「でも先生は、工合(ぐあい)の可(い)いとか、妙なとか、おもしろい感じッて事は、お言いなさるけれど、気味の悪いだの、厭な感じだのッて、そんな事は、めったにお言いなさることはありません。」
「しかしですね、詰(つま)らない婆を見て、震えるほど恐(こわ)がった、叔母さんの風(ふう)ッたら……工合の可(い)い、妙な、おもしろい感じがする、と言ったら、叔母さんは怒るでしょう。」
「当然(あたりまえ)ですわ、貴郎(あなた)。」
「だからこの場合ですもの。やっぱり厭な感じだ。その気味の悪い感じというのが、毛虫とおなじぐらいだと思ったらどうです。別に不思議なことは無いじゃありませんか。毛虫は気味が悪い、けれども怪(あやし)いものでも何でもない。」
「そう言えばそうですけれど、だって婆さんの、その目が、ねえ。」
「毛虫にだって、睨(にら)まれて御覧なさい。」
「もじゃもじゃと白髪(しらが)が、貴郎。」
「毛虫というくらいです、もじゃもじゃどころなもんですか、沢山毛がある。」
「まあ、貴下(あなた)の言うことは、蝸牛(でんでんむし)の狂言のようだよ。」と寂しく笑ったが、
「あれ、」
 寺でカンカンと鉦(かね)を鳴らした。
「ああ、この路の長かったこと。」

       七

 釣棹(つりざお)を、ト肩にかけた、処士あり。年紀(とし)のころ三十四五。五分刈(ごぶがり)のなだらかなるが、小鬢(こびん)さきへ少し兀(は)げた、額の広い、目のやさしい、眉の太い、引緊(ひきしま)った口の、やや大きいのも凜々(りり)しいが、頬肉(ほおじし)が厚く、小鼻に笑(え)ましげな皺(しわ)深く、下頤(したあご)から耳の根へ、べたりと髯(ひげ)のあとの黒いのも柔和である。白地に藍(あい)の縦縞(たてじま)の、縮(ちぢみ)の襯衣(しゃつ)を着て、襟のこはぜも見えそうに、衣紋(えもん)を寛(ゆる)く紺絣(こんがすり)、二三度水へ入ったろう、色は薄く地(じ)も透いたが、糊沢山(のりだくさん)の折目高。
 薩摩下駄(さつまげた)の小倉(こくら)の緒(お)、太いしっかりしたおやゆびで、蝮(まむし)を拵(こしら)えねばならぬほど、弛(ゆる)いばかりか、歪(ゆが)んだのは、水に対して石の上に、これを台にしていたのであった。
 時に、釣れましたか、獲物を入れて、片手に提(ひっさ)ぐべき畚(びく)は、十八九の少年の、洋服を着たのが、代りに持って、連立って、海からそよそよと吹く風に、山へ、さらさらと、蘆(あし)の葉の青く揃って、二尺ばかり靡(なび)く方へ、岸づたいに夕日を背(せな)。峰を離れて、一刷(ひとはけ)の薄雲を出(いで)て玉のごとき、月に向って帰途(かえりみち)、ぶらりぶらりということは、この人よりぞはじまりける。
「賢君、君の山越えの企ては、大層帰りが早かったですな。」
 少年は莞爾(にこ)やかに、
「それでも一抱えほど山百合を折って来ました。帰って御覧なさい、そりゃ綺麗(きれい)です。母の部屋へも、先生の床の間へも、ちゃんと活(い)けるように言って来ました。」
「はあ、それは難有(ありがた)い。朝なんざ崖(がけ)に湧(わ)く雲の中にちらちら燃えるようなのが見えて、もみじに朝霧がかかったという工合でいて、何となく高峰(たかね)の花という感じがしたのに、賢君の丹精で、机の上に活かったのは感謝する。
 早く行って拝見しよう、……が、また誰か、台所の方で、私の帰るのを待っているものはなかったですか。」
 と小鼻の左右の線を深く、微笑を含んで少年を。
 顔を見合わせて此方(こなた)も笑い、
「はははは、松が大層待っていました。先生のお肴(さかな)を頂こうと思って、お午飯(ひる)も控えたって言っていましたっけ。」
「それだ。なかなか人が悪い。」広い額に手を加える。
「それに、母も、先生。お土産を楽しみにして、お腹をすかして帰るからって、言づけをしたそうです。」
「益々(ますます)恐縮。はあ、で、奥さんはどこかへお出かけで。」
「銑さんが一所だそうです。」
「そうすると、その連(つれ)の人も、同じく土産を待つ方なんだ。」
「勿論です。今日ばかりは途中で叔母さんに何にも強請(ねだ)らない。犬川で帰って来て、先生の御馳走(ごちそう)になるんですって。」
 とまた顔を見る。
 この時、先生愕然(がくぜん)として頸(うなじ)をすくめた。
「あかぬ! 包囲攻撃じゃ、恐るべきだね。就中(なかんずく)、銑太郎などは、自分釣棹をねだって、貴郎(あなた)が何です、と一言の下(もと)に叔母御(おばご)に拒絶された怨(うらみ)があるから、その祟(たた)り容易ならずと可知矣(しるべし)。」
 と蘆の葉ずれに棹を垂れて、思わず観念の眼(まなこ)を塞(ふさ)げば、少年は気の毒そうに、
「先生、買っていらっしゃい。」
「買う?」
「だって一尾(ぴき)も居ないんですもの。」
 と今更ながら畚(びく)を覗(のぞ)くと、冷(つめた)い磯(いそ)の香(におい)がして、ざらざらと隅に固まるものあり、方丈記に曰(いわ)く、ごうなは小さき貝を好む。

