神曲
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著者名:ダンテアリギエリ 

   第一曲

われ正路を失ひ、人生の覊旅半にあたりてとある暗き林のなかにありき 一―三
あゝ荒れあらびわけ入りがたきこの林のさま語ることいかに難いかな、恐れを追思にあらたにし 四―六
いたみをあたふること死に劣らじ、されどわがかしこに享けし幸(さいはひ)をあげつらはんため、わがかしこにみし凡ての事を語らん 七―九
われ何によりてかしこに入りしや、善く説きがたし、眞(まこと)の路を棄てし時、睡りはわが身にみち/\たりき 一〇―一二
されど恐れをもてわが心を刺しゝ溪の盡くるところ、一(ひとつ)の山の麓にいたりて 一三―一五
仰ぎ望めば既にその背はいかなる路にあるものをも直(なほ)くみちびく遊星の光を纏ひゐたりき 一六―一八
この時わが恐れ少しく和ぎぬ、こはよもすがら心のおくにやどりて我をいたく苦しましめしものなりしを 一九―二一
しかしてたとへば呼吸(いき)もくるしく洋(わた)より岸に出でたる人の、身を危うせる水にむかひ、目をこれにとむるごとく 二二―二四
走りてやまぬわが魂はいまだ生きて過ぎし人なき路をみんとてうしろにむかへり 二五―二七
しばし疲れし身をやすめ、さてふたゝび路にすゝみて、たえず低き足をふみしめ、さびたる山の腰をあゆめり 二八―三〇
坂にさしかゝれるばかりなるころ、見よ一匹の牝(め)の豹あらはる、輕くしていと疾(はや)し、斑點(まだら)ある皮これを蔽へり 三一―三三
このもの我を見れども去らず、かへつて道を塞ぎたれば、我は身をめぐらし、歸らんとせしこと屡□なりき 三四―三六
時は朝の始めにて日はかなたの星即ち聖なる愛がこれらの美しき物をはじめて動かせるころ 三七―
これと處を同じうせるものとともに昇りつゝありき、されば時の宜きと季(き)の麗しきとは毛色(けいろ)華(はな)やかなるこの獸にむかひ
善き望みを我に起させぬ、されどこれすら一匹の獅子わが前にあらはれいでし時我を恐れざらしむるには足らざりき ―四五
獅子は頭を高くし劇しき飢ゑをあらはし我をめざして進むが如く大氣もこれをおそるゝに似たり 四六―四八
また一匹の牝の狼あり、その痩躯によりて諸慾内に滿つることしらる、こはすでに多くの民に悲しみの世をおくらせしものなりき 四九―五一
我これを見るにおよびて恐れ、心いたくなやみて高きにいたるの望みを失へり 五二―五四
むさぼりて得る人失ふべき時にあひ、その思ひを盡してなげきかなしむことあり 五五―五七
我またかくの如くなりき、これ平和なきこの獸我にたちむかひて進み次第に我を日の默(もだ)す處におしかへしたればなり 五八―六〇
われ低地をのぞみて下れる間に、久しく默せるためその聲嗄れしとおもはるゝ者わが目の前にあらはれぬ 六一―六三
われかの大いなる荒野の中に彼をみしとき、叫びてかれにいひけるは、汝魂か眞(まこと)の人か何にてもあれ我を憐れめ 六四―六六
彼答へて我にいふ、人にあらず、人なりしことあり、わが父母(ちゝはゝ)はロムバルディアの者郷土(ふるさと)をいへば共にマントヴァ人(びと)なりき 六七―六九
我は時後れてユーリオの世に生れ、似非(えせ)虚僞(いつはり)の神々の昔、善きアウグストの下(もと)にローマに住めり 七〇―七二
我は詩人にて驕れるイーリオンの燒けし後トロイアより來れるアンキーゼの義しき子のことをうたへり 七三―七五
されど汝はいかなればかく多くの苦しみにかへるや、いかなればあらゆる喜びの始めまた源(もと)なる幸の山に登らざる 七六―七八
われ面(おもて)に恥を帶び答へて彼にいひけるは、されば汝はかのヴィルジリオ言葉(ことのは)のひろき流れをそゝぎいだせる泉なりや 七九―八一
あゝすべての詩人の譽(ほまれ)また光よ、願はくは長き學(まなび)と汝の書(ふみ)を我に索めしめし大いなる愛とは空しからざれ 八二―八四
汝はわが師わが據(よりどころ)なり、われ美しき筆路を習ひ、譽をうるにいたれるもたゞ汝によりてのみ 八五―八七
かの獸を見よ、わが身をめぐらせるはこれがためなりき、名高き聖(ひじり)よ、このものわが血筋をも脈をも顫はしむ、ねがはくは我を救ひたまへ 八八―九〇
わが泣くを見て彼答へて曰ひけるは、汝この荒地(あれち)より遁(のが)れんことをねがはゞ他(ほか)の路につかざるをえず 九一―九三
そは汝に聲を擧げしむるこの獸は人のその途を過ぐるをゆるさず、これを阻みて死にいたらしむればなり 九四―九六
またその性(さが)邪惡なれば、むさぼりて飽くことなく、食をえて後いよいよ餓う 九七―九九
これを妻とする獸多し、また獵犬(かりいぬ)來りてこれを憂ひの中に死なしむるまでこの後なほ多からむ 一〇〇―一〇二
この獵犬はその營養(やしなひ)を土にも金(かね)にもうけず、これを智と愛と徳とにうく、フェルトロとフェルトロとの間に生れ 一〇三―一〇五
處女(おとめ)カムミルラ、エウリアーロ、ツルノ、ニソが創をうけ命を棄てゝ爭ひし低きイタリアの救ひとなるべし 一〇六―一〇八
すなはち□く町々をめぐりて狼を逐ひ、ふたゝびこれを地獄の中に入らしめん(嫉みはさきにこゝより之を出せるなりき) 一〇九―一一一
この故にわれ汝の爲に思ひかつ謀りて汝の我に從ふを最も善しとせり、我は汝の導者となりて汝を導き、こゝより不朽の地をめぐらむ 一一二―一一四
汝はそこに第二の死を呼び求むる古(いにしへ)のなやめる魂の望みなき叫びをきくべし 一一五―一一七
その後汝は火の中にゐてしかも心足る者等をみむ、これ彼等には時至れば幸なる民に加はるの望みあればなり 一一八―一二〇
汝昇りて彼等のもとにゆくをねがはゞ、そがためには我にまされる魂あり、我別るゝに臨みて汝をこれと倶ならしめむ 一二一―一二三
そは高きにしろしめす帝(みかど)、わがその律法(おきて)に背けるの故をもて我に導かれてその都に入るものあるをゆるし給はざればなり 一二四―一二六
帝の稜威(みいつ)は至らぬ處なし、されど政かしこよりいでその都も高き御座(みくらひ)もまたかしこにあり、あゝ選ばれてそこに入るものは福(さいはひ)なるかな 一二七―一二九
我彼に、詩人よ、汝のしらざりし神によりてわれ汝に請ふ、この禍ひとこれより大なる禍ひとを免かれんため 一三〇―一三二
ねがはくは我を今汝の告げし處に導き、聖ピエートロの門と汝謂ふ所の幸(さち)なき者等をみるをえしめよ 一三三―一三五
この時彼進み、我はその後方(うしろ)に從へり 一三六―一三八
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   第二曲

日は傾けり、仄闇(ほのくら)き空は地上の生物をその勞苦より釋けり、たゞ我ひとり 一―三
心をさだめて路と憂ひの攻めにあたらんとす、誤らざる記憶はこゝにこれを寫さむ 四―六
あゝムーゼよ、高き才よ、いざ我をたすけよ、わがみしことを刻める記憶よ、汝の徳はこゝにあらはるべし 七―九
我いふ、我を導く詩人よ、我を難路に委ぬるにあたりてまづわが力のたるや否やを思へ 一〇―一二
汝いへらく、シルヴィオの父は朽つべくして朽ちざるの世にゆき、肉體のまゝにてかしこにありきと 一三―一五
されど彼より出づるにいたれる偉業をおもひ、彼の誰たり何たるをおもはゞ、衆惡の敵(あた)のめぐみ深かりしとも 一六―一八
識者見て分に過ぎたりとはなさじ、そは彼エムピレオの天にて選ばれて尊きローマ及びその帝國の父となりたればなり 一九―二一
かれもこれもげにともに定めに從ひて聖地となり、大ピエロの後を承くる者位に坐してこゝにあり 二二―二四
彼かしこにゆき(汝これによりてかれに名をえしむ)勝利(かち)と法衣(ころも)の本となれる多くの事を聞きえたり 二五―二七
その後選(えらび)の器(うつは)、救ひの道の始めなる信仰の勵(はげみ)を携へかへらんためまたかしこにゆけることあり 二八―三〇
されど我は何故に彼處(かしこ)にゆかむ誰か之を我に許せる、我エーネアに非ず我パウロに非ず、わがこの事に堪ふべしとは我人倶に信ぜざるなり 三一―三三
されば我若し行くを肯はゞその行くこと恐らくはこれ狂へるわざならん、汝は賢(さか)し、よくわが言(ことば)の盡さゞるところをさとる 三四―三六
人その願ひを飜し、新なる想(おもひ)によりて志を變へ、いまだ始めにあたりてそのなすところをすべて抛つことあり 三七―三九
我も暗き山路(やまぢ)にありてまたかくのごとくなりき、そはわが思ひめぐらしてかくかろがろしく懷けるわが企圖(くはだて)を棄てたればなり 四〇―四二
心おほいなる者の魂答へて曰ひけるは、わが聽くところに誤りなくは汝のたましひは怯懦にそこなはる 四三―四五
夫れ人しば/\これによりて妨げられ、その尊きくはだてに身を背くることあたかも空しき象(かたち)をみ、臆して退く獸の如し 四六―四八
我は汝をこの恐れより解き放たんため、わが何故に來れるや、何事をきゝてはじめて汝のために憂ふるにいたれるやを汝に告ぐべし 四九―五一
われ懸垂の衆とともにありしに、尊き美しきひとりの淑女の我を呼ぶあり、われすなはち命を受けんことを請ひぬ 五二―五四
その目は星よりも燦(あざや)かなりき、天使のごとき聲をもて言(ことば)麗しくやはらかく我に曰ひけるは 五五―五七
やさしきマントヴァの魂よ(汝の名はいまなほ世に殘る、また動(うごき)のやまぬかぎりは殘らん) 五八―六〇
わが友にて命運の友にあらざるもの道を荒(さ)びたる麓に塞がれ、恐れて踵をめぐらせり 六一―六三
我は彼のことにつきて天にて聞ける所により、彼既に探く迷ひわが彼を助けんため身を起せしことの遲きにあらざるなきやを恐る 六四―六六
いざ行け、汝の琢ける詞またすべて彼の救ひに缺くべからざることをもて彼を助け、わが心を慰めよ 六七―六九
かく汝にゆくを請ふものはベアトリーチェなり、我はわが歸るをねがふ處より來れり、愛我を動かし我に物言はしむ 七〇―七二
わが主のみまへに立たん時我しば/\汝のことを譽(ほ)むべし、かくいひて默(もだ)せり、我即ちいひけるは 七三―七五
徳そなはれる淑女よ(およそ人圈(けん)最(いと)小さき天の内なる一切のものに優るはたゞ汝によるのみ) 七六―七八
汝の命ずるところよくわが心に適ひ、既にこれに從へりとなすともなほしかするの遲きを覺ゆ、汝さらに願ひを我に闢(ひら)くを須(もち)ゐず 七九―八一
たゞねがはくは我に告げよ、汝何ぞ危ぶむことなく、闊き處をはなれ歸思衷に燃ゆるもなほこの中心に下れるや 八二―八四
彼答へていひけるは、汝かく事の隱微をしるをねがへば、我はわが何故に恐れずここに來れるやを約(つゞま)やかに汝に告ぐべし 八五―八七
夫れ我等の恐るべきはたゞ人に禍ひをなす力あるものゝみ、その他(ほか)にはなし、これ恐れをおこさしむるものにあらざればなり 八八―九〇
神はその恩惠(めぐみ)によりて我を造りたまひたれば、汝等のなやみも我に觸れず燃ゆる焔も我を襲はじ 九一―九三
ひとりの尊き淑女天にあり、わが汝を遣はすにいたれるこの障礙(しやうげ)のおこれるをあはれみて天上の嚴(おごそか)なる審判(さばき)を抂ぐ 九四―九六
かれルチーアを呼び、請ひていひけるは、汝に忠なる者いま汝に頼らざるをえず、我すなわち彼を汝に薦むと 九七―九九
すべてあらぶるものゝ敵(あだ)なるルチーアいでゝわが古(いにしへ)のラケーレと坐しゐたる所に來り 一〇〇―一〇二
いひけるは、ベアトリーチェ、神の眞(まこと)の讚美よ、汝何ぞ汝を愛すること深く汝のために世俗を離るゝにいたれるものを助けざる 一〇三―一〇五
汝はかれの苦しき歎きを聞かざるか、汝は河水漲りて海も誇るにたらざるところにかれを攻むる死をみざるか 一〇六―一〇八
世にある人の利に趨り害を避くる急(はや)しといへども、かくいふをききて 一〇九―一一一
汝の言(ことば)の品(しな)たかく汝の譽また聞けるものゝ譽なるを頼(たのみ)とし、祝福(めぐみ)の座を離れてこゝに下れるわがはやさには若かじ 一一二―一一四
かくかたりて後涙を流し、その燦(あざや)かなる目をめぐらせり、わが疾(と)くとく來れるもこれがためなりき 一一五―一一七
さればわれ斯く彼の旨をうけて汝に來り、美山(うつくしきやま)の捷路(ちかみち)を奪へるかの獸より汝を救へり 一一八―一二〇
しかるに何事ぞ、何故に、何故にとゞまるや、何故にかゝる卑怯を心にやどすや、かくやむごとなき三人(みたり)の淑女 一二一―一二三
天の王宮に在りて汝のために心を勞し、かつわが告ぐるところかく大いなる幸(さち)を汝に約するに汝何ぞ勇なく信なきや 一二四―一二六
たとへば小さき花の夜寒(よさむ)にうなだれ凋めるが日のこれを白むるころ悉くおきかへりてその莖の上にひらく如く 一二七―一二九
わが萎(な)えしたましひかはり、わが心いたくいさめば、恐るゝものなき人のごとくわれいひけるは 一三〇―一三二
あゝ慈悲深きかな我をたすけし淑女、志厚きかなかれが傳へし眞の詞にとくしたがへる汝 一三三―一三五
汝言によりわが心を移して往くの願ひを起さしめ、我ははじめの志にかへれり 一三六―一三八
いざゆけ、導者よ、主(きみ)よ、師よ、兩者(ふたり)に一の思ひあるのみ、我斯く彼にいひ、かれ歩めるとき 一三九―一四一
艱き廢れし路に進みぬ 一四二―一四四
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   第三曲

我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠(とこしへ)の苦患(なやみ)あり、我を過ぐれば滅亡(ほろび)の民あり 一―三
義は尊きわが造り主(ぬし)を動かし、聖なる威力(ちから)、比類(たぐひ)なき智慧、第一の愛我を造れり 四―六
永遠(とこしへ)の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ 七―九
われは黒く録(しる)されしこれらの言(ことば)を一の門の頂に見き、この故に我、師よ、かれらの意義我に苦し 一〇―一二
事すべてあきらかなる人の如く、彼我に、一切の疑懼一切の怯心ここに棄つべく滅ぼすべし 一三―一五
我等はいま智能の功徳(くどく)を失へる憂ひの民をみんとわがさきに汝に告げしところにあるなり 一六―一八
かくて氣色(けしき)うるはしくわが手をとりて我をはげまし、我を携へて祕密の世に入りぬ 一九―二一
ここには歎き、悲しみの聲、はげしき叫喚、星なき空(そら)にひゞきわたれば、我はたちまち涙を流せり 二二―二四
異樣の音(おん)、罵詈(のゝしり)の叫び、苦患(なやみ)の言(ことば)、怒りの節(ふし)、強き聲、弱き聲、手の響きこれにまじりて 二五―二七
轟動(どよ)めき、たえず常暗(とこやみ)の空をめぐりてさながら旋風吹起る時の砂のごとし 二八―三〇
怖れはわが頭(かうべ)を卷けり、我即ちいふ、師よわが聞くところのものは何ぞや、かく苦患(なやみ)に負くるとみゆるは何の民ぞや 三一―三三
彼我に、この幸(さち)なき状(さま)にあるは恥もなく譽もなく世をおくれるものらの悲しき魂なり 三四―三六
彼等に混(まじ)りて、神に逆(さから)へるにあらず、また忠なりしにもあらず、たゞ己にのみ頼れるいやしき天使の族(むれ)あり 三七―三九
天の彼等を逐へるはその美に虧くる處なからんため、深き地獄の彼等を受けざるは罪ある者等これによりて誇ることなからんためなり 四〇―四二
我、師よ、彼等何を苦しみてかくいたく歎くにいたるや、答へていふ、いと約(つゞま)やかにこれを汝に告ぐべし 四三―四五
それ彼等には死の望みなし、その失明の生はいと卑しく、いかなる分際(きは)といへどもその嫉みをうけざるなし 四六―四八
世は彼等の名の存(のこ)るをゆるさず、慈悲も正義も彼等を輕んず、我等また彼等のことをかたるをやめん、汝たゞ見て過ぎよ 四九―五一
われ目をさだめて見しに一旒の旗ありき、飜り流れてそのはやきこと些(すこし)の停止(やすみ)をも蔑視(さげす)むに似たり 五二―五四
またその後方(うしろ)には長き列を成して歩める民ありき、死がかく多くの者を滅ぼすにいたらんとはわが思はざりしところなりしを 五五―五七
われわが識れるものゝ彼等の中にあるをみし後、心おくれて大事を辭(いな)めるものゝ魂を見知りぬ 五八―六〇
われはたゞちに悟(さと)りかつ信ぜり、こは神にも神の敵にも厭はるゝ卑しきものの宗族(うから)なりしを 六一―六三
これらの生けることなき劣れるものらはみな裸のまゝなりき、また虻あり蜂ありていたくかれらを刺し 六四―六六
顏に血汐の線をひき、その血の涙と混れるを汚らはしき蟲足下(あしもと)にあつめぬ 六七―六九
われまた目をとめてなほ先方(さき)を望み、一の大いなる川の邊(ほとり)に民あるをみ、いひけるは、師よねがはくは 七〇―七二
かれらの誰なるや、微(かすか)なる光によりてうかゞふに彼等渡るをいそぐに似たるは何の定(さだめ)によりてなるやを我に知らせよ 七三―七五
彼我に、我等アケロンテの悲しき岸邊に足をとゞむる時これらの事汝にあきらかなるべし 七六―七八
この時わが目恥を帶びて垂れ、われはわが言(ことば)の彼に累をなすをおそれて、川にいたるまで物言ふことなかりき 七九―八一
こゝに見よひとりの翁(おきな)の年へし髮を戴きて白きを、かれ船にて我等の方に來り、叫びていひけるは、禍ひなるかな汝等惡しき魂よ 八二―八四
天を見るを望むなかれ、我は汝等をかなたの岸、永久(とこしへ)の闇の中熱の中氷の中に連れゆかんとて來れるなり 八五―八七
またそこなる生ける魂よ、これらの死にし者を離れよ、されどわが去らざるをみて 八八―九〇
いふ、汝はほかの路によりほかの港によりて岸につくべし、汝の渡るはこゝにあらず、汝を送るべき船はこれよりなほ輕し 九一―九三
導者彼に、カロンよ、怒る勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力(ちから)あるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 九四―九六
この時目のまはりに炎の輪ある淡黒(うすぐろ)き沼なる舟師(かこ)の鬚多き頬はしづまりぬ 九七―九九
されどよわれる裸なる魂等はかの非情の言(ことば)をきゝて、たちまち色をかへ齒をかみあわせ 一〇〇―一〇二
神、親、人およびその蒔かれその生れし處と時と種(たね)とを誹(そし)れり 一〇三―一〇五
かくて彼等みないたく泣き、すべて神をおそれざる人を待つ禍ひの岸に寄りつどへり 一〇六―一〇八
目は熾火(おきび)のごとくなる鬼のカロン、その意(こゝろ)を示してみな彼等を集め、後るゝ者あれば櫂にて打てり 一〇九―一一一
たとへば秋の木(こ)の葉の一葉(ひとは)散りまた一葉ちり、枝はその衣(ころも)を殘りなく地にをさむるにいたるがごとく 一一二―一一四
アダモの惡しき裔(すゑ)は示しにしたがひ、あひついで水際(みぎは)をくだり、さながら呼ばるゝ鳥に似たり 一一五―一一七
かくして彼等黯(くろず)める波を越えゆき、いまだかなたに下立(おりた)たぬまにこなたには既にあらたに集まれる群(むれ)あり 一一八―一二〇
志厚き師曰ひけるは、わが子よ、神の怒りのうちに死せるもの萬國より來りてみなこゝに集(つど)ふ 一二一―一二三
その川を渡るをいそぐは神の義これをむちうちて恐れを願ひにかはらしむればなり 一二四―一二六
善き魂この處を過ぐることなし、さればカロン汝にむかひてつぶやくとも、汝いまその言の意義をしるをえん 一二七―一二九
いひ終れる時黒暗(くらやみ)の廣野(ひろの)はげしくゆらげり、げにそのおそろしさを思ひいづればいまなほわが身汗にひたる 一三〇―一三二
涙の地風をおこし、風は紅(くれなゐ)の光をひらめかしてすべてわが官能をうばひ 一三三―一三五
我は睡りにとらはれし人の如く倒れき 一三六―一三八
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   第四曲

はげしき雷(いかづち)はわが頭(かうべ)のうちなる熟睡(うまい)を破れり、我は力によりておこされし人の如く我にかへり 一―三
たちなほりて休める目を動かし、わが在るところを知らんとて瞳を定めあたりを見れば 四―六
我はげにはてしなき叫喚の雷をあつめてものすごき淵なす溪の縁(へり)にあり 七―九
暗く、深く、霧多く、目をその深處(ふかみ)に注げどもまた何物をもみとむるをえざりき 一〇―一二
詩人あをざめていひけるは、いざ我等この盲(めしひ)の世にくだらむ、我第一に汝第二に 一三―一五
われその色を見、いひけるは、おそるゝごとに我を勵ませし汝若しみづから恐れなば我何ぞ行くをえん 一六―一八
彼我に、この下なる民のわづらひは憐みをもてわが面(おもて)を染めしを、汝みて恐れとなせり 一九―二一
長途我等を促せばいざ行かむ、かくして彼さきに入り、かくして我をみちびきぬ、淵をめぐれる第一の獄(ひとや)の中に 二二―二四
耳にてはかるに、こゝにはとこしへの空(そら)をふるはす大息(ためいき)のほか歎聲(なげき)なし 二五―二七
こは苛責の苦なきなやみよりいづ、またこのなやみをうくるは稚兒(をさなご)、女、男の數多き、大いなる群(むれ)なりき 二八―三〇
善き師我に、汝これらの魂をみてその何なるやを問はざるならずや、いざ汝なほさきに行かざるまに知るべし 三一―三三
彼等は罪を犯せるにあらず、嘉(よみ)すべきことはありとも汝がいだく信仰の一部なる洗禮(バッテスモ)をうけざるが故になほたらず 三四―三六
またクリストの教へのさきに世にありたれば神があがむるの道をつくさゞりき、我も亦このひとりなり 三七―三九
われらの救ひを失へるはほかに罪あるためならず、たゞこの虧處(おちど)のためなれば我等はたゞ願ひありて望みなき生命(いのち)をこゝにわぶるのみ 四〇―四二
われこの言をきくにおよびてリムボに懸れるいとたふとき民あるをしり、深き憂ひはわが心をとらへき 四三―四五
我は一切の迷ひに勝つ信仰にかたく立たんことをおもひ、いひけるは、我に告げよわが師、我に告げよ主(きみ) 四六―四八
おのれの功徳(くどく)によりまたは他人(ひと)の功徳により、かつてこの處をいでゝ福(さいはひ)を享くるに至れるものありや、かれわが言(ことば)の裏をさとり 四九―五一
答へて曰ひけるは、われこゝにくだりてほどなきに、ひとりの權能(ちから)あるもの勝利(かち)の休徴(しるし)を冠(かうむ)りて來るを見たり 五二―五四
この者第一の父の魂、その子アベルの魂、ノエの魂、律法(おきて)をたてまたよく神に順へるモイゼの魂 五五―
族長アブラアム、王ダヴィーデ、イスラエルとその父その子等およびラケーレ(イスラエルかれの、ために多くの事をなしたりき)
その外なほ多くの者の魂をこゝよりとりさり、彼等に福(さいはひ)を與へたりき、汝しるべし、彼等より先には人の魂の救はれしことあらざるを ―六三
かれかたる間も我等歩みを停(とど)めず、たえず林を分けゆけり、即ち繁き魂の林なり 六四―六六
睡りのこなた行く道いまだ長からぬに、我は半球の闇を服せる一の火を見き 六七―六九
我等なほ少しくこれと離れたりしもその距離(へだゝり)大ならねば、我はまたこの處の一部にたふとき民の據れるを認めき 七〇―七二
汝學藝のほまれよ、かくあがめをうけてそのさま衆と異なるは誰ぞや 七三―七五
彼我に、汝の世に響くかれらの美名(よきな)はその惠みを天にうけ、かれらかく擢んでらる 七六―七八
この時聲ありて、いとたふとき詩人を敬へ、出でゝいにしその魂はかへれりといふ 七九―八一
聲止みしづまれるとき我見しに四(よつ)の大いなる魂ありて我等のかたに來れり、その姿には悲しみもまた喜びもみえざりき 八二―八四
善き師曰ひけるは、手に劒(つるぎ)を執りて三者(みたり)にさきだち、あたかも王者(わうじや)のごとき者をみよ 八五―八七
これならびなき詩人オーメロなり、その次に來るは諷刺家オラーチオ、オヴィディオ第三、最後はルカーノなり 八八―九〇
かの一の聲の稱(とな)へし名はかれらみな我と等しくえたるものなればかれら我をあがむ、またしかするは善し 九一―九三
我はかく衆を超えて鷲の如く天翔(あまがけ)る歌聖の、うるはしき一族のあつまれるを見たり 九四―九六
しばらくともにかたりて後、かれらは我にむかひて會釋す、わが師これを見て微笑(ほゝゑ)みたまへり 九七―九九
かれらはまた我をその集(つどひ)のひとりとなしていと大いなる譽を我にえさせ、我はかゝる大智に加はりてその第六の者となりにき 一〇〇―一〇二
かくて我等はかの時かたるに適(ふさ)はしくいまは默(もだ)すにふさはしき多くの事をかたりつゝ光ある處にいたれり 一〇三―一〇五
我等は一の貴き城のほとりにつけり、七重(なゝへ)の高壘これを圍み、一の美しき流れそのまはりをかたむ 一〇六―一〇八
我等これを渡ること堅き土に異ならず、我は七(なゝつ)の門を過ぎて聖(ひじり)の群(むれ)とともに入り、緑新しき牧場(まきば)にいたれば 一〇九―一一一
こゝには眼(まなこ)緩(ゆるや)かにして重く、姿に大いなる權威をあらはし、云ふことまれに聲うるはしき民ありき 一一二―一一四
我等はこゝの一隅(かたほとり)、廣き明(あかる)き高き處に退きてすべてのものを見るをえたりき 一一五―一一七
對面(むかひ)の方(かた)には緑の※藥(えうやく)[#「さんずい+幼」、34-3]の上にわれ諸□の大いなる魂をみき、またかれらをみたるによりていまなほ心に喜び多し 一一八―一二〇
我はエレットラとその多くの侶(とも)をみき、その中に我はエットル、エーネア、物具(ものゝぐ)身につけ眼(まなこ)鷹の如きチェーザレを認めぬ 一二一―一二三
またほかの處に我はカムミルラとパンタシレアを見き、また女(むすめ)ラヴィーナとともに坐したる王ラティーノを見き 一二四―一二六
我はタルクイーノを逐へるブルート、またルクレーチア、ユーリア、マルチア、コルニーリアを見き、また離れてたゞひとりなる 一二七―
サラディーノを見き、我なほ少しく眉をあげ、哲人の族(やから)の中に坐したる智者の師を見き ―一三二
衆皆かれを仰ぎ衆皆かれを崇む、われまたこゝに群(むれ)にさきだちて彼にいとちかきソクラーテとプラートネを見き 一三三―一三五
世界の偶成を説けるデモクリート、またディオジェネス、アナッサーゴラ、ターレ、エムペドクレス、エラクリート、ツェノネ 一三六―一三八
我また善く特性を集めしもの即ちディオスコリーデを見き、またオルフェオ、ツルリオ、リーノ、道徳を設けるセネカ 一三九―一四一
幾何學者エウクリーデまたトロメオ、イポクラーテ、アヴィチェンナ、ガリエーノ、註の大家アヴェルロイスを見き 一四二―一四四
いま脱(おち)なくすべての者を擧げがたし、これ詩題の長きに驅られ、事あまりて言足らざること屡□なればなり 一四五―一四七
六者(むたり)の伴侶(なかま)は減(へ)りて二者(ふたり)となれり、智(さと)き導者異なる路によりて我を靜なる空より震ひゆらめく空に導き 一四八―一五〇
我は光る物なき處にいたれり 一五一―一五三
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   第五曲

