神曲
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:ダンテアリギエリ 

【テッギアイオ・アルドブランディ】フィレンツェの名門アヂマーリ家の出にて、當時著名の武人なり、フィレンツェなるグエルフィ黨の人々にシエーナな攻むるの無謀なるを諭せしもその言用ゐられずして遂にモンタペルティの大敗を招くにいたれり(一二六六年死)
【名】voce この字を言の意にとりその言(乃ちグエルフィ黨を戒めし)世に用ゐらるべかりし云々と解する人あり
四三―四五
【十字架にかゝれる】苛責を受くる
【ヤーコポ・ルスティクッチ】傳不詳、十三世紀の半の人、古註曰、彼、妻と合はずして別れしため一般婦人を厭ひて不自然の罪を犯すにいたれるなりと
五五―五七
【主の言】一四―五行
六一―六三
【膽】にがき罪、禍ひ
【甘き實】あまき救ひ、福
七〇―七二
【グイリエイルモ・ボルシーレ】ボッカッチョの『デカメローネ』に見ゆるフィレンツェの武人
七三―七五
ダンテの詞
【新なる民】十三世紀の末フィレンツェ附近より來りて住むにいたれる民、民新なるによりて市を愛するの念うすし
【フィオレンツァ】フィレンツェ
【汝は既に】爭亂分離の萌既にこの時にあらはれしなり
七九―八一
汝は心のまゝにかたり勞せずして自然に巧みなる言を出しうるが故にこれより後にも今の如く僅かの詞にて問ふ者の心に滿足な與へうべくば幸なり
八二一八四
【星を見んとて】地、三四・一三九參照
【我かしこに】過去を追想するをうる時
八八―九〇
【アーメン】ファンファーニ(P. Fanfani)曰、in un ammen(アーメンの間に)、in men d'un ammen(アーメンより早く)といふ言今もまたゝくまの意に用ゐらると
九四―一〇二
【川】モントネ川(ローマニアにあり)、アペンニノ連峰の一部よりいでゝアドリアティコ海に注ぐ、ポーの源なるモンテ・ヴェーゾ(アルピ山中の高嶺)の東アペンニノの左にあたる諸川は皆東流してポーに注ぎモントネにいたりて初めて獨立す(今は地勢の變化によりてこれよりさきに海に注ぐ川あり)、この川ダンテの時代にはフォルリの町にいたるまでアクアケータと呼ばれし溪流なりきといふ、低地はローマニアの平原を指せるなり
【サン・ベネデット・デル・アルペ】アペンニノの山麓フォルリの附近にある僧院の名、アクアケータの水このあたりにいたれば飛瀑となり一瀉して落つ
千を容るべき云々につきては異説ありていづれとも定め難し
(1)僧院の生活豐かなれば猶多くの僧を容るべき
(2)多くの民の住む處となる筈なりし
この説はボッカッチョがこの僧院の院主を訪へる時院主かたりてこのあたりの高地を領する侯伯の中、瀧のあたりに一城市を築きて近隣の都邑をひとまとめにせんとの計畫をたつるものありしも事行はれずしてやみたりといへりといふにもとづく
(3)この一句を瀑に附し、その量その高さ裕に千の飛瀑となりて落ちくだるに足るべきにたゞ落ちに落下りて
一〇六―一〇八
【紐】豹は第一曲に見ゆる如く情慾の象徴なり、之を捕ふるために用ゐし紐は慾を抑へんとする人間の努力修養若しくは結縁の誓ひなり、ダンテ既に邪淫の兩界を經この罪の誘ひに勝つべき信念を得るにいたれば今は紐を帶ぶる必要を見ず、またウェルギリウスは便宜上その必要なき物を借り之を相圖としジェーリオネを呼べるなるべし(ノルトン C. E. Norton 註參照)
一二四―一二六
ダンテの詞地の文
【恥】眞を語りてしかも人に僞りなりとおもはるればなり
一二七―一二九
【喜劇(コメディア)】ダンテはカン・グランデ・デルラ・スカーラに與へし書二一八行以下にこの詩を喜劇といふは地獄の不幸にはじまりて天堂の幸に終り且つ記すに俗語を以てしたればなりといへり


    第十七曲

ジェーリオネ岸にあらはれて後ダンテは導者と別れてそのあたりなる第三の圓第三種の罪人即ち高利貸の群に入りこゝにフィレンツェ及びパードヴァの人々な見、やがてかへりて導者と共にジェーリオネの背に跨がり斷崖を下りて第八の地獄にいたる
一―三
【獸】ジェーリオネ(ゲリュオン)ダンテはたゞ名を傳説に借りるに過ぎす、神話に見ゆるジェーリオネはヘラクレスに殺されし三頭三體の巨人にて『神曲』中のものと全く異なればなり
ジェーリオネは欺罔の象徴なり、尖れる尾を持つは人を害するをいひ山を越え垣と武器を毀つは自然も人工もその行方を遮りとゞむること能はざるを示せるなり
四―六
【踏來れる石】詩人等の歩み來れるフレジェトンタの岸
一〇―一二
ロセッテイ(G. Rossetti)曰、欺罔はまづ義人の顏によりて人の信を得次にいろどれる體をもて人を惑はし後尖れる尾を動かして人を撃つと
一三―一五
【係蹄】人を誘ひ陷るゝしるし
【小楯】欺罔を蔽ひかくすしるし
一六―二四
韃靼人(タルターロ)及びトルコ人共に織物にて名高かりしなり
【アラーニエ】アラクネ、神話にいづ、有名なるリディア(小アジア)の織女、女神アテナとその技を爭ひ死して蜘蛛となる(オウィディウスの『メタモルフォセス』第六卷の始めにくはし)
戰ひ求めて魚を捕へんとして、こは海狸が屡□尾を水に垂れて岸にうづくまることあるより起れる俗説なり
二五―二七
【蠍】默示録、九・一〇參照
三一―三三
【右】地、九・一三〇―三二註參照
三四―三六
【民】人の技に背ける罪人即ち高利貸
五二―五七
【嚢】家紋を附したる財嚢にて在世の日と同じくこれをみて目を喜ばすなり
五八―六〇
黄地に空色の獅子を出せるはグエルフィ黨に屬するフィレンツェの名門ジャンフィリアッティ家の紋
六一―六三
赤地に白鵞を浮べしはギベルリニ黨に屬するフィレンツェの貴族ウブリアーキ家の紋
六四―六六
白地に空色の牝豚をあらはせるはバードヴァ市スクロヴェーニ家の紋
六七―六九
【生くるが故に】世に歸りてわが言を人に傳へうるため
【ヴィターリアーノ】古註曰、ヴィターリアーノ・デル・デンテといひパートヴァの人なり、一三〇七年その郷里のポデスタとなると
【左に】罪いよ/\大なればなり
七〇―七五
【まれなる武夫】反語、此者はジヨヴァンニ・ブイアモンテといひフィレンツェ第一の高利貸なりきといふ
ラーナ(Lana)の古註に曰、ブイアモンテ家の紋は青地に金にて三の鳶の嘴をあらはせるものなりきと
七六―七八
【誡めし】四〇行
八二―八四
【かゝる段】アンテオの手によりて第九の地獄に下り(地、三一・一三〇以下)ルチーフェロの毛にすがりて地心を超ゆ(他、三四・七〇以下)
八五―八七
【瘧】quartana 四日目毎に起る間歇熱
八八―九〇
【戒め】八一―二行
九四―九九
【めづらしき】地、一二・二八―三〇參照
一〇六―一一四
【フェートン】ファエトン。神話に曰、ファエトンはヘリオスとクリメネの間の子なり、一日父に請ひその火車をめぐらせしにこれを曳ける馬御者を侮り軌道を逸して天に近づく、ゼウス、火焔の宇宙を燒盡さんことを恐れ電光を投じてファエトンを殺せり(オウィディウスの『メタモルフォセス』第二卷の始めにくはし)
【今も見ゆる】銀河を天の燒跡と見做せるなり
ダンテの銀河説は『コンヴィヴィオ』二・四四―八六にいづ
【イカーロ】イカルス、神話に曰く、イカルスはダイダロス(地、一二・一〇―一五註參照)の子なり、父の作れる翼を身につけ父と共にクレタを去りし時その教に背きて高く飛び日に近づけるため翼を支へし蝋熱によりて溶け海に陷りて死す(オウィディウスの『メタモルフォセス』八・一八八以下に委し)
一一八―一二〇
【項】原語、頭
一二四―一二六
【禍ひ】第八獄の刑罰
一二七―一二九
【呼ばず】(地、三・一一五―七註參照)、飼主に呼ばれもせず捕ふべき鳥もなく
一三三―一三五
【削れる岩】第七と第八の地獄の間の斷崖


