若草物語
◇ピンチです!◇
★暇つぶし何某★

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著者名:オルコットルイーザ・メイ 

          作者について

 この「若草物語」(原名リツル、ウィメン)は、米国の女流作家ルイザ・メイ・オルコット女史の三十七才の時の作です。父を戦線におくり、慈愛ふかい聡明な母にまもられて、足らずがちの貧しい生活ながら、光りを目ざして成長していく四人の姉妹を描いていますが、それは、けっして坦々たる道ではなく、不平、憎悪、苦悶、嫉妬など、さまざまのものが、彼女たちの健気な歩みを妨げるのであります。そして、その多くの試練にたちむかう、四人の姉妹の、それぞれちがった性格の描写は、まことに、明暗多彩、克明精細、しかも、この一篇にみなぎる愛と誠とは、いかなる読者の心をも魅了し、感激させずにはおきません。なお、この物語は、オルコット女史が、いっているように、ほとんどじぶんたちの姉妹をモデルにしたものであり、家で起った事件もとりいれてあります。それがために、この物語の四人の姉妹は、ありふれた娘であるにかかわらず、心にせまる真実性があり、いつも生きているし、長くも生きるのであります。
 それですから、この作は千八百六十八年に公にされて以来、全世界にむかえられ、もう何十万部発行されたかわかりません。そして、今もなおベスト・セラー中にかぞえられています。
 オルコット女史について、簡単に御紹介しますと、出生日は、千八百三十二年十一月二十九日、出生場所は米国ペンシルバニア州のジャーマン・タウン、父は教育家でした。この父は個性を尊重する理想主義の教育を主唱し、私学校を建設しましたが、経営に失敗し、したがって、一家は物質的には恵まれませんでしたが、四人の娘たちは精神的にゆたかな生活をしました。
 オルコット女史は、二女で、この「若草物語」のジョウに作者の面影が出ていますが、文筆の才に恵まれ、教鞭をとるかたわら、作家志願の精進をつづけ、二十三才のとき[#「とき」は底本では「とさ」]、「花物語」という処女作を出しました。
 千八百六十一年、女史の三十歳のときに、南北戦争が起り、女史は篤志看護婦となって献身的なはたらきをしました。その後、三十七歳に「若草物語」つづいて、「グッド・ワイブス」「リツル・メン」など大作を世に送りました。「若草物語」を公にしてからの女史は、物質的にもめぐまれ、父の負債をかえし、母を安楽にさせ、妹のメイには絵の修行をさせてやり、自分もあこがれのヨーロッパ旅行をして、イタリイに滞在しました。
 けれど、母がなくなってから、女史の肩にまた重荷がかかってきました。妹のメイは結婚後しばらくして死に、残されたあかんぼを引きとらなければなりませんでした。女史はいよいよはたらきました。女史の知人は同情して補助をしようとしましたが、女史は補助を受けるのがいやで、困難のなかにも忍耐して努力しました。そうして、女史は千八百八十八年三月六日、五十五歳で、父の死後わずか二日、最愛の父の後を追って、ボストン市で永遠の旅路にのぼりました。女史の一生は、愛と誠をもってする努力精進の一生でありました。
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          第一 巡礼あそび

「プレゼントのないクリスマスなんか、クリスマスじゃないわ。」と、ジョウは、敷物の上にねそべって不平そうにいいました。
「貧乏ってほんとにいやねえ。」と、メグはじぶんの着古した服を見ながらため息をつきました。
「ある少女が、いいものをたくさんもち、ある少女が、ちっとも、もたないなんて、不公平だと思うわ。」と、小さいエミイは、鼻をならしながらいいました。
「でもね、あたしたちは、おとうさんもおかあさんもあるし、こうして姉妹があるんだもの、いいじゃないの。」と、ベスが、すみのほうから満足そうにいいました。
 ストーブの火に照らしだされた四つのわかわかしい顔は、この快活な言葉でいきいきとかがやきましたが、ジョウが悲しそうに、
「だって、おとうさんは従軍僧で戦争にいっておるすだし、これからも長いことお目にかかれないと思うわ。」と、いったとき、またもやくらい影におおわれ、だれもしばらく口をききませんでした。けれど、やがてメグが調子をかえて、
「おかあさんが、今年のクリスマスは、プレゼントなしとおっしゃったのは、みんな暮しがつらくなるし、兵隊さんたちが戦争にいっているのに、たのしみのためにお金を使うのはいけないと、お考えになったからよ。あたしたち、たいしたことはできないけど、すこしの犠牲ははらえるし、よろこんではらうべきだわ。でも、あたしはらえるかしら?」
 メグは、ほしいものを犠牲にするのがおしいというように頭をふりました。
「だけど、あたしたちの一ドルを献金したって、たいして兵隊さんの役にたつとは思えないわ。あたしはおかあさんやあなたがたから、プレゼントがもらえないのはいいとして、じぶんでアンデインとシントラム(本の名)を買いたいわ。前からほしかったんですもの。」と、本の好きなジョウがそういうと、ベスはため息をつきながら、
「あたしはあたらしい譜本を買いたいわ。」
 エミイも、きっぱりと、
「あたし、フェバアの上等の色鉛筆がほしいわ。ほんとにあたしいるんですもの。」と、いいました。ジョウは、
「おかあさんは、あたしたちのお金のこと、なんにもおっしゃらなかったわ。だから、めいめいほしいものを買ってたのしみましょうよ。これだけのお金をもうけるのに、みんなずいぶん苦労したんだもの。」と、紳士がやるように長靴のかかとをしらべながらいいました。
「そうよ、ほとんど一日中、あのやっかいな子供たちの勉強を見てやるのたまらないわ。」と、メグがまたも不平をいいますと、つづいてジョウが、
「そんなことあたしの半分の苦労じゃないわ。あたしは、神経痛で気むずかしいおばあさんに使われてさ。どんなにしてあげても気にいらなくて、いっそのこと窓からとびだそうか、それとも、おばあさんの横っ面をはりとばしてやろうかと思うくらいよ。」
「不平、いってもしょうがないけど、皿をあらったり、そこらを片づけたり、そんな家のなかの仕事は、ほんとにいやな仕事だわ。手がこわばって、ピアノひけないわ。」
 ベスは大きな[#「大きな」は底本では「大さな」]ため息をついて、荒れたじぶんの手を見ました。すると、エミイも大声でいいました。
「あたしぐらい苦労しているものないわ。だって、あなたたちは、勉強ができないといっていじめたり、服がおかしいといって笑ったり、おとうさんが金持でないといったり、鼻のかっこうがわるいといってあざけったりする生意気な連中と、いっしょに学校にいかなくてもいいんですもの。」
 こうして、みんなが不平をぶちまけたあげく、メグがいいました。
「あたしたちの小さいとき、おとうさんのなくされたお金が、今でもあったらいいと思わない? そうしたら、どんなに幸福でしょう。」
 すると、ベスが聞きとがめていいました。
「こないだ、ねえさんは、キングさんのとこの子は、お金があっても、いつもけんかしたり怒ったりしてるから、あたしたちのほうがずっと幸福だっていったじゃないの?」
「ええ、いったわ。あたしたちは、はたらかなければならないけど、ジョウのいうように、たのしいあいぼうですもの。」
「ジョウねえさん、あいぼうだなんてぞんざいな言葉だわ。」と、エミイは、敷物の上にねそべっているジョウのほうを見ていいました。ジョウは、すぐに起きなおって、エプロンのかくしに、りょう手をつっこんで、口笛を吹きはじめました。
「ジョウ、およしなさい。まるで男の子みたい。」
「だから、あたしするの。」
「あたし、下品な、女らしくない子は大きらい。」
「あたし、気どり屋のおすまし、大きらい。」
 すると、仲裁者のベスがおどけ顔で、
「おなじ小さな巣にいる小鳥、いつもなかよしあらそわぬ。」と、うたいだしたので、二人のとがった声も笑い声となりましたが、メグがねえさんぶってお説教をはじめました。[#「ました。」は底本では「しまた。」]
「二人ともいけないわ。それにジョウは、もう男の子みたいなおいたはやめて、しとやかになさいよ。せいも高いし髪もゆってるのですものもうわかい婦人だわ。」
「そんなら二十才まで、おさげにしとくわ。あたし、男の子のあそびごとや仕事や身なりが好きなのに、女に生れてつまらないわ。この頃は、おとうさんといっしょに、戦争がしたくてうずうずしてるのに、家にいてよぼよぼばあさんみたいに、編物をしてるだけなんだもの。」
「かわいそうなジョウねえさん、まあ名前でも男の子らしくして、あたしたちのにいさんになって、がまんしておくんだわねえ。」
 ベスがなぐさめるようにいいました。メグは、またお説教をつづけました。
「[#「「」は底本では欠落]それから、エミイは、気むずかし屋で、かたくるしいわ。今はかわいいけど、気をつけないと大人になったら、がちょうみたいに気どり屋さんになるわ。上品ぶらないときは、しとやかなのも、いい言葉も好きだけど、あんたのませた言葉は、ジョウの下品な言葉とおなじように、よくないわ。」
「ジョウがおてんばで、エミイが気どり屋さんなら、ねえさん、あたしはなあに?」と、ベスはじぶんもお説教されたがって口をはさみました。
「あなたは、かわいい子、ただそれだけよ。」
 メグは、やさしくそういいましたが、これには、だれも反対しませんでした。
 ところで、みなさんは、この四人の姉妹がどんな人がらか、知りたいでしょう。おもてには十二月の雪がふり、家のなかには、たのしそうにストーブの火のもえている夕暮のうすやみのなかで、編物をしている四人姉妹をスケッチしてみましょう。その前に、部屋のようすをいえば、敷物の色はさめ家具類は質素ですが、壁にはりっぱな絵が一つ二つかけられ、本棚にはぎっしりと本がならび、出窓には菊やばらが咲いています。古い部屋ですが、平和な家庭のなごやかさが、隅々にまで充ちわたっていました。
 長女のマアガレット(メグ)は十六で、かわいい娘です。ふとって、目が大きく、とび色の髪はふさふさとしており、口もとがかわいく、じぶんでもいくらか得意の白い手をしています。
 十五になるジョウは、せいが高く、やせて、小麦色の肌をして、すらりと長い手足をもてあましているようすから、なんとなく仔馬を思わせます。きりっとした口もと、おどけた鼻、きつい灰色の目をもつ顔は、ときにはするどくなり、ときにはおどけ、ときには思い深げになります。その長いゆたかな髪は、すぐれて美しいけれど、いつもむぞうさにネットのなかに束ねています。
 みんながベスとよぶエリザベスは、ばら色の血色の、くせのない髪の、あかるい目をした十三の少女で内気でおだやかですから、おとうさんが「ひっそり姫」という名をつけたのは、たしかにうってつけでした。
 エミイは、一ばん下ですが、じぶんでは一ばんだいじな人物だと思っています。目は青く、ちぢれた金髪を肩までたらした、あどけない少女で、青白く、やせて、いつも起居ふるまいに気をつける、わかい貴婦人です。

 時計が六時をうちました。ベスはストーブのまわりを掃いて、スリッパをならべてあたためました。やがて、おかあさんのお帰りです。四人の顔によろこびがかがやき、メグはお説教をやめてランプをともしました。
 すると、その古いスリッパが問題になりました。みんなが、じぶんが買っておかあさんにあげるといいはり、また、一もめ、もめそうでしたが、ベスが、
「みんなで、おかあさんにクリスマスのプレゼントをあげましょうよ。じぶんのものは、買わないで。」と、いったので、それはいい思いつきだということになり、あれこれ考えたあげく、メグは上等の手袋、ジョウは上等のスリッパ、エミイはへりのついたハンカチ、ベスはコロン水の小瓶にきめました。
 ジョウは、せなかに手を組み、天井をあおいで部屋を歩きながらいいました。
「おかあさんには、わたしたちが、じぶんのものを買っていると思わせておいて、びっくりさせてあげましょうよ。メグ、明日の午後に買物にいかないと、クリスマスのお芝居のことで、することがたくさんあるわ。」
 すると、メグがいいました。
「あたし今度きりで、もうお芝居なんかしないつもりよ。あんなこと子供くさいもの。」
「だって、ねえさんは一ばんの役者ですもの、ねえさんがぬけたらおしまいよ。エミイ、さあ、いらっしゃい。おけいこしましょう。気を失うところをなさい。あんたは火ばしみたいにかたくなるんだもの。」
「しかたがないわ。気を失うとこなんか見たことないんですもの。」
「こうやるのよ。手を組み合せて、ロデリゴ! 助けて、助けて! と[#「 と」は底本では「と 」]気狂いみたいにさけびながらよろけて部屋を横ぎるの。」
 ジョウは、ほんとに悲鳴をあげてやってみせました。それにならってエミイもやりましたが、まるでぎこちなく、おお! という声だって、絶望どころか、身体にピンでもささった時のようでした、ジョウががっかりしてうめくと、メグは笑いだすし、ベスもおかしがって、パンをこがしてしまいました。
「おけいこしてもむだだわ、そのときになって、できるだけになさい、見物が笑っても、あたしのせいにしてはいやよ、さあ、それでは、今度はねえさんよ。」
 それからは、すらすらと進行しました、ジョウのドン・ペデロは長い科白をまくしたてて世をあざけり、魔女のハーガーは、ひきがえるのいっぱいはいった釜をのぞいて呪文をとなえ、ロデリゴは、おおしくも鉄のくさりをたちきり、ユーゴーは毒をあおいで苦しみながら死んでいきました。
「今までのおけいこのうちで、一ばんうまかったわ、」と、メグがいうと、ベスも「ジョウねえさん、どうしてこんなりっぱなものが書けるの? それに、お芝居もじょうずだわ、」
「それほどでもないけど、この『魔女の呪い』は、すこしはいいかもしれないわ、それはそうと、シェークスピアの『マクベス』がやってみたいのよ。」と、いって、
「目の前にちらつくは短剣か?」と、有名な悲劇役者のしぐさをまね、目の玉を光らし、虚空をつかんでいいました。すると、メグがさけびました。
「あら、フォークにさしてやいてるのは、パンじゃなくて、おかあさんのスリッパよ、」
 なるほど、スリッパが火にかかっていました。ベスは、おけいこを見て夢中だったのです。みんなは大笑いしました。
「ずいぶん、たのしそうね。」と、戸口でおかあさんの声がしました。ねずみ色の外套を着て、流行おくれのボンネットをかぶったおかあさんも、娘たちの目には、この世でならびない、すばらしい人としてうつりました。
「今日はべつになんにもなかったの? おかあさんは、明日送りだす慰問箱の仕度でいそがしくて、御飯までに帰れなかったの。ベス、どなたかお見えになった? メグ、かぜはどう? ジョウ、あなたはひどく疲れているのね、さあさあ、みんな来て、キッスしてちょうだい。」
 マーチ夫人はぬれた外套をぬぎ、あたたかいスリッパをはき、ソファに腰をおろして、エミイ[#「エミイ」は底本では「アミイ」]を膝にのせ、多忙な一日の一ばんたのしいときを、たのしむのでした、メグとジョウとベスは、さっそくとびまわって、食事の支度をし、すべてととのうと、みんなテーブルのまわりにつきました。
「晩御飯がすんだら、みんなにおみやげをあげますよ。」
 さっと、あかるいほほえみ[#「ほほえみ」は底本では「ほえみ」]が、みんなの顔をかがやかしました。ジョウは、ナフキンをほうりあげてさけびました。
「手紙だ、手紙だ、おとうさん、ばんざい!」
「ええ、いいお便りです。おとうさんは、おたっしゃで、案じていたほどでもなく、この寒い冬を元気でお過しなされそうですって。」
 おかあさんは、そういって、まるで宝物でもはいっているように、ポケットをたたいて見せました。さあ、もうゆるゆる食事なんかしていられません。パンを床に落したり、お茶にむせたりしてたいへんでした。
「さあ、それでは、お手紙を読んであげましょうね。」
 みんなは、ストーブの前にあつまりました。おかあさんはソファにかけました。こういう非常のときの手紙は、つよい感動をあたえるものですが、この手紙もそうで、危険に身をさらしたとか、つらいとかということは、すこしも書いてなく、露営、進軍、戦況などがいきいきとした筆で書かれ、たのしく希望にみちていましたが、最後のところで、大きな感動をあたえました。
「娘たちに、わたしの愛とキスをあたえて下さい。昼は娘たちのこと思い、夜は娘たちのために祈り日夜娘たちの愛情のうちに慰めを見出しています。娘たちとあうまでの一年は、長く思われるが、待ちわびるそのあいだに、たがいに仕事につとめ、日々をむだにしないようにとお告げ下さい。娘たちは、御身には愛すべき子供であり、忠実に義務をおこない、[#「、」は底本では「。」]心中の敵と勇ましく戦い、みごとにうち勝って、わたしが凱旋のときには、以前にもまして愛らしく、誇りうるように生長しているように、出発のときに申し聞かせたことを、すべてよく記憶していると思います。」
 ここまでくると、みんな鼻をすすりはじめました。涙をとめることはできません。
「あたしわがままだったわ、おとうさんが失望なさらないように、いい子になります。」と、エミイがいいますと、メグが、
「みんないい子になりましょう! あたし見栄ばかり気にして、はたらくこときらいだったわ、もうやめるわ。」と、さけびました。
「あたしも、いい子になって、らんぼうなまねよすわ。どこかへ、いきたいなんて思わずに、家でじぶんのつとめをするわ。」
 ジョウは、家でおとなしくしてるのは、敵一人や二人にたちむかうよりむずかしいと思いながらいいました。ベスは、だまっていましたが、青い軍用靴下でそっと涙をふき、身近の義務を果すための時間のむだにしまいとして、せっせと編みました。
 おかあさんは、ジョウの言葉につづいた沈黙を、快活な声でやぶりました。
「あなたたちが小さかったとき、「巡礼ごっこ」の遊びをしたことおぼえていますか? みんなせなかに、あたしの小布のふくろをしょって、帽子をかぶり杖をつき、まいた紙をもって、破滅の市の地下室から、日の照っている屋根の上までいき、そこで天国をつくるために、いろいろな美しいものをいただくくらい、うれしいことはなかったでしょう。」
 みんなは、そのときのいろんなできごとを思いだして話しましたが、エミイまでが、もうこんなに大きくなっては、あんなあそびできないというのをとがめて、おかあさんはいいました。
「いいえ、年をとりすぎてはいません。あたしたちは、まあお芝居をしているようなものです。荷物はここに、道は目の前にあります。よいことと、しあわせを求める心が、たくさんの苦労や、あやまちのなかを通りぬけて、ほんとの天国、いいかえれば平和に導いてくれるのです。さあ、小さい巡礼さんたち、今度はお芝居あそびではなく、本気でやって、おとうさんがお帰りになるまでに、どのあたりまで巡礼ができるか、やってみてはどう?」
「おかあさん、それで、荷物ってどこにありますの!」と、エミイが尋ねました。
「ベスのほかは、みんながじぶんの荷物が、なにか、いいましたよ。ベスは、きっとなにもないのでしょう。」
「いいえ、ありますが、あたしのはお皿とはたきと、いいピアノをもっている娘をうらやむしがることですわ。」
「それでは、みんなでしましょう。巡礼ごっこというのは、よい人になろうと努めることね。」
 メグは、考えこむように、そういいました。
「あたしたちは、今夜は、絶望の沼にいたのね、すると、おかあさんが来て、あの本のなかで、救助がやったように、ひきあげて下すったんです。だけど、掟の巻物を、どうしましょう?」
 ジョウが、そういうと、おかあさんが答えました。
「クリスマスの朝、枕の下をごらんなさい。見つかるでしょうよ。」
 ばあやのハンナが、テーブルを片づけているあいだに、四人の少女たちは、あたらしい計画について話し合い、それからマーチおばさんの敷布をつくるために、四つの小さな仕事かごがもちだされ、せっせと針をはこぶ[#「はこぶ」は底本では「ぱこぶ」]のでしたが、今夜はこのおもしろくない仕事に、だれも不平をいいませんでした。
 九時に仕事をやめて、いつものとおり、おわる前に歌を合唱しました。ベスはおんぼろピアノで、こころよい伴奏をしました。メグは笛のような声で、おかあさんと二人で、この合唱隊をリードしました。姉妹たちは、この歌を、
「きらりきらり、ちっちゃな、星さま」と、まわらぬ舌でうたったころから、今だにつづけて[#「つづけて」は底本では「つづけで」]います。おかあさんは生れつきうたがじょうずなので、これが行事の一つとなったわけでした。朝、まず聞えるのは、家のなかを、ひばりのようにうたうおかあさんの声で、晩に聞える最後の声も、おなじたのしいその声でした。姉妹たちはいくつになっても、そのなつかしい子守唄を、聞きあきるということはありませんでした。

          第二 たのしいクリスマス

 クリスマスの朝、まだほのぐらい明方に、ジョウが一ばんさきに目をさました。ジョウは、おかあさんとの約束を思いだして、枕の下へ手をさしこみ、小さい赤い表紙の本をひきだしました。それはこの世でもっともすぐれた生活をした人の美しい物語で、よい道案内だと思いました。ジョウは、「クリスマス、おめでとう。」といって、メグを起し、枕の下を見てごらんなさいといいました。ありました。やはり、あかい絵のある緑の表紙の本で、おかあさんの手でみじかい言葉が書かれていました。まもなく、ベスとエミイが目をさまし、枕の下に本を見つけました。一冊は鳩羽色、一冊は空色の表紙でした。みんなは起きなおり、本をながめて話し合いました[#「ました」は底本では「ましに」]が、そのうちに東の空がばら色に染ってきました。
 メグがいいました。
「まい朝、目がさめたらすこしずつ読んで、その日一日、あたしを助けてもらいましょう。」
 メグが読みはじめると、ジョウは片手をメグの身体にかけ、ほおをすりよせました。ほかの二人もしずかに頁をくりました。三十分ばかりして、メグはジョウといっしょに、おかあさんにプレゼントのお礼をいいに階下へかけおりていきました。
「[#「「」は底本では欠落]おくさまは、どこかの貧乏な人がおもらいにきたので、なにかいるものを見に、すぐお出かけになりました。おくさまみたいに、食物や着物や薪までおやりになる方はありませんよ。」と、ハンナが答えました。ハンナは、メグが生れてから、この家族といっしょに暮してきて、女中というよりは、友だちとしてあつかわれているのです。[#「。」は底本では「。」」]
「すぐにお帰りになると思うわ。だから、お菓子をやいて、すっかり用意しておいてね。」と、メグはかごにいれてソファの下にかくしておいたプレゼントを、いざというときに、とり出せるようにしてから、
「あら、エミイのコロン水の瓶は?」
「エミイが、リボンをかけるとかといって、もっていったわ。」と。ジョウがいいました。
「ねえ、あたしのハンケチいいでしょう。ハンナが洗ってアイロンをかけてくれたのよ。マークはあたしがつけたの。」とベスは、ぬいとりの文字をほこらしげにながめました。
「まあ、この子は、エム・マーチでなく、マザアなんてぬいとりして、おかしいね。」と、ジョウがいうと、ベスはこまったような顔をして、
「いけないの?、エム・マーチだと、姉さんもおなじだから。」
「いいのよ、それならまちがいっこないから。[#「から。」は底本では「か。ら」]きっとおかあさんの気にいるわ。」と、メグは、ジョウには顔をしかめ[#「しかめ」は底本では「しかあ」]、ベスには笑顔を見せていいました。そのとき、扉の音がしたので、ジョウは、「[#「「」は底本では欠落]そらおかあさんだ、かごを早くかくしなさいよ。」
 エミイが、いそいで入ってきました。
「どこへいっていたの? うしろに、かくしているのなあに?」
 メグは、怠け者のエミイが、朝早く外出してきたのを見てびっくりして尋ねました。
「笑っちゃいや。あたし小瓶を大瓶にかえてきたの。これでお金はないわ。もうよくばりはやめにするのよ。」
 エミイのかわいい努力に感じて、メグはさっそく彼女を抱きしめ、ジョウは窓へいき、じぶんの一ばんいいばらの花をとってきて、その瓶をかざりました。
 また扉の音がしました。かごはソファの下にかくされ、姉妹たちはテーブルにつきました。おかあさんがくると、姉妹たちは口をそろえていいました。
「クリスマス おめでとう 本をありがとうございました。もう読みはじめました。まい日読もうと思います。」
「みなさん、クリスマス、おめでとう! さっそく読みはじめてうれしく思いますよ。つづけて読むようになさいね、ところで、食事の前に一言いいたいことがあります。すぐ近くに、あかちゃんを生んだ貧乏な女の人がいます。火の気がないので、六人の子供たちが、こごえないように、一つのベッドにだき合ってねています。それに、なにも食物がないので、一ばん上の子が寒くてひもじくて、とても苦しんでいるといいにきました。みなさん、あなた方の朝御飯を、クリスマスのプレゼントにあげませんか?」
 みんなは一時間近くも待っていたので、ひどくお腹がすいていたので、ちょっとのあいだ、だまっていました。が、ジョウが勇ましくさけびました。
「食べないうちに、おかあさんが帰っていらして、ほんとによかった。」[#「」」は底本では欠落]ベスは御飯を運ぶお手伝いをしたいといい、エミイは、クリームと軽焼を持っていってあげるといいました。その二つともエミイの一ばん好きなものでした。メグは、早くもそばをつつみ、パンを大きな皿にもりました。おかあさんは、満足そうにほほえみながらいいました。
「きっと、みなさんは賛成すると思っていました。さあ、来て手伝って下さい。帰ったらパンとミルクで朝御飯をすませて、夕飯にそのうめ合せをしましょう。」
 すぐ仕度をして、みんなで出かけました。いってみておどろきました。なんと、あわれな部屋でしょう。窓はやぶれ火の気はなく、蒲団はぼろぼろでした。おかあさんは病気で、あかんぼうは泣き、青い顔のひもじい子供たちは、一枚の蒲団にくるまってかたまっていました。みんながはいっていくと、子供たちは目を大きく見はり、青ざめた唇にほほえみをうかべました。
「ああ、神さま! 天使たちがいらした!」と、そのあわれな女は、うれし泣きに泣きながらさけびました。ジョウは、
「頭をかけ手袋をはめたおかしな天使でしょう。」といって、家中の者を笑わせました。
 たちまち、この家にやさしい精霊がはたらきだしたように思われました。薪を運んできた。ハンナは火をおこし、古い帽子や、じぶんの肩かけで窓のやぶれをふさぎました。おかあさんは、母親にお茶やかゆをあたえ、あかんぼうをじぶんの子供みたいに着物を着せ、これからもお世話をしますと約束してなぐさめました。姉妹たちは、そのあいだにテーブルの支度をし、子供たちを炉のまわりにすわらせ、お腹のすいている小鳥たちを養うように食べさせました。
「ああ、おいしい、子供の天使!」と、子供たちは食べながらいって、紫色にこごえた手をあたたかい火であたためました。
 帰ってから、姉妹たちは、パンとミルクしか食べませんでしたが、それはたのしい朝御飯でした。おそらくこの市で、この少女たちより、[#「、」は底本では「。」]幸福であった人はなかったでしょう。
 おかあさんが、すこしおくれて帰って来たとき、プレゼントはもう用意され、ベスの陽気な行進曲とともに、メグがおかあさんを、ていねいに設けの席につけました。おかあさんは、ほほえみをたたえて、プレゼントについている札を読み、スリッパをすぐにはき、ハンケチにコロン水をかけて、かくしにしまい、ばらの花を胸にさし、きれいな手袋をはめました。それから、たのしい談笑とくちづけがつづき、よい思い出としてみんなの心に残ることばかりでした。
 やがて、めいめい仕事をはじめました。仕事は晩のお芝居の支度で、金をかけずにあり合せのもので、気のきいた小道具や衣装をつくるのでした。
 その晩、招かれた十人あまりの少女たちが、上等席のベッドの上にならびました。まもなくベルがなり幕があがりました。「魔の森」です。鉢植や箪笥を利用して森と洞穴をあらわしました。魔女が、洞穴の炉にかかっている鍋をのぞきこんでいると、悪漢ユーゴーが腰の剣をがちゃつかせて登場しました。ユーゴーは、ロデリゴへの憎しみと、ザラへの愛をうたい、[#「、」は底本では「。」]ロデリゴを殺してザラを手にいれたい決心をのべ、洞穴へしのびより、「おい、女、御用だぞ。」と、いってハーガーに出てくるように命じました。
 メグは、白い馬の毛を顔にたらし、赤と黒の衣をまとい、杖をもってあらわれます。ユーゴーが愛の魔薬と死の魔薬を求めると、ハーガーは、あたえることを約束し、愛の魔薬をもってくるように歌で妖精をよびました。
 すると、やわらかな音楽につれて、洞穴のかげから、きらきらした翼をつけ、金髪にばらの花冠のかわいい妖精があらわれ、愛の魔薬をいれた金色の瓶をおとして、すがたをけします。そこで、ハーガーがもう一度うたうと、ものすごいひびきとともに、真黒な小鬼があらわれ、しゃがれ声で返事をしたかと思うと、黒色の瓶をユーゴーに投げつけてすがたをけしました。すると、ハーガーは、ユーゴーに、むかしじぶんの友人を二三人殺したことがあるから、じぶんは彼の計画のじゃまをするつもりだといいます。かくて、幕はさがりました。
 第二幕の舞台はりっぱでした。城の塔が高くそびえ、窓にランプがともっていました。青と白の衣をつけてザラがあらわれ、ロデリゴが来るのを待っていると、まもなく、羽かざりのある帽子をかぶり、赤い外套を着て、ギターをもったロデリゴが来て、塔の下でやさしく小夜曲をうたいました。ザラは、城をぬけだすことを歌で答えます。そこで、ロデリゴは縄梯子をかけ、ザラはそれをつたっておりるのでした。
 ところが、とんだことが起りました。それはザラが、衣の裾の長いことを忘れ、ロデリゴの肩に手をかけておりようとしたとき、裾がからまり塔はすごい音とともに倒れ、二人はその下敷になったのです。芝居はめちゃめちゃになりそうでしたが、気をきかしたドン・ペデロがとびこんできて「笑っちゃだめ、知らん顔をしてやるのよ。」といいながら、じぶんの娘のザラをすばやくひきだし、ロデリゴにむかって立てと命じ、怒りと嘲りを浴せながら王国から追放するぞと宣告しました。ロデリゴはなにをと、その老人をののしり、立ち退くことを拒みました。その勇ましい態度に、ザラもちからを得て、父である領主にたてついたので、彼は二人を城の牢屋にほうりこむことを命じますと、家来がだまってひきたてていきました。
 第三幕は、城の広間で、魔女ハーガーが、牢屋の二人を救い出し、ユーゴーを殺そうと思ってあらわれます。魔女はユーゴーの足音を聞いてかくれます。ユーゴーは二つのコップに魔薬をつぎ、小女に、「これを牢屋にいる囚人にあたえ、わしがすぐに行くと告げよ。」と、いいつけます。家来はそばへいって、なにかを告げる間に、ハーガーは二人のコップを害のないものにかえます。小女はそれを運んでいき、ユーゴーはうたった後に魔薬のはいったほうを飲み、もだえ死にます。そこで、ハーガーは、じぶんのしたことを告げますが、その歌は、一ばんすばらしいできばえでした。
 第四幕、ロデリゴが、ザラにうらぎられたと知って、絶望して胸に短刀をつきさそうとします。そのとき部屋の下で歌がうたわれザラの心はかわらないが、今あぶない目にあっているから、ロデリゴにもし真心があるなら、ザラを救いだせると告げます。ロデリゴはよろこび、投げあたえられたかぎで扉を開け、くさりをたち切って愛人を救いに走ります。
 第五幕は、ザラと父ドン・ベデロのはげしい争いからはじまります。父はザラを尼寺へやろうとしますが、ザラは聞き入れず、[#「、」は底本では「。」]悲痛な訴えをつづけ、気絶しそうになったとき、ロデリゴがきて結婚を求め、つれていこうとします。父はロデリゴが金持でないのを理由にこばみます。そこへ、家来がハーガからの手紙と袋をもってきますが、手紙にはハーガーは、わかい二人に遺言によって莫大な財産をあたえ、もしザラの父がわかい二人を幸福を妨げるならば、その身におそろしい呪いがかかると書いてありました。そして、袋を開けると、ブリキの金貨がきらめきました。これで、頑迷な領主の心もとけ、わかき二人の結婚を許したので、一同はたのしい合唱をして、感謝のいのりのうちに、愛する二人は、ザラの父の前にひざまずき、祝福をうけるところで幕がおりました。
 嵐のような喝采がおこりましたが、上等席のベッドが、きゅうにたたまれ、大さわぎになりました。幸にけがもなく救いだされましたが、そのさわぎのおさまらないうちに、女中のハンナがあらわれ、
「おくさまが、みなさんに、夕飯に階下へ来るようにとおっしゃってです。」と、いいました。
 これは、ふいうちで、食卓を見たとき、息がとまるほどおどろきました。だって、アイスクリームが、赤と白と二皿、お菓子、果実、フランスボンボン、そして、食卓の上には、温室咲きの大きな花束がありました。
「妖精が下すったの?」と、エミイ。すると、ベスは、
「サンタ・クロースよ、きっと。」
 メグは、白いひげをはやし、白い眉毛をつけたまま、
「おかあさまだわ。」と、いいました。ジョウは、
「マーチおばさまが、すてきな思いつきで、とどけて下さったのよ。」と、いいました。
 おかあさんは、にっこり笑いながら、
「みんなちがいます。ローレンスさまが、下すったのです。」
「ローレンスの、ぼっちゃんのおじいさまですって? どうしてでしょう? わたしたちを、ごぞんじないのに。」と、メグが、おどろいていいました。
「ハンナが、ローレンスさんの家の女中さんに、今朝のことを話したのです。ローレンスさんは、それを感心なさって、ていねいな手紙で、今日のお祝いにプレゼントをしたいといって、およこしになったのです。」
「ぼっちゃんが、思いついたんだわ。いいぼっちゃんだわ。お友だちになりたいけど。」と、ジョウがいいますと、それをきっかけに、ローレンス家のうわさに花がさきました。
 ローレンスさんは、お金持だが、ちょっとかわっていて、あまりつきあいもしませんが、ぼっちゃんは、いい子で遊びにきたいらしいけど、はにかみ屋だもので、遊びに来れないらしいというようなことが話されました。すると、おかあさんは、
「ぼっちゃんは、りっぱな紳士のようです。いい折があったらお友だちになるといいと思います。この花は、じぶんで持っていらっしゃいました。二階のさわぎを耳にして、さびしそうに帰られたのです。」
「では、いつか、ぼっちゃんが見てもいいお芝居をしましょう。」と、ジョウがいいました。
「あたし花束なんか、もらったことないわ。きれいねえ。」と、メグは花束に見入っていました。そのとき、おかあさんが、
「花束はかわいいけれど、ベスさんのばらはなおかわいい。」と、いって、胸にさしたベスのしぼみかけたばらをかぎながらいいますと、ベスはおかあさんに身をすりよせて、
「あたし花束をおとうさんのところへお送りしたかったの、おとうさんは、あたしたちみたいに、たのしいクリスマスをしてはいらっしゃらないでしょう。」と、小さい声でいいました。

