雪霊続記
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著者名:泉鏡花 

        一

 機會(きくわい)がおのづから來(き)ました。
 今度(こんど)の旅(たび)は、一體(いつたい)はじめは、仲仙道線(なかせんだうせん)で故郷(こきやう)へ着(つ)いて、其處(そこ)で、一事(あるよう)を濟(すま)したあとを、姫路行(ひめぢゆき)の汽車(きしや)で東京(とうきやう)へ歸(かへ)らうとしたのでありました。――此(この)列車(れつしや)は、米原(まいばら)で一體分身(いつたいぶんしん)して、分(わか)れて東西(とうざい)へ馳(はし)ります。
 其(それ)が大雪(おほゆき)のために進行(しんかう)が續(つゞ)けられなくなつて、晩方(ばんがた)武生驛(たけふえき)(越前(ゑちぜん))へ留(とま)つたのです。強(し)ひて一町場(ひとちやうば)ぐらゐは前進(ぜんしん)出來(でき)ない事(こと)はない。が、然(さ)うすると、深山(しんざん)の小驛(せうえき)ですから、旅舍(りよしや)にも食料(しよくれう)にも、乘客(じようかく)に對(たい)する設備(せつび)が不足(ふそく)で、危險(きけん)であるからとの事(こと)でありました。
 元來(ぐわんらい)――歸途(きと)に此(こ)の線(せん)をたよつて東海道(とうかいだう)へ大□(おほまは)りをしようとしたのは、……實(じつ)は途中(とちう)で決心(けつしん)が出來(でき)たら、武生(たけふ)へ降(お)りて許(ゆる)されない事(こと)ながら、そこから虎杖(いたどり)の里(さと)に、もとの蔦屋(つたや)(旅館(りよくわん))のお米(よね)さんを訪(たづ)ねようと言(い)ふ……見(み)る/\積(つも)る雪(ゆき)の中(なか)に、淡雪(あはゆき)の消(き)えるやうな、あだなのぞみがあつたのです。で其(そ)の望(のぞみ)を煽(あふ)るために、最(も)う福井(ふくゐ)あたりから酒(さけ)さへ飮(の)んだのでありますが、醉(よ)ひもしなければ、心(こゝろ)も定(きま)らないのでありました。
 唯(たゞ)一夜(や)、徒(いたづ)らに、思出(おもひで)の武生(たけふ)の町(まち)に宿(やど)つても構(かま)はない。が、宿(やど)りつゝ、其處(そこ)に虎杖(いたどり)の里(さと)を彼方(かなた)に視(み)て、心(こゝろ)も足(あし)も運(はこ)べない時(とき)の儚(はかな)さには尚(な)ほ堪(た)へられまい、と思(おも)ひなやんで居(ゐ)ますうちに――
 汽車(きしや)は着(つ)きました。
 目(め)をつむつて、耳(みゝ)を壓(おさ)へて、發車(はつしや)を待(ま)つのが、三分(ぷん)、五分(ふん)、十分(ぷん)十五分(ふん)――やゝ三十分(ぷん)過(す)ぎて、やがて、驛員(えきいん)に其(そ)の不通(ふつう)の通達(つうたつ)を聞(き)いた時(とき)は!
