探偵小説アルセーヌ・ルパン
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著者名:ルブランモーリス 

          八

 手に手にピストルを握って、ひたすらルパンを捕えることに心奪われつつ、足早に階段を上った。
 ガニマール刑事はもちろんよく勝手を知っていた。スパルミエント夫人の部屋に来ると、扉にのしかかって、叫んだ。
『開けろ!』
 一人の警官は、つと進んで、肩で一突、難なく扉は押破られた。
 が、中には誰もいない。
 隣のビクトアルの部屋へ行った。
 同じく藻抜(もぬけ)のからだ。
『上にいるんだ。ルパンの部屋に‥‥油断するな!』ガニマールは一同に注意した。
 八人一時に四階に馳(か)け上った。しかし、ルパンの部屋は開け放されて、同じく人影もなかった。
 ガニマール刑事は血眼になって馳け廻ったが、どの部屋にも、誰もいなかった。
『畜生! 畜生! どうしやがった?』
 すると、三階へ下りたジュズ[#「ズ」は底本では欠落]イ氏が、ガニマール刑事を呼んだ。三階の窓の扉が一枚締めてはあったが、ちょっと押せば開いたからである。
『そら、ここから逃げたのだ。これが壁布を持ち出した所じゃないか。僕があれほど言ったのに‥‥ジュフレノアイ街の方だ‥‥』
 ガニマール刑事は怒りの歯噛み荒々しく、
『それなら、なぜ射ち留めないだろう? 伏せてある部下が?』
『まだ張込んでない前に、風を喰って逃げ出したのだろう。』
『でも、あなたの所へ電話をかけた時には、三人共ちゃんと部屋にいたんですが。』
『君が庭の蔭で、僕等を待っていた時に飛び出したのだろう。』
『それにしてもなぜ逃げたでしょう?』
『うん、保険金を握らぬ中(うち)に‥‥』
『今夜急に行ってしまうわけは無[#「無」は底本では「無な」]い。』
『どうも不思議だ。』

 いや、実は、不思議でも何でもない。それには明白な理由があった、テーブルの上にはちゃんとガニマール殿という一通の手紙が置かれてあった。それはまさしくルパンの置手紙である。中にはすべての事情こまごまと、しかもそれは、あたかも主人が召使に与える説明書のようなものであった。
 その文章に曰く
 アルセーヌ・ルパン、紳士強盗、予備陸軍大佐スパルミエント、同下男及び前屍体陳列所紛失屍体たる余は、ガニマールと称する者の当邸における勤務ぶりを見て、すこぶる小才あり、かつ頓智ある者なりと考ふ。依ってこれを証明す。全力をあげて職務に勉励し、何等(なんら)の根拠なきによく余の計画を看破し、保険会社をして四十五万フランの損害を妨(ふせ)ぎ得たり。ただし、階下の電話はソーニャ・クリシュノフの部屋に装置されある電話と相通ぜることを知らず、捜索課長へ通報すると同時に、余に一早く事情を報告したる功により、莫大なる保険金の損害を容赦し、かつその機敏なる智能を賞するものなり。もしそれ電話装置を看破し能はざりし如きは大功中の小過、毫(ごう)もその勝利の価を減ずべきものにあらず。ここに感嘆と尊敬との意を表す。以上。
アルセーヌ・ルパン



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