          第三 ローレンスのぼっちゃん

「ジョウ、どこ!」と、メグが屋根部屋の梯子の下からよびました。
「ここよ。」
 かけあがっていくと、ジョウは日なたぼっこをして林檎をかじりながら本を読んでいました。
「とても、いいニュース。明日の晩、来てほしいという、ガーデイナアのおくさんの正式招待状よ。」と、メグはその手紙を嬉しそうに読みました。
「大晦日の晩に、小宅で舞踏会を催します。ミス・マーチ、ミス・ジョセフィン、お二人とも御光栄下されたく存じます。ガーデイナア夫人――おかあさんはいってもいいって。だけど、あたしなにを着ていこうかしら?」
「そんなこと、きいたってだめよ。ポプリンの服しかないんだから、あれを着ていくほかないの知ってるくせに。」と、ジョウは、林檎を口いっぱいほおばっていいました。
 さあ、それから、メグは、絹の服があればいいとか、手袋のいいのがないとか、くよくよと、こだわってばかりいましたが、ジョウは服に焼けこがしがあるけど、平気が着ていくし、手袋なしですますつもりでした。ジョウにとっては、そんなことたいして心わずらすことではありませんでした。
「あたしのことは心配しないでいいわ。できるだけ、おすましして、しくじらないように気をつけるわ。それでは返事を出しなさいよ。」
 そこで、メグは、服の用意にとりかかるために出ていき、ジョウは、なおしばらく林檎を[#「林檎を」は底本では「林檎をを」]かじって本を読んでいきました。
 大晦日の晩は、客間はからっぽでした。二人の妹は、着付役にまわり、二人の姉は、夜会のお仕度という、きわめて重要なお仕事に夢中でした。化粧はかんたんでも、二階へかけあがったり、かけおりたり、笑ったりしゃべったり大さわぎで、メグが額の上にすこし捲髪がほしかったので、ジョウがこてで焼いたら、つよい髪の焼けるにおいが家中にただよいました。その失敗に、メグは泣きだすしジョウは心苦しそうでした。このほか、小さい失敗は、かず知れず、それでもやっと二人の仕度はできあがりました。メグは、銀褐色の服、空色ビロウドの、リボンに、レースのふち飾り、そして、真珠のピンをさしました。ジョウは、海老茶色の服に、かたい、男のするようなカラア、それに白菊を飾りにしただけでしたが、ともかく、二人ともすっきりとしていました。二人とも、きれいな手袋を片方ずつはめ、よごれた方をもちました。苦心のお仕度でありました。
 姉妹が、すまして歩道へ出ると、おかあさんは、
「いってらっしゃい、お夜食はたくさん食べちゃいけませんよ。ハンナを十一時に、お迎えにあげるから、帰っていらっしゃい。」と、いって、窓をしめましたが、すぐに、また、
「もしもし、二人ともきれいなハンカチもっていますか?」と、念をおしました。
「ええ、まっ白よ、ねえさんはコロン水もかけました。」と、ジョウは答えました。
 二人は、カーデナア夫人の家にいくと、その化粧室で、かなり長いあいだ鏡をのぞいてから、すこしびくびくしながら、階下におりていきました。二人は、めったに舞踏会などに招待されたことがないので、今晩の会は略式でも、二人にとっては大きな事件でした。
 りっぱな老夫人カーデイナア夫人は、にこやかに二人を迎えてくれ、六人の娘のなかの長女に二人を渡しました。メグはサーリーさんを知っていたので、すぐに親しく話し出しましたが、女の子らしいおしゃべりに興味をもたないジョウは、服に焼けこがしがあるので、用心ぶかく壁をせにして立っていました。部屋のむこうで、快活な五六人の男の子が、スケートの話をしていたので、ジョウはそこへいってもいいかと、メグに合図をしましたが、メグの眉がおどろくほどあがったので、動くことができませんでした。しかたなしに、ジョウは、ただ一人とりのこされ、ダンスがはじまるまで、人々をながめているばかりでした。
 ダンスがはじまると、メグはすぐに相手ができて、にこにこして踊りましたが、きゅうくつな靴の痛さをがまんしていることは、だれにも気がつかれませんでした。ジョウは、髪の毛の赤い青年がやってくるのを見て、ダンスを申込まれては大へんだと思い、いそいでカーテンのかげに入ると、そこには、はにかみ屋さんの「ローレンスのぼっちゃん」がいました。ジョウは、さっそく、クリスマスのプレゼントのお礼をいいますと、
「あれは、おじいさんのプレゼントです。」
「でも、おじいさんにおっしゃったのは、あなたでしょう?」
 ぼっちゃんは笑っていました。それから、いろいろ話しているうちに、ジョウは、このぼっちゃんが、ローリイという名で、長いあいだ、外国にいたことを知りました。
「まあ、外国へ、あたしは旅行の話を聞くのは大好き!」
 ローリイは、どう話したらいいかわからないようでしたが、ジョウが熱心にいろいろ質問したのでエヴェの学校のことや、この前の冬、パリイにいた話をしました。ジョウは、めずらしい外国の話にたまらなくなって、
「ああ、いってみたい!」と、いいました。
 それから、話はフランス語のことになり、ジョウが、じぶんは読めてもしゃべれないだけれど、ちょっと話してみてほしいといいますと、ローリイは、フランス語でいいました。
「あのかわいいスリッパはいた人はだれですか?」
 ジョウは、わかったので、すぐに答えました。
「あれは姉のマーガレットです。あなたは、わたしのねえさんをかわいいと思いますか?」
「ええ、おねえさんは、なんとなくドイツの少女を思わせます。いきいきして、それでしとやかで、りっぱな淑女みたいに踊りますね。」
 ジョウは、姉をほめられてうれしく、ぜひメグに話してやろうと思いました。ローリイは、もうすっかりはにかみもせず、心を開いて話し、ジョウも、今は服のことなど忘れて、快活ないつものジョウになり、ローリイが好きになりました。それで、ローリイのことを、姉妹に話してやるために、顔かたちや身体つきなどをよく憶えておこうと思っていくども見なおしました。けれど、年はいくつでしょう? ジョウは、おいくつといいそうにしましたが、やっとこらえて、遠まわしに尋ねることにしました。
「もうじき大学へいらっしゃるんでしょう?」
「まだ二三年はだめです。十七にならなくてはいけません。」
「では、まだ十五ですか?」
「来月、十六です。」
「あたしは大学へいきたいけれど、あなたはいきたそうではありませんのね。」
「ぼくはいやです。ぼくはイタリイに住んでじぶんの好きなように暮したい。」
 ジョウは、ローリイのいう、その好きなように暮したいということを、くわしく聞きたいと思いましたが、眉をひそめてふきげんに見えたので、気をかえさせようと思って、足拍子をとりながら、
「ああ、いいポルカね。あなたなぜいってダンスなさらないの?」と、尋ねました。
「あなたもいけば。」
「あたしはだめ。あたし姉さんに踊らないといったの、なぜって、いうと……」
 ジョウが、いおうか、笑ってすまそうかとしていると、ローリイは、しきりにわけを尋ねます。だれにもいわないならばと念をおして、
「服にやけこがしがあるんです。あたしわるいくせがあって、よくやけこがしするの。」
 ローリイは笑いませんでした。
「そんなこと平気ですよ。それじゃ、あっちの細長い広間で踊りましょう。だれにも見られないから。」
 ジョウは感謝して、よろこんでついていき、だれもいない、その広間で、ポルカを踊りました。ローリイは、ダンスがじょうずで、ドイツ流を教えてくれたが、まわったりはねたりすることが多いのでおもしろく踊れました。音楽がやむと、二人は階段にやすんで話しましたが、つぎの部屋でメグが手まねきしたので、ジョウがしぶしぶいってみると、メグは足をかかえ、青い顔をしてソファにすわっていました。
「高いかかとがひっくりかえって、くるぶしをひどくいためたの。痛くて立てそうもないわ。どうやって家へ帰ろうかしら?」
 ジョウは姉のくるぶしをそっとなでてやりながら、
「あんまりかかとが高いから、けがすると思ったわ。お気のどくね。だけど、どうしたらいいでしょう。馬車を頼むか、ここに夜通しいるか。」と、こまった顔をしました。
「馬車を頼めば高いし、頼みにいってもらう人もいないし、ここへはとめてもらえないし、あたしハンナが来たら、なんとか考えるわ。あら、みんな夜食にいくわ。あなたもいって、あたしにコーヒーもらって来てよ。あたし疲れて動けないわ。」
 ジョウは、いそいでいきましたが、あちこち部屋をまちがえて、やっと食堂にはいり、コーヒー茶わんに手をかけたとたん、こぼして服の前をよごしてしまいました。それを、あわてて手袋でこすったので、手袋もよごしてしまいました。
「お手伝いしましょう。」
 親しみのある声がしました。それは片手にコーヒー茶わん、片手にアイスクリームの皿をもったローリイでした。
「あたしねえさんのところへ、コーヒーをもっていこうとしましたら、また、やりそこないましたの。」
「ちょうどいい。わたし[#「わたし」は底本では「たわし」]がもっていってあげましょう。」
 ジョウがさきにいきました。ローリイは、なれたものごしで、コーヒーとアイスクリームを、メグにすすめ、ジョウのために、もう一度とりにいってくれました。三人が、しばらく話しているうちにハンナが来ました。メグはびっこをひきひき帰り支度をしに二階へいきました。そのあいだに、ジョウは玄関へいって、下男らしい人に、馬車をやとうことを頼みましたが、その人はその日だけやとわれた下男で、近所のことは知りませんでした。すると、ローリイが聞きつけて来ていいました。
「どうか送らせて下さい。道はおなじですし、それに雨もふっています。」
 ローリイは、じぶんを迎えに来たおじいさんの馬車に、メグとジョウとハンナをのせました。みんなは、ぜいだくな箱馬車にのって、たのしい、ゆたかな気持にひたりながら帰りました。ローリイは馭者台にのったので、メグは痛い足を前に出すことができ、姉妹は気がねなしに話をすることができました。
「あたし、とてもおもしろかったわ。」と、ジョウは髪をかきあげながらいいました。
「あたしもよ、けがするまでは、サーリイさんのお友だちの、マフォットさんという方と仲よしになったのよ。サーリイさんと一週間とまりがけで来るようにといって下すったわ。サーリイさんは、春になってオペラがはじまるといらっしゃるんですって。あたしおかあさんがいかして下さるといいけど。」
 メグは元気づきながらいいました。
「おねえさんは、あたしがにげ出したあの赤い髪の人と踊ったのね、あの人、いい人だった?」
「ええ、髪はとび色よ。ていねいな方で、あたし気持よく踊ったわ。」
「あの人、足を出すとき、ひきつった、きりぎりすみたいだったわ。ローリイさんとあたし笑ってしまったわ。あたしたちの笑うの聞えなかった?」
「いいえ、それやぶしつけだわ。あなたたち、そこにかくれて、なにしてたの?」
 ジョウは、そこでじぶんたちのやったことを話しました。その話がおわったとき、馬車は家へつきました。姉妹は、あつくお礼をのべて馬車をおり、そっと家へはいりましたが、扉の音で二つの小さな頭がうごき、ねむそうな、けれど熱心な[#「熱心な」は底本では「熱心が」]声がしました。
「ねえ、会の話をしてよ?」
 ジョウは、メグのいう、ひどいお作法をやって、妹たちにボンボンをもってきてやりました。妹たちはそれをもらい、その夜の胸のわくわくするような話を聞いて、まもなく寝入ってしまいました。メグは、ジョウは、薬をぬってほうたいをしてもらいながら、
「馬車で夜会から帰り、ねま着のまますわって、女中に世話してもらって、りっぱな貴婦人みたいだわ。」と、いいました。
「あたしたちは、髪の毛をやいたり、服が古かったり、手袋が片方だけだったり、きつい靴をはいてくるぶしをくじいたり、とんまのまぬけだけどね[#「だけどね」は底本では「だけねど」]、たのしかったわねえ。」と、ジョウがいいましたがほんとにそのとおりだったのです。

          第四 重い荷をかついで

「やれやれ、またお荷物かついで仕事をはじめるの、なんてつらいんでしょう。」
 会のあくる朝、メグはため息をつきました。一週間たのしく遊んだあとで、いやな仕事はやすやすはじめられませんでした。
「いつまでも、クリスマスかお正月だといい。そうしたらおもしろいでしょうね。」と、ジョウは、あくびまじりに答えました。
「そしたら、今よりか半分もおもしろかないわ。だけど、お夜食や花束をいただいたり、会へいったり、馬車で帰ったり、読書したり、休養したりして、こつこつはたらかない[#「はたらかない」は底本では「はたちかない」]ですむような人、うらやましいわ。」と、メグがいいました。
「でも、そんなことできないわ。だから、ぐちをこぼさないで、おかあさんみたいに、ほがらかに[#「みたいに、ほがらかに」は底本では「みたいにほ、がらかに」]歩いていきましょう。」
 けれど、メグの心は晴れません。髪をきれいにする元気すらありません。
「ああ、いやだ。せっせとはたらいて、年をとって、きたない気むずかし屋になるんだわ。貧乏でおもしろく暮せないばっかりに。」
 こういってメグは、ふくれた顔をして階下へいき朝の食事のときもふきげんでした。みんなも気分がひきたちませんでした。ベスは頭痛がするので、ソファの上に横になり、親ねこと三びきの子ねこを相手に気をまぎらそうとしました。エミイは勉強がはかどらないのに[#「はかどらないのに」は底本では「はがどらないのに」]、ゴム靴が見つからないのでぷりぷりしました。ジョウは口笛をふいて、さわぎをひきおこしかねないようすでした。おかあさんは、いそぎの手紙を書くのにいそがしく、ハンナも前の晩おそかったので、ふきげんでした。
「こんないじわるの家ってありやしない!」
 ジョウは、インキのつぼをひっくり返し、靴のひもを二本とも切ったので、とうとうかんしゃくを起して、じぶんの帽子の上にどさりとすわり、大声でそうさけびました。
「なかで、あなたが一ばんいじわるよ。」と、エミイがやり返し、石盤の上にこぼした涙で、まちがいだらけの計算を消してしまいました。[#「。」は底本では「。」」]
「ベス、こんなうるさいねこ。あなぐらにほうりこんでおかないと。水でおぼれさせれしまうわよ。」と、メグは、じぶんのせなかにかじりついたねこを、はなそうとしながらいいました。
 ジョウは笑う。メグはしかる。ベスはあやまる。エミイは、十二の九倍がいくつになるか、わからなくて泣きました。
「さあ、しずかにしておくれ、今朝早く出さなければならないのに、がやがやうるさくして、書けやしません。」と、おかあさんは手紙の書きそこないを消しながらいいました。
 それで、ちょっと静まりました。ハンナが来て、熱いパイを二つおいて、出ていきました。姉妹たちのいく道は遠く寒く、三時前までに帰れないので、これはおべんとうでもあり、また、手をあたためることもできました。それでこのパイのこと「マフ」ともよんでいました。
「では、かあさんいってまいります。今朝はあたしたちだだっ子でした。でも、天使になって帰って来ます。」
 ジョウは、そういって、メグといっしょに出かけました。町角でふりかえると、いつも窓でにっこり笑うおかあさんの顔があり、それが励ましになるのでした。二人は今朝もふりかえり、おかあさんの笑顔を見ると、元気になろうとつとめ、しばらく歩いてから、べつべつの道をいきました。メグは保姆の仕事、ジョウはマーチおばさんのところへはたらきにいくのでした。
 おとうさんが、不幸な友人を救おうとして財産を失くしたとき、二人はすこしでも家のためになりたくてはたらき、それからずっとはたらいているのです。メグの給料はわずかで、しかもまい日キング家で、年上の姉妹たちが、ぜいたくをしているのを見るので、だれよりも貧乏をつらがっていました。ジョウはびっこのマーチおばさんの世話をしますが、気みじかのおばさんと、よく気が合いました。それに、死んだおじさんの文庫がすばらしく、おばさんが昼寝をしたり、来客でいそがしいときさっそく文庫にはいりこんで、詩、歴史、旅行記だのに読みふけりました。それはいいとしても、思うさまかけまわったり、馬にのったりできないのは、なやみの種でした。
 ベスは、はにかみ屋で、学校へもいけないほどでした。それでおとうさんが勉強を見ていましたが出征しなすってからはおかあさん、かあさんが軍人後援会へいくようになってからは、ひとりで勉強します。性質は勤勉で家事が好きで、ハンナを助けて家をきれいにしますが、まだ子供で、人形と遊ぶことが、なによりのたのしみでした。けれど、このベスにも、苦になることがありました。それは、音楽好きなのに、よいピアノもないし、音譜もないことで、音楽の勉強が思うようにできないので、涙をながすことがときどきありました。
 エミイのつらいことには、鼻が美しくないことで、エミイにいわせると、あかんぼのとき、ジョウが手をすべらして炭取のなかへ落したためだそうです。エミイは絵がじょうずで、花を写生したり、空想的な絵もかきます。それに十あまりの曲もひくし、フランス語も読めるし、性質は素直でおとなしいので、みんなからかわいがられました。
 さて、晩に、みんながいっしょにお裁縫をはじめたとき、メグがいいました。
「今日はほんとにくさくさした日だったわ。なにかおもしろい話でもない?」
 すると、ジョウがすぐにいいました。
「あたし、今日はへんなことあったのよ。マーチおばさんがいねむりをはじめたので、おばさんが読め読めという、つまらない、ベルシャムを読みかかったら、こっちもねむくなり、大きなあくびをしたの。そうしたら、おばさんは、罪ということについて、ながながとお説教をやりだし、お説教がすむと、よく考えなさいといって、またいねむりよ。そこでわたしは、「村牧師」を出して読みだしたのよ。そしたら、水のなかへころげこむところで、つい大声をあげて笑ったの。すると、おばさんが目をさまして、それを読んで聞かせなさいとおっしゃるの。私は読んであげた。おもしろかったのね。だから、お昼すぎに、あたしが手袋をとりにいったら。おばさんは、じぶんで「村牧師」を熱心に読んでるのよ。ね。やっぱりベルシャムなんかよりおもしろいのよ。おばさんみたいな金持だって貧乏人とおなじような心配があるんだわ。だから、「村牧師」にひきつけられるのだわ。」
 すると、メグがいいました。
「それで、あたしも話すこと思いついたわ。今日キングさんのところへいったら、なんだかへんなの。[#「。」は底本では欠落]それで、あたし一人の子に尋ねたら、一ばん上の兄さんがなにか大へんなことをして、おとうさんから家をおいだされたんですって。泣き声、どなり声がして大へんだったわ。家のはじになるような、らんぼうな男の兄弟がいなくてよかったわねえ。」
 すると、エミイがいいました。
「今日、スージーさんは、先生の漫画を書いたので、三十分も教壇にたたされたの。あたしスージーさんが、きれいな、めのうの指輪をはめて学校へ来たので、うらやましく思っていたけれど、あんなはずかしい目にあうようじゃ、いい指輪はめたってしあわせじゃないわ。」
 つぎに、ベスが話しました。
「今朝あたしハンナにかわって、魚屋へかきを買いにいったの。すると、貧乏そうな女の人が来て、仕事がなくて子供に食べさせるものがないから、みがきものでもさせて、お魚をすこし下さいと頼んだの。すると、魚屋さんいそがしいもので、つっけんどんに、だめよといったの。すると、そのときローレンスさんがしおれて帰っていく女に、大きな魚をステッキでひっかけてあげたの。女は、びっくりして、よろこんで、なんどもお礼をいって、ローレンスさんに天国へいけるようにって祈ったの。」
 みんなはベスの話を笑いましたが、もちろん心をうたれました。そして、おかあさんにお話をねだりました。
「そうね、おかあさんは、会で青いネルを裁っていたら、おとうさんのことが、みょうに心配になって、もしものことがあったら、どんなに頼りなく、さびしいだろうと思っていました。すると、なにか註文をもっておじいさんが、心配そうな、疲れたようすでやって来ました。身の上を尋ねてみたら四人息子が戦争に出ていて、二人は戦死をし、一人はとりこになり、一人はワシントン病院にいるんですって。そして、これからそこへいくんですって。けれど、すこしもぐちをこぼさないで、よろこんでお国のために、子供たちを出したというのです。おかあさんは、たった一人おとうさんを出してつらがっています。はずかしくなりました。そればかりか、おじいさんは、たった一人ぼっちですがおかあさんには四人も娘がいて、なぐさめてくれます。ほんとに、おかあさんは、じぶんの恵みふかい幸福がありがたかったので、おじいさんに、つつみとお金をあげ、教えていただいた教訓に、心からのお礼をいいました。」
 みんなは、この話にも心をうたれました。ジョウは、もう一つ、今のようないい話をと望みました。おかあさんは、にっこり笑って、すぐに話しはじめました。
「むかし、食べたり着たり、なに不足のない四人の娘がありました。たのしみも、よろこびもありあまり、親切なお友達や両親があって、愛されていたのに、娘たちは満足しませんでした。(ここで聞き手たちは、こっそり見かわして、お裁縫に精を出しました)娘たちはよくなろうと決心するのですが、やりとげることができないで、これがあったらとか、あれができたらとかと、考えました。それで、あるおばあさんに、幸福にしてくれるまじないがあれば教えて下さいといいましたら、あなたがたが満足に思うとき、恵みということを考えて感謝なさいといいました。(ここでジョウは、なにかいいたそうでしたが、話がおわらないのでいうのをやめました)それで、りこうな娘たちが、その言葉を試してみますと、じぶんたちがいかによい暮しをしているかわかってびっくりしました。一人は、お金持でも家のはじと悲しみは救えないということがわかりました。一人は、貧乏でも、若くて元気なら、じぶんのたのしみもたのしめない、気むずかしいおばあさんより、ずっと幸福ということがわかりました。一人は食事の仕事はいやだけど、食物をもらって歩くのは、つらいということがわかりました。一人は、めのうの指輪よりもお行儀のいいほうがいいということがわかりました。それで、四人の娘たちは、ぐちをやめ、さずかった恵みを感謝し、もっとよくなろうと考えました。」
「おかあさんは、あたしたちのお話をとって、あたしたちをお説教なさるの、ずるいわ。」と、メグがいいますと、ベスがいいました。
「あたし、そういうお説教すきだわ。おとうさんがよく話して下さったわ。」
 エミイは、つぶやくように、
「あたし、そう不平いわないけど、もっとつつしむわ。スージーさんのやりそこないで、あたしほんとに教えられたんですもの。」
 すると、ジョウが、ふざけて、
「おかあさんの教えは、よかったわ。もしか忘れたら、チョール人のおじいさんみたいに、子供らよ慈悲ちゅうもんを、ようくかんげえねせえと、おかあさん、おっしゃって下さい。」と、いいました。これでおもおもしい空気が、あかるくなりました。