    第十八曲

第八の地獄はマーレボルジェと呼ばれ十の嚢(ボルジヤ)より成る、兩詩人ジェーリオネの背をくだりて後次第に中心にむかふにあたりまづ第一嚢に己または人のために女を欺けるものゝ鬼に鞭たるゝを見、次に第二嚢におもねりへつらふものゝ糞土にひたるをみる
一―三
【マーレボルジェ】(禍ひの嚢)第八獄の總稱、十個の圈状の溪より成る、詩人等がジェーリオネの背に跨がりて下れる斷崖の下より岩石流れ出で溪と溪との間の堤を橋脚として多くの橋となり中央の坎に達す、しかして斷崖上りこの坎に近づくに從ひ地は次第に下方に傾斜せり(地、一九・三四―五及び二四・三七―四〇)
Bolgia は嚢の一種なり、溪を嚢といふはその中に罪人ををさめて恰も長き嚢の如くみゆればなり
【圈】第七と第八の兩獄の堺にある斷崖
四―六
【坎】第九の地獄この坎の底にあり
七―九
【岸】斷崖、三行の圈と同じ
一〇―一五
【閾】城門の
一六―一八
【石橋】原語、岩、破岩溪の上を過ぎて橋となれるもの
【坎は】多くの石橋四方より皆中央の坎にあつまり坎にいたりて盡く、その状恰も車の輻の軸に聚まるに似たり
二五―二七
第一嚢は中央より分たれて二の輪となりその中なる二種の罪人互に反對の方向に進む、外の輪には人の爲に女を欺けるもの内の輪には己のために女を欺けるものあり
二八―三〇
【ジュビレーオの年】罪の赦の年(一二九九―一三〇〇年)
このジュビレーオは法王ボニファキウス八世の令旨によりて行はれき、乃ち法王は一二九九年のキリスト降誕祭より向ふ一ケ年間すべてローマに集まる巡禮者にしてこの地に十五日を過し且つ聖ピエートロ聖パウロの兩寺院に詣でてその罪を懺悔するものに大赦を宜せるなり、この時ヨーロッパ各地より集まり來れる旅客の數莫大なりければ此等の者に對する取締り保護の方法種々ありし中にダンテのこゝに引用せる一項ありき、即ち聖アンジェロの橋を縱に一個の柵をしつらひ聖ピエートロの寺院にゆくもの及びそこより歸る者に往來の故障なく各□その方向に從つて橋を渡るをえせしめしことこれなり(ノルトン)
三一―三三 
【カステルロ】カステルロ・サンタンジェロ、もとは歴代皇帝の靈廟なりしが六世紀にいたり市民これを城に代へたり、聖アンジェロ橋の右側にあり
【サント・ピエートロ】カステルロの西にあり、使徒ピエートロ(ペテロ)この墓の上に建てられし大寺院
【山】橋の左にあるモンテ・ジョルダーノを拜せりといふ
三四―三六
【鞭】ferze 棒の先に多くの革紐をつけしもの
四九―五一
【ヴェネディーコ・カッチァネミーコ】一二六〇年より同九七年までボローニアなるグエルフィ黨の首領たりしもの
【サルセ】salse サルセまたは藥味、註釋者曰く、ボローニアの附近にサルセと名づくる溪ありて昔處刑せられし罪人の遺骸こゝに棄てられ罪輕き者こゝに策たれしことあれば辛き藥味即ち苦しみの場所と兩義に通はして用ゐしなりと
五二―五四
【明かなる】善くボローニアの事に通ぜるを示す
五五―五七
【侯】フェルラーラ市の侯爵にてエスティ家の者なりといふ、名不明
【ギソラベルラ】ヴェネディーコの姉妹
五八―六三
我と共に此處に罰せらるゝボローニア人は今現に世に住むボローニア人よりその數多し
【サヴェーナとレーノの間】ボローニア、サヴェーナとレーノは東西よりボローニアを插みて流るゝ川の名なり
【シパ】sipa ボローニアの方言にてシア sia(si 然り)の意に用ゐる、故にシパといひならふ、舌はボローニアの方言を用ゐるもの即ちボローニア人なり
六四―六六
【騙すべき】da conio 或ひは人に取持ちて錢にすべき、錢のために己が身を賣る等の意に解する人あり
七〇―七二
【永久の圈】第七獄と第八獄第一嚢の間の岸、永久は地、一・一一四不朽の地と同義なるべし
七九―八一
【群】己のために女な欺けるものゝ群
八五―八七
【ヤーソン】イアソン、神話に名高き『金の羊毛』の勇士、テッサリアの王アイソンの子なり、金の羊毛をえんためアルゴナウタイ遠征隊を組織し自らその長となりてコルキス(黒海の東にあり)に渡れり
八八―九〇
【レンノの島】レムノス、エーゲ海中の島
アプロディテこの島の女の己を敬はざるを憤りこれを罰せんためまづ男子をして女子を疎んぜしむ、女子怨みのあまり相謀りて立ち島中の男子を鏖にす
九一―九三
【イシフィーレ】ヒュプシュピレ、レムノス王トアスの女、男子殺戮の事ありし時父を殺せる如く裝ひてひそかにこれを助け自らレムノスの女王となれり
【智】異本、しるし(戀の)
イアソンは遠征終らばヒュプシュピュレを娶りて妻とせんと約し女雙兒を孕める後コルキスにむかへるなり(淨、二六・九四―六參照)
九四―九六
【メデーア】メデイア、コルキス王アイエテスの女なり、イアソンを慕ひ妖術を以てこれをたすけて羊皮を得せしめこれに從ひてギリシアに赴き後棄てらる
九七―九九
【牙に罹る】これにとらへらるゝ
一〇〇―一〇二
【細路】石橋
【弓門】溪の上なる石橋の弓形なるをいふ
一一五―一一七
【緇素を判ち】剃髮せるや否やによりて
一二一―一二三
【アレッショ・インテルミネイ】ルッカ市の貴族、一二九五年の末猶生存せりといふ、傳不詳
一三三―一三五
【タイデ】タイス、名高きアテナイの遊女なり、トラソオなるものタイスの歡心を買はんため幇間グナトオを介してこれに奴隷の一少女を贈り使歸れる時タイスの喜びいかなりしやを問へるにいと厚く禮を陳べたりと答へきといふことローマ詩人テレンティウス(前二世紀)の喜劇『エウヌクス』三幕一場の始めにありといふ
或曰、キケロの『友情について』にいづるタイスの物語には對話者の誰なりといふことあきらかならず、さればダンテこの書によりてトラソオが直接タイスに問へる如く記せしなるべしと


