琵琶伝
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著者名:泉鏡花 

       一

 新婦が、床杯(とこさかずき)をなさんとて、座敷より休息の室(ま)に開きける時、介添の婦人(おんな)はふとその顔を見て驚きぬ。
 面貌(めんぼう)ほとんど生色なく、今にも僵(たお)れんずばかりなるが、ものに激したる状(さま)なるにぞ、介添は心許(こころもと)なげに、つい居て着換を捧げながら、
「もし、御気分でもお悪いのじゃございませんか。」
 と声を密(ひそ)めてそと問いぬ。
 新婦は凄冷(せいれい)なる瞳を転じて、介添を顧みつ。
「何。」
 とばかり簡単に言捨てたるまま、身さえ眼をさえ動かさで、一心ただ思うことあるその一方を見詰めつつ、衣を換うるも、帯を緊(し)むるも、衣紋(えもん)を直すも、褄(つま)を揃うるも、皆他(ひと)の手に打任せつ。
 尋常(ただ)ならぬ新婦の気色を危(あやぶ)みたる介添の、何かは知らずおどおどしながら、
「こちらへ。」
 と謂(い)うに任せ、渠(かれ)は少しも躊躇(ためら)わで、静々と歩を廊下に運びて、やがて寝室に伴われぬ。
 床にはハヤ良人(おっと)ありて、新婦の来(きた)るを待ちおれり。渠は名を近藤重隆と謂う陸軍の尉官(いかん)なり。式は別に謂わざるべし、媒妁(なこうど)の妻退き、介添の婦人(おんな)皆罷出(まかんで)つ。
 ただ二人、閨(ねや)の上に相対し、新婦は屹(きっ)と身体(からだ)を固めて、端然として坐したるまま、まおもてに良人の面(おもて)を瞻(みまも)りて、打解けたる状(さま)毫(すこし)もなく、はた恥らえる風情も無かりき。
 尉官は腕を拱(こまぬ)きて、こもまた和(やわら)ぎたる体(てい)あらず、ほとんど五分時ばかりの間、互に眼と眼を見合せしが、遂に良人まず粛(さ)びたる声にて、
「お通。」
 とばかり呼懸けつ。
 新婦の名はお通ならむ。
 呼ばるるに応(こた)えて、
「はい。」
 とのみ。渠は判然(きっぱり)とものいえり。
 尉官は太(いた)く苛立(いらだ)つ胸を、強いて落着けたらんごとき、沈める、力ある音調もて、
「汝(おまえ)、よく娶(き)たな。」
 お通は少しも口籠(くちごも)らで、
「どうも仕方がございません。」
 尉官はしばらく黙しけるが、ややその声を高うせり。
「おい、謙三郎はどうした。」
「息災で居(お)ります。」
「よく、汝(おまえ)、別れることが出来たな。」
「詮方(しかた)がないからです。」
「なぜ、詮方がない。うむ。」
 お通はこれが答をせで、懐中(ふところ)に手を差入れて一通の書を取出し、良人の前に繰広げて、両手を膝に正してき。尉官は右手(めて)を差伸(さしのば)し、身近に行燈(あんどん)を引寄せつつ、眼(まなこ)を定めて読みおろしぬ。
 文字(もんじ)は蓋(けだ)し左(さ)のごときものにてありし。
お通に申残し参らせ候、御身(おんみ)と近藤重隆殿とは許婚(いいなずけ)に有之(これあり)候
然(しか)るに御身は殊の外彼(か)の人を忌嫌い候様子、拙者の眼に相見え候えば、女(むすめ)ながらも其由(そのよし)のいい聞け難くて、臨終(いまわ)の際まで黙し候
さ候えども、一旦親戚の儀を約束いたし候えば、義理堅かりし重隆殿の先人に対し面目なく、今さら変替(へんがえ)相成らず候あわれ犠牲(いけにえ)となりて拙者の名のために彼の人に身を任せ申さるべく、斯(こ)の遺言を認(したた)め候時の拙者が心中の苦痛を以て、御身に謝罪いたし候
      月 日清川通知(みちとも)     お通殿
 二度三度繰返して、尉官は容(かたち)を更(あらた)めたり。
「通、吾(おれ)は良人だぞ。」
 お通は聞きて両手を支(つか)えぬ。
「はい、貴下(あなた)の妻でございます。」
 その時尉官は傲然(ごうぜん)として俯向(うつむ)けるお通を瞰下(みおろ)しつつ、
「吾のいうことには、汝(おまえ)、きっと従うであろうな。」
 此方(こなた)は頭(こうべ)を低(た)れたるまま、
「いえ、お従わせなさらなければ不可(いけ)ません。」
 尉官は眉を動かしぬ。
「ふむ。しかし通、吾を良人とした以上は、汝、妻たる節操は守ろうな。」
 お通は屹(きっ)と面を上げつ、
「いいえ、出来さえすれば破ります。」
 尉官は怒気心頭を衝(つ)きて烈火のごとく、
「何だ!」
 とその言を再びせしめつ。お通は怯(お)めず、臆(おく)する色なく、
