金の十字架の呪い
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著者名:チェスタートンギルバート・キース 

「あんたはそれに対して色々な回答を得らるるかもしれんとわしは考えましたのじゃ」と師父ブラウンは答えた。
「なぜですか、どういうわけですか?」と教授は、彼の肩越に彼を見ながら、訊ねた。
「わしはな、水松の樹のかげに人の声を聞いたように思いましたのじゃ。わしはタアラント君は見かけのようにあの人は一人ポッチだとは考えませんじゃったよ」
 タアラントが不機嫌な様子でのろのろと来た時に、その確信を得た。女の声ではあるが、高いかなりやかましい、他の声が戯談(じょうだん)まじりで話していた。
「どうして私はあの人がここに居るだろうという事を知ったか?」
 この愉快な観察が彼は話しかけられたのではないという事がスメール教授に影響した。そこで彼は幾分当惑して、まだ第三の人物が居ったという結論に達した。ダイアナ夫人が水松の木のかげからいつもの様にニコニコして出て来た時に、彼は彼女は彼女自身の生きてる影である事を注目した。レオナルド・スミスのやせたさっぱりした姿が、すぐに彼女の華美な後から現われた。
「譎漢共(ごろつきかんども)!」スメールがつぶやいた、「どうして、彼等が皆ここに居るんだろう! 海象(くらげ)のような頬鬚の生えてるあの小さな見世物師を除いて皆だ」
 彼は彼の傍に師父がおだやかに笑ってるのを聞いた。そして真にその状態は笑い事ではなくなって来た。無言劇のトリックの様に彼等の耳が転倒したりまわってるように思われた。教授が話してる間さえ、彼の言葉は最もおかしい矛盾を受けた。奇怪な髯をもった円い頭が地の中の穴から急に現われたりした。しばしの後彼等はその穴は事実において非常に大きい穴で、地中の中心に達してる段梯子(はしご)に通じていて、彼等が訪ねようとした地下への入口であった事を了解した。あの小さい男がその入口を発見した最初であった。そして同伴者に話しかけようとして再び彼の頭を差出す前にもう既に梯子を一二段上っていた。彼はハムレットの中の道化に出るある馬鹿気た墓掘りのように見えた。彼はただ彼の深い髯のかげでこう言った。「ここが下りる所ですよ」しかしその声は彼等が一週間の間食事の時に彼と相対していたけれども、彼等は彼が今までに話すのをほとんど聞いた事はなかったし、また彼はイギリスの講師であるように想像されてたが、彼はむしろ外国のアクセントで話すという趣きをその一行の人々に伝えた。
「ねえ、教授」とダイアナ夫人は快活気に叫んだ。「あなたのビザンティンのミイラは見のがすにはあまり惜しゅう御座いましたの、私は皆さんとただ御一緒に見にまいりました。そして皆さんも私と同じようにお感じになったに違いありませんわ。さああなたはそれについて凡てを話してくださらねばなりません」
「私はそれについちゃ、凡てを知りませんよ」とまじめに言った。「ある点において私は何が凡てかさえ知らないのですからな。吾々がこんなにすぐに皆さんと逢うというのはたしかにおかしいと思われます。しかしもし吾々が皆そこを訪問するのなら、責任のある方法で、責任のある指導のもとに、なされねばなりません。吾々は発掘にかかりあってる誰れでも通告せねばなりません。吾々は少なくとも本に吾々の姓名を書かねばなりません」
 夫人の焦慮と古老学者の疑いとの間のこの軋轢には口論のような何物かがあった。しかし後者の牧師の職務上の権利における主張とその地方の調査ははるかにまさっていた。髯を生やした小さい男がまた彼の穴からいやいやに出て来た。そしてだまっていやいやに納得した。幸いにも、牧師が彼自身この場に現われた、彼は灰色の頭髪の人の善さそうに見える紳士であった。好古家同志として教授に親しみのある話しをしてる間、興味よりは、むしろ敵意を以てその同伴の彼の一行を見なすようには思われなかった。
「私はあなた方のうちどなたも迷信深くない事をのぞみます」彼は愉快気に言った。「まず最初に、私はこの仕事において吾々の熱心な頭にかかってる悪い前非やまたはいかなる呪いもないという事を、皆さんにお話しせねばなりません。礼拝堂の入口の上で見つけたラテン語の銘を私は今ちょうど訳している所です、そしてそれは三つの呪いがふくまれてるように思われます。すなわち、閉ざされた室に這入る事に対しての呪、第二は棺桶を開く事に対する二重の呪い。そしてそれの内部に発見された金の霊宝に触れる事に対しての三重のそして最もおそろしい呪いです。その最初の二つはもう既に私が受けたのです」と彼は微笑をもってつけ加えた。「しかし私はもし皆さんが幾分でも何かを見ようとなさるなり彼等の最初のと二番目をお受けになるだろうという事を気遣います。物語りに依りますると、呪詛は、長い間においてそしてまたなおもっと後の機会に、かなりぐずぐずした形式で現われます。私は皆さん方にとってどちらが幾分かの慰めであるかどうかは知りません」それからウォルター氏は元気のない慈悲深い態度でもう一度微笑した。
