世界怪談名作集
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★暇つぶし何某★

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著者名:クラウフォードフランシス・マリオン 

       一

 誰かが葉巻(シガー)を注文した時分には、もう長いあいだ私たちは話し合っていたので、おたがいに倦(あ)きかかっていた。煙草のけむりは厚い窓掛けに喰い入って、重くなった頭にはアルコールが廻っていた。もし誰かが睡気をさまさせるようなことをしない限りは、自然の結果として、来客のわれわれは急いで自分たちの部屋へかえって、おそらく寝てしまったに相違なかった。
 誰もがあっと言わせるようなことを言わないのは、誰もあっと言わせるような話の種を持っていないということになる。そのうちに一座のジョンスが最近ヨークシャーにおける銃猟の冒険談をはじめると、今度はボストンのトンプキンス氏が、人間の労働供給の原則を細目(さいもく)にわたって説明し始めた。
 それによると、アッチソンやトペカやサンタ・フェ方面に敷設(ふせつ)された鉄道が、その未開の地方を開拓して州の勢力を延長したばかりでなく、また、その工事を会社に引き渡す以前から、その地方の人びとに家畜類を輸送して飢餓を未然に防いだばかりでなく、長年のあいだ切符を買った乗客に対して、前述の鉄道会社がなんらの危険なしに人命を運搬し得るものと妄信させたのも、一(いつ)にこの人間の労働の責任と用心ぶかき供給によるものであるというのであった。
 すると、今度はトムボラ氏が、彼の祖国のイタリー統一は、あたかも偉大なるヨーロッパの造兵廠(しょう)の精巧なる手によって設計された最新式の魚形水雷のようなものであって、その統一が完成されたあかつきには、それが弱い人間の手によって、当然爆発すべき無形の地、すなわち混沌たる政界の荒野に投げられなければならないということを、われわれに納得(なっとく)させようとしていたが、そんな論説はもう私たちにはどうでもよかった。
 この上にくわしくこの会合の光景を描写する必要はあるまい。要するに、私たちの会話なるものは、いたずらに大声叱呼(たいせいしっこ)しているが、プロミティウス(古代ギリシャの神話中の人物)であったらば耳もかさずに自分の岩に孔(あな)をあけているであろうし、タンタラス(同じく神話中の人)であったら気が遠くなってしまうであろうし、またイキシイオン(ギリシャ伝説中の人)であったらわれわれの話などを聴くくらいならばオルレンドルフ氏のお説教でも聞いているほうが優(ま)しだと思わざるを得ないくらいに、実に退屈至極のものであった。それにもかかわらず、私たちは数時間もテーブルの前に腰をおろして、疲れ切ったのを我慢して貧乏ゆるぎ一つする者もなかった。
 誰かがシガーを注文したので、私たちはその人のほうを見かえった。その人はブリスバーンといって、常に人びとの注目の的(まと)となっているほどに優れた才能を持っている三十五、六の男盛りであった。彼の風采は、割合に背丈(せい)が高いというぐらいのことで、普通の人間の眼には別にどこといって変わったところは見えなかった。その背丈も六フィートより少し高いぐらいで、肩幅がかなり広いぐらいで、たいして強そうにも見えなかったが、注意してみると、たしかに筋肉たくましく、その小さな頭は頑丈な骨組みの頸(くび)によって支えられ、その男性的な手は胡桃(くるみ)割りを持たずとも胡桃を割ることが出来そうであり、横から見ると誰でもその袖幅が馬鹿に広く出来ているのや、並外れて胸の厚いのに気がつかざるを得ないのであった。いわば、彼はちょっと見ただけでは別に強そうでなくして、その実は見掛けよりも遙かに強いという種類の男であった。その顔立ちについてはあまり言う必要もないが、とにかく前にも言ったように、彼の頭は小さくて、髪は薄く、青い眼をして、大きな鼻の下にちょっぴりと口髭(くちひげ)を生やした純然たるユダヤ系の風貌であった。どの人もブリスバーンを知っているので、彼がシガーを取り寄せたときには、みな彼の方を見た。
「不思議なこともあればあるものさ」と、ブリスバーンは口をひらいた。
 どの人もみな話をやめてしまった。彼の声はそんなに大きくはなかったが、お座なりの会話を見抜いて、鋭利なナイフでそれを断ち切るような独特の声音(こわね)であった。一座は耳を傾けた。ブリスバーンは自分が一座の注目の的となっているのを心得ていながら、平然とシガーをくゆらせて言いつづけた。
「まったく不思議な話というのは、幽霊の話なんだがね。いったい人間という奴は、誰か幽霊を見た者があるかどうかと、いつでも聞きたがるものだが、僕はその幽霊を見たね」
「馬鹿な」
「君がかい」
「まさか本気じゃあるまいね、ブリスバーン君」
「いやしくも知識階級の男子として、そんな馬鹿な」
 こういったような言葉が同時に、ブリスバーンの話に浴びせかけられた。なんだ、つまらないといったような顔をして、一座の面めんはみなシガーを取り寄せると、司厨夫(バットラー)のスタッブスがどこからとなしに現われて、アルコールなしのシャンパンの壜(びん)を持って来たので、だれかかった一座が救われた。ブリスバーンは物語をはじめた。