斯く我は第一の獄(ひとや)より第二の獄に下れり、是は彼よりをさむる地少なく苦患(なやみ)ははるかに大いにして突いて叫喚を擧げしむ 一―三
こゝにミノス恐ろしきさまにて立ち、齒をかみあはせ、入る者あれば罪業(ざいごふ)を糺(たゞ)し刑罰を定め身を卷きて送る 四―六
すなはち幸(さち)なく世に出でし魂その前に來れば一切を告白し、罪を定むる者は 七―九
地獄の何處(いづこ)のこれに適(ふさは)しきやをはかり、送らむとする獄(ひとや)の數(かず)にしたがひ尾をもて幾度も身をめぐらしむ 一〇―一二
彼の前には常に多くの者の立つあり、かはる/″\出でゝ審判をうけ、陳べ、聞きて後下に投げらる 一三―一五
ミノス我を見し時、かく重き任務(つとめ)を棄てゝ我にいひけるは、憂ひの客舍に來れる者よ 一六―一八
汝みだりに入るなかれ、身を何者に委ぬるや思ひ見よ、入口ひろきによりて欺かるるなかれ、わが導者彼に、汝何ぞまた叫ぶや 一九―二一
彼定命に從ひてゆく、之を妨ぐる勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力(ちから)あるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 二二―二四
苦患(なやみ)の調(しらべ)はこの時あらたに我にきこゆ、我はこの時多くの歎聲(なげき)の我を打つところにいたれり 二五―二七
わがいたれる處には一切の光默(もだ)し、その鳴ることたとへば異なる風に攻められ波たちさわぐ海の如し 二八―三〇
小止(をやみ)なき地獄の烈風吹き荒れて魂を漂はし、旋(めぐ)りまた打ちてかれらをなやましむ 三一―三三
かれら荒ぶる勢ひにあたれば、そこに叫びあり、憂ひあり、歎きあり、また神の權能(ちから)を誹る言(ことば)あり 三四―三六
我はさとりぬ、かゝる苛責の罰をうくるは、理性を慾の役(えき)となせし肉の罪人(つみびと)なることを 三七―三九
たとへば寒き時椋鳥(むくどり)翼に支へられ、大いなる隙(すき)なき群をつくりて浮び漂ふごとく、風惡靈を漂はし 四〇―四二
こゝまたかしこ下また上に吹送り、身をやすめまたは痛みをかろむべき望みのその心を慰むることたえてなし 四三―四五
またたとへば群鶴(むらづる)の一線長く空(そら)に劃し、哀歌をうたひつゝゆくごとく、我は哀愁の聲をあげ 四六―
かの暴風(はやち)に負(お)はれて來る魂を見き、すなはちいふ、師よ、黒き風にかく懲さるゝ此等の民は誰なりや ―五一
この時彼我にいふ、汝が知るをねがふこれらの者のうち最初(はじめ)なるは多くの語(ことば)の皇后(きさい)なりき 五二―五四
かれ淫慾の非に耽り、おのが招ける汚辱を免かれんため律法(おきて)をたてゝ快樂(けらく)を囘護(かば)へり 五五―五七
かれはセミラミスなり、書にかれニーノの後を承く、即ちその妻なる者なりきといへるは是なり、かれはソルダンの治むる地をその領とせり 五八―六〇
次は戀のために身を殺しシケーオの灰にむかひてその操を破れるもの、次は淫婦クレオパトラースなり 六一―六三
エレーナを見よ、長き禍ひの時めぐり來れるもかれのためなりき、また戀と戰ひて身ををへし大いなるアキルレを見よ 六四―六六
見よパリスを、トリスターノを、かくいひてかれ千餘の魂の戀にわが世を逐はれし者を我にみせ、指さして名を告げぬ 六七―六九
わが師かく古の淑女騎士の名を告ぐるをきける時、我は憐みにとらはれ、わが神氣(こゝろ)絶えいるばかりになりぬ 七〇―七二
我曰ふ、詩人よ、願はくはわれかのふたりに物言はん、彼等相連れてゆき、いと輕く風に乘るに似たり 七三―七五
かれ我に、かれらのなほ我等に近づく時をみさだめ、彼等を導く戀によりて請ふべし、さらば來らむ 七六―七八
風彼等をこなたに靡かしゝとき、われはたゞちに聲をいだして、あはれなやめる魂等よ、彼もし拒まずば來りて我等に物言へといふ 七九―八一
たとへば鳩の、願ひに誘(さそ)はれ、そのつよき翼をたかめ、おのが意(こゝろ)に身を負はせて空(そら)をわたり、たのしき巣にむかふが如く 八二―八四
情(なさけ)ある叫びの力つよければ、かれらはディドの群(むれ)を離れ魔性(ましやう)の空(そら)をわたりて我等にむかへり 八五―八七
あゝやさしく心あたゝかく、世を紅に染めし我等をもかへりみ、暗闇(くらやみ)の空をわけつつゆく人よ 八八―九〇
汝我等の大いなる禍ひをあはれむにより、宇宙の王若し友ならば、汝のためにわれら平和をいのらんものを 九一―九三
すべて汝が聞きまたかたらんとおもふことは我等汝等にきゝまた語らむ、風かく我等のために默(もだ)す間(あひだ)に 九四―九六
わが生れし邑(まち)は海のほとり、ポーその從者(ずさ)らと平和を求めてくだるところにあり 九七―九九
いちはやく雅心(みやびごゝろ)をとらふる戀は、美しきわが身によりて彼を捉へき、かくてわれこの身を奪はる、そのさまおもふだにくるし 一〇〇―一〇二
戀しき人に戀せしめではやまざる戀は、彼の慕はしきによりていと強く我をとらへき、されば見給ふ如く今猶我を棄つることなし 一〇三―一〇五
戀は我等を一の死にみちびきぬ、我等の生命(いのち)を斷てる者をばカイーナ待つなり、これらの語を彼等われらに送りき 一〇六―一〇八
苦しめる魂等のかくかたるをきゝし時、我はたゞちに顏をたれ、ながく擧ぐるをえざりしかば詩人われに何を思ふやといふ 一〇九―一一一
答ふるにおよびて我曰ひけるは、あはれ幾許(いくそ)の樂しき思ひ、いかに切(せち)なる願ひによりてかれらこの憂ひの路にみちびかれけん 一一二―一一四
かくてまた身をめぐらしてかれらにむかひ、語りて曰ひけるは、フランチェスカよ、我は汝の苛責を悲しみかつ憐みて泣くにいたれり 一一五―一一七
されど我に告げよ、うれしき大息(といき)たえぬころ、何によりいかなるさまにていまだひそめる胸の思ひを戀ぞと知れる 一一八―一二〇
かれ我に、幸(さち)なくて幸ありし日をしのぶよりなほ大いなる苦患(なやみ)なし、こは汝の師しりたまふ 一二一―一二三
されど汝かくふかく戀の初根(うひね)をしるをねがはゞ、我は語らむ、泣きつゝかたる人のごとくに 一二四―一二六
われら一日こゝろやりとて戀にとらはれしランチャロットの物語を讀みぬ、ほかに人なくまたおそるゝこともなかりき 一二七―一二九
書(ふみ)はしば/\われらの目を唆(そゝの)かし色を顏よりとりされり、されど我等を從へしはその一節(ひとふし)にすぎざりき 一三〇―一三二
かの憧(あこが)るゝ微笑(ほゝゑみ)がかゝる戀人の接吻(くちづけ)をうけしを讀むにいたれる時、いつにいたるも我とはなるゝことなきこの者 一三三―一三五
うちふるひつゝわが口にくちづけしぬ、ガレオットなりけり書(ふみ)も作者も、かの日我等またその先(さき)を讀まざりき 一三六―一三八
一(ひとつ)の魂かくかたるうち、一はいたく泣きたれば、我はあはれみのあまり、死に臨めるごとく喪神し 一三九―一四一
死體の倒るゝごとくたふれき 一四二―一四四
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   第六曲

所縁の兩者をあはれみ、心悲しみによりていたくみだれ、そのため萎(な)えしわが官能、また我に返れる時 一―三
我わがあたりをみれば、わが動く處、わが向ふ處、わが目守(まも)る處すべて新(あらた)なる苛責新(あらた)なる苛責を受くる者ならぬはなし 四―六
我は第三の獄(ひとや)にあり、こは永久(とこしへ)の詛ひの冷たきしげき雨の獄なり、その法(のり)と質(さが)とは新なることなし 七―九
大粒(おほつぶ)の雹、濁れる水、および雪はくらやみの空よりふりしきり、地はこれをうけて惡臭(をしう)を放てり 一〇―一二
猛き異樣の獸チェルベロこゝに浸れる民にむかひ、その三(みつ)の喉によりて吠ゆること犬に似たり 一三―一五
これに紅の眼、脂ぎりて黒き髯、大いなる腹、爪ある手あり、このもの魂等を爬き、噛み、また裂きて片々(きれ/″\)にす 一六―一八
雨はかれらを犬のごとくさけばしむ、かれら幸(さち)なき神なき徒(ともがら)、片脇(かたわき)をもて片脇の防禦(ふせぎ)とし、またしば/\反側す 一九―二一
大いなる蟲チェルベロ我等を見し時、口をひらき牙をいだしぬ、その體(からだ)にはゆるがぬ處なかりき 二二―二四
わが導者雙手(もろて)をひらきて土を取り、そのみちたる土を飽くことなき喉の中に投げ入れぬ 二五―二七
鳴いてしきりに物乞ふ犬も、その食物(くひもの)を噛むにおよびてしづまり、たゞこれを喰ひ盡さんとのみおもひてもだゆることあり 二八―三〇
さけびて魂等を驚かし、かれらに聾(みゝしひ)ならんことをねがはしめし鬼チェルベロの汚(きたな)き顏もまたかくのごとくなりき 三一―三三
我等ははげしき雨にうちふせらるゝ魂をわたりゆき、體(からだ)とみえてしかも空(くう)なるその象(かたち)を踏みぬ 三四―三六
かれらはすべて地に臥しゐたるに、こゝにひとり我等がその前を過ぐるをみ、坐(すわ)らんとてたゞちに身を起せる者ありき 三七―三九
この者我にいひけるは、導かれてこの地獄を過行くものよ、もしかなはゞわが誰なるを思ひ出でよ、わが毀たれぬさきに汝は造られき 四〇―四二
我これに、汝のうくる苦しみは汝をわが記憶より奪へるか、われいまだ汝を見しことなきに似たり 四三―四五
然(され)ど告げよ、汝いかなる者なればかく憂き處におかれ又かゝる罰を受くるや、たとひ他(ほか)に之より重き罰はありともかく厭はしき罰はあらじ 四六―四八
彼我に、嫉み盈ち/\てすでに嚢(ふくろ)に溢るゝにいたれる汝の邑(まち)は、明(あか)き世に我を收めし處なりき 四九―五一
汝等邑民(まちびと)われをチヤッコとよびなせり、害多き暴食の罪によりてわれかくの如く雨にひしがる 五二―五四
また悲しき魂の我ひとりこゝにあるにあらず、これらのものみな同じ咎によりて同じ罰をうく、かくいひてまた言(ことば)なし 五五―五七
われ答へて彼に曰けるは、チヤッコよ、汝の苦しみはわが心をいたましめわが涙を誘(いざな)ふ、されどもし知らば、分れし邑(まち)の邑人(まちびと)の行末 五八―六〇
一人(ひとり)だにこゝに義者(たゞしきもの)ありや、またかく大いなる不和のこゝを襲ふにいたれる源(もと)を我に告げよ 六一―六三
かれ我に、長き爭ひの後彼等は血を見ん、鄙(ひな)の徒黨(ともがら)いたく怨みて敵を逐ふべし 六四―六六
かくて三年(みとせ)の間にこれらは倒れ、他はいま操縱(あやな)すものゝ力によりて立ち 六七―六九
ながくその額を高うし、歎き、憤りいかに大いなりとも敵を重き重荷の下に置くべし 七〇―七二
義者二人(ふたり)あり、されどかへりみらるゝことなし、自負、嫉妬、貪婪は人の心に火を放てる三の火花なり 七三―七五
かくいひてかれその斷腸の聲をとゞめぬ、我彼に、願はくはさらに我に教へ、わがために言(ことば)を惜しむなかれ 七六―七八
世に秀でしファーリナータ、テッギアイオ、またヤーコポ・ルスティクッチ、アルリーゴ、モスカそのほか善を行ふ事にその才をむけし者 七九―八一
何處にありや、我に告げ我に彼等をしらしめよ、これ大いなる願ひ我を促し、天彼等を甘くするや地獄彼等を毒するやを知るを求めしむればなり 八二―八四
彼、彼等は我等より黒き魂の中にあり、異なる罪その重さによりて彼等を深處(ふかみ)に沈ましむ、汝下りてそこに至らば彼等をみるをえん 八五―八七
されど麗しき世にいづる時、ねがはくは汝我を人の記憶に薦めよ、われさらに汝に告げず、またさらに汝に答へず 八八―九〇
かくてかれその直(すぐ)なりし目を横に歪め、少しく我を見て後頭(かうべ)をたれ、これをほかの盲(めしひ)等とならべて倒れぬ 九一―九三
導者我に曰ふ、天使の喇叭(らつぱ)ひゞくまで彼ふたゝび身を起すことなし、仇なる權能(ちから)來るとき 九四―九六
かれら皆悲しき墓にたちかへり、ふたゝびその肉その形をとりてとこしへに鳴渡るものをきくべし 九七―九九
少しく後世(ごせ)のことをかたりつゝ我等は斯く魂と雨と汚(きたな)く混(まじ)れるなかを歩(あゆみ)しづかにわけゆきぬ 一〇〇―一〇二
我すなはちいふ、師よ、かゝる苛責の苦しみは大いなる審判(さばき)の後増すべきか減(へ)るべきかまたはかく燃ゆべきか 一〇三―一〇五
彼我に汝の教にかへるべし、曰く、物いよ/\全きに從ひ、幸を感ずるいよ/\深し、苦しみを感ずるまた然りと 一〇六―一〇八
たとひこの詛ひの民眞(まこと)の完全(まつたき)にいたるをえずとも、その後は前よりこれにちかゝらむ 一〇九―一一一
我等迂囘してこの路をゆき、こゝにのべざる多くの事をかたりつゝ降るべき處にいたり 一一二―一一四
こゝに大敵プルートを見き 一一五―一一七
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   第七曲

パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ、聲を嗄らしてプルートは叫べり、萬(よろづ)のことを知りたまへるやさしき聖(ひじり) 一―三
我を勵まさんとていひけるは、汝おそれて自ら損ふなかれ、彼にいかなる力ありとも、汝にこの岩を降らしめざることあらじ 四―六
またかの膨るゝ顏にむかひいひけるは、默(もだ)せ、冥罰(みやうばつ)重き狼よ、その怒りをもて己が心を滅ぼし盡せ 七―九
かく深處(ふかみ)にゆくは故なきにあらず、こはミケーレが仇を不遜の非倫にかへせる天にて思ひ定められしなり 一〇―一二
たとへば風にはらめる帆の檣碎けて縺れ落つるごとく、かの猛き獸地に倒れぬ 一三―一五
かくして我等は宇宙一切の惡をつゝむ憂ひの岸をすゝみゆき、第四の坎(あな)に下れり 一六―一八
あゝ神の正義よ、かく多くの新なる苦しみと痛みとを押填(おしつ)むるは誰ぞ、我等の罪何ぞ我等をかく滅ぼすや 一九―二一
かの逆浪(さかなみ)に觸れてくだくるカリッヂの浪の如く、斯民(このたみ)またこゝにリッダを舞はではかなはじ 二二―二四
我はこゝに何處よりも多くの民のかなたこなたにありていたくわめき、胸の力によりて重荷をまろばすをみき 二五―二七
かれらは互に打當り、あたればたゞちに身を飜し、何ぞ溜むるや何ぞ投ぐるやと叫び、もときしかたにまろばせり 二八―三〇
かくて彼等はかなたこなたより異なる方向(むき)をとりてまたも恥づべき歌をうたひ、暗き獄(ひとや)を傳ひてかへり 三一―三三
かくして圈の半(なかば)にいたればふたゝびこゝに渡り合ひ、各□その身をめぐらせり、心刺さるゝばかりなりしわれ 三四―三六
いひけるは、わが師よ、これ何の民なりや、また我等の左なる髮を削れるものらすべてこれ僧なりしや、いま我に示したまへ 三七―三九
彼我に、かれらは悉く第一の世に心ゆがみて程よく費すことをなさざりしものなり 四〇―四二
こはこの地獄の中表裏(うらうへ)なる咎かれらを分つ二の點にいたる時かれらその吠ゆる聲によりていと明かならしむ 四三―四五
頭に毛の蔽物(おほひ)なき者は僧なりき、また法王、カルディナレあり、慾その衷に權を行ふ 四六―四八
我、師よ、わが識れるものにてこの罪咎に汚るゝものかならずかれらの中にあらん 四九―五一
かれ我に、汝空しき思ひを懷けり、彼等を汚せる辨別(わきまへ)なき生命(いのち)はいまかれらを昧(くらま)し、何者もかれらをわきまへがたし 五二―五四
かれら限りなくこの二の牴觸をみん、此等は手を閉ぢ、これらは髮を短くして墓よりふたゝび起きいづべし 五五―五七
あしく費しあしく貯へしことは美しき世をかれらより奪ひ、かれらにこの爭ひあらしむ、われこゝに言(ことば)を飾りてそのさまをいはじ 五八―六〇
子よ、汝いま知りぬらん、命運に委ねられ、人みなの亂(みだれ)の本なる世の富貴のただ苟且(かりそめ)の戲(たはぶれ)を 六一―六三
そは月の下に今ありまた昔ありし黄金(こがね)こと/″\く集まるともこれらよわれる魂の一にだに休みをえさすることはよくせじ 六四―六六
我彼に曰ふ、師よ、さらにいま我に告げよ、汝謂ふ所の命運とはこれいかなるものにて斯く世の富貴をその手の裡にをさむるや 六七―六九
彼我に、あゝ愚(おろか)なる人々よ、汝等を躓かすは何等の無智ぞや、いざ汝この事についてわがいふところのことを含め 七〇―七二
夫れその智萬物に超ゆるもの諸天を造りてこれに司るものを與へたまへり、かくて各部は各部にかゞやき 七三―七五
みな分に應じてその光を頒つ、これと同じく世にありてもまたその光輝をすべをさめ且つ導く者を立てたまへり 七六―七八
このもの時至れば空しき富貴を民より民に血より血に移し人智もこれを防ぐによしなし 七九―八一
此故にその定(さだめ)にしたがひて一の民榮え一の民衰ふ、またその定の人にかくるゝこと草の中なる蛇の如し 八二―八四
汝等の智何ぞこれに逆(さから)ふことをえん、彼先を見て定めおのが權を行ふことなほ神々のしかするに似たり 八五―八七
その推移には休歇(やすみ)なし、已むなきの力かれをはやむ、その流轉(るてん)にあふもの屡□と出づるも宜なるかな 八八―九〇
彼を讚むべきもの却つて彼を十字架につけ、故なきに難(なん)じ、汚名を負はしむ 九一―九三
されどかれ祝福(めぐみ)をうけてこれを聞かず、はじめて造られしものと共にこゝろよくその輪を轉らし、まためぐまるゝによりて喜び多し 九四―九六
いざ今より我等は尚大いなる憂ひにくだらん、わが進みしとき登れる星はみな既にかたむきはじむ、我等ながくとゞまる能はず 九七―九九
我等この獄(ひとや)を過ぎてかなたの岸にいたれるに、こゝに一の泉ありて湧きこゝより起れる一の溝(みぞ)にそゝげり 一〇〇―一〇二
水の黒(くろ)きことはるかにペルソにまさりき、我等黯(くろず)める波にともなひ慣れざる路をつたひてくだりぬ 一〇三―一〇五
この悲しき小川はうす黒き魔性の坂の裾にくだりてスティージェとよばるゝ一の沼となれり 一〇六―一〇八
こゝにわれ心をとめて見んとて立ち、この沼の中に、泥にまみれみなはだかにて怒りをあらはせる民を見き 一〇九―一一一
かれらは手のみならず、頭、胸、足をもて撃ちあひ、齒にて互に噛みきざめり 一一二―一一四
善き師曰ふ、子よ、今汝は怒りに負(ま)けしものゝ魂を見るなり、汝またかたく信すべし 一一五―一一七
この水の下に民あることを、かれらその歎息(ためいき)をもて水の面に泡立たしむ、こはいづこにむかふとも汝の目汝に告ぐる如し 一一八―一二〇
泥(ひぢ)の中にて彼等はいふ、日を喜ぶ麗しき空氣のなかにも無精(ぶせい)の水氣を衷にやどして我等鬱せり 一二一―一二三
今我黒き泥水(どろみづ)のなかに鬱すと、かれらこの聖歌によりて喉に嗽(うがひ)す、これ全き言(ことば)にてものいふ能はざればなり 一二四―一二六
かくして我等は乾ける土と濡れたる沼の間をあゆみ、目を泥を飮む者にむかはしめ、汚(きたな)き瀦(みづたまり)の大なる孤をめぐりて 一二七―一二九
つひに一の城樓(やぐら)の下(もと)にいたれり 一三〇―
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   第八曲

續いて語るらく、高き城樓(やぐら)の下(もと)を距るなほいと遠き時、我等は目をその頂に注げり 一―三
これ二(ふたつ)の小さき焔のこゝにおかるゝをみしによりてなり、又他(ほか)に一(ひとつ)之と相圖を合せしありしも距離(あはひ)大なれば我等よく認むるをえざりき 四―六
こゝにわれ全智の海にむかひ、いひけるは、この火何といひ、かの火何と答ふるや、またこれをつくれるものは誰なりや 七―九
彼我に、既に汝は來らんとすることを汚(けが)れし波の上に辨(わか)ちうべし、若し沼の水氣これを汝に隱さずば 一〇―一二
矢の絃(つる)に彈(はじ)かれ空を貫いて飛ぶことはやきもわがこの時見し一の小舟には如かじ 一三―一五
舟は水を渡りて、我等のかたにすゝめり、これを操(あやつ)れるひとりの舟子(ふなこ)よばゝりて、惡しき魂よ、汝いま來れるかといふ 一六―一八
わが主曰ひけるは、フレジアス、フレジアス、こたびは汝さけぶも益なし、我等汝に身を委ぬるは、泥(ひぢ)を越えゆく間(あひだ)のみ 一九―二一
怒りを湛へしフレジアスのさま、さながら大いなる欺罔(たばかり)に罹れる人のこれをさとりていたみなげくが如くなりき 二二―二四
わが導者船にくだり、尋(つい)で我に入らしめぬ、船はわが身をうけて始めてその荷を積めるに似たりき 二五―二七
導者も我も乘り終れば、年へし舳(へさき)忽ち進み、その水を切ること常よりも深し 二八―三〇
我等死の溝を馳せし間に、泥を被れるもの一人わが前に出でゝいひけるは、時いたらざるに來れる汝は誰ぞ 三一―三三
我彼に、われ來れども止まらず、然(さは)れ、かく汚るゝにいたれる汝は誰ぞ、答へていふ、見ずやわが泣く者なるを 三四―三六
我彼に、罰當(ばちあたり)の魂奴(たましひめ)、歎悲(なげきかなしみ)の中にとゞまれ、いかに汚るとも我汝を知らざらんや 三七―三九
この時彼船にむかひて兩手(もろて)をのべぬ、師はさとりてかれをおしのけ、去れ、かなたに、他の犬共にまじれといふ 四〇―四二
かくてその腕(かひな)をもてわが頸をいだき顏にくちづけしていひけるは、憤りの魂よ、汝を孕める女は福(さいはひ)なるかな 四三―四五
かれは世に僭越なりしものにてその記憶を飾る徳なきがゆゑに魂ここにありてなほ猛し 四六―四八
それ地上現に大王の崇(あがめ)をうけしかも記念(かたみ)におそるべき誹りを殘して泥(ひぢ)の中なる豚の如くこゝにとゞまるにいたるものその數いくばくぞ 四九―五一
我、師よ、我等池をいでざる間に、願はくはわれ彼がこの羹(あつもの)のなかに沈むを見るをえんことを 五二―五四
彼我に、岸汝に見えざるさきにこの事あるべし、かゝる願ひの汝を喜ばすはこれ適はしきことなればなり 五五―五七
この後ほどなく我は彼が泥(ひぢ)にまみれし民によりていたく噛み裂かるゝをみぬ、われこれがためいまなほ神を讚め神に謝す 五八―六〇
衆皆叫びてフィリッポ・アルゼンティをといへり、怒れるフィレンツェの魂は齒にておのれを噛めり 六一―六三
こゝにて我等彼を離れぬ、われまた彼の事を語らじ、されど此時苦患(なやみ)の一聲(ひとこゑ)わが耳を打てり、我は即ち前を見んとて目をみひらけり 六四―六六
善き師曰ひけるは、子よ、ディーテと稱ふる邑(まち)は今近し、こゝには重き邑人(まちびと)大いなる群集(むれ)あり 六七―六九
我、師よ、我は既にかなたの溪間に火の中より出でたる如く赤き伽藍をさだかにみとむ 七〇―七二
彼我に曰ふ、内に燃ゆる永久(とこしへ)の火はこの深き地獄の中にもなほ汝にみゆるごとく彼等を赤くす 七三―七五
我等はつひこの慰めなき邑(まち)を固むる深き濠(ほり)に入れり、圍(かこひ)は鐡より成るに似たりき 七六―七八
めぐり/\てやうやく一の處にいたれば、舟子(ふなこ)たかくさけびて、入口はこゝぞ、いでよといふ 七九―八一
我見しに天より降(ふ)れる千餘のもの門上にあり、怒りていひけるは、いまだ死なざるに 八二―
死せる民の王土を過ぐる者は誰ぞや、智(さと)きわが師はひそかに語らはんとの意(こゝろ)を彼等に示せるに ―八七
かれら少しくその激しき怒りをおさへ、いひけるは、汝ひとり來り、かく膽(きも)ふとくもこの王土に入りたる者を去らせよ 八八―九〇
狂へる路によりて彼ひとりかへり、しかなしうべきや否やを見しめ、かくこの暗き國をかれに示せる汝はこゝに殘るべし 九一―九三
讀者よ、この詛ひの言をきゝて再び世にかへりうべしと信ぜざりし時、わが心挫けざりしや否やをおもへ 九四―九六
我曰ふ、あゝ七度(なゝたび)あまり我を安全(やすき)にかへらしめ、たちむかへる大難より我を救ひいだせし愛する導者よ 九七―
かくよるべなき我を棄てたまふなかれ、もしなほさきに行くあたはずは、我等疾(と)く共に踵をめぐらさん ―一〇二
我をかしこに導ける主曰ひけるは、恐るゝなかれ、何者といへども我等の行方(ゆくへ)を奪ふをえず、彼これを我等に與へたればなり 一〇三―一〇五
さればこゝにて我を待ち、よわれる精神(たましひ)をはげまし、眞(まこと)の希望(のぞみ)を食(は)め、我汝をこの低き世に棄てざればなり 一〇六―一〇八
かくてやさしき父は我をこの處に置きて去り、我は疑ひのうちに殘れり、然と否とはわが頭(かうべ)の中に爭へるなりき 一〇九―一一一
彼何をかれらにいへるや、我は聞くをえざりき、されど彼かれらとあひてほどなきに、かれ等みな競ひて内にはせいりぬ 一一二―一一四
我等の敵は門をわが主の前に閉せり、主は外(そと)に殘され、その足おそくわが方にかへれり 一一五―一一七
目は地にむかひ、眉に信念の跡をとゞめず、たゞ歎きて憂ひの家を我に拒めるは誰ぞといふ 一一八―一二〇
また我にいひけるは、わが怒るによりて汝恐るゝなかれ、いかなる者共内にゐて防ぎ止めんとつとむとも、我はこの爭ひにかつべし 一二一―一二三
彼等の非禮を行ふは新しきことにあらず、かく祕めらるゝことなく今も□(とざし)なき門のほとりにそのかみ彼等またこれを行へり 一二四―一二六
汝がかの死の銘をみしは即ちこの門の上なりき、いまそのこなたに導者なく圈また圈を過ぎて坂を降るひとりのものあり 一二七―一二九
かれよくこの邑を我等のためにひらくべし 一三〇―一三二
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   第九曲

導者の歸り來るを見てわが面(おもて)を染めし怯心の色は彼の常ならぬ色をかへつてはやくうちに抑へき 一―三
彼は耳を欹つる人の如く心してとゞまれり、これその目、黒き空、濃き霧をわけて遠くかれを導くをえざりしによりてなり 四―六
彼曰ふ、さばれ我等必ずこの戰ひに勝つべし、されどもし……彼なりき進みて助けを約せるは、あゝかの一者(ひとり)の來るを待つ間(ま)はいかに長いかな 七―九
我は彼が先(さき)と異なれることを後(あと)にいひ、これをもてその始めを蔽へるさまをさだかに知れり 一〇―一二
彼かくなせるもそのいふ事なほ我を怖(おぢ)しめき、こはわが彼の續かざる言(ことば)に彼の思ひゐたるよりなほ惡き意義を含ませし故にやありけん 一三―一五
罰はたゞ望みを絶たれしのみなる第一の獄(ひとや)より悲しみの坎(あな)かく深くくだるものあることありや 一六―一八
われこの問を起せるに彼答へて曰ひけるは、我等の中にはかゝる旅路につくものあることまれなり 一九―二一
されどまことは我一たびこゝに降れることあり、こは魂等を呼びてその體(からだ)にかへらしめし酷(むご)きエリトンの妖術によれり 二二―二四
わが肉我を離れて後少時(しばし)、ジュダの獄より一の靈をとりいださんため彼我をこの圍(かこひ)の中に入らしめき 二五―二七
この獄はいと低くいと暗く萬物を廻らす天を距ることいと遠し、我善く路をしる、この故に心を安んぜよ 二八―三〇
はげしき惡臭(をしう)を放つこれなる沼は、我等がいま怒りをみずして入るをえざる憂ひの都をかこみめぐる 三一―三三
このほかなほいへることありしも我おぼえず、これわが目はわが全心を頂もゆる高き城樓(やぐら)にひきよせたればなり 三四―三六
忽ちこゝに血に染みていと凄き三のフーリエ時齊しくあらはれいでぬ、身も動作(ふるまひ)も女性(によしやう)のごとく 三七―三九
いと濃き緑の水蛇(イドラ)を帶とす、小蛇チェラスタ髮に代りてその猛き後額(こめかみ)を卷けり 四〇―四二
この時かれ善くかぎりなき歎きの女王の侍婢(はしため)等を認めて我にいひけるは、兇猛なるエーリネを見よ 四三―四五
左なるはメジェラ右に歎くはアレットなり、テシフォネ中にあり、斯く言ひて默せり 四六―四八
彼等各□と爪をもておのが胸を裂き掌(たなごゝろ)をもておのが身を打てり、その叫びいと高ければ我は恐れて詩人によりそひき 四九―五一
俯(うつむ)き窺(うかゞ)ひつゝみないひけるは、メヅーサを來らせよ、かくして彼を石となさん、我等テゼオに襲はれて怨みを報いざりし幸(さち)なさよ 五二―五四
身をめぐらし後(うしろ)にむかひて目を閉ぢよ、若しゴルゴンあらはれ、汝これを見ば、再び上に歸らんすべなし 五五―五七
師はかくいひて自らわが身を背かしめ、またわが手を危ぶみ、おのが手をもてわが目を蔽へり 五八―六〇
あゝまことの聰明(さとり)あるものよ、奇(くす)しき詩のかげにかくるゝをしへを見よ 六一―六三
この時既にすさまじく犇(ひし)めく物音濁れる波を傳ひ來りて兩岸これがために震へり 六四―六六
こはあたかも反する熱によりて荒れ、林を打ちて支ふるものなく、枝を折り裂き 六七―
うち落し吹きおくり、塵を滿たしてまたほこりかに吹き進み、獸と牧者を走らしむる風の響きのごとくなりき ―七二
かれ手を放ちていひけるは、いざ目をかの年へし水沫(みなわ)にそゝげ、かなた烟のいと深きあたりに 七三―七五
たとへば敵なる蛇におどろき、群居(むれゐ)る蛙みな水に沈みて消え、地に蹲まるにいたるごとく 七六―七八
我は一者(ひとり)の前を走れる千餘の滅亡(ほろび)の魂をみき、この者徒歩(かち)にてスティージェを渡るにその蹠(あしうら)濡るゝことなし 七九―八一
かれはしば/\左手(ゆんで)をのべて顏のあたりの霧をはらへり、その疲れし如くなりしはたゞこの累(わづらひ)ありしためのみ 八二―八四
我は彼が天より遣はされし者なるをさだかに知りて師にむかへるに、師は我に示して口を噤ましめ、また身をその前にかゞめしむ 八五―八七
あゝその憤りいかばかりぞや、かれ門にゆき、支ふる者なければ一の小さき杖をもてこれをひらけり 八八―九〇
かくて恐ろしき閾の上よりいふ、あゝ天を逐はれし者等よ、卑しき族(うから)よ、汝等のやどす慢心はいづこよりぞ 九一―九三
その目的(めあて)削(そ)がるゝことなく、かつしば/\汝等の苦患(なやみ)を増せる天意に對ひ足を擧ぐるは何故ぞ 九四―九六
命運に逆ふ何の益ぞ、汝等のチェルベロいまなほこれがため頤(おとがひ)と喉(のんど)に毛なきを思はずや 九七―九九
かくて彼我等に何の言だになく汚れし路をかへりゆき、そのさまさながらほかの思ひに責め刺され 一〇〇―
おのが前なる者をおもふに暇なき人のごとくなりき、聖語を聞いて心安く、我等足を邑(まち)のかたにすゝめ ―一〇五
戰はずして内に入りにき、我はまたかゝる砦(とりで)の内なるさまのいかなるやをみんことをねがひ 一〇六―一〇八
たゞちに目をわがあたりに投ぐれば、四方に一の大なる廣場(ひろには)ありて苦患(なやみ)ときびしき苛責を滿たせり 一〇九―一一一
ローダーノの水澱むアルリ、またはイタリアを閉してその境を洗ふカルナーロ近きポーラには 一一二―一一四
多くの墓ありて地に平らかなる處なし、こゝもまた墓のためにすべてかくの如く、たゞ異なるはそのさまいよ/\苦(にが)きのみ 一一五―一一七
そは多くの焔墓の間に散在して全くこれを燒けばなり、げにいかなる技工(わざ)といへどもこれより赤くは鐡(くろがね)を燒くを需(もと)めぬなるべし 一一八―一二〇
蓋は悉く上げられ幸(さち)なき者苦しむ者にふさはしきはげしき歎聲(なげき)内より起れり 一二一―一二三
我、師よ、これらの墓の中に葬られ、たゞ憂ひの歎息(ためいき)を洩すのみなるこれらの民は何なりや 一二四―一二六
彼我に、邪宗の長(をさ)等その各流の宗徒とともにこゝにあるなり、またこれらの墓の中には汝の思ふよりも多くの荷あり 一二七―一二九
みな類にわかちて葬られ、塚の熱度一樣ならず、かくいひて右にむかへり 一三〇―一三二
我等は苛責と高壘の間を過ぎぬ 一三三―一三五
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   第十曲