 雪(ゆき)が其(その)まゝの待女郎(まちぢよらう)に成(な)つて、手(て)を取(と)つて導(みちび)くやうで、まんじ巴(ともゑ)の中空(なかぞら)を渡(わた)る橋(はし)は、宛然(さながら)に玉(たま)の棧橋(かけはし)かと思(おも)はれました。
 人間(にんげん)は増長(ぞうちやう)します。――積雪(せきせつ)のために汽車(きしや)が留(とま)つて難儀(なんぎ)をすると言(い)へば――旅籠(はたご)は取(と)らないで、すぐにお米(よね)さんの許(もと)へ、然(さ)うだ、行(い)つて行(ゆ)けなさうな事(こと)はない、が、しかし……と、そんな事(こと)を思(おも)つて、早(は)や壁(かべ)も天井(てんじやう)も雪(ゆき)の空(そら)のやうに成(な)つた停車場(ステエシヨン)に、しばらく考(かんが)へて居(ゐ)ましたが、餘(あま)り不躾(ぶしつけ)だと己(おのれ)を制(せい)して、矢張(やつぱ)り一旦(いつたん)は宿(やど)に着(つ)く事(こと)にしましたのです。ですから、同列車(どうれつしや)の乘客(じようかく)の中(うち)で、停車場(ステエシヨン)を離(はな)れましたのは、多分(たぶん)私(わたし)が一番(いちばん)あとだつたらうと思(おも)ひます。
 大雪(おほゆき)です。
「雪(ゆき)やこんこ、
 霰(あられ)やこんこ。」
 大雪(おほゆき)です――が、停車場前(ステエシヨンまへ)の茶店(ちやみせ)では、まだ小兒(せうに)たちの、そんな聲(こゑ)が聞(きこ)えて居(ゐ)ました。其(そ)の時分(じぶん)は、山(やま)の根笹(ねざさ)を吹(ふ)くやうに、風(かぜ)もさら/\と鳴(な)りましたつけ。町(まち)へ入(はひ)るまでに日(ひ)もとつぷりと暮果(くれは)てますと、
「爺(ぢい)さイのウ婆(ばゞ)さイのウ、
 綿雪(わたゆき)小雪(こゆき)が降(ふ)るわいのウ、
 雨戸(あまど)も小窓(こまど)もしめさつし。」
 と寂(さび)しい侘(わび)しい唄(うた)の聲(こゑ)――雪(ゆき)も、小兒(こども)が爺婆(ぢいばあ)に化(ば)けました。――風(かぜ)も次第(しだい)に、ぐわう/\と樹(き)ながら山(やま)を搖(ゆす)りました。
 店屋(みせや)さへ最(も)う戸(と)が閉(しま)る。……旅籠屋(はたごや)も門(もん)を閉(とざ)しました。
 家名(いへな)も何(なに)も構(かま)はず、いま其家(そこ)も閉(し)めようとする一軒(けん)の旅籠屋(はたごや)へ駈込(かけこ)みましたのですから、場所(ばしよ)は町(まち)の目貫(めぬき)の向(むき)へは遠(とほ)いけれど、鎭守(ちんじゆ)の方(はう)へは近(ちか)かつたのです。
 座敷(ざしき)は二階(にかい)で、だゞつ廣(ぴろ)い、人氣(にんき)の少(すく)ないさみしい家(いへ)で、夕餉(ゆふげ)もさびしうございました。
 若狹鰈(わかさがれひ)――大(だい)すきですが、其(それ)が附木(つけぎ)のやうに凍(こほ)つて居(ゐ)ます――白子魚乾(しらすぼし)、切干大根(きりぼしだいこ)の酢(す)、椀(わん)はまた白子魚乾(しらすぼし)に、とろゝ昆布(こぶ)の吸(すひ)もの――しかし、何(なん)となく可懷(なつかし)くつて涙(なみだ)ぐまるゝやうでした、何故(なぜ)ですか。……
 酒(さけ)も呼(よ)んだが醉(よ)ひません。むかしの事(こと)を考(かんが)へると、病苦(びやうく)を救(すく)はれたお米(よね)さんに對(たい)して、生意氣(なまいき)らしく恥(はづ)かしい。
 兩手(りやうて)を炬燵(こたつ)にさして、俯向(うつむ)いて居(ゐ)ました、濡(ぬ)れるやうに涙(なみだ)が出(で)ます。
 さつと言(い)ふ吹雪(ふゞき)であります。さつと吹(ふ)くあとを、ぐわうーと鳴(な)る。……次第(しだい)に家(いへ)ごと搖(ゆす)るほどに成(な)りましたのに、何(なん)と言(い)ふ寂寞(さびしさ)だか、あの、ひつそりと障子(しやうじ)の鳴(な)る音(おと)。カタ/\カタ、白(しろ)い魔(ま)が忍(しの)んで來(く)る、雪入道(ゆきにふだう)が透見(すきみ)する。カタ/\/\カタ、さーツ、さーツ、ぐわう/\と吹(ふ)くなかに――見(み)る/\うちに障子(しやうじ)の棧(さん)がパツ/\と白(しろ)く成(な)ります、雨戸(あまど)の隙(すき)へ鳥(とり)の嘴程(くちばしほど)吹込(ふきこ)む雪(ゆき)です。