    第十九曲

第三嚢にはシモニアを行へるものあり倒さまに孔の中にいけられたゞ足のみな外にいだし且つそのあしうら火に燒かる、詩人等堤を下りてそのひとりニコラウス三世とかたり後第四嚢の橋上にいづ
一―六
【シモン・マーゴ】(魔術者シモン)、サマーリアに住める魔術者にて使徒ピリポより洗禮を受けし後錢を持來りペテロ及びヨハネに聖靈を授くる力を與へんことを求めし者(使徒八・九―二四)
「シモニア」なる語(地、一一・五五―六〇註參照)はこのシモンよりいでしなり
【今喇叭は】われ今こゝに汝等の罪業を公にすべし
七―九
或ひは、我等既に石橋のまさしく濠の眞中にあたれるところに登りて次の墓(乃ち第三嚢)の上にありき
【次の】第三嚢の上なる弓門の
一〇―一二
【禍ひの世】地獄
【頒ち】賞罰を
一六―二一
【聖ジョヴァンニ】フィレンツェ市にある聖ジョヴァンニの洗禮所
堂内には中央の柱をめぐれる一大水盤あり水盤の外部を固めし大理石の中には四ケ所に長圓形の孔を設け僧の稚兒に洗禮を授くる時この中に立ち水に近きと(當時すべて浸禮を用ゐしなり)群集を避くるの便あるをはかれりといふ
【碎ける】古註曰ふ、曾て堂内に群集雜沓して孔のあたりに爭へることありしに一人の小兒その中に陷り人々これを引出さんとつとめしも能はざりしかばダンテ斧を揮つて大理石を破壞し小兒を死より救へるなりと
【人の誤り】聖物破壞の事をあしざまにいひ傳ふる人ありしより理由をあげてその妄を辯ぜるなり
二五―二七
【綱、組緒】ritorte は若枝を搓りて作れる綱 strambe は草をあみて作れる綱(或ひは若枝を組合せて作れる綱ともいふ)
三一―三三
【猛き】異本、赤き
三四―三六
【低き】第八の地獄は中央の坎に向ひ次第に下方に傾斜するが故に内の岸は外の岸より低し(地、一八・一―三註參照)
三七―三九
【默して】地、一〇・一六以下及び地、一六・一一八以下參照
四三―四五
【脛にて】脛を振りて苦をあらはすものゝ孔あるところ
四九―五一
詮釋者曰、中古の刑罰に暗殺者を逆さにして地に掘れる穴にいれ土塊を投じて次第に穴を埋めしことあり、かゝる刑に處せられし罪人が既に穴に入りたる後懺悔僧を呼戻して罪を告白し暫しの命を延べんとせしこと珍らしからずこれ懺悔の間は刑吏土塊を投ずることなければなりと
五二―五四
【彼】ニコラウス(ニコロ)三世、一二七七年より一二八〇年まで法王たり
【ボニファーチョ】ボニファキウス八世、一二九四年より一三〇三年まで法王たり
【書】未來記
ニコラウスはダンテをボニファキウス八世と誤り思へるなり、ボニファキウスの死は一三〇三年にてニコラウスは地獄の罪人の未來をしる例によりてこれを知りゐたるに今は一三〇〇年なればかくいへり
五五―五七
【欺いて】謀を以てチェレスティーノ(ケレスティヌス)五世に法王の位を退かしめしをいふ(地、三・五八―六〇註參照)
【淑女】寺院、淑女をとらふは法王となること
【虐ぐ】シモニアを行ひて
七〇―七二
【牝熊の仔】オルシーニ家の出
ローマのオルシーニ家は家紋に牝熊(オルサ)を用ひ古くより牝熊の裔の名ありきといふ
【上には】世にある日は財貨を嚢に入れ地獄にくだりてはわが身を嚢(孔)に入る
【熊の仔等】一門
七六―七八
ボニファキウス來らば我もこの孔の下に沈みゆくべし
七九―八一
ニコラウスのこの時まで足をさらせし日の數はボニファキウスの足をさらすべき日の數より多し
ニコラウスは一二八〇年の八月より一三〇〇年の四月までボニファキウスは一三〇三年の十一月より一三一四年の四月まで
スカルタッツィニ曰、ダンテ若し史實に據りてかくいひしならば『神曲』のこの一部の一三一四年四月以後に成れるものなること知るべしと
八二―八四
【牧者】法王クレメンス五世、一三〇五年ベネデクトゥス十一世(一三〇三年ボニファキウスに次ぎて法王となり、在位九ケ月にして死す)の後を承け一三一四年四月に死す
【西の方より】クレメンスはガスコニー(フランス)の生れにてボルドー(フランス)の僧正なりければ
【法を無みし】法王廳をローマよりフランスのアヴィニォンに移せるは彼なり。またシモニアを行ひ性貪婪にして放縱なりきといふ
八五―八七
【ヤーソン】イアソン、ユダヤの祭司の長なるシモン二世の子、シリア王アンティオコスに金を與ふることを約して祭司の長となれり(マッカベエイ後、四―五章)
クレメンスがフランス王フィリップ四世の歡心を買ひて法王となれる事これと相似たり
【また王】シリア王アンティオコスのイアソンに厚かりし如くフランス王フィリップ、クレメンスに厚からむ
八八―九三
【愚なる】或ひは、大膽なる
【我等の主】マタイ、一六・一九、鑰は天國の鑰なり
【我に從へ】マタイ、四・一九 マルコ、一・一七等
九四―九六
ピエートロ(ペテロ)及び其他の弟子等ジュダ・スカリオット(イスカリオテのユダ)の死後マッティア(マッテヤ)をえらびて使徒とせり(使徒、一・一五―二六)
【ピエル】ピエートロ
九七―九九
【カルロ】ナポリとシケリアの王シャルル・ダンジュウ(カルロ・ダンジオ)
ヴィルラーニの記録に曰、法王はシャルルが結婚の申込を拒めるを含みローマの議官及びトスカーナの僧官たる資格をシャルルより奪ひ、さらにジョヴァンニ・プロチダなる者より賄賂を受けて陰謀をめぐらし、死後かの有名なるシケリアの虐殺(一二八二年フランス人の虐殺)を見るにいたれるなりと
一説にはこゝに所謂不義の財貨とはニコラウスが寺院所屬の十分一税を私せるを指せるなりともいふ
一〇六―一〇八
【編める者】ヨハネ傳を編める者、默示録の著者と同一なりとの説に從へるなり
默示録第一七章に水の上に坐せる女の事いづ、但しその記事その寓意に於て聖書とダンテと必下しも同一にあらず默示録の中なる女は七の頭と十の角を持ち且つ獸に乘れり(一七・三)、その解に曰、水は諸民なり(一七・一五)七の頭は七の山なり(一七・九)十の角は十の王なり(一七・一二)と
今ダンテの女につきて註釋者の説を聞くに、曰、女は法王の下なるローマ若しくは寺院なり淫を諸王に鬻ぐは諸王の歡心を求むるを事とするなり七の頭は七の聖式(サクラメンテ)なり(或曰、聖靈の七の賜と)十の角はモーゼの十誡なり乃ち寺院は靈の賜をうけその夫即ち法王は徳を慕ひかくして始めて十誡によりて寺院の寺院たる眞を證せらるゝ(若しくは寺院の威力を之によりてうる)なりと
一一二―一一四
【彼等】イスラエルの民、彼等金の犢を鑄てこれを拜せること出エヂプト、三二・四、八等にいづ
或曰、廣く偶像信者を指していへりその拜する神多けれども黄金崇拜者の百に對し一に當るべき割合なるの意と
【百】金貨銀貨一として神ならぬはなし(地、三〇・一一七參照)
一一五―一一七
【コスタンティーン】皇帝コンスタンティヌス一世(二七四―三三七年)、キリスト教に歸依し時の法王シルヴェステル一世にローマの領地を供物として捧げたりとの説ありて中古事實と認められしも、而後その訛傳に過ぎざること證明せらるゝにいたれり
【父】シルヴェステル一世(三一四年より三三六年まで法王たり)、前項記戰の供物を受けて法王中最初の長者となれるなり、またかく富を得たるがために其後の牧者心を利慾に注ぎ從つて寺院の腐敗を招くにいたれり
此曲の中一〇六行より一一七行に亙る四聯は地、一一・八―九行とともに十七世紀の始めイスパニアの宗教裁判所に於て新に出版せんとするダンテの『神曲』中より削除すべき事を命ぜり(ムーア『ダンテ研究』二卷七頁脚註參照)


