レ・ミゼラブル
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著者名:ユゴーヴィクトル 

 彼は再び鉄門と閂(かんぬき)と鉄格子とを見た。しかもそれらはだれを守衛するためであったか? 天使たちをであった。
 かつて虎(とら)のまわりにめぐらされてるのを見た高い壁が、今は羊のまわりにめぐらされてるのを、彼は再び見た。
 それは贖罪の場所であって、懲罰の場所ではなかった。でもその場所は、より厳格であり、より陰鬱(いんうつ)であり、より無慈悲であった。童貞女らは囚人らよりもいっそうひどく身をかがめていた。寒いきびしい風、彼の青春の時代を凍らしてしまったあの風は、鉄格子(てつごうし)と手錠とで禿鷹(はげたか)の幽閉されてる墓穴の中を吹き過ぎていたが、なおいっそう酷烈悲壮なる朔風(きたかぜ)は、これらの鳩(はと)のはいってるかごの中を吹いていた。
 何ゆえに?
 それらのことを考える時に、彼のうちにあったすべてのものは、その崇厳なる神秘の前に消散してしまった。
 かかる瞑想(めいそう)のうちに、傲慢(ごうまん)の念は消えうせた。彼はあらゆる方面から自分を検覈(けんかく)してみた。彼は身の微弱なるを感じて、幾度か涙を流した。最近六カ月の間に彼の生涯(しょうがい)のうちに入りきたったすべてのものは、あの司教の聖なる命令の方へ彼を導いていった、コゼットは愛によって、修道院は謙譲によって。
 時として夕方、薄暮のころ、庭に人影もなくなったおり、礼拝堂に沿ってる道のまんなかに、はいってきたあの夜にのぞき込んだ窓の前に、贖罪(しょくざい)をなしてるあの修道女が平伏し祈祷(きとう)していた覚えの場所の方へ向いて、じっとひざまずいている彼の姿が見られた。そのようにしてあの修道女の前にひざまずきながら、彼は祈念をこらしていたのである。
 彼は直接に神の前には、あえてひざまずき得なかったかのようである。
 彼を取り巻いていたいっさいのもの、その平和なる庭、そのかおり高き草花、楽しい叫び声を上げるその子供ら、まじめな単純なその婦人ら、黙々たるその修道院、それらは徐々に彼のうちにしみ込んできた。そしてしだいに、その修道院のような沈黙と、その花のような香(かお)りと、その庭のような平和と、その婦人らのような単純さと、その子供らのような喜悦とで、彼の心は作らるるに至った。それからまた彼は、生涯の二つの危機に際して相次いで自分を迎え取ってくれたものは、二つの神の住居であったことを考えた。第一のものは、すべての戸がとざされ人間社会から拒まれた時に彼を迎えてくれ、第二のものは、人間社会から再び追跡され徒刑場が再び口を開いた時に彼を迎えてくれた。第一のものがなかったならば、彼は再び罪悪のうちに陥っていたであろう。また第二のものがなかったならば、彼は再び苦難のうちに陥っていたであろう。
 彼の全心は感謝のうちに溶け去り、そして彼はますます愛の念を深くした。
 幾年かがかくして過ぎ去った。コゼットもしだいに生長していた。




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