神曲
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著者名:ダンテアリギエリ 

【百合の花】アラゴン(イスパニアにあり)王ペドロ三世との戰ひにフランスの艦隊利を失ひ、カタローニアに攻入りしフィリップはその退却中ペルピニアーノ(フランスの南端)にて死せり(一二八五年)。フランス王家の旗は青地に三の金の百合なれば退きて軍旗を辱しめしを花を萎れしむといへるなり
一〇六―一〇八
フィリップ三世の己が胸を打ち、エンリケの己が手に顏を支へて歎くは前者の子後者の女婿なるフィリップ四世の罪惡を恥づるなり
一〇九―一一一
【フランスの禍ひ】フランス王フィリップ四世(一二六八―一三一四年)。フィリップ三世の子なり、『神曲』中ダンテ處々にその非を擧ぐ(地、一九・八五―七。淨、二〇・九一―三。天、一九・一一八―二〇等)
一一二―一一四
【身かの如く】アラゴン王ペドロ(ピエートロ三世。一二三六年に生れ同七六年アラゴンの王位を繼承し、同八二年「シケリアの虐殺」ありし後、彼地の王となり、同八五年に死す、その妻はマンフレディの女コンスタンツェなり(淨、三・一一五―七參照)
【鼻の雄々しき】シヤルル・ダンジュー一世(一二二〇―一二八五年)。フランス王聖ルイ(ルイ九世)の弟にしてプーリア及びシケリアに王たり
一一五―一一七
【若き者】ペドロ三世の長子アルフォンソ三世。一二八五年父の後を承けてアラゴンの王となり一二九一年に死す
【器より器に】父より子に
一一八―一二〇
【ヤーコモとフェデリーゴ】ハイメ(ヤーコモ)はペドロ三世の次子、初めシケリアに王たりしが兄アルフォンソの死後アラゴンの讓りを受け、一三二七年死す。フェデリーコ(フェデリーゴ)はハイメの弟、ハイメ、アラゴンの王となるに及びてシケリアを治め一三三七年に死す
【善きもの】父の徳
一二一―一二三
【それ人の】父の美徳、子に傳へらるゝこと稀なり
【與ふるもの】神。神は徳の神より出ずるものにして遺傳によりて人の有するものにあらざることを世に知らしめたまはんとて
一二四―一二六
ハイメとフェデリーコがその父の徳を嗣がざるごとくシヤルル二世もまたその父シヤルル一世(鼻の大いなる者)の徳を有せず
【プーリア、プロヴェンツァ】シヤルル・ダンジューに次ぎてプーリアとプロヴァンスを治めし者はその子シヤルル二世(一二四三―一三〇九年)なり、このシヤルルは父に及ばずして統御の道その宜しきをえず、民悲歎にくるゝなり
プロヴァンスはシヤルル一世がベアトリスを娶れる時その所領となりしところ
一二七―一二九
シヤルル二世(樹)のその父シヤルル・ダンジュー(種)に及ばざることあたかもシヤルル・ダンジュー自身のペドロ三世に及ばざるに似たり
【コスタンツァ】ペドロ三世の妻(一三〇三年死)
【ベアトリーチェ】ベアトリス。プロヴァンスの伯爵ライモンドの女にしてシヤルル一世の初めの妻
【マルゲリータ】ボルゴニアの公爵エウデの女。一二六八年即ちベアトリスの死せし翌年シヤルルの後妻となれり
一三〇―一三二
【アルリーゴ】英王ヘンリー三世(一二〇六―一二七二年)
【枝には】その子エドワード一世(一二四〇―一三〇七年)の明君なりしをいふ
【まされる】シヤルル、ペドロ等の子に比して
一三三―一三五
