ジロリの女
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著者名:坂口安吾 

 私は人の顔をジロリと見る悪い癖があるのだそうだ。三十三の年にさる女の人にそう言われるまで自分では気づかなかったが、人の心をいっぺんに見抜くような薄気味わるさで、下品だという話だ。それ以来、変に意識するようになり、あゝ、又やったか、そう思う。なるほど、我ながら、変に卑しい感じがする。魂の貧困というようなものだ。男にはメッタにやらぬ。自分では媚びるような気持のときに、逆に変にフテブテしくジロリとやるようなアンバイであるらしい。然し、どんな時にジロリとやるのだか、自分にも明確には分らず、その寸前に、あゝ今、やるな、と思うと果してジロリとやるグアイで、意識すると、後味の悪いものだ。
 けれども、三十三の年までは、自分のことには気がつかず、女の人が私に対して、そうするのだけが、ひどく切なく胸にこたえて仕方がなかった。すべての女が私にそうするわけではない。あるきまった型の女の人だけがそうで、キリキリ意地っぱりの敏腕家という姐さん芸者や女将などがそうなのである。
 そういうタイプの女は、私と性格的に反撥し、一目で敵意をもったり、狎れがたい壁をきずいたりするふうで、先ずどこまでも平行線、恋など思いもよらぬ他人同志で終るべき宿命のものゝようだ。
 だから、私が口説いてモノになったという女は、もっとベタ/\とセンチな純情派や肉感的な荒々しい男性型、平凡な良妻型などいう月並なところで、知的な自信や骨っぽさのある女は例のジロリで、私と交る線がない。ところが、ジロリ型の婦人に限って、美人が多い。
 然し、交る線がないということは、おのずから恋愛感情に自制や限定をつくるものか、コイツ美人だな、と思っても、夢中になるような心にならない。つまり恋愛というものは、そして恋愛感情というものは、無軌道に自然奔放なものではなしに、おのずから制限のあるもので、たとえば異国の映画女優に、どんなに夢中になったところで、悶々の情、夜もねむれずというような恋愛感情は起る筈のないものなのである。
 だから私は若いときから、しばしば女にベタ惚れという惚れ方をして、だらしなく悶々と思いつめたり、夢心持によろこび、よろこびのあまりに苦悶、苦痛、ねむれず、まことにとり乱してあられもない有様であったが、それはみんな手ぢかな女、中には万人の認める美人もいたが、気質的に近い人、成功率の高いある型に限られていた。ジロリ型の女は、始めから他人のつもりにしている自然の構えができていたのである。
 然し、ジロリ型の女でも、手をつくして口説けばモノになるということが分ったのは私が大学を卒業する二十四の年、そのときから、私の人生が変った。
 そのころの東京はまだ漫才というものが一般的なものでなく、寄席にかゝることも稀れで、浅草の片隅などでごく限られた定連相手に細々と興行していただけであった。私はそこの常連で、ついには楽屋へ遊びに行って漫才師と交驩(こうかん)するような、学生時代をそんなことで空費したのであるが、あるとき漫才屋さん方に時ならぬ欠勤続出して、舞台がもてなくなる騒ぎ、そのとき、楽屋へ一人の女漫才嬢が遊びに来合せていた。彼女は亭主の漫才屋さんと喧嘩別れして、目下相棒がなくて、楽屋へ油を売りに来ていたのだ。そこで私が、
「どうだい、アヤちゃん。あなたと私の即製コンビで、お手伝いをしようじゃないか」
「あんた、できる?」
「やってみなきゃア分らないやね。然し、なんとか、なるでしょう。お客さん方も幕を睨んでいるよりはマシだろう。まさか舞台へとび上ってヒッパタキにくることもなかろうさ」
 というわけで、着物を拝借して、高座へ上った。なんとか呼吸も合い、私が浪花節を唸ったり、ヒッパタかれてノビてみせたり、ハデなもので、それから十日間ほど、やった。思うに第一回目が最上の出来で、このときは気持に特別のハリがこもっていたせいか、却ってスラスラ、うまく呼吸もあい、ハデな珍演も湧出というていであったが、芸ごとゝいうものは本腰にかゝると全然ウダツがあがらぬもので、三日四日とだんだん自分のヘタさが我が目に立つばかり、自縄自縛というものだ。
 ところでその何日目かのことであるが、私が大学の三年間、親の脛(すね)をかじりながら、安値に遊ばせて貰ったさる土地の、私のナジミの妓を抱えているのが土地の名題の姐さんで、金龍という、この姐さんがジロリの女であった。
 私のナジミの妓は照葉という平凡な、いつも金龍に叱りつけられているような女だから、私が金龍姐さんのジロリを反撥し合って両々ソッポの向けっくらでも一向に気にもかけない。姐さんは我利々々の凄腕(すごうで)の冷めたくって薄情者の男だましの天才なのよと色々と内幕をあばいてきかせる。それが一々却ってその悪党ぶりに魅力をひかれるていであるが、まだそのころは、私はこれは他人だという、てんからきめこんだ構えがあるから、その魅力も、たゞきゝおく以上に身に泌(し)みた情慾をかきたてるものとはならなかった。
 私は漫才のお手伝いをしたとき、これは一度、ぜひともナジミの彼女方に披露しておく必要があると思って、招待を発した。そのとき、どういう風の吹き廻しか、若い妓たちと一緒に金龍姐さんが現れたのである。
 あのとき私が筆をふるって自ら出演の紙札を書いた即席の芸名が、漫才、ゴロー三船、つまりただ私の本名を二つに分けたにすぎないのである。
「あなたは本名を二つにわるぐらいの人なのね」
 と金龍姐さんは例のジロリと一ベツして、こう言ってソッポをむいた。なんの意味だか分りやしないが、何か気のきいたヤッツケ文句のつもりであろう。意あまって言葉足らず、姐さんはチョットそういう御仁でもあった。
 それからの一夜、私が照葉をよぶと、同じ待合でよそのお座敷をつとめていた照葉がやってきて、
「ゴロー師匠にお座敷よ」
 という。
 金龍姐さんが客人に披露して、こんどこの土地にゴロー三船という大学生幇間(ほうかん)が現れたのよ、趣向が変ってバカらしいから呼んでやりなさい、と言ったという。
 私も癪にさわったが、よろし、その儀ならば、目に物を見せてくれよう、というわけで、幇間になりすまして、即席、見事に相つとめて見せた。
 すると金龍姐さんは案外にも、宴の終りに、この人はホンモノの幇間じゃなくて、大学生であり、こんど卒業だから、あなた方、カバン持ちにやとって上げなさい。あなた方も遊びが本職の仕事のような御方ぞろいなのだから、こんなカバン持ちも趣向でしょうよ、と云ってくれて、その場で就職がきまった。私はモーロー会社々長の秘書にやとわれたのである。おかげで、官費で遊べるようになったが、その代り照葉は社長の悪友にとりあげられて、甚だ貧しいミズテン芸者をあてがわれることになったのである。
 モーロー会社はつぶれ、社長は雲隠れ、悪友どもゝ四散して、この土地に現れなくなっても、私だけは大学時代からの精勤であった。そして私は自然のうちに金龍姐さんの幕僚になっていたのである。
 私は金龍にコキ使われ、嘘をつかれ、だまされ、辱しめられ、そして手切れだの間男の尻ぬぐいだのに奔走した。
