話の種
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著者名:寺田寅彦 

         一

      給仕人は電気

 今春米国モンタナの工科大学で卒業生のために祝宴を開いた時、ボーイの代りに電気を使って御馳走した。一列に並べた食卓の真中に二条のレールを据え付け、この上を御馳走を満載した可愛らしい電車が徐々(そろそろ)と進行する。卓の両側に陣取った御客様の前に来るごとに、宜しく召上がれと停車する。この給仕車の進退を食卓の片隅でやっていた主人役は、その学校の教授某先生であったという話である。

      磁石に感ぜぬ鉄の合金

 一に一を加えて二になるのは当り前だが、白い物と白い物を合せれば必ずしも白くなると限らぬ。合金などの性質も一般にその組成金属の性質から推して知られぬ妙な事がある。例えば普通金属中で最も磁石に感じやすいものは鉄とニッケルだが、不思議な事には鉄を七十七、ニッケルを二十三の割合に交ぜて作った合金は常温ではほとんど磁石に感じない。ハイカラ同志が結婚して急に世帯染みたという訳でもあるまいが、とにかくこの不思議な合金を航海の方に応用する事になった。一体近来の汽船には鉄を多量に使用するため、ややもすれば船体の鉄材が船の生命――羅針盤の磁石に感じて多少の誤差を起させる。さればと云って鉄の代りに他の金属を用いては高くなる。これには前述の二十三プロセントニッケル鋼を羅針盤の近傍必要の箇所に使ったらよいというので、目下ブレメンで新造中の船にはこれを採用するはずになっている。
(明治四十年九月三日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二

      罪人を発見する器械

 近頃サイコメーターすなわち測心器とでも名づくべき器械を作った人がある。その人の説によると、人体に適度な弱い電流を通し、これを鋭敏な電流計に接続しておくと、その人の心の状態によって電流の強さが変り電流計に感じる。非常に驚いたり、また恐れたり、著しい心の劇動があると、そのために筋肉や血行に急変を起し、即座に電流が変るから電流計の鏡が著しく動く。この事を利用して重罪嫌疑者の審問に使おうというのがいわゆる測心器の目的であるそうな。先ず嫌疑者の両の手に器械の電極をシッカリ握らせておいて、色々の問を掛ける、そのうちにギックリ胸にこたえる事があると器械の鏡から反射する光線がピクリと動く。いくら平気を粧うて胡麻化そうとしても駄目だという事である。この器械がいよいよ成効するかどうかは未だ判らぬが、とにかく面白い発明である。も少し早くこの器械が出来ていてそして男三郎(おさぶろう)の審問などに使ったら面白かったろうに。

      電気療法のさまざま

 強い電光で皮膚病、殊に狼瘡(ろうそう)などを治すいわゆるフィンゼン療法は数年前から行われている。またエッキス線で照らして皮膚や血液の病を癒(いや)す事も往々あるが、しかしこの線のために癌腫(がんしゅ)を生じた例があるから注意を要するとの事。次に電気浴の新しいやり方は盥(たらい)四つに四肢を別々に入れ電気を通すので心臓病や痛風などに好いという。また強い電光に全身を浴するとトルコ風呂よりも薬になるそうである。次にちょっと耳新しいのはロシアの某医師が患者の咽喉の中へ紫色の電灯を点じて喉頭の病を治した事である。その他、中耳や眼の治療にも電灯を用いる事があるそうな。次には痛みなしに歯を抜くためテスラ電流を用いる事。このテスラ電流というのは非常に高圧なそして非常に頻繁な交番電流であるが、これを局部に通すと一時そこが麻痺してしまう、その間に手早く引抜いてしまうという趣向で、この法は他の外科手術にも応用される事と思う。次には電気按摩器械、これは以前から我邦(わがくに)へも渡っている。槌(つち)のような形をした物の中に小さい電動器(モートル)があってこれが回転すると槌がブルブルふるえる、そこで槌の頭を肩なり腰なり、すきな処へ当てれば、好い工合に按摩が出来るという仕掛けである。
(明治四十年九月四日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三

      火災と電気

 灯用としての瓦斯(ガス)と電気と、どちらが火事を起しやすいかという事は議論の種になっているが、近頃新しい統計によると、電気から起るのが〇・一五ないし〇・二〇プロセント、瓦斯から起る方が〇・二三ないし〇・四〇プロセントだという。すなわち瓦斯の方が少し悪い事になっている。

      航海と無線電信

 遠洋航海の途中で船の位地を知るために、正確な時計を要するは誰も知る通り。しかるに長い航海の間にはどんな良い時計(クロノメーター)でも多少の誤差を生ずるのは免れ難い。この不都合をなくするには陸上の天文台で定めた正確な時刻を無線電信で海上の船に毎朝報じ時計の誤りを正すようにすればよいというので、今度カナダ政府ではこれを実行する事になったそうな。

      肉類の中の結核

 獣肉中に結核の有無を見るには従来ただこれを切開して吟味するより外に手段はなかったが、近頃ある人がX光線で透して見てすぐに病所の有無を知る事を発見した。

      カナリヤの雛

 近頃英国で、ある学者が二軒の小鳥屋についてカナリヤが生む雛鳥(ひなどり)の雌雄の数を調べてみた処、甲の家では雌百に対し雄が七十七であったが、これに反して乙の鳥屋では雌百に対する雄が三百五十三の大多数を占めていた。そこで甲の家のカナリヤを一番(ひとつがい)選んで乙の家に移し、その後に孵化した雛について、雌雄の割合如何と調べてみると、面白い事には乙の家に来て以後は雄を多く生むようになった。これから考えると、生れる雛の雌雄いずれが多いかという事はその親鳥の食餌(えさ)や鳥屋の温度その他の周囲の状況できまるものだという事が分る。もし他の諸動物についても同様の事があるかないか調べてみたら面白いだろう。

      指頭の渦紋

 人間の指の渦紋の形は生れ落ちてから死ぬるまで変らないもの故、人間の見覚えをするには最もよい目印しである。それで現に罪人などの指形を紙に写しておいて再犯の時の参考にする事がある。これならば額のほくろや瘤(こぶ)などよりは確かな事は勿論であろう。そこで十本の指の紋がことごとく符合するようなものが二人以上あるだろうかと云うに、ある数学者の計算した結果によればザット六十四万億以上の人間を集めなければ同じ指の人は二人とはあるまいという事である。世界の人口悉皆(しっかい)でもわずかに二十億に足らずだから、先ず同じ人はないと見てよかろう。今に指形を印に親子の再会などという新聞種が出来るかも知れぬ。
(明治四十年九月七日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四

