神曲
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著者名:ダンテアリギエリ 

【瘡を引掻かんとて】卑しき俗言、用捨なく打つこと
九七―九九
【トスカーナ、ロムバルディア】まづサールディニアの者をあげ次にイタリアの者の事をいふこれチャンポロの奸智なり
一〇〇―一〇二
【禍ひの爪】鬼(地、二一―三七―四二註參照)
一〇三―一〇五
口笛を相圖に鬼のゐざるを知らして侶を招くなり
【七人】多數をいふ(地、八・九七―一〇二註參照)
一〇九―一一一
鬼を欺くのあしきをいへるカーニヤッツォの詞をうけて侶を欺くのあしきにいひかへたるチャムポロの奸智
一一五―一一七
【頂上を棄て】第五と第六嚢の間の堤の頂を下り少しく六嚢の方にむかひ岸を隔とし
一一八―一二〇
【心なかりしもの】カーニヤッツォ、或曰カルカブリーナと
鬼皆背を脂にむけしなり
一二一―一二三
【長】九四行の大なる長バルバリッチヤ
或曰、proposto は企の意にてチャムポロが鬼の引裂かんとする企をまのがれしをいふと
一三三―一三五
カルカブリーナはアーリキーノ(アリキーン)にむかひて怒りを起せるなり
一四八
【かなた、こなた】彼岸に飛びゆける四の鬼及びあとに殘れる長と三の鬼
【上層の中に燒かれし】脂の表近きところに燒かれし
一説に曰、crosta は鬼の皮膚の脂に燒かれて硬くなりたるものを指しその中にといへるはかたき皮膚を透して既に肉まで燒け初めし意をあらはせるなりと


    第二十三曲

詩人等たゞふたり堤を傳ひて進むうち鬼後より追來ればウェルギリウスはダンテを抱き逃れて第六嚢の中にくだる、こゝには鉛の衣を着し僞善者の群あり、そのうちボローニアのカタラーノなる者その侶ローデリンゴと共に來りてダンテとかたりまた路をウェルギリウスに教ふ
一―三
【ミノリ僧】フランチェスコ派の僧、古註曰、此等の僧路を行く時は上位の僧をさきに一列となりて相前後せりと
四―六
【イソーポの寓話】アイソポスの寓話、蛙と鼠あり共に放して水邊にいたる、蛙は鼠をたすけて水を超ゆべしといひて之を欺きその足と己が足とを結びあはせ水深き處にいたりて溺れしむ、會□一羽の鳶(或ひは鷹)鼠の水に浮ぶをみて之をひきあげ、はからずも生ける蛙を得たり
中古專ら行はれしラテン語譯の『アイソポス物語』の中には往々類似の寓話(所謂アイソポス以外の)をも收めし者ありて區別明かならず、蛙と鼠の話もまたその一なりといふ
七―九
【モとイッサ】‘mo’e‘issa’共にラテン語より出でし今の義
カルカブリーナのアーリキーノを害せんとせるは鼠の蛙を水に溺れしめんとせるに同じくその相爭ひて脂の上に落ちしは蛙と鼠と共に鳶に捕へられしに似たり
二五―二七
【鏡】原語、鉛ひきし硝子
二八―三〇
【二の物】汝の思ひとわが思ひ
三一―三三
【追】詩人等の心に畫きておそるゝ鬼の追撃
四六―五六
【縁】岸の側面
六一―六三
【クルーニ】ボルゴニア州(フランスの東)にあるベネデクト派の僧院なり
オックスフォード版其他にはコローニアとあり不明、古註曰、コローニアはドイツのライン河畔の一都會にてこゝに一僧院あり當時富貴第一なりければ院の主僧虚榮の念に驅られあまたの僧徒を從へて法王の許にいたり緋の僧衣を許されんことを乞ふ、法王その僭越を惡み命を下して却つて之に粗服を着けしめ且つ巨大の僧帽を戴かしむ云々
六四―六六
【フェデリーゴ】フリートリヒ二世(地、一〇・一一九)大逆の罪を犯せる者を罰するに指の厚さなる鉛の衣を裸なる罪人に着せ大釜の中に入れて熱火にかけしといふ當時の説によれるなり
七六―七八
【はせゆく】己の足おそければ詩人等の歩むさま恰もはせゆくに似たり
八二―八四
【荷】重き鉛の衣
九四―九六
【邑】フィレンツェ
九七―九九
【煌めくは】あきらかにあらはるゝは
一〇〇―一〇二
重き物體を秤にかくればその秤軋む如く我等も金色の衣のおもさにかく歎聲をいだすなり
一〇三―一〇八
【フラーテ・ゴデンティ】もと聖マリアの騎士と稱し一二六一年法王ウルバヌス四世の批准をえてボローニアに編成せられ軍事と宗教とに關せし一團なり、イタリア各市の黨派の軋轢及び閥族爭鬪の調停弱者の保護等を目的とし勢力甚だ盛なりしも騎士等次第にこの目的を忘れてたゞ安逸をのみ求めしかばこゝに喜樂僧の名を得るにいたれるなり
【カタラーノ、ローデリンゴ】一二六六年ギベルリニ黨の首領王マンフレディ、ベネヴェントの戰ひに敗れ屍を戰陣に曝せし時モンタペルティの戰ひ(一二六〇年)よりこの方敵黨の威壓の下にありしフィレンツェのグエルフィ黨再びその頭を擡ぐるにいたりたればフィレンツェは禍ひを未發に防がんため同じ年ボローニアよりグエルフィ黨のカタラーノ、ギベルリニ黨のローデリンゴを招き同時にフィレンツェのポデスタとなし兩黨の調和市政の革新を計らしむ、しかるに彼等利慾に迷ひ法王クレメンス四世の意を迎へグエルフィ黨と好みを通じて密かにその頽勢を挽囘するに力めたり
【常は】通例はひとりのポデスタを選ぶ定めなるに
【ガルディンゴ】ガルディンゴはフィレンツェ市の一部にてギベルリニ黨中屈指の名族ウベルティ家の邸宅ありしところ、カタラーノ等表に公平を飾りて暗に一黨派の益をはかれる結果ギベルリニ黨遂に市外に逐はれその邸宅多く破壞せらるゝにいたりし時ウベルティ家も亦暴徒等の燒くところとなりてその燒跡當時ガルディンゴの附近に殘れるなり
一一二―一一四
【彼】カイアファ(カヤバ)、ユダヤの祭司長、名を國益に藉り善人の死を謀れるもの(ヨハネ、一一・四七以下)
一一五―一一八
【民の爲に】ヨハネ、一一・四九―五〇に曰、汝等何事をも知らずまた一人民のために死して擧國亡びざるは我等の益たることをも思はざるなり
一二一―一二三
【外舅】アンナス(ヨハネ一八・一三)、祭司長たり(ルカ、三・二)
【苛責せらる】或ひは、ひきはらる
一二四―一二六
嘗てエリトネの命に從つて地獄の底に下れる時はかゝる刑罰をうくるものを見ざりしによりてあやしめるか、異説多し、委しき事スカルタッツィニの註にいづ
一三〇―一三二
【黒き天使】鬼(地、二七・一一二―四註參照)
一三三―一三五
【岩】石橋なり、斷崖よりいでゝ十の嚢の上を過ぐ
一三九―一四一
【鐡鉤にかくる者】マラコダ(地、二一・一〇九―二參照)
一四二―一四四
【僞る者】ヨハネ、八・四四