          第五 おとなりどうし

「まあ、ジョウ、なにをなさるの?」
 ある雪のふる午後、妹のジョウがごむ靴をはき、古ばけた上衣に、ずきんといういでたちで、ほうきとシャベルをもって広間へ出て来たのを見て、そうたずねました。
「運動にいくの。」
「今朝、二度も散歩して来たんだもの、たくさんだわ。家にいて火にあたりなさいよ。」
「いやなこった。ねこじゃあるまいし、火のそばでいねむりなんかするの大きらい。あたし冒険がすき、これからなにかさがしにいくの。」
 メグは炉に足を出して本を読み、ジョウは通路の雪をどけはじめました。ところで、マーチの邸はローレンスの邸と、生垣でへだてられていました。いずれも、森や芝生の多い、いなかめいた気分のなかにつつまれていましたが、ローレンスの邸では、大きな馬車をいれる納屋や、温室や、りっぱな石づくりの家があるのに、マーチの邸には、赤茶けたふるびた家が見すぼらしくあるだけでした。
 けれど、ローレンスのりっぱな家はなんとなくさびしく、ここにおじいさんと、ただ二人で住むぼっちゃんに友だちもありませんでした。ジョウは考えました。「[#「「」は底本では欠落]かわいそうに、少年の心のわからないおじいさんから、お部屋にとじこめられているんだわ。ローリイには、にぎやかな、わかわかしい遊び相手がいるんだわ。」
 ジョウはなんとかして、ぼっちゃんを誘い出そうと、冒険をもくろんでいると、ローレンス老人が馬車で出かけました。すてき、すてき、ぼっちゃん一人ならと、生垣のところまで道をつけていくと下の窓にはカーテンがおりていて、召使の姿も見えませんが、上の窓には、やせた手と、ちぢれた髪の黒い頭が見えました。
「かわいそうに、病気でねているんだわ。こんなさびしい日に。」
 ジョウは、一かたまりの雪を窓を目がけてなげました。黒い頭がすぐにふりむき、大きな目がいきいきとかがやきました。
「いかが、御病気なの?」
 ローリイは、窓を開けてしゃがれ声で答えました。
「ありがとう。いくらかいいんです。ひどいかぜをひいて、一週間ねちゃいました。」
「まあ、お気のどく、なにして遊んでいらっしゃるの?」
「なにもしてません。家はお墓みたい。」
「本は読まないの?」
「あんまり読みません。読ませてくれないんですもの。」
「だれにも読んでいただけないの?」
「おじいさんに、ときどき。でもぼくの本はおじいさんにおもしろくないし、ブルック先生に頼むのは、いつだっていやだし。」
「じゃ、お見舞に来る人もいないの?」
「いないんです。男の子はがやがやさわぐし、ぼくは頭がよわってるんです。」
「女の子はいないの、本を読んだりなぐさめてくれる女の子は? 女の子は静かだし、看護婦ごっこすきよ。」
「そんな女の子知りませんもの。」
「あんた、あたしを知ってる?」
 ジョウが笑うと、ローリイがさけびました。
「知ってる! あんた来てくれる?」
「ええ、あたしは、おとなしくも、やさしくもないけど、おかあさんがいいとおっしゃったらいくわ。」
 ジョウは、ほうきをかついで家へ帰りました。そのあいだに、ローリイはお客を迎えるために、髪にブラシをかけ、あたらしいカラをつけ、五六人の召使たちに部屋をかたづけさせました。やがて、ジョウが玄関にたちベルをおしました。ローリイは、こころよくジョウを迎えました。
 ジョウは、親切のあふれた顔をして、片手にはおおいをした皿をもち、片手にはベスの三匹の子ねこをだいてあらわれました。
「おじゃまにあがりました。荷物までしょって、おかあさんがよろしくって。メグはお手製の白ジェリイをお見舞ですって。おいしいんですよ。それから、ベスはねこをおなぐさみにつれていくようにって。お笑いになるでしょうが、ことわりきれなくて。」
 ローリイは、ねこを見て笑い、はにかみを忘れ、すぐにうちとけました。ジョウが、皿のおおいをとると、緑の葉のわと、エミイの秘蔵のジェラニュームの赤い花をそえた白ジェリイがあらわれました。
「ああ、きれいだ、食べるのがおしい。」
「たいしたものではないの。ただ、みんながお目にかけたかっただけ。でも、あっさりしてるからめしあがれてよ。それにやわらかいから、のどが痛くても、するっとはいってしまうわ。それはそうとこの部屋なんて気持がいいんでしょう。」
「女中が女中なので、片づいていなくて。」
「じゃ、あたし二分間で片づけてあげるわ。」
 ジョウは、てきぱきとはたらきました。部屋の感じが一変したので、ローリイは満足してお礼をいいました。
「さあ、今度はぼくがお客さまをよろこばせなくちゃ。」
「いいえ、あたしはあなたをなぐさめに来たのよ。なにか本を読んであげましょうか?」
「ありがとう、でもそこにある本、みんな読んでしまったんです。だから、あなたさえよかったら、お話のほうがいいんだけど。」
「いいですとも、一日だって話すわ。ベスはあたしがおしゃべりをはじめたら、いつやめるかわからないなんていうのよ。」
「ベスさんというのは、ときどき小さなバスケットをもって出ていく、あかい顔の。」
「ええ、いい子ですわ。」
「すると、あの美しいかたがメグさんで、まき毛のかたがエミさんですね?」
「どうしてごぞんじ、そんなによく。」
 ローリイは、さっと顔をあかめました。
「だって、ここにいると。たのしそうなみなさんがよく見えるんですもの、夜、カーテンを閉め忘れた窓ごしに、おかあさんをかこんで、いらっしゃるところも見えます。おかあさんのお顔は、やさしく花のようです。ああ、だけど、ぼくには母はいない。」
 母の愛にうえた少年の目は、ジョウのあたたかい胸をうごかしました。すなおなジョウは、じぶんが、いかにゆたかな家庭の愛に恵まれているかを感じたので、よろこんでそれを病気のさびしいかれに、分けあたえたいと思いました。
「では、カーテンをおろさずにお好きなだけ見せてあげます。いいえ、それより家へいらっしゃい。おかあさんはいい人よ、ごちそうたくさんして下さるわ。ベスは歌をうたい。エミイはダンスをする。メグとあたしはおかしなお芝居の道具を見せて笑わしてあげるわ。そうして、みんなでおもしろく遊ぶのよ。でも、おじいさん来させて下さる?」
「あなたのおかあさんが頼んで下さればね。おじいさんは親切で、ぼくのすきなことをさせてくれます。」
 ローリイは、マーチ家の人たちのことについてたくさんの興味をもち、ジョウの口から姉妹たちのことを聞いてうれしそうでした。ことに、ジョウが、せっかちの、気むずかしいおばさんの世話をしにいく話をおもしろがって、そのおばさんのところへ気どった老紳士が結婚申込に来たとき、むく犬がその紳士のかつらをひっぱって、はげ頭がむき出しになった話では、ころげまわって、涙が出るほど笑ったので、女中がおどろいて、のぞきに来たくらいでした。
 ジョウは、話が成功したのでとくいになって、家のお芝居のこと、いろんな計画のこと、おとうさんのこと、その希望や心配、家のなかの一ばんおもしろいことなど、のこらず話しました。それから本の話になりましたが、ジョウはローリイがやはり本ずきで、じぶんよりもたくさん読んでいるのをうれしく思いました。
「そんなに本がすきなら[#「すきなら」は底本では「すきなち」]、おじいさんの文庫へいきましょう。」
 文庫は、ジョウをよろこばせました。ずらりとならんだ本のほかに、絵や彫刻や古い品物のはいったたんすがあり、ゆったりしたイスがそなえてありました。ジョウは、そのビロウド張りのイスに腰をかけて、
「まあ、りっぱだ! あなたは、一ばんこの世でしあわせなぼっちゃんですよ!」と、いいましたがそのときベルが鳴りました。あ、おじいさんだと、はっと、しましたが、まもなく女中が来て、お医者さんが来たといい、ローリイは診察してもらいに出ていきました。ジョウは、ほっとして、文庫のなかを見物しましたが、老紳士のりっぱな肖像画の前に足をとめてながめました。そのとき、扉が開いたけれど、ジョウはふり返ってもみずに、
「この人、親切そうな目をしていらっしゃるから、あたしもうこわくないわ。でも口もとはきつそうだし、とても意地っぱりみたいね。うちのおじいさんほど、きれいではないけど、あたし好きだわ。」
 すると、うしろで声がしました。
「どうも、ありがとう。」
 ふりかえると、ローレンス老人が立っていたので、ジョウはちぢみあがりました。顔はあかくなり動悸がうちます。逃げ出すのに卑怯だし、ふみとどまることにしたものの、ほんものの老人の目は、肖像画の目よりも、もっとやさしかったので、そんなにこわくなくなりました。
「そうすると、あなたは、わたしがこわくないのかね?」
「そんなに。」
「あなたのおじいさんほど、きれいではないというのだね?」
「ええ、きれいではありませんわ。」
「わしは、意地っぱりかね?」
「そう思います。」
「それだのに、わしが好きだって?」
「ええ、好きです。」
 この答えが老人をよろこばせました。老人はジョウの手をにぎり、その顔をのぞきこんで、
「顔はにていなくても、あなたは、りっぱなおじいさんの性質をうけついでいる。おじいさんは勇気があり正直だった。わたしは、あのかたと、友だちであったことを誇りに思っていますわい。」
「ありがとうございます。」
 ジョウは、気がらくになりました。
「あなたは、家の子と、なにをしていなさったのかね? ええ?」
「近所づきあいをしようとしただけです。」
「あなたは、あの子を元気づける必要があるとお考えかね?」
「ええ、すこしさびしそうですもの。わかいお友だちがあるといいでしょう。わたしたち、女ですけど、お役にたちたいと思います。あなたのとどけて下さったりっぱなクリスマスのプレゼントを、とてもありがたく思っていますのよ。」
「いや、あれはあの子の考えたことじゃ。ところで、あの気のどくな婦人はどうしたな?」
「らくに暮していますわ。」
「そうか、おかあさんのやり口は、いつも貧乏な人たちを恵んだおじいさんのやり口とおなじだ。いつか天気のいい日に、おかあさんをお訪ねしたいといっておいて下され。ほら、お茶のベルだ。さあいっしょにお茶をのんで、近所づきあいをしてもらおう。」
 ローレンス老人は、礼儀正しくジョウにうでをさし出し、二人はうでをくんで階段をおりていきました。すると、そこへローリイが帰って来て、そのありさまを見てびっくりしました。まったく、これは考えることもできないことでした。
 老人は、四はいのお茶をのむ間、あまりしゃべりませんでした。老人は、ローリイがジョウと快活にしゃべって、顔が今日にかぎって、あかくいきいきしているのを見まもっていたからです。
「ふむ、この娘のいうとおり、孫はさびしいのだ。今日、孫はかわった。よし、この家の娘たちが、孫をどうするか見ていよう。」
 老人も、ほんとは気さくで、こだわりがない人だったのです。だから、孫のことも理解することができました。お茶がすむと、ジョウは帰るといい出しましたが、ローリイはひきとめて、ジョウを温室へつれていき、りょう手にもてないほど、美しい花をたくさん切って、
「これ、おかあさんにあげて下さい。そして、おとどけ下すったお薬、とても気にいりましたとおっしゃって下さい。」
 客間へ帰ったとき、老人は炉の前に立っていました。ジョウの目は、そこにあるグランド・ピアノにすいつけられました。
「あなた、ひくの?」
「ときどき」と、ローリイは、ひかえ目に答えました。
「今、ひいてちょうだい。帰ったらベスに話してやりたいから、聞いていきたいの。」
「あなた、さきにひかない?」
「あたしだめなの。音楽はすきだけれど。」
 ローリイがひきました。ジョウは花たばに鼻をおしつけながら、耳をすましました、ローリイが、じょうずなのに、ちっとも気どらないので尊敬をよせました。ひきおわってから、あまりほめたのでローリイはまっかな顔をしました。
「いや、ほめるのはもうたくさん。この子の音楽はまずくはないが、もっとほかのだいじなことに、身をいれてもらいたいのじゃ。ああ、もうお帰りか。ありがとう、またお出で、おかあさんによろしく。では、さよなら、お医者のジョウさん。」
 老人の握手はかたかったが、なにか気にいらないようすでした。あとで、ローリイにたずねたら、ぼくがピアノをひいたからだといいました。なぜというと、いつか話すといいました。ローリイは、
「また、来てね。」と、名残りおしそうでした。
「あなたが、よくなったら、家へ来るという約束をすれば。」
「ええ、いきます。」
 ジョウが帰って来て、のこらず報告すると、みんなもおしかけたくなりました。マーチ夫人は、おとうさんのことを忘れないでいる老人と話したかったし、メグは温室が歩きたかったし、ベスはグランド・ピアノに心ひかれ、エミイはりっぱな絵や彫刻が見たかったのです。
「おかあさん。ローレンスさんは、なぜローリイさんがピアノをひくのをきらうのでしょう?」と、せんさく癖をジョウが出しました。
「よく知らないけど、ローリイさんのおとうさんが、イタリアの女の音楽家と結婚なさったのをきらうからでしょう。ローリイさんがまだ小さいとき、両親がなくなったので、おじいさんがひきとったわけですが、おかあさんのような音楽家になりたいなどという、望みを起されたら、こまるからでしょう。」
「まあ、小説みたいね。」と、メグ。すると、すぐに、ジョウが
「まあ、いやだ。音楽家になりたければならせて、いやな大学にいかせて、苦しめなくてもいいのに。」
 ひとしきり、ローリイのことで話ははずみました。話のすえに、メグがいいました。
「夜会であったけど、たしかにあなたの話のとおり、ローリイは、お作法を知ってるわ。おかあさんがあげた薬って、ちょっと、気のきいたいいまわしね。」
「白ジェリイのことでしょう?」
「まあ、なんておばかさんでしょう! あなたのことを、おっしゃったのよ。」
「そうなの。」と、ジョウは、思いがけないというようすで目をまるくしました。
「あんたみたいな人ってあるかしら? お世辞をいわれてわからないんですもの。」
「そんなばかなこといいっこなしよ。お世辞をいうなんて考えずに、かあさんのないぼっちゃんをみんなで親切にしてあげましょう。ローリイ、遊びに来てもいいでしょう、おかあさん?」
「ええ、ええ、けっこうです。それから、メグさん、子供はできるだけ、いつでも子供でいるほうがいいのよ。」
「あたし、じぶんを子供だなんていわないねまだ十三にもなっていないんですもの。」と、エミイがつぶやきました。
「ベス、あなたはどう?」
「あたし、あの巡礼ごっこのこと考えていたの。おとなしくなろうとして、失望の沼をとおり、試練の門をぬけて、けわしい山をのぼっていくことだの、あのりっぱなもののたくさんあるローレンスさんの家が、あたしたちの美しい宮殿になるかもしれないってことだの、考えていたの。」
「あたしたちは、まあライオンのところまで来ることができたんです。」と、ジョウは、ベスの言葉にいくらか賛成らしく答えました。

          第六 美しい宮殿

 大きな家は、とうとう美しい宮殿になりました。けれど、みんながそこへいくのに、かなりの時間がかかり、ことにベスがライオンのそばをとおりぬけるのに、かなり骨がおれました。そして、ローレンス老人は、一ばん大きなライオンでしたが、訪ねて来て、娘の一人一人に、おどけ言葉や親切な言葉をかけ、おかあさんとむかし話をしてからは、もうだれも老人をこわがりませんでした。もう一つのライオンは、こちらが貧乏で、むこうが金持ということで、それもそのうちに、ローリイが、貧乏でも、愛のこもった家から受けるなぐさめを、どんなにありがたがって[#「ありがたがって」は底本では「なりがたがって」]いるかがわかったので、じぶんたちがローレンスの家から受けるものを、べつに恐縮しないでもいいと思うようになりました。そして、そこに春の草のめばえのように、あたらしい友情がもえました。
 ローリイは、今までおかあさんの味も、姉妹の味も知らなかったので、マーチ家にみなぎるゆたかな、あたたかなものに心をひかれ、ひまさえあると、遊びに来ました。それを心配してブルック先生は老人へくわしく告げました。
「いや、かまわん。遊ばせておくさ[#「おくさ」は底本では「おくき」]。あとでとりかえせばいい。マーチ夫人の意見のとおり、あまり勉強させすぎたのがいけなかったのだ。マーチ夫人がよくやってくれる」
 老人は、もうわかっていました。そして、みんなはどんなにおもしろく遊んだでしょう! お芝居、[#「、」は底本では欠落]そり遊び、氷すべり、にぎやかな夜会、たのしい談話。マーチ家からも三人の姉妹がおしかけ、メグは温室で花たばをつくり、ジョウは文庫で本をむさぼり読み、エミイは絵をうつしました。ただ、ベスだけは、グランド・ピアノ[#「グランド・ピアノ」は底本では「グランド、ピアノ」]にあこがれながら、老人をこわがって、逃げて帰りました。老人は、そのことを知って、わざわざ訪ねて来ておかあさんにいいました。
「ローリイは、ピアノを怠けています。やりすぎたから、いいあんばいなのですが、ピアノは使わんといかん。どなたか[#「どなたか」は底本では「どなかた」]来て使ってもらえんかな、いつはいって来てもいいし、口をきかんでもいい。だまって来て、だまってひけばいいんだが。」
 聞いていたベスは、もうたまらなくなって、
「あたしベスです。音楽が好きです。おじゃまでなければ、まいりたいのですが」
「どうぞ。どうぞ。半日だれもいないんだから、えんりょなく、ピアノを使ってもらえれば、こちらからお礼をいわねばならん。」
 ああ、ベスは顔をほてらし、ローレンスさんの手をにぎり、お礼の言葉がいえないので、ただきつくにぎりしめました。老人は、そっとベスの髪に口をあてて、
「わしには、こういう娘があった。ああ、かわいい子じゃ、さよなら、おくさん。」
 老人が大いそぎで帰っていくと、ベスはおかあさんといっしょによろこび、そのうれしいニュースを仲よしの人形たちに告げに二階へかけあがっていきました。その晩、ベスは今までにない、たのしさでうたいました。あくる日、老人とローリイが出かけたのを見とどけたベスは、こっそりと、客間へしのびこみ、ふるえるゆびでピアノをひきました。おお、その美しい音、ベスはうっとりとなり、よろこびはてしなく、やすまずにひきつづけ、ハンナが食事のむかえに来るまで手をやめませんでした。その後、ベスはまい日のように生垣をくぐり、客間にしのびこんでひきました。ベスは、老人がそのしらべを聞くために、じぶんの部屋の扉を開けることも、新らしい音譜をそなえておいてくれることも、ローリイが広間にいて女中たちの来るのをおっぱらってくれることも知りませんでした。ただ、ベスは、じぶんの望みのかなったことを感謝して、まことにたのしかったのであります。
 二三週間たちました。ある日、ベスはおかあさんにいいました。
「おかあさん、あたしローレンスのおじいさんに、スリッパを一つ、つくってあげたいの。あたしお礼をしたいんだけど、ほかにどうしていいかわからないんです。」
 おかあさんは、にっこり笑って、
「ええ、ええ。つくっておあげなさい。きっとおよろこびになるでしょう。みんなも手伝ってくれるでしょうし、かかるお金は、おかあさんが出してあげますよ。」と、いいましたが、おかあさんは、ベスがめったにおねだりをすることがないので、今、ベスの望みをかなえてやるのを、とくべつうれしく思いました。
 ベスは、メグやジョウと相談して、型をえらび、材料をととのえて、スリッパをつくりはじめました。紫紺の布地に、しなやかな三色すみれの花をおいたのが、たいそうかわいいと、みんながいいました。ベスは、手が器用でしたし、ほとんど朝から晩までかかりきりでしたから、まもなくできあがりました。それから、ベスはごくみじかい手紙を書き、ローリイに頼んで、ある朝、老人がまだ起きないうちに、こっそり書斎のテーブルの上に、スリッパといっしょに、のせておいてもらいました。
 ベスは、心待ちに、待ちましたが、その日も、つぎの日の朝も、なんの返事もありません。きっと老人をおこらせたのだと、ベスは心配しはじめました。けれど、その日の午後、ベスがちょっとお使いに出た帰りに、思いがけないことが起りました。ベスが家のちかくまで来たとき、四つの頭が客間の窓から、見え、たくさん[#「たくさん」は底本では「たんさん」]の手がふられ、いっせいにさけぶ声が耳をうったのです。
「ローレンスさんから御返事よ!」
 ベスは胸をとどろかせながら、いそいで帰って来ました。すると、姉妹たちは扉口のところに待っていて、ベスをつかまえ、わいわいいいながらかついで、客間へつれていきました。
「ほれ、あれよ!」と、みんなが、ゆびさすほうを見たとき、ベスはうれしいのと、おどろいたのとで、まっさおな顔色になりました。ああ、そこには、小さなキャビネット・ピアノがおいてあって、ぴかぴかしたふたの上に「エリザベス・マーチさん」にあてた手紙がのっていました。
「あたしに?」と、ベスはジョウにつかまり、たおれそうな気がしながら、あえぐようにいいました。ジョウは、手紙をわたしながら、
「そう、あんたによ、いい方ね、世の中で一ばんいいおじいさんね、かぎも手紙のなかにあるわ。」といいました。
「読んでちょうだい、わたし読めないわ。へんな気がして、ああ、とてもすてき!」と、ベスはそのおくりものに、すっかりどぎもをぬかれてしまって、ジョウのエプロンに顔をかくしました。ジョウは、手紙を開きましたが、最初の言葉を見て笑い出しました。そこには、
「マーチさん、親愛なるおくさん」と、書いてあったからです。
「まあいいこと! あたしにも、だれかがそんなふうに書いて手紙くれるといいわ。」と、エミイがいいました。エミイは、こういうむかし風の書き出しは、たいそう上品のように思われました。
「小生これまでに、かず多くスリッパを使用いたし候が、あなたよりおくられしスリッパのごとく、小生に似合うものこれなく、三色すみれ、すなわち心を安める花は、小生の愛する花にて、やさしきおくり主を常に思い起させてくれるものと存じ候。よって小生は小生の負債をはらいたく、なにとぞこの老紳士の小さき孫のものたりし、あるものを、あなたにおくることをお許し願い上げ候。心よりの感謝と祝福をこめて、あなたのよろこんでいる友だちでもあり、いやしき召使の、ジェームス・ローレンス。」
「ねえ、ベス、あなた、じまんしてもいいわ! ローリイが話しだけど、おじいさん[#「おじいさん」は底本では「おじいささん」]は、亡くなったお孫さんがすきで、そのお孫さんのものはちゃんとしまっておおきになるんですって。そのピアノを、あなたに下すったのよ。大きな青い目をして、音楽が好きなためよ。」
 ジョウは、そういって、今までに見たことがないほど、たかぶって、ふるえているベスを、おちつけようとしました。すると、メグも、
「ごらんなさい。このローソク立て、まんなかに金のばらのあるみどり色の絹のおおい、きれいな楽譜かけに、腰かけと、みんなそろってるわ。」と、楽器を開けて、そのきれいなものを見せながらいいました。
 そのとき、
「さあ、ひいてごらんなさいまし、かわいいピアノの音を聞かして下さい。」と、家族のよろこびにもかなしみにも、いつでも仲間入りする女中のハンナがいいました。
 そこで、ベスがひきました。みんなは口をそろえて、こんないい音は聞いたことがないといいました。それは、あたらしく調律されて、調子がととのっていました。ああ、なんというすばらしい音色だったでしょう。
「おじいさんとこへいって、お礼をいわなくちゃいけないわ。」と、ジョウが、じょうだんのつもりでいいました。むろん、はにかみ屋のベスが、ほんとにいくとは[#「とは」は底本では「とほ」]思わなかったからですが、ベスは、
「ええ、いくわ、今すぐ」と、いって、庭におり、生垣をくぐり、ローレンス邸の扉を開けてはいっていきました。これには、みんなは、あきれてしまいましたが、ベスがそれからどうしたかを知れば、もっとおどろいたにちがいありません。というのは、ベスは書斎の扉をたたき、おはいりという声を聞くと、はいっていき、おどろくローレンスさんのそばへ立ち、手をさし出しながら、
「あたし、お礼を申しに来ました。」と、いいましたが、やさしい老人の目につきあたって、もうあとの言葉が出なくなり、いきなり、老人の首にだきついて、じぶんの唇をあてました。
 老人は、たとい、屋根がふいにふきとばされても、もっとおどろきはしないでしょう。老人は、すっかりおどろきましたが、それがうれしく、そのかわいい唇づけで、いつものふきげんは消えうせてしまいました。老人は、ベスをじぶんのひざの上にのせて、そのしわだらけのほおを、ベスのばら色のほおにすりよせ、まるでじぶんのかわいい孫娘が、生きかえって来たような気持になりました。ベスは、[#「、」は底本では「。」]そのときから、もう老人をこわがらなくなりました。そして、まるで生れたときから、ずっと知っている人に話すように、やすらかな気持で話しました。なぜなら、愛はおそれをおいのけ、感謝は誇りをおしつぶすからです、ベスが家へ帰るとき、老人は門まで送り、あたたかい握手をしてくれました。そして、いかにもりっぱな軍人らしく帽子に手をかけて、敬礼をし、堂々とひきかえしていきました。
 姉妹たちは、そのありさまを見て、おどろくとともに、うれしくてたまりません。ジョウは、じぶんの満足をあらわすために、おどりあがってダンスをはじめ、エミイはびっくりして、窓からころげおちそうになり、メグは手をあげて叫びました。
「まあ、この世の中は、とうとうおしまいが来たようね!」

