レ・ミゼラブル
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著者名:ユゴーヴィクトル 

 その声は荒々しく嗄(しわが)れていて、二人の女は男の声をきいたような気がした。二人はびっくりしてふり向いた。
「返事をして下さい!」とファンティーヌは叫んだ。
 雑仕婦はつぶやいた。
「門番のお婆さんの言葉では、今日はあの方はおいでになれないかも知れませんそうです。」
「まあ、あなた、」修道女は言った、「落ちついて、横になっていらっしゃいね。」
 ファンティーヌはなおそのままの姿勢で、おごそかな悲痛な調子で声高に言った。
「こられません? なぜでしょう? でもあなた方にはわかってるはずです。今お二人で小声で話していらしたじゃありませんか。私にも知らして下さい。」
 雑仕婦は急いで修道女の耳にささやいた。「市会の御用中だとお答えなさいませ。」
 サンプリス修道女は軽く顔をあからめた。雑仕婦が勧めたことは一つの虚言であった。しかしまた一方においては、本当のことを言えば必ず病人に大きい打撃を与えるだろうし、ファンティーヌの今の容態では重大なことになりそうにも思えた。しかし彼女の赤面は長くは続かなかった。彼女は静かな悲しい目付きをファンティーヌの上に向けた。そして言った。
「市長さんはどこかへ出かけられました。」
 ファンティーヌは身を起こしてそこにすわった。その目は輝いてきた。異常な喜びがその痛ましい顔に輝いた。
「出かけられた!」と彼女は叫んだ。「コゼットを引き取りに行かれた!」
 そして彼女は両手を天に差し出した。その顔は名状し難い様を呈した。その脣(くちびる)は震えていた。彼女は低い声で祈りをささげたのだった。
 祈祷を終えて彼女は言った。「あなた、私はまた横になりたくなりました。これから何でもおっしゃるとおりにいたしますわ。今私はあまり勝手でした。あんな大きい声を出したりなんかして、お許し下さいな。大きい声を出すのは悪いことだとよく知っております。けれど、ねえあなた、私はほんとにうれしいんですわ。神様は御親切です。マドレーヌ様は御親切です。まあ考えてみて下さい、あの方は私の小さなコゼットを引き取りにモンフェルメイュへ行って下すったんですもの。」
 彼女は横になった。修道女に自ら手伝って枕を直した。そして、サンプリス修道女からもらって首にかけていた小さな銀の十字架に脣(くちびる)をつけた。
「あなた、」と修道女は言った、「これから静かにお休みなさい。もう口をきいてはいけませんよ。」
 ファンティーヌは汗ばんだ両手のうちに修道女の手を取った。修道女は彼女のその汗を感じて心を痛めた。
「あの方は今朝パリーへ発(た)たれたのでしょう。ほんとうはパリーを通る必要はないんです。モンフェルメイュは向こうから来ると少し左の方にそれてます。あなた覚えておいででしょう、昨日私がコゼットのことを話しますと、じきだ、じきだ、とおっしゃったのを。私をびっくりさせようと思っていらっしゃるんですわ。あなたも御存じでしょう、テナルディエの所から子供を取り戻す手紙に私に署名させなすったのを。もう先方でも否(いや)とは言えませんわねえ。きっとコゼットを返してくれるでしょう。金を受け取ってるんですもの。金は受け取って子供は返さないなどということを、お上(かみ)も許しておかれるはずがありません。あなた、口をきくなって様子をしないで下さい。私はたいそううれしいんです。大変よくなってきました。もうちっとも苦しかありません。コゼットに会えるんですもの。何だか物も少し食べたいようですの。あの児にはもう五年も会わないんです。子供がどんなものか、あなたにはわかりませんよ。それにきっとあの児は大変おとなしいでしょうよ。ねえ、薔薇色(ばらいろ)の小さなそれはかわいい指を持っていますわ。第一大変きれいな手をしていますでしょうよ。でも一歳(ひとつ)の時にはそれはおかしな手をしていました。ええそうですよ。――今では大きくなってるでしょう。もう七歳(ななつ)ですもの、りっぱな娘ですわ。私はコゼットと呼んでいますが、本当はユーフラージーというんです。そう、今朝暖炉の上のほこりを見てましたら、間もなくコゼットに会えるだろうという考えがふと起こりましたのよ。ああ、幾年も自分の子供の顔も見ないでいるというのは、何というまちがったことでしょう! 人の生命(いのち)はいつまでも続くものでないことをよく考えておかなければなりません。おお、行って下さるなんて市長さんは何と親切なお方でしょう! 大変寒いというのは本当なんですか。せめてマントくらいは着てゆかれましたでしょうね。明日(あした)はここにお帰りですわね。明日はお祝い日ですわ。明日の朝は、レースのついた小さな帽子をかぶることを私に注意して下さいね。モンフェルメイュはそれは田舎(いなか)ですわ。昔私は歩いてやってきたんです。ずいぶん遠いように思えました。けれど駅馬車なら早いものです。明日(あした)はコゼットといっしょにここにおいでになりますわ。ここからモンフェルメイュまでどのくらいありますでしょう?」
 サンプリス修道女には距離のことは少しもわからなかったので、ただ答えた。「ええ、明日はここに帰っておいでになると思います。」
「明日、明日、」とファンティーヌは言った、「明日私はコゼットに会える! ねえ、御親切な童貞さん、私はもう病気ではありませんわね。気が変なようですわ。よかったら踊ってもみせますわ。」
 十五分も前の彼女の様子を見た者があったら、今のその様子に訳がわからなくなったであろう。彼女はもう美しい顔色をしていた。話す声も元気があり自然であって、顔にはいっぱい微笑をたたえていた。時々は低く独語しながら笑っていた。母親の喜びはほとんど子供の喜びと同じである。
「それで、」とサンプリス修道女は言った、「あなたはそのとおり仕合わせですから、私の言うことを聞いて、もう口をきいてはいけませんよ。」
 ファンティーヌは頭を枕につけて、半ば口の中で言った。「そう、お寝(やす)みなさい、子供が来るんだからおとなしくしなければいけませんって、サンプリスさんのおっしゃるのは道理(もっとも)だわ。ここの人たちのおっしゃることは皆本当だわ。」
 それから、身動きもせず、頭も動かさず、目を大きく見開いてうれしそうな様子で、彼女はあたりを見回し初めた。そしてもう何とも言わなかった。
 サンプリス修道女は、彼女が眠るようにとその帷(とばり)をしめた。
 七時と八時との間に医者がきた。何の物音も聞こえなかったので、彼はファンティーヌが眠ってるものと思って、そっと室にはいってきて、爪先(つまさき)立って寝台に近寄った。彼は帷(とばり)を少し開いた、そして豆ランプの光でさしのぞくと、ファンティーヌの静かな大きい目が彼をじっと見ていた。
 彼女は彼に言った。「あなた、私のそばに小さな床をしいてあの子を寝かして下さいますわね。」
 医者は彼女の意識が乱れているのだと思った。彼女はつけ加えた。
「ごらんなすって下さい、ちょうどそれだけの場所はありますわ。」