       八

 先生は見ざる真似(まね)して、少年が手に傾けた件(くだん)の畚(びく)を横目に、
「生憎(あいにく)、沙魚(はぜ)、海津(かいづ)、小鮒(こぶな)などを商う魚屋がなくって困る。奥さんは何も知らず、銑太郎なお欺くべしじゃが、あの、お松というのが、また悪く下情(かじょう)に通じておって、ごうなや川蝦(かわえび)で、鰺(あじ)やおぼこの釣れないことは心得ておるから。これで魚屋へ寄るのは、落語の権助が川狩の土産に、過って蒲鉾(かまぼこ)と目刺を買ったより一層の愚じゃ。
 特に餌(えさ)の中でも、御馳走の川蝦は、あの松がしんせつに、そこらで掬(すく)って来てくれたんで、それをちぎって釣る時分は、浮木(うき)が水面に届くか届かぬに、ちょろり、かいず奴(め)が攫(さら)ってしまう。
 大切な蝦五つ、瞬く間にしてやられて、ごうなになると、糸も動かさないなどは、誠に恥入るです。
 私は賢君が知っとる通り、ただ釣という事におもしろい感じを持って行(や)るのじゃで、釣れようが釣れまいが、トンとそんな事に頓着(とんちゃく)はない。
 次第に因ったら、針もつけず、餌なしに試みて可(い)いのじゃけれど、それでは余り賢人めかすようで、気咎(きとがめ)がするから、成るべく餌も附着(くッつ)けて釣る。獲物の有無(ありなし)でおもしろ味に変(かわり)はないで、またこの空畚(からびく)をぶらさげて、蘆(あし)の中を釣棹(つりざお)を担いだ処も、工合の可(い)い感じがするのじゃがね。
 その様子では、諸君に対して、とてもこのまま、棹を掉(ふ)っては[#「掉(ふ)っては」は底本では「掉(ふ)つては」]帰られん。
 釣を試みたいと云うと、奥様が過分な道具を調えて下すった。この七本竹の継棹(つぎざお)なんぞ、私には勿体(もったい)ないと思うたが、こういう時は役に立つ。
 一つ畳み込んで懐中(ふところ)へ入れるとしよう、賢君、ちょっとそこへ休もうではないか。」
 と月を見て立停(たちどま)った、山の裾(すそ)に小川を控えて、蘆が吐き出した茶店が一軒。薄い煙に包まれて、茶は沸いていそうだけれど、葦簀張(よしずばり)がぼんやりして、かかる天気に、何事ぞ、雨露に朽ちたりな。
「可(い)いじゃありませんか、先生、畚は僕が持っていますから、松なんぞ愚図々々(ぐずぐず)言ったら、ぶッつけてやります。」
 無二の味方で頼母(たのも)しく慰めた。
「いやまた、こう辟易(へきえき)して、棹を畳んで、懐中(ふところ)へ了(しま)い込んで、煙管筒(きせるづつ)を忘れた、という顔で帰る処もおもしろい感じがするで。
 それに咽喉(のど)も乾いた、茶を一つ飲みましょう。まず休んで、」
 と三足(みあし)ばかり、路を横へ、茶店の前の、一間ばかり蘆が左右へ分れていた、根が白く濡地(ぬれち)が透いて見えて、ぶくぶくと蟹(かに)の穴、うたかたのあわれを吹いて、茜(あかね)がさして、日は未(いま)だ高いが虫の声、艪(ろ)を漕(こ)ぐように、ギイ、ギッチョッ、チョ。
「さあ、お掛け。」
 と少年を、自分の床几(しょうぎ)の傍(わき)に居(お)らせて、先生は乾くと言った、その唇を撫(な)でながら、
「茶を一つ下さらんか。」
 暗い中から白い服装(なり)、麻の葉いろの巻つけ帯で、草履の音、ひた――ひた、と客を見て早や用意をしたか、蟋蟀(きりぎりす)の噛(かじ)った塗盆(ぬりぼん)に、朝顔茶碗の亀裂(ひび)だらけ、茶渋で錆(さ)びたのを二つのせて、
「あがりまし、」
 と据えて出し、腰を屈(かが)めた嫗(おうな)を見よ。一筋ごとに美しく櫛(くし)の歯を入れたように、毛筋が透(とお)って、生際(はえぎわ)の揃った、柔かな、茶にやや褐(かば)を帯びた髪の色。黒き毛、白髪(しらが)の塵(ちり)ばかりをも交(まじ)えぬを、切髪(きりかみ)にプツリと下げた、色の白い、艶(つや)のある、細面(ほそおもて)の頤(おとがい)尖(とが)って、鼻筋の衝(つ)と通った、どこかに気高い処のある、年紀(とし)は誰(た)が目も同一(おなじ)……である。

