神曲
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著者名:ダンテアリギエリ 

【劇しき怒り】怒りて自ら苦しむは神の刑罰をいよ/\大ならしむるに外ならず
六七―七二
【七王】ギリシアの七王、カパネウス、アドラストス、テュデウス、ヒッポメドン、アンフィアラオス、パルテノパイオス、ポリュネィケス
テバイ王オイデプスとイオカステの間に二兒あり、エテオクレス、ポリュネィケスといふ、父オイデプスの後を承け年毎に交代してテバイを治むる約ありしにエテオクレス時至るもなほ弟に讓るを肯はざらしかば、ポリュネィケスこゝに諸王をかたらひその助けを得て軍を起しテバイを攻む、是即ち七王の役なり
七六―七八
【小川】フレジェトンタ(一三一行)、地獄の川の一、第一の圓の血の河自殺者の森の下を過ぎてこゝに流れ下れるなり
七九―八一
【ブリカーメ】ヴィテルボを距る二哩にある温泉の名、この水集まりて池となり池より一の細流いづ(ダンテ時代に)、こゝにては水の湧くと流れの急なるとをくらべしなり
【罪ある女等】遊女等、彼等他の婦人と混じて浴を取る能はず少しく水源地を離れしところより各戸に水を引きて己が浴場の用となせりといふ
八二―八四
【路】第八獄への
八五―八七
【門】地獄の門(地、八・一二四―六及び註參照)
八八―九〇
【その上に消す】地、一五・二―三參照
九一―九三
【慾を】流れの不思議なるを告げて求知の念を起させたれば今教示してその念を滿足せしめよ
九四―九六
【海】當時地中海を單に海といへり
【クレータ】地、一二・一二
【王】クロノス(サトルノ)神、クレタ島最初の王にてこの王の治めし頃を黄金時代といふ
九七―九九
【イーダ】イダ、クレタ島の中央にあり
一〇〇―一〇二
【レーア】レア、神話に曰、レアはクロノス神の妻にてゼウス及びその他の神々の母なり、そのころクロノスの位はその子の奪ふところなるべしとの豫言ありしかばわが子の生るゝに從ひ神これを喰ひ盡せり、ゼウス生るゝに及び母レアこれをイダ(イーダ)山中の洞窟にかくし且つ泣く聲によりてその所在を知られんことを恐れクレタ人に命じ或ひは樂を奏し或ひは饗宴を張りて聲をあげて以て呱々の聲を沒せしむ
一〇三―一〇五
【老巨人】ダニエル、二・三一以下ネブカドネザル王の夢の中にあられし巨人の像によれり、聖書の巨人はこの王以後の世の變遷を示しダンテの巨人は人類の歴史を總括す、頭より以下金の銀となり銅となり鐡となるは黄金時代次第に退歩し歴史の老ゆるに從つて人類次第に墮落しゆくを示せるなり、またクレタ島を巨人の立つ處となせるはクロノスの治世の下にこゝに理想の世を現出したるとこの島は當時の所謂世界三大睦の略□中央に位するが故なるべし(スカルタッチニ註參照)
【ダーミアータ】エヂプトの北海岸ナイル河口を距る八哩にある町、こゝにては東方一帶の地を指し古代王國の所在地として過去を代表す
【ローマ】世界活動の中心として現在を代表す
一〇九―一一一
【右足】註釋者曰、巨人の兩足は帝國と寺院なり、寺院の腐敗したるを燒土にたとへしかも輿望のなほ之にあつまれるを巨人を支ふるにたとへしなりと
一一二―一一四
罪の涙流れざるはたゞ黄金時代あるのみ
【窟】イダ山中の洞窟
一一五―一一七
【アケロンテ】地、三・七〇以下
【スティージェ】地、七・一〇六以下
【フレジェトンタ】地、一二・五二以下
一一八―一二〇
【コチート】地獄の底の池、地、三二・二二以下
一二一―一二三
【縁】第二の圓の
一二四―一二六
【左】地、九・一三〇―三二註參照
一三〇―一三二
【レーテ】一三六―八行註參照、ウェルギリウス未だレーテの事をいはず、フレジェトンタは巨人の罪の涙より成るといへり
一三三―一三五
【煮ゆる紅の水】第一の圓の河水赤く湧くをみてそのフレジェトンタなるを知りうべかりきとなり
ウェルギリウスはダンテの『アエネイス』に精しきを知りてかくいへり、この歌六・五五〇―五一に、冥府の急流フレジェトンタその迸る焔をもてこれをめぐり云々とあり
一三六―一三八
レーテ(忘るゝ義)の川は地獄の外淨火に穢れを淨むる魂己を洗はんとてゆくところにあり(淨、二八・一二一以下)


    第十五曲

兩詩人フレジェトンタの堤を傳ひて進み第三の圓第二種の罪人乃ち自然を亂せる者(男色)の火の雨にうたれつゝ砂上を歩み來るをみる、その中にブルネット・ラティーニあり己が群を離れてダンテと共にゆきその將來を豫言しまたその群の中の主なる罪人の名をこれに告ぐ
四―六
【グイッツァンテ】(乃ちウィサント)ダンテ時代のフランドル(フィアンドラ)の西端カレーに近き町
【ブルッジア】ブルージェ、同東端の町
兩地の間約六十五哩にて略□フィランドルの海邊(今のフランスの東北端とベルギーの一部の)といふに同じ、土地低きが故に海水の浸入を防がんため堤防を築く
七―九
【ブレンタ】アルピの峰よりパードヴァの町のほとりに流れ下る川
【キアレンターナ】バードヴァの北の山地にてブレンタの水源地をも含む、この山地の雪春日の熱をうくれば溶けて流れて河水ために氾濫す
一〇―一二
【誰にてもあれ】神か天使か惡魔か(地、三一・八五參照)
二二―二四
【裾】岸高く砂低ければなり
二五―三〇
【わが顏を】異本、手を
【セル・ブルネット】ブルネット・ラティーニ、一二一〇年頃、フィレンツェに生る。哲學文學に通じまたグエルフィ黨に屬して時の政治に干與せり、一二六〇年モンタペルティの戰ひの後、グエルフィ黨の首領と共に郷土を追はれフランスのパリに赴き久しくこゝに止まりてその間佛文『テゾーロ』を編せり、後再びフィレンツェに歸り一二九四年に死す、「セル」は、ブルネットが逐客とならざりし前公證人たりしことあればその尊稱をここにも用ゐしなり
四九―五〇
【齡未だ滿たざるに】未だ人生の半乃ち頂點に達せざるに、備へ未だ全く成らざるに
ダンテの林に迷ひ入れるは神曲示現の以前にあり
五二―五四
【昨日の朝】四月八日の朝(地、一・三七)、今は翌土曜日の未明なり
【この者】罪人にむかひてウェルギリウスの名をいはず
【わが家】世界、三界を歴程して再び世に歸る路にあればウェルギリウスはたゞ地獄、淨火の導者なれどもかくいへるなるべし
或曰、地上乃ち南半球(地、三四・一三九)と、又或曰、天と
五五―五七
【星に從】天賦の才のあるところに從つて進まば(古來天文によりて人の運命を測知しうべしとの信仰ありしに基づけり)
五八―六〇
【早からざりせば】ダンテと聯關して己が死の早きをいへりブルネット自身は齡八十に及ぶまで世にながらへるなり
六一―六三
【フィエソレ】フィレンツェを距る約三哩なる一丘上の町、この町ローマ人のために攻め落されし時その民アルノ河畔にのがれ、ローマの移住者とこ、に合してフィレンツェ市な成すにいたれりといふ傳説によれり
【山と岩とを含める】粗野にして拗執なる
六四―六六
【ソルボ】果樹、その實酸く醂して始めて食用とす
六七―六九
【古き名】史家ヴィルラーニの説によればフィレンツェ人の瞽と呼ばるゝにいたりしはトチラ侵略(地、一三・一四五―七註參照)の際その甘言に欺かれ門なひらきてこれを迎へ入れたるによれりといふ
【貪嫉傲】地、六・七四參照
七〇―七二
【彼黨此黨】黒白の兩黨
【飢ゑて汝を求めむ】汝を害せんとはかるべし
七三―七五
フィエソレの血をわかつフィレンツェ人たゞ相互に搏噬しその腐敗の中より一人たりとも眞のローマ人のあらはるるあらば彼等手をこれに觸るべからず
七六―七八
フィエソレ人下り來りて邪惡の巣なるフィレンツェの町建てられし時
【聖き】ローマは聖地、ローマ人は選民なり
七九―八〇
【汝は未だ】汝は未だ死せざりしものを
八二―八七
【教へたまひし】ダンテはしば/\この老碩儒の教をうけたれども所謂師として之に事へたりしや否やは明かならず(スカルタッツィニ註參照)
八八―九三
【録し】記憶に
【他の文字】チヤッコ及びファーリナータの豫言(地、六・六四以下及び地、一〇・七九以下)
【淑女】ベアトリーチェ(地、一〇・一三〇―三二參照)
九四―九六
【契約】未來の契約即ち不吉なる豫言
或曰、人と命運との間の契約即ち人の命運に逆ふべからざることをいふと
【農夫は鋤を】人事を盡して天命を待つの外なきをいへり
九七―九九
【善く聽く】聖賢の教をきゝ之をさとりて心にをさむるものこれ善く聽く者なり
ウェルギリウスはこの答によりダンテが地、一〇・一二七以下ファーリナータの豫言に關しまた地、七・七〇以下命運に關し師の教へしところを理解し銘記するをしりて大いにこれを賞せるなり
一〇九―一一四
【プリシアン】プリスキアヌス、有名なるラテン文法學者、六世紀の始めの人
【フランチェスコ・ダッコルソ】有名なるフィレンツェの法律學者アッコルソの子にて父と同じく法理を修め一二七三年イギリスのオックスフォードに赴きて講師となれり(一二二五―一二九三年)
【瘡】汚き罪人等、かゝる穢れを見んことを願ひたらば
【僕の僕】法王
【アルノ】フィレンツェをいふ、川の名を町に代へしなり
【バッキリオーネ】ヴィチェンツァの町を貫流する川、前のアルノと同じく町の名に代へて用ゐしなり
【殘せし者】アンドレーア・デ・モッチ、フィレンツェの人、一二八七年この邑の僧正となりしも不徳のため同九五年法王ボニファキウス八世の命により遷されてヴィチェンツァの僧正となり翌九六年此處に死す
一一五―一一七
【烟】砂烟
一一八―一二〇
世の地位により分たれて多くの小團をなしその一に屬する者他の一團に加はるをえず、ブルネットの一群には學者と僧とあり
【テゾーロ】ブルネットがフランスに滯在中フランス文にて編せる百科事典的著作
ブルネットの著作にはこの他、本國の語にてしるせる短詩『テゾレット』あり
一二一―一二四
【ヴェロナ】中古ヴェロナ市の郊外には四〇日齋の始めの日曜日に徒歩競爭行はるゝ例あり、勝者はいろどれる衣を受け敗者即ち最後の到着者は一初の雄鷄を受けたりといふ