 医者はサンプリス修道女をわきに呼んだ。修道女は事情を説明した。マドレーヌ氏は一日か二日不在である、病人は市長がモンフェルメイュに行かれたのだと信じているが、よくわからないので事実を明かさなければならないとも思えないし、また病人の察するところがあるいはかえって本当かも知れない。すると医者はそれに同意した。
 医者はまたファンティーヌの寝台に近寄っていった。彼女は言った。
「そうすれば私は、朝あの子が目をさましたらこんにちはと言ってやれますし、また晩に眠れない時は、子供の寝息が聞けますでしょう。そのやさしい小さな寝息をきくと、きっと心持ちがよくなりますわ。」
「手を貸してごらんなさい。」と医者は言った。
 彼女は腕を差し出した、そして笑いながら叫んだ。
「まあ、ほんとに、あなたにはおわかりになりませんの。私は治(なお)ったのですわ。コゼットが明日(あした)参りますのよ。」
 医者は驚いた。彼女は前よりよくなっていた。息苦しさは和(やわら)いでいた。脈は力を回復していた。突然生命の力がよみがえって、その衰弱しきったあわれな女に元気を与えていた。
「先生、」と彼女は言った、「市長さんが赤ん坊をつれに行かれましたことを、サンプリスさんはあなたにおっしゃいませんでしたか。」
 彼女になるべく口をきかせないように、また彼女の心を痛めるようなことをしないようにと、医者は人々に頼んだ。彼はまた規那皮(きなひ)だけの煎薬(せんやく)と、夜分に熱が出た場合のため鎮静水薬とを処方した。そして立ち去る時修道女に言った。「よくなってきました。幸いにも果たして市長が明日(あした)子供を連れてこられたら、そうですね、望外なことがあるかも知れません。非常な喜びが急に病気を治(なお)した例もあります。この患者の病気は明らかに一つの臓器病ですし、しかもだいぶ進んでいます。しかしまったく不可思議なものです。あるいは生命を取り留めることができましょう。」

     七 到着せる旅客ただちに出発の準備をなす

 さてわれわれが途中に残しておいたあの馬車がアラスの郵便宿の門をくぐったのは、晩の八時近くであった。われわれがこれまで述べきたったあの旅客は、馬車からおり、宿屋の人たちのあいさつにはほとんど目もくれず、副馬(そえうま)を返し、そして自ら小さな白馬を廐(うまや)に引いて行った。それから彼は一階にある撞球場(たまつきば)の扉(とびら)を排して中にはいり、そこに腰をおろして、テーブルの上に肱(ひじ)をついた。六時間でなすつもりの旅に十四時間かかったのである。彼はそれを自分の過(あやまち)ではないとして自ら弁解した。しかし心のうちでは別に不快を覚えてるのでもなかった。
 宿の主婦がはいってきた。
「旦那(だんな)はお泊まりでございますか。お食事はいかがでございますか。」
 彼は頭を横に振った。
「馬丁が申しますには、旦那の馬はたいそう疲れているそうでございますが。」
 それで初めて彼は口を開いた。
「馬は明朝また出立するわけにはゆかないでしょうかね。」
「なかなか旦那、まあ二日くらいは休ませませんでは。」
 彼は尋ねた。
「ここは郵便取扱所ではありませんか。」
「はいさようでございます。」
 主婦は彼を郵便取扱所に案内した。彼は通行証を示して、その晩郵便馬車でモントルイュ・スュール・メールに帰る方法はないかと尋ねた。ちょうど郵便夫の隣の席が空(あ)いていた。彼はそれを約束して金を払った。「では、」と所員は言った、「出発するために午前正一時にまちがいなくここにきて下さい。」
 それがすんで、彼はその郵便宿を出た。そして町を歩き初めた。
 彼はアラスの様子を知らなかった。街路は薄暗く、彼はでたらめに歩いた。頑固(がんこ)に構えて通行人に道を尋ねもしなかった。小さなクランション川を越すと、狭い小路の入り乱れた所にふみ込んで道がわからなくなった。一人の町人が提灯(ちょうちん)をつけて歩いていた。ちょっと躊躇(ちゅうちょ)した後に彼はその人に尋ねてみようと決心した。そしてまず、だれかが自分の発しようとする問いを聞きはしないかを恐るるもののように、前後を見回した後に言った。
「ちょっと伺いますが、裁判所はどこでしょう。」
「あなたは町の人ではないと見えますね。」とかなり年取ってるその町人は答えた。「では私についておいでなさい。私もちょうど裁判所の方へ、というのは県庁の方へ、ゆくところです。ただ今では裁判所が修繕中ですから、かりに裁判は県庁で開かれてるのです。」
「そこで、」と彼は尋ねた、「重罪裁判も開かれるのですか。」
「もちろんです。今日県庁となっている建物は、大革命前には司教邸でした。一七八二年に司教だったコンジエ氏が、そこに大広間を建てさせたものです。裁判はその大広間でなされています。」
 歩きながら町人は彼に言った。
「もし裁判が見たいというのなら、少し遅すぎますよ。普通は法廷は六時に閉じますから。」
 けれども二人がそこの広場にきた時、まっくらな大きな建物の正面の燈火(あかり)のついた四つの長い窓を、町人は彼に指(さ)し示した。
「やあ間に合った。あなたは運がいいんですよ。あの四つ窓が見えましょう。あれが重罪裁判です。光が差してるところをみると、まだ済んでいないと見えます。事件が長引いたので夜までやってるのでしょう。あなたは事件に何か関係があるのですか。刑事問題ででもあるのですか。あなたは証人ですか。」
 彼は答えた。
「私は別に事件に関係があってきたのではありません。ただちょっとある弁護士に話したいことがあるものですから。」
「いやそうでしたか。」と町人は言った。「それ、ここに入り口があります。番人はどこにいるかしら。その大階段を上がってゆかれたらいいでしょう。」
 彼は町人の教えに従った。そしてやがてある広間に出た。そこには大勢の人がいて、法服の弁護士を交じえた集団を所々に作って何かささやいていた。
 黒服をつけて法廷の入り口で小声にささやき合ってるその人々の群れは、いつも見る人の心を痛ましめるものである。慈悲と憐憫(れんびん)とがそれらの言葉から出るのはきわめてまれである。最も多く出るものは、あらかじめ定められた処刑である。考えにふけりつつそこをよぎる傍観者にとっては、それらの群集は陰惨な蜂(はち)の巣のように見えるのであろう。その巣の中においては、うち騒いでる多くの頭が協同してあらゆる暗黒な建物を築こうとしているのである。
 そのただ一つのランプの燈(とも)された大きな広間は、昔は司教邸の控えの間であったが、今は法廷の控室となっていた。観音開きの扉が、その時閉ざされていて、重罪裁判が開かれている大きな室をへだてていた。
 広間の中は薄暗かったので、彼は最初に出会った弁護士に平気で話しかけた。
「審問はどの辺まで進みましたか。」
「もう済みました。」と弁護士は言った。
「済みました!」
 そう鋭い語調で鸚鵡(おうむ)返しにされたので、弁護士はふり返って見た。
「失礼ですが、あなたは親戚なんですか。」
「いや私の知ってる者は一人もここにはいません。そして刑に処せられたのですか。」
「無論です。処刑は当然です。」
「徒刑に?……」
「そうです、終身です。」
 彼はようやく聞き取れるくらいの弱い声で言った。
「それでは、同一人だということが検証せられたわけですね。」
