太陽系統の滅亡
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著者名:木村小舟 

「諸君はもはや悲みを忘れたであろう、吾々の同胞は、いずれも安き眠に就いた、吾々もまた相次いで亡ぶであろう、かくいわば諸君は、いうべからざる淋しみを感ずるかも知れぬが、しかし決して憂うることはない」
 と、これを聞いた二、三人の者は、淋しい笑いを浮べて、
「先生よ、吾々は最後まで生き残ったものの、もはや生命を全うしようなどという、希望は、毫(ごう)も有りません、淋しい苦しい世界を脱して、一時も早く他の楽しい所へ行きたいと思うのです」
「よく言われた、君らは充分に安心してよいのだ、学問上宇宙のすべての物は、如何なる微塵子といえども、一秒も進化という目的を忘却せぬ、つまり吾々の世界が、今滅亡しようとするのも、その実滅亡ではなくて、進化の一現象に過ぎぬのだ、しかし物体の不滅則は、何人も否定し得ない以上は、吾々の肉体は決して滅亡すべきものではない、またエネルギーが不滅なものであるからには、吾々の活動的精神も滅びない事は解っているだろう」
「して見れば先生よ、吾々は一時地球とともにその形態を変化する迄で、決してこれきり亡びるのではない事を知りました、この上は吾々は大なる慰安の下に、彼ら同胞の跡を追うことが出来るのです、ああ先生の教訓は、吾々をして、大善智識の化導と同様なる、愉快を与えられた事を謝します」
 彼ら二、三の同志は、心からなる感謝を学者に捧げたが、学者はすでに慰安を以て瞑目し、その体は氷よりもさらに冷たくなっている、されど彼の顔は、愉快なる微笑さえ浮んだのが見らるる。
 残れる者どもは、これを見て敢て驚きもせず、また悲しとも思わなかった、蓋(けだ)し死は分秒を争うに過ぎぬからである。
 かかる悲惨極まる有様の下に、地球の生物は刻々に亡び、太陽は一分毎に光りを失い、月はますます地球に接近する、そしてその月が、恐ろしい音響を以て地球と衝突し、遂に二体合一せる刹那(せつな)の物凄い有様は、何人も見たものがなかった、故にそれは未来数億万年後に、新しき世界に人として生れ来る者も、想像に描く能わざるべく、地球の末期(まつご)は、かくて永久に神秘の内に閉さるるであろう。
(「冒険世界」明治四〇年五月号)



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