       九

「渺々乎(びょうびょうこ)として、蘆(あし)じゃ。お婆さん、好(いい)景色だね。二三度来て見た処ぢゃけれど、この店の工合が可(い)いせいか、今日は格別に広く感じる。
 この海の他(ほか)に、またこんな海があろうとは思えんくらいじゃ。」
 と頷(うなず)くように茶を一口。茶碗にかかるほど、襯衣(しゃつ)の袖の膨(ふく)らかなので、掻抱(かいいだ)く体(てい)に茶碗を持って。
 少年はうしろ向(むき)に、山を視(なが)めて、おつきあいという顔色(かおつき)。先生の影二尺を隔てず、窮屈そうにただもじもじ。
 嫗(おうな)は威儀正しく、膝(ひざ)のあたりまで手を垂れて、
「はい、申されまする通り、世がまだ開けませぬ泥沼の時のような蘆原(あしはら)でござるわや。
 この川沿(かわぞい)は、どこもかしこも、蘆が生えてあるなれど、私(わし)が小家(こいえ)のまわりには、また多(いこ)う茂ってござる。
 秋にもなって見やしゃりませ。丈が高う、穂が伸びて、小屋は屋根に包まれる、山の懐も隠れるけに、月も葉の中から出(で)さされて、蟹(かに)が茎へ上(あが)っての、岡沙魚(おかはぜ)というものが根の処で跳ねるわや、漕(こ)いで入る船の艪櫂(ろかい)の音も、水の底に陰気に聞えて、寂しくなるがの。その時稲が実るでござって、お日和(ひより)じゃ、今年は、作も豊年そうにござります。
 もう、このように老い朽ちて、あとを頂く御菩薩(ごぼさつ)の粒も、五つ七つと、算(かぞ)えるようになったれども、生(しょう)あるものは浅間(あさま)しゅうての、蘆の茂るを見るにつけても、稲の太るが嬉しゅうてなりませぬ、はい、はい。」
 と細いが聞くものの耳に響く、透(とお)る声で言いながら、どこをどうしたら笑えよう、辛き浮世の汐風(しおかぜ)に、冷(つめた)く大理石になったような、その仏造った顔に、寂しげに莞爾(にっこり)笑った。鉄漿(かね)を含んだ歯が揃って、貝のように美しい。それとなお目についたは、顔の色の白いのに、その眠ったような繊(ほそ)い目の、紅(くれない)の糸、と見るばかり、赤く線を引いていたのである。
「成程、はあ、いかにも、」
 と言ったばかり、嫗の言(ことば)は、この景に対するものをして、約半時の間、未来の秋を想像せしむるに余りあって、先生は手なる茶碗を下にも措(お)かず、しばらく蘆を見て、やがてその穂の人の丈よりも高かるべきを思い、白泡のずぶずぶと、濡土(ぬれつち)に呟(つぶや)く蟹の、やがてさらさらと穂に攀(よ)じて、鋏(はさみ)に月を招くやなど、茫然(ぼうぜん)として視(なが)めたのであった。
 蘆の中に路があって、さらさらと葉ずれの音、葦簀(よしず)の外へまた一人、黒い衣(きもの)の嫗が出て来た。
 茶色の帯を前結び、肩の幅広く、身もやや肥えて、髪はまだ黒かったが、薄さは条(すじ)を揃えたばかり。生際(はえぎわ)が抜け上って頭(つむり)の半ばから引詰(ひッつ)めた、ぼんのくどにて小さなおばこに、櫂(かい)の形の笄(こうがい)さした、片頬(かたほ)痩(や)せて、片頬(かたほ)肥(ふと)く、目も鼻も口も頤(あご)も、いびつ形(なり)に曲(ゆが)んだが、肩も横に、胸も横に、腰骨のあたりも横に、だるそうに手を組んだ、これで釣合いを取るのであろう。ただそのままでは根から崩れて、海の方へ横倒れにならねばならぬ。
 肩と首とで、うそうそと、斜めに小屋を差覗(さしのぞ)いて、
「ござるかいの、お婆さん。」
 と、片頬夕日に眩(まぶ)しそう、ふくれた片頬は色の悪さ、蒼(あお)ざめて藍(あい)のよう、銀色のどろりとした目、瞬(またたき)をしながら呼んだ。
 駄菓子の箱を並べた台の、陰に入って踞(しゃが)んで居た、此方(こなた)の嫗(おうな)が顔を出して、
「主(ぬし)か。やれもやれも、お達者でござるわや。」
 と、ぬいと起(た)つと、その紅糸(べにいと)の目が動く。

