神曲
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著者名:ダンテアリギエリ 

ダンテ、ウェルギリウスと第九嚢を去り第十嚢の橋をわたりて最後の堤の上に下り左の溪を見おろせば種々なる手段を用ゐて人を欺けるもの種々なる惡疫に罹りて苦しめり、その一部錬金の術を行へるもの、うちアレッツォ、シエーナの二の魂兩詩人と語る
一―三
【目を醉はしめ】目に涙を湛へしめ
七―九
【二十二哩】地、三〇・八六註參照
一〇―一二
【月】地、二〇・一二七に昨夜圓かりきといへる月は今南の中天にあり即ち年後一時と二時との間なり、地獄内の時間は日によらずして月によりてあらはすを例とす(地、一〇・七九以下、同二〇・一二四以下參照)
【時】地獄全體にて約一晝夜を費す豫定なれば殘すところ今や僅かに五六時間あるのみ
一六―二一
或ひは、導者は我に答へんとしてすゝみ我はうしろに從ひつゝさらににいひけるは
【岩窟】第九嚢
【價高き】罰重き
二五―二七
【指示し】仲間の罪人等に
【指をもて】指をうちふりて
【ジェリ・デル・ベルロ】ベルロ・アリギエーリ(ダンテの祖父ベルリンチオネの兄弟)の子。性極めて爭ひを起すを好み之がために自ら禍ひを招きて同じ町(フィレンツェ)なるサッケッティ家の者に殺さる、一三〇〇年の頃はこの怨みいまだ報いられざりしがジェリの死後三十年にいたりてその甥等サッケッティ家のひとりを殺しそれより一三四二年まで兩家の間に爭ひ絶ゆることなかりしといふ
二八―三〇
【アルタフォルテの主】ベルトラム・ダル・ボルニオ(地、二八・一三三―五及び註參照)アルタフォルテは城の名なり
三一―三六
【恥をわかつもの】死者の血族、仇討をもて死者に對する遺族の義務とをせること恰も昔時の日本の如し
四〇―四二
【僧院】嚢、chiostra は壁に圍まるゝところ及び僧院の兩義を有するが故に、前の意によりて嚢をひゞかせ後の意をうけてその内なる罪人を役僧といへるなり
四六―五一
【七月九月の間】夏。沼澤の地病最も多き時
【ヴァルディキアーナ】キアーナ河の流域に沿へる溪、アレッツオ、コルトナ、キウーシ、モノテプルチアーノ等の諸市このあたりにあり、當時夏に至れば河水停滯してその毒氣に感ずる者多かりしところなり
【マレムマ】トスカーナ州海邊の沼地
【サールディニア】中古人口少なく沼多かりきといふ
五五―五七
【世に】原語、こゝに正義は神の使命によりて罪人の名を娑婆世界に録しおき後彼等を地獄に罰す
五八―六六
【エージナ】アイギナ。アテナイ西南の一小島、女神アイギナに因みてこの名あり
神話に曰、ヘラ(ジュノー)神夫ゼウスがアイギナを愛せるを怨み疫癘の禍ひをアイギナ(乃ち女神の住めるとこる)に下せり、人畜悉く斃れ死したゞ殘れるものはアイギナの子エアコありしのみ、エアコ樫のほとりに立ちて蟻群の樹皮を上下するを見、かくの如く多くの民を新に與へられんことを父ゼウスに請へり、ゼウス即ち蟻を變じて人となし民再びアイギナに滿つ(オウィディウスの『メタモルフォセス』七・五二三以下)
七三―七五
【瘡】癩病の
七六―八一
【心ならず】早く馬の手入を終りて臥床に入らんとおもふ僕
八八―九〇
【ラチオ人】イタリア人
九七―九九
二人背を合せて凭れゐたるがむき直りてダンテを見しなり
一〇〇―一〇二
【身をいとちかく我によせ】或ひは、心を全く我にむけ
一〇三―一〇五
【第一の世】世界
【多くの日輪の下に】多くの年の間
一〇九―一一七
【我】十三世紀の半の人にて名をグリッフォリーノといへりと古註に見ゆ
【アールベロ・ダ・シエーナ】傳不詳
【デーダロ】ダイダロス。イカルスの父、翼を作りてクレタ島を脱せるもの(地、一七・一〇六―一四註參照)
【子となすもの】シエーナの僧正を指せりといふ、されどその名もまたアールベロの父なりしや單に恩人なりしやも明かならず
一一八―一二〇
【錬金の術】科學の研究を目的とせずして人を欺くを目的としたればなり
一二四―一二九
【癩を病める者】カポッキオ(一三六行)、シエーナ人の虚榮心を罵れるダンテの言に答へてストリッカ、ニッコロ等は例外なりといひ皮肉の反語を用ゐしなり
【ストリッカ】シエーナの者、傳不詳
【ニッコロ】同上、丁子の香料を燒鳥に加味してくらへりといふ(一説には丁子を炭の代りに用ゐこれにて雉子鷄等を燒けりともいふ)
【園】酒食に耽る人々の間
或曰、シエーナの町のことゝ
一三〇―一三二
【一晩】ブリガータ、スペンデレッチヤ(浪費隊)と名づくる一隊、十三世紀の後半シエーナ市中富豪の子等十二人相結んでこの一隊を組成し各自莫大の金を抛つて一高樓を營み日夜遊樂を事とす、ストリッカ、ニッコロ、カッチア、アッパリアート皆これに屬せりといふ
一三六―一三八
【カポッキオ】錬金の術によりて人を欺けるため一二九三年シエーナ市にて火刑に處せられし者、註或ひはフィレンツェの人とし或ひはシエーナの人とす、その言ふところによりてダンテと相識の間なりしことしるべし


    第三十曲

詩人等なほ第十嚢の堤をゆき詐僞によりて地獄に落ちし罪人の中姿を變へて欺ける者貨幣のまがひを造れるもの及び言によりて欺ける者を見る。