    第十六曲

かくてさらに進みゆくにフィレンツェの者みたり群を離れてはせ來りそのひとりヤーコポ・ルスティクッチといへる者ダンテと語る、彼等去りて後詩人等第七の地獄盡くるところにいたりウェルギリウスはこゝにダンテの身にまける紐を解かしめ斷崖の上より之を投げおろしてジェーリオネ(ジェーリオン)を招く
一―三
【次の獄】第八獄
四―六
【群】男色の罪を犯せる者の一群にて文武の公職にありしものをあつむ
七―九
【衣】町によりては特殊の服裝行はれし處あればなり
一三―一五
【聲に心をとめ】或ひは、聲をきゝてとゞまり
一六―一八
この處の習として火の雨下ることなくば彼等のはせ來るを待たず汝まづいそぎすゝみて彼等を迎ふべきなり
一九―二〇
【古歌】例となれる歎聲
【輪】しばらくもとゞまること能はざれば輪をつくりてめぐれるなり
二二―二四
【勇士】註釋者曰、この譬は人に雇はれてその權利の保護者となり拳鬪によりて司法上の爭ひを決せし力士にとれるなり、かゝる風習は十三世紀より十四世紀の始めにかけイタリア各地の都市に行はれたるなり云々
二五―二七
【頸は】目ダンテに注ぎ足圓を畫けばなり
三一―三三
【名】世に殘せる
三四―三六
【毛】異本、皮
三七―三九
【グイード・グエルラ】フィレンツェ、グエルフィ黨の首領。一二六〇年モンタペルティの戰ひ敗れて後郷里を逐はれ亡命の士を糾合して之に將たり、一二六六年ベネヴェントの戰ひに殊勳をあらはし翌六七年黨與を率ゐてフィレンツェに歸り同七二年に死す、その父マルコヴァルドはグアルドラーダとその夫、老グイードの間の第四子なりグアルドラーダはフィレンツェの名門ラヴィニアーニ家の者なるベルリンチオン・ベルティ(天、一五・一一二)の女、容姿美にして夙に貞淑の聞えあり、老グイードに嫁して四子を生む
四〇―四二
【テッギアイオ・アルドブランディ】フィレンツェの名門アヂマーリ家の出にて、當時著名の武人なり、フィレンツェなるグエルフィ黨の人々にシエーナな攻むるの無謀なるを諭せしもその言用ゐられずして遂にモンタペルティの大敗を招くにいたれり(一二六六年死)
【名】voce この字を言の意にとりその言(乃ちグエルフィ黨を戒めし)世に用ゐらるべかりし云々と解する人あり
四三―四五
【十字架にかゝれる】苛責を受くる
【ヤーコポ・ルスティクッチ】傳不詳、十三世紀の半の人、古註曰、彼、妻と合はずして別れしため一般婦人を厭ひて不自然の罪を犯すにいたれるなりと
五五―五七
【主の言】一四―五行
六一―六三
【膽】にがき罪、禍ひ
【甘き實】あまき救ひ、福
七〇―七二
【グイリエイルモ・ボルシーレ】ボッカッチョの『デカメローネ』に見ゆるフィレンツェの武人
七三―七五
ダンテの詞
【新なる民】十三世紀の末フィレンツェ附近より來りて住むにいたれる民、民新なるによりて市を愛するの念うすし
【フィオレンツァ】フィレンツェ
【汝は既に】爭亂分離の萌既にこの時にあらはれしなり
七九―八一
汝は心のまゝにかたり勞せずして自然に巧みなる言を出しうるが故にこれより後にも今の如く僅かの詞にて問ふ者の心に滿足な與へうべくば幸なり
八二一八四
【星を見んとて】地、三四・一三九參照
【我かしこに】過去を追想するをうる時
八八―九〇
【アーメン】ファンファーニ(P. Fanfani)曰、in un ammen(アーメンの間に)、in men d'un ammen(アーメンより早く)といふ言今もまたゝくまの意に用ゐらると
九四―一〇二
【川】モントネ川(ローマニアにあり)、アペンニノ連峰の一部よりいでゝアドリアティコ海に注ぐ、ポーの源なるモンテ・ヴェーゾ(アルピ山中の高嶺)の東アペンニノの左にあたる諸川は皆東流してポーに注ぎモントネにいたりて初めて獨立す(今は地勢の變化によりてこれよりさきに海に注ぐ川あり)、この川ダンテの時代にはフォルリの町にいたるまでアクアケータと呼ばれし溪流なりきといふ、低地はローマニアの平原を指せるなり
【サン・ベネデット・デル・アルペ】アペンニノの山麓フォルリの附近にある僧院の名、アクアケータの水このあたりにいたれば飛瀑となり一瀉して落つ
千を容るべき云々につきては異説ありていづれとも定め難し
(1)僧院の生活豐かなれば猶多くの僧を容るべき
(2)多くの民の住む處となる筈なりし
この説はボッカッチョがこの僧院の院主を訪へる時院主かたりてこのあたりの高地を領する侯伯の中、瀧のあたりに一城市を築きて近隣の都邑をひとまとめにせんとの計畫をたつるものありしも事行はれずしてやみたりといへりといふにもとづく
(3)この一句を瀑に附し、その量その高さ裕に千の飛瀑となりて落ちくだるに足るべきにたゞ落ちに落下りて
一〇六―一〇八
【紐】豹は第一曲に見ゆる如く情慾の象徴なり、之を捕ふるために用ゐし紐は慾を抑へんとする人間の努力修養若しくは結縁の誓ひなり、ダンテ既に邪淫の兩界を經この罪の誘ひに勝つべき信念を得るにいたれば今は紐を帶ぶる必要を見ず、またウェルギリウスは便宜上その必要なき物を借り之を相圖としジェーリオネを呼べるなるべし(ノルトン C. E. Norton 註參照)
一二四―一二六
ダンテの詞地の文
【恥】眞を語りてしかも人に僞りなりとおもはるればなり
一二七―一二九
【喜劇(コメディア)】ダンテはカン・グランデ・デルラ・スカーラに與へし書二一八行以下にこの詩を喜劇といふは地獄の不幸にはじまりて天堂の幸に終り且つ記すに俗語を以てしたればなりといへり