 私は然し平然として、腹をたてず、お世辞をつかい、惚れているが、思いがとげられないような切ない素振りをみせた。そうすることが、姐さんの気に入ることが、自然に分ったからである。
 それは私の本心でもあった。金龍姐さんの凄腕や薄情ぶりには私もホトホト敬服していた。男なんか屁とも思っていないのだ。そして男をだますことがたのしいのである。たのしいのだか、どうだか、そこまでは知らないけれども、生れつきがそういう天性の根性で、六代目が素敵だとかハリマ屋がどうとか、そんな芸者なみの量見は全然ない。尤も、なんでも知っているし、見てもいる。それも男をだます技術の一つであるからで、三味線や唄も達者なのだが、それがダマシの技術上必要な時でなければ用いたためしはない。万事につけてその筆法で、その意味の専門技術士であった。
 私は酒間に、わざと、何年間と思いやつれている人がいるんだけど、一晩ぐらい、なんとか、ならないものかなア、などゝ三日に一度ぐらいは特別の大声で言うのであった。
 又、金龍が待合などで風呂へはいるとき、せめて三助でいゝや、玉の肌にふれるぐらいはしてみてえなア、と言ってみたり、実際にガラリ戸をあけて、いかゞ、お流し致しましょうか、と言ったりする。すると例のジロリと一べつ、私は然しイサイかまわず、後へまわって流してあげる。できるだけテイネイに、やわらかく、心をこめて流してあげる。それは尊敬というものだ。この尊敬のまごゝろほど御婦人の心に通じ易いものはない。
 だから、そのうちには、昼さがりチャブダイにもたれて雑誌かなにか読んでいるうちに、ふと私の方へ白い脚を投げだして、
「蒸しタオルで足をふいてちょうだい」
 イサイ承知と、さてこそ私はマゴコロこめて、毛孔ひとつおろそかにせず、なめらかに、やわらかく、拭いては程よく蒸し直し、それに心根さゝげる。まさしく魂こめるのである。
 夏は冷めたいタオルで、膝小僧のあたりまで、ふく。私は然し劣情をころし、そういう時には、決して、狎れず、ただ忠僕の誠意のみをヒレキする。
 然しそれは恋愛の技法上から体得したことではなくて、処世上、おのずから編みだしたことで、なぜなら私は金龍によって、金銭上の恩恵を蒙っており、金持ちの客に渡りをつけて、それからそれへ儲けの口を与えてくれるからであった。だから私は金銭上の奴隷として女王に仕えつゝあるうちに、おのずから恋愛の技法を発見するに至ったのであった。
 私は一夜、お客をふって中ッ腹でもどってきた金龍の情けをうけて、夢の一夜を経験した。それは金龍に奉仕して四年目、私が二十八、金龍は二十七であった。
 そして、奴隷、間夫(まぶ)という関係は、私が三十七の年まで、戦争で金龍が旦那と疎開するまで、つゞき、そして金龍は旦那と結婚して田舎へ落ちついて、もとより私のことなどは、忘れてしまった。

          ★

 私がこの手記を書くのは、金龍の思い出のためではないのだ。私ももう四十を越した。私の一生は金龍によって変えられ宿命づけられたようなものであった。
 私は二十六の年に平凡な結婚をして、今では三人の子供もある。私は然し、恋愛せずには生きられない。けれども、私にとって、気質的に近い女を手易く口説いてモノにするのは恋ではなく、私の情熱はそのような安直な肉体によって充たされることが、できなくなっていた。私は例のジロリ型の反撥に敵意をいだく女を、食い下り追いつめて我がものとすることだけに情熱を托しうるのであった。それは金龍が私の一生に残してくれたミヤゲであった。
 金龍と私との十年の歳月は多事多難であったが、又、夢のようにも、すぎ去った。私は多情多恨であり、思い屈し、千々に乱れて、その十年をすごしはしたが、なにか切実ではなかったような思いがする。
 四十にして惑わず、という、孔子は不惑をどの意味で用いたのか知らないけれども、私にとっても、四十はまさしく不惑で、私は不惑の幽霊になやまされているのである。
 私の不惑という奴は、人生の物質的発見というような、ちょッと巧(うま)く言い現わしができないけれども、感傷とか甘さというものゝ喪失から来たこの現実の重量感の負担であった。
 私自身が昔から人をジロリと見る癖があったというが、そういうジロリの意識の苦しさが、つまり今では私のノベツの時間のような、現実というものにたゞ物的に即している苦しさ冷めたさで、心というものが、物でしかないようで、それが手ざわりであるような自覚についての切なさであった。
 それはまさしく不惑なのである。惑うべからざる切実な現実感覚なのである。
 私は自分の子供でも、やっぱり、ジロリとみる。そして、それが、私の心の全部であるということが、ハッキリとわかった。むろん女房に対してもジロリであり、金龍に対しては、これは昔からジロリ対ジロリによって終始している関係であった。すべてがジロリであった。そのほかには、何もない。そういうことがハッキリしてきた。この発見は、せつない発見であった。発見というものではない、それが現実の全部であるという切実な知覚であった。
 日本は負けた。サンタンたる負け景色であるが、私の方は、それどころじゃない。もっとサンタンたるもので、まるでもう、心には一枚のフトンはおろか、ムシロもなく、吹きさらしだ。
 私はインチキ新聞の社長であった。インチキといっても恐カツなどやるわけじゃない。その方面では至って平和主義者であるが、つまりたゞ、配給の紙の半分以上は闇に流すという流儀なのである。同時に私はインチキ雑誌をやっていた。このインチキはエロ方面で、雑誌の五分の四頁ぐらいは色々の名前で私が一人で書きまくる流儀であった。
 私は遊ぶ金が必要なのだ。だから必死に稼ぐ必要があるのである。要するに、私は、それだけなのだ。
 私は三人の女を追いまわしていた。いずれもジロリの女であった。
 一人は四十一の未亡人で、亡夫の院長にひきつゞいて病院を経営していた。亡夫が私の従兄で、その関係で、病気のたびにこの病院のヤッカイになり、家族はもとより、金龍も入院したことがあった。あげくに院長と関係ができて、このときは辛い思いをしたものである。このときばかりは、特別、嫉妬に苦しんだ。病気のたびに世話をかけるばかりでなく、金銭のことでもかなり迷惑をかけており、ヒケメを覚えて卑屈になっているときは、口惜しさがひどいのだろう。嫉妬といっても、立場は奴隷にすぎないのだから、ゴマメの歯ぎしりという奴だ。
 ウップンを金龍にもらすわけに行かないから、このとき私はひどいヘマをやった。院長のところへ行って、金龍は私のものだというようなことを、それとなく匂わしたのだ。
 院長は豪酒と漁色で音にきこえた人物だが、金と地位があり、遊びは自在で、妾をたくわえるというような一人の女に長つゞきしない性質であった。金龍は奥さん同様のジロリ型で、だいたいこういう型と結びつき易い男であるから、要するに男としても、私にとっては苦手の型であったのである。つまり、冷酷で、残酷であった。
 この結果は、私が金龍の出入り差しとめを食うという哀れな自爆に至ったばかり、私はもはや嫉妬どころの段ではなかった。
 私は死にますと言った。そのとき金龍はキリキリと眉をつりあげて、
「死になさい。私の目の前で、死んでみせなさい」
