神曲
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:ダンテアリギエリ 

   第一曲

萬物を動かす者の榮光遍(あまね)く宇宙を貫くといへどもその輝(かゞやき)の及ぶこと一部に多く一部に少し 一―三
我は聖光(みひかり)を最(いと)多く受くる天にありて諸□の物を見たりき、されど彼處(かしこ)れて降(くだ)る者そを語るすべを知らずまた然(しか)するをえざるなり 四―六
これわれらの智、己が願ひに近きによりていと深く進み、追思もこれに伴(ともな)ふあたはざるによる 七―九
しかはあれ、かの聖なる王國たついてわが記憶に秘藏(ひめをさ)めしかぎりのことゞも、今わが歌の材たらむ 一〇―一二
あゝ善(よ)きアポルロよ、この最後(いやはて)の業(わざ)のために願はくは我を汝の徳の器(うつは)とし、汝の愛する桂(アルローロ)をうくるにふさはしき者たらしめよ 一三―一五
今まではパルナーゾの一の巓(いたゞき)にて足(た)りしかど、今は二つながら求めて殘りの馬場に入らざるべからず 一六―一八
願はくは汝わが胸に入り、かつてマルシーアをその身の鞘(さや)より拔き出せる時のごとくに氣息(いき)を嘘(ふ)け 一九―二一
あゝいと聖なる威力(ちから)よ、汝我をたすけ、我をしてわが腦裏に捺(お)されたる祝福(めぐみ)の國の薄(うす)れし象(かた)を顯(あら)はさしめなば 二二―二四
汝はわが汝の愛(めづ)る樹の下(もと)にゆきてその葉を冠となすを見む、詩題と汝、我にかく爲(する)をえしむればなり 二五―二七
父よ、皇帝(チェーザレ)または詩人の譽(ほまれ)のために摘(つ)まるゝことのいと罕(まれ)なれば(人の思ひの罪と恥なり) 二八―三〇
ペネオの女(むすめ)の葉人をして己にかはかしむるときは、悦び多きデルフォの神に喜びを加へざることあらじ 三一―三三
それ小さき火花にも大いなる焔ともなふ、おそらくは我より後、我にまさる馨ありて祈(ね)ぎ、チルラの應(こたへ)をうるにいたらむ 三四―三六
世界の燈(ともしび)多くの異(こと)なる處より上(のぼ)りて人間にあらはるれども、四の圈相合して三の十字を成す處より 三七―三九
出づれば、その道まさり、その伴ふ星またまさる、而(しか)してその己が性(さが)に從ひて世の蝋を整(とゝの)へ象(かた)を捺(お)すこといよ/\著(いちじる)し 四〇―四二
かしこを朝(あした)こゝを夕(ゆふべ)となしゝ日は殆どかゝる處よりいで、いまやかの半球みな白く、その他(ほか)は黒かりき 四三―四五
この時我見しに、ベアトリーチェは左に向ひて目を日にとめたり、鷲だにもかくばかりこれを凝視(みつめ)しことあらじ 四六―四八
第二の光線常に第一のそれよりいでゝ再び昇る、そのさま歸るを願ふ異郷の客に異ならず 四九―五一
かくのごとく、彼の爲(な)す所――目を傳ひてわが心の内に入りたる――よりわが爲す所いで、我は世の常を超(こ)えて目を日に注げり 五二―五四
元來(もとより)人の住處(すまひ)として造られたりしところなれば、こゝにてはわれらの力に餘りつゝかしこにてはわれらが爲すをうること多し 五五―五七
わが目のこれに堪(た)ふるをえしはたゞ些(すこし)の間なりしも、そがあたかも火よりいづる熱鐡の如く火花をあたりに散(ちら)すを見ざる程ならざりき 五八―六〇
しかして忽ち晝晝に加はり、さながらしかすることをうる者いま一の日輪にて天を飾れるごとく見えたり 六一―六三
ベアトリーチェはその目をひたすら永遠(とこしへ)の輪にそゝぎて立ち、我はわが目を上より移して彼にそゝげり 六四―六六
かれの姿を見るに及び、わが衷(うち)あたかもかのグラウコが己を海の神々の侶たらしむるにいたれる草を味へる時の如くになりき 六七―六九
抑□(そも/\)超人の事たるこれを言葉に表(あら)はし難し、是故に恩惠(めぐみ)によりてこれが驗(ためし)を經(ふ)べき者この例をもて足(た)れりとすべし 七〇―七二
天を統治(すべをさ)むる愛よ、我は汝が最後に造りし我の一部に過ぎざりしか、こは聖火(みひかり)にて我を擧げし汝の知り給ふ所なり 七三―七五
慕はるゝにより汝が無窮となしゝ運行、汝の整(とゝの)へかつ頒(わか)つそのうるはしき調(しらべ)をもてわが心を引けるとき 七六―七八
日輪の焔いとひろく天を燃(もや)すと見えたり、雨または河といふともかくひろがれる湖(うみ)はつくらじ 七九―八一
音(おと)の奇(くす)しきと光の大いなるとは、その原因(もと)につき、未だ感じゝことなき程に強き願ひをわが心に燃(もや)したり 八二―八四
是においてか、我を知ることわがごとくなりし淑女、わが亂るゝ魂を鎭(しづ)めんとて、我の未だ問はざるさきに口を啓(ひら)き 八五―八七
いひけるは。汝謬(あやま)れる思ひをもて自ら己を愚(おろか)ならしむ。是故にこれを棄つれば見ゆるものをも汝は見るをえざるなり 八八―九〇
汝は汝の信ずるごとく今地上にあるにあらず、げに己が處を出でゝ馳(は)する電光(いなづま)疾(はや)しといへども汝のこれに歸るに及ばじ。 九一―九三
わが第一の疑ひはこれらの微笑(ほゝゑ)める短き詞(ことば)によりて解けしかど、一の新(あらた)なる疑ひ起りていよ/\いたく我を絡(から)めり 九四―九六
我即ち曰(い)ふ。かの大いなる驚異(あやしみ)につきてはわが心既に足りて安んず、されどいかにしてわれ此等の輕き物體を超(こ)えて上(のぼ)るや、今これを異(あやし)とす 九七―九九
是においてか彼、一の哀憐(あはれみ)の大息(といき)の後、狂へる子を見る母のごとく、目をわが方にむけて 一〇〇―一〇二
いふ。凡(およ)そありとしあらゆる物、皆その間に秩序を有す、しかしてこれは、宇宙を神の如くならしむる形式ぞかし 一〇三―一〇五
諸□の尊く造られし物、永遠(とこしへ)の威能(ちから)(これを目的(めあて)としてかゝる法(のり)は立てられき)の跡をこの中に見る 一〇六―一〇八
わがいふ秩序の中に自然はすべて傾けども、その分(ぶん)異(こと)なりて、己が源にいと近きあり然らざるあり 一〇九―一一一
是故にみな己が受けたる本能に導かれつゝ、存在の大海(おほうみ)をわたりて多くの異なる湊(みなと)にむかふ 一一二―一一四
火を月の方に送るも是(これ)、滅ぶる心を動かすも是、地を相寄せて一にするもまた是なり 一一五―一一七
またこの弓は、たゞ了知(さとり)なきものゝみならず、智あり愛あるものをも射放つ 一一八―一二〇
かく萬有の次第を立つる神の攝理は、いと疾(と)くめぐる天をつゝむ一の天をば、常にその光によりてしづかならしむ 一二一―一二三
今やかしこに、己が射放つ物をばすべて樂しき的(まと)にむくる弦(つる)の力我等を送る、あたかも定(さだま)れる場所におくるごとし 一二四―一二六
されどげに、材默(もだ)して應(こた)へざるため形しば/\技藝の工夫(くふう)に配(そ)はざるごとく 一二七―一二九
被造物(つくられしもの)またしば/\この路を離る、そはこれは、かく促(うなが)さるれども、もし最初の刺戟僞りの快樂(けらく)の爲に逸(そ)れて 一三〇―
これを地に向はしむれば、その行方(ゆくへ)を誤る(あたかも雲より火の墜(おつ)ることあるごとく)ことをうればなり ―一三五
わが量(はか)るところ正しくば、汝の登るはとある流れの高山より麓(ふもと)に下り行くごとし、何ぞ異(あやし)とするに足らんや 一三六―一三八
汝障礙(しやうげ)を脱しつゝなほ下に止まらば、是かへつて汝における一の不思議にて、地上に靜なることの燃ゆる火における如くなるべし。 一三九―一四一
かくいひて再び顏を天にむけたり 一四二―一四四
[#改ページ]