「同一人ですって?」と弁護士は答えた。「そんなことを検証する必要はなかったのです。事件は簡単です。その女は子供を殺した、児殺しの事実は証明された、しかし陪審員は謀殺を認めなかった、で終身刑に処せられたのです。」
「では女の事件ですか。」と彼は言った。
「そうですとも。リモザンの娘です。いったい何の事をあなたは言ってるんですか。」
「いや何でもありません。ですが裁判はすんだのに、どうして法廷にはまだ燈火(あかり)がついてるのですか。」
「次の事件があるからです。もう開廷して二時間ほどになるでしょう。」
「次の事件というのはどういうのです。」
「なにそれも明瞭な事件です。一種の無頼漢で、再犯者で、徒刑囚で、それが窃盗を働いたのです。名前はよく覚えていません。人相の悪い奴です。人相からだけでも徒刑場にやっていい奴(やつ)です。」
「どうでしょう、」と彼は尋ねた、「法廷の方へはいる方法はないでしょうか。」
「どうもむずかしいでしょう。大変な人です。ですがただいま休憩中です。外に出た人もありますから、また初まったら一つ骨折ってごらんなさい。」
「どこからはいるのです。」
「この大きな戸口からです。」
 弁護士は向こうへ行った。二、三瞬間の間に彼は、あらゆる感情をほとんど同時にいっしょに感じた。その無関係な弁護士の言葉は、あるいは氷の針のごとくあるいは炎の刃のごとく、こもごも彼の心を刺し貫いた。まだ何も終結していないのを知った時、彼は息をついた。しかし彼が感じたのは満足の情であったか、あるいは苦悩の情であったか、彼自身も語ることはできなかったであろう。
 彼は幾多の群集に近寄って、その話に耳を傾けた。――法廷は事件が非常に輻輳(ふくそう)していたので、裁判長はその一日のうちに簡単な短い二つの事件を選んだのだった。まず児殺しの事件から初めて、こんどは、あの徒刑囚、再犯者、「古狸」の方の番になった。その男は林檎(りんご)を盗んだのである。しかしそれは証拠不十分らしかった。がかえってその男は一度ツーロンの徒刑場にはいっていたという証拠が上がった。事件は険悪になった。本人の尋問と証人の供述とは済んだ。しかしなお弁護士の弁論と検事の論告とが残っている。夜半にならなければ終結しないに違いない。その男はたぶん刑に処せられるだろう。検事は賢明な人で、決して被告を射外したことがなく、また少しは詩も作れる才人である。
 法廷の室に通ずる扉(とびら)の所に一人の守衛が立っていた。彼はその守衛に尋ねた。
「この扉は間もなく開かれますか。」
「いや開きません。」と守衛は答えた。
「え! 開廷になっても開かないのですか。今裁判は休憩になってるのではないですか。」
「裁判は今また初まったところです。」と守衛は答えた。
「しかし扉(とびら)は開かれません。」
「なぜです。」
「中は満員ですから。」
「何ですって! もう一つの席もないのですか。」
「一つもありません。扉はしまっています。もうだれもはいることはできません。」
 守衛はそこでちょっと言葉を切ったが、またつけ加えた。「裁判長殿の後ろになお二、三の席がありますが、そこには官吏の人きり許されていません。」
 そう言って、守衛は彼に背を向けた。
 彼は頭をたれてそこから去り、控え室を通り、あたかも一段ごとに逡巡(しゅんじゅん)するかのようにゆっくり階段を下りていった。たぶん自ら自分に相談していたのであろう。前日来彼のうちに戦われていた激しい闘争はなお終わっていなかった。そして彼は各瞬間ごとにその新しい局面を経てきたのだった。階段の中の平段までおりた時、彼は欄干にもたれて腕を組んだ。それから突然フロックの胸を開き、手帳を取り出し、鉛筆を引き出し、一枚の紙を破り、その上に反照燈の光で手早く次の一行を認めた。「モントルイュ・スュール・メール市長、マドレーヌ。」それから彼は大またにまた階段を上って、大勢の人を押しわけ、まっすぐに守衛の所へ行き、その紙片を渡し、そして彼に断然と言った。「これを裁判長の所へ持って行ってもらいたい。」
 守衛はその紙片を取り、ちょっとながめて、そして彼の言葉に従った。

     八 好意の入場許可

 モントルイュ・スュール・メールの市長といえば、彼自身はそうとも思っていなかったが、世に評判になっていた。その有徳の名声は、七年前から下(しも)ブーロンネーにあまねく響いていたが、ついにはその狭い地方を越えて、二、三の近県までひろがっていた。あの黒飾玉工業を回復してその中心市に大なる貢献をなしたのみならず、モントルイュ・スュール・メール郡の百四十一カ村のうち一つとして彼から何かの恩沢を被らない村はなかった。彼はなお必要に応じては他郡の工業も助けて盛大にしてやった。たとえばある場合には彼は、自分の信用と資本を投じて、ブーローニュの網目機業を助け、フレヴァンの麻糸紡績業を助け、ブーベル・スュール・カンシュの水力機業を助けた。いたるところ人はマドレーヌ氏の名前を敬意をもって口にしていた。アラスやドゥーエーの町は、かくのごとき市長をいただくモントルイュ・スュール・メールの仕合わせな小さな町をうらやんでいた。
 アラスの重罪裁判を統(す)べていたドゥーエーの控訴院判事は、かくも広くまた尊敬されてる彼の名を、世間の人と同じくよく知っていた。守衛が評議室から法廷に通ずる扉(とびら)をひそかに開いて、裁判長の椅子(いす)の後ろに低く身をかがめ、前述の文字がしたためてある紙片を彼に渡して、「この方が法廷にはいられたいそうです、」とつけ加えた時に、裁判長は急に敬意ある態度を取って、ペンを取り上げ、その紙片の下に数語したためて、それを守衛に渡して言った、「お通し申せ。」
 われわれがここにその生涯を述べつつあるこの不幸な人は、守衛が去った時と同じ態度のままで同じ場所に、広間の扉(とびら)のそばに立っていた。彼は惘然(ぼうぜん)と考えに沈みながら、「どうぞこちらへおいで下さい、」とだれかが言うのを聞いた。先刻は彼に背を向けて冷淡なふうをした守衛が、今は彼に向かって低く身をかがめていた。と同時に彼に紙片を渡した。彼はそれを開いた。ちょうど近くにランプがあったので、彼は読むことができた。
「重罪裁判長はマドレーヌ氏に敬意を表し候(そうろう)。」
 彼はその数語を読んで異様な苦々(にがにが)しい気持ちを感じたかのように、紙片を手の中にもみくちゃにした。
 彼は守衛に従っていった。
 やがて彼は、壁板の張られてる、いかめしい室の中に自分を見いだした。そこにはだれもいず、ただ青い卓布のかかった一つのテーブルの上に二本の蝋燭(ろうそく)がともっていた。そして彼の耳にはなお、彼をそこに残して行った守衛の言葉が響いていた。「これが評議室でございます。この扉の銅の取っ手をお回しになりますれば、ちょうど法廷の裁判長殿のうしろにお出になれます。」そしてその言葉は、今通ってきた狭い廊下と暗い階段との漠然(ばくぜん)とした記憶に、彼の頭の中でからみついていた。
 守衛は彼を一人残して行ってしまった。最後の時がきた。彼は考えをまとめようとしたができなかった。思索の糸が脳裏にたち切れるのは特に、人生の痛ましい現実に思索を加える必要を最も多く感ずる時においてである。彼は既に判事らが討議し断罪するその場所にきていたのである。彼は呆然(ぼうぜん)たる落ち着きをもってその静まり返ってる恐ろしい室を見回した。この室において、いかに多くの生涯が破壊されたことであろう。やがて彼の名前もこの室に響き渡るのである。そしていまや彼の運命はこの室を過(よぎ)りつつある。彼はじっとその壁をながめ、次に自分を顧みた。それがこの室であり、それが自分自身であることを、彼は自ら驚いた。
