街はふるさと
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著者名:坂口安吾 

       八

 青木はしばらく考えていたが、首を横にふって、
「いや、ダメだ。ぼくは、いつも、それでやられるんだ。君はいかにも、ぼくの心を言い当てたり、それに同感してみせるようなことを言うね。それは易者が妄者の迷いを言い当てるのに良く似ているね。迷いの最大公約数みたいなものを、言いきるわけさ。そして輪をちゞめていくんだ。もっとも、易者との相似は君だけじゃアないがね。日本のインテリ一般の会話のコツかも知れないな。まるで謎々の遊戯みたいなものさね。ねえ。長さんや。易者ごッこはよしましょうや。なア。あなた。ハッキリ、答えてくれたまえよ。ぼくは記代子さんと結婚するぜ。それで、いいのかね」
「ぼくの返答をかりて、やる必要はなかろうさ」
「そうかい。わかった」
「まア、のみたまえ」
「もう、帰るよ」
「乗物がないぜ」
「夏はどこででも野宿ができるものさ」
「記代子も変な子だね。なんだって、君なんかが好きになったんだろうね。変な夢を見る奴さ」
「ふん。夢を、ね」
「ぼくは、ねるぜ。君、勝手にのんで、勝手に、ねたまえ」
 長平はタタミの上へころがって枕を当てた。
「君はフトンをしかないのか」
「そう。夏はね。たまに、グッスリねむるときだけ、フトンをしくのさ」
「じゃア、失敬するよ」
「そうかい」
「君とねたかアないからな。目がさめて、大坊主のねぼけ顔を見るなんざア、やりきれやしないからな。君は、今日、記代子さんに会ったろうね」
「会わん」
「なぜ」
「ぼくが上京するてんで、会社を休んだそうじゃないか」
「……」
 青木は顔色を変えた。思い直して、
「じゃア、帰ろう。このウイスキー、くれないかね。夜明けまで、どこかの焼跡でのんでるんだよ」
「もってきたまえ」
「記代子さんもオレみたいなことをやってるんじゃないかね。会社を休んで、行くところなんか、ありゃしないと思うんだがな」
「心配することはないだろう」
「そうかい。じゃア、失敬」
 青木はウイスキーのビンをぶらさげて、茶室をはなれた。
 その日、記代子が会社を休んだことは知っていた。長平の上京の日だから、迎えに行ったのだろうと思っていたのだ。
 どこをさまよっているのだろう。
 しかし、みんなバカげていると青木は思い直した。長平なんかが、もっともらしく悪党ぶるのは滑稽でもある。オレの本心は全然動揺してやしないのだ。ただオレの影がゆれているだけ。甘えてみせたり、苦しんでみせたり。みんな影法師の念仏踊りのようなものだ。
 まさしく演技者には相違ないが、そう考えてみたところで、とりわけユトリがあるわけでもなし、優越を納得することができるわけでもない。
「今に、なんとかなる。何かに、ぶつかるだろう。そして、ぶちのめされてみたいのさ」
 彼は苦笑して自分に言いきかせた。


     失踪


       一

 記代子は長平の上京した金曜日から、会社にも姿を見せなかったし、下宿している遠縁の人の家にも戻らなかった。
 失踪がハッキリしたのは月曜日である。すねるのも程々だと、せつ子が宿先へ使いの者をやってみると、金曜以来、宿にも戻らぬことがわかった。
 記代子の外泊がめッきりふえて、宿先ではなれていたし、ちょうど土日曜にかかっていたので、不審を起さなかったのである。
 放二は社長室へよびつけられて、せつ子から記代子の失踪をしらされた。長平が部屋に来合わせていた。
「あなたの独力で、かならず探しだしていらッしゃい。誰に負けてもいけません。たとえ、警察にも、探偵にも。かならず、あなたが見つけなければいけないのよ」
 と、せつ子は命令した。
「このことは私たちのほかに、穂積さん、青木さんが知ってるだけです。ですから、行方を探すにしても、記代子さんの行方不明を人に気付かせてはいけません。たとえば、記代子さんのお友だちのところへ訊きに行ったとしますね。記代子さんが行方不明ですけど、なんて言っちゃダメなのよ。記代子さんに急用ができたんですけど、記代子さんがあいにく会社をサボッてとか、定休日でとか、そんな風に言うのよ。わかりましたね」
 かんで、ふくめるようである。
「それから」
 と、せつ子は放二をジッと見つめて、
「なぜ記代子さんが失踪したか、それを考えてはいけません。あなたの役目は記代子さんを探しだすことなんです。失踪の原因を探索するのは、あなたの役目ではないのです。妙な噂がありましたから、あなたも薄々きき知って、いろいろ推量していらッしゃるかも知れませんが、あなたの推量は、全部まちがいよ。噂は全部デタラメなんです。あなたは人の噂など気にかけませんね?」
 放二はかるくうなずいた。
「人間て、どうして人のことを、あれこれと、憶測したがるのでしょうね。自分のことだけ考えていればいいのに」
 せつ子は退屈しきった様子で、そう呟いたが、机上から一通の封書をとりあげて、
「これは大庭先生が記代さんの下宿の人に差上げるお手紙。この中には、あなたのことが書いてあるのです。記代子さんのお部屋の捜査をあなたに命じたから、部屋へあげて自由に探させてあげて下さい、ということが書いてあります。あなたは記代子さんのお部屋に行先を知らせるような何かゞないか探すのです。又、お友だちの住所とか、捜査の手がかりになりそうなものを見つけてらッしゃい。意外な事実を発見しても、捜査がすんだら、忘れなくてはいけません。記代子さんが失踪したことも、忘れなくてはいけません」
 放二はアッサリうなずいた。長平は笑いだした。
「ずいぶん器用なことを命令したり、ひきうけたりするもんじゃないか」
 放二も笑ったが、
「むしろ、いっと簡単なことなんです」
「ふ。君はそんな器用な特技があるのかい」
 放二はそれには答えなかった。
「では、行って参ります」
「手がかりになりそうなものがあったら、明日、会社へ持ってらしてね。記代子さんが見つかるまでは、会社の仕事はよろしいのです。穂積さんに言ってありますから。記代子さんを探すのが、あなたのお仕事よ」
 放二はうなずいて去った。