      脳髄の重さ

 仏国の某学者が、種々の動物について、その全体量と脳髄の重量との比例を調べてみた。その結果によれば、比較的重い脳をもっているものは人間の外に手長猿、鸚鵡(おうむ)、はつか鼠、駒鳥などで、これらのものの脳は体量の二十分の一ないし百分の一くらいの目方である。百分の一近辺のものは猩々(しょうじょう)、鹿、猫など、それから下って百分の一より千分の一の間にあるのが麒麟(きりん)、象、羚羊(かもしか)、獅子、袋鼠、鷲、白鳥、雉(きじ)、鼠、蛙、鯉など、なお一層下って千分の一より一万分の一の間には海馬(セイウチ)、鯨、鰐(わに)、海鰻(あなご)、章魚(たこ)などがひかえている。それで現世界における動物の脳の目方は体量の二十分の一以下万分の一の間にあるものと思えばよい。尤も畸形児などでは大きな頭のもあるがそういうのは別である。右の結果で鸚鵡が比較的重い脳をもっている事や、象などが鼠や蛙と相伍しているのはちょっと面白い。

      野獣の写真

 動物園で色々の野獣の形状だけは見る事が出来ても、その天然の棲所(すみか)でどんな挙動をしているかという事は分らぬ。殊に人目を嫌って逃げるものや、夜間のみ出あるく獣の天真の態度はなおさら知り難い。が、近頃自働的写真器械を森や藪に仕掛けて野獣自身に写真を撮らせた人がある。これには写真器械から小さい糸を前方に張り、獣がこれに触るると同時に器械のシャッターが開いて種板に写る仕掛けがしてある。また夜間ならば糸に触れると点火器の引金が落ち、マグネシウムがパッと燃え上がって、動物は驚いて遁(に)げる間のない中(うち)にカメラに写される。こうして撮った写真を現像する時には、どんな獣が写っているか予(あらかじ)め分っていぬだけ非常に楽しみなものだそうな。

      談話に費やす労力

 人間が談話をしたり、歌ったり、演説したりする時には、肺の中の空気を若干の圧力で押し出しているが、このために要する器械的の仕事はどれだけであるか、平たく云えば一時間しゃべるにはどれだけの労力をするかという事を測定した人がある。この結果に拠れば、広い室で演説する場合ならば、一時間につき一四四ないし二八八キログラムメートルの仕事をする。もう少し分りやすく換算すれば、一秒ごとに三十五匁ないし七十匁くらいのものを一尺くらい持ち上げるのとほとんど同じくらいである。普通の対話ならばこの五分の一くらいなものだという。但し演壇をあちこち歩き廻ったり、拳固(げんこ)を振りまわす労力はこの外であるのは勿論の事だ。
(明治四十年九月十五日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五

      土を食う人間

 各種の土や灰を食う人間はあまり珍しくない。我邦でも昔から壁土や土器(かわらけ)をかじる子供があるが、他人種でもやはり胃病やヒステリーあるいは悪阻(つわり)のために土を食いたがる者が往々あるそうである。南アメリカの一部では土人のみか白人までも病的に土を嗜(たしな)み、子供などは夜中に壁の泥や漆喰(しっくい)を剥がして食うから、それを制するため仮面を着せて寝かせるそうである。以上は病的な例であるが、また一方では一種の風味のために食用にする事がある。昔ローマ人は穀物に混じてプテオリという土地から出る白堊(はくあ)を食ったという。ボルネオ辺では菓子に粘土を使う。ボリビアでは馬鈴薯(じゃがいも)に粘土のソースをかけて食う。ペルシアでも塩気のある土を食う。それからセネガル地方では米に土を交ぜて食うが、これは単に腹を膨(ふく)らせるためで味がよいためではないらしい。インドでは饑饉の時灰や土を木の皮に交ぜて間に合わせる事がある。また医薬として土を用いた例はアルメニアやスペインにもある。それから魔法を使うために土を呑む事もあるそうである。土を食う分量はもとより一定せぬが、オットマック土人は一日に半ポンドも食うという。食い方は生で食うのも焼いて食うのもあり、また粉のままで食う事もあれば、人の形、動物の形あるいは皿のような形にこねてかじる事もあるという話である。

      航海の未来

 近頃英国の製鉄所で所長のサー・ヒュー・ベル氏が愉快な未来記めいた演説をやった。すなわち遠からざる将来において、船には蒸気機関のような重い場ふさげなものは入(い)らなくなり、ナイアガラ辺で起した強大な電力を無線電信で洋上の船に送り、軽少な器械で巨船を動かすような事になるだろう。今日こんな話はあまりに夢のように聞えるかも知れぬが、過去百年間の歴史に鑑(かんが)みればそのくらいな事は出来るはずだと云ったと聞き及ぶ。
(明治四十年九月十七日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         六

      結核の初期診断法

 一時有名であったコッホのツベルクリンは、その後ただ結核病の診断にのみ用いられていた。すなわち結核の疑いある患者にこれを注射すると、もしそうであれば発熱などの反応を起すからわかるというのであった。しかるに今度仏国のカルメットという人の発表した所に拠ると、酒精(アルコール)で沈澱させたツベルクリンの一プロセント溶液を眼に点ずると、健康体ならば何の異状も起らぬが、少しでも結核のあるものならば、二十四時間内に充血して紅くなるという事である。千人近くの患者について試験をしてこの事を確かめたが、ある場合殊に小児などでは、他の方法でどうしても知れなかった結核の存在をこの法で見付けたと称している。
(明治四十年九月二十六日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         七

      アフリカの杜鵑(ほととぎす)

 アフリカに、杜鵑の一種で俗名を「蜂蜜の案内者」と称する鳥が居る。蜜蜂の巣の所在を人に知らせるからこういう名が付いているのだそうな。しかるに近頃ある動物学者が調べた処によれば、この鳥は普通の杜鵑のように、他の鳥の巣へ自分の卵を産んで孵化させるのみならず、一層性の悪い事をする。すなわち巣の中にある他鳥の卵、云わば我子の乳兄弟を嘴(くちばし)で突き破って殺してしまうそうである。それが万一僥倖(ぎょうこう)に助かって孵化しても、親に似て性の悪い杜鵑の雛鳥に鋭い嘴で啄(つつ)き出されてしまうという。

      家の貧富と子供の体格

 近頃スコットランドの文部省でグラスゴー府の小学児童の体格検査をした結果を発表した。この報告によれば親が貧しくてただ一室だけに住まっているものは、体量も身長も最劣等であるが、二室持っている者の子はこれよりは少し良く、三室、四室と増すに従ってだんだん良くなる。例えば男児だけについて見ても、二室のものの子は四室の者の子に比べて平均十一ボンド七分軽く、四・七インチ丈が低い。女の児の方はこれよりも一層この差が大きいようである。つまり貧家の子供は自然に栄養その他の欠乏から体格が悪くなるのだろう。
(明治四十年九月二十八日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         八