 私は意地にも死んで見せますと言いたかったが、言えなかった。私はゾッとした。ノドを突こうと、毒薬を飲もうと、私がのたうって息絶えるまで、眉ひとつ動かしもせず、ジッと見つめているのだ。見終ると、フンとも言わず立去って、お座敷で世間話でもしているだけだ。私は、すくんだ。
 私は魂がぬけてしまった。ふらふら立上って、二階へ登って、若い妓の着物のブラ下っているのを、一時間ほども、眺めていたのである。そのうちに、もはや一つの解決しか有り得ないと自分の心が分ったので、私は降りてきて、両手をついて、あやまった。
「心を入れ換えます。いゝえ、心を入れ換えました。今後はたゞもう、誠心誠意、犬馬の労をつくして、君の馬前に討死します。毛頭、異心をいだきません」
 君前に討死します、と言ったので、一緒にいた若い妓が腹をかゝえて笑いころげてしまった。そして、さすがの金龍もクスンと苦笑いして、私は虎口を脱することができたのである。
 金龍は意地の悪い女であった。そんな風に腹をたてると、たゞはキゲンを直してくれず、もう冬近いころだというのに風呂桶にマンマンと冷水をみたして、私にはいれ、というのであった。そして私がふるえながら蒼ざめて水にはいるのを、ジット見つめていて、面白くもなさそうに振向いて立去るのだ。
 私は要領を心得ていた。そういう時には、できるだけバカバカしくふるまって、笑わせるに限る。だから、冷水風呂にはいれ、という。ハイ、かしこまりました、どうせハダカのついでだから、今日は縁の下の大掃除を致しましょうと云って、いきなり、下帯ひとつに箒(ほうき)をかついで縁の下へもぐりこみ、右に左に隈なく掃き清めてスヽだらけ黒坊主、それより冷水風呂へはいる。重労働の結果はカラダもあたゝまって冷水への抵抗もつくというもので、縁の下の大掃除には、又、それのみにマゴコロこめて虚心の活躍、これが大切なところである。
 終戦の年の暮であったが、院長が死んだその葬式に、私は喪服の未亡人、衣子を見つめつゝ、神に誓い、又、院長の霊に誓い、必ずあなたを私の恋人の一人の席に坐らしめてみせます、と堅く心を定めた。そして、あなたの未亡人は必ず私の恋人の一人としますから、と、心に約束の言葉を述べつゝ、霊前に焼香し、黙祷したのであった。
 衣子はもはや四十一、十九の女子大学生があり、十四の中学生があったが、その冴えた容色はなお人目をひき、目も切れて薄く、鼻もツンと薄く、唇も薄く、すべてが薄く、そしてそれは金龍と同じ性質のもので、そしてやっぱり私をジロリと見るのであった。
 私は然し、こういう女の生態が分らない。金龍は浮気、浮気というよりも妖婦であったが、芸者ならざる衣子の場合はどうだろう? 私には予測がつかない。一般の型によっても、割りきれない。そのことが、又、さらに私の冒険心と闘志をふるいたたせた。
 私は先ず年来の恩義を霊前に謝する意味に於て、多額の新円をたずさえて、幾たびか足を運び、そうすることによって、女の客間の交通手形のようなものを彼女の心に印刷させることができた。
 私はそのために貧乏であった。必死に稼がなければならないのである。
 そして私は、衣子を観劇などに誘っても応じてくれる見込がついたときに、彼女の趣味を発見することに注意した。彼女が好きであるものに誘うというのは芸がない。彼女が好きな筈であるが、まだ彼女の知らないものに誘い、感謝をうけることが必要なのだ。衣子は感謝を知らない女であっても、要するに彼女の心をある点まで私の方に傾斜せしめることが必要で、そのためには、微細に注意した筋書きを組み立てゝ行くことが必要なのである。彼女は元来が私のようなガラ八の性格に反撥軽蔑する別人種であるのだから。
 ところが私は念には念をいれたあげくに、哀れビンゼンたる手法を用いてしまったのである。由来、恋のかなわぬ恋人というものは、とかく恋仇に恋の手引きをするような奇妙なめぐり合せになるものだが、そのあさましさを知りながら、私もそのハメに自分を陥し入れてしまったのである。
 衣子には恋人があった。亡夫の院長は盲腸だの癌だの内臓外科の手術に名声ある人であったが、その歿後は、亡夫の級友で、大学教授の大浦市郎という博士が週に二回出張して金看板になっている。この人が衣子の恋人であった。
 大浦博士は色好みの人であるから、衣子という一人の女に特別打ちこむようなところはなかったのだが、その財産には目をつけた。そういう人だから、私が砂糖だバタアだ醤油だ米だとチョイ/\差上げるのを狎れてきて、まるで当り前のように、今度は何をとサイソクする。私を三下奴(さんしたやっこ)のように心得ている。先方がこうでるようになればシメタもので、私の方はサギにかけよう、今に大きくモトデを取り返してやろう、そんな金モウケはミジンも考えていないのだから、相手が私をなめてくれると、友達になったシルシのように考えるだけの話なのである。
 なめられる、ということは、つまり相手が私に近づいてくれたことなのである。さしずめ、私は、もう背中を流してやることができるわけで、女の場合なら、その肌に近づいたというシルシなのだ。
 だから、私は、わざと、こうやって犬馬の労をつくすからは、私だけ、ということはないでしょう、私にも、なにかモウケさせて下さいな、と云って、大浦博士の文章をいたゞいて、新聞や雑誌にのせる。精神病だの婦人科だの法医学などゝ違って、内臓外科、こんなものゝ文章は当節は一向に読み物にはならず、大博士の文章でも、もらって有難メイワクであるが、そんなソブリはいさゝかも見せず、たゞもう嬉しがり、恩に感じて見せるのである。
 その返礼は何か、というと、つまり、アイツは気立のよい奴だ、腹に一物あるようなところもあり、そゝっかしい愚か者だが、案外心のよい奴だ、そう言ってくれる。そのうちには、案外あれで頭もよい、となり、アイツは却々(なかなか)シッカリした奴だ、手腕もある、だんだん、そういう風になる。私のモウケは要するに、それだけでよかった。こうして、衣子の周囲に、おのずから私の方へ向いてくる傾斜をつくることが大切なのである。
 ある日のこと、大浦博士の自宅へよばれたので、出向いてみると、私に一肌ぬいで貰いたいことがあるという。
 大浦氏は、富田病院の財産に目をつけたが、女房子供もある身のことで、衣子と結婚するというわけにも行かぬ。衣子が又、したゝかなところがあって、金銭上のことになると、色恋とハッキリ区切って、金庫の上にアグラをかいているような手堅いところがあった。
 大浦博士の末弟は大浦種則という私大出の婦人科の医学士で二十八、まだ大学の研究室にいる、これを衣子の長女の美代子という十九になる女子大生とめあわせることを考えた。種則を富田病院の入聟(いりむこ)にする。衣子の長男はまだ十四で、独立するまでには時間があるから、富田家の財産を折半して、病院の方は美代子にやらせる。長男は何職業を選ぶのも本人次第、気まゝに勉学させて、成人後、財産を分けて独立させる、という大浦博士の思惑なのである。
 この話は、衣子がなかなか乗ってくれない。そこで私に一肌ぬいで、うまくまとめてくれないかという相談なのだ。
