街はふるさと
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著者名:坂口安吾 

       七

 エンゼルは娘をだまして一稼ぎするには妙を得ていた。終戦後の二三年はそれで食いつないでいたのである。美貌が第一の資本であったが、女の心理にも通じており、演技者としての才能が抜群であった。
 しかし、パンパンなどに対して演技の必要はなかった。同じ裏街道の同志で、生地をさらけだして、不都合がある筈はない。顔の貫禄と美貌は彼女らの身にあまる偶像で、エンゼルの逞しい腕に、ムンズとひきよせられたパンパンは、あまりの羞しさに、泣きそうになり、もがいて逃げようとするのであったが、有無を云わさず引き寄せられて厚い胸に押しつけられると、力はつき、ただ夢を見るようにウットリしているだけであった。
 そうでないような女に対しては、そうでないように、エンゼルは対策にこまるということは、めったになかった。
 エンゼルは酔っていても、ヨタモノの本能は鋭敏であった。
 放二の部屋で、ルミ子が彼に遊びましょうよと誘った言葉を、いつもと同じように、当然なことと真にうけたのが軽率だったのである。
「すると、この女は……」
 と、エンゼルは思った。
 みんな、グルだ。あの若い奴は、好男子の坊ッちゃん然と、まるで世間知らずの顔をしているが、実は町内のパンパンどもをみんな情婦にしているのである。そして、この女が、情婦筆頭というわけだ。
 何組のなにがしというヤクザでもない青白いインテリに、時々こういう教祖めいたヤサ男がいるものであるが、悪事の型がきまっているヤクザとちがって、こういう奴らは何をしているか分らない。しでかすことの筋が見当がつかないのである。エンゼルは、こういう奴が苦手であった。彼の仕事と同じ性質のことを、特別の筋と才能で楽々果しているように思われたからである。彼は対等の敵として、放二に対して激しい闘争心をもやした。
 この女が自分を別室へひきたてたのは、自分が放二にからむのを避けるためだ。しかし、腕力に自信がないからインネンをつけられるのを避けたと見るのは当らない。先方にはピストルのようなものがあって、ただ軽率に血を見ることを好まなかったのかも知れない。あのヤサ男の静かな落付きは尋常ではない。エンゼルはそれを軽視することができなかった。世間知らずの記代子などには、あのヤサ男の正体が分るはずはないのである。
 そう気がついてみると、ルミ子という女も、さすがに、ただのパンパンとはちがう。邪教の一味は、小娘のパンスケまで、ミコだか狐つきだか分らないが、老成ぶって、得体が知れないのである。
「お前は、いくつだ」
「十九」
「フ。どうだい。オレが北川を殺したら、どうする? お前、オレの女になるか」
 エンゼルはビールをなめて、面白くもなさそうに、せせら笑った。
 ルミ子の顔色は変らなかった。
「なぜ殺すのさ」
「なに、下駄につかえた石ころをはじくようなものだアな。誰かが、ちょッと、どこかの街角で、あの兄さんを眠らしてくれらア」
「全然、タダのチンピラだ」
 ルミ子はガッカリして、ねころんで、片肱を枕にエンゼルを見つめて、つぶやいた。
「屋敷もちの花つくりのアンチャンも案外だなア。よくお金モウケができたわね」

       八

「誰か殺せば、女がウンと云うとでも思っているの?」
 ルミ子は起き上って、坐り直した。彼女は次第に亢奮していた。
 たかがヨタモノの脅迫ぐらい、気にするほどのこともない。それも女を口説いての凄文句にすぎないのだから、ムキになるのは、相手の術中におちこむようなものである。
 しかし、放二が殺されるという事柄について考えると、凄みを並べたてるだけのコケおどしかも知れないけれども、我慢ができなくなり、全身が熱くなってしまうのだ。
 ルミ子の目が吊った。ふだんと、まるで人相がちがって、赤いホッペタの童女が、怒って、白くなったように見えた。
「誰が殺されたって、お前なんかに、ウンと云うもんか。嘘か、どうか、ためしてごらんよ。私を殺してごらん。ウンと云うか、どうか。今、やってごらんよ」
 自分がここで殺されれば、エンゼルは捕まるし、放二に迷惑はかからない、ということが、誰に知られなくとも、ルミ子には悔いはなかった。
 彼女はムチャクチャにエンゼルが憎かった。放二をヨタモノなみにしか見ることができないような男、たかがパンパンとの一夜のために放二を虫ケラのようにヒネリつぶそうと思うような男。彼女はどんな男にでも、金で肌をゆるしてきた。それを悔いてはいなかったが、殺されてもこの男には許してやらないということが、最後の償いのように思われた。
 ルミ子はむしろ殺されることを望むような気持であった。すすんで獅子の前へ進みでる勇気がわき起っていた。
 ルミ子は立って、ネマキをぬいで、着物にきかえた。シゴキを一本、エンゼルの前へ投げだして、坐った。
「殺してごらん。私のクビを、しめてごらんよ。人殺し、なんて、叫びたてやしないから。音をたてずに、死んでみせるから、安心して、しめてよ。ちょッとした呻きぐらい、でるかも知れないけど、ウンと言ったわけじゃないから、まちがえないでおくれ」
「フ」
 エンゼルは口にふくんだビールを、いきなりルミ子の顔へふきつけた。ルミ子の顔は、うしろへ一分ひく様子もなかった。
 エンゼルはビンタをくらわせた。ルミ子の上体がふらついたが、倒れなかった。そこで、つづけさまに往復ビンタをくらわせた。左へふらつくと、右へ叩き返され、右へ傾くと、左へ叩き返された。
 しかしルミ子は痛さというものを全然感じなかった。彼女の全身にみちあふれているものは、決意だけであった。
 エンゼルは手をやすめたので、
「卑怯者。ぶって、ごまかすつもり」
「どうしても、死にたいか」
「やってごらん」
 エンゼルはシゴキをひろって横へすてて、
「よし。殺してやる。言い残すことはないか」
 両手でルミ子の首のまわりを握りしめた。ルミ子はアゴを上へあげて、握りいいようにしてやった。そして、エンゼルの腕にすがったり、もがいたりしないように、両手で自分の両腕を握りしめた。エンゼルは三度、首を持ち上げたり下したり、演習した。そして、とつぜん上へひっぱりあげられたと思うと、全身がチョウチンのようにフラフラふりまわされたように思った。そして、わけが分らなくなってしまった。