    第二十四曲

ダンテ、ウェルギリウスと僞善者の溪を出で第七嚢の橋をわたりて堤の上より見おろせばこゝには無數の毒蛇ありて盜人の魂を苛責す、中にヴァンニ・フッチといふ盜人あり兩詩人とかたりて身の來歴を告げまた白黨の禍ひを豫言す
一―三
【日は】日の寶瓶宮にあるは一月二十日頃より二月二十日まで
【髮をとゝのへ】日の光を金髮になぞらへしなり、『アエネイス』九の六三八に、髮長きアポローとあるが如し、日髮をとゝのふとは暖氣の加はりゆくをいふ
【夜は】夜は日と反對の天にあり(淨、二・四參照)、十二月以降春分に近づくに從ひ日は北に夜は南にむかふ即ち日次第に長く夜次第に短し
四―六
【白き姉妹】雪、霜雪の如く白く地上に落つるも日出ると共に消ゆるを筆先鈍りて長く使用に堪へざるに譬へしなり
七―九
【腰をうち】霜を雪なりと思ひあやまり腰をうつ
一六―一八
【亂】地、二三・一四五―六參照
一九―二一
【山の麓】地、一・六一以下
三一―三三
【衣を】鉛の
四〇―四二
地、一九・三四―六註參照
五五―五七
人罪を離るゝのみにては未だ足らず進んでさらにその穢れを淨め而して後はじめて福の路に就くべし
【段】淨火の山の
【これら】此等の段乃ち地獄
六四―六六
【次の濠】第七嚢
七〇―七五
【生ける目底にゆくを】或ひは、目あきらかに底をみるを
生ける目は肉眼なり
【次の堤】第七と第八嚢の間の堤
【石垣】第七嚢を蔽へる橋
八二―八四
【蛇】ランディーノ(Landino)曰、蛇猾智に富む盜人亦然り蛇身を細くして穴といふ穴に入り盜人身を輕くして處といふ處に入る蛇萬人に嫌はる盜人亦然り蛇草にかくれて戰ひ盜人亦ひそかに人を害すと
八五―八七
【リビヤ】エヂプトの西、名高き砂漠あるところ
【ケリドリ】以下すべて蛇の名なり、ルカヌスの『ファルサリア』九・七〇六以下にいづ
八八―九〇
【エチオピア】エヂプトの南
【紅海の邊のもの】砂漠多きアラビア
九一―九三
【エリトロピア】寶石、色緑にして紅の斑點あり、古の俗説に此石よく蛇の毒を癒しまた持人の姿を人の目に見えざらしむる力ありといへり
一〇〇―一〇二
【o、i】いづれも一筆にて書き得べき文字
一〇六―一〇八
【聖等】プリーニオ、クラウディアーノ、ブルネット・ラティーニ、オウィディウス等、就中オウィディウスは主として詩人の引用せるものなり、『メタモルフォセス』一五・三九二以下に曰く
再び身を新にして再び生るゝ鳥あり、アッシリア人は之をフェーニカ(フェニックス)と名づく、この鳥麥をも草をも食まず、薫物の涙アモモの汁を食む、その世を經ること五百年にいたれば爪とゆがめる嘴とをもて青樫の枝またはそよめく棕櫚の梢に巣を作り、そが中には桂枝、甘松の穗、碎ける肉桂、黄なる沒藥を撒散らし此事果れば直ちにこゝに横たはり香氣に包まれてその生を終ふ、聞くならくフェニィクスの雛母體よりいで齡を重ぬるはじめの如しと
一〇九―一一一
【アモモ】木の名、種子より香料を得
一一二―一一七
【鬼の力】マルコ、一・二六、ルカ、四・三五等參照
【塞にさへられ】癲癇の類、體内生氣の通路塞がり官能その作用を失ひて倒るゝものと見做されしなり
一一八―一二〇
異本、神の威力(異本、正義)よ汝はいかに誠なるかを
一二一―一二三
【我】ヴァンニ・フッチ、ピストイア(フィレンツェの西北約廿哩)市の名族フッチオ・ディ・ラッツァーリの庶子、黒黨に屬せり
【往日】約五年前、ヴァンニの處刊せられしは一二九五年なり
【喉】嚢
一二四―一三二
【騾馬】イタリア語 mulo にはまた私生兒の義あればなり
【ピストイア】罪惡の邑(地、二五・一〇以下參照)
【血と怒りの人】即ち第七の地獄に罰せらるべき
ヴァンニ・フッチはフィレンツェの軍に加はりてピサ人の亂(地、二一の九四―六註參照)に赴けることあればダンテの彼を見しはこの頃の事なるべし、又ヴァンニのピストイアに暴を行へる(乃ち血の人)事につきてはスカルタッツィニの註にくはし
一三三―一三五
【汝】白黨の一人なる
一三六―一三八
【盜人】この事古註に詳なりされど古註の傳ふるところ悉く事實なるや疑はし今その概略をいはんに、一二九三年ヴァンニは二人の同類をかたらひ金銀の飾美しき聖ヤコブの寶藏(寺の名を聖ツェノネといふ)に忍び入り多くの寶物を盜み出し發覺の憂をからんためこれをその知人の家にかくし置きたり、盜難の報四方に傳はるに及びあまたの嫌疑者捕へられて拷問をうけしその中にラムピーノといへるもの苛責の苦しみに堪へずして無實の罪を負ひ將に刑せられんとす、ラムピーノはヴァンニの友なりければヴァンニこれを冤に死せしむるにしのびず自ら罪状を市吏に具申し共犯者と共に刑に服せり(或ひはヴァンニ罪を他人に歸して自ら刑を免かれきともいふ)
一四二―一四四
【ピストイア】一三〇一年ピストイアの白黨はフィレンツェの助けをかりて黒黨を市外に逐へり(ピストイアが黒白兩黨の分爭を見るにいたれるはその前年なり)
【フィオレンツァ】フィレンツェ(フィオレンツァ)にては事これに反し、表に兩黨の調和を裝ひひそかに法王の意を行へるシャルル・ド・ヴァロア、フランスより來れる爲一三〇一年に入りて白黨勢衰へ翌二年の始めにはこの黨に屬する者多く市外に逐はるゝにいたれり
【習俗】市の政權黒黨の手にうつるをいふ
一四五―一四七
【マルテ】マルス(ギリシアではアレス)軍の神
【ヴァル・ディ・マーグラ】マークラ川の流るゝ溪、ルーニジアーナ(地、二〇・四六―八註參照)にあり
【火氣】電光即ち猛將モロエルロ・マラスピーナを指す、モロエルロは侯爵マンフレディ一世の子にてルーニジアーナに君たり。一三〇二年さきにピストイアを逐はれし黒黨及びフィレンツェ、ルッカの黒黨を率ゐてピストイアを攻む
亂雲は戰雲(或曰、黒黨の士卒と)なり
一四八―一五〇
【カムポ・ピチェン】不明、一説にはこはピストイア附近の一地方にてこの戰ひは一三〇二年五月マラスピーナがセルラヴァルレの城砦を陷れたるを指せりといひ又一説にはこはピストイアを含める一地方にてこの戰ひは一三〇六年四月ピストイアの陷落せるを指せりといふ


