レ・ミゼラブル
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著者名:ユゴーヴィクトル 

人々はそこで公然と、それは挑戦すべきものかあるいは手をこまぬいて見ているべきものかを論じ合った。奥の室(へや)があって、そこで労働者らに誓わした、「警報を聞くや直ちに街頭にいで、敵勢の多少にかかわらず戦うべし」と。一度誓いがなさるるや、酒場の片すみにすわってるひとりの男が「響き渡る声をして」言った、「いいか、貴様は誓ったのだぞ!」時としては二階に上がってしめ切った室にはいり、そこでほとんど秘密結社的な光景が演ぜられた。新加入者には、家父に仕うるがごとく仕えんという宣誓をなさした。そういうのが定まった形式であった。
 表の広間では、人々は「破壊的の」小冊子を読んでいた。彼らは政府を打擲(ちょうちゃく)していたと当時の一秘密報告は言っている。
 そこでは次のような言葉が聞かれた。「俺は首領どもの名前も知らねえ。俺たちの方にはわずか二時間前にその日がわかるだけだ。」ひとりの労働者は言った、「俺たちは三百人だ。一人前十スーずつとしても、弾と火薬の代が百五十フラン集まるわけだ。」他の労働者は言った、「六カ月とはかからねえ、二カ月ともかからねえや。半月とたたねえうちに政府と肩を並べられるさ。二万五千人ありゃあ負けやしねえ。」またもひとりの労働者は言った、「俺は寝もしねえや、夜分に弾薬をこしらえてるんだ。」時には「りっぱな服装をした中流民らしい」者らがやってきて、「一座をまごつかせ」ながら、「命令でもするような」様子をして、頭立った者らに握手をして、また出て行った。彼らは決して十分間以上と留まってることはなかった。人々は意味深い言葉を低い声でかわした、「謀は熟し、事は完備している。」そこに居合わしたひとりの者の言葉をそのまま借りて言えば、「そこにいるすべての者ががやがやつぶやいていた。」興奮は非常なもので、ある日などは、酒場のまんなかでひとりの労働者が叫んだ、「俺たちには武器がねえ。」仲間のひとりはそれに答えた、「兵士らは持ってる。」かくて知らず知らずにイタリー軍に対するナポレオンの宣言をまねていた(訳者注 ナポレオンの宣言の一句―兵士らよ汝らは何物も有せずしかも敵はすべてを有せり)。一報告はつけ加えて言っている、「何かいっそう秘密なことの場合には、彼らはその場所でそれを伝え合いはしなかった。」しかし、前のようなことを公然と言った後で何を隠すべきものがあったかほとんど了解に苦しむところである。
 集合は時として時日が定まっていた。ある時には決して八人から十人までを越すことがなく、集まる者も常に同じ人であった。またある時には、だれでもはいることができ、部屋(へや)はいっぱいになって立っていなければならなかった。ある者は心酔と熱情とをもってやってき、ある者は仕事に出かける通り道だからやってきた。革命の時と同じく、それらの居酒屋のうちには愛国主義の女らがいて、新しくやって来る者らを抱擁した。
 その他種々の意味深い事柄も現われていた。
 ひとりの男が酒場にはいってきて、酒を飲み、そして出てゆく時に言った、「おい御亭主、代は革命が払ってくれるよ。」
 シャロンヌ街と向き合ったある酒場では、革命の役員らが選ばれた。投票は帽子の中に投ぜられた。
 数名の労働者らは、コット街で太刀打ちを教えてる撃剣の先生のうちに集まっていた。木刀や杖や棒や竹刀などでできてる武器の装飾がしてあった。ある日彼らはその竹刀の鋒球を皆取り払った。ひとりの労働者は言った、「俺たちは二十五人だ。だがだれも俺を木偶(でく)だと思いやがって目にも止めてくれねえ。」その木偶は後にケニセーとなって名を現わした。
 あらかじめ計画されてる事柄が、しだいに一種不思議な明らかな姿を取ってきた。戸口を掃除(そうじ)してたひとりの女が他の女に言った、「もうだいぶ前から一生懸命に弾薬が作られてるよ。」また各県の国民軍に対する宣言が公然と大道で読まれていた。それらの宣言の一つには、酒商ブュルトーと署名してあった。
 ある日、ルノアール市場(いちば)の一軒の酒屋の門口で、濃い頤髯(あごひげ)のあるイタリー音調のひとりの男が、車除石の上に上って、神通力を発散してるかと思われるような不思議な文を声高に読み立てていた。まわりには大勢の人が集まって喝采(かっさい)していた。群集を最も動かした部分は、そこだけぬき取って筆記された。――「吾人の主義は妨害せられ、吾人の宣言は引き裂かれ、ビラをはる吾人の仲間らは、待ち伏せられて獄に投ぜられたのである。」――「最近の綿糸の下落は、多くの中立者らを吾人の説に帰依せしめた。」――「民衆の未来は吾人のひそかな仲間のうちに成生しつつある。」――「提出せられたる条件はこうである、行動かもしくは反動か、革命かもしくは反革命か。なぜかなれば、現代においてはもはや無為も不動も信ずることはできないからである。民衆に味方するかもしくは民衆に反対するか、それが問題である。他に問題は一つもない。」――「吾人が諸君の意に満たざる日には、吾人を踏みつぶすがよい。しかしそれまでは吾人の行進を助けるがよい。」しかもすべてそれらのことは白昼公然と叫ばれたのである。
 なおいっそう大胆な他の事実を、それが大胆なものであるだけに、民衆はよく推察していた。一八三二年四月四日、サント・マルグリット街の角にある車除石の上に、ひとりの通行人は上って叫んだ、「僕はバブーフ派である。」しかし民衆は、バブーフの下にいっそうの過激派ジスケをかぎ出した。
 その通行人は種々のことを言ったが、中にも次のような言葉があった。
「所有権をうち倒せ! 左党の反対は卑劣にして不信実である。口実を得ようと欲する時に左党は革命を説く。攻撃せられないためには民主派となり、戦わないためには王党派となる。共和党らは鳥の羽を持った獣である。共和党らを信ずるな、労働者諸君よ。」
「黙れ、間諜(スパイ)めが!」とひとりの労働者は叫んだ。
 その一声で演説は終わりとなった。
 また種々の不思議な事が起こっていた。
 日の暮れ方、ひとりの労働者は掘割りの近くで、「りっぱな服装をしたひとりの男」に出会った。男は言った、「君、どこへ行くんだ?」労働者は答えた、「旦那(だんな)、わしはあなたをしりませんが。」「僕の方では君をよく知ってる」、と言って男はまたつけ加えた、「気づかわなくてもいい。僕は委員会の役員だ。君はどうも不安心だと皆から言われている。何かもらしはしないかと、いいか君は目をつけられてるんだぞ。」それから彼はその労働者に握手を与えて、立ち去りながら言った、「またすぐに会おう。」
 警察の方では立ち聞きをしながら、もはや居酒屋の中ばかりではなく、往来ででも奇怪な対話を聞き取った。
「早く入れてもらえよ。」とひとりの織り物工が指物師(さしものし)に言った。
「なぜだい。」
「もうすぐに鉄砲を打たなきゃならねえからさ。」
 ぼろをまとったふたりの通行人が、明らかにジャックリー(訳者注 百姓一揆)めいた粗雑な注意すべき言葉をかわした。
「俺たちを治めてるなあだれだと思う?」
「フィリップさんさ。」
「いや、中流民たちだ。」
 われわれがここにジャックリーという言葉を悪い意味に取ってると思ってはまちがいである。ジャックリーの者らはすなわち貧しい者らである。しかるに飢えてる者らは権利を持っている。
 またある時は、ふたりの通行人のひとりがもひとりのに言っていた、「攻撃のうまい計画ができてるんだ。」
 トローヌ市門の広場の溝(みぞ)の中にうずくまってた四人の男の親しい会話から、次の言葉だけが聞き取られた。
「これからあれがパリーの中をうろつき回らねえようにするため、できるだけのことがされるんだ。」
 あれとはいったいだれであるか? 不分明なるだけになお更気味の悪い言葉である。
 郭外においていわゆる「重立った首領」と言われていた人々は、普通の者と別になっていた。会議をする時には、サン・テュスターシュ崎の近くにある居酒屋に集まるのだと、一般に思われていた。モンデトゥール街にある裁縫工救済会の幹部たるオー……とかいう男が、その首領らとサン・タントアーヌ郭外との間の仲介者の中心になってると言われていた。それにもかかわらず、首領らの上にはいつも深い影がたれていて、何ら確かな事実はわからなかった。その後高等法院で一被告がなした妙に傲然(ごうぜん)たる次の答弁をへこますような証拠さえ、一つも上がらなかった。
「お前の首領はだれだったか。」
「首領の名前はいっこう知りませんでした、顔も覚えてやしませんでした。」
 それらのことはまだ、およそ推察はつくがしかし漠然(ばくぜん)たる言葉にすぎなかった。時とすると、風貌や噂(うわさ)や又聞きにすぎなかった。ところが他の兆候が現われてきた。
 ひとりの大工が、ルーイイー街で、普請中の屋敷のまわりに板囲いをこしらえていた時、屋敷の中に引き裂かれた手紙の一片を見いだした。それには次の数行がまだ明らかに読まれた。