「衣子夫人の信望を一身に担っている博士に説得できないことが、私なんかに出来ませんや。私なんか親類縁者というわけで出入りはしているものゝ、親身にたよられているわけじゃアなし、第一、それだけすゝんでいる話を、今まで相談もうけたことがないのだから」
「そこが君、私が信望を担っているといったところで、私が当事者だから、私には説得力の最後の鍵が欠けているのさ。あれで、君、君の世間智というものは、衣子さんに案外強く信頼されているんだぜ。女というものは妙なところに不正直で、これは自信がないせいだと思うんだがネ、ひどく親しく接触しているくせに、その人を疑ったり蔑んでいたり、疎々(うとうと)しくふるまう相手を、内々高く買っていたり、君の場合などがそうで、案外高く信頼されているのだよ」
 と大浦博士は言った。
 博士は人に接触する職業の人であるから、人間通で、人の接触つながりに就ての呼吸を心得ている。それで私の場合も、衣子と私とのツナガリにわだかまる急所のところを、こうズバリと言ってのけて、つまりは私の説得に成功した。衣子が内々私を高く評価しているか、どうか、むしろ博士はそうでないことを知っているから、アベコベのことを言った。私は博士の肚をそう読んだが、往々にして、こういう策のある言葉が実は的を射ていることがあるもので、人間通などゝ云ってもタカの知れたもの、人間の心理の動きは公式の及ばぬ世界、つまり個性とその独自な環境によるせいだ。
 博士のオダテは見えすいていたが、それが案外的を射てもいるように思うことができたから、私は内々よろこんだ。要するに、私はウマウマとオダテにのったわけで、私はつまり、こういう甘い人間である。こせっからくカングッたあげく、要するに、向うの手に乗っているわけなのだ。
 けれども私はよろこんで、じゃア、まア、ひとつ、ともかく私から話してみましょうなどゝ、つりこまれたフリをした。
 そこで私は衣子に、
「まア、なんだなア、私はどうも、大浦先生のお頼みを受けてこの縁談のことを頼まれたわけだけど、大浦先生には大恩をうけているからイヤとは云えず、然し、どうも、縁談などゝいう礼儀正しい公式の世界は私の苦手ですよ。私はレッキとした天下のヤミ屋だからね。だから、あなた、浮気のとりもちだとか、オメカケの世話だとか、そういうクチなら柄にかなっているけれども、縁談ときちゃア、とりつく島がないですよ」
 と、まず頭をかく。これがカンジンなところで、夫婦ゲンカは犬も食わぬ、と云われる通り、カラダを許し合った二人というものは鋭く対立していても、ともかく他人じゃないのだから、こっちのことは、みんな一方の口から一方へ筒抜けになるものと心得ておかねばならぬ。
 大浦博士からこう頼まれたけれども、実は私はこの縁談に反対だと云ってしまうと、一時は衣子を喜ばせるかも知れないが、これがいつどう変るか、相手の二人は他人じゃないということは、これが私の片時も忘るべからざるオトシアナというものだ。
「縁談などゝいうものはマトモすぎるからヤヽコシクて、これがあなた、当世のヤミ商談なら、公定千円の紙、ヤミに流して二千五百円、これを百レン買って二十五万円、これを一万何千部かの本にして一冊七十円、七カケで売ってザッと七十万、諸がゝりをひいて、二十万はもうかる。じゃア買いましょう、ハイお手打ちということになる。話はハッキリしていまさア。縁談という奴は、ソレ家柄だ、合い性だ、そんなモヤモヤしたものは、ヤミ屋じゃ扱えないね。これがオメカケとくるてえと、合い性も家柄もありませんや、年齢も男前もないのだから、月々いくら、これはハッキリ、つまりヤミ屋の扱いものになるんだけど」
 と益々シャッポをぬいでおく。実はこの縁談のカケヒキの方が、ヤミ屋の扱いよりも、もっと複雑な金銭勘定、例のお家騒動という含みの深い係争の根を蔵しているのである。こういう古来の家庭的な損得関係という奴は、ヤミ屋の取引には見かけないモヤモヤネチネチしたもので、たしかに私の気質に向かないことは事実である。
 ところが甚だ奇妙なことが起ってしまった。

          ★

 そのころ私の社に入社してきた婦人記者があった。陸軍大将の娘で、陸軍大尉と結婚して子供も一人ある二十六の夏川ヤス子という才媛だ。
 夫は幼年学校、陸士育ちの生粋の軍人であるから、敗戦にヤブレカブレ、グウタラ、不キゲン、毎日腹を立てゝいる。ヤス子は女子大英文科出身の美貌と才気をうたわれた名題の女で、この人の就職は金銭上のことよりも、家庭の逃避、新生活の発見、人生探求というような意味の方が勝っている。
 掘り出し物だと思ったから、即日なにがしかポケットマネーをつゝんで、入社のお祝いまでに、と差上げると、このときヤス子は例のジロリ、一べつをくれたのである。
 これは社に定まったお手当でしょうか、と私をハッキリ見つめて言うから、いゝえ、私が差上げるお祝の寸志ですと申上げると、それでしたら辞退させていたゞきたいと存じますが、たっていたゞかねばならないものでございますか、と益々ハッキリと見つめて言う。その目が、妙に深く、うるんで、その奥には、私には距てられた何かゞあり、さえぎられているような気がする。私は笑って、
「いゝえ、そんな大問題のものじゃアありませんよ。もとより、それはです。何かの底意がなければ、なにがしの金円を人に差上げるものではありませんな。然しです。あなたが下さいとも仰有(おっしゃ)らないのに人が勝手にくれるものは、あなたがそれを受取っても、あなたは何を支払う必要もない。私はつまり、あなたのような立派なお方に長く社にいて欲しいという考えで、この寸志を差上げるわけですが、これを受取ることによって、あなたに義務の生じることはありませんです。人が勝手にくれる物は、気軽に受取る方がよろしいです。映画を見たり、本を買ったり、靴の一足ぐらいは買えるでしょう。いくらかなりとあなたの人生のお役にたてば、差上げる私の方の満足というものですよ。あなたが妙にカングルと、そのために人生がキュークツになる。万事気軽に受けいれると、万事が気軽に終始する、人生はそんなものです」
 ヤス子は分りましたと受取ってくれたが、そこで私が一夕晩メシに招待して、例の紙の横流しなどザックバランに社のヤミ性をうちあけて、
「かく申さばお分りの通り、私はしがないヤミ屋の一人、たゞ金銭を追いまわしている奴隷ですが、金銭万能というわけではありませんよ。金銭によって真実幸福をもとめうるかどうか、これは問題のあるところですが、金銭をこゝろみずにハナから金銭を軽蔑したり金銭に絶望したりすることは私はとりません。まず金銭をこゝろみて、それによって真の幸福の買えないことに絶望して、精神上の幸福をもとめる、これなら順が立っていますよ。万事こうこなくちゃ、空論だけの人生観は私は信用しないタテマエなんです」
 ヤス子は人生探求というタテマエだから、悪徳に対しては一応甚だ寛大で、あるがまゝ全てを一応うけいれて、という心構えであった。編輯などのことでも、啓蒙とか主義主張も、先ず第一に面白く読ませること、それに気がつく女であり、美名とか、たゞ破綻がないという文章などにはだまされない着実なところがある。
 誘えば一しょに酒席にもつらなり、ダンスホールにもつきあってくれる。けれども、私をジロリと見る。それは警戒の意味ではなしに、性格的な対立からくるものであった。そこで私は、この夏川ヤス子も、必ずやモノにしなければならぬと天地神明に誓いをたてた。