    第十七曲

ジェーリオネ岸にあらはれて後ダンテは導者と別れてそのあたりなる第三の圓第三種の罪人即ち高利貸の群に入りこゝにフィレンツェ及びパードヴァの人々な見、やがてかへりて導者と共にジェーリオネの背に跨がり斷崖を下りて第八の地獄にいたる
一―三
【獸】ジェーリオネ(ゲリュオン)ダンテはたゞ名を傳説に借りるに過ぎす、神話に見ゆるジェーリオネはヘラクレスに殺されし三頭三體の巨人にて『神曲』中のものと全く異なればなり
ジェーリオネは欺罔の象徴なり、尖れる尾を持つは人を害するをいひ山を越え垣と武器を毀つは自然も人工もその行方を遮りとゞむること能はざるを示せるなり
四―六
【踏來れる石】詩人等の歩み來れるフレジェトンタの岸
一〇―一二
ロセッテイ(G. Rossetti)曰、欺罔はまづ義人の顏によりて人の信を得次にいろどれる體をもて人を惑はし後尖れる尾を動かして人を撃つと
一三―一五
【係蹄】人を誘ひ陷るゝしるし
【小楯】欺罔を蔽ひかくすしるし
一六―二四
韃靼人(タルターロ)及びトルコ人共に織物にて名高かりしなり
【アラーニエ】アラクネ、神話にいづ、有名なるリディア(小アジア)の織女、女神アテナとその技を爭ひ死して蜘蛛となる(オウィディウスの『メタモルフォセス』第六卷の始めにくはし)
戰ひ求めて魚を捕へんとして、こは海狸が屡□尾を水に垂れて岸にうづくまることあるより起れる俗説なり
二五―二七
【蠍】默示録、九・一〇參照
三一―三三
【右】地、九・一三〇―三二註參照
三四―三六
【民】人の技に背ける罪人即ち高利貸
五二―五七
【嚢】家紋を附したる財嚢にて在世の日と同じくこれをみて目を喜ばすなり
五八―六〇
黄地に空色の獅子を出せるはグエルフィ黨に屬するフィレンツェの名門ジャンフィリアッティ家の紋
六一―六三
赤地に白鵞を浮べしはギベルリニ黨に屬するフィレンツェの貴族ウブリアーキ家の紋
六四―六六
白地に空色の牝豚をあらはせるはバードヴァ市スクロヴェーニ家の紋
六七―六九
【生くるが故に】世に歸りてわが言を人に傳へうるため
【ヴィターリアーノ】古註曰、ヴィターリアーノ・デル・デンテといひパートヴァの人なり、一三〇七年その郷里のポデスタとなると
【左に】罪いよ/\大なればなり
七〇―七五
【まれなる武夫】反語、此者はジヨヴァンニ・ブイアモンテといひフィレンツェ第一の高利貸なりきといふ
ラーナ(Lana)の古註に曰、ブイアモンテ家の紋は青地に金にて三の鳶の嘴をあらはせるものなりきと
七六―七八
【誡めし】四〇行
八二―八四
【かゝる段】アンテオの手によりて第九の地獄に下り(地、三一・一三〇以下)ルチーフェロの毛にすがりて地心を超ゆ(他、三四・七〇以下)
八五―八七
【瘧】quartana 四日目毎に起る間歇熱
八八―九〇
【戒め】八一―二行
九四―九九
【めづらしき】地、一二・二八―三〇參照
一〇六―一一四
【フェートン】ファエトン。神話に曰、ファエトンはヘリオスとクリメネの間の子なり、一日父に請ひその火車をめぐらせしにこれを曳ける馬御者を侮り軌道を逸して天に近づく、ゼウス、火焔の宇宙を燒盡さんことを恐れ電光を投じてファエトンを殺せり(オウィディウスの『メタモルフォセス』第二卷の始めにくはし)
【今も見ゆる】銀河を天の燒跡と見做せるなり
ダンテの銀河説は『コンヴィヴィオ』二・四四―八六にいづ
【イカーロ】イカルス、神話に曰く、イカルスはダイダロス(地、一二・一〇―一五註參照)の子なり、父の作れる翼を身につけ父と共にクレタを去りし時その教に背きて高く飛び日に近づけるため翼を支へし蝋熱によりて溶け海に陷りて死す(オウィディウスの『メタモルフォセス』八・一八八以下に委し)
一一八―一二〇
【項】原語、頭
一二四―一二六
【禍ひ】第八獄の刑罰
一二七―一二九
【呼ばず】(地、三・一一五―七註參照)、飼主に呼ばれもせず捕ふべき鳥もなく
一三三―一三五
【削れる岩】第七と第八の地獄の間の斷崖