「さあ、それはどんな物語りですか?」スメール教授はくりかえした。
「それはかなり長いお話しです、よくある地方の伝説の様にですな」牧師は答えた。
「それは疑いなく墳墓の時代と同時代です。そしてそれの内容は銘の中に記されていますが。ざっとではありますがな。十三世紀の初期ここの領主の、ギイ・ド・ギソルがゼノアから来た使臣の所有である美しい黒馬に心をうばわれました。が商売気のある彼は巨額の値でなければ売る事を欲しなかったのです。ギイは貪慾のために寺院強奪の罪を犯しました。そして、ある物語りに依ると、そこに使っていた所の、僧正を殺ろしたとさえ云うのです。とにかく、僧正はある呪いを口走りました、それは、彼の墓の安息所から金の十字架を奪い取って自分のものにしたりまたはそれがそこに戻った時にそれをさまたげる誰れでもに振りかかるというのです。領主は町の鍜治屋(かじや)に聖宝を売って馬の代金を工面しました、がしかし彼が馬に乗った最初の日にそれが飛び上って教会の玄関の前に彼を投げ出したのです、そして領主は首を折ってしまいました。かれこれするうちに、今まで金持でその上繁昌していた鍜治屋が、不思議な事が連続的に起って破産してしまいました。そしてなおこの領地に住んでいたユダヤ人の金貸(かねかし)の権力に落ちこんでしまいました。饉死(がし)するより外にしようのなくなった、鍜治屋は林檎の樹に首をくくってしまいました。彼の他の品物、馬、店、そして道具等と一緒に、金の十字架は長い間金貸の所有になってました。そのうちに彼の不敬な父に起った天罰に恐怖された、領主の子息が、その時代の暗いそして厳格な精神における信神者(しんじんもの)になって来たのです。そして彼の家来中の凡ての異教徒または不信者を迫害するのが彼の義務であると考えました。父親には黙許されていた、ユダヤ人がその息子の命令に依って残酷に焼かれました、それで彼が聖宝を所有していたためにひどい目にあったのです。これらの三つの天罰の後で、それは僧正の墓にかえされました。それ以来それを見た者も手をそれに触れた者もないのです。」
 ダイアナ夫人は予期していたよりもいっそう動かされたように思われた。
「これはほんとに身震(みぶるい)を催させますね」と彼女が言った。「牧師さんを除いては、私達がその最初であろうと考えますとね」
 大きな髯を生やしたそしてでたらめの英語を使う先鋒者は結局彼の気に入りの階段からは下りなかった。その階段は発掘を指図する労働者にだけ使用されていたものであった。牧師は百ヤードばかりはなれた大きなそしてもっと便利な入口に彼等を案内した。そこから彼はたった今地下を調査して出て来たばかりであった。ここでは少し下り道ななだらかな傾斜なのでだんだんに暗さをます以外にはさして困難ではなかった。彼等は松脂(まつやに)のように黒い磨り減らしたトンネルの中に動いてるのがわかった。そして彼等が上の方に一条の光線を見たのはそれからまもなくであった。その沈黙の進行の間に一度誰れかの呼吸のような音があった。それは誰れのであるか言う事は不可能であった。そして一度そこにはにぶい爆音のような嘲罵(ちょうば)があった、そしてそれはわからない言葉であった。
 彼等は円いアーチの会堂のような円い小室(こべや)に出て来た。なぜならその会堂はゴシック式の尖端(さき)のとがったアーチが矢尻のように吾々の文明をつきさす前に建てられたものであるから、柱と柱の間の青白い一条の光りが頭上の世界への他の出入口を示した。そしてまた海の下に居るという漠然たる感じを与えた。
 ノルマン風の犬歯状の模様が、巨大な鯊(はぜ)の口に似たある感じを与えて、底知れぬ暗さの中(うち)に、アーチ中にかすかに残っていた。そして石の蓋が明いていて、墳墓それ自身の暗い巨体の中にかかる大海獣のあごがあるかもしれなかった。
 ふさわしいという考えからかあるいはもっと近代的な設備の欠乏からかして、その僧職の好古家は床の上に立ってる大きな木製のローソク台にただ四本の丈高いローソクをとぼして会堂の照明を計った。これ等の一本が、彼等が這入って来た時に、偉大な古物に弱々しい光りを投げながらとぼされた。彼等が皆集った時に、牧師は他の三本に火をつけるために進んだ、そして巨大な石棺の形ちがもっとはっきりと見えて来た。