       二

 放二は記代子の部屋をさがした。
 室内を一目見たとき、記代子の覚悟のようなものが感じられでハッとした。部屋がキレイに整頓されていたからである。
「イエ、私がお掃除しましたの」
 と、下宿の人は、事もなげに云った。
「おでかけのあとは、毎日々々、それは大変な散らかしようですよ。おフトンだけは自分で押入へ投げこんでいらッしゃいますけどね。ホラ」
 押入をあけてみせた。くずれて下へ落ちそうだ。よくたたみもせずに投げこんである。放二は自分の万年床を思いだして、男女の差の尺度はこの程度かと、おかしくなった。
 一目見たときは整頓されていたようでも、しらべていくと、乱雑そのものである。ヒキダシの中も本箱も。
 日記帳を見出したとき、彼はいくらか安心した。覚悟の失踪なら、こういうものは焼きすてていくはずだ。たしかに今年の日記帳に相違ない。彼は中を見なかった。安心して、本棚の奥へ押しこんだ。
 社をでるとき、穂積のところへ挨拶にいくと、穂積は彼にささやいた。
「青木さんが悲愴な顔で出かけたがね。たぶん心当りへ探しにでたんだな。ぼくはさッき社長に呼びつけられてさ。噂をまいた張本人みたいにこッぴどく叱られたんだが、社長が君に独力で探してこいという気持は分るけど、ムリだな。青木さんは彼女の私事にも通じてるだろうし、君が先に見つかりッこないぜ。ぼくが青木さんに話しておいてあげるよ。彼女を見つけても、その功を君にゆずるように、とね。まア、あんまりキチョウメンに探しまわらずに、遊びがてらの気持で、ゆっくりやりたまえ」
 放二の健康を気づかってくれたのである。
 青木と記代子のことは、もとより放二も知っていた。当然なことであるから、穂積はせつ子のように見えすいた隠し立てはしなかった。
「ええ、一通り探してみようと思います」
 こう答えると、穂積は苦笑して、
「なに、生きてるものなら、探すこたアないよ。君のからだが大事だぜ。死んでるものなら、警察の領分さ。とびまわるのは、青木さんだけで、タクサンだ」
 哲学科出身のこの男は、日本式のプラグマチズムを身につけて、煩瑣なことには一向に動じなかった。
 死んでるものなら、たしかに手の下しようがない。しかし、生きていると、いつ死ぬかわからない。又、どう転落するかわからない。放二はこの部屋の中から記代子の足跡をどうしても見つけだそうと思った。
 捜査の手がかりになりそうなものを一つ一つとりだした。
 友だちからの手紙。みんな親しい女友だちからである。男からの手紙はなかった。
 手紙を一つ一つ読んでみても、手がかりになりそうなものはない、暢気な手紙ばかりであった。放二は差出人の住所を書きとった。
「やっぱし、日記かな」
 最後の日付の日記だけカンベンして見せてもらおう、と放二は思った。最後だけじゃア、まにあわないかな。あるいは、最後の一週間分ぐらい。
 放二は押しこんだ日記帳をとりだした。そして、頁をパラパラめくって最後の日付をさがした。最後の日が、どこにもない。ないわけだ。全部、白紙であった。元旦すらも。

       三

 しばらく笑いがとまらなかった。放二は再び日記帳を本棚へ押しこんで、ヒタイやクビ筋の脂汗をふいた。
「これで一応さがしたわけだが」
 ほかに捜す場所はなさそうだ。手紙の束をしまうついでにヒキダシをかきまわしてみると、ガラクタにまじってマッチ箱がタクサンあった。
「タバコを吸うのかしら?」
 ふだん吸ってるのを見たことはない。しかし机の上に小さなピンク色の灰皿があった。マッチ箱は軸がつまっていて、ほとんど新品だ。三ツ四ツ例外はあるが、大部分が同じ店のマッチであった。
「ノクタンビュール」
 たしか青木前夫人の働いているバーである。店の名だけはきいていたが、彼はそこへ行ったことがなかった。あんまり数が多すぎるのでザッと数えると、二十いくつあった。いつも青木と一しょだから、その店へ行くことがあるのにフシギはない。しかし、ずいぶん通ったものだ。それとも、まとめて貰ってきたのだろうか。放二はマッチ箱を手にとってボンヤリ見つめて考えた。しかし、思いつくことは何もない。
「とにかく、マッチ箱の店へ行った事実はあるのだから」
 と、放二はマッチ箱の店名を手帳に書きとった。箱根や伊豆の温泉旅館のマッチが三ツ。彼の知らない銀座のバーが一つであった。箱根、伊豆、そんなところをブラブラしてるんじゃなかろうか。なんとなく、そう考えておきたいような気持であった。
 捜し終って、放二は宿の人たちの話をきいた。
「金曜の朝は、いつもの出勤時刻に、おでかけでしたでしょうか」
「ええ、時刻にも態度やその他にも、いつもと違うところはちッともなかったようですよ。朝は忙しいので、特におかまいもしませんでしたけど、御食事中の御様子やなどでも、ね」
「特に親しくしてらした女友だちは?」
「そう。たまにね。遊びにいらした方もあるし、お噂をうかがうこともありましたが……」
 主婦が思いだした名は、放二の手帳に控えたものをでなかった。
「別に、それまで、変った様子はなかったのでしょうね」
「いえ。毎日変った様子でしたよ」
 主婦は大ゲサに身ぶりした。
「つまりね。金曜の朝はいつもと変りがなかったのですよ。ですけど、そのいつもがね、決して普通じゃないんですよ」
 放二が世間知らずに見えるので、主婦はコクメイな話し方をした。そして、言ってよいのか、どうか、と迷う様子であったが、
「もちろん、皆さん御承知でしょうが、ニンシンなさっていましたからね。いろいろと、そうでしょうね。思い悩んでいらしたんでしょうよ。とにかく、普通じゃなかったですよ」
「どんな風に、でしょうか」
「話の途中に知らんぷりして立っちゃったり、自分で話しかけといてプイと行っちゃったり、そうかと思うと、こっちで話しかけないのに、なアにイなんてね。そして時々高笑いしていましたね。今日は自動車にひかれるところだったなんて仰有ってましたが、そんなことも有ったでしょうよ。あれじゃアね」

       四

 女友だちは四人しか分らなかった。
 最初に訪ねた克子は、まだ海水浴から戻らなかった。往復している手紙からでは、克子が特に親しいようであった。
 二人目の修子の住所は学校の寄宿舎だ。記代子は罹災して京都へ疎開し、そこの学校をでたから、友だちは京都の娘たちなのだ。学校は夏休みだから、修子は寄宿舎にいる筈がなかった。
「ひょッとすると、京都へ戻っているのかも知れない」
 そう考えて、修子の本籍を調べようかと思いたったが、失踪の動機が、長平の上京を煙たがってのせいらしいと思われるのに、京都へ行くとは考えられない。
「京都なら安心だから」
 そう結論して、京都はほッとくことにした。
 三人目も京都。これも学生で、帰省中であった。
 四人目の敏子はまだ勤め先から戻らなかった。文化住宅街の中でもやや目立つ洋館であるが、居住者の標札だけでも違った姓のが五ツ六ツ並んでいて、内部はアパートの入口のように乱雑だった。
 敏子の母は神経質でイライラしていた。彼女は放二の言葉をウワの空できいていたが、
「まだ勤めから戻りませんよ」
 つめたい返事であった。ちょうど勤め人の帰宅する時刻であった。
「もうじきお帰りでしょうか」
 と、きくと、敏子の母は益々冷淡に、
「毎晩おそいですよ」
「幾時ごろですか」
「人の寝しずまるころですよ」
 そうおそくまで遊んでくるのでは、夜は会えない。
「ではお勤め先でお目にかかりたいと思いますが、お勤め先はどこでしょうか」
 敏子の母はとうとう怒りだした。
「女の子のあとを追いまわしてどうするの。いやらしい。お帰り。相手にしていられやしない。忙しいのに」
 ブツクサ呟きながら、さッさと振向いて去ってしまった。
 放二はそれ以上どうすることもできなかった。もう一度、克子を訪ねるほかに手段がない。社線、省線、社線と、又、一時間半ほど廻らなければならない。
 克子はまだ海から戻らなかった。
 克子の父母はフビンがって、彼を室内へ招じてくれた。
「こちらのお嬢さんも京都の女学校の御出身ですか」
「どうして?」
「今まで廻ったお友だちが、そうですから」
「克子は疎開前のお友だち。たしか、二年まで、ご一しょでしたわね」
 しばらく世間話をしているうちに、克子が疲れて、もどってきた。
 克子は、茶の間の青年が、記代子の行方をさがして、彼女の帰りを待っていたときいて、不キゲンであった。
 彼女は黙りこくッて、考えこんでいたが、
「ねえ。会社の御用なんて、嘘でしょう」
「いいえ。なぜですか」
 克子は薄笑いをうかべた。
「嘘にきまってるわ。記代子さんがサボッたのに、急用だなんて。昼間だったら、それで人をだませるけど、もう夜よ。会社はひけてるでしょう。サボッた記代子さんも家へ帰ってるわ。なぜ記代子さんちへ行かないの。家に居ないからでしょう。行方不明だからでしょう」

