化銀杏
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著者名:泉鏡花 

       一

 貸したる二階は二間にして六畳と四畳半、別に五畳余りの物置ありて、月一円の極(きわめ)なり。家主(やぬし)は下の中の間の六畳と、奥の五畳との二間に住居(すま)いて、店は八畳ばかり板の間になりおれども、商売家(あきないや)にあらざれば、昼も一枚蔀(しとみ)をおろして、ここは使わずに打捨てあり。
 往来より突抜けて物置の後(うしろ)の園生(そのう)まで、土間の通庭(とおりにわ)になりおりて、その半ばに飲井戸あり。井戸に推並(おしなら)びて勝手あり、横に二個(ふたつ)の竈(かまど)を並べつ。背後(うしろ)に三段ばかり棚を釣りて、ここに鍋(なべ)、釜(かま)、擂鉢(すりばち)など、勝手道具を載(の)せ置けり。廁(かわや)は井戸に列してそのあわい遠からず、しかも太(いた)く濁りたれば、漉(こ)して飲用に供しおれり。建てて数十年を経たる古家なれば、掃除は手綺麗(てぎれい)に行届きおれども、そこら煤(すす)ぼりて余りあかるからず、すべて少しく陰気にして、加賀金沢の市中にてもこのわたりは浅野川の河畔一帯の湿地(しけち)なり。
 園生は、一重の垣を隔てて、畑造りたる裏町の明地(あきち)に接し、李(すもも)の木、ぐみの木、柿の木など、五六本の樹立(こだち)あり。沓脱(くつぬぎ)は大戸を明けて、直ぐその通庭なる土間の一端にありて、上り口は拭(ふ)き込みたる板敷なり。これに続ける六畳は、店と奥との中の間にて、土地の方言茶の室(ま)と呼べり。その茶の間の一方に長火鉢を据えて、背(うしろ)に竹細工の茶棚を控え、九谷焼、赤絵の茶碗、吸子(きゅうす)など、体裁よく置きならべつ。うつむけにしたる二個(ふたつ)の湯呑(ゆのみ)は、夫婦(めおと)別々の好みにて、対にあらず。
 細君は名をお貞(てい)と謂(い)う、年紀(とし)は二十一なれど、二つばかり若やぎたるが、この長火鉢のむこうに坐(すわ)れり。細面にして鼻筋通り、遠山の眉余り濃からず。生際(はえぎわ)少しあがりて、髪はやや薄(うす)けれども、色白くして口許(くちもと)緊(しま)り、上気性(のぼせしょう)と見えて唇あれたり。ほの赤き瞼(まぶた)の重げに見ゆるが、泣(なき)はらしたるとは風情異り、たとえば炬燵(こたつ)に居眠りたるが、うっとりと覚めしもののごとく涼しき眼の中(うち)曇を帯びて、見るに俤(おもかげ)晴やかならず、暗雲一帯眉宇(びう)をかすめて、渠(かれ)は何をか物思える。
 根上りに結いたる円髷(まるまげ)の鬢(びん)頬に乱れて、下〆(したじめ)ばかり帯も〆めず、田舎の夏の風俗とて、素肌に紺縮(こんちぢみ)の浴衣を纏(まと)いつ。あながち身だしなみの悪きにあらず。
 教育のある婦人(おんな)にあらねど、ものの本など好みて読めば、文(ふみ)書く術(すべ)も拙(つたな)からで、はた裁縫の業(わざ)に長(た)けたり。
 他の遊芸は知らずと謂う、三味線(さみせん)はその好きの道にて、時ありては爪弾(つめびき)の、忍ぶ恋路の音(ね)を立つれど、夫は学校の教授たる、職務上の遠慮ありとて、公に弾(ひ)くことを禁じたれば、留守の間を見計らい、細棹(ほそざお)の塵(ちり)を払いて、慎ましげに音〆(ねじめ)をなすのみ。
 お貞は今思出したらむがごとく煙管(きせる)を取りて、覚束無(おぼつかな)げに一服吸いつ。
 渠(かれ)は煙草(たばこ)を嗜(たしな)むにあらねど、憂(うき)を忘れ草というに頼りて、飲習わんとぞ務むるなる、深く吸いたれば思わず咽(む)せて、落すがごとく煙管を棄(す)て、湯呑に煎茶をうつしけるが、余り沸(たぎ)れるままその冷(さ)むるを待てり。
 時に履物の音高く家(うち)に入来(いりく)るものあるにぞ、お貞は少し慌(あわた)だしく、急に其方(そなた)を見向ける時、表の戸をがたりとあけて、濡手拭(ぬれてぬぐい)をぶら提げつつ、衝(つ)と入りたる少年あり。
 お貞は見るより、
「芳さんかえ。」
「奥様(おくさん)、ただいま。」
 と下駄を脱ぐ。
「大層、おめかしだね。」
「ふむ。」
 と笑い捨てて少年は乱暴に二階に上るを、お貞は秋波(ながしめ)もて追懸けつつ、
「芳ちゃん!」
「何?」
 と顧みたり。
「まあ、ここへ来て、ちっとお話しなね。お祖母様(ばあさん)はいま昼寝をしていらっしゃるよ。騒々しいねえ。」
「そうかい。」
 と下りて来て、長火鉢の前に突立(つった)ち、
「ああ、喉(のど)が渇く。」
 と呟(つぶや)きながら、湯呑に冷(さま)したりし茶を見るより、無遠慮に手に取りて、
「頂戴。」
 とばかりぐっと飲みぬ。
「あら! 酷(ひど)いのね、この人は。折角冷しておいたものを。」
 わざと怨(えん)ずれば少年は微笑(ほほえ)みて、
「余ってるよ、奥様はけちだねえ。」
 と湯呑を返せり。お貞は手に取りて中を覗(のぞ)き、
「何だ、けも残しゃアしない。」
 と底の方に残りたるを、薬のように仰ぎ飲みつ。
「まあ、芳(よッ)さんお坐ンな、そうしてなぜ人を、奥様々々ッて呼ぶの、嫌なこッた。」
「だって、円髷に結ってるもの、銀杏返(いちょうがえし)の時は姉様(ねえさん)だけれど、円髷の時ゃ奥様だ。」