一―三
ヘラはゼウスがテバイ王カドモスの女セメレを愛せるを怨み、カドモスの全家に禍ひを下せることあり(オウィディウスの『メタモルフォセス』三・二五三以下參照)
【しば/\】カドモスの甥アクタイオンの横死、セメレの妹アガウエがわが子ペンテウスを殺せること等
四―六
【アタマンテ】アタマス。カドモスの女イノの夫にてテバイの王となれる者、イノが姉セメレの子バッコス(乃ちゼウスとセメレの間の子)を養育してヘラの怒りを招けるより禍ひアタマスに及びて心狂ふにいたれるなり
【妻】イノ
【男子】レアルコスとメリケルテス
七―九
オウィディウスの『メタモルフォセス』に曰く、いぎ侶よ網をこの林に張るべし我今こゝに二匹の仔ある牝獅子を見たりと(四・五一三)
一〇―一二
【荷】メリケルテス
一三―一五
【王】プリアモス(地、一・七三―五註參照)
一六―二一
【エークバ】ヘカベ。プリアモスの妻、トロイア城陷落の後虜はれてギリシア軍中にあり
【ポリツセーナ】ポリュクセナ、ヘカベの女、トロイアよりの歸途トラキヤに立寄れるギリシア軍アキレタスの靈を慰めんため(地、五・六四―六註參照)ポリュクセナをその墓前に殺せり(オウィディウスの『メタモルフォセス』一三・四三九以下)
【ポリドロ】ポリュドロス。ヘカベの子なり、ヘカベ、ポリュクセナの骸を淨めんとて海濱にゆきこゝにトラキヤ人に殺されしわが子ポリュドロスを見出せるなり(地、一三・四六―八註參照)
二二―二七
テバイのアタマス、トロイアのヘカベを狂はしめその他獸をも人をも狂はしむる瞋恚の一念
三一―三三
【アレッツォの者】グリッフォリーノ(地、二九・一〇九)
【ジャンニ・スキッキ】フィレンツェ市カヴァルカンティ家の一人
フィレンツェの貴族ブオソ・ドナーティなる者死するにあたりその子(或曰弟)シモン父が遺産の多くを他人に讓らんとするの意あるを察し遺言書を作らしめずブオソ死して後ジャンニに説き、これを床に臥さしめブオソ未だ死せざるが如く裝ふ、かくてジャンニは巧みに死者の聲調を似せて公吏を詐りこれに型の如くなる遺言書を認めしめきといふ
三七―三九
【ミルラ】神話に曰、ミルラはキュプロス島の王キニュラスの女なり、非倫の慾を滿たさんため變裝して己が父を欺きこれと罪を犯すにいたれり(オウィディウスの『メタモルフォセス』一〇・二九八以下)
四〇―四五
【群の女王】ブオソの所有せる騾馬、この騾馬は當時トスカーナ州第一と稱せられし名馬なりければスキッキは前記遺言書の中に一項を加へてこれを己の所有とをせり
五二―五四
水分の營養化せざるもの惡所に停滯して身ために權衡を失ひ顏瘠せ腹脹る
五五―五七
【エチカ】熱病の一種
五八―六三
【マエストロ・アダモ】プレシヤの人
【水の一滴】ルカ、一六・二四富者の言に、父アブラハムよ我を憐みてラザロを遣はし指の尖を水にひたしてわが舌を冷やさせ給へ
六四―六六
【カセンティーン】カセンティーノ。アペンニノ山間アルノの溪の一地方
七〇―七二
神の正義はわが犯罪地なるカセンチィーノのあたりの水ゆたかに空氣涼しき處を我に思ひ起さしめ、これによりて却つてわが苦を増しわが歎きを大ならしむ
七三―七五
【ロメーナ】カセンティーノの城。グイード伯爵家の所有たり
【バッティスタの像】フィレンツェの貨幣は一面に守護神なる洗禮者ヨハネの像あり一面にこの市のしるしなる百合の花形ありしなり
【燒かれし】アダモはカセンティーノ附近のコンスマといふ處にてフィレンツェ人により火刑に處せらる(一二八一年)
七六―七八
【グイード、アレッサンドロ、彼等の兄弟】グイード、アレッサンドロ及びアージノルフォ。ロメーナの伯爵にて三人共兄弟なり、アダモに勸めて通貨を贋造せしむ
【フォンテ・ブランダ】シエーナなるフォンテ・ブランダ(泉の名)最も名高く古註皆これをもつてダンテの指すところとす、されどその後ロメーナ附近に同名の泉あること知れ(フラティチェルリ註參照)近代之をあぐる註疏家多し
七九―八一
【ひとり】グイードなるべしといふ
【身繋がる】病ひの爲に動く能はざるをいふ
八二―八七
【十一哩】第十嚢の周圍はまさしく第九嚢の半にあたれり(地、二九・九)、地獄全體の大なることしるべし、されど或ひはこれを標準として第八嚢を四十四第七嚢を八十八哩と計算する人あるも思ふにこれ必ずしも詩人の意にあらじ
八八―九〇
【カラート】一※[#「オンス」の単位記号、307-7]の二十四分の一フィレンツェの金貨は二十四カラートの金なるにアダモの贋造貨幣は二十一カラートの金に三カラートの混合物を加へしものなり
【フィオリーノ】フィレンツェの本位貨幣。一面に花(フィオレ)の形あるよりかく名づけしもの
九四―九六
【巖間】greppo は、破鉢(古義)
九七―九九
【僞りの女】エヂプト王パロの司なるポテパルの妻、ヤコブの子ヨセフに思ひを懸けその己の意に從はざるをうらみて無實の罪をこれに責はしむ(創世記三九・六以下)