       五

「ずいぶん御心配らしいわね」
 克子の冷笑はするどかった。
「とうとう家出したのね。無軌道ね。記代子さんらしい結末だわ。ニンシンしていたんですものね」
 目をあげて、放二を嘲笑した。
「そんな失礼なことを」
 母親はハラハラして、
「あなた、記代子さんの行先に心当りはないのですか」
「知らないわ。十日ほど前に、会ったけど、お茶ものまずに別れたわ。最近は、そう親しくしていないのよ」
 これ以上きいてもムダだと放二は思った。
「ほかに記代子さんの親しいお友だちは、どなたでしょうか」
「どこを捜したんですの?」
 放二は今までの経過を説明して、
「京都へ帰省中の方が二人で、在京中の方はこちらと、木田敏子さんと仰有る方、お二人だけなんです。木田さんはお帰りがおそいそうで、お目にかかれなかったのですが、勤め先をおききしたのですが、教えていただけなかったのです。木田敏子さん御存知でしょうか」
 克子は冷淡にうなずいた。
「勤め先を御存知でしょうか」
 克子はプッとふきだして、
「あなたは、ダメね。とても、捜しだせないわ。私の部屋へいらッしゃい。説明してあげるわ」
 克子は放二を自分の部屋へ案内し、自分は茶の間で食事をしてから、お茶と菓子皿を持って上ってきた。
「家出したんでしょう?」
「ええ」
「なぜ、なんとかして、あげなかったの。無責任な方ね」
「ぼくは、会社の同僚にすぎないのです。あの方の愛人ではありません」
 克子は疑って、
「嘘つきには、教えてあげない。私、あなたの名、記代子さんにきいたことあるわ」
「ぼくはお友だちにすぎないのです」
 克子は疑わしげであったが、放二のマジメさを認めたようでもあった。
「じゃア、本当なのね。五十ぐらいの人だって。十日ほど前に会ったとき、ダタイのお医者知らないッて、きくんですのよ。教えてあげたの。お友だちにきいて」
「その病院は、どこですか」
「忘れました」
 克子は鋭い目をした。
「あなた、病院へ行くつもり? そして、どうなさるのよ。ダタイなら、もう、退院してるわ。すべてが、終了したんです。なくなったの。過去が」
 放二はうなずいた。
 ダタイして入院中なら、心配することはない。しかし、そうなら、青木が知っていそうなものである。
 克子も考えていたが、
「金曜日からなのね。三日、四日目。ダタイにしては長すぎるわ」
 克子はうかぬ顔だったが、気をとり直して、
「私の知ってるの、それだけだわ。最近は親しくしていなかったから。敏子さんにきいてごらんなさい。勤め先、教えてくれなかったの、当り前だわ。新宿でダンサーしてるんですもの。大胆不敵なのよ。会社とダンサーかけもちだったんですもの。今は会社クビになって、ダンサー専門らしいけど」
 と、ホールの名を教えてくれた。

       六

 新宿はごったがえしていたが、もう二十二時であった。
 ダンスホールの切符売場で訊ねると、
「木田敏子? ダンサーですか? 誰かしら。本名じゃアわかんないわ。まって下さい」
 美青年の一得であった。女の子の一人は、イヤがる風もなく、気軽に奥へ走りこんだ。
 相当の時間またされたが、その償いのように、女の子は息をきらして戻ってきて、
「わかんない筈だわ。キッピイさんのことじゃないの」
 先ず同僚に向ってこう報告すると、キッピイさんは有名人とみえて、女の子たちは顔を見合せて笑いだした。そして、意味ありげに、放二の顔を見た。あらためて、放二に興味をもちだしたようである。
 駈け戻った女の子は窓口に首をのばして、
「その方はもう二ヶ月も前から居ないんです。もっと前になるかしら?」
「メーデーの翌日から」
「そう。忘れ得ぬ夜の出来事」
 彼女らは声をそろえて笑った。
「何かあったんですか」
 と、放二がきくと、駈け戻った子は目をふせて答えなかったが、ほかの一人はノドがムズムズする様子で、しかし直接放二には答えず、同僚に向って、
「あの人、共産党なのかしら?」
「うそよ。はじめはイタズラだったのよ。笑いながらデモ演説のマネしてたのよ。マダムが叱ってから、怒っちゃって、闘争演説はじめたのよ」
「そうでもないようよ」
「そんなことなくッてよ。ただの酔ッ払ッたアゲクよ。だけど、マスター行状記、バクロ演説、痛快だったわ」
「キッピイにとびかかったのね。あのときのマスター、ゴリラだわね。キッピイのクビ両手でつかんで、ふりまわしたのよ。フロアへ叩きつけちゃったわ」
「そのときサブちゃんが飛びだしたのね。ダブルの上衣グッとぬいでね。見栄をきったわね。ただの一撃。それからは入りみだれて、敵味方わかりゃしないのよ。てんやわんや」
「サブちゃん、凄いのよ。女を狙うと、あれですッて。キッピイ、もう捨てられたって話」
 話に一段落がついて、一同は口をつぐんだ。要をつくしたのである。あとは放二の質問は一つしかなかった。
「今でてらッしゃるホール、わからないでしょうか」
「ええ。それなんですけど」
 女の子は分別くさげに目をふせながら、
「それをききだすのに時間くッちゃッたんですけど」
 女は又、口をつぐんだ。それから、
「よした方がいいですわ」
 と、言った。
「どうしてですか」
 女はわざと困った顔をして、
「だってねえ。よくないことなの。きかない方がいいわ」
「ぼく、御迷惑はおかけしないと思いますが」
 女の子は思いきった顔をした。
「キッピイには悪いヒモがあるんですッて。グレン隊の中でも特別のダニ。とても悪性よ。ノサれちゃうわ」
 放二は笑って、
「ノサれるような用件ではないのです。あの方のお友だちの住所をきくだけですから」
 女の子は喫茶店の名と図をかいて、投げだすように放二にわたした。