    第二十五曲

詩人等なほ同じ處にとゞまりてフィレンツェの盜人等の不思議なる變形を見る
一―三
【雙手を握り】原語 fiche は拇指を中指食指の間より出して手を握ることにて人を侮り嘲る時の野卑なる仕打なり
一〇―一二
【祖先】ピストイア市を初めて建てし人々、傳説によればピストイアはローマの賊將カチリーナ(前六一年死)の死後その殘餘の部下の建てしところなりといふ
一三―一五
【落ちし者】カパネオス(地、一四・四六以下)
一六―一八
【チェンタウロ】ケンタウロス、地、一二・五五―七註參照、この者ヴァンニを追ひ來れるなり
一九―二一
【マレムマ】海に沿へるトスカーナ州一帶の地、沼澤多く沃野少なし(地、一三・七―九註參照)
二五―二七
【カーコ】カクス、神話に出づる名高き盜人、ローマ七丘の一なるアヴェンティーノ(アヴェティヌス)山に住みし巨人なり、ヘラクレス、ジェネーリオネの牛を奪ひイスパニアより本國ギリシアに歸らんとてアヴェンティヌスの岩穴近く來れる時カクスはヘラクレスの眠れる間に若干の牛を盜みいだしその足跡をくらまさんため尾を曳きて逆行せしめ己が棲家にかくし置きたり、されどヘラクレス鳴聲によりてその所在を知り巨人を襲うて之を殺せり
カクスの物語は『アエネイス』八・一九三―二六七にくはし、されどウェルギリウスのカクスは半人半獸なれどもケンタウロスにはあらざりしものゝ如くまた自ら口より火と煙を吐けり
【血の潮】近郷を掠め畜類を奪ひ來りて屠れるなり、『アエネイス』には、地には常に新しき血汐のぬくみあり云々といへり
二八―三〇
【兄弟等】他のケンタウロスは皆第七の地獄(地、一二・五五以下)にあれどもカクスのみは盜なりしため第八の地獄にあり
三一―三三
【十をも】ヘラクレス(神話中最著名の英傑)の棍棒にて打たるゝことあまた度に及びしかも幾度にもいたらざる中早くも絶え果てたれば其餘の打撃は身に覺えしらざりしなり
三四―三六
【三の魂】アーニエル(六八行)、ブオソ(一四〇行)、ブッチオ(一四八行)
四〇―四五
【チヤンファ】フィレンツェ市ドナーティ家の者にグエルフィ黨に屬せる盜なりきといふ(十三世紀の末)、委しき事古註にも見えず
【指】指を唇にあてゝ導者に沈默を求めしなり
四九―五一
【蛇】チヤンファの變形せるもの
五八―六〇
【獸】尋常ならぬ動物
六一―六三
【彼も此も】人の色も蛇の色も
六四―六六
白と黒との間の色いづるを人と蛇との間の色いづるにたとへしなり
【紙】當時綿より作れる一種の紙ありし事古註によりてしらる、されど一説に曰、papiro は紙にあらずして燈心(乃ち細藺のなかご)なりと
六七―六九
【アーニエル】(アーニエルロ、或ひはアーニオロ)、古註にフィレンツェの貴族ブルネルレスキ家の者といへり
七三―七五
【四の片】人の兩腕と蛇の二の前足
七六―七八
【二にみえて】人と蛇とをかねし如くみえしかもいづれともつかざるなり
七九―八一
【笞】熱
八二―八四
【小蛇】カヴァルカンティ(一五一行註)の變形せるもの
八五―八七
【ひとり】ブオソ
【人はじめて】生兒胎内にありて母體より滋養をうくるところ即ち臍
九一―九三
【烟】人は人蛇は蛇の自然性を互に吐き出し烟のまじると共に變形の作用を起すなり
九四―九六
【ルカーノ】ルカヌス(地、四・九〇)、『ファルサリア』九・七六一以下にカトーがリビヤの砂漠を過ぎし時部下のザベルルス(ザベルロ)なる者セプスと名づくる蛇に噛まれ肉忽ちくづれ落ちて一扼の灰となり同ナッシディオなる者プレステルと呼ばるゝ蛇に噛まれ全身腫れあがりて胸甲裂け破るゝにいたれることいづ
九七―九九
【オヴィディオ】(地、四・九〇)
【カードモ】カドモス、フェニキア王アゲノルの子にてテバイの基を起せるもの、晩年テバイを出でて處々に流寓し遂に化して蛇となれり(オウィディウス『メタモルフォセス』四・五六三以下)
【アレツーザ】アルテミスに事へし女神の一、河神アルフェウスに追はれて泉に變ず(同上、五・五七二以下)
一〇〇―一〇二
オウィディウスの物語には人と蛇との如き二の自然が相對して變形し互に順序を同じくして入更るにいたれることなし
一〇九―一一一
二つに分れし蛇の尾は人の足脛股の形(乃ちブオソの失へる)をとり
一一二―一一四
【獸の短書】蛇の二の前足は伸びて人の腕となる
一一五―一一七
蛇の二の後足は合して人の生殖器となり、ブオソの生殖器は二に分かれて蛇の後足となる
一二一―一二三
【光】目なり、互に瞰みあひつゝ顏を變ぜしなり
一二四―一二九
蛇の顏の人の顏に變る有樣を敍せり
【その餘をもて】或ひは、その餘のうしろに流れずとゞまれるは顏に鼻を造り
一三〇―一三二
人の顏の蛇の顏に變る有樣を敍せり
一三三―一三五
蛇の舌叉をなすとの當時の説によれるなり
一三六―一三八
【唾はけり】人の物言ふ時よく唾吐くことあればかくいへり
或曰、人の唾は蛇の毒となるとの迷信によりブオソを詛ひてかく唾吐けるなりと
一三九―四一
人となれる蛇はその新に得たる背を蛇となれる人にむけ
【侶】プッチオ・シヤンカート
【ブオソ】(蛇となれる者)、フィレンツェの盜人、傳不詳
一四二―一四四
【石屑】zavorra(船の動搖を防ぐため船底に積入るゝ砂利の類)第七嚢の罪人等を卑みて指せる語
【亂るゝ】或ひは、拙し不明瞭なり横路に入れり等異説多し
一四八―一五〇
【プッチオ・シヤンカート】フィレンツェのもの、傳不詳
一五一
【ひとり】フランチェスコ・デ・カヴァルカンティ、このフィレンツェ人アルノの溪の一小村ガヴィルレの者に殺されしかばその近親仇を報いんとて多くの村民を殺害せり


