若草物語
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著者名:オルコットルイーザ・メイ 

 ジョウの趣味にかなった突飛な計画でしたから、いきたかったのですが、窓からじぶんの家を見ると、首をふって、
「だめ、あたし男の子だったら、いっしょにいくんだけど。」
 ローリイは、なおもすすめましたが、もうジョウはじぶんの立場をまもって、
「おだまんなさい、このうえ、あたしに罪を重ねさせないでちょうだい。それよか、もしおじいさんに、あなたをいじめたお詑びをさせたら、家出をやめる?」
「ああ、だけどそんなこと、きみにできないよ。」
 けれど、ジョウは、やれると思って、ローレンス老人の部屋へいきました。そして、本を返し、つぎの第二巻を借りるために、梯子にのって書庫のたなをさがしました。そして、なんといって話を切り出そうかと思っていると、老人のほうから、ジョウがなにかたくらんでいると見てとったらしく、
「あの子は、なにをしたのかね? なにかいたずらをしたにちがいないが、一言も返事をせぬからおどしつけたら、じぶんの部屋にはいってかぎをかけてしまった。」
「あのかた、わるいことをしたのです。けれどみんなで許してあげました。そのことは、母にとめられていますから、申せません。ローリイは白状して、ばつを受けました。わたしたちは、ローリイをかばいません。ある人をかばうために、だまっているのです。ですから、おじいさまも、どうかこのことには立ちいらないで下さい。かえって、いけません。」
「だが、あんたがたに親切にしてもらっていながら、わるいことをしたのなら、わしはこの手でたたきのめしてやる。」
 老人の心は、なかなかとけませんでしたが、ジョウは、そのわるいことが、たいしたことでないように、事実にふれないで、かるく話し、やっとうなずかせました。けれど、この際、すこし老人にもじぶんのしうちを考えるようにしてあげたいと思って、
「おじいさまは、ローリイに親切すぎるくらいですけど、ローリイがおじいさまを怒らせたりするときには、すこし気がみじかくはないでしょうか?」と、正直にいいました。
「いや、あなたのいうとおりじゃ、わしはあの子をかあいがっているが、がまんのならぬほどわしをじらすようなこともする。こんなふうだと、どうなるかな。」
「申しあげましょうか?あの人、家出しますわ。」
 老人の顔は、さっと青くなり、美しい男の肖像画を見あげました。それは、わかいころ家出して、老人の意にそむいて結婚したローリイの父母でありました。ジョウは、老人がくるしい過去を思い出しているのを察し、あんなこといわなければよかったと後悔しました。それで、ジョウはあわてていいました。
「でも、あの人、よっぽどのことがないと、そんなことしませんわ。ただ勉強にあきると、そんなことをいっておどかすだけなんです。わたしだって、そんなことしたいと考えます。髪をきってからよけいそうです。だから、二人がいなくなったら、二少年をさがす広告を出して、インドいきの船をおさがし下さい。」
 ジョウは、こういって笑ったので、老人もほっとしたようでした。
「おてんば娘は、とんでもないことをいいなさる。子供はうるさいが、いなくちゃこまる。もうなんでもないといって、食事にあの子をつれて来て下され。」
 ジョウは、わざと、すなおにいうことをきかないで、詫状を書いて形式的にあやまれば、ローリイは、じぶんのばかもわかり、きげんをなおして来ますといつわりました。
「あなたは、なかなかくえない子じゃ。でも、あなたやベスに、いいようにされてもかまわん。さ、書こう。」
 老人は、本式の詫状を書きました。ジョウは、それを持ってローリイの部屋にいき、扉の下からそれをなかへいれ、きげんをなおして、おりて来るようにいいました。ローリイは、すぐおりて来ました。階段のところで、
「きみは、えらいな。しかられなかった?」
「よく、わかって下すったわ。さ、新らしい出発よ。御飯を食べれば気もはれる。」