       十

 来たのが口もあけず、咽喉(のど)でものを云うように、顔も静(じっ)と傾いたるまま、
「主(ぬし)もそくさいでめでたいぞいの。」
「お天気模様でござるわや。暑さには喘(あえ)ぎ、寒さには悩み、のう、時候よければ蛙(かわず)のように、くらしの蛇に追われるに、この年になるまでも、甘露の日和(ひより)と聞くけれども、甘い露は飲まぬわよ、ほほほ、」
 と薄笑いした、また歯が黒い。
「おいの、さればいの、お互(たがい)に砂(いさご)の数ほど苦しみのたねは尽きぬ事いの。やれもやれも、」と言いながら、斜めに立った[#「立った」は底本では「立つた」]廂(ひさし)の下、何を覗(のぞ)くか爪立(つまだ)つがごとくにして、しかも肩腰は造りつけたもののよう、動かざること如朽木(くちきのごとし)。
「若い衆(しゅ)の愚痴(ぐち)より年よりの愚痴じゃ、聞く人も煩(うる)さかろ、措(お)かっしゃれ、ほほほ。のう、お婆さん。主はさてどこへ何を志して出てござった、山かいの、川かいの。」
「いんにゃの、恐しゅう歯がうずいて、きりきり鑿(のみ)で抉(えぐ)るようじゃ、と苦しむ者があるによって、私(わし)がまじのうて進じょうと、浜へ□(えい)の針掘りに出たらばよ、猟師どもの風説(うわさ)を聞かっしゃれ。志す人があって、この川ぞいの三股(みつまた)へ、石地蔵が建つというわいの。」
 それを聞いて、フト振向いた少年の顔を、ぎろりと、その銀色の目で流眄(しりめ)にかけたが、取って十八の学生は、何事も考えなかった。
「や、風説(うわさ)きかぬでもなかったが、それはまことでござるかいの。」
「おいのおいの、こんな難有(ありがた)い奇特なことを、うっかり聞いてござる年紀(とし)ではあるまいがや、ややお婆さん。
 主は気が長いで、大方何じゃろうぞいの、地蔵様開眼(かいげん)が済んでから、杖(つえ)を突張(つッぱ)って参らしゃます心じゃろが、お互に年紀じゃぞや。今の時世(ときよ)に、またとない結縁(けちえん)じゃに因って、半日も早うのう、その難有(ありがた)い人のお姿拝もうと思うての、やらやっと重たい腰を引立(ひった)てて出て来たことよ。」
 紅糸(べにいと)の目はまた揺れて、
「奇特にござるわや。さて、その難有(ありがた)い人は誰でござる。」
「はて、それを知らしゃらぬ。主としたものは何ということぞいの。
 このさきの浜際に、さるの、大長者(おおちょうじゃ)どのの、お別荘がござるてよ。その長者の奥様じゃわいの。」
「それが御建立なされるかよ。」
「おいの、いんにゃいの、建てさっしゃるはその奥様に違いないが、発願(ほつがん)した篤志(こころざし)の方はまた別にあるといの。
 聞かっしゃれ。
 その奥様は、世にも珍らしい、三十二相そろわしった美しい方じゃとの、膚(はだ)があたたかじゃに因って人間よ、冷たければ天女じゃ、と皆いうのじゃがの、その長者どのの後妻(うわなり)じゃ、うわなりでいさっしゃる。
 よってその長者どのとは、三十の上も年紀が違うて、男の児(こ)が一人ござって、それが今年十八じゃ。
 奥様は、それ、継母(ままはは)いの。
 気立(きだて)のやさしい、膚も心も美しい人じゃによって、継母継児(ままこ)というようなものではなけれども、なさぬなかの事なれば、万に一つも過失(あやまち)のないように、とその十四の春ごろから、行(おこない)の正しい、学のある先生様を、内へ頼みきりにして傍(そば)へつけておかしゃった。」
 二人は正にそれなのである。

