街はふるさと
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著者名:坂口安吾 

       十四

 翌日、放二は約束通りエンゼル家を訪ねて、十万円渡した。
 十万円渡した瞬間から、サバサバした気持になることができた。金というものは奇妙な生き物である。人にやるときめた金でも、フトコロにあるうちは、ミレンの去りがたいものがある。他人に所有権が移ってしまえば否も応もない。自然にサッパリしてしまう。
 十万円で人の信頼を買おうという考えがどうかしている。金額の問題ではない。金で人の心は買えない。
 しかし、そのアベコベも真実であることを放二は知っていた。人間は、お金で買えるものなのだ。身体も、心も。特殊な例をあげる必要はない。早いところ、勤め人の生態がそうではないか。
 だいたい、人の心を買うものが、こっちの誠意や赤心だという考えがまちがっている。誠意や赤心というアイマイなものは、売買の規準にはならないものだ。一歩まちがえば、神がかり的な軍人たちや、教祖と信徒のようなものになってしまうし、まちがわなくとも、それがギリギリの正体なのかも知れないのである。
 むしろ、精神的なものも、金で買うという方法が、マギレがなくて、元々チグハグな人生では、ともかく最も正常な方法なのかも知れない。人の心というものがトコトンまで買いきれないのは分りきったことであるが、一応物質に換算して、ある限界までは金銭で売買するのが、むしろ健全だ。それ以外により明確な手がないからだ。
 しかし、放二は、十万円でエンゼル夫妻の信頼を買うつもりではなかった。彼はその考え方を捨てたのである。何も買ってはいけない。彼はただ二人のために誠意をつくそう、と自分に言いきかせていたのであった。
 そのつもりで、彼らに渡す十万円をフトコロにでかけてきたが、フトコロに金があるうちは、まだ、いろいろなことを考える。その金で転地をすすめてくれたせつ子の気持も気にかかるし、せつ子の厚意が十万円にこもっていると思えば、みすみす詐取とわかっているエンゼルの軽薄な気持を比較して、もどかしさを感ぜずにもいられなかった。
 エンゼルの人を小馬鹿にしたような詐欺的な申出に応じることが、正しいことだろうか、と気にかかりもする。
 しかし、真剣な申出だから応じるという区別の立て方にはウソがある。第一、真剣と、真剣でないものとに、本当に区別を知る人があるだろうか。いったい、真剣とは何だ。そんなものに、どこに特別の値打があるのか。今日は真剣でも、明日は真剣ではなくなるかも知れない。今日は軽薄なエンゼルでも、明日はそうでなくなるかも知れない。ウソと云えば人の心は全部がウソ。どんなにバカ正直の大マジメな心でも、ウソの裏ヅケはちゃんと在るものだ。
 エンゼルの申出が軽薄だから。みすみす騙されるだけだから。そういう言いがかりをつけて金を惜しむのは不当である。だまされることは問題ではない。信念の心棒になるのは、自分の心だけである。そして、二人のために誠意をつくすということを実行すればよろしいのである。
 十万円という金は、たとえ騙して取った金でも、十万円である。エンゼルは、それを十万円とし使うであろう。そして、そんなことは、こっちの気に病むことではないのである。

       十五

 放二は十万円をエンゼルに渡して、にわかにサッパリした気持になったので、自分の心も、たよりなく、軽薄すぎる、と思わずにいられなかった。執念のあるべきものには、もっと執念のある方が本当のような気がしたからであった。
 人間は金銭に対して、当然執念があるべきもののようである。自分が金銭に特に淡白な人間だとも思わないが、この十万円について案外アッサリしているのは、金の値打を知らないせいではないかと思った。
 十万円という意外な大金を自分のものとしてポケットに収めたのは今度がはじめてのことだ。その半分の金を貰ったこともない。
 生活が体をなしていれば、何かと特に欲しいものもあるかも知れないが、無一物、万事にボロだらけの放二の生活には、何もかも欠けているから、特に必要なものがなかった。無ければ無いで、まにあうような生活環境がちゃんと組み上っているものだ。全部を変える以外には、それに多少つけ加えるべきものがないように見えるほどである。
 十万円というまとまった金をもらってみても、放二はそれほど嬉しいとも思わなかったが、思わないわけである。身にしみて必要な理由がなかったからである。一つだけあるとすれば、せつ子がすすめてくれたように、身体を丈夫にすることであるが、それに対しても情熱が欠けていた。たッて、という情熱が、起らなかった。ストレプトマイシンも買える。入院して整形手術もできそうだ。転地して、元気を恢復して戻ってくることも、不可能ではないかも知れない。しかし、そうまでするハリアイが、どうしても起らないのであった。
 十万円に淡白なのは、生命の蔑視から来ているのかも知れないが、それもミジメな話である。誰も好んで己れの生命を蔑視する筈はないのである。外部的な何かが、それはいろいろのからみあった何かであるが、それがアキラメを与えているのであろう。
「お前、健康になりたいと思うか」
 こう自ら問うてみる。いろいろの考えのあとで、彼はこう答えを出した。
「このまま。そして、それから、なるがままに」
 病気ということは一応忘れて、他のことに目的をおき、そして病気はなるがままにまかせようと結論はだしていた。深く考えれば、自分のことは何も分らないばかりである。
「ヤ。これは、これは」
 エンゼルは大そう恐縮そうに十万円を受取った。わざと一枚ずつバカ丁寧に算えて、
「たしかに拝借いたしました」
 金を手にしているエンゼルは銀行員のように律儀な物腰に見えた。
 すると記代子は、放二から借金するエンゼルを見るのがつらいらしく、
「北川さん。あなた、もう、帰って下さい。私たちには、いろいろ用が多いの。毎日毎日が忙しいのよ。あなたと、ゆっくりお話しているヒマなんてないのよ。今日だって、ムリして、お待ちしてあげたんです」
 放二は立って、
「お邪魔いたしました。では、失礼いたします」
「ヤ。そうですか」
 エンゼルはひきとめなかった。記代子は一そう威丈高になって、
「北川さん。私はもうあなたにはお目にかかりません。私に挨拶したいなんて、変なこと仰有らないで。そして、もう、二度とここへいらッしゃらない方がいいわ」
 睨みつけて、さッさと立ち去った。