    第二十曲

第四嚢の橋上にいたれば魔術卜筮等によりて人を蠱惑せる者背を前にして歩み來れり、ウェルギリウスその中數人を指示してダンテに教へまたマントと名づくる卜者のことより郷里マントヴァの由來に説き及び後共に第五嚢にむかふ
一―三
【第一の歌】地獄即ち深淵の中に沈める者の歌
七―九
【祈りの行列】祈りの歌をうたひつゝしづかに歩みゆく寺院内の行列
二八―三〇
【慈悲全く】ダンテは pieta を慈悲と敬虔との兩意に用ゐて文飾とせり、罪人に對する慈悲心亡びて(地、二・九一―三參照)初めて神に對する敬虔の念生く
【神の審判にむかひて】神の審判により罰をうくる者にむかひて
ウェルギリウスの意は同情を寄するに足るざる罪人をあはれむは神の審判を誹議するに等しければ許すべからざる罪なりといふにあり、眞に同情を寄するに足るべき罪人に對してはウェルギリウス自身憐みのため色を變ずるにいたれることあり(地、四・一九―二一)何ぞダンテのフランチェスカ、チヤッコ及びヤーコポ・ルスチクッチ等に對する同情を責むべき
三一―三六
【アンフィアラーオ】アンフィアラオス、ギリシアの卜者、テバイを圍める七王の一(地、一四・六七―七二註參照)なり、テバイ攻圍中ゼウス電光を投じて大地をひらきアンフィアラオスを地獄に陷る
四〇―四二
【ティレージア】テバイの卜者、嘗て森に入り二匹の蛇の交はれるを見、杖にて撃ちて放れしめしにその身變じて女となれり、七年の後再び此等の蛇を見しかばまたさきの如く撃ち、ここに再び男にかへれり(オウィディウスの『メタモルフォセス』三・三二四以下)
四三―四五
【雄々しき羽】髯
四六―四八
【アロンタ】エトルリア(イタリア)の卜者、カエサルとポムペイウスの間に戰ひありし時前者の勝を豫言せりといふ
【ルーニ】イタリアの西北海岸マーグラの河口に近き町、この町今は僅かに荒廢の跡をとゞめ名はこの地方の總稱なるルーニジアーナとなりて存するに過ぎず、ルーニの山はカルラーラの山をも含むなり
四九―五〇
【大理石】カルラーラの大理石坑はローマ時代よりすでに世に知られたりといふ
五五―五七
【マント】ティレージア(四〇行)の女
【わが生れし處】マントヴァ市をいへりされどウェルギリウスの生れし處はマントヴァ市の附近なるアンデスなり
五八―六〇
【バーコの都】酒神バッコスを守護神とせる町、乃ちテバイ、エテオクレス兄弟の死後(地、二六・四九―五四註參照)クレオンなる者テバイを治めて虐政を布きテバイはたゞ屈從を事とせるのみ
六一―六三
【上なる】地獄に對して世界を上といふ
【ティラルリ】ガルダ潮の北方メラーノに近き城、もとドイツ領たり、アルピ連峰の一部此上に聳ゆ、湖上最初のドイツの城なれば獨逸(ラーマニア)を閉すといへるなり
【ベナーコ】今のガルダ湖
六四―六六
【ガルダ】湖東の城
【ヴァル・カーモニカ】湖水の西北にあたる溪、延長五十餘哩
【アペンニノ】異本ペンニノとあり、ガルダ湖附定の連山を指せるならんも不明なり、所謂アペンニノ連峰にはあらず
六七―六九
【一の處】不明、或ひはフラーチと稱する一小島なりといひ或ひはチニアールガの河口といひ或ひは想像の一地點に過ぎすといふ、此處はトレント(湖北)、ブレシヤ(湖西)、ヴェロナ(湖東)の牧者の管轄地互に境を接する處なれば三の中いづれの管轄地より來る僧もこゝに立ちて十字を截りてわが牧する民に祝福を授くることを得べし(僧の公けに祝福を授くることは己が管轄地内にのみなしうべき定めあればなり)
七〇―七二
【ペスキエーラ】ガルダ湖の南端にあるヴェロナ人の城
【ベルガーモ】ブレシヤの西にあり
七六―七八
【ゴヴェルノ】今ゴヴェルノロといふ、ミンチョの右側にある邑
七九―八一
【夏は】夏時往々地乾き汚水處々に停滯して市民の衞生を害することあり
九一―九三
【占】昔土地に新に名をつくる時は卜筮によりてその名をえらぶ習ありきといふ
【マンツア】マントヴァ
九四―九六
【カサロディ】ブレシヤの一城主カサロディ家のアルベルト伯なる者マントヴァに君たりし時(一二七〇年頃)この地の名族ピナモンテ・デ・ボナーコルシ、市の平和の爲と稱しアルベルトに勸めてまづ多くの貴族を市外に逐はしめ後遂にアルベルトを逐ひ自らマントヴァの君となれり
九七―九九
【由來】『アエネイス』一〇の一九八以下には
オクヌスもまた一隊を率ゐて故國の岸より來れり、彼は卜者マントとエトルリアの川(テーヴェレ川)の間の子にて、マントヴァよ、汝に石垣と母の名を與へし者なり
とあり、ダンテの説とウェルギリウスの説に多少の差あること知るべし、思ふに或人の云へる如くダンテは當時の傳説若しくは記録に據りて一種の由來説を得たればこゝにウェルギリウスの口を借りてかく陳ぶるに至れるならむ
一〇六―一〇八
【男子なく】丈夫悉くトロイアの戰ひに赴き幼兒新に生るゝことなければ搖籃多くは空しきなり
一〇九―一一一
【卜者】ギリシア軍中の卜者エウリピロス
【カルカンタ】同じくギリシア軍中の卜者
【アウリーデ】アウリス。ギリシア軍のトロイアにむかひて船出せし港
一一二―一一四
【悲曲】『アエネイス』。これを悲曲といへるは詩材文體の高逸なるによりてなり(ダンテの『デ・ウルガーリ・エーロクエンチァー』二、四の三八以下)
【いづこにか】二の一一四以下
『アエネイス』にはたゞ反間者シノンの詞の中ギリシア軍がトロイアを去らんとしてエウリピロスにアポロンの宣託を受けしめし事あるのみアウリス解纜に關しては何等の記事なし、されば或人はこゝにかく歌へるといへるは彼の卜者なることを歌へる意に外ならずと解せり
一一五―一一七
【ミケーレ・スコット】スコットランドの人、十三世紀の始めローマ皇帝フリートリヒ二世の朝に仕へて妖術を行へりといふ
一一八―一二〇
【グイード・ボナッティ】イタリア、フォルリの星學者(十三世紀の後半)
【アスデンテ】イタリアのパルマ市の靴師、マエストロ・ベンヴェヌートといひアスデンテはその綽名なり、本業の傍卜筮を習ひ遂には卜者として世に知らるゝにいたれり(十三世紀の半)
一二一―一二三
【草】或種類の草の液を用ゐて術を行ふこと、オウィディウスの『メタモルフォセス』第七卷(二三二行以下)にメデイアがイアソンの父を若返らしめんとて多くの奇しき草を集め根を煎じてその液を用ゐしこといづ
【偶人】人の形を蝋の類にて作り或ひは火にかけ或ひは頸に針を打ちて術を行ふこと
一二四―一二六
【カイーノと茨】月
月の斑點の形人に似たるより古の俗説にこはカイン(カイノ)(創世記第四章始め)が賞罰をうけ神に顧みられざりし野の植物を肩にして立てる姿なりといへるによれり(天、二・五以下參照)
【南半球】南半球は聖都イエルサレムと淨火の山を二個の頂點としイスパニアとインドの一部を境として分割せる南北二個の半球(三二六頁插圖參照)、その境を占むるは地平線にかゝるなり
【ソビリア】ゾビリア、イスパニアの西南にある町、月の沈むは年前六時頃
一二七―一二九
【昨夜】四月八日の前の夜にてこの時よりいへば一昨夜なり
【しば/\】しば/\路を照して


