村芝居
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著者名:魯迅 

 わたしはお湯も飲まずになお突立って芝居を見ていた。それも何を見たとハッキリ言うことが出来ないが、役者の顔がだんだん変槓(へんてこ)のものになって、五官の働きがあるのだか、ないのだか、何もかも一緒くたになって区別がつかなかった。小さな子供は勝手に自分の話をしていた。するとたちまち一人の赤い薄ぎぬを著た道化役が舞台の柱に縛られて胡麻塩※[#「髟/胡」、240-11]の者から鞭で打たれた。みんなはようやく元気づいて笑い出した。これはその一晩の中で、一番いい幕だった。そうこうしているうちに、ふけおやまが出た。
 ふけおやまはわたしの大嫌いなもので、何よりも坐って歌を唱うのがいやだ。この時ほかの見物人も皆いやな顔をしていたから、あの人達の考えもわたしと同じであることを知った。そのおやまは初めしずしず歩いて唱っていたが、しまいにとうとう真中の椅子の上に坐った。わたしはうんざりした。雙喜や他の人達もぶつぶつ言いだした。わたしは我慢してしばらく見ているとその役者は手を挙げたので立って行(ゆ)くのか、と思ったところが、いやはや、やっぱりもとの処で長々しく唱い続けた。船の中の者はみんな溜息を吐(つ)いたり欠伸(あくび)をしたり。雙喜は終(つい)に堪えかね、「こいつはあしたまで続きそうだぜ。もう帰ろうじゃないか」というと、みんなはすぐに賛成して、勇ましく立上がり、三四人は船尾へ行って棹を抜き、幾丈(いくじょう)か後すざりして船を廻し、ふけおやまを罵りながら、松林に向って進んだ。
 月はまだ残っていた。見物した時間はあまり長くもないらしかった。趙荘を出ると月の光はいっそうあざやかになった。ふりかえって見ると舞台は燈火の中に漂渺(ひょうびょう)として、一つの仙山楼閣(かいやぐら)を形成し、来がけにここから眺めたものと同様に赤い霞が覆いかぶさり、耳のあたりに吹き寄せる横笛は極めて悠長であった。わたしはふけおやまがもう引込んだにちがいないとは思ったが、まさかもう一度見せてくれとも言えなかった。
 まもなく松林は後ろの方になった。船あしは決して遅くもなかったが、あたりは黒く濃く、夜更であることが知れた。彼等は芝居を罵り笑いながら船を漕いだ。すると舳(じく)に突当る水の音が一際(ひときわ)あざやかに、船はさながら一つの大白魚(たいはくぎょ)が一群の子供を背負うて浪の中に突入するように見えた。夜どおし魚を取っている爺さん連(れん)は船を停めてこちらを眺めて思わず喝采した。
 平橋までは一里もあるらしかった。漕ぎ手も皆つかれた。無暗に力を出した上になんにも食わないからだ。その時桂生はいいことに気がついた。羅漢豆(らかんまめ)が今出盛りだぜ。火があるからちょっと失敬して煮て食おう。みんなは賛成した。すぐ船を岸へつけておかに上(あが)った。田の中には真黒に光ったものがあった。それは今実を結んだ羅漢豆であった。
「あ、あ、阿發、この辺はお前の家(うち)の地面だぜ。あの辺が六一爺(ろくいちおやじ)の地処だ。俺達はそいつを取ってやろう」
 真先におかへ上(あが)っていた雙喜は言った。われわれは皆おかへ上(あが)った。阿發は跳ね上(あが)って
「ちょっと待ってくれ、乃公(おれ)に見せてくれ」
 彼は行ったり来たりしてさぐってみたが、急に身を起して
「乃公の家(うち)のがいいよ。大きいからね」
 この声をきくと皆はすぐに阿發の家(うち)の豆畑へ入った。めいめい一抱えずつもぎ取って船の中へ投げ込んだ。雙喜はあんまり多く取って阿發のお袋に叱られるといけないと思ったので、皆を六一爺さんの畑の方へやってまた一抱えずつ偸(ぬす)ませた。