   第二曲

あゝ聽かんとて小舟(をぶね)に乘りつゝ、歌ひて進むわが船のあとを追ひ來れる人等よ 一―三
立歸りて再び汝等の岸を見よ、沖に浮びいづるなかれ、恐らくは汝等我を見ずしてさまよふにいたるべければなり 四―六
わがわたりゆく水は人いまだ越えしことなし、ミネルヴァ氣息(いき)を嘘(ふ)き、アポルロ我を導き、九のムーゼ我に北斗を指示す 七―九
また數少きも、天使の糧(かて)(世の人これによりて生くれど飽(あ)くにいたらず)にむかひて疾(と)く項(うなじ)を擧(あ)げし人等よ 一〇―一二
水の面(おもて)の再び平らかならざるさきにわが船路(ふなぢ)の跡をたどりつゝ海原(うなばら)遠く船を進めよ 一三―一五
イアソンが耕人(たがやすひと)となれるをコルコに渡れる勇士(つはもの)等の見し時にもまさりて汝等驚き異(あやし)まむ 一六―一八
神隨(かんながら)の王國を求むる本然永劫(えいごふ)の渇(かわき)われらを運び、その速なること殆ど天のめぐるに異ならず 一九―二一
ベアトリーチェは上方(うへ)を、我は彼を見き、しかして矢の弦(つる)を離れ、飛び、止(とゞ)まるばかりの間に 二二―二四
我は奇(くす)しき物ありてわが目をこれに惹(ひ)けるところに着きゐたり、是においてかわが心の作用(はたらき)をすべて知れる淑女 二五―二七
その美しさに劣(おと)らざる悦びを表(あら)はしわが方にむかひていふ。われらを第一の星と合せたまひし神に感謝の心を獻(さゝ)ぐべし。 二八―三〇
日に照らさるゝ金剛石のごとくにて、光れる、濃(こ)き、固き、磨ける雲われらを蔽ふと見えたりき 三一―三三
しかしてこの不朽の眞珠は、あたかも水の分れずして光線を受け入るゝごとく、我等を己の内に入れたり 三四―三六
一の量のいかにして他の量を容(い)れたりし――體、體の中に入らばこの事なきをえざるなり――やは人知り難し、されば我もし 三七―
肉體なりしならんには、神入相結ぶ次第を顯はすかの至聖者を見んとの願ひ、愈□強くわれらを燃(もや)さゞるをえず ―四二
信仰に由(よ)りて我等が認むる所の物もかしこにては知らるべし、但し證(あかし)せらるゝに非(あら)ず、人の信ずる第一の眞理の如くこの物自(おのづ)から明らかならむ 四三―四五
我答ふらく。わが淑女よ、我は人間世界より我を移したまへる者に、わが眞心(まごゝろ)を盡して感謝す 四六―四八
されど告げよ、この物體にありて、かの下界の人々にカインの物語を爲(な)さしむる多くの黒き斑(ほし)は何ぞや。 四九―五一
彼少しく微笑(ほゝゑ)みて後いふ。官能の鑰(かぎ)の開くをえざる處にて人思ひ誤るとも 五二―五四
げに汝今驚きの矢に刺さるべきにはあらず、諸□の官能にともなふ理性の翼の短きを汝すでに知ればなり 五五―五七
されど汝自らこれをいかに思ふや、我に告げよ。我。こゝにてわれらにさま/″\に見ゆるものは、思ふに體の粗密に由來す。 五八―六〇
彼。もしよく耳をわが反論に傾けなば、汝は必ず汝の思ひの全く虚僞に陷(おちい)れるを見む 六一―六三
それ第八の天球の汝等に示す光は多し、しかしてこれらはその質と量とにおいて各□あらはるゝ姿を異にす 六四―六六
もし粗密のみこれが原因(もと)ならば、同じ一の力にてたゞ頒(わか)たれし量を異にしまたはこれを等しうするもの凡(すべ)ての光の中にあらむ 六七―六九
力の異なるは諸□の形式の原理の相異なるによらざるをえず、然るに汝の説に從へば、これらは一を除くのほか皆亡び失はるにいたる 七〇―七二
さてまた粗なること、汝の尋(たづ)ぬるかの斑點(はんてん)の原因(もと)ならば、この遊星には、その材の全く乏しき處あるか 七三―七五
さらずば一の肉體が脂(あぶら)と肉とを頒(わか)つごとく、この物もまたその書(ふみ)の中に重(かさ)ぬる紙を異にせむ 七六―七八
もし第一の場合なりせば、こは日蝕の時、光の射貫(いぬ)く(他の粗なる物體に引入れらるゝ時の如く)ことによりて明らかならむ 七九―八一
されどこの事なきがゆゑに、殘るは第二の場合のみ、我もしこれを打消すをえば、汝の思ひの誤れること知らるべし 八二―八四
もしこの粗、穿(うが)ち貫(つらぬ)くにいたらずば、必ず一の極限(きはみ)あり、密こゝにこれを阻(はゞ)みてそのさらに進むをゆるさじ 八五―八七
しかしてかしこより日の光の反映(てりかへ)すこと、鉛を後方(うしろ)にかくす玻□(はり)より色の歸るごとくなるべし 八八―九〇
是においてか汝はいはむ、奧深き方より反映(てりかへ)すがゆゑに、かしこにてはほかの處よりも光暗しと 九一―九三
汝等の學術の流れの源(もと)となる習(ならはし)なる經驗は――汝もしこれに徴せば――この異論より汝を解くべし 九四―九六
汝三の鏡をとりて、その二をば等しく汝より離し、殘る一をさらに離してさきの二の間に見えしめ 九七―九九
さてこれらに對(むか)ひつゝ、汝の後(うしろ)に一の光を置きてこれに三の鏡を照らさせ、その三より汝の方に反映(てりかへ)らせよ 一〇〇―一〇二
さらば汝は、遠き方よりかへる光が、量において及ばざれども、必ず等しくかゞやくを見む 一〇三―一〇五
今や汝の智、あたかも雪の下にある物、暖き光に射られて、はじめの色と冷(つめた)さとを 一〇六―
失ふごとくなりたれば、汝の目にきらめきてみゆるばかりに強き光を我は汝にさとらしむべし ―一一一
それいと聖なる平安を保つ天の中に一の物體のめぐるあり、これに包まるゝ凡(すべ)ての物の存在はみなこれが力に歸(き)す 一一二―一一四
その次にあたりてあまたの光ある天は、かの存在を頒ちて、これを己と分たるれども己の中に含まるゝさま/″\の本質に與へ 一一五―一一七
他の諸□の天は、各□異なる状(さま)により、その目的(めあて)と種(たね)とにむかひて、己が衷(うち)なる特性をとゝのふ 一一八―一二〇
かゝればこれらの宇宙の機關は、上より受けて下に及ぼし、次第を逐(お)ひて進むこと、今汝の知るごとし 一二一―一二三
汝よく我を視、汝の求むる眞理にむかひてわがこの處を過ぎ行くさまに心せよ、さらばこの後獨(ひと)りにて淺瀬を渡るをうるにいたらむ 一二四―一二六
そも/\諸天の運行とその力とは、あたかも鍛工(かぢ)より鐡槌(つち)の技(わざ)のいづるごとく、諸□のたふとき動者(うごかすもの)よりいでざるべからず 一二七―一二九
しかしてかのあまたの光に飾らるゝ天は、これをめぐらす奧深き心より印象(かた)を受けかつこれを捺(お)す 一三〇―一三二
また汝等の塵(ちり)の中なる魂がさま/″\の能力(ちから)に應じて異なる肢體(したい)にゆきわたるごとく 一三三―一三五
かの天を司(つかさど)るもの、またその徳をあまたにしてこれを諸□の星に及ぼし、しかして自ら一(いつ)なることを保(たも)ちてめぐる 一三六―一三八
さま/″\の力その活(い)かす貴(たふと)き物體(力のこれと結びあふこと生命(いのち)の汝等におけるが如し)と合して造る混合物(まぜもの)一(いつ)ならじ 一三九―一四一
悦び多き性(さが)より流れ出づるがゆゑに、この混(まじ)れる力、物體の中に輝き、あたかも生くる瞳の中に悦びのかゞやくごとし 一四二―一四四
光と光の間にて異なりと見ゆるものゝ原因(もと)、げに是にして粗密にあらず、是ぞ即ち形式の原理 一四五―
己が徳に從つてかの明暗を生ずる物なる。 ―一五〇
[#改ページ]