    第二十一曲

かくて第五嚢の上にいたれば下には煮ゆる脂たゝへ公私の職を利用して己の慾をはかれる者其中に沈めらる、ウェルギリウス、ダンテを岩蔭にかくし自らまづ進みて第六の堤に達し鬼の長マラコダとかたり後ダンテを呼びて一群の鬼と共に左に堤を傳ふ
一―三
【コメディア】地、一六・一二七―九註參照
七―九
【船廠】ヴェネツィア市の東端にあり、中古、世に名高き船廠なりしといふ
一〇―一二
【彼等】ヴェネツィア人
三七―四二
或ひは、彼いふ我等の橋のマーレブランケよ
【マーレブランケ】(禍ひの爪)第五嚢を守る鬼の總稱
【聖チタ】ルッカ市
聖チタは一二一八年ルッカの西北約五十哩にあるボントレモリの附近に生れ無垢の一生をルッカに送り一二七二年に死せる比丘尼の名なり、ルッカの人々特に尊び敬ふをもて町の名の代りとす
【アンチアン】ルッカ市の行政官、十人あり
【ボンツーロ】一四世紀の始めルッカ民黨の首領となれるものにて古註に汚吏の隨一とあり、外は反語なり
【否、然】ラーナの古註に曰、ルッカの公會にては議事の採決をなすにあたり二個の投票箱を會場に持來り其一には然の投票を入れしめ他には否を入れしむる例あり、かゝる時黄白のために心迷へる議員等否の投票をなすべき場合にも然をもて之に代らしむること屡□ありと
四六―四八
【聖顏】「サント・ヴォルト」は昔東方より傳來しルッカ市聖マルチーノの禮拜堂に安置せられし木製十字架上のキリストなり、ラーナ曰、ルッカの人冥助を祈ることあれば、サント・ヴォルトよ今我を助けたまへといふを例とせりと
橋下の鬼等かの罪人が背を脂の外にあらはし恰も神前にぬかづく如くなるをみて嘲りてかくいへるなり
四九―五一
【セルキオ】ルッカの附近を流るゝ川、ルッカの人々夏の日よくこの河水に浴せりといふ
五二―五四
【盜みうべくば】脂の上に浮くべき機會を
五五―五八
【厨夫が庖仕に】厨人(くりやびと)がその下廻りに(改譯より)
六一―六三
【さきにも】地、九・二二以下參照
七六―七八
【マラコダ】(禍ひの尾)第五嚢の鬼の長
七九―八四
【我等を】異本、我を
九四―九六
【契約】生命の安全を降服の條件として
【カープロナ】アルノ河畔にありしピサ人の城、一二八九年八月ルッカとフィレンツェの同盟軍攻めて之を陷る、ダンテは戰鬪員としてフィレンツェの軍中にありしかばピサの歩兵の敵前を通過するさまを此時したしくみしならんといふ
一〇九―一一一
【石橋あり】マラコダの虚言、策六嚢にては壞れざる橋一もなきなり(地、二三及び二四)
一一二―一一四
地獄内なる岩の崩れはキリスト磔殺の當時に起れり(地、一二・三七以下)而してダンテの信ずる所によるにキリストの死せしはその三十四歳の時の聖金曜日なり(『コンヴィヴィオ』四・二三の九五より一〇七まで)、今、中古の計算に從ひ三十四年に一二六六年を如ふれば即ち神曲示現の年なる一三〇〇年を得べし、聖金曜日はダンテの地獄に入りし初めの日なれば一夜を其中に過して今は昨日となれるなり、またキリストの息絶えし時即ち第六時(ルカ、二三・四四)をダンテは正午と解したれば(『コンヴィヴィオ』四・二三、一〇七)これより五時を引去る時は朝の約七時となる、さればマラコダの兩詩人とかたれるは一三〇〇年型金曜日の翌日(四月九日)午前七時の頃なりとしるべし
一一八―一二三
ダンテが一々鬼に名を附せしはこの後起らんとする事柄を明瞭に讀者の腦裡に印せんとするにあり、されど此等の名をえらぶにあたりていくばくの用意ありしやあきらかに知り難し、この中には翼犬鬚龍等を編込めるもあれどもまた音調以外に何等の摸索し得べきものなきもあり。おもふに附會の説によりてしひて解釋を求むるは詩人の本意にあらざるべし、また此等の名は詩人時代のフィレンツェの行政官或ひは黒黨の首領等の名を巧みに作り變へしものなりとのロセッティの説は一部のダンテ學者の認むるところなれどもダンテがかゝる姑息の手段によりてその欝憤を洩せりとは信じ難きに似たり
一二四―一二六
【岩窟】すべての溪(十の嚢)をいふ
一三六―一三六
【齒にて】兩詩人の欺かるゝを嘲り長と相圖をあはせしなり


    第二十二曲

兩詩人と共に堤をゆける鬼脂の中よりチヤムポロなる者をとらへ岸に引上げて之を苛責す、この者詩人等に己とその侶の事を告げし後鬼を欺いて再び脂に沈み遂に鬼と鬼との爭を惹起すにいたれり
一―三
【軍を整へ】或ひは、兵を閲し
四―九
【アレッツォ】カムバルディーノ(アレッツォ市の北アルノの溪の戰場なり、一二八九年アレッツォ人こゝにフィレンツェ軍と戰ひて敗る)の戰ひの折を指せるならん、ダンテはこの時フィレンツェ騎兵の中に加はりゐたりといへば
【鐘】フィレンツェ人戰時にマルチネルラと名づくる巨鐘を鳴らし後之を戰場に曳きゆきその響きによりて士氣を鼓舞するを例とせりといふ
【城の相圖】晝は旗または烟、夜は烽火
【物】樂器
【軍、軍と】torneamenti は馬上の競技、組に分れて行ふもの
【兵、兵と】giostra 同上、一騎打
一〇―一二
【笛】cennamella 戰時に用ゐし笛の一種、奇しき笛は肛門の喇叭(地、二一・一三九)と同じ
一九―二一
海豚が背を水上にあらはして船を追來るは海に嵐起る前兆なりといふ事此頃一般に信ぜられきといふ
三七―三九
【えらばれし】マラコダに(地、二一・一一八―二三)
四六―四八
【我】古註にナヴァルラのチャムポロなりとあり、傳不詳
【ナヴァルラ】ナヴァール、イスパニアの東北にあり
四九―五二
【身】身を失へるは自殺せるをいふ
五二―五四
【テバルド】ナヴァルラ王テバルド二世(一二五三―一二七〇年間王たり)を指せるなるべしといふ
【債を償ふ】rendo ragione ムーアの引照せるルカ、一六・二には rendi ragione del tuo governo とあり
六四―六九 
或ひは、導者すなはち(曰ふ)いざ告げよ脂の下なる罪人の中汝の識れるラチオの者ありや
【ラチオの者】イタリアの者。ラチオ(ラティウム)はローマを含めるイタリア一部の古名
【隣の者】イタリアに隣れるサールディニア島の者
七九―八四
【ガルルーラ】一〇一七年ピサ人サールディニアをサラセン人より奪ひ之を四州に分つ、ガルルーラはその一にして島の東北にあり
【ゴミータ】サールディニアの人、ガルルーラ州の知事なるウゴリーノ(或ひはニーノ)ヴィスコンティに仕へ祕書官となりてその信任を得たり、會□ニーノ敵を攻め多くの捕虜を得て之を獄に下せることありしにゴミータ賄賂を受けてひそかに彼等を自由の身となし事覺はるゝに及びて絞罪に處せらる
八五―八七
【穩かに】di piano 詮議に及ばす、しかるべき手續を經ずして
ゴミータの首をそのまゝ借り來れるなり
八八―九〇
【ロゴドロ)サールディニア四州の中西北の一州
【ミケーレ・ツァンケ】ロゴドロ州の知事たりしエンチオ(フリートリヒ二世の庶子)、ボローニア人に捕はれし時ミケーレこれに代りて政務を司り、一二七一年エンチオ死して後その寡婦アデラーシアを娶り一女を生む、一二九〇年頃その女婿ブランカ・ドーリアこれを殺せり(地、三三・一三七以下參照)、「ドンノ」は敬語
【善く彼と語る】或ひは、尊く彼と會す
九一―九三
【瘡を引掻かんとて】卑しき俗言、用捨なく打つこと
九七―九九
【トスカーナ、ロムバルディア】まづサールディニアの者をあげ次にイタリアの者の事をいふこれチャンポロの奸智なり
一〇〇―一〇二
【禍ひの爪】鬼(地、二一―三七―四二註參照)
一〇三―一〇五
口笛を相圖に鬼のゐざるを知らして侶を招くなり
【七人】多數をいふ(地、八・九七―一〇二註參照)
一〇九―一一一
鬼を欺くのあしきをいへるカーニヤッツォの詞をうけて侶を欺くのあしきにいひかへたるチャムポロの奸智
一一五―一一七
【頂上を棄て】第五と第六嚢の間の堤の頂を下り少しく六嚢の方にむかひ岸を隔とし
一一八―一二〇
【心なかりしもの】カーニヤッツォ、或曰カルカブリーナと
鬼皆背を脂にむけしなり
一二一―一二三
【長】九四行の大なる長バルバリッチヤ
或曰、proposto は企の意にてチャムポロが鬼の引裂かんとする企をまのがれしをいふと
一三三―一三五
カルカブリーナはアーリキーノ(アリキーン)にむかひて怒りを起せるなり
一四八
【かなた、こなた】彼岸に飛びゆける四の鬼及びあとに殘れる長と三の鬼
【上層の中に燒かれし】脂の表近きところに燒かれし
一説に曰、crosta は鬼の皮膚の脂に燒かれて硬くなりたるものを指しその中にといへるはかたき皮膚を透して既に肉まで燒け初めし意をあらはせるなりと