「はい。私に、私に、節操を守らねばなりませんという、そんな、義理はございませんから、出来さえすれば破ります!」
 恐気(おそれげ)もなく言放てる、片頬に微笑(えみ)を含みたり。
 尉官は直ちに頷(うなず)きぬ。胸中予(あらかじ)めこの算ありけむ、熱の極は冷となりて、ものいいもいと静(しずか)に、
「うむ、きっと節操を守らせるぞ。」
 渠は唇頭(しんとう)に嘲笑(ちょうしょう)したりき。

       二

 相本謙三郎はただ一人清川の書斎に在り。当所(あてど)もなく室(へや)の一方を見詰めたるまま、黙然(もくねん)として物思えり。渠(かれ)が書斎の椽前(えんさき)には、一個数寄(すき)を尽したる鳥籠(とりかご)を懸けたる中に、一羽の純白なる鸚鵡(おうむ)あり、餌(え)を啄(ついば)むにも飽きたりけむ、もの淋しげに謙三郎の後姿を見遣(や)りつつ、頭(かしら)を左右に傾けおれり。一室寂(じゃく)たることしばしなりし、謙三郎はその清秀なる面(おもて)に鸚鵡を見向きて、太(いた)く物案ずる状(さま)なりしが、憂うるごとく、危(あやぶ)むごとく、はた人に憚(はばか)ることあるもののごとく、「琵琶(びわ)。」と一声、鸚鵡を呼べり。琵琶とは蓋(けだ)し鸚鵡の名ならむ。低く口笛を鳴(なら)すとひとしく、
「ツウチャン、ツウチャン。」
 と叫べる声、奥深きこの書斎を徹(とお)して、一種の音調打響くに、謙三郎は愁然(しゅうぜん)として、思わず涙を催しぬ。
 琵琶は年久しく清川の家に養われつ。お通と渠が従兄なる謙三郎との間に処して、巧みにその情交を暖めたりき。他なし、お通がこの家(や)の愛娘(まなむすめ)として、室(へや)を隔てながら家を整したりし頃、いまだ近藤に嫁がざりし以前には、謙三郎の用ありて、お通に見(まみ)えんと欲することあるごとに、今しも渠がなしたるごとく、籠の中なる琵琶を呼びて、しかく口笛を鳴すとともに、琵琶が玲瓏(れいろう)たる声をもて、「ツウチャン、ツウチャン。」と伝令すべく、よく馴(な)らされてありしかば、この時のごとく声を揚げて二たび三たび呼ぶとともに、帳内深き処粛(しゅく)として物を縫う女、物差を棄て、針を措(お)きて、ただちに謙三郎に来(きた)りつつ、笑顔を合すが例なりしなり。
 今やなし。あらぬを知りつつ謙三郎は、日に幾回、夜(よ)に幾回、果敢(はか)なきこの児戯を繰返すことを禁じ得ざりき。
 さてその頃は、征清(せいしん)の出師(すいし)ありし頃、折はあたかも予備後備に対する召集令の発表されし折なりし。
 謙三郎もまた我国(わがくに)徴兵の令に因りて、予備兵の籍にありしかば、一週日以前既に一度(ひとたび)聯隊に入営せしが、その月その日の翌日(あくるひ)は、旅団戦地に発するとて、親戚(しんせき)父兄の心を察し、一日の出営を許されたるにぞ、渠は父母無き孤児(みなしご)の、他に繋累(けいるい)とてはあらざれども、児(こ)として幼少より養育されて、母とも思う叔母に会して、永き離別(わかれ)を惜(おし)まんため、朝来ここに来(きた)りおり、聞くこともはた謂(い)うことも、永き夏の日に尽きざるに、帰営の時刻迫りたれば、謙三郎は、ひしひしと、戎衣(じゅうい)を装い、まさに辞し去らんとして躊躇(ちゅうちょ)しつ。
 書斎に品(もの)あり、衣兜(かくし)に容(い)るるを忘れたりとて既に玄関まで出(い)でたる身の、一人書斎に引返しつ。
 叔母とその奴婢(どひ)の輩(やから)は、皆玄関に立併(たちなら)びて、いずれも面に愁色(しゅうしょく)あり。弾丸の中に行(ゆ)く人の、今にも来(きた)ると待ちけるが、五分を過ぎ、十分を経て、なお書斎より来らざるにぞ、謙三郎はいかにせしと、心々に思える折から、寂として広き家の、遥(はるか)奥の方(かた)よりおとずれきて、
「ツウチャン、ツウチャン。」
 と鸚鵡の声、聞き馴れたる叔母のこの時のみ何思いけん色をかえて、急がわしく書斎に到れり。
 謙三郎は琵琶に命じて、お通の名をば呼ばしめしが、来(きた)るべき人のあらざるに、いつもの事とはいいながら、あすは戦地に赴く身の、再び見、再び聞き得べき声にあらねば、意を決したる首途(かどで)にも、渠はそぞろに涙ぐみぬ。
 時に椽側に跫音(あしおと)あり。女々しき風情を見られまじと、謙三郎の立ちたる時、叔母は早くも此方(こなた)に来りて、突然(いきなり)鳥籠の蓋(ふた)を開けつ。
 驚き見る間に羽ばたき高く、琵琶は籠中(ろうちゅう)を逸し去れり。
「おや! 何をなさいます。」