       十一

「よいかの、十四の年からこの年まで、四五六七八と五年の間、寝るにも起(おき)るにも附添うて、しんせつにお教えなすった、その先生様のたんせいというものは、一通(ひととおり)の事ではなかったとの。
 その効(かい)があってこの夏はの、そのお子がさる立派な学校へ入らっしゃるようになったに就いて、先生様は邸(やしき)を出て、自分の身体(からだ)になりたいといわっしゃる。
 それまで受けた恩があれば、お客分にして一生置き申そうということなれど、宗旨々々のお祖師様でも、行(ゆ)きたい処へ行かっしゃる。無理やりに留めますことも出来んでのう。」
「ほんにの、お婆さん。」
「今度いよいよ長者どのの邸を出さっしゃるに就いて、長い間御恩になった、そのお礼心というのじゃよ。何ぞ早や、しるしに残るものを、と言うて、黄金(こがね)か、珠玉(たま)か、と尋ねさっしゃるとの。
 その先生様、地蔵尊の一体建立して欲しいと言わされたとよ。
 そう云えば何となく、顔容(かおかたち)も柔和での、石の地蔵尊に似てござるお人じゃそうなげな。」
 先生は面(おもて)を背けて、笑(えみ)を含んで、思わずその口のあたりを擦(こす)ったのである。
「それは奇特じゃ、小児衆(こどもしゅ)の世話を願うに、地蔵様に似さしった人は、結構にござることよ。」
「さればその事よ。まだ四十にもならっしゃらぬが、慾(よく)も徳も悟ったお方じゃ。何事があっても莞爾々々(にこにこ)とさっせえて、ついぞ、腹立たしったり、悲しがらしった事はないけに、何としてそのように難有(ありがた)い気になられたぞ、と尋ねるものがあるわいの。
 先生様が言わっしゃるには、伝もない、教(おしえ)もない。私(わし)はどうした結縁(けちえん)か、その顔色(かおつき)から容子(ようす)から、野中にぼんやり立たしましたお姿なり、心から地蔵様が気に入って、明暮(あけくれ)、地蔵、地蔵と念ずる。
 痛い時、辛い時、口惜(くちおし)い時、怨(うら)めしい時、情(なさけ)ない時と、事どもが、まああってもよ。待てな、待てな、さてこうした時に、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)なら何となさる、と考えれば胸も開いて、気が安らかになることじゃ、と申されたげな。お婆さん、何と奇特な事ではないかの。」
「御奇特でござるのう。」
「じゃでの、何の心願というでもないが、何かしるしをといわるるで思いついた、お地蔵一体建立をといわっしゃる。
 折から夏休みにの、お邸中(やしきじゅう)が浜の別荘へ来てじゃに就いて、その先生様も見えられたが、この川添(かわぞい)の小橋の際(きわ)のの、蘆(あし)の中へ立てさっしゃる事になって、今日はや奥さまがの、この切通しの崖(がけ)を越えて、二つ目の浜の石屋が方(かた)へ行(ゆ)かれたげじゃ。
 のう、先生様は先生様、また難有(ありがた)いお方として、浄財(おたから)を喜捨なされます、その奥様の事いの。
 少(わか)い身そらに、御奇特な、たとえ御自分の心からではないとして、その先生様の思召(おぼしめし)に嬉し喜んで従わせえましたのが、はや菩薩の御弟子(みでし)でましますぞいの。
 七歳の竜女とやらじゃ。
 結縁(けちえん)しょう。年をとると気忙(きぜわ)しゅうて、片時もこうしてはおられぬわいの、はやくその美しいお姿を拝もうと思うての。それで、はい、お婆さん、えッちらえッちら出て来たのじゃ。」
「おう、されば、これから二つ目へおざるかや。」
「さればいの、行くわいの。」
「ござれござれ。私(わし)も店をかたづけたら、路ばたへ出て、その奥様の、帰らしゃますお顔を拝もうぞいの。」
 赤目の嫗(おうな)は自から深く打頷(うちうなず)いた。

       十二

 時に色の青い銀の目の嫗(おうな)は、対手(あいて)の頤(おとがい)につれて、片がりながら、さそわれたように頷(うなず)いたが、肩を曲げたなり手を腰に組んだまま、足をやや横ざまに左へ向けた。
「帰途(かえり)のほどは宵月(よいづき)じゃ、ちらりとしたらお姿を見はずすまいぞや。かぶりものの中、気をつけさっしゃれ。お方くらい、美しい、紅(べに)のついた唇は少ないとの。薄化粧に変りはのうても、膚(はだ)の白いがその人じゃ、浜方じゃで紛(まぎ)れはないぞの、可(よ)いか、お婆さん、そんなら私(わし)は行くわいの。」
「茶一つ参らぬか、まあ可(い)いで。」
「預けましょ。」
「これは麁末(そまつ)なや。」
「お雑作でござりました。」
 と斉(ひと)しく前へ傾きながら、腰に手を据えて、てくてくと片足ずつ、右を左へ、左を右へ、一ツずつ蹈(ふ)んで五足(いつあし)六足(むあし)。
「ああ、これな、これな。」
 と廂(ひさし)の夕日に手を上げて、たそがれかかる姿を呼べば、蘆(あし)を裾(すそ)なる背影(うしろかげ)。
「おい、」とのみ、見も返らず、ハタと留まって、打傾いた、耳をそのまま言(ことば)を待つ。
「主(ぬし)、今のことをの、坂下の姉(あね)さまにも知らしてやらしゃれ、さだめし、あの児(こ)も拝みたかろ。」
 聞きつけて、件(くだん)の嫗、ぶるぶると頭(かぶり)を掉(ふ)った。
「むんにゃよ、年紀(とし)が上だけに、姉(あね)さまは御生(ごしょう)のことは抜からぬぞの。八丈ヶ島に鐘が鳴っても、うとい耳に聞く人じゃ。それに二つ目へ行かっしゃるに、奥様は通り路。もう先刻(さっき)に拝んだじゃろうが、念のためじゃ立寄りましょ。ああ、それよりかお婆さん、」
 と片頬(かたほ)を青く捻(ね)じ向けた、鼻筋に一つの目が、じろりと此方(こなた)を見て光った。
「主(ぬし)、数珠(じゅず)を忘れまいぞ。」
「おう、可(よ)いともの、お婆さん、主、その□(えい)の針を落さっしゃるな。」
「御念には及ばぬわいの。はい、」
 と言って、それなり前途(むこう)へ、蘆を分ければ、廂(ひさし)を離れて、一人は店を引込(ひっこ)んだ。磯(いそ)の風一時(ひとしきり)、行(ゆ)くものを送って吹いて、颯(さっ)と返って、小屋をめぐって、ざわざわと鳴って、寂然(ひっそり)した。
 吻々吻(ほほほ)と花やかな、笑い声、浜のあたりに遥(はるか)に聞ゆ。
 時に一碗の茶を未(いま)だ飲干さなかった、先生はツト心着いて、いぶかしげな目で、まず、傍(かたわら)なる少年の並んで坐った背(せな)を見て、また四辺(あたり)を□(みまわ)したが、月夜の、夕日に返ったような思いがした。
 嫗(おうな)の言(ことば)が渠(かれ)を魅したか、その蘆の葉が伸びて、山の腰を蔽(おお)う時、水底(みなそこ)を船が漕(こ)いで、岡沙魚(おかはぜ)というもの土に跳ね、豆蟹(まめがに)の穂末(ほずえ)に月を見る状(さま)を、目(ま)のあたりに目に浮べて、秋の夜の月の趣に、いつか心の取られた耳へ、蘆の根の泡立つ音、葉末を風の戦(そよ)ぐ声、あたかも天地(あめつち)の呟(つぶや)き囁(ささや)くがごとく、我が身の上を語るのを、ただ夢のように聞きながら、顔の地蔵に似たなどは、おかしと現(うつつ)にも思ったが、いつごろ、どの時分、もう一人の嫗(おうな)が来て、いつその姿が見えなくなったか、定かには覚えなかった。たとえば、そよそよと吹く風の、いつ来て、いつ歇(や)んだかを覚えぬがごとく、夕日の色の、何の機(とき)に我が袖(そで)を、山陰へ外れたかを語らぬごとく。
 さればその間、およそ、時のいかばかりを過ぎたかを弁(わきま)えず、月夜とばかり思ったのも、明るく晴れた今日である。いつの程にか、継棹(つぎざお)も少年の手に畳まれて、袋に入って、紐までちゃんと結(ゆわ)えてあった。
 声をかけて見ようと思う、嫗は小屋で暗いから、他(ほか)の一人はそこへと見遣(や)るに、誰(たれ)も無し、月を肩なる、山の裾、蘆を□(しとね)の寝姿のみ。
「賢、」
 と呼んだ、我ながら雉子(きじ)のように聞えたので、呟(せきばらい)して、もう一度、
「賢君、」
「は、」
 と快活に返事する。
「今の婆さんは幾歳(いくつ)ぐらいに見えました。」
「この茶店のですか。」
「いや、もう一人、……ここへ来た年寄が居たでしょう。」
「いいえ。」