 彼はもう二十四時間以上の間何も食べず、また馬車の動揺のために弱り切っていた。しかし彼はそれを自ら感じなかった。何の感じをも持っていないような心地(ここち)がしていた。
 彼は壁にかかっている黒い額縁に近寄った。そのガラスの下にはパリー市長でありまた大臣であったジャン・ニコラ・パーシュの自筆の古い手紙が納めてあった。日付は、きっとまちがったのであろうが、革命第二年六月九日としてあった。それはパーシュが、自家拘禁に処せられた大臣や議員の名簿をパリー府庁に送ったものだった。その時もしだれか彼を見彼を観察したならば、必ずや彼がその手紙を非常に珍しがってるものと思ったであろう。なぜなら、彼はその手紙から目を離さず、二、三度くり返して読んだのだった。しかし彼は何らの注意も払わず、ほとんど無意識にそれを読んでるにすぎなかった。心ではファンティーヌとコゼットのことを考えていた。
 考えにふけりながら彼はふとふり返った。そして彼の目は、彼を法廷から距(へだ)ててる扉(とびら)の銅の取っ手にぶつかった。彼はほとんどその扉を忘れていたのである。彼の視線は初めは穏かにその銅の取っ手に引きつけられてとどまり、次に驚いてじっとそれに据(すわ)り、そしてしだいに恐怖の色を帯びてきた。汗の玉が髪の間から両の顳□(こめかみ)に流れてきた。
 ふと彼はおごそかにまた反抗的に何ともいえぬ身振りをした。それは、「馬鹿な! だれがいったい私にこんなことを強いるのか?」という意味らしく、またその意味がよく現われていた。それから彼は急に向き返って、自分の前に今はいってきた扉のあるのを見、その方に歩いてゆき、それを開いて出て行った。そしていまやもう彼はその室の中にはいないのだった。室の外に、廊下に出ているのだった。廊下は狭く長く、段々や戸口に仕切られ、種々折れ曲がっており、ここかしこに病人用の豆ランプに似た反照燈がついていた。これを彼は先刻通ってきたのである。彼はほっと息をついた。耳を澄ますと、前にも後ろにも何の物音もなかった。彼は追わるる者のように逃げ出した。
 廊下の幾つかの角を曲がった時、彼はなお耳を傾けた。周囲はやはり同じような沈黙とやみとばかりだった。彼は息を切らし、よろめき、壁に身をささえた。壁の石は冷ややかに、額(ひたい)の汗は氷のようになっていた。彼は身を震わしながら立ち竦(すく)んだ。
 そしてそこにただ一人暗やみのうちにたたずみ、寒さとまたおそらく他のあるものとに震えながら彼は考えた。
 彼は既に終夜考え、既に終日考えたのであった。そしてもはや自分のうちにただ一つの声を聞くのみだった、「ああ」と。
 十五分ばかりはかくして過ぎた。ついに彼は首をたれ、苦しいため息をもらし、両腕をたれ、また足を返した。彼はあたかも圧伏されたかのようにゆるやかに足を運んだ。逃げるところをとらえられて引き戻されるがような様子だった。
 彼は再び評議室にはいった。最初に彼の目にとまったものは、扉の引き金であった。そのみがき上げた銅の丸い引き金は、彼の目には恐るべき星のように輝いていた。あたかも羊が虎(とら)の目を見るように彼はそれを見つめた。
 彼の両の目はそれから離れることができなかった。
 時々彼は歩を進めた、そしてその扉(とびら)に近づいていった。
 もし耳を澄ましたならば、雑然たるささやきのような隣室の響きを彼は聞き取り得ただろう。しかし彼は耳を澄まそうとしなかった、そして何物をも聞かなかった。
 突然、自分でもどうしてだか知らないうちに、彼は扉のそばに自分を見いだした。彼は痙攣的(けいれんてき)にその取っ手をつかんだ。扉は開いた。
 彼は法廷のうちにあった。

     九 罪状決定中の場面

 彼は一歩進み、後ろに機械的に扉をしめ、そしてそこに立ちながら眼前の光景をながめた。
 それは十分に燈火(あかり)のついていない広い室であって、あるいは一せいに騒ぎ立ち、あるいはまたひっそりと静まり返っていた。刑事訴訟の機関が、その賤(いや)しい痛ましい荘重さをもって群集のうちに展開していた。
 彼が立っている広間の一隅(ぐう)には、判事らがぼんやりした顔つきをしすり切れた服を着て、爪をかんだり目を閉じたりしていた。他の一隅には粗服の群集がいた。それからまた、種々の姿勢をした弁護士らや、正直ないかめしい顔の兵士ら。汚点(しみ)のついてる古い壁板、きたない天井、緑というよりもむしろ黄いろくなってるセルの着せてあるテーブル、手垢(あか)で黒くなってる扉、羽目板の釘に下がって光よりもむしろ煙の方を多く出してる居酒屋にでもありそうなランプ、テーブルの上の銅の燭台に立ってる蝋燭(ろうそく)、薄暗さと醜さとわびしさ。そしてすべてそれらのものには一種尊厳な印象があった。なぜなら人はそこにおいて、法律と呼ぶ偉大なる人事と正義と呼ぶ偉大なる神事とを感ずるのであるから。
 それらの群集のうちだれも彼に注意する者はなかった。人々の視線はただ一つの点に集中されていた。そこには、裁判長の左手に当たって壁に沿い小さな扉(とびら)によせかけた木の腰掛けがあった。幾つもの蝋燭(ろうそく)に照らされたその腰掛けの上には、二人の憲兵にはさまれて一人の男がすわっていた。
 それが即ち例の男であった。
 彼は別にさがしもしないですぐにその男を見た。あたかもそこにその男がいるのをあらかじめ知っていたかのように、彼の目は自然にそこへ向けられたのである。
 彼は年を取った自分自身を見るような気がした。もちろん顔は全然同じではなかった。しかしその同じような態度や様子、逆立った髪、荒々しい不安な瞳(ひとみ)、広い上衣、それは、十九年間徒刑場の舗石(しきいし)の上で拾い集めたあの恐ろしい思想の嫌悪(けんお)すべき一団を魂のうちに隠しながら憤怨(ふんえん)の情に満ちて、ディーニュの町にはいって行ったあの日の自分と、同じではないか。
 彼は慄然(りつぜん)として自ら言った。「ああ、自分も再びあんなになるのか。」
 その男は少なくとも六十歳くらいに見えた。何ともいえぬ粗暴な愚鈍なこじれた様子をしていた。
 扉(とびら)の音で、そこにいた人たちは横に並んで彼に道を開いた。裁判長は頭をめぐらし、はいってきたのはモントルイュ・スュール・メールの市長であることを知って、会釈をした。検事は公務のため一度ならずモントルイュ・スュール・メールに行ったことがありマドレーヌ氏を知っていたので、彼の姿を見て同じく会釈をした。彼の方ではそれにほとんど気づかなかった。彼は一種の幻覚の囚(とりこ)になっていた。彼はあたりをながめた。
 数人の判事、一人の書記、多くの憲兵、残忍なほど好奇な人々の群れ、彼は昔二十七年前にそれらを一度見たことがあった。そして今再びそれらの凶悪なるものに出会った。それはそこにあり、動いてい、存在していた。それはもはや、記憶中のものでなく、瞑想(めいそう)の投影ではなかった。現実の憲兵、現実の判事、現実の群集、肉と骨との現実の人間だった。いまや万事終わったのである。過去の異常なる光景が、現実の恐ろしさをもって周囲に再び現われよみがえって来るのを彼は見た。