 と謙三郎はせわしく問いたり。叔母は此方(こなた)を見も返らで、琵琶の行方を瞻(みまも)りつつ、椽側に立ちたるが、あわれ消残る樹間(このま)の雪か、緑翠(りょくすい)暗きあたり白き鸚鵡の見え隠れに、蜩(ひぐらし)一声鳴きける時、手をもって涙を拭(ぬぐ)いつつ徐(しずか)に謙三郎を顧みたり。
「いいえね、未練が出ちゃあ悪いから、もうあの声を聞くまいと思って。……」
 叔母は涙の声を飲みぬ。
 謙三郎は羞(は)じたる色あり。これが答はなさずして、胸の間の釦鈕(ボタン)を懸けつ。
「さようなら参ります。」
 とつかつかと書斎を出(い)でぬ。叔母は引添うごとくにして、その左側に従いつつ、歩みながら口早に、
「可(い)いかい、先刻(さっき)謂ったことは違えやしまいね。」
「何ですか。お通さんに逢って行(ゆ)けとおっしゃった、あのことですか。」
 謙三郎は立留(たちどま)りぬ。
「ああ、そのこととも、お前、軍(いくさ)に行くという人に他(ほか)に願(ねがい)があるものかね。」
「それは困りましたな。あすこまでは五里あります。今朝だと腕車(くるま)で駈(か)けて行ったんですが、とても逢わせないといいますから行こうという気もありませんでした。今ッからじゃ、もう時間がございません。三十分間、兵営までさえ大急(おおいそぎ)でございます。飛んだ長座をいたしました。」
 謂うことを聞きも果てず、叔母は少しく急(せ)き込みて、
「その言(こと)は聞いたけれど、女(むすめ)の身にもなって御覧、あんな田舎へ推込(おしこ)まれて、一年越(ごし)外出(そとで)も出来ず、折があったらお前に逢いたい一心で、細々命を繋(つな)いでいるもの、顔も見せないで行かれちゃあ、それこそ彼女(あのこ)は死んでしまうよ。お前もあんまり察しがない。」
 と戎衣(じゅうい)を捉(とら)えて放たざるに、謙三郎は困(こう)じつつ、
「そうおっしゃるも無理ではございませんが、もう今から逢いますには、脱営しなければなりません。」
「は、脱営でも何でもおし。通が私ゃ可哀そうだから、よう、後生だから。」
 と片手に戎衣の袖を捉えて、片手に拝むに身もよもあらず、謙三郎は蒼(あお)くなりて、
「何、私の身はどうなろうと、名誉も何も構いませんが、それでは、それではどうも国民たる義務が欠けますから。」
 と誠心(まごころ)籠(こ)めたる強き声音(こわね)も、いかでか叔母の耳に入(い)るべき。ひたすら頭(こうべ)を打掉(うちふ)りて、
「何が欠けようとも構わないよ。何が何でも可いんだから、これたった一目、後生だ。頼む。逢って行ってやっておくれ。」
「でもそれだけは。」
 謙三郎のなお辞するに、果(はて)は怒(いか)りて血相かえ、
「ええ、どういっても肯(き)かないのか。私一人だから可いと思って、伯父さんがおいでの時なら、そんなこと、いわれやしまいが。え、お前、いつも口癖のように何とおいいだ。きっと養育された恩を返しますッて、立派な口をきく癖に。私がこれほど頼むものを、それじゃあ義理が済むまいが。あんまりだ、あんまりだ。」
 謙三郎はいかんとも弁疏(いいわけ)なすべき言(ことば)を知らず、しばし沈思して頭(こうべ)を低(た)れしが、叔母の背(せな)をば掻無(かいな)でつつ、
「可(よ)うございます。何とでもいたしてきっと逢って参りましょう。」
 謂われて叔母は振仰向(ふりあおむ)き、さも嬉しげに見えたるが、謙三郎の顔の色の尋常(ただ)ならざるを危(あやぶ)みて、
「お前、可いのかい。何ともありゃしないかね。」
「いや、お憂慮(きづかい)には及びません。」
 といと淋しげに微笑(ほほえ)みぬ。

       三

「奥様(これ)、どこへござらっしゃる。」
 と不意に背後(うしろ)より呼留められ、人は知らずと忍び出でて、今しもようやく戸口に到(いた)れる、お通はハッと吐胸(とむね)をつきぬ。
 されども渠(かれ)は聞かざる真似して、手早く鎖(じょう)を外さんとなしける時、手燭(てしょく)片手に駈出(かけい)でて、むずと帯際を引捉(ひっとら)え、掴戻(つかみもど)せる老人あり。
 頭髪あたかも銀のごとく、額兀(は)げて、髯(ひげ)まだらに、いと厳(いか)めしき面構(つらがまえ)の一癖あるべく見えけるが、のぶとき声にてお通を呵(しか)り、「夜夜中(よなか)あてこともねえ駄目なこッた、断念(あきらめ)さっせい。三原伝内が眼張(がんば)ってれば、びくともさせるこっちゃあねえ。眼を眩(くら)まそうとってそりゃ駄目だ。何の戸外(おもて)へ出すものか。こっちへござれ。ええ、こっちござれと謂(い)うに。」