     三方損


       一

 エンゼルは京都の長平を訪問した。
 せつ子からも、放二からも、まだ報告がなかったので、記代子のその後のことが長平には分らなかった。せつ子が荒っぽい処置をしたので、エンゼルが文句を言いにきたのか、などと考えた。エンゼルという男には興味をもっていたので、書斎へ通した。
「たいへん閑静なお住いですな。京都には、こんな住宅が多いようで、土地風というのでしょうな。東京でこの閑静をつくるには、庭を五十倍にしなければなりません。猫額大にして山中の如し」
 ニコニコしている顔に厭味がない。ちょッと古風なことを言ってみせる芸当など、芸界の生意気ざかりのアンチャンが、こうしたものである。
「君は立派な屋敷をもっているそうだが、屋敷もちは京見物の心得が違うようだね。人の住居が気になるかね」
「いろいろと見聞をひろめ、後日の参考に致そうと思っております。人間、焼跡のバラックでは、恒心がそなわりません。ぼくのバラックでは、庭が花園になっていますが、これは職業上の畑でして、家と職業は分離しなければ、家の落付きはありません。隠居家ということを申しますが、隠居家こそは家の建築の正常な在り方である、これがぼくの意見なのです。なぜかと申しますと、万人が家庭においては隠居である。彼は年若く、生き生きと、かつ多忙に働くが故に、家庭においては特に隠居でありたいと思う。これがぼくの意見です。そして、今後家をつくる時の理想なんです。京都の山手の住宅は、いかにも侘び住居、隠居家の趣きを極度に研究、洗練したもののように拝見いたしました」
「建築に凝ると、調度、書画などに凝るのが自然だが、その方はどうです」
 エンゼルはニコニコと考えこんだ。たしかに彼は家のことには大そう興味をもっている。こんな家をたててみたいと考えて、自然に建物に目がひかれる。調度や書画のことも、自然考えているけれども、本当に買ってみたことがないせいか、好き嫌いまで、まだ漠然としている。世間では、こんな書画が値がいいそうだが、自分の好きというものが、まだ分らないのである。
 なるほど商売人はうまいことを言う。家に凝ると、書画にこる。なるほど、うまい。こッちの気持、人間の気持をピタリと言い当てるのは、さすがに商売人である。こう感服したから、自分の至らないのをごまかして、彼はニコニコと考えてみせた。
「失礼ですが、こちらに御秘蔵の書画を、拝見させていただけましょうか」
「ナニ、君の方が風流人さ。この住居は借家。特に書画と名のつくものは、何一つ持たないのさ。君はどんなものが、お好きです」
「ぼくはこの、まだ若僧で、観賞力もないものですから、閑静な隠居家がすきですが、又、華やかな色彩、調度が好きなんです。サビとか、渋いということが分らぬわけではありませんが、どうしても華やかなものに気をひかれる。それで調和いたしません。この矛盾、これは悪いことでしょうか」
「好き好きさ。それだけ自分の好きなものが分っていれば結構さ。好きなようにやるのが道楽だろう。で、君の御用件は、なんですか」
 この男が何の用できたのだろうと思うと、なんとなく早く知りたくて仕方がなかった。
 エンゼルは困ったという笑いを見せて、
「どうも、そちらから、きりだして下さると思っていましたが、御催促とは、どうも、ちょッと、勝手ちがいで……」

       二

 エンゼルはゆっくり身構えを立てなおした。彼は大人を買いかぶってもいなかったし、世間的に知名な大人を特別な大人だとも思っていなかった。中隊長だの部隊長だのというものが、その階級によって与えられていた威厳を取り去れば、ダラシのないウスノロにすぎないじゃないか。世間というものが個人に与える特別の威厳というものを、眼中に入れるな、ということを、戦地の経験によって身につけていたのである。対等以上の存在を考える必要はないのである。
「女の心理というものは、妙なものですな。女というものはツマラヌ人間である、ぼくがこう判断したのがマチガイかどうか、ひとつ聴いていただきたいものですよ。しかし、ぼくも、オッチョコチョイには相違ありません。ぼくが記代子を好きになったのは、犬庭さんの姪であるということ、これが重大なる理由なんですなア。ダンサーでも女給でもパンスケでもない。ぼくらの身辺にはちょッと見かけない女性で、有名な人の姪だというので、大そう熱ッぽい思いになる。ぼくらは、そんなもんですよ。で、まア、愛した、惚れた、といえば、それにマチガイはないのです。一週間か十日のことですがね」
 エンゼルは深い目を、無感動に、ジッと長平の顔を見つめていた。
 エンゼルが身に現しているものは、対等ということの明確な表示である。年齢の差も、知名人という架空な尊厳も、眼中にいれていない。お前の持てるだけの力量と、オレの力量と、掛値なしの裸でテンビンにかゝってみようじゃないか。オレの重さを対等に受けとめられたら、うけとめてみるがいいや。そう語っている。別に長平にそれを知らせようとしているわけではないが、闘志一本に心をかためたから、彼の構えがそれを表示しているだけであった。
 エンゼルは長平の顔から、無感動な視線を瞬時も放さなかった。
「今では記代子が好きではないのです。なんしろ、熱ッぽい思いになった元はといえば、イカモノ食い……これもイカモノ食いの一つですな。本人よりも、本人の環境に惚れたんですから。ながく、惚れる筈がありませんや。惚れたモトがそうですから、鼻についたとなると、これは、ひどいものですなア。日増しに熱がさめる。そんなもんじゃありませんぜ。一時間、いや、一分、一秒ごとでさア。自分ながら、興ざめていくのが、怖しいぐらい。すさまじいものです。こッちは気持がふさがって、食事もまずくなる、記代子を一目見るたびに、アア、ヤだなア、砂をかむような気持。田宮伊右衛門の心境、アア、ムリもないとしみじみ思ったものですなア」
 長平ははじめのうちは、エンゼルの視線をはずして、ソッポをむいて、軽い気持できいていたが、だんだんそんな風にしていられなくなった。嫌いになった女が、一分一秒ごとにイヤになるという言葉にこもる実感が、軽い気持できいていられなくさせたのである。自然にエンゼルと睨み合っていた。エンゼルの目は、相変らず、無感動であった。
「女の心理というものが妙なものだと思ったのは、これからのことなんです。これだけ嫌われれば、当人に分らない筈はありませんな。知らないフリをしていても、チクリ、チクリ、一分ごとに針をさしこまれているようなもの、当人の胸には誰より鋭く響きわたっているに極っていまさア。ところが、この厳然たる事実を、信じまいとするんですな。イヤ。有りうべからざる事である、と断定すら、するのです」