       九

 ふとルミ子が気がついたとき、誰かがそこにいる様な気がした。目をあけて見定めようとすると、扉が閉じて、誰かが部屋の外へ立ち去ったようであった。
 ルミ子は又目をとじて、できるだけ我慢して、ジッとしていた。自分が、どこで、どんな風になっているのだか、それを知りたいと思った。
 そして、目をあけて起きてみると、部屋の中には誰もいなくて、彼女は全裸でフトンの上へねかされている自分を見出した。
 着物は部屋の片隅に、まるめて捨てられていた。顔をなでてみた。洟(はな)もでていない。
 ルミ子は暴行されたことを知った。
 彼女がフトンの上へねかされていたことや、全裸にされて身体の汚物をキレイにふきとられていたことは、エンゼルの仏心でもなければ、人工呼吸のためでもない。心ゆくまで暴行をたのしむためであったにすぎない。
 ルミ子は全身の力がぬけ落ちるような落胆を感じた。彼女が敢てしたことは、すべて徒労だったのだ。ルミ子は性戯ということに特別の感情をもたなくなっていたが、自分の知らないうちにエンゼルのいろいろの侮辱を蒙ったことを思うと、救われようもない悲しい思いに沈んだ。
「なぜ生き返ったのだろう!」
 彼女は泣きだした。はりつめていたものが、際限もなくゆるんで行くようであった。小学校の初年生のころ歩いた道々の野原の橋や、その小川のほとりのレンゲ草の咲いている河原が見える。そこに花をつんでいるのは、たしかに自分だ。小学校の一年生の自分なのである。一方はあかるい青空だし、一方の空は燃えるような夕焼だ。そして橋のタモトから、自分のすぐ手のとどくところから、一米(メートル)ぐらいの階段のような虹が、まっすぐ夕焼の空へかかっているのである。いつのまに、こんな虹がかかったのだろうと考える。さッき橋を渡るときまでは、あそこに、なにもなかったのに。……
 気を失ったのか、眠って夢を見ていたのか、わけの分らないような状態から、ルミ子はふと我にかえった。
 誰かが扉をノックしている。
「だれ?」
「私。カズ子よ。ちょッと、いい?」
「ちょッと、待って」
 ルミ子は立って、ネマキをきて、扉をあけた。
 カズ子は中をのぞいて、
「もう、あの人、帰ったの?」
 それをきくと、廊下の曲り角に隠れて様子をうかがっていたヤエ子も姿を現した。
「ちょッと、心配だから、来てみたのよ。おとなしく帰ったのね」
「うん。とっくに帰ったわ」
「チェッ。じゃア、あッちの部屋へくればいいのに」
 ヤエ子は苦笑して、
「色男をみると逃がしゃしないんだから。オタノシミのことですよ」
「兄さんは、ねた?」
「いいえ、起きてる」
 ルミ子はふと身にしむような懐しさを覚えてクラクラした。

       十

 その翌日、放二はエンゼルの自宅を訪ねて行った。
 酒を飲みすぎれば、誰しも妙な風になるものだ。しかし、それが当人の本心というわけではない。たとえ本心にしたところで、誰の本心も汚いものだが、理性の働いている時には抑制されているのだから、酔わない時を人間の常態とみるのが当り前だ。
 エンゼルは放二の生活に甚しい見当ちがいの判断を下したけれども、そう疑っている気持が酔って現れただけのことで、放二の正体を疑っているというのも、放二の本当の心を知りたがる気持があるからに相違ない。
 たぶん記代子が放二の生活について疑っていることを、事実としてエンゼルにきかせたのだろう。それをエンゼルが真にうけるのは当り前で、疑う理由は十分である。
 しかし、こッちが誠意をもってつきあううちに、やがて分ってくれるときがくるだろう。そういうものだと思いこんで、やりぬく以外には適当な手段がないようだ。放二は、あきらめなかった。
 エンゼル家の表門は堅く閉されているので、呼鈴をおして案内を乞うと、アンチャンが戸の小窓をあけて、来意をきいた。
 相変らず、長時間待たせたあげく、四人ものアンチャンが小窓から代り番こに隙見して、放二の服装や、その背後に人はいないかと点検しているようである。
 ようやく戸が開いたので、一足はいると、放二の後足は危く閉じる戸にはさまれて、つぶされそうであった。ピシャリと閉じる。二人のアンチャンが戸に躍りかかって、桟を下し、鍵をかけてしまった。
 四人どころじゃない。一目では算えきれないぐらい、ざッと十人ちかいアンチャンが勢ぞろいしている。四匹の猛犬を檻からだして、めいめい一匹ずつの綱をとって、スワといえば犬を放そうと身構えているアンチャンもいる。
 アンチャンの重鎮らしいのが進みでゝ、大そうニコニコと歓迎の意を表して、握手をもとめ、口上をのべているうちに、誰かが、腰、ズボン、胸のポケットを点検したようである。
 放二は応接間へ通された。窓から見ると、四匹の犬が綱から放されて、庭を行ったり来たりしている。アンチャン連も四人ばかり、要所々々に張りこんでいるが、樹木が一本もないから、折からの日でりで、大そう暑さにヘキエキしている様子であった。
 放二はエンゼルとルミ子の昨夜の真相を知らなかった。しかし、もてなかったのだろうという想像はつく。
 酔っ払いは前後忘却して、ところどころ明滅的な記憶しかなかったりするから、それを想像できなかったりして、益々誤解しているのかも知れないと放二は思った。
 エンゼルはニコニコと現れたが、顔色がすぐれなかった。
「どこをのたくって呑んで歩いたか、気がついたら屋台の土間にねていましたよ。白々と夜の明けるころにね。土間にねてごらんなさい。目をさますと、カゼをひいてますぜ。体温がなくなってるね。骨のシンまで冷えきってまさア」
 目が濁っていた。当人もそれが分るらしく、汚い目を見せないためか、しきりにパチパチやっている。

       十一

「昨夜は失礼いたしました」
 と、放二が言った。どっちの挨拶だか、わからない。さてはインネンをつけなさるか、と、エンゼルは返事をせずに、内々せゝら笑って待ちかまえていると、
「自分で酒をのまないものですから、酒席の気分がわからないのです。アパートの女たちも、言い合したように酒をのまないものですから、変なところへ御案内して、至らなかったと思っています」
 彼はこれから何を言うつもりなのか、エンゼルにはまったく見当がつかない。しかし、どうも、普通じゃない。エンゼルはソッポをむくのをやめて、放二の顔を観察することにした。
「ぼくは野中さんには、ぼくのすべてを知っていただきたかったのです。ありのままの生活を見ていただきたかったのです。なぜかと申しますと、ぼくが野中さんに対して偽る気持をもたないこと、野中さん御夫妻へのぼくの偽りない友情を信頼していただきたかったからです。かりに、ぼくの周囲の方々が、お二方のお気にさわる態度を示す場合にも、ぼくの友情は信じていただきたいと思ったからです」
 エンゼルは苦笑した。この男を買いかぶっていたようだ。酔っ払ってもいたし、パンパンアパートの雰囲気が一風変って異様でもあるから、買いかぶってしまったが、この男の底が知れてみると、あの雰囲気も別に異様ではないようだ。つまり一番グズな人間どもが、グズ同志よりあつまって、センチなママゴトみたいなことをしているのだろう。記代子はバカそのものであるが、この男はそれに輪をかけたウスノロかも知れない。
 エンゼルは大庭長平について、計算ちがいをしていた。記代子はニンシンしているし、知名人の姪であり、愚連隊と結婚させるはずはない。取り戻しにきて、なんとか挨拶があるだろうと期しているから、なんの取柄もないバカ娘をおだてあげて、本宅に鎮座させ、女房然とつけあがらせておくのである。
 放二の伝えるところによると、大庭長平は全然平静で、好いた同志なら何者と一しょになってもかまわないという考えだそうだ。そして、一安心して、京都へ帰ってしまったという。
 エンゼルは事の意外に驚いたばかりでなく、大庭という奴が海千山千の強(したた)か者で、記代子のバカさかげんに手を焼いており、これを拾いあげたエンゼルをいいカモだと笑っているのじゃないかとヒガンだほどであった。
 エンゼルは、にわかにバカらしくなっていた。奥様然とのさばっている記代子のバカ面を見るのも胸クソがわるい。
 戦法を変えて、芝居気なしに、露骨な取引をすべきじゃないかと考えはじめたから、放二に対しても、演技者の気持を多分に失っている。さもなければ、酔いすぎても昨夜のようなことはやらない。
 放二という男は、見る通りこれだけの、掛け値なしのグズのウスノロと見極めをつけたから、即坐に新体勢をととのえた。
「実はですね。諸事金づまりの世の中。仕事を手びろくやりすぎたものですから、費用はかさむばかりですが、回収する金が十分の一もありません。流行のコゲツキという奴、どこも同じ風ですなア。花屋だけでは、損するばかり、食って行かれませんから、記代子にも働いてもらわなければならないのです。まさか女給にだすわけにもいきませんが」
 エンゼルは気をもたせて、しかし、恐縮したように笑ってみせた。