      煙の中で呼吸する器械 

 仏国のチソーという人が、煙や硫気その他の毒瓦斯(どくガス)の中で仕事をする人のために呼吸器を作って発表した。背嚢(はいのう)のような箱から管が二本出て口と鼻とに連絡し、巧みに弁の作用で、一方から新しい空気を送り、他方に呼気(いき)を出すようになっている。いったん吸うて出した汚れた空気は、背嚢に帰って苛性加里(かせいカリ)で清浄にされ、再び用いられる。なお不足な空気は箱の一部に圧搾した酸素が必要に応じて少しずつ補われる仕掛けになっている。この器を用うれば五時間くらい毒瓦斯の中で働いても差支えがないという事である。
(明治四十年九月二十九日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         九

      心臓の鼓動

 犢(こうし)から取った血清を水に浸しておくとその中の塩分がだんだんに脱けて来る。遂に〇・六プロセントくらいになったのを蛙あるいは亀の心臓に注入すると、その心臓の鼓動が全く止まって一時間くらいは動かないでいる。この鼓動の休止中何か他から刺戟を与えると、一回あるいは数回強く鼓動してまた静止する。これらの試験の結果から考えると心臓の鼓動するのは塩のごとき化学的の刺戟物が心臓の神経に作用するためで、この種の刺戟がなければ自ずから鼓動する事は出来ぬだろうという。これはある学者の新説である。
(明治四十年九月三十日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十

      新奇な風見鴉(かざみがらす)

 これは倶楽部(クラブ)あるいは宿屋の室内に粧飾用を兼ねて据え置き、時々刻々の風の方向を知らせる器械である。一見置時計のような形をしているが、その前面の円盤には羅針盤と同じように方角を誌(しる)し、その周囲には小さい豆電灯が一列に輪をなして並んでいる。もし北風ならば盤の北と誌した針のさきのランプが光っている。南ならば南、西北なら西北といつでも風向に応じて盤の豆ランプが点(とも)るのである。内部の仕掛けは簡単なものでただ屋根の上に備えた風見鴉から針金を引き電池一個を接続すればよい。店先きに備え付けて人寄せの広告などに使ったら妙だろう。
(明治四十年十月一日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十一

      磁力起重機

 強い電磁石を使って重い鉄片などを吸い付けて吊し上げ、汽車や汽船の荷上げや荷積みをする器械が近来処々(しょしょ)で用いられる。今度米国の某鉄道会社で試験した結果によれば、人夫が六人掛かりで半日にやっとする仕事を、この器械でやれば四人でわずか一時間に片付けてしまうそうである。

      米国の電話

 北米合衆国の電話に関する最近の統計を見ると、国柄だけに盛んな勢いを示している。千九百〇三年におけると三年後の千九百〇六年すなわち昨年の暮におけると、電話機の数も電線の延長もザット倍になっている。すなわち個数の三百八十万弱が七百十万余になり、電線の三百万マイル足らずが六百万余になっている。加入者の数は全人口に割り当てると二十八人に一人となる。一日中の通話の回数が驚くなかれ千六百九十四万とある。
(明治四十年十月二日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十二

      風車(かざぐるま)の利用

 風の力の大きい事は云うまでもない。この力を原動力に利用して各種の作業をすれば利益があるだろうという事はよく人の考える事だが、ただ一つ困る事は、風は至って気まぐれ者で、思う時に思うように吹いてくれぬので、始終きまった馬力を要する器械にはちょっと使いにくい。しかしこれには蓄電池という都合のよいものがあって、風の力を電気の力に変じて蓄え、必要に応じて勝手に使う事が出来るのである。現に英国バーミンガムでは十一年前から風車で電灯を点じている人がある。その風車は直径三十五フィートでこれを五十フィートの櫓の上に据え付け、十六燭の電灯二百個を点ずる外に、なお五馬力のモートル三個を運転しているが、未だかつて停電などを起さぬという事である。石炭や水力を得難い土地では風車を用いた方が石油機関よりは利益だという。
(明治四十年十月三日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十三

      霧中の汽車信号

 鉄道線路の傍に巨人のごとく直立しあるいは片手あるいは両手を拡げて線路の安否を知らせる普通の信号標は、通常の天気ならば昼夜の別なく有効であるが、ただ霧が掛かって数歩の外は見え分かぬような日には何の役にも立たぬ。この不便と危険を防ぐため、近頃米国大西鉄道で採用する発音信号機というのは簡単な仕掛けであるが数ケ月間の試験によって有効な事が確かめられた。危険の時には汽笛、安全の場合には鐘を鳴らす事になっている。
(明治四十年十月四日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十四

      馬鈴薯(じゃがいも)の皮を剥(む)く器械

 大樽に一杯の馬鈴薯の皮をわずかに数分間で綺麗に剥いてしまうという器械が近頃米国で発明された。器械の桶の中に馬鈴薯を詰め込んで半馬力のモートルを運転させると、見る間に外皮は剥け落ち清浄に洗われて直ちに料理の出来るようになる。米国の海軍ではこの器械を四十台使っているが、水夫二、三人掛りで十五分間も運転させると一日の食糧くらいは楽に出来るという事である。馬鈴薯のみならず蕪(かぶ)や人参(にんじん)にも応用が出来るそうだから、我邦でも軍隊の炊事などに使えば便利かと思われる。如何にも米国人の拵(こしら)えそうな器械である。記者がこの器械の事を近着の科学雑誌で読んだ後、場末の町を散歩していたら、とある米屋の店先で小僧がズックの袋に豆かなにか入れたのを一生懸命汗を垂らして振っていた。ずいぶんな対照(コントラスト)だとその時にちょっとおかしかった。
(明治四十年十月八日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十五

      奇妙な病気

 始終X光線を使っている人は往々不思議な恐ろしい病気に罹(かか)るそうである。この病のために死んだ人は米国だけで既に四人ある。第一に斃(たお)れたのが有名なエジソンの助手某。次にはボストンの医師某。第三がサンフランシスコの一婦人。第四に近頃やられたのはロチェスターの外科医ウィーゲル博士だという。この人は始めにその右手と左の指三本を切断したがなお駄目で、次には右肩より胸にかけて肉を取り去ったが、それでも遂に無効であったという。この恐ろしい病気は原因も全く分らず治療の方法も知れぬとの事である。
(明治四十年十月九日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十六