 お通は屹(きっ)と振返り、
「お放し、私がちょっと戸外(おもて)へ出ようとするのを、何のお前がお構いでない、お放しよ、ええ! お放してば。」
「なりましねえ。麻畑の中へ行って逢おうたッて、そうは行(ゆ)かねえ。素直にこっちへござれッていに。」
 お通は肩を動かしぬ。
「お前、主人をどうするんだえ。ちっと出過ぎやしないかね。」
「主人も糸瓜(へちま)もあるものか、吾(おれ)は、何でも重隆様のいいつけ通りにきっと勤めりゃそれで可(い)いのだ。お前様(めえさま)が何と謂ったって耳にも入れるものじゃねえ。」
「邪険(じゃけん)も大抵にするものだよ。お前あんまりじゃないかね。」
 とお通は黒く艶(つやや)かな瞳をもって老夫の顔をじろりと見たり。伝内はビクともせず、
「邪険でも因業(いんごう)でも、吾、何にも構わねえだ。旦那様のおっしゃる通りきっと勤めりゃそれで可いのだ。」
 威をもって制することならずと見たる、お通は少しく気色を和らげ、
「しかしねえ、お前、そこには人情というものがあるわね。まあ、考えてみておくれ。一昨日(おととい)の晩はじめて門をお敲(たた)きなすってから、今夜でちょうど三晩の間、むこうの麻畑の中に隠れておいでなすって、めしあがるものといっちゃ、一粒の御飯もなし、内に居てさえひどいものを、ま、蚊(か)や蚋(ぶよ)でどんなだろうねえ。脱営をなすったッて。もう、お前も知ってる通り、今朝ッからどの位、おしらべが来たか知れないもの、おつかまりなさりゃそれッきりじゃあないか。何の、ちょっとぐらい顔を見せたからって、見たからって、お前、この夜中だもの、ね、お前この夜中だもの、旦那に知れッこはありゃしないよ。でもそれでも料簡(りょうけん)がならなけりゃお前でも可い、お前でも可いからね、実はあの隠れ忍んで、ようよう拵(こしら)えたこの召食事(あがるもの)をそっと届けて来ておくれ、よ、後生だよ。私に一目逢おうとってその位に辛抱遊ばす、それを私の身になっちゃあ、ま、どんなだろうとお思いだ。え、後生だからさ、もう、私ゃ居ても、起(た)っても、居られやしないよ。後生だからさ、ちょっと届けて来ておくれなね。」
 伝内はただ頭(こうべ)を掉(ふ)るのみ。
「何を謂わッしても駄目なこんだ。そりゃ、は、とても駄目でござる。こんなことがあろうと思わっしゃればこそ、旦那様が扶持(ふち)い着けて、お前様(めえさま)の番をさして置かっしゃるだ。」
 お通はいとも切なき声にて、
「さ、さ、そのことは聞えたけれど……ああ、何といって頼みようもない。一層お前、わ、私の眼を潰(つぶ)しておくれ、そうしたら顔を見る憂慮(きづかい)もあるまいから。」
「そりゃ不可(いけね)えだ。何でも、は、お前様(めえさま)に気を着けて、蚤(のみ)にもささせるなという、おっしゃりつけだアもの。眼を潰すなんてあてごともない。飛んだことをいわっしゃる。それにしてもお前様眼が見えねえでも、口が利くだ。何でも、はあ、一切、男と逢わせることと、話談(はなし)をさせることがならねえという、旦那様のおっしゃりつけだ。断念(あきら)めてしまわっしゃい。何といっても駄目でござる。」
 お通は胸も張裂くばかり、「ええ。」と叫びて、身を震わし、肩をゆりて、
「イ、一層、殺しておしまいよう。」
 伝内は自若として、
「これ、またあんな無理を謂うだ。蚤にも喰わすことのならねえものを、何として、は、殺せるこんだ。さ駄々を捏(こ)ねねえでこちらへござれ。ひどい蚊だがのう。お前様アくわねえか。」
「ええ、蚊がくうどころのことじゃないわね。お前もあんまり因業(いんごう)だ、因業だ、因業だ。」
「なにその、いわっしゃるほど因業でもねえ。この家(や)をめざしてからに、何遍も探偵が遣(や)って来るだ。はい、麻畑と謂ってやりゃ、即座に捕まえられて、吾(おれ)も、はあ、夜(よ)の目も合わさねえで、お前様を見張るにも及ばずかい、御褒美も貰(もら)えるだ。けンどもが、何も旦那様あ、訴人をしろという、いいつけはしなさらねえだから、吾(おら)知らねえで、押通(おっとお)しやさ。そンかわりにゃあまた、いいつけられたことはハイ一寸もずらさねえだ。何でも戸外(おもて)へ出すことはなりましねえ。腕ずくでも逢わせねえから、そう思ってくれさっしゃい。」
 お通はわっと泣出(なきいだ)しぬ。
 伝内は眉を顰(ひそ)めて、