さて城壁と苛責の間のかくれたる路に沿ひ、わが師さきに我はその背に附きて進めり 一―三
我曰ふ、あゝ心のまゝに我を導き信なき諸□の獄(ひとや)をめぐる比類(たぐひ)なき功徳(くどく)よ、請ふ我に告げわが願ひを滿たせ 四―六
墓の中に臥せる民、われこれを見るをうべきか、蓋みな上げられて守る者なし 七―九
彼我に、かれら上(うへ)の世に殘せる體(からだ)をえてヨサファットよりこゝにかへらば皆閉ぢん 一〇―一二
こなたにはエピクロとかれに傚ひて魂を體とともに死ぬるとなす者みな葬らる 一三―一五
さればたゞちにこの中にて汝は我に求めしものをえ、默して我にいはざりし汝の願ひもまた成るべし 一六―一八
我、善き導者よ、言少なきを希ふにあらずばわれ何ぞわが心を汝に祕むべき、汝かく我に思はしめしは今のみならじ 一九―二一
恭しくかたりつゝ生きながら火の都を過ぎゆくトスカーナ人よ、ねがはくはこの處にとゞまれ 二二―二四
汝は汝の言によりて尊きわが郷土(ふるさと)(恐らくはわが虐げし)の生れなるをしらしむ 二五―二七
この聲ゆくりなく一の墓より出でければ、我はおそれてなほ少しくわが導者に近づけり 二八―三〇
彼我に曰ひけるは、汝何をなすや、ふりかへりてかしこに立てるファーリナータを見よ、その腰より上こと/″\くあらはる 三一―三三
我はすでに目をかれの目にそゝぎゐたるに、かれはその胸と額をもたげ起してあたかもいたく地獄を嘲るに似たりき 三四―三六
この時導者は汝の言(ことば)を明かならしめよといひ、臆せず弛(たゆみ)なき手をもて我を墓の間におしやりぬ 三七―三九
われ彼の墓の邊(ほとり)にいたれるとき、彼少しく我を見てさて蔑視(さげすむ)ごとく問ひていひけるは、汝の祖先は誰なりや 四〇―四二
我は從はんことをねがひてかくさず、一切をかれにうちあけしに、少しく眉をあげて 四三―四五
いひけるは、かれらは我、わが祖先、またわが黨與の兇猛なる敵なりき、さればわれ兩度(ふたゝび)かれらを散らせることあり 四六―四八
我答へて彼に曰ひけるは、かれら逐はれしかども前にも後にも四方より歸れり、されど汝の徒(ともがら)は善くこの術(わざ)を習はざりき 四九―五一
この時開ける口より一の魂これとならびて頤(おとがひ)まであらはせり、思ふにかれは膝にて立てるなるべし 五二―五四
我とともにある人ありや否やをみんとねがへる如くわが身のあたりをながめたりしが、疑ひ全く盡くるにおよびて 五五―五七
泣きて曰ひけるは、汝若し才高きによりてこの失明(くらやみ)の獄(ひとや)をめぐりゆくをえば、わが兒はいづこにありや、かれ何ぞ汝と共にあらざる 五八―六〇
我彼に、われ自ら來れるにあらず、かしこに待つ者我を導きてこゝをめぐらしむ、恐らくはかれは汝のグイードの心に侮りし者ならん 六一―六三
かれの言(ことば)と刑罰の状(さま)とは既にその名を我に讀ましめ、わが答かく全きをえしなりき 六四―六六
かれ忽ち起きあがり叫びていひけるは、汝何ぞ「りし」といへるや、彼猶生くるにあらざるか、麗しき光はその目を射ざるか 六七―六九
わがためらひてとみに答へざりしをみ、かれは再び仰(あふの)きたふれ、またあらはれいづることなかりき 七〇―七二
されど我に請ひて止まらしめし心大いなる者、顏をも變へず頸をも動かさずまた身をも曲げざりき 七三―七五
かれさきの言を承けていひけるは、彼等もしよくこの術(わざ)を習はざりきとならば、その事この床(とこ)よりも我を苦しむ 七六―七八
されどこゝを治むる女王の顏燃ゆることいまだ五十度(いそたび)ならぬ間(ま)に、汝自らその術(わざ)のいかに難きやをしるにいたらむ 七九―八一
(願はくは汝麗しき世に歸るをえんことを)請ふ我に告げよ、かの人々何故に凡てその掟(おきて)により、わが宗族(うから)をあしらふことかく殘忍なりや 八二―八四
我すなはち彼に、アルビアを紅(あけ)に色採(いろど)りし敗滅(ほろび)と大いなる殺戮(ほふり)とはかかる祈りを我等の神宮(みや)にさゝげしむ 八五―八七
彼歎きつゝ頭(かうべ)をふりていひけるは、そもかの事に與(あづか)れるはわれひとりにあらざりき、また我何ぞ故なくして人々とともに動かんや 八八―九〇
されどフィレンツェを毀たんとて人々心をあはせし處にては、これをあらはに囘護(かば)ひたる者たゞわれひとりのみなりき 九一―九三
我彼に請ひていひけるは、あゝねがはくは汝の裔(すゑ)つひに安息(やすき)をえんことを、請ふここにわが思想(おもひ)の縺(もつれ)となれる節(ふし)を解け 九四―九六
我善く汝等のいふところをきくに、汝等は時の携へ來るものをあらかじめみれども現在にわたりてはさることなきに似たり 九七―九九
彼曰ふ、我等遠く物をみること恰も光備はらざる人のごとし、これ比類(たぐひ)なき主宰いまなほ我等の上にかく輝くによりてなり 一〇〇―一〇二
物近づきまたはまのあたりにある時我等の智全く空し、若し我等に告ぐる者なくば世のありさまをいかでかしらん 一〇三―一〇五
この故に汝會得(ゑとく)しうべし、未來の門の閉さるゝとともに我の知識全く死ぬるを 一〇六―一〇八
この時われいたく我咎を悔いていひけるは、さらば汝かの倒れし者に告げてその兒いまなほ生ける者と共にありといへ 一〇九―一一一
またさきにわが默(もだ)して答へざりしは汝によりて解かれし迷ひにすでに心をむけたるが故なるをしらしめよ 一一二―一一四
わが師はすでに我を呼べり、われすなはちいよ/\いそぎてこの魂にともにある者の誰なるやを告げんことを請ひしに 一一五―一一七
彼我にいひけるは、我はこゝに千餘の者と共に臥す、こゝに第二のフェデリーコとカルディナレあり、その他はいはず 一一八―一二〇
かくいひて隱れぬ、我はわが身に仇となるべきかの言(ことば)をおもひめぐらし、足を古(いにしへ)の詩人のかたにむけたり 一二一―一二三
かれは歩めり、かくてゆきつゝ汝何ぞかく思ひなやむやといふ、われその問に答へしに 一二四―一二六
聖(ひじり)訓(さと)していひけるは、汝が聞けるおのが凶事を記憶に藏(をさ)めよ、またいま心をわが言にそゝげ、かくいひて指を擧げたり 一二七―一二九
美しき目にて萬物を見るかの淑女の麗しき光の前にいたらば汝はかれによりておのが生涯の族程(たびぢ)をさとることをえん 一三〇―一三二
かくて彼足を左にむけたり、我等は城壁をあとにし、一の溪に入りたる路をとり、内部(うち)にむかひてすゝめり 一三三―一三五
溪は忌むべき惡臭(をしう)をいだして高くこの處に及ばしむ 一三六―一三八
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   第十一曲

碎けし巨岩(おほいは)の輪より成る高き岸の縁(ふち)にいたれば、我等の下にはいよ/\酷(むご)き群(むれ)ありき 一―三
たちのぼる深淵の惡臭(をしう)たへがたく劇しきをもて、我等はとある大墳(おほつか)の蓋の後方(うしろ)に身を寄せぬ 四―
われこゝに一の銘をみたり、曰く、我はフォーチンに引かれて正路を離れし法王アナスターショを納むと ―九
我等ゆるやかにくだりゆくべし、かくして官能まづ少しく悲しみの氣息(いき)に慣れなば、こののち患(うれへ)をなすことあらじ 一〇―一二
師斯く、我彼に曰ふ、時空しく過ぐるなからんため補充(おぎなひ)の途を求めたまへ、彼、げに我もまたその事をおもへるなり 一三―一五
又曰ひけるは、わが子よ、これらの岩の中に三の小さき獄(ひとや)あり、その次第をなすこと汝が去らんとする諸□の獄の如し 一六―一八
これらみな詛ひの魂にて滿たさる、されどこの後汝たゞ見るのみにて足れりとするをえんため、彼等の繋がるゝ状(さま)と故(ゆゑ)とをきけ 一九―二一
夫れ憎(にくみ)を天にうくる一切の邪惡はその目的(めあて)非を行ふにあり、しかしてすべてかゝる目的は或は力により或は欺罔(たばかり)によりて他を窘(くるし)む 二二―二四
されど欺罔は人特有の罪惡なれば、神意に悖ること殊に甚し、この故にたばかる者低きにあり、かれらを攻むる苦患(なやみ)また殊に大なり 二五―二七
第一の獄(ひとや)はすべて荒ぶる者より成る、されど力のむかふところに三の者あれば、この獄また三の圓にわかたる 二八―三〇
力の及びうべきところに神あり、自己(おのれ)あり、隣人(となりびと)あり、こは此等と此等に屬(つ)けるものゝ謂なることわれなほ明かに汝に説くべし 三一―三三
力隣人に及べば死となりいたましき傷となり、その持物におよべば破壞、放火、また不法の掠奪となる 三四―三六
この故に人を殺す者、惡意より撃つ者、荒らす者、掠むる者、皆類にわかたれ、第一の圓これを苛責す 三七―三九
人暴(あらび)の手を己が身己が産にくだすことあり、この故に自ら求めて汝等の世を去り 四〇―
またはその産業を博奕によりて盡し、費し盡し、喜ぶべき處に歎く者徒(いたづら)に第二の圓に悔ゆ ―四五
心に神を無(な)みし神を誹り、また自然と神の恩惠(めぐみ)をかろんずるは、これ人神にむかひてその力を用ふるものなり 四六―四八
この故に最小の圓はその印をもてソッドマ、カオルサ、また心より神を輕んじかつ口にする者を封ず 四九―五一
欺罔(たばかり)は(心これによりて疚(やま)しからぬはなし)人之を己を信ずるものまたは信ぜざるものに行ふ 五二―五四
後者はたゞ自然が造れる愛の繋(つなぎ)を斷つに似たり、この故に僞善、諂諛、人を惑はす者 五五―
詐欺、竊盜、シモエア、判人(ぜげん)、汚吏、およびこのたぐひの汚穢(けがれ)みな第二の獄(ひとや)に巣(す)くへり ―六〇
前者にありては自然の造れる愛と、その後これに加はりて特殊の信を生むにいたれるものとともにわすらる 六一―六三
この故に宇宙の中心ディーテの座所ある最小の獄にては、すべて信を賣るもの永遠(とこしへ)の滅亡(ほろび)をうく 六四―六六
我、師よ、汝の説くところまことに明かに、この深處(ふかみ)とその中なる民をわかつことまことによし 六七―六九
されど我に告げよ、泥深き沼にあるもの、風にはこばるゝもの、雨に打たるゝもの、行當りて罵るもの 七〇―七二
もし神の怒りに觸れなば何ぞ罰を朱(あけ)の都の中にうけざる、またもし觸れずば何故にかゝる状態(さま)にありや 七三―七五
彼我に曰ふ、汝の才何ぞその恆(つね)をはなれてかく迷ふや、またさにあらずば汝の心いづこをか視る 七六―七八
汝は天の許さゞる三の質(さが)、即ち放縱、邪惡、狂へる獸心をつぶさにあげつらひ 七九―
また放縱は神の怒りにふるゝこと少なく誹りを招くこと少なきをいへる汝の倫理の言を憶(おも)はずや ―八四
汝善くこの教へを味ひ、かつ上に外(そと)に罰をうくるものゝ誰なるやを恩ひ出でなば 八五―八七
また善く何故に彼等この非道の徒(ともがら)とわかたれ、何故に彼等を苛責する神の復讎の怒りかへつて輕きやを見るをえん 八八―九〇
我曰ふ、あゝ一切のみだるゝ視力を癒す太陽よ、汝解くにしたがひて我心をたらはすが故に、疑ひの我を喜ばすこと知るにおとらじ 九一―
請ふなほ少しく溯りて、高利を貪るは神恩にさからふものなりとの汝の言に及び、その纈(むすび)を解け ―九六
彼我に曰ふ、哲理はこれを究むる者に自然が神の智とその技(わざ)よりいづるを處々に示せり 九七―
汝また善く汝の理學を閲(けみ)せば、いまだ幾葉ならざるに汝等の技(わざ)のつとめて
自然に從ふこと弟子のその師における如く、汝等の技は神の孫なりともいひうべきを見ん ―一〇五
人みな生の道をこの二のものに求め、しかして進むべきなり、汝『創世記』の始めにこの事あるを思ひ出づべし 一〇六―一〇八
しかるに高利を貪るものは、これと異なる道を踏みて望みを他(ほか)に置き、自然とその從者をかろんず 一〇九―一一一
されどいざ我に從へ、われ行くをねがへばなり、雙魚天涯に煌(きら)めき、北斗全くコーロの上にあり 一一二―一一四
しかもくだるべき斷崖(きりぎし)なほこゝより遠し 一一五―一一七
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   第十二曲

岸をくだらんとて行けるところはいと嶮しく、あまつさへこゝに物ありていかなる目にもこれを避けしむ 一―三
トレントのこなたに、或は地震へるため、或は支ふる物なきため、横さまにアディーチェをうちし崩壞(くづれ)あり 四―六
(くづれはじめし山の巓より野にいたるまで岩多く碎け流れて上なる人に路を備ふるばかりになりぬ) 七―九
この斷崖(きりぎし)の下るところまたかくの如くなりき、くだけし坎(あな)の端には模造(まがひ)の牝牛の胎に宿れる 一〇―
クレーチの名折(なをれ)偃(ふ)しゐたり、彼我等を見て己が身を噛みぬ、そのさま衷(うち)より怒りにとらはれし者に似たりき ―一五
わが聖(ひじり)彼にむかひて叫びていひけるは、汝を地上に死なしめしアテーネの公(きみ)こゝにありと思へるか 一六―一八
獸よ、たち去れ、彼は汝の姉妹(いも)の教へをうけて來れるならず、汝等の罰をみんとて行くなり 一九―二一
撲たれて既に死に臨むにおよびて絆(きづな)はなれし牡牛の歩む能はずしてかなたこなたに跳(は)ぬることあり 二二―二四
我もミノタウロのしかするを見き、彼機(とき)をみてよばゝりていふ、走りて路を得よ、彼狂ふ間(ま)にくだるぞ善き 二五―二七
かくて我等はくづれおちたる石をわたりてくだれり、石は例(つね)ならぬ重荷を負ひ、わが足の下に動くこと屡□なりき 二八―三〇
我は物思ひつゝゆけり、彼曰ひけるは、恐らくは汝はわがしづめし獸の怒りに護らるゝこの崩壞(くづれ)のことを思ふならん 三一―三三
汝今知るべし、さきに我この低き地獄に下れる時はこの岩いまだ落ちざりき 三四―三六
されどわが量るところ違はずば、ディーテに課して第一の獄(ひとや)に大いなる獲物(えもの)をえし者の來れる時より少しく前の事なりき 三七―三九
深き汚(けがれ)の溪四方に震ひ、我は即ち宇宙愛に感ぜりとおもへり(或人信ずらく 四〇―
世はこれあるによりて屡□と渾沌に變れりと)、此時この古き岩こゝにもほかのところにもかく壞(くづ)れしなりき ―四五
されど目を下に注げ、血の河近ければなり、すべて暴(あらび)によりて人を害(そこな)ふものこの中に煮らる 四六―四八
あゝ惡き狂へる盲(めしひ)の慾よ、苟且(かりそめ)の世にかく我等を唆(そゝの)かし、後かぎりなき世にかく幸(さち)なく我等を漬(ひた)すとは 四九―五一
われ見しに導者の我に告げし如く、彎曲して弓を成し全く野を抱くに似たる一の廣き濠ありき 五二―五四
岸の裾と是との間にはあまたのチェンタウロ矢を持ち列をくみて駛せゐたり、そのさま恰も世にすみて狩にいでし時の如し 五五―五七
我等の下(くだ)るを見てみなとゞまりぬ、群のうちよりみたりの者まづ弓矢をえらびこれをもてすゝめり 五八―六〇
そのひとり遙かに叫びていひけるは、汝等崖(がけ)を下る者いかなる苛責をうけんとて來れるや、その處にて之をいへ、さらずば弓彎(ひ)かむ 六一―六三
わが師曰ひけるは、我等近づきそこにてキロンに答ふべし、汝は心常にかく燥(はや)るによりて禍ひをえき 六四―六六
かくてわが身に觸れていひけるは、彼はネッソとて美しきデイアーニラのために死し、自ら怨みを報いしものなり 六七―六九
眞中(まなか)におのが胸をみるはアキルレをはぐゝめる大いなるキロン、いまひとりは怒り滿ち/\しフォーロなり 七〇―七二
彼等千々(ちゞ)相集まりて濠をめぐりゆき、罪の定むる處を越えて血より出づる魂あればこれを射るを習ひとす 七三―七五
我等は此等の疾(と)き獸に近づけり、キロン矢を取り、※(はず)[#「弓+肖」、78-1]にて鬚を腮(あぎと)によせて 七六―七八
大いなる口を露はし、侶(とも)に曰ひけるは、汝等見たりや、かの後(あと)なる者觸るればすなはち物の動くを 七九―八一
死者の足にはかゝることなし、わが善き導者この時既に二の象(かたち)結び合へる彼の胸ちかくたち 八二―八四
答へて曰ひけるは、誠に彼は生く、しかもかく獨りなるにより、我彼にこの暗闇の溪をみせしむ、彼を導く者は必須なり娯樂にあらず 八五―八七
ひとりのものアレルヤの歌をはなれてこの新しき任務(つとめ)を我に委ねしなり、彼盜人にあらず、我また盜人の魂にあらず 八八―九〇
さればかく荒れし路を傳ひて我に歩みを進ましむる權威(ちから)によりこゝに我汝に請ふ、群のひとりを我等にえさせよ、我等その傍(かたへ)にしたがひ 九一―九三
彼は我等に渉るべき處ををしへ、また空ゆく靈にあらねばこの者をその背に負ふべし 九四―九六
キロン右にむかひネッソにいひけるは、歸りてかく彼等を導け、もしほかの群(むれ)にあはゞそれに路を避けしめよ 九七―九九
我等は煮らるゝものゝ高く叫べる紅の煮の岸に沿ひ、このたのもしき先達(しるべ)と共に進めり 一〇〇―一〇二
我は眉まで沈める民を見き、大いなるチェンタウロいふ、彼等は妄りに血を流し産を掠めし暴君なり 一〇三―一〇五
こゝに彼等その非情の罪業を悼(いた)む、こゝにアレッサンドロあり、またシチーリアに患(うれへ)の年を重ねしめし猛きディオニシオあり 一〇六―一〇八
かの黒き髮ある額はアッツォリーノなり、またかの黄金(こがね)の髮あるはげに上の世にその繼子(まゝこ)に殺されし 一〇九―
オピッツオ・ダ・エスティなり、この時われ詩人の方(かた)にむかへるに、彼曰ひけるは、この者今は汝のために第一となり我は第二となるべし ―一一四
なほ少しく進みて後チェンタウロは煮ゆる血汐の外に喉まで出せる如くなりし一の民のあたりに止まり 一一五―一一七
片側なるたゞ一の魂を我等に示していひけるは、彼はターミーチにいまなほ崇(あがめ)をうくる心臟(こゝろ)を神の懷(ふところ)に割きしものなり 一一八―一二〇
やがて我は河の上に頭(かうべ)を出し、また胸をこと/″\く出せる民を見き、またその中にはわが知れる者多かりき 一二一―一二三
斯くこの血次第に淺くなりゆきて、遂にはたゞ足を燒くのみ、我等の濠を渉るところはすなはちこゝなりき 一二四―一二六
チェンタウロいふ、こなたにては煮ゆる血汐のたえず減(へ)ること汝見る如し、またこれに應じ 一二七―一二九
かなたにては暴虐(しひたげ)の呻吟(うめ)く處と再び合ふにいたるまで水底(みなそこ)次第に深くなりまさるを汝信ずべし 一三〇―一三二
神の義こゝに地の笞(しもと)なりしアッティラとピルロ、セストを刺し、また大路(おほぢ)をいたくさわがしし 一三三―
リニエール・ダ・コルネート、リニエール・パッツオを煮、その涙をしぼりて永遠(とこしへ)にいたる ―一三八
かくいひて身をめぐらし、再びこの淺瀬を渉れり 一三九―一四一
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   第十三曲

ネッソ未だかなたに着かざるに我等は道の跡もなき一の森をわけて進めり 一―三
木の葉は色黯(くろず)みて緑なるなく、枝は節だちくねりて直く滑かなるなく、毒をふくむ刺(とげ)ありて實なし 四―六
チェチーナとコルネートの間なる耕せる處を嫌ふ猛き獸の栖(すみか)にもかくあらびかくしげれる※薈(しげみ)[#「くさかんむり/翳」、81-6]はあらじ 七―九
穢(きたな)きアルピーエこゝにその巣を作れり、こは末凶なりとの悲報をもてトロイア人(びと)をストロファーデより追へるものなり 一〇―一二
その翼はひろく頸と顏とは人にして足に爪、大いなる腹に羽あり、彼等奇(く)しき樹の上にて歎けり 一三―一五
善き師我にいひけるは、遠くゆかざるさきに知るべし、汝は第二の圓にあるなり 一六―
また恐ろしき砂にいたるまでこの圓にあらん、この故によく目をとめよ、さらばわが言(ことば)より信を奪ふべきものをみん ―二一
われ四方に叫喚を聞けども、これを上ぐる人を見ざれば、いたく惑ひて止まれり 二二―二四
思ふにかく多くの聲はかの幹の間我等のために身をかくせし民よりいでぬと我思へりと彼思へるなるべし 二五―二七
師乃ち曰ふ、汝この樹の一より小枝を手折らば、汝のいだく思ひはすべて斷たるべし 二八―三〇
この時われ手を少しく前にのべてとある大いなる荊棘(いばら)より一の小枝を採りたるに、その幹叫びて何ぞ我を折るやといふ 三一―三三
かくて血に黯(くろず)むにおよびてまた叫びていひけるは、何ぞ我を裂くや、憐みの心些(すこし)も汝にあらざるか 三四―三六
いま木と變れども我等は人なりき、またたとひ蛇の魂なりきとも汝の手にいま少しの慈悲はあるべきを 三七―三九
たとへば生木(なまき)の一端(かたはし)燃え、一端よりは雫(しづく)おち風聲を成してにげさるごとく 四〇―四二
詞と血と共に折れたる枝より出でにき、されば我は尖(さき)を落して恐るゝ人の如くに立てり 四三―四五
わが聖(ひじり)答へて曰ひけるは、しひたげられし魂よ、彼若しわが詩の中にのみ見しことを始めより信じえたりしならんには 四六―四八
汝にむかひて手を伸ぶることなかりしなるべし、たゞ事信じ難きによりて我彼にすすめてこの行あらしむ、わが心これが爲に苦し 四九―五一
されど汝の誰なりしやを彼に告げよ、さらば彼汝の名を上の世に(彼かしこに歸るを許さる)新にし、これを贖(あがなひ)のよすがとなさん 五二―五四
幹、かゝる麗しき言(ことば)にさそはれ、われ口を噤み難し、願はくは心ひかるゝまゝにわが少しく語らん事の汝に累となるなからんことを 五五―五七
我はフェデリーゴの心の鑰(かぎ)を二ながら持てる者なりき、我これをめぐらして或ひは閉ぢ或ひは開きその術(わざ)巧みなりければ 五八―六〇
殆ど何人と雖も彼の祕密に係(たづさ)はるをえざりき、わがこの榮(はえ)ある職(つとめ)に忠なりし事いかばかりぞや、我之がために睡りをも脈をも失へり 六一―六三
阿諛(おもねり)の眼(まなこ)をチェーザレの家より放ちしことなく、おしなべての死、宮の罪惡なる遊女(あそびめ)は 六四―六六
すべての心を燃やして我に背かしめ、燃えし心はアウグストの心を燃やし、喜びの譽悲しみの歎きとかはりぬ 六七―六九
わが精神(たましひ)は怒りに驅られ、死によりて誹りを免かれんことを思ひ、正しからざることを正しきわが身に行へり 七〇―七二
この樹の奇(く)しき根によりて誓ひて曰はん、我はいまだかく譽をうるにふさはしかりしわが主の信に背けることなしと 七三―七五
汝等のうち若し世に歸る者あらば、嫉みに打たれていまなほ地に伏すわが記憶を慰めよ 七六―七八
待つこと須臾(しばらく)にして詩人我に曰ひけるは、彼默(もだ)すために時を失ふことなく、なほ問ふことあらばいひて彼に問へ 七九―八一
我乃ち彼に、汝我心に適ふべしと思ふ事をば請ふわがために彼に問へ、憐み胸にせまりて我しかするあたはざればなり 八二―八四
此故に彼又曰ひけるは、獄裏の魂よ、願はくは此人ねんごろに汝のために汝の言(ことば)の乞求むるものをなさんことを、請ふ更に 八五―八七
我等に告げて魂此等の節(ふし)の中に繋がるゝに至る状(さま)をいへ、又若しかなはゞそのかゝる體(からだ)より解放たるゝ事ありや否やをもいへ 八八―九〇
この時幹はげしく氣を吐けり、この風(かぜ)聲に變りていふ、約(つゞま)やかに汝等に答へん 九一―九三
殘忍なる魂己を身よりひき放ちて去ることあればミノスこれを第七の口におくり 九四―九六
このもの林の中に落つ、されど定まれる處なく、たゞ命運の投入るゝ處にいたりて芽(めざ)すこと一粒の麥の如く 九七―九九
若枝(わかえ)となり後野生の木となる、アルピーエその葉を食みてこれに痛みを與へまた痛みに窓を與ふ、我等はほかの者と等しく 一〇〇―
我等の衣の爲めに行くべし、されど再びこれを着る者あるによるに非ず、そは人自ら棄てし物をうくるは正しき事に非ざればなり ―一〇五
我等これをこゝに曳き來らむ、かくて我等の體(からだ)はこの憂き林、いづれも己を虐げし魂の荊棘(いばら)の上に懸けらるべし 一〇六―一〇八
幹のなほ我等にいふことあらんを思ひて我等心をとめゐたるに、この時さわがしき物音起り、我等の驚かされしこと 一〇九―一一一
さながら野猪(しゝ)と獵犬と己が立處(たちど)にむかふをさとり、獸と枝との高き響きを聞くものの如くなりき 一一二―一一四
見よ、左に裸なる掻き裂かれたるふたりの者あり、あらゆる森のしげみをおしわけ、逃げわしることいとはやし 一一五―一一七
さきの者、いざ疾(と)く、死よ、疾くと叫ぶに、ほかのひとりは己がおそくして及ばざるをおもひ、ラーノ、トッポの試藝(しあひ)に 一一八―
汝の脛(はぎ)はかく輕くはあらざりしをとさけび、呼吸(いき)のせまれる故にやありけむ、その身をとある柴木と一團(ひとつ)になしぬ ―一二三
後(うしろ)の方(かた)には飽くことなく、走ること鏈(くさり)を離れし獵犬にひとしき黒き牝犬林に滿ち 一二四―一二六
かの潛める者に齒をくだしてこれを刻み、後そのいたましき身を持ち行けり 一二七―一二九
この時導者わが手をとりて我をかの柴木のほとりにつれゆけるに、血汐滴たる折際(をれめ)より空しく歎きていひけるは 一三〇―
あゝジャーコモ・ダ・サント・アンドレーアよ、我を防禦(ふせぎ)となして汝に何の益かありし、汝罪の世を送れりとて我身に何の咎あらんや ―一三五
師その傍(かたへ)にとゞまりていひけるは、かく多くの折際(をりめ)より血と共に憂ひの詞をはく汝は誰なりしや 一三六―一三八
彼我等に、あゝこゝに來りてわが小枝を我よりとりはなてる恥づべき虐(しひたげ)をみし魂等よ 一三九―一四一
それらを幸(さち)なき柴木のもとにあつめよ、我は最初(はじめ)の守護(まもり)の神をバーティスタに變へし邑(まち)の者なりき、かれこれがために 一四二―一四四
その術(わざ)をもて常にこの邑を憂へしむ、もしその名殘のいまなほアルノの渡りにとゞまるあらずば 一四五―一四七
アッティラが殘せる灰の上に再びこの邑(まち)を建てたる邑人(まちびと)の勞苦は空しかりしなるべし 一四八―一五〇
我はわが家(や)をわが絞臺(しめだい)としき 一五一―一五三
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   第十四曲