    第二十六曲

かくてこゝを去りて第八嚢の橋上にいたれば謀をめぐらして人を欺ける者焔につゝまれて溪を歩めり、そのひとりトロイア役の名將ディオメデス(ディオメーデ)と共に來りて己が最後の航海の物語をなす
一―三
【翼を】フィレンツェの名市外にひゞき渡れるをいふ
四―六
【五人】アーニエル(アーニエルロ)、ブオソ、プッチオ、チヤンファ、カヴァルカンティ
七―一二
【曙の夢】オウィディウス、ホラティウス等の著作に見ゆる如く古、早朝に結ぶ夢を正夢とをせり
地、三三のウゴリーノの夢、淨火に結べるダンテの夢等參照、ダンテはフィレンツェの災害を曙の夢に見たる如くしるせるなり
【プラート】プラート(ピストイアとフィレンツェの間にある町)がフィレンツェの不幸を希ふ理由に關し一説には、この町フィレンツェに從屬してしかもその統治に快からざりしによるといひ一説にはこれ一三〇四年プラートのカルディナレなるニッコロが時の法王ベネデクト十一世の命をうけてフィレンツェに赴き市の平和をはかれるも事成らず遂に神と寺院の詛ひを市民にあびせてこゝを去るに至れるを指せりといふ、恐らくは後説正しからむ
註釋者又曰、フィレンツェの禍ひとは白黨の追放及びフィレンツェの大火(一三〇四年)等を指せるなりと
【我年】老いて郷土の禍ひを見んはいよ/\心苦し
一三―一五
【さきに】地、二四・七九―八〇
一九―二一
【悲しめり】第八嚢の罪人等世にまれなる才を天よりうけてしかも善用せずかくはかなき罰を蒙るにいたれるを悲しめるなり
二二―二四
【星】善き星は幸運なり(地、一五・ゝ五五―七參照)
【星より善きもの】神の恩寵
【寶】天才、之を棄つるは善用せずしてその特權を失ふなり
二五―二七
日最も長き時乃ち夏
三四―三六
【仇をむくいしもの】豫言者エリシヤ、兒童の一群に嘲られて怒り林中より二匹の熊を出してその四十二人を裂かしむ(列王紀略下二・二三・四)
【エリアの兵車】豫言者エリア、エリシヤの目の前にて昇天す(列王紀略下二・一一―一二)、その時炎につゝまれて姿見えざりしを罪人の炎の中にかくるゝにたとへしなり
四〇―四二
【喉】狹き底
【盜みて】罪人を中にかくして少しも外にあらはすことなきをいふ
註釋者曰、炎の罰はヤコブ、三・六に、舌は火なりとあるによれりと
四九―五四
【エテオクレ】エテオクレス(地、一四・六七―七二註參照)七王の役徒に久しきに亙れるよりエテオクレスとポリュネイケス一騎打をもて兩軍の勝敗を定むることとし戰ひて共に斃れぬ、人々その骸をあつめて共に荼毘に附せしに立登る焔二に分れたりといふ
五五―五七
【ウリッセ、ディオメーデ】オデュセウス・ディオメデス共にホメロスの詩にうたはれて名高きギリシアの英雄
【怒り】トロイア人に對する怒り
五八―六〇
包圍十年に亙りてトロイアの城未だ落ちざりければギリシア軍オデュセウスの謀により山の如く巨大なる一の木馬を作りてその中に多くの勇士をひそましめ自餘の士卒は悉く海に浮びて附近の島影にかくれ恰も事の成らざるをしりて全軍本國に引返すものゝ如く裝ひまた殘せる木馬はアテナへの捧物なりとのことを敵地に流布せしむ、トロイア軍欺かれてこれを城内にひきいる、夜に入りてその中なる將士一齊にあらはれいで城門を内よりひらき既に城外に待ちゐたるギリシア軍を迎へ火を放つて城を燒きトロイアこゝに陷落す(『アエネイス』二・一三以下)
【門を作り】木馬城に入りアエネアス、城より出でしを門を作るといへるなり
【祖先】アエネアス(地、二・二〇―二一參照)、木馬のために城陷りて後イタリアにゆけり
六一―六三
【デイダーミア】ディダメイア。スキュロス島の王リコメデスの女
アキレウスの母テチスわが子がギリシア軍に加はりてトロイアに赴く事あらんを恐れこれを女裝せしめてリコメデスに托し置きたりしにオデュセウス商人に姿を變へディオメデスと共にスキュロスにわたり武器を示してアキレウスを試み遂に誘ひてトロイアに向はしむ、この時すでにひとりの子の母なりしデイダメイアは別離の悲しみに堪へかねてために世を早うするにいたれり
【パルラーディオ】トロイア城内に安置せられしパルラス(アテナ)の像、この像城内にある間は城安全なりと信ぜられければオデュセウス、ディオメデスと變裝して忍び入りこれを盜みてギリシアの陣に送れり
六七―六九
【身を】四三―五行參照
七三―七五
【ギリシア人】異説多し
ダンテは本國イタリアの人とかたるを例とするにギリシアは國異なる上その文物に關する詩人の知識悉く間接にて從つて充分ならざるをいへるなるべし
七九―八四
【心に適ひ】『アエネイス』に殘りてその名不朽に垂るゝをいへり
【いづこに】ホメロスの『オデュセイア』にうたはれしオデュセウスは百難を免かれ再び故國イタカに歸りてペネローペの貞操に報いたり、されど當時これと異なる傳説あり、この説によればオデュセウスは大西洋上の航海を企て勇敢なる士卒若干とまづポルトガルに赴きてこゝにリスボン市の基を起し、それよりアフリカの西にあたる海をゆき遂に暴風に遭つて死せりといふ、さればダンテは後の傳説にもとづきこれに自己の創意を如へて一の新しき物語を作れるなり
八五―八七
【大なる角】オデュセウスのディオメデスに比してさらに傑出せるを示す
八八―九三
【ガエタ】ローマの東南セッサ市の西にある港、アエネアスこの處に上陸し死せる保姆カイエクを葬りその名に因みてこゝをカイエタ(ガエタ)と呼べること『アエネイス』第七卷の始めにいづ
【置せし】或ひは、とゞめし
【チルチェ】ガエタとアンチオの岬の間のチルチェイオ山に住める妖女の名
九四―九六
【子】イタカ島に殘しおきしわが子テレマコス
【父】ラエルテス
【ペネローペ】オデュセウスの妻
【夫婦の】debito(義理ある)、父子の如く生れながらの關係にあらざるをいふ
一〇〇―一〇二
【海】地中海
一〇三―一〇五
地中海の兩岸即ち北の岸はイスパニアまで南の岸はモロッコ(アフリカの西北)まで
【スパニア】イスパニア
一〇六―一一一
【せまき口】ジブラルタルの海峽、この海峽二の山に閉さる、ヨーロッパなるをカールペとよび、アフリカなるをアービラと名づく、神話に曰、ヘラクレス、ジエーリオネの牛を得んとてイスパニアにわたりこの處にいたれる時西方地果る處たる標としてこの二の山(ヘラクレスの柱の名あり)をこゝに築けりと
【シヴィリア】イスパニアの西南にある町(地、二〇・一二四―六註參照)
【セッタ】セウタ、ジブラルタルの海峽に面するアフリカの一市
一一二―一二〇
【日を追ひ】日の行方を追うて西に進み
【人なき】南半球はみな水に蔽はれて人の住むべきところなしとの古の話によりてかくいへり
我等既に年老いて餘命いくばくもなければ五官の未だ死の眠りにいらざる間に南半球をさぐるべし
【起原】人間の世にいでし
一二四―一二六
かくて船尾を東にし櫂の翼を驅りて不知の大海に漂ひたえず西南(地球面よりみて東南)の航路を取れり
一三〇―一三二
我等大海に浮びしこの方五ヶ月にして
【月下の光】月の地球にむかへる半面の光
一三三―一三五
【山】淨火の山、イエルサレムの反對面にあり
一三九―一四一
【天意】神は生ける者の足淨火の陸を踏むを許したまはざるなり(淨、一・一三〇―三二參照)