【シノン】トロイア軍中ギリシア人の殘せる木馬(地、二六・五八―六〇註參照)に就きての評定まち/\にして容易に決せざりし時シノンは恰もギリシア軍に背きて逃れ來りしものゝ如くみせかけ王プリアモスに近づきて巧みに辯を弄し遂に木馬を城内に曳入らしむ(『アエネイス』二・五七以下)
一〇三―一一五
【これにも】シノンの拳にも
一〇九―一一一
【火に行ける】火刑に處せられし時はその手縛られて動かすをえざりしなり
一一二―一一四
【トロイアにて】王プリアモスに木馬のことを問はれし時
一一五―一一七
【鬼より多し】貨幣の數即ち罪の數なり(地、一九の一一四參照)
一一八―一二〇
【誓ひ】『アエネイス』二・一五二以下にシノンが手をあげて日月星辰を指しその言の眞なるを證せしこといづ、馬は即ち木馬なり
一二四―一二六
汝世にある日僞りの口を開き身の禍ひを招ける如く今も我を罵りて却つて我にいひこめらる
【己が禍ひのために】異本、惡をいはんため
一二七―一二九
【ナルチッソの鏡】水
ナルチッソ(ナルキッソス)の物語はオウィディウスの『メタモルフォセス』三・四〇七以下にいづ、ある河神の子なりき嘗て水を呑まんとて澄める泉のほとりにいたり水にうつれる己が姿を見之を慕ふあまりに此處を放れずして死せり
一三〇―一三二
【少しく愼しむべし】Or pur mira! 思ひのまゝにみよと裏をいへるなりとの説あり
一三六―一三八
【すでに然るを】事實夢なるを夢ならざる如く
一三九―一四一
あまりに恥ぢかつ惑へるため却つて詫の詞出ねばこの無言の表情乃ち是詫なるを思はずしてなほ詞をもて詫びんとせるなり


    第三十一曲

かくして後最後の岸を横ぎりマーレボルジェ中央の坎にいたればこゝに多くの巨人ありその一アンテオなる者導者の請に從ひ兩詩人を第九の地獄におくる
一―三
【舌】ウェルギリウスの
【先には】地、三〇・一三一―二
【染め】恥、頬を赤く染めしなり
【藥】慰藉(地、三〇・一四二以下)
四―六
【槍】父ペレウスより傳はりしアキレウスの槍。傳説に曰、アキレウスの槍に突かれて傷をうけし者再びその槍に突かるれば傷癒ゆと
この槍トロイアのテレフオスを傷つけ後その疵を癒せることオウィディウスの『メタモルフォセス』一二・一一二、一三・一七一等にいづ
一〇―一五
【角笛】七〇―七二行註參照
一六―一八
【カルロ・マーニオ】シャルルマーニュ大王(七四二―八一四年)。イスパニヤ遠征の際此國の東北ロンチスバルレなるその後陣、敵の襲撃を受けて難戰苦鬪す、後陣の將ローラン(或ひはオルランド、シヤルルの甥なり)衆寡敵せざるを知り救ひをシャルルに求めんため角笛を吹きしに笛聲遠く響きわたりて既にこの地を距る四里なりしシヤルルの耳に達せりといふ、有名なるフランス中古の史詩『ローランの歌』にくはし
【聖軍】十字軍なれば
三一―三三
【巨人】神話の巨人、己が力を恃みて神に逆へる者
ムーア曰、ダンテが巨人の一群をこの處に置けるは『アエネイス』六・五八〇―八一に、地の古の族ティタンの子等(巨人)雷に撃たれてかくいと深き處にきまろべりとあるに基づくと
【坎】(地、一八・五)第九の地獄この底にあり、巨人等足を氷に觸れ半身を坎の外にあらはす
三七―三九
【誤り】巨人を櫓とおもへる誤り
四〇―四五
【モンテレッジオン】シエーナの北約九哩にある城にて圓き高き城壁の上にさらに十四個の櫓ありきといふ
【ジョーヴェ】ゼウス。フレーグラの戰ひ(地、一四・五五―六〇並びに註參照)にゼウス神雷にて巨人等を撃ち滅ぼせる事あればなり
四九―五一
巨人等新に生るゝことなければかくの如く剽悍獰猛の勇士(軍神アレスに事ふるものは乃ち戰士なり)跡を世に絶つにいたれり
五五―五七
【心の固め】智能、象鯨の類は巨大にして力餘りあれども智足らざれば危險ならず、此故に自然は巨人を滅ぼして象と鯨とを生存せしむ
五八―六〇
【松毬】青銅製の松毬にて長約七呎半あり、ローマ皇帝ハドリアヌスの廟を飾らんため作られしものと傳へらる、當時ローマ聖ピエートロの寺院の構内にありしが今はヴァチカンの宮殿内松毬の園と稱する園の中にあり
六一―六六
【フリジア人】大男の稱あるフリジア(オランダの北)人。三人の丈を繼合はすともその髮に達し能はざるべし
【三十パルモ】約二十一呎(頸より臍までの長)なり
六七―六九
バベル高塔の事によりて言語の亂れたる有樣をあらはさんため殊更に無意味の語を連ねしなり
七〇―七二
【角笛】獵夫(創世記一〇・九)に因みて
七三―七五
導者の嘲りていへる詞
七六―七八
【己が罪】言語の通ぜざるによりて罪の何たるをしるべし
ニムロデ(ネムブロット)の事創世記一〇・八以下にいづ、されどその巨人なりしこと及びバベル高塔の建築者なりしことは見えず
【一の言語】世界の言語はもとたゞ一のみなりしが人々バベルに高塔を築かんとするに及びて亂れわかれたり(創世記一一・一以下)
八二―八四
【左に】坎の縁に沿ひて左にむかへり
八五―九〇
【誰なりしや】地、一五・一二參照
九四―九六
【フィアルテ】(或ひはエフィアルテ)ゼウスに背ける巨人の一
【大いなる試み】山に山を重ねて天に達せんとせしこと
九七―九九
【ブリアレオ】神々と爭へる巨人の一、體躯巨大にしてはかりしり難きなり、『アエネイス』一〇・五六五以下に曰く