       十二

 エンゼルは放二をなめてしまった。もはや、こんな小物は相手ではない。記代子というバカ娘が格下げだから、それと対等にも当らないウスノロは問題ではなかった。仮面の必要がなくなったのだ。彼がケツをまくってみせる相手は、大庭長平と、せつ子という女社長である。
 彼はシャア/\と放二の顔をうちながめて、
「どうです。あなたも、一口、やりませんか。ちょッとした商売ですよ。あのルミ子さんを女主人公にしてね。あの子は若くて、可愛いらしいですな。万人むきで、特に大学生むきだなア。記代子がちょッとそうですが、これがこの商売のコツですなア」
 エンゼルは宿酔(ふつかよい)で頭が重くて、やりきれない。宿酔というものは、宿酔の相手をめぐって不快に思いがこもっているものだが、それはエンゼルでも同じことで、その相手が目の前にいると思えば、不快で邪魔っけなウスノロだが、いくらか気がまぎれないこともなかった。やむをえず、ムダ口をきいているだけのことだ。
「その商売というのが、秘中の秘ですが、先に取払いになったマーケットね。あれを今回オカミの手で、まア、何々公団というようなところでやるんですかなア。明るく、健全な、見た目にもスマートなマーケットに再建しようというんでさあア。この店舗の契約なんですがね。これを然るべき手を通して、発表前にちゃんと予約できるんですな。本当の契約金は十万ですが、然るべき筋へ五万いる。あの新宿の一等地がそれだけでよろしいのです。ぼくは、ここである明朗な商売を記代子にやらせたいと思っていますが、さし当って、困っているのは現金なんですよ。ぼくには現金がないのです。その日その日の運転資金が精いっぱい、生活費にも事欠いてロクな物も食わせないのに、野郎どもも記代子も平気で我慢してくれますよ。時世だから、仕様がない。ね、これですよ。でも、あなた、みすみす、もうけ口があるのに、私もムリな苦面を重ねてもやってみたい。記代子もやりたがっているのです。五万ぐらいは、ぼくもなんとかできそうですが、あなた、十万、かしてくれませんか。記代子のためたです。記代子の商売なんです。あなたを記代子の親友とみこんで、おねがいするのですよ」
 放二は思いまどった。
 エンゼルの話は、なんとなく軽薄である。だまされるにしても、彼が真剣にだますつもりなら、彼に誠意のとどくまで、甘んじてだまされることに不服はなかった。誠意がついに届かなくとも仕方がないと諦めるのはワケがないが、彼は一生だまされてみたいような気もしていた。一生をかけてだまされたら、なんとかなりはしないかというミレンがあった。
 しかし、エンゼルの話はどことなく軽薄であるし、あいにくなことには、なんの苦労もなくエンゼルの申出に応じうる資格があったのである。
 放二は今度の慰労金に、旅行して疲れをやすめてこいと、せつ子から十万円もらっていた。その一部に手はつけたが、補充して十万円にするのにそう苦労はない。
 あんまり簡単に応じうることを言われたので、放二は迷った。しかし、迷うのは、結局金がおしいからだと考えると、心はきまった。
「多少のお金でしたら、ぼくの出来る限りのことは、なんとかしたいと思います。ですが、あなたは信じてくださるでしょうか。ぼくが本心からあなた方のお友だちだということを」

       十三

「それは信じていますとも。記代子も、ぼくも、あなたが二人に共通の唯一の友だちだということを忘れたことはありません」
 エンゼルはこう応じたが、ウスノロの態度が真剣なので、このウスノロは本当にいくらか出すつもりじゃないのかと気がついて、おどろいた。どこまでウスノロだか分らない。先方がそのツモリだとすると、こッちも、もらって損はないから、
「イヤ。こう申上げても、あなたは本当にして下さらないでしょうね。ぼくが悪るかったのです。昨夜、酔っぱらって、とりみだして、あまりと言えば、あまりの醜体です。昔の悪い習慣、三ツ子の魂です。酔っ払うと、昔の悪い男が顔をだすのです。昨夜の醜体はよく記憶していませんが、そのあさましさは、だいたい見当はついています。ぼくはジキル博士一本になりたいのですが、汚れた血は、生涯ついに、ダメですかなア」
「いいえ。ぼくがミレンがましく、友情を信じてくれますかなどゝ、疑ぐりぶかい心をさらけだしたのが、あさましいのです。醜体はぼくなんです。先日から、信頼していただくことばかり考えていたものですから、不覚なグチを申上げてしまったのです。ぼくの存在がお二方のお役に立てば、それだけで満足なんです」
 実にグチなことを言ったものだと、放二はすこし呆れていた。だまされることなんて、なんでもないことではないか。だまされまいとすることは、あるいは最も邪悪の念の一つであるかも知れない。
 エンゼルを疑ぐる必要はないのである。自分の一生を通じて、記代子とエンゼルのためにマゴコロをつくせば足るのであると放二は思った。
「記代子さんはどうしていらッしゃいますか。一目御挨拶いたしたいのですが」
「そうですね。ちょッとカゼをひいてねていますが、様子をきいて参りましょう」
 ウスノロがすすんでカモになりたがっている様子だから、二度と記代子に会わせないつもりであったが、ワガママを言っているわけにいかない。にわかに記代子にムネをふくめて、今度彼女の店をだすについて十万円かしてくれと頼んであるから、お前からもよろしく頼むがよい、と、つれてきた。
 しかし記代子は放二にたのむ気持はないから、ツッケンドンに、放二を見下して、
「私、あなたから、お金かりようなんて思わないのよ。どうせ梶さんのお金ひきだしてくるのでしょう。汚らわしいわ。ですが、エンゼルに貸すんでしたら、貸してあげなさい。きッとよ。貸しますね」
 放二は赧(あか)らんでうなずいた。
「ぼくは、ただ、お役に立ってうれしいと思っているだけです」
「誰のお役にですか。エンゼルのよ。私はあなたにお役になんか立っていただきたいと思わないのよ」
「おッしゃる通りです。ぼくの言葉が、ぼくの耳にも、まるでお役に立つことを押しつけているようにきこえます。そんな気持ではないつもりなのですが、ぼくの本心が結局それぐらいでしかないのだろうと思います」
 記代子の目はいつも彼の欠点を鋭く見ぬいていると放二は思った。それは記代子が正しい生活をし、心が正しい位置におかれているからだ。
 肉親に、友に、見すてられた記代子は、その心が正しい位置におかれているからであろう。人に愛されようとする自らの心は、ゆがんでいる。それをどうすることもできないモドカシサを放二は感じつゞけた。