       三

「嫌われれば、嫌われるほど、ぼくに惚れようとするのです。いえ、本当に惚れてくるのです。まるで、それが嫌われたことの、対策だと思いこんでいるように、ですなア」
 本当にイマイマしいという表情がエンゼルの顔にあらわれた。しかし彼は自然の感情をむきだしにしているのではなかったのである。そういう顔をしてみせたのだ。
 エンゼルは瞬きもせず悪いことのできる男であった。彼は悪事をたのしんでいた。大庭長平という、ちょッと世間に名の知れた男が、彼の仕事や力量に、どんな風に乗ぜられ、どんな風に負け、どんな顔や恰好をするだろうか、ということが、興味津々たるものがある。それを見つめることは、放火狂が火をみつめるように、色好みの男が女体をみつめるように、全身的な快楽を感じる。彼は話術の緩急を考え、猫が鼠をじらすように、たのしむのが好きであった。
 何か長平の一言があるかと思っていたが、何もないので、彼は言葉をつゞけた。
「悪女の深情という言葉がありますが、なるほど、嫌われれば嫌われるほど、もたれてくる。ベタ惚れ、ベタベタ、見栄も外聞もなくなるのですな。高さ、品格がありません。顔はお岩ではないかも知れませんが、その人格からうける全的な感じはお岩、妖怪じみたものです。ぼくも、ついに音をあげたのですよ。これは、とても、たまらん。寸刻も、同居に堪えない。……」
 エンゼルは火をふくような目をした。大いなる怒りが、こもりにこもって、どッと火をふいたようである。当面のものを全的に拒否している冷めたさが、みなぎった。
 すでに歴然たる悪党のエンゼルだった。悪党が悪党らしくないうちは興味津々であったが、悪党になってしまえば、面白おかしくもない。エンゼルの女を嫌う実感に一時は長平もハッとしたが、相手が悪党になりきってしまうと、その実感への感興もうすれた。長平自身が、ひどく興ざめた思いになった。一分は一分ごとに、一秒は一秒ごとに、一枚ずつ紙をはがすように、興ざめた気持になる。エンゼルの熱演は、悪女の深情と同じことだ。もう目を見なくても分りきっている。
 長平は面白くもなさそうにソッポをむいてしまった。
 エンゼルは自分の凄みが相手にうち勝ったのだという風に考えた。
「ぼくは記代子を簡単に追んだすツモリでしたが、簡単に追んだしたのでは、彼女は死にますな。ただ、ベタベタでは、どうにも仕方がありません。ぼくの女の一人の列にありさえすれば、それで満足。こうあきらめてもいるのです。お岩にくらべれば長足の進歩、妾ぐるいぐらいは結構、死んでも化けて出やしませんな。それだけの甲斐性がないんです。化けて出るだけのね」
 軽蔑しきった口調、たすからないほど冷めたい。演技は高潮に達している。次に大詰の一撃があるだけであった。
「ぼくは記代子を叩き売ろうと思います。因果を含めて叩きうれば、承知するにきまっています。同じ因果を含めるのでも、親元へ返すぶんには、死あるのみ。ね。叩きうる一手です。寸刻も同居をつゞけていられないのですから、ほかのことをモタモタ考えていられません。とにかく、ぼくは叩き売りますから、売ったあとで、あなたが買うなり、どうするなり、あわててやると死にますから、死なない程度に、後々の始末をおまかせしようと思いましてね」

       四

 そんなことかと長平は思った。
 ずいぶん手数をかける男だ。長平の趣味から言えば、端的に河内山式の方がよい。この男は、京の家ぼめから始まり、いろいろと演技の数をつくしているが、まだ本当の結論へは来ていないのである。花をつくるだけミソで、近代的にして、かつ退化していると判断すべきようであった。
 長平はどこかの殿様家とちがって、話の正確な結論をたしかめないうちに、あわてて百両包みを河内山の袖の下へ突っこむようなことはできない。
「君の話は、長すぎる」
 長平はエンゼルに教えてやった。
「京の隠居家ぼめが挨拶のツモリならよろしいが、前奏曲のツモリなら、ムダのムダ。それからの話の運び方も遠まわしで、もっと率直でないと近代人の感覚に合わないものだ。こっちはそうとは知らずにきいているから、君の結論をきくと、オヤオヤ、あれはみんなここへくるための道中か、ムダな道を曲りくねるものだと思って、いっぺんに興がさめてしもう。一秒ごとに興がさめるよ。顔を見るのも、話をきくのも、興ざめだ。寸刻といえども、同居に堪えないという気持になる」
 長平はタバコに火をつけた。
「君も一本、吸いたまえ」
 と、すすめると、エンゼルは憤然として、長平の手からタバコの箱をひッたくッて、テーブルへ叩きつけて、
「ヤイ。寸刻といえども同居に堪えがたいと言いながら、オレにタバコをすすめるとは、いい加減なことを言いやがるな。はばかりながら、若い者には、そんなふざけたことは通用しねえや。寸刻も同居に堪えなかったら、堪えないように、ハッキリしやがれ」
「それなら話はわかる。なんでも、そういうグアイに端的に言うものだ。しかし、ハッキリしないのはお前さんの方だろう。オレはさッきから待っているが、お前さんの本当の結論はまだのようだ。その結論をきくまでにはヒマがかかると思ったから一服すすめたが、お前さんの結論が、さっきの言葉ですんでいるのなら、オレは返事の必要がないから、さッさと帰るがよい」
 エンゼルはひらき直った。
「それじゃア、記代子を売ってもよいな」
「バカめ。また同じことをモタモタ言っているのか。それが結論だったら、返事の必要がないから、さッさと帰れと言っているではないか」
 エンゼルは帽子をつかむと、サッと立って、悠々と帰って行った。
 帰り際だけは、どうやら一人前だと長平は思った。良いところは、それだけだった。
 花づくりの屋敷もちの若い顔役も、想像倒れで、新味もないし、人間的な偉さもない。昔ながらのヨタモノにすぎない。
 ヨタモノにエンゼルだけの美貌があれば、若い娘も年増もひっかかる筈である。浜の真砂と同じように、そういうものも種のつきることはない。あいにく陳腐な砂の一粒に自分の姪がまじってしまったが、彼にとっては、たゞつまらない出来事だと思われるだけのことであった。
 エンゼルが記代子を売りとばすことだけは確実だろう。どういう手段で、どこで金に換えるかは見当がつかないが、ほッたらかしておくわけにもいかない。彼には面倒なことだけが残念千万であった。考えると、たゞ、オックウで仕様がない。

       五

 記代子はどうしてそんなことになったか分らなかった。
「お前の部屋は、今日から下だ」エンゼルがこう言うと、こッちだよと言って、子分の一人がひッたてるように階下へつれて行った。階段の下に当る、小さな格子窓が一つしかない留置場のような三畳であった。下は板敷で、納戸であるが、使いようによっては、座敷牢である。
「ここへ、なによ?」
「はいってるんだ」
「なによ。こんなとこ」
 子分の身体を押しきって出ようとすると、
「バカ。勝手に出るな」
 中へ突きとばされた。子分は身の回りのものだけ持ってきて、中へ投げこんでくれたが、
「勝手に出るわけにはいかないのだから、用があったら、声をかけろよ」
 板戸に心ばり棒を下して立ち去った。
 エンゼルが急に冷淡になったのは、ここ四、五日のことである。そして旅行から帰ってくると、記代子に一言の言葉もかけずに、いきなり、閉じこめてしまったのである。
 記代子はわけが分らなかった。子分がカン違いして、部屋をまちがえたのだろう。エンゼルは、自分がこんな部屋へ入れられて、心ばり棒で閉じこめられていることを知らないに相違ない。知っていて黙っている筈はあり得ない。
 記代子は戸をたたいた。
「エンジェル! エンジェル!」
 力いっばいの声をはりあげて、叫んだ。その声は、塀の外までは届かなくとも、この家中には鳴り響いた筈である。心ばり棒を外して現れたのは、エンゼルではなくて、子分であった。いきなり一つ、ぶんなぐって、
「バカヤロー、兄貴はヒルネができなくって、怒っているぞ。ぶんなぐられないようにしろ。兄貴に愛想づかしをされたんだから」
 睨みつけて、戸をしめてしまった。昼めしには、お握りを二つくれただけであった。
 格子窓の向うに、便所の手洗いの窓が見えた。ときどき、子分がその窓から、こッちをのぞいた。それを見ると、寒気がするほど不快で、思わず顔を隠したが、エンゼルもきっとそこへ姿を見せるに相違ないと思うと、窓際から動くことができなかった。
 果して夕方にエンゼルの顔が見えた。彼はヒルネから目をさましたところらしく、いつも寝起きにそうであるように、はれぼッたい顔をしていた。坊やが目をさましたばかりのような、記代子には、忘れることのできないなつかしい顔であった。
 記代子は思わず、とび起きて、格子にしがみついていた。
「エンジェル! 私よ。こんなところへ、なぜ入れるの! きこえないの! エンジェル! エンジェル!」
 エンゼルは記代子の方を見向きもしなかった。
 記代子には信じられないことであった。
「エンジェル! エンジェル!」
 たった二、三間の距離である。たった一声で、ノドがつぶれてしまいそうな、この叫びがきこえない筈はない。しかしエンゼルはふりむいて、姿は見えなくなってしまった。
 エンゼルは、わざと聞えないフリをしてみせたが、身仕度して、きっと迎えにきてくれると思った。十分間も窓からのぞいていたが、次に窓から見たのは子分の顔であった。彼は記代子を睨みつけた。
 記代子は気を失ったように、ふらふらと崩れこんでしまった。