 ジョウは、さっさと帰り、ローリイはおじいさんにあやまり、おじいさんもすっかりきげんをなおし、この事件はすっかり片づき[#「片づき」は底本では「片すぎ」]ました。
 けれど、メグは、この事件のために、ブルック氏へ近づいたのでした。あるとき、ジョウは、切手をさがすために、メグの机のひき出しをさがすと「ジョン・ブルック夫人」という落書のしてある紙片がありました。ジョウは、悲しそうなうめき声とともに、その紙片を火になげこみ、ローリイのいたずらが、じぶんにとっての、不幸な日を、早めたことをしみじみと感じました。

          第二十二 たのしい野辺

 その後の数週間は、あらしが吹き去った後、日光がさしたようでした。おとうさんは、新年になれば帰宅するといって来ました。ベスは、書斎[#「書斎」は底本では「書斉」]のソファまでいって横になることができるようになり、子ねこと遊んだり、人形の服をぬったりしました。ジョウは、まい日ベスを散歩につれ出し、メグはおいしい料理に腕をふるいました。エミイは、ねえさんたちに、できるだけのたからものをあげ、その帰宅を祝福されました。
 クリスマスが近づくにつれ、いろんな計画がはじめられました。ジョウは、このいつもとちがうおめでたいクリスマスを祝うために、とてつもない、ばかげたお祭りを提案して、みんなを大笑いさせました。ローリイも、とっぴな計画をたて、勝手にさせておけば、花火でも凱旋門でも、こしらえかねないいきおいでした。
 ただ者でないジョウとローリイは、妖精のように夜中に起きてはたらき、ベスのために、とてつもないものを庭先につくりあげました。それは、雪姫でひいらぎの冠をいただき、片手には花や果物をいれたバスケットをさげ、片手には新らしい譜本を持ち、肩に赤い毛布をまきつけ、口からクリスマスの祝歌を書いた吹流しを出していました。ベスは窓ぎわまでかつがれていき、この雪姫を見てどんなに笑ったでしょう。
 祝歌というのは、こうです。
  ユングフラウからベスへ、
ベス女王さま おめでとう
ちっともくよくよなさらずに
たのしく平和にすこやかに
お祝いなされよクリスマス

はたらき蜂さん果物食べて
お花のにおいをかぎなさい
譜本はピアノをひくため[#「ひくため」は底本では「くためひ」]で
毛布はおみ足つつむため
ジョアンナの肖像は
ラファエル第二世がねっしんに
きれいで、よくにるように
かきあげたもの、いいでしょう。

あかいリボンもあげましょう
ねこの夫人の尾のかざり
アイスクリームはペグの作
桶にもりあがるモン・ブラン山
アルプス娘のこのわたし
つくったローリイとジョウ
雪の胸にひそませた
あつい情をお受け下さい
 雪姫の贈りものを、ローリイがはこび、ジョウがそれを贈るために、こっけいな演説をしました。ベスは、雪姫の贈りもののおいしいぶどうを食べて、
「あたし幸福でいっぱい、これでおとうさんがいらしたら、もうどうしようもないわ。」と、いいました。
「あたしも幸福」と、ジョウも、前からほしがって、やっと手に入れた二冊の本アンデインとシントラムのはいっているかくしをたたきながらいいました。
「あたしだって、そうよ。」と、エミイはおかあさんからいただいたマドンナとその子の版画をながめながらいいました。
「もちろん、あたしも。」と、メグは生れてはじめて手にした絹のドレスにさわりながらいいました。それはローレンス氏が、くれるといってきかなかったのです。
「かあさんだって、そうですよ。」と、おかあさんも満足そうにいって、今しがた娘たちが胸にとめてくれたブローチをなでました。
 ところが、それから三十分の後に、まるで小説にでもありそうな思いがけないうれしいことが起りました。それは、ローリイが興奮して客間をのぞき、