       十四

 翌日、放二は約束通りエンゼル家を訪ねて、十万円渡した。
 十万円渡した瞬間から、サバサバした気持になることができた。金というものは奇妙な生き物である。人にやるときめた金でも、フトコロにあるうちは、ミレンの去りがたいものがある。他人に所有権が移ってしまえば否も応もない。自然にサッパリしてしまう。
 十万円で人の信頼を買おうという考えがどうかしている。金額の問題ではない。金で人の心は買えない。
 しかし、そのアベコベも真実であることを放二は知っていた。人間は、お金で買えるものなのだ。身体も、心も。特殊な例をあげる必要はない。早いところ、勤め人の生態がそうではないか。
 だいたい、人の心を買うものが、こっちの誠意や赤心だという考えがまちがっている。誠意や赤心というアイマイなものは、売買の規準にはならないものだ。一歩まちがえば、神がかり的な軍人たちや、教祖と信徒のようなものになってしまうし、まちがわなくとも、それがギリギリの正体なのかも知れないのである。
 むしろ、精神的なものも、金で買うという方法が、マギレがなくて、元々チグハグな人生では、ともかく最も正常な方法なのかも知れない。人の心というものがトコトンまで買いきれないのは分りきったことであるが、一応物質に換算して、ある限界までは金銭で売買するのが、むしろ健全だ。それ以外により明確な手がないからだ。
 しかし、放二は、十万円でエンゼル夫妻の信頼を買うつもりではなかった。彼はその考え方を捨てたのである。何も買ってはいけない。彼はただ二人のために誠意をつくそう、と自分に言いきかせていたのであった。
 そのつもりで、彼らに渡す十万円をフトコロにでかけてきたが、フトコロに金があるうちは、まだ、いろいろなことを考える。その金で転地をすすめてくれたせつ子の気持も気にかかるし、せつ子の厚意が十万円にこもっていると思えば、みすみす詐取とわかっているエンゼルの軽薄な気持を比較して、もどかしさを感ぜずにもいられなかった。
 エンゼルの人を小馬鹿にしたような詐欺的な申出に応じることが、正しいことだろうか、と気にかかりもする。
 しかし、真剣な申出だから応じるという区別の立て方にはウソがある。第一、真剣と、真剣でないものとに、本当に区別を知る人があるだろうか。いったい、真剣とは何だ。そんなものに、どこに特別の値打があるのか。今日は真剣でも、明日は真剣ではなくなるかも知れない。今日は軽薄なエンゼルでも、明日はそうでなくなるかも知れない。ウソと云えば人の心は全部がウソ。どんなにバカ正直の大マジメな心でも、ウソの裏ヅケはちゃんと在るものだ。
 エンゼルの申出が軽薄だから。みすみす騙されるだけだから。そういう言いがかりをつけて金を惜しむのは不当である。だまされることは問題ではない。信念の心棒になるのは、自分の心だけである。そして、二人のために誠意をつくすということを実行すればよろしいのである。
 十万円という金は、たとえ騙して取った金でも、十万円である。エンゼルは、それを十万円とし使うであろう。そして、そんなことは、こっちの気に病むことではないのである。

       十五

 放二は十万円をエンゼルに渡して、にわかにサッパリした気持になったので、自分の心も、たよりなく、軽薄すぎる、と思わずにいられなかった。執念のあるべきものには、もっと執念のある方が本当のような気がしたからであった。
 人間は金銭に対して、当然執念があるべきもののようである。自分が金銭に特に淡白な人間だとも思わないが、この十万円について案外アッサリしているのは、金の値打を知らないせいではないかと思った。
 十万円という意外な大金を自分のものとしてポケットに収めたのは今度がはじめてのことだ。その半分の金を貰ったこともない。
 生活が体をなしていれば、何かと特に欲しいものもあるかも知れないが、無一物、万事にボロだらけの放二の生活には、何もかも欠けているから、特に必要なものがなかった。無ければ無いで、まにあうような生活環境がちゃんと組み上っているものだ。全部を変える以外には、それに多少つけ加えるべきものがないように見えるほどである。
 十万円というまとまった金をもらってみても、放二はそれほど嬉しいとも思わなかったが、思わないわけである。身にしみて必要な理由がなかったからである。一つだけあるとすれば、せつ子がすすめてくれたように、身体を丈夫にすることであるが、それに対しても情熱が欠けていた。たッて、という情熱が、起らなかった。ストレプトマイシンも買える。入院して整形手術もできそうだ。転地して、元気を恢復して戻ってくることも、不可能ではないかも知れない。しかし、そうまでするハリアイが、どうしても起らないのであった。
 十万円に淡白なのは、生命の蔑視から来ているのかも知れないが、それもミジメな話である。誰も好んで己れの生命を蔑視する筈はないのである。外部的な何かが、それはいろいろのからみあった何かであるが、それがアキラメを与えているのであろう。
「お前、健康になりたいと思うか」
 こう自ら問うてみる。いろいろの考えのあとで、彼はこう答えを出した。
「このまま。そして、それから、なるがままに」
 病気ということは一応忘れて、他のことに目的をおき、そして病気はなるがままにまかせようと結論はだしていた。深く考えれば、自分のことは何も分らないばかりである。
「ヤ。これは、これは」
 エンゼルは大そう恐縮そうに十万円を受取った。わざと一枚ずつバカ丁寧に算えて、
「たしかに拝借いたしました」
 金を手にしているエンゼルは銀行員のように律儀な物腰に見えた。
 すると記代子は、放二から借金するエンゼルを見るのがつらいらしく、
「北川さん。あなた、もう、帰って下さい。私たちには、いろいろ用が多いの。毎日毎日が忙しいのよ。あなたと、ゆっくりお話しているヒマなんてないのよ。今日だって、ムリして、お待ちしてあげたんです」
 放二は立って、
「お邪魔いたしました。では、失礼いたします」
「ヤ。そうですか」
 エンゼルはひきとめなかった。記代子は一そう威丈高になって、
「北川さん。私はもうあなたにはお目にかかりません。私に挨拶したいなんて、変なこと仰有らないで。そして、もう、二度とここへいらッしゃらない方がいいわ」
 睨みつけて、さッさと立ち去った。