「大雪(おほゆき)の降(ふ)る夜(よ)など、町(まち)の路(みち)が絶(た)えますと、三日(みつか)も四日(よつか)も私(わたし)一人(ひとり)――」
 三年以前(ねんいぜん)に逢(あ)つた時(とき)、……お米(よね)さんが言(い)つたのです。
    ……………………
「路(みち)の絶(た)える。大雪(おほゆき)の夜(よ)。」
 お米(よね)さんが、あの虎杖(いたどり)の里(さと)の、此(こ)の吹雪(ふゞき)に……
「……唯(たゞ)一人(ひとり)。」――
 私(わたし)は決然(けつぜん)として、身(み)ごしらへをしたのであります。
「電報(でんぱう)を――」
 と言(い)つて、旅宿(りよしゆく)を出(で)ました。
 實(じつ)はなくなりました父(ちゝ)が、其(そ)の危篤(きとく)の時(とき)、東京(とうきやう)から歸(かへ)りますのに、(タダイマココマデキマシタ)と此(こ)の町(まち)から發信(はつしん)した……偶(ふ)とそれを口實(こうじつ)に――時間(じかん)は遲(おそ)くはありませんが、目口(めくち)もあかない、此(こ)の吹雪(ふゞき)に、何(なん)と言(い)つて外(そと)へ出(で)ようと、放火(つけび)か強盜(がうたう)、人殺(ひとごろし)に疑(うたが)はれはしまいかと危(あやぶ)むまでに、さんざん思(おも)ひ惑(まど)つたあとです。
 ころ柿(がき)のやうな髮(かみ)を結(ゆ)つた霜(しも)げた女中(ぢよちう)が、雜炊(ざふすゐ)でもするのでせう――土間(どま)で大釜(おほがま)の下(した)を焚(た)いて居(ゐ)ました。番頭(ばんとう)は帳場(ちやうば)に青(あを)い顏(かほ)をして居(ゐ)ました。が、無論(むろん)、自分(じぶん)たちが其(そ)の使(つかひ)に出(で)ようとは怪我(けが)にも言(い)はないのでありました。

        二

「何(ど)う成(な)るのだらう……とにかくこれは尋常事(たゞごと)ぢやない。」
 私(わたし)は幾度(いくたび)となく雪(ゆき)に轉(ころ)び、風(かぜ)に倒(たふ)れながら思(おも)つたのであります。
「天狗(てんぐ)の爲(な)す業(わざ)だ、――魔(ま)の業(わざ)だ。」
 何(なに)しろ可恐(おそろし)い大(おほき)な手(て)が、白(しろ)い指紋(しもん)の大渦(おほうづ)を卷(ま)いて居(ゐ)るのだと思(おも)ひました。
 いのちとりの吹雪(ふゞき)の中(なか)に――
 最後(さいご)に倒(たふ)れたのは一(ひと)つの雪(ゆき)の丘(をか)です。――然(さ)うは言(い)つても、小高(こだか)い場所(ばしよ)に雪(ゆき)が積(つも)つたのではありません、粉雪(こゆき)の吹溜(ふきだま)りがこんもりと積(つも)つたのを、哄(どつ)と吹(ふ)く風(かぜ)が根(ね)こそぎに其(そ)の吹(ふ)く方(はう)へ吹飛(ふきと)ばして運(はこ)ぶのであります。一(ひと)つ二(ふた)つの數(すう)ではない。波(なみ)の重(かさな)るやうな、幾(いく)つも幾(いく)つも、颯(さつ)と吹(ふ)いて、むら/\と位置(ゐち)を亂(みだ)して、八方(はつぱう)へ高(たか)く成(な)ります。
 私(わたし)は最(も)う、それまでに、幾度(いくたび)も其(そ)の渦(うづ)にくる/\と卷(ま)かれて、大(おほき)な水(みづ)の輪(わ)に、孑孑蟲(ぼうふらむし)が引(ひつ)くりかへるやうな形(かたち)で、取(と)つては投(な)げられ、掴(つか)んでは倒(たふ)され、捲(ま)き上(あ)げては倒(たふ)されました。
 私(わたし)は――白晝(はくちう)、北海(ほくかい)の荒波(あらなみ)の上(うへ)で起(おこ)る處(ところ)の此(こ)の吹雪(ふゞき)の渦(うづ)を見(み)た事(こと)があります。――一度(いちど)は、たとへば、敦賀灣(つるがわん)でありました――繪(ゑ)にかいた雨龍(あまりよう)のぐる/\と輪(わ)を卷(ま)いて、一條(ひとすぢ)、ゆつたりと尾(を)を下(した)に垂(た)れたやうな形(かたち)のものが、降(ふ)りしきり、吹煽(ふきあふ)つて空中(くうちう)に薄黒(うすぐろ)い列(れつ)を造(つく)ります。