我聞くエゲオン(ブリアレオの一名)には百の腕百の手あり、彼五十の楯を鳴らし五十の劒を拔きてジョーヴェ(ゼウス、ユピテル)の雷を冐せる時その五十の口と胸とは焔を吐けり
と、されどダンテのブリアレオはその形フィアルテの如しとあれば五十頭百手の怪物にあらず
一〇〇―一〇二
【アンチオ】アンタイオス。リビアの巨人ポセイドンとゲーの間の子なり、人の過ぐるにあへば強ひてこれと力を競べかつ必ず勝ちて死にいたらしむ、ヘラクレスこれと爭ふに及びアンタイオスが地に倒れその母(ゲー即ち地)の身に觸るゝ毎に力新に加はるを知り宙に吊してこれを殺せり、アンタイオスの身に縛なきは、プレグライ(プレグラ)の戰ひの後に世に出で巨人軍に加はらざりしによりてなり
【凡ての罪の底】地獄の底、第九の地獄
一一二―一一四
【五アルラ】古註の曰ふところ一ならねば、今さだかに知り難し、フラティチェルリは曰く、一アルラはフィレンツェの二ブラッチヤに等しく一ブラッチヤは三パルモなり故に五アルラは即ち三十パルモに當ると
一一五―一一七
ウェルギリウスの詞
【シピオン】スキピオ
【溪間】バグラーダ川(アフリカ)の流域、ザマ(リビヤの西、カルタゴの南)の古戰場この附近にあり
紀元前二〇一年ローマのスキピオ、カルタゴのハンニバルとザマに戰ひてこれを敗る
一一八―一二三
【獅子】アンタイオスはバグラーダの溪間の岩窟に棲み常に獅子を捕へてその肉をくらへりといふ(ルカヌスの『ファルサリア』四・六〇一以下)、千匹は多數の意
【師】神々と巨人との戰ひ
【地の子等】地を母とする巨人等
【コチート】(歎きの川の義)氷の池(地、三二・二二以下)
一二四―一二六
【ティチオ、ティフォ】共に神話にいづる巨人の名
【求むるもの】名
一二七―一二九
【恩惠】神の
一三〇―一三二
【エルクレ】ヘラクレス。一〇〇―一〇二行註參照
一三六―一三八
【ガーリセンダ】有名なるボローニア雙塔の一、ガーリセンディ家の建設にかゝるが故にこの名あり、この塔高さ約百六十呎東方に傾斜すること約八呎ダンテの時代にはなほはるかに高かりきといふ
雲西方に飛行く時は恰も塔まづ雲にむかひて傾き倒るゝかと疑はる、アンタイオスの身を屈めし時もこれと同じく恰も我等の上に倒れかゝれる如く見えたり
一四二―一四四
【ジユダ】キリストを賣れるイスカリオテのユダ(地、三四・六二)
【ルチーフェロ】魔王(地三四・二八以下)、ルキフェルはもと明星を指していへる語なるを(イザヤ、一四・一二)後世の詩人等惡魔の名となすにいたれるなり


    第三十二曲

第九の地獄は特殊の信に背ける者の罰せらるゝところにてカイーナ、アンテノーラ、トロメア、ジュデッカの四圓にわかる、詩人等まづカイーナにいたりて血族の信に背ける者をみ、次にアンテノーラにいたりて郷土若しくは黨與を賣れる者を見る
一―三
【坎】第九の地獄、地球の中心なれば地獄全體の岩の重力皆此上に集まるなり
七―九
【全宇宙の底】プトレマイオスの天文學によれば地球は宇宙の中心にあり故に地獄の底は即ち全宇宙の底なり
【阿母阿父とよばゝる舌】我等乳臭の口をもて
或曰、俗語の謂と
一〇―一二
【アムフィオネ】神話にいづる有名なる樂人、テバイの王となり城壁を築かんとて琴を彈ぜしに岩石聲に應じてキタイロンの山よりまろび來り圍みおのづから成れりといふ
【淑女等】「ムーサ」(地、二・七)、詩音樂等の神々
一六―一八
巨人等の足を觸るゝところは第九の地獄の縁なり、しかるにこの地中央にむかひ次第に下方に傾斜するをもて兩詩人がアンタイオスの手によりて石垣を下れる時は既に巨人の足の前方即ち足元上り低き處に立てるなり
一九―二一
【兄弟等】我等二人の兄弟(四一行以下)
或曰、兄弟等は侶の謂にてこの地獄の罪人をすべて指せるなりと
二二―二四
【池】コチート、クレタの巨人の涙流れくだりて地獄の諸水となり後底に集まりて氷の池となる(地、一四・一〇三以下參照)、氷は罪人の心の冷酷なるを表はせるなり
二五―三〇
【オステルリッキ】オーストリア
【ダノイア】ダニューブ又はドナウ、オーストリア最大の川
【タナイ】ドン、ロシアの南にある川
【タムベルニッキ】山の名、所在不明
【ピエートラピアーナ】トスカーナ州の西北セルキオ、マーグラ兩河の間の連山(今のパーニア)
三一―三三
夏の初めの刈入時、農婦等その日なせしことをその夜の夢に見るなり
三四―三六
【愧あらはるゝところ】顏(地、三一・二參照)
或ひは、愧あらはるゝところまで蒼きなやめる魂等はと讀む人あり
【鶴の調】寒さのためにうちあふ齒の音鶴の嘴を鳴らすに似たり
三七―三九
【その證】寒さの強きは齒の音にてしられ苦しみの大なるは目の涙にてしらる
四六―四八
【唇】或ひは、瞼
五二―五四
【鏡】何ぞ鏡にむかふ如くかく我等を見るや
五五―五七
【ビセンツォ】トスカーナ州の川、プラート市の附近を流れフィレンツェの西約十哩にいたりてアルノに注ぐ、その上流の溪間にヴェルニオ、チェルバイアと名づくる二の城ありてアルベルト家に屬せり