       七

 放二は地図をたよりに喫茶店をつきとめた。同じような店が露路の両側にならんでいて、まよいこんだ放二を見ると、どの店からも女がでてきて、よびとめたり、手を握って引きこもうとした。
 めざす喫茶店で、よびとめた女に、放二はきいた。
「お店に、木田敏子さんという方、働いていらッしゃいますか」
「木田敏子? 誰のことかしら。ええ。探してあげるから、遊んでらッしゃいよ。私じゃ、いけないの?」
 同じ店から、三人の女がでてきて、放二をとりまいていた。一人がこう云って、敏子のことなど問題にしていないのを、他の二人も気にかけなかった。
「ビール一本、のんでよ。すると、あなたの恋人が出てくるわよ」
「木田敏子さんは、ぼくの知り合いではないのです。どんな方か、お目にかかったこともない方なんです」
「いいわよ。そんなこと。あなた、アプレゲールでしょう。わけの分らないこと、云うもんじゃないわ。ビール一本のんでるうちに、いろんな話ができるじゃないの。その人も、出てくるわよ」
 三人は放二のからだに手をかけて、つれこもうとした。放二はふと気がついて、
「その方は、ダンスホールにいらしたときは、キッピイさんと仰有ったそうですけど」
 それをきくと、三人は目を見合わせた。放二のからだにかけた手も、自然に力がゆるんだ。
「じゃア、よんできてあげるわ」
 一人が、こういって店へはいると、他の二人も放二から離れて、戸口の陰へ身をひいた。
 背の高い娘がズカズカと出てきた。気色ばんでいたが、放二の顔をみると、意外な面持であった。
「誰よ。あんたは?」
 放二は名刺をさしだした。
「大庭記代子さんと同じ社のものですが、社で、大庭さんに急用ができたのです。あいにく、大庭さんは休暇中で、家にも居られず、居どころが知れないのです。明日の朝までに、捜しださないと、困ることがあるんですけど、こちらへ立ち寄られなかったかと思いまして」
 キッピイは、さえぎって、
「ここ、どうして分ったのよ」
「樋口克子さんにおききしたのです。大庭さんのお友だちのみなさんに訊いてまわっているのです。どこにも立ち寄っておられません。ここでおききしてごらんなさい、という樋口さんのお話でした」
「あの人、ここ、知らないわよ」
「ええ。以前いらしたダンスホールで、ここをおききしたのです」
 キッピイは納得したようだった。記代子や克子にくらべれば大人びていたが、荒れ果てた感じの奥に、同じぐらいの幼いものは、まだ残っていた。
 キッピイは心持、一歩、放二に近づいた。
「どこを、探しまわったの?」
 放二に、ふと、疑いが閃いた。彼女は記代子の失踪を知っているのではないか、と。
「大庭さんの宿の方から、お友だちの名を四人おききして、きいて廻ったのですけど」
 キッピイは、よそよそしく、
「私も知らないわ。それじゃア、四人とも、知らないのよ。たぶん、五人目をさがすといいわ」
 そう呟いて、
「帰ってよ」
 小犬を追い出すような、無情な様子で睨みつけた。

       八

 放二はアパートへ戻ってきても、まだ考えつづけていた。キッピイが記代子の行方を知っているのではあるまいか、と。
 彼女の態度は、放二が記代子をさがしている理由について、あまり無関心でありすぎるように見うけられる。それは失踪という事実を知っているためのように思われた。
 克子は放二の言葉を疑って、記代子の失踪をかぎあてたが、キッピイは放二の言葉を問題にしなかった。
 彼はキッピイの言葉を一つずつ思い起した。彼女はこんなことを言ったのだ。「五人目の女が知っているかも知れない」と。
 本当にそんな女がいるのだろうか? キッピイはその人を知っているのだろうか? 冗談めいたところもあった。
 まさか、礼子のことではないだろう。しかし?……放二は一山のマッチを思いだして、キッピイの五人目の女が礼子のことではないにしても、彼女も何か知っているかも知れないと思った。ほかの人々が知らないような何かを。
 放二は疲れきっていた。そして、疲れすぎると、尚さら寝つかれなくなる今日このごろを考えて、あるいは、死期とまではいかなくとも、再起不能の状態に近づいているのではないかと思われるのであった。
 記代子の行方をさがしまわることは、さらに急速にその状態に近づくことを明確に示していたが、放二はむしろ捜しまわって疲れる方が楽だと思った。何もせずにジリジリ衰弱するのを見てわきまえている腹立たしさにくらべれば、何かのために物思うヒマもなく疲れる方が、かえって安らかなのだ。
 放二は明け方になって、よく眠った。
 おそく目をさまして、社へでる前に、キッピイの自宅を訪れてみようかと考えたが、一応報告を先にしようと思い直した。せつ子の非凡な目が、同じ材料から何かを見つけてくれるかも知れない、と思ったからだ。
 しかし、せつ子も彼のもたらしたものだけでは、手の施しようがないようだった。
「お友だちに、ダタイの病院、きいたということ、まちがいないことなのね?」
「まちがいないと思います」
「いつごろのことなの?」
「十日か、二週間ほど前。一度は十日前ぐらいと言い、一度は二週間前ぐらいと言ったのです。確かめて訊きませんでした」
「あんなにダタイはいやだと言っておきながらねえ……」
 せつ子は記代子の心理を考えているようであった。放二にも、記代子の心理はいろいろに考えられた。
 礼子に会って訊いたら、記代子の意外な心理を辿ることができるかも知れないと放二は思った。キッピイにもう一度会うことを急ぐよりも、礼子に会うことが先のようだ。すくなくとも「青木の子供」の問題にふれた何かが掴めそうな気がした。
「今度は、どこを捜すつもり?」
 案外にも、せつ子はおびただしく拠りどころない様子であった。
「ダタイの病院をさがす必要はないでしょうか」
 せつ子はクビをふって、
「それでしたら、捜す必要ないの。人間の過去は実在しないものなんです。あなた、それを信じられる?」
 放二はうなずいた。
「じゃア、さがしてらッしゃい。是が非でも、あなたが捜し出さなければ、ダメよ。大庭記代子という過去のない新しい女をね」