 すべてそれらのものは彼の前に口を開いていた。
 彼は恐怖し、目を閉じ、そして魂の奥底で叫んだ、「いや決して!」
 しかも、彼のいっさいの考えを戦慄(せんりつ)せしめ、彼をほとんど狂わする悲痛な運命の悪戯(いたずら)によって、その法廷にいるのは他の彼自身であった。裁判を受けている男を、人々は皆ジャン・ヴァルジャンと呼んでいた。
 生涯のうち最も恐ろしかったあの瞬間が、再びそこに自分の影によって演出されているのを、彼は目前に見た。何たる異様な光景ぞ。
 すべてがそこにあった、同じ機関、同じ夜の時刻、判事や兵士や傍聴者のほとんど同じ顔が。ただ、裁判長の頭の上に一つの十字架像がかかっていた。それだけが彼の処刑の時の法廷になかったものである。彼が判決を受けた時には、神はいなかったのである。
 彼の後ろに一つの椅子(いす)があった。彼は人に見らるるのを恐れてその上に身を落とした。席について彼は、判事席の上に積み重ねてあった厚紙とじの影に隠れて、広間全体の人々の前に自分の顔を隠した。もう人に見られずにすべてを見ることができた。しだいに彼は落ち着いてきた。再び現実のことを十分よく感ずるようになった。外部のことを聞き取り得る平静を得てきた。
 バマタボア氏も陪審員の一人としてそこにいた。
 彼はジャヴェルをさがしたが、見つからなかった。証人の席はちょうど書記のテーブルに隠れていた。そしてまた、前に言ったとおりその広間は十分に明るくなかった。
 彼がはいってきた時は、被告の弁護士がその弁論を終えようとしてるところだった。人々の注意は極度に緊張していた。事件は三時間も前から続いていたのである。三時間の間人々は、その男、その曖昧(あいまい)な奴(やつ)、極端にばかなのか極端に巧妙なのかわからないその浅ましい奴、それが恐るべき真実らしさの重荷の下にしだいに屈してゆくのをながめていたのである。読者の既に知るとおり、その男は一の浮浪人であって、ピエロンの園といわれているある果樹園の林檎(りんご)の木から、熟した林檎のなってる枝を一本折って持ち去るところを、すぐそばの畑の中で捕えられたのである。でその男はいったい何という奴であるか? 調査がなされた。証人らの供述も求められたが、みなその言葉は一致していた。事件は初めから明瞭(めいりょう)であった。起訴は次のとおりだった。――この被告は、単に果実を盗んだ窃盗犯人たるのみではない。被告は実に無頼漢であり、監視違反の再犯者であり、前徒刑囚であり、最も危険なる悪漢であり、長く法廷よりさがされていたジャン・ヴァルジャンと呼ばるる悪人である。彼は八年前ツーロンの徒刑場をいずるや、プティー・ジェルヴェーと呼ばるるサヴォアの少年より大道において強盗を行なった。これ実に刑法第三百八十三条に規定せる犯罪である。これについては、人物証明の成るをまって更に追及すべきである。彼は今新たに窃盗を働いた。これは実に再犯である。よってまず新たなる犯罪について処罰し、更に再犯については後に裁(さば)くべきである。――この起訴に対して、また証人らの一様なる供述に対して、被告は何よりもまず驚いたようだった。彼はそれを否定せんとするつもりらしい身振りや手つきをし、または天井を見つめていた。彼はかろうじて口をきき、当惑した返答をしたが、頭から足先までその全身は否定していた。彼は自分を包囲して攻めよせるそれらの知力の前にあって白痴のごとく、自分を捕えんとするそれらの人々の中にあってあたかも局外者のごとくであった。けれどもそれは彼の未来に関する最も恐るべき問題であった。真実らしさは各瞬間ごとに増していった。そして公衆は、おそらく彼自身よりもなおいっそうの懸念をもって、不幸なる判決がしだいに彼の頭上にかぶさって来るのをながめた。もし同一人であることが認定せられ、後にプティー・ジェルヴェーの事件までが判決せらるるならば、徒刑は愚か死刑にまでもなりそうな情勢だった。しかるにその男はいかなる奴(やつ)であったか? 彼の平気はいかなる性質のものであったか。愚鈍なのかまたは狡猾(こうかつ)なのか。彼はあまりによく了解していたのか、または何もわかっていなかったのか。そういう疑問に、公衆は二派に分かれ、陪審員も二派にわかれているらしかった。その裁判のうちには、恐るべきまた困惑すべきものがあった。その悲劇は単に陰惨なるばかりでなく、また朦朧(もうろう)としていた。
 弁護士はあの長く弁護士派の雄弁となっていた地方的言辞でかなりよく論じた。その地方的言辞は、ロモランタンやモンブリゾンにおいてはもとよりパリーにおいても、昔あらゆる弁護士によって使われたものであるが、今日では一種のクラシックとなって、ただ法官の公の弁論にのみ使用され、荘重なる音と堂々たる句法とによってそれによく調和している。夫や妻を配偶者と言い、パリーを学芸および文明の中心地と言い、王を君主と言い、司教を聖なる大司祭と言い、検事を能弁なる訴訟解釈者と言い、弁論をただいま拝聴せる言語と言い、ルイ十四世時代を偉大なる世紀と言い、劇場をメルポメネの殿堂と言い、王家を王のおごそかなる血統と言い、演奏会を音楽の盛典と言い、師団長を何々の高名なる勇士と言い、神学校の生徒をかの優しきレヴィ人と言い、新聞紙に帰せらるる錯誤を新聞機関の欄内に毒を注ぐ欺瞞と言い、その他種々の言い方を持っている。――ところで弁護士はまず林檎(りんご)窃盗の件の説明より初めた。美しい語法においては説明に困難な事がらである。しかしベニーニュ・ボシュエもかつて祭文のうちにおいて一羽の牝鶏(めんどり)の事に説きおよぼさなければならなかった、しかも彼はみごとにそれをやってのけたのだった。今弁護士は、林檎の窃盗は具体的には少しも証明せられていない旨を立論した。――弁護人として彼がシャンマティユーと呼び続けていたその被告は、壁を乗り越えもしくは枝を折るところをだれからも見られたのではない。――彼はただその枝(弁護士は好んで小枝と言った)を持っているところを押さえられただけである。――しかして彼は、地に落ちているのを見いだして拾ったまでだと言っている。どこにその反対の証拠があるのか? ――おそらくその一枝はある盗人によって、壁を越えた後に折られ盗まれ、見つかってそこに捨てられたものであろう。疑いもなく、盗人はあるにはあった。――しかしその盗人がシャンマティユーであったという何の証拠があるか。ただ一事、徒刑囚であったという資格、不幸にしてそれはよく確証せられたらしいことを弁護士も否定しなかった。被告はファヴロールに住んでいたことがある。被告はその地で枝切り職をやっていた。シャンマティユーという名前は本来ジャン・マティユーであったであろう。それは事実である。それから四人の証人も、シャンマティユーを囚人ジャン・ヴァルジャンであると躊躇(ちゅうちょ)するところなく確認している。それらの徴証とそれらの証言に対しては、弁護士も被告の否認、利己的な否認をしか持ち出し得なかった。