 凡ての眼は、ある神秘な西方の方法に依って幾年ともなく保存された、その死人の顔に注がれた。教授は驚異の叫びをおさえる事がほとんど出来なかった。なぜなら、その顔は蝋燭の面のように青白くはあったけれども、今眼を閉じたばかりの眠ってる人のように見えたから。その顔は骨っぽい骨格を持ち、狂神者型でさえある、苦業者の顔であった。体は金の法衣とそして華美な祭服をつけていた。そこから胸の所が高くなっていて、喉の下の所に種々短い金の鎖の上に有名な黄金の十字架が輝いていた。石の棺は頭部の蓋を上げると開かれるようになっていた。二本の丈夫な棒でそれを高く支えて、上部の石の平板(ひらいた)の端にひき上げて、それから死骸の頭の後の棺の角々に差入られた。それで足と体の下の方はよく見られなかった。けれども蝋燭の光りは顔一っぱいに照らした、そして海牙色の死人の色合に対照して黄金の十字架は動きそしてまた火のようにきらきらするように見えた。
 牧師が呪いの物語りをして以来、スメール教授の大きな額は反省の深い皺がきざまれた。しかし敏感な女性の直感は彼の周囲の人々より以上彼の苦悩してる不動の意味を了解した。その蝋燭の光に照された洞穴の沈黙の中にダイアナ夫人は不意に叫び声をあげた。
「それにさわってはいけないと、いうのに!」
 しかしその男は死体の上にかがんで、獅子の如き迅速な勢いで、もうすでにさわっていた。つぎの瞬間彼等は凡て、ちょうど空が落ちて来たかのようなおそろしい身振をもって、ある者は前に、ある者は後に、突進した。
 教授が黄金の十字架に一指をふれた時に、石の蓋を支えるためにごくかすかに曲っていた、棒が飛び上ったので彼等は身振いをしてかたくなったように思われた。石の平板(へいばん)の縁が木の台からすべった、それから彼等の身も魂も、絶壁から振りおとされるような、奈落に落ちこむようないやな気持ちになった。スメールはす早く彼の手をひいた、がもう間にあわなかった。それから彼は頭からタラタラと血を流して、棺桶の側(そば)に人事不省にたおれた。そして古るい石の棺は何世紀もの間閉じていたように再び閉じられた。食人鬼にさかれた骨を暗示するような、割目につきささった一二の棒片(ぼうぎれ)を除いて、その大海獣は石の口をパックと噛んだ。
 ダイアナ夫人は狂気の如き電光を持った眼でその破滅を眺めていた。彼の母の髪は青い薄明りの中の蒼白な顔に相対して真紅に見えた。スミスは彼の頭の辺りに犬らしい何物かを以て、彼女を眺めていた。しかしそれは彼がただわずかに了解する事が出来る彼の主人の災難を眺めるだけの表情であった。タアラントと外国人は彼等のいつもの冷淡な態度で面を硬(こわ)ばらしていた。牧師は弱ってるように思われた。師父ブラウンはたおれた人の傍にひざまずいて、その様子を吟味しようとしていた。
 皆んなの驚きを外(よそ)に、ポール・ターラントは彼を助けようと前に進んで来た。
「外へ運んだ方がよろしいですね」と彼が言った。「私はまだちょっと見込みがあると思いますよ」
「この人は死んではおられん」ブラウンが低い声で言った、「がしかしわしはかなり悪いように思いますじゃ、あんたはお医者さんじゃないかな、時に依っては?」
「そうじゃありません、しかし僕は僕の年頃では色々な事をせねばなりませんからね」と相手が言った。「しかしちょっと僕に関しちゃ御心配無用です。僕のほんとの職業はたぶんあなたをおどろかすにちがいありませんよ」
「わしはそうは思わんよ」とかすかな微笑をもって、師父が答えた、「わしは航海中の半ばはそれについて考えとったんじゃ。あんたは誰れかをつけとる探偵じゃ。まあまあ、十字架は盗人の手から安全ですわい、とにかくな」
 彼等が話してる間にターラントはやすやすと器用にたおれた人を抱き上げて入口の方へ彼を注意深く運んでいた。彼は肩越しに答えた、「左様です、十字架はもう安全ですよ」
「あんたは他に誰もいないと言われるんかな」ブラウンは答えた。「あんたも、その呪いの事を考えておられるのかな?」
 師父ブラウンはその悲劇的な出来事の衝動以上に何物かがあった渦まいてる混乱の仕事のために一二時間ばかりの間行ったり来たりした。彼は教会の向うにある小さい旅館にそのぎせい者を運ぶのを手伝った。そして医者を呼んだ。医者は生命には別条がないが、まさしくおどおどしながらその怪俄について話した。そしてまた旅館の客間に集(あつま)っていた旅行者の一団にそれを報告したりした。しかし彼が行ったどこにでも神秘の雲が彼に横たわっていた。そして彼が考えるほどますます暗くより深くなるように思われた。なぜなら中心の不可思議はますます神秘になって来た。現に彼の心の中で明白となり始めた、その領地の神秘までも、その一行の個々の人物を考えてみてもその突発した事件を説明するのはますます困難になった。レオナルド・スミスはダイアナ夫人が来たために単に来たのである。そしてダイアナ夫人は彼女が希望した故に来たのであった。夫人のロマン主義は迷信的な方面を持っていた。そして彼女は彼女の冒険のおそろしい結果に充分弱っていた。ポール・ターラントは、たぶんある妻かまたは夫の、悪巫山戯(わるふざけ)を監視するような好ましからぬ外国人の態度を多く持っていた。そして実際は、髯のある外国の講師のあとをつけている、私立探偵であったのだ。しかしもし彼かあるいは他の何人かが聖宝を盗もうと計画したのであったならその計画は完全に打ちこわされるのであった。