   第三曲

さきに愛をもてわが胸をあたゝめし日輪、是(ぜ)と非(ひ)との證(あかし)をなして、美しき眞理のたへなる姿を我に示せり 一―三
されば我は、わがはや誤らず疑はざるを自白せんため、物言はんとてほどよく頭(かうべ)を擧(あ)げしかど 四―六
このとき我に現はれし物あり、いとつよくわが心を惹(ひ)きてこれを見るに專(もつぱら)ならしめ、我をしてわが告白を忘れしむ 七―九
透(す)きとほりて曇(くもり)なき玻□または清く靜にてしかして底の見えわかぬまで深きにあらざる水に映(うつ)れば 一〇―一二
われらの俤(おもかげ)かすかに見えて、さながら白き額(ひたひ)の眞珠のたゞちに瞳に入らざるに似たり 一三―一五
我また語るを希(ねが)ふ多くのかゝる顏を見しかば、人と泉との間に戀を燃(もや)したるその誤りの裏をかへしき 一六―一八
かの顏を見るや、我はこれらを物に映(うつ)れる姿なりとし、その所有者(もちぬし)の誰なるをみんとて直ちに目をめぐらせり 一九―二一
されど何をも見ざりしかば、再びこれを前にめぐらし、うるはしき導者――彼は微笑(ほゝゑ)み、その聖なる目輝きゐたり――の光に注げり 二二―二四
彼我に曰ふ。汝の思ひの稚(をさな)きをみて我のほゝゑむを異(あや)しむなかれ、汝の足はなほいまだ眞理の上にかたく立たず 二五―二七
その常の如く汝を空(くう)にむかはしむ、そも/\汝の見るものは、誓ひを果さゞりしためこゝに逐はれし眞(まこと)の靈なり 二八―三〇
是故に彼等と語り、聽きて信ぜよ、彼等を安んずる眞(まこと)の光は、己を離れて彼等の足の迷ふを許さゞればなり。 三一―三三
我は即ち最も切(せち)に語るを求むるさまなりし魂にむかひ、あたかも願ひ深きに過ぎて心亂るゝ人の如く、いひけるは 三四―三六
あゝ生得(しやうとく)の幸(さち)ある靈よ、味はゝずして知るによしなき甘さをば、永遠(とこしへ)の生命(いのち)の光によりて味(あぢは)ふ者よ 三七―三九
汝の名と汝等の状態(ありさま)とを告げてわが心をたらはせよ、さらば我悦ばむ。是においてか彼ためらはず、かつ目に笑(ゑみ)をたゝへつゝ 四〇―四二
我等の愛は、その門を正しき願ひの前に閉ぢず、あたかも己が宮人(みやびと)達のみな己と等しきをねがふ愛に似たり 四三―四五
我は世にて尼なりき、汝もしよく記憶をたどらば、昔にまさるわが美しさも我を汝にかくさずして 四六―四八
汝は我のピッカルダなることを知らむ、これらの聖徒達とともに我こゝに置かれ、いとおそき球の中にて福(さいはひ)を受く 四九―五一
さてまたわれらの情は、たゞ聖靈の意(こゝろ)に適(かな)ふものにのみ燃(もや)さるゝが故に、その立つる秩序によりて整(とゝの)へらるゝことを悦ぶ 五二―五四
しかしてかくいたく劣(おと)りて見ゆる分のわれらに與へられたるは、われら誓ひを等閑(なほざり)にし、かつ缺く處ありしによるなり。 五五―五七
是においてか我彼に。汝等の奇(くす)しき姿の中には、何ならむ、いと聖なるものありて輝き、昔の容(かたち)變りたれば 五八―六〇
たゞちに思ひ出るをえざりき、されど汝の我にいへること今我をたすけ我をして汝を認め易(やす)からしむ 六一―六三
請(こ)ふ告げよ、汝等こゝにて福(さいはひ)なる者よ、汝等はさらに高き處に到りてさらに多く見またはさらに多くの友を得るを望むや。 六四―六六
他の魂等とともに彼まづ少しく微笑(ほゝゑ)みて後、初戀の火に燃ゆと見ゆるほど、いとよろこばしげに答ふらく 六七―六九
兄弟よ、愛の徳われらの意(こゝろ)を鎭(しづ)め、我等をしてわれらの有(も)つ物をのみ望みて他の物に渇(かわ)くなからしむ 七〇―七二
我等もしさらに高からんことをねがはゞ、われらの願ひは、われらをこゝと定むる者の意(こゝろ)に違ふ 七三―七五
もし愛の中にあることこゝにて肝要ならば、また汝もしよくこの愛の性(さが)を視(み)ば、汝はこれらの天にこの事あるをえざるを知らむ 七六―七八
げに常に神の聖意(みこゝろ)の中にとゞまり、これによりて我等の意(こゝろ)一となるは、これこの福(さいはひ)なる生の素(もと)なり 七九―八一
されば我等がこの王國の諸天に分れをる状(さま)は、王(我等の思ひを己が思ひに配(そ)はしむる)の心に適(かな)ふ如く全王國の心に適ふ 八二―八四
聖意(みこゝろ)はすなはちわれらの平和、その生み出だし自然の造る凡ての物の流れそゝぐ海ぞかし。 八五―八七
天のいづこも天堂にて、たゞかしこに至上の善の恩惠(めぐみ)の一樣に降(ふ)らざるのみなること是時我に明らかなりき 八八―九〇
されど人もし一の食物(くひもの)に飽き、なほ他に望む食物あれば、此を求めてしかして彼のために謝す 九一―九三
我も姿、詞(ことば)によりてまたかくの如くになしぬ、こは彼がいかなる機(はた)を織るにあたりて杼(ひ)を終りまで引かざりしやを彼より聞かんとてなりき 九四―九六
彼我に曰(い)ふ。完き生涯と勝(すぐ)るゝ徳とはひとりの淑女をさらに高き天に擧ぐ、その法(のり)に從ひて衣を着(き)面□(かほおほひ)を付(つく)る者汝等の世にあり 九七―九九
彼等はかくしてかの新郎(はなむこ)、即ち愛より出るによりて己が心に適(かな)ふ誓ひをすべてうけいるゝ者と死に至るまで起臥(おきふし)を倶(とも)にせんとす 一〇〇―一〇二
かの淑女に從はんため我若うして世を遁(のが)れ、身に彼の衣を纏(まと)ひ、またわが誓ひをその派の道に結びたり 一〇三―一〇五
その後、善よりも惡に親しむ人々、かのうるはしき僧院より我を引放しにき、神知り給ふ、わが生涯のこの後いかになりしやを 一〇六―一〇八
またわが右にて汝に現はれ、われらの天のすべての光にもやさるゝこの一の輝(かゞやき)は 一〇九―一一一
わが身の上の物語を己が身の上の事と知る、彼も尼なりき、また同じさまにてその頭(かうべ)より聖なる首□(かしらぎぬ)の陰(かげ)を奪はる 一一二―一一四
されど己が願ひに背(そむ)きまた良(よ)き習(ならはし)に背きてげに世に還(かへ)れる後にも、未だ嘗(かつ)て心の面□(かほおほひ)を釋(と)くことなかりき 一一五―一一七
こはソアーヴェの第二の風によりて第三の風即ち最後の威力(ちから)を生みたるかの大いなるコスタンツァの光なり。 一一八―一二〇
かく我に語りて後、かれはアーヴェ・マリーアを歌ひいで、さてうたひつゝ、深き水に重き物の沈む如く消失(きえう)せき 一二一―一二三
見ゆるかぎり彼のあとを追ひしわが目は、これを見るをえざるに及び、さらに大いなる願ひの目的(めあて)にかへり來りて 一二四―一二六
全くベアトリーチェにそゝげり、されど淑女いとつよくわが目に煌(きら)めき、視力(みるちから)はじめこれに耐(た)へざりしかば 一二七―一二九
わが問これがために後(おく)れぬ。 一三〇―一三二
[#改ページ]