郷土の愛にはげまされ、落ちちらばりし小枝を集めて既に聲なきかの者にかへせり 一―三
さてこゝよりすゝみて第二と第三の圓のわかるゝところなる境にいたればこゝに恐るべき正義の業(わざ)みゆ 四―六
めなれぬものをさだかに知らしめんためさらにいはんに、我等は一草一木をも床(ゆか)に容れざる一の廣野につけり 七―九
憂ひの林これをめぐりて環飾(わかざり)となり、さながら悲しみの濠の林に於ける如くなりき、こゝに我等縁(ふち)いと近き處に足をとゞめぬ 一〇―一二
地は乾ける深き砂にてその状(さま)そのかみカートンの足踏めるものと異なるなかりき 一三―一五
あゝ神の復讎よ、わがまのあたり見しことを讀むなべての人の汝を恐るゝこといかばかりなるべき 一六―一八
我は裸なる魂の多くの群(むれ)を見たり、彼等みないと幸(さち)なきさまにて泣きぬ、またその中に行はるゝ掟(おきて)一樣ならざるに似たりき 一九―二一
仰(あふの)きて地に臥せる民あり、全(また)く身を縮めて坐せるあり、またたえず歩めるありき 二二―二四
めぐりゆくものその數(かず)いと多し、また臥して苛責をうくるものはその數いと少なきもその舌歎きによりて却つて寛(ゆる)かりき 二五―二七
砂といふ砂の上には延びたる火片(ひのひら)しづかに降りて、風なき峻嶺(たかね)の雪の如し 二八―三〇
昔アレッサンドロ、インドの熱き處にて焔その士卒の上に落ち地にいたるも消えざるをみ 三一―三三
火はその孤なるにあたりて消し易かりしが故に部下に地を踏ましめしことありき 三四―三六
かくの如く苦患(なやみ)を増さんとて永遠(とこしへ)の熱おちくだり、砂の燃ゆることあたかも火打鎌の下なる火口(ほくち)にひとしく 三七―三九
忽ちかなたに忽ちこなたに新(あらた)なる焔をはらふ幸(さち)なき雙手(もろて)の亂舞(トレスカ)にはしばしの休みもあることなかりき 四〇―四二
我曰ふ、門の入口にて我等にたちむかへる頑(かたくな)なる鬼のほか物として勝たざるはなき汝わが師よ 四三―四五
火をも心にとめざるさまなるかの大いなる者は誰なりや、嘲りを帶び顏をゆがめて臥し、雨もこれを熟(う)ましめじと見ゆ 四六―四八
われ彼の事をわが導者に問へるをしりて彼叫びていひけるは、死せる我生ける我にかはらじ 四九―五一
たとひジョーヴェ終りの日にわが撃たれたる鋭き電光(いなづま)を怒れる彼にとらせし鍛工(かぢ)を疲らせ 五二―五四
またはフレーグラの戰ひの時の如くに、善きヴルカーノよ、助けよ、助けよとよばはりつゝモンジベルロなる黒き鍛工場(かぢば)に 五五―
殘りの鍛工等をかはる/″\疲らせ、死力を盡して我を射るとも、心ゆくべき復讎はとげがたし ―六〇
この時わが導者聲を勵まして(かく高らかに物言へるを我未だ聞きしことなかりき)いひけるは、カパーネオよ、汝の罰のいよ/\重きは汝の慢心の盡きざるにあり、汝の劇しき怒りのほかはいかなる苛責の苦しみも汝の怒りにふさはしき痛みにあらじ 六一―六六
かくいひて顏を和らげ、我にむかひていひけるは、こはテーベを圍める七王の一(ひとり)にて神を侮れる者なりき 六七―
いまも神を侮りて崇(あが)むることなしとみゆ、されどわが彼にいへる如く彼の嘲りはいとにつかしきその胸の飾なり ―七二
いざ我に從へ、またこの後愼みて足を熱砂に觸れしむることなく、たえず森に沿ひて歩むべし 七三―七五
我等また語らず、さゝやかなる一の小川の林の中より迸る處にいたれり、その赤きこといまもわが身を震へしむ 七六―七八
さながらブリカーメより細き流れ(罪ある女等ほどへてこれをわけもちふ)の出づる如く、この川砂を貫いて下り 七九―八一
その水底(みなそこ)、傾ける兩岸、縁(ふち)はみな石と成れり、此故に我こゝに行手の路あるを知りき 八二―八四
閾を人のこゆるに任(まか)す門より内に入りしこのかた、凡てわが汝に示せるものゝうちすべての焔をその上に消すこの流れの如くいちじるしきは汝の目未だ見ず 八五―八七
これわが導者の言なりき、我乃ち彼に請ひ、慾を我に惜しまざりし彼の、食をも惜しむなからんことを求めぬ 九一―九三
この時彼曰ふ、海の正中(たゞなか)に荒れたる國あり、クレータと名づく、こゝの王の治世の下(もと)、世はそのかみ清かりき 九四―九六
かしこにそのかみ水と木葉(このは)の幸(さち)ありし山あり、イーダと呼ばる、今は荒廢(あれすた)れていと舊(ふ)りたるものゝごとし 九七―九九
そのかみレーアこれをえらびてその子の恃(たのみ)の搖籃となし、その泣く時特に善くかくさんためかしこに叫びあらしめき 一〇〇―一〇二
この山の中には一人(ひとり)の老巨人の直立するあり、背をダーミアータにむけ、ローマを見ること己が鏡にむかふに似たり 一〇三―一〇五
その頭は純金より成り、腕と胸とは純銀なり、そこより跨(また)にいたるまでは銅 一〇六―一〇八
またその下はすべて精鐡なれどもたゞ右足のみは燒土にてしかも彼の直く立つ却つて多くこれによれり 一〇九―一一一
黄金(こがね)の外はいづこにも罅(さけめ)生じて涙したゝり、あつまりてかの窟(いはや)を穿ち 一一二―一一四
岩また岩を傳はりてこの溪に入り、アケロンテ、スティージェ、フレジェトンタとなり、その後この狹き溝によりて落ち 一一五―一一七
またくだるあたはざる處にいたりてそこにコチートと成る、この池の何なるやは汝見るべし、この故にこゝに語らず 一一八―一二〇
我彼に、若しこの細流かくわが世より出でなば何故にこの縁(へり)にのみあらはるゝや 一二一―一二三
彼我に、汝此處のまろきを知る、汝の來る遠しといへども常に左に向ひて底にくだるが故に 一二四―一二六
未だあまねく獄をめぐらず、されば新しきもの我等にあらはるとも何ぞあやしみを汝の顏に見するに足らむ 一二七―一二九
我また、師よ、フレジェトンタとレーテはいづこにありや、汝默(もだ)してその一のことをいはず、また一は此雨より成るといへり 一三〇―一三二
彼答へて曰ひけるは、汝問ふところの事みなよくわが心に適ふ、されど、煮ゆる紅(くれなゐ)の水はよく汝の問の一に答へん 一三三―一三五
レーテは汝見るをうべし、されどこの濠(ほり)の外(そと)、罪悔によりて除かれし時魂等己を洗はんとて行く處にあり 一三六―一三八
又曰ひけるは、いまは森を離るべき時なり、汝我に從へ、燃えざる縁(ふち)路を造り 一三九―一四一
一切の炎その上に消ゆ 一四二―一四四
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   第十五曲

堅き縁(ふち)の一は今我等を負(お)ひゆけり、小川の烟はおほひかゝりて水と堤とを火より救へり 一―三
グイッツァンテとブルッジアの間なるフィアンドラ人(びと)こなたに寄せくる潮(うしほ)を恐れ海を走らしめんため水際(みぎは)をかため 四―六
またはブレンタの邊(ほとり)なるパードヴァ人キアレンターナの熱に觸れざる間にその邑(まち)その城を護らんためまたしかするごとく 七―九
この堤は築かれき、たゞ築けるもの(誰にてもあれ)之をかく高くかく厚くなさゞりしのみ 一〇―一二
我等既に林を離るゝこと遠くわれ後(うしろ)を顧みれどもそのいづこにあるやを見るをえざりしころ 一三―一五
我等は堤に沿ひて來れる一群(ひとむれ)の魂にいであへり、さながら夕間暮れ新月(にひづき)のもとに人の人を見る如く 一六―
彼等みな我等を見、また老いたる縫物師(ぬひものし)の針眼(はりのめ)にむかふごとく目を鋭くして我等にむかへり ―二一
かゝる族(やから)にかくうちまもられ我はそのひとりにさとられき、彼わが裾をとらへ叫びて何等の不思議ぞといふ 二二―二四
彼その腕(かひな)を我にむかひてのべし時、われ目を燒けし姿にとむるに、顏のたゞれもなほわが智(さとり)を妨げて 二五―
彼を忘れしむるにはたらざりき、われわが顏を彼の顏のあたりに低れて、セル・ブルネットよ、こゝにゐ給ふやと答ふ ―三〇
彼、わが子よ、ねがはくはブルネット・ラティーニしばらく汝と共にあとにかへりてこの群(むれ)をさきに行かしめん 三一―三三
我彼にいふ、これわが最も希ふところなり、汝またわが汝と共に坐(すわ)らん事を願ひその事彼の心に適はゞしかすべし、我彼と共に行けばなり 三四―三六
彼曰ふ、あゝ子よ、この群の中縱(たと)ひ束の間なりとも止まる者あればその者そののち身を横たゆる百年(もゝとせ)に及び火これを撃つとも扇ぐによしなし 三七―三九
されば行け、我は汝の衣につきてゆき、永劫の罰を歎きつゝゆくわが伴侶(なかま)にほどへて再び加はるべし 四〇―四二
我は路をくだり彼とならびてゆくを得ず、たゞうや/\しく歩む人の如くたえずわが頭(かうべ)を低れぬ 四三―四五
彼曰ふ、終焉(をはり)の日未だ至らざるに汝をこゝに導くは何の運何の定(ぢやう)ぞや、また道を教ふるこの者は誰ぞや 四六―四八
我答へて彼に曰ふ、明(あか)き上の世に、わが齡未だ滿たざるに、我一の溪の中に迷へり 四九―五一
わが背(そびら)を之にむけしはたゞ昨日(きのふ)の朝の事なり、この者かしこに戻らんとする我にあらはれ、かくてこの路により我を導いて我家(わがや)に歸らしむ 五二―五四
彼我に、美しき世にてわが量れること違はずば汝おのが星に從はんに榮光の湊を失ふあたはず 五五―五七
またわが死かく早からざりせば天かく汝に福(さいはひ)するをみて我は汝の爲すところをはげませしなるべし 五八―六〇
されど古(いにしへ)、フィエソレを下りいまなほ山と岩とを含める恩を忘れしさがなき人々 六一―六三
汝の善き行ひの爲に却つて汝の仇とならむ、是亦宜なり、そは酸きソルボに混(まじ)りて甘き無花果の實を結ぶは適(ふさ)はしき事に非ざればなり 六四―六六
彼等は世の古き名によりて盲(めしひ)と呼ばる、貪り嫉み傲(たかぶり)の民なり、汝自ら清くしてその習俗(ならひ)に染むなかれ 六七―六九
汝の命運大いなる譽を汝のために備ふるにより彼黨此黨いづれも飢ゑて汝を求めむ、されど草は山羊より遠かるべし 七〇―七二
フィエソレの獸等に己をその敷藁(しきわら)となさせ、若し草木のなほその糞(ふん)の中より出づるあらばこれに觸れしむるなかれ 七三―七五
この處かく大いなる邪惡の巣となりし時こゝに殘れるローマ人(びと)の聖き裔(すゑ)これによりて再び生くべし 七六―七八
我答へて彼に曰ふ、若しわが願ひ凡て成るをえたらんには汝は未だ人の象(かたち)より逐はるゝことなかりしものを 七九―八一
そは世にありて我にしば/\人不朽に入るの道を教へたまひし當時の慕はしき善きあたゝかきおも影はわが記憶を離るゝことなく 八二―
今わが胸にせまればなり、われこの教へを徳とするいかばかりぞや、こは生ある間わが語ることによりてあきらかなるべし ―八七
わが行末に關(かゝ)はりて汝の我に告ぐる所は我之を録(しる)し他(ほか)の文字と共に殘し置くべし、かくして淑女のわがそのもとにいたるに及びて 八八―
知りて義を示すを待たん、願はくは汝この一事を知るべし、曰く、わが心だに我を責めずば、我はいかなる命運をも恐れじ ―九三
かゝる契約はわが耳に新しき事に非ざるなり、この故に命運は己が好むがまゝに其輪を轉らし農夫は鋤をめぐらすべし 九四―九六
この時我師右の方(かた)より後(うしろ)にむかひ我を見て、善く聽く者心をとむといふ 九七―九九
かゝる間も我はたえずセル・ブルネットとかたりてすゝみ、その同囚(なかま)の中いと秀でいと貴き者の誰なるやを問へり 一〇〇―一〇二
彼我に、知りて善き者あり、されど他(ほか)はいはざるを善しとす、これ言(ことば)多くして時足らざればなり 一〇三―一〇五
たゞ知るべし、彼等は皆僧と大いなる名ある大いなる學者の同じ一の罪によりて世に穢れし者なりき 一〇六―一〇八
プリシアンかの幸なき群にまじりて歩めり、フランチェスコ・ダッコルソ亦然り、また汝深き願ひをかゝる瘡(かさ)によせしならんには 一〇九―一一一
僕(しもべ)の僕によりてアルノよりバッキリオーネに遷され、惡の爲に竭せる身をかしこに殘せる者を見たりしなるべし 一一二―一一四
その外なほ擧ぐべき者あれど行くも語るもこの上にはいで難し、かしこに砂原より立登る新しき烟みゆ 一一五―一一七
こはわが共にあることをえざる民來れるなり、我わがテゾーロによりて生く、ねがはくは之を汝に薦めん、また他を請はず 一一八―一二〇
かくいひて身をめぐらし、あたかも緑の衣をえんとてヴェロナの廣野(ひろの)を走るものゝ如く、またその中にても 一二一―一二三
負くる者ならで勝つ者の如くみえたりき 一二四―一二六
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   第十六曲

我は既に次の獄(ひとや)に落つる水の響きあたかも蜂□(はちのす)の鳴る如く聞ゆるところにいたれるに 一―三
この時三(みつ)の魂ありてはしりつゝ、はげしき苛責の雨にうたれて過ぎゆく群を齊しくはなれ 四―六
我等の方にむかひて來り、各□叫びていひけるは、止まれ、衣によりてはかるに汝は我等の邪(よこしま)なる邑(まち)の者なるべし 七―九
あはれ彼等の身にみゆるは何等の傷ぞや、みな焔に燒かれしものにて新しきあり、古きあり、そのさま出づればいまなほ苦し 一〇―一二
我師彼等のよばゝる聲に心をとめ顏をわが方にむけていひけるは、待て、彼等は人の敬ひをうくべきものなり 一三―一五
さればもし處の性(さが)の火を射るなくば我は急(いそぎ)は彼等よりもかへつて汝にふさはしといふべし 一六―一八
我等止まれるに彼等は再び古歌をうたひ、斯くて我等に近づける時三者(みたり)あひ寄りて一の輪をつくれり 一九―二一
裸なる身に膏(あぶら)うちぬり將に互に攻め撲たんとしてまづおさゆべき機會(すき)をうかゞふ勇士の如く 二二―二四
彼等もまためぐりつゝ各□目を我にそゝぎ、頸はたえず足と異なる方にむかひて動けり 二五―二七
そのひとりいふ、この軟かき處の幸なさ、黯(くろず)み爛れし我等の姿、たとひ我等と我等の請ひとに侮りを招く事はありとも 二八―三〇
願はくは我等の名汝の意(こゝろ)を枉げ、生くる足にてかく安らかに地獄を擦(す)りゆく汝の誰なるやを我等に告げしめんことを 三一―三三
見らるゝ如く足跡を我に踏ましむるこのひとりは裸にて毛なしといへども汝の思ふよりは尚際(きは)貴(たか)き者なりき 三四―三六
こは善きグアルドラーダの孫にて名をグイード・グエルラといひ、その世にあるや智と劒をもて多くの事をなしたりき 三七―三九
わが後(うしろ)に砂を踏みくだく者はその名上の世に稱(たゝ)へらるべきテッギアイオ・アルドブランディなり 四〇―四二
また彼等と共に十字架にかゝれる我はヤーコポ・ルスティクッチといへり、げに萬(よろづ)の物にまさりてわが猛き妻我に禍す 四三―四五
我若し火を避くるをえたりしならんには身を彼等の中に投げ入れしなるべく思ふに師もこれを許せるなるべし 四六―四八
されど焦され燒かるべき身なりしをもて、彼等を抱かんことを切(せち)に我に求めしめしわが善き願ひは恐れに負けたり 四九―五一
かくて我曰ひけるは、汝等の状態(さま)はわが衷(うら)に侮りにあらで大いなる俄に消え盡し難き憂ひを宿せり 五二―五四
こはこれなる我主の言(ことば)によりてわが汝等の如き民來るをしりしその時にはじまる 五五―五七
我は汝等の邑(まち)の者なり、常に心をとめて汝等の行(おこなひ)と美名(よきな)をかたり且つきけり 五八―六〇
我は膽(ゐ)を棄て眞(まこと)の導者の我に約束したまへる甘き實をえんとてゆくなり、されどまづ中心(たゞなか)までくだらではかなはじ 六一―六三
この時彼答ふらく、ねがはくは魂ながく汝の身をみちびき汝の名汝の後に輝かんことを 六四―六六
請ふ告げよ、文と武とは昔の如く我等の邑(まち)にとゞまるや、または廢れて跡なきや 六七―六九
そはグイリエールモ・ボルシエーレとて我等と共に苦しむ日淺くいまかなたに侶とゆく者その言(ことば)によりていたく我等を憂へしむ 七〇―七二
新(あらた)なる民不意(おもはざる)の富は、フィオレンツァよ、自負と放逸を汝のうちに生み、汝は既に是に依りて泣くなり 七三―七五
われ顏を擧げて斯くよばゝれるに、かの三者(みたり)これをわが答と知りて互に面(おもて)を見あはせぬ、そのさま眞(まこと)を聞きて人のあひ見る如くなりき 七六―七八
皆答へて曰ひけるは、かく卑しき價をもていづれの日にかまた人の心をたらはすをえば、かく心のまゝに物言ふ汝は福(さいはひ)なるかな 七九―八一
此故に汝これらの暗き處を脱れ、再び美しき星を見んとて歸り、我かしこにありきと喜びていふをうる時 八二―八四
ねがはくは我等の事を人々に傳へよ、かくいひてのち輪をくづしてはせゆきぬ、その足疾(と)きこと翼に似たりき 八五―八七
彼等は忽ち見えずなりにき、アーメンもかくはやくは唱へえざりしなるべし、されば師もまた去るをよしと見たまへり 八八―九〇
我彼に從ひて少しく進みゆきたるに、この時水音いと近く、たとひ我等語るとも聲聞ゆべくはあらざりき 九一―九三
モンテ・ヴェーゾの東にあたりアペンニノの左の裾より始めて己の路をわしり 九四―九六
その高處にありて未だ低地にくだらざる間アクアケータと呼ばれ、フォルリにいたればこの名を空しうする川の 九七―九九
たゞ一落(ひとおち)に落下りて千を容るべきサン・ベネデット・デル・アルペの上に轟く如く 一〇〇―一〇二
かの紅の水はほどなく耳をいたむるばかりに鳴渡りつゝ一の嶮しき岸をくだれり 一〇三―一〇五
我は身に一筋の紐を卷きゐたり、嘗てこれをもて皮に色ある豹をとらへんと思ひしことありき 一〇六―一〇八
われ導者の命に從ひてこと/″\くこれを解き、結び束(たば)ねて彼にわたせり 一〇九―一一一
彼乃ち右にむかひ、少しく縁(ふち)より離してこれをかの深き溪間に投入れぬ 一一二―一一四
我謂へらく、師斯く目を添へたまふ世の常ならぬ相圖には、應ふるものもまた必ず世の常ならぬものならむと 一一五―一一七
あゝたゞ行ひを見るのみならで、その智よく衷(うち)なる思ひをみる者と共にある人心を用ふべきこといかばかりぞや 一一八―一二〇
彼我に曰ふ、わが待つものたゞちに上(のぼ)り來るべし、汝心に夢みるものたゞちに汝にあらはるべし 一二一―一二三
夫れ僞(いつはり)の顏ある眞(まこと)については人つとめて口を噤むを善しとす、これ己に咎なくしてしかも恥を招けばなり 一二四―一二六
されど我今默し難し、讀者よ、この喜劇(コメディア)の詞によりて(願はくは世の覺(おぼえ)ながく盡きざれ)誓ひていはむ 一二七―一二九
我は濃き暗き空氣の中にいかなる堅き心にもあやしとなすべき一の象(かたち)の泳ぎつゝ浮び來るを見たり 一三〇―一三二
そのさまたとへば岩または海にかくるゝほかの物よりこれを攫める錨を拔かんとをりふしくだりゆく人の 一三三―一三五
身を上にひらき足は窄(すぼ)めて歸る如くなりきと 一三六―一三八
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   第十七曲

尖れる尾をもち山を越え垣と武器(うちもの)を毀つ獸を見よ、全世界を穢すものを見よ 一―三
わが導者かく我にいひ、さて彼に示して踏來れる石の端(はし)近く岸につかしむ 四―六
この時汚(きたな)き欺罔(たばかり)の像(かたち)浮び上りて頭と體(からだ)を地にもたせたり、されど尾を岸に曳くことなかりき 七―九
その顏は義しき人の顏にて一重の皮に仁慈(いつくしみ)をみせ、身はすべて蛇なりき 一〇―一二
二の足には毛ありて腋下に及び、背胸(せむね)また左右の脇には蹄係(わな)と小楯と畫かれぬ 一三―一五
タルターロ人(びと)またはトルコ人の作れる布(きぬ)の浮織(うきおり)の裏文表文(うらあやおてあや)にだにかく多くの色あるはなく、アラーニエの機(はた)にだに 一六―
かゝる織物かけられしことなし、たとへばをりふし岸の小舟の半(なかば)水に半陸(くが)にある如く、または食飮(くひのみ)しげきドイツ人(びと)のあたりに
海狸戰ひを求めて身を構ふる如く、いとあしきこの獸は砂を圍める石の縁(ふち)にとゞまりぬ ―二四
蠍(さそり)の如く尖(さき)を固めし有毒(うどく)の叉(また)を卷き上げて尾はこと/″\く虚空に震へり 二五―二七
導者曰ふ、いざすこしく路を折れてかしこに伏せるあしき獸にいたらむ 二八―三〇
我等すなはち右にくだり、砂と炎を善く避けんため端(はし)をゆくこと十歩にしてやがて 三一―三三
かしこにいたれる時、我はすこしくさきにあたりて空處に近く砂上に坐せる民を見き 三四―三六
師こゝに我にいひけるは、汝この圓の知識をのこりなく携ふるをえんためゆきて彼等の状態(ありさま)をみよ 三七―三九
彼等とながくものいふなかれ、我はこれと汝の歸る時までかたりてその強き肩を我等に貸さしむべし 四〇―四二
斯くて我はたゞひとりさらに第七の獄(ひとや)の極端(いやはし)をあゆみて悲しみの民坐したるところにいたれり 四三―四五
彼等の憂ひは目より湧き出づ、彼等は手をもてかなたにこなたに或ひは火氣或ひは焦土を拂へり 四六―四八
夏の日、蚤、蠅または虻に刺さるゝ犬の忽ち口忽ち足を用ふるも、そのさまこれと異なることなし 四九―五一
われ目を數ある顏にそゝぎて苦患(なやみ)の火を被むる者をみしもそのひとりだに識れるはなく 五二―
たゞ彼等各□色も徽號(しるし)もとり/″\なる一の嚢(ふくろ)を頸に懸けまたこれによりてその目を養ふに似たるを認めき ―五七
我はうちまもりつゝ彼等のなかをゆき、一の黄なる嚢の上に獅子の面(かほ)と姿態(みぶり)とをあらはせる空色(そらいろ)をみき 五八―六〇
かくてわが目のなほ進みゆきし時、我は血の如く赤き一の嚢の、牛酪よりも白き鵞鳥を示せるをみき 六一―六三
こゝにひとり白き小袋に空色の孕める豚を徽號(しるし)とせる者我にいひけるは、汝この濠(ほり)の中に何を爲すや 六四―六六
いざ去れ、しかして汝猶生くるがゆゑに知るべし、わが隣人(となりびと)ヴィターリアーノこゝにわが左にすわらむ 六七―六九
これらフィレンツェ人(びと)のなかにありて我はパードヴァの者なり、彼等叫びて三の嘴の嚢をもて世にまれなる武夫(ますらを)來れといひ 七〇―
わが耳を擘(つんざ)くこと多し、かく語りて口を歪めあたかも鼻を舐(ねぶ)る牡牛の如くその舌を吐けり ―七五
我はなほ止まりて我にしかするなかれと誡めしものゝ心を損はんことをおそれ、弱れる魂等を離れて歸れり 七六―七八
かくて既に猛き獸の後(しり)に乘りたるわが導者にいたれるに、彼我に曰ひけるは、いざ心を強くしかたくせよ 七九―八一
この後我等かゝる段(きだ)によりてくだる、汝は前に乘るべし、尾の害をなすなからんためわれ間にあるを願へばなり 八二―八四
瘧をわづらふ人、惡寒(さむけ)を覺ゆる時迫れば、爪既に死色を帶び、たゞ日蔭を見るのみにてもその身震ひわなゝくことあり 八五―八七
我この言(ことば)を聞けるときまた斯くの如くなりき、されど彼の戒めは我に恥を知らしめき、善き主の前には僕強きもまたこの類(たぐひ)なるべし 八八―九〇
我はかの太(ふと)く醜(みにく)き肩の上に坐せり、ねがはくは我を抱きたまへといはんと思ひしかどもおもふ如くに聲出でざりき 九一―九三
されど危きに臨みてさきにも我を助けし者、わが乘るや直ちにその腕(かひな)をもて我をかかへ我をさゝへ 九四―
いひけるは、いざゆけジェーリオン、輪を大きくし降りをゆるくせよ、背にめづらしき荷あるをおもへ ―九九
たとへば小舟岸をいでゝあとへ/\とゆくごとく彼もこの處を離れ、己が身全く自由なるをしるにいたりて 一〇〇―一〇二
はじめ胸を置ける處にその尾をめぐらし、これをひらきて動かすこと鰻の如く、また足をもて風をその身にあつめき 一〇三―一〇五
思ふにフェートンがその手綱を棄てし時(天これによりて今も見ゆるごとく焦(こが)れぬ)または幸なきイカーロが 一〇六―
蝋熱をうけし爲め翼腰をはなるゝを覺え、善からぬ路にむかふよと父よばゝれる時の恐れといへども
身は四方大氣につゝまれ萬象消えてたゞかの獸のみあるを見し時のわが恐れにはまさらじ ―一一四
いとゆるやかに泳ぎつゝ彼進み、めぐりまたくだれり、されど顏にあたり下より來る風によらでは我之を知るをえざりき 一一五―一一七
我は既に右にあたりて我等の下に淵の恐るべき響きを成すを聞きしかば、すなはち目を低れて項(うなじ)をのぶるに 一一八―一二〇
火見え歎きの聲きこえ、この斷崖(きりぎし)のさまいよ/\おそろしく、我はわなゝきつゝかたく我身をひきしめき 一二一―一二三
我またこの時四方より近づく多くの大いなる禍ひによりてわがさきに見ざりし降下(くだり)と廻轉(めぐり)とを見たり 一二四―一二六
ながく翼を驅りてしかも呼ばれず鳥も見ず、あゝ汝下るよと鷹匠(たかづかひ)にいはるゝ鷹の 一二七―一二九
さきにいさみて舞ひたてるところに今は疲れて百(もゝ)の輪をゑがいてくだり、その飼主を遠く離れ、あなどりいかりて身をおくごとく 一三〇―一三二
ジェーリオネは我等を削れる岩の下(もと)なる底におき、荷なるふたりをおろしをはれば 一三三―一三五
弦(つる)をはなるゝ矢の如く消えぬ 一三六―一三八
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   第十八曲

地獄にマーレボルジェといふところあり、その周圍(まはり)を卷く圈の如くすべて石より成りてその色鐡に似たり 一―三
この魔性の廣野(ひろの)の正中(たゞなか)にはいと大いなるいと深き一の坎(あな)ありて口をひらけり、その構造(なりたち)をばわれその處にいたりていはむ 四―六
されど坎と高き堅き岸の下(もと)との間に殘る處は圓くその底十の溪にわかたる 七―九
これ等の溪はその形たとへば石垣を護らんため城を繞りていと多くの濠ある處のさまに似たり 一〇―一二
またかゝる要害には閾より外濠(そとぼり)の岸にいたるまで多くの小さき橋あるごとく 一三―一五
數ある石橋(いしばし)岩根より出で、堤(つゝみ)と濠をよこぎりて坎にいたれば、坎はこれを斷ちこれを集めぬ 一六―一八
ジェーリオンの背より拂はれし時我等はこの處にありき、詩人左にむかひてゆき我はその後(うしろ)を歩めり 一九―二一
右を見れば新(あらた)なる憂ひ、新なる苛責、新なる撻者(うちて)第一の嚢(ボルジヤ)に滿てり 二二―二四
底には裸なる罪人等ありき、中央(なかば)よりこなたなるは我等にむかひて來り、かなたなるは我等と同じ方向(むき)にゆけどもその足はやし 二五―二七
さながらジュビレーオの年、群集(ぐんじゆ)大いなるによりてローマ人(びと)等民の爲に橋を渡るの手段(てだて)をまうけ 二八―三〇
片側(かたがは)なるはみな顏を城(カステルロ)にむけてサント・ピエートロにゆき、片側なるは山にむかひて行くごとくなりき 三一―三三
黯(くろず)める岩の上には、かなたこなたに角ある鬼の大なる鞭を持つありてあら/\しく彼等を後(うしろ)より打てり 三四―三六
あはれ始めの一撃(ひとうち)にて踵(くびす)を擧げし彼等の姿よ、二撃(ふたうち)三撃(みうち)を待つ者はげにひとりだにあらざりき 三七―三九
さて歩みゆく間、ひとりわが目にとまれるものありき、我はたゞちに我嘗て彼を見しことなきにあらずといひ 四〇―四二
すなはち定かに認(したゝ)めんとて足をとむれば、やさしき導者もともに止まり、わが少しく後(あと)に戻るを肯ひたまへり 四三―四五
この時かの策(むちう)たるゝもの顏を垂れて己を匿さんとせしかども及ばず、我曰ひけるは、目を地に投ぐる者よ 四六―四八
その姿に詐りなくば汝はヴェネディーコ・カッチヤネミーコなり、汝を導いてこの辛(から)きサルセに下せるものは何ぞや 四九―五一
彼我に、語るも本意(ほい)なし、されど明かなる汝の言(ことば)我に昔の世をしのばしめ我を強ふ 五二―五四
我は侯(マルケーゼ)の心に從はしめんとてギソラベルラをいざなひし者なりき(この不徳の物語いかに世に傳へらるとも) 五五―五七
さてまたこゝに歎くボローニア人(びと)は我身のみかは、彼等この處に滿つれば、今サヴェーナとレーノの間に 五八―六〇
シパといひならふ舌もなほその數これに及びがたし、若しこの事の徴(しるし)、證(あかし)をほしと思はゞたゞ慾深き我等の胸を思ひいづべし 六一―六三
かく語れる時一の鬼その鞭をあげてこれを打ちいひけるは、去れ判人(ぜげん)、こゝには騙(たら)すべき女なし 六四―六六
我わが導者にともなへり、かくて數歩にして我等は一の石橋の岸より出でし處にいたり 六七―六九
いとやすく之に上(のぼ)りて破岩をわたり右にむかひ此等の永久(とこしへ)の圈を離れき 七〇―七二
橋下空しくひらけて打たるゝ者に路をえさするところにいたれば、導者曰ひけるは、止まれ 七三―七五
しかしてこなたなる幸なく世に出でし者の面(おもて)を汝にむけしめよ、彼等は我等と方向(むき)を等しうせるをもて汝未だ顏を見ず 七六―七八
我等古き橋より見しに片側(かたがは)を歩みて我等のかたに來れる群ありてまたおなじく鞭に逐はれき 七九―八一
善き師問はざるに我に曰ひけるは、かの大いなる者の來るを見よ、いかに苦しむとも彼は涙を流さじとみゆ 八二―八四
あゝいかなる王者の姿ぞやいまなほ彼に殘れるは、彼はヤーソンとて智と勇とによりてコルコ人(びと)より牡羊を奪へる者なり 八五―八七
レンノの島の膽太(きもふと)き慈悲なき女等すべての男を殺し盡せし事ありし後、彼かしこを過ぎ 八八―九〇
さきに島人を欺きたりし處女(おとめ)イシフィーレを智と甘(あま)きことばをもてあざむき 九一―九三
その孕むにおよびてひとりこれをこゝに棄てたり、この罪彼を責めてこの苦をうけしめ、メデーアの怨みまた報いらる 九四―九六
すべて斯の如く欺く者皆彼と共にゆくなり、さて第一の溪とその牙に罹るものをしる事之をもて我等足れりとなさん 九七―九九
我等は此時細路第二の堤と交叉し之を次の弓門(アルコ)の橋脚(はしぐひ)となせるところにいたれるに 一〇〇―一〇二
次の嚢(ボルジヤ)の民の呻吟(うめ)く聲、あらき氣息(いき)、また掌(たなごゝろ)にて身をうつ音きこえぬ 一〇三―一〇五
たちのぼる惡氣岸に粘(つ)き、黴(かび)となりてこれをおほひ、目を攻めまた鼻を攻む 一〇六―一〇八
底は深く窪みたれば石橋のいと高き處なる弓門(アルコ)の頂に登らではいづこにゆくもわきがたし 一〇九―一一一
我等すなはちこゝにいたりて見下(みおろ)せるに、濠の中には民ありて糞(ふん)に浸(ひた)れり、こは人の厠より流れしものゝごとくなりき 一一二―一一四
われ目をもてかなたをうかゞふ間、そのひとり頭いたく糞によごれて緇素を判(わか)ち難きものを見き 一一五―一一七
彼我を責めて曰ひけるは、汝何ぞ穢れし我侶(とも)を措きて我をのみかく貪り見るや、我彼に、他に非ずわが記憶に誤りなくば 一一八―一二〇
我は汝を髮乾ける日に見しことあり、汝はルッカのアレッショ・インテルミネイなり、この故にわれ特(こと)に目を汝にとゞむ 一二一―一二三
この時頂(いたゞき)を打ちて彼、我をかく深く沈めしものは諂(へつらひ)なりき、わが舌これに飽きしことなければなり 一二四―一二六
こゝに導者我に曰ひけるは、さらに少しく前を望み、身穢れ髮亂れかしこに不淨の爪もて 一二七―一二九
おのが身を掻(か)きたちまちうづくまりたちまち立ついやしき女の顏を見よ 一三〇―一三二
これ遊女(あそびめ)タイデなり、いたく心に適(かな)へりやと問へる馴染(なじみ)の客に答へて、げにあやしくとこそといへるはかれなりき 一三三―一三五
さて我等の目これをもて足れりとすべし 一三六―一三八
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   第十九曲