 彼が宿屋と教会との間の、村の通りの真中に一方ならぬ混乱の中に立っていた時に、その通りに近づいて来る親しみはあるがむしろ予期しない人物を見て驚きの軽い衝動を感じた。太陽[#「陽」は底本では「洋」]の光りに非常にやつれて見える、新聞記者の、ボーン氏であった。日の光りは案山子(かかし)のそれのような薄ぎたない彼の着物をあらわにした。そして彼の暗いそして深く落ちこんだ眼が牧師にジート注がれた。後者のその厚い髯はニタリ笑いのような少なくとも凄い微笑に似た何物かをかくしたという事を見極めるために二度見つめた。
「わしはあんたはもう行ってしまわれた事じゃと考えてましたわい」師父ブラウンは少し鋭く言った。「あんたは二時間も前の汽車で出発されたんじゃと思っとりましたよ」
「ところで、あなたは私が出発しなかった事がおわかりでしょう」ボーンが言った。
「なぜあんたは戻って来られたんじゃな?」まじめに坊さんが訊ねた。
「急いで立ち去るのは新聞記者にとってあまり結構な事ではありませんからね」と相手が答えた。「ロンドンのような陰気な所に帰って行く間にここで色々の出来事があまりに早く起ります。その上、彼等はこの事件から私をのぞく事は出来ますまい――私はこの二番目の事件の事を言うのですが。あの死体を見つけたのは私でした。あるいはとにかく着物をね。私は全くうたがわしい行為は、ないじゃありませんか? たぶんあなたは私が彼の着物をつけたがったとお考えになりましょう」
 それからやせた長い鼻をした山師は不意に、彼の両腕を差しのべそれから道化の祈祷の様な具合に彼の黒い手袋をはめた両手を拡げながら、市場の真中に変な身振りをした。つぎの様な事を言いながら、「オオ親愛なわが兄弟よ、吾は御ん身等凡てを甘受するであろう……」と、
「一体あんたは何を言うとられるんじゃ?」師父ブラウンは叫んだ、そして彼のずんぐりした蝙蝠傘で軽く敷石をたたいた。なぜなら彼はいつもより少し気短かであったから。
「ああ、もしあなたが宿屋に居るあなたの遊山の一行に尋ねられたならそれについての凡ての事がおわかりになるでしょう」とボーンは不平気に答えた。「[#「「」は底本では欠落]あのターラントという男は私がただ着物を発見したという理由で私を疑ってるようです、けれども彼は自分でそれを見つけるのにほんの一分おそく来たのです。しかしこの事件にはあらゆる種類の神秘があります。あの事件に対して、なぜあなたがご自分であの哀れな人を殺さなかったか私にはわかりませんよ」
 師父ブラウンはその諷示には少しも悩まされてるようには見えなかった、がその観察に依って非常に当惑させられそしてまた煩わされた。
「あんたは」と彼は卒直に訊ねた。「スメール教授を殺そうとしたのはわしだったと言われるんですかい?」
「いやそうじゃないです」とさっぱりと譲歩する人の態度で手を振りながら、相手が言った。「死人の多くはあなたに取っては決定する事が出来る。スメール教授に限った事じゃありません。まあ、あなたは誰れか他の者が、スメール教授よりもたくさんな死人を出したのを知りませんか? そして私はなぜあなたが、こっそりと彼をやらなかったかわかりませんな、宗教的な相違、ねえ……キリスト教徒の残忍な軋轢……私はあなたがいつもイギリスの牧師管区を取り戻すのを望んでいられたと思いますよ」
「わしは宿屋へ戻りますじゃ」と坊さんはもの静かに言った。「あんたはあそこに居る人達はあんたが意味する事を知っとると言われる。それでたぶんあの人達はそれを言う事が出来るかもしれん」
 事実、彼の秘かな当惑は新しい災難の報告に一瞬間の散乱を告げた。一行の残りの者が集(あつま)っていた小さい客間に這入った瞬間に、彼等の蒼白い顔の何物かに墳墓についての事件よりもっと新しい何事かに依って感動された事を彼に話した。彼が這入った時でさえレオナルド・スミスはこう言っていた。「一体これはどこで終るんですか?」