【アルベルト】マンゴナの伯爵、二人の子ありてナポレオネ、アレッサンドロといへり、一二八二年の頃この二人の間に相續上の爭ひ起りて互に他を害せんことをはかり遂に共にたふる
五八―六〇
【一の身より出づ】母を同じうす
【カイーナ】第九の地獄第一圓の名、弟を殺せるカイン(創世記四・八)の名を附せるなり
六一―六六
カイーナの罪人をあぐ
【穿たれし者】モドレッド、有名なる『アーサー物語』にいづ
モドレッドはアーサーの子(或曰甥)なり、父の國を奪はんとして殺さる、傳へいふ、アーサーの突きいだせる槍モドレッドの胸を貫きやがて拔くに及びて日光その傷を射透せりと
【フォカッチャー】フッカッチャー・デ・カンチェルリエーリ、十三世紀の後半の人にてピストイアの白黨なり、伯父を殺せりとも父を殺せりともいふ人ありて罪業あきらかならず
【サッソール・マスケローニ】フィレンツェの者、父の兄弟にたゞ一人の男子ありしがサッソール之を欺きて市外に殺害し伯父死して後その資産を横領せりといふ、この罪業當時あまねくトスカーナ州にしれわたれるなるべし
六七―六九
【カミチオン・デ・パッチ】上アルノの溪なるパッチ家のアルベルト・カミチオネ、その血族の一人(從兄弟との説あり)ウベルチーノを殺せり
【カルリン】カルリーノ。同じパッチ家の一人、一三〇二年、フィレンツェの白黨と共にピアントラヴィーニの城(アルノの溪にあり)を守れる間、黄金を貪りてフィレンツェの黒黨と内通し之を城内に入らしめしため白黨多く殺され或ひは虜はれたり
【待つ】アンテノーラに落ち來るを待つなり、その罪甚だ大にしてこれに比すればカミチオネの罪さへいとかろしとみゆればわが罪をいひとくといへり
七〇―七二
以下アンチノーラを敍す
【犬の如く】註釋者或ひは色の蒼黒きをいふといひ或ひは齒をむき出すをいふといふ
【凍れる沼】池水の凍れるを見るごとに地獄の底を思ふなり
七三―七五
【重力】地、三四・一一一參照
七九―八一
【彼】ボッカ、フィレンツェなるアバーチ家の者、モンタペルティの戰ひ(地一〇・八五―七註參照)酣なりしころグエルフィ黨にまじりて戰ひゐたりしボッカは、旗手ヤーコポに近づきてその手を斬りフィレンツェ騎兵の軍旗を倒せり、是に於てかグエルフィの士氣大いに沮喪し遂にかの大敗を抱くにいたれるなり
八八―九〇
【アンテノーラ】第二圓の名、トロイアの老將アンテノルの名よりいづ(これ後代アンテノルを以てトロイアを賣れるものゝ如くいひなすにいたればなり)
一〇〇―一〇二
【あらはさじ】顏を上げて
一一五―一一七
【彼】ブオソ、クレモナ市(ミラーノの東南約六十哩)ヅエラ家の者なり、一二六五年ロムバルディアのギベルリニ黨に推され王マンフレディの命によりて一方の將となりシヤルル・ダンジュウの南進を防がんためパルマの附近に陣取りたりしがフランス軍より賄賂をうけ一戰にも及ばずして自由に敵を通過せしめきといふ
一一八―一二〇
【ベッケーリアの者】テサウロ・デイ・ベッケーリア。パーヴィア(ミラーノの南約二十二哩)の人にてヴァルロムブロサ(フィレンツェの東)僧院の院主なり、フィレンツェを逐はれしギベルリニ黨とひそかに歡を通じこれを郷土に入らしめんとしたりとの罪により一二五八年フィレンツェにて馘らる
一二一―一二三
【ガネルローネ】『ローランの歌』(地、三一・一六―八註參照)に名高き模範的賣國奴なり、彼シャルルマーニュの軍中にありてサラセン人の王より莫大の贈物を受けシャルルに説きてその軍を引上げしむ、こゝに於てかピレネイ連山のかなたに止まれるその後陣、敵の襲撃にあひロンチスパルレの敗戰となりてシャルル部下の名將多くこれに死せり
【テバルデルロ】ファーエンヅァの者、一二七四年ボローニアなるラムベルタッチ家(ギベルリニ黨)の人々その郷土を逐はれてファーエンヅァに來れり、テバルデルロはこれらの者に私怨をいだき一二八〇年ボローニアなるジエレメーイ家(グエルフィ黨)の人々を迎へ入れ多くの逐客を殺害せしむ
【眠れる】テバルデルロが門をひらきてグエルフィをファーエンヅァに導ける時は昧爽なりき
【ジャンニ・デ・ソルダニエル】フィレンツェの貴族にてギベルリニ黨に屬せる者なりしが一二六六年騷擾市民の間に起れる時己が黨與を棄てゝグエルフィ黨にくみしその權勢を振はんとはかれり
一三〇―一三二
【ティデオ】テュデウス、テバイを圍めるギリシア七王(地、一四・六七―七二註參照)の一なり、テバイ人メナリッポスと戰ひ致命傷をうけしかども奮つて敵を殺し猶餘怨を霽さんため侶に請ひて首級を得その骨を噛めり
一三九
我死なずして物言ふをえば


    第三十三曲

アンチノーラの罪人の中にウゴリーノ伯爵なる者ありてその悲慘の最期をダンテに告ぐ、詩人等さらに第三の圓にいたりこゝに友を賣れる者をみ、かつファーエンヅァのアルベリーゴとかたる
一〇―一二
【言】(地、一〇・二五―六參照)言の形にあらずして音を指せるなるべしといふ
一三―一五