       二

 お貞はハッとせし風情にて、少年の顔を瞻(みまも)りしが、腫(はれ)ぼったき眼に思いを籠(こ)め、
「堪忍おしよ、それはもう芳さんが言わないでも、私はこの通り髪も濃くないもんだから、自分でも束ねていたいと思うがね、旦那が不可(いけない)ッて言うから仕様がないのよ。」
「だからやっぱり奥様(おくさん)じゃあないか。」
 と少年は平気なり。お貞はしおれて怨(うら)めしげに、
「だって、他(ほか)の者(もん)なら可(い)いけれど、芳さんにばかりは奥様ッて謂われると、何だか他人がましいので、頼母(たのも)しくなくなるわ。せめて「お貞さん」とでも謂っておくれだと嬉しいけれど。」
 とためいきして、力なげなるものいいなり。少年は無雑作に、
「じゃあ、お貞さんか。」
 と言懸けて、
「何だか友達のように聞えるねえ。」
「だからやっぱり、姉(ねえ)さんが可いじゃあないかえ。」
「でも円髷に結ってるもの、銀杏返だと亡(なく)なった姉様(ねえさん)にそっくりだから、姉様だと思うけれど、円髷じゃあ僕は嫌だ。」
 と少年は素気(そっけ)なし。
「じゃあまるであかの他人なの?」
「なにそうでもないけれど。……」
 少年は言淀(いいよど)みぬ。お貞は襟を掻合(かきあわ)せ、浴衣の上前を引張(ひっぱ)りながら、
「それだから昨日(きのう)も髪を結わない前に、あんなに芳さんにあやまったものを。邪慳(じゃけん)じゃあないかね。可(いい)よ、旦那が何といっても、叱られても大事ないよ。私ゃすぐ引毀(ひっこわ)して、結直して見せようわね。」
 お貞は顔の色尋常(ただ)ならざりき。少年は少し弱りて、
「それでなくッてさえ、先達(こないだ)のような騒(さわぎ)がはじまるものを、そんなことをしようもんなら、それこそだ。僕アまた駈出(かけだ)して行(ゆ)かにゃあならない。」
「ほんとうに、あの時は。ま、どうしようと思ったわ。
 芳さんは駈出してしまって二晩もお帰りでないし、おばあさんはまた大変に御心配遊ばしてどうしたら可(よ)かろうとおっしゃるし、旦那は旦那でものも言わないで、黙って考え込んでばかりいるしね、私はもう、面目ないやら、恥かしいやら、申訳がないやらで、ぼうッとしてしまったよ。後で聞くと何だっさ、真蒼(まっさお)になって寝ていたとさ。
 芳様(さん)の跫音(あしおと)が聞えたので、はッと気が着いて駈出したが、それまでどうしていたんだか、まるで夢のようで[#「夢のようで」は底本では「夢のやうで」]、分らなかったよ。」
 少年は頻(しき)りに頷(うなず)き、
「僕はまた髯(ひげ)がさ、(水上(みなかみ)さん)て呼ぶから、何だと思って二階から覗(のぞ)くと、姉様(ねえさん)は突伏(つっぷ)して泣いてるし、髯は壇階子(だんばしご)の下口(おりぐち)に突立(つった)ってて、憤然(むっ)とした顔色(かおつき)で、(直ぐと明けてもらいたい。)と失敬ことを謂うじゃあないか。だから僕は不愉快で堪(たま)らないから、それからそのまんまで、家(うち)を出て、どこか可い家があったらと思ったけれど、探す時は無いもんだ。それから友達の処(ところ)へ泊って、牛(ぎゅう)を奢(おご)ってね、トランプをして遊んでいたんだ。僕あ一番強いんだぜ。滅茶々々に負かして悪体を吐(つ)いてやると、大変に怒ってね、とうとう喧嘩(けんか)をしちまったもんだから、翌晩(あくるばん)はそこに泊ることも出来ないので、仕方が無いから帰って来たんだ。」
 お貞は聞きつつ睨(にら)む真似して、
「憎らしいねえ。人の気も知らないで、お友達とトランプも無いもんだね。気が違やあしないかと、私ゃ自分でそう思った位だのにさ。」
「でも僕あ帰った時、(芳さん!)てって奥から出て来た、あの時の顔にゃ吃驚(びっくり)したよ。暮合(くれあい)ではあるし、亡(なく)なった姉さんの幽霊かと思った。」
「いやな! 芳さんだ。恐いことね。」
 お貞は身震いして横を向きぬ。少年は微笑(ほほえ)みたり。
「何だ、臆病(おくびょう)な。昼じゃあないか。」
「でもそんなことをお言いだと、晩に手水(ちょうず)に行(ゆ)かれやしないや。」
「そんなに臆病な癖にして、昨夜(ゆうべ)も髯と二人連(づれ)で、怪談を聞きに行ったじゃあないか。」
 お貞はまじめに弁解(いいわけ)して、
「はい、ですから切前(きりまえ)に帰りました。切前は茶番だの、落語だの、そりゃどんなにかおもしろいよ。」
「それじゃもう髯の御機嫌は直ったんだね。」

       三

「別に直ったというでもないけれど、まああんなものさ。あれでもね、おばあさんには大変気の毒がってね、(お年寄がようよう落着(おちつき)なされたものを、またお転宅(ひっこし)は大抵じゃアあるまいから、その内可い処があったら、御都合次第お引越しなさるが可し、また一月でも、二月でも、家(うち)においでになっても差支えはございませんから)ッて、それッきりになってるのよ。そのかわりね、私にゃ、(芳さんと談話(はなし)をすることは決してならない)ッて、固くいいつけたわ。やっぱり疑ぐっているらしいよ。」
 少年は火箸(ひばし)を手にして、ぐいぐい灰に突立てながら、不平なる顔色(かおつき)にて、
「一体疑ぐるッて何だろう。僕のおばあさんにもね、姉様(ねえさん)、髯(ひげ)が、(お孫さんも出世前の身体(からだ)だから、云々(うんぬん)が着いてはなりますまい。私は、私で、内の貞に気を着けますから、あなたもそこの処おぬかりなく。)ッさ。内証で言ったそうだ。変じゃないか、え、姉様、何を疑ぐッているんだろう。何か僕と、姉様と、不道徳な関係があるとでもいうことなんかね、それだと失敬極まるじゃあないか、え、姉様。」
 と詰(なじ)り問うに、お貞は、
「ああ。」
 と生返事、胸に手を置き、差俯向(さしうつむ)く。
 少年は安からぬ思いやしけむ。
「じゃあ何だね、こないだあの騒ぎのあった前に、二人で奥に談話(はなし)をしていた時、髯が戸外(おもて)から帰って来たので、姉様は、あわアくって駈出(かけだ)したが、そのせいなの? 一体気が小さいから不可(いけな)いよ。いつに限らずだ。人が、がらりと戸を開けると、何だか大変なことでも見付かったように、どぎまぎして、ものをいうにも呼吸(いき)をはずまして、可訝(おかし)いだろうじゃないか。先刻(さっき)僕の帰った時も、戸をあけると、吃驚(びっくり)して、何だかおどおどしておいでだったぜ。こないだの時だってもそうだ。髯に向って、(いらっしゃいまし)自分の亭主を迎えるとって、(いらっしゃいまし)なんて、言う奴があるものか。何だってそう気が小さくッて、物驚きをするんだなあ。それだから疑ぐられるんだ。不可(いけない)ねえ。」
 お貞は淋しげなる微笑(えみ)を含み、
「そういってながら芳さんもあの時はやっぱりそそッかしく、二階へ駈(か)け上ったじゃあないかね。」
 少年は別に考うる体(てい)もなく、
「そりゃ何だ、僕は何も恐(こわ)いことはないけれど、あの髯が嫌だからだ。何だか虫が好かなくッて、見ると癪(しゃく)に障るっちゃあない、僕あもう大嫌(だいきらい)だ。」
 と臆面(おくめん)もなく言うて退(の)けつ。渠(かれ)は少年の血気にまかせて、後前(あとさき)見ずにいいたるが、さすがにその妻の前なるに心着きけむ、お貞の色をうかがいたり。
 お貞は気に懸けたる状(さま)もなく、かえって同意を表するごとく、勢(いきおい)なげに歎息して、
「誰が見てもちがいはないねえ。私だってやっぱり嫌だわ。だがね、芳ちゃんは、なぜ好かないの。」
 少年はお貞の言(ことば)の吾が意を得たるに元気づきて、声の調子を高めたり。
「他(ほか)にね、こうといって、まだ此家(ここ)へ来て、そんなに間もないこったから、どこにどうという取留めたこともないけれど、ただね、髯の様子がね、亡なった姉様の亭主に肖(に)ているからね、そのせいだろうと思うんだ。」
「そうして、不可(いけな)いお方だったの。」
 少年はそぞろに往時を追懐すらむ、慨然(がいぜん)としたりけるが、
「不可いどころの騒(さわぎ)じゃない、姉様を殺した奴だもの。」
 お貞は太(いた)く感ぜし状(さま)にて、
「まあ。」
 とそのうるみたる眼を□(みは)りぬ。
「酷(ひど)い人ね、何だッてまた姉様を殺したんだろうね。芳さんのお姉様(あねえさん)なら、どんなにか優しい、佳(い)い人だったろうにさ。」
「そりゃ、真実(ほんとう)に僕を可愛がってくれたッちゃあないよ。今着ている衣服(きもの)なんか、台なしになってるけれど、姉様がわざと縫って寄来(よこ)したもんだから、大事にして着ているんだ。」
「そのせいで似合うのかねえ。」
 とお貞は今更のごとく少年の可憐なる状(さま)ぞ瞻(みまも)られける。水上芳之助は年紀(とし)十六、そのいう処、行う処、無邪気なれどもあどけなからず。辛苦のうちに生(おい)たちて浮世を知れる状見えつ。もののいいぶりはきはきして、齢(よわい)のわりには大人びたり。