「さあ、マーチ家へまたクリスマス・プレゼントがとどきましたよ。」と、いって、すぐに、すがたをけしたことからはじまりました。みんなは、はじかれたように、なにごとかと、ローリイの言葉にかくされたものを考えていると、首まきをしたせの高い人がもう一人のせの高い人の腕によりかかりながらあらわれました。あっと、みんなはさけんでおしよせ、たちまちとりかこみ、すがりつき、よろこびのうずが家のなかにまきかえりました。ああ、その人はおとうさんでした。そして、つづく笑い声、あんまりうれしいので、みんながいろんな、らちもないしくじりをしたのが、よけいおかしく思われました。やっと笑い声がしずまると、ブルック氏はローリイをうながして帰り、おとうさんとベス、二人の病人はしずかにソファにかけました。
 おとうさんは、上天気になったので、医者が帰宅を許してくれたこと、それで、わざとふいうちに帰って来たこと、ブルック氏がよく世話をしてつれて来てくれたことなどを話しました。
 ところで、その日のごちそうは、マーチ家では、はじめてのすばらしいクリスマスのごちそうで、七面鳥のむし焼き、ほしぶどういりのプディングゼリイなど、ハンナができるかぎり腕をふるいました。そして、お客はローレンス老人、ローリイ、それからブルック氏で、健康を祝して乾杯し、語りあい、歌を合唱しあって、ごちそうを食べ、心ゆくばかりたのしいときをすごしました。
 食事をおわってから、家族は炉のまわりに集りました。娘たちは、今年の思い出話をしましたが、じっと耳をかたむけていたおとうさんは、満足そうにいいました。
「小さい巡礼さんたちの旅としては、今年のあと半分はくるしい旅だったね。だけど、みんな勇ましく歩いて来たし、めいめいの重荷も、うまいぐあいにころげおちそうだね。」
「どうしておわかりですか? おかあさんからお聞きになりました?」と、ジョウが尋ねました。
「まだ、そんなに聞いてはいないが、わらの動きかたで風向きがわかるね。それで、おとうさんは、今日いろいろなものを発見した。まず、これが一つ。」と、おとうさんは、そばにすわっているメグの手をとって、「あれた手だね。やけどもある、まめもある。だが、むかし美しかったときよりも、今のほうが美しいね。この手は家庭を幸福にしていく、勤勉な手だ。」
 おとうさんは、にっこり笑って、むかいがわにすわっているジョウをながめて、
「髪をきったが、一年前の息子のジョウではなくなった。身じまいもきちんとして、すっかり女の子になった。今は看病と心配のつかれで青い顔をしているが、ずっとおだやかな顔つきになった。むかしのおてんば娘がいなくなって、すこしさびしいが、そのかわり頼もしい心のやさしい娘があらわれた。」
「こんどはベスね。」と、エミイはじぶんの番の来るのを待ちどおしく思いました。
「ベスは、病気でこんなに小さくなったから、うっかりしゃべっているあいだに、どこかへ消えてしまいそうだね、まあ、前ほどはにかまなくなったようだが。」と、おとうさんは、もうすこしでこの子を失うところだと思い、しっかりとだきしめ、「ベス、どうかいつまでもじょうぶでいてほしいね。」
 みんなだまって、それぞれなにか考えていました。と、おとうさんは、足もとのエミイの髪をなでながら、
「エミイは、食事のとき、いつもとちがって、鳥の足の肉をとったし、またお昼からはお使いをしたし、しんぼうづよく、みんなのお給仕もしたね、おしゃれもしなくなったし、指にはめているきれいな指輪のことも口に出さなかったね。これでおとうさんには、エミイがじぶんのことより、他人のことをよけい考えるようになったことがわかってうれしい。」
 おとうさんの話がすむと、ジョウがベスにむかって尋ねました。
「ベス、あなたなにを考えているの?」
「あたし、今日、天路暦程のなかで、クリスチャンとホープフルが、いろいろくるしい旅をつづけたあげく、年中ゆりの花のさいていてたのしい緑の野辺について、ちょうど今のあたしたちのように、目的地にむかって、また出発する前に、そこでたのしく一休みするところを読みました。」と、ベスはいって、おとうさんのそばをはなれてピアノの前にいきました。
「お歌の時間でしょう。おとうさんのお好きな、巡礼の聞いた羊飼いの少年の歌、あたし作曲しましたの。」
 そういって、ベスはピアノをひき、二度ともう聞けないかと思った美しい声で、ベスにふさわしい古風な讃美歌をうたいました。