 見(み)て居(ゐ)るうちに、其(そ)の一(ひと)つが、ぱつと消(き)えるかと思(おも)ふと、忽(たちま)ち、ぽつと、續(つゞ)いて同(おな)じ形(かたち)が顯(あらは)れます。消(き)えるのではない、幽(かすか)に見(み)える若狹(わかさ)の岬(みさき)へ矢(や)の如(ごと)く白(しろ)く成(な)つて飛(と)ぶのです。一(ひと)つ一(ひと)つが皆(み)な然(さ)うでした。――吹雪(ふゞき)の渦(うづ)は湧(わ)いては飛(と)び、湧(わ)いては飛(と)びます。
 私(わたし)の耳(みゝ)を打(う)ち、鼻(はな)を捩(ね)ぢつゝ、いま、其(そ)の渦(うづ)が乘(の)つては飛(と)び、掠(かす)めては走(はし)るんです。
 大波(おほなみ)に漂(たゞよ)ふ小舟(こぶね)は、宙天(ちうてん)に搖上(ゆすりあげ)らるゝ時(とき)は、唯(たゞ)波(なみ)ばかり、白(しろ)き黒(くろ)き雲(くも)の一片(いつぺん)をも見(み)ず、奈落(ならく)に揉落(もみおと)さるゝ時(とき)は、海底(かいてい)の巖(いは)の根(ね)なる藻(も)の、紅(あか)き碧(あを)きをさへ見(み)ると言(い)ひます。
 風(かぜ)の一息(ひといき)死(し)ぬ、眞空(しんくう)の一瞬時(いつしゆんじ)には、町(まち)も、屋根(やね)も、軒下(のきした)の流(ながれ)も、其(そ)の屋根(やね)を壓(あつ)して果(はて)しなく十重(とへ)二十重(はたへ)に高(たか)く聳(た)ち、遙(はるか)に連(つらな)る雪(ゆき)の山脈(さんみやく)も、旅籠(はたご)の炬燵(こたつ)も、釜(かま)も、釜(かま)の下(した)なる火(ひ)も、果(はて)は虎杖(いたどり)の家(いへ)、お米(よね)さんの薄色(うすいろ)の袖(そで)、紫陽花(あぢさゐ)、紫(むらさき)の花(はな)も……お米(よね)さんの素足(すあし)さへ、きつぱりと見(み)えました。が、脈(みやく)を打(う)つて吹雪(ふゞき)が來(く)ると、呼吸(こきふ)は咽(むせ)んで、目(め)は盲(めしひ)のやうに成(な)るのでありました。
 最早(もはや)、最後(さいご)かと思(おも)ふ時(とき)に、鎭守(ちんじゆ)の社(やしろ)が目(め)の前(まへ)にあることに心着(こゝろづ)いたのであります。同時(どうじ)に峰(みね)の尖(とが)つたやうな眞白(まつしろ)な杉(すぎ)の大木(たいぼく)を見(み)ました。
 雪難之碑(せつなんのひ)のある處(ところ)――
 天狗(てんぐ)――魔(ま)の手(て)など意識(いしき)しましたのは、其(そ)の樹(き)のせゐかも知(し)れません。たゞし此(これ)に目標(めじるし)が出來(でき)たためか、背(せ)に根(ね)が生(は)えたやうに成(な)つて、倒(たふ)れて居(ゐ)る雪(ゆき)の丘(をか)の飛移(とびうつ)るやうな思(おも)ひはなくなりました。
 洵(まこと)は、兩側(りやうがは)にまだ家(いへ)のありました頃(ころ)は、――中(なか)に旅籠(はたご)も交(まじ)つて居(ゐ)ます――一面識(いちめんしき)はなくつても、同(おな)じ汽車(きしや)に乘(の)つた人(ひと)たちが、疎(まばら)にも、それ/″\の二階(にかい)に籠(こも)つて居(ゐ)るらしい、其(そ)れこそ親友(しんいう)が附添(つきそ)つて居(ゐ)るやうに、氣丈夫(きぢやうぶ)に頼母(たのも)しかつたのであります。尤(もつと)も其(それ)を心(こゝろ)あてに、頼(たの)む。――助(たす)けて――助(たす)けて――と幾度(いくたび)か呼(よ)びました。けれども、窓(まど)一(ひと)つ、ちらりと燈火(ともしび)の影(かげ)の漏(も)れて答(こた)ふる光(ひかり)もありませんでした。聞(きこ)える筈(はず)もありますまい。
 いまは、唯(たゞ)お米(よね)さんと、間(あひだ)に千尺(せんじやく)の雪(ゆき)を隔(へだ)つるのみで、一人(ひとり)死(し)を待(ま)つ、……寧(むし)ろ目(め)を瞑(ねむ)るばかりに成(な)りました。