   第四曲

等(ひと)しく隔(へだた)り等しく誘(いざな)ふ二の食物(くひもの)の間にては、自由の人、その一をも齒に觸れざるさきに饑(う)ゑて死すべし 一―三
かくの如く、二匹の猛(たけ)き狼の慾と慾との間にては一匹の羔(こひつじ)ひとしくこれを恐れて動かず、二匹の鹿の間にては一匹の犬止まらむ 四―六
是故に、二の疑ひに等(ひと)しく促(うなが)されて、我默(もだ)せりとも、こは已(や)むをえざるにいづれば、我は己を責めもせじ讚(ほ)めもせじ 七―九
我は默せり、されどわが願ひとともにわが問は言葉に明らかに現はすよりもはるかに強くわが顏にゑがゝる 一〇―一二
ベアトリーチェはあたかもナブコッドノゾルの怒り(彼を殘忍非道となしたる)をしづめし時に當りてダニエルロの爲(な)しゝ如くになしき 一三―一五
即ち曰ふ。我は汝が二の願ひに引かるゝにより、汝の思ひむすぼれて言葉に出でざるを定(さだ)かに見るなり 一六―一八
汝論(あげつら)ふらく、善き願ひだに殘らんには、何故にわが功徳の量、人の暴虐(しへたげ)のために減(へ)るやと 一九―二一
加之(しかのみならず)、プラトネの教へしごとく、魂、星に歸るとみゆること、また汝に疑ひを起さしむ 二二―二四
この二こそ汝の思ひをひとしく壓(お)すところの問(とひ)なれ、されば我まづ毒多き方(かた)よりいはむ 二五―二七
セラフィーンの中にて神にいと近き者も、モイゼもサムエールもジョヴァンニ(汝いづれを選ぶとも)も、げにマリアさへ 二八―三〇
今汝に現はれし諸□(もろ/\)の靈と天を異(こと)にして座するにあらず、またその存在の年數(としかず)これらと異なるにもあらず 三一―三三
凡(すべ)ての者みな第一の天を――飾る、たゞ永遠(とこしへ)の聖息(みいき)を感ずるの多少に從ひ、そのうるはしき生に差別(けぢめ)あるのみ 三四―三六
これらのこゝに現はれしは、この球がその分と定められたるゆゑならずしてその天界の最低(いとひく)きを示さんためなり 三七―三九
汝等の才に對(むか)ひてはかくして語らざるをえず、そは汝等の才は、後(のち)智に照らすにいたる物をもたゞ官能の作用(はたらき)によりて識(し)ればなり 四〇―四二
是においてか聖書は汝等の能力(ちから)に準じ、手と足とを神に附して他の意義に用ゐ 四三―四五
聖なる寺院は、ガブリエール、ミケール、及びかのトビアを癒(いや)しゝ天使をば人の姿によりて汝等にあらはす 四六―四八
ティメオが魂について論(あげつら)ふところは、こゝにて見ゆる物に似ず、これ彼はそのいふごとく信ずと思はるゝによりてなり 四九―五一
即ち魂が、自然のこれに肉體を司らしめし時、己の星より分れ出たるものなるを信じて、彼はこの物再びかしこに歸るといへり 五二―五四
或は彼の説く所、その語(ことば)の響と異なり、侮(あなど)るべからざる意義を有することあらむ 五五―五七
もしそれこれらの天にその影響の譽(ほまれ)も毀(そしり)も歸る意ならば、その矢いくばくか眞理に中(あた)らむ 五八―六〇
この原理誤り解(げ)せられてそのかみ殆ど全世界を枉(ま)げ、これをして迷ひのあまりジョーヴェ、メルクリオ、マルテと名づけしむ 六一―六三
汝を惱ますいま一の疑ひは毒少し、そはその邪惡も、汝を導きて我より離すあたはざればなり 六四―六六
われらの正義が人間の目に不正とみゆるは即ち信仰の過程(くわてい)にて異端邪説の過程にあらず 六七―六九
されど汝等の知慧よくこの眞理を穿(うが)つことをうるがゆゑに、我は汝の望むごとく汝に滿足をえさすべし 七〇―七二
もし暴(あらび)とは、強(し)ひらるゝ人いさゝかも強ふる人に與(くみ)せざる時生ずるものゝ謂(いひ)ならば、これらの魂はこれによりて罪を脱(のが)るゝことをえじ 七三―七五
そは意志は自ら願ふにあらざれば滅びず、あたかも火が千度(ちたび)強ひて撓(たわ)めらるともなほその中なる自然の力を現はす如く爲せばなり 七六―七八
是故に意志の屈するは、その多少を問はず、暴(あらび)にこれの從ふなり、而(しか)してこれらの魂は聖所(せいじよ)に歸るをうるにあたりてかくなしき 七九―八一
鐡架(てつきう)の上の苦しみに堪(た)へしロレンツォ、わが手につらかりしムツィオのごとく、彼等の意志全(まつた)かりせば 八二―八四
彼等が自由となるに及び、この意志直ちに彼等をしてその強ひられて離れし路に再び還(かへ)らしめしなるべし、されどかく固き意志極めて稀(まれ)なり 八五―八七
汝よくこれらの言葉を心にとめてさとれるか、さらばこの後汝をしば/\惱ますべかりし疑ひは、はや必ず解けたるならむ 八八―九〇
されど汝の眼前(めのまへ)に今なほ横たはる一の路あり、こはいと難(かた)き路なれば汝獨(ひと)りにてはこれを出でざるさきに疲れむ 九一―九三
我あきらかに汝に告げて、福(さいはひ)なる魂は常に第一の眞(まこと)に近くとゞまるがゆゑに僞(いつは)るあたはずといへることあり 九四―九六
後汝はコスタンツァがその面□(かほおほひ)をば舊(もと)の如く慕へる事をピッカルダより聞きたるならむ、さればこれとわが今茲(こゝ)にいふ事と相反すとみゆ 九七―九九
兄弟よ、人難を免(まぬが)れんため、わが意に背(そむ)き、その爲すべきにあらざることをなしゝ例(ためし)は世に多し 一〇〇―一〇二
アルメオネが父に請(こ)はれて己が生の母を殺し、孝を失はじとて不孝となりしもその一なり 一〇三―一〇五
かゝる場合については、請ふ思へ、暴(あらび)意志とまじりて相共にはたらくがゆゑに、その罪いひのがるゝによしなきことを 一〇六―一〇八
絶對の意志は惡に與(くみ)せず、そのこれに與するは、拒(こば)みてかへつて尚大いなる苦難(なやみ)にあふを恐るゝことの如何に準ず 一〇九―一一一
さればピッカルダはかく語りて絶對の意志を指(さ)し、我は他の意志を指す、ふたりのいふところ倶に眞(まこと)なり。 一一二―一一四
一切の眞理の源なる泉よりいでし聖なる流れかくその波を揚(あ)げ、かくして二の願ひをしづめき 一一五―一一七
我即ち曰ふ。あゝ第一の愛に愛せらるゝ者よ、あゝいと聖なる淑女よ、汝の言(ことば)我を潤(うるほ)し我を暖め、かくして次第に我を生かしむ 一一八―一二〇
されどわが愛深からねば汝の恩惠(めぐみ)に謝するに足らず、願はくは全智全能者これに應(こた)へ給はんことを 一二一―一二三
我よく是を知る、我等の智は、かの眞(まこと)(これより外には眞なる物一だになし)に照らされざれば、飽(あ)くことあらじ 一二四―一二六
智のこれに達するや、あたかも洞の中に野獸(ののけもの)の憩(いこ)ふ如く、直ちにその中にいこふ、またこはこれに達するをう、然らずばいかなる願ひも空ならむ 一二七―一二九
是故に疑ひは眞理の根より芽の如くに生ず、しかしてこは峰より峰にわれらを促し巓(いたゞき)にいたらしむる自然の途なり 一三〇―一三二
淑女よ、この事我を誘ひ我を勵まし、いま一の明らかならざる眞理についてうや/\しく汝に問はしむ 一三三―一三五
請ふ告げよ、人その破れる誓ひの爲、汝等の天秤(はかり)に懸(か)くるも輕からぬほど他の善をもて汝等に贖(あがなひ)をなすことをうるや。 一三六―一三八
ベアトリーチェは愛の光のみち/\しいと聖なる目にて我を見き、さればわが視力(みるちから)これに勝たれで背(うしろ)を見せ 一三九―一四一
我は目を垂(た)れつゝ殆ど我を失へり。 一四二―一四四
[#改ページ]