      脳髄の保存法

 解剖学や人類学の参考品として脳を保存する方法を詳しく研究した学者の説に従えば、普通大の脳を漬けておく液にはフォルマリンを三、蒸餾水を四五ないし二五、酒精(アルコール)を五二ないし七五の割合に交ぜたものた宜(よ)い、そして脳の大きいほど水を少なく酒精の方を割合に多くするがよいという事である。
(明治四十年十月十一日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十七

      船内の消毒

 船中で鼠を駆(か)り、また消毒をするために亜硫酸瓦斯を用うる事があるが、その効験に関する詳細な調査の結果に拠れば、鼠や害虫の類はわずかに〇・五プロセントの亜硫酸を含む空気で二時間も燻(いぶ)せば絶滅する事が出来る。しかし積荷の奥底まで行き渡らせるためには約三プロセントくらいにしなければならぬ、これならば大抵の病菌も死ぬるという事である。織物類、金属器具等はこの瓦斯には害せられぬが、硫黄を燃やして亜硫酸を発生せしめる際硫酸の瓦斯も伴って出るからこれが少々損害を及ぼす。肉類、果物、蔬菜の類もまた多少の損害を免れぬという。
(明治四十年十月十三日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十八

      優しい返答

 シカゴ市のある青年紳士が一日電話をかけようとしたが、どういう都合であったか接続が大変手間が取れるので紳士は癇癪(かんしゃく)を起して交換手を怒鳴りつけた。その相手の交換手はイリノイ州出の女であったが、非常に優しい声で可憐な返答をしたその声が妙に紳士の心を動かし、それが縁となってとうとう目出度く結婚する事となった。これは嘘のような話だが事実である。

      長さ一マイルの手紙

 米国のある水兵が電信用の紐紙(ひもがみ)に細々(こまごま)と書いた手紙をその友に送った。その長さ一マイル余でこれを書き上げるのに二週間かかったという。おそらく開闢(かいびゃく)以来の長い手紙であろう。こんな手紙を貰うた人こそ災難だったろう。
(明治四十年十月十四日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         十九

      植物の生長

 ロンドンの王立植物園で植物の生長に有効あるいは必要な諸種の条件について調査した結果の報告書によれば、第一に強烈な弧灯(アークとう)より出ずる紫外光線、第二には根より幹に不断に通う電気、第三には華氏七十ないし八十度において適当の湿度と炭酸瓦斯の供給、第四には理想的の窒素肥料、第五には根に充分なる水の供給、この五つの条件が揃えば植物は理想的に成長するとの事である。そして面白い事にはこれらの条件はただ石炭さえあればほとんどすべて充たされる。すなわち石炭を燃やして発電機も動かされる。熱も炭酸も湿気も出来る。窒素肥料の硫酸アンモニアもまた石炭から採ることが出来るという話である。その石炭なるものは太古の植物から生じたものだという事を考えるとなおさら面白い。
(明治四十年十月十五日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十

      ボートレースに無線電話

 今年の七月、北米の大湖エリーの水上で端艇競漕(ボートレース)のあった時、その時々刻々の景況を陸上に報ずるためテルマと名づくる小蒸気船に無線電話機を載せて現場に臨ませた。これがおそらく無線電話の実用された最初の例であろう。その成績は予想外に良かった。話し声を聞いて相手が誰だかという事さえ知れたそうである。船は十八トンでアンテナを張った帆柱が低かったにもかかわらず四マイルの距離で通話自在であったという。
(明治四十年十月十六日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十一

      日本の舞い鼠

 子供の楽しみに飼うはつか鼠にちょっと歩いてはクルクルまわりまた歩いては舞ういわゆる舞い鼠というのがある。あの舞うのは何故かと調べてみると、内耳の一部をなしている三半規管の構造が不完全なため、始終に眩惑(めまい)を起すからだという事である。そう聞けば可哀相で飼うのは厭になる。人間でも内耳の病患で三半規管に故障が起るとグラグラして直立歩行が出来なくなる。鼓膜の破れた人が耳を洗う時眩暈(めまい)を感じたり、また健全な者でも少時間グルグル舞うた後には平均を失うて倒れたりするのは皆この三半規管を刺戟するためだという。船に酔うのもやはり同様な原因に帰する事が出来る。
(明治四十年十月十七日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十二

      護謨(ゴム)の新原料

 近頃葡国(ポルトガル)領西部アフリカで発見された一種の植物の球根は丁度蕪菁(かぶら)のような格好をしているが、その液汁中には護謨を含み、これを圧搾して酒精(アルコール)で凝(かたま)らせると二分の一プロセントくらいのゴムが取れる。栽培後二年たてば一エーカーの地面につき百八十斤くらいの収穫がある見込みだという。
(明治四十年十月十九日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十三

      章魚(たこ)と烏賊(いか)との研究

 (一)章魚の生殖作用
 今年の英国科学会(ブリティッシュアソシエーション)の総会でホイルという動物学者が講演した章魚や烏賊の類に関する研究の結果中で吾々素人(しろうと)にも面白く思われる二、三の事実を夜長の話柄(わへい)にもと受け売りをしてみよう。
 俗に章魚船と名づけられ、水面に浮んで風のまにまに帆かけて走る章魚の一種がある。その雌の体内で外套膜腔(がいとうまくこう)の中に奇妙な細長い虫のようなものが見出された事があるので、昔は一種の寄生虫だろうと考えられていた。ところがだんだん研究してみると、驚くべし、これは生殖作用を遂げるため、雄の足の一部が子種を運ぶために脱離し、雌の体内に侵入したものだという事がわかった。それ以来次第に研究を進めてみると、章魚船には限らず一般に頭足類の動物中にはこの種の生殖法が特有なものだという事が知れて来た。尤も種類によっては雄の足を脱離しなくってその代り雄は六本の足で相手を押さえ二本の足を外套膜の中に挿し込む、その時雌は呼吸を止められるから必死になって逃げ出そうと藻掻(もが)くそうである。けだし一奇観であろうと想像される。足の脱離する方の種類では、雄が自身に落ちた足を持って行くか、あるいはまた足が自働的に動いて行くか、そこまではまだ研究が届かぬそうである。
(明治四十年十月二十日『東京朝日新聞』)
 (二)光を放つ烏賊
 次に面白いのは海底で光を放つ烏賊の話である。一体頭足類の動物中で多少の光を放つものが三十種以上もある。中にも非常に深海底から発見されたソーマトランパスと名づけるもののごときは、その光彩の美実に宝石をはめたようだという。例えば眼の辺には紺青色と真珠色の光を放ち、腹部にはルビー色、雪白色および空色の光斑を具えている。こういう怪物が真暗な深海の底を照らして游泳する処もまた一奇観であろうと思われる。そこでこの種の動物の発光器はどんな仕掛けで出来ているものだろうと色々研究した結果、二種の区別が知れた。すなわち一種のものでは光を放つ液体を分泌する腺を備え、他の種類では動物の組織の一部が発光するのだそうである。後者に属する発光器にはこれに附属したレンズや反射鏡のごときものを備えた極めて精巧なものもあるという話で、また発光器の中には体の内腔にあって透明な肉を通して光を放つものもあるそうである。前に述べたソーマトランパスなどでは総計二十二個の発光器を分類するとおよそ十種類のおのおの異(かわ)った仕掛けで出来ているそうな。そしてこれらの発光器は大抵みな腹の方ばかりにあるので、深海の底を照らしながら食餌(えさ)を捜し歩くには都合のよい探海灯の用をするのだろうと思われる。
(明治四十年十月二十一日『東京朝日新聞』)
 (三)熱の無い光線
 如何なる作用で光を発するかという事はまだよく分らぬ。しかし一つ注意すべき事は、この種の発光器は大抵光線を出すばかりで熱を出さぬ。これに反して人工的の光ではいつも熱が伴うて起る。六かしく云えば機械力なり電気なりまた化学作用なり如何なる方法によるも熱くない光を作る事は出来ぬ。つまり使ったエネルギーの一部は必ず熱に変じて消費される、すなわちそれだけ余計な勢力を損している。しかるに造物者の手製の深海のランプはかくのごとく理想的に経済的にしかも美術的に出来ているのである。
(明治四十年十月二十二日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十四