「……各種の団結を作らんとして区隊の者を引き抜くことを禁ずるために、委員会は何らかの手段を講じなければならない……」。

 そしてその追白にはこう書いてあった。

「われわれの知るところによれば、フォーブール・ポアソンニエール街五番地(乙)の武器商の中庭に、五、六千梃(ちょう)の小銃がある。わが区隊は目下武器をまったく有していない。」

 またその大工が非常に不思議がって近所の者らに見せた物が一つあった。それは手紙の落ちてた所から数歩先で彼が拾ったも一つの紙片だった。同じく引き裂かれてはいたが手紙よりもいっそう意味ありげなものだった。われわれはここに、それらの不思議な記録を歴史的興味の上から書き写してみよう。
[#紙片の図、図省略]

 (訳文)
 この表を暗記せよ。しかる後に裂き捨てよ。新加入者らも、命令を伝えられし後、同様になすべし。
   祝福と友愛
        L

 その時この拾い物のことを知った人々も、ずっと後になってしか、四つの大文字の意味を解することはできなかった。それは次の意味の頭字だった、「五百人長、百人長、十人長、捜索兵。」また右下の小文字は次の日付だった、一八三二年四月十五日。それからまた四つの大文字の下には各、きわめて特殊な指示がついてる名前が書き添えてあった。たとえば次のようだった。「Q、バヌレル、小銃八、弾薬八十三、確実なる男。――C、ブービエール、ピストル一、弾薬四十。――D、ロレ、竹刀一、ピストル一、火薬一斤。――E、テーシエ、剣一、弾薬盒(だんやくごう)一、正確なる男。――テルール、小銃八、勇敢なる男。」その他種々。
 またその大工は、やはり同じ屋敷のうちで第三の紙片を拾った。それには鉛筆でではあるがごくはっきりと次の謎(なぞ)のような表が書いてあった。

単位。ブランシャール。アルブル・セック。六。
バラ。ソアーズ。サル・オー・コント。
コシュースコ。屠獣者(とじゅうしゃ)オーブリー?
J・J・R
カイユス・グラッキュス。
再審権。デュフォン・フール。
ジロンド派の没落。デルバク。モーブュエ。
ワシントン。パンソン。ピストル一、弾薬八十六。
マルセイエーズ。
人民の君主。ミシェル。カンカンポア。サブル。
オーシュ。
マルソー。プラトン。アルブル・セック。
ヴァルソヴィー。ポプュレール新聞売り子ティイー。

 右の表を保存していた正直な一市民は、その意味をついに了解することができた。表はおそらく、ドロア・ド・ロンム結社(人権結社)の第四部各区隊の完全な表で、各区隊長の名前と住所とがついてるものであろう。今日では、隠密なそれらの事実ももう歴史となっているから、公表してもさしつかえないだろう。それからなおつけ加えて言うが、ドロア・ド・ロンム結社のできたのは、右の紙片が拾われた時よりも後のことであるらしい。おそらく右のものはその草案にすぎなかったろう。
 そのうちに、噂(うわさ)や言葉に次いで、また文書の証拠に次いで、こんどは具体的な事実が現われ始めた。
 ポパンクール街のある古物商の店で、戸棚の引き出しから、皆同じように縦に四つに折られた七枚の灰色の紙が出てきた。その下には、やはり同じ灰色の紙で弾薬莢(だんやくきょう)の形に折られた二十六の箱と、一枚の紙札とが隠されていた。紙札の上には次のことが書いてあった。

硝石(しょうせき)……十二オンス
硫黄(いおう)……二オンス
木炭……二オンス半
水……二オンス

 物件差し押さえの調書によれば、その引き出しには強い火薬のにおいがしていた由である。
 ひとりの泥工が、一日の仕事を終えて家に帰る時、オーステルリッツ橋のそばのベンチの上に小さな包みを置き忘れていった。その包みは衛舎に持ってゆかれた。開いてみると中には、ラオーティエールと署名した二つの対話の印刷物と、労働者よ団結せよという題の小唄(こうた)と、弾薬のいっぱいつまってるブリキ罐(かん)とがあった。
 ひとりの労働者が仲間のひとりと酒を飲んでいたが、こんなにほてると言って身体にさわらした。すると仲間は、彼の上衣の下にピストルがあるのを手先に感じた。
 ペール・ラシューズ墓地とトローヌ市門との間の大通りの溝(みぞ)の中に、ごく寂しい所で遊んでいた子供らが、木片や塵芥(じんかい)のうずたかい下に一つの袋を見いだした。中には種々なものがはいっていた、弾丸の鋳型、弾薬莢(だんやくきょう)を作るに用いる木製の軸、狩猟用の火薬の粒がはいってる鉢(はち)、内部には明らかに鉛をとかした跡が残ってる小さな坩堝(るつぼ)。
 ある日朝の五時に、警官らは不意にパルドンという男の家へ踏み込んだことがある。この男は後に、一八三四年四月の暴動の折り、バリカード・メリー区隊のうちにはいって戦死した者である。その朝警官らがふみ込むと、ちょうど彼は寝床のそばにつっ立って、製造中の弾薬莢を手に持ってるところだった。
 労働者らが休息する時分に、ピクピュス市門とシャラントン市門との間の、入り口にシアム遊びができてるある居酒屋の近くの、両側に壁のある狭い路地で、ふたりの労働者が落ち合うのが見られた。ひとりは上衣の下からピストルを取り出して相手に渡した。それを渡す時彼は、胸の湯気が伝わって火薬が少し湿気を帯びてることに気づいた。彼はピストルに雷管をつけ、火口の中につまってた火薬をなお少し多くした。それからふたりの男は別れた。
 後に四月の暴動中ボーブール街で殺された男であるが、ガレーという労働者は、家に弾薬を七百と小銃の弾石を二十四持ってると言って自慢していた。
 政府はある日、その郭外において武器と二十万の弾薬とが配布されたという情報を受けた。その次の週にはまた三万の弾薬が配布された。驚くべきことには、警察はその一つをも差し押さえることができなかった。横取りした手紙にはこうあった。――「四時間以内に八万の愛国者が武装し得るの日も遠くないであろう。」
 すべてかかる発酵は公然のことで、またほとんど静穏とさえも言えるほどだった。さし迫ってる暴動は、政府の面前で静かにその嵐を準備しつつあった。まだ地下のものではあったが既に見えそめてるその危機は、まったく独特な姿をそなえていた。中流民らは平然として、準備されてる事柄を労働者らに尋ねていた。あたかも「君のお上さんはどうだね」とでもいうような調子で、「暴動はどうだね?」と口に上(のぼ)していた。
 モロー街の一道具屋は尋ねた、「ところで、いつ攻撃するのかね?」
 またある商人は言った。
「間もなく攻撃が始まるんだね。わしは知ってるよ。一カ月前にはお前さんたちは一万五千人だったが、今ではもう二万五千人になってるじゃないか。」――そして彼は自分の銃を提供した。するとその隣の者は、七フランなら売ろうとしていた小さなピストルを一つ提供した。
 その上、革命の熱がひろがっていた。パリーの一地点として、またフランスの一地点として、その熱を免れてる所はなかった。動脈は至る所に高く鼓動していた。ある種の□衝(きんしょう)から起こって人体のうちにできてくるあの皮膜のように、各種の秘密結社の網の目は全土にひろがり始めていた。公然でまた同時に秘密のものであった民衆の友の結社から、ドロア・ド・ロンム結社が生まれた。この結社の日程録の一つにはこういう日付があった、共和暦四十年雨月。そしてそれは高等法院の解散命令布告の後までも存続したらしい。またこの結社では躊躇(ちゅうちょ)するところなく、次のような意味深い名称をその各区隊につけていた。