   第五曲

われ世に比類(たぐひ)なきまで愛の焔に輝きつゝ汝にあらはれ、汝の目の力に勝つとも 一―三
こは全き視力――その認むるに從つて、認めし善に進み入る――より出づるがゆゑにあやしむなかれ 四―六
われあきらかに知る、見らるゝのみにてたえず愛を燃す永遠(とこしへ)の光、はや汝の智の中にかゞやくを 七―九
もし他の物汝等の愛を迷はさば、こはかの光の名殘がその中に映(さ)し入りて見誤らるゝによるのみ 一〇―一二
汝の知らんと欲するは、果(はた)されざりし誓ひをば人他の務(つとめ)によりて償(つぐの)ひ、魂をして論爭(あらそひ)を免(まぬが)れしむるをうるや否(いな)やといふ事是なり。 一三―一五
ベアトリーチェはかくこの曲(カント)をうたひいで、言葉を斷(た)たざる人のごとく、聖なる教へを續けていふ。 一六―一八
それ神がその裕(ゆたか)なる恩惠(めぐみ)により造りて與へ給へる物にて最もその徳に適(かな)ひかつその最も重んじ給ふ至大の賜(たまもの)は 一九―二一
即ち意志の自由なりき、知慧ある被造物は皆、またかれらに限り、昔これを受け今これを受く 二二―二四
いざ汝推(お)して知るべし、人肯(うけが)ひて神また肯ひかくして誓ひ成るならんには、そのいと貴(とほと)きものなることを 二五―二七
そは神と人との間に契約を結ぶにあたりては、わがいふ如く貴きこの寶犧牲(いけにへ)となり、かつかくなるも己が作用(はたらき)によればなり 二八―三〇
されば何物をもて償(つぐのひ)となすことをえむ、捧げし物を善く用ゐんと思ふは是※物(ぞうぶつ)[#「貝+藏」、38-6]をもて善事を爲さんとねがふなり 三一―三三
汝既に要點を會得(ゑとく)す、されど聖なる寺院は誓ひより釋(と)き、わが汝にあらはしゝ眞理に背(そむ)くとみゆるがゆゑに 三四―三六
汝なほ食卓(つくゑ)に向ひてしばらく坐すべし、汝のくらへる硬(かた)き食物(くひもの)はその消化(こな)るゝ爲になほ助けを要(もと)むればなり 三七―三九
心を開きて、わが汝に示すものを受け、これをその中に收めよ、聽きて保(たも)たざるは知識をうるの道にあらじ 四〇―四二
それ二の物相合してこの犧牲(いけにへ)の要素を成す、一はその作らるゝ基(もと)となるもの一は即ち契約なり 四三―四五
後者は守るにあらざれば消えず、但しこれについては我既にいとさだかに述べたり 四六―四八
是故に希伯來人(エブレオびと)は、捧ぐる物の如何によりこれを易(か)ふるをえたれども(汝必ず是を知らん)、なほ献物(さゝげもの)をなさゞるをえざりき 四九―五一
前者即ち汝に材とし知らるゝものは、これを他の材に易(か)ふとも必ず咎(とが)となるにはあらず 五二―五四
されど黄白二の鑰(かぎ)のめぐるなくば何人もその背に負(お)へる荷を、心のまゝにとりかふべからず 五五―五七
かつ取らるゝ物が置かるゝ物を容(い)るゝことあたかも六の四における如くならずば、いかに易ふとも徒(いたづら)なるを信ずべし 五八―六〇
是故に己が價値(ねうち)によりていと重くいかなる天秤(はかり)をも引下(ひきさ)ぐる物にありては、他の費(つひえ)をもて償(つぐな)ふことをえざるなり 六一―六三
人よ誓ひを戲事(たはぶれごと)となす勿れ、これに忠なれ、されどイエプテのその最初の供物(くもつ)におけるごとく輕々しくこれを立るなかれ 六四―六六
守りてしかしてまされる惡を爲さんより、彼は宜(よろ)しく我あしかりきといふべきなりき、汝はまたギリシア人(びと)の大將のかく愚(おろか)なりしをみむ 六七―六九
さればイフィジェニアはその妍(みめよ)きがために泣き、かゝる神事(じんじ)を傳へ聞きたる賢者愚者をしてまた彼の爲に泣かしむ 七〇―七二
基督教徒(クリスティアーニ)よ、おも/\しく身を動かし、いかなる風にも動く羽のごとくなるなかれ、いかなる水も汝等を洗ふと思ふなかれ 七三―七五
汝等に舊約新約あり、寺院の牧者の導くあり、汝等これにて己が救ひを得るに足る 七六―七八
もし邪慾汝等に他の途(みち)を勸(すゝ)めなば、汝等人たれ、愚(おろか)なる羊となりて汝等の中の猶太人(ジュデーアびと)に笑はるゝなかれ 七九―八一
己が母の乳を棄て、思慮(こゝろ)なく、浮(うか)れつゝ、好みて自ら己と戰ふ羔(こひつじ)のごとく爲すなかれ。 八二―八四
わがこゝに記(しる)すごとく、ベアトリーチェかく我に、かくていとなつかしき氣色(けしき)にて、宇宙の最も生氣に富める處にむかへり 八五―八七
その沈默と變貌(かはれるすがた)とは、わが飽(あ)くなきの智、はや新しき問を起しゐたりしわが智に默(もだ)せと命じき 八八―九〇
しかしてあたかも弦(つる)のしづかならざる先に的(まと)に中(あた)る矢のごとく、われらは馳(は)せて第二の王國にいたれり 九一―九三
われ見しに、かの天の光の中に入りしとき、わが淑女いたくよろこび、かの星自らそがためいよ/\輝きぬ 九四―九六
星さへ變りてほゝゑみたりせば、己が性(さが)のみによりていかなるさまにも變るをうる我げにいかになりしぞや 九七―九九
しづかなる清き池の中にて、魚もしその餌とみゆる物の外(そと)より入來るをみれば、これが邊(ほとり)にはせよるごとく 一〇〇―一〇二
千餘の輝われらの方にはせよりき、おの/\いふ。見よわれらの愛をますべきものを。 一〇三―一〇五
しかして各□われらの許(もと)に來るに及び、我は魂が、その放つ光のあざやかなるによりて、あふるゝ悦びをあらはすを見たり 一〇六―一〇八
讀者よ、この物語續かずばその先を知るあたはざる汝の苦しみいかばかりなるやを思へ 一〇九―一一一
さらば汝自ら知らむ、これらのものわが目に明らかに見えし時、彼等よりその状態(ありさま)を聞かんと思ふわが願ひのいかに深かりしやを 一一二―一一四
あゝ良日(よきひ)の下(もと)に生れ、戰ひ未だ終らざるに恩惠(めぐみ)に許されて永遠(とこしへ)の凱旋の諸□の寶座(くらゐ)を見るを得る者よ 一一五―一一七
遍(あまね)く天に滿(み)つる光にわれらは燃(もや)さる、是故にわれらの光をうくるをねがはゞ、汝心のまゝに飽(あ)け。 一一八―一二〇
信心深きかの靈の一我にかくいへるとき、ベアトリーチェ曰ふ。いへ、いへ、臆(おく)する勿(なか)れ、かれらを神々の如く信ぜよ。 一二一―一二三
我よく汝が己の光の中に巣(す)くひて目よりこれを出すをみる、汝笑へば目煌(きら)めくによりてなり 一二四―一二六
されど尊き魂よ、我は汝の誰なるやを知らず、また他の光に蔽はれて人間に見えざる天の幸(さち)をば何故にうくるやを知らず。 一二七―一二九
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいへり、是においてかそのかゞやくこと前よりはるかに強かりき 一三〇―一三二
あたかも日輪が(濃(こ)き水氣の幕その熱に噛盡(かみつく)さるれば)そのいと強き光に己をかくすごとく 一三三―一三五
かの聖なる姿は、まさる悦びのため己が光の中にかくれ、さてかく全く籠(こも)りつゝ、我に答へき 一三六―一三八
次の曲(カント)の歌ふごとく 一三九―一四一
[#改ページ]