あゝシモン・マーゴよ、幸なき從者(ずさ)等よ、汝等は貪りて金銀のために、徳の新婦(はなよめ)となるべき 一―三
神の物を穢れしむ、今喇叭(らつぱ)は汝等のために吹かるべし、汝等第三の嚢(ボルジヤ)にあればなり 四―六
我等はこの時石橋の次の頂(いたゞき)まさしく濠の眞中(まなか)にあたれるところに登れり 七―九
あゝ比類(たぐひ)なき智慧よ、天に地にまた禍ひの世に示す汝の技(わざ)は大いなるかな、汝の權威(ちから)の頒(わか)ち與ふるさまは公平なるかな 一〇―一二
こゝに我見しに側(かは)にも底にも黒める石一面に穴ありて大きさ皆同じくかついづれも圓(まろ)かりき 一三―一五
思ふにこれらは授洗者(じゆせんじや)の場所としてわが美しき聖ジョヴァンニの中に造られしもの(未だ幾年(いくとせ)ならぬさき我その一を碎けることあり 一六―一八
こはこの中にて息絶えんとせし者ありし爲なりき、さればこの言(ことば)證(あかし)となりて人の誤りを解け)より狹くも大きくもあらざりしなるべし 一九―二一
いづれの穴の口よりも、ひとりの罪ある者の足およびその脛腓(はぎこむら)まであらはれ、ほかはみな内にあり 二二―二四
二の蹠(あしうら)火に燃えて關節(つがひめ)これがために震ひ動き、そのはげしさは綱(つな)をも組緒(くみを)をも斷切るばかりなりき 二五―二七
油ひきたる物燃ゆれば炎はたゞその表面(おもて)をのみ駛するを常とす、かの踵(くびす)より尖(さき)にいたるまでまた斯くの如くなりき 二八―三〇
我曰ふ、師よ、同囚(なかま)の誰よりも劇しく振り動かして怒りをあらはし猛き炎に舐(ねぶ)らるる者は誰ぞや 三一―三三
彼我に、わが汝をいだいて岸の低きをくだるを願はゞ汝は彼によりて彼と彼の罪とを知るをうべし 三四―三六
我、汝の好むところみな我に好(よ)し、汝は主なり、わが汝の意(こゝろ)に違ふなきを知り、またわが默(もだ)して言はざるものを知る 三七―三九
かくて我等は第四の堤にゆき、折れて左にくだり、穴多き狹き底にいたれり 四〇―四二
善き師は我をかの脛(はぎ)にて歎けるものゝ罅裂(われめ)あるところに着かしむるまでその腰よりおろすことなかりき 四三―四五
我曰ふ、悲しめる魂よ、杙(くひ)の如く插されて逆(さか)さなる者よ、汝誰なりとももしかなはば言(ことば)を出(いだ)せ 四六―四八
我はあたかも埋(いけ)られて後なほ死を延べんとおもへる不義の刺客に呼戻されその懺悔をきく僧の如くたちゐたり 四九―五一
この時彼叫びていひけるは、汝既にこゝに立つや、ボニファーチョよ、汝既にこゝに立つや、書(ふみ)は僞りて數年を違へぬ 五二―五四
斯く早くもかの財寶(たから)に飽けるか、汝はそのため欺いて美しき淑女をとらへ後虐(しひた)ぐるをさへ恐れざりしを 五五―五七
我はさながら答をきゝてさとりえずたゞ嘲りをうけし如く立ちてさらに應(こた)ふるすべを知らざる人のさまに似たりき 五八―六〇
この時ヴィルジリオいひけるは、速かに彼に告げて我は汝の思へる者にあらず汝の思へる者にあらずといへ、我乃ち命ぜられし如く答へぬ 六一―六三
是に於て魂足をこと/″\く搖(ゆる)がせ、さて歎きつゝ聲憂はしく我にいふ、さらば我に何を求むるや 六四―六六
もしわが誰なるを知るをねがふあまりに汝此岸を下れるならば知るべし、我は身に大いなる法衣(ころも)をつけし者なりしを 六七―六九
まことに我は牝熊(めぐま)の仔なりき、わが上(うえ)には財寶(たから)をこゝには己を嚢(ふくろ)に入るゝに至れるもたゞひたすら熊の仔等の榮(さかえ)を希へるによりてなり 七〇―七二
我頭の下には我よりさきにシモニアを行ひ、ひきいれられて石のさけめにかくるゝ者多し 七三―七五
わがゆくりなく問をおこせる時汝とおもひたがへたるもの來るにいたらば、我もかしこに落行かむ 七六―七八
されどわがかく足を燒き逆(さかさ)にて經し間の長さは、彼が足を赤くし插されて經ぬべき時にまされり 七九―八一
これその後(あと)に西の方より法(おきて)を無みしいよ/\醜き行ひありて彼と我とを蔽ふに足るべきひとりの牧者來ればなり 八二―八四
彼はマッカベエイの書(ふみ)のうちなるヤーソンの第二とならむ、また王これに甘(あま)かりし如くフランスを治むるもの彼に甘かるべし 八五―八七
我はこの時わがたゞかゝる歌をもて彼に答へし事のあまりに愚なるわざなりしや否やを知らず、曰く、あゝいま我に告げよ 八八―九〇
我等の主鑰(かぎ)を聖ピエートロに委ぬるにあたりて幾許(いくばく)の財寶(たから)を彼に求めしや、げにその求めしものは我に從への外あらざりき 九一―九三
また罪ある魂の失へる場所を補はんとて鬮(くじ)にてマッティアを選べる時、ピエルもほかの弟子達(でしたち)も彼より金銀をうけざりき 九四―九六
此故にこゝにとゞまれ、罰をうくるは宜(うべ)なればなり、かくして汝にカルロを侮らしめし不義の財貨(たから)をかたくまもれ 九七―九九
若し喜びの世にて汝が手にせし比類(たぐひ)なき鑰の敬(うやまひ)いまなほ我を控(ひか)ゆるなくば 一〇〇―一〇二
これより烈(はげ)しき言(ことば)をこそもちゐめ、汝等の貪りは世界に殃(わざはひ)し善(よき)を踏みしき悖(もと)れるを擧ぐ 一〇三―一〇五
女水の上に坐し淫を諸王に鬻ぐを見し時、かの聖傳を編める者汝等牧者を思へるなり 一〇六―一〇八
すなはち生れて七の頭あり、その夫の徳を慕ふ間十の角(つの)よりその證(あかし)をうけし女なり 一〇九―一一一
汝等は己の爲に金銀の神を造れり、汝等と偶像に事ふるものゝ異なる處いづこにかある、彼等一を拜し汝等百を拜す、これのみ 一一二―一一四
あゝコスタンティーンよ、汝の歸依ならず、最初の富める父が汝よりうけしその施物(せもつ)はそもいかなる禍ひの母となりたる 一一五―一一七
我この歌をうたへる間、彼は怒りに刺されしか或ひは恥に刺されしか、はげしく二の蹠(あしうら)を搖(ゆ)れり 一一八―一二〇
思ふにこの事必ずわが導者の意をえたりしなるべし、かれ氣色(けしき)いとうるはしくたえず耳をわがのべし眞(まこと)の言に傾けき 一二一―一二三
かくて雙腕(もろかひな)をもて我を抱き、我を全くその胸に載せ、さきにくだれる路をのぼれり 一二四―一二六
またかく抱きて疲るゝことなく、第四の堤より第五の堤に通ふ弓門(アルコ)の頂(いたゞき)まで我を載せ行き 一二七―一二九
石橋粗く嶮しくして山羊(やぎ)さへたやすく過ぐべきならねば、しづかにこゝにその荷をおろせり 一三〇―一三二
さてこゝよりみゆるは次の大いなる溪なりき 一三三―一三五
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   第二十曲

新(あらた)なる刑罰を詩に編(あ)み、これを第一の歌沈める者の歌のうちなる曲(カント)第二十の材となすべき時は至れり 一―三
こゝにわれよく心をとめて望み見しに、くるしみの涙を浴(あ)びし底あらはれ 四―六
まろき大溪(おほたに)に沿ひて來れる民泣いて物言はず、足のはこびはこの世の祈祷(いのり)の行列に似たりき 七―九
わが目なほひくゝ垂れて彼等におよべば、頤(おとがひ)と胸との間みな奇(く)しくゆがみて見ゆ 一〇―一二
すなはち顏は背(うしろ)にむかひ、彼等前を望むあたはで、たゞ後方(うしろ)に行くあるのみ 一三―一五
げに人中風(ちゆうぶ)のわざによりてかく全くゆがむにいたれることもあるべし、されど我未だかゝることをみず、またありとも思ひがたし 一六―一八
讀者よ(願はくは神汝に讀みて實(み)を摘むことをえしめよ)、請ふ今自ら思へ、目の涙背筋(せすぢ)をつたひて 一九―二一
臂(ゐさらひ)を洗ふばかりにいたくゆがめる我等の像(かたち)をしたしく見、我何ぞ顏を濡らさゞるをえん 二二―二四
我はげに堅き石橋の岩の一に凭(もた)れて泣けり、導者すなはち我に曰ふ、汝なほ愚者に等しきや 二五―二七
夫れこゝにては慈悲全く死してはじめて敬虔生く、神の審判(さばき)にむかひて憐みを起す者あらばこれより大いなる罪人あらんや 二八―三〇
首(かうべ)をあげよ、あげてかの者を見よ、テーベ人(びと)の目の前にて地そのためにひらけしはこれなり、この時人々皆叫びて、アンフィアラーオよ 三一―三三
何處(いづこ)におちいるや何ぞ軍(いくさ)を避くるやとよべるもおちいりて止まるひまなく、遂に萬民をとらふるミノスにいたれり 三四―三六
見よ彼は背を胸に代ふ、あまりに前(さき)をのみ見んことをねがへるによりていま後(あと)を見後方(うしろ)にゆくなり 三七―三九
ティレージアを見よ、こは體(からだ)すべて變りて男より女となり、その姿あらたまるにいたれるものなり 四〇―四二
この事ありて後、再び雄々しき羽をうるため、彼まづ杖をもて二匹の縺(もつ)れあへる蛇をふたゝび打たざるをえざりき 四三―四五
背を彼の腹に向くるはアロンタなり、ルーニ山の中、その下に住むカルラーラ人の耕すところに 四六―四八
白き大理石のうちなる洞(ほら)を住居(すまゐ)とし、こゝより星と海とを心のまゝに見るをえき 四九―五一
みだれし髪をもて汝の見ざる乳房(ちぶさ)をおほひ、毛ある肌(はだへ)をみなかなたにむけしは 五二―五四
マントといへり、多くの國々をたづねめぐりて後わが生れし處にとどまりき、されば請ふ少しくわがこゝに陳(の)ぶることを聞け 五五―五七
その父世を逝(さ)りバーコの都奴婢(はしため)となるにおよびてかれはひさしく世にさすらへり 五八―六〇
上(うへ)なる美しきイタリアの中、ティラルリに垂れて獨逸(ラーマニア)を閉すアルペの裾に一湖あり、ベナーコと名づく 六一―六三
ガルダとヴァル・カーモニカの間にはおもふに千餘の泉あるべし、その水みなアペンニノを洗ひてこの湖に湛ふ 六四―六六
湖の中央に一の處あり、トレント、ブレシヤ、ヴェロナの牧者等若しこの路を取ることあらば各□こゝに祝福を與ふるをえん 六七―六九
美しき堅き城ペスキエーラはブレシヤ人ベルガーモ人を防がんとてまはりの岸のいと低き處にあり 七〇―七二
ベナーコの懷(ふところ)にあまるものみな必ずこゝに落ち、川となりて緑の牧場をくだる 七三―七五
この水流れはじむればベナーコと呼ばれず、ゴヴェルノにいたりてポーに入るまでミンチョとよばる 七六―七八
未だ遠く進まざるまにとある窪地(くぼち)をえて中にひろがり沼となり、夏はしば/\患ひを釀す恐れあり 七九―八一
さてこの處を過ぐとてかの猛き處女(をとめ)沼の中央に不毛無人の地あるを見 八二―八四
すべて世の交際(まじらひ)を避けおのが術(わざ)を行はんためその僕等と共にとゞまりてこゝに住みこゝにその骸(むくろ)を殘せり 八五―八七
この後あたりに散りゐたる人々みなこの處にあつまれり、これ四方に沼ありてその固(かため)強かりければなり 八八―九〇
彼等町を枯骨の上に建て、はじめてこの處をえらべるものに因(ちな)み、占(うら)によらずして之をマンツアと呼べり 九一―九三
カサロディの愚未だピナモンテの欺くところとならざりし頃は、この中なる民なほ多かりき 九四―九六
されど我汝を戒む、たとひ是と異なるわが邑(まち)の由來を聞くことありとも、汝僞(いつはり)をもて眞(まこと)となすなかれ 九七―九九
我、師よ、汝の陳ぶること我にあきらかに、善くわが信をえたり、さればいかなる異説出づとも我には消えし炭に過ぎじ 一〇〇―一〇二
されど我に告げよ、汝は歩みゆく民の中に心をとむべきものを見ずや、そはわが思ひたゞこの事にのみむかへばなり 一〇三―一〇五
この時彼我に曰ふ、髯を頬より黯(くろず)める肩に垂るゝものはギリシアに男子なく 一〇六―一〇八
搖籃滿つるにいたらざりし頃の卜者にて、カルカンタと共にアウリーデに最初の纜(ともづな)解かるべき時を卜せり 一〇九―一一一
彼名をエウリピロといひき、わが高き悲曲の調(しらべ)はいづこにか彼をかく歌へることあり、汝この詩を知り盡せばまたよくこの事を知らん 一一二―一一四
雙脇(もろわき)いたく痩せたるはミケーレ・スコットといひ、惑はし欺く無益(むやく)の術(わざ)にまことに長けし者なりき 一一五―一一七
見よグイード・ボナッティを、見よアスデンテを(彼革と絲とに心をむけし事を願ひ今悔ゆれどもおそし) 一一八―一二〇
針、杼(ひ)、紡錘(つむ)を棄てゝ卜者となりし幸なき女等を見よ、彼等は草と偶人(ひとがた)をもてその妖術を行へり 一二一―一二三
されどいざ來れ、カイーノと茨(いばら)は既に兩半球の境を占め、ソビリアのかなたの波に觸る 一二四―一二六
昨夜既に月は圓かりき、こは低き林の中にてしば/\汝に益をえさせしものなれば汝いかでか忘るべき 一二七―一二九
かく彼我に語り、語る間も我等は歩めり 一三〇―一三二
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   第二十一曲

このほかわが喜曲(コメディア)の歌ふを好まざる事どもかたりつゝ、かく橋より橋にゆき、頂(いたゞき)にいたるにおよびて 一―三
我等はマーレボルジェなる次の罅裂(われめ)と次の空しき歎きを見んとてとゞまれり、我見しにこの處あやしく暗かりき 四―六
たとへば冬の日ヴェネーツィア人の船廠(アールセーナ)に、健(すこや)かならぬ船を塗替へんとて、粘(ねば)き脂(やに)煮ゆるごとく 七―九
(こは彼等海に浮ぶをえざるによる、すなはち之に代へてひとりは新(あらた)に船を造り、ひとりはあまたの旅をかさねし船の側(わき)を塞ぎ 一〇―一二
ひとりは舳(へさき)ひとりは艫(とも)に釘うち、彼櫂を造り是綱を縒(よ)り、ひとりは大小の帆を繕(つくら)ふ) 一三―一五
下には濃き脂(やに)火によらず神の技(みわざ)によりて煮え、岸いたるところこれに塗(まみ)れぬ 一六―一八
我之を見れども、煮られて浮ぶ泡の外には一としてその中に見ゆる物なく、たゞこの脂の一面に膨れいでゝはまた引縮むさまをみるのみ 一九―二一
われ目を凝らして見おろしゐたるに、あれ見よあれ見よといひてわが導者わが立處(たちど)より我をひきよす 二二―二四
しきりに見んことをねがへども、そは逃げて避くべきものにしあれば、俄におそれていきほひ挫(くじ)け 二五―
見るまも足を止めざる人の如く、われ身を返して後方(うしろ)をみしに石橋をわたりてはせきたれる一の黒き鬼ありき ―三〇
あゝその姿猛きこといかばかりぞや、翼ひらかれ足かろきその身の振舞あら/\しきこといかばかりぞや 三一―三三
尖りて高きその肩には、ひとりの罪人(つみびと)の腰を載せ、その足頸(あしくび)をかたく握れり 三四―三六
橋の上よりいふ、あゝマーレブランケよ、見よ聖チタのアンチアンの一人を、汝等彼を沈むべし、我は再びかの邑(まち)に歸らん 三七―
かの處には我よくかゝる者を備へおきたり、さればボンツーロの他(ほか)、汚吏ならぬものなく、否も錢のために然りに代へらる ―四二
かくいひて彼を投げいれ堅き石橋をわたりてかへれり、繋(つなぎ)はなれし番犬(ばんいぬ)の盜人を追ふもかく疾(はや)からじ 四三―四五
彼沈み、背を高くして再び浮べり、されど橋を戴ける鬼共叫びていひけるは、聖顏(サント・ヴオルト)もこゝには益なし 四六―四八
こゝに泳ぐはセルキオに泳ぐと異なる、此故に我等の鐡搭(くまで)好ましからずばこの脂の上にうくなかれ 四九―五一
かくて彼等は彼を百餘の鐡鉤(かぎ)に噛ませ、こゝは汝のかくれて踊る處なれば、盜みうべくば目を掠(かす)めてなせといふ 五二―五四
厨夫(ちゆうふ)が庖仕(ばうじ)に肉叉(にくさし)をもて肉を鍋の眞中(まなか)に沈めうかぶことなからしむるもこれにかはらじ 五五―五七
善き師我に曰ふ、汝は汝のこゝにあること知られざるため、岩の後(うしろ)にうづくまりておのが身を掩へ 五八―六〇
またいかなる虐(しひたげ)わが身に及ぶも恐るゝなかれ、さきにもかゝる爭ひにのぞめることあれば我よくこれらの事を知る 六一―六三
かくいひて橋をわたりてかなたにすゝめり、げにそのさわがぬ氣色(けしき)をみすべきは彼が第六の岸にいたれる時なりき 六四―六六
その怒りあらだつさまはさながら立止(たちど)まりてうちつけに物乞ふ乞食(かたゐ)にむかひて群犬(むらいぬ)はせいづる時の如く 六七―六九
小橋の下より出でし鬼共みなその鐡搭(くまで)を彼にむけたり、されど彼よばゝりていふ、汝等いづれも惡意をいだくことなかれ 七〇―七二
鐡搭(くまで)の我をとらふる前に、汝等のひとりすゝみいでゝわがいふところのことをきゝ、のち相謀りて我を之にかくべきや否やをさだめよ 七三―七五
彼等皆叫びてマラコダ行くべしといふ、即ちその一者(ひとり)進み出で(他(ほか)はみな止まれり)かくするも彼に何の益かあるといひつゝ彼に近づけり 七六―七八
わが師曰ひけるは、マラコダよ、われ天意冥助によらずして今に至るまですべて汝等の障礙(しやうげ)をまのかれ 七九―
こゝに來るをうべしと汝思ふや、我等を行かしめよ、わがこの荒れたる路をひとりの者に教ふるも天の定むるところなればなり ―八四
此時彼の慢心折れ、彼は鐡搭(くまで)をあしもとにおとして彼等にいふ、かくては彼を撃ちがたし 八五―八七
導者我に、橋の岩間にうづくまる者よ、いまは安らかにわがもとにかへれ 八八―九〇
我いでゝいそぎて彼の處にいたれば、鬼こと/″\く進みいづ、我はすなはち彼等が約を履まざらんことをおそれぬ 九一―九三
嘗て契約によりてカープロナをいでし歩兵の一軍群がる敵の間にありてまたかく恐るゝを見しことあり 九四―九六
我は全身を近くわが導者によせ、目をよからぬ彼等の姿より放つことなかりき 九七―九九
彼等は鐡鉤(かぎ)をおろせり、その一者(ひとり)他(ほか)の一者(ひとり)にいふ、汝わが彼の臀(しり)に觸るゝをねがふや、彼等答へて、然り一撃(ひとうち)彼にあつべしといふ
されどわが導者と言(ことば)をまじへし鬼たゞちにふりかへりて、措(お)け措け、スカルミリオネといひ 一〇三―一〇五
さて我等に曰ひけるは、是より先はこの石橋をゆきがたし、第六の弓門(アルコ)悉く碎けて底にあればなり 一〇六―一〇八
されば汝等なほさきに行くをねがはゞこの堤を傳ひてゆくべし、近き處にいま一の石橋あり、これぞ路なる 一〇九―一一一
昨日(きのふ)は今より五時の後にてこの路こゝにくづれしこのかた千二百六十六年を滿たせり 一一二―一一四
我は此等の部下を分ちてかなたに遣はし、身を干(ほ)す者のありや否やを見せしむべければ、汝等之と共に行け、彼等禍ひをなすことあらじ 一一五―一一七
又曰ひけるは、出でよアーリキーノ、カルカブリーナ、汝も出でよカーニヤッツオ、バルバリッチヤ汝は十の者を率ゐよ 一一八―一二〇
進めリビコッコ、ドラギニヤッツォ、牙(きんば)のチリアット、グラッフィアカーネ、ファールファレルロ、狂へるルビカンテ 一二一―一二三
煮ゆる黐(もち)の邊(ほとり)を巡視(みめぐ)り、またこの多くの岩窟(いはあな)の上に隙(すき)なく懸れる次の岩まで此等の者をおくりゆけ 一二四―一二六
我曰ふ、あゝ師よ、これいかなる事の態(さま)ぞや、汝だに路を知らば我何ぞ道案内(みちしるべ)を要(もと)むべき、願はくはこれによらで我等のみ行かむ 一二七―一二九
汝常の如く心をもちゐなば、見ずや彼等の齒をかみあはせ、眉に殃(わざはひ)の兆(きざし)をあらはすを 一三〇―一三二
彼我に、請ふ汝恐るゝなかれ、彼等に好むがまゝに齒をかましめよ、彼等かくするは煮られてなやむ者のためのみ 一三三―一三五
彼等は折れて左の堤をとれり、されど各□とまづその長(をさ)にむかひ、齒にて舌を緊(し)めて相圖とし 一三六―一三八
長(をさ)はその肛門を喇叭(らつぱ)となしき 一三九―一四一
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   第二十二曲

我嘗て騎兵の陣を進め、戰ひを開き、軍を整(とゝの)へ、或時はまた逃げのびんとて退くを見き 一―三
アレッツォ人(びと)よ、我は或ひは喇叭(らつぱ)或ひは鐘或ひは太鼓或ひは城の相圖或ひは本國異邦の物にあはせ 四―六
進んで偵(うかゞ)ふもの襲うて掠むるもの汝等の地にわしり、また軍軍と武を競ひ、兵兵と技を爭ふを見き 七―九
されど未だかく奇(くす)しき笛にあはせて歩騎動き、陸(くが)または星をしるべに船進むをみしことあらじ 一〇―一二
我等は十の鬼と共に歩めり、げに兇猛なる伴侶(みちづれ)よ、されど聖徒と寺に浮浪漢(ごろつき)と酒肆(さかみせ)に 一三―一五
我心はたゞ脂(やに)にのみむかへり、こはこの嚢(ボルジヤ)とその中に燒かるゝ民の状態(ありさま)とを殘りなく見んためなりき 一六―一八
たとへば背の弓をもて水手(かこ)等をいましめ、彼等に船を救ふの途を求めしむる海豚(いるか)の如く 一九―二一
苦しみをかろめんため、をりふし罪人(つみびと)のひとりその背をあらはし、またこれをかくすこと電光(いなづま)よりも早かりき 二二―二四
またたとへば濠水(ほりみづ)の縁(ふち)にむれゐる蛙顏をのみ出して足と太(ふと)やかなるところをかくすごとく 二五―二七
罪人等四方にうかびゐたるが、バルバリッチヤの近づくにしたがひ、みなまた煮(にえ)の下にひそめり 二八―三〇
我は見き(いまも思へば我心わなゝく)、一匹(ひとつ)の蛙殘りて一匹(ひとつ)飛びこむことあるごとくひとりの者のとゞまるを 三一―三三
いと近く立てるグラッフィアカーネ、脂にまみれしその髮の毛を鐡搭(くまで)にかけ、かくして彼をひきあぐれば、姿さながら河獺(かはうそ)に似たりき 三四―三六
我は此時彼等の名を悉く知りゐたり、これ彼等えらばれし時よく之に心をとめ、その後彼等互に呼べる時これに耳を傾けたればなり 三七―三九
詛はれし者共聲をそろへて叫びていふ、いざルビカンテよ、汝爪を下して彼奴(かやつ)の皮を剥(は)げ 四〇―四二
我、わが師よ、おのが敵の手におちしかの幸なき者の誰なるやをもしかなはゞ明(あきら)めたまへ 四三―四五
わが導者その傍(かたへ)にたちよりていづくの者なるやをこれに問へるに、答へて曰ひけるは、我はナヴァルラの王國の生(うまれ)なりき 四六―四八
父無頼(ぶらい)にして身と持物とを失へるため、わが母我を一人(ひとり)の主に事へしむ 四九―五一
我はその後善き王テバルドの僕(しもべ)となりてこゝにわが職(つとめ)をはづかしめ、今この熱をうけてその債(おひめ)を償ふ 五二―五四
この時口の左右より野猪(ゐのこ)のごとく牙露はれしチリアットはその一の切味(きれあぢ)を彼に知らせぬ 五五―五七
よからぬ猫の群のなかに鼠は入來れるなりけり、されどバルバリッチヤはその腕にて彼を抱(かゝ)へて曰ふ、離れよ、わが彼をおさゆる間 五八―六〇
かくてまた顏をわが師にむけ、ほかに聞きて知らんと思ふことあらば、害(そこな)ふ者のあらぬまに彼に問へといふ 六一―六三
導者、さらば今ほかの罪人等のことを告げよ、この脂の下に汝の識れるラチオの者ありや、彼、我は少しくさきに 六四―
その隣の者と別れしなりき、あゝ我彼と共にいまなほかくれゐたらんには、爪も鐡搭(くまで)もおそれじものを ―六九
この時リビコッコは我等はや待ちあぐみぬといひてその腕を鐡鉤(かぎ)にてとらへ引裂きて肉を取れり 七〇―七二
ドラギニヤッツォもまたその脛を打たんとしければ、彼等の長(をさ)はまなざしするどくあまねくあたりをみまはしぬ 七三―七五
彼等少しくしづまれる時、わが導者は己が傷より目を放たざりし者にむかひ、たゞちに問ひて曰ひけるは 七六―七八
汝は岸に出でんとて幸(さち)なく別れし者ありといへり、こは誰なりしぞ、彼答へて曰ふ、ガルルーラの者にて 七九―
僧(フラーテ)ゴミータといひ、萬の欺罔(たばかり)の器(うつは)なりき、その主の敵を己が手に收め、彼等の中己を褒(ほ)めざるものなきやう彼等をあしらへり ―八四
乃ち金(かね)を受けて穩(おだや)かに(これ彼の言なり)彼等を放てるなり、またそのほかの職務(つとめ)においても汚吏の小さき者ならでいと大なる者なりき 八五―八七
ロゴドロのドンノ・ミケーレ・ツァンケ善く彼と語る、談サールディニアの事に及べば彼等の舌疲るゝを覺ゆることなし 八八―九〇
されどあゝ齒をかみあはす彼を見給へ、ほかに告ぐべきことあれど彼わが瘡(かさ)を引掻(ひきか)かんとてすでに身を構ふるをおそる 九一―九三
たゞ撃つばかりに目をまろばしゐたるファールファレルロにむかひ、大いなる長(をさ)曰ひけるは、惡しき鳥よ退(すさ)れ 九四―九六
この時戰慄(をのゝく)者(もの)語(ことば)をついでいひけるは、汝等トスカーナまたはロムバルディアの者をみまたはそのいふ事を聞かんと思はゞ我彼等を來らせん 九七―九九
されど彼等に罰を恐れざらしめんため、禍ひの爪等(たち)少しくこゝを離るべし、我はこのまゝこの處に坐して 一〇〇―一〇二
嘯(うそぶ)き(我等のうち外(そと)に出るものあればつねにかくする習ひあり)、ひとりの我に代へて七人(なゝたり)の者を來らせん 一〇三―一〇五
カーニヤッツオこの言を聞きて口をあげ頭をふりていひけるは、身を投げ入れんとてめぐらせる彼の奸計(わるだくみ)をきけ 一〇六―一〇八
羂(わな)に富める者乃ち答へて曰ひけるは、侶(とも)の悲しみを増さしむれば、我は至極の奸物(わるもの)なるべし 一〇九―一一一
アーリキーン堪(こら)へず衆にさからひて彼に曰ふ、汝身を投げなば我は馳せて汝を追はず 一一二―一一四
翼を脂(やに)の上に搏(う)つべし、我等頂上(いたゞき)を棄て岸を楯とし、汝たゞひとりにてよく我等を凌ぐや否やをみん 一一五―一一七
讀者よ、奇(くす)しき戲れを聞け、彼等みな目を片側(かたがは)にむけたり、しかも第一にかくなせるは彼等の中殊(こと)にその心なかりしものなりき 一一八―一二〇
たくみに機(すき)を窺へるナヴァルラの者、その蹠(あしうら)をもてかたく地を踏み、忽ち躍りて長(をさ)を離れぬ 一二一―一二三
かくとみし鬼いづれも咎を悔ゆるがなかに、わけて越度(をちど)の本なりし者そのくゆることいと深ければ、すなはち身を動かして 一二四―一二六
汝は我手の中(うち)にありと叫べり、されど益なし、翼ははやきもなほ恐れに超ゆるあたはず、彼は沈み、此は胸を上にして飛べり 一二七―一二九
鴨忽ち潛(くゞ)り、既に近づける鷹の、怒りくづほれて空にかへるもこれにかはらじ 一三〇―一三二
カルカブリーナは欺かれしを憤り、彼と格鬪(くみあ)はんため、却つてかの者の免かれんことをねがひ、飛びつゝ彼をあとより追ひゆき 一三三―一三五
汚吏の姿消ゆるとともに爪をその侶にむけ、濠の上にてこれを攫(つか)みぬ 一三六―一三八
されど彼また眞(まこと)の青鷹(もろがへり)なりければ、劣らず爪をこなたにうちこみ、二ながら煮ゆる澱(よどみ)の眞中(まなか)に落ちたり 一三九―一四一
熱はたちまち爭鬪(あらそひ)をとゞめぬ、されど彼等身を上ぐるをえざりき、其翼脂(やに)にまみれたればなり 一四二―一四四
殘りの部下と共に歎きつゝバルバリッチヤはその中四人(よたり)の者にみな鐡鉤(かぎ)を持ちて對岸(むかひのきし)に飛ばしめぬ、かくていと速かに 一四五―一四七
かなたにてもこなたにても彼等はおのが立處(たちど)に下り、既に黐(もち)にまみれて上層(うはかは)の中に燒かれし者等にその鐡搭(くまで)をのべき 一四八―一五〇
我等は彼等をこの縺(もつれ)の中に殘して去れり 一五一―一五三
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   第二十三曲