    第十八曲

第八の地獄はマーレボルジェと呼ばれ十の嚢(ボルジヤ)より成る、兩詩人ジェーリオネの背をくだりて後次第に中心にむかふにあたりまづ第一嚢に己または人のために女を欺けるものゝ鬼に鞭たるゝを見、次に第二嚢におもねりへつらふものゝ糞土にひたるをみる
一―三
【マーレボルジェ】(禍ひの嚢)第八獄の總稱、十個の圈状の溪より成る、詩人等がジェーリオネの背に跨がりて下れる斷崖の下より岩石流れ出で溪と溪との間の堤を橋脚として多くの橋となり中央の坎に達す、しかして斷崖上りこの坎に近づくに從ひ地は次第に下方に傾斜せり(地、一九・三四―五及び二四・三七―四〇)
Bolgia は嚢の一種なり、溪を嚢といふはその中に罪人ををさめて恰も長き嚢の如くみゆればなり
【圈】第七と第八の兩獄の堺にある斷崖
四―六
【坎】第九の地獄この坎の底にあり
七―九
【岸】斷崖、三行の圈と同じ
一〇―一五
【閾】城門の
一六―一八
【石橋】原語、岩、破岩溪の上を過ぎて橋となれるもの
【坎は】多くの石橋四方より皆中央の坎にあつまり坎にいたりて盡く、その状恰も車の輻の軸に聚まるに似たり
二五―二七
第一嚢は中央より分たれて二の輪となりその中なる二種の罪人互に反對の方向に進む、外の輪には人の爲に女を欺けるもの内の輪には己のために女を欺けるものあり
二八―三〇
【ジュビレーオの年】罪の赦の年(一二九九―一三〇〇年)
このジュビレーオは法王ボニファキウス八世の令旨によりて行はれき、乃ち法王は一二九九年のキリスト降誕祭より向ふ一ケ年間すべてローマに集まる巡禮者にしてこの地に十五日を過し且つ聖ピエートロ聖パウロの兩寺院に詣でてその罪を懺悔するものに大赦を宜せるなり、この時ヨーロッパ各地より集まり來れる旅客の數莫大なりければ此等の者に對する取締り保護の方法種々ありし中にダンテのこゝに引用せる一項ありき、即ち聖アンジェロの橋を縱に一個の柵をしつらひ聖ピエートロの寺院にゆくもの及びそこより歸る者に往來の故障なく各□その方向に從つて橋を渡るをえせしめしことこれなり(ノルトン)
三一―三三 
【カステルロ】カステルロ・サンタンジェロ、もとは歴代皇帝の靈廟なりしが六世紀にいたり市民これを城に代へたり、聖アンジェロ橋の右側にあり
【サント・ピエートロ】カステルロの西にあり、使徒ピエートロ(ペテロ)この墓の上に建てられし大寺院
【山】橋の左にあるモンテ・ジョルダーノを拜せりといふ
三四―三六
【鞭】ferze 棒の先に多くの革紐をつけしもの
四九―五一
【ヴェネディーコ・カッチァネミーコ】一二六〇年より同九七年までボローニアなるグエルフィ黨の首領たりしもの
【サルセ】salse サルセまたは藥味、註釋者曰く、ボローニアの附近にサルセと名づくる溪ありて昔處刑せられし罪人の遺骸こゝに棄てられ罪輕き者こゝに策たれしことあれば辛き藥味即ち苦しみの場所と兩義に通はして用ゐしなりと
五二―五四
【明かなる】善くボローニアの事に通ぜるを示す
五五―五七
【侯】フェルラーラ市の侯爵にてエスティ家の者なりといふ、名不明
【ギソラベルラ】ヴェネディーコの姉妹
五八―六三
我と共に此處に罰せらるゝボローニア人は今現に世に住むボローニア人よりその數多し
【サヴェーナとレーノの間】ボローニア、サヴェーナとレーノは東西よりボローニアを插みて流るゝ川の名なり
【シパ】sipa ボローニアの方言にてシア sia(si 然り)の意に用ゐる、故にシパといひならふ、舌はボローニアの方言を用ゐるもの即ちボローニア人なり
六四―六六
【騙すべき】da conio 或ひは人に取持ちて錢にすべき、錢のために己が身を賣る等の意に解する人あり
七〇―七二
【永久の圈】第七獄と第八獄第一嚢の間の岸、永久は地、一・一一四不朽の地と同義なるべし
七九―八一
【群】己のために女な欺けるものゝ群
八五―八七
【ヤーソン】イアソン、神話に名高き『金の羊毛』の勇士、テッサリアの王アイソンの子なり、金の羊毛をえんためアルゴナウタイ遠征隊を組織し自らその長となりてコルキス(黒海の東にあり)に渡れり
八八―九〇
【レンノの島】レムノス、エーゲ海中の島
アプロディテこの島の女の己を敬はざるを憤りこれを罰せんためまづ男子をして女子を疎んぜしむ、女子怨みのあまり相謀りて立ち島中の男子を鏖にす
九一―九三
【イシフィーレ】ヒュプシュピレ、レムノス王トアスの女、男子殺戮の事ありし時父を殺せる如く裝ひてひそかにこれを助け自らレムノスの女王となれり
【智】異本、しるし(戀の)
イアソンは遠征終らばヒュプシュピュレを娶りて妻とせんと約し女雙兒を孕める後コルキスにむかへるなり(淨、二六・九四―六參照)
九四―九六
【メデーア】メデイア、コルキス王アイエテスの女なり、イアソンを慕ひ妖術を以てこれをたすけて羊皮を得せしめこれに從ひてギリシアに赴き後棄てらる
九七―九九
【牙に罹る】これにとらへらるゝ
一〇〇―一〇二
【細路】石橋
【弓門】溪の上なる石橋の弓形なるをいふ
一一五―一一七
【緇素を判ち】剃髮せるや否やによりて
一二一―一二三
【アレッショ・インテルミネイ】ルッカ市の貴族、一二九五年の末猶生存せりといふ、傳不詳
一三三―一三五
【タイデ】タイス、名高きアテナイの遊女なり、トラソオなるものタイスの歡心を買はんため幇間グナトオを介してこれに奴隷の一少女を贈り使歸れる時タイスの喜びいかなりしやを問へるにいと厚く禮を陳べたりと答へきといふことローマ詩人テレンティウス(前二世紀)の喜劇『エウヌクス』三幕一場の始めにありといふ
或曰、キケロの『友情について』にいづるタイスの物語には對話者の誰なりといふことあきらかならず、さればダンテこの書によりてトラソオが直接タイスに問へる如く記せしなるべしと