   第六曲

コスタンティーンが鷲をして天の運行に逆(さから)はしめし(ラヴィーナを娶(めと)れる昔人(むかしのひと)に附きてこの鷲そのかみこれに順(したが)へり)時より以來(このかた) 一―三
二百年餘の間、神の鳥はエウローパの際涯(はて)、そがさきに出でし山々に近き處にとゞまり 四―六
かしこにてその聖なる翼の陰に世を治めつゝ、手より手に移り、さてかく變りてわが手に達せり 七―九
我は皇帝(チェーザレ)なりき、我はジュスティニアーノなり、今わが感ずる第一の愛の聖旨(みむね)によりてわれ律法(おきて)の中より過剩(あまれるもの)と無益物(えきなきもの)とを除きたり 一〇―一二
未だこの業(わざ)に當らざりしさき、われはクリストにたゞ一の性(さが)あるを信じ、かつかゝる信仰をもて足(た)れりとなしき 一三―一五
されど至高の牧者なるアガピート尊者、その言葉をもて我を正しき信仰に導けり 一六―一八
我は彼を信じたり、しかして今我彼の信ずる所をあきらかに見ることあたかも汝が一切の矛盾(むじゅん)の眞なり僞やなるを見るごとし 一九―二一
われ寺院と歩みを合せて進むに及び、神はその恩惠(めぐみ)により我を勵ましてこの貴き業(わざ)を爲さしむるをよしとし、我は全く身をこれに捧げ 二二―二四
武器をばわがベリサルに委ねたりしに、天の右手(めで)彼に結ばりて、わが休むべき休徴(しるし)となりき 二五―二七
さて我既に第一の問に答へ終りぬ、されどこの答の性(さが)に強(し)ひられ、なほ他の事を加ふ 二八―三〇
こは汝をしていかに深き理(ことわり)によりてかのいと聖なる旗に、これを我有(わがもの)となす者も將(はた)これに敵(はむか)ふ者も、ともに逆(さから)ふやを見しめん爲なり 三一―三三
パルランテがこれに王國を與へんとて死にし時を始めとし、見よいかなる徳のこれをあがむべき物とせしやを 三四―三六
汝知る、この物三百年餘の間アルバにとゞまり、その終り即ち三人(みたり)の三人とさらにこれがため戰ふ時に及べることを 三七―三九
また知る、この物サビーニの女達の禍ひよりルクレーチアの憂ひに至るまで七王の代に附近(あたり)の多くの民に勝ちていかなる業(わざ)をなしゝやを 四〇―四二
知る、この物秀でしローマ人等の手にありてブレンノ、ピルロ、その他の君主等及び共和の國々と戰ひ、いかなる業(わざ)をなしゝやを 四三―四五
(是等の戰ひにトルクァート、己が蓬髮(おどろのかみ)に因(ちな)みて名を呼ばれたるクインツィオ、及びデーチとファービとはわが悦びて甚(いた)く尊(たふと)む譽(ほまれ)を得たり) 四六―四八
アンニバーレに從ひて、ポーよ汝の源なるアルペの岩々を越えしアラビア人(びと)等の誇りをくじけるもこの物なりき 四九―五一
この物の下(もと)に、シピオネとポムペオとは年若うして凱旋したり、また汝の郷土に臨(のぞ)みて聳(そび)ゆる山にはこの物酷(つら)しと見えたりき 五二―五四
後、天が全世界を己の如く晴和(のどか)ならしめんと思ひし時に近き頃、ローマの意に從ひて、チェーザレこれを取りたりき 五五―五七
ヴァーロよりレーノに亘りてこの物の爲しゝことをばイサーラもエーラもセンナも見、ローダノを滿たすすべての溪(たに)もまた見たり 五八―六〇
ラヴェンナを出でゝルビコンを越えし後このものゝ爲しゝ事はいとはやければ、詞(ことば)も筆も伴(ともな)ふ能(あた)はじ 六一―六三
士卒を轉(めぐ)らしてスパーニアに向ひ、後ドゥラッツオにむかひ、またファルサーリアを撃(う)ちて熱きニーロにも痛みを覺えしむるにいたれり 六四―六六
そが出立ちし處なるアンタンドロとシモエンタ、またかのエットレの休(やすら)ふところを再び見、後、身を震(ふる)はして禍ひをトロメオに與へ 六七―六九
そこよりイウバの許(もと)に閃(ひらめ)き下り、後、汝等の西に轉(めぐ)りてかしこにポムペオの角(らつぱ)を聞けり 七〇―七二
次の旗手と共にこの物の爲しゝことをば、ブルートとカッシオ地獄に證(あかし)す、このものまたモーデナとペルージヤとを憂へしめたり 七三―七五
うれはしきクレオパトラは今もこの物の爲に泣く、彼はその前より逃げつゝ、蛇によりて俄(にはか)なる慘(むご)き死を遂(と)げき 七六―七八
かの旗手とともにこの物遠く紅の海邊(うみべ)に進み、彼とともに世界をば、イアーノの神殿(みや)の鎖(とざ)さるゝほどいと安泰(やすらか)ならしめき 七九―八一
されどわが語種(かたりぐさ)なるこの旗が、これに屬する世の王國の全體(すべて)に亘りて、さきに爲したりし事も後に爲すべかりし事も 八二―八四
小(さゝや)かにかつ朧(おぼろ)に見ゆるにいたらむ、人この物を、目を明らかにし思ひを清うして、第三のチェーザレの手に視なば 八五―八七
そはこの物彼の手にありしとき、我をはげます生くる正義は、己が怒りに報(むく)ゆるの譽(ほまれ)をこれに與へたればなり 八八―九〇
いざ汝わが反復語(くりかへしごと)を聞きて異(あや)しめ、この後この物ティトとともに、昔の罪を罰せんために進めり 九一―九三
またロンゴバルディの齒、聖なる寺院を嚼(か)みしとき、この物の翼の下にて勝ちつゝ、カルロ・マーニオこれを救へり 九四―九六
今や汝は、わがさきに難じし如き人々の何者なるやと凡(すべ)て汝等の禍ひの本なる彼等の罪のいかなるやとを自ら量(はか)り知るをえむ 九七―九九
彼(かれ)黄の百合を公(おほやけ)の旗に逆(さか)らはしむれば此(これ)一黨派の爲にこれを己が有(もの)となす、いづれか最も非なるを知らず 一〇〇―一〇二
ギベルリニをして行はしめよ、他の旗の下(もと)にその術を行はしめよ、この旗を正義と離す者何ぞ善(よ)くこれに從ふことあらむ 一〇三―一〇五
またこの新しきカルロをして己がグエルフィと共にこれを倒さず、かれよりも強き獅子より皮を奪ひしその爪を恐れしめよ 一〇六―一〇八
子が父の罪の爲に泣くこと古來例多し、彼をして神その紋所を彼の百合の爲に變へ給ふと信ぜしむる勿(なか)れ 一〇九―一一一
さてこの小さき星は、進みて多くの業(わざ)を爲しゝ諸□の善き靈にて飾らる、彼等のかく爲しゝは譽と美名(よきな)をえん爲なりき 一一二―一一四
しかして願ひ斯く路を誤りてかなたに昇れば、上方(うへ)に昇る眞(まこと)の愛、光を減ぜざるをえじ 一一五―一一七
されどわれらの報(むくい)が功徳と量を等しうすることわれらの悦びの一部を成す、われら彼の此より多からず少からざるを見ればなり 一一八―一二〇
生くる正義はこの事によりてわれらの情をうるはしうし、これをして一度(たび)も歪(ゆが)みて惡に陷るなからしむ 一二一―一二三
さま/″\の聲下界にて麗(うる)はしき節(ふし)となるごとく、さま/″\の座(くらゐ)わが世にてこの諸□の球の間のうるはしき詞(しらべ)を整(とゝの)ふ 一二四―一二六
またこの眞珠の中にはロメオの光の光るあり、彼の美しき大いなる業(わざ)は正しく報(むく)いられざりしかど 一二七―一二九
彼を陷れしプロヴェンツァ人(びと)等笑ふをえざりき、是故に他人(ひと)の善行をわが禍ひとなす者は即ち邪道を歩む者なり 一三〇―一三二
ラモンド・ベリンギエーリには四人(よたり)の女(むすめ)ありて皆王妃となれり、しかしてこは賤しき旗客ロメオの力によりてなりしに 一三三―一三五
後(のち)かれ讒者の言に動かされ、この正しき人(十にて七と五とをえさせし)に清算を求めき 一三六―一三八
是においてか老いて貧しき身をもちて彼去りぬ、世もし一口(ひとくち)一口と食を乞ひ求めし時のその固き心を知らば 一三九―一四一
(今もいたく讚(ほ)むれども)今よりもいたく彼をほむべし。 一四二―一四四
[#改ページ]