          第七 はずかしめの谷

 ある日、ローリイが馬にのって、家の前をむちをふって通りすぎるのを見て、エミイがいいました。
「ローリイさんが、あの馬につかうお金のうち、ほんのすこしでもほしいわ。」
 メグが、なぜお金がいるのか尋ねますと、
「だって、わたしたくさんお金がいるの、借りがあるんですもの、お小遣は、あと一月もしないともらえないし。」
「借りがあるって? なんのこと?」
 メグは、まじめな顔になりました。
「塩漬のライム、すくなくっても、一ダースは借りがあるの。それに、おかあさんは、お店からつけでもって来るのいけないとおっしゃるし。」
「すっかり話してごらんなさいよ。」
「今ライムがはやっているの?」
「ええ、みんなライム買うわ。メグさんだって、けちだと思われたくなかったら、きっと買うわ。そして、みんな教室で机のなかにかくしておいてしゃぶるの。お休み時間には、鉛筆だの、ガラス玉だの、[#「、」は底本では「。」]紙人形やなにかと、とりかえっこするの。また、好きな子にはあげるし、きらいな人の前では見せびらかして食べるの。みんなかわりばんこにごちそうするの、あたしも、たびたびごちそうになったわ。それをまだお返ししてないの、どうしてもお返ししなければねえ、だってお返ししなければ顔がつぶれてしまうわ。」
「お返しするのに、どのくらいいるの?」
 メグは、財布をとり出しながら尋ねました。
「二十五銭でたりますわ。あまったぶんで、おねえさんにも、ごちそうできますわ、ライムお好き?」
「あまり好きじゃないわ。あたしのぶんもあげます。では、お金、できるだけ長く使うのよ、ねえさんだって、もうそんなにないんですから。」
「ありがとう。お小遣のあるの、いい気持ねえ、みんなにごちそうしてあげるわ、わたしこの週は、まだ一度もライム食べないわ。ほんとは食べたいけど、お返しできないのに、一つでもいただくの気がひけるわ。」
 つぎの日、エミイはいつもよりすこし[#「すこし」は底本では「すこ」]おそく学校へ行きました。けれど、しめった、とび色の紙づつみを机のおくにしまう前に、みんなに見せびらかしてしまいました。すると、それから五分とたたぬうちに、エミイが二十四のおいしいライム(エミイはその一つを学校へ来る途中で食べました。)をもっていて、それを大ぶるまいするといううわさが、たちまち仲間につたわり、お友だちの、エミイへのおせじは、ものすごいものとなりました。ケティはつぎの宴会によぶといいましたし、キングスレイは、つぎのお休み時間まで、時計を貸してあげるといいましたし、ライムをもっていないといって、エミイをあざけったことのあるスノーという、いじわるの子もたちまち好意をよせて、エミイの得意でない算数を教えてやるといいました。けれど、エミイは、スノーのいったわる口を忘れてはいけませんでした。それで、きゅうにそんな親切はむだよ、あなたにあげないという、電報を発して、スノーの希望をぺしゃんこにしてしまいました。
 ところが、ちょうどその日、ある名士が学校へ参観に来ました。そして、エミイのかいた地図がおほめにあずかりました。その名誉にエミイは得意になり、スノーははげしい苦しみを味わいました。そこで、名士が教室から出ていくと、重要な質問でもするようなふうをして、デビス先生のそばへいき、エミイがライムを机のなかにかくしていることを告げました。
 デビス先生は、きびしい先生で、チュウインガムのはやったときも、とうとうやめさせてしまいましたし、小説や新聞をもって来ると、とりあげてしまいました。生徒が手紙をやりとりすることもよさせました。ですから、ライムがはやりだすと、ライムをもって来てはいけない、もしもって来た者を見つけたらむちでうつと、おごそかにいわたしたのです。それは、つい一週間ほど前のことでした。
 それに、この日、先生はたしかにきげんがわるかったのです。それで、スノーの告げたライムという言葉は、まるで火薬に火をもっていったようなものでした。
「みなさん、しずかに! エミイ・マーチ、机のなかのライムをもってここへ来なさい!」
 となりにいた生徒が、ささやきました。
「みんなもっていくことないわ。」
 そこで、エミイはす早く半ダースほどを、つつみからふり落して、先生のところへもっていきました。先生は、このライムのにおいが大きらいでしたから、顔をしかめて、
「これで、みんなですか?」
「いいえ。」と、エミイは口ごもりました。
「のこりをもって来なさい。」
 エミイは、じぶんの席へ帰り、いわれたとおりにしました。
「たしかに、もうのこっていませんか?」
「うそ、いいません。」
「よろしい、それでは、このきたならしいものを、二つずつもっていって、窓からすててしまいなさい。」
 このはずかしめに、顔をあかくして、エミイは六度も窓へ往復しました。ライムがすてられると、窓の下の往来から子供たちのよろこびの声が起りました。みんなは、その声を聞いて、ライムをおしみ、無情な先生をにくみました。エミイが、すっかりライムをすててしまうと、えへんと、せきばらいをして、きびしい顔つきでいいました。
「みなさんは、一週間ほど前に[#「前に」は底本では「前た」]、わたしがいい聞かせたことをおぼえているはずです。ところがこうしたことが起って、まことにざんねんです。わたしはじぶんのつくった規則をまもります。さ、マーチ、手を出しなさい。」
 エミイは、びっくりして、りょう手をうしろへまわし、かなしそうな、許しを乞うような目をしました。エミイは、先生のお気にいっていた生徒の一人でしたし、その嘆願の目つきは言葉よりもつよく、先生の心を動かしたようでしたが、だれかが[#「だれかが」は底本では「だれかがだ」]、ちぇっ! [#空白は底本では欠落]と、舌うちする音がしたので、かんしゃくもちの先生は、エミイを許すことなんか、考えようともせず、
「手を出して、さあ!」と、宣告[#「宣告」は底本では「宜告」]をしてしまいました。
 エミイは、自尊心のつよい子でしたから、泣いたりあやまったりするようなことはなく、頭をもたげひるむことなく、その手がはげしく五六度うたれるままに、まかしていました。けれど、人からうたれるのは、これがはじめてで、そのはずかしめは、エミイにとっては、先生からなぐりたおされたほどにも感じました。
「休み時間まで教壇の上に立っていなさい。」
 デビス先生は、どこまでも、ばつを加えるつもりでした。
 これもエミイにとって、たまらないはずかしめでした。けれど、それをやらなければなりません。エミイは、その場にたおれそうになる足をふみしめて、その不名誉の場所に立ち、まっさおな顔をして立ちつづけました。一時間ほどにも思われる十五分がすぎ、先生が、
「休め、もうよろしい、エミイ」と、いったときには、もううたれた手の痛みを忘れ、うれしくてたまりませんでした。エミイは、だれにも口をきかず、ひかえ室へいき、じぶんのものをひっつかんで二度と来るものかと、怒りの言葉をもらして、立ち去りました。
 エミイが、家へ帰ったとき、すっかりしょ気ていました。やがて、ねえさんたちが帰ってきました。ねえさんたちは話を聞いてすっかりふんがいしました。
 メグは、エミイのはずかしめられた手を、リスリンと涙で洗ってやり、ジョウは、すぐにデビス先生をしばりあげろといいました。ベスは、じぶんのかわいいねこも、こんなときのエミイにはなぐさめにならないと、思いました。ハンナは、わる者めと、いって、げんこをふりあげ、夜の食事のじゃがいもが、わる者ででもあるように、すりこ木でつぶしました。ただ、おかあさんだけは、あまり口もきかず、心をいためていたようでしたが、エミイをやさしくなぐさめました。
 エミイが逃げて帰ったことは、親しい友だちのほか、だれも気がつきませんでした。けれど、よく気のつく生徒たちは、デビス先生が、その日の午後からたいへんやさしくなり、それでいていつになくびくびくしているのに気がつきました。ちょうど授業のおわるころ、こわい顔をしたジョウが来て先生に母の手紙をわたしました。
 [#空白は底本では欠落]それから、のこっていたエミイのもちものを一まとめにまとめると、それをもって帰っていきました。
 その晩、おかあさんがいいました。
「エミイ、退学させました。むちでぶつことには賛成できません。デビス先生の教育方針にも感心できないし、友だちもためにならないようです。けれど、ほかの学校へかわることは、おとうさんにうかがってからでないとできません。だから、まい日、これからベスといっしょに勉強するんです。ただ、あなたがライムを机のなかにいれていたことは、同情できません。規則をやぶったのですから。」
「ね、おかあさんは、あたしがあんなふうに、人の前ではじをかかされたのを、あたり前と思っていらっしゃるんですか?」
「あやまちを改めさせるのに、おかあさんならば、あんなやり方をしません。ただ、あなたは、このごろ、すこしうぬぼれ[#「うぬぼれ」は底本では「うぬばれ」]が強くなっていくようです。なおさなくてはいけません。あなたは、才能もありいい性質ももっているけど、それを見せびらかしてはだいなしです。へりくだるという気持、それがあなたをぐっと美しくするでしょう。」
 そのとき、むこうで、ジョウと将棋をさしていたローリイが大声でいいました。
「そのとおり! 音楽のすばらしい才能をもっていながら、じぶんでは気づかずにいる、あるおじょうさんを、ぼくは知っていますが、その人は、ひとりでいるとき、どんなりっぱな音楽を作曲しているのか知らずにいるし、そのことを人からいわれても本気にしません。」
 ローリイのそばに立っていたベスが、それを聞いていいました。
「そんなすてきな方とお友だちになりたいわ。きっと、あたしのためになる方よ、あたしなんて、とてもだめ。」
 ローリイは、いたずらっ子らしく、
「あなたは知っていますよ。その人は、ほかのだれよりも、あなたのためになっていますよ。」と、いったので、ベスは顔をあからめ[#「あからめ」は底本では「あかめ」]、はずかしがってクッションに顔をうめました。
 ジョウは、ベスをほめてもらったお返しに、ローリイに勝をゆずりました。ベスはほめられてからは、いくらすすめられても、ピアノをひこうとしませんでした。ローリイは、いいきげんで、たのしそうにうたいました。
 ローリイが帰って[#「帰って」は底本では「帰てっ」]いってから、エミイは、
「ローリイは、なんでもできる方なの?」と、いうと、おかあさんが、
「教育もあり、天分もあるから、かわいがられて、増長しなければ、りっぱな方におなりでしょう。」と、答えました。
「うぬぼれたりなさらないでしょう?」と、エミイが尋ねました。
「ちっとも。だから人をひきつけるのよ。」
「たしかに、気どらないのは、りっぱなことだわ。」と、エミイはしみじみいいました。
「教養とか才能は、へりくだっていても、あらわれて来ます。見せびらかさなくてもいいわけです。」
 ジョウが、そのとき、
「あなたの帽子や服やリボンを、みんな一度に身につけて、人に見せびらかさなくてもいいわけね。」と、いったので、おかあさんのお説教は、にぎやかな笑い声のなかにおしまいとなりました。

          第八 ジョウの原稿

 エミイが、土曜日の午後、ねえさんたちの部屋へいくと、メグとジョウが外出の支度をしていましたが、ないしょらしいので、
「おねえさんたち、どこへいらっしゃるの?」と、尋ねました。すると、ジョウは
「どこへだっていいじゃないの、小さな[#「小さな」は底本では「小さに」]子はそう聞きたがらないものよ。」と、つっけんどんにいいました。
「わかったわ! ローリイといっしょに、七つの城のお芝居を見にいらっしゃるのね。あたしもいくわ。おかあさんは、見てもいいとおっしゃったわ。あたしお小遣もあるし。」
 メグは、なだめすかすように、
「まあ、あたしのいうことをお聞きなさいよ[#「お聞きなさいよ」は底本では「お聞ぎなさいよ」]。おかあさんは、あなたの目がまだなおっていないから来週ベスやハンナといっしょに、いくといいって。」
 エミイは、あわれっぽい顔をして、
「いやだあ、おねえやんやローリイといく、半分もおもしろく[#「おもしろく」は底本では「おおもしろく」]ないわ。ね、お願いだからいかせてよ。長いことかぜひいて家にばかりいたんですもの、ねえ、おとなしくしますから。」と、せがむのでした。
「いっしょに[#「いっしょに」は底本では「いっしに」]つれていってはどう? あつ着させていけば、おかあさんだって、なにもおっしゃらないでしょう。」と、とうとうメグが、しかたがないというようにいいました。
「それなら、あたしいかないわ。二人だけ招待されたのに、つれていくのは失礼だわ。」
 このジョウのいいかたや態度は、ますますエミイを怒らせました。靴をはきながら、エミイは、
「メグねえさんがいいっておっしゃったから[#「から」は底本では「かち」]、あたしいきます。じぶんで切符買うから、ローリイにめいわくかけません。」
「あたしたちのは指定席よ。と、いって、あなた一人はなれていられないしさ、そうすると、ローリイがじぶんの席をゆずるでしょう[#「でしょう」は底本では「ででよう」]。それじゃ、つまらない。もしかしたら、ローリイが切符もう一枚買うかもしれないけど、それじゃずうずうしいわ。だから、おとなしく待っていらっしゃい。」
 ジョウは、仕度にあわてて、針で指をさしたので、ますますふきげんになって、エミイをしかりつけました。
 エミイは泣き出しました。メグがなだめていると、階下でローリイがよんだので、二人は、いそいでおりていきました。二人が出かけていくのを、エミイは窓から見おろして、おどかすようにさけびました。
「今に、後悔するわよ。ジョウさん、おぼえていらっしゃい!」
「ばかな!」と、ジョウがやり返して、玄関の扉をぴしゃっと閉めました。
「七つの城」のお芝居は、とてもよかったので、三人はたのしく見物しました。けれど、ジョウはときどき、きれいな王子や王女に見とれながらも、[#「、」は底本では「。」]心にくらい影がさしました。妹が、後悔するわよといった言葉が、あやしく、耳にのこっていたからでした。
 ジョウとエミイは、前からよくはげしいけんかをしました。二人とも気がみじかく、かっとするとひどくめんどうなことになるのでした。けれど、二人とも長く怒ることはなく、けんかの後では、たがいによくなろうとするのですが、日がたつと、またくり返すことになるのでした。
 二人が家へ帰ったとき、エミイは知らん顔をして本を読んでいました。ジョウは、帽子を二階へしまいにいきましたが、この前けんかをしたとき、エミイがひき出しをひっくり返したので、たんすやかばんや、たなの上などをしらべましたが、なんともなっていないので、エミイがじぶんを許してくれたものと思いました。
 けれど、それはジョウの思いちがいであることが、あくる日になってわかりました。その日の午後ジョウ[#「ジョウ」は底本では「メグ」]は血相をかえて、メグとベスとエミイが話しあっているところへ、とびこんで来て、息をきらして尋ねました。
「だれか、あたしの原稿とった?」
 メグとベスは、いいえといいましたが、エミイは炉の火をつついてだまっていました。
「エミイ、あなたですね。」
「あたし、持ってないわ。」
「じゃ、どこにある?」
「知らないわ。」
「うそつき! 知らないとはいわさないわ。さあ、早い白状なさい。白状しないか。」
 ジョウは、ものすごい顔でどなりました。
「いくらでも怒るがいいわ。あんなつまらない原稿なんか、もう出ないわよ。」
 エミイは、どうにでもなれというような、いいかたでした。
「どうして!」
「あたしが焼いちゃったから。」
「なに? あんなに苦労して、おとうさんがお帰りになるまでに書きあげるつもりの、あの大切な原稿を、ほんとに焼いたの?」
 ジョウは、まっさおになり、目は血ばしり、ふるえる手でエミイにとびかかりました。
「ええ、焼いたわ。昨夜、いじわるしたからよ。おぼえていらっしゃいといったでしょう。」
 ジョウは、悲しみと怒りに、かっとなって、
「ばか、ばか! 二度と書けないのよ。あたし一生あなたを許さない。」
 メグもベスも、どうしようもありませんでした。ジョウは、エミイの横っつらをひっぱたいて、部屋をとび出し、屋根部屋のソファに身を伏せて泣きました。
 おかあさんは、帰宅してその話を聞き、エミイをしかりました。エミイはわるいことをしたと思いました。けれど、ジョウの原稿は、五六篇のかわいいお伽話でしたが、文学的才分と全精力を数年間かたむけて書いたもので、ジョウにとっては、とり返しのつかぬ損失でしたから、ジョウは、お茶のベルが鳴ったとき、いかにもこわい顔をして出て来ました。エミイは、ありったけの勇気をふるい起して、
「ジョウ、ごめんなさいね、あたし、ほんとうにわるかったわ。」と、あやまりました。
 ジョウは、ひややかに、
「許してあげるものか。」と、答え、エミイにとりあいませんでした。
 だれも、この大事件のことを口にしませんでした。ジョウがじぶんの怒りをやわらげるまで、なにをいってもしようがないからです。そんなわけで、その晩はたのしくなく、みんなだまって針仕事をしました。おかあさんが、おもしろい物語を話しても、なにかもの足りなくて、家庭の平和は、すっかりみだされていました。[#「いました。」は底本では「いました。いました」]おもくるしい気分は、メグとおかあさんがうたっても晴れませんでした。
 おかあさんは、ジョウにおやすみなさいのキッスをしたとき、やさしい声で、
「ねえ、怒りを明日まで持ち越さないように、今夜中にきげんをなおしましょうね。おたがいに、ゆるし合い助け合いましょう。明日からは、またたのしくね。」と、ささやきました。
 ジョウは、おかあさんの胸に、顔をうずめました。悲しみと怒りを、涙で流したかった。けれど、あまりにいたでは深く、とうとう頭をふり、エミイに聞えよがしに、
「あんまりひどいんですもの、許してやれませんわ。」
 そういって、ジョウは、さっさと寝室へいってしまったので、その夜はおもくるしい気分でおわりました。
 つぎの日も、おもくるしい気分は去らず、みんなつまらなそうでした。ジョウは、ぷんぷんして、ローリイを誘ってスケートにでもいってみようと思って出かけていました。エミイは、じぶんのほうからあやまったのに、ジョウがまだ怒っているので、なお気をわるくしました。メグは、エミイにむかって、[#「、」は底本では「、」」]
「あなたがわるかったのよ。大切な原稿をなくされたんですもの、なかなか許せないわ。だけど、いいおりを見て、あやまればいいと思うの。だから、あなたもスケートにいってごらんなさい。そしてジョウがローリイと遊んで、きげんがよくなったとき、ジョウにキッスしてしてあげるか、なにかやさしいことしてあげるのよ。そしたら、心から仲なおりしてくれるにちがいないわ。」
 この忠告が気にいったので、エミイはいそいそと仕度をして、後をおいかけました。川までは、そんなに遠くなかったが、エミイがいったとき、二人はすべる用意ができていました。ジョウは、エミイのすがたを見ると、くるりとせなかをむけました。ローリイは、エミイの来たのに気がつかず、氷のあつさをしらべるために、そのひびきを聞きわけながら、用心ぶかく岸にそってすべっていきました。ローリイは、角をまがるとき、
「岸について来なさい。まんなかはあぶない。」
 そういって、すがたが見えなくなりました。
 ジョウが、すべって、その角までいったとき、エミイはずっとはなれたところで、川のまんなかへすべっていきました。ジョウは、みょうな心さわぎをおぼえましたが、ふいに氷のさける、ばりっという音とともに水けむりをたて、エミイがりょう手をあげ、悲鳴とともに落ちこむのを見ました。その悲鳴に、ジョウは心臓がとまると思うくらい、おどろきました。ローリイをよぼうとしましたが声が出ません。すると、なにかが、じぶんのそばを走ったと思うと、
「ぼうをもって来て、早く、早く!」と、ローリイのどなる声が聞えました。
 それから、ジョウは、まるで夢中でした。ただし冷静なローリイのさしずのままになって、おびえているエミイを救いあげること[#「こと」は底本では「ことと」]ができました。
 ふるえて、ぼとぼとしずくをたらしながら泣いているエミイを、二人は家までつれて帰りました。ジョウは、口ひとつきかず、青い顔をし、手にきずをし、服はさけたままで、とびまわり、なにかと用事をしました。さわぎがおさまった後、エミイは毛布にくるまって炉の火の前でねむってしまいました。
 おかあさんは、エミイのそばにすわってましたが、ほっとして、ジョウをよんで、手にほうたいをしてやりました。
「おかあさん、だいじょぶでしょうか?」
「ええ、けがもしていないし、かぜもひかなかったようです。あなたが、よくくるんで、大いそぎでつれて来てくれたからね。」
「ローリイが、みんなしてくれたのです。わたしは、エミイをほっといたから、一人ですべっていって落ちたんです。もしかして死んだら、あたしのせいですわ。」
 ジョウは、後悔の涙を流しましたが、それはもっと重い心の痛みからのがれることのできた、感謝の涙でもありました。
「みんな、あたしの、おそろしいかんしゃくからですわ。ああ、どうして、こうなんでしょう。おかあさん。どうぞあたしを救って下さい。」
「ええ、ええ、救ってあげますよ。そんなに泣かないでね。今日のことよく覚えておいて、二度としないと誓いなさい。おかあさん[#「おかあさん」は底本では「おおあさん」]だって、じつは、あなたとおなじくらい、かんしゃくもちなんですよ。それに、おかあさんはうち勝とうとしているんです。」
「まあ、おかあさんが? だって、一度だって、かんしゃくを起しなすったの、見たことがありませんわ。」
 ジョウは、おどろしい目をまるくしました。
「なおすのに四十年かかりました。やっとおさえられるようになりました。ほとんど、まい日、怒りたくなるけど、顔に出さぬようになったのです。これからは、怒りたく[#「怒りたく」は底本では「怒りたくない」]ならないようにしたいのですが、それには、もう四十年かかるかもしれません。」
 ああ、その言葉はジョウにとって、どんなお説教より、はげしいおしかりより、よい教訓でありました。そして、四十年も祈りつづけて欠点をなくそうとしたおかあさんのように、じぶんもどうかしてこの欠点をなおしたいと思いました。
「ねえ、おかあさん、どういうやりかたなさるの? 教えて下さい。」
「そう、あたしは、今のあなたより、すこし大きくなったころ、おかあさんをなくしました。あたしは、自尊心が強いので、じぶんの欠点をたれにうち明けることもできず、ただ一人で長い年月を苦しみました。なん度も失敗して、にがい涙を流しました。そのうちに、あなたたちのおとうさんと結婚して、しあわせになったので、じぶんをよくすることが、らくになりました。けれど、四人の娘ができ、貧乏になって来ると、またまたむかしのわるい欠点がでて来そうです。もともと、あたしは忍耐心がないので、娘たちがなにか不自由しているのを見ると、とてもたまらない気持になるんです。」
「まあ、おかあさん! それじゃ、なにがおかあさんを救って下すったんですか?」
「あなたのおとうさんです。おとうさんは、忍耐なさいます。どんなときも、人をうたがうことなく不平なく、いつも希望をもっておはたらきになります。おとうさんは、あたしを助けなぐさめ、娘たちの御手本になるように、教えて下すったのです。だから、あたしは娘たちのお手本になろうとしてじぶんをよくすることに努めました。」
「ああ、おかあさん。もしあたしが、おかあさんの半分もいい子になれたら本望ですわ。」
「いいえ、もっともっといい人になって下さい。今日味ったよりも、もっと大きな悲しみや後悔をしないように、全力をつくして、かんしゃくをおさえなさい。」
「あたし、やってみます。でも、あたしを助けて下さいね。あたしね、おとうさんは、とってもおやさしいけど、ときどき真顔におなりになり、指に口をあてて、おかあさんをごらんになるのを見ましたわ。そうすると、おかあさんは、いつも口をむすんで、部屋を出ていらっしゃいます。そういうとき、おとうさんに、おかあさんは、お気づかせになったんですか?」
「そうなんです。そういうふうに、助けて下さいとお頼みした[#「した」は底本では「しんだ」]んです。おとうさんは、お忘れにならないで、あのちょっとしたしぐさや、やさしいお顔つきで、あたしがきつい言葉を出しそうになるのを救って下すったのですよ。」
 ジョウは、おかあさんの目に涙があふれているのを見て、いいすぎたかしらと、心配になって尋ねました。
「あたし、あんなふうにいったの、いけなかったでしょうか? でも、あたし思ったこと、おかあさんにみんないってしまうの。とてもいい気持なんですもの。」
「ええ、なんでもおっしゃい。そうやって、うちあけてくれると、おかあさんはうれしいのよ。」
「あたしは、おかあさんを悲しませたのではないかと思って。」
「いいえ、おかあさんは、おとうさんのことを話しているうちに、お留守ということ[#「こと」は底本では「ごと」]がしみじみ[#「しみじみ」は底本では「みじみ」]さびしくなり、おとうさんのおかげということを思ったりしたので。」
「だって、おかあさんは、おとうさんに従軍なさるように、おすすめになったし、出発のときもお泣きにならなかったし、留守になってからも一度もこぼしたりなさらないし、だれの助けもあてにしていらっしゃらないし。」と、ジョウは、いぶかしそうにいいました。
「あたしは、愛する御国のために、あたしの一ばん大切なものをささげたのです。どうしてぐちがいえましょう。あたしが人の助けがいらないように見えるのは、おとうさんよりも、もっといいかたがおかあさんが慰め励まして下さるからなの、それは、天国のおとうさんです。天国のおとうさんに近づけば、人の知慧や力に頼る必要はなく、平和と幸福が生れます。さ、あなたもこのおとうさんのところへいきなさい。すべての心配や悲しみや罪をもって。ちょうど、あなたがおかあさんのところへ心から信頼して来るように、」
 ジョウの答えは、ただおかあさんに、しっかりすがりつくことでした。そして、だまって、心からある祈りをささげ、いかなる父や母よりも、いっそう強いやさしい愛で、すべての世の子供をむかえて下さる「おとうさん」に、近づいていくのでした。
 エミイは、眠ったまま、ねがえりをうって、ため息をつきました。ジョウは、今すぐに、じぶんの過失をつぐないたいと思うためか、今までにないまじめな表情をしました。
「あたし、かんしゃくをつぎの日までもち越して、エミイを許さなかった。もしローリさんがいなかったら、とんだことになったんだわ。ああ、どうしてあたしは、こんなにいけないんでしょう?」
 ジョウは、エミイの上によりかかり、枕の上のみだれ髪をなでながら、そういいましたが、それが聞えたもののように、エミイはばっちり目を開け、ほほえみをうかべて手をさし出しました。二人はなんともいいませんでしたが、毛布にへだてられながらも、しっかりと[#「しっかりと」は底本では「しっりと」]抱き合い、心こめたキスに、すべてを許し忘れてしまいました。