    第十九曲

第三嚢にはシモニアを行へるものあり倒さまに孔の中にいけられたゞ足のみな外にいだし且つそのあしうら火に燒かる、詩人等堤を下りてそのひとりニコラウス三世とかたり後第四嚢の橋上にいづ
一―六
【シモン・マーゴ】(魔術者シモン)、サマーリアに住める魔術者にて使徒ピリポより洗禮を受けし後錢を持來りペテロ及びヨハネに聖靈を授くる力を與へんことを求めし者(使徒八・九―二四)
「シモニア」なる語(地、一一・五五―六〇註參照)はこのシモンよりいでしなり
【今喇叭は】われ今こゝに汝等の罪業を公にすべし
七―九
或ひは、我等既に石橋のまさしく濠の眞中にあたれるところに登りて次の墓(乃ち第三嚢)の上にありき
【次の】第三嚢の上なる弓門の
一〇―一二
【禍ひの世】地獄
【頒ち】賞罰を
一六―二一
【聖ジョヴァンニ】フィレンツェ市にある聖ジョヴァンニの洗禮所
堂内には中央の柱をめぐれる一大水盤あり水盤の外部を固めし大理石の中には四ケ所に長圓形の孔を設け僧の稚兒に洗禮を授くる時この中に立ち水に近きと(當時すべて浸禮を用ゐしなり)群集を避くるの便あるをはかれりといふ
【碎ける】古註曰ふ、曾て堂内に群集雜沓して孔のあたりに爭へることありしに一人の小兒その中に陷り人々これを引出さんとつとめしも能はざりしかばダンテ斧を揮つて大理石を破壞し小兒を死より救へるなりと
【人の誤り】聖物破壞の事をあしざまにいひ傳ふる人ありしより理由をあげてその妄を辯ぜるなり
二五―二七
【綱、組緒】ritorte は若枝を搓りて作れる綱 strambe は草をあみて作れる綱(或ひは若枝を組合せて作れる綱ともいふ)
三一―三三
【猛き】異本、赤き
三四―三六
【低き】第八の地獄は中央の坎に向ひ次第に下方に傾斜するが故に内の岸は外の岸より低し(地、一八・一―三註參照)
三七―三九
【默して】地、一〇・一六以下及び地、一六・一一八以下參照
四三―四五
【脛にて】脛を振りて苦をあらはすものゝ孔あるところ
四九―五一
詮釋者曰、中古の刑罰に暗殺者を逆さにして地に掘れる穴にいれ土塊を投じて次第に穴を埋めしことあり、かゝる刑に處せられし罪人が既に穴に入りたる後懺悔僧を呼戻して罪を告白し暫しの命を延べんとせしこと珍らしからずこれ懺悔の間は刑吏土塊を投ずることなければなりと
五二―五四
【彼】ニコラウス(ニコロ)三世、一二七七年より一二八〇年まで法王たり
【ボニファーチョ】ボニファキウス八世、一二九四年より一三〇三年まで法王たり
【書】未來記
ニコラウスはダンテをボニファキウス八世と誤り思へるなり、ボニファキウスの死は一三〇三年にてニコラウスは地獄の罪人の未來をしる例によりてこれを知りゐたるに今は一三〇〇年なればかくいへり
五五―五七
【欺いて】謀を以てチェレスティーノ(ケレスティヌス)五世に法王の位を退かしめしをいふ(地、三・五八―六〇註參照)
【淑女】寺院、淑女をとらふは法王となること
【虐ぐ】シモニアを行ひて
七〇―七二
【牝熊の仔】オルシーニ家の出
ローマのオルシーニ家は家紋に牝熊(オルサ)を用ひ古くより牝熊の裔の名ありきといふ
【上には】世にある日は財貨を嚢に入れ地獄にくだりてはわが身を嚢(孔)に入る
【熊の仔等】一門
七六―七八
ボニファキウス來らば我もこの孔の下に沈みゆくべし
七九―八一
ニコラウスのこの時まで足をさらせし日の數はボニファキウスの足をさらすべき日の數より多し
ニコラウスは一二八〇年の八月より一三〇〇年の四月までボニファキウスは一三〇三年の十一月より一三一四年の四月まで
スカルタッツィニ曰、ダンテ若し史實に據りてかくいひしならば『神曲』のこの一部の一三一四年四月以後に成れるものなること知るべしと
八二―八四
【牧者】法王クレメンス五世、一三〇五年ベネデクトゥス十一世(一三〇三年ボニファキウスに次ぎて法王となり、在位九ケ月にして死す)の後を承け一三一四年四月に死す
【西の方より】クレメンスはガスコニー(フランス)の生れにてボルドー(フランス)の僧正なりければ
【法を無みし】法王廳をローマよりフランスのアヴィニォンに移せるは彼なり。またシモニアを行ひ性貪婪にして放縱なりきといふ
八五―八七
【ヤーソン】イアソン、ユダヤの祭司の長なるシモン二世の子、シリア王アンティオコスに金を與ふることを約して祭司の長となれり(マッカベエイ後、四―五章)
クレメンスがフランス王フィリップ四世の歡心を買ひて法王となれる事これと相似たり
【また王】シリア王アンティオコスのイアソンに厚かりし如くフランス王フィリップ、クレメンスに厚からむ
八八―九三
【愚なる】或ひは、大膽なる
【我等の主】マタイ、一六・一九、鑰は天國の鑰なり
【我に從へ】マタイ、四・一九 マルコ、一・一七等
九四―九六
ピエートロ(ペテロ)及び其他の弟子等ジュダ・スカリオット(イスカリオテのユダ)の死後マッティア(マッテヤ)をえらびて使徒とせり(使徒、一・一五―二六)
【ピエル】ピエートロ
九七―九九
【カルロ】ナポリとシケリアの王シャルル・ダンジュウ(カルロ・ダンジオ)
ヴィルラーニの記録に曰、法王はシャルルが結婚の申込を拒めるを含みローマの議官及びトスカーナの僧官たる資格をシャルルより奪ひ、さらにジョヴァンニ・プロチダなる者より賄賂を受けて陰謀をめぐらし、死後かの有名なるシケリアの虐殺(一二八二年フランス人の虐殺)を見るにいたれるなりと
一説にはこゝに所謂不義の財貨とはニコラウスが寺院所屬の十分一税を私せるを指せるなりともいふ
一〇六―一〇八
【編める者】ヨハネ傳を編める者、默示録の著者と同一なりとの説に從へるなり
默示録第一七章に水の上に坐せる女の事いづ、但しその記事その寓意に於て聖書とダンテと必下しも同一にあらず默示録の中なる女は七の頭と十の角を持ち且つ獸に乘れり(一七・三)、その解に曰、水は諸民なり(一七・一五)七の頭は七の山なり(一七・九)十の角は十の王なり(一七・一二)と
今ダンテの女につきて註釋者の説を聞くに、曰、女は法王の下なるローマ若しくは寺院なり淫を諸王に鬻ぐは諸王の歡心を求むるを事とするなり七の頭は七の聖式(サクラメンテ)なり(或曰、聖靈の七の賜と)十の角はモーゼの十誡なり乃ち寺院は靈の賜をうけその夫即ち法王は徳を慕ひかくして始めて十誡によりて寺院の寺院たる眞を證せらるゝ(若しくは寺院の威力を之によりてうる)なりと
一一二―一一四
【彼等】イスラエルの民、彼等金の犢を鑄てこれを拜せること出エヂプト、三二・四、八等にいづ
或曰、廣く偶像信者を指していへりその拜する神多けれども黄金崇拜者の百に對し一に當るべき割合なるの意と
【百】金貨銀貨一として神ならぬはなし(地、三〇・一一七參照)
一一五―一一七
【コスタンティーン】皇帝コンスタンティヌス一世(二七四―三三七年)、キリスト教に歸依し時の法王シルヴェステル一世にローマの領地を供物として捧げたりとの説ありて中古事實と認められしも、而後その訛傳に過ぎざること證明せらるゝにいたれり
【父】シルヴェステル一世(三一四年より三三六年まで法王たり)、前項記戰の供物を受けて法王中最初の長者となれるなり、またかく富を得たるがために其後の牧者心を利慾に注ぎ從つて寺院の腐敗を招くにいたれり
此曲の中一〇六行より一一七行に亙る四聯は地、一一・八―九行とともに十七世紀の始めイスパニアの宗教裁判所に於て新に出版せんとするダンテの『神曲』中より削除すべき事を命ぜり(ムーア『ダンテ研究』二卷七頁脚註參照)