    第二十三曲

詩人等たゞふたり堤を傳ひて進むうち鬼後より追來ればウェルギリウスはダンテを抱き逃れて第六嚢の中にくだる、こゝには鉛の衣を着し僞善者の群あり、そのうちボローニアのカタラーノなる者その侶ローデリンゴと共に來りてダンテとかたりまた路をウェルギリウスに教ふ
一―三
【ミノリ僧】フランチェスコ派の僧、古註曰、此等の僧路を行く時は上位の僧をさきに一列となりて相前後せりと
四―六
【イソーポの寓話】アイソポスの寓話、蛙と鼠あり共に放して水邊にいたる、蛙は鼠をたすけて水を超ゆべしといひて之を欺きその足と己が足とを結びあはせ水深き處にいたりて溺れしむ、會□一羽の鳶(或ひは鷹)鼠の水に浮ぶをみて之をひきあげ、はからずも生ける蛙を得たり
中古專ら行はれしラテン語譯の『アイソポス物語』の中には往々類似の寓話(所謂アイソポス以外の)をも收めし者ありて區別明かならず、蛙と鼠の話もまたその一なりといふ
七―九
【モとイッサ】‘mo’e‘issa’共にラテン語より出でし今の義
カルカブリーナのアーリキーノを害せんとせるは鼠の蛙を水に溺れしめんとせるに同じくその相爭ひて脂の上に落ちしは蛙と鼠と共に鳶に捕へられしに似たり
二五―二七
【鏡】原語、鉛ひきし硝子
二八―三〇
【二の物】汝の思ひとわが思ひ
三一―三三
【追】詩人等の心に畫きておそるゝ鬼の追撃
四六―五六
【縁】岸の側面
六一―六三
【クルーニ】ボルゴニア州(フランスの東)にあるベネデクト派の僧院なり
オックスフォード版其他にはコローニアとあり不明、古註曰、コローニアはドイツのライン河畔の一都會にてこゝに一僧院あり當時富貴第一なりければ院の主僧虚榮の念に驅られあまたの僧徒を從へて法王の許にいたり緋の僧衣を許されんことを乞ふ、法王その僭越を惡み命を下して却つて之に粗服を着けしめ且つ巨大の僧帽を戴かしむ云々
六四―六六
【フェデリーゴ】フリートリヒ二世(地、一〇・一一九)大逆の罪を犯せる者を罰するに指の厚さなる鉛の衣を裸なる罪人に着せ大釜の中に入れて熱火にかけしといふ當時の説によれるなり
七六―七八
【はせゆく】己の足おそければ詩人等の歩むさま恰もはせゆくに似たり
八二―八四
【荷】重き鉛の衣
九四―九六
【邑】フィレンツェ
九七―九九
【煌めくは】あきらかにあらはるゝは
一〇〇―一〇二
重き物體を秤にかくればその秤軋む如く我等も金色の衣のおもさにかく歎聲をいだすなり
一〇三―一〇八
【フラーテ・ゴデンティ】もと聖マリアの騎士と稱し一二六一年法王ウルバヌス四世の批准をえてボローニアに編成せられ軍事と宗教とに關せし一團なり、イタリア各市の黨派の軋轢及び閥族爭鬪の調停弱者の保護等を目的とし勢力甚だ盛なりしも騎士等次第にこの目的を忘れてたゞ安逸をのみ求めしかばこゝに喜樂僧の名を得るにいたれるなり
【カタラーノ、ローデリンゴ】一二六六年ギベルリニ黨の首領王マンフレディ、ベネヴェントの戰ひに敗れ屍を戰陣に曝せし時モンタペルティの戰ひ(一二六〇年)よりこの方敵黨の威壓の下にありしフィレンツェのグエルフィ黨再びその頭を擡ぐるにいたりたればフィレンツェは禍ひを未發に防がんため同じ年ボローニアよりグエルフィ黨のカタラーノ、ギベルリニ黨のローデリンゴを招き同時にフィレンツェのポデスタとなし兩黨の調和市政の革新を計らしむ、しかるに彼等利慾に迷ひ法王クレメンス四世の意を迎へグエルフィ黨と好みを通じて密かにその頽勢を挽囘するに力めたり
【常は】通例はひとりのポデスタを選ぶ定めなるに
【ガルディンゴ】ガルディンゴはフィレンツェ市の一部にてギベルリニ黨中屈指の名族ウベルティ家の邸宅ありしところ、カタラーノ等表に公平を飾りて暗に一黨派の益をはかれる結果ギベルリニ黨遂に市外に逐はれその邸宅多く破壞せらるゝにいたりし時ウベルティ家も亦暴徒等の燒くところとなりてその燒跡當時ガルディンゴの附近に殘れるなり
一一二―一一四
【彼】カイアファ(カヤバ)、ユダヤの祭司長、名を國益に藉り善人の死を謀れるもの(ヨハネ、一一・四七以下)
一一五―一一八
【民の爲に】ヨハネ、一一・四九―五〇に曰、汝等何事をも知らずまた一人民のために死して擧國亡びざるは我等の益たることをも思はざるなり
一二一―一二三
【外舅】アンナス(ヨハネ一八・一三)、祭司長たり(ルカ、三・二)
【苛責せらる】或ひは、ひきはらる
一二四―一二六
嘗てエリトネの命に從つて地獄の底に下れる時はかゝる刑罰をうくるものを見ざりしによりてあやしめるか、異説多し、委しき事スカルタッツィニの註にいづ
一三〇―一三二
【黒き天使】鬼(地、二七・一一二―四註參照)
一三三―一三五
【岩】石橋なり、斷崖よりいでゝ十の嚢の上を過ぐ
一三九―一四一
【鐡鉤にかくる者】マラコダ(地、二一・一〇九―二參照)
一四二―一四四
【僞る者】ヨハネ、八・四四