デ・ピク(槍)
トクサン(半鐘)
カノン・ダラルム(警砲)
ボンネ・フリジヤン(赤帽)
一月二十一日(一七九三年国王ルイ十六世死刑執行の日)
デ・グー(乞食)
デ・トリュアン(無籍者)
マルシュ・アン・ナヴァン(前進)
ロベスピエール
ニヴォー(水準)
サ・イラ(革命歌の一種)

 ドロア・ド・ロンム結社はアクシオン結社(行動結社)を産んだ。それは分離して前方へ駆け出した血気の者らであった。またその他にも、母体たる大結社から離れて団結しようとしてる者らがあった。
 区隊の者らは方々から引っ張られることに苦情を言っていた。かくしてできたものには、ゴール結社、市制編成委員会、または、出版の自由のための団結、個人の自由のための団結、民衆の教育のための団結、間接税反対の団結。次に平等労働者らの結社、そしてこれは三つの部分に分かれた、平等派、共産派、革命派。次にバスティーユ軍、これは軍隊式に組織された一種の隊であって、その上等兵は四人を率い、軍曹は十人を、少尉は二十人を、中尉は四十人を率いていたが、しかしその中で互いに五人以上の知り合いを持ってるような者はいなかった。まったく用心と大胆とをあわせ用いた組織で、ヴェニス人の才能を思わせるものだった。最上に位する中央の委員会は二つの強腕をそなえていた、すなわちアクシオン結社とバスティーユ軍とを。正統派の一団結たる忠誠騎士団は、それら共和派の結合の間に立って動揺し、彼らから摘発され絶縁されていた。
 パリーの各結社は、国内の重な都市に枝を伸ばしていった。リオン、ナント、リール、マルセイユ、などにもそれぞれ、ドロア・ド・ロンム結社や、カルボナリ派や、自由人派などがいた。エークスにも一つの革命的結社があって、普通にクーグールドと呼ばれていた。われわれはこの言葉を前に一度言っておいたことがある。
 パリーにおいては、サン・マルソー郭外もほとんどサン・タントアーヌ郭外に劣らず沸き立っていた、そして各学校もまたそれらの郭外に劣らず動揺していた。サン・ティアサント街の一珈琲(コーヒー)店とマテュラン・サン・ジャック街のセー・ビヤール喫煙所とは、学生らの集合所となっていた。アンジェーの相互派とエークスのクーグールドとに連絡のあるABCの友の結社は、前に述べたとおりミューザン珈琲店に集合していた。またそれらの青年は、これも前に言っておいたとおり、モンデトゥール街に近いコラントと呼ばるる料理屋兼居酒屋にも集まっていた。それらの集合は秘密にされていた。しかしその他にはできるだけ公然となされてる集合もあって、その大胆さを知らんとするならば、後日開かれた一裁判中になされた尋問の一部を見てもわかるであろう。その会合はどこでなされたか。――ペー街です。――だれの家でか。――往来でです。――そこには何個区隊いたか。――一個区隊です。――何という区隊か。――マニュエル区隊です。――首領はだれだったか。――私です。――まだ若いところを見るとお前は、政府を攻撃しようなどという大胆な決心をただひとりでやったのではあるまい。どこから命令を受けたか。――中央委員会からです。
 軍隊もまた人民と同時に掘り返された。その後、ベルフォールやリュネヴィルやエピナルなどの動乱がそれを証拠立てた。当てにされていたのは、第五十二、第五、第八、第三十七の連隊と、第二十軽騎兵連隊とだった。ブールゴーニュや南部諸州の各都市では、自由の木が立てられた、すなわち、赤色の帽子をかぶせた長い棒が。
 情況は右のとおりであった。
 かかる情況を、すべて民衆の他の集合地よりもすぐれてサン・タントアーヌ郭外が、本章の初めに述べたとおり、いっそう顕著ならしめ、いっそう強調さしていた。そこが急所だったのである。
 蟻(あり)の巣のように人がたかっており、蜜蜂(みつばち)の巣のように勤勉で勇敢でたけり立っているその古い郭外は、動乱の期待と希望とのうちに震えていた。労働は以前のとおり続けられながらもすべてが動揺していた。そのはつらつとしたしかも陰鬱(いんうつ)なる相貌(そうぼう)を伝えることはとうていできない。そこには、屋根裏に隠されてる痛ましい困窮があるとともに、また熱烈なるまれなる知力がある。両極端相接するの危険は、ことに困窮と知力との両極端をもってする時に大である。
 サン・タントアーヌ郭外は、人を慄然(りつぜん)たらしむるなおほかの理由を持っていた。すなわちその郭外は、商業上の危機、破産、同盟罷工、休業など、すべて政治上の大動揺に伴って起こる諸現象の反動を受けている。革命の時には、貧困は同時に原因であり結果である。革命が与える打撃はまた自身の上にも返ってくる。ほこらかな徳操に満ち、潜熱の最高度まで上りつめ、常に武器を執らんと待ち構え、直ちに爆発せんとし、いら立ち、掘り返されてる、深刻なるその民衆は、もはやただ一つの火粉が落ちて来るのを待ってるばかりのようであった。事変の風雲に追わるる火花が地平にひらめくたびごとに、人はサン・タントアーヌ郭外を思わざるを得なかった。そして苦難と思想とのその火薬庫をパリーの市門の所に置いた恐るべき偶然を、思わざるを得なかった。
 読者が既に見てきたスケッチのうちに一度ならず描かれてるこのアントアーヌ郭外の居酒屋は、歴史的の著名さを持っている。騒乱の折には、人はそこでは酒よりもむしろ多く言葉に酔う。一種の予言的精神が、未来の空気が、そこに通っていて、人の心をふくらし人の魂を大きくする。サン・タントアーヌ郭外の居酒屋は、ローマのアヴェンチナ丘の酒屋にも似ている。それらの酒屋は、魔法使いの女の洞窟(どうくつ)の上に建てられ、深い聖(きよ)い息吹(いぶき)と感応し、そのテーブルはほとんど神前の三脚台とも称すべく、エンニウスが魔女の酒と呼んだところのものを人々はそこで飲んでいたのである。
 サン・タントアーヌ郭外は民衆の貯水池である。革命の動揺はそれに割れ目をこしらえ、そこから民衆の大権が流れ出す。この大権は害悪をなすこともある。他のものと同じく誤ることもある。しかしたとい誤ろうとも常に偉大である。この大権は盲目の巨人インゼンスのごときものであるとも言える。
 九三年(一七―)には、波及せる観念が悪きものであったかもしくは善(よ)きものであったかに従って、狂信の日であったかもしくは熱誠の日であったかに従って、サン・タントアーヌ郭外からは、あるいは野蛮なる集団が現われあるいは勇壮なる徒党が現われた。
 野蛮、この語について少しく弁明したい。革命の渾沌(こんとん)たる開闢(かいびゃく)の時において、ぼろをまとい、怒号し、荒れ回り、玄翁(げんのう)をふり上げ、鶴嘴(つるはし)をふりかざし、狼狽(ろうばい)せる旧パリーに飛びかかって毛髪を逆立てたそれらの者は、およそ何を欲していたのであるか? 圧制の終滅、暴政の終滅、専横の終滅、男子には仕事、子供には教育、婦人には社会の温情、自由、平等、友愛、万人のためにパン、万人のために思想、世界の楽園化、進歩、それを彼らは欲していたのである。そしてその聖なる善なるなつかしいもの、進歩を、彼らは我を忘れて極端まで駆られ、恐ろしき姿をし、半ば裸体で、手に棍棒(こんぼう)をつかみ、口からは咆吼(ほうこう)の声をほとばしらして、要求していたのである。それはまさしく野蛮人だった、しかし文明の野蛮人だったのである。
 彼らは憤激して正義を宣言した。彼らは、たとい戦慄(せんりつ)と恐怖とをもってしてであろうとも、人類をしいて楽園のうちに押し入れることを欲した。彼らは蛮夷(ばんい)であるかのようだったが、実は救済人であった。彼らは暗夜の仮面をつけて光明を要求していた。
 もちろん荒々しく、かつ恐ろしきそれらの男、しかも善のために荒々しくまた恐ろしきそれらの男、それに対立して他の男らがいる。彼らはほほえんでおり、刺繍(ししゅう)の衣をまとい、金銀を光らし、リボンで飾り立て、宝石を鏤(ちりば)め、絹の靴足袋(くつたび)をはき、白い鳥の羽をつけ、黄色い手袋をはめ、漆塗りの靴をうがち、大理石の暖炉のすみでビロードのテーブルに肱(ひじ)をつき、過去の、中世の、いわゆる神聖なる権利の、盲信の、無知の、奴隷制(どれいせい)の、死刑の、戦争の、維持と保存とを静かに主張し、サーベルと火刑場と絞首台とを、低声にまた丁寧に誉めたたえている。しかし吾人をして言わすれば、それらの文明の野蛮人と野蛮の文明人とのいずれかを強いて選ばせらるるならば、吾人は野蛮人の方を取るであろう。
 しかしながら、天はほむべきかな、も一つの選択が可能である。前に進むにも後に退くにも、何ら急転直下の要はない。専制政の要もなく、恐怖政の要もない。吾人は穏やかなる斜面における進歩を欲するのである。
 神はその準備をする。傾斜の緩和、そこにこそ神の全政策がある。