 年上の子供はまたぶらぶら船を漕ぎ出した。他の者は船室の後ろで火を起した。年弱(としよわ)の者はわたしと一緒に豆を剥いた。まもなく豆は煮えた。みんなは船をやりっ放しにして真中に集まって、撮(つま)んで食った。食ってしまうとまた船を出した。道具を片附けて豆殻(まめがら)は皆河の中へ棄てた。何の痕跡も残さなかったが、雙喜は八おじさん(船の持主)の塩と薪を使ったことを心配した。あのおやじはこまかいからね、きっと嗅ぎつけて怒鳴って来るにちがいない。
 みんなそこでいろんな意見を吐いたが、結局、構うもんか、もしあいつが何とか言ったら、去年あいつが陸(おか)へ上(あが)って櫨(はぜ)の枯木を持って行ったからそれを返せと言ってやるんだ。そうして眼の前で、八の禿頭を囃してやるんだ。
「家(うち)へ帰れば大丈夫だよ。乃公が保証する」
 と雙喜は船頭(みよし)に立って叫んだ。わたしはみよしの方を見ると、前はもう平橋であった。橋の根元に人が一人立っていたがそれは母親であった。雙喜はわたしの母親に向って何か言ったが、わたしも前艙(いちのま)の方へ出た。船は平橋に来て停った。われわれはごたごた陸(おか)へ上(あが)った。母親は少し不機嫌で、十二時過ぎても帰らないからどうしたのかと思ったよ、とは言ったが、それでも元気よくみんなをよんで、炒米(いりごめ)を食わせた。みんなはもうおやつを食べているし、眠くはあるし、早く帰って寝たかったので、すぐに散り散りに別れた。
 次の日、わたしは昼頃になってようやく起きた。八おじさんの塩薪事件は何の問題も引起さなかった。午後はやはり蝦釣りに行った。
「雙喜、てめえ達はきのう乃公の豆を偸んだろう。いけねえなあ、たくさん偸んだ上に、あんなに踏み荒しては」
 わたしは首を挙げて見ると、六一爺さんは、小船に棹さして豆売からの帰りがけらしく、船の中にまだたくさんの豆が残っていた。
「ええ、わたしどもは御馳走になったよ。初めはお前のとこのものは、要らなかったんだが、ね、御覧、お前はわたしの蝦を嚇(おど)かして逃してしまったよ」と雙喜は言った。
「御馳走か――ちげえねえ」六一爺さんはわたしを見ながら櫂をとめて笑った。
「迅ちゃん、きのうの芝居は面白かったかね」
 わたしは頷いて「ええ」と答えた。
「豆はうまかったかね」
「ああ大変うまかったよ」
 六一爺さんは非常に感激して、親指をおこして、得意になって喋舌った。
「さすがは大どころで育った学者だけあって、目が高い。乃公の豆は一粒撰(よ)りなんだぜ。田舎者にゃわからねえ。全く乃公の豆は、ほかのもんとは比べ物にならねえ。乃公はきょう幾らか、おばさんのところへ持ってってやるんだ」
 彼はそこで櫂を押して過ぎ去った。
 わたしは母親に喚(よ)ばれて晩飯を食いに帰ったら、卓上の大どんぶりに煮立ての羅漢豆があった。これは六一爺さんがわたしの母とわたしに食べさせるために贈ってくれたもので、彼は母親に向って、わたしのことを箆棒(べらぼう)にほめていたそうだ。
「年はいかないが見上げたもんだ。いまにきっと状元(じょうげん)に中(あた)るよ。おばさん、おめえ様の福分は乃公が保証しておく」
 わたしは豆を食べたが、どうしてもゆうべの豆のような旨みは無かった。
 まったく、それからずっと今まで、わたしは本当にあの晩のようないい豆は二度と食べたことはなかった。――あの晩のようないい芝居も二度と見たことはなかった。
(一九二二年十月)



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