 僕は長いあいだ船に乗っているので、頻繁(ひんぱん)に大西洋を航海する時、僕は変な好みを持つようになった。もっとも大抵の人間にはめいめいの好みというものはある。たとえて言えば、僕はかつて、自分の好みの特種の自動車が来るまで、ブロード・ウェイの酒場(バア)で四十五分も待っていた一人の男を見たことがあった。まあ、僕に言わせると、酒場の主人などという者は、そうした人間の選りごのみの癖のお蔭で、三分の一は生活が立っていけるのであろう。で、僕にも大西洋を航海しなければならない時には、ある極まった汽船を期待する癖がある。それはたしかに偏寄(かたよ)った癖かもしれないが、とにかく、僕には、たった一遍、一生涯忘れられないほどの愉快な航海があった。
 僕は今でもよくそれを覚えている。それは七月のある暑い朝であった。検疫所から来る一艘の汽船を待っている間、税関吏たちはふらふらと波止場を歩いていたが、その姿は特に靄(もや)でぼんやりしていて、いかにも思慮のありそうに見えた。僕には荷物がほとんどなかった、というよりは全くなかったので、乗船客や運搬人や真鍮(しんちゅう)ボタンの青い上衣(うわぎ)を着た客引きたちの人波にまじって、その船の着くのを待っていた。
 汽船が着くと、例の客引きたちはいち早く茸(きのこ)のようにデッキに現われて、一人一人の客に世話を焼いていた。僕はある興味をもって、こうした人びとの自発的行動をしばしば注意して見ていたのであった。やがて水先案内が「出帆!」と叫ぶと、運搬夫や、例の真鍮ボタンに青い上衣の連中は、まるでダビー・ジョンスが事実上監督している格納庫へ引き渡されてしまったように、わずかの間にデッキや舷門から姿を消したが、いざ出帆の間ぎわになると、綺麗に鬚(ひげ)を剃って、青い上衣を着て、祝儀(チップ)をもらうのにあくせくしている客引きたちは再びそこへ現われた。僕も急いで乗船した。
 カムチャツカというのは僕の好きな船の一つであった。僕があえて「あった」という言葉を使うのは、もう今ではその船をたいして好まないのみならず、実は二度と再びその船で航海したいなどという愛着はさらさら無いからである。まあ、黙って聞いておいでなさい。そのカムチャツカという船は船尾は馬鹿に綺麗だが、船首の方はなるたけ船を水に浸(ひた)させまいというところから恐ろしく切っ立っていて、下の寝台は大部分が二段(ダブル)になっていた。そのほかにもこの船にはなかなか優れている点はたくさんあるが、もう僕はその船で二度と航海しようとは思わない。話が少し脇道へそれたが、とにかくそのカムチャツカ号に乗船して、僕はその給仕(スチュワード)に敬意を表した。その赤い鼻とまっかな頬鬚がどっちとも気に入ったのである。
「下の寝台の百五号だ」と、大西洋を航海することは、下町(したまち)のデルモニコ酒場でウィスキーやカクテルの話をするくらいにしか考えていない人間たち特有の事務的の口調で、僕は言った。
 給仕は僕の旅行鞄と外套と、それから毛布を受け取った。僕はそのときの彼の顔の表情を忘れろと言っても、おそらく忘れられないであろう。むろん、かれは顔色を変えたのではない。奇蹟ですら自然の常軌を変えることは出来ないと、著名な神学者連も保証しているのであるから、僕も彼が顔色を真っ蒼にしたのではないというのにあえて躊躇(ちゅうちょ)しないが、しかしその表情から見て、彼が危うく涙を流しそうにしたのか、噴嚔(くさめ)をしそこなったのか、それとも僕の旅行鞄を取り落とそうとしたのか、なにしろはっとしたことだけは事実であった。その旅行鞄には、僕の古い友達のスニッギンソン・バン・ピッキンスから餞別(せんべつ)にもらった上等のシェリー酒が二壜はいっていたので、僕もいささか冷やりとしたが、給仕は涙も流さず、くさめもせず、旅行鞄を取り落とさなかった。
「では、ど……」と、こう低い声で言って、彼は僕を案内して、地獄(船の下部)へ導いて行った時、この給仕は少し酔っているなと心のなかで思ったが、僕は別になんにも言わずに、その後からついていった。
 百五号の寝台は左舷のずっとあとのほうにあったが、この寝台については別に取り立てて言うほどのこともなかった。カムチャツカ号の上部にある寝台の大部分は皆そうであったが、この下の寝台も二段になっていた。寝台はたっぷりしていて、北アメリカインディアンの心に奢侈(おごり)の念を起こさせるようなありきたりの洗面装置があり、歯ブラシよりも大型の雨傘が楽(らく)らく掛かりそうな、役にも立たない褐色の木の棚が吊ってあった。余分な掛け蒲団の上には、近代の大諧謔家が冷蕎麦(ひやしそば)菓子と比較したがるような毛布が一緒に畳んであった。但(ただ)し、手拭掛けがないのには全く閉口した。ガラス壜には透明な水がいっぱいにはいっていたが、やや褐色を帯びていて、そんなに不快なほどに臭(くさ)くはないが、ややもすれば船よいを感じさせる機械の油の匂いを連想させるような微かな臭味が鼻を打った。僕の寝台には、陰気なカーテンが半分しまっていて、靄(もや)でいぶしをかけられたような七月の日光は、そのわびしい小さな部屋へ淡い光りを投げかけていた。実際その寝台はどうも虫が好かなかった。
 給仕は僕の手提げ鞄を下に置くと、いかにも逃げ出したいような顔をして、僕を見た。おそらくほかの乗客たちのところへ行って、祝儀にありつこうというのであろう。そこで、僕もこうした職務の人たちを手なずけておくほうが便利であると思って、すぐさま彼に小銭をやった。
「どうぞ行き届きませんところは、ご遠慮なくおっしゃってください」と、彼はその小銭をポケットに入れながら言った。
 しかもその声のうちには、僕をびっくりさせるような可怪(おかし)な響きがあった。
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