       九

 礼子のバーがひらくまでには間があった。キッピイの自宅を訪ねてみるには適した時間であったが、それをやめて、記代子の宿をもう一度訪ねることにした。
 キッピイが何かを知っているにしても、それを語らせるには、一度の足労では間に合いそうもない。あるいは、何も知らないのかも知れないのだ。複雑な私生活をもつらしい彼女の特殊な態度や言葉の表現が、たまたま思わせぶりに見えたのかも知れなかった。
 それよりも、記代子の宿から、捜査を出直してみようと思った。昨日は、記代子の足跡を直接さがしだす材料ばかり心がけていたが、一日の捜査の結果は、記代子の心理を知ることが重大なものに見えてきた。そして、心理を辿ると、足跡の方角を推量しうるかも知れないように思われた。
 宿の主婦は、記代子の態度がちかごろ変ったことばかりだと言った。懊悩する娘の混乱した状態などを根掘り葉掘り聞きたくはなかったので、すぐ打ちきって辞去したが、会社では誰にも見せなかった心の秘密を宿では思いあまって漏しているかも知れず、主婦の世なれた観察眼が、何かを嗅ぎ当てているかも知れない。放二はそこから出直そうと思ったのである。
 しかし、宿の主婦の観察からは、期待したものを得られなかった。
「あの方は、男の方に不満だったんですよ。五十ぐらいの年配だそうですものね。訪ねていらしたお友だちの方などと争論なさるんですよ。五十ぐらいの年配でなきゃ男はつまんないなんてね。ええ。ええ。私などにも、そんなことを仰有ることがありましたよ。それは、あなた、意地ずく、ヤケで力んでいらッしゃることですよ。そうですとも。そうでなきゃならないことですものね。どこに五十の年寄を好く娘があるものですか」
 まったく主婦の希望的観測にすぎなかった。自分の希望に当てはめようとしているだけで、個性というものを見ていないのだ。その観察を自分に合せてゆがめてあるので、多く訊いてもムダであるし、むしろ観点を狂わせる害があった。
 放二は主婦との対話を打ちきって、もう一度、記代子の部屋を捜させてもらった。心理を辿る何かが、どこかにひそんでいないかと思ったのだ。
 放二はヒキダシをあけたり、本箱の戸をひらいて何となく一冊の本をとりだして見たりして、彼女の心理について、何か今に思い当りはしないかと漠然と期待していた。しかし何一つ思い当るものはなかった。
 第一、何かを思い当て得るような根拠ある思考力を自覚することすらもできない。なんとなく空転し、いつまでも空虚なものを自覚しうるだけである。
 もしも、何か思い当ることがあるとすれば、一山のマッチが昨日から思い当っているだけなのだ。それに限定されているだけで、それ以外へ閃く思考の自由すらも失っているかのようだ。
「なんのために灰皿を買ったんだろう。タバコをすうようになったのかしら? それとも、来客のためだろうか?」
 マッチに限定された思考力は、そんなことだけ考えていた。彼はピンクの小さな灰皿を手にとって、空転する頭をもてあましていた。
「とにかく、礼子さんに会ってみよう」
 彼はあきらめて立ち上った。

       十

 バーで礼子に会った。放二の来意をきくと、皆まで言わせず、礼子は彼を近所の喫茶店へさそった。
「なんですッて? 一山のウチのマッチ?」
 礼子は笑った。
「そうね。いらッしゃるたび、テーブルのマッチはきッと持ってお帰りですのよ。あのお店は各テーブルに必ず二ツずつのマッチを置いとく習慣なんです。なんとなく持ち帰って、お使いにならなかったのね」
「使わないマッチを、なぜ持って帰ったのでしょうね」
 放二の思考はずッとマッチにこだわりすぎて、彼自身にもバカらしいと思われた。礼子は返事にこまって、
「いろんな場合がありうるわ。あの年配のお嬢さんには、どんな突飛なことも、御自分だけの歴(れっき)とした理由がありうるわ。あのバーでも、あの年配のお嬢さん女給がまとめて三人ぐらい揃うときがあると、バーのシキタリが狂っちゃって、お店全体が狂うんです。それが理窟は合ってるんですよ」
「一回に二ツのマッチですと、一つも使わなかったものとして、十二三回、遊びに行かれたわけですね」
 礼子はかるくうなずいただけで答えなかった。そして、考えこんでいたが、
「私、どちらかと云えば、青木に同情していたのです。ですが、失踪なさッたときいて、記代子さんがお気の毒ですわ」
「奥さんは、記代子さんの失踪を御存知のようでしたね」
「青木にきいたのです」
 さッきから放二はそこにこだわっていたが、礼子の答えは簡潔だった。
「北川さんは、このこと、どう思いますか。記代子さんは、十日間ほど、毎日欠かさずウチのバーへいらしたことがあるんです。失踪は金曜日だそうですね。すると、その十日ほど前までです」
 放二はあやしんで、
「青木さんとご一しょではなかったのですか」
「いいえ。青木と一しょは一回だけ。それから一ヶ月あまりたって、つづけさまに十日ほど、いらしたのです。いつも一人で。で、たいがい、とッつきの長椅子へお坐りなの。私にここへおかけなさいッて、隣へ並んで坐るように命令なさるのよ。そして私が坐りますとね。あなた、おもしろい? つまんないわね、ツて、挨拶代りに仰有る言葉が必ずそれなんですよ。私はほかのテーブルにも回らなければならないでしょう。代りにほかの女給さんが行って話しかけても、ご返事なさったことないの。誰も行く人なくなっちゃったわ。私だって、あの方のテーブルへ行って、たのしいッてこと、ないんですもの。時々、あの方のそばへ行くことがあっても、せいぜい一分間と居たことがなかったんです。いつ、行っても、仰有ることは同じよ。おもしろいの? つまんないでしょ? それだけなのよ。一日に何度でも。私があの方のそばへ行くたびに。そして、ほかの話らしいことはほとんど話し合わなかったわ。その機会はあるんですけどね。一分間ぐらいは、坐っていましたから。二人とも黙りこくッているだけでした。そんな風にして、およそ、三四十分ぐらいね。カクテル一つのみのこして、お帰りでしたの」
 そして、シミジミと、つけ加えた。
「敵意じゃなかったと思うのよ。青木とご一しょの時は、敵意満々のようでしたけどね。敵意があるなら、他のことを言わなくとも、必ず言わなければならない言葉があったはずです。私は昨日まで、あの方がニンシンしていらしたこと、知りませんでした」

       十一

 ともかく、心理の足跡が、うかびでてきた。失踪の十日ほど前までの約十日間、記代子は毎日ただ一人で礼子のバーへ現れているのである。そして、礼子に向って、あなた、おもしろいの? つまんないでしょう、と言いかけるほかには押し黙っていた。そして、ニンシンについては、一言も、もらさなかった。
 失踪の十日前。……
 記代子が克子に会ったころだ。そしてその時はアベコベにニンシンを主に語っているのだ。克子からダタイの医者を教えてもらっているのである。
 そのころ、記代子と青木との仲は、どうだったろう? 二人の間に何かあったのだろうか? それを青木にたしかめることは、いけないことだろうか、と、せつ子の言葉を思いだしながら、放二は考えた。
 社のひけは、規則はないが、サンマータイムの六時ごろだ。編集部とちがって、作家まわりが少いから、ひけ時まで部員の顔はあらかた揃っている。青木と記代子も例外ではない。二人はそろって、姿を消す。
 放二が記代子と一しょのころは映画を見たり、ビンゴをやったり、喫茶で休んだり、歩いたり、ごく月並な二三時間をすごしたにすぎない。放二自身はお酒をのまなかったが、二人のほかに飲み助のつれがあって、お酒をのむようなときには、たいがい駅にちかいマーケットのカストリ屋へ行った。フトコロのせいだけではなく、記代子がそこへ行きたがるのだ。人間の本性をムキダシにしたような猥雑な場所が珍しくて、又、酔漢にジロジロみられたり、話しかけられるのが愉しそうであった。すると記代子はいつも放二に寄り添って、放二以外の誰れのものでもないようにふるまうのが、うれしいようであった。
 放二は踊れなかったが、青木のダンスはステップが美しいので、社内でも有名だった。彼が留学中に覚えたダンスで、リズムにのる姿勢や特に肩の角度やうごきがヨーロッパ風に古風で典雅であった。記代子もダンスが好きであった。二人がホールで踊っているという噂は、放二もかねて聞いたものだ。退社後の青木と記代子の行動は、そのへんまでは見当がつくが、あとは分らない。
「ノクタンビュールへは、たいがい、幾時ごろ行かれたのでしょう?」
「八時か、八時半ごろでしょうね。ノクタンビュールは九時か九時半ごろ、一時にドッとはやるのよ。まるでお客さん方が申し合せていらッしゃるように。そうなんです。記代子さんのいらッしゃるのは、その前、いつもお客さんが一組か二組のころでしたわ」
 サンマータイムでは、明るい時刻だ。青木とそんなに早い時刻に別れていたのだろうか? すると、礼子が言った。
「ほかの女給さんと一言も話さなかったり、まれに酔っぱらったお客さんが、一しょに飲みましょう、こッちへいらッしゃい、なんて誘っても、見向きもなさらなかったんですけどね。北川さんは、お分りになるかしら? 女ッて、変なものなのよ。ことに、娘さんは、複雑ですよ。ですけどね。女の本性には、規道があるから、男の方には変に見えても、女にはたいがい分るものなのよ。私は思うんです。アベコベじゃないかしら? 誰ともお話しなかったのは、本当は、とてもお話したい気持の逆の表現じゃないかしら。みんな逆だと思うんです。おもしろくないでしょう? つまんないわね、というのは、おもしろいでしょう、おもしろそうね、ということだと思ったわ。昨日今日、そう思いついたんです」