【グイリエルモ】モンフェルラートの侯爵グイリエルモ七世。北部イタリアに多くの地を領しギベルリニ黨の首領となりて大いにグエルフィと戰へり、一二九〇年アスチ(ピエモンテの中)の人々アレクサンドリアを唆かしてグイリエルモに叛かしむるやグイリエルモその亂を鎭めんとてかの地に赴き却つてアレクサンドリア人の捕ふるところとなり(同年九月)鐡籠の中に幽せられて死す(一二九二年二月)
一三六
【モンフェルラート】北イタリアの中なるポー川の南の地にて今のピエモンテの一部にあたる
【カナヴェーゼ】北イタリアの西部ポーの北の地。モンフェルラートと共にグイリエルモの侯爵領地たり
グイリエルモの子ジヨヴァンニ父の仇を報いんとてアレクサンドリア人と戰ひしも利あらず、侯爵領地の民久しくその禍亂になやめり


    第八曲

ウェルギリウス及びソルデルロとともにダンテなほ君王の溪にありてニーノ・ヴィスコンティの靈とかたる、溪を襲へる一匹の蛇ふたりの天使に逐はれし後、彼またコルラード・マラスピーナと語りかつその豫言を聞く
一―六
【思ひ歸りて】思ひ郷に歸りて
【時】夕暮
七―九
【きかず】ソルデルロ語らず、君王の魂その歌をうたひ終りてまた聞ゆるものなければ
一〇―一二
【東】往時祈祷を捧ぐる人東に向ふを例とせり
一三―一五
【テー・ルーキス・アンテ】Te lucis ante(terminum)(光消えざるさきに)一日中の最終の禮拜の時(compieta)寺院内にうたふ祈りの歌にて夜の間の加護をねぎもとむるもの
一九―二一
【被物は】難解の譬喩にあらざれば容易にその眞義をさとりうべきをいへり
蛇は誘惑なり、天使は冥助なり、救ひの道にあるものといへどもその初めにあたりては誘惑にあふを免かれず、されどその信仰により天の冥助をえて罪を犯すにいたることなし
二二―二四
【蒼ざめ】誘惑を恐れ神前に謙りてその祐助を待つ
二五―二七
【焔の劒】(創世記三・二四參照)註釋者曰。劒に切尖なきはたゞ敵を防ぐためにて殺すためにあらざればなりと
二八―三〇
【縁】縁色は希望の象徴なり
三七―三九
【マリアの懷】聖母マリアの座所即ちエムビレオの天(天、三一・一一八以下)
四〇―四二
【背】ウェルギリウスの
四九―五一
【はじめかくれ】未だ眞の闇にあらねば、さきにはあはひ遠くして見えざりし互ひの姿も今は近くして見ゆるなり
五二―五四
【ニーン】ニーノ・ヴィスコンティ。ピサ市グエルフ黨の首領なるジヨヴァンニ・ヴィスコンティとウゴリーノ伯の女との間の子(地、三三・一三―五註參照)、一二七五年サールディニア島の一州ガルルーラの知事となり(地、二二・七九―八四註參照)後また祖父ウゴリーノと共にピサの市政に與かれるも幾何もなくこれと相爭ひ、一二八八年ピサを去り一二九六年サールディニアに死す
五五―五七
【水を渡りて】テーヴェレの河口より天使の船に乘りて。ニーノはダンテの境遇を知らざれば斯くいへり
五八―六〇
【今朝】四月十日の朝(淨、一・一九―二一註參照)
【第二の生】原文、他の生。永遠の生命
六一―六三
【しざりぬ】驚き惑ひて。ダンテにあふ者或ひはその呼吸により(淨、二・六七以下等)或ひはその影により(淨、三・九一以下等)てその生者なるを知れり、されどソルデルロはウェルギリウスの事に心奪はれて深くダンテに注意するの暇なく、且つこの頃日既に山の後にかくれゐたれば(淨、六・五六―七)影をみるをえざりしなり