          第九 虚栄の市

 四月のある日、メグはじぶんの部屋で、いもうとたちにかこまれながら、トランクに荷物をつめこんでいました。おかあさんは、娘たちが年ごろになったら与えようと考えて、むかしのはなやかだった時代の記念品のしまってある杉箱を開けて、絹の靴下と、きれいな彫刻のある扇子と、かわいい青いかざり帯を下さいました。
 あくる日は、うららかな天気で、メグはたのしい二週間の遠出に家を出ました。上流のマフォット家の客になりにいくのです。おかあさんは、あまりこの訪問をよろこびませんでしたが、メグが熱心に頼むし、サリイがよく面倒を見ると約束してくれたので、冬の間よくはたらいたごほうびの意味で許したので、メグは、上流社会の生活を味わう第一歩をふみ出したのであります。
 マフォット家に客となってみると、メグはそのすばらしい家や、そこに住む人々の上品さに、気をのまれてしまいました。その生活は、軽薄でしたが、みんなが親切でしたから、らくな気持になりました。すばらしいごちそうをたべ、りっぱな馬車で乗りまわし、上等な服を着かざって、なにもせずに遊び暮すことは、たしかに、たのしいことでした。それはメグの趣味にかない、メグはその家の人たちの、会話や態度や服の着こなしや、髪のちぢらしかたなどを、まねしようと努めました。そして、金持の家の暮しのゆたかさにくらべると、貧乏なわが家の暮しが、いかにも味気なく不幸に見えて来ました。
 メグは、マフォット家の、三人のわかいおじょうさんたちの気にいって、散歩、乗馬、訪問、芝居やオペラ見物、夜会など、いつもいっしょに、たのしい時間をすごしました。そして、ベルには婚約者があることがわかりましたが、メグはそれに興味をもち、ロマンチックなことに思えました。
 マフォット氏は、ふとった老紳士で、メグのおとうさんを知っていました。マフォット夫人も、やはりふとった婦人で、メグをかわいがってくれ、「ひな菊さん」という名で、よんでくれました。
 いよいよ、夜会があるという日、三人はみんなすばらしい服を着て、はしゃいでいるのに、メグはじぶんのポプリンの服のみすぼらしさに心がおもくなりました。それでも、服のことなど、なんとも思っていないように、三人は親切にメグにむかって、髪をゆってあげようとか、かざり帯をしめてあげようとかいいましたが、メグはその親切のなかに、じぶんの貧しさへのあわれをみてとり、いっそう心は重くなるのでした。
 そこへ、女中が花のはいっている箱をもって来ました。アンニイが、
「ジョージから、ベルへ来たんだわ。」と、いいましたが、女中は、手紙をさしだしながら、
「マーチさんへと、使いの者が申しました。」と、いいました。
「まあ、すてき。どなたから? あなたに恋人があるとは知らなかったわ。」
 みんなは、強い好奇心をいだきました。
「手紙は母から、花はローリイからですわ。」
「まあ、そうなの。」と、アンニイは、みょうな表情でいいました。
 母からの手紙は、みじかいけれど、よい教訓でした。メグはポケットにしまいました。また、花はしずんだ[#「しずんだ」は底本では「じずんだ」]気持をひきたててくれました。その幸福な気持で、メグは、しだとばらをわずかとって、あとは気前よくわけましたので、メグのやさしさに心ひかれたようでした。メグが、みどりのしだを髪にさし、ばらの花を胸にさしたので、服はそのためにいくらかひきたって見えました。
 メグは、その夜、心ゆくまでダンスをしました。みんなが親切にしてくれ、歌をうたえばいい声だとほめ、リンカーン少佐は、あの目の美しい令嬢はどなたと尋ねましたし、マフォット氏は、メグの身体にばねみたいなものがある、ぜひメグとダンスするといいました。
 こうしてたのしくしていたのに、温室のなかに腰かけて、ダンスの相手がアイスクリームを持って来てくれるのを待っていたとき、うしろで話す話し声をふと聞いて、メグは気分をこわされました。
「いくつぐらいでしょう?」
「十七八かしら、」
「あの娘たちのうちの一人が、そういうことに、なったらたいしたものですよ。サリイがいってましたが、あの人たちは、このごろとても親しくしていて、それに、あの老人は娘たちに、まるで夢中になっているんですって。」
「それやマーチ夫人の計略ですよ。娘のほうではそんな気はなさそうだけど、」
 そういったのは、マフォット夫人でした。
「あの子ったら、おかあさんからだなんてうそついて、花がとどいたら顔をあかくしたわ。いい服さえ着せたら、きれいになるでしょうに。木曜日にドレス貸して[#「貸して」は底本では「貸しで」]あげようといったら、あの子、気をわるくするかしら?」
「あの子、自尊心は強いけれど、モスリンのひどい服しかないのだから、気をわるくはしないでしょう。それに今晩の服をやぶくかもしれないから、貸してあげる口実になるわ。」
「そうねえ。あたしローレンスをよんで、あの子をよろこばしてあげましょう。そして、後で、からかってあげましょう。」
 そこへ、ダンスの相手がもどって来ました。メグは、今のうわさ話に怒りをもやし、すぐにも家へ帰って、おかあさんに心の痛みを訴えたくなりました。
 けれど、メグの自尊心は、むろんそのことを[#「ことを」は底本では「ことる」]させるわけもなく、できるだけ、ほがらかにふるまったので、だれもメグの努力に気づきませんでした。
 夜会がおわると、メグはほっとしました。ベットのなかで考えていると、ほてったほおに、涙が流れました。あのおろかなうわさ話は、メグに新らしい世界を開いてくれ、古い平和の世界を根こそぎみだしてしまいました。あわれなメグは、ねぐるしい一夜をあかし、おもいまぶたの、いやな気分で床をはなれました。
 その朝は、だれもぼんやりしていました。娘たちが編物をはじめる気力が出たときには、もうおひるでした。メグは、みんなが好奇心で、じぶんのことを気にしていることを知りましたが、ベルが手をやめて感傷的ないいかたで、こういったので、なにもかもわかりました。
「ねえ、ひな菊さん、木曜日の会に、あなたのお友だちのローレンスさんに招待状を出しましたの。あたしたち、お近づきになりたいし、それに、あなたに対する敬意ですからね。」
「御親切にありがとうございます。でも、あのかた、いらっしゃらないでしょう。七十に近い、お年よりですもの。」
「まあ、ずるい、あたしのいうのは、わかいかたのほうよ。」と、ベルは笑いました。
「わかいかたって、いらっしゃいませんわ。ローリイなら、ローリイなら、まだ子供で、いもうとのジョウくらいでしょう。あたしはこの八月で十七ですもの。」
「あんなりっぱな花をおくって下すって、ほんとにいい方ね。」と、アンニイが、意味ありげにいいました。
「ええ、いつでも下さるの。あたしの家のみんなに。あのかたの家に、いっぱい花があるし、あたしの家ではみんなが花がすきだからです。母とローレンスさんとはお友だちでしょう。だから、あたしたち子供同志も遊びますの。」
 メグは、この話を、うちきってくれればいいと思いました。
「ひな菊さんは、まだ世間のことにうといのね。」と、クララはうなずきながら、ベルにむかっていいました。
「まるで、まだあかちゃんね。」と、ベルは肩をすぼめました。
 そのとき、マフォット夫人が、レースのついた絹の服を着てはいって来ました。
「あたし、これから娘たちのものを、もとめにまいりますが、みなさん御用はありませんか?」
「ございませんわ、おばさま、ありがとう。あたしは木曜日には、あたらしいピンクの絹のを着ますし。」と、サリイがいいました。
「あなた、なにお召しになるの?」と、メグにサリイが尋ねました。
「昨夜の白いのを来ますわ。ひどくさけましたが、もしうまくなおせましたら。」
「どうして、かわりを家へとりにおやりにならないの?」と、気のきかないサリイがいいました。
「かわりなんか、あたしありませんわ。」
 やっとメグがいったのに、サリイは人のよさそうな、びっくりしたふうで、
「あれっきり、まあ、」と、いいかけましたが、ベルは頭をふって、サリイの言葉をさえぎってやさしくいいました。
「ちっともおかしくないわ。まだ社交界に出ていないのに、たくさんドレスこしらえておく必要ないわ。ひな菊さん、いく枚あっても、お家へとりにいかせなくてもいいわ。あたしの小さくなった、かわいい青色の絹のが、しまってありますから、あれを着てちょうだいな。」
「ありがとうございます。でも、あたしみたいな子供には、この前のでたくさんですわ。」
「そんなことおっしゃらないで、あなたをきれいにしてみたいの。だれにも見せないように仕度してシンデレラ姫みたいに、ふたりでふいに出ていって、みんなをおどろかしたいの。」と、ベルは笑いながら、けれど、あたたかい気持ですすめるので、目雲それをこばむことはできませんでした。
 木曜日の夕方、ベルと女中で、メグを美しい貴婦人にしあげました。髪をカールし、いい香りの白粉をぬりこみ、唇にさんご色の口紅をぬり、空色のドレスを着せ、腕環、首かざり、ブローチなど、装身具でかざりたてました。美しい肩はあらわに、胸にばらの花はあかく、ベルも女中も、ほれぼれと[#「ほれぼれと」は底本では「ほればれと」]ながめました。
「さあ、みんなに見せてあげましょう。」と、ベル[#「ベル」は底本では「べる」]は、ほかの人たちのつめかけている部屋へ、メグをつれていきました。
 メグは、ハイヒールの青い絹の舞踏靴をはき、長いスカートをひきずり、胸をわくわくさせながら歩いていきました。鏡がかわいい美人だと、メグにはっきり教えてくれたので、メグはかねての望みがかなえられた満足を味わい、じぶんから進んで、美しさを、見せびらかそうとさえしました。ベルは、ナンとクララにむかって、
「あたしが、着かえて来る間に、ナン、あなたは裾さばきと、靴のふみかたを教えてあげてね。ふみちがえてつまずくといけないから、それから、クララ、あなたの銀のちょうちょを、まんなかにさして髪の左がわのカールをとめてあげてちょうだい[#「ちょうだい」は底本では「ようだい」]。あたしのつくった、すてきな作品をだめにしちゃいやよ。」と、いって、じぶんの成功に、さも満足らしい顔つきで、いそいで出ていきました。
 ベルが鳴りひびき、マフォット夫人が、使いをよこして、娘たちにすぐ来るように、告げたとき、メグはサリイに、ささやきました。
「あたし、階下へいくのこわいわ。なんだか、とてもへんな、きゅうくつな気持で、それに半分、はだかみたいで。」
「とてもきれいだからいいわ。あたし[#「いいわ。あたし」は底本では「いいわあ。たし」]なんかとてもくらべものにならない。ベルの趣味はすてき、ただつまずかないようにね。」
 心のなかにその注意をたたみこんで、メグは無事に階段をおり、客間へ、しずかにはいっていきました。メグは、たちまちみんなの目をひきつけ[#「ひきつけ」は底本では「ひさつけ」]、この前の夜会のときと、まるでちがって、わかい紳士たちが、ちやほやして、いろいろ気にいるようなことを話しかけました。ソファに腰かけて、他人の品定めをしていた数人の老婦人たちは、メグに興味をもち、なかの一人がマフォット夫人に身もとを尋ねました。
「ひな菊マーチです。父は陸軍大佐で、あたしどもとおなじ一流の家がらですが、破産しましてね、ローレンスさんと親しいんです。家のネッドはあの子に夢中なんですよ。」
「おや、そうなんですの。」と、その老婦人はもっとよく見ようとして眼鏡をかけました。
 メグは、聞えないふりをしましたが、夫人のでたらめにはあきれました。けれど、その妙な気持を心のすみにおしつけ、笑いをたたえて、貴婦人らしくふるまっていました。ところがメグの顔からきゅうに笑いがきえました。正面にローリイの姿を見たからで、その目はじぶんを非難しているではありませんか。ローリイは、笑っておじぎをしましたが、メグはこんな姿でなくじぶんの服を着ていればよかったと思いました。メグは、そばへいき、
「よくいらっしゃいました。お出でにならないと思っていました。」
「ジョウが、ぜひいって、あなたのようすを見て来てほしいというので来たんです。」
「ジョウに、なんておっしゃるつもり?」
「どこの人だかわからなかったといいます。だって、まるで大人みたいで、あなたらしくないんですもの。」
「みんなでこんななりにさせたの、あたしもちょっとしてみたかったけど。ジョウびっくりするでしょうね? あなたもこんなの、おいや?」
「ぼく、いやです。わざとらしく、かざりたてたの、いやです。」
 年下の少年からいわれた言葉としては、あまりにするどく、メグはふきげんになって、
「あなたみたいな、失礼な人、知らないわ。」と、いって、そこを去り、窓ぎわへいってたたずみ[#「たたずみ」は底本では「たにずみ」]、きゅうくつなドレスのために、ほてったほおを夜気にひやしました。大好きなワルツの曲がはじまっても、そのままでいると、ローリイが来て、ていねいに手をさしのべました。
「失礼なこといって、お許し下さい。いっしょに踊って下さい。」
「お気持をわるくするとこまります。」
「いいえ、ちっとも、ぼくダンスしたいのです。そのドレスは好きじゃないけど、あなたはほんとうに、すてきです。」
 メグは、にっこり笑って気持をやわらげ、二人は音楽に合せておどりはじめました。
「ローリイ、あたしのお願い聞いてね、家へ帰ってもあたしのドレスのこといわないでね、家の人々は、じょうだんがわからないし、おかあさんには心配させるから。」
「どうしてそんなものを着たんです?」
 ローリイの目がなじっていました。
「どんなに馬鹿だったか、自分でお母さんにいうから、あなたいわないでよ。」
「いわないと約束します。でもきかれたらどういいましょう!」
「あたしがきれいで、たのしそうだったとだけ、いってちょうだい。」
「きれいだけど、さあ、たのしそうかしら? たのしそうに見えない。」
「ええ、たのしくないの。おもしろいことしてみたかったけど、やっぱり性にあわないわ。あきてしまうわ。」
 このとき、マフォット家の若主人のネッドが来たので、ローリイは顔をしかめました。
「あの人、あたしに三回もダンスを申しこんでいるの。だから来たんでしょう。」
 メグがいかにもいやそうにいうので、ローリイは、これはおもしろいと思いました。
 ローリイは、それっきり夕飯のときまで、メグと話しませんでした。食事のとき、ネッドとその友達のフィッシャアを相手に、メグがシャンペン酒を飲むのを見たローリイは、だまっていられませんでした。
「そんなもの飲むと、明日、頭痛がしますよ。ぼくは飲みません。おかあさんだって[#「だって」は底本では「たって」]、お気にいらないでしょう。」
 ローリイは、ネッドとフィッシャアに聞かれないように、メグによりそって、そうささやきました。
「今夜は、あたし気ちがいみたいなお人形なの。明日からはいい子になるわ。」
「それじゃ、明日もここにいたいんですね。」
 ローリイに、ついとはなれて立ち去りました。
 メグは、踊ったり、ふざけたり、しゃべったり、ローリイがあきれるほど、はしゃぎました。帰りがけに、ローリイがあいさつに来ると、メグは、もう頭痛になやまされていましたが、
「いいこと! 頼んだこと忘れないでね。」と、むりに笑顔をつくっていいました。
「死をもっての沈黙」と、ローリイは、フランス語で、芝居がかりで答えて立ち去りました。
 メグは、もう疲れきっていました。わびしい気分で床にはいりましたが、あくる日も一日気分がわるく、土曜日になって、二週間の遊びと、ぜいたくざんまい[#「ざんまい」は底本では「さんまい」]にあきあきして家へ帰って来ました。
 日曜日の晩、メグはおかあさんとくつろいだとき、あちこち見まわしながら、
「年中、お客さわぎなどいやだわ。しずかに暮すのたのしいわ。りっぱでなくても、じぶん[#「じぶん」は底本では「じぶ」]の家が一ばんいいわ。」と、のびのびした表情でいいました。
「そう聞いてかあさんはうれしい。あなたがりっぱなところへいったので、家がつまらなく[#「つまらなく」は底本では「つまちなく」]、みじめに見えやしないかと、心配していたのよ。」と、おかあさんの目の、気づかわしそうな影が消えました。
 メグは、おもしろそうに、いろいろの冒険を話しました。けれど、心の中になにかおもくるしいものがあるらしく、九時がうってジョウがねようといい出したとき、メグは[#「メグは」は底本では「メグに」]思いきったというふうに
「おかあさん、あたし白状することがありますの。」
「そうだと思っていました。どんなこと!」
「あたし、むこうへいきましょうか?」と、ジョウが気をきかしていいました。
「いいえ、いて。なんでもあなたには、うち明けてるじゃないの。いもうとたちの前では、はずかしいけど、あなたには、あたしのした、あさましいこと、すっかり聞いてほしいわ。」
「さあ、聞きましょうね。」と、おかあさん[#「おかあさん」は底本では「あかあさん」]は、にこにこしながらも、すこし心配そうでした。
「みんなで、あたしをかざりたてたことは、お話しましたが、髪をカールしたり、白粉をぬったり、ドレスを着せたりしたこと、まだ話しませんでしたね。ローリイは、正気の沙汰ではないと思ったでしょう。あたしは、お人形のようだとか、美人だとかおだてられました。つまらないこと[#「こと」は底本では「と」]とはわかっていながら、おもちゃになりました。」
「それっきり?」と、ジョウがいいました。
「まだ、あるの。シャンペンを飲んだり、ふざけたり、はねまわったり、けがらわしいことばかり」と、メグは自責の念に堪えられないようでした。
「もっと、なにかあったでしょう?」と、おかあさんが、やさしくメグのほおをなでながらいいました。
「ええ、とてもばかげたことなの。だって、みんながあたしとローリイのこと、あんなふうにいったり考えたりするのんですもの。」
 メグは、マフォット家で聞かされたいろんなうわさ話をしました。おかあさんは、こんな考えを純真なメグの心につぎこんだことを不快に思って、唇をぎゅっとむすんでいました。ジョウは、怒ってさけびました。
「そんなばかなこと、あたし聞いたことがないわ。なぜおねえさんは、その場でいってやらなかったの?」
「あたしにはできなかったの。でもあんまりひどいので、しゃくにさわるし、はずかしいし、帰って来なければならないのに、帰るのも忘れてしまって。」
「あたしたちのような貧乏人の子供について、そんなつまらぬうわさ話をしていることを、ローリイに話したら、きっとどなりつけるでしょうね。」
「ローリイにそんなこといったら、いけませんわ。ねえ、おかあさん。」
 おかあさんは、まじめな顔でいいました。
「いけません。ばかなうわさ話は、二度と口にしてはいけません。できるだけ早く忘れることです。あなたをいかせたのは、おかあさんの失敗でした。親切なんでしょうが、下品で、教養があさく、わかい人たちにいやしい考えを持たせる連中ですからね。メグ、今度の訪問があなたにわるい影響があるようなら、かあさんは残念です。」
「御心配下さらないで。あたしは、自分のいけなかった[#「なかった」は底本では「なかっだ」]ことをなおしますわ。けれど、あたしはみんなから、ちやほやされて、ほめられるの、わるい気はしませんの。」
 メグは、はずかしそうにいいました。
「それは、しぜんな気持です。それがために、ばかげたことをしなければいいんです。ただ、ほめられたとき、それだけの価値がじぶんにあるか反省して、美しい、へりくだる娘になることです。」
 それから、話は計略のことになりましたが、メグはおかあさんにむかって尋ねました。
「マフォット夫人のおっしゃったように、計略をたてていらっしゃる[#「いらっしゃる」は底本では「いらっっしゃる]の?」
「ええ、たくさんたてています。だけどマフォット夫人のいうのとはちがいます。あたしのは、娘たちが、美しくて教養のある、善良な人になって幸福な娘時代をすごし、よい、かしこい結婚をして、神さまの御意により、苦労や心配をできるだけすくなくして、有益なたのしい生涯を送ってほしいのです。りっぱな男の人に愛され、妻としてえらばれることは、女の身にとって一ばんたのしいことです。あたしは、娘たちがこういう美しい経験をすることを、心から望んでいます。そういうことを考えるのはしぜんで、メグ、その日の来るのを望み、その日を待つのは正しいことですし、その支度をしておくことは[#「おくことは」は底本では「おくことに」]かしこいことです。あたしは、あなたがたのために、そういう大望をいだいています。けれど、ただ世間へおし出し、金持と結婚させたいのではありません。お金持だからとか、りっぱな家に住めるからとか、そんなことだけで結婚したら、それは家庭といえません。愛がかけているからです。お金は必要で大切なものです。上手に使えばたっといものですが、ぜひとも手にいれるべき第一のものとか、ごほうびとか思ってはこまります。かあさんは、あなたがたが、幸福で、愛されて、満足してさえいれば、自尊心や平和なくして王位にのぼっている王女さまたちになってもらうより、かえって貧乏人の妻になってもらいたいと思います。」
 メグは、そのとき、ため息をしていいました。
「貧乏な家の娘は、せいぜい出しゃばらなければ、結婚のチャンスはつかめないって、ベルがいってましたわ。」
 ジョウは、気づよくいいました。
「そんなら、あたしたちは、いつまでも、えんどおい娘でいましょう。」
「ジョウのいうとおりです。不幸な奥さんや、だんなさんをあさりまわっている娘らしくない娘よりも、幸福なえんどおい娘でいたほうが、よろしい。なにも心配することはありません。メグ、ほんとに愛のある人は、相手の貧乏などにひるむことはありません。かあさんの知っているりっぱな婦人のなかには、むかしは貧乏だったかたがいくらもあります。けれど、愛をうける、ねうちのあるかたのばかりだったから、人がえんどおい娘にしておかなかったのです。そういうことは、なりいきにまかせておけばいいので、今は、この家庭を幸福にするように努め、やがて結婚の申しこみをうけたらばその新らしい家庭にふさわしい人になるし、もしかしこい結婚ができなければ、この家に満足して暮すのです。それから、もう一つ、よく覚えていてほしいのは、かあさんはいつでもあなたが秘密をうち明けることのできる人ということ、また、おとうさんは、あなたがたのよいお友だちであるということです。そして、おとうさんとあたしは、あなたがたが結婚しても、独身でいても、あたしたちの生活のほこりであり、なぐさめであることを信じ、また望んでもいるということをね。」
 メグとジョウは、
「おかあさん、あたしたちきっとそうなります!」と、ほんとに、心からさけんで、おやすみなさいをいいました。

          第十 ピクイック[#「ピクイック」は底本では「ピックイク」]・クラブと郵便局

 春がめぐって来ると、いろいろと新らしいたのしみがはやり、しだいに日がのびるにしたがって、長い午後の時間に、いろいろの仕事やあそびができるようになりました。
 庭に手入れをしなければなりませんでした。姉妹はめいめい四分の一の地所をもらって、じぶんのすきなようにやりました。ハンナが、どれがどのかたの庭か、支那から見たってわかるといいましたが、まさにそのとおりで、四人の趣味はひとりひとりちがっていました。
 メグは、ばらとヘリオトロープと天人花と、かわいいオレンジの木をうえました、ジョウの花壇には、二シーズン、けっしておなじじものがうえられたことがなかったのは、たえず新らしい実験を試みるからで、今年は日まわりをうえるはずで、その種子はにわとりと、そのひよこの餌にするためでした。ベスは、スイート・ピイ、[#「、」は底本では「・」]もくせい草、ひえん草、なでしこ、パンジイ、よもぎなど、古風な香りゆたかな花や、小鳥の餌になるはこべ、子猫のためのいぬはっかなどをうえました。エミイは、小さくはあるが、かわいいあずま家をつくり、にんどうだの、朝がおだのを、その上にはわせ、いろんな花を咲かせました。そして、せの高い白ゆりだの、やさしいしだなど、たくさんの花をうえこみました。
 晴れた日には、庭いじり、散歩、川でのボートあそび、花の採集など、雨の日には、室内のあそびごとに時間をすごしました。そのあそびのなかには、もとからのもあり、新らしいのもありましたがその一つ、ピクイック・クラブというのは、イギリス文豪ジケンスの作品中から、その名をとったものでした。このクラブは、そのころはやっていた秘密会で、土曜日の夕方、ひろい屋根部屋で開き、ずっと一年もつづけて来たのです。会はこんな順序で行われます。ランプをおいたテーブルの前に、三つのイスをならべ、ちがった色でクラブの頭文字のP、C、二つの大きな字をぬいつけた四つの白いきしょうが用意されました。そして、「ピクイック週報」という週刊新聞が発行され会員はみんななにか寄稿することになって、文才のあるジョウが、編集にあたりました。
 今後七時、四人の会員は、クラブ室にのぼっていき、くびに、きしょうをまきつけ、ものものしい態度で席につきました。ディケンスの小説のなかの名を借りて、メグは一ばん年上なので、サミエル・ピクイック氏[#「ピクイック氏」は底本では「ビクイック氏」]。ジョウは文学的才能があるので、オーガスタス・スノーダグラス氏、ベスは、トラシイ・タップマン氏、エミイは、ナザニエル・インクル氏でありました。会長のピクイック[#「ピクイック」は底本では「ビクイック」]が、週報を読みました。週報には、創作物語、詩、地方のニュース、おかしな広告、たがいの、欠点や短所を注意しあういましめなどが、いっぱいのっていました。今夜は、玉のはいっていない目がねをかけた会長が、テーブルをたたいて、せきばらいをし、おもむろに読みはじめました。
 会長が、週報を読みおわると、いっせいに拍手の音が起り、つぎにスノーダグラス氏が、ある提案をするために立ちあがりました。
「会長ならびに紳士諸君。」と、議会で演説するような堂々たる態度と調子ではじめました。「わたくしは、ここに一名の新会員の入会許可を提議したいと思うのであります。その人は、その名誉をあたえられるにふさわしい人物でありまして、入会されたならば、クラブの精神、週報の文学的価値に寄与するところ大なるものがありましょう。そして、その人とは、ほかならぬテオドル・ローレンス氏です。ねえ、入れてあげましょう。」
 ジョウの演説は、最後で調子がかわったので、みんな大笑いしました。けれど、すぐに、みんな気づかわしそうな顔をして、ひとりも発言しませんでした。そこで、会長が、
「投票によってきめることにします。」と、いい、つづいて「この動議に賛成のかたは、賛成といって下さい。」と、大声でうながしました。
 すると、おどろいたことに、ベスのトラシイ・タップマン氏が、おずおずした声で、
「賛成」と、いいました。
「反対のかたは、不賛成といって下さい。」
 メグとエミイ、すなわち、ピクイック氏と、インクル氏は、不賛成でありました。そして、まずエミイのインクル氏が立ちあがって、いと上品にいいました。
「わたしたちは、男の子たちを入会させたくありません。男の子たちは、ふざけたり、かきまわしたりするだけです。これは、女のクラブですから、わたしたちだけで、やっていきたいと思います。」
 ついで、メグのピクイック氏が、何かうたがうときにするくせの、ひたいの小さなカールをひっぱりながらいいました。
「ローリイは、わたしたちの週報を笑いものにし、あとでわたしたちをからかうでしょう。」
 すると、スノーダグラス氏は、はじかれたようにとびあがって、熱をこめて、
「わたしは紳士として誓います。ローリイはそんなことは致しません。かれは書くのがすきで、わたしたちの書いたものに趣きをそえ、わたしたちが[#「たちが」は底本では「たが」]センチメンタルになるのを防いでくれると思います。そう思いませんか? わたしたちは、かれにすこししかなし得ませんが、かれはわたしたちにたくさんのことをしてくれます。よって、かれに会員の席をあたえ、もし入会すれば、よろこんで迎えたいと思います。」
 いつも受けている利益をたくみに暗示されたので、ベスのタップマン氏は、すっかり心をきめたようすで立ちあがりました。
「そのとおりです。たとえ、すこしぐらいの不安はあっても、かれを入会させましょう。もしかれのおじいさんも、はいりたければ入会させてよいと思います。」
 ベスのこの力ある発言に、みんなおどろき、ジョウは席をはなれて握手を求めに来ました。
「さあ、それでは、もう一度投票します。諸君はわたしたちのローリイであることを頭にいれて、賛成といって下さい。」
 ジョウのスノーダグラス氏が、いきおいこんでさけぶと、たちまち、賛成という三つの声がいっしょに聞えました。
「よろしい、ありがたいしあわせ! さて、それでは、時をうつさず、さっそく新会員を紹介させて下さい。」と、ジョウは、戸だなを開けると、くずいれぶくろの上に、おかしさをこらえて顔をあかくして、ローリイがすわっていました。このいたずらに、すっかりやられた三人が、
「いたずら者。ひどいわ!」と、ぶつぶついっているあいだに、ジョウはかれをひき出し、会員章をあたえて席につかせてしまいました。
「きみたち、ふたりのずるいのにはおどろかされましたぞ。」と、ピクイック氏は、こわいしかめっ面をしようとしましたが、かえってにこにこ顔になってしまいました。その新会員に、うやうやしく敬礼をして、きわめて愛想のよいようすでいいました。
「会長閣下および淑女諸君、いや、これは失礼、紳士諸君、どうぞ自己紹介をお許し下さい。わたくしは、このクラブの末席[#「末席」は底本では「未席」]をけがすサム・ウェラーと申します。」
「すてき すてき」と、ジョウはテーブルをたたきながらいいました。
「ただ今、わたくしを、じょうずにひっぱり出して下すった、忠実な友だち、そして、尊敬すべき後援者は、今夜のずるい計画については、すこしも責任はないのでありまして、これはすべてわたくしがたてた計画で、わたくしがむりをいって、やっと承知させたのであります。」
 ローリイが、手をふりながらそういうと、そのじょうだんが、おもしろくてしようがないというふうに、スノーダグラス氏は、
「みんなじぶんのせいにしなくってもいいわ。戸だなにかくれることは、あたしがいい出したんだわ。」といいました。
「この人のいうことなど心にかけてはいけません。計画をしたわる者はわたくしです。しかし名誉にかけて、二度とこんなことはしません。今後は、永久につづくこのクラブのために、大いに力をいたす考えであります。」
「ヒャ! ヒャ!」と、ジョウはフライ鍋のへりをたたきながらさけびました。
「つづけろ! つづけろ!」と、インクル氏は、会長がうやうやしく礼をしている間にいいました。
「おお、一言申しておきたいことは、小生の受けた名誉を感謝いたしたく、となり合う両国民の親善関係をふかめる一助として、庭のすみに郵便局をつくったことであります。もとはつばめ小屋でしたが改造しました。手紙、原稿、本、小づつみ、なんでもとりつぎ、時間の節約に役だつと思います。両国民はそれぞれかぎをもちますわけで、ここにそのかぎを贈呈することをお許し下さい。」
 ウェラー氏が、かぎをテーブルの上において、自席にもどると、さかんな拍手、さけび声が起りました。つづいていろんな討議がおこなわれ、めいめい、かっぱつに意見をかわしました。そして、新人会員のばんざいを、最後にとなえて散会しました。
 たしかに、ローリイのサム・ウェラー氏の入会は、このクラブに生気をふきこみ、書くものでも、週報にちがったおもむきをそえました。郵便局は、すばらしい考えでした。たくさんの奇妙なものがとりつがれました。悲劇台本、ネクタイ、詩、漬もの、草花の種子、長い手紙、譜本、しょうがパン、[#「、」は底本では欠落]ゴム靴、招待状、注意書き、小犬などでした。ローレンス老人も、このあそびをおもしろがって、おかしな小づつみや、ふしぎな手紙や笑いの電報などを送って来ました。また、ローレンス家の園丁はマーチ家の女中ハンナにひきつけられ、本気で恋文を書いて来ました。その秘密がばれたとき、みんなはどんなに笑いころげたことでしょう!