 時(とき)に不思議(ふしぎ)なものを見(み)ました――底(そこひ)なき雪(ゆき)の大空(おほぞら)の、尚(な)ほ其(そ)の上(うへ)を、プスリと鑿(のみ)で穿(うが)つて其(そ)の穴(あな)から落(お)ちこぼれる……大(おほ)きさは然(さ)うです……蝋燭(らふそく)の灯(ひ)の少(すこ)し大(おほき)いほどな眞蒼(まつさを)な光(ひかり)が、ちら/\と雪(ゆき)を染(そ)め、染(そ)めて、ちら/\と染(そ)めながら、ツツと輝(かゞや)いて、其(そ)の古杉(ふるすぎ)の梢(こずゑ)に來(き)て留(とま)りました。其(そ)の青(あを)い火(ひ)は、しかし私(わたし)の魂(たましひ)が最(も)う藻脱(もぬ)けて、虚空(こくう)へ飛(と)んで、倒(さかさま)に下(した)の亡骸(なきがら)を覗(のぞ)いたのかも知(し)れません。
 が、其(そ)の影(かげ)が映(さ)すと、半(なか)ば埋(うも)れた私(わたし)の身體(からだ)は、ぱつと紫陽花(あぢさゐ)に包(つゝ)まれたやうに、青(あを)く、藍(あゐ)に、群青(ぐんじやう)に成(な)りました。
 此(こ)の山(やま)の上(うへ)なる峠(たうげ)の茶屋(ちやや)を思(おも)ひ出(だ)す――極暑(ごくしよ)、病氣(びやうき)のため、俥(くるま)で越(こ)えて、故郷(こきやう)へ歸(かへ)る道(みち)すがら、其(そ)の茶屋(ちやや)で休(やす)んだ時(とき)の事(こと)です。門(もん)も背戸(せど)も紫陽花(あぢさゐ)で包(つゝ)まれて居(ゐ)ました。――私(わたし)の顏(かほ)の色(いろ)も同(おな)じだつたらうと思(おも)ふ、手(て)も青(あを)い。
 何(なに)より、嫌(いや)な、可恐(おそろし)い雷(かみなり)が鳴(な)つたのです。たゞさへ破(わ)れようとする心臟(しんぞう)に、動悸(どうき)は、破障子(やれしやうじ)の煽(あふ)るやうで、震(ふる)へる手(て)に飮(の)む水(みづ)の、水(みづ)より前(さき)に無數(むすう)の蚊(か)が、目(め)、口(くち)、鼻(はな)へ飛込(とびこ)んだのであります。
 其(そ)の時(とき)の苦(くる)しさ。――今(いま)も。

        三

 白(しろ)い梢(こずゑ)の青(あを)い火(ひ)は、また中空(なかぞら)の渦(うづ)を映(うつ)し出(だ)す――とぐろを卷(ま)き、尾(を)を垂(た)れて、海原(うなばら)のそれと同(おな)じです。いや、それよりも、峠(たうげ)で屋根(やね)に近(ちか)かつた、あの可恐(おそろし)い雲(くも)の峰(みね)に宛然(そつくり)であります。
 此(こ)の上(うへ)、雷(かみなり)。
 大雷(おほかみなり)は雪國(ゆきぐに)の、こんな時(とき)に起(おこ)ります。
 死力(しりよく)を籠(こ)めて、起上(おきあが)らうとすると、其(そ)の渦(うづ)が、風(かぜ)で、ぐわうと卷(ま)いて、捲(ま)きながら亂(みだ)るゝと見(み)れば、計知(はかりし)られぬ高(たか)さから颯(さつ)と大瀧(おほだき)を搖落(ゆりおと)すやうに、泡沫(あわ)とも、しぶきとも、粉(こな)とも、灰(はひ)とも、針(はり)とも分(わ)かず、降埋(ふりうづ)める。
「あつ。」
 私(わたし)は又(また)倒(たふ)れました。
 怪火(あやしび)に映(うつ)る、其(そ)の大瀧(おほだき)の雪(ゆき)は、目(め)の前(まへ)なる、ヅツンと重(おも)い、大(おほき)な山(やま)の頂(いたゞき)から一雪崩(ひとなだ)れに落(お)ちて來(く)るやうにも見(み)えました。
 引挫(ひつし)がれた。
 苦痛(くつう)の顏(かほ)の、醜(みにく)さを隱(かく)さうと、裏(うら)も表(おもて)も同(おな)じ雪(ゆき)の、厚(あつ)く、重(おも)い、外套(ぐわいたう)の袖(そで)を被(かぶ)ると、また青(あを)い火(ひ)の影(かげ)に、紫陽花(あぢさゐ)の花(はな)に包(つゝ)まれますやうで、且(か)つ白羽二重(しろはぶたへ)の裏(うら)に薄萌黄(うすもえぎ)がすツと透(とほ)るやうでした。
 ウオヽヽヽ!