    第二十七曲

ウリッセ(オデュセウス)等去りて後グイード・ダ・モンテフェルトロの魂同じく焔に包まれて來りローマニアの現状をダンテに問ひ己が地獄にくだるにいたれる顛末を告ぐ
一―三
【許し】二一行
七―九
【シチーリアの牡牛】アテナイの工匠ペリルロスがシケリア島アグリゲントウムの暴君ファラリスの爲に造れる銅製の牡牛なり、人をこの中に入れて燒けば外に洩るゝ呻吟の聲恰も牛の鳴くに似たり、しかしてその最初の犧牲となれる者乃ちペリルロスなりきといふ
【好し】詩篇五七・六に曰、彼等はわが前に※[#「こざとへん+井」、292-20]をほれりしかしてみづからその中に陷れりと(箴言二六・二七、傳道之書一〇・八等參照)
一三―一五
【はじめは火に】異本、火の尖に
【火のことば】焔の風にゆらめく音(地、二六・八六―七參照)
一六―一八
【舌】グイードの詞はその口を過ぐる時舌よりうけし動搖を炎の尖に傳へ
一九―二二
【ロムバルディアの語】ウェルギリウスの本國の語(地、一・六八參照)
【いざゆけ】ウェルギリウスのオデュセウスにいへる言をくりかへせるなり
ウェルギリウスの首をロムバルディア(地、二八・七三―五註參照)方言といへるについては諸説あり、(一)issa(異本、istra)と adizzo とをこの地方特有の語となすもの(二)前者のみを然りとなすもの(三)言の形にあらず單に發音の相違をいへりとなすもの等これなり
二五―二七
【ラチオの國】ラティウム。イタリア(地、二二・六四―九註參照)
【盲の世】地、四・一三參照、グイードはウェルギリウスを前をうけんためにくだれる罪人なりとおもへるなり
二八―三〇
【ローマニア人】當時のローマニアは東にアドリアティコ海西にボローニア市南にアペンニノ山脈北にポー河を境とせるイタリア東北一帶の地を指す、ラヴェンナ、チェルヴィア、フォルリ、リミニ等の諸市皆この中にあり
【我は】グイード・ダ・モンテフェルトロ、ローマニアなるギベルリニ黨の首領にて當時武勇第一と稱せらる、その生地モンテフェルトロはウルビーノ市とティーヴェレ河の水源地なるコロナーロ山(アペンニノ連峰中の一高山)の間にあり
三四―三六
【下にかくるゝ】橋の下火の中に
三七―三九
【汝の】汝の郷國
【去るにあたりて】一三〇〇年には公けの戰ひなくたゞ例によりて權門勢家互に嫉視反目せり
四〇―四二
【ラヴェンナ】一二七〇年ポレンタ家の手に歸してより一四四一年までその治下にあり
【鷲】ポレンタ家の紋はラーナの説によれば黄地に朱の鷲なり
一三〇〇年にはグイード・ダ・ポレンタ即ち老グイードとて、第五曲にうたはれしフランチェスカの父なりし者ラヴェンナを治めたり
【チェルヴィア】ラヴェンナの南約十二哩アドリアティコ海濱の町にて當時ポレンタ家の治下に屬せり
四三―四五
【邑】フォルリ、一二八一年法王マルチーノ四世多くのフランス人にイタリアのグエルフィ黨を加へし一軍をローマニアに遣はしこの地方のギベルリニ黨を攻めしを、この軍久しくフォルリを圍みしかども城善くその難に耐へ城主グイード・モンテフェルトロ兵を集めて市外に突進し大に敵軍を敗れり
當時フォルリを治めしオルデラッフィ家の紋は上半金地に緑の獅子(ベンヴェヌーチ Benvenut の説による)あるものなりしかばフォルリを緑の足の下にありといへるなり
四六―四八
【ヴェルルッキオの猛犬】マラテスタ家、ヴェルルッキオはリミニの西南約十哩にある城の名、この城久しくマラテスタ家の所有たり、古き犬は第五曲の中なるパオロ及びその兄ジャンチオットの父にてマラテスタ・ダ・ヴェルルッキオといひ新しき犬はその長子乃ち前二者の異母兄にてマラテスティーノといふ、父子共に獰猛リミニ及び其他の領地に君となりて民の膏血を絞れり
【モンターニア】リミニ市ギベルリニ黨の首領なるモンターニア・デ・パルチターティ、一二九五年マラテスタ父子のために虜はれて獄中に死しリミニ市彼等の手に落つ
四九―五一
【白巣の小獅子】マギナルド・パガーニ・ダ・スシナーナ(淨、一四・一八―二〇參照)家紋白地に青の獅子を用ゐたり
【夏より冬に】四季のたえず變遷する如くマギナルドの時宜に應じて黨與を變ぜるをいへり、史家ヴィルラーニ曰、この者ローマニアにてはギペルリニ黨に屬しフィレンツェにてはグエルフィ黨に屬せりと
【ラーモネ】川の名によりて町を示す、即ちラーモネ河畔のファーエンヅァ
【サンテルノ】同上、サンテルノ河に近きイモラ
五二―五四
【洗はるゝもの】チェゼナ、サーヴィオ河畔にある町、一三〇〇年チェゼナ自治制を布き年々ポデスタを選びて政務をとらしめこの者政權を亂用し市民を虐ぐる恐れあるにいたれば直ちにこれを追へり
五五―五七
【人】地獄内なる他の罪人、或曰、ダンテ自身よくグイードの問に答へしをいふと
六一―六三
【この焔は】我は何事をも其人に語るまじ
六四―六六
地獄に苛責を受くる者多くは、詩人の傳言によりて在世知友の間に新しき記憶を呼起さんことを願へり、チヤッコ(地、六・八九)ピエール・デルラ・ヴィーニア(地、二二・五五―六)みたりのフィレンツェ人(地、一六・八五)等これなり、しかるにこれに反し一方には生者にあふを恥辱としつとめてその罪業を掩はんとするものあり、カッチァニミーコ(地、一八・四六)この曲のグイード、コチートのボッカ(地、三二・一〇〇―一〇三)等これなり
六七―七二
【帶紐僧】聖フランチェスコ派の僧。身に紐を帶ぶるを以てこの名あり(九一―三行註參照)、グイードが結縁の身となりしは一二九六年のことなり
【大いなる僧】法王ボニファキウス八世
七三―七五
わが世に住みし間の行は猛者の行といはんよりはむしろ奸智に長けし者の行なりき
七九―八一
ダンテの『コンヴィヴィオ』四、二八・一四以下に曰く
クリオがその『老年論』にいへる如く自然の死は長き航海の後なる港また休みともいひつべし、されば良き舟人の港に近づくにあたり其帆をおるしてゆるやかに船を操りしづかにそこに入る如く、人また地上の活動の帆ををさめその志を盡し心を盡して神に歸るべきなり
八五―八七
【ファリセイびとの王】法王ボニファキウス八世、即ち當時の僧侶(僞善者)の王なり、僞善者を第二のパリサイ(ファリセイ)人といへるは聖書によれり(マタイ、二三・一三等)
【ラテラーノ】ローマ市の一部、コロンナ家はラテラーノなる聖ジョヴァンニの寺院近き處にありしなり
一二九七年法王ボニファキウス八世軍を起してコロンナ家を攻め遂にペネストリーノ(ローマを距る約二十四哩)にあるその本城を圍むにいたれり、されどこの城はアペンニノ連峰の裾にあり要害堅固にして容易に落つべくもあらざりければ法王やがてグイードの智を借り奸計を用ゐてこれを奪へり
【サラチーノ(サラセン)人、ジュデーア人】法の爲、教の爲、異教徒と戰へるにあらず
八八―九〇
その一人だに教に背きキリスト教徒たる實を失ひしはなし
【アークリ】シリアの一市、パレスチナなるキリスト教徒最後の苦戰その效なく、一二九一年、サラセン人の手に歸せり
【ソルダーノの地】ソルダン。アークリ陷落の後法王令旨を下し一般キリスト教徒のイスラム教徒と貿易を行ふことを禁ぜり、ソルダンの地は主にアレクサンドレア及びエヂプトを指す
九一―九三
【瘠する】戒めと斷食によりて身瘠するなり
【紐】天、一一・八七に卑しき紐といひ同一二・一三二に紐に上りて神の友となりとあり、身を卑しうして貧しき者と親しみ慾を戒めて上帝と親しむの意を寓せるなり
九四―九九
【コスタンティーン】コンスタンティヌス。當時の傳説に曰、コンスタンティヌスはキリスト教徒を迫害せるため冥罰によりて癩を病めり時に一醫の言を進むるあり曰ふ小兒を集めその血を絞り大帝自らこれに浴せば病即ち癒えんと、無辜の兒童等宮廷に集めらるゝに及び母の號泣する聲大帝の耳に入る大帝小兒を殺すにしのびずこれを殺さんよりは我むしろ死を待つべしといふ、この憐憫の情上帝の嘉納し給ふところとなりペテロ、パウロの兩聖徒夜帝にあらはれてシルヴェステル(地、一九・一一五―七註參照)を訪ふべしと告ぐ、この頃シルヴェステルは迫害を避けてシラッティといふローマ附近の山中にひそみゐたりければ大帝即ちこゝに赴き洗禮をうけてキリスト教徒となり癩病全く癒えたり、かの有名なる大帝供物の一條(地、一九・一一五―七)もまたこの事に基づきてなりと
【傲の熱を】コロンナ一家を倒してひとり勝を誇らんとの熱望を達せんとて
一〇〇―一〇二
【ペネストリーノ】八五―七行註參照
一〇三―一〇五
【鑰】天國の(地、一九・九二參照)
【我よりさきに】ケレスティヌス五世、位を退けるを鑰を尊まずといへり(地、三・五八―六〇註參照)
一〇六―一一一
【長く約し】ペネストリーノをわが物とする策は他にあらず、多くの事を約束してしかもその約束を果さざるにあり
ペネストリーノの城危機に瀕し和を乞ふにいたれる時(一二九八年)法王より寛典の沙汰ありければコロンナ家の出なる二人のカルディナレ、法王の許にいたれるに法王はたゞに破門の取消ををせるのみならず彼等の名譽地位財産をももとのまゝならしむる意あることを告げ彼等をこゝに止めおき之と同時に人を遣はしてペネストリーノを占領せしめ盡くこの市を破壞したり
一一二―一一四
【黒きケルビーニ】鬼(地、二三・一三一)、當時色黒き人の形を畫きて鬼となせるより黒きといふ、またケルビーニは九種の天使の一なり、各種の天使天を逐はれて地獄にくだれり
一一八―一二〇
【悔いと願ひ】罪を悔ゆる心と罪を犯さんとの意志とは兩立せず
一二四―一二六
【ミノス】ミノスの八度尾を捲くは罪人の第八の地獄に落つべきものなるを示す(地、五・四以下)
一二七―一二九
【盜む火】罪人をつゝみかくす火乃ち第八嚢(地、二六・四一―二參照)
【衣】炎の
一三三―一三六
【分離を】不和軋轢の種を蒔きそのため罪の重荷を負ふにいたれる者こゝに應分の罰を受く