「それは決して終らないでしょう、って言うのに」ガラスのような眼で空間を見つめながら、ダイアナ夫人が繰りかえした。「それはね私達が皆終るまで決して終らないでしょうよ。交(かわ)る交(がわ)る呪いが私達にふりかかるでしょう、あの牧師さんが言ったように、たぶんそろそろとね、しかしそれはあの方にふりかかったように私達皆んなにかかる事でしょう」
「一体全体また何事が起りましたかな?」師父ブラウンが訊ねた。
 沈黙が起った。それからタアラントが少し洞声(どらごえ)のように轟く声で言った。
「牧師の、ウォルター氏が自殺されました。激動があの人を攪乱させたのだと僕は思いますよ。それについちゃ疑いがないらしく思われます。吾々は今ちょうど海岸から突き出てる岩の上に彼の黒い帽子と衣類を発見した所です。彼は海中に飛びこんだように思われるのですがねえ。僕はそれが智慧の足りない彼を打ったかのように彼が見えたと思いました。してたぶん吾々は彼の面倒を見ねばならないのです、しかしそうたいして面倒見る事はありませんでしたが」
「あんたは何んにもなさる事が出来なかったのです」と夫人が言った。「[#「「」は底本では欠落]物事はおそろしい命令に運命を取引きされてるのがわかりませんか? 教授は十字架にさわりました、そして彼が第一に行きました。牧師さんは墳墓を開きました、そして彼は二番目に行きました。私達はただ会堂に這入ったばかりでした。それに私達は――」
「おだまんなされ」と、めったに使わない鋭い声で、師父ブラウンは言った。「これは止めねばならんですぞ」
 彼はなお重々しいしかめ顔をしていた、けれども彼の眼にはもう混乱の雲りがなかった。ただほとんどとけかけたおそろしい了解の光りがあった。
「なんてわしは馬鹿じゃろう!」彼はつぶやいた。「わしはもうとうにそれがわからんければならんのだった。呪いの話しはわしに話されるべきじゃった」
「あなたは十三世紀に起ったある事に依って吾々がほんとに殺されるとこう言われるのですか?」
 師父ブラウンは彼の頭を振ってしずかな語勢で答えた。
「わしは吾々が十三世紀に起ったある事に依って殺されることが出来るかどうかを論じたことはありませんじゃ、しかしわしはな吾々は十三世紀に決して起らなかったなにか、すなわち全然起らなかった所のなにかに依って殺されないという事はたしかじゃ」
「左様」とターラントが言った、「そのような不可思議な事に対して懐疑的である坊さんを見出すのは愉快な事ですな」
「いやいや」と坊さんはおだやかに答えた、「わしが疑うのは超自然な点ではないのじゃ、それは自然的な点じゃよ。『私は不可能を信ずる事は出来る、がしかし有りそうもない事を信ずる事は出来ぬ』と言うた人の心持ちと同じ所に居りますのじゃ」
「それはあなたが逆説と呼ぶ所の事ではないのですか?」と相手が訊ねた。
「それはわしが常識と呼ぶ所のものじゃよ」師父は答えた。「吾々が了解する事に相反する自然な物語よりは、吾々が了解しない事を話す、超自然的な物語りを信ずるのがもっと自然でありますじゃ、あの偉大なグラドストンが、彼の最後の時パーネルの幽霊につかれたということをわしに話して見なされ、わしはそれについては不可知論者じゃ。しかしグラドストンが最初に、ビクトリア女王にお目通りをした時に、彼女の居間で深い帽子をかぶりそして彼女の後ろをパタンとたたいて彼女に煙草を差上げたという話しをわしに聞けば、わしはちっとも不可知論者じゃありませんわい。それは不可能じゃありませんぞ、それは同じ信ぜられぬ事じゃ、それでわしはパーネルの幽霊が現われなかったというよりはそれは起らなかったという方がもっとたしかでありますじゃ、なぜならそれは私が理解する世界の法律を犯すからじゃ。それで呪いの話しについてもそうですじゃよ。わしが信じないのは伝説じゃありませんのじゃ――それは歴史ですわい」
 ダイアナ夫人は凶事予言者についての彼女の恍惚から少し恢復した。そして新しい事についての彼女の好奇心が彼女の輝いた好奇の眼から再び現われ始めた。
「なんてあなたは奇妙な方でしょう!」彼女が言った。「なぜあなたは歴史を信じないのでしょうか?」
「なぜならそれが歴史じゃないからわしは歴史を信じないのじゃ」師父ブラウンは答えた。「中世紀に関して少しでも知っとる人に取ってはな、その話しは全部グラドストン[#「グラドストン」は底本では「グラドスン」]がビクトリア女王に煙草を差出したのと同じように信じられぬ事なのじゃよ、しかし中世紀について誰がいかなる事を知ってますかな?」
「いいえ、もちろん私は存じませんわ」と夫人は意地悪く言った。