へりくだるものにおそれなく
ひくきにあるものにほこりなし
まずしきものは、とこしえに
神のみちびきえらるべし

われもつものにことたれり
たとえおおくもすくなくも
ああ、そのたるをしるこころ
主のこころにかなうべし

おもにはかたにおもくとも、
じゅんれいのたびをつづけつつ
このよのさちはうすくとも
主のしゅくふくをうけるならん。

          第二十三 マーチおばさん

 はたらき蜂が、女王蜂のまわりにむらがるように、おかあさんと娘たちは、そのあくる日、ベスのそばの大きなイスに身体をうずめたおとうさんのまわりにたかり、あらゆる親切なお世話をしました。ただ一人、ふしぎなかわりかたはメグで、そわそわしたり、気がぬけたようになったりしました。
 午後、ローリイが、窓ぎわのメグを見て、雪のなかに片ひざをつき、胸をうって髪をかきむしり、哀願するように、りょう手を組み合せて、拝むようなかっこうをしました。メグが、ばかなまねはおよしなさいというと、ハンカチで空涙をふいていってしまいました。
「おばかさん、なんのつもりかしら?」と、メグがいうと、ジョウが
「あなたのジョンが、こうなるという実演なのよ。あわれでしょう。」と、せせら笑っていました。
 メグは、顔をしかめ、わたしをこまらせないで、今までどおりみんなで遊んでいればいいといいますと、ジョウは、
「そうはいかないわ、おかあさんにもあたしにも、よくわかるけど、おねえさんはちっともおねえさんらしくなくなったわ。遠いところへいっておしまいになったみたい。あたしおねえさんみたいに、ぐずぐずしてるのきらい。だから、そうする気ならさっさときめるといいのよ。」
「あたしのほうからいい出せるものではないし、おとうさんはあのかたに、あたしのことわかすぎるとおっしゃったんですもの、あのかたもいい出せないわ。」
 ジョウは、メグが気がよわいから
「あの人にいい出されたら、なんていっていいかわからなくなり、泣き出すか顔をあかくするか、ノウがいえないで、あの人の思うようになってしまう。」と、いいますと、メグは
「あなたの思うほど、あたしばかでもよわ虫でもないわ。あたしにだって、いうことはいえるわ。」とやりかえしました。
 それから、恋愛についていろいろ話したあげく、メグは、もしいい出されたら、
「あたしすっかりおちついていうわ。ありがとうございます。ブルックさま、けれど、まだ年がわかすぎますので、今のところ婚約などできませんの。父もおなじ意見でおりますの。どうかなにもおっしゃらずに、今までどおりお友だちとしておつき合い下さいませ。」
「ほう、いえるかしら。あのかたの感情を害することを気にして、きっと敗けてしまうわ。」
「いいえ敗けるものですか、つんとすまして部屋を出ていくわ。」
 そのとき、だれか扉をたたきました。開けると、それはジョンでした。
「こんにちは、こうもりがさをとりに来ました。あのう、おとうさんの御容態、今日はどうかと思いまして。」
 ジョンは、メグとジョウの、意味ありげな顔を見て、ややあわてながらいいました。
「たいそう元気でいますわ。かさたてにいますからつれて来ます。それから、あなたのお見えになったことも知らせて来ます。」と、ジョウは、かさと、おとうさんを、ごっちゃにした答えをしながら、メグに例の口上をいわせ、つんとすまして部屋を出ていかせるために、じぶんは部屋を出ました。メグは、ジョウのすがたが見えなくなると、すぐに、
「おかあさんが、お目にかかりたたがっていますわ。どうぞおかけになって、すぐよんで来ますから。」
 ジョンは、メグにむかって、
「お逃げにならなくてもいいでしょう。ぼくがこわいんですか?」と、ひどく、感情を害したような顔つきでしたので、メグはびっくりして、
「父にあんなに親切にして下すったのに、どうしてこわがりましょう。どうしてお礼を申しあげたらいいかと思っていますのよ。」
「どうしてお礼をしていただくか、いってあげましょうか?」と、ジョンは、メグの手を握りしめ、愛情をこめて見るので、メグは