しかし、たとい彼がもし囚徒ジャン・ヴァルジャンであったとしても、それは彼が林檎(りんご)を盗んだ男であるという証拠になるであろうか? それは要するに推定であって、証拠ではない。が被告は「不利な態度」を取った。それは事実で、弁護士も「誠実なところ」それを認めざるを得なかった。被告は頑固(がんこ)にすべてを否認した、窃盗(せっとう)もまた囚人の肩書きをも。だがこの後者の方は確かに自白した方がよかったであろう。そうすればあるいは判事らの寛大な処置を買い得たかも知れなかった。弁護士もそれを彼に勧めておいたのであった。しかし被告は頑強にそれを否認した。きっと何も自白しなければすべてを救い得ると思ったのであろう。それは明らかに誤りであった。しかしかく思慮の足りないところもよろしく考量すべきではあるまいか。この男は明らかに愚かである。徒刑場における長い間の不幸、徒刑場を出て後の長い間の困苦、それは彼を愚鈍になしてしまったのである。云々(うんぬん)。彼は下手(へた)な弁解をしたが、それは彼を処刑すべき理由にはならない。ただプティー・ジェルヴェーの事件に至っては、弁護士もそれを論議すべきものを持たなかった。それはまだ訴件のうちにはいっていなかったのである。結局、もし被告がジャン・ヴァルジャンと同一人であると認定せらるるにしても、監視違反囚に対する警察法にのみ彼を問い、再犯囚に対する重罪に処せないようにと、弁護士は陪審員および法官一同に向かって懇願しながら、その弁論を結んだ。
 検事は弁護士に対して反駁(はんばく)した。彼は検事の通性として辛辣(しんらつ)でまた華麗であった。
 彼は弁護士の「公明」を祝した、そしてその公明を巧みに利用した。彼は弁護士の認めたすべての点によって被告を難じた。弁護士は被告がジャン・ヴァルジャンであることを認めたがようであった。彼はその点をとらえた。被告はゆえにジャン・ヴァルジャンである。この点は既に起訴のうちに明らかで、もはや抗弁の余地はない。そこで検事は巧みに論法を換えて、犯罪の根本および原因にさかのぼり、ロマンティック派の不道徳を痛論した。ロマンティック派は当時、オリフラム紙やコティディエンヌ紙の批評家らが与えた悪魔派の名の下に起こりかけていたのだった。検事はいかにも真(まこと)らしく、シャンマティユーいや換言すればジャン・ヴァルジャンの犯罪は、その敗徳文学の影響であるとした。その考察が済んで、彼は直接ジャン・ヴァルジャンに鋒先(ほこさき)を向けた。ジャン・ヴァルジャンとはいったい何物であるか? 彼はそこでジャン・ヴァルジャンのことを詳細に描出した。地より吐き出されたる怪物云々(うんぬん)。それらの描出の模範はこれをテラメーヌ(訳者注 ラシーヌの戯曲フエードル中の人物)の物語のうちに求められる。それは悲劇には無用なものであるが、常に法廷の雄弁には大なる貢献をなすものである。傍聴人や陪審員らは「震え上がった。」その描出がすんで彼は、翌朝のプレフェクチュール紙の大なる賛辞をかち得んための抑揚(よくよう)をもって言を進めた。――そして被告は実にかくのごとき人物である、云々。浮浪人であり、乞食(こじき)であり、生活の方法を有せぬ奴(やつ)である、云々。――被告は過去の生涯によって悪事になれ、入獄によっても少しもその性質が改まらなかったのである。プティー・ジェルヴェーに関する犯罪はそれを証して余りある、云々。――被告は不敵なる奴である。大道において、乗り越した壁より数歩の所において、盗める品物を手に持っていて、現行犯を押さえられ、しかもなおその現行犯を、窃盗(せっとう)を、侵入を、すべてを否認し、おのれの名前までも否認し、同一人なることまでも否認している。しかし吾人(ごじん)はここに一々持ち出さないが、幾多の証拠がある。それを外にしても四人の証人が認めている。すなわち、ジャヴェル、あの清廉なる警視ジャヴェル、および被告の昔の汚辱の仲間、ブルヴェー、シュニルディユー、コシュパイユの三人の囚人。その一致したる恐るべき証言に対して、彼はいかなる反駁(はんばく)を有するか? 彼は単に否定する。いかなる頑強さぞ! 陪審員諸君、諸君はよろしく公平なる判断を下さるることと思う、云々(うんぬん)。――検事がかく語っている間、被告は多少感嘆を交じえた驚きをもって呆然(ぼうぜん)と口を開いて聞いていた。人間の力でよくもかく語り得るものだと彼は明らかに驚いたのである。時々、論告の最も「溌剌(はつらつ)」たる瞬間、自らおさえかねる能弁が華麗なる文句のうちにあふれ出て、被告を暴風雨のごとく包囲する瞬間には、彼は右から左へ左から右へとおもむろに頭を動かした。それは一種の悲しい無言の抗弁であって、彼は弁論の初めよりそれだけで自ら満足していたのである。彼の最も近くに立会ってる人々は、彼が二、三度口のなかで言うのを聞いた。「バルーさんに尋ねなかったからこんなことになるんだ!」――その愚昧(ぐまい)な態度を検事は陪審員らに注意した。それは明らかに故意にやっているもので、被告の痴鈍を示すものではなく、実に巧妙と狡猾(こうかつ)とを示すものであり、法廷を欺く常習性を示すものであり、被告の「根深い奸悪(かんあく)」を現わすものである。そして彼は、プティー・ジェルヴェーの事件はこれを保留しておき、厳刑を請求しながら弁論を終えた。
 ここに厳刑というのは、読者の知るとおり、無期徒刑をさすのである。
 弁護士はまた立ち上がって、まず「検事殿」にその「みごとなる弁舌」を祝し、次にできる限りの答弁を試みた。しかし彼の論鋒(ろんぽう)は鈍っていた。地盤は明らかに彼の足下にくずれかけていた。

     十 否認の様式

 弁論を終結すべき時はきた。裁判長は被告を起立さして、例のごとく尋ねた。「被告はなお何か申し開きをすることはないか。」
 男は立ったまま手に持っているきたない帽子をひねくっていた。裁判長の言葉も聞こえぬらしかった。
 裁判長は再び同じ問いをかけた。
 こんどは男にも聞こえた。彼はその意味を了解したらしく、目がさめたというような身振りをし、周囲を見回し、公衆や憲兵や自分の弁護士や陪審員や法官らをながめ、腰掛けの前の木柵(さく)の縁にその大きな拳(こぶし)を置き、なお見回して、突然検事の上に目を据えて語り初めた。それはあたかも爆発のごときものだった。その言葉は、支離滅裂で、急激で、互いに衝突し混乱して、口からほとばしりいで、一時に先を争って出て来るかのようだった。彼は言った。