      水雷破壊器の発明

 今度米国政府のためにアンリ・スタンフィーバンという仏国人が敷設水雷(ふせつすいらい)を破壊する器械を発明し、実地の試験をしたが好結果を得たという。しかしその器械の構造は勿論一切を極秘密(ごくひみつ)にしているから分らぬが、とにかく磁力を利用したもので、これを載せた船の向かう処一定の距離にある沈設水雷をことごとく爆発して無効にするそうである。
(明治四十年十月二十五日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十五

      火星の近状

 今年の夏、火星が我が地球に最も接近した位地に来ていた頃、米国のロウエル天文台ではこの好機会を利用して種々の観測をした。その結果この星の表面を縦横に走っている運河のようなものが南北両極の氷塊の消長につれて隠見する有様が仔細に知れた。その模様を見ると火星の上にはどうしても智能を備えた人類のごときものが棲息していると考えざるを得ないと該天文台長のロウエル氏は断言している。また同台からは一隊の学者をアンデス山頂に派遣して火星の写真を撮らせたそうであるから、定めて有益な知識を斯学(しがく)の上に齎(もたら)す事であろう。
(明治四十年十月二十六日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十六

      風向(ふうこう)と漁業

 英国南西部の海岸で年々にとれる魚の総数を漁夫の数に割り当てて統計してみると、漁夫一人の漁(りょう)する数が年によって著しくちがう。その原因を詳しく調査してみると、これは全くその年々の平均の風向によるものだという事が知れた。すなわち風が多く沖の方へ吹く年は海岸の潮流も陸を遠く距(はな)れ、魚類の卵は逃げてしまうのでその後は不漁がつづく。これに反して風が潮流を陸近くへ吹き送れば自然に漁が増すのだそうである。
(明治四十年十月二十七日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十七

      蟻(あり)の知覚

 蟻が温度の変化に対してどれだけの感覚力をもっているかという事を調べた人の説によると、大抵の蟻は摂氏の〇・五度くらいなわずかな変化でも識別するそうである。また人間の眼には見えぬ紫外光線でもよく感じ、この光を当てると嫌って逃げると云っている。

      恐水病の予防

 昨年中パリのパストゥール免疫所で狂犬に噛まれた人のために恐水病予防の注射を行うた件数が七百七十三、その中で不幸にして該病のために死んだのはわずかに二人しかない。すなわち恐水病というものはほとんど全く予防する事が出来ると云ってもよい。
(明治四十年十月二十八日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十八

      癌腫(がんしゅ)の研究

 英国では帝室の保護の下に癌の研究のみをやっている所がある。その基本金の現額は十一万八千余ポンドで、そのうち四万ポンドは某富豪が金婚式の際に寄附したそうである。ここの所長のパシュフォード博士が近頃報告したところに拠れば、癌の療法と称するものは色々あるが、いずれもあまり確実な効験はない。評判のあったトリプシンもあまりきかぬ。今日のところやはり外科手術で患部を取り去る外はあるまいという事である。
(明治四十年十月二十九日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         二十九

      海水用セメント

 普通のセメントは長く海水中に在れば次第に分解して崩れるので、これを防ぐ方法はないかと色々研究した人の説によれば、少量でも礬土(アルミナ)を含んだセメントはこの分解が急に起りにくい。また火山灰を原料に用うればよほどよく海水に耐えるという事である。

      銅鉱の電気分解

 墺国(オーストリア)の某鉱山では近来銅鉱から純銅を採るのに電気分解法を用いているそうだ。そのやり方はというと、先ず鉱石を粉砕し、湿った粘土と混じて焼けば硫酸銅と酸化銅が出来る。これをまた砕いて五プロセントの稀硫酸液に入れ大きな桶で電気分解をやる。陽極には大袋に亜鉛を入れたものを用い、陰極には銅板を用い、二・五ボルトの電圧で千アンペアの電流を通すと陰極の方へは純銅がだんだんに附着し、陽極には硫酸と酸素が出て来る。一時間に一キログラムの銅を得るためには約三馬力に当る電力を要する勘定になっているそうだ。この法で得た銅は非常に純良である事は勿論である。
(明治四十年十月三十日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十

      水底信号機

 霧の深い海上を航海する時には、往々海岸や他船の近づいた事を知らずにいて坐礁や衝突の災を招く事がある。これを防ぐためこの頃行われ始めた方法は、海岸ならばそこに繋留した灯台船の底に鳴鐘(ベル)を附け、不断(ふだん)これを鳴らしている。船の方では船底に仕掛けた微音機(マイクロフォン)でこの音を聞くという細工である。目下大西洋並びに沿岸航路でこれを使用している灯台船が五十六艘、汽船が二百十艘ある。英皇およびドイツ皇帝の遊船(ヨット)にもこの装置を備えてあるそうだ。
(明治四十年十月三十一日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十一

      世界一の高圧電流

 米国ミシガンのマスケゴン電力会社で昨年来使用している高圧電流は七万二千ボルトの高圧でけだし世界第一と称せられている。その電線の経路九十二マイルの間は近辺の樹林を切り開き、また人の近づかぬように不断巡邏(じゅんら)している。何しろ非常な高圧であるから漏電を防ぐ絶縁器には特別のものを用いているが、それでも多少の放電が止みなくある故、柱の一部がだんだん焦げて来るそうである。一度落雷のために絶縁器がこわれた時などは、電柱は強い電流のために即座に焼けてしまった。この電線に障害を与えた者は一年間の禁錮に処せらるるという事である。