    第二十八曲

詩人等やがて第九嚢にいたれば鬼に斬られし多くの罪人あり即ち宗教政治の上に不和分爭の種を蒔ける者なり、このうちマホメット、ピエール・ダ・メディチーナ、モスカ、ベルトラムの四人ダンテとかたりて己と侶との事を告ぐ
一―三
【紲なき者】平仄押韻の制限なき者乃ち散文
七―一二
【プーリア】イタリアのナポリの王國を指す
【トロイア人】アエネアスと共にイタリアに來れるトロイア亡命の勇士等。古代ローマの東南に居住せるサンニタ人とローマ人との間に屡□戰ひ起り(前三四三―二九〇年)サンニタ人遂に征服せらる
異本、ローマ人とありされどダンテはトロイア人をローマ人の意に用ゐしものなればその實同じ
【リヴィオ】ティトゥス・リウィウス、有名なるローマの歴史家(前五九―一六年)、『ローマ史』の著あり
【長き戰ひ】第二のポエニ戰爭(前二一八―二〇一年)とてカルタゴ人とローマ人の間に起れる戰ひなり、この戰ひの中カルタゴの驍將ハンニバル、プーリアのカンナエといふところにて大いにローマの軍を敗ることあり(前二一六年)戰ひ終りて後敵の死者の指より黄金の指輪を集めしに數俵の多きにいたれりといふ(リウィウスの『ローマ史』二三・一二及びダンテの『コンヴィヴィオ』四、五・一六四以下參照)
一三―一八
【ロベルト・グイスカールド】ロベール・ギスカール(天、一八・四八)、ノルマンディの勇將にてプーリア及びカーラブリアに君たり、十一世紀の後半サラセン人並びにギリシア人此等の地をロベールの手より奪はんとして軍敗れ南部イタリアを逐はる
【チェペラン】チェペラーノ。リリス河畔にある町の名、ローマよりナポリ王國に入る通路として重要の地なり、一二六六年シヤルル・ダンジュウ(カルロ・ダンジオ)、ナポリ王國を攻めし時チェペラーノの橋を守れるプーリアの貴族等私怨を懷いてその王マンフレディに背き、橋を敵の過ぐるに任し遂にベネヴェントの激戰となりマンフレディ戰場の露と消ゆ、註釋者多くはダンテのチェペラーノは乃ち間接にベネヴェントの戰ひを指せるものなるべしといふ
【ターリアコッツォ】アブルッツォ國の一城市(ローマの東)
【アーラルド】エラール・ド・ヴァレリ。フランス軍の將なり、マンフレディ殪れシャルル一世既にプーリアに王たるにいたりしも、マンフレディの甥コルラディーノ(コンラッド)なほ干戈を用ゐてこれに當りしかばシャルルはその軍師老エーラルの謀に從ひ軍を三手に分け、まづ二手をもてコルラディーノを迎へしむ、かくて一二六八年ターリアコッツォのあたりに激戰あり敵軍勝に乘じて戰場に散亂す、シヤルルこの機をうかゞひ軍を收めてこれを殘しおきし一手の兵と合し不意に敵を襲ひ大いにこれを敗りコルラディーノを虜にす、ベネヴェントの戰ひと共に世これを稱してアンジュウの亂といふ
二二―二四
【中板、端板】mezzul は樽の底三枚の板のうち中央にある物 lulla は同じく兩端にある物
三一―三三
【マオメット】マホメット。イスラム教の教祖、紀元五六〇年アラビアのメッカに生れ同六三三年メヂナに死す、ダンテは宗教の分爭を釀せる者としてこゝにこの偉人を罰せり
【アーリ】マホメットの從兄弟にして且つその筋なりし者(五九七―六六〇年)
三七―四二
【裝ふ】或ひは、傷つく、截る
四三―四五
【自白】ミノスの前にて告白せる罪(地、五・七―八參照)
五五―六〇
【フラー・ドルチン】ドルチーノ。有名なる使徒派の管長、一二九六年使徒派(寺院を使徒時代の状態に復歸せしむとの主義によりてかく名づけしなり)の長となりその勢力次第にトレント、ブレッシア、ベルガーモ等の諸處に及ベり、法王クレメンス五世令旨を下し十字軍を起してこれを攻む、ドルチーノ、ヴァル・セシアにて久しくこの軍と對峙し一三〇六年五千の宗徒を率ゐてノヴァーラとヴェルチェルリ兩市の間の山地に籠れり、一三〇七年三月にいたり糧の乏しきと雪の大いなるため遂に法王の軍に降り同年六月ヴェルチェルリに於て火刑に處せらる
【ノヴァーラ人】十字軍に加はれる
六一―六三
カーシーニ(T. Casini)曰、この一聯はマホメットの人に後れざらんため早口にかたりて去れるを示すと
七三―七五
【ヴェルチェルリ、マールカーボ】ヴェルチェルリはピエーモンテ州の一市、マールカーポはポーの河口に近きラヴェンナの一城なり、故にこゝに所謂麗しき野はアルピの麓よりアドリアティコの海岸にわたりて次第に傾斜する一帶の曠野即ちロムバルディアを指せるなり
【ピエール・ダ・メディチーナ】ローマニア各市を歴遊してその侯伯等の間に爭亂の種を蒔ける者、傳不詳
メディチーナはボローニア、イモラ兩市の間にあり、或曰、ピエールはこの邑を治めしカッターニ家の出と
ペンヴェヌーチ曰、ダンテ嘗てメディチーナに赴きカッターニの歡待をうけしことあり七一行にダンテをみしことありとピエールのいへるもこれによりてなり云々
七六―八一
【ファーノ】リミニの東南約三十哩にある海濱の町、ピエールはボローニアを逐はれし後この町に住めることありといふ
【メッセル・グイード、アンジオレルロ】グイード・デル・カッセロ及びアンジオレルロ・ダ・カリニアーノ、共にファーノの貴族
一三一二年の頃リミニの暴君マラテスティーノ(新しき犬、地、二七・四六)この二人とラ・カットリーカに會して國事を議せんといひて彼等を欺きひそかに人を遣はしてその船を路に要し彼等を殺しその黨與を逐ひ自らファーノを治む
【ラ・カットリーカ】アドリアティコの海濱リミニとファーノの間にある町
八二―八四
【チープリ、マイオリカ】キュプロス、マジョリカ。地中海の東端及び西端にある島、兩島の間は猶地中海といふが如し
【アルゴス人】昔、地中海上を横行せるよりいふ
【ネッツーノ】海の神、ポセイドン(ネプチューン)
八五―八七
【一をもて】マラテスティーノは生れて獨眼なりしなり
【ひとり】クーリオ(九七―九註參照)
【邑】リミニ
八八―九〇 【フォカーラ】ファーノとラ・カットリーカの間の岬。このあたり航海の難所にて風荒き時は舟子等神に誓願かけ航路の安全を求むるを常とせりといふ、グイード、アンジオレルロの二人はこの難所にさしかゝらざるうちに殺され誓願の必要なきにいたれるなり
九一―九三
【見しことを】リミニを見しことを悔ゆるなり、九七―九註參照
九七―九九
【彼】クーリオ。ローマの民政官、カエサルがローマ議會に敵視せらるゝに及び彼ローマを逐はれてラヴェンナにいたりこゝにカエサルにあひこれにすゝめてルビコン川(リミニの北數哩)を渡らしむ、ルビコンを渡るはローマ共和國に對して宣戰の布告をなすと等しければ當時カエサルが容易にその心を決し得ざりしこと人の知るところなり
クーリオのリミニを見しことを悔ゆるはこの附近にてカエサルの心をうごかし爭亂の基を起せるため第九嚢に罰せらるゝにいたりたればなり
一〇六―一〇八
【モスカ】モスカ・デ・ロムベルティ(一二四三年死)
こゝにフィレンツェの貴族ブオンデルモンテ家の一人にて同じ町なるアーミデイ家の一女と許嫁の間柄なりし者あり、この者約に背き他家と縁を結びしかばアーミデイ家にてはこれを以て忍び難き侮辱となし親戚知己を集めて復讐の策を講ぜり、席に連れるモスカこの時辯をふるつて破約者の殺害を説き議ここに一決す
ブオンデルモンテ殺害せられこの報全市に傳はるに及びて事態いよ/\紛亂し市民のうち或者は殺害者に與してギベルリニ黨となり或者は被害者に加擔してグエルフィ黨となりかくて兩黨相軋轢し禍亂長く盡きざるに至れるなり
【事行はれて輙ち成る】Capo ha cosa fatta 事一度行はるればまたいかんともしがたし、進んで事を成せさらば好結果を生ぜん、換言すればブオンデルモンテを殺せさらば一切の解決を見ん
【トスカーナ】兩黨の爭ひはフィレンツェよりトスカーナ州の各地にひろまれり
一〇九―一一一
【宗族の死】一二五八年ロムベルティ家は他のギベルリニと共にフィレンツェを逐はれ再び歸ることをえず遂にはその消息を知るものすらなきにいたれるなり
一二四―一二六
體は己の爲に己の一部なる首を燈となせり(目ありて前を見分くればなり)されば體と首とは二にして一、一にして二なり、かゝる不思議のいかでありうべきやはたゞ神のみ知りたまふ
一三三―一三五
【ベルトラム・ダル・ボルニオ】ベルトランド・デル・ボルン。フランスのペリゴー(當時英領)の貴族にてオートフォルの城主(地、二九・二九)なり、十二世紀の半の人、英王ヘンリー二世(一一三三―一一八九年)の長子ヘンリー(一一五五―一一八三年)に説きてその父に叛かしむ、子死して後父の補ふるところとなりしも赦されて僧となりその身を終ふ
【若き王】ヘンリー二世の長子ヘンリー。父の在世中兩度まで戴冠式を行へるためフランスにてもイタリアにても若き王として知られたりきといふ
異本、王ジョヴァンニ(ジョン)とありて謄寫本多く之によれりといふ、この異本と本文との比較につき委しく知らんと欲する人は異本を可とするスカルタッツィニ不可とするムーア(『用語批判』三四四―五一頁)の説を參照せらるべし、王ジョンはヘンリー二世の末子にて一一九九年より一二一六年までイギリス王たり
一三六―一四一
【アーキトフェル】イスラエル王ダヴィーデの議官、王子アブサロムの反逆を助けこれに授くるに父を殺すの謀を以てす(サムエル後、一五・一二以下、一六・一五以下、一七・一以下)
【根元】脊髓