       六

 外から心ばり棒を外す音に、記代子はハッとして飛び起きた。やっぱりエンゼルが迎えにきたと思ったのである。
 しかし、姿を現わしたのは、二人の子分であった。一人は彼女の前へお握りを入れた皿と一杯の水を置いて、
「バカ。ウチが割れるような大声をだしやがる。二度とあんな声をだしやがると、腰の抜けるほど、なぐりづけるから、そう思え」
 一人は窓をしめて、
「まったく、頭の悪い女さ」
 そうつぶやいて、又、心ばり棒をかけて立ち去った。
 日がくれると、多くの跫音がドヤドヤと入りみだれて玄関へあつまるようである。
「兄貴、行ってらッしゃい。行ってらッしゃいまし」
 と口々にのべる言葉がきこえるので、エンゼルのでかけるのが分った。
 記代子は、すべてを諦めかけていたが、その気配をきくと、突然とび起きて、夢中で戸を叩いていた。
「エンジェル! エンジェル! 記代子は、ここよ! エンジェル!」
 叩く手をとめて、耳をすましてみると、エンゼルはもう立ち去ったらしい。部屋へ戻るらしい子分の跫音が消えてしまうと、あとは物音がなくなってしまった。
 疲れきってウトウトしかけると、数名の男たちがフトンをかかえて現れた。彼らがフトンをしき終ると、一人が記代子をだきすくめた。
「兄貴は一週間ほど御旅行だ。可愛いい女が待ちこがれているからな。三四人は廻ってやらなきゃならないから、兄貴も忙しいやな。お前はオレたちにお下げ渡しだから、当分みんなで可愛がってやるぜ」
 記代子はわけがのみこめなかったのでボンヤリしていた。すると男の手が彼女の衣服をぬがせようとしているのに気がついて、おどろいて、もがいた。すると、数名の男たちにおさえつけられて、もはやどうすることもできなかった。
 夜更けに、酔っぱらった男たちの一隊が戻ってきた。彼らは喚声をあげて記代子のところへ殺到して、同じことを、くりかえした。
 そういうことが四日つづいた。記代子は目がくらみ、頭が霞んでいた。夜も昼もなかった。彼らがお握りをおいて行くので、そのときが夜でないことが察しられるだけであった。どうする気力も失って、ただボンヤリしていたが、腹が痛んできたので、便所へ行かせてもらった。便所の往復には、いつも、壁に手を当てて、身体を支えなければならなかったが、その日は腹が痛むので、時々壁にもたれて休んだ。便所から戻ると、のめるように部屋へ倒れこんでしまった。
 一人の男が水と薬をもってきて、
「この妙薬をのんでみろ。いっぺんに治らアな」
 と置いていった。記代子はそれをのまなかったが、腹痛は自然におさまってきた。
 記代子は痛みがとまると、ふと気がついた。薬をおいて行った男は心ばり棒をかけずに立ち去ったのである。その男はモヒ入りの催眠薬を与えたので、安心して心ばり棒をかけなかったのである。
 日がくれて、まもない時刻であった。この時刻は、この家で最も人の少い時間であった。戸に手を当てて静かに少しひいてみると、たしかに心ばり棒はかかっていなかった。
 記代子は戸をあけた。庭へ降りた。花壇を走った。塀をのりこえた。その大半が夢中であった。
 夜中に、青木の宿へ辿りついた。

       七

 記代子は青木の部屋へたどりつくと、高熱を発して寝こんでしまった。何一つ語り合う間もなかった。
 夜っぴて看病して、翌朝は影のように生色を失って、社へかけつけると、せつ子に会って、報告した。
「二目と見られないような有様ですよ。よくも怪しまれずに、ぼくのところまで辿りつけたもんだなア。足は素足で、血をふいているし、顔も、全身もむくんで、悪臭を放つのさ。ぼくは一目見たときに、実に「なれの果て」ということをグッと感じて、目がくらみそうな切なさでしたよ」
「なれの果てだから、どうしたって云うの」
 せつ子は冷めたく、あびせた。
「記代子さんという娘の愛情が、あなたのところへ戻ってきたんじゃないのよ。一人の娘の悲劇が、あなたから出て、あなたへ戻っていったのよ。なれの果てとは何ですか」
 怒りを叩きつけると、せつ子は風のように、とびだしていった。彼女はただちに穂積をつれて、記代子を病院へ移した。
 せつ子は秘密探偵にたのんで、エンゼル家を見張らせていた。記代子の外出を待ちぶせて拉(らっ)し去るつもりであったが、十日の余も日数をへて、なんの効もなかったのである。
 放二はまだ休んでいた。
「北川君に来てもらって、つききって貰いましょうかね」
 穂積がこう申しでたが、
「ダメですよ。娘のあられもない姿を若い男に見せるのは、もってのほかよ。あなたのような仙人は、そろそろ男の口にはいらないから、これが適材適所なのよ」
「ぼくの方が適材適所さ」
 こう呟く声にふりむくと、いつのまに来たのか、青木がドアの横手の壁にもたれて、パイプをくゆらしていた。
「風と共にきたる」
 青木はせつ子のおどろきに応じるように、皮肉なカイギャクを弄した。
「ねえ、社長さん。あなたは、こんなことを思わないかね。ここに一人の人間がいて、彼のツラの皮をひンむこうと、ふんづけようと、すべてこれ蛙の顔に小便さ。イケ、シャア、シャアですよ。彼のために病院の入口にバリケードをつくっても、彼は忍びこみますよ。しかし、いつも彼がこうだときめるわけにはいかないね。彼は本来は怠け者ですよ。だが、しかし、ひとたび意を決するや、常にかくの如しです。この一念は、雑念がこもって妖気がむらたっていても、仙人よりも、むしろ純粋ですよ。適材適所とは、かかる一念を指名して一任すべきを最上とすると思いますが、いかが?」
 せつ子は色をなした。
「あなたの一念が、どんな効を奏したことがありましたか。記代子さんの行方を突きとめることもできなかったじゃないの。病院のバリケードを破るぐらいは、誰でもできます。放二さんは人の隙をねらうような猾(ずる)いことはできませんが、記代子さんの行方を突きとめているのです」
「そして、助けだすことができなかっただけでしょう」
 青木は笑った。
「彼が行方をつきとめても、助けださなければ、ムダに於て、同じことさ。あなたは、希望的観測によって正当なものを見失っているのだな。ぼくは今こそ断言します。彼女はなれの果てとなりはてたから、今や彼女を愛しうるものは、ぼくのほかにありません。ぼくは彼女と結婚します」