     三方損


       一

 エンゼルは京都の長平を訪問した。
 せつ子からも、放二からも、まだ報告がなかったので、記代子のその後のことが長平には分らなかった。せつ子が荒っぽい処置をしたので、エンゼルが文句を言いにきたのか、などと考えた。エンゼルという男には興味をもっていたので、書斎へ通した。
「たいへん閑静なお住いですな。京都には、こんな住宅が多いようで、土地風というのでしょうな。東京でこの閑静をつくるには、庭を五十倍にしなければなりません。猫額大にして山中の如し」
 ニコニコしている顔に厭味がない。ちょッと古風なことを言ってみせる芸当など、芸界の生意気ざかりのアンチャンが、こうしたものである。
「君は立派な屋敷をもっているそうだが、屋敷もちは京見物の心得が違うようだね。人の住居が気になるかね」
「いろいろと見聞をひろめ、後日の参考に致そうと思っております。人間、焼跡のバラックでは、恒心がそなわりません。ぼくのバラックでは、庭が花園になっていますが、これは職業上の畑でして、家と職業は分離しなければ、家の落付きはありません。隠居家ということを申しますが、隠居家こそは家の建築の正常な在り方である、これがぼくの意見なのです。なぜかと申しますと、万人が家庭においては隠居である。彼は年若く、生き生きと、かつ多忙に働くが故に、家庭においては特に隠居でありたいと思う。これがぼくの意見です。そして、今後家をつくる時の理想なんです。京都の山手の住宅は、いかにも侘び住居、隠居家の趣きを極度に研究、洗練したもののように拝見いたしました」
「建築に凝ると、調度、書画などに凝るのが自然だが、その方はどうです」
 エンゼルはニコニコと考えこんだ。たしかに彼は家のことには大そう興味をもっている。こんな家をたててみたいと考えて、自然に建物に目がひかれる。調度や書画のことも、自然考えているけれども、本当に買ってみたことがないせいか、好き嫌いまで、まだ漠然としている。世間では、こんな書画が値がいいそうだが、自分の好きというものが、まだ分らないのである。
 なるほど商売人はうまいことを言う。家に凝ると、書画にこる。なるほど、うまい。こッちの気持、人間の気持をピタリと言い当てるのは、さすがに商売人である。こう感服したから、自分の至らないのをごまかして、彼はニコニコと考えてみせた。
「失礼ですが、こちらに御秘蔵の書画を、拝見させていただけましょうか」
「ナニ、君の方が風流人さ。この住居は借家。特に書画と名のつくものは、何一つ持たないのさ。君はどんなものが、お好きです」
「ぼくはこの、まだ若僧で、観賞力もないものですから、閑静な隠居家がすきですが、又、華やかな色彩、調度が好きなんです。サビとか、渋いということが分らぬわけではありませんが、どうしても華やかなものに気をひかれる。それで調和いたしません。この矛盾、これは悪いことでしょうか」
「好き好きさ。それだけ自分の好きなものが分っていれば結構さ。好きなようにやるのが道楽だろう。で、君の御用件は、なんですか」
 この男が何の用できたのだろうと思うと、なんとなく早く知りたくて仕方がなかった。
 エンゼルは困ったという笑いを見せて、
「どうも、そちらから、きりだして下さると思っていましたが、御催促とは、どうも、ちょッと、勝手ちがいで……」

       二

 エンゼルはゆっくり身構えを立てなおした。彼は大人を買いかぶってもいなかったし、世間的に知名な大人を特別な大人だとも思っていなかった。中隊長だの部隊長だのというものが、その階級によって与えられていた威厳を取り去れば、ダラシのないウスノロにすぎないじゃないか。世間というものが個人に与える特別の威厳というものを、眼中に入れるな、ということを、戦地の経験によって身につけていたのである。対等以上の存在を考える必要はないのである。
「女の心理というものは、妙なものですな。女というものはツマラヌ人間である、ぼくがこう判断したのがマチガイかどうか、ひとつ聴いていただきたいものですよ。しかし、ぼくも、オッチョコチョイには相違ありません。ぼくが記代子を好きになったのは、犬庭さんの姪であるということ、これが重大なる理由なんですなア。ダンサーでも女給でもパンスケでもない。ぼくらの身辺にはちょッと見かけない女性で、有名な人の姪だというので、大そう熱ッぽい思いになる。ぼくらは、そんなもんですよ。で、まア、愛した、惚れた、といえば、それにマチガイはないのです。一週間か十日のことですがね」
 エンゼルは深い目を、無感動に、ジッと長平の顔を見つめていた。
 エンゼルが身に現しているものは、対等ということの明確な表示である。年齢の差も、知名人という架空な尊厳も、眼中にいれていない。お前の持てるだけの力量と、オレの力量と、掛値なしの裸でテンビンにかゝってみようじゃないか。オレの重さを対等に受けとめられたら、うけとめてみるがいいや。そう語っている。別に長平にそれを知らせようとしているわけではないが、闘志一本に心をかためたから、彼の構えがそれを表示しているだけであった。
 エンゼルは長平の顔から、無感動な視線を瞬時も放さなかった。
「今では記代子が好きではないのです。なんしろ、熱ッぽい思いになった元はといえば、イカモノ食い……これもイカモノ食いの一つですな。本人よりも、本人の環境に惚れたんですから。ながく、惚れる筈がありませんや。惚れたモトがそうですから、鼻についたとなると、これは、ひどいものですなア。日増しに熱がさめる。そんなもんじゃありませんぜ。一時間、いや、一分、一秒ごとでさア。自分ながら、興ざめていくのが、怖しいぐらい。すさまじいものです。こッちは気持がふさがって、食事もまずくなる、記代子を一目見るたびに、アア、ヤだなア、砂をかむような気持。田宮伊右衛門の心境、アア、ムリもないとしみじみ思ったものですなア」
 長平ははじめのうちは、エンゼルの視線をはずして、ソッポをむいて、軽い気持できいていたが、だんだんそんな風にしていられなくなった。嫌いになった女が、一分一秒ごとにイヤになるという言葉にこもる実感が、軽い気持できいていられなくさせたのである。自然にエンゼルと睨み合っていた。エンゼルの目は、相変らず、無感動であった。
「女の心理というものが妙なものだと思ったのは、これからのことなんです。これだけ嫌われれば、当人に分らない筈はありませんな。知らないフリをしていても、チクリ、チクリ、一分ごとに針をさしこまれているようなもの、当人の胸には誰より鋭く響きわたっているに極っていまさア。ところが、この厳然たる事実を、信じまいとするんですな。イヤ。有りうべからざる事である、と断定すら、するのです」