六四―六六
【その一】ソルデルロ
【また一】ニーノ
【クルラード】クルラード・マラスピーナ(一〇九―一一行註參照)
【事】人に生きながら冥界をめぐるをえさせたまひしこと
六七―六九
水の深きがごとく奧深くして人智もこれを知る能はざるまでにみ業(わざ)の源をかくしたまふ神より汝のうくる特殊の惠みを指して
七〇―七二
【ジヨヴァンナ】ニーノの女、一三〇〇年には九歳ばかりなりきといふ
【罪なき者の】わがために祈りを天にさゝげしめよ
七三―七五
【母】ベアトリーチェ・オピッツオ・ダ・エスティ(地、一二・一一一)の女、一二九六年夫ニーノ死して後己が郷里フェルラーラに歸り、一三〇〇年ミラーノの君なるマッテオ・ヴィスコンティの子ガレアッツオに嫁す
【白き首□】中古、寡婦の服裝は黒衣に白の首□なりき、ベアトリーチェがこれを棄てて再嫁しミラーノに赴きしは一三〇〇年の半の頃なりしかど『神曲』示現の當時婚約既に成立ちゐたりしなるべしといふ
【あはれ】再嫁を悔いて寡婦の昔を慕ふなり。註釋者曰、一三〇二年ガレアッツオ、ミラーノを逐はれしよりこの方その一家久しく悲境に沈淪せりと
七九―八一
再嫁の記念を世に殘すは貞操の記念を世に殘すごとく名譽の事にあらざるべし
蝮蛇はミラーノのヴィスコンティ家の紋所、鷄はピサのヴィスコンティ家の紋所なり、家紋を墓所にあらはすこと日本に於てもその例多し
【ガルルーラ】地、二二・七九―八四註參照
八五―八七
【處】こゝにては南極の天を指す、極の星は赤道に近き處よりもその運行おそければなり
八八―九〇
【三の燈火】註釋者曰。この三の星は信仰、希望、愛を表はす、思慮、公義、剛氣、節制の諸徳は活動の徳にして晝に適し、神學上の三徳は默想の徳にして夜に適すと
九一―九三
【今朝】淨、一・二二以下參照
九四―九六
【我等の敵】默示録、一二・九參照
九七―九九
【エーヴァ】蛇、アダムの妻エヴァを誘ひて禁斷の木の實を食はしむ(創世記、三・一以下)、始祖の罪業は全人類の禍ひの本なりければ苦きといふ
一〇三―一〇五
【天の鷹】天使。ダンテ蛇にのみ心ひかれて天使の飛びはじめし有樣を見ざりしなり
一〇九―一一一
【魂】クルラード(コルラード)・マラスピーナ(幼)。ヴィルラフランカの侯爵フェデリーゴの子、一二九四年頃死す
一一二―一一七
【汝を】汝を導いて天にむかはしむる神恩の光汝がこの山の巓に達するまで、汝の意志のはたらきと相結びて、消ゆることなからんことを
【※[#「さんずい+幼」、242-6]藥の巓】美しくして變らざる地上の樂園
【ヴァル・ディ・マーグラ】ルーニジアーナの一部(地、二四・一四五―七註參照)。ヴィルラフランカの城その中央にあり
一一八―一二〇
【老】クルラード・マラスピーナ(老)。侯爵フェデリーゴの父(即ち前出クルラード・マラスピーナの祖父)、一二五〇年頃死す
【愛】己が宗族の榮達をのみ希へるわが地上の愛
一二七―一二九
【財布と劒】人に施して惜しまず且つ勇武なりとの家の譽を傷けず
一三〇―一三二
【習慣と自然】家風と天性
【罪ある首】法王(ボニファキウス八世か)。政務に關渉して
一三三―一三五
【牡羊四の】今より後七年の月日過ぎぬまに
牡羊の蔽ふ臥床は白羊宮なり、この時太陽白羊宮にありしがゆゑにかくいへり
一三六―一三八
【意見】汝のわが一家に對していだく