    第二十曲

第四嚢の橋上にいたれば魔術卜筮等によりて人を蠱惑せる者背を前にして歩み來れり、ウェルギリウスその中數人を指示してダンテに教へまたマントと名づくる卜者のことより郷里マントヴァの由來に説き及び後共に第五嚢にむかふ
一―三
【第一の歌】地獄即ち深淵の中に沈める者の歌
七―九
【祈りの行列】祈りの歌をうたひつゝしづかに歩みゆく寺院内の行列
二八―三〇
【慈悲全く】ダンテは pieta を慈悲と敬虔との兩意に用ゐて文飾とせり、罪人に對する慈悲心亡びて(地、二・九一―三參照)初めて神に對する敬虔の念生く
【神の審判にむかひて】神の審判により罰をうくる者にむかひて
ウェルギリウスの意は同情を寄するに足るざる罪人をあはれむは神の審判を誹議するに等しければ許すべからざる罪なりといふにあり、眞に同情を寄するに足るべき罪人に對してはウェルギリウス自身憐みのため色を變ずるにいたれることあり(地、四・一九―二一)何ぞダンテのフランチェスカ、チヤッコ及びヤーコポ・ルスチクッチ等に對する同情を責むべき
三一―三六
【アンフィアラーオ】アンフィアラオス、ギリシアの卜者、テバイを圍める七王の一(地、一四・六七―七二註參照)なり、テバイ攻圍中ゼウス電光を投じて大地をひらきアンフィアラオスを地獄に陷る
四〇―四二
【ティレージア】テバイの卜者、嘗て森に入り二匹の蛇の交はれるを見、杖にて撃ちて放れしめしにその身變じて女となれり、七年の後再び此等の蛇を見しかばまたさきの如く撃ち、ここに再び男にかへれり(オウィディウスの『メタモルフォセス』三・三二四以下)
四三―四五
【雄々しき羽】髯
四六―四八
【アロンタ】エトルリア(イタリア)の卜者、カエサルとポムペイウスの間に戰ひありし時前者の勝を豫言せりといふ
【ルーニ】イタリアの西北海岸マーグラの河口に近き町、この町今は僅かに荒廢の跡をとゞめ名はこの地方の總稱なるルーニジアーナとなりて存するに過ぎず、ルーニの山はカルラーラの山をも含むなり
四九―五〇
【大理石】カルラーラの大理石坑はローマ時代よりすでに世に知られたりといふ
五五―五七
【マント】ティレージア(四〇行)の女
【わが生れし處】マントヴァ市をいへりされどウェルギリウスの生れし處はマントヴァ市の附近なるアンデスなり
五八―六〇
【バーコの都】酒神バッコスを守護神とせる町、乃ちテバイ、エテオクレス兄弟の死後(地、二六・四九―五四註參照)クレオンなる者テバイを治めて虐政を布きテバイはたゞ屈從を事とせるのみ
六一―六三
【上なる】地獄に對して世界を上といふ
【ティラルリ】ガルダ潮の北方メラーノに近き城、もとドイツ領たり、アルピ連峰の一部此上に聳ゆ、湖上最初のドイツの城なれば獨逸(ラーマニア)を閉すといへるなり
【ベナーコ】今のガルダ湖
六四―六六
【ガルダ】湖東の城
【ヴァル・カーモニカ】湖水の西北にあたる溪、延長五十餘哩
【アペンニノ】異本ペンニノとあり、ガルダ湖附定の連山を指せるならんも不明なり、所謂アペンニノ連峰にはあらず
六七―六九
【一の處】不明、或ひはフラーチと稱する一小島なりといひ或ひはチニアールガの河口といひ或ひは想像の一地點に過ぎすといふ、此處はトレント(湖北)、ブレシヤ(湖西)、ヴェロナ(湖東)の牧者の管轄地互に境を接する處なれば三の中いづれの管轄地より來る僧もこゝに立ちて十字を截りてわが牧する民に祝福を授くることを得べし(僧の公けに祝福を授くることは己が管轄地内にのみなしうべき定めあればなり)
七〇―七二
【ペスキエーラ】ガルダ湖の南端にあるヴェロナ人の城
【ベルガーモ】ブレシヤの西にあり
七六―七八
【ゴヴェルノ】今ゴヴェルノロといふ、ミンチョの右側にある邑
七九―八一
【夏は】夏時往々地乾き汚水處々に停滯して市民の衞生を害することあり
九一―九三
【占】昔土地に新に名をつくる時は卜筮によりてその名をえらぶ習ありきといふ
【マンツア】マントヴァ
九四―九六
【カサロディ】ブレシヤの一城主カサロディ家のアルベルト伯なる者マントヴァに君たりし時(一二七〇年頃)この地の名族ピナモンテ・デ・ボナーコルシ、市の平和の爲と稱しアルベルトに勸めてまづ多くの貴族を市外に逐はしめ後遂にアルベルトを逐ひ自らマントヴァの君となれり
九七―九九
【由來】『アエネイス』一〇の一九八以下には
オクヌスもまた一隊を率ゐて故國の岸より來れり、彼は卜者マントとエトルリアの川(テーヴェレ川)の間の子にて、マントヴァよ、汝に石垣と母の名を與へし者なり
とあり、ダンテの説とウェルギリウスの説に多少の差あること知るべし、思ふに或人の云へる如くダンテは當時の傳説若しくは記録に據りて一種の由來説を得たればこゝにウェルギリウスの口を借りてかく陳ぶるに至れるならむ
一〇六―一〇八
【男子なく】丈夫悉くトロイアの戰ひに赴き幼兒新に生るゝことなければ搖籃多くは空しきなり
一〇九―一一一
【卜者】ギリシア軍中の卜者エウリピロス
【カルカンタ】同じくギリシア軍中の卜者
【アウリーデ】アウリス。ギリシア軍のトロイアにむかひて船出せし港
一一二―一一四
【悲曲】『アエネイス』。これを悲曲といへるは詩材文體の高逸なるによりてなり(ダンテの『デ・ウルガーリ・エーロクエンチァー』二、四の三八以下)
【いづこにか】二の一一四以下
『アエネイス』にはたゞ反間者シノンの詞の中ギリシア軍がトロイアを去らんとしてエウリピロスにアポロンの宣託を受けしめし事あるのみアウリス解纜に關しては何等の記事なし、されば或人はこゝにかく歌へるといへるは彼の卜者なることを歌へる意に外ならずと解せり
一一五―一一七
【ミケーレ・スコット】スコットランドの人、十三世紀の始めローマ皇帝フリートリヒ二世の朝に仕へて妖術を行へりといふ
一一八―一二〇
【グイード・ボナッティ】イタリア、フォルリの星學者(十三世紀の後半)
【アスデンテ】イタリアのパルマ市の靴師、マエストロ・ベンヴェヌートといひアスデンテはその綽名なり、本業の傍卜筮を習ひ遂には卜者として世に知らるゝにいたれり(十三世紀の半)
一二一―一二三
【草】或種類の草の液を用ゐて術を行ふこと、オウィディウスの『メタモルフォセス』第七卷(二三二行以下)にメデイアがイアソンの父を若返らしめんとて多くの奇しき草を集め根を煎じてその液を用ゐしこといづ
【偶人】人の形を蝋の類にて作り或ひは火にかけ或ひは頸に針を打ちて術を行ふこと
一二四―一二六
【カイーノと茨】月
月の斑點の形人に似たるより古の俗説にこはカイン(カイノ)(創世記第四章始め)が賞罰をうけ神に顧みられざりし野の植物を肩にして立てる姿なりといへるによれり(天、二・五以下參照)
【南半球】南半球は聖都イエルサレムと淨火の山を二個の頂點としイスパニアとインドの一部を境として分割せる南北二個の半球(三二六頁插圖參照)、その境を占むるは地平線にかゝるなり
【ソビリア】ゾビリア、イスパニアの西南にある町、月の沈むは年前六時頃
一二七―一二九
【昨夜】四月八日の前の夜にてこの時よりいへば一昨夜なり
【しば/\】しば/\路を照して


    第二十一曲

かくて第五嚢の上にいたれば下には煮ゆる脂たゝへ公私の職を利用して己の慾をはかれる者其中に沈めらる、ウェルギリウス、ダンテを岩蔭にかくし自らまづ進みて第六の堤に達し鬼の長マラコダとかたり後ダンテを呼びて一群の鬼と共に左に堤を傳ふ
一―三
【コメディア】地、一六・一二七―九註參照
七―九
【船廠】ヴェネツィア市の東端にあり、中古、世に名高き船廠なりしといふ
一〇―一二
【彼等】ヴェネツィア人
三七―四二
或ひは、彼いふ我等の橋のマーレブランケよ
【マーレブランケ】(禍ひの爪)第五嚢を守る鬼の總稱
【聖チタ】ルッカ市
聖チタは一二一八年ルッカの西北約五十哩にあるボントレモリの附近に生れ無垢の一生をルッカに送り一二七二年に死せる比丘尼の名なり、ルッカの人々特に尊び敬ふをもて町の名の代りとす
【アンチアン】ルッカ市の行政官、十人あり
【ボンツーロ】一四世紀の始めルッカ民黨の首領となれるものにて古註に汚吏の隨一とあり、外は反語なり
【否、然】ラーナの古註に曰、ルッカの公會にては議事の採決をなすにあたり二個の投票箱を會場に持來り其一には然の投票を入れしめ他には否を入れしむる例あり、かゝる時黄白のために心迷へる議員等否の投票をなすべき場合にも然をもて之に代らしむること屡□ありと
四六―四八
【聖顏】「サント・ヴォルト」は昔東方より傳來しルッカ市聖マルチーノの禮拜堂に安置せられし木製十字架上のキリストなり、ラーナ曰、ルッカの人冥助を祈ることあれば、サント・ヴォルトよ今我を助けたまへといふを例とせりと
橋下の鬼等かの罪人が背を脂の外にあらはし恰も神前にぬかづく如くなるをみて嘲りてかくいへるなり
四九―五一
【セルキオ】ルッカの附近を流るゝ川、ルッカの人々夏の日よくこの河水に浴せりといふ
五二―五四
【盜みうべくば】脂の上に浮くべき機會を
五五―五八
【厨夫が庖仕に】厨人(くりやびと)がその下廻りに(改譯より)
六一―六三
【さきにも】地、九・二二以下參照
七六―七八
【マラコダ】(禍ひの尾)第五嚢の鬼の長
七九―八四
【我等を】異本、我を
九四―九六
【契約】生命の安全を降服の條件として
【カープロナ】アルノ河畔にありしピサ人の城、一二八九年八月ルッカとフィレンツェの同盟軍攻めて之を陷る、ダンテは戰鬪員としてフィレンツェの軍中にありしかばピサの歩兵の敵前を通過するさまを此時したしくみしならんといふ
一〇九―一一一
【石橋あり】マラコダの虚言、策六嚢にては壞れざる橋一もなきなり(地、二三及び二四)
一一二―一一四
地獄内なる岩の崩れはキリスト磔殺の當時に起れり(地、一二・三七以下)而してダンテの信ずる所によるにキリストの死せしはその三十四歳の時の聖金曜日なり(『コンヴィヴィオ』四・二三の九五より一〇七まで)、今、中古の計算に從ひ三十四年に一二六六年を如ふれば即ち神曲示現の年なる一三〇〇年を得べし、聖金曜日はダンテの地獄に入りし初めの日なれば一夜を其中に過して今は昨日となれるなり、またキリストの息絶えし時即ち第六時(ルカ、二三・四四)をダンテは正午と解したれば(『コンヴィヴィオ』四・二三、一〇七)これより五時を引去る時は朝の約七時となる、さればマラコダの兩詩人とかたれるは一三〇〇年型金曜日の翌日(四月九日)午前七時の頃なりとしるべし
一一八―一二三
ダンテが一々鬼に名を附せしはこの後起らんとする事柄を明瞭に讀者の腦裡に印せんとするにあり、されど此等の名をえらぶにあたりていくばくの用意ありしやあきらかに知り難し、この中には翼犬鬚龍等を編込めるもあれどもまた音調以外に何等の摸索し得べきものなきもあり。おもふに附會の説によりてしひて解釋を求むるは詩人の本意にあらざるべし、また此等の名は詩人時代のフィレンツェの行政官或ひは黒黨の首領等の名を巧みに作り變へしものなりとのロセッティの説は一部のダンテ學者の認むるところなれどもダンテがかゝる姑息の手段によりてその欝憤を洩せりとは信じ難きに似たり
一二四―一二六
【岩窟】すべての溪(十の嚢)をいふ
一三六―一三六
【齒にて】兩詩人の欺かるゝを嘲り長と相圖をあはせしなり