 俄然(がぜん)として耳(みゝ)を噛(か)んだのは、凄(すご)く可恐(おそろし)い、且(か)つ力(ちから)ある犬(いぬ)の聲(こゑ)でありました。
 ウオヽヽヽ!
 虎(とら)の嘯(うそぶ)くとよりは、龍(りう)の吟(ぎん)ずるが如(ごと)き、凄烈(せいれつ)悲壯(ひそう)な聲(こゑ)であります。
 ウオヽヽヽ!
 三聲(みこゑ)を續(つゞ)けて鳴(な)いたと思(おも)ふと……雪(ゆき)をかついだ、太(ふと)く逞(たくま)しい、しかし痩(や)せた、一頭(いつとう)の和犬(わけん)、むく犬(いぬ)の、耳(みゝ)の青竹(あをだけ)をそいだやうに立(た)つたのが、吹雪(ふゞき)の瀧(たき)を、上(うへ)の峰(みね)から、一直線(いつちよくせん)に飛下(とびお)りた如(ごと)く思(おも)はれます。忽(たちま)ち私(わたし)の傍(そば)を近々(ちか/″\)と横(よこ)ぎつて、左右(さいう)に雪(ゆき)の白泡(しらあわ)を、ざつと蹴立(けた)てて、恰(あたか)も水雷艇(すゐらいてい)の荒浪(あらなみ)を切(き)るが如(ごと)く猛然(まうぜん)として進(すゝ)みます。
 あと、ものの一町(いつちやう)ばかりは、眞白(まつしろ)な一條(いちでう)の路(みち)が開(ひら)けました。――雪(ゆき)の渦(うづ)が十(と)ヲばかりぐる/\と續(つゞ)いて行(ゆ)く。……
 此(これ)を反對(はんたい)にすると、虎杖(いたどり)の方(はう)へ行(ゆ)くのであります。
 犬(いぬ)の其(そ)の進(すゝ)む方(はう)は、まるで違(ちが)つた道(みち)でありました。が、私(わたし)は夢中(むちう)で、其(そ)のあとに續(つゞ)いたのであります。
 路(みち)は一面(いちめん)、渺々(べう/\)と白(しろ)い野原(のはら)に成(な)りました。
 が、大犬(おほいぬ)の勢(いきほひ)は衰(おとろ)へません。――勿論(もちろん)、行(ゆ)くあとに/\道(みち)が開(ひら)けます。渦(うづ)が續(つゞ)いて行(ゆ)く……
 野(の)の中空(なかぞら)を、雪(ゆき)の翼(つばさ)を縫(ぬ)つて、あの青(あを)い火(ひ)が、蜿々(うね/\)と螢(ほたる)のやうに飛(と)んで來(き)ました。
 眞正面(まつしやうめん)に、凹字形(あふじけい)の大(おほき)な建(たて)ものが、眞白(まつしろ)な大軍艦(だいぐんかん)のやうに朦朧(もうろう)として顯(あらは)れました。と見(み)ると、怪(あや)し火(び)は、何(なん)と、ツツツと尾(を)を曳(ひ)きつゝ。先(さき)へ斜(なゝめ)に飛(と)んで、其(そ)の大屋根(おほやね)の高(たか)い棟(むね)なる避雷針(ひらいしん)の尖端(とつたん)に、ぱつと留(とま)つて、ちら/\と青(あを)く輝(かゞや)きます。
 ウオヽヽヽヽ
 鐵(てつ)づくりの門(もん)の柱(はしら)の、やがて平地(へいち)と同(おな)じに埋(うづ)まつた眞中(まんなか)を、犬(いぬ)は山(やま)を乘(の)るやうに入(はひ)ります。私(わたし)は坂(さか)を越(こ)すやうに續(つゞ)きました。
 ドンと鳴(な)つて、犬(いぬ)の頭突(づつ)きに、扉(とびら)が開(あ)いた。
 餘(あま)りの嬉(うれ)しさに、雪(ゆき)に一度(いちど)手(て)を支(つか)へて、鎭守(ちんじゆ)の方(はう)を遙拜(えうはい)しつゝ、建(たて)ものの、戸(と)を入(はひ)りました。