       三

「嫌われれば、嫌われるほど、ぼくに惚れようとするのです。いえ、本当に惚れてくるのです。まるで、それが嫌われたことの、対策だと思いこんでいるように、ですなア」
 本当にイマイマしいという表情がエンゼルの顔にあらわれた。しかし彼は自然の感情をむきだしにしているのではなかったのである。そういう顔をしてみせたのだ。
 エンゼルは瞬きもせず悪いことのできる男であった。彼は悪事をたのしんでいた。大庭長平という、ちょッと世間に名の知れた男が、彼の仕事や力量に、どんな風に乗ぜられ、どんな風に負け、どんな顔や恰好をするだろうか、ということが、興味津々たるものがある。それを見つめることは、放火狂が火をみつめるように、色好みの男が女体をみつめるように、全身的な快楽を感じる。彼は話術の緩急を考え、猫が鼠をじらすように、たのしむのが好きであった。
 何か長平の一言があるかと思っていたが、何もないので、彼は言葉をつゞけた。
「悪女の深情という言葉がありますが、なるほど、嫌われれば嫌われるほど、もたれてくる。ベタ惚れ、ベタベタ、見栄も外聞もなくなるのですな。高さ、品格がありません。顔はお岩ではないかも知れませんが、その人格からうける全的な感じはお岩、妖怪じみたものです。ぼくも、ついに音をあげたのですよ。これは、とても、たまらん。寸刻も、同居に堪えない。……」
 エンゼルは火をふくような目をした。大いなる怒りが、こもりにこもって、どッと火をふいたようである。当面のものを全的に拒否している冷めたさが、みなぎった。
 すでに歴然たる悪党のエンゼルだった。悪党が悪党らしくないうちは興味津々であったが、悪党になってしまえば、面白おかしくもない。エンゼルの女を嫌う実感に一時は長平もハッとしたが、相手が悪党になりきってしまうと、その実感への感興もうすれた。長平自身が、ひどく興ざめた思いになった。一分は一分ごとに、一秒は一秒ごとに、一枚ずつ紙をはがすように、興ざめた気持になる。エンゼルの熱演は、悪女の深情と同じことだ。もう目を見なくても分りきっている。
 長平は面白くもなさそうにソッポをむいてしまった。
 エンゼルは自分の凄みが相手にうち勝ったのだという風に考えた。
「ぼくは記代子を簡単に追んだすツモリでしたが、簡単に追んだしたのでは、彼女は死にますな。ただ、ベタベタでは、どうにも仕方がありません。ぼくの女の一人の列にありさえすれば、それで満足。こうあきらめてもいるのです。お岩にくらべれば長足の進歩、妾ぐるいぐらいは結構、死んでも化けて出やしませんな。それだけの甲斐性がないんです。化けて出るだけのね」
 軽蔑しきった口調、たすからないほど冷めたい。演技は高潮に達している。次に大詰の一撃があるだけであった。
「ぼくは記代子を叩き売ろうと思います。因果を含めて叩きうれば、承知するにきまっています。同じ因果を含めるのでも、親元へ返すぶんには、死あるのみ。ね。叩きうる一手です。寸刻も同居をつゞけていられないのですから、ほかのことをモタモタ考えていられません。とにかく、ぼくは叩き売りますから、売ったあとで、あなたが買うなり、どうするなり、あわててやると死にますから、死なない程度に、後々の始末をおまかせしようと思いましてね」

       四

 そんなことかと長平は思った。
 ずいぶん手数をかける男だ。長平の趣味から言えば、端的に河内山式の方がよい。この男は、京の家ぼめから始まり、いろいろと演技の数をつくしているが、まだ本当の結論へは来ていないのである。花をつくるだけミソで、近代的にして、かつ退化していると判断すべきようであった。
 長平はどこかの殿様家とちがって、話の正確な結論をたしかめないうちに、あわてて百両包みを河内山の袖の下へ突っこむようなことはできない。
「君の話は、長すぎる」
 長平はエンゼルに教えてやった。
「京の隠居家ぼめが挨拶のツモリならよろしいが、前奏曲のツモリなら、ムダのムダ。それからの話の運び方も遠まわしで、もっと率直でないと近代人の感覚に合わないものだ。こっちはそうとは知らずにきいているから、君の結論をきくと、オヤオヤ、あれはみんなここへくるための道中か、ムダな道を曲りくねるものだと思って、いっぺんに興がさめてしもう。一秒ごとに興がさめるよ。顔を見るのも、話をきくのも、興ざめだ。寸刻といえども、同居に堪えないという気持になる」
 長平はタバコに火をつけた。
「君も一本、吸いたまえ」
 と、すすめると、エンゼルは憤然として、長平の手からタバコの箱をひッたくッて、テーブルへ叩きつけて、
「ヤイ。寸刻といえども同居に堪えがたいと言いながら、オレにタバコをすすめるとは、いい加減なことを言いやがるな。はばかりながら、若い者には、そんなふざけたことは通用しねえや。寸刻も同居に堪えなかったら、堪えないように、ハッキリしやがれ」
「それなら話はわかる。なんでも、そういうグアイに端的に言うものだ。しかし、ハッキリしないのはお前さんの方だろう。オレはさッきから待っているが、お前さんの本当の結論はまだのようだ。その結論をきくまでにはヒマがかかると思ったから一服すすめたが、お前さんの結論が、さっきの言葉ですんでいるのなら、オレは返事の必要がないから、さッさと帰るがよい」
 エンゼルはひらき直った。
「それじゃア、記代子を売ってもよいな」
「バカめ。また同じことをモタモタ言っているのか。それが結論だったら、返事の必要がないから、さッさと帰れと言っているではないか」
 エンゼルは帽子をつかむと、サッと立って、悠々と帰って行った。
 帰り際だけは、どうやら一人前だと長平は思った。良いところは、それだけだった。
 花づくりの屋敷もちの若い顔役も、想像倒れで、新味もないし、人間的な偉さもない。昔ながらのヨタモノにすぎない。
 ヨタモノにエンゼルだけの美貌があれば、若い娘も年増もひっかかる筈である。浜の真砂と同じように、そういうものも種のつきることはない。あいにく陳腐な砂の一粒に自分の姪がまじってしまったが、彼にとっては、たゞつまらない出来事だと思われるだけのことであった。
 エンゼルが記代子を売りとばすことだけは確実だろう。どういう手段で、どこで金に換えるかは見当がつかないが、ほッたらかしておくわけにもいかない。彼には面倒なことだけが残念千万であった。考えると、たゞ、オックウで仕様がない。

       五

 記代子はどうしてそんなことになったか分らなかった。
「お前の部屋は、今日から下だ」エンゼルがこう言うと、こッちだよと言って、子分の一人がひッたてるように階下へつれて行った。階段の下に当る、小さな格子窓が一つしかない留置場のような三畳であった。下は板敷で、納戸であるが、使いようによっては、座敷牢である。
「ここへ、なによ?」
「はいってるんだ」
「なによ。こんなとこ」
 子分の身体を押しきって出ようとすると、
「バカ。勝手に出るな」
 中へ突きとばされた。子分は身の回りのものだけ持ってきて、中へ投げこんでくれたが、
「勝手に出るわけにはいかないのだから、用があったら、声をかけろよ」
 板戸に心ばり棒を下して立ち去った。
 エンゼルが急に冷淡になったのは、ここ四、五日のことである。そして旅行から帰ってくると、記代子に一言の言葉もかけずに、いきなり、閉じこめてしまったのである。
 記代子はわけが分らなかった。子分がカン違いして、部屋をまちがえたのだろう。エンゼルは、自分がこんな部屋へ入れられて、心ばり棒で閉じこめられていることを知らないに相違ない。知っていて黙っている筈はあり得ない。
 記代子は戸をたたいた。
「エンジェル! エンジェル!」
 力いっばいの声をはりあげて、叫んだ。その声は、塀の外までは届かなくとも、この家中には鳴り響いた筈である。心ばり棒を外して現れたのは、エンゼルではなくて、子分であった。いきなり一つ、ぶんなぐって、
「バカヤロー、兄貴はヒルネができなくって、怒っているぞ。ぶんなぐられないようにしろ。兄貴に愛想づかしをされたんだから」
 睨みつけて、戸をしめてしまった。昼めしには、お握りを二つくれただけであった。
 格子窓の向うに、便所の手洗いの窓が見えた。ときどき、子分がその窓から、こッちをのぞいた。それを見ると、寒気がするほど不快で、思わず顔を隠したが、エンゼルもきっとそこへ姿を見せるに相違ないと思うと、窓際から動くことができなかった。
 果して夕方にエンゼルの顔が見えた。彼はヒルネから目をさましたところらしく、いつも寝起きにそうであるように、はれぼッたい顔をしていた。坊やが目をさましたばかりのような、記代子には、忘れることのできないなつかしい顔であった。
 記代子は思わず、とび起きて、格子にしがみついていた。
「エンジェル! 私よ。こんなところへ、なぜ入れるの! きこえないの! エンジェル! エンジェル!」
 エンゼルは記代子の方を見向きもしなかった。
 記代子には信じられないことであった。
「エンジェル! エンジェル!」
 たった二、三間の距離である。たった一声で、ノドがつぶれてしまいそうな、この叫びがきこえない筈はない。しかしエンゼルはふりむいて、姿は見えなくなってしまった。
 エンゼルは、わざと聞えないフリをしてみせたが、身仕度して、きっと迎えにきてくれると思った。十分間も窓からのぞいていたが、次に窓から見たのは子分の顔であった。彼は記代子を睨みつけた。
 記代子は気を失ったように、ふらふらと崩れこんでしまった。