       十二

 礼子の観察は当っているかも知れない、と放二は思った。自分の経験にてらして、マーケットのカストリ屋で男たちにとりまかれている時の記代子は、酔漢にからかわれるのも愉しそうであったし、酔漢にジロジロ見られても、心ゆたかであったようだ。カストリ屋の主婦や女給と語らうことも、けっしてキライではなかったのである。
 しかし、記代子の新たな境遇、ニンシンと孤独、小娘の身にあまる煩悶の日々を思いやると、心境の激変も当然なければならないし、たのしいこと、明るく賑やかなことには、ついて行けなくなっていたかも知れない。虚無にもなろう。軽蔑もしたかろう。
 しかし、そのへんのことは、放二にはシカと見当はつけがたかった。
「すると、記代子さんは、皆さんとお友だちになりたくて、遊びに行かれたのでしょうか」
「お友だちになりたいッてわけではないでしょうけど、男のお客さん方のように、バカ騒ぎしたいような気持――女ですから、バカ騒ぎはないでしょうけど、小説などにありますでしょう。気持のふさいだ時や、失恋だの、悩みだのというときに、バーでヤケ酒のむなんてことが。そんなこと、伝説にすぎないようなものですけど、知らない方は、真にうけるかも知れないわ。記代子さんは、まだ子供ですもの、バーッてそんなところかと思ってらッしゃるかも知れなくッてよ。そして、男のお客さん方のように、バーへ行って、気をまぎらしたかったのか知れないわ。バーで、お客さんや私たちのやってることが、つまんないんじゃなくて、同じようなことを、したかったんじゃないかしら。のんで、酔っ払って、お喋りして、乾杯したり、踊ったり……」
 放二は、なるほど、と思った。
 しかし、それだけの理由だとしてみると、記代子がうわべでは虚勢をはっていても、実は深く悩んでいて、バーで鬱を散じたいような、よるべない気持であったということが分るだけだ。礼子にニンシンをうちあけなかったことも、克子にはそれを打ちあけたことも、そして、二つが同じ頃であることも、特別の意味はなくなってしもう。
「ほかに、お気づきのことはありませんでしたか?」
 と、きくと、礼子は放二がミレンを起す余地がないほどハッキリと否定して、
「有れば、私もうれしいわ。私、お力になってあげたくて仕方がないの。御心配でしょうねえ。大庭先生は、どうしてらッしゃるかしら?」
 放二がだまっていると、
「私、先生にお目にかかりたいわ。いま、上京してらッしゃるんですッてね。でも記代子さんがこんなで御忙しいでしょうし、遊びにきていただけないでしょうね」
「記代子さんのことでお忙しくはありませんが、お仕事でお忙しいと思います。上京中、外出なさることは殆どありません」
「私がお訪ねしてはいけないの?」
「その御返事は、ぼくにはできませんが、宿を知らされた特定の人が訪ねる以外はお会いにならないのが普通です」
 礼子も思いきりよくあきらめて、
「時々、遊びにいらしてよ。遊びにきてらしてたら、記代子さんにも会えたのよ。はやく、行方、見つけてあげてね。そして、記代子さんを幸福にしてあげて」
 礼子はそれを心から期待しているようだった。


     青木の場合


       一

 記代子の失踪をきいたとき、青木が直感したのは死であった。
 しかし、記代子に、死を選ぶような素振りがあったわけではない。むしろ、怪しい挙動のなさすぎるのがフシギなほどであった。
 悲しくて、怪しいのは、青木の方であった。罪悪感にさいなまれ、行末を案じ、一人でいると、絶叫したくなり、胸をかきむしりたくなることがあった。記代子と会うと、逆上的なものはおさまって、平静で柔和になるが、骨がらみの暗さ悲しさはどうにもならない。記代子の気持をひきたて、力をつけてやろうとして、いつとなく悲しい思いに走っているのは彼自身であった。
 男の方がそんな風にダラシないから、記代子が逆に、青木の前ではノンビリしていたのかも知れないが、案外シンは頑固で、一人ぎめで、それで楽天的なようにも見えた。
 青木は、記代子の将来を考えてダタイをすすめたいのであるが、記代子の反対は強く、青木は再々云いだすことができなかった。
 失踪前も、特別な挙動があったとは考えられない。二人の仲はいつもと変りがなく、ちょッとしたイサカイもなかった。いつまでも捨てないでくれ、とか、いつまでも愛してくれ、というようなことを言ったこともない。青木がたよりない思いをさせられるほど、淡々と、ノンビリしていたのである。
 しかし、死というものが、どこに宿るかは見当がつかない。ノンビリと、鈍感な田舎者の魂にも、だしぬけの死が宿りやすいことは、チエホフが書いていることだ。これぐらい妙な友だちはない。めったに訪ねてこないけれども、訪ねてきた時は親友で、とびぬけて親友なのかも知れないのである。
 日々が平凡で平和な子守女でもふと自殺する理由がありうるのだ。記代子が死にみいられるのはフシギではない。むしろ当然すぎるといえよう。
 青木は彼女の失踪をきいて、死のほかに考えることができなかった。彼女に不幸の訪れを怖れていたので、最悪の場合を想定せざるを得なかった。
「まだ、生きていてくれ!」
 青木はちょっとした当てをたよりに走りまわった。
「死んでいるなら、死んだ場所へ案内して下さいよ。記代子さん」
 誰の目にもふれない先に、記代子の屍体を埋葬して、同じ場所で死のうと思った。
 礼子に会って、十日あまり毎日一人でバーへ通った話をきくと、ぶちのめされたように思った。やっぱし! 記代子は彼の前ではノンビリしていたが、内心はやりきれなかったのだ! 切なさは、一人じゃ処置がつかないものだ。親しい人には隠して、行きずりの人の合力にすがるのだ。切なさ、というものは、そんなものだ。
「いよいよ、ダメか!」
 青木は落胆して溜息をついた。
「どこで死んでいるのだろう?」
 しかし、礼子の意見はちがっていた。
「生きていますよ。私たちのように平凡な女は、生きることを考えて、悩むものです。あなたのように、力みすぎたり、諦めすぎたりしないのよ。案外ノンビリと、お友だちと水泳にでもいっているのかも知れません」
 青木は、とてもそんな風に思うことができなかった。