       四

 要なければここには省く。少年はお蓮(れん)といえりし渠(かれ)の姉が、少(わか)き時配偶を誤りたるため、放蕩(ほうとう)にして軽薄なる、その夫判事なにがしのために虐遇され、精神的に殺されて入水して果てたりし、一条の惨話を物語りつ。語(ことば)は簡に、意は深く、最もものに同情を表して、動かされ易きお貞をして、悲痛の涙に咽(むせ)ばしめたり。
 語を継ぎて少年言う。
「姉様(ねえさん)もやっぱり酷(ひど)いめにあわされるから、それで髯(ひげ)が嫌なんだろう。」
 折からぶつぶつと湯の沸返(にえかえ)りて、ぱっと立ちたる湯気に驚き、少年は慌(あわただ)しく鉄瓶の蓋(ふた)を外し、お貞は身を斜(ななめ)になりて、茶棚より銅(あかがね)の水差を取下して急がわしく水を注(さ)しつ。
「いいえ、違うよ。私のはまた全く芳さんの姉さんとは反対(あちこち)で、あんまり深切にされるから、もう嫌で、嫌で、ならないんだわ。」
 少年は太(いた)く怪(あやし)み、
「そんな事っちゃアあるもんでない。何だって優しくされて、それで嫌だというがあるものか。」
「まあさ、お聞きなね。深切だといえば深切だが、どちらかといえば執着(しつこ)いのだわ。かいつまんで話すがね、ちょいと聞賃をあげるから。」
 と菓子皿を取出(とりいだ)して、盛りたる羊羹(ようかん)に楊枝(ようじ)を添え、
「一ツおあがり、いまお茶を入替えよう。」
 と吸子の茶殻を、こぼしにあけ、
「芳ちゃんだから話すんだよ。誰にも言っちゃ不可(いけな)いよ。実は私の父親(おとっさん)は、中年から少し気が違ったようになって、とうとうそれでおなくなりなすったがね、親のことをいうようだけれど、母様(おっかさん)は少し了簡違(りょうけんちが)いをして、父親(おとっさん)が病気のあいだに、私には叔父さんだ、弟ごと関着(くッつ)いたの。
 するとお祖父(じい)さんのお計らいで、私が乳(ち)放れをするとすぐに二人とも追出して、御自分で私を育てて、十三の時までお達者だったが、ああ、十四の春だった。中風(ちゅうぶ)でお悩みなすってから、動くことも出来なくおなりで、家(うち)は広し、四方は明地(あきち)で、穴のような処に住んでたもんだから、火事なんぞの心配はないのだけれど、盗賊(どろぼう)にでも入られたら、それこそどうすることもならないのよ。お金子(かね)も少々あったそうだし。
 雇いの婆さんは居たけれど、耳は遠いし、そんなことの助けにゃならず、祖父(おじい)さんの看病も私一人では覚束(おぼつか)なし、確(たしか)な後見をといった処で、また後見なんていうものは、あとでよく間違が出来るものだから、それよりか、いっそ私に……というので、親類中で相談を極(き)めて、とうとうあてがったのが今の旦那なの。
 その頃ちょうど高等中学校を卒業したので、ま、宅(うち)へ来てから、東京へ出て、大学へ入ろうという相談でね、もともと内の緊(しま)りにもなってもらわなきゃあならないというんでさ、わざッと年の違ったのを貰ったもんだから、旦那は二十九で、私は十四。」
 お貞は今吸子に湯をばささんとして、鉄瓶に手を懸けたる、片手を指折りて数えみつ。
「十五の違(ちがい)だね。もっとも晩学だとかいうので、大抵なら二十五六で、学士になるのが多いってね。」
「無論さ。」
 と少年は傾聴しながら喙(くち)を容(い)れたり。
 お貞は煎茶を汲出(くみい)だして、まず少年に与えつつ、
「何だか知らないけれど、御婚礼をした時分は、嬉しくもなく、恐(こわ)くもなく、まるで夢中で、何とも思やしなかったが、実はおじいさんと二人ばかりで、他所(よそ)の人の居ない方が、御膳(ごぜん)を頂く時やなんか、私ゃ気が置けなくて可(よ)かったわ。
 変に気が詰まって、他人(ひと)の内へ泊(とまり)にでも行ったようで、窮屈で、つまらなくッて、思ってみればその時分から旦那が嫌いだったかも知れないよ。でも大方甘やかされた癖で、我儘(わがまま)の方が勝ってたのであろうと思う。
 そのうちお祖父さんも安心をなすったせいか、大層気分も好(よ)くなるし、いよいよ旦那が東京へたつというので、祝ってたたしたお酒の座で、ちっと飲(のみ)ようが多かったのがもとになってね、旦那が出発をしたそのおひるすぎに、お祖父様(さん)は果敢(はか)なくおなりなすったのよ。私ゃもうその時は……」
 とお貞は声をうるましたり。

       五

「それからというものは[#「いうものは」は底本では「いふものは」]、私はまるで気ぬけがしたようで、内の中でも一番薄暗い、三畳の室(ま)へ入っちゃあ、どういうものだかね、隅の方へちゃんと坐って、壁の方を向いて、しくしく泣くのが癖になってね、長い間治らなかったの。そうこうするうち児(こ)が出来たわ。
 可笑(おかし)いじゃないかねえ。」
 お貞は苦々しげに打笑みたり。
「妙なものがころがり出してしまってさ、翌年(あくるとし)の十月のことなのよ。」
 と言懸けてお貞はもの案じ顔に見えたりしが、
「そうそう、芳ちゃん、まだその前(さき)にね、旦那がさ、東京へ行って三月めから、毎月々々一枚ずつ、月の朔日(ついたち)にはきっと写真を写してね、欠かさず私に送って寄来(よこ)すんだよ。まあ、御深切様じゃないかね。そのたんびに手紙がついてて、(いや今月は少し痩(や)せた)の、(今度は少し眼が悪い)の、(どうだ先月と合わしてみい、ちっとあ肥(ふと)って見えよう)なんて、言書(ことばがき)が着いてたわ。
 私ゃお祖父さんのことばかり考えて、別に何にも良人(さき)の事は思わないもんだから、ちょいと見たばかりで、ずんずん葛籠(つづら)の裡(なか)へしまいこんで打棄(うっちゃ)っといたわ。すると、いつのことだッけか、何かの拍子、お友達にめっかってね、
(まあ! お貞さん、旦那様は飛んだ御深切なお方だねえ。)サ酷(ひど)く擽(くすぐ)ったもんだろうじゃあないかえ。
 それもそのはずだね。写真の裏に一葉(ひとつ)々々、お墨附があってよ。年、月、日、西岡時彦写之(これをうつす)、お貞殿へさ。
 私もつい口惜(くやし)紛れに、(写真の儀はお見合せ下されたく、あまりあまり人につけても)ッさ。何があまりあまりだろう、可笑(おかし)いね。そういってやると、それッきりおやめになったが、十四五枚もあった写真を、また見られちゃあ困ると思ったがね、人にも遣(や)られず、焼くことも出来ずさ、仕方がないから、一纏(まと)めにして、お持仏様の奥ン処へ容(い)れておいてよ。毎日拝んだから可いではないかね。」
 先刻(さき)に干したる湯呑の中へ、吸子の茶の濃くなれるを、細く長くうつしこみて、ぐっと一口飲みたるが、あまり苦かりしにや湯をさしたり。
 少年はただ黙して聞きぬ。
 お貞は口をうるおして、
「児(こ)が出来る、もうそのしくしく泣いてばかりいる癖はなくなッて、小児(こども)にばかり気を取られて、他(ほか)に何にも考えることも、思うこともなくッて、ま、五歳(いつつ)六歳(むッつ)の時は知らず、そのしばらくの間ほど、苦労のなかった時はないよ。
 すると、その夏の初(はじめ)の頃、戸外(おもて)にがらがらと腕車(くるま)が留(とま)って、入って来た男があったの。沓脱(くつぬぎ)に突立(つった)ってて、案内もしないから、寝かし着けていた坊やを置いて、私が上り口に出て行って、
(誰方(どなた)、)といって、ふいと見ると驚いたが、よくよく見ると旦那なのよ。旦那は旦那だが、見違えるほど瘠(や)せていて、ま、それも可いが妙な恰好(かっこう)さ。
 大きな眼鏡のね、黒磨(くろずり)でもって、眉毛から眼へかけて、頬ッペたが半分隠れようという黒眼鏡を懸けて、希代さね、何のためだろう。それにあのそれ呼吸器とかいうものを口へ押着(おッつ)けてさ、おまけに鬚(ひげ)を生やしてるじゃあないか。それで高帽子(たかじゃっぽ)で、羽織がというと、縞(しま)の透綾(すきや)を黒に染返したのに、五三の何か縫着紋(ぬいつけもん)で、少し丈不足(たけたらず)というのを着て、お召が、阿波縮(あわちぢみ)で、浅葱(あさぎ)の唐縮緬(とうちりめん)の兵児帯(へこおび)を〆(し)めてたわ。
 どうだい、芳さん、私も思わず知らず莞爾(にっこり)したよ、これは帰って[#「帰って」は底本では「帰つて」]来たのが嬉しいのより、いっそその恰好が可笑(おかし)かったせいなのよ。
 病気で帰ったというこッたから、私も心配をして、看病をしたがね、胃病だというので、ちょいとは快(よ)くならない。一月も二月も、そうさ[#「そうさ」は底本では「さうさ」]、かれこれ三月ばかりもぶらぶらして、段々瘠せるもんだから、坊やは居るし、私もつい心細くなッて、そっと夜出掛けちゃあお百度を踏んだのよ。するとね、その事が分ったかして、
(お貞、そんなに吾(おれ)を治したいか)ッて、私の顔を瞻(みつ)めるからね。何の気なしで、(はい、あなたがよくなって下さいませねば、どうしましょう、私どもは路頭に立たなければなりません。)と真実(ほんとう)の処をいったのよ。
 さあ怒ったの、怒らないのじゃあない。(それでは手前、活計(くらし)のために夫婦になったか。そんな水臭い奴とは知らなんだ。)と顔の色まで変えるから、私は弱ったの、何のじゃない、どうしようかと思ったわ。」