言(ことば)なく伴侶(とも)なくたゞふたり、ひとりはさきにひとりはあとに、さながらミノリ僧の路を歩む如く我等は行けり 一―三
わが思ひは今の爭ひによりて蛙と鼠のことをかたれるイソーポの寓話(フアーヴオラ)にむかひぬ 四―六
心をとめてよくその始終(はじめをはり)を較べなば、モとイッサの相似たるも彼と此との上にはいでじ 七―九
また一の思ひよりほかの思ひのうちいづるごとく、これよりほかの思ひ生れてわがさきの恐れを倍せり 一〇―一二
我おもへらく、彼等は我等のために嘲られてその怨み必ず大ならんとおもはるゝばかりの害(そこなひ)をうけ詭計(たくらみ)にかゝるにいたれるなり 一三―一五
若し怒り惡意に加はらば、彼等我等を追來り、その慈悲なきこと口に銜(くは)へし兎にむかひて酷(むご)き犬にもまさりぬべし 一六―一八
我は既に恐れのために身の毛悉く彌立(いよだ)つをおぼえ、わが後方(うしろ)にのみ心を注ぎつゝいひけるは、師よ、汝と我とを 一九―
直ちに匿(かく)したまはずば、我はマーレブランケをおそる、彼等既にうしろにせまれり、我わが心に寫しみて既に彼等の近きをさとる ―二四
彼、たとへばわれ鏡なりとも、わが今汝の内の姿をうくるよりはやく汝の外の姿を寫しうべきや 二五―二七
今といふ今汝の思ひは同じ働(はたらき)同じ容(かたち)をもてわが思ひの中に入り、我はこの二の物によりてたゞ一の策(はかりごと)を得たり 二八―三〇
右の岸もし斜にて次の嚢(ボルジヤ)の中にくだるをえば、我等は心にゑがける追(おひ)をまのかるべし 三一―三三
彼この策(はかりごと)を未だ陳べ終らざるに、我は彼等が翼をひらき、我等をとらへんとてほどなき處に來るを見たり 三四―三六
たとへば騷擾(さわぎ)に目覺めし母の、燃ゆる焔をあたりにみ、我兒をいだいてにげわしり 三七―
之を思ふこと己が身よりも深ければ、たゞ一枚の襯衣(したぎ)をさへ着くるに暇あらざるごとく、導者は忽ち我を抱き ―四二
堅き岸の頂より、次の嚢(ボルジヤ)の片側(かたがは)を閉す傾ける岩あるところに仰(あふの)きて身を投げいれぬ 四三―四五
粉碾車(こひきぐるま)をめぐらさんとて樋(ひ)をゆく水の、輻(や)にいと近き時といへどもそのはやきこと 四六―四八
侶(とも)にはあらで子の如く我をその胸に載せ、かの縁(へり)を越えしわが師にはおよばじ
その足下(した)なる深處(ふかみ)の底にふれしころには彼等はやくも我等の上なる頂(いただき)にありき、されどこゝには恐れあるなし 五二―五四
彼等をえらびて第五の濠の僕(しべ)となせし尊き攝理は、かしこを離るゝの能力(ちから)を彼等より奪ひたればなり 五五―五七
下には我等彩色(いろど)れる民を見き、疲れなやめる姿にて涙を流し、めぐりゆく足いとおそし 五八―六〇
彼等は型(かた)をクルーニの僧の用ゐるものにとりたる衣(ころも)を着、目の前まで垂れし帽を被(かぶ)れり 六一―六三
外(そと)は金を施したれば、みる目眩暈(くるめ)くばかりなれども、内はみな鉛にて、その重きに比ぶればフェデリーゴの着せしは藁なり 六四―六六
あゝ永遠(とこしへ)の疲(つかれ)の衣よ、我等は心を憂き歎きにとめつゝ彼等とともにこたびもまた左にむかへり 六七―六九
されど重量(おもさ)のためこのよわれる民の歩みいとおそければ、我等は腰をうごかすごとに新なる侶をえき 七〇―七二
我乃ちわが導者に、行(おこなひ)または名によりて知らるべき者をたづね、かくゆく間目をあたりにそゝぎたまへ 七三―七五
この時一者(ひとり)トスカーナの言(ことば)をきゝてうしろよりよばゝりいひけるは、黯(くろず)める空をわけてはせゆく者等よ、足をとゞめよ 七六―七八
おそらくは汝求むるものを我よりうくるをえん、導者乃ちかへりみて曰ふ、待て、待ちてのち彼の歩みにしたがひてすゝめ 七九―八一
我止まりて見しにふたりの者あり、我に追及ばんとてしきりに苛(いら)つ心を顏にあらはせども荷と狹き路のために後(おく)れぬ 八二―八四
さて來りて物をも言はず、目を斜(はす)にしばらく我をうちまもり、のち顏をみあはせていひけるは 八五―八七
この者喉を動かせば生けりとおもはる、また彼等死せる者ならば何の恩惠(めぐみ)により重き衣に蔽はれずして歩むや 八八―九〇
かくてまた我に曰ひけるは、幸なき僞善者の集會(つどひ)に來れるトスカーナ人(びと)よ、願はくは汝の誰なるやを告ぐるを厭ふなかれ 九一―九三
我彼等に、わが生れし處おひたちし處はともに美しきアルノの川邊(かはべ)大いなる邑(まち)なりき、また我はわが離れしことなき肉體と共にあるなり 九四―九六
されど憂ひの滴(したゝり)かく頬をくだる汝等は誰ぞや、汝等の身にかく煌(きら)めくは何の罰ぞや 九七―九九
そのひとり答へて我に曰ひけるは、拑子(かうじ)の衣(ころも)鉛にていと厚く、その重量(おもさ)かく秤(はかり)を軋(きし)ましむ 一〇〇―一〇二
我等は喜樂僧(フラーテ・ゴデンテイ)にてボローニア人なりき、我はカタラーノといひ、これなるはローデリンゴといへり、汝の邑(まち)に平和をたもたんため 一〇三―
常は一人(ひとりのひと)取らるゝ例(ならひ)なるに、我等は二人(ふたり)ながら彼處(かしこ)にとられき、我等のいかなる者なりしやは今もガルディンゴの附近(あたり)を見てしるべし ―一〇八
あゝ僧達よ、汝等の禍ひは……我かくいへるもその先をいはざりき、これ三の杙(くひ)にて地に張られし者ひとりわが目にとまれるによりてなり 一〇九―一一一
彼我を見し時、その難息(ためいき)を髯に吐き入れ、はげしくもがきぬ、僧(フラーテ)カタラーン之を見て 一一二―一一四
我に曰ふ、かしこに刺されて汝の目をひくはこれファリセイ(びと)に勸めて、民の爲にひとりの人を苛責するは善しといへる者なり 一一五―一一七
みらるゝ如く裸にて路を遮り、過ぐる者あればまづその重さを身にうけではかなはじ 一一八―一二〇
その外舅(しうと)およびジユデーア人(びと)の禍ひの種なりしほかの議員等もまた同じさまにてこの濠の中に苛責せらる 一二一―一二三
我はこの時ヴィルジリオがかくあさましく十字にはられ永久(とこしへ)の流刑(るけい)をうくるものあるをあやしめるをみたり 一二四―一二六
彼やがて僧(フラーテ)にむかひていひけるは、汝等禁(とゞ)むるものなくば、請ふ右に口ありや我等に告げよ 一二七―一二九
我等これによりて共に此處をいで、黒き天使に強ひて來りて、この底より我等を出さしむるなきをえん 一三〇―一三二
この時彼答へて曰ひけるは、いと近き處に岩あり、大いなる圈より出でてすべてのおそろしき大溪(おほたに)の上を過ぐ 一三三―一三五
たゞこの溪の上にのみ碎けてこれを蔽はざるなり、汝等側(かは)によこたはり底に高まる崩壞(くづれ)を踏みて上りうべし 一三六―一三八
導者しばらく首(かうべ)を垂れて立ち、さていひけるは、かなたに罪人を鐡鉤(かぎ)にかくるもの事をいつはりて我等に教へき 一三九―一四一
僧、我昔ボローニアにて鬼のよからぬことゞも多く聞きたり、彼は僞る者、僞りの父なりときけるもその一なり 一四二―一四四
かくいへる時導者は顏に少しく怒りをうかべ、足をはやめて去り行けり、されば我また重荷を負ふ者等とわかれ 一四五―一四七
ゆかしき蹠(あしうら)の趾を追へりき 一四八―一五〇
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   第二十四曲

一年(ひとゝせ)未だうらわかく、日は寶瓶宮裏に髮をとゝのへ、夜はすでに南にむかひ 一―三
霜は白き姉妹(いも)の姿を地に寫せども、筆のはこびの長く續きもあへぬころ 四―六
貯藏(たくはへ)盡きしひとりの農夫、おきいでゝながむるに、野は悉く白ければ、その腰をうちて 七―九
我家(わがや)にかへり、かなたこなたに呟(つぶや)くさまさながら幸なき人のせんすべしらぬごとくなれども、のち再びいづるにおよびて 一〇―
世の顏束(つか)の間にかはれるを見、あらたに望みを呼び起してつゑをとり、小羊を追ひ牧場にむかふ ―一五
かくの如く師はその額に亂(みだれ)をみせて我をおそれしめ、またかくの如く痛みはたゞちに藥をえたりき 一六―一八
そは我等壞れし橋にいたれる時、導者はわがさきに山の麓に見たりし如きうるはしき氣色(けしき)にてわがかたにむかひたればなり 一九―二一
かれまづよく崩壞(くづれ)をみ、心に思ひめぐらして後その腕(かひな)をひらきて我をかゝへ 二二―二四
且つ行ひ且つ量り常に預め事に備ふる人の如く我を一の巨岩(おほいは)の頂(いただき)に上げつゝ 二五―
目をほかの岩片(いはくづ)にとめ、これよりかの岩に縋(すが)るべし、されどまづその汝を支へうべきや否やをためしみよといふ ―三〇
こは衣を着し者の路にはあらじ、岩より岩を上りゆくは我等(彼輕く我押さるゝも)にだに難きわざなりき 三一―三三
若しこの堤の一側(かたがは)對面(むかひ)の側(かは)より短かゝらずば、彼のことはしらねど、我は全く力盡くるにいたれるなるべし 三四―三六
されどマーレボルジェはみないと低き坎(あな)の口にむかひて傾くがゆゑに、いづれの溪もそのさまこの理にもとづきて 三七―三九
彼岸(かのきし)高く此岸ひくし、我等はつひに最後の石の碎け散りたる處にいたれり 四〇―四二
上り終れる時はわが氣息(いき)いたく肺より搾(しぼ)られ、我また進むあたはざれば、着くとひとしくかしこに坐れり 四三―四五
師曰ひけるは、今より後汝つとめて怠慢(おこたり)に勝たざるべからず、夫れ軟毛(わたげ)の上に坐し、衾(ふすま)の下に臥してしかも美名(よきな)をうるものはなし 四六―四八
人これをえず徒(いたづら)にその生命(いのち)を終らば地上に殘すおのが記念(かたみ)はたゞ空(そら)の烟(けぶり)水の泡抹(うたかた)のみ 四九―五一
此故に起きよ、萬(よろづ)の戰ひに勝つ魂もし重き肉體と共になやみくづほるゝにあらずば之をもて喘(あへぎ)に勝て 五二―五四
是よりも長き段(きだ)のなは上るべきあり、これらを離るゝのみにて足らず、汝わが言(ことば)をさとらばその益を失ふなかれ 五五―五七
我乃ち身を起し、くるしき呼吸(いき)をおしかくしていひけるは、願はくは行け、身は強く心は堅し 五八―六〇
我等石橋を渡りて進むに、このわたりの路岩多く狹く艱くはるかにさきのものよりも嶮し 六一―六三
我はよわみをみせざらんため語りつゝあゆみゐたるに、忽ち次の濠の中より語を成すにいたらざる一の聲いでぬ 六四―六六
この時我は既にこゝにかゝれる弓門(アルコ)の頂にありしかども、その何をいへるやをしらず、されど語れるものは怒りを起せし如くなりき 六七―六九
我は俯(うつむ)きたりき、されど闇のために生ける目底にゆくをえざれば、すなはち我、師よ請ふ次の堤にいたれ 七〇―
しかして我等石垣をくだらん、そはこゝにてはわれ聞けどもさとらず、見れども認(したゝ)むるものなければなり ―七五
彼曰ふ、行ふの外我に答なし、正しき願ひには所爲(わざ)たゞ默(もだ)して從ふべきなり 七六―七八
我等は橋をその一端、第八の岸と連れるところに下れり、この時嚢(ボルジヤ)の状(さま)あきらかになりて 七九―八一
我見しに中にはおそろしき蛇の群ありき、類(たぐひ)いと奇(くす)しく、その記憶はいまなほわが血を凍らしむ 八二―八四
リビヤも此後その砂に誇らざれ、たとひこの地ケリドリ、ヤクリ、ファレー、チェンクリ、アムフィシベナを出すとも 八五―八七
またこれにエチオピアの全地または紅海の邊(ほとり)のものを加ふとも、かく多きかくあしき毒を流せることはあらじ 八八―九〇
この猛くしていとものすごき群のなかを孔をも血石(エリトロピア)をも求めうるの望みなき裸なる民おぢおそれて走りゐたり 九一―九三
蛇は彼等の手を後方(うしろ)に縛(いま)しめ、尾と頭にて腰を刺し、また前方(まへ)にからめり 九四―九六
こゝに見よ、こなたの岸近く立てるひとりの者にむかひて一匹の蛇飛び行き、頸と肩と結びあふところを刺せり 九七―九九
oまたはiを書くともかく早からじとおもはるゝばかりに彼は忽ち火をうけて燃え、全く灰となりて倒るゝの外すべなかりき 一〇〇―一〇二
彼かく頽(くづ)れて地にありしに、塵おのづからあつまりてたゞちにもとの身となれり 一〇三―一〇五
名高き聖等(ひじりたち)またかゝることあるをいへり、曰く、靈鳥(フエニーチエ)はその齡(よはひ)五百年に近づきて死し、後再び生る 一〇六―一〇八
この鳥世にあるや、草をも麥をも食(は)まず、たゞ薫物(たきもの)の涙とアモモとを食む、また甘松と沒藥(もつやく)とはその最後の壽衣(じゆい)となると 一〇九―一一一
人或ひは鬼の力によりて地にひかれ、或ひは塞(ふさぎ)にさへられて倒れ、やがて身を起せども、おのがたふれし次第をしらねば 一一二―
うけし大いなる苦しみのためいたくまどひて目をうちひらき、あたりを見つゝ歎くことあり ―一一七
起き上れる罪人(つみびと)のさままた斯くの如くなりき、あゝ仇を報いんとてかくはげしく打懲す神の威力(ちから)はいかにきびしきかな 一一八―一二〇
導者この時彼にその誰なるやを問へるに、答へて曰ひけるは、我は往日(さきつひ)トスカーナよりこのおそろしき喉の中に降(ふ)り下れる者なり 一二一―一二三
我は騾馬なりければまたこれに傚ひて人にはあらで獸の如く世をおくるを好めり、我はヴァンニ・フッチといふ獸なり、しかして 一二四―
ピストイアは我に應(ふさは)しき岩窟(いはあな)なりき、われ導者に、彼に逃(にぐ)る勿れといひ、また彼をこゝに陷らしめしは何の罪なるやを尋ねたまへ
わが見たるところによれば彼は血と怒りの人なりき、この時罪人これを聞きて佯(いつは)らず、心をも顏をも我にむけ、悲しき恥に身を彩色(いろど)りぬ ―一三二
かくて曰ひけるは、かゝる禍ひの中にて汝にあへる悲しみは、わがかの世をうばゝれし時よりも深し 一三三―一三五
我は汝の問を否むあたはず、わがかく深く沈めるは飾美しき寺の寶藏(みくら)の盜人たりし故なりき 一三六―一三八
またこの罪嘗てあやまりて人に負はされしことあり、されど汝此等の暗き處をいづるをえてわがさまをみしを喜びとなすなからんため 一三九―一四一
耳を開きてわがうちあかすことを聞け、まづピストイアは黒黨(ネーリ)を失ひて痩せ、次にフィオレンツァは民と習俗(ならはし)を新(あらた)にすべし 一四二―一四四
マルテはヴァル・ヂ・マーグラより亂るゝ雲に裹(つゝ)まれし一の火氣をひきいだし、嵐劇しくすさまじく 一四五―一四七
カムポ・ピチェンに戰起りて、この者たちまち霧を擘(つんざ)き、白黨(ビアンキ)悉くこれに打たれん 一四八―一五〇
我これをいふは汝に憂ひあらしめんためなり 一五一―一五三
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   第二十五曲

かたりをはれる時かの盜人雙手(もろて)を握りて之を擧げ、叫びて曰ひけるは、受けよ神、我汝にむかひてこれを延ぶ 一―三
此時よりこの方蛇はわが友なりき、一匹(ひとつ)はこの時彼の頸にからめり、そのさまさながら我は汝にまた口をきかしめずといへるに似たりき 四―六
また一匹(ひとつ)はその腕にからみてはじめの如く彼を縛(いまし)め、かつ身をかたくその前に結びて彼にすこしも之を動かすをゆるさゞりき 七―九
あゝピストイアよ、ピストイアよ、汝の惡を行ふこと己(おの)が祖先の上に出づるに、何ぞ意を決して己を灰し、趾(あと)を世に絶つにいたらざる 一〇―一二
我は地獄の中なる諸□の暗き獄(ひとや)を過ぎ、然も神にむかひてかく不遜なる魂を見ず、テーべの石垣より落ちし者だに之に及ばじ 一三―一五
かれ物言はで逃去りぬ、此時我は怒り滿々(みち/\)し一のチェンタウロ、何處(いづこ)にあるぞ、執拗(かたくな)なる者何處にあるぞとよばはりつゝ來るを見たり 一六―一八
思ふに彼が人の容(かたち)の連(つらな)れるところまでその背に負へるとき多くの蛇はマレムマの中にもあらぬなるべし 一九―二一
肩の上項(うなじ)の後(うしろ)には一の龍翼をひらきて蟠まり、いであふ者あればみなこれを燒けり 二二―二四
わが師曰ひけるは、こはカーコとてアヴェンティーノ山の巖の下にしばしば血の湖(うみ)を造れるものなり 二五―二七
彼はその兄弟等と一の路を行かず、こは嘗てその近傍(あたり)にとゞまれる大いなる家畜(けもの)の群を謀りて掠めし事あるによりてなり 二八―三〇
またこの事ありしため、その歪(ゆが)める行(おこなひ)はエルクレの棒に罹りて止みたり、恐らくは彼百を受けしなるべし、然もその十をも覺ゆる事なかりき 三一―三三
彼斯く語れる間(彼過ぎゆけり)三(みつ)の魂我等の下に來れるを我も導者もしらざりしに 三四―三六
彼等さけびて汝等は誰ぞといへり、我等すなはち語ることをやめ、今は心を彼等にのみとめぬ 三七―三九
我は彼等を識らざりき、されど世にはかゝること偶然(ふと)ある習ひとて、そのひとり、チヤンファはいづこに止まるならんといひ 四〇―四二
その侶の名を呼ぶにいたれり、この故に我は導者の心をひかんためわが指を上げて頤(おとがひ)と鼻の間におきぬ 四三―四五
讀者よ、汝いまわがいふことをたやすく信じえずともあやしむにたらず、まのあたりみし我すらもなほうけいるゝこと難ければ 四六―四八
我彼等にむかひて眉をあげゐたるに、六の足ある一匹の蛇そのひとりの前に飛びゆきてひたと之にからみたり 四九―五一
中足(なかあし)をもて腹を卷き前足をもて腕をとらへ、またかなたこなたの頬を噛み 五二―五四
後足(あとあし)を股(もゝ)に張り、尾をその間(あひ)より後方(うしろ)におくり、ひきあげて腰のあたりに延べぬ 五五―五七
木に絡(から)む蔦(つた)といへどもかの者の身に纏(まつ)はれる恐ろしき獸のさまにくらぶれば何ぞ及ばん 五八―六〇
かくて彼等は熱をうけし蝋のごとく着きてその色を交(まじ)へ、彼も此も今は始めのものにあらず 六一―六三
さながら黯(くろず)みてしかも黒ならぬ色の炎にさきだちて紙をつたはり、白は消えうするごとくなりき 六四―六六
殘りの二者(ふたり)之を見て齊しくさけびて、あゝアーニエルよ、かくも變るか、見よ汝ははや二(ふたつ)にも一にもあらずといふ 六七―六九
二の頭既に一となれる時、二の容(かたち)いりまじりて一の顏となり二そのうちに失せしもの我等の前にあらはれき 七〇―七二
四の片(きれ)より二の腕成り、股(もゝ)脛(はぎ)腹(はら)胸(むね)はみな人の未だみたりしことなき身となれり 七三―七五
もとの姿はすべて消え、異樣の像(かたち)は二にみえてしかも一にだにみえざりき、さてかくかはりて彼はしづかに立去れり 七六―七八
三伏の大なる笞(しもと)の下に蜥蜴籬(とかげまがき)を交(か)へ、路を越ゆれば電光(いなづま)とみゆることあり 七九―八一
色青を帶びて黒くさながら胡椒の粒(つぶ)に似たる一の小蛇の怒りにもえつゝ殘る二者(ふたり)の腹をめざして來れるさままたかくの如くなりき 八二―八四
この蛇そのひとりの、人はじめて滋養(やしなひ)をうくる處を刺し、のち身を延ばしてその前にたふれぬ 八五―八七
刺されし者これを見れども何をもいはず、睡りか熱に襲はれしごとく足をふみしめて欠(あくび)をなせり 八八―九〇
彼は蛇を蛇は彼を見ぬ、彼は傷より此は口よりはげしく烟を吐き、烟あひまじれり 九一―九三
ルカーノは今より默(もだ)して幸なきサベルロとナッシディオのことを語らず、心をとめてわがこゝに説きいづる事をきくべし 九四―九六
オヴィディオもまた默してカードモとアレツーザの事をかたるなかれ、かれ男を蛇に女を泉に變らせ、之を詩となすともわれ羨まじ 九七―九九
そは彼二(ふたつ)の自然をあひむかひて變らしめ兩者の形あひ待ちてその質を替ふるにいたれることなければなり 一〇〇―一〇二
さて彼等の相應ぜること下の如し、蛇はその尾を割きて叉(また)とし、傷を負へる者は足を寄せたり 一〇三―一〇五
脛(はぎ)は脛と股(もゝ)は股と固く着き、そのあはせめ、みるまにみゆべき跡をとゞめず 一〇六―一〇八
われたる尾は他の失へる形をとりて膚(はだへ)軟らかく、他のはだへはこはばれり 一〇九―一一一
我また二(ふたつ)の腕(かひな)腋下に入り、此等の縮むにつれて獸の短き二の足伸びゆくをみたり 一一二―一一四
また二の後足(あとあし)は縒(よ)れて人の隱すものとなり、幸なき者のは二にわかれぬ 一一五―一一七
烟新(あらた)なる色をもて彼をも此をも蔽ひ、これに毛を生(は)えしめ、かれの毛をうばふあひだに 一一八―一二〇
此(これ)立ち彼(かれ)倒る、されどなほ妄執(まうしふ)の光を逸(そ)らさず、その下(もと)にておのおの顏を變へたり 一二一―一二三
立ちたる者顏を後額(こめかみ)のあたりによすれば、より來れる材(ざい)多くして耳平(たひら)なる頬の上に出で 一二四―一二六
後方(うしろ)に流れずとゞまれるものはその餘(あまり)をもて顏に鼻を造り、またほどよく唇を厚くせり 一二七―一二九
伏したる者は顏を前方(まへ)に逐ひ、角を收(をさ)むる蝸牛の如く耳を頭にひきいれぬ 一三〇―一三二
またさきに一にて物言ふをえし舌は裂け、わかれし舌は一となり、烟こゝに止みたり 一三三―一三五
獸となれる魂はその聲あやしく溪に沿ひてにげゆき、殘れる者は物言ひつゝその後方(うしろ)に唾(つば)はけり 一三六―一三八
かくて彼新しき背を之にむけ、侶に曰ひけるは、願はくはブオソのわがなせしごとく匍匐(はらば)ひてこの路を走らんことを 一三九―一四一
我は斯く第七の石屑(いしくづ)の變り入替(いりかは)るさまをみたりき、わが筆少しく亂るゝあらば、請ふ人事(こと)の奇なるをおもへ 一四二―一四四
またわが目には迷ひありわが心には惑ひありしも、かの二者(ふたり)我にかくれて逃ぐるをえざれば 一四五―一四七
我はひとりのプッチオ・シヤンカートなるをさだかに知りき、さきに來れるみたりの伴侶(なかま)の中にて變らざりしはこの者のみ 一四八―一五〇
またひとりは、ガヴィルレよ、いまも汝を悼(いた)ましむ 一五一―一五三
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   第二十六曲

フィオレンツァよ、汝はいと大いなるものにて翼を海陸の上に搏(う)ち汝の名遍く地獄に藉(し)くがゆゑに喜べ 一―三
我は盜人の中にて汝の際(きは)貴(たか)き邑民(まちびと)五人(いつたり)をみたり、我之を恥とす、汝もまた之によりて擧げられて大いなる譽を受くることはあらじ 四―六
されど曙(あかつき)の夢正夢ならば、プラート(その他はもとより)の汝のためにこひもとむるもの程なく汝に臨むべし、また今既にこの事ありとも 七―九
早きに過ぎじ、事避くべきに非ざれば若かず速に來らんには、そはわが年の積るに從ひ、この事の我を苦しむる愈□大なるべければなり 一〇―一二
我等この處を去れり、わが導者はさきに下れる時我等の段(きだ)となれる巖角(いはかど)を傳ひて上りまた我をひけり 一三―一五
かくて石橋の上なる小岩大岩の間のさびしき路を進みゆくに手をからざれば足も效(かひ)なし 一六―一八
この時我は悲しめり、わがみしものに心をむくれば今また憂へ、才を制すること恆(つね)を超ゆ 一九―二一
これわが才、徳の導きなきに走り、善き星または星より善きものこの寶を我に與へたらんに、我自ら之を棄つるなからんためなり 二二―二四
たとへば世界を照すもの顏を人にかくすこといと少なき時、丘(をか)の上に休む農夫が 二五―二七
蚊の蠅に代る比(ころはひ)、下なる溪間(たにま)恐らくはおのが葡萄を採りかつ耕す處に見る螢の如く 二八―三〇
數多き炎によりて第八の嚢(ボルジヤ)はすべて輝けり、こはわがその底のあらはるゝ處にいたりてまづ目をとめしものなりき 三一―三三
またたとへば熊によりてその仇をむくいしものが、エリアの兵車の去るをみし時の如く(この時その馬天にむかひて立上り 三四―三六
彼目をこれに注げども、みゆるはたゞ一抹の雲の如く高く登りゆく炎のみなりき) 三七―三九
焔はいづれも濠(ほり)の喉を過ぎてすゝみ、いづれもひとりの罪人(つみびと)を盜みてしかも盜(ぬすみ)をあらはすことなかりき 四〇―四二
我は見んとて身を伸べて橋の上に立てり、さればもし一の大岩をとらへざりせば押さるゝをもまたで落ち下れるなるべし 四三―四五
導者はわがかく心をとむるをみていひけるは、火の中に魂あり、いづれも己を燒くものに卷かる 四六―四八
我答へて曰ひけるは、わが師よ、汝の言によりてこの事いよ/\さだかになりぬ、されど我またかくおしはかりて既に汝に 四九―
エテオクレとその兄弟との荼毘(だび)の炎の如く上方(うへ)わかれたる火につゝまれてこなたに來るは誰なりやといはんとおもひたりしなり ―五四
彼答へて我に曰ふ、かしこに苛責せらるゝはウリッセとディオメーデなり、ともに怒りにむかへるごとくまたともに罰にむかふ 五五―五七
かの焔の中に、彼等は門を作りてローマ人(びと)のたふとき祖先をこゝよりいでしめし馬の伏勢(ふせぜい)を傷(いた)み 五八―六〇
かしこにアキルレのためにいまなほデイダーミアを歎くにいたらしめし詭計(たくみ)をうれへ、またかしこにパルラーディオの罰をうく 六一―六三
我曰ふ、彼等かの火花のなかにて物言ふをえば、師よ、我ひたすらに汝に請ひまた重ねて汝に請ふ、さればこの請ひ千度(ちたび)の請ひを兼ねて 六四―六六
汝は我に角(つの)ある焔のこゝに來るを待つを否むなかれ、我わが願ひのためにみたまふ如く身をかなたにまぐ 六七―六九
彼我に、汝の請ふところ甚だ善し、この故に我これを容る、たゞ汝舌を愼しめ 七〇―七二
我既に汝の願ひをさとりたれば語ることをば我に任(まか)せよ、そは彼等はギリシア人(びと)なりしがゆゑに恐らくは汝の言を侮るべければなり 七三―七五
焔近づくにおよびて導者は時と處をはかり、これにむかひていひけるは 七六―七八
あゝ汝等二の身にて一の火の中にあるものよ、我生ける時汝等の心に適ひ、高き調(しらべ)を世に録(しる)して 七九―
たとひいさゝかなりとも汝等の心に適へる事あらば、請ふ過ぎゆかず、汝等の中ひとり路を失ひて後いづこに死處をえしやを告げよ ―八四
年へし焔の大いなる角、風になやめる焔のごとく微(かすか)に鳴りてうちゆらぎ 八五―八七
かくて物いふ舌かとばかりかなたこなたに尖(さき)をうごかし、聲を放ちていひけるは 八八―
一年(ひとゝせ)あまりガエタ(こはエーネアがこの名を與へざりしさきの事なり)に近く我を匿(かく)せしチルチェと別れ去れる時 ―九三
子の慈愛(いつくしみ)、老いたる父の敬ひ、またはペネローペを喜ばしうべかりし夫婦(めをと)の愛すら 九四―九六
世の状態(さま)人の善惡を味はひしらんとのわがつよきねがひにかちがたく 九七―九九
我はたゞ一艘の船をえて我を棄てざりし僅かの侶(とも)と深き濶き海に浮びぬ 一〇〇―一〇二
スパニア、モロッコにいたるまで彼岸をも此岸をも見、またサールディニア島及び四方この海に洗はるゝほかの島々をもみたり 一〇三―一〇五
人の越ゆるなからんためエルクレが標(しるし)をたてしせまき口にいたれるころには 一〇六―
我も侶等もはや年老いておそかりき、右にはわれシビリアをはなれ左には既にセッタをはなれき ―一一一
我曰ふ、あゝ千萬(ちよろづ)の危難(あやふき)を經て西にきたれる兄弟等(たち)よ、なんぢら日を追ひ 一一二―
殘るみじかき五官の覺醒(めざめ)に人なき世界をしらしめよ、汝等起原(もと)をおもはずや
汝等は獸のごとく生くるため造られしものにあらず、徳と知識を求めんためなり ―一二〇
わがこの短き言(ことば)をきゝて侶は皆いさみて路に進むをねがひ、今はたとひとゞむとも及び難しとみえたりき 一二一―一二三
かゝれば艫(とも)を朝にむけ、櫂を翼として狂ひ飛び、たえず左に舟を寄せたり 一二四―一二六
夜は今南極のすべての星を見、北極はいと低くして海の床(ゆか)より登ることなし 一二七―一二九
我等難路に入りしよりこのかた、月下の光五度(いつたび)冴え五度消ゆるに及べるころ 一三〇―一三二
かなたにあらはれし一の山あり、程遠ければ色薄黒く、またその高さはわがみし山のいづれにもまさるに似たりき 一三三―一三五
我等は喜べり、されどこの喜びはたゞちに歎きに變れり、一陣の旋風新しき陸(くが)より起りて船の前面(おもて)をうち 一三六―一三八
あらゆる水と共に三度(みたび)これに旋(めぐ)らし四度(よたび)にいたりてその艫(とも)を上げ舳(へさき)を下せり(これ天意(みこゝろ)の成れるなり) 一三九―一四一
遂に海は我等の上に閉ぢたりき 一四二―一四四
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   第二十七曲