     六 アンジョーラとその幕僚

 ほとんどその頃のことであった。アンジョーラは事変が起こるかも知れないのを見て取って、一種の秘密調査を行なった。
 全員がミューザン珈琲(コーヒー)店の評議に出席していた。
 アンジョーラは半ば謎(なぞ)のようなしかも意味深い比喩(ひゆ)を多少交じえながら、次のようなことを言った。
「自分たちはいかなる所にあるか、またいかなる人を信頼し得るか、今やそれを知っておくべきである。戦士を得んと欲せば、まず戦士を作らなければならない。打つだけの力を持つことは、別に害にはならない。道を行く者にとっては、途上に牛がいない時よりもいる時の方が、角(つの)の打撃を被る機会が常に多い。それで少し牛の数を数えてみようではないか。わが党は幾人であるのか? この仕事は明日へ延ばすべきものではない。革命者は常に道を急がなければならない、進歩はむだに費やすべき時間を持たない。意外のことにも驚かないようにしようではないか。不意を襲われないようにしようではないか。われわれが結んだ網目をすべて調べ、丈夫であるかどうかを見るべきである。それを今日よく調査しておかなければならない。クールフェーラック、君は工芸大学生を調べてくれたまえ。ちょうど彼らの外出日だ、今日は水曜だからね。フイイー、君はグラシエールの者らを調べてくれないか。コンブフェールはピクピュスへ行くと約束したね。あそこにはすてきにたくさん集まっている。バオレルはエストラバードを見回ってくれたまえ。プルーヴェール、石工らは熱がさめかかってるようだから、グルネル・サン・トノレ街の仲間の様子を見てくれたまえ。ジョリーはデュプュイトランの病院へ行って、医学校の者らの脈を診(み)てきてくれたまえ。ボシュエは裁判所を一回りして、見習い弁護士らに言葉をかけてきてくれたまえ。僕はクーグールドの方を引き受けよう。」
「それですっかり済んだ。」とクールフェーラックは言った。
「いや。」
「ではまだ残ってることがあるのか。」
「ごく大事なことが一つ。」
「それは何だ。」とコンブフェールが尋ねた。
「メーヌ市門だ。」とアンジョーラは答えた。
 アンジョーラはちょっと考えに沈んでるようだったが、それから言った。
「メーヌ市門には、大理石工や画家や彫刻家の助手などがいる。みな熱烈な連中だがすぐにさめやすい。僕は彼らの最近の様子がどうも腑(ふ)に落ちない。何か考えを別の方に向けてるらしい。熱が消えかかってるらしい。いつもドミノ遊びばかりをやって時間をつぶしてる。確乎(かっこ)たる言葉を少し聞かしてやりに行くのが急務だ。彼らが集まるのはリシュフーの家だ。十二時から一時までの間は皆そこにいる。その灰を吹き熾(おこ)してやらなければいけない。僕はそれをあのマリユスの夢想家にやらせるつもりだった。彼は結局役に立つ男だ。しかしもうやってこない。だれかメーヌ市門へ行くべき者がいるんだが、もうひとりも残っていない。」
「僕がいる、僕が残ってる。」とグランテールが言った。
「君が?」
「僕がだ。」
「君が共和派の者らを教育するって! 君が主義の名において冷えた魂をまた熱せさせるつもりか!」
「どうしていけないんだ。」
「君がいったい何かの役に立つことができるのか。」
「なに僕にも少しは野心があるさ。」とグランテールは言った。
「君は何の信念も持たないじゃないか。」
「君を信仰してるよ。」
「グランテール、君は僕の用をしてくれるか。」
「何でもやる。靴をみがいてもいい。」
「よろしい、それじゃ僕らの仕事に口を出さないでくれ。少し眠ってアブサントの酔いでもさますがいい。」
「君は失敬だ、アンジョーラ。」
「君がメーヌ市門へ行けるかね。君にそれができるかね。」
「できるとも、グレー街をたどって行って、サン・ミシェル広場を通り、ムシュー・ル・プランス街へ斜めにはいり、ヴォージラール街を進み、カルムを通りすぎ、アサス街に曲がり込み、シェルシュ・ミディ街まで行き、参謀本部をあとにし、ヴィエイユ・チュイルリー街をたどり、大通りを横切り、メーヌの大道についてゆき、市門を越え、そしてリシュフーの家へはいるんだ。僕にもそれぐらいのことはできる。僕の靴(くつ)はそれをりっぱにやってのけるよ。」
「君はリシュフーの家に来る連中を少しは知ってるか。」
「大してよくは知らない。ただ君僕と言いかわしてるだけだ。」
「どんなことをいったい彼らに言うつもりだ。」
「なあに、ロベスピエールのことを言ってやる。ダントンのことを。それから主義のことを。」
「君が!」