       六

「(なぜ一所に死ぬとは言ってくれない。愛情というものは、そんな淡々(あわあわ)しいものではない。)ッていうのさ。向うからそう出られちゃあ、こっちで何とも言いようが無いわ。
 女郎や芸妓(げいしゃ)じゃあるまいしさ、そんな殺文句が謂(い)われるものかね。でも、旦那の怒りようがひどいので、まあ、さんざあやまってさ。坊やがかすがいで、まずそれッきりで治まったがね、私ゃその時、ああ、執念深い人だと思って、ぞッとして、それからというものは、何だか重荷を背負(しょ)ったようで、今でも肩身が狭いようなの。
 あとでね、あのそら先刻(さっき)いった黒眼鏡ね、(烏蜻蛉(からすとんぼ)見たように、おかしいじゃアありませんか。)と、病気が治ってから聞いたことがあったよ。そうするとね、東京はからッ風で塵埃(ほこり)が酷(ひど)いから、眼を悪くせまいための砂除(すなよけ)だっていうの、勉強盛(ざかり)なら洋燈(ランプ)をカッカと、ともして寝ない人さえあるんだのに、そう身体(からだ)ばかり庇(かば)ってちゃあ、何にも出来やしないと思ったけれど、まさかそんなことをいえたものでもなし、呼吸器も肺病の薬というので懸けるんだッて。それからね、その髯(ひげ)がまた妙なのさ。」
 とお貞は少年の面(かお)を見て、
「衛生髯だとさ、おほほ。分るかえ? 芳さん。」
「何のこッた、衛生髯ッたって分らないよ。」
「それはね。」
 となお微笑(ほほえ)みながら、
「こうなのよ。何でも人間の身体(からだ)に附属したものは、爪(つめ)であろうが、垢(あか)であろうが、要らないものは一つもないとね、その中でも往来の塵埃(ほこり)なんぞに、肺病の虫がまざって、鼻ンなかへ飛込むのを、髯がね、つまり玄関番見たようなもので、喰留めて入れないンだッさ。見得でも何でもないけれど、身体(からだ)のために生(はや)したと、そういったよ。だから衛生髯だわね。おほほほほ。」
 お貞は片手を口にあてつ。少年も噴出(ふきい)だしぬ。
「いくら衛生のためだって、あの髯だけは廃止(よせ)ば可いなあ。まるで(ちょいとこさ)に肖(に)てるものを、髯があるからなおそっくりだ。」
 お貞は眉を打顰(うちひそ)めて、
「嫌だよ、芳さんは。(ちょいとこさ)はあんまりだわ。でも(ちょいとこさ)と言えばこないだ、小橋の上で、あの(ちょいとこさ)の飴屋(あめや)に逢ったの。ちょうどその時だ。桜に中(ちゅう)の字の徽章(きしょう)の着いた学校の生徒が三人連(づれ)で、向うから行(ゆ)き違って、一件を見ると声を揃えて、(やあ、西岡先生。)と大笑(おおわらい)をして行き過ぎたが、何のこった知らんと、当座は気が着かずに居たっけがね。何だとさ、学校じゃあ、皆(みんな)がもう良人(うちの)に、(ちょいとこさ)と謂う渾名(あだな)を附けて、蔭じゃあ、そうとほか言わないそうだよ。」
 少年は頭(こうべ)を掉(ふ)れり。
「何の、蔭でいうくらいなら優しいけれど、髯がね、あの学校の雇(やとい)になって、はじめて教場へ出た時に、誰だっけか、(先生、先生の御姓名は?)と聞いたんだって。するとね、ちょうど、後(おく)れて溜(たまり)から入って来た、遠藤ッて、そら知ってるだろう。僕の処(とこ)へもよく遊びに来る、肩のあがった、武者修行のような男。」
「ああ、ああ、鉄扇でものをいう人かえ。」
「うむ、彼奴(あいつ)さ、彼奴がさ。髯の傍(そば)へずいと出て、席から名を尋ねた学生に向って、(おい、君、この先生か。この先生ならそうだ、名は□チョイトコサ□だ。)と謂ったので、組(クラス)一統がわッといって笑ッたって、里見がいつか話したっけ。」
 お貞は溜(ため)いきをもらしたり。
「嫌になっちまう! じゃ、まるでのっけから安く踏まれて、馬鹿にされ切っていたんだね。」
「でもなかにゃああ見えても、なかなか学問が出来るんだって、そういってる者もあるんだ。何(なん)しろ、教場へ出て来ると、礼式もないで、突然(いきなり)、ボウルドに問題を書出して、
(何番、これを。)
 といったきり椅子にかかッて、こう、少しうつむいて、肱(ひじ)をついて、黙っているッて。呼ばれた番号の奴は災難だ。大きに下稽古(したげいこ)なんかして行かなかろうものなら、面くらって、(先生私には出来ません。)といってみても返事をしない。そのままうっちゃっておくもんだから、しまいにゃあ泣声で、(私には出来ません、先生々々。)と呼ぶと、顔も動(うごか)さなけりゃ、見向きもしないで、(遣ってみるです。)というッきりで、取附(とりつく)島も何にもないと。それでも遣ってみても出来そうもない奴は、立ったり、居たり、ボウルドの前へ出ようとして中戻(ちゅうもどり)をしたり、愚図(ぐず)々々迷(まご)ついてる間に、柝(たく)が鳴って、時間が済むと、先生はそのまんまでフイと行ってしまうんだッて。そんな時あ問題を一つ見たばかりで、一時間まる遊び。」