       八

 青木はその晩京都へたった。
 その汽車の中で、青木はいろいろのことを考えた。
「とにかく、オレの一生で、今日がいちばん傑作のようだ」
 自分という人間のバカさ加減がよく分ったが、こんなにワケのわからない存在だということを、五十年ちかいあいだ身にしみて考えたことはなかった。
 青木は親しみを表すかわりに挑戦的な表し方をするヒネクレた性癖のおかげで、彼が親しみをもつ人に限って、あべこべに彼をうとんじるという妙な喜劇に一生なやまされてきた。
 相手が自分にウンザリしてしまう理由が、まことにモットモ千万であると納得することができる。
 そして、そういう事柄の中に、いろいろのことがまぎれて、姿がかき消されている。たとえば、梶せつ子という親友は、現在は自分の社長である。そして、長平に対する義理であるか、または気まぐれであるかは知らないが、相当のサラリーをくれて、仕事らしい仕事もさせずに遊ばせておく。いや、遊ばせておくということの中に、彼女、イヤ、親友の意地のわるさがあるのかも知れない。つまり、無用の存在だということを思い知らせるという意地のわるさである。
 けれども、時間的にその前のことを考えると、実に、彼女親友は、彼の恋人であったのである。否、彼の金銭に従属するところの情婦的存在であったのである。そして、彼は彼女親友に、そのとき八十万円ほどかすめとられている。
 現在彼女親友が社長であるところの出版社にしても、元はといえば、彼即ち自分がかすめとられた八十万円を資金の一部としてやりはじめる計画であったが、他に雄大なる後援者が現れて、かれこれするうちに、彼即ち自分は一介の無用な使用人に身を沈め、彼女親友は押しも押されもしない大社長になっていた。
 しかし、すべてそれらの曰く因縁はあたかも地上から姿を没し去ったかのようである。彼は今でも彼女に対して親友の愛情をもつが故に、あたかも挑戦するかのような妙な表現をしてしまう。それに対して彼女が彼に示すものは親友の情ではなくて、お前は無用の存在だという意地のわるさなのである。
 ところが奇怪なことには、彼は彼女に挑戦し、彼女は彼に意地わるをもって応じるという関係のみが現存するが、曰く因縁というものは、彼自身の意識中においてすらも、ほとんど姿を没し、消えてなくなっているではないか。
 まア、しかし、そういうことは、どうでもかまわない。
 妙なのは、記代子と結婚するという断々乎たる決心なのである。どこにも、そんな決心などは、ありやしない。何かしら、ちょッとでも真実らしいものがあるとすれば、彼は記代子がころがりこんだとき、あまりの哀れさにト胸をつかれた。それだけである。
 彼は夜明けまで熱心に介抱したが、彼は介抱しながらも、この女はバカな女だ、バカな女というものを端的に戯画化したのがこの女のこの現実の姿だ、というようなことを考えていた。
「よろし。京都へ行って、長平どんにたのんで正式に女房にもらってやろう」
 そう考えたつもりで、汽車にとびのったが、今や、どう考えても、そのとき、そう決心したと信じることは不可能だ。オレはその決心を口実にして、実は自分の気付かない目的のために京都へ行くつもりだろうか、と考えた。ワケのわからないバカな話があるものだ。しかし、現にそうではないか。

       九

 問題の本尊は、記代子ではなくて、別れた女房にあるのかも知れないな、と青木は考えた。
 長平に会いたいのは、礼子のことであるかも知れない。礼子は長平のふところへとびこむつもりで彼をすてたが、結局、長平は彼女を相手にしなかったし、今は礼子もあきらめたようである。
 しかし、あきらめるッて、何をあきらめるツモリだろう。彼にもあきらめたことは、いろいろあった。青木は立侯補をあきらめたし、大実業家になることもあきらめた。
 今でも青木があきらめないものがあるとすれば、あるいは礼子のことであるかも知れない。けれども礼子は、長平が彼女をてんで相手にしなかったので、それをそッくり昔の亭主に返礼して、ちかごろでは、益々冷めたく、青木を相手にしなくなっている。
 そのウップンを長平のところへ持っていこうという魂胆ではないけれども、彼の心にケイレンが起きたとすると、特効薬は長平のところへなんとなく泣きに行きたくなることである。
 しかし、彼が京都行きの汽車にのりこんだのは、そのためだというわけではない。なにがなんだか分りやしない。めいめいの人間には、一生の誤差がつもりつもってゼンマイが狂い、一時にケイレンを起すような時があって、それかも知れないと青木は思った。
「つまりケイレンだな。病原不明のゼンソクみたいな、精神的アレルギー疾患なのさ」
 人間は――すくなくとも彼自身は、年をとると、益々迷いが深くなるし、バカになるようだと青木は思わざるを得なかった。
 彼は京都の長平の閑居へ早朝に辿りつくと、まるでわが家のように落ちつきはらって、
「なア。長平さんや。こうして古都の静かな侘び住居で、あんたの顔を見ると、なつかしいなア。余らも老いたり、と思うよ。もっとも、あんたは、老いて益々若い気持かも知れないがね」
 自ら小女にビールを命じ、自分で栓をぬき、二つのコップについで、グッと一息にのみほした。
「ヤア、うまい。これが、人生だ。なア、長さん。人生は、たった、これだけのもんだよ。オレが、三四ヶ月前に東京でようやく君をとッつかまえた時にさ、別れぎわに、こう言ったのを覚えているかい。そのうち、一度、京都へ訪ねて行くぜ。なんのためだかオレも知らないけどさ、そのときは、門前払いはカンベンしておくれよな、と言ったのさ。人間は自ら予言するものさ。いや、結局、自分の予感だけの人生しか生きることができないのだな。しかし、そんなことは、どうだっていゝんだ。こうやって、ビールをのむだろう。すると、ほかのことなんか、実にとるにも足らないことになってしまうのさ。なア、キミ。ぼくは、いま、一つのことを悟ったのさ。曰く、老境ですよ。老いて、益々迷い深し。しかし、老境は老境ですよ」
 青木はしばらくビールをたのしんでから、ようやく記代子のことを思いだして、ひどい姿でどこからか彼のもとへ逃がれてきて、目下入院中だということを語った。
「ゆうべ、おそく、東京から電話で、そのことはきいていたよ」
 まだ朝食前の長平もビールをのみはじめた。
「どんな人生だって、同じことだろうよ。聖処女が、とたんに淫売になったところで、なんでもありゃしない。めいめいが自分の一生をかけがえのないものだと分ればタクサン。記代子がそんな風になったことと、女学校へ入学することと、差の違った出来事だと考えることができないよ。もう、そんな話は、よそうじゃないか」