 ある日のこと、私がおくれて出社すると、意外にも、衣子の長女美代子が夏川ヤス子と話をしているではないか。
 これが又、小娘ながら、やっぱりジロリの小娘で、何がさてジロリの母からジロリ的観察によって私の内幕を意地悪く吹きこまれているに相違ないから、一人前でもないくせに、てんから私を見くびっている。こういう未成品のジロリは小憎らしいもので、衣子家飼いならしのよく吠えるフォックステリヤ、その程度のチンピラ小動物に心得て、かねて私の敬遠していた存在であった。
「これは、これは、姫君、よくこそ、いらせられた。意外な光臨じゃないか」
 自宅にいると、こんな時には即座にジロリ、つゞいてプイと座を立つところだが、さすがに小娘のことで、やゝ俯向いて、クスリと笑っている。
 このチンピラがなぜ又ヤス子を訪れたかと云えば、これが又、意外きわまるものであった。
 美代子が附属の女学校へあがったころ、ヤス子は大学英文科評判の才媛で、全校の女王のような存在であった。美代子はチンピラ組の女王であったが、かねて大女王にあこがれたあげく、自分も成人して大学英文科にはいり、あのような御方になりたいと思いつのって、ラヴレターのようなものを差上げて、ヤス子にコンコンと諭されて嬉し涙を流すという古いツキアイの由であった。あげくに初志を貫徹して、目下大学英文科御在学であり、小娘の一念、あなどるべからずである。
 戦禍のドサクサ以来音信も絶えていたが、このたび我が身にあまる悩みの種が起って、姉君に相談したいと手をつくして、住所をつきとめ、かくてわが社へ御来臨と相成った次第の由、悩みの種とは、申すまでもなく、例の縁談のことであった。
 さて姉の君を訪れてみれば、こは又意外、かのエゲツなきヤミ屋の奴めが社長とくる。姉の君の御威光は大したもので、私に対しても、手の裏を返したように、フォックステリヤではなくなった。
 美代子は縁談の相手の男、種則という婦人科医者が嫌いだという。然し私の見るところでは、種則が嫌いではなく、嫌いになろうとしているだけだ。彼女が嫌っているのは、この縁談のフンイキなのである。
 少女のカンはたしかであるから、この縁談にからまるお家騒動的フンイキをかぎだして胸をいためているのである。
「実は私も、その話では、かねて大浦先生の依頼をうけて、美代子さんの御心労とはアベコベに、なんとかマトメてくれというお話があったんだよ。美代子さんのような可憐な小鳩を敵に廻しちゃ、私も地獄へ落ちなきゃならない。私も心を入れかえて、美代子さんの気持を第一番に尊重して、犬馬の労をつくしましょう」
 こうマゴコロをヒレキする。するとチンピラ動物はとたんに喜んで、実は私は、別に好きな人があるのだなどゝ言いだした。こんな文句をまともにきくと、とんでもないことになる。
 この病院に岩本という婦人科の医者がいた。まだ三十だが、手術は名手で、患者の評判が甚だよろしい。大酒飲みで、生一本の男であるが、それだけに、粗野で、私同様、ジロリの女に軽蔑毛ぎらいされる男であった。
 この岩本が美代子を自分の女房にと衣子にそれとなく申入れていたのだが、商売柄、女のことでは浅からぬ経験があるくせに、持って生れた性格は仕方のないもので、性格だけの手法でしか女の観察ができないためか、衣子に内々嫌われていることに気がつかない。患者の評判がよろしいから、衣子も大切にする。岩本の申込みもていよくあしらい、気をそらさぬように努めているうちに、今度の縁談であるから、岩本が持ち前の強情で、対抗的に談判を開始する。あらたに聟たるべき人物は、婦人科の医者であるから、自分の地位にも関係する問題であった。
 この岩本を美代子はかねがね最も嫌っていたのであったが、大浦種則の縁談が起る、そして私が一肌ぬぎましょう、とこうでると、実は私、岩本さんが好きなのよ、と言いだした。これ実に、私という存在に対する無意識の軽蔑の如きものであり、巧まざる嘲弄、もしも私以外の然るべき人物が一肌ぬぎましょう、と持ちかけたら、こんな軽ハズミなことは言わなかったに相違ない。
「おや/\美代子さん、それは本当ですか。そんな言葉を、私がそっくり岩本先生にお取次する、そのとき、岩本先生が、例の猪の如き早のみこみをもって、得たりとばかり、あなたをさらってお嫁にしてしまう。悲鳴をあげても、あの猪の先生にかゝっては、もう、手おくれですよ」
 と、眼にやさしい笑みをこめて睨んであげる。美代子はクスリと笑って、返事をしない。
 こうして見直すと、成熟しかけたジロリの娘、親の顔にやゝふくらみを持たせ、目は細からずパッチリしているが、やっぱり全体どことなく薄く、白々と、父親の酷薄な気性をうけ、父の性もうけ、情火と強情と冷めたさをつゝんで、すくすくと延びた肢体、見あきないものがある。
 そこで私は、この小動物も、万苦をしのび、いつの日かモノにする折がなければ、生れいでた主意がたゝぬと、堅く天地神明に誓いをたてた。
 私は然し、肉慾自体に目的をおくものではなかった。金龍の手練は美事であったし、謎のゆたかな肉体というものならば、私程度の遊び人は、誰しも一生に五人や六人その心当りはあり、然し、そのようなものによっては、我々のグウタラな魂すらも充たされぬものであることを知っている筈のものだ。
 私はすでに三十のころから、単なる肉慾の快楽には絶望していた。
 恥をお話しなければならぬが、私が金龍にコキ使われ、辱しめに堪え、死ぬ以上の恥を忍んで平伏してふし拝んだり、それというのも、肉体のミレンよりも、そうすることが愉しかったからである。
 私というものは、金龍にとっては歯牙にもかけておらぬ奴隷にすぎず、踏んだり蹴ったり、ポイとつまんでゴミのように捨てゝ、金龍は一秒間の感傷に苦しむこともないのである。男女関係に於て、その馬鹿阿呆になりきること、なれるということ、それが金龍を知ることによって、神に授けていただいた恩寵であり宿命であった。
 三人のジロリの女を射とめなければならないこと、そしてそれが特にジロリの女でなければならぬこと、これ又、私の宿命である。
 こう言いきると、いかにも私がムリに言いきろうとしているように思われるかも知れないが、ムリなところは更にない。あべこべに、私の生きる目的が、もはや、これだけのものだ、とハッキリ分ってしまったことが、切ないのである。自分の人生とか、自分の心というものに、自分の知らない奥があり、まだ何かゞある。そう感じられる人生は救いがあるというものだ。
 私のように、自分がこれだけのものだと分ってしまっては、底が知れた、あとがない、ヌキサシならぬ重量を感じる。首がまわらぬ、八方ふさがり、全体がたゞハリツメタ重さばかりで、無性にイライラするばかり。
 そのあげくには、自分の人相がメッキリ険悪になったという、鏡を見ずに、それが感じられる変な自覚に苦しむようになった。
 目薬をさしたり、毎日ていねいにヒゲをそったり、一日に何回となく顔を洗ったり、できれば厚化粧のメーキアップもしたいような気持になるのも、美男になりたい魂胆などでは更になく、たゞ人相をやわらげたいという一念からだ。