    第二十九曲

ダンテ、ウェルギリウスと第九嚢を去り第十嚢の橋をわたりて最後の堤の上に下り左の溪を見おろせば種々なる手段を用ゐて人を欺けるもの種々なる惡疫に罹りて苦しめり、その一部錬金の術を行へるもの、うちアレッツォ、シエーナの二の魂兩詩人と語る
一―三
【目を醉はしめ】目に涙を湛へしめ
七―九
【二十二哩】地、三〇・八六註參照
一〇―一二
【月】地、二〇・一二七に昨夜圓かりきといへる月は今南の中天にあり即ち年後一時と二時との間なり、地獄内の時間は日によらずして月によりてあらはすを例とす(地、一〇・七九以下、同二〇・一二四以下參照)
【時】地獄全體にて約一晝夜を費す豫定なれば殘すところ今や僅かに五六時間あるのみ
一六―二一
或ひは、導者は我に答へんとしてすゝみ我はうしろに從ひつゝさらににいひけるは
【岩窟】第九嚢
【價高き】罰重き
二五―二七
【指示し】仲間の罪人等に
【指をもて】指をうちふりて
【ジェリ・デル・ベルロ】ベルロ・アリギエーリ(ダンテの祖父ベルリンチオネの兄弟)の子。性極めて爭ひを起すを好み之がために自ら禍ひを招きて同じ町(フィレンツェ)なるサッケッティ家の者に殺さる、一三〇〇年の頃はこの怨みいまだ報いられざりしがジェリの死後三十年にいたりてその甥等サッケッティ家のひとりを殺しそれより一三四二年まで兩家の間に爭ひ絶ゆることなかりしといふ
二八―三〇
【アルタフォルテの主】ベルトラム・ダル・ボルニオ(地、二八・一三三―五及び註參照)アルタフォルテは城の名なり
三一―三六
【恥をわかつもの】死者の血族、仇討をもて死者に對する遺族の義務とをせること恰も昔時の日本の如し
四〇―四二
【僧院】嚢、chiostra は壁に圍まるゝところ及び僧院の兩義を有するが故に、前の意によりて嚢をひゞかせ後の意をうけてその内なる罪人を役僧といへるなり
四六―五一
【七月九月の間】夏。沼澤の地病最も多き時
【ヴァルディキアーナ】キアーナ河の流域に沿へる溪、アレッツオ、コルトナ、キウーシ、モノテプルチアーノ等の諸市このあたりにあり、當時夏に至れば河水停滯してその毒氣に感ずる者多かりしところなり
【マレムマ】トスカーナ州海邊の沼地
【サールディニア】中古人口少なく沼多かりきといふ
五五―五七
【世に】原語、こゝに正義は神の使命によりて罪人の名を娑婆世界に録しおき後彼等を地獄に罰す
五八―六六
【エージナ】アイギナ。アテナイ西南の一小島、女神アイギナに因みてこの名あり
神話に曰、ヘラ(ジュノー)神夫ゼウスがアイギナを愛せるを怨み疫癘の禍ひをアイギナ(乃ち女神の住めるとこる)に下せり、人畜悉く斃れ死したゞ殘れるものはアイギナの子エアコありしのみ、エアコ樫のほとりに立ちて蟻群の樹皮を上下するを見、かくの如く多くの民を新に與へられんことを父ゼウスに請へり、ゼウス即ち蟻を變じて人となし民再びアイギナに滿つ(オウィディウスの『メタモルフォセス』七・五二三以下)
七三―七五
【瘡】癩病の
七六―八一
【心ならず】早く馬の手入を終りて臥床に入らんとおもふ僕
八八―九〇
【ラチオ人】イタリア人
九七―九九
二人背を合せて凭れゐたるがむき直りてダンテを見しなり
一〇〇―一〇二
【身をいとちかく我によせ】或ひは、心を全く我にむけ
一〇三―一〇五
【第一の世】世界
【多くの日輪の下に】多くの年の間
一〇九―一一七
【我】十三世紀の半の人にて名をグリッフォリーノといへりと古註に見ゆ
【アールベロ・ダ・シエーナ】傳不詳
【デーダロ】ダイダロス。イカルスの父、翼を作りてクレタ島を脱せるもの(地、一七・一〇六―一四註參照)
【子となすもの】シエーナの僧正を指せりといふ、されどその名もまたアールベロの父なりしや單に恩人なりしやも明かならず
一一八―一二〇
【錬金の術】科學の研究を目的とせずして人を欺くを目的としたればなり
一二四―一二九
【癩を病める者】カポッキオ(一三六行)、シエーナ人の虚榮心を罵れるダンテの言に答へてストリッカ、ニッコロ等は例外なりといひ皮肉の反語を用ゐしなり
【ストリッカ】シエーナの者、傳不詳
【ニッコロ】同上、丁子の香料を燒鳥に加味してくらへりといふ(一説には丁子を炭の代りに用ゐこれにて雉子鷄等を燒けりともいふ)
【園】酒食に耽る人々の間
或曰、シエーナの町のことゝ
一三〇―一三二
【一晩】ブリガータ、スペンデレッチヤ(浪費隊)と名づくる一隊、十三世紀の後半シエーナ市中富豪の子等十二人相結んでこの一隊を組成し各自莫大の金を抛つて一高樓を營み日夜遊樂を事とす、ストリッカ、ニッコロ、カッチア、アッパリアート皆これに屬せりといふ
一三六―一三八
【カポッキオ】錬金の術によりて人を欺けるため一二九三年シエーナ市にて火刑に處せられし者、註或ひはフィレンツェの人とし或ひはシエーナの人とす、その言ふところによりてダンテと相識の間なりしことしるべし


