青ひげ
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著者名:ペローシャルル 

 すると、アンヌねえさまはいいました。
「日が照(て)って、ほこりが立っているだけですよ。草が青く光っているだけですよ。」
 そのうちに青ひげが、大きな剣(けん)をぬいて手にもって、ありったけのわれがね声(ごえ)を出して、どなりたてました。
「すぐおりてこい。おりてこないと、おれのほうからあがって行くぞ。」
「もうちょっと待ってください、後生(ごしょう)ですから。」と、奥がたはいいました。そうして、ごくひくい声で、
「アンヌねえさま、アンヌねえさま、まだなにも見えないの。」と、さけびました。
 アンヌねえさまはこたえました。
「日が照(て)って、ほこりが立っているだけですよ。草が青く光っているだけですよ。」
「早くおりてこい。」と、青ひげはさけびました。「おりてこないと、あがって行くぞ。」
「今まいります。」と、奥がたはこたえました。
 そうして、そのあとで、「アンヌねえさま、まだなにも見えないの。」と、さけびました。
「ああ。でも、大きな砂けむりが、こちらのほうにむかって、立っていますよ。」と、アンヌねえさまはこたえました。
「それはきっと、にいさまたちでしょう。」
「おやおや、そうではない。ひつじのむれですよ。」
「こら、おりてこないか、きさま。」と、青ひげはさけびました。
「今すぐに。」と、奥がたはいいました。そうして、そのあとで、「アンヌねえさま、アンヌねえさま、まだ、だあれもこなくって。」
「ああ、ふたり馬に乗った人がやってくるわ。けれど、まだずいぶん遠いのよ。」
「ああ、ありがたい。」と、奥がたは、うれしそうにいいました。「それこそ、にいさまたちですよ。わたし、にいさまたちに、いそいでくるように合図(あいず)しましょう。」
 そのとき、青ひげは、家ごとふるえるほどの大ごえでどなりました。奥がたは、しおしお、下へおりて行きました。涙をいっぱい目にためて、かみの毛を肩にたらして、夫(おっと)の足もとにつっぷしました。
「今さらどうなるものか。」と、青ひげはあざわらいました。「はやく死ね。」
 こういって、片手に、奥がたのかみの毛をつかみながら、片手で、剣(けん)をふりあげて、首をはねようとしました。おくがたは、夫のほうをふりむいて、今にもたえ入りそうな目つきで、ほんのしばらく、身づくろいするあいだ、待ってくださいと、たのみました。
 青ひげはこういって、剣をふりあげました。
「ならん、ならん。神さまにまかせてしまえ。」
 そのとたん、おもての戸に、ドンと、はげしくぶつかる音がしたので、青ひげはおもわず、ぎょっとして手をとめました。とたんに、戸があいたとおもうと、すぐ騎兵(きへい)がふたりはいって来て、いきなり、青ひげにむかって来ました。これは奥がたの兄弟(きょうだい)で、ひとりは竜騎兵(りゅうきへい)、ひとりは近衛騎兵(このえきへい)だということを、青ひげはすぐと知りました。そこで、あわてて逃げ出そうとしましたが、兄弟はもう、うしろから追いついて、青ひげが、くつぬぎの石に足をかけようとするところを、胴中(どうなか)をひとつきつきさして、ころしてしまいました。
 でもそのときには、もう奥がたも気が遠くなって、死んだようになっていましたから、とても立ちあがって、兄弟(きょうだい)たちを迎(むか)える気力(きりょく)はありませんでした。
 さて、青ひげには、あとつぎの子がありませんでしたから、その財産(ざいさん)はのこらず、奥がたのものになりました。奥がたはそれを、ねえさまやにいさまたちに分けてあげました。

 ものめずらしがり、それはいつでも心をひく、かるいたのしみですが、いちど、それがみたされると、もうすぐ後悔(こうかい)が、代ってやってきて[#「やってきて」は底本では「やっきて」]、そのため高い代価(だいか)を払わなくてはなりません。




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