「そうだ。だがどうしてそう僕を不当に取り扱うんだ。僕だってその場合になったらすてきなもんだぜ。僕はプリュドンムも読んだ、民約論(ルーソーの)も知ってる、共和二年の憲法も諳(そら)んじてる。『人民の自由は他の人民の自由が始まる所に終わる』だ。君は僕を愚図だとするのか。僕は革命時代の古い紙幣も一枚引き出しにしまってる。人間の権利、民衆の大権、そうだ。僕は多少エベール派でさえある。僕はすばらしいことをたっぷり六時間も立て続けにしゃべることができるんだ。」
「冗談じゃないぞ。」とアンジョーラは言った。
「僕は素地(きじ)のままだ。」とグランテールは答えた。
 アンジョーラはしばらく考えていたが、やがて心をきめたらしい身振りをした。
「グランテール、」と彼はおごそかに言った、「僕は君を試してみよう。メーヌ市門へ行ってくれ。」
 グランテールはミューザン珈琲(コーヒー)店のすぐとなりに部屋(へや)を借りていた。彼は出て行ったが、五、六分とたたないうちにもどってきた。家に行ってロベスピエール式のチョッキを着てきたのである。
「赤だ。」と彼ははいってきながらアンジョーラの顔をじっと見て言った。
 それから強く手のひらで、チョッキのまっかな両の胸をなでつけた。
 そしてアンジョーラに近寄って耳にささやいた。
「安心したまえ。」
 彼は決然と帽子を目深に引き下げて、出かけて行った。
 十五分ほど後には、ミューザン珈琲店の奥室にはもうだれもいなかった。ABCの友はすべて、各自の方面へ自分の仕事をしに出かけて行った。クーグールド結社の方を自ら受け持ったアンジョーラが最後に出て行った。
 パリーにいるエークスのクーグールド派の者らは当時、イッシーの野原の、そこいらにたくさんある廃(すた)れたる石坑の一つの中で集合を催していた。
 アンジョーラはその集合所の方へ歩を運びながら、心のうちで情況を一々考えてみた。事局の重大さは明らかに見えていた。社会のうちに潜伏している一種の病気の前駆症状たる事実が、重々しく動いてる時には、わずかな併発症でもそれを停止さして紛糾させることがある。崩壊と再生とが生じてくる現象である。アンジョーラは未来の暗黒な襞(ひだ)の下に光明が立ち上りかけてるのを瞥見(べっけん)した。おそらくは時期が到来せんとしているのであろう。再び権利を握って立つ民衆、何という美観であろう。革命は再び堂々と全フランスを提げて立ち、世界に向かって「明日を見よ!」と叫ぶのだ。アンジョーラは満足であった。炉は既に熱せられていた。現在その瞬間にも彼は、パリーにひろがっている盟友らの一連の導火線を持っていた。コンブフェールの哲学的な鋭い雄弁、フイイーの世界主義的熱情、クールフェーラックの奇想、バオレルの笑い、ジャン・プルーヴェールの憂鬱(ゆううつ)、ジョリーの学問、ボシュエの譏刺(きし)、それらのものを彼は結合して、方々で同時に発火する電気の火花を脳裏に描き出した。皆が仕事にかかっている。確かに努力相当の結果が見らるるであろう。よろしいかな。そしてそう考えて来ると、グランテールのことが思い出された。「待てよ、」彼は自から言った、「メーヌ市門はほとんど回り道にはならない。リシュフーの家にちょっと立ち寄ってみるかな。グランテールが何をしてるか、どういうふうだか、ひとつ見てやろう。」
 ヴォージラール会堂の鐘が一時を報じた時、アンジョーラはリシェフー喫煙所に達した。彼は扉(とびら)を押し開き、中にはいり、腕を組み、後ろから肩にどしりと扉がしまるままにして、テーブルと人と煙草(たばこ)の煙とでいっぱいになってる部屋の中を見渡した。
 その靄(もや)の中に一つの声が起こって、また急にも一つの声にさえぎられていた。それは相手の男と言葉をかわしてるグランテールだった。
 グランテールはもひとりの男と向かい合って、糠(ぬか)をまきドミノの札をひろげた聖アンヌ大理石のテーブルの前にすわっていた。彼はその大理石を拳(こぶし)でたたいていた。そしてアンジョーラは次のような対話を聞いた。
「ダブル六。」
「四だ。」
「畜生、もうないや。」
「君は討ち死にだ。二だ。」
「六だ。」
「三だ。」
「一だ。」
「打ち出しは僕だよ。」
「四点。」
「弱ったね。」
「君だよ。」
「大変な失策(しくじり)をしちゃった。」
「なに取り返すさ。」
「十五。」
「それから七。」
「それでは二十二になるわけだね。(考え込んで、)二十二と!」
「君はダブル六に気をつけていなかったんだ。もし僕がそれを初めに打ってたら、あべこべになるところだった。」
「も一度二だ。」
「一だ。」
「一だと! ようし、五だ。」
「僕にはない。」
「打ち出したのは君じゃなかったか。」
「そうだ。」
「空(から)だ。」
「何かあるかな。あああるんだな! (長い沈思。)二だ。」
「一だ。」
「五も一もない。困った奴(やつ)だな。」
「ドミノ。」
「この野郎!」
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   第二編 エポニーヌ