「あれ、泣かあ。いつもねえことにどうしただ。お前様婚礼の晩床入もしねえでその場ッからこっちへ追出(おんだ)されて、今じゃ月日も一年越、男猫も抱かないで内にばかり。敷居も跨(また)がすなといういいつけで、吾に眼張(がんばっ)とれというこんだから、吾(おり)ゃ、お前様の、心が思いやらるるで、見ているが辛いでの、どんなに断ろうと思ったか知ンねえけんど、今の旦那様三代めで、代々養なわれた老夫(じじい)だで、横のものをば縦様(たて)にしろと謂われた処で従わなけりゃなんねえので、畏(かしこま)ったことは畏ったが、さてお前様がさぞ泣続けるこんだろうと、生命(いのち)が縮まるように思っただ。すると案じるより産(うむ)が安いで、長い間こうやって一所に居るが、お前様の断念(あきらめ)の可いには魂消(たまげ)たね。思いなしか、気のせいか、段々窶(やつ)れるようには見えるけんど、ついぞ膝も崩した事なし、整然(ちゃん)として威勢がよくって、吾、はあ、ひとりでに天窓(あたま)が下るだ、はてここいらは、田舎も田舎だ。どこに居た処で何の楽(たのしみ)もねえ老夫(じじい)でせえ、つまらねえこったと思って、気が滅入(めい)るに、お前様は、えらい女(ひと)だ。面壁イ九年とやら、悟ったものだと我(が)あ折っていたんだがさ、薬袋(やくたい)もないことが湧(わ)いて来て、お前様ついぞ見たこともねえ泣かっしゃるね。御心中のウ察しねえでもねえけんどが、旦那様にゃあ、代えられましねえ。はて、お前様のようでもねえ。断念(あきら)めてしまわっしゃい。どのみちこう謂い出したからにゃいくら泣いたってそりゃ駄目さ。」
 しかり親仁(おやじ)のいいたるごとく、お通は今に一年間、幽閉されたるこの孤屋(ひとつや)に処して、涙に、口に、はた容儀、心中のその痛苦を語りしこと絶えてあらず。修容正粛ほとんど端倪(たんげい)すべからざるものありしなり。されど一たび大磐石の根の覆るや、小石の転ぶがごときものにあらず。三昼夜麻畑の中に蟄伏(ちっぷく)して、一たびその身に会せんため、一粒(りゅう)の飯(いい)をだに口にせで、かえりて湿虫の餌(えば)となれる、意中の人の窮苦には、泰山といえども動かで止(や)むべき、お通は転倒(てんどう)したるなり。
「そんなに解っているのなら、ちょっとの間、大眼(おおめ)に見ておくれ。」
 と前後も忘れて身をあせるを、伝内いささかも手を弛(ゆる)めず、
「はて、肯分(ききわけ)のねえ、どういうものだね。」
 お通は涙にむせいりながら、
「ええ、肯分がなくッても可いよ、お放し、放しなってば、放しなよう。」
「是非とも肯かなけりゃ、うぬ、ふン縛って、動かさねえぞ。」
 と伝内は一呵(いっか)せり。
 宜(うべ)しこそ、近藤は、執着(しゅうじゃく)の極、婦人(おんな)をして我に節操を尽さしめんか、終生空閨(くうけい)を護らしめ、おのれ一分時もその傍(そば)にあらずして、なおよく節操を保たしむるにあらざるよりは、我に貞なりとはいうことを得ずとなし、はじめよりお通の我を嫌うこと、蛇蝎(だかつ)もただならざるを知りながら、あたかも渠(かれ)に魅入(みいり)たらんごとく、進退隙(すき)なく附絡(つきまと)いて、遂にお通と謙三郎とが既に成立せる恋を破りて、おのれ犠牲(いけにえ)を得たりしにもかかわらず、従兄妹(いとこ)同士が恋愛のいかに強きかを知れるより、嫉妬(しっと)のあまり、奸淫(かんいん)の念を節し、当初婚姻の夜(よ)よりして、衾(ふすま)をともにせざるのみならず、一たびも来りてその妻を見しことあらざる、孤屋(ひとつや)に幽閉の番人として、この老夫(おやじ)をば択(えら)びたれ。お通は止(や)むなく死力を出して、瞬時伝内とすまいしが、風にも堪えざるかよわき婦人(おんな)の、憂(うき)にやせたる身をもって、いかで健腕に敵し得べき。
 手もなく奥に引立てられて、そのままそこに押据えられつ。
 たといいかなる手段にても到底この老夫(おやじ)をして我に忠ならしむることのあたわざるをお通は断じつ。激昂(げっこう)の反動は太(いた)く渠をして落胆せしめて、お通は張(はり)もなく崩折(くずお)れつつ、といきをつきて、悲しげに、
「老夫(じい)や、世話を焼かすねえ。堪忍しておくれ、よう、老夫や。」
 と身を持余せるかのごとく、肱(ひじ)を枕に寝僵(ねたお)れたる、身体(からだ)は綿とぞ思われける。
 伝内はこの一言(ひとこと)を聞くと斉(ひと)しく、窪める両眼に涙を浮べ、一座退(すさ)りて手をこまぬき、拳(こぶし)を握りてものいわず。鐘声遠く夜は更けたり。万籟(ばんらい)天地声なき時、門(かど)の戸を幽(かすか)に叩きて、