          第十一 経験が教える

「[#「「」は底本では欠落]六月一日、明日はキングさんの家の人、みんな海岸へ出かけていって、あたしはひまになるの! 三ヶ月のお休み! なんてうれしいんでしょう!」
 あるあたたかい日、家へ帰って来たメグが、ジョウを見つけてさけびました。ジョウは、いつになく疲れたようすで、ソファの上に横たわり、ベスがそのほこりだらけの靴をぬがしてやっていました。エミイは、みんなのためにレモン水をつくっていました。
 ジョウがいいました。
「マーチおばさんも、今日お出かけになったわ。すてきでしょ。いっしょにいってほしいと、いわれやしないかと、びくびくしちゃった。それで、あたし、おばさんを早くたたせたいので、お気にめすように、それこそいっしょうけんめいにはたらいたわ。だけど気のきいたこのおつきを、つれていこうと思われたら大へんだと心配したの。それでおばさんを馬車にのりこませると、なにかいってたけど聞えないふりをして、大いそぎで逃げて帰ったの、ほんとに助かったわ[#「助かったわ」は底本では「助かったわわ」]。」
「よかったわね。それで、メグねえさん。この休みになにをなさるつもり?」と、エミイが尋ねました。
「うんと朝ねぼうして、なにもしないの。だって冬からこっち、朝早くからたたき起されて、ひとのためにはたらいてばかりいたんですもの。大いに休んであそぶのよ。」
「ふうむ、あたしはそんなだらけたの大きらい。たくさん本を集めておいたから、あの古い林檎の枝の上で、このかがやかしい少女時代をよくするために勉強するの。」と、ジョウがいいました。
「あたしたちも、勉強はやめにして、おねえさんのまねしてあそびましょう。」と、エミイがいうと、ベスも、よろこんで、
「ええ、いいわ。あたし新らしい[#「新らしい」は底本では「新ちしい」]歌をすこしおぼえたいし、人形さんの夏服もつくらなければならないし。」と、いいました。
 そのとき、おかあさんが、針仕事の手をやめて、みんなにむかっていいました。
「一週間、はたらかないであそんでごらんなさい。土曜日の晩になると、つまらないということが、きっとわかるでしょう。」
「そんなことありませんわ。とてもうれしいわ。きっと。」と、メグがいいました。
「ねえ。わが友、祝杯をあげましょうよ。あそびは永久に! あくせくしっこなし!」と、ジョウはレモン水がいきわたったとき、そのコップを高くささげてさけびました。
 みんなはたのしそうに飲みほしました。そのときから、ぶらぶらあそびがはじまりました。あくる朝も、メグは十時までねどこのなか。ジョウは花瓶に花もささず、ベスはそうじをしないし、エミイの本はちらかったまま、ただ「おかあさんの領分」だけが、きちんと片づいているだけでした。この部屋では、メグは、休息も読書もできず、あくびが出るばかり、給料で夏のどんなドレスが買えるかなどと考えるのでした。ジョウは、午前のうちはローリイと川へボートこぎにいき、今後は林檎の木の上で「広い世界」という物語を涙を流して読みました。ベスは、戸だなをかきまわし、そのままにして、ピアノへ気をうつしていきました。エミイは、じぶんの花園のスケッチをはじめました。それから散歩にいきましたが、夕方になってぬれねずみになって帰って来ました。
 お茶のとき、四人はその日のことを、いろいろ話し合いましたが、たのしかったけれど、いつになくその日は、永く感じられたということに、みんなの意見は一致しました。そして、つぎの日も、また、つぎの日も、休んであそびました。ところが、いよいよ一日が永く感じられ、なんとなくおちつかない気分になって来ました。すると、悪魔は四人の心をねらい、いろんなわるいことを見つけて、あばれはじめたのであります。
 たとえば、メグは布地を小さくきりすぎて、一枚の服をだいなしにしてしまいました。ジョウは、本を読みすぎて目がぼやけ、いらいらした気分となって、やさしいローリイと、けんかして[#「けんかして」は底本では「けんかしてして」]しまいました。ベスは、あそんでばかりいないで、いつもの習慣で家事のお手つだいをするので、わりにいいほうでしたが、それでも、家のなかの気分に動かされて、いらいらしてしまい、人形をしかりとばしたりしました。エミイは、ひとりであそぶことが、むずかしいことがわかりました。一日中、絵をかいてもいられませんし、人形あそびはきらいでしたし、すっかり心のつかれをおぼえました。
 金曜日の晩になると、だれもあそびにあきたとはいいませんでしたが、もう一日で一週間がおわるので、うれしく思いました。おかあさんのほうでも、ほうれごらんと、ちゃんと見てとって、この教訓をいっそう印象づけたいと思って、わざとハンナに土曜日一日、休みをあたえました。
 土曜日の朝、みんなが起きてみると、台所には火の気はなく、食堂には朝御飯はなし、おかあさんもハンナもいません。
「あら、どうしたっていうんでしょう!」
 ジョウがさけんだとき、メグはもう二階へかけあがっていき、まもなく、ほっとして、けれど、すこしはおかしそうな顔をしておりて来ました。
「おかあさんは、御病気ではないけど、おつかれでおやすみよ。今日一日は、みんなで好きなようになさいって。」
「そう。いいじゃないの、おもしろいわ、あたしなにかしたくて、うずうずしてたんですもの。」と、ジョウがいいました。
 まったく、今、四人はすこし仕事がしたくなりました。メグがコック長となってさっそく食事の仕度がはじまり、みんなおもしろがってやりました。おかあさんは、じぶんのことはかまわないでといいましたが、おかあさんの食事は用意され、ジョウが二階へはこびました。わかしすぎた紅茶はにがく、オムレツはこげ、ビスケットは重曹でかたまって、ぶつぶつしていましたが、おかあさんは、感謝して受け、ジョウが去ってしまうと、おかしくてたまらなくて、ひとりで笑ってしまいました。
「かわいそうに、みんなこまっているでしょう。でも、そうつらいとも思っていないだろうし、後のためにもなることだから。」と、つぶやいて、おかあさんはじぶんで用意しておいたもっとおいしい食物をとり出し、運ばれた食事はわからないようにしまつして、食べたことにしておいたので、みんなはうれしがりました。これはおかあさんらしい、ちょっとしたうそでした。
 ところで、階下ではいろんな不平が起りました。食事の失敗に、コック長はひどくくやしがりました。ジョウは、
「いいわ。お昼の食事は、あたしが女中になって用意するわ。ねえさんはおくさんになって、お客さまの相手をしてちょうだい。」と、いって、ローリイをよぶことを提案しました。
 これは、賛成されました。そこで、ジョウは、さっそくローリイに招待状を書いて郵便局へ出しておきました。けれど、ジョウのうで前は、すこしあぶないようでした。メグが心配すると、
「だいじょうぶ、コンビーフも、じゃがいももある。つけ合せに、アスパラガスとえびを買ってくるわ。それから、ちさでサラダをつくりましょう。つくりかたの本を見ればいいわ。デザートは、白ジェリイといちご、もっとぜいたくすれば、コーヒーも出すのよ。」
「ジョウ、あなたは。しょうがパンとキャンディだけしかつくれないじゃないの。あたしこの御馳走には関係しないわよ。だって、あなたが勝手にローリイをよんだんだから。」
「おねえさんは、ローリイを、そらさないようにして下さればいいわ。でもこまったら、なんでも教えて下さるでしょうねえ?」と、ジョウはむっとしました。
「ええ、でもあたしいろんなこと知らないわ。おかあさんに、尋ねてからにするほうがいいわ。」
 ジョウは、じぶんのうでをうたがうようなことをいわれたので、ぷりぷり怒って部屋を出て、おかあさんへ相談にいきました。
「好きなようになさい。おかあさんのじゃまをしないでね。あたしは食事は外でします。家のことなどかまっていられません。今日はお休みです。本を読んだり、手紙を書いたり、お友だちをたずねたりして過します。」
 いつもいそがしいおかあさんが、今日は朝からゆれイスにかけて本を読んでいるふしぎなありさまと、けんもほろろな、その言葉に、ジョウは、
「へんだわ。おかしいわ。」と、ひとり言をいいながら階段をおりて来ると、ベスの泣き声が聞えました。いってみると、鳥かごのなかでカナリヤが死んでいました。
「みんな、あたしのせいよ。えさも水もちっともないわ。」と、ベスはこわばって、つめたくなったカナリヤを手の上にのせて、かいほうしましたが、もうだめでした。
「お墓へいれてやるわ。もうあたし小鳥なんかかわない。」
 ベスは、すっかり気を落していました。
「おとむらいは、お昼からにして、みんなでおまいりしましょう。さ、もう泣かないで、箱のなかへねかせておやり。」と、ジョウはいって、台所へはいりましたが、台所は手のつけられないほど混乱しストーヴは火が消えていました。ジョウは火を起し、お湯がわくまでに市場に買い出しにいくことにしました。えびとアスパラガスと、いちごを二箱買って来ると、火は起きていました。ジョウはまず台所を片づけましたが、ハンナがパンをやくように鍋にしかけたままにしてあったのを、メグがこねなおして、ストーブにのせたまま、客までサリー・[#「・」は底本では欠落]ガーデナアのお相手をしていました。
 ジョウ[#「ジョウ」は底本では「メグ」]は、そこへとびこんでいって、
「ね、パンがお鍋のなかでころがるようになったら、ふくらんだのじゃない?」
 サリイは笑い出しましたが、メグはただうなずいただけでした。ジョウは、すぐにひきかえし、すっぱいパンをそのまま、かまにいれました。
 そのとき、おかあさんは、どんなぐあいにやっているか、あちこちのぞきまわり、あわれなカナリヤを箱にいれて、着せてやる服をぬっているベスに、なぐさめの言葉をかけると、外へ出かけてしまいました。娘たちは、なんだかもの足りない気がしました。
 そこへ、クロッカーがやって来ました。この人は、やせて黄色い顔をしたオールドミスで、いろいろとあたりをながめまわし、お昼の食事をごちそうになりたいといいました。娘たちは、この人がきらいでしたが、年よりで貧乏で友だちもないから、親切にしてあげるようにいわれていました。その人は、いろいろなことを尋ねたり、やたらに批評したり、知人のうわさ話をしたりしました。
 その朝のジョウの苦しい骨折は、たいへんなものでありました。ジョウの骨折は、すべて失敗におわり、アスパラガスは、一時間もにてまだかたく、パンは黒くこげ、サラダのかけじるは食べられるしろものでは[#「しろものでは」は底本では「しろものでほ」]なく、えびには手こずり、じゃがいもはなまにえ、白ジェリイはぶつぶつだらけでした。
「まあ、いいわ。ビーフとパンにバタをつけて食べてもらえばいいわ。だけど、朝のうちまるで、むだになったのがくやしい。」
 ジョウは、いつもより三十分おくれて食事のベルを鳴らしましたが、いつもりっぱな料理を食べつけているローリイと、失敗をほじくり出すような好奇の眼と、それをしゃべり散らす舌をもつクロッカーの前にならんだ料理をながめて、ジョウは顔がほてり、すっかりしょげてつっ立っていました。
 ああ、料理はちょっと味をみただけで、のこされていきます。エミイはくつくつ笑い、メグはこまった顔をし、オールド・ミス・クロッカーは口をつぼめるし、ローリイは景気づけようとして大いにしゃべりました。ジョウの最後の頼みはいちごでした。ガラスの皿に赤いいちごをもり、おいしそうなクリームがかかっています。だが、それを食べた[#「食べた」は底本では「食べた・」]クロッカーは、しかめ面して[#「して」は底本では「しで」]あわてて水を飲みました。ローリイは口をゆがめながらも男らしく食べてしまいました。エミイは、むせかえり、ナプキンで口をおさえて、あたふたと食卓からはなれていきました。ジョウはふるえながら、
「まあ、どうしたの?」と、さけびました。
「お砂糖のかわりに塩をいれたんだわ。クリームすっぱいわ。」と、メグが答えました。
 ジョウは、うめき声をたてて、イスにたおれかかりました。ところが、がまんをしようとしても、おかしくてたまらないというような、ローリイの顔につきあたると、ジョウはきゅうにこの事件がいかにもこっけいに思われ、涙のこぼれるほど笑い出しました。すると、ぶつくさ屋のクロッカーもいっしょに、みんな笑い出し、不幸な宴会は、ともかく陽気におわりました。
「あたし、もう片づける元気ないわ。だから、おとむらいをして、すこしおちつきましょう。」
 ジョウは、みんなが食卓をはなれたときにいいました。クロッカーは帰っていきました。きっとこの料理のことを、しゃべりたかったからでしょう。みんなはベスのために、やっとおちつきました。ローリイは、木立のなかの、しだの下にお墓をほり、カナリヤはやさしいベスの手で、涙とともにうめられ、こけでおおわれ、すみれとはこべの花輪が、墓石の上にかざられました。墓石には、ジョウが、食事の仕度をしながらつくった詩が書かれていました。
 おとむらいがすむと、ベスは悲しみと、さっきのえびとで、胸がいっぱいになり、じぶんの部屋へひっこみましたが、ベッドがそのままになっていて、ねる場所もありませんでした。片づいているうちに、悲しみもやわらいで来たので、台所で片づけものをしているジョウの手つだいをしました。二人はへとへとにつかれました。ローリイは、エミイを馬車にのせてつれ出しました。すっぱいクリームで気持がわるくなっていたエミイは、大よろこびでした。
 やがて、おかあさん[#「おかあさん」は底本では「おかさん」]が帰宅しました。三人の娘たちがはたらいていましたし、戸だなをちょっとのぞいてみて、経験の一部が成功したことがわかりました。
 ところが、やっと片づけたのに、三人は休むこともできませんでした。と、いうのは、数人の来客があり、それお茶、それお使いというわけでした。けれど、露とともにたそがれがせまるころ、姉妹たちは六月のばらが美しく咲きはじめたポーチに集りました。
「なんていやな日だったでしょう。今日は。」
 ジョウが口をきると、メグが、
「いつもより短いような気はしたけど、とてもいやだったわ。」
「ちっとも家みたいじゃないわ。」と、エミイ。
「おかあさんと、カナリヤがいなければ、家のような気がしないわ。」とベスは、涙ぐんで、からの鳥かごを見あげました。
「みなさん、かあさんは帰って来ましたよ、ベス、カナリヤがほしければ、明日買ってあげましょうね。」と、いいながら、おかあさんも娘たちの仲間入りをしました。おかあさんも、一日のお休みが、あまりたのしそうではありませんでした。
「みなさん、あなたたちの経験は、もうたくさんですか!」
「あたし、もうたくさん。」と、ジョウ、ほかの三人も、声をそろえて、
「あたしも!」
「おかあさんは、みなさんが、どんなふうにやるかと思って、わざとなにもかもほうって、出かけました。けれど、今日の経験で、みなさんは、家をたのしくするには、めいめいが、受持の仕事を忠実にやらなければならぬということがわかったと思います。ハンナとあたしが、みんなの仕事をしていれば、あなたがた[#「あなたがた」は底本では「おなたがた」]は、そう幸福で気らくだったとは思いませんが、とどこおりなくやっていけたのです。だから、かあさんは、だれもかれも、じぶんのことばかり思ったら、どんなことになるか、教訓としてみんなに見せておきたかったのです。あなたがたが、たがいに助け合い、まい日のお仕事があれば、ひまになったとき、それがとてもたのしく思えるし、くるしいときにはたがいに、しんぼうし合っていけば、家はどんなにたのしく美しいでしょう。わかりましたか?」
「わかりました。よくわかりました。」
 娘たちは、口々にさけびました。
「では、かあさんのいうことを聞いて、もう一度、小さい重荷をしょうのですよ。たまには重く思えても、みんなのためになり、なれればかるくなっていきます。はたらくことは健康にもよく、たいくつはしないし、わるい心も起らないものです。身体にも心にもよく、お金や流行ものなどより、精神力や独立心をあたえてくれます。」
 みんなは、はたらくことにきめました。よろこんで。ジョウは、お料理をけいこする、メグは、おかあさんにかわって、おとうさんへ送るシャツをぬう、ベスはピアノやお人形あそびにあまり時間をとれないで、まい日勉強する、[#「、」は底本では欠落]エミイは、ボタンのあなかがりがじょうずになるように、また文法にかなう言葉づかいのけいこをすると、てんでに決心をのべました。
「けっこうです。かあさんは、今度の経験がうまくいって、よかったと思います。もうくりかえさなくてもいいと思います。でもね。どれいのように、はたらきすぎないように、はたらくにもあそびにも、時間をきめて[#「きめて」は底本では「きめで」]、まい日を有益にたのしく送って、時間をじょうずに使い、時間のねうちをさとるようになさい。それできたら、貧乏でも、娘時代をたのしくすごせるし、年をとってからも後悔することもなく、この人生をりっぱに生きていけるのです。」
「よくわかりました。」と、娘たちは、おかあさんの教訓を、ふかくも心にとどめました。

          第十二 ローレンスのキャンプ

 ベスは郵便局長でした。たいてい家にいて、時間をきめて局へいくことができましたし、[#「、」は底本では「。」]かぎで小さな扉を開けて、郵便物をとって来て、くばるのがすきだったからです。七月のある日のこと、ベスはりょう手にいっぱい郵便物をかかえて帰り、家中にくばりました。
「おかあさん、はい、花束、ローリイは一度も忘れたことないのねえ。」と、いって、ベスはおかあさんの花瓶にさしました。
「メグねえさんには、手紙が一本、手ぶくろが片っぽ。」
 メグは、おかあさんのそばにすわって、シャツのそで口をぬっていましたが、
「あら、りょうほう忘れて来たのに。お庭に落して来やしない?[#「しない?」は底本では「しないい?」]」
「いいえ、郵便局に片っぽしかなかったわ。」
「片っぽなんていやだわ。でもそのうちに片っぽ見つかるでしょう。あたしのお手紙は、ドイツの歌の訳したのがはいっているだけ、きっとブルック先生がなさった[#「なさった」は底本では「なかった」]のね。」
「ジョウ博士には、手紙が二通、本が一冊、おかしな古帽子、帽子は大きくて、郵便局からはみ出していました。」
 ベスは、書斉でなにか書きものしているジョウに、笑いながらいいました。
「まあ、いやなローリイさん、あたし日にやけるから大きな帽子がはやるといいといったら、流行なんか気にしないで、大きな帽子かぶりなさいっていうから、あればかぶるといったの。いいわ。あたしかぶって、流行なんか気にしないこと見せてあげよう。」
 その帽子をそばの胸像にひっかけて、手紙を読みはじめました。それはおかあさんからの手紙で、ジョウの目はよろこびにかがやきました。
「愛するジョウ――あなたが、かんしゃくをおさえようと努めているのを見て、[#「、」は底本では「。」]かあさんはたいへんうれしく思っています。あなたはその試み、失敗、成功についてなにもいわないし、日々あなたを助けて下さる神さまのほかには、だれも見ていないと考えておいででしょう。けれど、かあさんものこらず見ていました。そして、りっぱな実がむすびそうですから、あなたの決心が真心からであることがわかります。愛する娘よ、しんぼう強く勇ましくやり通して下さい。かあさんが、あなたに同情をよせていることを、常に信じて下さい。」
「まあ、うれしい。百万円もらって山ほど賞讃されるよりうれしい。かあさんが助けて下さるんですもの、あたしやります。」
 ジョウは、顔をふせたので、うれし涙で原稿をぬらしてしまいました。やっと顔をあげたジョウはこのありがたい手紙を、ふいにおそって来る敵へのふせぎの楯にするつもりで、上衣の内がわにピンでとめました。
 もう一つの手紙はローリイからでした。
「やあ、親愛なるジョウさん、明日、イギリス人の男の子と女の子が二三人来るから、おもしろくあそびたいのです。天気がよかったら、ロングメドウへボートでいってテントを張り、べんとうを食べてからクロッケーをし遊ぼうというわけ。焚火をし料理をつくり、ジプシイみたいにやるつもり、みんないい人たちで、そういうことが好き、ブルック先生もいっしょで、男の子のかんとくをして下さるし、ケイト・ボガンさんが女の子をとりしまって下さいます。みんなぜひ来て下さい。食料の心配は無用、すべてぼくのほうで用意します。右とりいそぎ、あなたの永久の友ローリイ。」
「すてきだわ!」と、ジョウはさけんで、メグに知らせるためにいそぎました。
「ね、かあさん、いってもいいでしょう。いけばローリイも助かるわ。あたしボートこげるし、メグはおべんとうの世話ができるし、エミイやベスだってなにか役にたつわ。」
「ボガンの人たち、大人くさくなければいいのね。あの人たちのこと知ってる?」と、メグがいいました。
「兄妹四人ということしか知らないわ。ケイトはあなたより年上、ふた児のフレッドとフランクはあたしぐらい、グレースは九つか十でしょう。ローリイは、その人たちと外国で知り合ったんだって。兄妹のうち男の子が好きらしいのよ。でもローリイは、ケイトをあまり好きでないらしいわ。」
 メグとジョウは、着ていく服について話し合いました。キャンプだから、しわくちゃになってもかまわないものにすることにきまりました。ジョウは、
「さあ、精出して、今日中に、二倍の仕事をしておきましょう。明日、安心して遊べるように」といって、ほうきをとりにいきました[#「いきました」は底本では「いききした」]。
 つぎの日、いい天気を約束しに、お日さまが娘たちの部屋をのぞいたとき、そこでは、娘たちがたのしい遠足の仕度をしていました。ベスは、さっさと仕度をすまして、窓ぎわへいって、おとなりのようすを、たえず知らせました。
「あ、おべんとうをつめている。あら、ローリイが、まるで水兵さんみたいなかこうをして……」
 やがて、みんなの仕度ができました。ジョウは、ローリイがじょうだん半分でよこした旧式の麦わら帽子をかぶり、あかいリボンをしばりました。それを見て、メグがやめなさいというと、ジョウは
「あたし、だんぜんかぶっていくの。だって、かるくて大きくて日よけになるし、みんなおもしろがるわよ。」と、いって、平気で出ていきました。それにつづいて、はなやかな三人の娘たち[#「娘たち」は底本では「娘だち」]の小隊がいきました。
 ローリイは、かけて来て小隊をむかえ、じぶんの友だちに紹介しました。芝生が応接間になり、そこに陽気な光景がひろげられました。すぐにみんなは心やすくなり、えんりょなく話し合いました。
 テントやおべんとうは、クロッケーの道具などといっしょに、さきへ運んでありましたので、一行は二隻のボートにのりこんで岸をはなれました。ローレンス氏は、岸に立って帽子をふっていました。ローリイとジョウが一隻のボートをこぎ、ブルック先生と大学生のネッドが、もう一隻のほうをこぎました。ジョウのおかしな帽子は、みんなを笑わせて気分をやわらげ、ボートをこぐと、つばがばたばたしてすずしい風が起りましたし、ジョウにいわせれば、もし夕立でもふれば、みんなをいれてあげることができるそうでした。
 メグは、もう一隻のボートにのっていましたが、ブルック先生とネッドにとって、よろこばしい存在で、この二人の青年は、メグがいるので、いつもよりいっそうじょうずにボートをこぎました。
 ロングメドウについたとき、もうテントがはられ、クロッケーをするための、鉄輪がとりつけてありました。そこは、気持のよい緑の野原で、まんなかに、三本の樫の樹が、広く枝をはり、クロッケーをする芝生は、きれいに刈りこまれていました。
「キャンプ・ローレンスばんざい!」
 みんなが、よろこびの[#「よろこびの」は底本では「よろこのび」]声とともに上陸すると、ローリイがいいました。
「ブルック先生が司令官で、ぼくが兵站総監、ほかのみんなは参謀です。それから、女のかたはお客さま、テントはみなさんのために、とくに張ったもので、樫の樹のところは客間、ここが食堂、そちらが台所です。あまり暑くならないうちに、ゲームをやって、それから、ごちそうの支度をしましょう。」
 フランク、ベス、エミイ、それからグレースは芝生に腰をおろし、ほかの八人がクロッケーをはじめました。ブルック先生はメグとケイトとフレッドと組み、ローリイは、サリー、ジョウ、ネッドと組みました。みんな張りきって、ものすごく戦い、しばらくは、どちらが勝つか敗けるわかりませんでした。そのうちに、フレッドが、だれも近くにいなかったので、じぶんの打ちいいように、ボールを靴のさきでころがしました。そして、
「ぼくはいったよ。さあ、ジョウ、あなたを敗かして、ぼくが一ばんだ。」と、いいました。
 ジョウは、ずるいフレッドにむかって、やり返しました。そして、しばらく戦いましたが、とうとう勝つことができました。
 ローリイは、帽子をほおりあげましたが、お客の敗けたのをよろこんではいけないと気がつき、小声になってジョウにいいました。
「きみ、えらかったぞ。あいつインチキやった。ぼく見てた。みんなの前でいってやることできないが、二度とやらないだろう。」
 メグも、髪をなおすふりをしてジョウをひきよせ、さも感心したというような顔で、
「ほんとに、しゃくだったわ。でも、よくこらえたわ。あたし、うれしかった。」
「ほめないでよ。メグ。今だってあいつの横っ面はりとばしたいくらいよ。もうすこしであのとき、かんしゃく玉がはれつしそうだったわ。」と、ジョウは、フレッドをにらみつけました。
 時計を出して、ブルック先生がいいました。
「さあ、おべんとうにしましょう。兵站総監、きみは火を起させたり、水をくませたりして下さい。マーチさんとサリーさんとぼくとで食卓の支度をするから、たれかコーヒーをじょうずにいれる人はいませんか?」
「ジョウがじょうずです。」と、メグはよろこんで妹をすいせんしました。
 ジョウは、このごろ、料理のけいこをしたので、こんな名誉な役をひきうけられるのだと思いながら、支度にかかりました。そのあいだに、少年たちは火を起し、近くの泉から水をくんで来ました。司令官とその部下は、すぐにテーブルかけをひろげ、食べものや飲みものをならべ、みどりの葉でかざりました。コーヒーの用意ができると、みんな席につきました。食慾はさかんでしたし、まことにたのしく、しばしば起る大きな笑い声は、近くで草を食べているおとなしい馬をおどろかせました。
 食事がすむと、すずしくなるまで、なにか遊びをしようということになり、樫の樹のかげ、すなわち客間へ席をうつしました。
 ケイトが、尻とり話をしようといいました。
「いいですか、たれかが、勝手なお話をはじめるのよ。そして、好きなだけつづけて、おもしろそうなところで、ぷつっときってしまうのよ。すると、つぎの人がそれをつづけ、じゅんに話していくと悲しいのやおかしいのや、ごっちゃになっておもしろいわ。さ、では、どうぞあなたから。」と、ケイトが命令するような調子でいったので、ブルック先生がはじめました。
「むかし、ある一人の騎士が立身出世しようと思って旅に出ました……」
 ブルック先生は、ゆたかな想像で話しました。この騎士は二十八年も旅をつづけ、ある王宮へいきますと、王さまはまだならしていない馬を、うまくしこんだ者に、ほうびを与えると申されました。そこで、騎士はその馬をしこむために、まい日、のりまわしましていると、お城に美しいおひめさまが、魔法のためにとじこめられ、自由になるお金をつくるために、糸をつむいでいることを知りました。騎士は、貧乏なので、お金はなし、しかたがないので、お城の扉をたたくと……と後の待たれるように話をきりました。
 それをつづけたのは、ケイト、ネッド、メグ、ジョウ、フレッド、サリー、エミイ、ローリー、フランクというじゅんでしたが、話のすじは、じつに変化していき、おほりに落ちたり、墓場のようなろうかを歩いていったり、そこで見つけたかぎ煙草をかいだら首がおちたり、そうかと思うと、たちまち生きかえったり、箱の中でダンスしたら、それが軍艦にかわったり、聞いている者も、ときには笑い出し、ときには眉をしかめ、はてしもなく変化していく話をおもしろく思いました。
 話がすむと、サリーがいいました。
「ずいぶん、へんな話でしたね。だけど、練習すれば、もっといいのができそうね。それじゃ、今後はツルースっていうあそびごぞんじ?」
「どんなの?」
「そうね、みんなで手をかさねておいて、かずをきめて、じゅんじゅんに手をのけていって、そのかずにあたった人が、ほかの人の質問になんでも正直に答えるの。それやおもしろいわ。」
「やってみましょう。」と、新しいことの好きなジョウがいいました。そして、みんなで手をかさね、じゅんじゅんにのいていくと、ローリイがあたりました。
「だれ、あなたの尊敬する英雄は?」と、ジョウが尋ねました。
「おじいさんと、ナポレオン。」
「一ばん美しいと思う女の人は?」と、フレッド。
「もちろん、ジョウ。」
 ローリイの、あたり前さというような顔つきに、みんなどっと笑ったので、ジョウは、
「ずいぶん、ばかげた質問ね。」と、けいべつするように肩をすぼめました。
「さ、もう一度やろう。おもしろいね。」と、フレッドがいいました。今度はジョウのばんでした。
「あなたの一ばん[#「一ばん」は底本では「一がん」]大きい欠点は?」と、フレッドが尋ねました。
「かんしゃく。」
「一ばんほしいものは?」と、ローリイがいいましたが、ほしいものをいえば、ローリイがくれそうなので、わざと、
「靴のひも」と、答えました。
「そんなのだめ、ほんとのこといわなくちゃ。」と、ローリイ。
「天才、あなたは、あたしに天才をくれたいと思わない?」と、ジョウはいって笑いました。
「男の美点のなかで、なにが一ばんだいじ?」
「勇気と正直」
 すると、フレッドが、
「今度はぼくのばんだ。」と、いいました。
 ローリイが、あれをいっておやりと、ささやいたので、ジョウはすぐにきり出しました。
「クロッケーでインチキやらなかった?」
「うん、ちょっと。」
「よろしい、きみのさっきの尻とり話、海のライオンという本からとらなかった?」と、ローリイ。
「いくらかね。」
「イギリス国民は、あらゆる点で完全と思いますか?」と、サリー。
「そう思わなかったら、イギリス人の自分は、はずかしいですよ。」
「それでこそほんとのイギリス人だ。さあ、今度はサリーのばんだ。」
「あなたは、じぶんをおてんば娘だと思いませんか?」と、ローリイ。
「ひどいわ。そんな女じゃないわ。」
「なにが一ばんきらい?」と、フレッド。
「くもと、ライス・プディング。」
「一ばん好きなのは?」と、ジョウ。
「ダンスとフランスの手ぶくろ。」
 そのとき、ジョウが、頭をふって、
「つまらない遊びね。それより作家トランプを、おもしろくやらない?」
 ネッドとフランクと小さい女の子がくわわって遊んでいるあいだ、[#「、」は底本では「。」]年上の三人はそこからはなれて腰をおろして話しました。ケイトは、ふたたび写生帳をとり出してかき、メグはそれをながめブルック先生は草の上にねころんでいました。メグは、ケイトのかくのを見て、おどろきの声で、
「なんておじょうずなんでしょう! あたしもあんなにかいてみたいわ。」と、いいました。
「どうして、おけいこなさらないの? あなたは絵の天分がおありですわ。」
 それから、家庭教師のことになり、ケイトは家庭教師について習ったから、あなたも家庭教師に習うといいといいました。メグは家庭教師につくどころか、じぶんは家庭教師として教えにいっているといいますと、ケイトは、
「まあ、そうなんですの。」と、いいましたが、そのいいかたは、おやおや、いやなことだと、いうような調子でした。ブルック先生は、とりなすように、
「アメリカのおじょうさんがたは、先祖がそうであったように、独立し自活することがたっとばれるのです。」と、いいました。
 ケイトは、眉をひそめて、去っていきましたが、それを見送りながらメグはいいました。
「あたし、イギリス人が、女の家庭教師をけいべつすることを忘れていました。」
 ブルック先生は、むしろ満足そうに、
「あちらでは、男の家庭教師だってよくいいません。なさけないことですがね、なんといっても、われわれはたらく者には、アメリカほどいいところはありません。」と、いったので、メグはじぶんのことを嘆いたのを、むしろはずかしくなりました。
「ええ、あたしアメリカに生れたのをうれしく思いますわ。そのために、たくさんのよろこびを得ているのですから。ただ、あたし、あなたのように教えることが好きになれたら、どんなにいいでしょう。」
「ローリイがあなたの生徒だったら、あなたも教えるのがたのしくなります。来年ローリイと別れなければならないので、ざんねんですよ。」
「大学へいらっしゃるのでしょう?」
「そうです。準備はだいたいできています。ローリイがいけば、ぼくは軍隊にはいります。」
「まあ、すてき! わかい男のかたは、兵隊にいきたがるのはほんとですね。お家にのこるおかあさんや、姉妹たちはつらいでしょうが。」
「ぼくは一人ぼっちです。友だちもすくないし、ぼくが死のうが生きようが、たれも心配する者はいません。」
「ローリイやおじいさんが心配なさいますわ。それに、あたしたちだって、あなたがおけがでもなされば、悲しみますわ。」
「ありがとう。そう聞いてうれしく思いますよ。」と、ブルック先生は、また快活になって話しつづけましたが、ネッドが馬にのって来たので、しずかに話し合うことはできませんでした。
 たった一つ、メグやジョウのおどろいたことがありました。それは、ベスが、人をよろこばせたいという一心から、足のわるいフランクに話を聞かせてやっている光景でした。それは、また、フランクのいもうとにとっても、びっくりするようなことで、いもうとのグレースは、
「フランクにいさんが、あんなに笑っているの知らないわ。」と、いいました。
 日ぐれ近くまで、また、いろいろのあそびをしました。帰り支度は、みんなでやり、テントをたたみ、クロッケーの鉄輪をぬき、一行はボートにのりこみ、声はりあげてうたいながら、川を下っていきました。ネッドは、センチメンタルになって、
ひとり、ひとり、ああ、ただ、ひとり。
われら、いまだ年わかく
みなあたたかき心もつに
なぜにつめたくはなれいく。
 と、いうところで、わざとあわれっぽい表情をして、メグをながめましたので、メグは笑い出してしまい、その歌をめちゃめちゃにしてしまいました。
「あなたは、どうしてぼくにつらくあたるんです? 今日一日、あなたはあのかたくるしいイギリス人にばかりくっついていて、今度はぼくを鼻であしらうんですね。」
「そんなつもりじゃなくってよ。あんまりおかしな顔をなさるので、つい。」
 ネッドは怒って、サリーの同意を得ようとして、
「あの人、すこしも情味のない人ね。」
「ちっとも。だけど、かわいい人。」
 サリイは、友だちの短所をみとめながらもかばいました。
「とにかく、あの人は手おい鹿ではないね。」
 ネッドは、しゃれたつもりでしたが、たいしたしゃれとはいえませんでした。
 朝、集合したローレンス家の芝生で、みんなは、たがいに、あいさつして別れをおしみました。というのは、ボガン家の人たちは、カナダへ帰っていくからでした。四人の姉妹は、庭を通って家へ帰りましたが、そのうしろすがたをながめていたケイトは、今度はかばうような調子などをまじえずにいいました。
「アメリカの娘さんたちは、ずいぶん露骨なところはあるけれど、よく知ってみると、とてもいい人たちねえ。」
 すると、ブルック先生がいいました。
「ぼくも同感ですね。」