     一 雲雀(ひばり)の野

 マリユスはジャヴェルをして狩り出さしたあの待ち伏せの意外な終局を見た。しかし、ジャヴェルが捕虜らを三つの辻馬車(つじばしゃ)に乗せてその家から出て行くや否や、マリユスの方も外に忍び出た。まだ晩の九時にすぎなかった。マリユスはクールフェーラックの所へ行った。その頃クールフェーラックは、もうラタン街区に平然と居住してはいなかった。「政治上の理由」からヴェルリー街へ移転していた。そこは当時暴動の中心地ともいうべき場所の一つだった。マリユスはクールフェーラックに言った、「泊(と)めてもらいにきたよ。」クールフェーラックは寝床の二枚の蒲団(ふとん)を一枚ぬき出して、それを床(ゆか)にひろげて言った、「さあ寝たまえ。」
 翌日、朝早く七時ごろ、マリユスはゴルボー屋敷に戻ってゆき、家賃とブーゴン婆さんへの金とを払い、書物と寝床とテーブルと戸棚(とだな)と二つの椅子(いす)とを手車にのせ、住所も告げずに立ち去ってしまった。それで、前日のできごとを種々マリユスに尋ねるためにその朝再びジャヴェルがやってきた時には、ただブーゴン婆さんがいるきりで、婆さんはこう答えた。「引っ越しました。」
 ブーゴン婆さんは、前夜捕えられた盗賊らにマリユスも多少関係があったものと信じた。そして近所の門番の女たちにふれ回った。「人はわからないものだね、娘っ児のようなふうをしていたあんな若い人がさ。」
 マリユスがかく急に引っ越したには、二つの理由があった。第一には、今ではその家がのろうべきものに思えたからである。その家の中で彼は、害毒を流す富者よりもおそらくずっと恐ろしい社会の醜悪面が、すなわち邪悪なる貧民が、その最も嫌悪(けんお)すべき最も獰猛(どうもう)なる手をひろぐるのを、すぐ目近にながめたのであった。また第二には、たぶん次に起こるべき裁判に顔を出して、テナルディエに不利な証言をなさなければならなくなるだろうということを、欲しなかったからである。
 ジャヴェルの方では、名前は忘れたがその青年は、きっと恐れて逃げ出してしまったのか、あるいは待ち伏せの時に家に戻りもしなかったのだろう、と推察した。それでも彼は、多少骨折ってその行方をさがしたが、ついに見つけることができなかった。
 一月(ひとつき)は過ぎ去った、そしてまた一月が。マリユスは引き続いてクールフェーラックの所にいた。そして法廷の控所に出入りしてるある見習弁護士から、テナルディエが密室に監禁されてることを聞き出した。毎週月曜日ごとに彼は、テナルディエへあてて五フランずつをフォルス監獄の事務所へ送った。
 マリユスはもう金を持たなかったので、五フラン送るたびごとにそれをクールフェーラックから借りた。彼が他人から金を借りたのは、生まれてそれが始めてだった。それらの時を定めた五フランは、貸し与えるクールフェーラックにとっても、受け取るテナルディエにとっても、共に謎(なぞ)であった。「だれにやるんだろう?」とクールフェーラックは考えた。「だれから送って来るんだろう?」とテナルディエは怪しんだ。
 マリユスはまた悲しみの底に沈んでいた。すべては再び深淵(しんえん)の中に消えてしまった。前途には何物も認められなかった。全生涯(ぜんしょうがい)は闇(やみ)の中に陥って、彼はただ手さぐりに彷徨(ほうこう)した。愛する若い娘を、その父親らしい老人を、この世における唯一の心がかりであり唯一の希望であるその身元不明のふたりを、暗黒の中に一瞬間目近に見いだしたのだったが、彼らをついにつかみ得たと思った瞬間にはもう、一陣の風がその姿を吹き去ってしまっていた。最も恐ろしいあの衝突からさえ、一点の確実な事実もひらめき出さなかった。何ら推測の手掛かりさえもなかった。知ってると思っていた名前さえ、今はもう本当のものではなかった。確かにユルスュールではないに違いなかった。またアルーエット(雲雀)というのも綽名(あだな)にすぎなかった。それからまた、老人のこともどう考えていいかわからなかった。果たして老人は警察の目から身を隠していたのであろうか。アンヴァリード大通りの付近で出会った白髪の労働者のことが、彼の頭に浮かんできた。今になってみると、その労働者とルブラン氏とはどうも同一人らしく思えてきた。それでは氏は変装していたのであろうか。その人には勇壮な方面と曖昧(あいまい)な方面とがあった。なぜあの時に助けを呼ばなかったのであろう。なぜ逃げてしまったのであろう。本当にあの若い娘の父親だろうか、またはそうでないのだろうか。最後にまた、テナルディエが見覚えのあると思ったその男に違いないのだろうか。テナルディエとて思い違いをすることもあるだろう。すべて解く術(すべ)もない問題ばかりだった。しかしそれにもかかわらず、リュクサンブールの園の若い娘は少しもその天使のごとき美しさを失わなかったことだけは、真実だった。実に痛心のきわみである。マリユスは心のうちに情熱をいだき、目には暗夜をながめていた。彼は押し放されまた引きつけられて、身動きもできなかった。愛を除いてはすべてが消えうせてしまった。しかも愛そのものについてさえ、彼は衝動と激しい光耀(こうよう)とを失っていた。われわれを燃やす愛の炎は、普通ならばまた多少われわれを輝かし、外部にも何らか有用な光をわれわれに投げ与えるものである。しかしそれらひそかな情熱の助言をも、マリユスはもはや耳にすることができなかった。「あすこへ行ってみたら」とか、「こうやってみたら」とかいうことを、彼はもう決して考えなかった。もはやユルスュールと呼べなくなった娘も、どこかにいることだけは明らかだったが、どの方面をさがしたらよいかはまったくわからなかった。今や彼の生涯は次の一語につくされていた、見透かし難い靄(もや)の中における絶対の不確実。再び彼女を見ること、それを彼は常に熱望していたが、しかしもうそれができるという期待は持たなかった。
 その上にまた、貧困が戻ってきた。氷のようなその息を、彼はすぐ近くに背後に感じた。種々の苦悶(くもん)のうちにあって既に長い間、彼は仕事をやめていた。およそ世に仕事を放擲(ほうてき)するくらい危険なことはない。それは一つの習慣がなくなることである。しかも捨てるにたやすく始めるに困難な習慣である。
 ある程度までの夢想は、一定の分量の麻酔剤のごとく有効なものである。それは、労苦せる知力の時としては荒い熱をもしずめる、そして精神のうちにさわやかな柔らかい潤(うるお)いを生じさして、醇乎(じゅんこ)たる思索の、あまりに峻厳(しゅんげん)な輪郭をなめらかにし、処々の欠陥や間隙(かんげき)をうずめ、全体をよく結びつけ、観念の角をぼかしてくれる。しかしあまりに多くの夢想は人を沈めおぼらす。思索からまったく夢想のうちに陥ってゆく精神的労働者は災いなるかなである。彼は再び上に浮かび出すことは容易であると信じ、要するに同じであると考える。しかしそれは誤りである。
 思索は知力の労苦であり、夢想は知力の逸楽である。思索を追ってその後に夢想を据えるのは、食物に毒を混ずるに等しい。