      地下電車鉄道の衛生問題

 地下鉄道で長い間隧道(トンネル)内の空気を呼吸するのは衛生上有害ではないかという事を近頃ニューヨークで調査した。隧道内の空気中にはレールや機関の摩擦のために生ずる微細な鉄粉がかなりに浮游しているが、これは案外人体を害(そこな)わないそうである。むしろ坑内の温度の急変が健康に悪いだろうとの事である。
(明治四十年十一月一日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十二

      有益な鼠

 北米に産する地鼠の一種に尻尾(しっぽ)の短いのがある。この鼠は蝸牛(かたつむり)などを捕って食物とし、余った外は貯えておいて欲しい時に出して食い、殻は巣の内外に積んでおく。また作物を荒らす有害な野鼠や虫類なども捕って食うので農夫にとっては非常に有益なものだそうな。
(明治四十年十一月八日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十三

      世界第一の巨船

 現今世界で最大最速の汽船ルシタニア号は去る九月アイルランドのクイーンスタウンよりニューヨークまで二千七百八十二浬(かいり)の航路を五昼夜と五十四分間に、すなわち一時間二十三浬〇一の速度で快走した。先年ドイチュランド号が二十三浬一五の速力を得たに比較して少々劣るようであるが、これは途中で霧に逢うたためだとの事である。今より二十三年の昔出来たアンプリア号という当時での巨船に比較すれば実に非常の進歩である。船の長さは五割も長くなり、トン数は三倍の余に達し、機関の馬力は五倍に届いたが、ただ速度のみはこの割に増す事が困難で二割五分くらいしか増していぬ。
 ルシタニアは首尾の長さ七百六十フィート、幅八十八フィート、高さが六十フィート余と云えばずいぶん大きなものである。排水トン数は三万八千トンで、一航海に要する石炭が五千トン。それから機関はタービン式で六万八千馬力出る。千五百トンの荷物と二千二百人ほどの乗客の外に船員の数が八百二十七名と称している。
(明治四十年十一月九日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十四

      北極探検気球隊の消息

 気球を利用して北極を探検せんと企てたウェルマン氏の一隊は志を遂げずして去る九月ノルウェーに帰ったそうである。始めフォーゲルベー島まで船で進み、そこで気球を浮べたが生憎(あいにく)吹雪の風が烈(はげ)しくてスピツバーゲンに吹き戻された。そこで止むを得ず瓦斯を抜き無事に地上に下りるを得た。残念ながら今年は失敗に終ったが、しかし今年の実験でこの気球が少々の風には逆らって疾走し得る事を確かめたから、更に来年の夏を待って再挙を計るはずだという。
(明治四十年十一月十日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十五

      気球の競走

 先々月ベルギーの首府で開かれた万国の気球研究者の会で高価な盃を懸賞にして気球の競走をやらせた。この競走に加わった気球は三十四あったが、最長の距離に達して月桂冠を得たのはドイツの気球で丁度千キロメートルを航した。それに次ぐべき距離に達したのはスイスのと英国のとであったという。来年はロンドンでこの会を開くとの事である。
(明治四十年十一月十一日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十六

      ドイツの製粉研究所

 ドイツ人がすべての工業の発達を計るためにその根本たる科学的の研究に注意する事は今に始めぬ事だが、今度また麺麭粉(パンこ)の研究所を新たに設立し既設の製糖並びに醸造研究所とともに三幅対を作るそうである。その設備のごときずいぶん大きなもので、例えばその倉庫には三十万貫に近い穀物を貯える事が出来る。動力には電気を用い、器械は最新式に依り十時間に四トンの粉を作る事が出来る。また麺麭製造部もあって大仕掛けの研究をやるようになっている。この設立に際して農務省は三十万円ほどの費用を支出し、なお年々保護を与えるはず、そしてドイツの製粉組合や製麭(せいほう)組合等の合同で維持して行くとの事である。貯蔵、製粉、製麭に関するあらゆる科学的並びに実用的の研究をする外、なお広く民間の需(もとめ)に応じて雑穀、粉、麺麭等の分析等をするそうである。
(明治四十年十一月十二日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十七

      ロシアの蟻

 露国のカザン大学は古来有名な科学者の出た処である。近頃ここのルスツキーという動物学者の著わした『ロシアの蟻』と題する書のごときも斯学(しがく)上有益なものだそうである。初編だけ刊行されたが八百頁の大冊である。著者の調べただけでも露国全体に産する蟻の種類が三千五百もあるとの事である。
(明治四十年十一月十三日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十八

      世界で最大のダイアモンド

 近頃トランスバール政府ではその所有に属する世界最大の金剛石(ダイアモンド)を英国皇帝に献ずる事に決した。この宝石の発見されたのは一昨年の正月の事であった。プレトリアという所に近い採掘場で地下十八フィートの穴から見出された。その重量三千二十四カラット強で、従来世界第一と称せられていたものの三倍以上である。長径四インチ短径二インチくらい、色はやや蒼味を帯びているが非常に純粋なるものだそうな。この石の結晶の形から察する所、これはよほど巨大な金剛石の一半が欠損したものだろうという。これを採掘したプレミアー会社社長の名を取ってクリナンダイアモンドと命名されている。
(明治四十年十一月十六日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         三十九

      赤茄子(トマト)の伝来

 洋食に用いるトマトの来歴を調べた人の説によると、この植物は十六世紀の中頃に南米ペルーからスペインあるいはポルトガルに渡りそれから欧洲に拡がったものである。しかしその頃は単に飾り物に使うだけの事で栽培もあまり盛んでなかったが、十九世紀になって後だんだん食用せらるるようになったそうである。(明治四十年十一月十七日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十

      ノルウェーの夫婦匙(めおとさじ)

 ノルウェーで結婚式の時に用いる木彫の匙(さじ)がある。鎖で二つの匙をつないだようなものであるが、ただ一本の木で作るそうな。結婚の朝、新郎新婦はこの夫婦匙で睦まじく御馳走を食うという。

      リウマチスと蜂の毒

 蜂に刺されるとリウマチスが癒(なお)るという云い伝えが英国辺りで昔から行われているので、その真否を試すために材料を集めている人がある。我邦でもそういう例があるかどうだか御存じの方は教えて頂きたい。
(明治四十年十一月十九日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十一

      一種の迷信

 英国デボンシャイアのある町に百二十年来営業を続けている牛肉屋があるが、開店の昔から今日まで店に屋号というものがない。この店の先祖がどういう訳だか店の名を付けなかったが、商売は非常に繁昌し子孫代々名無しの牛屋で通っている。名を付けると先代以来の幸運に障るというような迷信から子も孫も屋号を付けなかったためだそうな。
(明治四十年十一月二十日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十二