    第二十二曲

兩詩人と共に堤をゆける鬼脂の中よりチヤムポロなる者をとらへ岸に引上げて之を苛責す、この者詩人等に己とその侶の事を告げし後鬼を欺いて再び脂に沈み遂に鬼と鬼との爭を惹起すにいたれり
一―三
【軍を整へ】或ひは、兵を閲し
四―九
【アレッツォ】カムバルディーノ(アレッツォ市の北アルノの溪の戰場なり、一二八九年アレッツォ人こゝにフィレンツェ軍と戰ひて敗る)の戰ひの折を指せるならん、ダンテはこの時フィレンツェ騎兵の中に加はりゐたりといへば
【鐘】フィレンツェ人戰時にマルチネルラと名づくる巨鐘を鳴らし後之を戰場に曳きゆきその響きによりて士氣を鼓舞するを例とせりといふ
【城の相圖】晝は旗または烟、夜は烽火
【物】樂器
【軍、軍と】torneamenti は馬上の競技、組に分れて行ふもの
【兵、兵と】giostra 同上、一騎打
一〇―一二
【笛】cennamella 戰時に用ゐし笛の一種、奇しき笛は肛門の喇叭(地、二一・一三九)と同じ
一九―二一
海豚が背を水上にあらはして船を追來るは海に嵐起る前兆なりといふ事此頃一般に信ぜられきといふ
三七―三九
【えらばれし】マラコダに(地、二一・一一八―二三)
四六―四八
【我】古註にナヴァルラのチャムポロなりとあり、傳不詳
【ナヴァルラ】ナヴァール、イスパニアの東北にあり
四九―五二
【身】身を失へるは自殺せるをいふ
五二―五四
【テバルド】ナヴァルラ王テバルド二世(一二五三―一二七〇年間王たり)を指せるなるべしといふ
【債を償ふ】rendo ragione ムーアの引照せるルカ、一六・二には rendi ragione del tuo governo とあり
六四―六九 
或ひは、導者すなはち(曰ふ)いざ告げよ脂の下なる罪人の中汝の識れるラチオの者ありや
【ラチオの者】イタリアの者。ラチオ(ラティウム)はローマを含めるイタリア一部の古名
【隣の者】イタリアに隣れるサールディニア島の者
七九―八四
【ガルルーラ】一〇一七年ピサ人サールディニアをサラセン人より奪ひ之を四州に分つ、ガルルーラはその一にして島の東北にあり
【ゴミータ】サールディニアの人、ガルルーラ州の知事なるウゴリーノ(或ひはニーノ)ヴィスコンティに仕へ祕書官となりてその信任を得たり、會□ニーノ敵を攻め多くの捕虜を得て之を獄に下せることありしにゴミータ賄賂を受けてひそかに彼等を自由の身となし事覺はるゝに及びて絞罪に處せらる
八五―八七
【穩かに】di piano 詮議に及ばす、しかるべき手續を經ずして
ゴミータの首をそのまゝ借り來れるなり
八八―九〇
【ロゴドロ)サールディニア四州の中西北の一州
【ミケーレ・ツァンケ】ロゴドロ州の知事たりしエンチオ(フリートリヒ二世の庶子)、ボローニア人に捕はれし時ミケーレこれに代りて政務を司り、一二七一年エンチオ死して後その寡婦アデラーシアを娶り一女を生む、一二九〇年頃その女婿ブランカ・ドーリアこれを殺せり(地、三三・一三七以下參照)、「ドンノ」は敬語
【善く彼と語る】或ひは、尊く彼と會す
九一―九三
【瘡を引掻かんとて】卑しき俗言、用捨なく打つこと
九七―九九
【トスカーナ、ロムバルディア】まづサールディニアの者をあげ次にイタリアの者の事をいふこれチャンポロの奸智なり
一〇〇―一〇二
【禍ひの爪】鬼(地、二一―三七―四二註參照)
一〇三―一〇五
口笛を相圖に鬼のゐざるを知らして侶を招くなり
【七人】多數をいふ(地、八・九七―一〇二註參照)
一〇九―一一一
鬼を欺くのあしきをいへるカーニヤッツォの詞をうけて侶を欺くのあしきにいひかへたるチャムポロの奸智
一一五―一一七
【頂上を棄て】第五と第六嚢の間の堤の頂を下り少しく六嚢の方にむかひ岸を隔とし
一一八―一二〇
【心なかりしもの】カーニヤッツォ、或曰カルカブリーナと
鬼皆背を脂にむけしなり
一二一―一二三
【長】九四行の大なる長バルバリッチヤ
或曰、proposto は企の意にてチャムポロが鬼の引裂かんとする企をまのがれしをいふと
一三三―一三五
カルカブリーナはアーリキーノ(アリキーン)にむかひて怒りを起せるなり
一四八
【かなた、こなた】彼岸に飛びゆける四の鬼及びあとに殘れる長と三の鬼
【上層の中に燒かれし】脂の表近きところに燒かれし
一説に曰、crosta は鬼の皮膚の脂に燒かれて硬くなりたるものを指しその中にといへるはかたき皮膚を透して既に肉まで燒け初めし意をあらはせるなりと


