探偵小説アルセーヌ・ルパン
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著者名:ルブランモーリス 

『今夜急に行ってしまうわけは無[#「無」は底本では「無な」]い。』
『どうも不思議だ。』

 いや、実は、不思議でも何でもない。それには明白な理由があった、テーブルの上にはちゃんとガニマール殿という一通の手紙が置かれてあった。それはまさしくルパンの置手紙である。中にはすべての事情こまごまと、しかもそれは、あたかも主人が召使に与える説明書のようなものであった。
 その文章に曰く
 アルセーヌ・ルパン、紳士強盗、予備陸軍大佐スパルミエント、同下男及び前屍体陳列所紛失屍体たる余は、ガニマールと称する者の当邸における勤務ぶりを見て、すこぶる小才あり、かつ頓智ある者なりと考ふ。依ってこれを証明す。全力をあげて職務に勉励し、何等(なんら)の根拠なきによく余の計画を看破し、保険会社をして四十五万フランの損害を妨(ふせ)ぎ得たり。ただし、階下の電話はソーニャ・クリシュノフの部屋に装置されある電話と相通ぜることを知らず、捜索課長へ通報すると同時に、余に一早く事情を報告したる功により、莫大なる保険金の損害を容赦し、かつその機敏なる智能を賞するものなり。もしそれ電話装置を看破し能はざりし如きは大功中の小過、毫(ごう)もその勝利の価を減ずべきものにあらず。ここに感嘆と尊敬との意を表す。以上。
アルセーヌ・ルパン



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