       十

 青木は一ねむりして目ざめると、浴衣がけで京都の街々を散歩した。しかし彼には、街や人よりも、山や川が胸にしみてくるのであった。
 業平(なりひら)や小町や物語の光君という人などが花やかな貴族生活をくりのべていたころでも、古都は明るいものではなかった。賀茂の河原は疫病で死んだ人の屍体でうずまり、屍臭フンプンとして人の通る姿もなく、烏の群だけが我がもの顔に舞いくるっていたものだ。
 関ヶ原の畑をほると、今でも戦死者の骨がでゝくるそうだが、賀茂の河原からは、何も出てきやしないだろう。いっぺん洪水が起れば、すべては海へ流れて、河原は美しい自然の姿にかえってしまう。
 この古都では、山と川が、昔のままだ。山の中には七八百年来の建物があるし、川をさかのぼれば、遠い王朝のころと同じ自然の中で同じような生活をいとなんでいる農民たちがいる。
 古都の自然は美しいが、それが青木には暗く切なく見えるのである。千年来の古都の庶民の暗い生活が目にしみる。山々の緑の木々の一本ごとに千年来の人骨がぶらさがったり、からまったりしているような気がする。賀茂川が洪水ごとに山に向って逆流して、河原一面にすてられた屍体を山へ運んでまきちらし、山々だけがいつまでも変らぬ緑を悲しくとどめているような気がする。その骨の一本が自分だという気がした。
「京都の山の木の一本が、オレだったのさ。それを見てきたんだよ。なんのためにオレの心が京都へ行こう京都へ行こうと叫び立ったのかと思ったら、つまり、こんなことだったらしいや」
 青木はこう長平に語って、カラカラ笑いだしたが、
「なア、長平さんや。あんたが、又、昔のように、オレとユックリ酒をのんでくれるところを見ると、オレの心が、いくらか落ちついてきたのかなア。イヤ。こんなことを云ったって、君にへつらってるワケじゃアないのさ。オレはね、自分の迷いが自分だけじゃア防ぎとめられないことが分ってきたらしいのさ。だんだん、いろんなことに、あきらめるようになったのさ」
 青木は一ぱいごとにたのしんで何バイも酒をかさねた。
「君はいつも、仏像みたいに、だまっているなア。なんにも返事をしてくれねえや。しかし、君の人相は、いい人相だ。オレは安心して、なんでも喋っていられるよ。昔から、君は、そうだったよ。だが、あのときに限って、どうして、そうじゃなかったのだろう? え? ねえ、長平さん。オレにだって分ってるよ。決して人に愛されるようなオレの姿ではなかったことがね。しかし、オレは、真剣で、必死だったんだ。そんなことは、手前勝手なことには相違ないが、君だけは、そこを見てくれると思ったんだがなア。教えてくれよ。なぜ、怒ったのさ」
「知らないね。オレはお天気まかせだよ。しかし、真剣、必死というものは、自分ひとりでやるものだよ。だが、そんな話はよそうじゃないか」
「そうか」
 青木は、また、杯をかさねた。
「たしかに、いいことだ。こうして昔の友だちと静かに酒をのむことは、ね。いろんなことが、しみるように、分りかけてくるよ。まず、ひとつ、ハッキリ分ったことがあるよ。曰く、覆水盆にかえらず、ということだ。ありがたい。これで、オレは、ホッとしたなア」

       十一

「これが分っただけでも、オレは安心して、東京へ帰れるよ。覆水盆にかえらず。人倫は水のように自然のものなんだ。ひっくりかえって流れた水は、どう仕様もねえや。もっとも、自然に元へ集ってくれるなら、それも良しさね。とにかく、自然でなくちゃア、ダメなんだ。しかし、人間はミレンですよ。覆水を盆にかえそうとしたり、盆にかえりうるものと希望をすてなかったり、ね。思えば、ぼくはそのミレンとナレアイの遊びをしていたようなものさ。ねえ、長平さん。ぼくは老いて益々迷いに迷う人間になりましたよ。しかし、迷いのタネを過去に持ってはダメなんだね。白骨をさらすまで、水のように、迷いはただ盲メッポウ先へと流れるべきものですよ」
 青木の苦笑は明るかった。
「ぼくはちかごろ、三方損ということを考えていたですよ。ただ今、覆水盆にかえらず、を会得するに至って、三方損の考えが生きたものになりましたね。喧嘩両成敗はあたりまえのことでさア。両成敗、両方損、両名は当事者だから、文句なしに、成敗や損をあきらめるのさ。ところが、ここに、すべて物事には当事者ではない三人目がいて、三成敗や三方損というマキゾエをくらって、ついでに損の片棒だけをかつがされている運のわるい奴がいるものさ。まったくですよ。人生の諸事諸相には、かならずこのトンマな三人目が隅ッこでブウブウ言っているものさ。長平さんにあてつけるわけではないが、いつのまにやら、長平さんと梶せつ子がよろしく両成敗の当事者となっている隅ッこで、いつのまにやら三人目の一方損をひきうけてブウブウ言っているのがワタクシさ。御両氏を両成敗と言っては悪いが、しかし、人生、すべてはいずれ両成敗ですよ。それは分って下さるでしょう。ヒガミではありませんやね。だが、長平さん。オレみたいに、人生の大半を三方損の三人目で暮してきた奴はいないよ。三方損の運命に、甘んじるべきや、否や、これ実に、小生一生の大問題、面壁九年の一大事であったです。しかし、面壁、一週間足らずで、解決したね。三方損。よろしい。ねえ、長平さん。ハッキリ、よろしいのです」
「そう簡単には、いかないだろうよ」
 長平は机上から一通の封書をもってきた。
「この速達は、今、きたところだよ。北川が重病でねこんだそうだ。死ぬかも知れないらしいね。ルミ子というパンパンが知らせてくれたんだよ」
 青木は手紙を読んだ。簡単な文面だった。放二が病床について、四十度の熱がつゞいている。入院をすすめても、きいてくれない。入院の費用で困っているわけではなく、放二の頑固なのに困っているだけだが、入院して充分の手当をうけるようにすすめてくれないか、という依頼であった。
「ぼくは明朝上京するが、君は、ここにブラブラしていても、かまわないぜ」
「イヤ。ぼくも上京しよう。おもしろいことになりそうだ。君は主として北川君を見舞うらしいが、ぼくは記代子さんを見舞うとしよう。しかし、なア、長さんや。記代子さんが重病で放浪の旅から戻ってきてもビクともしないという心事も分るには分るが、北川君の病床には駈けつける。これも分るには分るが、一考を要するところだろうと思うね。アマノジャクでもあるし、理に偏してもいる」
 長平の答えはなかった。青木はやや苦笑して、
「フン。よかろう。タヌキかトラか、ただのネズミか知らないが、オレは長さんの正体を見とどけるのがタノシミさ。オレが来年も生きているとしたら、ミレンのせいではなくて、長さんの正体を見とどけたい一心だと思ってくれよ」