語りをはれるため、焔はすでに上にむかひて聲なく、またやさしき詩人の許しをうけてすでに我等を離れし時 一―三
その後(うしろ)より來れるほかの焔あり、不律の音を中より出して我等の目をその尖(さき)にむけしめき 四―六
たとへばシチーリアの牡牛が(こは鑢(やすり)をもて己を造れる者の歎きをその初聲(はつごゑ)となせる牛なり、またかくなせるや好し) 七―九
苦しむ者の聲によりて鳴き、銅(あかがね)の器(うつは)あたかも苦患(なやみ)に貫かるゝかと疑はれし如く 一〇―一二
はじめは火に路も口もなく、憂ひの言(ことば)かはりて火のことばとなれるも 一三―一五
遂に路をえて登り尖(さき)にいたれる時、こゝにその過ぐるにのぞみて舌よりうけし動搖(ゆるぎ)を傳へ 一六―一八
いひけるは、わが呼ぶ者よ、またいまロムバルディアの語にていざゆけ我また汝を責めずといへる者よ 一九―二一
我おくれて來りぬとも請ふ止まりて我とかたるを厭ふなかれ、わが燃ゆれどもなほ之を厭はざるを見よ 二二―二四
汝若しわが持來れるすべての罪を犯せる處、かのうるはしきラチオの國よりいまこの盲(めしひ)の世に落ちたるならば 二五―二七
ローマニヤ人(びと)のなかに和ありや戰ひありや我に告げよ、我はウルビーノとテーヴェレの源なる高嶺(たかね)との間の山々にすめる者なればなり 二八―三〇
我はなほ心を下にとめ身をまげゐたるに、導者わが脇に觸れ、汝語るべしこれラチオの者なりといふ 三一―三三
この時既にわが答成りければ我ためらはずかたりていふ、下にかくるゝたましひよ 三四―三六
汝のローマニヤには今も昔の如く暴君等の心の中に戰ひたえず、たゞわが去るにあたりて顯著(あらは)なるものなかりしのみ 三七―三九
ラヴェンナはいまも過ぬる幾年(いくとせ)とかはらじ、ポレンタの鷲これを温(あたゝ)め、その翼をもてさらにチェルヴィアを覆ふ 四〇―四二
嘗て長き試みに耐へ、フランス人(びと)の血染めの堆(つか)を築ける邑(まち)は今緑の足の下にあり 四三―四五
モンターニアを虐(しひた)げし古き新しきヴェルルッキオの猛犬(あらいぬ)は舊(もと)の處にゐてその齒を錐(きり)とす 四六―四八
夏より冬に味方を變ふる白巣(しろす)の小獅子はラーモネとサンテルノの二の邑(まち)を治む 四九―五一
またサーヴィオに横を洗はるゝものは野と山の間にあると等しく暴虐と自由の國の間に生く 五二―五四
さて我こゝに汝に請ふ、我等に汝の誰なるやを告げよ、人にまさりて頑ななるなかれ、(かくて願はくは汝の名世に秀でんことを) 五五―五七
火はその習ひにしたがひてしばらく鳴りて後とがれる鋒(さき)をかなたこなたに動かし、氣息(いき)を出していひけるは 五八―六〇
我若しわが答のまた世に歸る人にきかるとおもはゞこの焔はとゞまりてふたゝび搖(ゆら)めくことなからん 六一―六三
されどわがきくところ眞(まこと)ならば、この深處(ふかみ)より生きて還れる者なきがゆゑに、我汝に答ふとも恥をかうむるの恐れなし 六四―六六
我は武器の人なりしがのち帶紐僧(コルヂーリエロ)となれり、こはかく帶して罪を贖はんとおもひたればなり、また我を昔の諸惡にかへらしめし 六七―六九
かの大いなる僧(禍ひ彼にあれ)微(なか)つせばわれこの思ひの成れるを疑はず、されば請ふ事の次第と濫觴(おこり)とをきけ 七〇―七二
我未だ母の與へし骨と肉とをとゝのへる間、わが行(おこなひ)は獅子に似ずして狐に似たりき 七三―七五
我は惡計(たくらみ)と拔道(ぬけみち)をすべてしりつくし、これらの術(わざ)をおこなひてそのきこえ地の極(はて)にまで及べり 七六―七八
わが齡(よはひ)すゝみて人おの/\その帆をおろし綱をまきをさむる時にいたれば 七九―八一
さきにうれしかりしものいまはうるさく、我は悔いまた自白して身を棄てき、かくして救ひの望みはありしをあゝ幸(さち)なし 八二―八四
第二のファリセイびとの王ラテラーノに近く軍(いくさ)を起し、(こはサラチーノ人またはジュデーア人との戰ひにあらず 八五―八七
その敵はいづれも基督教徒(クリスティアーノ)にてしかもその一人(ひとり)だにアークリに勝たんとてゆきまたはソルダーノの地に商人(あきびと)たりしはなし) 八八―九〇
おのが至高の職をも緇衣の分をもおもはず、また帶ぶるものいたく瘠するを常とせし紐(ひも)のわが身にあるをも思はず 九一―九三
あたかもコスタンティーンが癩を癒されんとてシルヴェストロをシラッティに訪へる如く、傲(たかぶり)の熱を癒されんとて 九四―
この者我を醫(くすし)として訪へり、彼我に謀を求め我は默(もだ)せり、その言(ことば)醉へるに似たりければなり ―九九
この時彼我に曰ふ、汝心に懼るゝ勿れ、今よりのち我汝の罪を宥さん、汝はペネストリーノを地に倒さんためわがなすべき事を我に教へよ 一〇〇―一〇二
汝の知る如く我は天を閉ぢまた開くをうるなり、この故に鑰(かぎ)二あり、こは乃ち我よりさきに位にありしものゝ尊まざりしものなりき 一〇三―一〇五
此時この力ある説我をそゝのかして、默すのかへつてあしきを思はしむるにいたれり、我即ちいひけるは、父よ、汝は 一〇六―
わがおちいらんとする罪を洗ひて我を淨むるが故に知るべし、長く約し短く守らば汝高き座(くらゐ)にありて勝利(かち)を稱(とな)ふることをえん ―一一一
我死せる時フランチェスコ來りて我を連(つ)れんとせしに、黒きケルビーニの一(ひとり)彼に曰ひけるは彼を伴ふ勿れ、我に非をなす勿れ 一一二―一一四
彼は下りてわが僕等と共にあるべし、これ僞りの謀を授けしによる、この事ありてより今に至るまで我その髮にとゞまれり 一一五―一一七
悔いざる者は宥さるゝをえず、悔いと願ひとはその相反すること障礙(しやうげ)となりて並び立ちがたし 一一八―一二〇
あゝ憂ひの身なるかな、彼我を捉へて汝は恐らくはわが論理に長(た)くるをしらざりしなるべしといへる時わがをのゝけることいかばかりぞや 一二一―一二三
彼我をミノスにおくれるに、この者八度(やたび)尾を堅き背に捲き、激しく怒りて之を噛み 一二四―一二六
こは盜む火の罪人等の同囚(なかま)なりといへり、さればみらるゝ如く我こゝに罰をうけてこの衣を着、憂ひの中に歩を(あゆみ)すゝむ 一二七―一二九
さてかく語りをはれる時、炎は歎きつゝその尖れる角をゆがめまた振りて去りゆけり 一三〇―一三二
我もわが導者もともに石橋をわたりて進み、一の濠を蔽へる次の弓門(アルコ)の上にいたれり、この濠の中には 一三三―一三五
分離を釀して重荷を負ふものその負債(おひめ)をつくのへり 一三六―一三八
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   第二十八曲

たとひ紲(きづな)なき言(ことば)をもちゐ、またしば/\かたるとも、此時わが見し血と傷とを誰かは脱(おち)なく陳べうべき 一―三
收(をさ)むべきことかく多くして人の言(ことば)記憶には限りあれば、いかなる舌といふとも思ふに必ず盡しがたし 四―六
命運定(さだめ)なきプーリアの地に、トロイア人(びと)のため、また誤ることなきリヴィオのしるせるごとくいと多くの指輪を 七―
捕獲物(えもの)となせし長き戰ひによりて、そのかみその血を歎ける民みなふたゝびよりつどひ ―一二
またロベルト・グイスカールドを防がんとて刃(やいば)のいたみを覺えし民、プーリア人のすべて不忠となれる處なるチェペラン 一三―
およびターリアコッツォのあたり、乃ち老いたるアーラルドが素手(すで)にて勝利(かち)をえしところにいまなほ骨を積重ぬる者之に加はり ―一八
ひとりは刺されし身ひとりは斷たれし身をみすとも、第九の嚢(ボルジヤ)の汚らはしきさまには較(くら)ぶべくもあらぬなるべし 一九―二一
我見しにひとり頤(おとがひ)より人の放屁する處までたちわられし者ありき、中板(なかいた)または端板(はしいた)を失へる樽のやぶれもげにこれに及ばじ 二二―二四
腸(はらわた)は二の脛(はぎ)の間に垂れ、また内臟と呑みたるものを糞(ふん)となす汚(きたな)き嚢(ふくろ)はあらはれき 二五―二七
我は彼を見んとてわが全心を注ぎゐたるに、彼我を見て手をもて胸をひらき、いひけるは、いざわが裂かれしさまをみよ 二八―三〇
マオメットの斬りくだかれしさまをみよ、頤(おとがひ)より額髮まで顏を斬られて歎きつゝ我にさきだちゆくはアーリなり 三一―三三
そのほか汝のこゝにみる者はみな生ける時不和分離の種を蒔けるものなり、この故にかく截らる 三四―三六
後方(うしろ)に一の鬼ありて、我等憂ひの路をめぐりはつればこの群の中なるものを再び悉く劒の刃(は)にかけ 三七―
かく酷(むご)く我等を裝(よそふ)ふ、我等再びその前を過ぐるまでには傷すべてふさがればなり ―四二
されど汝は誰なりや、石橋の上よりながむるはおもふに汝の自白によりて定められたる罰に就くを延べんためならん 四三―四五
わが師答ふらく、死未だ彼に臨まず、また罪彼を苛責に導くにあらず、たゞその知ること周(あまね)きをえんため 四六―四八
死せる我彼を導いて地獄を過ぎ、圈また圈をつたひてこゝに下るにいたれるなり、この事の眞(まこと)なるはわが汝に物言ふことの眞なるに同じ 四九―五一
此言を聞ける時、あやしみのあまり苛責をわすれ、我を見んとて濠の中に止まれる者その數(かず)百を超えたり 五二―五四
さらば汝ほどなく日を見ることをうべきに、フラー・ドルチンに告げて、彼もしいそぎ我を追ひてこゝに來るをねがはずば 五五―
雪の圍(かこみ)が、たやすく得べきにあらざる勝利(かち)をノヴァーラ人に與ふるなからんため糧食(かて)を身の固(かため)となせといへ ―六〇
すでにゆかんとしてその隻脚(かたあし)をあげし後、マオメットかく我に曰ひ、さて去らんとてこれを地に伸ぶ 六一―六三
またひとり喉を貫かれ、鼻を眉の下まで削(そ)かれ、また耳をたゞ一のみ殘せるもの 六四―六六
衆と共にあやしみとゞまりてうちまもりゐたりしが、その外部(そと)ことごとく紅なる喉吭(のどぶえ)を人よりさきにひらきて 六七―六九
いひけるは、罪ありて罰をうくるにあらず、また近似(により)の我を欺くにあらずば上(うへ)なるラチオの國にてかつて見しことある者よ 七〇―七二
汝歸りてヴェルチェルリよりマールカーボに垂るゝ麗しき野を見るをえば、ピエール・ダ・メディチーナの事を忘れず 七三―七五
ファーノの中のいと善き二人(ふたり)メッセル・グイードならびにアンジオレルロに、我等こゝにて先を見ること徒(いたづら)ならずば 七六―
ひとりの殘忍非道の君信を賣るをもて彼等その船より投げられ、ラ・カットリーカに近く沈めらるべしと知らしめよ ―八一
チープリとマイオリカの二の島の間に、海賊によりても希臘人(アルゴスびと)によりてもかゝる大罪の行はるゝをネッツーノだに未だ見ず 八二―八四
かの一をもて物を見、かつわが同囚(なかま)のひとりにみざりしならばよかりしをとおもはしむる邑(まち)の君なる信なき者 八五―八七
詢(はか)ることありとて彼等を招き、かくしてフォカーラの風のためなる誓ひも祈りも彼等に用なきにいたらしむべし 八八―九〇
我彼に、わが汝の消息(おとづれ)を上(うへ)に齎らすをねがはゞ、見しことを痛みとするは誰なりや我に示しかつ告げよ 九一―九三
この時彼手を同囚(なかま)のひとりの□(あぎと)にかけて口をあけしめ、叫びて、これなり、物いはず 九四―九六
彼は逐はれて後チェーザレに説き、人備(そなへ)成りてなほためらはゞ必ず損害(そこなひ)をうくといひてその疑ひを鎭めしことありきといふ 九七―九九
かく臆することなく物言ひしクーリオも舌を喉吭(のどぶえ)より切放たれ、その驚き怖るゝさまげにいかにぞや 一〇〇―一〇二
こゝにひとり手を二(ふたつ)ともに斷たれしもの、殘りの腕を暗闇のさにさゝげて顏を血に汚し 一〇三―一〇五
さけびていふ、汝また幸なくも事行はれて輙ち成るといへるモスカをおもへ、わがかくいへるはトスカーナの民の禍ひの種なりき 一〇六―一〇八
この時我は詞を添へて、また、汝の宗族(うから)の死なりきといふ、こゝにおいて憂へ憂ひに加はり、彼は悲しみ狂へる人の如く去れり 一〇九―一一一
されど我はなほ群をみんとてとゞまり、こゝに一のものをみたりき、若しほかに證(あかし)なくさりとて良心 一一二―
(自ら罪なしと思ふ思ひを鎧として人に恐るゝことなからしむる善き友)の我をつよくするあらずば、我は語るをさへおそれしなるべし ―一一七
げに我は首(くび)なき一の體(からだ)の悲しき群にまじりてその行くごとくゆくを見たりき、また我いまもこれをみるに似たり 一一八―一二〇
この者切られし首の髮をとらへてあたかも提燈(ちようちん)の如く之をおのが手に吊(つる)せり、首は我等を見てあゝ/\といふ 一二一―一二三
體(からだ)は己のために己を燈(ともしび)となせるなり、彼等は二にて一、一にて二なりき、かゝる事のいかであるやはかく定むるもの知りたまふ 一二四―一二六
まさしく橋下に來れる時、この者その言(ことば)の我等に近からんため腕を首と共に高く上げたり 一二七―一二九
さてその言にいふ、氣息(いき)をつきつゝ死者を見つゝゆく者よ、いざこの心憂き罰を見よ、かく重きものほかにもあるや否やを見よ 一三〇―一三二
また汝わが消息(おとづれ)をもたらすをえんため、我はベルトラム・ダル・ボルニオとて若き王に惡を勸めし者なるをしるべし 一三三―一三五
乃ち我は父と子とを互に背くにいたらしめしなり、アーキトフェルがアブサロネをよからぬ道に唆(そゝの)かしてダヴィーデに背かしめしも 一三六―
この上にはいでじ、かくあへる人と人とを分てるによりて、わが腦はあはれこの體(からだ)の中なるその根元(もと)より分たれ、しかして我これを携ふ ―一四一
應報の律(おきて)乃ち斯くの如くわが身に行はる 一四二―一四四
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   第二十九曲

多くの民もろ/\の傷はわが目を醉はしめ、目はとゞまりて泣くをねがへり 一―三
されどヴィルジリオ我に曰ふ、汝なほ何を凝視(みつむ)るや、何ぞなほ汝の目を下なる幸なき斬りくだかれし魂の間にそゝぐや 四―六
ほかの嚢(ボルジヤ)にては汝かくなさゞりき、もし彼等をかぞへうべしとおもはゞこの溪周圍(めぐり)二十二哩(ミーリア)あるをしるべし 七―九
月は既に我等の足の下にあり、我等にゆるされし時はや殘り少なきに、この外にもなほ汝の見るべきものぞあるなる 一〇―一二
我之を聞きて答へて曰ふ、汝わがうちまもりゐたりし事の由(よし)に心をとめしならんには、わがなほ止まるを許し給ひしなるべし 一三―一五
かくかたる間も導者はすゝみ我は答へつゝうしろに從ひ、さらにいひけるは 一六―
わが目をとめし岩窟(いはあな)の中には、おもふにかく價高き罪をいたむわが血縁の一の靈あり ―二一
この時師曰ひけるは、汝今より後思ひを彼のために碎くなかれ、心をほかの事にとめて彼をこゝに殘しおくべし 二二―二四
我は小橋のもとにて彼の汝を指示(さししめ)し、指をもていたく恐喝(おびや)かすを見たり、我またそのジェリ・デル・ベルロと呼ばるゝを聞けり 二五―二七
汝は此時嘗てアルタフォルテの主なりしものにのみ心奪はれたればかしこを見ず、彼すなはち去れるなり 二八―三〇
我曰ふ、わが導者よ、彼はその横死の怨みのいまだ恥をわかつものによりて報いられざるを憤り 三一―
はかるにこれがために我とものいはずしてゆけるなるべし、我またこれによりて彼を憐れむこといよ/\深し ―三六
斯く語りて我等は石橋のうち次の溪はじめてみゆる處にいたれり、光こゝに多かりせばその底さへみえしなるべし 三七―三九
我等マーレボルジェの最後の僧院の上にいで、その役僧等(やくそうたち)我等の前にあらはれしとき 四〇―四二
憂ひの鏃(やじり)をその矢につけし異樣の歎聲(なげき)我を射たれば我は手をもて耳を蔽へり 四三―四五
七月九月の間に、ヴァルディキアーナ、マレムマ、サールディニアの施療所(せれうじよ)より諸□の病みな一の濠にあつまらば 四六―
そのなやみこの處のごとくなるべし、またこゝより來る惡臭(をしう)は腐りたる身よりいづるものに似たりき ―五一
我等は長き石橋より最後の岸の上にくだり、つねの如く左にむかふにこの時わが目あきらかになりて 五二―五四
底の方(かた)をもみるをえたりき、こはたふとき帝(みかど)の使者(つかひ)なる誤りなき正義がその世に名をしるせる驅者(かたり)等を罰する處なり 五五―五七
思ふに昔エージナの民の悉く病めるをみる悲しみといへども、(この時空に毒滿ちて小さき蟲にいたるまで 五八―
生きとし生けるもの皆斃る、しかして詩人等の眞(まこと)とみなすところによればこの後古の民
蟻の族(やから)よりふたゝびもとのさまにかへさる)、この暗き溪の中にあまたの束(たば)をなして衰へゆく魂を見る悲しみにまさらじ ―六六
ひとりは俯(うつむ)きて臥し、ひとりは同囚(なかま)の背にもたれ、ひとりはよつばひになりてこの悲しみの路をゆけり 六七―六九
我等は病みて身をあぐるをえざる此等の者を見之に耳をかたむけつつ言(ことば)はなくてしづかに歩めり 七〇―七二
こゝにわれ鍋の鍋に凭(もた)れて熱をうくる如く互に凭れて坐しゐたる二人(ふたり)の者を見き、その頭より足にいたるまで瘡斑點(かさまだら)をなせり 七三―七五
その痒きことかぎりなく、さりとてほかに藥なければ、彼等はしば/\おのが身を爪に噛ましむ 七六―
主(きみ)を待たせし厩奴(うまやもり)または心ならず目を覺(さま)しゐたる僕の馬梳(うまぐし)を用ふるもかくはやきはいまだみず ―八一
爪の痂(かさぶた)を掻き落すことたとへば庖丁の鯉またはこれより鱗大なる魚の鱗をかきおとすごとくなりき 八二―八四
わが導者そのひとりにいひけるは、指をもて鎧を解きかくしてしば/\これを釘拔にかゆる者よ 八五―八七
この中(なか)なる者のうちにラチオ人(びと)ありや我等に告げよ、(かくて願はくは汝の爪永遠(とこしへ)にこの勞(いたづき)に堪へなんことを) 八八―九〇
かの者泣きつゝ答へて曰ひけるは、かく朽果てし姿をこゝに見する者はともにラチオ人なりき、されど我等の事をたづぬる汝は誰ぞや 九一―九三
導者曰ふ、我はこの生くる者と共に岩また岩をくだるものなり、我彼に地獄を見せんとす 九四―九六
この時互の支(さゝへ)くづれておの/\わなゝきつゝ我にむかへり、また洩れ聞けるほかの者等もかくなしき 九七―九九
善き師身をいとちかく我によせ、汝のおもふことをすべて彼等にいへといふ、我乃ちその意に從ひて曰ひけるは 一〇〇―一〇二
ねがはくは第一の世にて汝等の記憶人の心をはなれず多くの日輪の下にながらへんことを 一〇三―一〇五
汝等誰にて何の民なりや我に告げよ、罰の見苦しく厭はしきをおもひて我に身を明(あ)かすをおそるゝなかれ 一〇六―一〇八
そのひとり答へて曰ふ、我はアレッツオの者なりき、アールベロ・ダ・シエーナによりてわれ火にかゝるにいたれるなり、然(され)ど 一〇九―
我をこゝに導けるは我を死なしめし事に非ず、我戲れに彼に告げて空飛ぶ術(すべ)をしれりといひ、彼はまた事を好みて智乏しき者なりければこの技(わざ)を示さん事を我に求め、たゞわが彼をデーダロたらしめざりし故により彼を子となす者に我を燒かしめしは實(まこと)なり ―一一七
されど過つあたはざるミノスが我を十の中なる最後の嚢(ボルジヤ)に陷らしめしはわが世に行へる錬金の術によりてなりき 一一八―一二〇
われ詩人に曰ひけるは、そも事を好むシエーナ人の如き民かつて世にありしや、げにフランス人(びと)といへどもはるかにこれにおよばじ 一二一―一二三
此時いまひとりの癩を病める者かくいふをきゝてわが言に答へて曰ひけるは、費(つひえ)を愼しむ術(すべ)しれるストリッカ 一二四―
丁子(ちやうじ)の實(み)ねざす園の中にその奢れる用(もちゐ)をはじめて工夫(くふう)せしニッコロを除け ―一二九
また葡萄畑と大なる林とを蕩盡(つかひはた)せしカッチア・ダシアーンおよびその才を時めかせしアツバリアート等の一隊を除け 一三〇―一三二
されどかく汝に與してシエーナ人にさからふ者の誰なるやをしるをえんため、目を鋭くして我にむかへ、さらばわが顏よく汝に答へ 一三三―一三五
汝はわが錬金の術によりて諸□の金(かね)を詐り變へしカポッキオの魂なるをみん、またわが汝を見る目に誤りなくば、汝は思ひ出づるなるべし 一三六―一三八
我は巧みに自然を似せし猿(ましら)なりしを 一三九―一四一
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   第三十曲

テーベの血セーメレの故によりユノネの怒りに觸れし時(その怒りをあらはせることしば/\なりき) 一―三
いたく狂へるアタマンテはその妻が二人(ふたり)の男子(をとこのこ)を左右の手に載せてゆくを見て 四―六
我等網を張らむ、かくしてわれ牝獅子と獅子の仔をその路にてとらへんとさけび、非情の爪をのばし 七―九
そのひとり名をレアルコといへるを執らへ、ふりまはして岩にうちあて、また女は殘れる荷をもて自ら水に溺れにき 一〇―一二
また何事をもおそれず行へるトロイア人(びと)の僭上命運の覆すところとなりて、王その王土と共に亡ぶにいたれる時 一三―一五
悲しき、あぢきなき、囚虜(とらはれ)の身のエークバは、ポリッセーナの死せるをみ、またこのなやめる者その子ポリドロを 一六―
海のほとりにみとめ、憂ひのために心亂れ、その理性(さとり)をうしなひて犬の如く吠えたりき ―二一
されど物にやどりて獸または人の身を驅るテーベ、トロイアの怒りの猛きも 二二―
わが蒼ざめて裸なる二の魂の中にみし怒りには及ばじ、彼等は恰も欄(をり)を出でたる豚の如く且つ噛み且つ走れり ―二七
その一はカポッキオにちかづき、牙を項(うなじ)にたてゝ彼を曳き、堅き底を腹に磨(す)らしむ 二八―三〇
震ひつゝ殘れるアレッツオの者我に曰ひけるは、かの魔性の魑魅(すだま)はジャンニ・スキッキなり、狂ひめぐりてかく人をあしらふ 三一―三三
我彼に曰ふ、(願はくはいま一の者汝に齒をたつるなからんことを)請ふ此者の誰なるやをそのはせさらぬまに我に告げよ 三四―三六
彼我に、こはいとあしきミルラの舊(ふり)し魂なり、彼正しき愛を超えてその父を慕ひ 三七―三九
おのれを人の姿に變へてこれと罪を犯すにいたれり、あたかもかなたにゆく者が 四〇―
獸の群の女王をえんとて己をブオソ・ドナーティといつはり、その遺言書(ゆゐごんしよ)を作りてこれを法例(かた)の如く調(とゝの)ふるにいたれるに似たり ―四五
狂へる二の者過ぎ去りて後、我は此等に注げる目をめぐらし、ほかの幸(さち)なく世に出でし徒(ともがら)を見たり 四六―四八
我見しにこゝにひとり人の叉生(またさ)すあたりより股の附根(つけね)を切りとるのみにて形琵琶に等しかるべき者ありき 四九―五一
同化しえざる水氣によりて顏腹と配(そ)はざるばかりに身に權衡(けんかう)を失はせ、また之を重からしむる水腫(すゐしゆ)の病は 五二―五四
たえずその唇をひらかしめ、そのさまエチカをやめる者の渇きて一を頤(おとがひ)に一を上にむくるに似たりき 五五―五七
彼我等に曰ふ、あゝいぶかしくも苦患(なやみ)の世にゐて何の罰をもうけざる者よ、心をとめてマエストロ・アダモの幸なきさまを見よ 五八―
生ける時は我ゆたかにわが望めるものをえたりしに、いまはあはれ水の一滴(ひとしづく)をねぎもとむ ―六三
カセンティーンの緑の丘(をか)よりアルノにくだり、水路涼しく軟かき多くの小川は 六四―六六
常にわがまへにあらはる、またこれ徒(いたづら)にあらず、その婆の我を乾すことわが顏の肉を削(そ)ぐこの病よりはるかに甚しければなり 六七―六九
我を責むる嚴(おごそか)なる正義は、我に歎息(ためいき)をいよ/\しげく飛ばさしめんとてその手段(てだて)をわが罪を犯せる處に得たり 七〇―七二
即ちかしこにロメーナとてわがバッティスタの像(かた)ある貨幣(かね)の模擬(まがひ)を造り、そのため燒かれし身を世に殘すにいたれる處あり 七三―七五
されど我若しこゝにグイード、アレッサンドロまたは彼等の兄弟の幸(さち)なき魂をみるをえばその福(さいはひ)をフォンテ・ブラングにもかへじ 七六―七八
狂ひめぐる魂等の告ぐること眞(まこと)ならば、ひとりはすでにこの中にあり、されど身繋(つな)がるゝがゆゑに我に益なし 七九―八一
たとひ百年(もゝとせ)の間に一吋(オンチヤ)をゆきうるばかりなりともこの身輕くば、この處周圍(めぐり)十一哩(ミーリア)あり 八二―八四
幅半哩を下らざれども、我は既に出立ちて彼をこの見苦しき民の間に尋ねしなるべし 八五―八七
我は彼等の爲にこそ斯かる家族(やから)の中にあるなれ、我を誘ひて三カラートの合金(まぜがね)あるフィオリーノを鑄らしめしは乃ち彼等なればなり 八八―九〇
我彼に、汝の右に近く寄りそひて臥し、冬の濡手(ぬれて)のごとく烟(けぶ)るふたりの幸なき者は誰ぞや 九一―九三
答へて曰ふ、我この巖間(いわま)に降(ふ)り下れる時彼等すでにこゝにありしが其後一度(たび)も身を動かすことなかりき、思ふに何時(いつ)に至るとも然(しか)せじ 九四―九六
ひとりはジユセッポを讒(しこづ)りし僞りの女、一はトロイアにありしギリシア人(びと)僞りのシノンなり、彼等劇しき熱の爲に臭き烟を出すことかく夥(おびたゞ)し 九七―九九
この時そのひとり、かくあしざまに名をいはれしを怨めるなるべし、拳(こぶし)をあげて彼の硬き腹を打ちしに 一〇〇―一〇二
その音恰も太鼓の如くなりき、マエストロ・アダモはかたさこれにも劣らじとみゆるおのが腕をもてかの者の顏を打ち 一〇三―一〇五
これにいひけるは、たとひこの身重くして動くあたはずともかゝる用(もちゐ)にむかひては自在の肱(かひな)我にあり 一〇六―一〇八
かの者即ち答へて曰ふ、火に行ける時汝の腕かくはやからず、貨幣(かね)を造るにあたりてはかく早く否これよりも早かりき 一〇九―一一一
水氣を病める者、汝のいへるは眞(まこと)なり、されどトロイアにて眞を問はれし時汝はかかる眞の證人(あかしびと)にあらざりき 一一二―一一四
シノネ曰ふ、我は言(ことば)にて欺けるも汝は貨幣(かね)にて欺けるなり、わがこゝにあるは一(ひとつ)の罪のためなるも汝の罪は鬼より多し 一一五―一一七
腹脹(ふく)るゝ者答へて曰ふ、誓ひを破れる者よ、馬を思ひいで、この事全世界にかくれなきをしりて苦しめ 一一八―一二〇
ギリシアの者曰ふ、汝はまた舌を燒くその渇(かわき)と腹を目の前の籬(まがき)となすその腐水(くさりみづ)のために苦しめ 一二一―一二三
この時贋金者(にせがねし)、汝の口は昔の如く己が禍ひのために開(あ)く、我渇き水氣によりて膨るるとも 一二四―一二六
汝は燃えて頭いためば、もしナルチッソの鏡だにあらば人のしふるをもまたで之を舐(ねぶ)らむ 一二七―一二九
我は彼等の言をきかんとのみ思ひたりしに、師我に曰ふ、汝少しく愼しむべし、われたゞちに汝と爭ふにいたらん 一三〇―一三二
彼怒りをふくみてかく我にいへるをきける時我は今もわが記憶に渦(うづま)くばかりの恥をおぼえて彼の方にむかへり 一三三―一三五
人凶夢を見て夢に夢ならんことをねがひ、すでに然るを然らざるごとく切(せち)に求むることあり 一三六―一三八
我亦斯くの如くなりき、我は口にていふをえざれば、たえず詫(わ)びつゝもなほ詫びなんことを願ひてわが既にしかせるを思ふことなかりき 一三九―一四一
師曰ふ、恥斯く大いならずともこれより大いなる過ちを洗ふにたる、されば一切の悲しみを脱れよ 一四二―一四四
若し民かくの如く爭ふところに命運汝を行かしむることあらば、わが常に汝の傍にあるをおもへ 一四五―一四七
かゝる事をきくを願ふはこれ卑しき願ひなればなり 一四八―一五〇
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   第三十一曲