       二

 青木は玉川上水に沿うて、さまよった。記代子の宿から、歩いて四十五分ぐらい。死ぬとすれば、まずここを考えるのが自然であった。濁った早い流れを見つめて歩いていると、その下に記代子がいるように思われて仕方がなかった。
「よびかけてくれないかな」
 と、青木は思った。自然林に、おびただしい小鳥が啼いていた。
「あんな風に、よびかけてくれないかな」
 青木は、しかし、自分がどうかしている、と考えた。どうして、玉川上水なんかへ、来たのだろう? 五十の男が人の行方を探すにしては、論理的なところがなさすぎる。まるで女学生のように直感的でセンチである。
「だらしがない!」
 まったくだ。泣きべそかいているじゃないか。ともかく学問を身につけた人間が、論理的なところを皆目失って行動しているようでは、身の終りというものだ。
「死にたいのはオレ自身じゃないのか」
 もしそうだとすると、いよいよセンチで、助からない。彼は苦笑して、歩きだした。
 記代子は、どこにいるか? それを解く鍵が一つある。金曜日に、記代子の姿を見た人を探すことだ。宿をでて電車にのったか、玉川上水の方へ歩いて行ったか、誰かが見ている筈である。しかし、その誰かを探す手段がわからない。
 彼は記代子の宿を訪ねた。はじめての訪問だった。彼の名をきくと、主婦は身をかたくひきしめて、警戒の色をみせた。青木の癇にグッときたので、彼は苦笑して、
「わかっています。歓迎されないお客さんだということは、どこへ行っても、こうなんですよ。で、皆さんのお気持を尊重していたぶんには、出家遁世あるのみですから、時々こうして、歓迎せられざる訪問もしなければならないのですよ。まゝ外交員なみに、ちょッとの辛抱、おねがいしますよ」
 青木はドッコイショとカマチに腰を下して、
「失礼します。これが外交員、イヤ、一般に歓迎せられざる客人の礼義でして、つまり、ここから上へはあがらない、即ち、歓迎せられざる身の程をわきまえています、という自粛自虚の表現なんですな」
 青木は、もっと、ふざけたくなった。
「カバンの中から鉛筆かなんかとりだして、並べたくなるもんですなア。こうして、入り口へ腰かけますとね。昔、やったことがあるような気持になるから、妙なものですよ」
 先方がタニシのように口をあける見込みがないのを見てとって、青木は益々、ふざけた気持になった。
「さて、鉛筆の代りに、とりいだします品物は、ハッハ」
 青木は主婦を見つめた。
「記代子さんは、金曜日に、どんな服装で、でましたか?」
 主婦は意表をつかれた。青木にしてみれば当然な質問だったが、主婦はこれまでに放二から様々の質問をうけて、しかし、この質問はうけなかったからである。
「それを、きいて、どうなさるのです」
 敵意がこもったので、青木は嘲笑で応じた。
「人相書をまわすんですよ。探ね人。家出娘。二十歳」
「大庭さんのお指図で、北川さんが捜査に当っておられます。あなたのことは、なんのお指図もありませんから、お帰り下さい」
 ピシャリと障子をしめてしまった。

       三

 青木は熱海をぶらぶらした。
 記代子は熱海に通じていた。長平が上京のたび熱海に立ち寄る習慣で、迎える記代子や放二らと数日すごしたからである。
 青木は記代子の案内で、いくらか熱海に通じた。観音教の本殿や、来宮神社の大楠や、重箱という鰻屋なども教えてもらった。
 錦ヶ浦へ案内したのも記代子であった。トンネルをでた崖のコンクリートに、ちょッと待て、と書いてあるのも指し示した。
「投身自殺ッて、とてもスポーツの要領でやるもんですッて。ナムアミダブツ、なんてんじゃないそうだわ」
「どんなふうにやるの?」
「たいがい、助走してくるのよ。エイ、エイ、エイッて、掛け声をかけて助走する人も、あるんですッて。茶店で休んでいた人が、とつぜん駈けだして飛びこむこともあるそうよ。走り幅飛の助走路よりも長そうだわ」
「なるほど。岩にぶつかるのがイヤなんだな。ぼくも、ここで死ぬんなら、助走するな。痛い目を見たくないからね」
「痛い目?」
 記代子は不審そうに、
「足が折れたり、顔がつぶれたり、醜い姿になるのがイヤなのよ。助走しない人だって、いるのよ。その人はダイヴィングの要領ですって。こう手をあげて、後にそって、かゞんで、ハズミをつけてダイヴするんですって。私だったら、ダイヴィングでやるなア」
 二人はそんな話をしたことがあった。
 又、記代子がニンシンをうちあけたのも、熱海の宿であった。
 青木は錦ヶ浦の茶店で休んだ。断崖の柵にそうて、若い人たちがむれていた。空も、海も、あかるい。
「あそこで、ダイヴしたのかな」
 しかし、そう考えたり、それを突きとめるために来たわけではなかった。彼は目当てがないのだ。ただ、感傷旅行をたのしんでいるのであった。
 熱海の道々に記代子の匂いがしみているような気がする。そう考えてもいいのだ。なんとなく、センチな気分を追って、漫然と感傷的な旅にひたりたかったのだ。彼の身をとりまいて感じられる見えない敵意の数々から逃げだしたくもあった。
「ここ一週間ぐらいのうちに、誰か投身した人がありましたか」
 彼は茶店の人にきいた。
「投身は下火になりました。今は、アドルムですね」
「なるほど。めったに投身はないのですか」
「いゝえ。下火といっても、かなり、あるんですよ。三四日前にも泳ぎの達者な学生がとびこんで、助かりましたね」
 茶店の前に十名ぐらいの若い男女の団体がむれていた。
「誰か、とびこむ勇士はいないか」
「よし」
 小柄な男が声に応じて群から離れた。彼は肩のリュックを下した。
「諸君。サヨナラ」
 彼は左手をあげて挨拶した。にわかに顔がひきしまって真剣になった。彼は一散に走りだした。
 残された団体は、わけのわからぬどよめきをたてた。断崖の近くで、男は野球のスライディングをやった。そして、スレスレのところで止った。団体は拍手した。
 青木は思わず立ち上って首をのばしていたが、顔は蒼白になっていた。メマイで、クラクラした。
「ひどいイタズラをしやがる」
 しかし、すばらしくキレイな空が目にしみた。

