太陽系統の滅亡
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著者名:木村小舟 

ルを利用して、一の新案飛行器を造出し、以て他の新世界に進むのである、しかしながらかくのごとき試験は、往古より未だ何人も行わなかったのであるから、あるいは不成功に終るかも知れぬ、ただ吾々は諸君が何物よりも貴重する身体を安全に他界に移し得らるるかとも信ずるのだ」
 と彼は熱誠を以て説いた、聴衆はあたかも暗中に一閃光を認めたかのごとくに、気早やなる連中は、
「実行実行!」
 と絶叫したのであるが、さらに一人の空想家はこの言を遮って、
「僕はさらにより以上の名案を有するのである、諸君乞う意を安んぜよ、吾らは過去の時代に於て、かの彗星なる奴が、しばしば地球に衝突すべく、全世界の人民に、大なる恐怖心を有たせた事を熟知している、この彗星たるや、本来は太陽系に属する物にも拘(かかわ)らず、彼の軌道が放物線をしておるので、どこへ行くやらも解らぬ、故に吾々はまず何とかして彗星迄行って、それから先き、他の世界へ飛び移ろうではないか、これ彗星が久しき間、吾々から厄介者にされていた酬(むくい)故、彼も必ず好意を以て応援してくれるに相違ない」
 と彼は滔々として、自己の想像説を弁じ立てたが、殺気立てる聴衆は、却って大いに憤慨して、この空想家を演壇から撃退して仕舞った。
 するとさらにこれに代って立ち現れたる一人は、大声疾呼「驚くなかれ諸君よ」の冒頭を以て、まず聴衆の鼓膜を破ったのである、彼は狂せんとする人々を押し静めて、さて説いて曰く、
「諸君! 君らは何の故を以て、物々しく悲観し給うか、僕は寧(むし)ろ諸君の迂(う)を笑いたいと思う、かくいわば君達は例に依って僕を攻撃なさるかと存ずるが、僕はまた僕だけに自信がある、君達も疾(とっ)くに御承知であろう、かのアルキメヂスという男は、槓杆(てこ)を以て地球を動かすと断言したではないか、しかもそれは遠い昔しの事だ、昔しの人でさえ地球を動かすといったのに、今文明の恵みの光に浴する僕らが力を以てするからには、ただに地球を動かすに止らず、進んでこれを太陽系統以外に運搬することは、さのみ困難ではなかろうと考える」
 聴衆はこの言を冷笑裡に葬った、否彼らは、悲憤して叫んだのである。
「馬鹿野郎、吾らはそんな世迷言にかす耳を有たぬぞ、こうなった上は一寸の光陰も軽んずべからずだ、愚図(ぐず)愚図(ぐず)すれば撲(ぶ)ち殺されるぞ、生命が惜しくば早く下れ下れ!」
 彼らは全く狂気の沙汰である。されどこれを物ともせず、大勇猛心を起して彼はいった。
「叱々(しっしっ)! 静聴し給え諸君、万一僕の企てが成功したらどうせられる、僕は今やここに救世主の資格を以て、諸君を瀕死の境より救い出そうと欲するのである」
 この時大天文台からは、非常信号が掛かって、会堂の一隅に置かれたる大鐘は、物凄い音響(ひびき)[#ルビの「ひびき」は底本では「ひぴき」]を以て、聴衆の耳朶(じだ)を烈しく打った。