 私は然し、こうして三人のジロリの女に狙いをつけても、決して恋愛の技術などに自信のあるものではなかった。私はたゞ目的に徹し、目的のためにのみ生きることに自信をかけていた。そして、目的のためにマゴコロをさゝげる。したがって、この御三方にマゴコロをさゝげる。私の知る口説(くどき)の原理はそれだけであった。
 私など本来のガラッ八で、およそ通人などゝいうものではなく、又、もとより、人間通でもない。だから、堅く天地神明に誓いをたてて御婦人を追い廻しても、悟らざること甚しく、恋いこがれ、邪推し、千々に乱れて、あげくには深酒に浮身をやつす哀れなキリギリスにすぎなかった。
 もっとも、色道はこれ本来迷いの道であるが、私などはその迷いにすら通じてはおらず、こしかたを振りかえればサンタンたるヌカルミの道であったが、後世のお笑い草に筆をとるのも、今は私のはかない楽しみである。

          ★

 十九の娘の縁談などゝいうものは、男が好きだの嫌いだのと云っても、恋愛感情によってじゃなしに、全然浪漫的気分によって自分の人生を遊んでいるに過ぎないようなものだから、好きも嫌いも、ちょッとの風の吹き廻しで、百八十度にグラリと変ってすましたものだ。
 岩本は芸なし猿で、美代子に直談判して、大浦博士と衣子に関係があること、今度の縁談はていよく病院を乗取る魂胆だというようなことをきかせたものだ。美代子は内々そのフンイキを感じて怖れていたのだから、これを別の人の口からきかされたら話は別だが、それによって利益を得る当人が自ら言ってはブチコワシで、事の当否にかゝわらず、綺麗ずきの娘心が立腹するのは当然である。
 あなたは卑怯者、脅迫者だと云って、美代子は即座に岩本に最後の言葉をたゝきつけた。
 美代子の激昂はそれだけではおさまらず、衣子を面詰して、私のことをダシに使わず、お母様自身大浦博士と結婚したらいいでしょう、と罵った。まだそれでも、おさまらない。大浦博士を同じように面詰した。つゞいて、大浦種則を面詰した。
 そのとき、種則が、まごゝろをあらわして罪を謝し、
「然し、美代子さん、僕はあなたのお母さんと僕の兄とのことなどは毛頭知らなかったのです。まして僕には、富田病院を乗取るなどゝいう魂胆のあるべきものではありません。なるほど、この縁談は兄のはじめたことですが、今となっては、あなたは僕にとって、なくてはならぬ御方です。あなたの財産などは欲しくはありません。欲しいどころか、くれると云われても、コンリンザイ受取るものではありませんよ。僕はたゞ、あなたゞけが欲しいのです。僕が聟になるのじゃなく、あなたをお嫁に欲しいのです。兄のはじめた縁談とは別に、改めて僕自身からの求婚を考慮して下さいませんか」
 と、きりだした。そして、ともかく、二人だけで、もっと冷静に話しあって下さいませんか、と云って、帰るというのを送ってでて、喫茶店で話をしたが、美代子は、母と大浦博士との問題がある限り、これ以上の汚辱を加えることはできないと席を蹴って、その足で、私の社へかけこんだ。
 美代子はもう家へ帰りたくないからヤス子の家へ同居させてくれ、そして私の社で使ってくれ、というのだが、もとより一時のことで、いずれは心が落付く、然しそれまで、ともかく一日二日はヤス子さんに泊めていたゞくがよろしいかも知れません、と私がヤス子にささやくと、ヤス子はしばらく考えていたが、やがてハッキリと私を見つめて、キッパリと、
「私のうちはお泊め致しかねるのです」
 という。問いつめてみると、自分の良人はダラシなくなり、女中には手をつける、同居の娘や人の奥さんにも怪しいフルマイをしかける、だからお泊めできないのだ、とハッキリ言った。
「敗戦を口実にするのが、卑怯なのです」
 と語気強くつけたしたから、私もいさゝかその割り切り方に反撥を感じて、
「然し、ヤス子さん。敗戦を口実にと云いますが、敗戦の場合はいかにも口実がハッキリして良く分るからよろしいが、いったい、我々人間が、口実なしに、罪を犯しているでしょうかね。人間の弱さを、そんな割りきった角度から安直に咎めたてるのはどうでしょう」
 こう良人を弁護してやるのも、彼女自身への思いやりというものだ。女房が亭主を罵倒しても、それにオツキアイをしてはいけない。夫婦はいつも夫婦であるということを、我々他人は心得ておかねばならないのである。こう言っておいて、
「そうですか。それでは、今夜一夜は、私のうちへ、ヤス子さんも一緒にお泊りになっては。むさくるしいところですが、うちの女房だけは自慢の女房で、まことに親切な女です」
 ヤス子も考えたあげく賛成して私の家で一夜をあかしたが、私はこんな機会をねらって御婦人に言い寄るような、そんな便乗的な手法は用いない。そんなことをするぐらいなら、はじめから天地神明に誓いをたてやしないのである。
 美代子の話をシサイにきゝたゞしてみると、しかし、その家出の原因は、決して美代子の述べる表面だけのものではない。私は思った。美代子はむしろ、まごゝろを面にあらわして罪を謝し、兄の縁談とは別に、自分一個の求婚を考慮してくれ、という種則に好意を感じているのである。そしてその好意を感じたということが、自己嫌悪の絶叫となり、その怒りが、家へ、母へ、大浦一家へ呪いとなって、激情のトリコとなっているのではないか。
 ジロリの御婦人が二人まで私の住所へお泊り遊ばすなどゝは天変地異のたぐいで、二度とめぐり合う性質のものじゃない。これこそ彼女らのジロリズムを中和せしめる機会というものであるから、私自身がタスキをかけて女房よりも忙しくお勝手で活躍してあげる。その合の手に子供が喧嘩をオッパジメルとその御仲裁にも立合わねばならず、三分毎に一分ぐらいはジロリストの御機嫌奉仕も致さねばならず、この忙しさは心たのしいものである。
 御食事がすむ、姫君方はお疲れだから、それ御寝所の用意を致せというので、私があらゆる押入をひっかきまわして有るたけのフトンをつみ重ねてあげると二尺ぐらいの高さになる。御婦人方を笑わせておいて、ともかく報告に行ってきましょう、と私は病院へかけつけた。
 衣子は私の報告をきいて、
「じゃア、私と大浦先生にきまりがつかなければ、うちへは戻らぬと申したのですか」
 と、例のジロリを私の顔にはりつけるように見すくめるから、私はカンラカンラの要領でいと心おきなく笑って、
「いけません、いけません。そんな、お嬢さんを一人前の敵あつかいに対立なさってはいけません。十九という年齢の浪漫精神による童話的創作というものですよ。実際問題はそんなところに有りゃせんです。自分の問題は自分の問題、人の問題は人の問題、これはハッキリ区別があって各々独立独歩のもの、事の真相に於てこの二つが交錯するというのはウソで、これは専ら心緒の浪漫的散歩に属するヨケイ物です。奥さんと大浦先生に属することは、これはもっぱら御二人だけの問題、美代子さんに気がねがあっては、却ってウソというものです」
 衣子は大浦との秘密が私どもの目にさらされたということに腹を立てゝいるに相違ない。とりも直さず、その心では私に対して益々イコジにジロリズムに傾く一方である筈であるのに、
「ネエ、三船さん、なんだ、そんな女かとお思いなんでしょう」