       六

 外から心ばり棒を外す音に、記代子はハッとして飛び起きた。やっぱりエンゼルが迎えにきたと思ったのである。
 しかし、姿を現わしたのは、二人の子分であった。一人は彼女の前へお握りを入れた皿と一杯の水を置いて、
「バカ。ウチが割れるような大声をだしやがる。二度とあんな声をだしやがると、腰の抜けるほど、なぐりづけるから、そう思え」
 一人は窓をしめて、
「まったく、頭の悪い女さ」
 そうつぶやいて、又、心ばり棒をかけて立ち去った。
 日がくれると、多くの跫音がドヤドヤと入りみだれて玄関へあつまるようである。
「兄貴、行ってらッしゃい。行ってらッしゃいまし」
 と口々にのべる言葉がきこえるので、エンゼルのでかけるのが分った。
 記代子は、すべてを諦めかけていたが、その気配をきくと、突然とび起きて、夢中で戸を叩いていた。
「エンジェル! エンジェル! 記代子は、ここよ! エンジェル!」
 叩く手をとめて、耳をすましてみると、エンゼルはもう立ち去ったらしい。部屋へ戻るらしい子分の跫音が消えてしまうと、あとは物音がなくなってしまった。
 疲れきってウトウトしかけると、数名の男たちがフトンをかかえて現れた。彼らがフトンをしき終ると、一人が記代子をだきすくめた。
「兄貴は一週間ほど御旅行だ。可愛いい女が待ちこがれているからな。三四人は廻ってやらなきゃならないから、兄貴も忙しいやな。お前はオレたちにお下げ渡しだから、当分みんなで可愛がってやるぜ」
 記代子はわけがのみこめなかったのでボンヤリしていた。すると男の手が彼女の衣服をぬがせようとしているのに気がついて、おどろいて、もがいた。すると、数名の男たちにおさえつけられて、もはやどうすることもできなかった。
 夜更けに、酔っぱらった男たちの一隊が戻ってきた。彼らは喚声をあげて記代子のところへ殺到して、同じことを、くりかえした。
 そういうことが四日つづいた。記代子は目がくらみ、頭が霞んでいた。夜も昼もなかった。彼らがお握りをおいて行くので、そのときが夜でないことが察しられるだけであった。どうする気力も失って、ただボンヤリしていたが、腹が痛んできたので、便所へ行かせてもらった。便所の往復には、いつも、壁に手を当てて、身体を支えなければならなかったが、その日は腹が痛むので、時々壁にもたれて休んだ。便所から戻ると、のめるように部屋へ倒れこんでしまった。
 一人の男が水と薬をもってきて、
「この妙薬をのんでみろ。いっぺんに治らアな」
 と置いていった。記代子はそれをのまなかったが、腹痛は自然におさまってきた。
 記代子は痛みがとまると、ふと気がついた。薬をおいて行った男は心ばり棒をかけずに立ち去ったのである。その男はモヒ入りの催眠薬を与えたので、安心して心ばり棒をかけなかったのである。
 日がくれて、まもない時刻であった。この時刻は、この家で最も人の少い時間であった。戸に手を当てて静かに少しひいてみると、たしかに心ばり棒はかかっていなかった。
 記代子は戸をあけた。庭へ降りた。花壇を走った。塀をのりこえた。その大半が夢中であった。
 夜中に、青木の宿へ辿りついた。

       七

 記代子は青木の部屋へたどりつくと、高熱を発して寝こんでしまった。何一つ語り合う間もなかった。
 夜っぴて看病して、翌朝は影のように生色を失って、社へかけつけると、せつ子に会って、報告した。
「二目と見られないような有様ですよ。よくも怪しまれずに、ぼくのところまで辿りつけたもんだなア。足は素足で、血をふいているし、顔も、全身もむくんで、悪臭を放つのさ。ぼくは一目見たときに、実に「なれの果て」ということをグッと感じて、目がくらみそうな切なさでしたよ」
「なれの果てだから、どうしたって云うの」
 せつ子は冷めたく、あびせた。
「記代子さんという娘の愛情が、あなたのところへ戻ってきたんじゃないのよ。一人の娘の悲劇が、あなたから出て、あなたへ戻っていったのよ。なれの果てとは何ですか」
 怒りを叩きつけると、せつ子は風のように、とびだしていった。彼女はただちに穂積をつれて、記代子を病院へ移した。
 せつ子は秘密探偵にたのんで、エンゼル家を見張らせていた。記代子の外出を待ちぶせて拉(らっ)し去るつもりであったが、十日の余も日数をへて、なんの効もなかったのである。
 放二はまだ休んでいた。
「北川君に来てもらって、つききって貰いましょうかね」
 穂積がこう申しでたが、
「ダメですよ。娘のあられもない姿を若い男に見せるのは、もってのほかよ。あなたのような仙人は、そろそろ男の口にはいらないから、これが適材適所なのよ」
「ぼくの方が適材適所さ」
 こう呟く声にふりむくと、いつのまに来たのか、青木がドアの横手の壁にもたれて、パイプをくゆらしていた。
「風と共にきたる」
 青木はせつ子のおどろきに応じるように、皮肉なカイギャクを弄した。
「ねえ、社長さん。あなたは、こんなことを思わないかね。ここに一人の人間がいて、彼のツラの皮をひンむこうと、ふんづけようと、すべてこれ蛙の顔に小便さ。イケ、シャア、シャアですよ。彼のために病院の入口にバリケードをつくっても、彼は忍びこみますよ。しかし、いつも彼がこうだときめるわけにはいかないね。彼は本来は怠け者ですよ。だが、しかし、ひとたび意を決するや、常にかくの如しです。この一念は、雑念がこもって妖気がむらたっていても、仙人よりも、むしろ純粋ですよ。適材適所とは、かかる一念を指名して一任すべきを最上とすると思いますが、いかが?」
 せつ子は色をなした。
「あなたの一念が、どんな効を奏したことがありましたか。記代子さんの行方を突きとめることもできなかったじゃないの。病院のバリケードを破るぐらいは、誰でもできます。放二さんは人の隙をねらうような猾(ずる)いことはできませんが、記代子さんの行方を突きとめているのです」
「そして、助けだすことができなかっただけでしょう」
 青木は笑った。
「彼が行方をつきとめても、助けださなければ、ムダに於て、同じことさ。あなたは、希望的観測によって正当なものを見失っているのだな。ぼくは今こそ断言します。彼女はなれの果てとなりはてたから、今や彼女を愛しうるものは、ぼくのほかにありません。ぼくは彼女と結婚します」