       七

「だから、西岡は何でも一方に超然として、考えていることがあるんだろう。えらい! という者もあるよ。」
 お貞は「何の。」という顔色(かおつき)。
「考えてるッて、大方内のことばかり考えてて、何をしても手が附かないでいるんだろう。聞いて御覧、芳さんが来てからは、また考えようがいっそきびしいに相違(ちがい)ないから。何だって、またあの位、嫉妬(しっと)深い人もないもんだね。
 前にも談(はな)した通り、旦那はね、病気で帰省をしてから、それなり大学へは行(ゆ)かないで、ただぶらぶらしていたもんだから、沢山(たんと)ないお金子(かね)も坐食(いぐい)の体(てい)でなくなるし、とうとう先(せん)に居た家(うち)を売って、去々年(おととし)ここの家へ引越したの。
 それでもまあ方々から口があって、みんな相当で、悪くもなくって、中でも新潟県だった、師範学校のね芳さん、校長にされたのよ。校長は可(い)いけれど、私は何だか一所に居るのが嫌だから、金沢に残ることにして、旦那ばかり、任地(あっち)へ行くようにという相談をしたが不可(いけ)なくって、とうとう新潟くんだりまで、引張(ひっぱ)り出されたがね。どういうものか、嫌で、嫌で、片時も居たたまらなくッてよ。金沢へ帰りたい帰りたいで、例の持病で、気が滅入(めい)っちゃあ泣いてばかり。
 旦那が学校から帰って来ても、出迎(でむかえ)もせず俯向(うつむ)いちゃあ泣いてるもんだから、
(ああ、またか。)となさけなそうに言っちゃあ、しおれて書斎へ入って行ったの。別につらあてというンじゃあ決してなかったんだけれど、ほんとうに帰りたかったんだもの。
 旦那もとうとう我(が)を折って(それじゃあ帰るが可い、)というお許しが出ると、直ぐに元気づいて、はきはきして、五日ばかり御膳も頂かれなかったものが、急に下婢(げじょ)を呼んで、(直ぐ腕車夫(くるまや)を見ておいで。)さ、それが夜の十時すぎだから恐しいじゃあないかえ。何だか狂人(きちがい)じみてるねえ。
 旦那を残し、坊やはその時分五歳(いつつ)でね、それを連れて金沢(こっち)へ帰ると、さっぱりしてその居心の可(よ)かったっちゃあない。坊もまた大変に喜んだのさ。
 それがというと、坊やも乳児(ちのみ)の時から父親(おとっさん)にゃあちっとも馴染(なじ)まないで、少しものごころが着いて来ると、顔を見ちゃ泣出してね。草履を穿(は)いて、ちょこちょこ戸外(おもて)へ遊びに出るようになると、情(なさけ)ないじゃあないかえ。家(うち)へ入ろうとしちゃあ、いつでもさ。外戸(おもてど)の隙からそッと透見(すきみ)をして、小さな口で、(母様(かあちゃん)、父様(おとっちゃん)家に居るの?)と聞くんだよ。
(ああ。)と返事をすると、そのまま家へ入らないで、ものの欲(ほし)くなった時分でも、また遊びに行ってしまって、父様居ない、というと、いそいそ入って来ちゃあ、私が針仕事をしている肩へつかまって。」
 と声に力を籠(こ)めたりけるが、追愛の情の堪え難かりけむ、ぶるぶると身を震わし、見る見る面の色激して、突然長火鉢の上に蔽(おお)われかかり、真白き雪の腕(かいな)もて、少年の頸(うなじ)を掻抱(かいいだ)き、
「こんな風に。」
 とものぐるわしく、真面目(まじめ)になりたる少年を、惚々(ほれぼれ)と打(うち)まもり、
「私の顔を覗(のぞ)き込んじゃあ、(母様(おっかさん))ッて、(母様)ッて呼んでよ。」
 お貞は太(いた)く激しおれり。
「そうしてね、(父様(おとっちゃん)が居ないと可(い)いねえ。)ッて、いつでも、そう言ったわ。」
 言懸けてうつむく時、弛(ゆる)き前髪の垂れけるにぞ、うるさげに掻上(かきあ)ぐるとて、ようやく少年にからみたる、その腕(かいな)を解(ほど)きけるが、なお渠(かれ)が手を握りつつ、
「そんな時ばかりじゃあないの。私が何かくさくさすると、可哀相に児(こども)にあたって、叱咤(ひッちか)ッて、押入へ入れておく。あとで旦那が留守になると、自分でそッと押入から出て来てね、そッと抜足かなんかで、私のそばへ寄って来ちゃあ、肩越に顔を覗(のぞ)いて、(母様(おっかちゃん)、父様が居ないと可いねえ)ッさ。五歳(いつつ)や六歳(むッつ)で死んで行く児(こ)は、ほんとうに賢いのね。女の児(こ)はまた格別情愛があるものだよ。だからもう世の中がつまらなくッて、つまらなくッて、仕様がなかったのを、児(こども)のせいで紛れていたがね、去年(じふてりや)で亡くなってからは、私ゃもう死んでしまいたくッて堪(たま)らなかったけれど、旦那が馬鹿におとなしくッて、かッと喧嘩することがないものだから、身投げに駈出(かけだ)す機(おり)がなくッて、ついぐずぐずで活(い)きてたが、芳ちゃん、お前に逢ってから、私ゃ死にたくなくなったよ。」
 と、じっとその手をしめたるトタンに靴音高く戸を開けたり。

       八

 お貞はいかに驚きしぞ、戸のあくともろともに器械のごとく刎(は)ね上りて、夢中に上り口に出迎(いでむか)えつ。蒼(あお)くなりて瞳を据えたる、沓脱(くつぬぎ)の処に立ちたるは、洋服扮装(でたち)の紳士なり。頤(おとがい)細く、顔円(まろ)く、大きさ過ぎたる鼻の下に、賤(いや)しげなる八字髭(はちじひげ)の上唇を蔽(おお)わんばかり、濃く茂れるを貯えたるが、面(かお)との配合を過(あやま)れり。眼(まなこ)はいと小さく、眦(まなじり)垂れて、あるかなきかを怪(あやし)むばかり、殊に眉毛の形乱れて、墨をなすりたるごとくなるに、額には幾条の深く刻める皺(しわ)あれば、実際よりは老けて見ゆべき、年紀(とし)は五十の前後ならむ、その顔に眼鏡を懸け、黒の高帽子を被(かぶ)りたるは、これぞ(ちょいとこさ)という動物にて、うわさせし人の影なりける。
 良夫(おっと)と誤り、良夫と見て、胸は早鐘を撞(つ)くごとき、お貞はその良人ならざるに腹立ちけむ、面(おもて)を赤め、瞳を据えて、屹(き)とその面を瞻(みまも)りたる、来客は帽を脱して、恭(うやうや)しく一礼し、左手(ゆんで)に提(ひさ)げたる革鞄(かばん)の中(うち)より、小(ちいさ)き旗を取出(とりいだ)して、臆面もなくお貞の前に差出しつ。
「日本大勝利、万歳。」
 と謂いたるのみ、顔の筋をも動かさで、(ちょいとこさ)は反身(そりみ)になり、澄し返りて控えたり。
 渠がかくのごとくなす時は、二厘三厘思い思いに、その掌(たなそこ)に投げ遣るべき金沢市中の通者(とおりもの)となりおれる僥倖(ぎょうこう)なる漢(おのこ)なりき。
「ちょいとこ、ちょいとこ、ちょいとこさ。」
 と渠は、もと異様なる節を附し両手を掉(ふ)りて躍りながら、数年来金沢市内三百余町に飴を売りつつ往来して、十万の人一般に、よくその面を認(みし)られたるが、征清(せいしん)のことありしより、渠は活計(たつき)の趣向を変えつ。すなわち先のごとくにして軒ごとを見舞いあるき、怜悧(れいり)に米塩(べいえん)の料を稼ぐなりけり。
 渠は常にものいわず、極めて生真面目(きまじめ)にして、人のその笑えるをだに見しものもあらざれども、式(かた)のごとき白痴者なれば、侮慢(ぶまん)は常に嘲笑(ちょうしょう)となる、世に最も賤(いやし)まるる者は時としては滑稽(こっけい)の材となりて、金沢の人士(ひと)は一分時の笑(わらい)の代(しろ)にとて、渠に二三厘を払うなり。
 お貞はようやく胸を撫(な)でて、冷(ひやや)かに旧(もと)の座に直りつ。代価は見てのお戻りなる、この滑稽劇を見物しながら、いまだ木戸銭を払わざるにぞ、(ちょいとこさ)は身動きだもせで、そのままそこに突立(つった)ちおれり。
 ややありてお貞は心着きけむ、長火鉢の引出(ひきだし)を明けて、渠に与うべき小銭を探すに、少年は傍(かたわら)より、
「姉さん、湯銭のつりがあるよ、おい。」
 と板敷に投出せば、(ちょいとこさ)は手に取りて、高帽子を冠(かぶ)ると斉(ひと)しく、威儀を正して出行(いでゆ)きたり。