 こう言いながら、本来ならば、こゝでジロリのあるべきところを、あふれた色ッぽさで、クスリと私に流し目をくれた。私は思わずヒヤリとした。まったく私は心の凍る思いで、にわかに放心したほどである。
 こんな時にどんな返事をしてよいのやら、まともな返事はバカみたいだし、はぐらかしてもバカみたいだし、私はまったくこうなると、幼稚園の生徒みたいで、
「だって、私は、惚れたハレタ、そのことしかほかに一生まともなことを知らないような奴ですもの、ようやくホットしたようなものですよ。人間万事、そうこなくっちゃア、失礼ながら、ほかのことではテンデ無策無能ですけど、その方面の御心痛については、いつなりと犬馬の労を致しますとも。これが私どもヤクザの仁義というもので、そこまでクダケテ下さらなくちゃア、人間らしくつきあっている気が致しません。左様然らばは、願い下げです」
 美代子が戻らないものだから、電話で話し合って、大浦博士がこちらへ訪ねてくれることになっている。それで衣子の流し目、あふれたつ色ッポサも一瞬の幻、あとは又、とりつく島もないジロリ婦人に戻ったが、私はそれで満足であった。
 私は然し、大浦博士なる人物は、予想以上の強敵、怪物であることを痛感した。事情をきゝ終り、衣子を慰めて、私と共に病院を辞した博士は、私を酒席に誘った。
 博士の念頭にあることは、衣子や美代子ではなく、もっぱら夏川ヤス子であった。博士の親戚の娘にヤス子の同級生がいるとか、然しそのうえに、博士はヤス子の盲腸を手術しているのであった。
「すると夏川ヤス子夫人は三船君の特別秘書というわけだね」
「御冗談仰言っては困ります。そんなことを申上げては、あの御方は柳眉を逆立てゝ退社あそばすです」
「然し、君、社長と美人社員なら、先ず、そんなところだろう。なんにしても、本来、筋のよからぬ会社のことだからな」
「まア、まア、おやき遊ばすな。あなた方、病院内の生活はいざしらず、ヤミ屋の仁義は御婦人を手ごめに致さぬところにあるものです。かの御婦人は、我々の仁義を諒とせられて、目下、下情を御視察中のけなげなる美丈夫というものですよ」
「然し、思召(おぼしめ)しはあるだろう」
「それは、あなた、木石ならぬ我が身です」
「アッハッハ」
 大笑一番、ふと私に盃をさして、
「これは面白い。ヤミ屋にくらべると、私らはヤボかも知れん。君らが物質的である以上に、私らはフィジカルだからな。私は君の会社へ遊びに行くよ。夏川夫人に御交際を仰ぎにさ。よろしく頼むぜ。敗戦このかた身辺ラクバクたるもので、とんと麗人の友情に飢えているから、千里の道を遠しとせずさ」
「先生のような強敵が現れちゃア、これは困るな。御手やわらかに」
 と、私もウマを合せておいたが、よしよし、これ又、一つの展開である。すべて現れいでる新展開は、身にいかほど不利であろうとも、不利も亦(また)利用しうるもの、この心構えのあるところ、いかなる不利の展開も歓迎せずということはない。私はむしろ、新展開を祝福した。
 然し、その翌日、早くも、彼が私の社へ姿を現したときには、私は怒りに目がくらんだ。なぜともなく、絶望にうたれた。私は彼を殺してやりたいと切に思った。
 私らヤミ屋のガサツな新装にくらべて、古いけれども上品高価な衣裳の何と心憎いことであったか。彼の来臨は光を放って社屋を圧倒するような落付いた余裕があった。
 こうなれば、死んでも負けられぬ、と私もムキに力んだものだ。

          ★

 半生、タイコモチ然と日陰の恋に浮身をやつして育ち上った私は、今日なにがしの金力を握って一ぱし正面切ってみても、恋の表座敷では、とんとイタにつかないミスボラシサを確認したにすぎないようなものだった。
 大浦博士がわが社へ現れた時は、ちょうど家出中の美代子も来合してヤス子と一しょに居たものだから、博士は美代子とヤス子を食事に誘う。ヤス子に紹介の労をとった私がその場に居合わすにも拘らず、てんで私の無きが如く、お世辞にも、私を誘いやしないから、私は煮えくりかえる怒りに憑かれたが、又、感心せずにいられなかった。
 もとより私のことだから、誘われなくとも、ハイ、では、参りましょう、と、御婦人方の荷物を持ってあげて、お忘れ物は? 私が誘ったようなグアイに、それぐらいのことはヌカリがない。
 その代りには、大浦先生いざまずアレへ、お嬢さん方、こちらへ、とんと旦那とその令嬢と、私が番頭みたいなもので、あげくにお会計は私がいそいそと払うことになるのだから、あさましかりける次第である。
 私は嫉妬というものに人一倍身を焼くくせに、人の恋路に一応の寛容を持たざるを得ず、その道の手腕に敬服せざるを得ないという因果なディレッタントでもあり、敵ながら大浦博士に内々感服しているのだから、私はまったくバカバカしい。
 彼はたしかに達人であった。恋路の育ちが、私と違う。人の育ちもあるかも知れぬ。
 彼は言い訳をしないのである。衣子と自分の秘密は、すでに我々に知れている。富田病院の資産に対する色目、それもカングラレているようである。そんなことの言い訳は一切合切やらないのである。
 そして言い訳の代りに、ヤス子を口説くのもいきなり露骨に口説きはしないが、私はあなたが好きです、あなたは美しく又才気あるまことに敬服すべき麗人だという心の程を折あるごとに匂わせる。美代子に対しても同様、あなたのような可愛らしいお嬢さんは二人とあるものじゃないという敬意と愛を言動の要所に含めることを忘れておらない。
 なまじいの言い訳は、とるには足らぬ。御婦人に対しては、まさしく彼の如くに、御当人への尊敬と愛とが、何よりすぐれた言い訳にきまっているのだ。
 そういうことを知ってはいても、私などは育ちが下根(げこん)で、ぬけぬけとそうはやりきれずに、つい女々しく、イヤミッたらしく言い訳に及んでしまうテイタラクであるから、まことに敵が憎く、また口惜しいのだが、偉い奴だと思わずにもいられぬ。
 翌日、ヤス子は大浦博士を評して、あまり図太い、まるでカラカワレテいるようで不愉快に思った、と言っていた。私は内々大喜び、よくぞお気がつかれた、というところであるが、それでは大人物らしくないものだから、イヤ、人間は、図太いということゝ、善良さとは無関係なものですよ、変に小心ヨクヨクたる奴が内々はフテクサレのミミッチイ嘘つきのホラ吹きなどゝは、よくある奴ですよ、などゝ言う。
「えゝ、紳士はあのようなものかも知れません」
 と、ヤス子はつゝましく考えこんで、
「でも、私は、あのような紳士の型に好感がもてないのです」
 と、言った。
 そんな言葉をマにうけて、胸に大事に守っているから、私はバカだ。すべて紳士というものは、そこのジロリをジロリでなくする。さればこそ、恋も浮気も四十から、そうきまったものではないか。一目見て、惚れ合った、胸がワクワク、恋の歓喜、バカバカしい。好き合ったなら、それだけのことじゃないか。狐も蝉も秋の夜の虫も森にすだく、ツガもないこと、若気の恋は人も虫も変りはない。ジロリをジロリでなくすること、それを人生の目的の如くに心得ている私でありながら、私というバカは、御婦人の快い言葉をいとも大事に胸の宝にだきしめているのだから、私はダメな人間である。