    第二十四曲

ダンテ、ウェルギリウスと僞善者の溪を出で第七嚢の橋をわたりて堤の上より見おろせばこゝには無數の毒蛇ありて盜人の魂を苛責す、中にヴァンニ・フッチといふ盜人あり兩詩人とかたりて身の來歴を告げまた白黨の禍ひを豫言す
一―三
【日は】日の寶瓶宮にあるは一月二十日頃より二月二十日まで
【髮をとゝのへ】日の光を金髮になぞらへしなり、『アエネイス』九の六三八に、髮長きアポローとあるが如し、日髮をとゝのふとは暖氣の加はりゆくをいふ
【夜は】夜は日と反對の天にあり(淨、二・四參照)、十二月以降春分に近づくに從ひ日は北に夜は南にむかふ即ち日次第に長く夜次第に短し
四―六
【白き姉妹】雪、霜雪の如く白く地上に落つるも日出ると共に消ゆるを筆先鈍りて長く使用に堪へざるに譬へしなり
七―九
【腰をうち】霜を雪なりと思ひあやまり腰をうつ
一六―一八
【亂】地、二三・一四五―六參照
一九―二一
【山の麓】地、一・六一以下
三一―三三
【衣を】鉛の
四〇―四二
地、一九・三四―六註參照
五五―五七
人罪を離るゝのみにては未だ足らず進んでさらにその穢れを淨め而して後はじめて福の路に就くべし
【段】淨火の山の
【これら】此等の段乃ち地獄
六四―六六
【次の濠】第七嚢
七〇―七五
【生ける目底にゆくを】或ひは、目あきらかに底をみるを
生ける目は肉眼なり
【次の堤】第七と第八嚢の間の堤
【石垣】第七嚢を蔽へる橋
八二―八四
【蛇】ランディーノ(Landino)曰、蛇猾智に富む盜人亦然り蛇身を細くして穴といふ穴に入り盜人身を輕くして處といふ處に入る蛇萬人に嫌はる盜人亦然り蛇草にかくれて戰ひ盜人亦ひそかに人を害すと
八五―八七
【リビヤ】エヂプトの西、名高き砂漠あるところ
【ケリドリ】以下すべて蛇の名なり、ルカヌスの『ファルサリア』九・七〇六以下にいづ
八八―九〇
【エチオピア】エヂプトの南
【紅海の邊のもの】砂漠多きアラビア
九一―九三
【エリトロピア】寶石、色緑にして紅の斑點あり、古の俗説に此石よく蛇の毒を癒しまた持人の姿を人の目に見えざらしむる力ありといへり
一〇〇―一〇二
【o、i】いづれも一筆にて書き得べき文字
一〇六―一〇八
【聖等】プリーニオ、クラウディアーノ、ブルネット・ラティーニ、オウィディウス等、就中オウィディウスは主として詩人の引用せるものなり、『メタモルフォセス』一五・三九二以下に曰く
再び身を新にして再び生るゝ鳥あり、アッシリア人は之をフェーニカ(フェニックス)と名づく、この鳥麥をも草をも食まず、薫物の涙アモモの汁を食む、その世を經ること五百年にいたれば爪とゆがめる嘴とをもて青樫の枝またはそよめく棕櫚の梢に巣を作り、そが中には桂枝、甘松の穗、碎ける肉桂、黄なる沒藥を撒散らし此事果れば直ちにこゝに横たはり香氣に包まれてその生を終ふ、聞くならくフェニィクスの雛母體よりいで齡を重ぬるはじめの如しと
一〇九―一一一
【アモモ】木の名、種子より香料を得
一一二―一一七
【鬼の力】マルコ、一・二六、ルカ、四・三五等參照
【塞にさへられ】癲癇の類、體内生氣の通路塞がり官能その作用を失ひて倒るゝものと見做されしなり
一一八―一二〇
異本、神の威力(異本、正義)よ汝はいかに誠なるかを
一二一―一二三
【我】ヴァンニ・フッチ、ピストイア(フィレンツェの西北約廿哩)市の名族フッチオ・ディ・ラッツァーリの庶子、黒黨に屬せり
【往日】約五年前、ヴァンニの處刊せられしは一二九五年なり
【喉】嚢
一二四―一三二
【騾馬】イタリア語 mulo にはまた私生兒の義あればなり
【ピストイア】罪惡の邑(地、二五・一〇以下參照)
【血と怒りの人】即ち第七の地獄に罰せらるべき
ヴァンニ・フッチはフィレンツェの軍に加はりてピサ人の亂(地、二一の九四―六註參照)に赴けることあればダンテの彼を見しはこの頃の事なるべし、又ヴァンニのピストイアに暴を行へる(乃ち血の人)事につきてはスカルタッツィニの註にくはし
一三三―一三五
【汝】白黨の一人なる
一三六―一三八
【盜人】この事古註に詳なりされど古註の傳ふるところ悉く事實なるや疑はし今その概略をいはんに、一二九三年ヴァンニは二人の同類をかたらひ金銀の飾美しき聖ヤコブの寶藏(寺の名を聖ツェノネといふ)に忍び入り多くの寶物を盜み出し發覺の憂をからんためこれをその知人の家にかくし置きたり、盜難の報四方に傳はるに及びあまたの嫌疑者捕へられて拷問をうけしその中にラムピーノといへるもの苛責の苦しみに堪へずして無實の罪を負ひ將に刑せられんとす、ラムピーノはヴァンニの友なりければヴァンニこれを冤に死せしむるにしのびず自ら罪状を市吏に具申し共犯者と共に刑に服せり(或ひはヴァンニ罪を他人に歸して自ら刑を免かれきともいふ)
一四二―一四四
【ピストイア】一三〇一年ピストイアの白黨はフィレンツェの助けをかりて黒黨を市外に逐へり(ピストイアが黒白兩黨の分爭を見るにいたれるはその前年なり)
【フィオレンツァ】フィレンツェ(フィオレンツァ)にては事これに反し、表に兩黨の調和を裝ひひそかに法王の意を行へるシャルル・ド・ヴァロア、フランスより來れる爲一三〇一年に入りて白黨勢衰へ翌二年の始めにはこの黨に屬する者多く市外に逐はるゝにいたれり
【習俗】市の政權黒黨の手にうつるをいふ
一四五―一四七
【マルテ】マルス(ギリシアではアレス)軍の神
【ヴァル・ディ・マーグラ】マークラ川の流るゝ溪、ルーニジアーナ(地、二〇・四六―八註參照)にあり
【火氣】電光即ち猛將モロエルロ・マラスピーナを指す、モロエルロは侯爵マンフレディ一世の子にてルーニジアーナに君たり。一三〇二年さきにピストイアを逐はれし黒黨及びフィレンツェ、ルッカの黒黨を率ゐてピストイアを攻む
亂雲は戰雲(或曰、黒黨の士卒と)なり
一四八―一五〇
【カムポ・ピチェン】不明、一説にはこはピストイア附近の一地方にてこの戰ひは一三〇二年五月マラスピーナがセルラヴァルレの城砦を陷れたるを指せりといひ又一説にはこはピストイアを含める一地方にてこの戰ひは一三〇六年四月ピストイアの陷落せるを指せりといふ