       八

 青木はその晩京都へたった。
 その汽車の中で、青木はいろいろのことを考えた。
「とにかく、オレの一生で、今日がいちばん傑作のようだ」
 自分という人間のバカさ加減がよく分ったが、こんなにワケのわからない存在だということを、五十年ちかいあいだ身にしみて考えたことはなかった。
 青木は親しみを表すかわりに挑戦的な表し方をするヒネクレた性癖のおかげで、彼が親しみをもつ人に限って、あべこべに彼をうとんじるという妙な喜劇に一生なやまされてきた。
 相手が自分にウンザリしてしまう理由が、まことにモットモ千万であると納得することができる。
 そして、そういう事柄の中に、いろいろのことがまぎれて、姿がかき消されている。たとえば、梶せつ子という親友は、現在は自分の社長である。そして、長平に対する義理であるか、または気まぐれであるかは知らないが、相当のサラリーをくれて、仕事らしい仕事もさせずに遊ばせておく。いや、遊ばせておくということの中に、彼女、イヤ、親友の意地のわるさがあるのかも知れない。つまり、無用の存在だということを思い知らせるという意地のわるさである。
 けれども、時間的にその前のことを考えると、実に、彼女親友は、彼の恋人であったのである。否、彼の金銭に従属するところの情婦的存在であったのである。そして、彼は彼女親友に、そのとき八十万円ほどかすめとられている。
 現在彼女親友が社長であるところの出版社にしても、元はといえば、彼即ち自分がかすめとられた八十万円を資金の一部としてやりはじめる計画であったが、他に雄大なる後援者が現れて、かれこれするうちに、彼即ち自分は一介の無用な使用人に身を沈め、彼女親友は押しも押されもしない大社長になっていた。
 しかし、すべてそれらの曰く因縁はあたかも地上から姿を没し去ったかのようである。彼は今でも彼女に対して親友の愛情をもつが故に、あたかも挑戦するかのような妙な表現をしてしまう。それに対して彼女が彼に示すものは親友の情ではなくて、お前は無用の存在だという意地のわるさなのである。
 ところが奇怪なことには、彼は彼女に挑戦し、彼女は彼に意地わるをもって応じるという関係のみが現存するが、曰く因縁というものは、彼自身の意識中においてすらも、ほとんど姿を没し、消えてなくなっているではないか。
 まア、しかし、そういうことは、どうでもかまわない。
 妙なのは、記代子と結婚するという断々乎たる決心なのである。どこにも、そんな決心などは、ありやしない。何かしら、ちょッとでも真実らしいものがあるとすれば、彼は記代子がころがりこんだとき、あまりの哀れさにト胸をつかれた。それだけである。
 彼は夜明けまで熱心に介抱したが、彼は介抱しながらも、この女はバカな女だ、バカな女というものを端的に戯画化したのがこの女のこの現実の姿だ、というようなことを考えていた。
「よろし。京都へ行って、長平どんにたのんで正式に女房にもらってやろう」
 そう考えたつもりで、汽車にとびのったが、今や、どう考えても、そのとき、そう決心したと信じることは不可能だ。オレはその決心を口実にして、実は自分の気付かない目的のために京都へ行くつもりだろうか、と考えた。ワケのわからないバカな話があるものだ。しかし、現にそうではないか。

       九

 問題の本尊は、記代子ではなくて、別れた女房にあるのかも知れないな、と青木は考えた。
 長平に会いたいのは、礼子のことであるかも知れない。礼子は長平のふところへとびこむつもりで彼をすてたが、結局、長平は彼女を相手にしなかったし、今は礼子もあきらめたようである。
 しかし、あきらめるッて、何をあきらめるツモリだろう。彼にもあきらめたことは、いろいろあった。青木は立侯補をあきらめたし、大実業家になることもあきらめた。
 今でも青木があきらめないものがあるとすれば、あるいは礼子のことであるかも知れない。けれども礼子は、長平が彼女をてんで相手にしなかったので、それをそッくり昔の亭主に返礼して、ちかごろでは、益々冷めたく、青木を相手にしなくなっている。
 そのウップンを長平のところへ持っていこうという魂胆ではないけれども、彼の心にケイレンが起きたとすると、特効薬は長平のところへなんとなく泣きに行きたくなることである。
 しかし、彼が京都行きの汽車にのりこんだのは、そのためだというわけではない。なにがなんだか分りやしない。めいめいの人間には、一生の誤差がつもりつもってゼンマイが狂い、一時にケイレンを起すような時があって、それかも知れないと青木は思った。
「つまりケイレンだな。病原不明のゼンソクみたいな、精神的アレルギー疾患なのさ」
 人間は――すくなくとも彼自身は、年をとると、益々迷いが深くなるし、バカになるようだと青木は思わざるを得なかった。
 彼は京都の長平の閑居へ早朝に辿りつくと、まるでわが家のように落ちつきはらって、
「なア。長平さんや。こうして古都の静かな侘び住居で、あんたの顔を見ると、なつかしいなア。余らも老いたり、と思うよ。もっとも、あんたは、老いて益々若い気持かも知れないがね」
 自ら小女にビールを命じ、自分で栓をぬき、二つのコップについで、グッと一息にのみほした。
「ヤア、うまい。これが、人生だ。なア、長さん。人生は、たった、これだけのもんだよ。オレが、三四ヶ月前に東京でようやく君をとッつかまえた時にさ、別れぎわに、こう言ったのを覚えているかい。そのうち、一度、京都へ訪ねて行くぜ。なんのためだかオレも知らないけどさ、そのときは、門前払いはカンベンしておくれよな、と言ったのさ。人間は自ら予言するものさ。いや、結局、自分の予感だけの人生しか生きることができないのだな。しかし、そんなことは、どうだっていゝんだ。こうやって、ビールをのむだろう。すると、ほかのことなんか、実にとるにも足らないことになってしまうのさ。なア、キミ。ぼくは、いま、一つのことを悟ったのさ。曰く、老境ですよ。老いて、益々迷い深し。しかし、老境は老境ですよ」
 青木はしばらくビールをたのしんでから、ようやく記代子のことを思いだして、ひどい姿でどこからか彼のもとへ逃がれてきて、目下入院中だということを語った。
「ゆうべ、おそく、東京から電話で、そのことはきいていたよ」

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