「通ちゃん、通ちゃん。」
 と二声呼ぶ。
 お通はその声を聞くや否や、弾械(はじき)のごとく飛起きて、屹(きっ)と片膝を立てたりしが、伝内の眼に遮られて、答うることを得(え)せざりき。
 戸外(おもて)にては言(ことば)途絶(た)え、内を窺(うかが)う気勢(けはい)なりしが、
「通ちゃん、これだけにしても、逢わせないから、所詮あかないとあきらめるが……」
 呼吸(いき)も絶(たゆ)げに途絶え途絶え、隙間を洩(も)れて聞ゆるにぞ、お通は居坐(いずまい)直整(ととの)えて、畳に両手を支(つか)えつつ、行儀正しく聞きいたる、背(せな)打ふるえ、髪ゆらぎぬ。
「実はね、叔母さんが、謂うから、仕方がないように、いっていたけれど、逢いたくッて、実はね、私が。」
 といいかかれる時、犬二三頭高く吠(ほ)えて、謙三郎を囲めるならんか、叱(し)ッ叱ッと追うが聞えつ。
 更に低まりたる音調の、風なき夜半(よわ)に弱々しく、
「実はね、叔母さんに無理を謂って、逢わねばならないようにしてもらいたかった。だからね、私にどんなことがあろうとも叔母さんが気にかけないように。」
 と謂う折しも凄(すさ)まじく大戸にぶつかる音あり。
「あ、痛。」
 と謙三郎の叫びたるは、足や咬(か)まれし、手やかけられし、犬の毒牙(どくが)にかかれるならずや。あとは途ぎれてことばなきに、お通はあるにもあられぬ思い、思わず起(た)って駈出(かけい)でしが、肩肱いかめしく構えたる、伝内を一目見て、蒼(あお)くなりて立竦(たちすく)みぬ。
 これを見、彼を聞きたりし、伝内は何とかしけむ、つと身を起して土間に下立(おりた)ち、ハヤ懸金(かけがね)に手を懸けつ。
「ええ、た、た、たまらねえたまらねえ、一か八かだ、逢わせてやれ。」
 とがたりと大戸引開けたる、トタンに犬あり、颯(さっ)と退(の)きつ。
 懸寄るお通を伝内は身をもて謙三郎にへだてつつ、謙三郎のよろめきながら内に入(い)らんとあせるを遮り、
「うんや、そう[#「そう」は底本では「さう」]やすやすとは入(い)れねえだ。旦那様のいいつけで三原伝内が番する間(うち)は、敷居も跨(また)がすこっちゃあねえ。断(たっ)て入るなら吾(おれ)を殺せ。さあ、すっぱりとえぐらっしゃい。ええ、何を愚図(ぐず)々々、もうお前様方(めえさまがた)のように思い詰(つめ)りゃ、これ、人一人殺されねえことあねえ筈(はず)だ。吾、はあ、自分で腹あ突いちゃあ、旦那様に済まねえだ。済まねえだから、死なねえだ、死なねえうちは邪魔アするだ。この邪魔物を殺さっしゃい、七十になる老夫(おやじ)だ。殺し惜(おし)くもねえでないか。さあ、やらっしゃい。ええ! 埒(らち)のあかぬ。」
 と両手に襟を押開けて、仰様(のけざま)に咽喉仏(のどぼとけ)を示したるを、謙三郎はまたたきもせで、ややしばらく瞶(みつ)めたるが、銃剣一閃(いっせん)し、暗(やみ)を切って、
「許せ!」
 という声もろとも、咽喉(のんど)に白刃(しらは)を刺されしまま、伝内はハタと僵(たお)れぬ。
 同時に内に入らんとせし、謙三郎は敷居につまずき、土間に両手をつきざまに俯伏(うつぶし)になりて起きも上らず。お通はあたかも狂気のごとく、謙三郎に取縋(とりすが)りて、
「謙さん、謙さん、私ゃ、私ゃ、顔が見たかった。」
 と肩に手を懸け膝に抱(いだ)ける、折から靴音、剣摩の響(ひびき)。五六名どやどやと入来(いりきた)りて、正体もなき謙三郎をお通の手より奪い取りて、有無を謂わせず引立(ひった)つるに、□呀(あなや)とばかり跳起(はねお)きたるまま、茫然として立ちたるお通の、歯をくいしばり、瞳を据えて、よろよろと僵(たお)れかかれる、肩を支えて、腕を掴(つか)みて、
「汝(うぬ)、どうするか、見ろ、太い奴だ。」
 これ婚姻の当夜以来、お通がいまだ一たびも聞かざりし鬱(うつ)し怒(いか)れる良人の声なり。

       四

 出征に際して脱営せしと、人を殺せし罪とをもて、勿論謙三郎は銃殺されたり。
 謙三郎の死したる後(のち)も、清川の家における居馴れし八畳の渠(かれ)が書斎は、依然として旧態を更(あらた)めざりき。
 秋の末にもなりたれば、籐筵(とうむしろ)に代うるに秋野の錦(にしき)を浮織(うきおり)にせる、花毛氈(はなもうせん)をもってして、いと華々しく敷詰めたり。