   第七曲

オザンナ、萬軍の聖なる神、己が光をもてこれらの王國の惠まるゝ火を上より照らしたまふ者。 一―三
二重(ふたへ)の光を重(かさ)ね纏(まと)ひしかの聖者は、その節(ふし)にあはせてめぐりつゝ、かく歌ふと見えたりき 四―六
しかしてこれもその他の者もみなまた舞ひいで、さていとはやき火花の如く、忽ちへだゝりてわが目にかくれぬ 七―九
われ疑ひをいだき、心の中にいひけるは。いへ、いへ、わが淑女にいへ、彼甘き雫(しづく)をもてわが渇(かわき)をとゞむるなれば。 一〇―一二
されどたゞ「ベ」と「イーチェ」のみにて我を統治(すべをさ)むる敬(うやまひ)我をして睡りに就く人の如く再びわが頭(かうべ)を垂れしむ 一三―一五
ベアトリーチェはたゞ少時(しばし)我をかくあらしめし後、火の中にさへ人を福(さいはひ)ならしむる微笑(ほゝゑみ)をもて我を照らしていひけるは 一六―一八
わが量(はか)るところ(こは謬(あやま)ることあらじ)によれば、汝思へらく、正しき罰いかにして正しく罰せらるゝをうるやと 一九―二一
されど我は速に汝の心を釋放(ときはな)つべし、いざ耳を傾けよ、そはわが詞(ことば)、大いなる教へを汝にさづくべければなり 二二―二四
それかの生れしにあらざる人は、己が益なる意志の銜(くつわ)に堪(た)へかねて、己を罪しつゝ、己がすべての子孫を罪せり 二五―二七
是においてか人類は、大いなる迷ひの中に、幾世の間、病みて下界に臥(ふ)ししかば、神の語(ことば)遂に世に降るをよしとし 二八―三〇
その永遠(とこしへ)の愛の作用(はたらき)のみにより、かの己が造主(つくりぬし)より離れし性(さが)を、かしこに神結(かみむすび)にて己と合せ給ひたり 三一―三三
いざ汝わが今語るところに心をとめよ、己が造主と結合(むすびあ)へるこの性は、その造られし時の如く純にして善なりしかど 三四―三六
眞理の道とおのが生命(いのち)に遠ざかり、自ら求めてかの樂園より逐(お)はれたりき 三七―三九
是故に合せられたる性(さが)より見れば、十字架の齎(もた)らしゝ刑罰は、正しく行はれしこと他に類(たぐひ)なし 四〇―四二
されどこれを受けし者、かゝる性をあはせし者の爲人(ひととなり)より見れば、正しからざることまた他に類なし 四三―四五
されば一の行爲(おこなひ)より樣々(さま/″\)の事出でぬ、そは一の死、神の聖意(みこゝろ)にも猶太人(ジュデーアびと)の心にも適ひたればなり、この死の爲に地は震ひ天は開きぬ 四六―四八
今や汝はさとりがたしと思はぬならむ、正しき罰後にいたりて正しき法廷(しらす)に罰せられきといふを聞くとも 四九―五一
されど我は今汝の心が、思ひより思ひに移りて一の□(ふし)の中にむすぼれ、それより解放(ときはな)たれんことをばしきりに願ひつゝ待つを見るなり 五二―五四
汝いふ、我よくわが聞けるところをさとる、されど我は神が何故にわれらの贖(あがなひ)のためこの方法(てだて)をのみ選び給へるやを知らずと 五五―五七
兄弟よ、智もし愛の焔の中に熟せざればいかなる人もこの定(さだめ)を會得(ゑとく)せじ 五八―六〇
しかはあれ、この目標(しるし)は多く見られて少しくさとらるゝものなれば、我は何故にかゝる方法(てだて)の最もふさはしかりしやを告ぐべし 六一―六三
それ己より一切の嫉(ねた)みを卻(しりぞ)くる神の善は、己が中に燃えつゝ、光を放ちてその永遠(とこしへ)の美をあらはす 六四―六六
是より直に滴(したゝ)るものはその後滅びじ、これが自ら印を捺(お)すとき、象(かた)消ゆることなければなり 六七―六九
是より直に降下(ふりくだ)るものは全く自由なり、新しき物の力に服從(つきしたが)ふことなければなり 七〇―七二
かゝるものは最も是に類(たぐ)ふが故に最も是が心に適(かな)ふ、萬物を照らす聖なる焔は最も己に似る物の中に最も強く輝けばなり 七三―七五
しかしてこれらの幸(さち)はみな、人たる者の受くるところ、一つ缺くれば、人必ずその尊(たふと)さを失ふ 七六―七八
人の自由を奪ひ、これをして至上の善に似ざらしめ、その光に照らさるること從つて少きにいたらしむるものは罪のみ 七九―八一
もしそれ正しき刑罰を不義の快樂(けらく)に對(むか)はしめつゝ、罪のつくれる空處を滿(みた)すにあらざれば、人その尊さに歸ることなし 八二―八四
汝等の性(さが)は、その種子(たね)によりて悉(こと/″\)く罪を犯(をか)すに及び、樂園とともにこれらの尊き物を失ひ 八五―八七
淺瀬の一を渡らずしては、いかなる道によりても再びこれを得るをえざりき(汝よく思ひを凝(こ)らさばさとるなるべし) 八八―九〇
淺瀬とは、神がたゞその恩惠(めぐみ)によりて赦(ゆる)し給ふか、または人が自らその愚を贖(あがな)ふか即ち是なり 九一―九三
いざ汝力のかぎり目をわが詞にちかくよせつゝ、永遠(とこしへ)の思量(はからひ)の淵深く見よ 九四―九六
そも/\人は、その限りあるによりて、贖(あがなひ)をなす能はざりき、そは後神に順(したが)ひ心を卑(ひく)うして下(くだ)るとも、さきに逆きて 九七―
上らんとせし高さに應ずる能(あた)はざればなり、人自ら贖(あがな)ふの力なかりし理(ことわり)げに茲(こゝ)に存す ―一〇二
是故に神は己が道――即ちその一かまたは二――をもて、人をその完き生に復(かへ)したまふのほかなかりき 一〇三―一〇五
されど行ふ者の行は、これがいづる心の善をあらはすに從ひ、いよ/\悦ばるゝがゆゑに 一〇六―一〇八
宇宙に印影(かた)を捺(お)す神の善は、再び汝等を上げんため、己がすべての道によりて行ふを好めり 一〇九―一一一
また最終(いやはて)の夜と最始(いやさき)の晝との間に、これらの道のいづれによりても、かく尊(たふと)くかく偉(おほい)なる業(わざ)は爲されしことなし爲さるゝことあらじ 一一二―一一四
そは神は人をして再び身を上(あぐ)るに適(ふさは)しからしめん爲己を與へ給ひ、たゞ自ら赦すに優(まさ)る恩惠(めぐみ)をば現し給ひたればなり 一一五―一一七
神の子己を卑(ひく)うして肉體となり給はざりせば、他(ほか)のいかなる方法(てだて)といふとも正義に當るに足らざりしなるべし 一一八―一二〇
さて我は今、汝の願ひをすべてよく滿たさんため、溯(さかのぼ)りて一の事を説き示し、汝をしてわが如くこれを見るをえしめむ 一二一―一二三
汝いふ、我視るに、地水火風及びそのまじりあへるものみな滅び、永く保(たも)たじ 一二四―一二六
しかるにこれらは被造物(つくられしもの)なり――是故にわがいへること眞(まこと)ならばこれらには滅ぶるの患(うれへ)あるべきならず――と 一二七―一二九
兄弟よ、諸□の天使と、汝が居る處の純なる國とは、現在(いま)のごとき完き状態(さま)にて造られきといふをうれども 一三〇―一三二
汝の名指(なざ)しゝ諸□の元素およびこれより成る物は、造られし力これをとゝのふ 一三三―一三五
造られしはかれらの物質、造られしはかれらをめぐるこの諸□の星のうちのとゝのふる力なり 一三六―一三八
諸□の聖なる光の輝と□轉(めぐり)とは、すべての獸及び草木(くさき)の魂をば、これとなりうべき原質よりひきいだせども 一三九―一四一
至上の慈愛は、たゞちに汝等の生命(いのち)を嘘(ふき)入れ、かつこれをして己を愛せしむるが故に、この物たえずこれを慕ひ求むるにいたる 一四二―一四四
さてまたこの理(ことわり)よりさらに推し及ぼして汝は汝等の更生(よみがへり)を知ることをえむ、もし第一の父母(ちゝはゝ)ともに造られし時 一四五―一四七
人の肉體のいかに造られしやを思ひみば
[#改ページ]

