夢判断
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著者名:寺田寅彦 

 友人が妙な夢を見たと云って話して聞かせた。それは田舎の農家で泊った晩のことである。全身がしびれ、強直(こうちょく)して動けなくなったが、それが「電気のせい」だと思われた。白い手術着を着た助手らしい男がしきりにあちこち歩き廻ってそれを助けてくれようとするのだが、一向利目(ききめ)がないので困り果てたところで眼がさめたのだという。さめて見たら枕が無闇(むやみ)に固くて首筋が痺(しび)れていたそうである。
 私はその一両日前の新聞記事に巡査が高圧線の切れて垂れ下がっているのを取りのけようとして感電したことが載せてあったのを思い出したので、友人にそれを読んだかと聞いたら読んだという。それならそれがこの夢を呼出した一つの種だろうということになった。寝た部屋が真暗で、電燈をつけようと思ったら電球が外ずしてあったそうで、そのときに友人は天井から垂れ下がったコードを目撃したであろうし、またソケットに露出した電極の電圧の危険を無意識に意識したのではないかと思われる。それがこの夢の第二の素因らしく思われる。次に助手の出てくるのも心当りがある。この友人には理工科方面の友達は少なくて主に自分からそうした方面の話を聞くのであるが、その私がこの頃は自身ではあまり器械いじりはしないで主に助手の手を借りて色々の仕事をやっていることをこの友人が時々の話の折節に聞かされて知っているのである。
 それで堅い枕、頸(くび)の痺れ、新聞記事の感電、電気をあつかっている友人、その助手と云ったような順序にこの夢の発展の径路が進行したのではないかと想像される。
 ついでに私自身の近頃見た夢にこんなのがある。
 西洋人の曲馬師らしいのが居てそれが先ずセロを弾く、それから妙な懸稲(かけいね)のようにかけ渡した麻糸を操るとそれがライオンのように見えて来る。そのうちにライオンとも虎ともつかぬ動物がやって来て自分に近寄り、そうして自分の顔のすぐ前に鼻面(はなづら)を接近させる。振返って見ると西洋人はもういない。どういう訳か自分は「オーイ早く菓子を持って来い」と大声で云おうとするが舌がもつれて云えない。そこで眼がさめたが、何だかうなされて唸(うな)っていたそうである。
 これも前日か前々日の体験中に夢の胚芽らしいものが見付かる。食卓でちょっと持出されたダンテ魔術団の話と、友人と合奏のときに出たフォイヤーマンのセロ演奏会の噂とでこの夢の西洋人が説明される。魔術が曲馬に変形してそれが猛獣を呼出したと思われる。それからやはり前夜の食卓で何かのついでから、ずっと前に動物園の猛獣が逃出した事のあった話をした。それが猛獣肉薄の場面を呼出したかもしれない。「御菓子を持って来い」がどうも分らないが、しかしその前々夜であったかやはり食後の雑談中女中にある到来ものの珍しい菓子を特に指定して持って来させたことはあったのである。
 麻糸の簾(すだれ)がライオンになる件だけは解釈の糸口が見付からない。こんなのをうっかりフロイドにでも聞かせると、とんでもないことになるかもしれないという気もするのである。
 上記の夢を見てから一と月も後に博物館で伎楽(ぎがく)舞楽能楽の面の展覧会があって見に行った。陳列品の中に獅子舞の獅子の面が二点あったが、その面に附いている水色に白く水玉を染出した布片に多分鬣(たてがみ)を表わすためであろう、麻糸の束が一列に縫いつけてある。その麻糸の簾形に並んださまが、自分の夢に見た麻束の簾とよほどよく似ているのでちょっと吃驚(びっくり)させられた。
 この符合は多分偶然かもしれないが、しかしもしかしたら、以前に類似のお獅子をどこかで見たその記憶が意識の底に残留していたかもしれないという可能性を否定することも困難である。
 それにしても魔術師ないしセリストと麻束との関係はやはり分らない。事によるとこの麻束が女の金髪から来ているかもしれないが、しかし自分の記憶には金髪と魔術師また音楽者との聯想は意識されない。(昭和十年一月『文芸春秋』)



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