 床なる花瓶の花も萎(しぼ)まず、西向の□子(れんじ)の下(もと)なりし机の上も片づきて、硯(すずり)の蓋(ふた)に塵(ちり)もおかず、座蒲団(ざぶとん)を前に敷き、傍(かたわら)なる桐火桶(きりひおけ)に烏金(しゃくどう)の火箸(ひばし)を添えて、と見ればなかに炭火も活(い)けつ。
 紫(し)たんの角(かく)の茶盆の上には幾個の茶碗を俯伏(うつぶ)せて、菓子を装(も)りたる皿をも置けり。
 机の上には一葉の、謙三郎の写真を祭り、あたりの襖(ふすま)を閉切りたれば、さらでも秋の暮なるに、一室森(しん)とほのあかるく四隅はようよう暗くなりて、ものの音さえ聞えざるに、火鉢に懸けたる鉄瓶の湯気のみ薄く立のぼりて、湯の沸(たぎ)る音静(しずか)なり。折から彼方(かなた)より襖を明けつ。一脈の風の襲入(おそいい)りて、立昇る湯気の靡(なび)くと同時に、陰々たるこの書斎をば真白き顔の覗(のぞ)きしが、
「謙さん。」
 と呼び懸けつ。裳(もすそ)すらすら入りざま、ぴたと襖を立籠(たてこ)めて、室(へや)の中央(なかば)に進み寄り、愁然(しゅうぜん)として四辺(あたり)を□(みまわ)し、坐りもやらず、頤(おとがい)を襟に埋(うず)みて悄然(しょうぜん)たる、お通の俤(おもかげ)窶(やつ)れたり。
 やがて桐火桶の前に坐して、亡き人の蒲団を避(よ)けつつ、その傍(そば)に崩折(くずお)れぬ。
「謙さん。」
 とまた低声(こごえ)に呼びて、もの驚きをしたらんごとく、肩をすぼめて首低(うなだ)れつ。鉄瓶にそと手を触れて、
「おお、よく沸いてるね。」
 と茶盆に眼を着け、その蓋を取のけ、冷(ひやや)かなる吸子(きゅうす)の中を差覗(さしのぞ)き、打悄(うちしお)れたる風情にて、
「貴下(あなた)、お茶でも入れましょうか。」
 と写真を、じっと瞻(みまも)りしが、はらはらと涙を溢(こぼ)して、その後はまたものいわず、深き思(おもい)に沈みけむ、身動きだにもなさざりき。
 落葉さらりと障子を撫でて、夜はようやく迫りつつ、あるかなきかのお通の姿も黄昏(たそがれ)の色に蔽(おお)われつ。炭火のじょうの動く時、いかにしてか聞えつらむ。
「ツウチャン。」
 とお通を呼べり。
 再び、
「ツウチャン。」
 とお通を呼べり。お通は黙想の夢より覚めて、声する方(かた)を屹(きっ)と仰ぎぬ。
「ツウチャン。」
 とまた繰返せり。お通はうかうかと立起(たちあが)りて、一歩を進め、二歩を行(ゆ)き、椽側に出(い)で、庭に下り、開け忘れたりし裏の非常口よりふらふらと立出でて、いずこともなく歩み去りぬ。
 かくて幾分時のその間、足のままに□□(さまよ)えりし、お通はふと心着きて、
「おや、どこへ来たんだろうね。」
 とその身みずからを怪(あやし)みたる、お通は見るより色を変えぬ。
 ここぞ陸軍の所轄に属する埋葬地の辺(あたり)なりける。
 銃殺されし謙三郎もまた葬られてここにあり。
 かの夜(よさ)、お通は機会を得て、一たび謙三郎と相抱き、互に顔をも見ざりしに、意中の人は捕縛されつ。
 その時既に精神的絶え果つべかりし玉の緒を、医療の手にて取留められ、活(い)くるともなく、死すにもあらで、やや二ヶ月を過ぎつる後(のち)、一日重隆のお通を強いて、ともに近郊に散策しつ。
 小高き丘に上りしほどに、ふと足下(あしもと)に平地ありて広袤(こうぼう)一円十町余、その一端には新しき十字架ありて建てるを見たり。
 お通は見る眼も浅ましきに、良人は予(あらかじ)め用意やしけむ、従卒に持って来させし、床几(しょうぎ)をそこに押並べて、あえてお通を抑留して、見る目を避くるを許さざりき。
 武歩たちまち丘下(きゅうか)に起りて、一中隊の兵員あり。樺色(かばいろ)の囚徒の服着たる一個の縄附を挟(さしはさ)みて眼界近くなりけるにぞ、お通は心から見るともなしに、ふとその囚徒を見るや否や、座右(ざう)の良人を流眄(ながしめ)に懸けつ。かつて「どうするか見ろ」と良人がいいし、それは、すなわちこれなりしよ。お通は十字架を一目見てしだに、なお且つ震いおののける先の状(さま)には引変えて、見る見る囚徒が面縛(めんばく)され、射手の第一、第二弾、第三射撃の響(ひびき)とともに、囚徒が固く食いしぼれる唇を洩(もれ)る鮮血の、細く、長くその胸間に垂れたるまで、お通は瞬(またたき)もせず瞻(みまも)りながら、手も動かさず態(なり)も崩さず、石に化したるもののごとく、一筋二筋頬にかかれる、後毛(おくれげ)だにも動かさざりし。