      ラジウムの新産地

 従来ラジウムの産地と云えばほとんどボヘミアに限られていたが、この頃アルプス山で有名なシンプロン隧道(トンネル)附近にかなり多量のラジウムがあるという事がわかったそうな。同隧道の奥の方の地温が著しく高いのはラジウムが発する熱のためではないかという説がある。

      水の清浄法

 近頃汚水から清水(せいすい)を得るのに電気分解を用いる法が出来た。汚水中にアルミニウムの電極を入れて電流を通ずれば、過酸化アルミニウムを生じ、これが種々の汚物に結合して固まってしまう。これを一遍漉(こ)せば非常に清浄な水が得られるそうである。
(明治四十年十一月二十一日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十三

      長距離の急行列車

 去る九月十六日、北米の大西鉄道では二百六十三マイルの間を一度も停車せずに走る別仕立の三等客車を出したが、平均一時間に五十三マイルの速度で首尾よく目的地に達した。こんな長距離の急行はあまり例のない事である。

      海底のランプ

 近頃米国のデイオンという人が専売特許を得た海底灯というのは、港などの水底に強烈な電灯を点じて、闇の夜や霧のある時入港を容易ならしむる仕掛けであるそうな。
(明治四十年十一月二十五日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十四

      象を馴らす事

 アフリカのコンゴーでは象の馴致(じゅんち)を盛んにやる。近頃同地へ視察に行った人の通信によれば、目下馴らしている象が二十五頭でそのうち十九頭には種々の作業をさせている。雨期が来ると皆解放して森林の棲家へ帰してやるが、また飼養所へ帰って来る。その際往々森の中から野象を連れて来る事があるが、大抵もう年を取り過ぎていて馴らしにくいものが多いそうな。アフリカの象は一体背が低く、コンゴーで馴らしているのは肩の高さ四フィート四インチくらいから五フィート七インチくらいなものだという。
(明治四十年十一月二十六日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十五

      眼の濫用

 近頃スコットという人が読書の眼に及ぼす害について某雑誌に述べている。その中に次のような事を云っている。「元来人類の眼はかなり遠距離の物体を見るように進化して出来ているものであるが、近年のように書籍や新聞雑誌などが無闇に沢山になっては一通りでも眼を通すのはなかなか大抵の事でない。それで眼というものの天然の役目の外に、新しいしかも不馴れな役目が増したから早晩どうしても何等かの害を生ずるようになる。」少年などにはあまり必要もない読書をさせぬようにせねばなるまいという事である。
(明治四十年十一月二十七日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十六

      大洋中の拾い物

 本月十四日の本紙に横浜の人が北太平洋で鮫漁中に英文の手紙の入った空瓶を拾うた記事が出ていたが、近着の科学雑誌を見ると次のような事が載せてある。「ウードジョーンスという人が一昨年の暮にインド洋から空瓶を数個海中に投じ、その中に手紙を封入して誰でもこれを拾うた人はその場所と時日を通知するように依頼してあった。ところが昨年の五月にアフリカのソマリの海岸でその中の一本を拾い上げ、また今年の七月同じ処で他の一本を拾い上げた。それでインド洋の真中から西の方へ向うた不断の潮流がある事が知れる、云々」。北太平洋のもあるいはこの仲間でないとも限らぬから罎(びん)の写真でも撮って知らしてやったらよかろうと思う。
(明治四十年十一月二十八日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十七

      英国の軍用軽気球

 先月初、ロンドン附近で軍用軽気球の試乗があった。アルダーショットからロンドンまで一時間二十四マイルの速度で飛行し、聖(セント)ポールの寺院を一まわりして今度は風に逆らって進んだが、あまり風が強かったから水晶宮の辺で地上に下った。飛行した全距離五十マイル、地面より平均七百五十フィートの高さを航したそうである。

      狂人の眼と髪

 これはスコットランドの話で我邦には応用し難いかも知れぬが、同地の瘋癲(ふうてん)病院で調査した処によれば、統計上狂者には普通の人よりも眼の色が薄く髪の色が濃いのが多いという事である。
(明治四十年十一月三十日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十八

      寒さと尿量

 寒い時に三時間運動せずにいると尿酸の排出量が平日の五割増す。しかし筋肉を運動させていれば一割強くらいしか増さぬ。これに反して暖かに着物を着て盛んに運動すれば却って三割くらい減ずる。それで尿酸の分泌の幾分は体熱の損失に対する反応として起るものだろうという。

      新発明の耳喇叭(みみらっぱ)

 スウェーデン政府の電話局で近頃発明された耳喇叭は交換手の耳にさし込んで通話をするためのものであるが、これはまた耳の遠い人のためにも重宝なものであるそうな。この器械の電線は耳の背後などに隠せば少しも目に立たぬそうである。
(明治四十年十二月一日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         四十九

      宝石の人造法

 近頃仏国のポルダという人が鋼玉石(こうぎょくせき)の粉を変じて種々の宝石とする方法を発見した。すなわちこの鉱石の砕片をラジウムと一緒に一ケ月も管に入れておけば、あるいは黄色なトッパズになり、あるいはルビー、サッファヤ等種々の宝石に変るそうである。この法で作った宝石をその道の目利きに見せたら真贋の区別が出来なかったという。従来各種の鉱物または硝子(ガラス)などがラジウムのために変色する事はよく知られていたが、今度の発見が確かなればよほど著しい事と云わねばならぬ。
(明治四十年十二月十六日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十

      濃霧を消散する新案

 ロンドンは霧の名所であるそうなが、近頃マジョラという人がこの霧を消す新案をして気象台でこれに関する研究をしているそうな。その法はと聞いてみるとずいぶん大仕掛けなものである。直径六フィート、高さ六十フィートの鋼鉄製の大砲を作り、その中でアセチリンその他の瓦斯(ガス)を爆発させ空気に劇動を起させる趣向だという。遠からずこの研究に関する報告が出るはずになっている。
(明治四十年十二月十七日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十一

      坑夫に賞牌

 英皇エドワード陛下は今度新たに二種の賞牌を制定せられた。これは鉱山の坑夫などで多数の人の生命を救い危険を除くために自分の生命を賭した者に授与するはずだという。その綬(リボン)は青に黄の縁(ふち)を取ったもので一等二等に区別されてあるそうな。

      結核病研究の万国会議

 来年九月二十一日より十月十二日まで米国ワシントン府で表題の会議が開かれる。全体七部門に分れて、結核に関する病理、療法、予防その他一切の会議をするはずで、また開会中は該病に関する展覧会を開いて公衆に観せるそうである。(明治四十年十二月十八日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十二