       九

 出行く(ちょいとこさ)を見送りて、二人は思わず眼を合しつ。
「なるほど肖(に)ているねえ。」
 とお貞は推出(おしだ)すがごとくに言う。少年はそれには関せず。
「まあ、それからどうしたの?」
 渠は聞くことに実の入(い)りけむ、語る人を促(うなが)せり。
「さあその新潟から帰った当座は、坊やも――名は環(たまき)といったよ――環も元気づいて、いそいそして、嬉しそうだし、私も日本晴(にっぽんばれ)がしたような心持で、病気も何にもあったもんじゃあないわ。野へ行(ゆ)く、山へ行くで、方々外出(そとで)をしてね、大層気が浮いて可い心持。
 出来るもんならいつまでも旦那が居ないで、環と二人ッきり暮したかったわ。
 だがねえ、芳さん、浮世はままにならないものとは詮じ詰めたことを言ったんだね。二三度旦那から手紙を寄越(よこ)して、(奉公人ばかりじゃ、緊(しまり)が出来ない、病気が快(よ)くなったら直ぐ来てくれ。)と頼むようにいって来ても、何(なん)の、彼(か)のッて、行かないもんだから、お聞きよ、まあ、どうだろうね。行ってから三月も経(た)たない内に、辞職をして帰って来て、(なるほどお前なんざ、とても住めない、新潟は水が悪い)ッさ。まあ!
 するとまた環がね、どういうものか、はきはきしない、嫌にいじけッちまって、悪く人の顔色を見て、私の十四五の時見たように、隅の方へ引込(ひっこ)んじゃあ、うじうじするから、私もつい気が滅入(めい)って、癇癪(かんしゃく)が起るたんびに、罪もないものを……」
 と涙を浮(うか)め、お貞はがッくり俯向(うつむ)きたり。
「その癖、旦那は、環々ッて、まあ、どんなに可愛がったろう。頭へ手なんざ思いも寄らない、睨(にら)める真似をしたこともなかったのに、かえって私の方が癇癪を起しちゃ、(母様(おっかちゃん))と傍(そば)へ来るのを、
(ええ、も、うるさいねえ、)といって突飛ばしてやると、旦那が、(咎(とが)もないものをなぜそんなことをする)てッて、私を叱るとね、(母様を叱っては嫌よ、御免なさい御免なさい)と庇(かば)ってくれるの。そうして、(あんな母様(おっかさん)は不可(いけない)のう、ここへ来い)と旦那が手でも引こうもんなら、それこそ大変、わッといって泣出したの。
(あ、あ、)と旦那が大息をして、ふいと戸外(おもて)へ出てしまうと、後で、そっと私の顔を見ちゃあ、さもさもどうも懐しそうに、莞爾(にっこり)と笑う。そのまた愛くるしさッちゃあない。私も思わず莞爾して、引ッたくるように膝へのせて、しっかり抱(だき)しめて頬をおッつけると、嬉しそうに笑ッちゃあ、(父様(おとっちゃん)が居ないと可い)と、それまたお株を言うじゃあないかえ。
 だもんだから、つい私もね、何だか旦那が嫌になったわ。でも或時(いつか)、
(お貞、吾(おれ)も環にゃ血を分けたもんだがなあ。)とさも情(なさけ)なそうに言ったのには、私も堪(たま)らなく気の毒だったよ。
 前世の敵(かたき)同士ででもあったものか、芳さん、環がじふてりやでなくなる時も、私がやる水は、かぶりつくようにして飲みながら、旦那が薬を飲ませようとすると、ついと横を向いて、頭(かぶり)を掉(ふ)って、私にしがみついて、懐へ顔をかくして、いやいやをしたもんだから、ついぞ荒い言(こと)をいったこともない旦那が、何と思ったか血相を変えて、
(不孝者!)といって、握拳(にぎりこぶし)で突然(いきなり)環をぶとうとしたから、私も屹(きっ)となって、片膝立てて、
(何をするんです!)と摺寄(すりよ)ったわ。その時の形相の凄(すさま)じさは、ま、どの位であったろうと、自分でも思い遣られるよ。言憎(いいにく)いことだけれど、真実(ほんとう)にもう旦那を喰殺してやりたかったわね。今でも旦那を環の敵(かたき)だと思うもの。あの父親さえ居なけりゃ、何だって環が死ぬものかね、死にゃあしないわ、私ばかりの児(こ)だったら。」
 お貞はしばらく黙したりき。ややあり思出したらんかのごとく、
「旦那はそのまま崩折(くずお)れて、男泣きに泣いたわね。
 私ゃもう泣くことも忘れたようだった。ええ、芳さん、環がなくなってから、また二三度も方々へいい役に着いたけれども、金沢なら可いが、みんな遠所(とおく)なので、私はどういうものか遠所へ行くとしきりに金沢が恋しくなッて、帰りたい帰りたい一心でね、済まないことだとは思ってみても、我慢がし切れないのを、無理に堪(こた)えると、持病が起って、わけもないことに泣きたくなったり、飛んだことに腹が立ったりして、まるで夢中になるもんだから、仕方なしに帰って来ると、旦那も後からまた帰る、何でも私をば一人で手放しておく訳にゃゆかないと見えて、始終一所に居たがるわ。
 だもんだからどこも良(い)い処には行かれないで、金沢じゃ、あんなつまらない学校へ、腰弁当というしがない役よ。」
 と一人冷かに笑うたり。