「世界の他の一端において、乾いたアフリカ人の一組を保存したのが、もしタアタアカ人であったら、その理由は神様が御存じじゃ、もしそれがバビロン人かあるいは支那人であったなら、もしそれが月の世界に居る人間のように神秘なある人種じゃったら、新聞紙から歯ブラッシに至るまで、それについて凡てあんた方に報告するじゃろう。がしかし人間は吾々の教会を建てそして吾々の町やまた今現に歩いて道路に名をつけたのじゃ――しかしそれ等について何事も知るような事が起らなんだ。わしもわし自身多くを知っとるのではない、がしかしその物語りは始めから終りまでつまらないそして馬鹿気た事じゃという事を見抜くに充分なだけは知ってますわい。人の店や道具を差押えるのは金貸としてはそれは不正であったのじゃ。ギイドがそのような破産から人を救わなかったという事は、全くありそうな事ではないのじゃ、殊に彼がユダア人に依って破滅させられたのだとするとな。人々は彼等自身の罪悪や悲劇を持ってますのじゃ、彼等は時としては人々を責め苦しめあるいは焼きましたじゃ、世の中に神も希望もなしに、彼が生きていようといまいと誰もかまわない故に死へとだんだんに寄って来るという人間の考え――それは中世紀の思想ではありませんのじゃ。それは吾々の経済的な科学と進歩の生産なのですぞ。そのユダヤ人はきっと領主の家来じゃなかったのじゃろう。ユダア人は神の下僕として特別な位置を持っておったのじゃ、殊に、ユダア人は彼の宗教のために焼き殺されるはずはなかったのじゃ」
「逆説が増してきますな」ターラントが口を入れた、「しかしたしかにあなたは中世紀においてユダヤ人が迫害されていたという事を首肯なさらんでしょうな」
「それは真理に近いようじゃな」師父ブラウンが言った、「彼等は中世紀において迫害されなかった唯一の人々であったという方がな。もし君が中世紀主義を諷刺しようとすればじゃ、あるキリスト教徒がホームアシヤン(三位一体を信ずる人)に関してある過失をしたために生きながらに焼かれ、しかるに富めるユダア人はキリストやその聖母を大っぴらに罵りながら町を横行するかもしれないという事を云えば立派な例を造る事が出来るじゃろう。それは決して中世紀の物語りではなかったのですわい。それは決して中世紀についての伝統でさえなかったのじゃ。それは誰れかが小説かまたは新聞から取った意見でつくり上げられたものじゃな、そしてたぶん一時の興に乗って造ったものじゃ」
 他の人々は歴史的の枝話しに依って少し眩惑したように思われた。そしてなぜ坊さんがそれを力説しそしてまた難問題の一部分をそんなに重大にしたかを不審がるように見えた。枝話しの色々な縺れから実際的な詳細を拾い上げるのが商売であった、ターラントは不意に油断なくなって来た。彼の髯のある顎、いつより前の方へつき出された、しかし彼の凄い眼は大きく見開いていた。
「ああ」彼が言った。「一時の興に乗って作ったか!」
「たぶんそれは針小棒大ですじゃ」師父ブラウンがおだやかに言った。「それは非常に注意深い筋の他のものよりもっとうかつに造られたという方がいいじゃろう。しかし企画者は中世の歴史を詳細に考えなかったのじゃ。普通な方法において彼の推定はかなり正しくあったよ。彼の他の推定のようにな」
「誰れの推察ですか? 誰れが正しかったのですか?」と焦慮の不意な熱心を以て夫人が叫んだ。「あなたが話しておられるのは誰れの事なのですか? あなたの『彼』やそして『彼を』にむずむずさせられずに、私達はやり通せませんか?」
「わしは殺人者について話してますのじゃ」と師父ブラウンが言った。
「何んな殺人者ですか?」彼女は鋭く訊ねた。「あなたはあのお気の毒な教授は殺されたとおっしゃるのですか?」
「左様」ターラントは彼の髯の中でがさつに言った、「吾々は『殺害された』という事は出来んですよ、なぜなら吾々は彼の人が殺されたのを知りませんからな」
「人殺しは他の誰かを殺したのですぞ、それはスメール教授ではないのじゃ」と坊さんはまじめ気に言った。
「まあなぜ、他に誰れを殺しましたか?」と他の者が言った。
「彼はダルハムの牧師である、尊敬すべきジョン・ウォルター氏を殺ろしたのじゃ」とブラウンは気むずかし気に言った。「彼はそれ等の二人を殺ろしたかったのじゃ、なぜなら彼等二人ともある珍らしい型の聖宝を持っておったからじゃ。殺人者はその点において狂人の一種じゃったな」
「それは凡て大変奇妙に思われるな」ターラントがつぶやいた。「もちろん僕等は牧師はほんとに死んだかどうかを誓う事は出来んですよ。吾等は彼の死骸を見ないんですからな」
「大きに言われる通りじゃ」ブラウンが言った。
 そこには銅羅の打撃の様に急な沈黙があった。その沈黙において夫人の内に非常に正確に活動した心の奥底の当推量がほとんど叫び声を上げんばかりに彼女を動かした。