【伯爵ウゴリーノ】ウゴリーノ・デルラ・ゲラールデスカ、ピサの貴族、十三世紀の前半に生る、一二八四年ピサの艦隊を率ゐてゼーノヴァと戰ひメロリアの海戰に敗れてピサにかへり、市を擾亂の中より救はんため若干の城をルッカ及びフィレンツェの軍に交付して以て敵の主力をわかてり、同年選ばれてポデスタとなり、その孫ニーノ・ヴィスコンティ(女婿ジョヴァンニ・ヴィスコンティの子、地、二二・七九―八四註及び淨、八・四六―八註參照)と共に市政を行へるもいくばくもなくこれと相爭ひ、ピサのグエルフィ黨また彼等に與して相わかるゝにおよびて葛藤止む時なく黨勢とみに衰ふ、ギベルリニ黨の首領大僧正ルツジェーリ時の至れるを見てひそかに爲す所あらんとし、まづウゴリーノを助けてニーノを逐はしむ、一二八八年ニーノ、ピサを去りて後ルツジェーリ乃ち伯の罪状を擧げて民心を煽動しこゝに猛烈なる市街戰を見るにいたれり
この戰ひ遂にグエルフィ黨の敗に歸し一二八八年七月ウゴリーノ及びその二子二孫共に虜はれてピサなるグアランディ家の塔中に幽せられ翌年に至りて悉く餓死す
【ルツジェーリ】ルツジェーリ・デーリ・ウバルディーニ。ピサの東ムジエルロの者、一二七八年ピサの大僧正となり、ウゴリーノの變にあづかりしこと前述の如し、法王ニコラウス四世彼がグエルフィ黨に對する行爲をにくみ終身禁錮の命を下せしかども法王死して彼刑を免かれ一二九五年ヴィテルポに死す
【かゝる隣人】隣人といへば親しみをあらはすこと常なるに彼等は同じ處にありてしかも仇敵なればなり
二二―二四
【塒】グアランディ家の塔(當時市有)、伯爵等の死後「餓ゑの塔」とよばる
muda は羽毛の變り時に鳥を養ふ處なり、ブーティ(Buti)曰、作者この塔をかくよべるは塔の中に羽替頃の市有の鷹を飼へるため當時かくよびならはせしによるかさらずば轉用して伯爵等がこゝに籠の鳥の如く幽閉せられしをいへるならんと
註釋者曰、この後にもなほ人を籠むべしといへるはウゴリーノの想像にてその後この塔中に幽せられし人あるを聞かずと
二五―二七
【多くの月】牢獄の中たゞ月の盈虚によりて時の過ぎゆくをしるなり、ウゴリーノ等のとらはれしは一二八八年七月にてその死せしは翌年三月なればその間幾多の月を閲せり
二八―三〇
【山】サン・ジュリアーノ、ピサとルッカの間にあり
三一―三三
【牝犬】ギベルリニ黨に屬する僧正一味のピサ人
【グアランディ、シスモンディ、ランフランキ】僧正に與せしピサの名族
三七―三九
【曉】地、二六・七參照
【兒等】四人の中ガッドとウグッチオネはウゴリーノの子ブリガータとアンセルムッチオはその孫なり、おしなべて兒等といへるは親愛の意をあらはせるなるべし
四六―四八
【釘打つ音】chiavar 異説に釘打つにあらず鍵もて閉すなりといへどうけがたし
四九ー五一
【アンセルムッチオ】(稚なきアンセルモの義)、ウゴリーノの長子グエルフォの子
五五―五七
【われ自らのすがた】血肉の似寄り並びに同じ憂ひ同じ恐れ

六四―六六
【土よ】何ぞ開きて我を呑みこの憂ひより救はざりしや
六七―六九
【第四日】釘打つ音をきゝし日より四日目
【ガッド】ウゴリーノの子にてウグッチオネの兄なり
七〇―七五
【まのあたり】原文、汝の我を見る如く
【二日】七日と八日目の二日(或曰、六日と七日目の二日と)
異本、三日
【斷食の力】悲哀その極みに達してしかもいまだ死なざりしかど遂に餓ゑの爲に死にたり
七九―八一
【うるはしき國】イタリア、「シ」siを然の意に用ゐる國なり
【隣人等】フィレンツェ、ルッカの人々
八二―八四
【カプライァ、ゴルゴーナ】チレニア海中の二島嶼、アルノ河口の西南にあり、ピサはこの河口に近く且つその兩岸に跨がる町なれば河水氾濫して全市の民溺れ死するを願へるなり
八五―八七
【城を賣れり】一三―五行註參照
【きこえ】ウゴリーノ伯が城を敵に渡せるは私慾を滿たさんためなりきとの流言當時行はれ僧正ルツジェーリ亦之を以て民心を煽動する一の利器たらしめし如し、されど伯のこの行爲はピサを窮厄の中より救ひ出さんとする苦肉の謀なりければダンテもこゝにたゞこれを世評として記載せるのみ、ウゴリーノのアンテノーラに罰せらるゝは己が權勢を大ならしめんためニーノ・ヴィスコンティを逐ひ却つて自らグエルフィ黨の禍ひを釀すにいたりたればなるべし
【十字架につく】苛責す
八八―九〇
【第二のテーべ】ピサ、テバイ(テーベ)は多くの殘虐行はれし處なればなり
【年若き】ダンテは事實を枉げて二子二孫皆幼少なりし如くしるせり、このうち丁年に滿たざりしはアンセルムッチオのみ
【ウグッチオネ】ウゴリーノの子にてガッドの弟なり
【イル・ブリガータ】アンセルッチオの兄、名をウゴリーノ又はニーノといふ、イル・ブリガータはその綽名なり
【此曲】五〇行及び六八行
九一―九三
以下トロメアを敍す
九四―九六
初めの涙凍りて次の涙を出でしめざるをいへり
九七―九九
【被物】visiere 眼鏡又は兜の表と解する人あり
【杯】眼孔
一〇三―一〇五
【地氣】太陽の熱によりて一種の氣地より生ずその乾けるもの風を起し濕れるもの雨を起すといへる古の學説によれり、ダンテは日光なき地獄の底に風あるをあやしめるなり
一〇六―一〇八
【源】地獄の王ルキフェルの翼(地、三四・五〇―五一)
一〇九―一一一