     明るい部屋


       一

 放二のやつれ方はひどかった。
 長平は知人の医師をともなって診てもらったが、ルミ子の部屋へしりぞいて話をきくと、彼は放二を生かそうとする情熱を起そうとしなかった。
「いますぐ入院というわけにはいきませんよ。うごかすと、死期を早めるだけのことです。三四日手当をしてみて、多少力がついたとき、病院へうつすことはできるかも知れませんが、どっちみち、長い命ではありません」
「どれぐらいの命ですか」
「うまくいって、二三週間」
「百に一ツも、望めませんか」
「百パーセントです。ここまできては、奇蹟は考えられません」
「会ったり、話を交したりしない方がよろしいですね」
「そう。ですが、どっちみち助からないイノチですから、親しい方々が心おきなく話を交しておかれることを止めるべきではないと思いますね」
 ルミ子は医師の冷淡な言い方があきたらないらしく、
「十分か十五分ぐらいの診察で、どうしても助からないなんてことが、ハッキリ分るんですか。そんなにハッキリ言いきるほど、自信がおありなんですか。診たて違いということが、よくあるでしょう。百パーセント死ぬなんて、そんな自分勝手な、自分だけ絶対に偉いようなことを仰有って」
 ルミ子は自分がとりのぼせているのに気がつくと、自分のノドを手でおさえて、あきらめたように沈黙した。又、ふと、顔をあげて、医師を見つめて、
「先生。奇蹟は、どこにでも、あります。情熱の中にあるのですわ。先生が治してあげようと信じて下されば、奇蹟はあるかも知れないのです」
「そう。ぼくの言いすぎでした。毎日きて、できるだけの手当をつくしますから、安心なさい」
 長平一人を相手のつもりで腹蔵ない意見をのべていた医師は、伏兵の爆撃におどろいたが、世なれた態度でルミ子を慰めてやることを忘れなかった。
 医師を送りだしてから、長平は放二を見舞って、
「あんまりガンコに、ひとりぎめに諦めちゃアいけないぜ。ノンビリとノンキな気持になるがいい」
 放二は童子のようにニコニコして、
「ぼくは、ノンビリと、ノンキな気持なんです。すべてに、満足しています」
「そうか。それに越したことはない。ぼくは東京にいるあいだ、ルミ子の部屋に泊っているから、用があったり、話相手が欲しいときには、よびによこしたまえ」
 放二は、又、童子のようにニコニコした。そして、うなずいた。
「先生、ぼくに看護婦をつけて下さるんですッて?」
「そうだよ。なれた者でなくちゃア、寝たきりの病人は扱えないものだよ」
 放二はうなずいて、
「それは、ありがたいのです。なれない女の子たちに、メンドウをかけるのは、気がひけていたのです。ですが、宿なしの女の子たちを、この部屋から追いださないで下さい。先生が気をきかせて下さって、あの子たちに他の部屋を世話して下さっても、こまるんです。あの子たちの身上は自由なんです。ここにいるのも、ここを去るのも、あの子たちの自由にまかせて下さい」

       二

 長平はルミ子の部屋へ泊りこむことになって、よいことをしたと思った。こんなに虚心坦懐に、女にもてなされたり、女を愛したりして、深間の感情というものをまじえずに、淡々とくらせるのが、ありがたい。ルミ子は魔性というものが少しもなくて、そのくせ、生れつきの娼婦というのかも知れなかった。
 ルミ子は長平から放二のよろこびそうな新刊書をきいて、それを買ってきて、一日中、放二に読んできかせていた。放二が疲れたりねむったりすると、自分の部屋へ戻ってきて、長平の邪魔にならないように、ねころんで、うたたねしたり、本を読んでいた。
「先生、童話すきですか」
「そう。すきだね」
 ルミ子は、どうも困ったという顔をした。
「兄さんも好きなんです。読んでくれッておッしゃるのよ。でもね。読みつづけられなくなってね。時々ね、よむのを止してボンヤリしていることがあるのよ」
「なにを読んだね」
「風の又三郎。兄さんが、それを読んできかせてッて。童話ッて、みんな、あんなに悲しいの」
「そうかも知れない」
「変な悲しさですもの。いらだたしくなるのよ。あれじゃア、助からないわ」
「どんな風に、助からないのかね」
「ほんとに悲しいッてことは、あんなことじゃアないでしょう。私、悲しいときにはね、ウガイをしたり、手を洗ったり、そんなことをして、忘れちゃうのよ。無い時にお金のサイソクされたり、叱られたり、ね。それが悲しいことでしょう。童話と怪談は似ているわ。なんだか、ついて行かれない。いつまでも、からみついてるようで、女々しくッて、イヤなんです」
「子供の時のことを、思いだしたくないことが有るんじゃないのか」
「いゝえ。そうじゃないんです。ウガイをしたり、手を洗ったりして、忘れられないようなことは、私たちの生活にはないのです。童話の中にあるだけなのです」
「なるほど。つまり、余計ものなんだな」
「お金で物を売ったり買ったり、身体を売ったりお金をもらったりでもいいわ。それから、借金したり、お金がなかったり。恋をしたり、しなかったり。私の毎日々々のくらしには、あんな変な悲しいこと、ないんです。童話や怪談は、いけないことだと思うんです。ウソですもの」
「どうも、ぼくには分らないが、パンパンの生活をそッくり書いても、童話になるぜ」
「なるんですか!」
「風の又三郎と同じような童話ができると思うけどね。しかし、君の考えていることが、ぼくには、まだ、分らない。君は、山や川や海の景色をみてキレイだと思わないのか」
「思わないことは、ありません。でも、つまらなくも見えます」
「人間は?」
「人間には善いことと、悪いことがあるでしょう。善いことよりも、悪いことの方が、もっとタクサンあるでしょう。人間は、そうなんです。悪い人間もいます。悪い心もタクラミもあります。童話のように善いことずくめじゃないのです。怪談のように悪いことずくめでもありませんけどね。小説ッて、もっと、人が悪くなくちゃア、いけないと思うんです。あんなに変に悲しい童話、助からないんです」

       三

「お父さんやお母さんは、いるのかい?」
「ええ。それでパンパンは、おかしい?」
 ルミ子は笑った。いつもながら、あどけない笑顔である。そのせいで、ルミ子の部屋はいつも、明るい。長平は疲れた手を休めて、ルミ子と話を交すのがたのしかった。
「生れた家へ帰りたいと思わないかね」
「思いだすことはあるけど、帰りたいとは思わないわね」
「病気になったり、苦しいことがあってもか?」
「ええ。生れた家は、もう無いことにきめたの。私はね。街の女。街の子よ。今日があるだけよ。昨日も、明日もないわ。今のことしか考えない」
「ホウ。立派な覚悟だ」
「先生は?」
「そう見事には、いかないな。昨日のことも、明日のことも、考えるよ」
「私も、そうよ。でも、それじゃアこまるのよ。パンパンには、ね。昨日も、明日も、あると、こまる」
「なるほど」
「私だって、パンパンでなければ、昨日も明日もある方が都合がいいだろうと思うわ。その方が、自然だものね」
「そうかねえ。今のほかに、昨日も、明日もある方が、自然というものかねえ」
「冷やかしちゃア、ダメだわ。そんな風にいわれると、迷ってしまうわ」
「ほう。何を迷うの?」
「だって、誰だって、自分の今のこと、今考えていること、今の生活、信じたいのですもの。今のこと、後悔する日がくるなんてこと、苦しくッて、とても考えられないわ」
 なんとなく、まぶしそうに、笑う。思い切って切ないことを語っていても、それだけであった。
「いつか後悔する日が来そうな気がするのかい? ヤ。そんなことをきいて、わるかったかい」
「いいえ。ヤだなア。先生は。そんなにクヨクヨしそうに見える?」
「そこが、ぼくにも分らないよ」
「先生は、どうなのよ。後悔が、こわい?」
「後悔は、ムダだと思うよ」
「そうなのよ。ですけどね。私は、こう言えると思うわ。後悔する日なんて、もう、来ッこないの。私のところへは、ね。私は、そう信じることができるんです」
 言葉が、すこし、はずんでいた。彼女としては、精いっぱい力強い言い方である。明るい笑みの中に、瞳があくまで澄みきっていた。
 すさまじい確信であった。はずんだ言葉と、明るい微笑が長平の胸にくいこむ。この少女の心のめざましい安定というものが、正確に長平に移動して、彼の心まで安定させてくれるようだ。
 長平はこの安定の静かなことと美しいのに心を洗われずにはいられなかった。ステバチでもなければ、気負ったところもない。十九の少女が、その毎日の生活を正しく生きて、確実につかみとった安定なのである。そしてミジンも感傷がないのは、この少女の身辺を益々清爽なものにしているのであった。
 ただ一つ、この少女がムリをしていることはと云えば、放二に対する感情であるが、それがムリなく起伏をしずめて自然なものに見えるのは、パンパンという職業からくる特典のせいかも知れない。ルミ子の血が多くの男によって汚れているのは、そうでない場合よりも、長平にはかえって清らかなものに見えたのである。