          第[#「第」は底本では欠落]十三 美しい空中楼閣

 九月のあるあたたかい日の午後、ローリイは、マーチ家の連中が、なにをしているだろうと考えながらも、わざわざ見に出かけていくのもおっくうなので、ただハンモックにゆられていました。
 かれは、ふきげんでした。その日は、することがうまくいかず、あたたかいので身体はだるく、勉強をすっぽかしてブルック先生をいやがらせ、お昼からピアノをひきつづけて、おじいさんの気持をそこね、家の犬が一匹、気がくるったといって女中をおどかし、馬にひどくしたといって馬丁とけんかし、世のなかはおもしろくないやと、ぷんぷん怒って、ハンモックにとびこんだのです。
 けれど、美しくのどかなので、かれの気持はやすまり、世界一周の航海をしているような空想にふけっていると、人声がして空想はやぶれました。見るとマーチ家の姉妹たちが出かけていくところでした。けれど、いつもとようすがちがって、めいめい大きなつばの帽子をかぶり、肩に茶色のふくろをかけて長いつえをつき、メグはクッション、ジョウは本、ベスはひしゃく、エミイは紙ばさみを、それぞれ持っていました。一行は、しずかに庭をぬけ、うら木戸を出て、家と川のあいだにある丘をのぼりはじめました。
「ひどいなあ。ぼくを誘わないでピクニックにいくなんて。かぎをもっていないから、ボートにのれまい。よし、持っていってやろう。そして、なにをするのか見て来よう。」
 ローリイは、どの帽子をかぶろうかとまよい、かぎをさんざんさがし、かぎがポケットにはいっているのに気がつくと、さっそく後を追いましたが、少女たちのすがたはなく、ボート小屋へいきましたが、だれも来ないので、上へのぼっていきました。すると、松の木立のかげから、風の音よりも、こおろぎの歌よりも、もっとほがらかな声が聞えて来ました。
「すてきだ!」と、ローリイは、目がさめたような思いでした。
 姉妹たちは、木かげにすわり、太陽の光と木の影が、その上にゆれていました。メグはぬいものをしていましたが、ピンクのドレスがばらのようにあざやかでした。ベスは、松ぼっくりをよりわけていました。エミイは、一むらのしだを写生していました。そして、ジョウは、大きな声で本を読みながら、あみものをしていました。この光景が、ローリイの心をとらえました。ローリイは、そばへいきたいが、誘われたのでもなし、家へ帰るべきだが、家はたまらなくさびしく、それで立ち去りかねていると、リスがかれのすがたにおどろいて、するどい声を出しました。その声に、ベスが顔をあげると、ローリイのさびしそうな顔があったので、安心させるように、にっこり笑って手まねきしました。
「ぼく、いっても、いいですか?」
 メグは、眉をつりあげて、いけないといようすをしましたが、ジョウはメグに顔をしかめて、
「だいじょうぶよ、いらっしゃい。お誘いしようと思ったけど、こんな女の遊びなんか、つまらないと思ったのよ。」
「あなたたちの遊びなら好きです。でもメグがいやなら、ぼく帰ります。」
「いやじゃありませんわ。そのかわり、ここでは怠けてはいけないという規則だから、あなたもなにかしなければいけませんよ。」
「どうもありがとう。なんでもします。だって家は、さばくみたいに退屈です。」
 ローリイは、うれしそうでした。
「それでは、あたしが、かかとをあんでいるあいだに、この本を読んでしまってね。」
 ジョウが本をわたすと、ローリイは、はいと、うやうやしく答えて「はたらきばち会」に入会させてくれた好意に感謝して、熱心に読みはじめました。その物語はあまり長くはなく、ローリイは読みおわると、労にむくいてもらう[#「もらう」は底本では「もろう」]ために、二三の質問を出しました。
「ちょっとうかがいますが、この有益な会は、新らしくできたんですか?」
 姉妹たちは顔を見合せました。秘密にしておくべきか、それともうち明けるべきか? ローリイにならいってもいいと、みんなは考えました。ジョウは、にっこり笑っていいました。
「あたしたち、巡礼あそび[#「あそび」は底本では「あそぴ」]を、冬から夏までつづけて来たの。そして、この休暇には、怠けないようにと思って、めいめい仕事をこしらえて精いっぱいやりました。休暇はもうじきおわりますが、仕事はみんなできて、よろこんでいますの。ところで、おかあさんは、あたしたちを、外へ出したがっていらっしゃるので、この丘へ仕事を持って来て、おもしろくやっているの。」
 ローリイは、うなずいていいました。
「ああ、それで、ふくろをしょい、杖をつき、古い帽子をかぶるんですね。」
「あたしたちは、この丘のことを、よろこびの山といってますの。ずっと、むこうまで見わたせるし、[#「、」は底本では欠落]あたしたちが、いつかは住んでみたいと思う国も見えるからです。」
 ジョウが、ゆびさしたので、ローリイは立ちあがってながめました。あおい川、ひろびろとした草地、そのむこうのみどりの山々、その峰にたなびく金と紫の雲、まことに、天の都を思わせるものがありました。
「なんてうつくしいんだろう!」と、ローリイは、美しさをす早く見つけました。
「あのうつくしい景色のところが、あたしたちのほんとの国で、みんなでそこへいけたら、うれしいと思うわ。」と、ベスがいいますと、メグは、やさしい声で、
「あれよか、もっとうつくしい国があるのよ。あたしたちが、りっぱな人になったら、そこへいけるのよ。」と、いいました。
「ベスなんか、いつかいけるでしょうが、あたしなんか、戦ったりはたらいたり、のぼったりすべったりで、いかれそうにもないわ。」
 ジョウがいうと、ローリイも、
「ぼく、ベスの道づれになりますよ。でも、ぼくがその旅におくれたら、やさしい言葉をかけてくれるでしょうね?」
 ベスは、なんと返事してよいかこまったようでしたが、快活にいいました。
「だれだって、ほんとはいきたい気持で、一生、努力の旅をつづけたら天の都へいけると思うわ。」
 しばらく沈黙がつづいた後、ジョウがいいました。
「あたしたちの勝手に考える空中楼閣がみんなほんとのものになって、そこに住むことができたら、どんなにおもしろいでしょう。」
「ぼくは見たいだけ世界を見物してから、ドイツにおちついて、好きなだけ音楽を勉強して、有名な音楽家になるんです。けれど、ぼくはお金だとか、商売とかすこしも気にかけずに、じぶんの好きなように暮すんです。これがぼくの気にいっている空中楼閣です。」
 ローリイがそういうと、メグがつぎをつづけました。
「あたしは、いろいろぜいたくなものが、たくさんあるうつくしい家がいいわ。おいしい食べもの、きれいな服、りっぱな道具、感じのいい人たち、そして、お金は山ほどあるの。あたしその家のおくさんで、召使をたくさん使って。でも怠けたりしないで、いいことをして、みんなからかわいがられたい。」
 ジョウは、ずばりと、
「おねえさんは、なぜりこうでやさしい夫と、天使のような子供がいてと、おっしゃらないの。それがなかったら、おねえさんの空中楼閣はできないわ。」と、いいました。
「あなたの空中楼閣には、馬とインクつぼと小説しかはいっていないんでしょう?」と、メグはすこしむっとしていいかえしました。
「いいじゃないの。アラビア馬のいっぱいはいった馬屋と、本をつみあげた部屋と、魔法のインクつぼがあれば、あたしは、そのインクつぼで、ローリイの音楽とおなじくらい、有名な作品を書くんだわ。だけど、あたしその空中楼閣へはいる前に、なにかすばらしい英雄的なこと、そうね、あたしが死んでも人から忘れられないようなこと、やってみたいわねえ。そうだ、あたし本を書いてお金持になり有名になれたらいいわ。それがあたしに似合っているの。それ、あたしの大好きな空想よ。」
「あたしのは、無事におとうさんやおかあさんといっしょに家で暮して、家の人たちの世話をしてあげることですわ。」と、ベスがいうと、ローリイが尋ねました。
「ほかには、なにか望みはないの?」
「あのかわいいピアノをいただいたから、ほかになんにも望みはありません。」
 すると、エミイがいいました。
「あたしは、絵をかきにローマへいき、りっぱなものをかいて、世界中で一ばんえらい画家になることですわ。」
「ぼくたち、なかなかの野心家ですね。ベスのほかは、金持になり、有名になり、あらゆる点でえらくなろうというのですから。」と、ローリイがいうと、ジョウが、
「今から十年たって、みんな生きていたらあつまって、だれが望みをとげたか、だれが望みに近づいたか見ましょうよ。」と、いいました。
「そしたら、あたしいくつ? 二十七ね。」と、メグ。すると、すぐにジョウが、
「ローリイとあたしが二十六、ベスが二十四、エミイが二十二、なんとみなさん、相当の御先輩というわけね。」
「ぼくは、それまでになにか、じまんになるようなことしたいな、だけど、ぼくはこんな怠け者だから、だめだろう。ねえ、ジョウ。」
「おかあさんが、あなたにはなにかいい動機があれば、きっとすばらしいことなさるって、いってらしたわ。」
「そうですか。ぼくやります。ぼくは、おじいさんの、気にいるようにしたいんだが、できないんですよ。おじいさんは、後つぎにして、インド貿易商にしたがっているんです。だけど、ぼくいやだ。大学へ四年いくだけで、満足して下さればいいのに、ああ、おじいさんを世話して下さるかたがあれば、ぼくは明日にも家をとび出すんだがなあ。」
 ローリイは、ひどく気がたかぶっていました。かれには青年の熱情があり、じぶんのちからで世の荒浪をのりきっていこうとして、いるのでした。ジョウは同情して、
「あなたの船で海へのり出し、したいほうだいなことして、あきるまで帰らなければいいわ。」と、じぶんの好きな空想であおりました。びっくりしたメグはいいました。
「いけないわ。ジョウ、あんなこといって、ローリイもそんな忠告聞いてはだめ。あなた大学で一心に勉強すれば、おじいさんもいつまでもがんこなこといわないで、きっとあなたの望みをかなえて下さいます。だから、さびしがったり、いらいらしないで、じぶんの務めをはたすようになさいね。そうすれば、ブルック先生のように、みんなからたっとばれ愛されるようになります。」
 それから、メグは、ブルック先生が、おかあさんのなくなるまで孝養をつくしたこと、おかあさんから[#「から」は底本では「かち」]はなれたくないので、家庭教師として外国へいけるのをことわったこと、そして、今でもなくなったおかあさんの看病をしてくれたおばあさんに、まい月、仕送りをしていること、それをだれにもいわずにいたことなど、ローリイのおじいさんが、メグのおかあさんに話したことを話し、どうかそのりっぱなブルック先生を満足させるように、よく勉強しなければいけないと、まるで、ねえさんみたいに、ローリイにいって聞かせました。そして、こうつけ加えました。
「ごめんなさい。お説教したりして。けれど、まるでほんとの兄弟みたいな気がするものですから、思ったとおりのこというのよ。」
 ローリイは、親切なメグの言葉をありがたく思い、
「ねえさんのように、ぼくの欠点をいって下さってありがとう。今日はぼくふきげんだったけど、これでさっぱりした。」
 ローリイは、できるだけ愉快にしようとして、メグの糸をまいてやったり、ジョウをよろこばそうとして、詩をうたったり、ベスに松ぼっくりを落してやったり、エミイの写生を手つだってやったりはたらきばち会の会員にふさわしいように努めました。そのうちに、ハンナの知らせるベルが聞えました。みんなが家へ帰る時間です。ローリイは、
「ぼく、また来てもいい?」
 メグは、にこにこして、
「ええ、おとなしくして、本が好きになれたらね。」
「好きになります。」
「じゃ、いらっしゃい、あみもの教えてあげるわ。スコットランド人は、男でもあみものするのよ。それに、今とても靴下の注文があるんですって。」
 その晩、ベスはローレンス老人のためにピアノをひきましたが、ローリイはそれをカーテンのかげにたたずんで聞きました。ベスのあどけない音楽は、ローリイの気持をしずめてくれ、おじいさんのことが、しみじみとなつかしく思われるのでした。そして、その日の午後のメグの話を思い出しながら、よろこんで犠牲をはらうつもりで、
「ぼくは、空中楼閣なんてすてて、おじいさんが望むだけ、いつまでも、いっしょにいてあげよう。おじいさんは、ぼくだけしか、頼る人がないんだもの。」と、ひとり言をいいました。

          第十四 秘密

 十月にはいると、寒さもきびしくなり、日ざしもみじかくなったので、ジョウは屋根部屋でいそがしい日を送りました。最後のページをおわって、じぶんの名を花文字で書くと、ペンをなげ出していいました。
「さあ、できあがった、これでだめなら、もっとよく書けるまで待たなくてはならない。」
 ソファにころりとあおむきになり、ジョウは念入りに原稿を読みなおし、ところどころに、線をひいたり、感嘆符をつけたりしました。それから、あかいリボンでとじました。この屋根部屋のジョウの机は、かべにとりつけてある古いブリキの台所用のたなでした。ジョウは、そのなかへ原稿用紙や二三冊の本をしまいこんで、ねずみの、がりがりさんに、荒らされないようにしました。がりがりさんは、やっぱり文学好きで、原稿用紙や本をよくかじるからです。ジョウは、ブリキのいれものからもう一つの原稿をとり出し、今書きおわった原稿といっしょに、ポケットにねじこんで階段をおりました。それから、こっそり家を出て、通りがかりの乗合馬車をよびとめてのり、いかにもたのしそうな、秘密ありそうな顔つきで、町のほうへいきました。
 町へ来たジョウは、大いそぎで、あるにぎやかな通りの、ある番地まで突進しました。やっとある家をさがし出しましたが、そのきたない階段を見あげると、じっと立ちどまっていましたが、きゅうに、また大いそぎで帰っていきました。こんなことを二三回くりかえしたあげく、まるで歯をすっかりぬいてもらうような悲壮な顔つきで階段をのぼっていきました。その建物には歯科医もあったのです。
 それを見ていたのは、むかいがわの建物の、窓のところをぶらぶらしていたわかい紳士でした。
「一人で来るなんて、あの人らしいな。けれど、気分でもわるくなったら、家までつきそってあげなくちゃ。」
 十分とたたないうちに、ジョウはまっかな顔をして、なにかおどろくほど苦しい目にあったように階段をかけおりて来ました。わかい紳士は、ほかならぬローリイでしたが、ジョウがちょいと頭をさげていきすぎたので、すぐに後をおって尋ねました。
「とても痛かった?」
「そんなでもなかったわ。」
「早くすんだねえ。ずいぶん。」
「ええ、うまくいったわ!」
「どうして一人でいったの?」
「たれにも知らせたくなかったからよ。」
「ずいぶん、かわっているんだね。きみは、それで、なん本ぬいたの?」
 ジョウは、ローリイのいう意味がわからないのでかれの顔をながめましたが、はっと気がついて、おもしろくてたまらないというように笑いました。
「二本ぬいてもらいたいんだけど、一週間も待たなきゃならないのよ。」
「なにを笑ってるの? また、なにかいたずらしてきたんだね、ジョウ。」
「あんなこそ、玉突屋でなにしてらしたの?」
「はばかりながら、玉突屋ではありません。体育館でして。ぼくは剣術を習ってます。」
「まあ、うれしい!」
「なぜ?」
「あたし教えてもらえるもの。そうすれば、今度ハムレットをやるとき、あんなレアティスやれるから、二人であのすばらしい剣術の場がやれる。」
 ローリイがふき出したので、通行人が、二三人ふりかえりました。
「教えてあげるよ、ハムレットはどうでもいいが、おもしろいよ。やれば身体がしゃんとなる。でもそれだけで、あなたが、まあうれしいって、あんなに強くいったとは思えないが。」
「そうよ、あんたが玉突屋にいなかったのがうれしかったの。あんた、いくの?」
「そんなに、いきませんよ。」
「いかないほうがいいわ。」
「なにもわるいことありませんよ。家の玉突では、じょうずな相手がなくてつまらない。だから、ときどきいって、ネッド・マフォットや、そのほかの連中とやるんです。」
「いやだわ、だんだん好きになって、時間をお金をむだにして、いけない子になるんでしょう。品行方正でいてほしいわ。」
「男は、品をおとさなければ、ときどきおもしろい遊びをしてはいけないかしら?」
「それは遊ぶ方法と場処によるわ。ネッドの連中、あたしきらい、交際しないほうがいいわ。あたしの家にも来たがっているけど、おかあさんよせつけないようになさるの。あなたが、あの人みたいなら、今までどおりあなたと遊ばせないでしょう。おかあさんは。」
 ローリイがいいました。
「では、ぼく申しぶんのない聖人になります。」
「聖人なんてまっぴら、すなおな品のある人になってほしいわ。キングの家の息子さんみたいに、お金たくさん持って、よっぱらったり、ばくちをしたり、しまいに、家出しておとうさんの名をかたって[#「かたって」は底本では「がたって」]、なにか偽造までして、こわいわ。」
「ぼくも、そんなことしかねないと思っているんですね? どうもありがとう。」
「とんでもない。ただあたし、お金はおそろしい誘惑をするって聞いてるから、あなたが貧乏だったら、心配しないでもいいと思うことがあるわ。だって、あなた、ときどきふきげんだったり、強情だったりするから、いったんまちがったほうへむいたら、ひきとめるのがむずかしいと思うわ。」
「そう、そんなに心配していてくれるの。」
 ローリイは、しばらくだまりこんで歩いていました。ジョウは、すこしいいすぎたかしらん[#「かしらん」は底本では「かしらう」]と思いましたが、やがて、ローリイは、
「あなたは家へ帰るまで説教するつもり?」
「いいえ、どうして?」
「説教するつもりなら、ぼくバスにのるし、しないなら、いっしょに歩いて、とてもおもしろいこと聞かせてあげる。」
「しない。だから、そのニュース聞かせて。」
「よろしい、これは秘密ですよ。ぼくがいったら、あなたのもいわなければだめですよ。」
「あたし秘密なんかないわよ。」と、ジョウはいいましたが、じぶんにも秘密があることを思って、きゅうに口をつぐみました。
「あるでしょう。かくしたってだめ、さっさと白状なさい。いわなければ、ぼくもいわない。」
「あなたの秘密おもしろいの?」
「おもしろいとも! あなたのよく知っている人のこと。あなたが知っていなければならない秘密だから、教えてあげたくてうずうずしているんです。さあ、あなたからですよ。」
 ジョウは、家の人にもいわないこと、からかわないことを念おして、
「じゃいうわ。あたしね、小説を二つ、新聞社の人のところへおいて来たの。そして、来週返事があるの。」と、相手の耳にささやきました。ローリイは、
「アメリカにその名も高きマーチ女史ばんざい!」と、さけんで帽子を高くなげ、それをうけとめました。もう郊外を歩いていたので、それは二羽のがちょうと、四ひきのねこと、五羽のにわとりと、六人のアイルランド人の子供をよろこばせました。
「返事なんか来ないわ。このこと、たれにも失望させたくなかったから、いわなかったの。」
「なあに、だいじょうぶ、あなたの書くもの、シェークスピアの書いたものくらい、ねうちがありますよ。活字になったらすてきだな!」
 ジョウは、そういわれると、うれしく思いました。友だちの賞讃はいいものです。
「それで、あなたの秘密ってなあに? 公明正大にいいなさい。」
「いってしまうと、こまることになるかもしれないんですが、いわないと気がらくになれないし、あのね。メグの片っぽうの手ぶくろのありかを知っているんです。」
「それっきり?」
「今のところ、それでじゅうぶんだよ、どこにあるかということを教えたら。」
 ローリイは、ジョウの耳に三つの言葉をささやきましたが、その言葉でジョウは、おどろきと不愉快な表情をしてつっ立ち、ローリイの顔を見つけてから歩き出しました。
「どうして知ってるの?」
「見たんだよ、ポケットに。」
「ずっと今でも?」
「ええ、ロマンティックじゃない?」
「いいえ、こわいわ。きらいだわ。ばかばかしい。たまらないわ。メグねえさん、なんていうかしら?」
「たれにもいわないでよ、きみを信用したからいったのさ。」
「それじゃ、当分はいわないわ。でも、いやね。聞かしてくれなければよかった。」
「ぼくは、きみがよろこぶかと思った。」
「たれかがメグをつれ出しに来るっていうことを、あたしがよろこべますか。ああ、あたしには秘密ってものは性に合わない。あなたがそんなこと聞かすものだから、気持がくしゃくしゃしちゃった。」
 ジョウが不満らしくいうと、ローリイは、
「この坂を競走しておりよう。そうすれば、気持がさっぱりするよ。」
 あたりには人かげもなく、平らな道がまねくように坂なっていました。ジョウは走り出し、帽子もくしもふり落し、髪をふりみだし、目をかがやかしました。もう不満な色はありませんでした。
「あたし馬だったら、こんなに気持のいい空気のなかを、いくらかけても息がきれないでしょう。ああおもしろかった。でも、このおかしなかっこう。あたしの落したものひろって来てよ。」と、ジョウは紅葉のちっているかえでの木の下にすわりました。そして、髪をなおしました。そのあいだにローリイは、ジョウの落しものをひろいにいきましたが、そこへ訪問がえりのメグが、りっぱな服を着て、貴婦人みたいに大人びて、通りかかりました。
「あなた、走ったのね、いつになったら、そんなおてんばやまるの?」
「年をとって、身体がこわばって、松葉杖をつくるようになるまでやめないわ。あたしを大人あつかいにするのいやよ。おねえさんが、きゅうに変ったのを見るのつらいわ。せめてあたしだけいつまでも子供にしておいて。」
 ジョウには、メグが大人びていくように思えるのに、ローリイのいった秘密から、やがて別れというおそろしいときが、近く来そうな気がしました。
「そんなに、おめかしてどこへ?」
「ガーデナアのところへ、サリーは、ベル・マフォットの結婚のことをすっかり話してくれました。とてもりっぱでしたって、お二人はこの冬をパリで送るために、もうおたちになったのよ。どんなにうれしいでしょうね。」
 そこへ、ローリイも帰って来て、ジョウといっしょに、メグの結婚のことを話しているうちに、とうとうメグは、
「あたし、たれとも結婚しないわ。」と、つんと気どって歩きはじめました。二人はその後から、子供みたいに、笑ったり、つつき合ったりしてついていきました。
 さて、それから一二週間というもの、ジョウはいかにも奇妙なふるまいが多かったので、みんなおどろいてしまいました。郵便屋の足音がすると玄関へかけていったり、ブルック先生につっけんどうにしたり、じっとすわりこんで悲しそうな顔をしてメグをながめたり、きゅうに、メグにとびついてキッスしたり、ローリイが来ると、二人で目くばせして、新聞のことを話したり、いったい、どうしたというんでしょう?
 ある日、ジョウは家のなかへとびこんで来て、ソファに横になり、新聞を読むふりをしていました。ベスが尋ねました。
「なに読んでいらっしゃるの?」
「はりあう画家という小説。」
「おもしろそうね、読んでちょうだい。」
 メグがいうと、ジョウはせきばらいをして、読みはじめましたが、ロマンチックな作で、出て来る人物は最後にみんな死んでしまうという、かなり悲壮なものでした。
「いいわ、恋をするとこ好き、だあれ、作者は?」と、エミイが尋ねると、
「あなたがたの姉妹よ。」
「あなた?」と、メグがさけびました。
「とてもおじょうずね。」と、エミイ。
「ああ、あたし肩身がひろい。」と、ベス。
 この成功に、みんなはおどり出したいほどよろこびました。ハンナもとびこんで来て、おどろきの声をあげ、おかあさんもどんなにほこらしく思ったでしょう。よろこびが、家中をあらしのようにひっかきまわしました。ジョウは目にいっぱい涙をため、ミス・ジョセフィン・マーチと印刷された名前の新聞が、みんなの手から手へわたるのをながめていました。
「すっかり、話して聞かせてよ。」「いつ新聞は来たの?」「いくらいただけるの?」「おとうさんはなんておっしゃるかしら?」「ローリイは笑わなかった?」と、ジョウのまわりに集った家中の者が、つぎつぎにさけびました。
「では、なにもかもいっちまうわ。」と、ジョウは、じぶんの作品を売りにいったときのことを話し、返事を聞きにいったら、二つともおもしろいが、はじめての人には原稿料を出さないで、ただ新聞にのせるだけ、そのかわり、いいものを書けるようになったら、原稿を買いに来るということだったと話しました。
「それで、あたし二つともわたして来たの。そしたら、今日これを送って来たの。ローリイが見せろってきかないから見せてあげたの。ローリイは、よくできているからもっと書けというの。そしてこのつぎから原稿料を出させるようにしてやるって。あたし、うれしいわ。じぶんで[#「じぶんで」は底本では「しぶんで」]書いたもので食べていけて、みんなのくらしもらくにすることが、できるかもしれないんですもの。」
 ジョウは、一気でしゃべって息がきれました。そして、新聞で顔をおおって、涙でじぶんの小説をぬらしてしまいました。ペンで、一人立ちして、愛する人からほめられるようになることは、一ばんジョウにとっては、うれしいことでありました。