「それはたしかにあんたが見られたものじゃ」と坊さんは話し続けた。「あんたは彼の死骸を見られたはずじゃ。あんたはほんとに生きてる、彼を見なかったのじゃ。しかしあんたは彼の死骸は見られたはずじゃ。君は四本の大きな蝋燭の光りでそれをよく見たのですぞ、そしてそれは海中に自殺的に投げられていなかったじゃ。が十字軍の前に建った寺院にある教会の王子のような風に横たわっておったのじゃ」
「簡単に言いますと」ターラントが言った、「あなたはあのミイラにした死骸はほんとに殺された人の死骸であったと吾々に信ぜよと言われるのですね」
 師父ブラウンは一瞬間黙っていた。それから彼は無頓着な態度で言った。
「それについてわしが気づいた最初の事は十字架、むしろ十字架を支えてる紐でありましたのじゃ、当然、あんた方にとっても、それはただ小珠(こだま)の紐であった。[#「。」は底本では欠落]特別にどういうものではなかったのじゃ、が、しかしまた当然、それはあんた方のよりはわしの職掌にあったのじゃからな。あんた方はそれが毛皮製の頸巻が全く短くあったかの如くに、ほんの二三の小珠が見えたばかりで、顎にズット近くおかれた事を御記憶じゃろう。その外に見えてた小珠は変った風にならべられておった。最初の一つそれから三つ、そして続いてな、事実において、わしは一目見てそれは珠数(じゅず)、すなわちそれの一端に十字架のついてる普通の珠数であった事がわかってしまったじゃ。しかし球数は少くとも五十珠とそれに附加する小珠を持ってますのじゃ、それでわしは当然それの残りのものはどこにあるかを不思議に思いよったのじゃ。それは老人の頸を一まわり以上まわるに違いありませんわい。わしはそのときにはそれを判断する事が出来なんだ。がその残りの長さがどこに這入ってるかを想像したのはすぐその後じゃったよ、それは蓋を支えてた、棺桶の角にくっつけられておった木の棒の足にぐるぐるとまかれてあったのじゃ、いいかな、それは気の毒なスメールがほんのちょっと十字架に触った時、それがそこからその支え棒をはずしたのだ、そして蓋が石の棍棒のように彼の頭に落ちたのじゃ」
「ヤレヤレ!」ターラントが言った、「僕はあなたのいわれる事に何物かがあると考え出してますよ。もしそれが事実としたらこりあ奇妙な話しですね」
「わしはそれが解った時に」と師父ブラウンが続けた。「わしは多少他の事も推察する事が出来ましたのじゃ。まず最初に、調査以上に何事に対しても信用すべき考古学上の権威がなかったという事と、記憶なされ、気の毒な老ウォルター氏は正直な好古家であったのじゃ、彼はミイラにされた死骸についての伝説に何か真実があったかどうかを見出そうと墳墓を開ける事に従事しておられたのじゃ、その他の事は皆、かかる発見をしばしば予想しまたは誇張して言う、風説でありますのじゃ。事実、彼はミイラにされていたのでなく、長い間埃の中に埋まっていたのだという事を発見されたのじゃ。彼が埋まった会堂の中でさびしい蝋燭の光りをたよりにそこで仕事をしていた時に、蝋燭の光りは彼自身のではない他の影を投げた」
「ああ!」とダイアナ夫人は息がつまるように叫んだ、「まあ私は今あなたのおっしゃる事がわかりますわ、あなたは私達が殺人者に逢った事を私達に話すおつもりなんです、殺人者と話した戯談(じょうだん)を言って、彼にロマンテックな話をさせ、そしてそのままに彼を離そうとなさるおつもりなんです」
「岩の上に彼の僧侶の仮装を残してな」とブラウンは補(お)ぎなった。「それは皆至極簡単じゃ。この男は教会と会堂へ行く競争で教授より先きであった。たぶん教授があの新聞記者と話していた間にな。彼は空の棺桶の側に老牧師と共に進んで来た、[#「、」は底本では欠落]そして彼を殺ろしたのじゃ。それから彼は死骸から取った黒い着物を着け、調査間に発見した所の古るい法衣でそれを包んだのじゃ、それからわしが述べたように珠数やそして木の支え棒を手配して、それを棺の中に入れたわけじゃな。それからじゃ、彼の第二の敵に係蹄(わな)をかけて、彼は太陽の光りの所に出て来て田舎の牧師の最も叮嚀さを以て吾々一同に挨拶をしたのじゃ」
「彼はおそろしい冒険をしたですな」とターラントは異議を申し立てた。「誰れかが見てウォルタース氏である事がわかるかもしれないのにな」
「わしは彼は半気違いになったと思いますわい」と師父ブラウンは同意した。「してわしはあんたもその冒険はやる価値があったという事を認めなさるじゃろう、なぜなら彼は逃げてしまったのじゃからな、結局」
「私は彼は非常に好運だった事は認めますな」とターラントはうなり声で言った。「してそやつは一体誰れですか?」
「あんたが言われる通り、彼は非常に幸運じゃったよ」ブラウンは答えた、「してその点に関しては少なからずな、なぜならそれは吾々が決してわからないかもしれん一事であるからな」