「いいえ、いいえ、どうぞおっしゃらないで。」と、やはりこわそうに手をひっこめようとしました。
「ごめいわくはかけません。すこしでもぼくに好意を持って下さるかどうか知りたいだけです。ぼくは心からあなたを愛しています。」
 さあ、今こそおちついて、例の文句をいうべきでしたが、すべて忘れ、うなだれて、わかりませんわと答えただけで、それもあまりにひくかったので、ジョンは聞きとるために身をかがめなければなりませんでした。そして、ジョンは、すこしぐらいめいわくをかけてもいいと思ったらしく、満足そうに、
「ぼく、いつか報いられるかどうか、うかがいたいのです。そうでないと仕事もできません。」と、いいました。
「でも、わたしまだわかすぎますから。」
「ぼくは待っています。そのうちに、ぼくを好きになるようになって下さい。ぼくは教えてあげたいのです。これはドイツ語よりやさしいのです。」
 ジョンは、懇願するようでしたが、一面、なんとなく、たのしそうで、成功をうたがわぬというような満足そうなほほえみさえうかべていました。メグは、アンニイ・マフォットのことを思いうかべ処女の優越感から気まぐれな気持にかられ、
「わたし、そんな気持になれませんわ。どうぞお帰り下さい。」と、いってしまいました。それを聞いたジョンは、メグのそのふきげんにおどろき、
「本気でそうおっしゃるのですか?」と、部屋から立ち去ろうとするメグを追って、心配そうに尋ねました。
「ええ、あたし、そんなことで気をもみたくありませんわ。父も気にかけないようにといいました。早すぎますし、そんな気になれませんわ。」
「あなたのお気持がかわって来てほしいものです。ぼくは待っています。ぼくをからかわないで下さい。」
「あたしのことなんか考えないで下さい。そのほうが、あたし、けっこうなのです。」
 メグは、恋人の忍耐とじぶんの力を試そうとする気味のわるい満足を味わいながらいいました。ジョンは、青い顔になり、いかにもなやましそうでした。この興味ふかい場面に、マーチおばさんが、びっこをひきながらはいって来なかったら、そのつぎにはどんなことが起ったでしょう?
 マーチおばさんは、ローリイからマーチ氏が帰宅したことを聞くと、すぐさま甥にあいに馬車をのりつけました。びっくりさせるために案内も乞わずにはいって来ましたが、たしかにメグとジョンはおどろき、メグはとびあがり、ジョンは書斎へ逃げこもうとしました。
「おや、まあ、これはいったい、なにごとですかい?」と、老婦人は杖で床をたたき、二人がそこにいたのをあやしみました。
「あの、おとうさんのお友だちですの。」
「その男が、お前さんの顔をなぜあかくさせたかね? なにかまずいことでもあったね。」
「ただお話ししただけです。ブルックさんは、こうもりがさをとりにいらしたのです。」
「ほう、ブルック、あの子の家庭教師がね? ああ、わかりました。ジョウがおとうさんのことづけをいいに来たとき、まちがえて口をすべらしたのを聞いた。お前さんは、承知しはしないだろうね?」
「しっ! 聞えますわ、おかあさんをよんでまいりましょうか?」
「まだいい。お前にいうことがあります。お前がその男と結婚する気なら、わたしはびた一文もあげないからね、よくおぼえておき、そして、りこうにおなりよ。」
 老婦人は、どんなにやさしい人にも反抗心を起させる人で、今もメグは、強制的にそういわれると愛情と片意地で、ジョンを好きになろうと思い、いつになく強気で、
「あたしは、好きな人と結婚します、お金はあなたの好きな方にあげて下さいませ。」
「なんですって! そんな口のききかたをして、今に貧乏人との恋にあきて後悔しますよ。」
「お金持と、愛のない結婚するよりましですわ。」と、メグはゆずっていません。
 老婦人は、メグがこんなことをいい出したのでおどろき、今度はやわらかに説き伏せるつもりで、
「わたしは親切からいうんです。お前さんはりっぱな結婚をして家の者を助けなければならないのです。」
「いいえ。両親ともそんなこと考えません。両親ともジョンが好きです。貧乏ですけれど。」
