街はふるさと
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著者名:坂口安吾 

       五

 郊外の墓地の一隅に二人を一しょに埋めることになった。せつ子の家へ放二の遺骨をとりに行くと、せつ子は笑って、
「なんだか、変ね。御当人たち、生きてるときには、死んでこうなるなんてこと、考えたことがないのにねえ」
「生きてるうちは、人間みんなデタラメさ。死んでからも、デタラメでも仕方がないよ。なんとなく恰好がつけば、花なのさ」
 長平は無責任なことを放言して、二ツの骨壺をぶらさげた。青木はニヤリとして、
「オレは持ってやらないぜ。長さんの心事には甚しく同情を感じていないからさ。一人で重い目をするがいいよ」
「私も同感できないのよ。お供しませんから、ごめんなさい」
 せつ子は門前まで見送って戻ってしまった。
「悪縁だなア」
 青木はつぶやいた。
「君とこうして歩いていると、しみじみ感じるのは、悪縁ということだね。まったく、人生は悪縁だけさ。だから意地ずくで生きのびてやらアね。死んじまうと負けだというのが実にハッキリしていやがるなア。今にこうして君の骨を埋葬してやる日のことを考えると、いくらか生きがいを感じるな」
 青木はうまそうにパイプをくゆらした。
 しかし、いよいよ墓地に至り、埋葬の段になると、青木は甚しく労力をおしまず、又、親切であった。長平は何もすることがなかった。青木が一人で汗水たらしているからである。かつ、遺骨にたいする取扱いのいたわりは丁重をきわめ、ミジンも手をぬくような粗略なフルマイがなかった。その人相も一途に真剣である。埋葬し終えてホッと一息、それからも、気になるところをコマメに手を加えて、外観をととのえた。
「実に親切テイネイなもんだねえ」
「これが武士道さ」
 青木は皮肉な笑いをとりもどした。
「よく晴れた日じゃないか。やっぱり、ちょッと離れたところへ埋めてやって、背延びをさせた方がよかったらしいや。しょッちゅう鼻をつきあわしてちゃア、やりきれませんやね。長さんも、不粋な人さ。過ぎたるは及ばずと云うじゃないか」
 青木は口の中でクチャ/\と経文か何かせっかちに呟いて、ペコンと頭を下げた。そして二人の埋葬は終った。
「どう? 水ムシの御感想は? 意はみたされましたか」
 青木は皮肉な目をクルクルさせた。長平は答えなかった。
「フン。勝手に黙ってるがいいや。ぼくの感想は、たった一つあるだけですがね。え。長さんや。たった一ツ。ね。オレは長さんを憎む、憎む、憎む。それだけだよ」
 青木はベッとツバをはいた。
「骨の髄から、憎んでるんだ。恨み、骨髄に徹す、かね。だんだん、それが分ってくるよ。生きるにしたがって、それが分ってくるだけなのさ。明日はもっと憎むんだ。そして、来年は、その分だけ憎さがハッキリ増してるのさ。なんて、まア、なつかしい人だろう。イヤハヤ、実に、おなつかしい」
 青木は墓地をでるとたんに、ニッコリ立ち止って握手をもとめ、強く長平の手を握りしめた。
「殺していいか、抱きついていいか、分りゃしねえや。オレは、長さんが、心から、なつかしいよ。ともかく、生きているからね」
 青木の目にこもった微笑は、素直で、善良であった。




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