「私の言うのはこうだ。私はパリーで車大工をしていた。バルー親方の家だ。それはえらい仕事だ。車大工というものは、いつも戸外(そと)で、中庭で、仕事をしなくちゃならない。親切な親方の家じゃ仕事場でするんだが、決してしめ切った所じゃない。広い場所がいるからだ。冬なんかひどく寒いから、自分で腕を打って暖まるくらいだ。だが親方はそれを喜ばない。時間がつぶれるというんだ。舗石(しきいし)の間には氷がはりつめていようという寒い時に鉄を扱うのは、つらいもんだ。すぐに弱ってしまう。そんなことをしていると、まだ若いうちに年をとってしまう。四十になる頃にはもうおしまいだ。私は五十三だった、非常につらかった。それに職人というものは意地が悪いんだ! 年が若くなくなると、もう人並みの扱いはしないで老耄奴(おいぼれめ)がと言いやがる。私は一日に三十スーよりもらわなかった。給金をできるだけ安くしようというのだ。親方は私が年をとってるのをいいことにしたんだ。それに私は、娘が一人あった。川の洗たく女をしていたが、その方でも少ししか取れなかった。でも二人で、どうにかやってはゆけた。娘の方もつらい仕事だった。雨が降ろうが、雪が降ろうが、身を切るような風に吹かれて、腰まである桶(おけ)の中で一日働くんだ。氷が張っても同じだ。洗たくはしなけりゃならない。シャツをよけいに持っていない人がいるんだ。後を待っている。すぐに洗わなけりゃ流行(はや)らなくなってしまう。屋根板がよく合わさっていないので、どこからでも雨がもる。上着や下着は皆びしょぬれだ。身体にまでしみ通ってくる。娘はまた、アンファン・ルージュの洗たく場でも働いたことがある。そこでは水が鉄管から来るので、桶の中にはいらないですむ。前の鉄管で洗って、後ろの盥(たらい)でゆすぐんだ。戸がしめてあるんだからそんなに寒くはない。だが恐ろしく熱い蒸気が吹き出すから、目を悪くしてしまう。娘は夕方七時に帰ってきて、すぐに寝てしまう。そんなに疲れるんだ。亭主はそれをなぐる。そのうち娘は死んでしまった。私どもは非常に不仕合わせだった。娘は夜遊びをしたこともなく、おとなしいいい子だった。一度カルナヴァルのしまいの日に、八時に帰ってきて寝たことがあったばかりだ。そのとおりだ。私は本当のことを言ってる。調べたらすぐわかることだ。ああそうだ、調べるといったところで、パリーは海のようなもんだ。だれがシャンマティユーじいなんかを知ってよう。だがバルーさんなら知ってる。バルーさんの家に聞いてみなさい。その上で私をどうしようと言いなさるのかね。」
 男はそれで口をつぐんで、なお立っていた。彼はそれだけのことを、高い早い嗄(しわが)れたきつい息切れの声で、いら立った粗野な率直さで言ってのけた。ただ一度、群集の中のだれかにあいさつするため言葉を途切らしただけだった。やたらにつかんでは投げ出したようなその断定の事がらは、吃逆(しゃっくり)のように彼の口から出た。そして彼はその一つ一つに、木を割ってる樵夫(きこり)のような手つきをつけ加えた。彼が言い終わった時、傍聴人は失笑(ふきだ)した。彼はその公衆の方をながめた。そして皆が笑ってるのを見て、訳もわからないで、自分でも笑い出した。
 それは彼にとって非常な不利であった。
 注意深いまた親切な裁判長は、口を開いた。
 彼は「陪審員諸君」に、「被告が働いていたという以前の車大工親方バルーという者を召喚したが出頭しなかった、破産をして行方(ゆくえ)がわからないのである、」ということを告げた。それから彼は被告の方に向いて、自分がこれから言うことをよく聞くようにと注意し、そして言った。「その方はよく考えてみなければならない場合にあるのだぞ。きわめて重大な推定がその方の上にかかったのだ、そして最悪な結果をきたすかも知れないのだ。被告、その方のために本官は最後に今一度言ってやる。次の二つの点を明瞭(めいりょう)に説明してみよ。第一に、その方はピエロンの果樹園の壁を乗り越え枝を折り林檎(りんご)を盗んだか、否か。言い換えれば、侵入窃盗(せっとう)の罪を犯したか、否か。第二に、その方は放免囚ジャン・ヴァルジャンであるか、否か。」
 被告はそれをよく理解しかつ答うべきことを知ってるかのように、悠然(ゆうぜん)と頭を振った。彼は口を開き、裁判長の方を向き、そして言った。
「まず……。」
 それから彼は自分の帽子を見、天井をながめ、それきり黙ってしまった。
「被告、」と検事は鋭い声で言った、「注意せい。その方は審問には何も答えない。その方の当惑を見ても罪は十分明らかだ。みな明瞭にわかっているのだぞ。その方はシャンマティユーという者ではない。徒刑囚ジャン・ヴァルジャンである。初め母方の姓を取ってジャン・マティユーという名の下に隠れていたのだ。その方はオーヴェルニュに行ったことがある。その方はファヴロールの生まれで、そこで枝切り職をやっていた。それからまた、その方がピエロン果樹園に侵入して熟した林檎(りんご)を盗んだことも明白である。陪審員諸君も十分認められることと思う。」
 被告は再び席についていた。しかし検事が言い終わると急に立ち上がって叫んだ。
「旦那(だんな)はわるい人だ、旦那は! 私は初めから言いたかったのだが、どう言っていいかわからなかったのだ。私は何も盗みはしなかった。私のようなものは、毎日食べなくてもいいのだ。私はその時アイイーからやってきた。その田舎(いなか)を歩いていた。夕立の後で田圃(たんぼ)は黄色くなっていた。池の水はいっぱいになっていた。路傍(みちばた)には小さな草が砂から頭を出してるきりだった。私は林檎のなってる枝が折れて地に落ちてるのを見つけた。私はその枝を拾った。それがこんな面倒なことになろうとは知らなかったのだ。私はもう三月(みつき)も牢にはいっている。方々引き回された。それから、私は何と言っていいかわからないが、旦那方は私を悪くいって、返事をしろ! と言いなさる。憲兵さんは親切に、私を肱(ひじ)でつっついて、返事をするがいいと小声で言いなさる。が私は何と説き明かしていいかわからない。私は学問もしなかった。つまらない男だ。それがわからないと言うのは旦那方の方がまちがってるんだ。私は盗みはしなかった。落ちてるものを地から拾い上げたまでだ。旦那方はジャン・ヴァルジャン、ジャン・マティユーと言いなさる。私はそんな人たちは知らない。それは村の人かも知れない。私はロピタル大通りのバルーさんの家で働いていたんだ。私はシャンマティユーという者だ。よくも旦那方は私の生まれた所まで言ってきかしなさる。だが自分ではどこで生まれたか知らないんだ。生まれるに家のない者もいる。その方が便利かもわからないんだ。私の親父(おやじ)と母親(おふくろ)とは大道を歩き回ってる者だったに違いない。だがそれも私はよく知らない。子供の時私は小僧と言われていた、そして今では爺さんと人が言ってくれる。それが私の洗礼名だ。どう考えようとそれは旦那方(だんながた)の勝手だ。私はオーヴェルニュにもいたし、ファヴロールにもいた。だが、オーヴェルニュやファヴロールにいた者は皆牢にいた者だというのかね。私は泥坊なんかしなかったというんだ。私はシャンマティユー爺というものだ。私はバルーさんのうちにいた。ちゃんと住居(すまい)があったんだ。旦那方は訳もわからないことを言って私をいじめなさる。なぜそう一生懸命になって私を皆でつけ回しなさるのかね!」
 検事はその間立ったままでいたが、裁判長へ向かって言った。
「裁判長殿、被告は曖昧(あいまい)なしかも至って巧妙な否認を試み、白痴として通らんとしている。しかしそうはゆかぬ。吾人(ごじん)はその手には乗らない。裁判長並びに法廷の諸君、吾人は被告の否認に対して、ふたたび囚徒ブルヴェー、コシュパイユ、シュニルディユー、および警視ジャヴェルを、この場に召喚することを請求したい。しかして最後に今一度、被告とジャン・ヴァルジャンとが同一人なるや否やを彼らに尋問したいのである。」