「お前さんの両親は、世間知らずのねんねだからね。そのブルックとやらは、貧乏で、金持の親類もないそうだね。」
「でも、親切な友だちがたくさんいますわ。」
「友だちがなんの力になるものか[#「ものか」は底本では「ものが」]、それに、その男には職業もないんでしょう?」
「まだ、ありません。ローレンスさまがお世話して下さいます。」
「あんな変物が頼みになるものかね。とにかくお前はもうすこしりこうだと思っていたが。」
「ブルックさんは、りっぱなかたです。かしこいし、才能もありますし、勇気もおありになります。わたしのこと思って下さるのを、わたしは誇りにしています。」
「あの男は、お前に金持の親類があるから、それでお前を好きになったんだよ。」
「まあ、どうしてそんなことおっしゃるんですか? わたしは、どうしても、あのかたと結婚します。」
 メグは、そこまでいって、もしかジョンに聞かれたらと思って、はっとして言葉をきりましたが、マーチおばさんはたいそう怒って、
「よろしい、強情だね、あたしは、もうお前のおとうさんにあう気力もない。結婚したからって、あたしからなにかもらうなんて考えたってだめです。永久におさらばだよ。」と、おそろしい顔つきで帰っていきました。のこったメグが、ぼんやりつっ立っていると、ジョンが来て、
「メグ、ぼくのこと弁護して下すってありがとう。それから、おばさんにはあなたがわずかにしろぼくのこと愛して下さることを証明して下さったお礼をいいますよ。」
「おばさんが、あなたのわる口をいい出すまでは、どんなにあなたを思っていたか、わたしにもわかりませんでしたわ。」
「では、ぼく帰らないで、ここにいて幸福になれますね、え?」と、ジョンがいいましたが、ここでもつんとすまして立ち去るわけでしたが、メグは、ええとやさしくささやいて、ジョンの胸に顔をうずめ、ジョウの手前、永久に頭のあがらぬことになってしまいました。
 十五分ほどして、ジョウが二階からおりて来て、予期しなかった変化におどろき、まるで息の根がとまるほどでした。しかも、ジョンは、ぼくたちを祝って下さいというではありませんか。ジョウは悲痛なさけびとともにとび出し二階へかけあがり、
「ああ、たれか早く階下へいって下さい。ジョンがおかしなまねをして、おねえさんがよろこんでいるわよ!」
 おとうさんと、おかあさんは、いそいで階下へいきました。ジョウは、ベスとエミイにおそろしいニュースを聞かせながら、ののしりわめきましたが、二人ともむしろそれをうれしいニュースと考えていたので、ジョウはじぶんの屋根部屋へいき、そのなやみをねずみたちにうち明けました。
 その日の午後、客間でなにがあったか、だれも知りませんでした。けれど、いろいろの話がかわされ、おとなしいジョンが、じぶんの望みや計画を非常な熱心さで話したことは、たしかでありました。
 夕飯のベルが鳴り、みんなが食卓についたとき、ジョンとメグは、この上もなくたのしそうに見えたので、もうジョウも、さっぱりと、じぶんの感情を流し、二人を祝福する気持になりました。むろん、エミイもベスも、心からよろこび、エミイは二人をスケッチしようと思いたちました。この古ぼけた部屋にこの一家の、最初のロマンスが、まばゆいばかりかがやき出し、たいしたごちそうはありませんでしたが、それはそれはたのしい食事でありました。
 おかあさんがいいました。
「今年は悲しみをおいかけるように、よろこびがやって来る年らしいですが、その変化がはじまったようです。でも、すべてうまくいきそうで、けっこうです。」
「来年は、もっといい年になればいいと思います。」と、ジョウにはメグをうばわれたことは、いい年とは思えませんでした。
「ぼくは、さ来年が、もっといい年になってほしいと思います。ぼくの計画が進んでいけば、きっとそうなります。」と、ジョンがメグにほほえみかけながら、そういうと、結婚の日が早く来ればいいと待ち遠しく思っているエミイが尋ねました。
「待ち遠しくありません?」
「勉強することがありますから、みじかいくらいですわ。」と、メグが答えました。