       十三

「あれえ! ああ、あ、ああ……」
 恐(こわ)かった、胸が躍って、圧(おさ)えた乳房重いよう、忌(いま)わしい夢から覚めた。――浦子は、独り蚊帳(かや)の裡(うち)。身の戦(わなな)くのがまだ留(や)まねば、腕を組違えにしっかと両の肩を抱いた、腋(わき)の下から脈を打って、垂々(たらたら)と冷(つめた)い汗。
 さてもその夜(よ)は暑かりしや、夢の恐怖(おそれ)に悶(もだ)えしや、紅裏(もみうら)の絹の掻巻(かいまき)、鳩尾(みずおち)を辷(すべ)り退(の)いて、寝衣(ねまき)の衣紋(えもん)崩れたる、雪の膚(はだえ)に蚊帳の色、残燈(ありあけ)の灯に青く染まって、枕(まくら)に乱れた鬢(びん)の毛も、寝汗にしとど濡れたれば、襟白粉(えりおしろい)も水の薫(かおり)、身はただ、今しも藻屑(もくず)の中を浮び出でたかの思(おもい)がする。
 まだ身体(からだ)がふらふらして、床の途中にあるような。これは寝た時に今も変らぬ、別に怪しい事ではない。二つ目の浜の石屋が方(かた)へ、暮方仏像をあつらえに往(い)った帰りを、厭(いや)な、不気味な、忌わしい、婆(ばば)のあらもの屋の前が通りたくなさに、ちょうど満潮(みちしお)を漕(こ)げたから、海松布(みるめ)の流れる岩の上を、船で帰って来たせいであろう。艪(ろ)を漕いだのは銑さんであった、夢を漕いだのもやっぱり銑さん。
 その時は折悪(おりあし)く、釣船も遊山船(ゆさんぶね)も出払って、船頭たちも、漁、地曳(じびき)で急がしいから、と石屋の親方が浜へ出て、小船を一艘(そう)借りてくれて、岸を漕いでおいでなさい、山から風が吹けば、畳を歩行(ある)くより確(たしか)なもの、船をひっくりかえそうたって、海が合点(がってん)するものではねえと、大丈夫に承合(うけあ)うし、銑太郎もなかなか素人離れがしている由、人の風説(うわさ)も聞いているから、安心して乗って出た。
 岩の間をすらすらと縫って、銑さんが船を持って来てくれる間、……私は銀の粉を裏ごしにかけたような美しい砂地に立って、足許(あしもと)まで藍(あい)の絵具を溶いたように、ひたひた軽く寄せて来る、浪に心は置かなかったが、またそうでもない。先刻(さっき)の荒物屋が背後(うしろ)へ来て、あの、また変な声で、御新姐様(ごしんぞさま)や、といいはしまいかと、大抵気を揉(も)んだ事ではない。……
 婆さんは幾らも居る、本宅のお針も婆さんなら、自分に伯母が一人、それもお婆さん。第一近い処が、今内に居る、松やの阿母(おふくろ)だといって、この間隣村から尋ねて来た、それも年より。なぜあんなに恐ろしかったか、自分にも分らぬくらい。
 毛虫は怪しいものではないが、一目見ても総毛立つ。おなじ事で、たとえ不気味だからといって、ちっとも怪しいものではないと、銑さんはいうけれど、あの、黄金色(こがねいろ)の目、黄(きいろ)な顔、這(は)うように歩行(ある)いた工合。ああ、思い出しても悚然(ぞっ)とする。
 夫人は掻巻の裾(すそ)に障(さわ)って、爪尖(つまさき)からまた悚然とした。
 けれどもその時、浜辺に一人立っていて、なんだか怪しいものなぞは世にあるものとは思えないような、気丈夫な考えのしたのは、自分が彳(たたず)んでいた七八間さきの、切立(きった)てに二丈ばかり、沖から燃ゆるような紅(くれない)の日影もさせば、一面には山の緑が月に映って、練絹(ねりぎぬ)を裂くような、柔(やわらか)な白浪(しらなみ)が、根を一まわり結んじゃ解けて拡がる、大きな高い巌(いわ)の上に、水色のと、白衣(びゃくえ)のと、水紅色(ときいろ)のと、西洋の婦人が三人。――
 白衣のが一番上に、水色のその肩が、水紅色のより少し高く、一段下に二人並んで、指を組んだり、裳(もすそ)を投げたり、胸を軽くそらしたり、時々楽しそうに笑ったり、話声は聞えなかったが、さものんきらしく、おもしろそうに遊んでいる。
 それをまたその人々の飼犬らしい、毛色のいい、猟虎(らっこ)のような茶色の洋犬(かめ)の、口の長い、耳の大きなのが、浪際を放れて、巌(いわ)の根に控えて見ていた。
 まあ、こんな人たちもあるに、あの婆さんを妖物(ばけもの)か何ぞのように、こうまで恐(こわ)がるのも、と恥かしくもあれば、またそんな人たちが居る世の中に、と頼母(たのも)しく。……
 と、浦子は蚊帳に震えながら思い続けた。