「検事に注意するが、」と裁判長は言った、「警視ジャヴェルは公用によって隣郡の町に帰るため、供述を終えて直ちに法廷を去り、この町をも去っている。検事および被告弁護士の同意を得てそれを彼に許可したのである。」
「裁判長殿、まさにそのとおりです。」と検事は言った。「しかしてジャヴェル君の不在により、私は彼が二、三時間前この席において供述したところのことを、陪審員諸君の前に再び持ち出したい。ジャヴェルはりっぱな人物であり、下役ではあるが、しかし至って重要なるその役目を厳粛なる正直(せいちょく)さをもって果たす男である。そして彼は実にかくのごとく陳述したのである。『私は被告の否認を打ち消すべき心理的推定並びに具体的証拠をさえも必要としませぬ。私はこの男を十分見識(し)っています。この男はシャンマティユーという者ではありませぬ。この男は極悪なる恐るべき徒刑囚ジャン・ヴァルジャンであります。刑期過ぎてこの男を放免するのもすこぶる遺憾なほどでありました。彼は加重情状付窃盗(せっとう)のために十九年間の徒刑を受けたのです。その間に五、六回の脱獄を企てたのであります。プティー・ジェルヴェーに関する窃盗並びにピエロンに関する窃盗のほかに、私はなお、故ディーニュの司教閣下の家においてもある窃盗を働いたことを睨(にら)んでいるのであります。私はツーロンの徒刑場において副看守をしていました時に、彼をしばしば見たことがあります。私はこの男を十分識(し)っていることをここにくり返して申したいのであります。』」
 そのきわめて簡明なる申し立ては、公衆および陪審員に強い印象を与えたらしかった。検事はジャヴェルを除いた三人の証人、ブルヴェー、シュニルディユー、コシュパイユを再び呼び寄せて厳重に尋問すべきを主張して席に着いた。
 裁判長は一人の守衛に命令を伝えた。直ちに証人の室の扉(とびら)は開かれた。守衛は万一の場合手助けとなる憲兵を一人伴って、囚徒ブルヴェーを導いてきた。傍聴人らは不安に息を凝らし、彼らのすべての胸はただ一つの心を持ってるかのように皆一時におどった。
 前囚徒ブルヴェーは、中央監獄の暗灰色の上衣を着ていた。六十歳ばかりの男で、事務家らしい顔つきと悪者らしい様子とをそなえていた。事務家の人相と悪者の様子とは互いに相応することがあるものである。彼はある新しい悪事で再び監獄にはいったのであるが、いくらか取り立てられて牢番になっていた。「奴(やつ)何かの役にたちたいと思ってるらしい、」と上役どもから言われていた。教誨師(きょうかいし)らも彼の宗教上の平素については善(よ)く言っていた。もちろんそれは王政復古後のことであるのはいうまでもないことである。
「ブルヴェー、」と裁判長は言った、「その方は賤(いや)しい刑を受けたる身であるから、宣誓をすることはできないが……。」
 ブルヴェーは目を伏せた。
「しかしながら、」と裁判長は続けた、「法律によって体面を汚された者のうちにも、神の慈悲によって、なお名誉と公正の感情はとどまり得る。今この大切なる時に当たって本官はその感情に訴えたい。なおその方のうちに、本官の希望するごとく、その感情があるならば、本官に答える前によく考えてみよ。一方には、その方の一言によって身の破滅をきたすかも知れない男があり、他方には、その方の一言によって公明になるかも知れない正義があるのだ。重大な場合である。誤解だと信ずるならばその方はいつでも前言を取り消してよろしい。――被告、起立せい。――ブルヴェー、よく被告を見、記憶をたどって、被告はその方の徒刑場の昔の仲間ジャン・ヴァルジャンであるとなお認むるかどうか、その方の魂と良心とをもって申し立ててみよ。」
 ブルヴェーは被告をながめた。それから法官の方へ向き直った。
「そうです、裁判長殿。最初に彼を認めたのは私です。私は説を変えませぬ。この男はジャン・ヴァルジャンです。一七九六年にツーロンにはいり、一八一五年にそこを出たのです。私はそれから一年後に出ました。今ばかな様子をしていますが、それは老耄(おいぼれ)たからでしょう。徒刑場では狡猾(こうかつ)な奴でした。私は確かにこの男を覚えています。」
「席につけ。」と裁判長は言った。「被告は立っておれ。」
 シュニルディユーが導かれてきた。その赤い獄衣と緑の帽子とが示すように無期徒刑囚であった。彼はツーロンの徒刑場で服役していたが、その事件のために呼び出されたのである。いらいらした、顔にしわのよった、弱々しい身体の、色の黄いろい、鉄面皮な、落ち着きのない、五十歳ばかりの背の低い男で、手足や身体には病身者らしいところがあり、目つきには非常な鋭さがあった。徒刑場の仲間らは彼をジュ・ニ・ディユーと綽名(あだな)していた。(訳者注 吾神を否定するという意味であってシュニルディユーをもじったものである)
 裁判長はブルヴェーに言ったのとほとんど同じような言葉を彼に言った。裁判長が彼に、その汚辱のために宣誓する権利がないことを注意した時、彼は頭を上げて、正面の群集を見つめた。裁判長は彼によく考えるように言って、それからブルヴェーに尋ねたとおり、彼がなお被告を知っていると主張するかどうかを尋ねた。
 シュニルディユーは放笑(ふきだ)した。
「なあに、知ってるかって! 私どもは五年も同じ鎖につながれていたんだ。おい爺さん、何をそう口をとがらしているんだ。」
「席につけ。」と裁判長は言った。
 守衛はコシュパイユを連れてきた。シュニルディユーと同じく徒刑場から呼び出された、赤い獄衣を着てる無期徒刑囚だった。ルールドの田舎者(いなかもの)で、ピレネー山の山男だった。彼は山中で羊の番をしていたのであるが、羊飼いから盗賊に堕したのである。被告同様の野人で、かつなおいっそう愚鈍らしかった。自然から野獣に作られ社会から囚人に仕上げられた不幸なる人々の一人だった。
 裁判長は感慨ぶかい荘重な言葉で、彼の心を動かそうとした、そして前の二人にしたように、前に立っている男を何らの躊躇(ちゅうちょ)も惑いもなく認定しつづけるかどうかを尋ねた。
「こいつはジャン・ヴァルジャンだ。」とコシュパイユは言った。「起重機のジャンとも言われていた。そんなに力が強かったんだ。」
 明らかにまじめに誠実になされたその三人の断定をきくたびごとに、傍聴人の間には被告の不利を予示するささやきが起こった。新しい証言が前の証言に加わってゆくごとに、そのささやきはますます大きくなり長くなった。被告の方は、それらの証言を例のびっくりしたような顔つきで聞いていた。反対者から言わすれば、それは彼の自己防衛の重なる手段であった。第一の証言に、両側にいた二人の憲兵は彼が口のうちでつぶやくのを聞いた。「なるほど彼奴(あいつ)がその一人だな!」第二の証言の後、彼はほとんど満足らしい様子ですこし高い声で言った、「結構だ!」三番目には彼は叫んだ、「素敵だ!」
 裁判長は彼に言葉をかけた。
「被告、ただいま聞いたとおりだ。何か言うことがあるか。」
 彼は答えた。
「私は、素敵だ! と言うのだ。」
 喧騒(どよめき)が公衆のうちに起こって、ほとんど陪審員にまでおよんだ。その男がもはや脱(のが)れられないのは明白であった。
「守衛たち、」と裁判長は言った、「場内を取り静めよ。
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