 マリユスは読者の記憶するとおり、まずそういう道をたどっていった。情熱が襲ってきて、ついに彼を対象のない底なき夢幻のうちにつき落としてしまった。家を出るのはただ夢を見に行くためばかりである。無用のものを産むばかりである。騒擾(そうじょう)と沈滞との淵(ふち)である。そして仕事が減ずるとともに、欠乏は増加していった。それは自然の法則である。人は夢想の状態にある時、必然に放埒(ほうらつ)となり柔惰となる。弛緩(しかん)した精神は張りつめた生活を保つことができない。そういう生活態度のうちには、善と悪とが混在している。柔弱は有害であるとしても寛大は健やかで有益だからである。しかしながら、働くことをしない寛大で高貴で貧しい人はもはや救われることができない。収入の源は涸(か)れ、必要のものは多くなる。
 それこそ致命的な坂であって、最も正直な者も最も堅固な者も、最も弱い者や最も不徳な者と同じくすべり落ちて、ついには二つの穴のいずれかへ、自殺か罪悪かのいずれかへ陥るのほかはない。
 夢想しに行かんがために家をいでながら、ついには水に身を投ぜんがために家を出る日が到来する。
 過度の夢想はエスクースやルブラのごとき人物を作り出す(訳者注 共同して戯曲を書きその劇が失敗して悲観の余り自殺せる人)。
 マリユスは見失った彼女の上に目を据えながらそういう坂を徐々に下っていった。とこう言うのは少し変ではあるがしかし事実である。目前にいない者の追想は心のやみの中に輝き出す。深く姿を消せば消すほどますます輝いてくる。絶望した暗い心は自分の地平にその光輝を見る。内心の暗夜に光る星である。彼女、そこにマリユスのすべての思いがあった。彼は他のことをいっさい頭に浮かべなかった。彼はただ漠然(ばくぜん)と感じた、古い上衣は既に着れなくなり、新しい上衣は古くなり、シャツはすり切れ、帽子は破れ、靴(くつ)は痛んでいることを、すなわち自分の生活が摩滅していったことを。そして彼は自ら言った、「死ぬ前にただ彼女に再び会うことができさえするならば!」
 楽しいただ一つの考えが彼に残っていた、彼女が自分を愛していたこと、彼女の目つきがそれを自分に告げたこと、彼女は自分の名前は知らないが自分の心を知っていたこと、そして今いかに秘密な場所に彼女がいようとも、おそらくなお自分を愛していてくれるだろうということ。自分が彼女を思っているように彼女も自分を思っていないとはだれが言えよう。時として、すべて愛する者の心に起こる説明し難いあの瞬間に、悲しみの種しかないにかかわらず、ひそかに喜悦の戦慄(せんりつ)を身に感じて、彼は自ら言った、「これは彼女の思いが私に通じるのだ。」それから彼はつけ加えた、「私の思いもまたおそらく向こうに通じているだろう。」
 そういう幻を彼は自らすぐあとで打ち消しはしたが、それでもついにはそのために、時としては希望に似た一種の光明が心のうちに射(さ)してきた。折にふれて、またことに夢想家らを最も物悲しい思いに沈ませる夕方など、恋のため頭に満ちてくる夢想のうちの最も純潔で人間離れのした理想的なものを、彼は特別な手帳のうちに書き止めた。それを彼は自ら、「彼女に手紙を書く」と称していた。
 しかし、彼の理性が混乱していたと思ってはいけない。実際はそれに反対だった。彼は働く能力を失い、一定の目的に向かって確乎(かっこ)たる歩を運ぶの能力を失ってはいたが、しかし常にも増して明知と厳正とを持っていた。彼はすべて眼前に去来するものを、最も関係の少ない事物や人物をも、一種独特ではあるがしかも落ち着いた現実的な光に照らしてながめていた。一種の正直な意気銷沈(しょうちん)と清い公平とをもって、すべてのことに正しい批判を下していた。彼の判断力は、ほとんど希望から分離して、超然として高く舞っていた。
 そういう精神状態にあって彼は、何物をも見失わず何物をも見誤らず、各瞬間ごとに、人生と人類と運命との底を見きわめていた。愛と不幸とを受くるに恥じない魂を神より恵まれた者は、たとい苦悶(くもん)のうちにあっても幸いなるかなである。愛と不幸と二重の光に照らしてこの世の事物や人の心を見たことのない者は、何ら真実なるものを見なかったのであると言うべく、何物をも知らないでいると言うべきである。
 愛しかつ悩む魂は崇高なる状態にある。
 とはいえ、一日一日と時は過ぎ、何ら新たなことも起こらなかった。彼にはただ、自分のたどるべき暗い世界が刻々にせばまってゆくように思えた。底なき淵(ふち)の岸が既にはっきりと見えてるような気がした。
「ああ私はその前にも一度彼女に会うこともできないのか!」と彼は自らくり返した。
 サン・ジャック街を進んでゆき、市門を横に見て、郭内の古い大通りをしばし左にたどってゆくと、サンテ街に達し、次にグラシエールの一郭に達し、それからゴブランの小川に至りつく少し前で、一種の野原に出られる。それはパリーをとりまく長い単調な大通りのうちで、ルイスダール(訳者注 オランダの風景画家)にも腰をおろさせそうな唯一の場所である。
 何から来るとも知れない優雅な趣がそこにある。綱が張られて布が風にかわいてる緑の草原、おかしなふうに屋根窓がつけられてる大きな屋根のルイ十三世ごろの古い農園の建物、こわれかけた籬(まがき)、白楊樹の間の小さな池、婦人、笑い声、人声、また遠く地平には、パンテオンの殿堂や聾唖院(ろうあいん)の大木やヴァル・ド・グラース病院の建物などが、黒く太く異様におもしろく美しく重なり合い、更に向こうには、ノートル・ダームの塔のいかめしい四角な頂がそびえている。
 その場所はわざわざながめに行くに足るほどの景色だったが、だれもやって来る者はなかった。十分二十分とたたずんでも、ほとんど荷車一つも人夫ひとりも通らなかった。
 ところがある時、孤独な散歩を続けてるマリユスは偶然その池の近くの所までやって行った。その日は珍しくも大通りにひとりの通行人があった。マリユスはその地の寂しい景色に何となく心ひかれて、通行人に尋ねた。「ここは何という所ですか。」
 通行人は答えた。「雲雀(ひばり)の野と言います。」
 それから通行人はまた言い添えた。「ユルバックがイヴリーの羊飼いの女を殺したのはここです。」
 しかし雲雀(アルーエット)という言葉を聞いて後は、マリユスの耳には何もはいらなかった。夢想の状態にあっては、わずか一言でたちまちに凝結をきたすことがある。すべての考えは突然一つの観念のまわりに凝集して、もはや他に何物をも認むることができなくなる。アルーエットというのは、マリユスの深い憂鬱(ゆううつ)の底において、ユルスュールというのに代わってる呼び名だった。不思議な独語によくある訳のわからぬ呆然(ぼうぜん)さのうちで彼は言った。「あ、これが彼女の野か。ではここで彼女の住居もわかるだろう。」
 いかにもばかげたことではあったが、そう思わざるを得なかったのである。
 そして彼は毎日、その雲雀(ひばり)の野へやってきた。