       四

 熱海から戻ってみると、記代子の行方は依然わからなかった。
 もう生きている見込みはない、と青木は思った。生きているなら、ハガキぐらいはくれるだろうと思われた。失踪の日から一週間すぎて、次の金曜日になっていた。
 青木はせつ子によびつけられて、まるで彼が記代子を隠して、ひそかに逢っているかのような不快な疑惑を露骨に浴せかけられた。
 青木は苦笑して否定したが、怒らなかった。そう疑られても仕方がないと思っていたからである。
「しかし、そこまで疑る人の本性というものは、残忍無慙、血も涙も綺麗サッパリないんだなア。見事ですよ」
 青木は皮肉ったが、せつ子は蠅がとまったほども気にとめなかった。
 彼女が耳目をこらしているのは、青木の言葉が真実かどうか、それを見分けるためだけである。
「三日間、どこにいたのですか」
「第一日目は東京に、二日目と三日目は熱海に。そして三日目の夜、つまり昨夜ね。哀れにも悄然と東京へ戻ってきましたよ」
「誰と、ですか」
「二人です。ぼくの影と。ねえ、あなた。影は悲しく生きていますよ。広島のなんとか銀行の石段をごらんなさい。あれは誰の影でもない私の影ですよ。あらゆる悲しい人間の影なんだな。ぼくは原子バクダンを祝福するですよ。なぜなら、も一人の自分を見ることができたから。悲しめる人は、広島で、ありのままの自分を見ることができるですよ。ロダンだって、あんな切ない像を創りやしなかった……」
「熱海の旅館は?」
「実に、見事ですよ、あなたは」
 と、青木はくさりきって、
「そんなことまで一々きく品性もあれば、答える必要をもたない品性もあるですよ。ねえ、あなた。あなたという人は、女ながらも、仕事師としては偉い人です。しかし、あなたの品性は、失礼ながら、戦国時代ですな。人をギロチンにかけるか、あなたがギロチンにかかるか、たぶん、二つながら、あなたのものだ」
 話の途中に、せつ子はベルをおして、秘書をよんだ。
「アレ、とどいてますか。タキシードは?」
「きております」
「持ってきて下さい」
 秘書はカサばった包みをぶらさげてきた。中から、タキシード、シルクハット、靴、その他付属品、ステッキに白い手袋まで一揃い現れた。
「あなた、きてごらんなさい」
 せつ子は青木に命じた。
「なにごとですか。これは?」
「社員は連日宣伝に総動員ですよ。あなたのように、休んで遊んでいる人はおりません。あなたは、明日から三日間、この服装で、都内の盛り場の辻々でビラをくばるのです。ヒゲのある中年紳士は、あなただけですから。デコレーションを施したトラックに、蓄音機と拡声機をつみこんで、お供させます。あなたは、演説がお上手でしたね。立候補なさるのですものね」
 青木は泣きそうな顔をしたが、
「ええ。演説はね。うまいもんですわ。なんなら、シャンソンぐらい、おまけに、唄ってあげまさアね。タキシードも似合うでしょうよ。着てみなくッても分りまさア。紳士はなんでも似合うにきまっているのだから」
 サヨナラも言わないで、立ち去った。

       五

 青木は、たそがれの街を歩いていたが、ふと、キッピイを思いだした。記代子と二度ほど踊りに行ったことがあった。
 尖った顔が、出来の悪い観音様に似て、南洋の娘のような甘ったるい腰つきをしている。なんとなく中年男をそそりたてる杏のような娘である。
「フン。杏娘に拝顔しようや」
 ほかに行き場がなかった。どこにも、親しいものがない。多少、つきあってくれそうなのは、ルミ子ぐらいのものだ。そこは時間が早すぎた。
 目的がきまると、やるせない気持も落付いてくれる。彼は新宿のマーケットで安焼酎をのんだ。一パイ三十円。三杯以上は命の方が、という説もあるから、ギリギリ三杯できりあげる。
 杏娘はあんまり親切じゃないようだ。人ヅキのわるい娘である。しかし、記代子の友だちではあるから、赤の他人よりは身をいれて、失踪の話をきいてくれるだろう。それだけでよかった。
「アクビをかみ殺しているような顔さえしなきゃアたくさんなのさ」
 杏娘の甘ったるい腰をだいて、踊りながら喋りまくっているうちは、太平楽というものである。
 しかし、杏娘はホールにいなかった。一曲ごとにダンサーをかえてキッピイの居場所をきくうちに、十人目ぐらいで突きとめた。
 こんなちょッとの困難に突き当ると、青木の勇気はわき立つのである。キッピイに会ったところで、どうせ、たいしたこともない。むしろ居場所を突きとめるという事業に熱中する方が、気持がまぎれるというものだ。
 踊るうちに、酔いが沸騰していた。
「ここだな。ヤ。こんばんは。お嬢さん」
 めざす店の女給にからみつかれて、青木はキゲンよく挨拶した。
「キッピイさん、いるかい?」
 女は返事をしなかったが、その顔色で居ることを見てとると、それで青木は充分であった。カンの閃きに身をひるがえして応じる時が、彼の人生で最も順調な時間なのである。わずかに一分足らずであるが。彼はそれを心得ていた。わが人生の最良の一分間。
「ヤ。ドッコイショ」
 彼はイスに腰を下して、たちまち彼をとりまいた女たちを一人一人ギンミした。キッピイはいなかった。
「コンバンハ。麗人ぞろいだなア。ビールをいただきましょう。ときに、キッピイさんをよんで下さい。陰ながらお慕い申上げているオトッチャンが、一夜の憐れみを乞いにあがったとお伝えして、ね。イノチぐらい捧げますと、ね。ねては夢、さめてはうつつさ。わかっていただけるだろうね。この気持は。年のことは、言いなさんな」
 他の女の陰から、キッピイがヌッと現れた。彼女は青木を睨みつけた。
「ヤ。キッピイさん。待ってました。そうでしょうとも。分ってましたよ。あんたが笑顔じゃ迎えてくれないだろうということはね」
 キッピイは立ったままだった。
「まア、かけなさいよ。はるばるお慕いして訪ねてきた男を、ジャケンに扱うもんじゃありませんよ。な。笑ってみせてくれよ。一秒でもいいや。ぼくを忘れたかな。大庭記代子嬢のカバン持ちさ。覚えているだろうね」
 キッピイはイスにかけて頬杖をついて、ジロジロ青木を見つめた。
「どうして笑ってみせなきゃいけないのさ」
「難問だね」
 青木はキッピイを観察したが、酔っているようでもなかった。

       六

「言葉が足りなかったんだな。あなたが笑ったら、さぞ可愛いくて、ぼくはうれしい気持だろうと云いたかったのさ。あなたは観音様に似てるんだ。ちょッとリンカクが尖っているのは、職人が南蛮渡来なんだなア。腰の線が、又、そっくり南洋の観音様さ。な。南蛮渡来だって、日本なみに、笑ってくれたっていいだろうね」
 彼はビールをのみほした。そして、益々、好機嫌であった。
「こんなことを言いにきたんじゃなかったんだがな。ま、いいや。何から喋らなきゃいけないという規則があるわけじゃアないんだからな。ねえ。キッピイさん。そうだろう。ぼくはあなたに会えて、うれしいのだ。ぼくは、あなたの頬ッペタを、ちょッと突ッついてみたいね。普通、そんな気持には、ならないもんだね。接吻したいとか、肩をだきよせたいとか、そういう気持になるもんですよ。一般に、女というものに対してはね。ところが、キッピイさんは、ちがうね。ぼくは頬ッペタを突ッつきたいんだ。チベットの女の子は、コンニチハの挨拶にベロをだすそうだね。べつに頬ッペタを突ッつかなくとも出すんだとさ。だけどさ。
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