          第十五 雲のかげの光

「十一月って、いやな月ね。」と、メグがいったのがきっかけで、ジョウもエミイも、霜がれの庭をながめながら、いろんな気のひきたたない話をしていると、べつの窓から外を見ていたベスが、
「うれしいことが二つあるわ。おかあさんは町からお帰りだし、ローリイさんは、なにかおもしろいお話でもありそうに、お庭をぬけて来るわ。」
 二人とも家へはいって来ました。おかあさんに、おとうさんから手紙が来なかったか尋ねました。ローリイは、今日は数学をやりすぎたので頭がふらつくから、ブルック先生を馬車で送っていくといい、
「どうです、みんないらっしゃい。今日は陰気だけど馬車は気持いいですよ。」と、じょうずに誘いかけました。
 メグは、そうたびたびわかい男といっしょにドライブしないほうがいいという、おかあさんの意見にしたがいたかったので、ことわりましたが、ほかの三人は出かけることになりました。ローリイは「おばさん、なにか御用はありませんか?」と、いつもの愛くるしい声で尋ねますと、マーチ夫人はいいました。
「ありがとう。できたら郵便局へよって下さい。今日は手紙の来る日だのに、郵便屋さんが来ません。おとうさんは、お日さまがまい日でるように、まちがいなく手紙を下さるのに。」
 そのとき、けたたましいベルが鳴って、まもなくハンナが一枚の紙を持って来ました。ハンナは、「おくさま、おそろしい電報が来ました。」といって、その電報が爆発でもするかのように、こわごわ出しました。
 おかあさんは、それをひったくるようにして読みましたが、まるで弾丸を胸にうちこまれたかのように、まっさおになって、イスにたおれかかりました。ローリイは、水をとりに階下へかけおり、メグとハンナはおかあさんをだき起し、ジョウはふるえ声で読みあげました。
 マーチ夫人へ――ゴシュジン[#「ゴシュジン」は底本では「ゴシジュン」] ジュウタイ スグコラレタシ。ワシントン ブランクビョウイン エス・ヘール
 部屋は水をうったようにしんとなりました。娘たちは、じぶんたちの生活のあらゆる幸福と力がうばい去られるような気がしました。おかあさんは、すぐにわれにかえって、電報を読みなおし、悲痛な声でいいました。
「あたしはすぐに出かけます。けれど、もうまにあわないかもしれません。ああ、あなたたち、どうかおかあさんが、それに耐えられるように力を貸して下さい。」
 しばらくは、とぎれとぎれのなぐさめの言葉や、助け合うという誓いの言葉や、神さまの加護を信ずる言葉にまじるすすり泣きの声のほかに、部屋にはなんのもの音もしませんでした。けれど、あわれなハンナがわれにかえり、じぶんでは気づかないちえで、ほかの者にいい手本を示しました。すなわち、ハンナにとっては、はたらくということが、たいていの心配ごとをなおす良薬でありました。
「神さまが、だんなさまをお守り下さいます。わたしは泣いてばかりいられません。おくさまがおたちになる仕度をしなければなりません。」と、ハンナは真心からいって、涙をエプロンでぬぐい、そのかたい手でマーチ婦人の手をにぎって、人一倍はたらくために出てきました。
「ハンナのいうとおりです。泣いているときではありません。みんなおちついてちょうだい。そしておかあさんに考えさせておくれ。」
 おかあさんが、あおざめた顔をしながらも、気をとりなおして悲しみをおさえ、娘たちのためにいろいろ考えはじめたとき、娘たちも気をおちつけようとしました。
「ローリイはどこ?」と、おかあさんは、まず第一になすべきことをきめたのです。
「ここにいます。おばさん、どうぞなにかさせて下さい。」と、ローリイは、いそいでとなりの部屋から出て来ました。かれはこの一家の人たちの悲しみのなかに、いかに親しくても、まじってはならぬと思って、となりの部屋にしりぞいていたのです。
「あたしが、すぐ出発するという電報をうって下さい。つぎの汽車は明日の朝早く出るはずです。それでいきます。」
「そのほかには? 馬の用意はできています。どこへでもいきます。なんでもします。」
「それから、マーチおばさんのところへ手紙をとどけて下さい。ジョウ、ペンと紙とを下さい。」
 手紙が書かれ、ローリイはわたされました。
「では、すみませんがお願いします。めちゃに馬を走らせてけがなんかしないで下さい。そんなにいそがなくてもいいんですからね。」
 けれど、その言葉は守られず、ローリイは五分の後には、はげしいいきおいで馬を走らせていました。
「ジョウ、あなたは事務所へいって、あたしがいけないってことわって来て下さい。途中で買い物をして来て下さい。今書きますから。それからベスはローレンスさんのとこで、古いぶどう酒を二本いただいて来て下さい。おとうさんのためなら、いただくのをはずかしいと思ってはいられません。エミイ。ハンナに黒革のトランクをおろすようにいって下さい。メグ、あなたはおかあさんの、さがしものを手つだって下さい。あたしはだいぶうろたえていますからね。」
 手紙を書いたり、考えたり、さしずしたり、すべてを一度にしなければならないおかあさんに、メグはじぶんたちではたらくから休んでいてほしいといいました。けれど、おかあさんに休むことが、どうしてできましょう。無事でたのしかった家は、今や不吉なあらしに吹きあらされ、みんなは木の葉のように、ふきとばされるほかはありませんでした。
 ローレンス老人は、ベスとともに来ました。親切な老人は、病人のためになりそうなもの[#「もの」は底本では「うの」]を、考えられるだけ考えて持って来ました。そして、夫人の留守中は、娘たちの世話はひき受けるといいましたので、おかあさんは安心することができました。また、老人は、なんでも必要なものは提供するといい、いっしょにワシントンへつきそっていくとさえいい出しました。けれど、長い旅に老人にいってもらうことは、とてもできませんので好意を感謝してことわりました。
 老人が帰っていってまもなく、メグが片手にゴム靴、片手に紅茶を持って玄関をかけていくと、ばったりブルック先生にあいました。
「今、聞いたのですが、ほんとうにお気のどくです。僕はおかあさんのおつきそいをしていこうと思って来たのです。ローレンスさんが、ぼくをワシントンまでいかせる用事ができたのです。ですから、道中おかあさんのお世話ができれば、ほんとうに満足です。」
 メグは、あやうくゴム靴をおとしそうになるほど、感謝にあふれました。
「みなさん、なんて御親切なのでしょう。おかあさんはきっとよろこんでお受けいたすでしょう。あなたがお世話下されば安心でございますわ。お礼の申しようもありません。」
 メグは、ブルック先生を、客間へ案内しておかあさんをよびにいきました。
 ローリイが、マーチおばさんからの手紙を持って帰ったときには、すべての支度がととのっていました。その手紙のなかには頼んだお金と、おばさんが前からたびたびいっていたことが書いてありました。すなわち、マーチが軍隊にはいることはいけないといつもいっていたし、どうせろくなことにならないと、注意しておいたが、こんなことになった。今後はじぶんのいうことにしたがってほしいとありました。おかあさんは手紙を火にくべ、お金を財布にいれ、きゅっと口をむすんで、また支度をつづけました。
 みじかい午後が暮れました。外の用事はすべてすみ、メグとおかあさんは、必要なぬいもの、ベスとエミイは夕飯の支度、ハンナはアイロンかけに、みんないそがしく手をうごかしていましたが、どうしたものか、ジョウがまだ帰りません。みんなそろそろ心配しはじめていると、ジョウがみょうな表情で帰って来ました。そして、すこし声をつまらせて、
「これおとうさんの御病気がよくなって、家へお帰りになれるようにと思ったあたしの心持だけなの。」と、いっておかあさんにおさつのたばをわたしました。
「まあ、どこから手にいれたの? 二十五ドル、ジョウ、あんたはとんでもないことしやしませんか?」
「いいえ、りっぱなあたしのお金です。じぶんのもの売ったお金です。」
 ジョウが帽子をぬぐと、みんなは、あっ!と、おどろきの声をあげました。ふさふさした髪の毛はみじかく切られていました。
「このほうが、さっぱりして気持がいいわ。じぶんの髪をじまんして、虚栄心を起しそうだったが、これでもいいわ。どうぞお金とってちょうだい。」
「ジョウ、おかあさんは、満足とは思いませんが、しかりはしません。あなたが愛のために、虚栄心を犠牲にしたことはよくわかります。でもね、そんなことまでする必要はなかったのです。いつか後悔するでしょうね。」
「いいえ、そんなことありませんわ。」と、ジョウは、じぶんのしたことを、一がいに非難されなかったので、ほっとしていいました。
 みんなは、ジョウの髪について、いろいろ考えました。なんといっても、重大事件でした。食卓をかこんだとき、髪の話でもちきりでした。いろいろ話があったあげく、ジョウがいいました。
「はじめは髪を売るなんて考えなかったのよ、どうしたらいいかと考えながら歩いているうちに、ひょいと床屋の窓を見ると、長いけれど、あたしほどこくない黒髪が、一たば四十ドルなの、とっさにあたしにもお金になるものがあると気がついてはいっていったの。そして、いくらに髪を買って下さるか尋ねたのよ。店の人は、女の子が髪を売りに来たことなんか、あまりないらしく、びっくりしていたけど、あたしの髪の色は、今の流行ではないといって、なるべき安く買おうとするのよ。そこであたしお金のいるわけを話したりして、ぜひぜひといそいだの。そうしたら、おかみさんが聞きつけて出て来て、買って娘さんをよろこばしておあげなさいよ。あたしにも売れるような髪があったら、家のジンミイのためなら売りますよと、とても親切なんでしょ。ジンミイというのは、出征している息子ですって。」
 話がおわると、メグが尋ねました。
「切られるとき、こわいと思わなかった?」
「床屋さんが道具を出しているあいだに、あたし見おさめに、じぶんの髪をながめたわ。でも、あたしめそめそしないわ。でもきってしまったら、腕か足きられたようなへんな気持したわ、おかみさんはあたしがきられた髪をながめているのに気がついて、長い毛を一本ぬいて、しまっておきなさいといってくれたの。おかあさん、記念にこれさしあげます。きったらさっぱりして、あたしもう二度とのばそうと思いません。」
 おかあさんは、その毛をたたみ、おとうさんのみじかい灰色の毛といっしょに、机のなかにしまいました。おかあさんは、ただ、ありがとうといっただけでしたが、娘たちはおかあさんの顔色を見て話をかえ、ブルック氏の親切なことや、明日はよい天気になりそうなことや、おとうさんが帰っていらして、じぶんたちが看病できるたのしさなど、できるだけ元気に話しました。
 だれもねたくないようでしたが、十時をうつと、おかあさんは、さあ、みなさんといいました。ピアノで、おとうさんの一ばん好きな讃美歌をひきました。元気よくうたい出しましたが、一人また一人と声が出なくなり、音楽がいつもなぐさめになるベスだけが、心こめてうたいました。
 讃美歌がおわると、娘たちはおかあさんにキッスして、しずかに床にはいりました。ベスとエミイは、大きな心配ごとがあっても、すぐにねむりましたが、メグはねむれませんでした。ジョウは、身うごきもしなかったので、メグはもういもうとがねむったことと思っていましたが、おさえつけたようなすすり泣きを聞いたので声をかけました。
「ジョウ、おとうさんのことで泣いてるの?」
「今はそうじゃないの、あたしの髪のこと。」
 ジョウは、そういって、なおもはげしく泣きました。メグは、なやめるいもうとにキッスし、その頭をなでました。
「後悔はしていないの。だけど、美しいものをなくしたので、ちょっとばかり泣いただけ。でも、もうすっかりおちついたから、だれにもいわないで。おねえさんは、どうしてねられないの?」
「とても心配なので。」
「たのしいことを考えてごらんなさい。ねむれてよ。」
 話しているうちに、ジョウが大きく笑ったので、メグはおしゃべりをやめようといって、ジョウの髪にカールをかけることを約束し、やがて二人はねむってしまいました。
 時計が、十二時をうち、ひっそりと部屋がしずまったとき、一人の人かげが、娘たちのベッドからベッドを歩き、ふとんにさわったり、枕をなおしたり、ね顔をながめたり、唇にそっとキッスしたり熱いいのりをささげたりしました。
 その人かげが、カーテンをひいて、わびしい夜空を見あげたとき、ふいに黒雲のかげから月があらわれて、あかるい慈悲ぶかい顔のように、その人かげに照りましたが、その顔は、言葉なき言葉で、こうささやいているように思われました。
「心やすくあれ、いとしき魂よ、雲のかげには、いつも光あり。」

          第十六 手紙の花束

 寒い、うすぐらい夜明けに、姉妹たちはランプをつけて、今までにない熱心さで聖書を読みました。その小さな書物には、救いとなぐさめがあふれていました。
 階下へおりていくと、もう仕度はできて、ハンナがいそがしく台所ではたらいていました。おかあさんは、夜ねむらなかったので、ひどくやつれて見えました。心配の多いおかあさんを悲しませないように、旅に送り出すつもりでしたが、おかあさんの顔を見ると、つい涙ぐまずにはいられなくなりました。おかあさんは、食卓についてもあまり食べませんでした。
 馬車の来るまで、みんなはあまり話さずに、おかあさんの身のまわりの用事をしました。おかあさんがいいました。
「おかあさんは、あなたがたを、ハンナとローレンスさんにお願いしていきます。ハンナは心からの律義者ですし、おとなりのあの親切なかたは、あなたがたを、じぶんの娘のように守って下さいます。ですから、すこしもあたしは心配しませんが、ただ、この不幸をよく理解して、留守中、悲しんだり、いらいらしたり、なまけたりせずに、めいめいの仕事をやって下さい、希望をもってはたらきどんなことが起っても、けっしておとうさんを失わないということを覚えていらっしゃい。」
「はい、おかあさん。」
 おかあさんは、なおもこまかく、一人一人の娘に注意をあたえました。
 馬車の音がしたとき、みんなはよくこらえて、悲しみの声をたてる者はありませんでした。ただ、しずかにおかあさんにキッスして、馬車が動き出したら、元気で手をふろうと思いました。
 ローリイとおじいさんが見送りに来てくれました。同行するブルック先生は、いかにも頼もしく見えましたので、巡礼ごっこのなかの案内者グレート・ハート氏という、あだ名を、さっそくつけました。馬車が走り出したとき、いい前ぶれのように、ちょうど日光が見送りのみんなを照らしました。そして、おかあさんが角をまがるとき、最後に目にはいったのは、四つのかがやかしい顔と、そのうしろに護衛のように立っているローレンス老人と、ハンナと、誠実なローリイのすがたでした。
「みなさん、なんて親切にして下さるのでしょう。」と、おかあさんは、ブルック青年の顔にあらわれた尊敬と同情を見ました。
「だれだって、あなたがたに親切にせずにはいられないのです。」と、ブルック先生は、気持よく笑ったので、おかあさんもほほえまずにはいられませんでした。こうして長途の旅行は、日光と微笑と、たのしい言葉の、よい前兆ではじめられました。
「あたし、なんだか地震でもあった後のような気がするわ。」と、おとなりの二人が帰っていってしまうと、ジョウがいいました。
「家が半分なくなってしまったようね。」と、メグがさびしそうにいいそえました。
 そして、娘たちは、勇ましい決心をしていたにかかわらず、その場に泣きくずれてしまいました。ハンナは、気をきかして、そっとしておき、どうやら夕立が晴れもようになったとき、コーヒーわかしを持って来ました。
「さ、おかあさんのおっしゃったとおりにやるんです。コーヒーで元気をつけて。」
 この朝、とくにハンナが腕をふるったおいしいコーヒーに、みんなはすっかり元気づけられ、「せっせとはたらけ、希望をもって」の、標語どおりに、ジョウは、マーチおばさんのところへ、メグはキング家へはたらきにいきました。そして、エミイとベスは、ハンナを助けて家のなかの仕事を、つぎからつぎへ片づけていきました。こうして、まい日、わりに元気にあかるく、なにごともなく過ぎていきました。
 それに、おとうさんのことが、娘たちをたいそうなぐさめました。重態ではありましたが、もっともすぐれた看護婦がつきそうようになってから、その効果はすでにあらわれました。ブルック先生がまい日、容態を知らせてくれるので、その速達を一家の長としてのメグが、読みあげることにしましたが、一週、二週とすぎるにつれて、いよいよ娘たちを元気づけてくれました。
 みんなずいぶんふくらんだ手紙を書いて、ワシントンへ出しました。その手紙のなかから、こっそり披露してみましょう。
 なつかしい、おかあさん。
 先日のお手紙がどんなにあたしたちを幸福にしたか申しあげかねるほどでございます。あまりうれしいお便りなので、読みながら泣いたり笑ったりいたしました。ブルックさまは、なんて御親切なのでございましょう。ローレンスさまの御都合で、そんなに長くいて下さって、おとうさんやおかあさんを、いろいろお世話下さるのは、まことにしあわせでございますね。ジョウは、あたしのぬいもののお手伝いをしてくれます。あの子の「道徳上の発作」が永つづきしないことを知っていなければ、過労にはならぬと心配になるくらいです。ベスは時計のように正しく、じぶんの仕事をしています。エミイは、わたしのいうことをよくきいてくれます。ボタンの穴かがり靴下のつくろい、わたしに教わってよくやります。
 ローレンスさまは、年とったかあさんのにわとりみたいに、ジョウがそう申します。わたしたちの世話をして下さいます。ローリイもたいそう親切にしてくれます。おかあさんが遠くへいらしたのでわたしたちはときどきさびしくて孤児みたいな気もしますが、ローリイとジョウが元気づけてくれます。ハンナは、聖人みたいです。日夜おかあさんのお帰りを待っています。おとうさんにくれぐれもよろしくお伝え下さいませ、おかあさんのメグより。
 においいりの、びんせんに、きれいに書いたこの手紙とちがって、つぎの手紙は、大きなびんせんに書きなぐってあります。
 わたしのたっといおかあさん。
 なつかしき父上のために、ばんざい三唱、おとうさんのよくなられたことを、電報で知らせて下さるブルック先生まことに頼もしきかぎり、電報を見て屋根部屋へかけあがり、わたしたちによくして下さる神さまにお礼を申さんとせしも、ただ大声で、うれしいとくり返し泣きましたのみ。でも、長きいのりとおなじかと存じます。
 わたしどもは、おもしろく暮しています。みんなひどく親切で、山鳩の巣にいるごとし。メグねえさんは、おかあさんらしくふるまい、日に日に美しくなり、いもうとたちは、かわいい天使のようです。わたしは、あいかわらずのジョウ。そうそうローリイと、けんかしました。わたしのほうが正しいがいいわけしたのがわるく、わたしがあやまるまで来ないといって帰り、国交断絶、わたしはローリイのあやまりに来るのを待ちましたが来ません。その晩、エミイが川に落ちたときの、おかあさんの教訓を思い出し、聖書を読んだらおちついて、怒ったままねてはならぬと、あやまりに来るローリイとあい、すっかり心は晴れ、元どおり仲よしとなりました。昨日のハンナの洗濯のお手伝いをして詩をつくりました。お笑草に。おとうさんに、わたしにかわって、愛情こめてキッスをしてあげて下さい。でたらめのジョウより、
   しゃぼん水のうた
わたしのたらいの女王さま、わたしはたのしくうたいます。
白いあわが、ぶくぶく高くたつあいだに
せっせとあらって、しぼって、ほします。
きれいなお空の下で、吹きまわる風に
せんたくものは、ひらひらふかれます。

あたしたちの心とたましいについた
一週間のけがれをあらいたい。
水と空気のふしぎなちからで
きれいにきれいにきよめたい。
そうすれやこの世に、とてもすてきな
せんたく日がおこなわれるでしょう。

よき人の世の小道には
いつもパンジイが咲くでしょう
いそがしい心は かなしみも うれいも なやみも
考えるひまは、ありはしない
ほうきをせっせとつかうときには
なやむ思いもはいてしまう。

日ごと日ごとにつとめる仕事が
わたしにあたえられたのはうれしい。
仕事がつよいからだと ちからとのぞみを もってきてくれる
頭でいろいろよく考え 心でいろいろよく感じ、
けれど 手はいつもはたらかすよう。
 なつかしい、おかあさん――わたしの愛情とおとうさんがお帰りになったとき、お目にかけようと大切にしていた三色すみれのおし花とをお送りするだけでございます。わたしはまい朝あの本を読んでいい子になろうとつとめ、ねるときはおとうさんの好きな歌をうたいます。わたしは、「まことの国」がうたえません。うたえば泣けて来るからです。みなさんが大切にして下さいますので、おかあさんがるすでも、幸福に暮しています。エミイがこの紙ののこりに書くそうですから、これでやめます。まい日、時計をまくことと、部屋にいい空気をいれることは忘れたことありません。なつかしいおとうさんによろしくお伝え下さい。小さなベスより

 あたしのおかあさん――みんな元気です。わたしはまい日勉強しています。おねえさんのいうことをききます。メグねえさんは、たいへんやさしくして下さいます。夕飯のときゼリイを食べさせて下さいます。ジョウねえさんは、あたしがゼリイを食べるからおとなしいのだといいます。もうじき十三になるのに、ローリイはあたしを子供あつかいにし、ひよこさんといったり、あたしがフランス語で、メルシイ(ありがとう)とか、ボンジュール(こんにちは)とかいうと、ぺらぺらとフランス語をしゃべってこまらせます。
 空色のドレスのそでがきれたので、メグねえさんが新らしいのとつけかえて下さいましたが、色が青すぎて前のほうがだめになりました。いやでしたが、ぐずらないで、つらいのを、がまんしています。ハンナがエプロンにもっとのりをつけて、まい日おそばを食べさせてくれるといいと思います。メグねえさんは、あたしの文章、てんのうちかたと、字の使いかたがだめだといいます。することがたくさんあるのでしかたありません。さよなら、おとうさんにくれぐれもよろしくおっしゃって下さい。エミイより
 おしたわしきマーチおくさまへ――一筆申しあげます。みなさんおたっしゃで、おりこうで、よくおはたらきになります。メグさまは、よいおくさまぶりで、なんでも早くこつをのみこみなされます。ジョウさま まっさきにたっておはたらきになりますが、考えてからなさらないので、なにをしでかしなさるかわりません。月曜日せんたく[#「せんたく」は底本では「せんたくたく」]をなさいましたが、しぼらずにのりをつけたり、もも色キャラコを青くしたり、おかしくてころげるほど笑いました。ベスさまは一ばんよくできたかたで、手まわしがよく、わたしは大助かりです。なんでもおぼえようとなされ、市場の買出しにもいかれます。みんなでずいぶん険約しおくさまのおおせどおり、コーヒーも一週間に一回、食物は栄養のあるものにして、ぜいたくいたしません。エミイさまは、よい服を着たがったり、お菓子をほしがったりして、だだをこねなさるときもあります。ローリイさまは、あいかわらずのあばれんぼうですが、みなさんを元気づけて下さいますので、けっこうです。パンがふくらみかけたので、これでやめます。だんなさまによろしくお伝え下さいませ。肺炎が早くなおり[#「なおり」は底本では「おなり」]ますようお祈りいたしております。ハンナ・マレットより。
 第二号付看護婦長殿
 ラパハノック川岸はきわめて静かにて全軍士気さかん。兵站部の処置よろし。テディ大佐指揮の国防軍その警備にあたる。司令長官ローレンス将軍は、まい日軍隊の検閲をなされ、給養係マレットは宿舎をととのえ、ライオン少佐(犬の名)は夜中歩哨の任につく。ワシントンよりの吉報に、二十四発の祝砲をはなち、司令部に大観兵式をおこのう。司令長官の熱誠あふるる祝福をお伝えし、全快を祈るものなり テディ大佐

 親愛なる夫人よ――御令嬢方みな無事。ベスと小生の孫は、まい日お便りいたしています。ハンナは模範的な召使、美しいベスさんを、まるで竜のように守っています。上天気つづきなにより、どうぞブルックを御遠慮なくお使い下されたく、なお、費用お見込をこえる場合、当方よりお引出し願いたく、御主人に御不自由なきよう、御快方におもむかれしことを神に感謝いたしております。あなたの忠実な友であり召使の ジェームス・ローレンス。

          第十七 小さな真心

 はじめの一週間というものは、マーチ家の美徳は、となり近所へ配給してもあまりあるくらいでした。たしかにおどろくべきもので、たれもかれも申しぶんのない、よいきげんでしたし、わがままをおさえました。けれど、おとうさんについて、はじめのような心配がなくなると、しだいに気がゆるみ、標語の、せっせとはたらくということも怠りがちとなり、非常な努力のあとだもの、休んでもよかろうという気持で、たびたび休みました。
 ジョウは、髪をきった頭をつつまなかったので、かぜをひき、マーチおばさんは、なおるまで来るなといいましたので、それをいいことにして休みました。エミイは、家の仕事をやめて粘土細工をやりだしました。メグはキング家から帰ってする針仕事に、あまり身をいれなくなり、ワシントンへ手紙を書いたり、ワシントンから来た手紙をくりかえして読んだりしました。ベスだけは、たいして怠けず、まい日こまごました小さな仕事を忠実にやりました。おかあさんのことがこいしく、おとうさんのことが心配になるようなときは、戸だなへはいってすすり泣き、こっそり祈りました。
 おかあさんが出発してから十日後、ベスがいいました。
ご協力下さい!!
★暇つぶし何某★

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