       十四

 ざんぶと浪に黒く飛んで、螺線(らせん)を描く白い水脚(みずあし)、泳ぎ出したのはその洋犬(かめ)で。
 来るのは何ものだか、見届けるつもりであったろう。
 長い犬の鼻づらが、水を出て浮いたむこうへ、銑さんが艪(ろ)をおしておいでだった。
 うしろの小松原の中から、のそのそと人が来たのに、ぎょっとしたが、それは石屋の親方で。
 草履ばきでも濡れさせまいと、船がそこった間だけ、負(おぶ)ってくれて、乗ると漕(こ)ぎ出すのを、水にまだ、足を浸したまま、鷭(ばん)のような姿で立って、腰のふたつ提(さ)げの煙草入(たばこいれ)を抜いて、煙管(きせる)と一所に手に持って、火皿をうつむけにして吹きながら、確かなもんだ確かなもんだと、銑さんの艪(ろ)を誉(ほ)めていた。
 もう船が岩の間を出たと思うと、尖った舳(へさき)がするりと辷(すべ)って、波の上へ乗ったから、ひやりとして、胴の間(ま)へ手を支(つ)いた。
 その時緑青色のその切立(きった)ての巌(いわ)の、渚(なぎさ)で見たとは趣がまた違って、亀の背にでも乗りそうな、中ごろへ、早薄靄(うすもや)が掛(かか)った上から、白衣(びゃくえ)のが桃色の、水色のが白の手巾(ハンケチ)を、二人で、小さく振ったのを、自分は胴の間に、半ば袖(そで)をついて、倒れたようになりながら、帽子の裡(うち)から仰いで見た。
 二つ目の浜で、地曳(じびき)を引く人の数は、水を切った網の尖(さき)に、二筋黒くなって砂山かけて遥(はる)かに見えた。
 船は緑の岩の上に、浅き浅葱(あさぎ)の浪を分け、おどろおどろ海草の乱るるあたりは、黒き瀬を抜けても過ぎたが、首きり沈んだり、またぶくりと浮いたり、井桁(いげた)に組んだ棒の中に、生簀(いけす)があちこち、三々五々。鴎(かもめ)がちらちらと白く飛んで、浜の二階家のまわり縁を、行(ゆ)きかいする女も見え、簾(すだれ)を上げる団扇(うちわ)も見え、坂道の切通しを、俥(くるま)が並んで飛ぶのさえ、手に取るように見えたもの。
 陸近(くがぢか)なれば憂慮(きづか)いもなく、ただ景色の好(よ)さに、ああまで恐ろしかった婆(ばば)の家、巨刹(おおでら)の藪(やぶ)がそこと思う灘(なだ)を、いつ漕ぎ抜けたか忘れていたのに、何を考え出して、また今の厭(いな)な年寄。……
 ――それが夢か。――
「ま、待って、」
 はてな、と夫人は、白き頸(うなじ)を枕(まくら)に着けて、おくれ毛の音するまで、がッくりと打(うち)かたむいたが、身の戦(わなな)くことなお留(や)まず。
 それとも渚の砂に立って、巌の上に、春秋(はるあき)の美しい雲を見るような、三人の婦人の衣(きぬ)を見たのが夢か。海も空も澄み過ぎて、薄靄(うすもや)の風情も妙(たえ)に余る。
 けれども、犬が泳いでいた、月の中なら兎(うさぎ)であろうに。
 それにしても、また石屋の親方が、水に彳(たたず)んだ姿が怪しい。
 そういえば用が用、仏像を頼みに行(ゆ)くのだから、と巡礼染(じゅんれいじ)みたも心嬉しく、浴衣がけで、草履で、二つ目へ出かけたものが、人の背(せなか)で浪を渡って、船に乗ろうとは思いもかけぬ。
 いやいや思いもかけぬといえば、荒物屋の、あの老婆(としより)。通りがかりに、ちょいとほんの燐枝(マッチ)を買いに入ったばかりで、あんな、恐ろしい、忌(いま)わしい不気味なものを、しかも昼間見ようとは、それこそ夢にも知らなかった。
 船はそのためとして見れば、巌の婦人も夢ではない。石屋の親方が自分を背負(おぶ)って、世話をしてくれたのも、銑さんが船を漕いだのも、浪も、鴎も夢ではなくって、やっぱり今のが夢であろう。
 ――「ああ、恐しい夢を見た。」――
 と肩がすくんで、裳(もすそ)わなわな、瞳(ひとみ)を据えて恐々(こわごわ)仰ぐ、天井の高い事。前後左右は、どのくらいあるか分らず、凄(すご)くて□(みまわ)すことさえならぬ、蚊帳(かや)に寂しき寝乱れ姿。