      ペストと蚤

 ペストと云えば鼠を聯想するが、鼠族の間にこの病毒を拡めるものは蚤だという事がだんだんに確かめられるらしい。ある人が天竺鼠(てんじくねずみ)について試験したところによれば、たとえ健全なのと病にかかっているのとを接近させぬようにしておいても蚤が移ると感染する。また健全な方を籠に入れて吊しておいても、蚤が飛び上がる事の出来るくらいの高さに吊したのではやはり感ずるが、それ以上高くするか、また細かい網に入れて蚤の出入りせぬようにしておけば伝染せぬという。もし鼠が人間なら捕蚤(ほそう)の懸賞でもするところだろう。ついでにペストの本家本元たるインドでは宗教上の迷信から殺生を絶対的に忌むので、鼠狩りの実行が甚だ困難なようである。
(明治四十年十二月十九日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十三

      人造藍と天然藍

 藍(あい)を人工的に合成する法が出来て以来、人造藍の需要が増すにつれて天然藍の産額が減ずる傾向をもっているのは著しい現象である。例えば天然藍の産地たるインドではこの二、三年の間に藍の栽培面積が半分以下に減少してしまった。また英国では一昨年と昨年との比較統計によると人造藍の輸入高が二割ほど増し、これに反して天然藍の方は七分くらいの減額を示している。しかしまだまだ天然のが人造のに圧倒されるところまでには月日がある。栽培法や製法の改良を加えて行けば、天然藍も当分市場に立ちゆかれる見込みだという。
(明治四十年十二月二十日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十四

      水晶の鋳物

 水晶は硝子(ガラス)とちがって容易に火熱のために融けぬから、これで種々の器物を製するは困難であった。しかるに先年来は酸水素吹管で水晶の小片を熔かして細い棒とし、これを沢山に熔かし合せて管やフラスコを作る事が出来るようになった。近頃また電気の熱で勝手な形の瓶などを作る法が発明されたそうである。その法は先ず鋳型の中へ水晶の粉を詰め、その中に炭の棒を挿し込んでこれに強い電流を送り、粉が熔けた時に型の口から空気を吹き込めばよいという事である。いったん熔かした水晶製の器物は耐火力が強く、また熱のために破れる憂いがない。真赤になるほど焼いたのを冷水中に投じても何の異状もないというのが特長である。
(明治四十年十二月二十七日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十五

      巨船モーレタニア

 先日ルシタニア号の話を掲げたが、その姉妹船モーレタニア号に関する概略の数字だけ比較のために挙ぐれば、船の長さ七百六十フィート、幅が八十八フィート、トン数三万二千。乗客の数は一等五百六十三人、二等四百六十一人、三等千百三十八人、試運転の平均速度二十六浬(かいり)三である。

      女優と無線電信

 有名な仏の女優サラ・ベルナールは近頃北米と欧洲との間に開通された無線電信について次のような事を云っている。「このようにヨーロッパとアメリカとが虚空を距(へだ)てて睦まじく接吻するようになったのは科学の力の最も詩的な表現である」と。
(明治四十年十二月二十八日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十六

      天然色写真

 先日本紙に載せてあった天然色写真の新法よりなお一層新しい法が見出された。それはウワーナー・ポオリーの法と云うので、去る十月ロンドンで開かれた天然色写真会で展覧に供した。先日のリュミエール会社のオートクローム板は三色の澱粉を混合して作ったものだが、今度のは種板の上に三色の細い線を並べたもので大体の理窟は前のと変りはない。色のついた線を作るには細い格子のようなものと護謨(ゴム)写真と同じ法で板に写しこれを染めるのである。この種の写真では色はよく出ても一体に暗くなるのが欠点であるが、ポオリー氏は特別な仕掛けでこれを照らし一体を明るく見せるようにしたという事である。前のと今度のとの優劣は現物を較べてみねばわからぬ。
(明治四十年十二月二十九日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十七

      婦人と動物学者

 テキサス大学のモントゴメリー教授は、衣服その他の粧飾に鳥類の羽毛を使用する事を絶対的に禁じたいと論じている。単に米国で鳥の濫殺を禁ずるのみならず、輸入もやめなければ無効である。鳥の捕獲が盛んになればますます羽毛が安くなり使用高が次第に増して結局は鳥の種類が絶えるようになるだろうと云っている。
(明治四十年十二月三十日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十八

      蜂に螫(さ)された時

 アンモニア水が蜂の針の毒を消す事はよく人の知る処であるが、ある人の経験では、それよりも幾那(キニーネ)をアンモニア水に溶かした丁幾(チンキ)が一層有効だそうである。

      火山の変形

 昨年四月イタリアのヴェスヴィアス山がやや烈しい噴火をやったが、その後同国陸軍地理局で測量を行った結果によると、噴火前における最高点の高さ海抜千三百三十五メートルあったのが千二百二十三メートルに減じている。その代りに地獄谷(ウアルレデルインフェルノ)などという窪みは五メートルないし五十メートルの高さに埋められたそうである。
(明治四十一年一月一日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         五十九

      結核病と食物

 結核菌を接種した動物に種々の食物を与えて病の経過を試験した結果によると、脂肪分を主に与えたものは四十日くらいで死し、含水炭素殊に砂糖を多く与えたものは八十七日くらいで死んだ。これに反して含窒素食物を主に食わせた動物は三百七十一日生きていたそうである。
(明治四十一年一月二十五日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         六十

      灯台の光色

 海上で遠い灯台を見出した時その光の色が赤だか青だか分りにくい事がある。その時は双眼鏡か何かで見て肉眼で見たのと比較し、もし肉眼で見る方がよく見えればその灯色は赤光で、そうでなければ青か白だという。

      屍体とX光線

 生きている人体の腹部をX光線で照らし写真を撮っても胃や腸を識別する事が出来ぬが、死後間もなく写して見ると明らかにこれらの臓腑の所在(ありか)がわかる。そして死後時間が経つに従っていよいよ明白になる。生きているうちは内臓が絶えず動いているから写らぬのだろうという説になっているらしい。
(明治四十一年一月二十六日『東京朝日新聞』)[#改ページ]

         六十一

      猿と蛇

 いろいろの動物について試験してみると、蛇を怖れるは猿猴(えんこう)の類に限る、但しその中で狐猿(きつねざる)という一種のみは蛇をしかけても平気だという。

      窒扶斯(チフス)菌の寿命

 北米シカゴ市ではミシガン湖から用水を取っているので市中の下水を湖水に流し込む訳に行かぬ。それで下水溝渠(こうきょ)はすべてこれをミスシッピイ河に放流してしまうようになっている。
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