 彼は一瞬間恐ろしい顔をして卓子(テーブル)をにらんだ。それから言葉を続けた。「この人間は長年の間徘徊したりおどしたりしておったのじゃ、しかし彼が用心深かった一事は彼は誰れであったかを秘密にしてる事であったのじゃ。そして彼は今なおそれを保っているのですぞ。わしが考えた様に、気の毒なスメール教授が正気にかえられれば、あんたはそれについてもう聞かないじゃろうというのはかなり確かですわい」
「まあどうして、スメール教授はどうなさるのでしょうか、どうお考えになりますか?」とダイアナ夫人が訊ねた。
「彼がするであろう最初の事は」とターアラントは言った。「この殺人鬼に探偵をつけるに違いないと考えますな、私は自分で彼について行きたいですよ」
「さて」と師父ブラウンは、長い当惑の発作の後で不意に微笑して言った。「わしは彼がなすべきその最初の事を知ってますじゃ」
「そしてそれは一体何んで御座いますか?」と熱心にダイアナ夫人が訊ねた。
「彼は吾々皆んなに弁解すべきじゃな」と師父ブラウンが言った。
 けれども師父ブラウンがその著名な考古学者の遅々たる恢復の間その側(そば)にあってスメール教授に話したというのは、この趣意のためではなかった。重に話しをしかけたのも師父ブラウンではなかった。なぜなら教授は興奮するような会話は非常に制限されておったけれども、彼は彼の友人とのそれ等の面会に全力を注いていた。師父ブラウンは沈黙の間に相手に力をつける事に才能を持っていた。そしてスメールはそれに依って勇気づけられて常には容易に話せないような色々な奇妙な事について話した。また恢復の病的な状態なそして時折うわ言を伴う怪異な夢等について話した。ひどく頭を打たれたのから除々に回復するのはしばしばかなり平均を失う仕事である。彼の夢は、彼が研究した所の強いがしかしかた苦しい古代の美術にありそうな、絵画にある大胆なそして大きな図案のようであった。それ等は菱形や三角の後先のついた奇妙な聖者、ずっと前につき出てる黄色の冠そして丸い暗い平たい顔をして鷲の模様や、女のように髪を結んだ顎髯のある男の高い頭飾り等で一っぱいであった。幾度となくそれ等のビザンテン模様は火の上に置かれて色のあせる金のようにあわくなって行った。そして暗いあらわな岩壁の外には何にも残らなかった。その上にはピカピカ光る形ちが指で魚の燐光の中に掏(すく)い上げたように描かれてあった。なぜならそれは彼が最初に彼の敵の声を暗い道の角で聞いた瞬間に、彼が一度見上げそして見た標徴であったから。
「そしてとうとう」と彼が言った。「私はその絵と声の中にある意味を見たと思います。それは前にどうしてもわからなかったものでしたが、なぜ私は多くの正気な人々の中のただ一人の狂人が私を死まで迫害したりまたはつけねらったりするのを自慢にするために苦しむのでしょうか? 暗い塋穴[#「塋穴」は底本では「埜穴」]の中にキリストの神秘な表徴を画(えが)いた人は非常にちがった状態において迫害されました。彼はさびしい狂人でした。共に同盟されていた正気な全社会は彼を救いもしなければまた殺しもしませんでした。私は時々私の迫害者はこの人かあの人間であったかどうかを騒ぎ立てたり不安になったり不審がったりしました。それはターラントであったかどうか、それはレオナルド・スミスであったかどうか、それは彼等のうちの一人であったかどうか、彼等が全部それであったと考えてごらんなさい! それはボートの上の凡ての人または汽車あるいは村における凡ての人であったと考えてご覧なさい。私が関係した範囲では、彼等は皆殺人者であったと、見なします。私は暗黒の内部をはいまわってきました。そしてそこには私を破滅さすに相違ない人間が居りましたからおどろかされるのは当然であると思いました。もしその破壊者がこの世に出て全世界を所有し、そしてあらゆる軍隊を指揮したら、それはどんなものでしたろうか? もし彼が全世界を塞ぎあるいは私の穴から私を煙り出しまた明るみに私の鼻が出た瞬間に私を殺すことが出来たらどんなものでしょうかね? 全世界に殺害が行われたらどんな風でしたかな? 世界はこれ等のことを忘れています、ちょっと前まで戦争を忘れていたようにですな」
「そうじゃ」師父ブラウンが言った、「しかし戦争が起りましたじゃ、魚は再び地下におしこめられるかもしれん、だがもう一度この明るい太陽の光りのもとに出て来るじゃろう。セント・アントニーが諧謔的に注意したように、ノアの大洪水に生き残るのははただ魚だけじゃ」




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