       十五

 果して夢ならば、海も同じ潮入りの蘆間(あしま)の水。水のどこからが夢であって、どこまでが事実であったか。船はもう一浪(ひとなみ)で、一つ目の浜へ着くようになった時、ここから上って、草臥(くたび)れた足でまた砂を蹈(ふ)もうより、小川尻(おがわじり)へ漕(こ)ぎ上(あが)って、薦の葉を一またぎ、邸(やしき)の背戸の柿の樹へ、と銑さんの言った事は――確(たしか)に今も覚えている。
 艪(ろ)よりは潮が押し入れた、川尻のちと広い処を、ふらふらと漕ぎのぼると、浪のさきが飜って、潮の加減も点燈(ひともし)ごろ。
 帆柱が二本並んで、船が二艘(そう)かかっていた。舷(ふなばた)を横に通って、急に寒くなった橋の下、橋杭(はしぐい)に水がひたひたする、隧道(トンネル)らしいも一思い。
 石垣のある土手を右に、左にいつも見る目より、裾(すそ)も近ければ頂もずっと高い、かぶさる程なる山を見つつ、胴ぶくれに広くなった、湖のような中へ、他所(よそ)の別荘の刎橋(はねばし)が、流(ながれ)の半(なかば)、岸近な洲(す)へ掛けたのが、満潮(みちしお)で板も除(の)けてあった、箱庭の電信ばしらかと思うよう、杭がすくすくと針金ばかり。三角形(さんかくなり)の砂地が向うに、蘆の葉が一靡(ひとなび)き、鶴の片翼(かたつばさ)見るがごとく、小松も斑(ふ)に似て十本(ともと)ほど。
 暮れ果てず灯(ともし)は見えぬが、その枝の中を透く青田越(あおたご)しに、屋根の高いはもう我が家。ここの小松の間を選んで、今日あつらえた地蔵菩薩(じぞうぼさつ)を――
 仏様でも大事ない、氏神にして祭礼(おまつり)を、と銑さんに話しながら見て過ぎると、それなりに川が曲って、ずッと水が狭うなる、左右は蘆が渺(びょう)として。
 船がその時ぐるりと廻った。
 岸へ岸へと支(つか)うるよう。しまった、潮が留(とま)ったと、銑さんが驚いて言った。船べりは泡だらけ。瓜(うり)の種、茄子(なす)の皮、藁(わら)の中へ木の葉が交(まじ)って、船も出なければ芥(あくた)も流れず。真水がここまで落ちて来て、潮に逆(さから)って揉(も)むせいで。
 あせって銑さんのおした船が、がッきと当って杭(くい)に支(つか)えた。泡沫(しぶき)が飛んで、傾いた舷(ふなばた)へ、ぞろりとかかって、さらさらと乱れたのは、一束(ひとたばね)の女の黒髪、二巻ばかり杭に巻いたが、下には何が居るか、泥で分らぬ。
 ああ、芥の臭(におい)でもすることか、海松布(みる)の香でもすることか、船へ搦(から)んで散ったのは、自分と同一(おなじ)鬢水(びんみず)の……
 ――浦子は寝ながら呼吸(いき)を引いた。――
 ――今も蚊帳に染む梅花の薫(かおり)。――
 あ、と一声退(の)こうとする、袖(そで)が風に取られたよう、向うへ引かれて、靡(なび)いたので、此方(こなた)へ曳(ひ)いて圧(おさ)えたその袖に、と見ると怪しい針があった。
 蘆の中に、色の白い痩(や)せた嫗(おうな)、高家(こうけ)の後室ともあろう、品の可(い)い、目の赤いのが、朦朧(もうろう)と踞(しゃが)んだ手から、蜘蛛(くも)の囲(い)かと見る糸一条(ひとすじ)。
 身悶(みもだ)えして引切(ひっき)ると、袖は針を外れたが、さらさらと髪が揺れ乱れた。

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