 學校(がくかう)――中學校(ちうがくかう)です。
 唯(ト)、犬(いぬ)は廊下(らうか)を、何處(どこ)へ行(い)つたか分(わか)りません。
 途端(とたん)に……
 ざつ/\と、あの續(つゞ)いた渦(うづ)が、一(ひと)ツづゝ數萬(すうまん)の蛾(が)の群(むらが)つたやうな、一人(ひとり)の人(ひと)の形(かたち)になつて、縱隊一列(じうたいいちれつ)に入(はひ)つて來(き)ました。雪(ゆき)で束(つか)ねたやうですが、いづれも演習行軍(えんしふかうぐん)の裝(よそほひ)して、眞先(まつさき)なのは刀(たう)を取(と)つて、ぴたりと胸(むね)にあてて居(ゐ)る。それが長靴(ながぐつ)を高(たか)く踏(ふ)んでづかりと入(はひ)る。あとから、背嚢(はいなう)、荷銃(になひづつ)したのを、一隊(いつたい)十七人(にん)まで數(かぞ)へました。
 うろつく者(もの)には、傍目(わきめ)も觸(ふ)らず、肅然(しゆくぜん)として廊下(らうか)を長(なが)く打(う)つて、通(とほ)つて、廣(ひろ)い講堂(かうだう)が、青白(あをじろ)く映(うつ)つて開(ひら)く、其處(そこ)へ堂々(だう/\)と入(はひ)つたのです。
「休(やす)め――」
 ……と聲(こえ)する。
 私(わたし)は雪籠(ゆきごも)りの許(ゆるし)を受(う)けようとして、たど/\と近(ちか)づきましたが、扉(とびら)のしまつた中(なか)の樣子(やうす)を、硝子窓越(がらすまどごし)に、ふと見(み)て茫然(ばうぜん)と立(た)ちました。
 眞中(まんなか)の卓子(テエブル)を圍(かこ)んで、入亂(いりみだ)れつゝ椅子(いす)に掛(か)けて、背嚢(はいなう)も解(と)かず、銃(じう)を引(ひき)つけたまゝ、大皿(おほざら)に裝(よそ)つた、握飯(にぎりめし)、赤飯(せきはん)、煮染(にしめ)をてん/″\に取(と)つて居(ゐ)ます。
 頭(かしら)を振(ふ)り、足(あし)ぶみをするのなぞ見(み)えますけれども、聲(こゑ)は籠(こも)つて聞(きこ)えません。
 ――わあ――
 と罵(のゝし)るか、笑(わら)ふか、一(ひと)つ大聲(おほごゑ)が響(ひゞ)いたと思(おも)ふと、あの長靴(ながぐつ)なのが、つか/\と進(すゝ)んで、半月形(はんげつがた)の講壇(かうだん)に上(のぼ)つて、ツと身(み)を一方(いつぱう)に開(ひら)くと、一人(ひとり)、眞(まつ)すぐに進(すゝ)んで、正面(しやうめん)の黒板(こくばん)へ白墨(チヨオク)を手(て)にして、何事(なにごと)をか記(しる)すのです、――勿論(もちろん)、武裝(ぶさう)のまゝでありました。
 何(なん)にも、黒板(こくばん)へ顯(あらは)れません。
 續(つゞ)いて一人(ひとり)、また同(おな)じ事(こと)をしました。
 が、何(なん)にも黒板(こくばん)へ顯(あらは)れません。
 十六人(にん)が十六人(にん)、同(おな)じやうなことをした。最後(さいご)に、肩(かた)と頭(かしら)と一團(いちだん)に成(な)つたと思(おも)ふと――其(そ)の隊長(たいちやう)と思(おも)ふのが、衝(つゝ)と面(おもて)を背(そむ)けました時(とき)――苛(いら)つやうに、自棄(やけ)のやうに、てん/″\に、一齊(いちどき)に白墨(チヨオク)を投(な)げました。雪(ゆき)が群(むらが)つて散(ち)るやうです。