 銃殺全く執行されて、硝烟(しょうえん)の香の失(う)せたるまで、尉官は始終お通の挙動に細かく注目したりけるが、心地好(よ)げに髯(ひげ)を捻(ひね)りて、
「勝手に節操を破ってみろ。」
 と片頬に微笑を含みてき。お通はその時蒼(あお)くなりて、
「もう、破ろうにも破られません。しかし死、死ぬことは何時(なんどき)でも。」
 尉官はこれを聞きもあえず、
「馬鹿。」
 と激しくいいすくめつ。お通の首(うなじ)の低(た)るるを見て、
「従卒、家(うち)まで送ってやれ。」
 命ぜられたる従卒は、お通がみずから促したるまで、恐れて起(た)つことをだに得(え)せざりしなり。
 かくてその日の悲劇は終りつ。
 お通は家に帰りてより言行ほとんど平時(つね)のごとく、あるいは泣き、あるいは怨じて、尉官近藤の夫人たる、風采(ふうさい)と態度とを失うことをなさざりき。
 しかりし後(のち)、いまだかつて許されざりし里帰(さとがえり)を許されて、お通は実家に帰りしが、母の膝下(しっか)に来(きた)るとともに、張詰めし気の弛(ゆる)みけむ、渠(かれ)はあどけなきものとなりて、泣くも笑うも嬰児(あかご)のごとく、ものぐるおしき体(てい)なるより、一日のばしにいいのばしつ。母は女(むすめ)を重隆の許(もと)に返さずして、一月余(あまり)を過してき。
 されば世に亡き謙三郎の、今も書斎に在(いま)すがごとく、且つ掃き、且つ拭(ぬぐ)い、机を並べ、花を活け、茶を煎(せん)じ、菓子を挟むも、みなこれお通が堪えやらず忍びがたなき追慕の念の、その一端をもらせるなる。母は女(むすめ)の心を察して、その挙動のほとんど狂者のごときにもかかわらず、制し、且つ禁ずることを得ざりしなり。

       五

 お通は琵琶ぞと思いしなる、名を呼ぶ声にさまよい出でて、思わず謙三郎の墳墓なる埋葬地の間近に来り、心着けば土饅頭(どまんじゅう)のいまだ新らしく見ゆるにぞ、激しく往時を追懐して、無念、愛惜(あいじゃく)、絶望、悲惨、そのひとつだもなおよく人を殺すに足る、いろいろの感情に胸をうたれつ。就中(なかんずく)重隆が執念(しゅうね)き復讐の企(くわだて)にて、意中の人の銃殺さるるを、目前我身に見せしめ、当時の無念禁ずるあたわず。婦人(おんな)の意地と、張(はり)とのために、勉めて忍びし鬱憤(うっぷん)の、幾十倍の勢(いきおい)をもって今満身の血を炙(あぶ)るにぞ、面(おもて)は蒼ざめ紅(くれない)の唇白歯(しらは)にくいしばりて、ほとんどその身を忘るる折から、見遣る彼方(かなた)の薄原(すすきはら)より丈高き人物顕(あらわ)れたり。
 濶歩(かっぽ)埋葬地の間をよぎりて、ふと立停(たちどま)ると見えけるが、つかつかと歩をうつして、謙三郎の墓に達(いた)り、足をあげてハタと蹴り、カッパと唾(つば)をはきかけたる、傍若無人の振舞の手に取るごとく見ゆるにぞ、意気激昂(げきこう)して煙りも立たんず、お通はいかで堪うべき。
 駈寄る婦人(おんな)の跫音(あしおと)に、かの人物は振返りぬ。これぞ近藤重隆なりける。
 渠(かれ)は旅団の留守なりし、いま山狩の帰途(かえるさ)なり。ハタと面を合せる時、相隔ること三十歩、お通がその時の形相はいかに凄(すさ)まじきものなりしぞ尉官は思わず絶叫して、
「殺す! 吾(おれ)を、殺す※[#感嘆符三つ、214-10]」
 というよりはやく、弾装(たまごめ)したる猟銃を、戦(おのの)きながら差向けつ。
 矢や銃弾も中(あた)らばこそ、轟然(ごうぜん)一射、銃声の、雲を破りて響くと同時に、尉官は苦(あっ)と叫ぶと見えし、お通が髷(まげ)を両手に掴(つか)みて、両々動かざるもの十分時、ひとしく地上に重(かさな)り伏せしが、一束の黒髪はそのまま遂に起(た)たざりし、尉官が両の手に残りて、ひょろひょろと立上れる、お通の口は喰破れる良人の咽喉(のんど)の血に染めり。渠はその血を拭わんともせで、一足、二足、三足ばかり、謙三郎の墓に居寄りつつ、裏がれたる声いと細く、
「謙さん。」
 といえるがまま、がッくり横に僵(たお)れたり。
 月青く、山黒く、白きものあり、空を飛びて、傍(かたえ)の枝に羽音を留(とど)めつ。葉を吹く風の音(ね)につれて、
「ツウチャン、ツウチャン、ツウチャン。」
 と二たび三たび、谺(こだま)を返して、琵琶はしきりに名を呼べり。琵琶はしきりに名を呼べり。
明治二十九(一八九六)年一月



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