「あなたは、ただ待っていて下さればいいんです。はたらくのはぼくがやります。」と、いって、かれは仕事の手はじめとして、メグのナプキンをひろってやりました。
 それを見てジョウは、気にくわなかったのですが、そのとき、玄関の扉がばたんと開いたので、
「ローリイだわ、これでやっと気のきいた話ができそうだわ。」と考えましたが、ローリイが来たときすっかりあてがはずれたことがわかりました。というのは、この事件のすべてがじぶんの考えで成立したというような、あやまった考えを起して、ジョン・ブルック夫人のために、結婚式用の大きな花束をかかえて来たからです。
「ぼくは、ブルック先生が、じぶんの考えどおりになさることがわかっていました。いつだって、そうなんです。やりとげようと決心なさると、空がおちて来ようと、やりとげておしまいになります。」とローリイは、花束とお祝いの言葉とをささげながらいいました。
「おほめにあずかって恐れいります。ぼくはそれを未来のよい前ぶれとしてお受けいたします。そして、ぼくたちの結婚式には、あなたを招待することをきめましょう。」
「地球の果てからでもまいります。そのときのジョウの顔を見るだけでも、大旅行して来るねうちがあります。きみは、うれしそうな顔をしていませんね。どうしたの?」と、客間のすみのほうへいくジョウの後についていきました。みんなは、ローレンス氏を迎えるために、そこへ集っていきました。
「あたし、この結婚に不賛成だけど、がまんすることにしたら、一言も反対はいわない。だけど、メグをやってしまうの、どんなにつらいか、あなたにはわからないわ。」と、いったジョウの声はかすかにふるえていました。
「やってしまうんじゃない。半分だけのこることになる。」
「ううん、もとのとおりにはならない、あたしは一ばん大切な友だちをなくしたのよ。」
「だけど、ぼくがいる。たいしてやくにたたないけど、一生きみの味方をする!」
「それや、わかってるわ。ありがたいと思うわ。ローリイ、あなた、いつだって、あたしをなぐさめてくれたわね。」と、ジョウは感謝をこめてローリイの手をにぎりました。
「さあ、いい子だから、うかぬ顔をするのおよし。メグさんは幸福になるし、ブルック先生は就職なさるし、おじいさまはよくめんどうを見てあげる、メグがいっちまったら、ぼくも大学を卒業するしそしたら、いっしょに外国を漫遊するか、どこかへすてきな旅行をしよう。なぐさめになるよ。」
「そりゃ、いいなぐさめねえ、でも、三年のあいだに、どうなるかわからないわ。」
「そりゃそうだが、きみは未来をのぞいて、ぼくたちがどうなるか見たかない?」
「あたし、見たくないわ、なにか悲しいことが見えるかもしれないもの。今はみんな幸福だけど、これ以上、幸福になれると思わないわ。」
 ジョウは、そういって部屋を見まわしましたが、かがやくばかりにたのしそうなありさまに、ジョウの目もかがやきました。
 おとうさんとおかあさんは、二十年前にはじめられたじぶんたちのロマンスの第一章を、心しずかによみがえらしてすわっていました。エミイは、二人の恋人がみんなからはなれて、じぶんたちだけの美しい世界にすわっているすがたを写生していました。ベスは、ソファに横になって、ローレンス老人とたのしそうに語っていました。老人は、ベスの手をにぎりしめ、その小さい手がじぶんを、彼女の歩いて来た平和な道にみちびいてくれるような気がしていました。
 ジョウは、彼女らしい、きりっとしたしずかな表情で、ひくいイスによりかかり、ローリイはそのイスのせにもたれ、あごを彼女のちぢれ毛の頭とならべ、二人をうつしている長い鏡のなかの彼女にほほえんでうなずいていました。
 こうして、メグとジョウとベスとエミイが、たのしくしているところへ幕はおりました。この幕がふたたびあげられるかどうか、それは、この「愛の姉妹」とよばれる家庭劇の第一幕が、いかにお客さまがたに、迎えられるかによるのであります。
おわり。



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