       十

「何もそんなに気を揉(も)まなくッても、よさそうなものを。旦那はね、まるで留守のことが気に懸(かか)るために出世が出来ないのだ、といっても可いわ。
 そんなに私を思ってくれるもんだから、夜遊(よあそび)はせず、ほんのこッたよ、夫婦になってから以来(このかた)、一晩も宅(うち)を明けたことなしさ。学校がひければ、ちゃんともう、道寄もしないで帰って来る。もっとも無口の人だから、口じゃ何ともいわないけれど、いつもむずかしい顔を見せたことはなし、地体がくすぶった何(なん)しろ、(ちょいとこさ)というのだもの。それだが、眼が小さいからちったああれでも愛嬌(あいきょう)があるよ。荒い口をきいたことなし、すりゃ私だって、嫌だ、嫌だとはいうものの、どこがといっちゃあ返事が出来ない。けれども嫌だから仕様がないわ。
 それだから私も、なに言うことに逆らわず、良人はやっぱり良人だから、嫌だっても良人だから、良人のように謹んで事(つか)えているもの。そう疑ぐるには及ばないじゃあないかね。芳さん、芳さんの姉様(ねえさん)がひどくされたようでも困るけれど、男はちったあ男らしく、たまには出歩行(であるき)でもしないとね、男に意気地(いくじ)がないようで、女房の方でも頼母(たのも)しくなくなるのよ。
 それを旦那と来た日にゃあ、ちょいとの間でも家(うち)に居て、私の番をしていたがるんだわ。それも私が行届かないせいだろうと、気を着けちゃあいるし、それにもう私は旦那の犠牲(いけにえ)だとあきらめてる。分らないながらも女の道なんてことも聞いてるから、浮気らしい真似もしないけれど、芳さん、あの人の弱点(よわみ)だね。それがために出世も出来ないなんといった日にゃ、私ゃいっそ可哀相だよ。あわれだよ。
 何の密夫(まおとこ)の七人ぐらい、疾(とっ)くに出来ないじゃあなかったが……」
 といいかけしがお貞はみずからその言過しを恥じたる色あり。
「これは話さ。」
 と口軽に言消して、
「何も見張っていたからって、しようのあるもんじゃあないわね。」
 お貞は面(おもて)晴々しく、しおれし姿きりりとなりて、その音調も気競(きお)いたり。
「しかしね、芳さん、世の中は何という無理なものだろう。ただ式三献(おさかずき)をしたばかりで、夫だの、妻だのッて、妙なものが出来上ってさ。女の身体(からだ)はまるで男のものになって、何をいわれてもはいはいッて、従わないと、イヤ、不貞腐(ふてくされ)だの、女の道を知らないのと、世間でいろんなことをいうよ。
 折角お祖父さんが御丹精で、人並に育ったものを、ただで我ものにしてしまって、誰も難有(ありがた)がりもしないじゃないか。
 それでいて婦人(おんな)はいつも下手(したで)に就いて、無理も御道理(ごもっとも)にして通さねばならないという、そんな勘定に合わないことッちゃあ、あるもんじゃない。どこかへ行こうといったって、良人がならないといえば、はい、起(た)てといえば、はい、寝ろといわれりゃそれも、はい、だわ。
 人間一人(にん)を縦にしようが、横にしようが、自分の好(すき)なままにしておきながら、まだ不足で、たとえば芳さんと談話(はなし)をすることはならぬといわれりゃ、やっぱり快く落着いて談話も出来ないだろうじゃないかね。
 一体操を守れだの、良人に従えだのという、捉(おきて)かなんか知らないが、そういったようなことを極(き)めたのは、誰だと、まあ、お思いだえ。
 一遍婚礼をすりゃ疵者(きずもの)だの、離縁(さられ)るのは女の恥だのッて、人の身体(からだ)を自由にさせないで、死ぬよりつらい思いをしても、一生嫌な者の傍(そば)についてなくッちゃあならないというのは、どういう理窟だろう、わからないじゃないかね。
 まさか神様や、仏様のおつげがあったという訳でもあるまいがね。もともと人間がそういうことを拵(こしら)えたのなら、誰だって同一(おんなじ)人間だもの、何密夫(まおとこ)をしても可い、駈落(かけおち)をしても可いと、言出した処で、それが通って、世間がみんなそうなれば、かえって貞女だの、節婦だの、というものが、爪(つま)はじきをされようも知れないわ。
 旦那は、また、何の徳があって、私を自由にするんだろう。すっかり自分のものにしてしまって、私の身体(からだ)を縛ったろうね。食べさしておくせいだといえば、私ゃ一人で針仕事をしても、くらしかねることもないわ。ねえ、芳さん、芳さんてばさ。」
 少年は太(いた)くこの答に窮して、一言もなく聞きたりけり。

       十一

 お貞はなおも語勢強く、
「ほんとに虫のいい談話(はなし)じゃないかね、それとも私の方から、良人になッて下さいって、頼んで良人にしたものなら、そりゃどんなことでも我慢が出来るし、ちっとも不足のあるもんじゃあないが、私と旦那なんざ、え、芳さん、夫にした妻ではなくッて、妻にした良人だものを。何も私が小さくなッて、いうことを肯(き)いて縮んでいる義理もなし、操を立てるにも及ばないじゃあないか。
 芳さんとだってそうだわ。何もなかをよくしたからとッて、不思議なことはないじゃあないかね。こないだ騒ぎが持上って、芳さんがソレ駈出(かけだ)した、あの時でも、旦那がいろいろむずかしくいうからね、(はい、芳さんとは姉弟分(きょうだいぶん)になりました。どういう縁だか知らないけれど、私が銀杏返(いちょうがえし)に結っていますと、亡なった姉様(ねえさん)に肖(に)てるッて、あの児も大層姉おもいだと見えまして、姉様々々ッて慕ってくれますもんですから、私もつい可愛くなります。)と無理だとは言われないつもりで言ったけれど、(他人で、姉弟というがあるものか)ッて、真底から了簡(りょうけん)しないの。傍(そば)に居た伯父さんも、伯母さんも、やっぱりおんなじようなことを言って、(ふむ、そんなことで世の中が通るものか。言ようもあろうのに、ナニ姉弟分だ。)とこうさ。口惜(くや)しいじゃあないかねえ。芳さん、たとい芳さんを抱いて寝たからたッて、二人さえ潔白なら、それで可いじゃあないか、旦那が何と言ったって、私ゃちっとも構やしないわ。」
 お貞はかく謂えりしまで、血色勝れて、元気よく、いと心強く見えたりしが、急に語調の打沈みて、
「しかしこうはいうものの、芳さん世の中というものがね、それじゃあ合点(がってん)しないとさ。たとい芳さんと私とが、どんなに潔白であッたからっても、世間じゃそうとは思ってくれず、(へん、腹合せの姉弟だ。)と一万石に極(きめ)っちまう! 旦那が悪いというでもなく、私と芳さんが悪いのでもなく、ただ悪いのは世間だよ。
 どんなに二人が潔白で、心は雪のように清くッてもね、泥足で踏みにじって、世間で汚くしてしまうんだわ。
 雪といえば御覧な、冬になって雪が降ると、ここの家(うち)なんざ、裏の地面が畠(はたけ)だからね、木戸があかなくッて困るんだよ。理窟を言えば同一(おんなじ)で、垣根にあるだけの雪ならば、無理に推せば開(あ)くけれど、ずッとむこうの畠から一面に降りつづいて、その力が同一(ひとつ)になって、表からおすのだもの。どうして、何といわれても、世間にゃあ口が開(あ)かないのよ。
 男の腕なら知らないこと、女なんざそれを無理にこじあけようとすると、呼吸切(いきぎれ)がしてしまうの。でも芳さんは士官になるというから、今に大将にでもおなりの時は、その力でいくらも世間を負かしてしまって、何にも言わさないように出来もしようけれど、今といっちゃあたッた二人で、どうすることもならないのよ。
 それとも神様や仏様が、私だちの手伝をして、力を添えて下さりゃ可いけれど、そんな願(ねがい)はかなわないわね。
 婆々(ばばあ)じみるッて芳さんはお笑いだが、芳さんなぞはその思遣(おもいやり)があるまいけれど、可愛(かわゆ)い児でも亡くして御覧、そりゃおのずと後生(ごしょう)のことも思われるよ。
 あれは、えらい僧正だって、旦那の勧める説教を聞きはじめてから、方々へ参詣(まい)ったり、教(おしえ)を聞いたりするんだがね。なるほどと思うことばかり、それでも世の中に逆らッて、それで、御利益があるッてことは、ちっとも聞かしちゃあくれないものを。
 戸を推(お)ッつけてる雪のような、力の強い世の中に逆らって行(ゆ)こうとすると、そりゃ弱い方が殺されッちまうわ。そうすりゃもう死ぬより他(ほか)はないじゃないかね。
 私ももうもう死んでしまいたいと思うけれど、それがまたそうも行(ゆ)かないものだし、このごろじゃ芳さんという可愛いものが出来たからね、私ゃ死ぬことは嫌になったわ。ほんとうさ! 自分の児が可愛いとか、芳さんとこうやって談話(はなし)をするのが嬉しいとか、何でも楽(たのし)みなことさえありゃ、たとい辛くッても、我慢が出来るよ。どうせ、私は意気地なしで、世間に負けているからね、そりゃ旦那は大事にもする、病気(やまい)が出るほど嫌な人でも、世間(よのなか)にゃ勝たれないから、たとい旦那が思い切って、縁を切ろうといってもね、どんな腹いせでも旦那にさせて、私ゃ、あやまって出て行(ゆ)かない。」
 と歯をくいしめてすすり泣きつ。