    第二十五曲

詩人等なほ同じ處にとゞまりてフィレンツェの盜人等の不思議なる變形を見る
一―三
【雙手を握り】原語 fiche は拇指を中指食指の間より出して手を握ることにて人を侮り嘲る時の野卑なる仕打なり
一〇―一二
【祖先】ピストイア市を初めて建てし人々、傳説によればピストイアはローマの賊將カチリーナ(前六一年死)の死後その殘餘の部下の建てしところなりといふ
一三―一五
【落ちし者】カパネオス(地、一四・四六以下)
一六―一八
【チェンタウロ】ケンタウロス、地、一二・五五―七註參照、この者ヴァンニを追ひ來れるなり
一九―二一
【マレムマ】海に沿へるトスカーナ州一帶の地、沼澤多く沃野少なし(地、一三・七―九註參照)
二五―二七
【カーコ】カクス、神話に出づる名高き盜人、ローマ七丘の一なるアヴェンティーノ(アヴェティヌス)山に住みし巨人なり、ヘラクレス、ジェネーリオネの牛を奪ひイスパニアより本國ギリシアに歸らんとてアヴェンティヌスの岩穴近く來れる時カクスはヘラクレスの眠れる間に若干の牛を盜みいだしその足跡をくらまさんため尾を曳きて逆行せしめ己が棲家にかくし置きたり、されどヘラクレス鳴聲によりてその所在を知り巨人を襲うて之を殺せり
カクスの物語は『アエネイス』八・一九三―二六七にくはし、されどウェルギリウスのカクスは半人半獸なれどもケンタウロスにはあらざりしものゝ如くまた自ら口より火と煙を吐けり
【血の潮】近郷を掠め畜類を奪ひ來りて屠れるなり、『アエネイス』には、地には常に新しき血汐のぬくみあり云々といへり
二八―三〇
【兄弟等】他のケンタウロスは皆第七の地獄(地、一二・五五以下)にあれどもカクスのみは盜なりしため第八の地獄にあり
三一―三三
【十をも】ヘラクレス(神話中最著名の英傑)の棍棒にて打たるゝことあまた度に及びしかも幾度にもいたらざる中早くも絶え果てたれば其餘の打撃は身に覺えしらざりしなり
三四―三六
【三の魂】アーニエル(六八行)、ブオソ(一四〇行)、ブッチオ(一四八行)
四〇―四五
【チヤンファ】フィレンツェ市ドナーティ家の者にグエルフィ黨に屬せる盜なりきといふ(十三世紀の末)、委しき事古註にも見えず
【指】指を唇にあてゝ導者に沈默を求めしなり
四九―五一
【蛇】チヤンファの變形せるもの
五八―六〇
【獸】尋常ならぬ動物
六一―六三
【彼も此も】人の色も蛇の色も
六四―六六
白と黒との間の色いづるを人と蛇との間の色いづるにたとへしなり
【紙】當時綿より作れる一種の紙ありし事古註によりてしらる、されど一説に曰、papiro は紙にあらずして燈心(乃ち細藺のなかご)なりと
六七―六九
【アーニエル】(アーニエルロ、或ひはアーニオロ)、古註にフィレンツェの貴族ブルネルレスキ家の者といへり
七三―七五
【四の片】人の兩腕と蛇の二の前足
七六―七八
【二にみえて】人と蛇とをかねし如くみえしかもいづれともつかざるなり
七九―八一
【笞】熱
八二―八四
【小蛇】カヴァルカンティ(一五一行註)の變形せるもの
八五―八七
【ひとり】ブオソ
【人はじめて】生兒胎内にありて母體より滋養をうくるところ即ち臍
九一―九三
【烟】人は人蛇は蛇の自然性を互に吐き出し烟のまじると共に變形の作用を起すなり
九四―九六
【ルカーノ】ルカヌス(地、四・九〇)、『ファルサリア』九・七六一以下にカトーがリビヤの砂漠を過ぎし時部下のザベルルス(ザベルロ)なる者セプスと名づくる蛇に噛まれ肉忽ちくづれ落ちて一扼の灰となり同ナッシディオなる者プレステルと呼ばるゝ蛇に噛まれ全身腫れあがりて胸甲裂け破るゝにいたれることいづ
九七―九九
【オヴィディオ】(地、四・九〇)
【カードモ】カドモス、フェニキア王アゲノルの子にてテバイの基を起せるもの、晩年テバイを出でて處々に流寓し遂に化して蛇となれり(オウィディウス『メタモルフォセス』四・五六三以下)
【アレツーザ】アルテミスに事へし女神の一、河神アルフェウスに追はれて泉に變ず(同上、五・五七二以下)
一〇〇―一〇二
オウィディウスの物語には人と蛇との如き二の自然が相對して變形し互に順序を同じくして入更るにいたれることなし
一〇九―一一一
二つに分れし蛇の尾は人の足脛股の形(乃ちブオソの失へる)をとり
一一二―一一四
【獸の短書】蛇の二の前足は伸びて人の腕となる
一一五―一一七
蛇の二の後足は合して人の生殖器となり、ブオソの生殖器は二に分かれて蛇の後足となる
一二一―一二三
【光】目なり、互に瞰みあひつゝ顏を變ぜしなり
一二四―一二九
蛇の顏の人の顏に變る有樣を敍せり
【その餘をもて】或ひは、その餘のうしろに流れずとゞまれるは顏に鼻を造り
一三〇―一三二
人の顏の蛇の顏に變る有樣を敍せり
一三三―一三五
蛇の舌叉をなすとの當時の説によれるなり
一三六―一三八
【唾はけり】人の物言ふ時よく唾吐くことあればかくいへり
或曰、人の唾は蛇の毒となるとの迷信によりブオソを詛ひてかく唾吐けるなりと
一三九―四一
人となれる蛇はその新に得たる背を蛇となれる人にむけ
【侶】プッチオ・シヤンカート
【ブオソ】(蛇となれる者)、フィレンツェの盜人、傳不詳
一四二―一四四
【石屑】zavorra(船の動搖を防ぐため船底に積入るゝ砂利の類)第七嚢の罪人等を卑みて指せる語
【亂るゝ】或ひは、拙し不明瞭なり横路に入れり等異説多し
一四八―一五〇
【プッチオ・シヤンカート】フィレンツェのもの、傳不詳
一五一
【ひとり】フランチェスコ・デ・カヴァルカンティ、このフィレンツェ人アルノの溪の一小村ガヴィルレの者に殺されしかばその近親仇を報いんとて多くの村民を殺害せり


    第二十六曲

かくてこゝを去りて第八嚢の橋上にいたれば謀をめぐらして人を欺ける者焔につゝまれて溪を歩めり、そのひとりトロイア役の名將ディオメデス(ディオメーデ)と共に來りて己が最後の航海の物語をなす
一―三
【翼を】フィレンツェの名市外にひゞき渡れるをいふ
四―六
【五人】アーニエル(アーニエルロ)、ブオソ、プッチオ、チヤンファ、カヴァルカンティ
七―一二
【曙の夢】オウィディウス、ホラティウス等の著作に見ゆる如く古、早朝に結ぶ夢を正夢とをせり
地、三三のウゴリーノの夢、淨火に結べるダンテの夢等參照、ダンテはフィレンツェの災害を曙の夢に見たる如くしるせるなり
【プラート】プラート(ピストイアとフィレンツェの間にある町)がフィレンツェの不幸を希ふ理由に關し一説には、この町フィレンツェに從屬してしかもその統治に快からざりしによるといひ一説にはこれ一三〇四年プラートのカルディナレなるニッコロが時の法王ベネデクト十一世の命をうけてフィレンツェに赴き市の平和をはかれるも事成らず遂に神と寺院の詛ひを市民にあびせてこゝを去るに至れるを指せりといふ、恐らくは後説正しからむ
註釋者又曰、フィレンツェの禍ひとは白黨の追放及びフィレンツェの大火(一三〇四年)等を指せるなりと
【我年】老いて郷土の禍ひを見んはいよ/\心苦し
一三―一五
【さきに】地、二四・七九―八〇
一九―二一
【悲しめり】第八嚢の罪人等世にまれなる才を天よりうけてしかも善用せずかくはかなき罰を蒙るにいたれるを悲しめるなり
二二―二四
【星】善き星は幸運なり(地、一五・ゝ五五―七參照)
【星より善きもの】神の恩寵
【寶】天才、之を棄つるは善用せずしてその特權を失ふなり
二五―二七
日最も長き時乃ち夏
三四―三六
【仇をむくいしもの】豫言者エリシヤ、兒童の一群に嘲られて怒り林中より二匹の熊を出してその四十二人を裂かしむ(列王紀略下二・二三・四)
【エリアの兵車】豫言者エリア、エリシヤの目の前にて昇天す(列王紀略下二・一一―一二)、その時炎につゝまれて姿見えざりしを罪人の炎の中にかくるゝにたとへしなり
四〇―四二
【喉】狹き底
【盜みて】罪人を中にかくして少しも外にあらはすことなきをいふ
註釋者曰、炎の罰はヤコブ、三・六に、舌は火なりとあるによれりと
四九―五四
【エテオクレ】エテオクレス(地、一四・六七―七二註參照)七王の役徒に久しきに亙れるよりエテオクレスとポリュネイケス一騎打をもて兩軍の勝敗を定むることとし戰ひて共に斃れぬ、人々その骸をあつめて共に荼毘に附せしに立登る焔二に分れたりといふ

次ページ
ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:376 KB

担当:undef