       四

 長平は上京したが、まったく外出しなかった。ある日、青木が遊びにきて、
「君も乱暴なお方だな。上京して一週間にもなるのに、記代子嬢の病室を見舞わないのは、どういうワケです。君の心境がききたくなって、本日は、私製詰問使というわけさ」
 長平は忘れていたことを理不尽に思いださせる青木の言葉がうとましく思われた。
「君は、そんなことに、どうして、こだわるのだろうね」
「これは、おそれいった。こッちがインネンをつけられることになるとは思わなかったね。上京して一週間にもなるんだから、一度ぐらいは見舞ってやりなさいよ」
「そういうもんかね。上京と云ったって、こゝと病院には距離があるよ。京都から病院までの距離と、こゝから病院までの距離と、距離があるということじゃア、おんなじことじゃないのか。記代子の病室へ行く必要があれば、京都からでかけるさ。上京したから、ついでに用のないところへ行く必要があると、君は考えているのかね」
「益々おそれいりましたね。人生には、ツイデ、ということが、ないんですかい」
 ルミ子が屈託なく笑って、
「ツイデ、ッてことは、たのしいわね」
「ホレ、ごらん。この可愛いいお嬢さんが、証明してくれましたよ。ねえ、可愛いらしいお嬢さん。しかし、ツイデは、たのしいかねえ」
「用たしに行くでしょう。ツイデに、このへん、ぶらついてみましょうと思うわね。たのしいわ」
「ずいぶんジミなお嬢さんだね。そんなのが、たのしいかねえ。ほんとに」
「先生は、腰をあげるのがオックウなんでしょう。私は、そう。腰をあげなきゃならないと思うと、たいがいのことは、その値打も魅力もないように見えてしまうわね」
「意気投合していらせられるか」
 青木は苦笑して、ねころんだ。
「パンパン宿というものは、威儀を正して坐っていられない気分になるものらしいや。御免蒙って、失敬しますぜ。ところで、長さんや。重ねて、おききしますが、記代子さんの病室を見舞う必要はないのですか」
「先方が会いたがってもいなかろうよ」
「なるほど。しかし、なんとか、してあげる必要はないかねえ」
「君自身が何かの必要を痛感しているらしいな。ぼくに何をやらせようというのかね」
「君自身には、ないのか」
「ない。記代子がぼくを必要とするまでは。どうも、君は、妙にひねくれて、考えているね」
「そうかい」
 青木は素直に考えこんだ。理窟は、たしかに、そうでもある。しかし、これでは、隣人というものが助からない。
「なア。長さんや。記代子さんの放浪、恋愛、愛人の裏切り、輪姦、脱走、病気。よくもまア、これだけの困ったことを、たった一人で引きうけたものさ。隣人は不幸を分ちあうものさ。君は彼女の死んだ父母に代るべき最も近い肉親ですよ。最大の隣人ですよ。君が何かをしてやらなくて、誰が彼女の再生の支えとなる者があるのかね。え?」
 青木は改まって、起き上らずにいられなかったが、それが一そう長平に不興を与えたようであった。
「記代子にまかしておきたまえ」
 長平はソッポをむいで、つめたく答えた。

       五

 青木は長平の顔を見るのも不快な気がした。いつもながら、思いあがった冷めたさである。
 理窟を云えばキリがない。どんな非行も、理窟で筋を立てることはできるものだ。
 やりきれないのは、長平という男の独善的な暮しぶりだ。行い澄ました偽善者の方が、まだ、どれぐらい可愛いいか分らない。姪の病室を見舞いもしないで、パンパン宿でノウノウとしている悪どさ。その暮しぶりの独善的な構図が、あくまで逆説的だから、鼻もちならぬ毒気に当てられて、やりきれなくなってしまう。
 たかが小娘のパンパンを心の友であるかのように、一ぱし深処に徹して契りを結んでいるかのような、平静や落付きも、やりきれない。思いあがっている、という一語に全てがつきている。
 生活に不安のない人間が、彼によりすがる人々を突き放して勝手に安定するぐらい、容易なことはないのである。要するに、利己主義という一番平易な一語につきる。
 青木はつい皮肉の一つも言わずにはいられなかった。
「貧乏人のヒガミというものは怖しいやね。ねえ、長さんや。貧乏人はあなたのことをこう言うよ。大庭長平という人物は高利貸しと同じ性質の利己主義者にすぎない、とね。誰から何をしてもらう必要のない人間が、誰に何もしてやらないぐらい簡単なことはないやね。それを一ぱし尤もらしく筋を立ててみせる学の心得があるだけ、隣人の心を傷つけ、害毒を流す悪者である、とね。単純明快に、あなたは悪者であるですよ」
「そう。悪者というのかも知れないわね」
 青木の言葉をひきとって、感懐をもらしたのはルミ子であった。青木の皮肉な心をひきつがずに、言葉だけを平静にひきついだので、青木は虚をつかれて、ルミ子を見つめた。
「そう。彼は悪者以外の何者でもありませんよ。しかし、ルミちゃんや。悪者の定義を甘やかしちゃいけませんぜ。何故に彼は悪者であるですか」
「利己主義ということは悪者ッてことじゃないでしょう」
「ア。そうですか」
「隣人に冷めたいことも、悪者ッてことにならないわ」
「そのほかにも悪者がいるのかねえ」
「私はね。沙漠へ棄てられた夢をみたことがあるわ。誰が棄てたか知らないうちに、誰かに棄てられていたのよ。みると、お母さんが歩いて行くのよ。お母さん、助けてッて、叫んで追ッかけようとしても、足が砂にうずもれて進むことができないうちに、お母さんがズンズン歩いて行ってしまうの。とりつく島もないわね。でもね。ズンズン行ってしまうお母さんが悪者ッてことはないわ。
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