「氣(き)をつけ。」
 つゝと鷲(わし)が片翼(かたつばさ)を長(なが)く開(ひら)いたやうに、壇(だん)をかけて列(れつ)が整(とゝの)ふ。
「右(みぎ)向(む)け、右(みぎ)――前(まへ)へ!」
 入口(いりくち)が背後(はいご)にあるか、……吸(す)はるゝやうに消(き)えました。
 と思(おも)ふと、忽然(こつねん)として、顯(あらは)れて、むくと躍(をど)つて、卓子(テエブル)の眞中(まんなか)へ高(たか)く乘(の)つた。雪(ゆき)を拂(はら)へば咽喉(のど)白(しろ)くして、茶(ちや)の斑(まだら)なる、畑將軍(はたしやうぐん)の宛然(さながら)犬獅子(けんじし)……
 ウオヽヽヽ!
 肩(かた)を聳(そばだ)て、前脚(まへあし)をスクと立(た)てて、耳(みゝ)が其(そ)の圓天井(まるてんじやう)へ屆(とゞ)くかとして、嚇(くわつ)と大口(おほぐち)を開(あ)けて、まがみは遠(とほ)く黒板(こくばん)に呼吸(いき)を吐(は)いた――
 黒板(こくばん)は一面(いちめん)眞白(まつしろ)な雪(ゆき)に變(かは)りました。
 此(こ)の猛犬(まうけん)は、――土地(とち)ではまだ、深山(みやま)にかくれて活(い)きて居(ゐ)る事(こと)を信(しん)ぜられて居(ゐ)ます――雪中行軍(せつちうかうぐん)に擬(ぎ)して、中(なか)の河内(かはち)を柳(やな)ヶ瀬(せ)へ拔(ぬ)けようとした冒險(ばうけん)に、教授(けうじゆ)が二人(ふたり)、某中學生(それのちうがくせい)が十五人(にん)、無慙(むざん)にも凍死(とうし)をしたのでした。――七年前(ねんぜん)――
 雪難之碑(せつなんのひ)は其(そ)の記念(きねん)ださうであります。
 ――其(そ)の時(とき)、豫(かね)て校庭(かうてい)に養(やしな)はれて、嚮導(きやうだう)に立(た)つた犬(いぬ)の、恥(は)ぢて自(みづか)ら殺(ころ)したとも言(い)ひ、然(しか)らずと言(い)ふのが――こゝに顯(あらは)れたのでありました。
 一行(いつかう)が遭難(さうなん)の日(ひ)は、學校(がくかう)に例(れい)として、食饌(しよくせん)を備(そな)へるさうです。丁度(ちやうど)其(そ)の夜(よ)に當(あた)つたのです。が、同(おな)じ月(つき)、同(おな)じ夜(よ)の其(そ)の命日(めいにち)は、月(つき)が晴(は)れても、附近(ふきん)の町(まち)は、宵(よひ)から戸(と)を閉(と)ぢるさうです、眞白(まつしろ)な十七人(にん)が縱横(じうわう)に町(まち)を通(とほ)るからだと言(い)ひます――後(あと)で此(これ)を聞(き)きました。
 私(わたし)は眠(ねむ)るやうに、學校(がくかう)の廊下(らうか)に倒(たふ)れて居(ゐ)ました。
 翌早朝(よくさうてう)、小使部屋(こづかひべや)の爐(ゐろり)の焚火(たきび)に救(すく)はれて蘇生(よみがへ)つたのであります。が、いづれにも、然(しか)も、中(なか)にも恐縮(きようしゆく)をしましたのは、汽車(きしや)の厄(やく)に逢(あ)つた一人(にん)として、驛員(えきゐん)、殊(こと)に驛長(えきちやう)さんの御立會(おたちあひ)に成(な)つた事(こと)でありました。




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