   第八曲

世は、その危ふかりし頃、美しきチプリーニアが第三のエピチクロをめぐりつゝ痴情の光を放つと信ずる習(ならはし)なりき 一―三
されば古(いにしへ)の人々その古の迷ひより、牲(いけにへ)を供(そな)へ誓願をかけて彼を崇(あが)めしのみならず 四―六
またディオネとクーピドをも崇めて彼をその母とし此をその子とし、かついへり、この子かつてディドの膝の上に坐しきと 七―九
かれらはまた、日輪に或ひは後(うしろ)或ひは前(まへ)より秋波(しうは)をおくる星の名を、わがかく歌の始めにうたふかの女神(めがみ)より取れり 一〇―一二
かの星の中に登れることを我は知らざりしかど、その中にありしことをば、わが淑女のいよ/\美しくなるを見て、かたく信じき 一三―一五
しかして火花焔のうちに見え、聲々のうちに判(わか)たるゝ(一動かず一往來(ゆきき)するときは)ごとく 一六―一八
我はかの光の中に、他の多くの光、輪を成して□(めぐ)るを見たり、但し早さに優劣(まさりおとり)あるはその永劫(えいごふ)の視力の如何によりてなるべし 一九―二一
見ゆる風や見えざる風の、冷やかなる雲よりくだる疾(はや)しとも、これらのいと聖なる光が 二二―二四
尊きセラフィーニの中にまづ始まりし舞を棄てつゝ我等に來るを見たらん人には、たゞ靜にて遲しと思はれむ 二五―二七
さて最も先に現はれし者のなかにオザンナ響きぬ、こはいと妙(たへ)なりければ、我は爾後(そののち)再び聞かんと願はざることたえてなかりき 二八―三〇
かくてその一われらにいよ/\近づき來り、單獨(たゞひとり)にていふ。われらみな汝の好む所に從ひ汝を悦ばしめんとす 三一―三三
われらは天上の君達と圓を一にし、□轉(めぐり)を一にし、渇(かわき)を一にしてまはる、汝嘗(かつ)て世にて彼等にいひけらく 三四―三六
汝等了知(さとり)をもて第三の天を動かす者よと、愛我等に滿つるが故に、汝の心に適(かな)はせんとて少時(しばらく)しづまるとも我等の悦び減(へ)ることあらじ。 三七―三九
われ目をうや/\しくわが淑女にそゝぎ、その思ひを定(さだ)かに知りてわが心を安んじゝ後 四〇―四二
再びこれをかの光――かく大いなることを約しゝ――にむかはせ、切(せつ)なる情を言葉にこめつゝ汝等は誰なりや告げよといへり 四三―四五
われ語れる時、新たなる喜び己が喜びに加はれるため、かの光が、その量と質とにおいて、優(まさ)りしことげにいかばかりぞや 四六―四八
さてかく變りて我に曰ふ。世はたゞしばし我を宿(やど)しき、もし時さらに長かりせば、來るべき多くの禍ひは避けられしものを 四九―五一
わが身のまはりに輝き出づるわが喜びは我を汝の目に見えざらしめ、我を隱してあたかも己が絹に卷かるゝ蟲の如くす 五二―五四
汝深く我を愛しき、是また宜(うべ)なり、我もし下界に長生(ながら)へたりせば、わが汝に表(あら)はす愛は葉のみにとゞまらざりしなるべし 五五―五七
ローダノがソルガと混(まじ)りし後に洗ふ左の岸は、時に及びてわがその君となるを望み 五八―六〇
バーリ、ガエタ及びカートナ際涯(はて)を占め、トロント、ヴェルデの流れて海に入る處なるアウソーニアの角(つの)もまたしか望みき 六一―六三
はやわが額(ひたひ)には、ドイツの岸を棄てし後ダヌービオの濕(うるほ)す國の冠かゞやきゐたり 六四―六六
またエウロに最もわづらはさるゝ灣の邊(ほとり)パキーノとペロロの間にて、ティフェオの爲ならずそこに生ずる硫黄の爲に烟(けむ)る 六七―
かの美しきトリナクリアは、カルロとリドルフォの裔(すゑ)我よりいでゝその王となるを今も望み待ちしなるべし ―七二
民の心を常に荒立(あらだつ)る虐政パレルモを動かして、死せよ死せよと叫ばしむるにいたらざりせば 七三―七五
またわが兄弟にして豫めこれを見たらんには、カタローニアの慾と貪とをはやくも避けて、その禍ひを自ら受くるにいたらざりしなるべし 七六―七八
そはげに彼にてもあれ他(ほか)の人にてもあれ、はや荷の重き彼の船にさらに荷を積むなからんため備へを成さゞるをえざればなり 七九―八一
物惜しみせぬ性(さが)より出でゝ吝(やぶさか)なりし彼の性は、貨殖に心專ならざる部下を要せむ。 八二―八四
わが君よ、我は汝の言(ことば)の我に注ぐ深き喜びが、一切の善の始まりかつ終る處にて汝に見らるゝことわがこれを見る如しと 八五―
信ずるがゆゑに、その喜びいよ/\深し、我また汝が神を見てしかしてこれをさとるを愛(め)づ ―九〇
汝我に悦びをえさせぬ、さればまた教へをえさせよ(汝語りて我に疑ひを起さしめたればなり)――苦(にが)き物いかにして甘き種より出づるや。
次ページ
ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:481 KB

担当:undef