【最後の立處】第四圓即ちジュデッカ、詩人等をジュデッカに罰せらるべき魂なりとおもへるなり
一一二―一一四
【洩す】涙によりて
一一五―一一七
【氷の底】ルキフェルの許、ダンテは約を果すも果さゞるもいづれ地心にゆくべきものなればそのいへること誓言に似て誓言にあらず
一一八―一二〇
【アルベリーゴ】アルベリーゴ・ディ・マンフレディ。一二六七年より「フラーテ・ゴデンティ」(地、二三・一〇三參照)たり、ファーエンヅァのグエルフィ黨を統ぶ、その血族マンフレディ(弟なりとの説あり)及びマンフレディの子アルベルゲットと權勢を爭ひ、ひそかに彼等を害せんとはかり言を和親に托して宴に招き食終れる時果物を持來れといふ、この時忍びの者共この詞を相圖に座席に入來りて父子を殺せり(一二八五年)
【よからぬ園の】客人を賣る相圖に用ゐたれば罪の園に生ぜる果といへり
【無花果に代へ】罪業相當の刑罰をうく
一二一―一二三
【しらず】地、一〇・一〇三―五參照
一二四―一二六
【トロメア】第三園、賓客の信に背ける者の罰せらるゝところ、ジエリコの首長トロメオの名をとれるなり、このトロメオはおのが岳父にして祭司長なるシモネ・マッカベオ及びその二子をわが城内に招き酒を飮ましめて後殺せり(マッカベエイ前、一六・一一―六)
【アトローポス】運命を司る神の一にていのちの絲を斷ち切るもの
その人未だ死なざるに魂まづトロメアにくだりて罰をうくることありとの意なり、之に關し註釋者曰、ダンテは詩篇五五・一五に、願はくは彼等生けるまゝにてシエオルに下らんことをといへるにもとづきこの種の刑罰に思ひいたれるなるべしと
一三三―一三五
【おのれは】魂自らは地獄の底に落つ
一三六―一三八
【セル・ブランカ・ドーリア】ジエーノヴァの名族ドーリア家の者にてミケーレ・ツァンケ(一四〇行)の婿なり、一二九〇年の頃、(或ひは七五年の頃ともいふ)サールディニア島のロゴドロ州(地、二二・八八―九〇及び註參照)を奪はんため舅を招きて會食し欺いてこれを己が城内に殺せり
一四二―一四四
【マーレブランケの濠】第八の地獄第五嚢、汚吏の罰せらるゝところ
一四五―一四七
異本、この者己が身と……その近親のひとりの身に鬼を殘せり
一四八―一五〇
【暴】約を履まざりし事
一五四―一五七
【ローマニアの魂】アルペリーゴ(一一八行)、その郷里ファーエンヅァはローマニアにあり
【ひとり】ブランカ・ドーリア


    第三十四曲

ダンテ、ウェルギリウスと第九の地獄第四の圓にいたりこゝに恩人を賣れるものゝ魂を見、後その中央にあらはれし地獄の王ルキフェル(ルチーフェロ)に近づきその毛にすがりて地心を過ぎさらに一條の幽路をたどりて外界にむかふ
一―三
Vexilla Regis prodeunt inferni(地獄の王の旗進む)、この中初めの三語はフォルツナート・ヂ・チエーネダー(イタリアの生れにてフランス、ポアチエの僧正となれり)の作なるキリスト磔刑の聖歌の始めをとれるなり、この歌今も寺院の一部に用ゐらるといふ、地獄の王はルキフェル、旗はその翼なり
七―九
【風】五〇―五一行參照
一三―一五
四種の罪人、註釋者曰、恩人を賣れる罪人の中、伏したるは己と同等の地位にあるもの、直立せるは己より地位低きもの、倒立せるは同じく高きものを賣り、弓形をなすは高きと低きと二種の恩人を賣れる者なりと
一六―一八
【昔姿美】魔王が未だ天を逐はれざりしさきには天使中その姿特に美しく尊かりしと信ぜられたればなり(淨、一二・二五―六參照)
一九―二一
【ディーテ】魔王の名として用ゐられしこと『アエネイス』に例多し
二五―二七
【彼をも此をも】死をも生をも
三四―三六
特殊の神恩によりてその美しき事萬の天使にもまされる程なるになほその造主に背けりといへば今一切の禍ひの本となるもあやしむにたらず
三七―三九
【三の顏】寓意のあるところあきらかならず、註釋者曰、これ地、三・五―六なる三一の神の對照なり即ち權威智慧愛の三に對し無力無智憎惡の三を示せるものにて無力は黄無智は黒憎惡は赤を以てあらはすと
四〇―四二
【□冠あるところ】頭の頂、四七行に鳥といへると同じく翼あるに因みてなり
四三―四五
【ニーロ】エジプトのナイル川、南方エチオピアよりいづ
【人々】エチオピアの黒人
四九―五一
【羽なく】當時の説によれるなり。
五二―五四
【コチート】地、一四・一一八―二〇參照
五五―五七
【碎麻機】maciulla 二個の木片うちあひて麻を碎き莖と絲とをわかつ機具
六一―六三
【ジユダ・スカリオット】イスカリオテのユダ、キリスト十二弟子の一、師を賣りて銀三十をえ後悔いて縊る(マタイ、二六・一四以下及び二七の三以下等)
六四―六六
【プルート】マルクス・ユウニウス・ブルートゥス(前八五―四二年)、カエサル殺害者の一人
六七―六九
【カッシオ】カイウス・カッシウス・ロンギーヌス(前四二年死)ブルートゥスと共にカエサルを殺害せるもの、或人曰く、ダンテがカッシウスを肉逞しきものとせるはキケロがルキウス・カッシウスを肥えたりといへるに基づきルキウスを、カイウスと誤り混じたるによると