       十二

 お貞は幾年来独り思い、独り悩みて、鬱積(うっせき)せる胸中の煩悶(はんもん)の、その一片をだにかつて洩(もら)せしことあらざりしを、いま打明くることなれば、順序も、次第も前後して、乱れ且つ整わざるにも心着かで、再び語り続けたり。
「いっちゃ女の愚痴だがね。私はさっきいったように、世の中というものがあって、自分ばかりじゃないからと、断念(あきら)めて、旦那に事(つか)えてはいるけれど、一日に幾度となく、もうふツふツ嫌になることがあるわ。
 芳さんも知っておいでだ。ついこないだのことだっけ、晩方旦那の友達が来たので、私もその日は朝ッから、塩梅(あんばい)が悪くッて、奥の室(ま)に寝ていた処へ、推懸(おしか)けたもんだから、外に別に部屋はなし、ここへ出て坐っていたの。
 お客がまた私の大嫌(だいきらい)な人で、旦那とは合口(あいくち)だもんだから、愉快(おもしろ)そうに[#「愉快(おもしろ)そうに」は底本では「愉快(おもしろ)さうに」]話してたッけが、私は頭痛がしていた処へ、その声を聞くとなお塩梅が悪くなって、胸は痛む、横腹(よこッぱら)は筋張るね、おいおい薄暗くはなって来る。暑いというので燈火(あかり)はつけずさ。陰気になって、いろんなことを考え出して、つい堪(たま)らなくなったから、横になろうと思っても、直ぐ背後(うしろ)に居るんだもの、立膝(たてひざ)も出来ないから、台所へ行って板の間にでもと思ったが、あすこにゃ蚊(か)が酷(ひど)いし、仕方がないから戸外(おもて)へ出て、軒下にしゃがんで泣いてた処へ、ちょうどお前さんが来ておくれで、二階へ来いとおいいだから、そっと上ると、まあ、おとしよりが御深切に、胸を押して下すったので、私ゃもう難有(ありがた)くッて、嬉しくッて、心じゃ手を合せて拝んだわ。
 おかげでやっと胸が開きそうになって、ほっと呼吸(いき)をついた処へ、
(貞はそこに参っておりましょうな。)と、壇階子(だんばしご)の下へ来て、わざわざ旦那が呼んだじゃあないかね。
 私ゃあんまりくさくさしたから、返事もしないで黙っていると、おばあさんがお聞きつけなすッて、
(階下(した)へおいで、ね、ね、そうしないと悪い)ッて、みんなもうちゃんと推量して、やさしく言って下さるんだもの。
(ここに居とうございます!)と、おばあ様(さん)の膝に縋(すが)りついたの。
 下ではなお呼ぶもんだから、おばあさんが私のかわりに返事をなすって、
(可いから、可いから。)と、低声(こごえ)でおっしゃってね、背(せなか)を撫でて下さるもんだから、仕方なしに下りて行くと、お客はもう帰っていてね、嫌な眼で睨(にら)まれたよ。
 空いてる室(ま)がないもんだから、そういう時には困っちまう。アレ悪く取っちゃあ困るわね。
 何も芳さんに二階を貸しておいて、こういっちゃあわるいけれど、はじめッからこの家(うち)は嫌いなの。
 水は悪いし、流元(ながしもと)なんざ湿地で、いつでもじくじくして、心持が悪いっちゃあない。雪どけの時分(ころ)になると、庭が一杯水になるわ。それから春から夏へかけては李(すもも)の樹が、毛虫で一杯。
 それに宅中(うちじゅう)陰気でね、明けておくと往来から奥の室(ま)まで見透(みとお)しだし、ここいら場末だもんだから、いや、あすこの宅はどうしたの、こうしたのと、近所中で眼を着けて、晩のお菜まで知ってるじゃあないかね。大嫌な猫がまた五六疋、野良猫が多いので、のそのそ入って、ずうずうしく上り込んで、追ってもにげるような優しいんじゃない。
 隣の小猫はまた小猫で、それ井戸は隣と二軒で使うもんだから、あすこの隔(へだて)から入って来ちゃあ、畳でも、板の間でも、ニャアニャア鳴いて歩行(ある)くわ。
 隣の猫のこッたから、あのまた女房(おかみ)が大抵じゃないのだからね、(家(うち)の猫を)なんて言われるが嫌さに、打(ぶ)つわけにはもとよりゆかず、二三度干物でも遣ったものなら、可いことにして、まつわって、からむも可いけれど、芳さん、ありゃ猫の疱瘡(ほうそう)とでもいうのかしら。からだじゅう一杯のできもので、一々膿(うみ)をもって、まるで、毛が抜けて、肉があらわれてね、汚なくって手もつけられないよ。それがさ、昨夜(ゆうべ)も蚊帳(かや)の中へ入込んで、寝ていた足をなめたのよ。何の因果だか、もうもう猫にまで取着(とッつ)かれる。」
 と投ぐるがごとく言いすてつ。苦笑(にがわらい)して呟(つぶや)きたり。
「ほんとうに泣(なく)より笑(わらい)だねえ。」

       十三

 お貞の言(ことば)途絶えたる時、先刻(さっき)より一言(ひとこと)も、ものいわで渠(かれ)が物語を味いつつ、是非の分別にさまよえりしごとき芳之助の、何思いけん呵々(からから)と笑い出して、
「ははは、姉様(ねえさん)は陰弁慶だ。」
 お貞は意外なる顔色(かおつき)にて、
「芳さん、何が陰弁慶だね。」
「だってそんなに決心をしていながら、一体僕の分らないというのはね、人ががらりと戸を明けると、眼に着くほどびっくりして、どきり! する様子が確(たしか)に見えるのは、どういうものだろう。髯(ひげ)の留守に僕と談話(はなし)でもしている処へ唐突(だしぬけ)に戸外(おもて)があけば、いま姉様がいった世間(よのなか)の何とかで、吃驚(びっくり)しないにも限らないが、こうしてみるに、なにもその時にゃ限らないようだ。いつでもそうだから可笑(おかし)いじゃないか。それに姉様のは口でいうと反対で、髯の前じゃおどおどして、何だか無暗(むやみ)に小さくなって、一言ものをいわれても、はッと呼吸(いき)のつまるように、おびえ切っている癖に。今僕に話すようじゃ、酸いも、甘いも、知っていて、旦那を三銭(さんもん)とも思ってやしない。僕が二厘の湯銭の剰銭(つり)で、(ちょいとこさ)を追返したよりは、なお酷(ひど)く安くしてるんだ。その癖、世間じゃ、(西村の奥様は感心だ。今時の人のようでない。まるで嫁にきたてのように、旦那様を大事にする。婦人(おんな)はああ行(ゆ)かなければ嘘だ。貞女の鑑(かがみ)だ。しかし西村には惜(おし)いものだ。)なんとそう言ってるぞ。そうすりゃ世間も恐しくはなかろうに、何だって、あんなにびくびくするのかなあ。だから姉様は陰弁慶だ。」
 と罪もなくけなしたるを、お貞は聞きつつ微笑(ほほえ)みたりしが、ふと立ちて店に出(い)で行(ゆ)き、往来の左右を視(なが)め、旧(もと)の座に帰りて四辺(あたり)を□(みまわ)し、また板敷に伸上りて、裏庭より勝手などを、巨細(こさい)に見て座に就きつ。
「それはね、芳さん、こうなのよ。」
 という声もハヤふるえたり。

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