同じ一の舌なれども先には我を刺して左右の頬を染め、後には藥を我にえさせき 一―三
聞くならくアキルレとその父の槍もまたかくのごとく始めは悲しみ後は幸ひを人に與ふる習ひなりきと 四―六
我等は背を幸(さち)なき大溪にむけ、之を繞れる岸の上にいで、言(ことば)も交(まじ)へで横ぎれり 七―九
さてこの邊(あたり)は夜たりがたく晝たりがたき處なれば、我は遠く望み見るをえざりしかど、はげしき雷(いかづち)をも微(かすか)ならしむるばかりに 一〇―
角笛(つのぶえ)高く耳にひゞきて我にその行方(ゆくへ)を溯りつゝ目を一の處にのみむけしめき ―一五
師(いくさ)いたましく敗れ、カルロ・マーニオその聖軍を失ひし後のオルラントもかくおそろしくは吹鳴らさゞりしなりけり 一六―一八
われ頭(かうべ)をかなたにめぐらしていまだほどなきに、多くの高き櫓(やぐら)をみしごとく覺えければ、乃ち曰ふ、師よ、告げよ、これ何の邑なりや 一九―二一
彼我に、汝はるかに暗闇の中をうかゞふがゆゑに量ることたゞしからざるにいたる 二二―二四
ひとたびかしこにいたらば遠き處にありては官能のいかに欺かれ易きものなるやをさだかに知るをえん、されば少しく足をはやめよ 二五―二七
かくてやさしく我手をとりていひけるは、我等かなたにゆかざるうち、この事汝にいとあやしとおもはれざるため 二八―三〇
しるべし、彼等は巨人にして櫓にあらず、またその臍(ほぞ)より下は坎(あな)の中岸のまはりにあり 三一―三三
水氣空に籠(こも)りて目にかくれし物の形、霧のはるゝにしたがひて次第に浮びいづるごとく 三四―三六
我次第に縁(ふち)にちかづきわが眼(まなこ)濃き暗き空を穿つにおよびて誤りは逃げ恐れはましぬ 三七―三九
あたかもモンテレッジオンが圓き圍(かこひ)の上に多くの櫓を戴く如く、おそろしき巨人等は 四〇―
その半身をもて坎をかこめる岸を卷けり(ジョーヴェはいまも雷(いかづち)によりて天より彼等を慴(おび)えしむ) ―四五
我は既にそのひとりの顏、肩、胸および腹のおほくと腋を下れる雙腕(もろかひな)とをみわけぬ 四六―四八
げに自然がかゝる生物を造るをやめてかゝる臣等(おみら)をマルテより奪へるは大いに善し 四九―五一
また彼象と鯨を造れるを悔いざれども、見ることさとき人はこれに依りて彼をいよいよ正しくいよ/\慮(おもんぱかり)あるものとなすべし 五二―五四
そは心の固めもし惡意と能力(ちから)に加はらばいかなる人もこれを防ぐあたはざればなり 五五―五七
顏は長く大きくしてローマなる聖ピエートロの松毯(まつかさ)に似、他(ほか)の骨みなこれに適(かな)へり 五八―六〇
されば下半身の裳(も)なりし岸は彼を高くその上に聳えしむ、おもふに三人(みたり)のフリジア人(びと)もその髮に屆(とゞ)くを 六一―
誇りえざりしなるべし、人の外套(うはぎ)を締合(しめあ)はすところより下方(した)わが目にうつれるもの裕(ゆたか)に三十パルモありき ―六六
ラフェル・マイ・アメク・ツアビ・アルミ、猛き口はかく叫べり、(これよりうるはしき聖歌はこの口にふさはしからず) 六七―六九
彼にむかひてわが導者、愚なる魂よ、怒り生じ雜念起らばその角笛に縋りて之をこころやりとせよ 七〇―七二
あわたゞしき魂よ、頸をさぐりてつなげる紐をえ、また笛のその大いなる胸にまつはるをみよ 七三―七五
かくてまた我に曰ひけるは、彼己が罪を陳ぶ、こはネムブロットなり、世に一の言語(ことば)のみ用ゐられざるは即ちそのあしき思ひによれり 七六―七八
我等彼を殘して去り、彼と語るをやめん、これ益なきわざなればなり、人その言(ことば)をしらざる如く彼また人の言をさとらじ 七九―八一
かくて左にむかひて我等遠くすゝみゆき弩(いしゆみ)とゞく間(あひ)をへだてゝまたひとりいよ/\猛くかつ大いなる者をみき 八二―八四
縛(しば)れる者の誰なりしや我はしらねど、彼鏈(くさり)をもてその腕を左はまへに右はうしろに繋(つな)がれ 八五―
この鏈頸より下をめぐりてその身のあらはれしところを絡(ま)くこと五囘(いつまき)に及べり ―九〇
わが導者曰ふ、この傲(たかぶ)る者比類(たぐひ)なきジョーヴェにさからひておのが能力(ちから)をためさんとおもへり、此故にこの報(むくい)をうく 九一―九三
彼名をフィアルテといふ、巨人等が神々の恐るゝところとなりし頃大いなる試(こゝろみ)をなし、その腕を振へるも、今や再び動かすによしなし 九四―九六
我彼に、若しかなはゞ願はくは量り知りがたきブリアレオのわが目に觸れなんことを 九七―九九
彼すなはち答へて曰ふ、汝はこゝより近き處にアンテオを見ん、彼語るをえて身に縛(いましめ)なし、また我等を凡ての罪の底におくらん 一〇〇―一〇二
汝の見んとおもふ者は遠くかなたにありてかくの如く繋がれ形亦同じ、たゞその姿いよ/\猛きのみ 一〇三―一〇五
フィアルテ忽ち身を搖(ゆ)れり、いかに強き地震(なゐ)といへどもその塔をゆるがすことかく劇しきはなし 一〇六―一〇八
此時我は常にまさりて死を恐れぬ、また若し繋(つなぎ)を見ることなくば怖れはすなはち死なりしなるべし 一〇九―一一一
我等すゝみてアンテオに近づけり、彼は岩窟(いはあな)より外にいづること頭を除きて五アルラを下らざりき 一一二―一一四
あゝアンニバールがその士卒と共に背(そびら)を敵にみせし時、シピオンを譽の嗣(よつぎ)となせし有爲(うゐ)の溪間に 一一五―一一七
そのかみ千匹の獅子の獲物(えもの)をはこべる者よ(汝若し兄弟等のゆゝしき師(いくさ)に加はりたらば地の子等勝利(かち)をえしものをと 一一八―
いまも思ふものあるに似たり)、願はくは我等を寒さコチートを閉すところにおくれ、これをいとひて ―一二三
我等をティチオにもティフォにも行かしむる勿れ、この者よく汝等のこゝに求むるものを與ふるをうるがゆゑに身を屈(かゞ)めよ、顏を顰(しか)むる勿れ 一二四―一二六
彼はこの後汝の名を世に新にするをうるなり、彼は生く、また時未だ至らざるうち恩惠(めぐみ)彼を己が許によぶにあらずばなほ永く生くべし 一二七―一二九
師かく曰へり、彼速かに嘗てエルクレにその強(つよみ)をみせし手を伸べてわが導者を取れり 一三〇―一三二
ヴィルジリオはおのが取られしをしりて我にむかひ、こゝに來(こ)よ、我汝をいだかんといひ、さて己と我とを一の束(たば)とせり 一三三―一三五
傾ける方(かた)よりガーリセンダを仰ぎ見れば、雲その上を超ゆる時これにむかひてゆがむかと疑はる 一三六―一三八
われ心をとめてアンテオの屈むをみしにそのさままた斯くの如くなりき、さればほかの路を行かんとの願ひもげにこれ時に起れるなるを 一三九―一四一
彼は我等をかるやかにジユダと共にルチーフェロを呑める底におき、またかくかゞみて時ふることなく 一四二―一四四
船の檣の如く身を上げぬ 一四五―一四七
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   第三十二曲

若し我にすべての巖壓(いはほお)しせまる悲しみの坎(あな)にふさはしきあらきだみたる調(しらべ)あらば 一―三
我わが想(おもひ)の汁(しる)をなほも漏れなく搾(しぼ)らんものを、我に是なきによりて語るに臨み心後る 四―六
夫れ全宇宙の底を説くは戲れになすべき業(わざ)にあらず、阿母阿父とよばゝる舌また何ぞよくせんや 七―九
たゞ願はくはアムフィオネをたすけてテーべを閉せる淑女等わが詩をたすけ、言(ことば)の事と配(そ)はざるなきをえしめんことを 一〇―一二
あゝ萬の罪人にまさりて幸なく生れし民、語るも苦(つら)き處に止まる者等よ、汝等は世にて羊または山羊(やぎ)なりしならば猶善かりしなるべし 一三―一五
我等は暗き坎(あな)の中巨人の足下(あしもと)よりはるかに低き處におりたち、我猶高き石垣をながめゐたるに 一六―一八
汝心して歩め、あしうらをもて幸なき弱れる兄弟等の頭を踏むなかれと我にいふものありければ 一九―二一
われ身をめぐらしてみしにわが前また足の下に寒さによりて水に似ず玻璃に似たる一の池ありき 二二―二四
冬のオステルリッキなるダノイアもかの寒空(さむぞら)の下なるタナイもこの處の如く厚き覆面衣(かほおひ)をその流れの上につくれることあらじ 二五―
げにタムベルニッキまたはピエートラピアーナその上に落ちぬともその縁(ふち)すらヒチといはざりしなるべし ―三〇
また農婦が夢にしば/\落穗を拾ふころ、顏を水より出して鳴かんとする蛙の如く 三一―三三
蒼ざめしなやめる魂等は愧(はぢ)のあらはるゝところまで氷にとざゝれ、その齒を鶴の調(しらべ)にあはせぬ 三四―三六
彼等はみなたえず顏を垂る、寒さは口より憂き心は目よりおの/\その證(あかし)をうけぬ 三七―三九
我しばしあたりをみし後わが足元にむかひ、こゝに頭の毛まじらふばかりに近く身をよせしふたりの者を見き 四〇―四二
我曰ふ、胸をおしあはす者よ、汝等は誰なりや我に告げよ、彼等頸をまげ顏をあげて我にむかへるに 四三―四五
さきに内部(うち)のみ濕へるその眼(まなこ)、あふれながれて唇に傳はり、また寒さは目の中の涙を凍らしてふたゝび之をとざせり 四六―四八
鎹(かすがひ)といふともかくつよくは木と木をあはすをえじ、是に於て彼等はげしき怒りを起し、二匹の牡山羊(をやぎ)の如く衝(つ)きあへり 四九―五一
またひとり寒さのために耳を二(ふたつ)ともに失へるもの、うつむけるまゝいひけるは、何ぞ我等をかく汝の鏡となすや 五二―五四
汝このふたりの誰なるを知らんとおもはゞ、聞くべし、ビセンツォの流るゝ溪は彼等の父アルベルト及び彼等のものなりき 五五―五七
彼等は一の身より出づ、汝あまねくカイーナをたづぬとも、氷の中に埋(いけ)らるゝにふさはしきこと彼等にまさる魂をみじ 五八―六〇
アルツーの手にかゝりたゞ一突(ひとつき)にて胸と影とを穿たれし者も、フォカッチヤーも、また頭をもて我を妨げ我に遠く 六一―
見るをえざらしむるこの者(名をサッソール・マスケローニといへり、汝トスカーナ人(びと)ならばよく彼の誰なりしやをしらむ)もまさらじ ―六六
又汝かさねて我に物言はす莫からんため、我はカミチオン・デ・パッチといひてカルリンのわが罪をいひとくを待つ者なるをしるべし 六七―六九
かくて後我は寒さのため犬の如くなれる千の顏をみき、又之を見しによりて凍れる沼は我をわなゝかしむ、後もまた常にしからむ 七〇―七二
我等一切の重力集まる處なる中心にむかひてすゝみ、我はとこしへの寒さの中にふるひゐたりし時 七三―七五
天意常數命運のいづれによりしやしらず、頭(かうべ)の間を歩むとてつよく足をひとりの者の顏にうちあてぬ 七六―七八
彼泣きつゝ我を責めて曰ひけるは、いかなれば我をふみしくや、モンタペルティの罰をまさんとて來れるならずば何ぞ我をなやますや 七九―八一
我、わが師よ、わがこの者によりて一の疑ひを離るゝをうるため請ふ、この處にて我を待ち、その後心のまゝに我をいそがせたまへ 八二―八四
導者は止まれり、我すなはちなほ劇しく詛ひゐたる者にむかひ、汝何者なればかく人を罵るやといへるに 八五―八七
彼答へて、しかいふ汝は何者なればアンテノーラを過ぎゆきて人の頬を打つや、汝若し生ける者なりせば誰かはこれに耐(た)へうべきといふ 八八―九〇
我答へて曰ひけるは、我は生く、このゆゑに汝名を求めば、わが汝の名を記録の中にをさむるは汝の好むところなるべし 九一―九三
彼我に、わが求むるものはその反對(うら)なり、こゝを立去りてまた我に累をなすなかれ、かく諂(へつら)ふともこの窪地(くぼち)に何の益あらんや 九四―九六
この時我その項(うなじ)の毛をとらへ曰ひけるは、いまはのがるゝに途なし、若し名をいはずば汝の髮一筋をだにこゝに殘さじ 九七―九九
彼聞きて曰ふ、汝たとひわが髮を□(むし)るとも我の誰なるやを告げじ、また千度(ちたび)わが頭上(づじやう)に落來るともあらはさじ 一〇〇―一〇二
我ははやくも髮を手に捲き、これを拔くこと一房より多きにおよび、彼は吠えつゝたえずその目を垂れゐたるに 一〇三―一〇五
ひとり叫びていひけるは、ボッカよ何をかなせる、□(あぎと)を鳴らすもなほ足らずとて吠ゆるか、汝に觸(さは)るは何の鬼ぞや 一〇六―一〇八
我曰ふ、恩に背きし曲者奴(くせものめ)、いまは汝に聞くの用なし、我汝の眞(まこと)の消息(おとづれ)を携へゆきこれを汝の恥となさん 一〇九―一一一
彼答へて曰ふ、往け、しかして思ひのまゝにかたれ、されど汝この中よりいでなば、いまかく口を輕くせし者のことをものべよ 一一二―一一四
彼こゝにフランス人(びと)の銀を悼(いた)む、汝いふべし、我は罪人の冷ゆる處にヅエラの者をみたりきと 一一五―一一七
汝またほかに誰ありしやと問はるゝことあらん、しるべし、汝の傍(そば)にはフィオレンツァに喉を切られしベッケーリアの者あり 一一八―一二〇
かなたにガネルローネ及び眠れるファーエンヅァをひらきしテバルデルロとともにあるはおもふにジャンニ・デ・ソルダニエルなるべし 一二一―一二三
我等既に彼をはなれし時我は一の孔の中に凍れるふたりの者をみき、一の頭は殘りの頭の帽となり 一二四―一二六
上なるものは下なるものゝ腦(なう)と項(うなじ)とあひあふところに齒をくだし、さながら饑ゑたる人の麪麭(パン)を貪り食ふに似たりき 一二七―一二九
怒れるティデオがメナリッポの後額(こめかみ)を噛めるもそのさま之に異ならじとおもふばかりにこの者腦蓋(なうがい)とそのあたりの物とをかめり 一三〇―一三二
我曰ふ、あゝかく人を食(は)みあさましきしるしによりてその怨みをあらはす者よ、我に故を告げよ、我も汝と約を結び 一三三―一三五
汝の憂ひに道理(ことわり)あらば、汝等の誰なるや彼の罪の何なるやをしり、こののち上(うへ)の世に汝にむくいん 一三六―一三八
わが舌乾くことなくば 一三九―一四一
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   第三十三曲

かの罪人(つみびと)口をおそろしき糧(かて)よりもたげ、後方(うしろ)を荒らせし頭なる毛にてこれをぬぐひ 一―三
いひけるは、望みなき憂ひはたゞ思ふのみにて未だ語らざるにはやくも我心を絞るを、汝これを新(あらた)ならしめんとす 四―六
されどわが言(ことば)我に噛まるゝ逆賊の汚辱(をじよく)の實を結ぶ種たりうべくば汝はわがかつ語りかつ泣くを見ん 七―九
我は汝の誰なるをも何の方法(てだて)によりてこゝに下れるをも知らず、されどその言をきくに汝は必ずフィレンツェの者ならん 一〇―一二
汝知るべし、我は伯爵(コンテ)ウゴリーノ此(こ)は僧正ルツジェーリといへる者なり、いざ我汝に何によりてか上る隣人(となりびと)となれるやを告げん 一三―一五
彼の惡念あらはるゝにおよびて彼を信ぜる我とらへられ、のち殺されしことはいふを須ひず 一六―一八
されば汝の聞きあたはざりし事、乃ちわが死のいかばかり殘忍なりしやは汝聞きて彼我を虐(しひた)げざりしや否やを知るべし 一九―二一
わがためには餓(うゑ)の名をえてこののちなほも人を籠(こ)むべき塒(とや)なる小窓が 二二―二四
既に多くの月をその口より我に示せる頃、我はわが行末の幔(まく)を裂きし凶夢を見たり 二五―二七
すなはちこの者長(をさ)また主(きみ)となりてルッカをピサ人に見えざらしむる山の上に狼とその仔等を逐ふに似たりき 二八―三〇
肉瘠せ氣燥(はや)り善く馴らされし牝犬(めいぬ)とともにグアンディ、シスモンディ、ランフランキをその先驅(さきて)とす 三一―三三
逐はれて未だ程なきに父も子もよわれりとみえ、我は彼等が鋭き牙にかけられてその傍腹(わきばら)を裂かるゝを見しとおぼえぬ 三四―三六
さて曉に目をさましし時我はともにゐしわが兒等の夢の中に泣きまた麪麭(パン)を乞ふ聲をきゝぬ 三七―三九
若しわが心にうかべる禍ひの兆(きざし)をおもひてなほいまだ悲しまずば汝はげに無情なり、若し又泣かずば汝の涙は何の爲ぞや 四〇―四二
彼等はめさめぬ、糧(かて)の與へらるべき時は近づけり、されど夢のためそのひとりだに危ぶみ恐れざるはなかりき 四三―四五
この時おそろしき塔の下なる戸に釘打つ音きこえぬ、我はわが兒等の顏を見るのみ言(ことば)なし 四六―四八
我は泣かざりき、心石となりたればなり、彼等は泣けり、わがアンセルムッチオ、かく見たまふは父上いかにしたまへるといふ 四九―五一
かくても我に涙なかりき、またわれ答へでこの日この夜をすごし日輪再び世にあらはるゝ時に及べり 五二―五四
微(かすか)なる光憂ひの獄(ひとや)にいりきたりてかの四の顏にわれ自らのすがたをみしとき 五五―五七
我は悲しみのあまり雙手(もろて)を噛めり、わがかくなせるを食(くら)はんためなりとおもひ、彼等俄かに身を起して 五八―六〇
いひけるは、父よ我等をくらひたまはゞ我等の苦痛(いたみ)は却つて輕からむ、この便(びん)なき肉を我等に着せたまへるは汝なれば汝これを剥(は)ぎたまへ 六一―六三
我は彼等の悲しみを増さじとて心をしづめぬ、この日も次の日も我等みな默(もだ)せり、あゝ非情の土よ、汝何ぞ開かざりしや 六四―六六
第四日(よつかめ)になりしときガッドはわが父いかなれば我をたすけたまはざるやといひ、身をのべわがあしもとにたふれて 六七―六九
その處に死にき、かくて五日と六日目の間に我はまのあたり三人(みたり)のあひついでたふるゝをみぬ、我また盲(めしひ)となりしかば 七〇―
彼等を手にてさぐりもとめて死後なほその名を呼ぶこと二日、この時斷食の力憂ひにまさるにいたれるなりき ―七五
かくいへる時彼は目を斜(なゝめ)にしてふたゝび幸(さち)なき頭顱(かうべ)を噛めり、その齒骨に及びて強きこと犬の如くなりき 七六―七八
あゝピサよ、シを語となすうるはしき國の民の名折(なをれ)よ、汝の隣人(となりびと)等汝を罰するおそければ 七九―八一
ねがはくはカプライアとゴルゴーナとゆるぎいでゝアルノの口に籬(まがき)をめぐらし、汝の中なる人々悉く溺れ死ぬるにいたらんことを 八二―八四
そはたとひ伯爵(コンテ)ウゴリーノに汝に背きて城を賣れりとのきこえありとも汝は兒等をかく十字架につくべきにあらざればなり 八五―八七
第二のテーべよ、年若きが故にすなはち罪なし、ウグッチオネもイル・ブリガータもまた既にこの曲に名をいへる二人(ふたり)の者も 八八―九〇
我等はなほ進み、ほかの民の俯(うつむ)かずうらがへりてあらく氷に包まるゝところにいたれり 九一―九三
こゝには憂へ憂ひをとゞめ、なやみは目の上の障礙(しやうげ)にさへられ、苦しみをまさんとて内部(うち)にかへれり 九四―九六
そははじめの涙凝塊(かたまり)となりてあたかも玻璃の被物(おほひ)の如く眉の下なる杯を滿たせばなり 九七―九九
わが顏は寒さのため、胼胝(たこ)のいでたるところにひとしく凡ての感覺を失へるに 一〇〇―一〇二
この時わが風に觸るゝを覺え、曰ひけるは、わが師よ、これを動かすものは誰ぞや、この深處(ふかみ)には一切の地氣消ゆるにあらずや 一〇三―一〇五
彼即ち我に、汝は程なく汝の目が風を降(ふ)らす源(もと)をみてこれが答を汝にえさすところにいたらん 一〇六―一〇八
氷の皮なる幸なき者の中ひとり叫びて我等にいひけるは、あゝ非道にして最後の立處(たちど)に罪なはれたる魂等よ 一〇九―一一一
堅き被物(おほひ)を目よりあげて涙再び凍らぬまに我胸にあふるゝ憂ひを少しく洩すことをえしめよ 一一二―一一四
我すなはち彼に、わが汝をたすくるをねがはゞ汝の誰なるやを我に告げよ、かくして我もしその支障(さゝはり)を去らずば我は氷の底にゆくべし 一一五―一一七
この時彼答ふらく、我は僧(フラーテ)アルベリーゴなり、よからぬ園の木の實の事ありてここに無花果に代へ無漏子(むろし)をうく 一一八―一二〇
我彼に曰ふ、さらば汝既に死にたるか、彼我に、我はわが體(からだ)のいかに上の世に日をふるやをしらず 一二一―一二三
このトロメアには一の得ありていまだアトローポスに追はれざるに魂しば/\こゝに落つることあり 一二四―一二六
また汝玻璃にひとしき此涙をいよ/\こゝろよくわが顏より除くをえんため、しるべし、魂わがなせるごとく信に背くことあれば 一二七―
鬼たゞちにその體(からだ)を奪ひ、みづからこれが主となりて時のめぐりをはるを待ち ―一三二
おのれはかゝる水槽(みづぶね)の中におつ、さればわが後方(うしろ)に冬を送る魂もおもふにいまなほその體(からだ)を上の世にあらはすなるべし 一三三―一三五
汝今此處にくだれるならば彼を知らざることあらじ、彼はセル・ブランカ・ドーリアなり、かく閉されてより既に多くの年を經たり 一三六―一三八
我彼に曰ふ、我は汝の欺くをしる、ブランカ・ドーリアは未だ死なず、彼食(く)ひ飮み寢(い)ねまた衣(ころも)を着るなり 一三九―一四一
彼曰ふ、上なるマーレブランケの濠の中、粘(ねば)き脂(やに)煮ゆるところにミケーレ・ツァンケ未だ着かざるうち 一四二―一四四
この者その體(からだ)に鬼を殘して己にかはらせ、彼と共に逆を行へるその近親のひとりまたしかなせり 一四五―一四七
されどいざ手をこなたに伸べて我目をひらけ、我はひらかざりき、彼にむかひて暴(みだり)なるは是即ち道なりければなり 一四八―一五〇
あゝジエーノヴァ人(びと)よ、一切の美風をはなれ一切の邪惡を滿たす人々よ、汝等の世より散りうせざるは何故ぞ 一五一―一五三
我は極惡(ごくあく)なるローマニアの魂と共に汝等のひとりその行(おこなひ)によりて魂すでにコチートに浸(ひた)り 一五四―
身はなほ生きて地上にあらはるゝ者をみたりき ―一五九
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   第三十四曲

地獄の王の旗あらはる、此故に前方(まへ)を望みて彼を認むるや否やを見よ、わが師かく曰へり 一―三
濃霧起る時、闇わが半球を包む時、風のめぐらす碾粉車(こひきぐるま)の遠くかなたに見ゆることあり 四―六
我もこの時かゝる建物(たてもの)をみしをおぼえぬ、また風をいとへどもほかに避くべき處なければ、われ身を導者の後方(うしろ)に寄せたり 七―九
我は既に魂等全く掩(おほ)ひ塞(ふさ)がれ玻璃の中なる藁屑(わらくづ)の如く見え透(す)ける處にゐたり(これを詩となすだに恐ろし) 一〇―一二
伏したる者あり、頭を上にまたは蹠(あしうら)を上にむけて立てる者あり、また弓の如く顏を足元(あしもと)に垂れたる者ありき 一三―一五
我等遠く進みし時、わが師は昔姿美しかりし者を我にみすべき機(おり)いたれるをみ 一六―一八
わが前をさけて我にとゞまらせ、見よディーテを、また見よ雄々(をゝ)しさをもて汝を固(かた)むべきこの處をといふ 一九―二一
この時我身いかばかり冷(ひ)えわが心いかばかり挫(くじ)けしや、讀者よ問ふ勿れ、言(ことば)及ばざるがゆゑに我これを記(しる)さじ 二二―二四
我は死せるにもあらずまた生けるにもあらざりき、汝些(すこし)の理解(さとり)だにあらば請ふ今自ら思へ、彼をも此をも共に失へるわが當時のさまを 二五―二七
悲しみの王土の帝(みかど)その胸の半(なかば)まで氷の外(そと)にあらはれぬ、巨人をその腕に比ぶるよりは 二八―
我を巨人に比ぶるかたなほ易し、その一部だにかくのごとくば之に適(かな)へる全身のいと大いなること知りぬべし ―三三
彼今の醜(みにく)きに應じて昔美しくしかもその造主(つくりぬし)にむかひて眉を上げし事あらば一切の禍ひ彼よりいづるも故なきにあらず 三四―三六
我その頭に三の顏あるを見るにおよびてげに驚けることいかばかりぞや、一は前にありて赤く 三七―三九
殘る二は左右の肩の正中(たゞなか)の上にてこれと連(つらな)り、かつ三ともに□冠(とさか)あるところにて合へり 四〇―四二
右なるは白と黄の間の色の如く、左なるはニーロの水上(みなかみ)より來る人々の如くみえき 四三―四五
また顏の下よりはかゝる鳥ににつかしき二(ふたつ)の大いなる翼いでたり、げにかく大いなるものをば我未だ海の帆にも見ず 四六―四八
此等みな羽なくその構造(つくりざま)蝙蝠(かうもり)の翼に似たり、また彼此等を搏ち、三の風彼より起れり 四九―五一
コチートの悉く凍れるもこれによりてなりき、彼は六の眼(まなこ)にて泣き、涙と血の涎(よだれ)とは三の頤(おとがひ)をつたひて滴(したゝ)れり 五二―五四
また口毎にひとりの罪人(つみびと)を齒にて碎くこと碎麻機(あさほぐし)の如く、かくしてみたりの者をなやめき 五五―五七
わけて前なる者は爪にかけられ、その背しば/\皮なきにいたれり、これにくらぶれば噛まるゝは物の數ならじ 五八―六〇
師曰ふ、高くかしこにありてその罰最も重き魂はジユダ・スカリオットなり、彼頭を内にし脛を外に振る 六一―六三
頭さがれるふたりのうち、黒き顏より垂るゝはプルートなり、そのもがきて言(ことば)なきを見よ 六四―六六
また身いちじるしく肥ゆとみゆるはカッシオなり、されど夜はまた來れり、我等すでにすべてのものを見たればいざゆかん 六七―六九
我彼の意に從ひてその頸を抱けるに彼はほどよき時と處をはかり、翼のひろくひらかれしとき 七〇―七二
毛深き腋に縋(すが)り、叢(むら)また叢をつたはりて濃き毛と氷層のあひだをくだれり 七三―七五
かくて我等股の曲際(まがりめ)腰の太(ふと)やかなるところにいたれば導者は疲れて呼吸(いき)もくるしく 七六―七八
さきに脛をおけるところに頭をむけて毛をにぎり、そのさま上(のぼ)る人に似たれば我は再び地獄にかへるなりとおもへり 七九―八一
よわれる人の如く喘ぎつゝ師曰ひけるは、かたくとらへよ、我等はかゝる段(きだ)によりてかゝる大いなる惡を離れざるをえず 八二―八四
かくて後彼とある岩の孔(あな)をいで、我をその縁(ふち)にすわらせ、さて心して足をわが方(かた)に移せり 八五―八七
我はもとのまゝなるルチーフェロをみるならんとおもひて目を擧げて見たりしにその脛上にありき 八八―九〇
わが此時の心の惑ひはわが過ぎし處の何なるやを辨(わきま)へざる愚なる人々ならではしりがたし 九一―九三
師曰ふ、起きよ、路遠く道程(みちすぢ)艱(かた)し、また日は既に第三時の半に歸れり 九四―九六
我等の居りし處は御館(みたち)の廣間(ひろま)にあらず床(ゆか)粗(あら)く光乏しき天然の獄舍(ひとや)なりき 九七―九九
我立ちて曰ひけるは、師よ、わがこの淵を去らざるさきに少しく我に語りて我を迷ひの中よりひきいだしたまへ 一〇〇―一〇二
氷はいづこにありや、この者いかなればかくさかさまに立つや、何によりてたゞしばしのまに日は夕(ゆふ)より朝に移れる 一〇三―一〇五
彼我に、汝はいまなほ地心のかなた、わがさきに世界を貫くよからぬ蟲の毛をとらへし處にありとおもへり 一〇六―一〇八
汝のかなたにありしはわがくだれる間のみ、われ身をかへせし時汝は重量(おもさ)あるものを四方より引く點を過ぎ 一〇九―一一一
廣き乾ける土に蔽はれ、かつ罪なくして世に生れ世をおくれる人その頂點のもとに殺されし半球を離れ 一一二―
いまは之と相對(あひむか)へる半球の下にありて、足をジユデッカの背面を成す小さき球の上におくなり ―一一七
かしこの夕はこゝの朝にあたる、また毛を我等の段(きだ)となせし者の身をおくさまは今も始めと異なることなし 一一八―一二〇
彼が天よりおちくだれるはこなたなりき、この時そのかみこの處に聳えし陸は彼を恐るゝあまり海を蔽物(おほひ)となして 一二一―一二三
我半球に來れるなり、おもふにこなたにあらはるゝものもまた彼をさけんためこの空處をこゝに殘して走り上(のぼ)れるなるべし 一二四―一二六
さてこの深みにベルヅエブの許より起りてその長さ墓の深さに等しき一の處あり、目に見えざれども 一二七―
一の小川の響きによりてしらる、この小川は囘(めぐ)り流れて急ならず、その噛み穿てる岩の中虚(うつろ)を傳はりてこゝにくだれり ―一三二
導者と我とは粲(あざや)かなる世に歸らんため、このひそかなる路に入り、しばしの休(やすみ)をだにもとむることなく 一三三―一三五
わが一の圓き孔の口より天の負(お)ひゆく美しき物をうかゞふをうるにいたるまで、彼第一に我は第二に上(のぼ)りゆき 一三六―一三八
かくてこの處をいでぬ、再び諸□の星をみんとて 一三九―一四一
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       註


    第一曲

ダンテ路を失ひて暗き林の中に迷ふ、會□一丘上に光明を認め之に向ひて進む、されど豹、獅子、狼の出でゝ路を塞ぐにあひ再び林にかへらんとす、この時ウェルギリウスこれにあらはれて救ひの道を示し三界の歴程を勤め且つ自ら導者となりてまづ地獄、淨火をめぐらんと告ぐ
一―三
【正路】有徳の路
【半】詩人三十五歳の時、人生を七十と見做してその半にあたるをいふ(詩篇、九〇・一〇及びダンテの『コンヴィヴィオ』四・二三、八八以下參照)
ダンテの生れしは一二六五年なり、故に『神曲』示現の時は一三〇〇年聖金曜日の前夜にはじまる(地、二・一註參照)一三〇〇年はダンテがフィレンツェのプリオレとなりし年又ローマに有名なる大會式(ジュビレーオ)(地、一八・二九及び註參照)ありし年なり
【林】罪の路乃ち時黒なる娑婆世界
七―九
【幸】覺醒、理性の聲を聞き、覺めて救ひの路に就くにいたれること
一〇―一二
【睡り】罪の甘き夢に魁せられ我知らず光の路を失へるさま
一三―一五
【溪】即ち暗き林

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