ダンテの所謂理想的國家には二個の重要なる機關あり、一は法王にして靈界の事を司り一は帝王にして物質界の事を司る、ダンテ思へらく、この二の者各□その範圍内に於て絶對の權能を有し各□直接に神より受けたる使命を果し、しかも相提携し相並馳して初めてこゝに人類の幸福を増し一は天上の樂園を作り一は地上の樂園を造るにいたるべし、キリストは法王の法王なりこれに背けるユダはたゞに恩師の罪人なるのみならずまた神の攝理にむかひてその刃をむけしなり罪最も重し、カエサルは皇帝の皇帝なりこれに背けるブルートゥス等はたゞに恩人を賣れる逆賊なるのみならずまた神意に基づいて地上の樂園を完成すべき國家至要の機關にむかひてその旗を擧げしなりユダにつぎての罪人といふべし
【夜はまた來れり】一三〇〇年四月九日の夕暮となれるをいふ
七六―七八
【疲れて】重力の集まるところなれば身を轉じて地心を離るゝこといとかたし
七九―八一
ルチーフェロ(ルキフェル)の腰乃ち地球の中心までくだりその後身を逆にして南半球を上りゆくが故に下るも上るも同一の方向に進むに他ならねどダンテまどひてもとの地獄に歸るとおもへりとの意
八二―八四
【とらへよ】わが頸を
【段】地、一七・八二參照
九一―九三
【何なるやを】地球の中心なることを
九四―九六
【日】時を示すに日を用ゐしは既に地獄を離れたればなり
【第三時の半】昔晝間の十二時を四分して第三時第六時及び第九時を夕とをせり、第三時は日出後の三時間なれば日出を六時頃と見做してその半即ち約七時半にあたる、再び九日の朝となりたれば歸るといへり(一一八―二〇行註參照)
一〇〇―一〇二
【淵】地獄
一〇三―一〇五
【氷】コチートの
一〇六―一〇八
【蟲】ルキフェル、地心を貫いて立てり、蟲は姿の忌むべきをあらはす詞(地、六・二二―四註參照)
一〇九―一一一
【點】地球の中心、當時の科學によれば宇宙の重力のすべてあつまるところなり(くはしくはムーアの『ダンテ研究』二卷三二一頁以下參照)
一一二―一一七
【人】キリスト
【頂點のもと】イエルサレム、インドより起れる北半球の子午線はその頂點にいたりてイエルサレムの都を蔽ふ(淨、二・一以下)
【ジュデッカ】第九の地獄第四の圓、恩人に背けるものゝ罰せらるゝところ(一〇―一五行)、キリストを賣りしジュダ(ユダ)の名による
【小さき球】ジユデッカと相當する背面の小圓即ち詩人等の立てる圓き岩
一一八―一二〇
南北兩半球の相對面に於ける時間の差は十二時間なり、すなはち南半球は北半球より時後るゝこと十二時なれば地獄の夕はその背面の朝にあたる
一二一―一二六
ルキフェル天を逐はれて南半球に落つ、この時この半球を蔽へる陸は恐怖のあまり海にかくれて北半球に入りたり、また淨火の山は魔王が地獄にくだれる時これに觸るゝをおそれて地底を離れし土より成りこの土地底を離れしためこゝにこの空虚あるにいたれるなるべし
一二七―一三二
【ベルヅエブ】ベルセブル、地獄の王ルキフェルの異名(マタイ、一二・二四)
【墓】地獄
【一の處】半球地下の狹路、ルキフェルの許より地上の一點に通ずる路なればその長さは地獄の入口よりルキフェルまでの距離に等し
【小川】淨火に淨められし罪地獄にかへるなり、註釋者多くはこれをレーテの流れと解すれど疑はし
一三六―一三八
【孔の口】地上への出口即ち地下の狹路の一端
【美しき物】星(地、一・四〇參照)、天と共にめぐりゆくもの
一三九
【いでぬ】九日の午前七時半頃にて今見る星は十日の早朝の星なれば(淨、一・一九―二一註參照)南半球地下の幽路を辿れる間は二十時間餘なり
【諸□の星】『神曲』の各篇皆 stelle(星)の一語に終る
[#改丁]

 ダンテの地獄は漏斗状をなす一の大いなる坎なり、その頂(いただき)地表に接し、底地心に達す、坎に沿ひ坎をめぐりて多くの圓形の地帶あり、底を合せて九個の獄となる(この中第七獄は三、第八獄は十、第九獄は四に細分せられ各□罰する罪人を異にす)、すべて上方に罰せらるゝものはその罪輕く下るに從つてその罪重し、しかして第五獄と第六獄の間にはディーテの城壁ありて地獄全體を二大分す、その上なる諸獄には放縱の罪罰せられ下なる諸獄には邪惡の罪罰せらる、この他地獄圈外に怯者の罰をうくるところ第八獄と第九獄の間に巨人の罰をうくるところあり、地心を貫いて地獄の王ルチーフェロの立つあり。
 地獄内の諸水にはアケロンテの川、スティージェの沼、フレジェトンテの流れあり、名異なれども實一なり、クレタ島の巨人よりいでて地獄にくだり或ひは川、瀑、沼となりてあらはれ或ひはまた地下にかくれて次第に地底にむかひ、遂に凍りてコチートの池となる。
 ダンテはウェルギリウス(ヴィルジリオ)に導かれて暗き林を離れ、地獄の門よりたえず左に道を取り、地獄各圈を歴程してその底にくだり、さらに地心を過ぎて南半球に移り、地下の幽路を辿りて再び地上にいづ。
 二詩人が地獄内に費せる時間は約二十四時間にて地心より南半球の地上にいたるまでに費せる時間は約二十一時間なり。




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