馬鈴薯からトマト迄
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著者名:石川三四郎 

るのであらう。此庭園で出来るものは、果実でも野菜でも、全く他所では味ふことの出来ない美味を含んで居た。
 此庭園を耕やしに来る老人は田舎には珍らしいほど芸術精神に富んだ農夫であつた。此老人が葡萄樹を愛することと言ふたら、実に我子にでも対する様であつた。或る冬、葡萄の栽培をやつて居る時のこと、老人は太いこぶした古枝を鋸で引いて居たが、其葡萄樹を撓はめやうとすると、不幸にして樹は其切口から半ば割れて了つた。老人は何時も口癖にする呪詛の声を揚げて、
「フウトルルツ」
と叫んだが、直ぐ様、自分の着て居るシヤツの裳(もすそ)の処をズボンの中から出して、それをビリビリ引き裂いて、葡萄樹の場所に繃帯を施してやツた。そして、つぶやく様に言つた。
「ヘツ、ポオブル! サバ、ビヤン!」
 是れは「可愛そうに、是れで良かろう!」といふ様な意味だ。其繃帯で折れた樹の凍症を防ぐことが出来やうと言ふのであつた。私は此光景を見て、彼の腰の曲つた、皺くちやの、老人の頬ぺたをキツスしてやりたいと思つたほど深い感動を与へられた。此老人は私に取つては良教師であつた。老人得意の葡萄栽培は勿論のこと、トマト耕作の秘伝、葡萄酒造り込みの秘伝など、学校で教へられない種々なことを私は老人から稽古した。
 併し、此老人にも増して、私の自然に対する趣味を助長してくれたのは家主のマダム・ルクリユであつた。夏の夕暮には、何時も庭前の大木アカシヤ・ド・ジヤポンの天を蔽ふばかりに長く延ばした立派な枝の下に、青芝生の上に食卓を据ゑて、いつも晩餐を摂るのを例とした。終日の労働に疲れ果てた身も、行水に体の汗を拭いて、樹下の涼風を浴びながら、手製の葡萄酒に喉を潤ほす心地といふものは、未だに忘れ難い幸福な瞬間であつた。柔かい、ハーモニヤスな、チヤーミング・カラアの周囲の風光を賞しながら、閑寂を極めたあのクラポオの鳴く声を聞く夕べなど、私は甘へながら自然の懐に抱かれて居る様な心地がした。そしてコウした私の感情を優しく看護してくれた者はマダム・ルクリユであつた。

         ◇

 八年間の私の漂浪生活には、可なり悲しいことも、辛らいことも、多かつた。併しコウした優しい環境の中に生活して、私は従来経験したことの無い長閑(のどか)さと幸福とを享楽することが出来た。そして其間にも毎日必ず何か新らしい事実を学んで、身体と感情とを鍛へるばかりか、殊に此の五年間の百姓生活ほど、私の智識を向上させてくれたことは、私の生涯中に曽て無いことであつた。
 私はドム町に着いた其年から老人のフエリクスに伝授されて、トマトの耕作には非凡な成功を得た。町中の評判にもなり、百里を隔てた巴里にも送つて好評を博した。処が三年目の初秋の頃であつた。私の蒔いた馬鈴薯は、曽て初めてリアンクウル町で耕作した時の様に立派に成長したが、不思議なことにその馬鈴薯が茎の末に実を持つた。そして実が全然トマトと同じなのである。
「是れはどうしたんだろう?」
 私は心の中で叫んだ。曽てリアンクウルでは馬鈴薯が花の跡に実るものかと思つて、其無智なのに自ら呆れたが、今度は却て其馬鈴薯の花に実が成つたのである。トマトが成つたのである。
「是より不思議なことがあらうか?」
と驚きの胸を抱へながら、家に走つて此事をマダムに告げた。然るに豈(あ)に計らんや、マダムは些かも驚かない。
「其ういふことも有るものです」
 極めて平静にコウ答へられて、私は少々気脱した気味であつたが、併し、其奇異な現象に対する私の驚異は尚ほ久しく私の血を胸に堪へしめた。
「一体ドウしたんでしやう?」
 コウ私が問ふと、マダムは、馬鈴薯もトマトも本来同じフアミリイに属する植物で、根元に出来る実が、茎上の花の跡に成るとそれはトマトと同形同色の実になること、其れは或は近所に花咲いたトマトの花粉を受胎して其の結果を齎らしたのかも知れないこと、抔(など)を説明してくれた。
 三年間の実験で大抵なことは知つた積りの処、今又新らしい事実に遭遇して、私は又自分の無智に驚かされた。自然は智識の無尽蔵だと、私は其時も深く感歎した。「地中の林檎」は茎上のトマトに化けて私を再び驚かしたのである。
 自然は時に化けさへもする。




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