    第二十三曲

詩人等たゞふたり堤を傳ひて進むうち鬼後より追來ればウェルギリウスはダンテを抱き逃れて第六嚢の中にくだる、こゝには鉛の衣を着し僞善者の群あり、そのうちボローニアのカタラーノなる者その侶ローデリンゴと共に來りてダンテとかたりまた路をウェルギリウスに教ふ
一―三
【ミノリ僧】フランチェスコ派の僧、古註曰、此等の僧路を行く時は上位の僧をさきに一列となりて相前後せりと
四―六
【イソーポの寓話】アイソポスの寓話、蛙と鼠あり共に放して水邊にいたる、蛙は鼠をたすけて水を超ゆべしといひて之を欺きその足と己が足とを結びあはせ水深き處にいたりて溺れしむ、會□一羽の鳶(或ひは鷹)鼠の水に浮ぶをみて之をひきあげ、はからずも生ける蛙を得たり
中古專ら行はれしラテン語譯の『アイソポス物語』の中には往々類似の寓話(所謂アイソポス以外の)をも收めし者ありて區別明かならず、蛙と鼠の話もまたその一なりといふ
七―九
【モとイッサ】‘mo’e‘issa’共にラテン語より出でし今の義
カルカブリーナのアーリキーノを害せんとせるは鼠の蛙を水に溺れしめんとせるに同じくその相爭ひて脂の上に落ちしは蛙と鼠と共に鳶に捕へられしに似たり
二五―二七
【鏡】原語、鉛ひきし硝子
二八―三〇
【二の物】汝の思ひとわが思ひ
三一―三三
【追】詩人等の心に畫きておそるゝ鬼の追撃
四六―五六
【縁】岸の側面
六一―六三
【クルーニ】ボルゴニア州(フランスの東)にあるベネデクト派の僧院なり
オックスフォード版其他にはコローニアとあり不明、古註曰、コローニアはドイツのライン河畔の一都會にてこゝに一僧院あり當時富貴第一なりければ院の主僧虚榮の念に驅られあまたの僧徒を從へて法王の許にいたり緋の僧衣を許されんことを乞ふ、法王その僭越を惡み命を下して却つて之に粗服を着けしめ且つ巨大の僧帽を戴かしむ云々
六四―六六
【フェデリーゴ】フリートリヒ二世(地、一〇・一一九)大逆の罪を犯せる者を罰するに指の厚さなる鉛の衣を裸なる罪人に着せ大釜の中に入れて熱火にかけしといふ當時の説によれるなり
七六―七八
【はせゆく】己の足おそければ詩人等の歩むさま恰もはせゆくに似たり
八二―八四
【荷】重き鉛の衣
九四―九六
【邑】フィレンツェ
九七―九九
【煌めくは】あきらかにあらはるゝは
一〇〇―一〇二
重き物體を秤にかくればその秤軋む如く我等も金色の衣のおもさにかく歎聲をいだすなり
一〇三―一〇八
【フラーテ・ゴデンティ】もと聖マリアの騎士と稱し一二六一年法王ウルバヌス四世の批准をえてボローニアに編成せられ軍事と宗教とに關せし一團なり、イタリア各市の黨派の軋轢及び閥族爭鬪の調停弱者の保護等を目的とし勢力甚だ盛なりしも騎士等次第にこの目的を忘れてたゞ安逸をのみ求めしかばこゝに喜樂僧の名を得るにいたれるなり
【カタラーノ、ローデリンゴ】一二六六年ギベルリニ黨の首領王マンフレディ、ベネヴェントの戰ひに敗れ屍を戰陣に曝せし時モンタペルティの戰ひ(一二六〇年)よりこの方敵黨の威壓の下にありしフィレンツェのグエルフィ黨再びその頭を擡ぐるにいたりたればフィレンツェは禍ひを未發に防がんため同じ年ボローニアよりグエルフィ黨のカタラーノ、ギベルリニ黨のローデリンゴを招き同時にフィレンツェのポデスタとなし兩黨の調和市政の革新を計らしむ、しかるに彼等利慾に迷ひ法王クレメンス四世の意を迎へグエルフィ黨と好みを通じて密かにその頽勢を挽囘するに力めたり
【常は】通例はひとりのポデスタを選ぶ定めなるに
【ガルディンゴ】ガルディンゴはフィレンツェ市の一部にてギベルリニ黨中屈指の名族ウベルティ家の邸宅ありしところ、カタラーノ等表に公平を飾りて暗に一黨派の益をはかれる結果ギベルリニ黨遂に市外に逐はれその邸宅多く破壞せらるゝにいたりし時ウベルティ家も亦暴徒等の燒くところとなりてその燒跡當時ガルディンゴの附近に殘れるなり
一一二―一一四
【彼】カイアファ(カヤバ)、ユダヤの祭司長、名を國益に藉り善人の死を謀れるもの(ヨハネ、一一・四七以下)
一一五―一一八
【民の爲に】ヨハネ、一一・四九―五〇に曰、汝等何事をも知らずまた一人民のために死して擧國亡びざるは我等の益たることをも思はざるなり
一二一―一二三
【外舅】アンナス(ヨハネ一八・一三)、祭司長たり(ルカ、三・二)
【苛責せらる】或ひは、ひきはらる
一二四―一二六
嘗てエリトネの命に從つて地獄の底に下れる時はかゝる刑罰をうくるものを見ざりしによりてあやしめるか、異説多し、委しき事スカルタッツィニの註にいづ
一三〇―一三二
【黒き天使】鬼(地、二七・一一二―四註參照)
一三三―一三五
【岩】石橋なり、斷崖よりいでゝ十の嚢の上を過ぐ
一三九―一四一
【鐡鉤にかくる者】マラコダ(地、二一・一〇九―二參照)
一四二―一四四
【僞る者】ヨハネ、八・四四


    第二十四曲

ダンテ、ウェルギリウスと僞善者の溪を出で第七嚢の橋をわたりて堤の上より見おろせばこゝには無數の毒蛇ありて盜人の魂を苛責す、中にヴァンニ・フッチといふ盜人あり兩詩人とかたりて身の來歴を告げまた白黨の禍ひを豫言す
一―三
【日は】日の寶瓶宮にあるは一月二十日頃より二月二十日まで
【髮をとゝのへ】日の光を金髮になぞらへしなり、『アエネイス』九の六三八に、髮長きアポローとあるが如し、日髮をとゝのふとは暖氣の加はりゆくをいふ
【夜は】夜は日と反對の天にあり(淨、二・四參照)、十二月以降春分に近づくに從ひ日は北に夜は南にむかふ即ち日次第に長く夜次第に短し
四―六
【白き姉妹】雪、霜雪の如く白く地上に落つるも日出ると共に消ゆるを筆先鈍りて長く使用に堪へざるに譬へしなり
七―九
【腰をうち】霜を雪なりと思ひあやまり腰をうつ
一六―一八
【亂】地、二三・一四五―六參照
一九―二一
【山の麓】地、一・六一以下
三一―三三
【衣を】鉛の
四〇―四二
地、一九・三四―六註參照
五五―五七
人罪を離るゝのみにては未だ足らず進んでさらにその穢れを淨め而して後はじめて福の路に就くべし
【段】淨火の山の
【これら】此等の段乃ち地獄
六四―六六
【次の濠】第七嚢
七〇―七五
【生ける目底にゆくを】或ひは、目あきらかに底をみるを
生ける目は肉眼なり
【次の堤】第七と第八嚢の間の堤
【石垣】第七嚢を蔽へる橋
八二―八四
【蛇】ランディーノ(Landino)曰、蛇猾智に富む盜人亦然り蛇身を細くして穴といふ穴に入り盜人身を輕くして處といふ處に入る蛇萬人に嫌はる盜人亦然り蛇草にかくれて戰ひ盜人亦ひそかに人を害すと
八五―八七
【リビヤ】エヂプトの西、名高き砂漠あるところ
【ケリドリ】以下すべて蛇の名なり、ルカヌスの『ファルサリア』九・七〇六以下にいづ
八八―九〇
【エチオピア】エヂプトの南
【紅海の邊のもの】砂漠多きアラビア
九一―九三
【エリトロピア】寶石、色緑にして紅の斑點あり、古の俗説に此石よく蛇の毒を癒しまた持人の姿を人の目に見えざらしむる力ありといへり
一〇〇―一〇二
【o、i】いづれも一筆にて書き得べき文字
一〇六―一〇八
【聖等】プリーニオ、クラウディアーノ、ブルネット・ラティーニ、オウィディウス等、就中オウィディウスは主として詩人の引用せるものなり、『メタモルフォセス』一五・三九二以下に曰く

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