    第三十曲

詩人等なほ第十嚢の堤をゆき詐僞によりて地獄に落ちし罪人の中姿を變へて欺ける者貨幣のまがひを造れるもの及び言によりて欺ける者を見る。
一―三
ヘラはゼウスがテバイ王カドモスの女セメレを愛せるを怨み、カドモスの全家に禍ひを下せることあり(オウィディウスの『メタモルフォセス』三・二五三以下參照)
【しば/\】カドモスの甥アクタイオンの横死、セメレの妹アガウエがわが子ペンテウスを殺せること等
四―六
【アタマンテ】アタマス。カドモスの女イノの夫にてテバイの王となれる者、イノが姉セメレの子バッコス(乃ちゼウスとセメレの間の子)を養育してヘラの怒りを招けるより禍ひアタマスに及びて心狂ふにいたれるなり
【妻】イノ
【男子】レアルコスとメリケルテス
七―九
オウィディウスの『メタモルフォセス』に曰く、いぎ侶よ網をこの林に張るべし我今こゝに二匹の仔ある牝獅子を見たりと(四・五一三)
一〇―一二
【荷】メリケルテス
一三―一五
【王】プリアモス(地、一・七三―五註參照)
一六―二一
【エークバ】ヘカベ。プリアモスの妻、トロイア城陷落の後虜はれてギリシア軍中にあり
【ポリツセーナ】ポリュクセナ、ヘカベの女、トロイアよりの歸途トラキヤに立寄れるギリシア軍アキレタスの靈を慰めんため(地、五・六四―六註參照)ポリュクセナをその墓前に殺せり(オウィディウスの『メタモルフォセス』一三・四三九以下)
【ポリドロ】ポリュドロス。ヘカベの子なり、ヘカベ、ポリュクセナの骸を淨めんとて海濱にゆきこゝにトラキヤ人に殺されしわが子ポリュドロスを見出せるなり(地、一三・四六―八註參照)
二二―二七
テバイのアタマス、トロイアのヘカベを狂はしめその他獸をも人をも狂はしむる瞋恚の一念
三一―三三
【アレッツォの者】グリッフォリーノ(地、二九・一〇九)
【ジャンニ・スキッキ】フィレンツェ市カヴァルカンティ家の一人
フィレンツェの貴族ブオソ・ドナーティなる者死するにあたりその子(或曰弟)シモン父が遺産の多くを他人に讓らんとするの意あるを察し遺言書を作らしめずブオソ死して後ジャンニに説き、これを床に臥さしめブオソ未だ死せざるが如く裝ふ、かくてジャンニは巧みに死者の聲調を似せて公吏を詐りこれに型の如くなる遺言書を認めしめきといふ
三七―三九
【ミルラ】神話に曰、ミルラはキュプロス島の王キニュラスの女なり、非倫の慾を滿たさんため變裝して己が父を欺きこれと罪を犯すにいたれり(オウィディウスの『メタモルフォセス』一〇・二九八以下)
四〇―四五
【群の女王】ブオソの所有せる騾馬、この騾馬は當時トスカーナ州第一と稱せられし名馬なりければスキッキは前記遺言書の中に一項を加へてこれを己の所有とをせり
五二―五四
水分の營養化せざるもの惡所に停滯して身ために權衡を失ひ顏瘠せ腹脹る
五五―五七
【エチカ】熱病の一種
五八―六三
【マエストロ・アダモ】プレシヤの人
【水の一滴】ルカ、一六・二四富者の言に、父アブラハムよ我を憐みてラザロを遣はし指の尖を水にひたしてわが舌を冷やさせ給へ
六四―六六
【カセンティーン】カセンティーノ。アペンニノ山間アルノの溪の一地方
七〇―七二
神の正義はわが犯罪地なるカセンチィーノのあたりの水ゆたかに空氣涼しき處を我に思ひ起さしめ、これによりて却つてわが苦を増しわが歎きを大ならしむ
七三―七五
【ロメーナ】カセンティーノの城。グイード伯爵家の所有たり
【バッティスタの像】フィレンツェの貨幣は一面に守護神なる洗禮者ヨハネの像あり一面にこの市のしるしなる百合の花形ありしなり
【燒かれし】アダモはカセンティーノ附近のコンスマといふ處にてフィレンツェ人により火刑に處せらる(一二八一年)
七六―七八
【グイード、アレッサンドロ、彼等の兄弟】グイード、アレッサンドロ及びアージノルフォ。ロメーナの伯爵にて三人共兄弟なり、アダモに勸めて通貨を贋造せしむ
【フォンテ・ブランダ】シエーナなるフォンテ・ブランダ(泉の名)最も名高く古註皆これをもつてダンテの指すところとす、されどその後ロメーナ附近に同名の泉あること知れ(フラティチェルリ註參照)近代之をあぐる註疏家多し
七九―八一
【ひとり】グイードなるべしといふ
【身繋がる】病ひの爲に動く能はざるをいふ
八二―八七
【十一哩】第十嚢の周圍はまさしく第九嚢の半にあたれり(地、二九・九)、地獄全體の大なることしるべし、されど或ひはこれを標準として第八嚢を四十四第七嚢を八十八哩と計算する人あるも思ふにこれ必ずしも詩人の意にあらじ
八八―九〇
【カラート】一※[#「オンス」の単位記号、307-7]の二十四分の一フィレンツェの金貨は二十四カラートの金なるにアダモの贋造貨幣は二十一カラートの金に三カラートの混合物を加へしものなり
【フィオリーノ】フィレンツェの本位貨幣。一面に花(フィオレ)の形あるよりかく名づけしもの
九四―九六
【巖間】greppo は、破鉢(古義)
九七―九九
【僞りの女】エヂプト王パロの司なるポテパルの妻、ヤコブの子ヨセフに思ひを懸けその己の意に從はざるをうらみて無實の罪をこれに責はしむ(創世記三九・六以下)
【シノン】トロイア軍中ギリシア人の殘せる木馬(地、二六・五八―六〇註參照)に就きての評定まち/\にして容易に決せざりし時シノンは恰もギリシア軍に背きて逃れ來りしものゝ如くみせかけ王プリアモスに近づきて巧みに辯を弄し遂に木馬を城内に曳入らしむ(『アエネイス』二・五七以下)
一〇三―一一五
【これにも】シノンの拳にも
一〇九―一一一
【火に行ける】火刑に處せられし時はその手縛られて動かすをえざりしなり
一一二―一一四
【トロイアにて】王プリアモスに木馬のことを問はれし時
一一五―一一七
【鬼より多し】貨幣の數即ち罪の數なり(地、一九の一一四參照)
一一八―一二〇
【誓ひ】『アエネイス』二・一五二以下にシノンが手をあげて日月星辰を指しその言の眞なるを證せしこといづ、馬は即ち木馬なり
一二四―一二六
汝世にある日僞りの口を開き身の禍ひを招ける如く今も我を罵りて却つて我にいひこめらる
【己が禍ひのために】異本、惡をいはんため
一二七―一二九
【ナルチッソの鏡】水
ナルチッソ(ナルキッソス)の物語はオウィディウスの『メタモルフォセス』三・四〇七以下にいづ、ある河神の子なりき嘗て水を呑まんとて澄める泉のほとりにいたり水にうつれる己が姿を見之を慕ふあまりに此處を放れずして死せり
一三〇―一三二
【少しく愼しむべし】Or pur mira! 思ひのまゝにみよと裏をいへるなりとの説あり

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