 二週間も後になると、もうヤス子は、あの方は立派な方、というようになっている。にわかに私が慌てる、もう、おそい。

          ★

 美代子はともかく家へ戻った。送りとゞけた私は、衣子に向って、
「ねえ、奥さん。あなたがこの縁談に不満なのは、入聟、そしてお聟さんが当病院の後継者、その条件が御不満なのじゃありませんか。ところが、大浦種則氏は美代子さんに向って、自分もこの条件に賛成ではない。兄博士からの縁談は御破算にして、自分一個と美代子さん、自分が美代子さんをお嫁にいたゞく、改めてそれを考慮していたゞきたいと言ったそうですよ。美代子さんはそれをブリブリ怒っているのですが、これが娘心の秘密という奴なんで、実は大浦種則氏が好きになった、好きになったということが納得できないもので、アベコベに御立腹遊ばされておるというのが実状だと私は見立てた次第です。御両人が内々好きあっており、共に入聟ということに御不満で、兄博士の申入れとは別個に、自分たちだけの結婚にしたいという御意向の様子ですから、成行きにとらわれず、内々の御希望通り、まとめてあげては如何なものでしょう」
 と申上げた。すると衣子は、そうですか、考えてみましょう、などゝは言わず、例のジロリと一ベツをくれて、
「ずいぶん、ワケ知りですことね」
 と突き刺した。
 そんなジロリはお構いなし、というのが、私が金竜から得た教訓で、このジロリはつまり承諾の意と解し、ひとり合点の要領で、シャニムニ自分勝手にオセッカイを取りはからう。そのアゲクが柳眉を逆立てられることになったら、そこは又そこで、窮余の奥の手にすがるのである。私自身がオッチョコチョイの窮地へ落ちこむことによって、おのずから虎穴に虎児をつかむのが要するに私の要領というものだ。
 私はさっそく大浦種則を訪れて、兄さんの申込みとは別に、あなた自身から衣子夫人に申入れをなさい。そして、美代子さんをお嫁に貰う、持参金などビタ一文いりません、という赤誠がありゃ、奥さんも令嬢も、内々はその気持があるんだから、こゝは決行の一手あるのみ。マゴコロと不撓不屈の情熱です、といってケシかけた。
 すると種則は患者の容態をきいているような愛想のよさはあったけれども、私の厚意に狎れるような反応はなく、たゞうなずいて、
「なるほど、うむ。我々二十の世代は失われた青春ですな。先ず、失われた情熱というものを探しもとめて行かなければならないのですよ」
 と言った。私は小僧にカラカワレているように不快であった。彼の言葉には実感などは何もなく、通り一ペンのカラ念仏でお義理の返事をまに合わせておく。つまり私というものを、軽蔑、無視しきった態度としか受取ることができないのだった。
 いわば女のジロリの相対的な敵意や反撥よりも、もっと思い上り、大人ぶり、見下している態度であった。
「ハハア。情熱というものは、探すものですか。失われた青春てえと、なんですかな、どこかへオッコトしていらせられたわけですか。青春てえものは、ふところのガマ口みたいのものなのかな」
「空白な世代ということですよ。戦争のおかげで、我々の青春は空白なのですね」
「なにが空白なものですか。恋の代りに、戦争をしていたゞけじゃないですか。昔の書生は恋も戦争もせず、下宿の万年床にひっくりかえってボンヤリ暮していたゞけさ。空白な世代などという人間の頭だけが空白なのでしょう」
「世代の距りですよ」
 と、オーヨーに莞爾と、こう仰せられて、紫煙を吹いておられる。頭の悪い男なのである。それだけ、女には巧者なのかも分らない。軽蔑したわけではないが、なんとなく、此奴ウスバカ、と反撥して軽く片づける気持をいだいてしまったのが、またしても、失敗のもと、バカでも、ウスノロでも、人間そのものが元々タンゲイすべからざる怪物なのである。この心得を忘れがちな私はまことにアサハカであった。
 私は美代子に、
「大浦種則さんて方は、ちょいとしたハンサムボーイじゃないですか。あんまり御利巧じゃないかも知れないが、御利巧などゝいうことは紳士の資格に不要なことなんだろうな。その日その日を一緒にホガラカに暮せる、それが紳士の才能でしょうから、つまり種則さんは紳士であり、ハンサムボーイというもんじゃないか。花の青春に、英文学などひもとかれるよりも、ハンサムボーイの心臓とキンミツにレンラクをとられる方が淑女の道だと思うんだがなア」
 と、内々の胸のうちをクスグッテあげる。ヤス子には才媛の高風があり、文学を学んでおかしくない自然なところもあるけれども、美代子と文学は本来ツナガリがないのである。御当人も英文学をひもとくよりは映画見物が性に合っていることを御存知で、内々は学問に見切りをつけていらせられるのだが、私がこんな風にクスグッテあげると、忽ちツンとして、例のジロリをやる。
 衣子がまた私にオカンムリのていで、
「三船さん、オセッカイはよして下さい。あなたはガサツすぎますよ。騒々しいのよ。よその家庭へガサツを持ちこんで、迷惑をお気づきになることも出来ないのね」
「これは失礼いたしました。然し、これは犬馬の労というものですよ。ガサツは生れつきだから仕方がないけど、マゴコロを買っていたゞかなくちゃア」
「マゴコロは押売りするものじゃありません」
 と、カンシャクが青白い皮膚の裏にビリビリ透いている。私という人間は、そのとき如何にも心外で、恨みと悲しみに混乱しながら、又一方に、そんなところに色気に打たれてムセルという、奴隷根性が身にしみついているのであった。
 そして、私に締め出しをくわせて、縁談はすゝめられていた。ところが、大浦種則というウスノロ先生が、却々もって、タダのネズミではなかったのである。
 種則は美代子に向って、入聟になって病院をつぐ、財産を半分貰うなどとは自分の意志ではなく、自分は美代子さんの外にビタ一文欲しいわけじゃないから、兄の話とは別に、自分一個の申込みについて改めて考慮してくれ、とシオラシイことを言った。
 そして実際、衣子に直談判をはじめて、赤誠をヒレキするところがあり、押の一手、まったく押の強い男で、衣子よりも、美代子の心をほぐしてしまった。
 日曜ごとに美代子を誘う。夜になると、たいがい病院へ遊びにくる。とうとう毎晩現れ、我が家同然、こうなると、美代子もにわかに昔にかえって私にジロリ、つれなくなる。ここが私の至らざるところで、こうなると、私もムキになり、それではとヤス子をつれて病院へ行く。崇拝する姉君の社長の貫禄という奴をお見忘れがないように、というアサハカな示威戦術であるが、私という奴はいったん、弱気になるとダラシがなくて、今はもう、病院を訪れるには、ヤス子の同伴がなくては恥辱を受けるような不安があって、毎々ヤス子を拝み倒すのであった。
「私は、あなた、それは元来が小人物ですから、腹も立ちますよ。察しても下さい。美代子さんが内々は実は大浦種則氏を好いていると見抜いて、それとなく御両人を結び合してあげようと犬馬の労をつくしたのが、私ではありませんか。それをあなた、できてしまうと、オセッカイな邪魔ものみたいに、私を辱しめ、なぶりものにする。
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