    下 地球遂に滅亡す

 新世界建設同盟会員は、今や甲論乙駁に、貴重の時間を空費して、何らの希望を認むる能わず、ただ人々の神経が、殆ど沸騰点に上ったに過ぎぬ時その時、大天文台より急報じたる非常信号は、そも何事なるか、満堂千万の聴衆は、等しくその瞳をここに集め、ともに耳を傾けたまま、また一言を発する者すら無かったのである。
 受話器を耳にしたる一技師は、須臾(しゅゆ)にしてその顔色土のごとく、答うる口さえ慄いがちとなった、様子如何にと待ち構えたる聴衆は、非常信号の内容を聞くべく、再び喧擾し始めたが、突如として壇上に現れたる、老博士を見るや、期したるがごとく静まり返った。
 老博士は信号技師に依って報告せられたる、所謂(いわゆる)最後の通告を彼らに向って与えんとして、しかも幾度か躊躇したのである、けれどもこの場合となって、もはや一刻も猶予することは出来ぬ、彼は実に畢生(ひっせい)の勇気を鼓して、おもむろに宣告した。
「敬愛なる満場の諸君子、予はここに終に悲むべき結果を諸君に報告せざるを得ぬ、不運なる場合に立ち至った、只今大天文台よりの非常信号は、月の軌道が俄然地球に接近したという一事である、これ正しく地球の滅亡を意味すべきものだ、吾々はもはや最後の手段を採るの外、何らの策をも知らないのである、過日来の同盟会議が、殆ど無用に属し、一の得る所もなかったのは、予の衷心悲む所である、ああ敬愛なる諸君、諸君は各自自由の行動を採り給え、吾々はここに同盟会を解散すべき運命に陥ったのである」
 老博士は毅然として言い終った、失望落胆に沈んだ聴衆は号泣して屋外に走ったが、この時月の引力に依って起った大海嘯(かいしょう)は、たちまちにしてその半数以上の人命を奪い、次で宏大なる同盟会議所も、又激浪の呑む所となって仕舞ったのである。
 と見れば月は朦朧たる影を以て、宛然(さながら)魔神のごとき顔して、今にも地球に衝突を試むべく、刻々相近接して来る、その勢の猛烈なる、その表面の猛烈なる、とても再びとは見られぬ図だ。
 生き残りたる人民は、せめて最後までとの覚悟を以て、高山の頂きにと攀(よ)じ登った、海水は百丈千丈の大濤をたてて、万雷一時に落下するがごとく、叫喚の声は絶えず四方に起りつつあるが、波濤のひびき高ければにや、それすら聞えないのである。
 翻って太陽の有様は如何と見るに、これ又末期の近付いた故か、曩(さき)の煌々たる光はどこへやら、地球の人民のそれと等しく、僅かに大塊の一部分から、微弱なる光熱を放射するに過ぎぬ、ああ数千億年の昔しより、常に宇宙の一辺に覇(は)たりし太陽も、時勢の力に打ち勝つ能わず、見苦しき亡骸(なきがら)を残さんとするか。
 地球面の大洋は、たちまちにして波の音たえ、全く氷塊を以て閉されて仕舞った、陸上は次第に薄暗くなって、悲風頻りに吹き、樹木また凍結し、動物は食つきて、その残骸は、地の表面を被わんばかり。
 最後まで残りたる一人の天文学者は、少数の人民に向って、せめてもの思い出にと、自己の専攻せる太陽系の滅亡に就いて物語った。
「諸君はもはや悲みを忘れたであろう、吾々の同胞は、いずれも安き眠に就いた、吾々もまた相次いで亡ぶであろう、かくいわば諸君は、いうべからざる淋しみを感ずるかも知れぬが、しかし決して憂うることはない」
 と、これを聞いた二、三人の者は、淋しい笑いを浮べて、
「先生よ、吾々は最後まで生き残ったものの、もはや生命を全うしようなどという、希望は、毫(ごう)も有りません、淋しい苦しい世界を脱して、一時も早く他の楽しい所へ行きたいと思うのです」
「よく言われた、君らは充分に安心してよいのだ、学問上宇宙のすべての物は、如何なる微塵子といえども、一秒も進化という目的を忘却せぬ、つまり吾々の世界が、今滅亡しようとするのも、その実滅亡ではなくて、進化の一現象に過ぎぬのだ、しかし物体の不滅則は、何人も否定し得ない以上は、吾々の肉体は決して滅亡すべきものではない、またエネルギーが不滅なものであるからには、吾々の活動的精神も滅びない事は解っているだろう」
「して見れば先生よ、吾々は一時地球とともにその形態を変化する迄で、決してこれきり亡びるのではない事を知りました、この上は吾々は大なる慰安の下に、彼ら同胞の跡を追うことが出来るのです、ああ先生の教訓は、吾々をして、大善智識の化導と同様なる、愉快を与えられた事を謝します」
 彼ら二、三の同志は、心からなる感謝を学者に捧げたが、学者はすでに慰安を以て瞑目し、その体は氷よりもさらに冷たくなっている、されど彼の顔は、愉快なる微笑さえ浮んだのが見らるる。
 残れる者どもは、これを見て敢て驚きもせず、また悲しとも思わなかった、蓋(けだ)し死は分秒を争うに過ぎぬからである。
 かかる悲惨極まる有様の下に、地球の生物は刻々に亡び、太陽は一分毎に光りを失い、月はますます地球に接近する、そしてその月が、恐ろしい音響を以て地球と衝突し、遂に二体合一せる刹那(せつな)の物凄い有様は、何人も見たものがなかった、故にそれは未来数億万年後に、新しき世界に人として生れ来る者も、想像に描く能わざるべく、地球の末期(まつご)は、かくて永久に神秘の内に閉さるるであろう。
(「冒険世界」明治四〇年五月号)



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