     二 牢獄のうちに芽を出す罪悪

 ゴルボー屋敷におけるジャヴェルの勝利は完全らしく思えたが、実際はそうでなかった。
 第一に、そしてジャヴェルの主要な懸念もその事にあったが、彼はそこに虜(とりこ)になってた男を捕えることができなかった。逃走する被害者は加害者よりも更に疑わしいものである。悪漢どもにとってあれほど貴重な捕虜だったその男は、たぶん官憲にとっても同じく大事な捕獲物だったに違いない。
 次に、モンパルナスもジャヴェルの手をのがれた。
 この「おしゃれの悪魔」に手をつけるには、更に他の機会を待たなければならなかった。事実を言えば、モンパルナスは大通りの並み木の下で見張りをしてるエポニーヌに出会って、父親といっしょにシンデルハンネス(死刑に会う盗賊)たらんよりも娘とともにネモラン(遊惰者)たらんことを望んで、彼女をよそに連れていったのである。それが彼には仕合わせとなった。彼は免れた。エポニーヌの方はジャヴェルの手で「あげられた。」しかしそれはジャヴェルのつまらない腹癒(はらい)せだった。エポニーヌはアゼルマといっしょにマドロンネット拘禁所に入れられた。
 終わりに、ゴルボー屋敷からフォルス監獄へ行く途中で、主要な捕虜のひとりたるクラクズーが姿を消した。どうして逃げたか少しもわからなかった。彼は煙にでもなったのか、指錠の中にでもはいり込んだのか、馬車の割れ目にでも流れ込んだのか、馬車が裂けでもしてそこから逃げ出したのか、刑事や巡査らにも「まったく訳がわからなかった。」ただわかったことは、監獄につくともうクラクズーはいないということだった。それには妖精(ようせい)か警官かが手を貸したに違いなかった。クラクズーは一片の雪が水の中にとけ込むように闇(やみ)の中にとけ込んでしまったのであろうか。警官らの方でひそかにかくまったのであろうか。彼は無秩序と秩序との両方にまたがる怪しい男だったのであろうか。彼は犯罪と取り締まりと両方に属する男だったのであろうか。この謎(なぞ)の男は前足を罪悪のうちにつっ込み、後足を官憲のうちにつっ込んでいたのであろうか。ジャヴェルはそういう二またの考えを認めず、そういう妥協に対しては髪を逆立てて憤ったであろう。しかし彼の一団のうちには他に警視らも交じっていて、彼の下に属してはいるが彼よりもいっそう警視庁の機密に通じてる者がいないとは限らなかった。そしてクラクズーは一方にごく有能な刑事であり得るほどの悪党だったかも知れなかった。そういう使い分けの親しい関係を暗夜の方面に保ってることは、盗賊の仕事には好都合であり、警察の仕事には便宜である。そういう両端を持する悪漢も世にはずいぶんいる。がそれはともかくとして、逃げたクラクズーの姿は再び見いだせなかった。ジャヴェルはそれについて驚いたというよりもむしろいっそう激昂(げっこう)した。
 ジャヴェルから名前を忘れられた「こわがったに違いない野呂間弁護士(のろまべんごし)」たるマリユスについては、ジャヴェルもあまり念頭にしていなかった。その上、弁護士ならいつでもまたさがし出される。しかしその男は単なる弁護士のみだったろうか?
 審問は始められていた。
 予審判事は、パトロン・ミネットの仲間のひとりを密室に監禁しない方がいいと認めた。何かを口外させようと思ったのである。選ばれたのは、プティー・バンキエ街にいた例の髪の長い男で、ブリュジョンという名だった。彼はシャールマーニュの庭に解放されて、常に監視された。
 このブリュジョンという名前は、フォルス監獄で古なじみの名前の一つだった。役人の方ではサン・ベルナールの庭と呼び、囚人の方では獅子(しし)の窖(あなぐら)と呼び、普通にはバーティマン・ヌーフの庭と言われているあの嫌悪(けんお)すべき中庭の、左手は屋根の高さまで高まっていて垢(あか)や黴(かび)が一面についてる壁の上、昔はフォルス公爵の邸宅の礼拝堂だったが今では囚人の寝室になってる建物の方へ通ずる、錆(さ)びた古い鉄の戸があるあたりに、十二年前までは石に釘(くぎ)で荒々しく彫りつけた一種の牢獄の図が見えていた。そしてその下に、「一八一一年、ブリュジョン」と署名がしてあった。
 この一八一一年のブリュジョンは、一八三二年のブリュジョンの父であった。
 読者がゴルボー屋敷でちょっと紹介された後者ブリュジョンは、きわめて狡猾怜悧(こうかつれいり)な快青年であったが、狼狽(ろうばい)したような訴えるような様子をしていた。密室に置くよりもシャールマーニュの庭に置いた方が役に立つだろうと思って、予審判事が彼を解放したのは、その狼狽したような様子のためだった。
 盗賊らは裁判官の手中に陥ったからといって仕事をやめるものではない。それくらいのことではびくともしない。一罪悪のために入獄しても、やはり同じように他の罪悪に着手する。彼らは美術家のような者であって、展覧会に一枚の画面を出していてもなお常に画室では新しい制作に取りかかる。
 ブリュジョンは監獄に下されたため呆然(ぼうぜん)としたらしかった。時としては、シャールマーニュの庭で、酒保の窓下に幾時間も立ちつくして、韮(にら)六十二サンチームというので始まり葉巻き煙草五サンチームというので終わってるその薄ぎたない定価表を、白痴のようにながめてることもあった。あるいはまた始終身を震わし歯をうち合わして、熱があると言い、病舎の二十八の寝台のどれかがあいてはいないかと尋ねていた。
 ところが不意に、一八三二年二月の末に、次の事実が露見した。その眠ってるようなブリュジョンは、そこの小僧に頼んで、自分の名前でなく仲間の三人の名前で、三種の異なった使いをしてもらい、そのために全体で五十スーの金がかかったのだった。それは法外の出費で、典獄の注意をひいた。
 種々調査し、また囚人らの面会室に掲げてある賃銭表を参照して、その五十スーは次のような内訳であることがついにわかった。三つの使い、一つはパンテオンへ十スー、一つはヴァル・ド・グラースへ十五スー、一つはグルネル市門へ二十五スー。この最後のものは賃銭表のうちで一番高いものだった。しかるに、パンテオンとヴァル・ド・グラースとグルネル市門とにはちょうど、ごく恐れられてる三人の場末浮浪人の住居があった。すなわちクリュイドニエ別名ビザロ、放免囚徒グロリユー、バールカロス、の三人だった。そしてこの事柄は彼らの上に警察の目を向けさした。彼ら三人は、バベとグールメルとのふたりの首領が監禁されてるパトロン・ミネットの与党であると推察された。ブリュジョンの贈った書き物は、それらの家へ届けられたのではなく、往来に待っていた男に届けられたので、その中には何か計画されつつある悪事に対する意見が書いてあったに違いないと想像された。それからなお他の証拠も上がった。で警察では三人の浮浪人を逮捕した。そしてブリュジョンの奸計(かんけい)を頓挫(とんざ)せしめたものと思った。
 そんな手段がめぐらされてから約一週間ばかりの後のある夜、バーティマン・ヌーフ(新館)の一階にある寝室を視察していた巡邏(じゅんら)の監視が、箱の中に巡邏証票を入れようとする時――この、証票を箱に入れることは、監視らがその役目を正確に尽した証拠として行なわれていたことで、一時間ごとに、寝室の扉に釘付けにされてる各の箱に、一枚の証票が入れられることになっていた――その時監視は寝室ののぞき穴から、ブリュジョンが寝床に起き上がって壁につけてある蝋燭(ろうそく)の光で何かしたためてるのを見た。看守は中にはいって行った。ブリュジョンは一カ月間監房に入れられた。しかし彼が書いてたものを押さえることはできなかった。警察ではそれ以上何も知ることができなかった。
 ただ一つ確かなことは、その翌日、シャールマーニュの庭から獅子(しし)の窖(あなぐら)へ、両者をへだてる六階建ての建物越しに、一つの「御者」が投げ込まれたということである。
 囚人らは、巧みに丸めたパンの塊を御者と称していて、監獄の建物の屋根越しに一つの中庭から他の中庭へそれを投げ込むことを、アイルランドへやると言っていた。言葉の起こりは、イギリス越しに――一つの土地から他の土地へ――アイルランドへ、ということになる。さてこのパンのたまが中庭に落ちる。それを拾った者が中を開くと、その中庭のある囚人へあてられた手紙がはいっている。それが普通の囚人に拾われる時には、手紙はあてられた者へ渡される。看守に拾われるか、または監獄では羊と呼ばれ徒刑場では狐(きつね)と呼ばれる秘密に買収された囚人に拾われる時には、手紙は事務所へ持ってゆかれて警察に渡される。
 その日ちょうど御者は、あて名の男がその時離れにはいってはいたけれども、うまくそこに行き着いた。あて名の男というのは、パトロン・ミネットの四人の首領のひとりたるバベにほかならなかった。

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