【人の言より】汝は世の風評以上に力あるもの即ち自己の經驗によりて汝の意見に誤りなきを知るならむ
一三〇六年の秋逐客のダンテ、ルーニジアーナにいたりてマラスピーナ一家の歡待をうけしを指す
一三九 若し神の定めたまふこと(ダンテの逐客となりて處々に流寓すべきこと等)かはらずば


    第九曲

ダンテ、君王の溪に眠りて夢み、眠り覺むれば日既に高く身は淨火の門に近し、その傍にはたゞウェルギリウスあるのみ、門を守る天使兩詩人のいふところをきき扉をひらきて内に入らしむ
一―六
淨火の夜景を敍せるなるべし、されど極めて難解にして意義明かならざるところ多し、こゝにてはたゞ諸註の中、主なるものの一をあぐ(委しくはムーアの『ダンテ研究』第三卷七四頁以下を見よ)
【ティトネの妾】月のエオス(アクローラ)(月代)即ち月まさに出でんとして東方の白むをいへり(ラーナ)ティトノス(ティーネ)はトロイア王ラオメドンの子、朝の女神エオスに慕はれこれを妻として不死の身となれりといふ(神話)。ダンテこの傳説にもとづき日のエオスをティトノスの正妻と見做し月のエオスをその妾と見做せるか
【友】ティトノス
【臺】地平線上
【生物】蠍。天蠍宮の星東の空にあらはれしをいふ
七―九
【夜は】夜の八時半過。春分の頃の夜の半即ち午後六時より夜半までを昇(のぼり)としその他を降(くだり)とすれば昇の二歩を終ふるは午後八時なり、第三歩翼を下に曲ぐるは八時と九時の間も既に半を過ぎたるなり
一〇―一二
【アダモの】肉體の係累あるにより
【五者】ダンテ、ウェルギリウス、ソルデルロ、ニーノ、クルラード
一三―一八
【憂ひ】化して燕となれるピロメラがトラキア王テレウスの辱しめをうけし昔の悲しみを訴ふるなり(淨、一七・一九―二一註參照)
【時】曙(地、二六・七―一二註參照)
二二―二四
【ところ】プリュギアのイデ(イーダ)山。ガニュメデスはトロイア王トロスの子にして世にたぐひなき美男子なり、かつてその朋輩とイデ山上に狩す、ゼウス一羽の鷲をおくりてこれをさらはせ天にとゞめて神々に奉仕せしむ(神話)
二五―二七
【こゝに】イデ山に
二八―三〇
【火】火炎界。中古の學説に空氣を圍繞する火、空氣と月天の間にあり
三四―三九
キロネはアキレウスをはぐくめるケンタウロスなり(地、一二・七〇―七二參照)
アキレウスの母テティス、トロイアの難をおそれてわが子をキロネより奪ひその眠れる間にこれをエーゲ海中の一島シロ(或ひはスキュロス)に移せり(神話)、眠り覺めしアキレウスのおどろきあやしめるさまスタティウスの『アキルレース』一・二四七以下にいづといふ
【ギリシア人】オデュセウスとディオメデス(地、二六・六一―三註參照)
四三―四五
【慰むる者】ウェルギリウス
【日は】四月十一日の午前八時頃
五二―五四
【汝の中に】汝の肉體の中に
五五―五七
【ルーチア】神恩の光(地、二・九七―九註參照)
五八―六〇
【魂】原文 forme 肉體を形成するものの義(地、二七・七三參照)
六一―六三
【開きたる】岩分るゝとみゆるをいふ(四九―五一行並びに七三―五行參照)
七〇―七二
【技】詩材にふさはしき作詩の技巧
七六―七八
【門守】門を守る天使は僧侶を代表す、懺悔を聞きて人を淨めの途に就かしむればなり
八二―八四
【目を擧ぐれども】かの白刃を見んとて
八五―八七
【導者】天使は兩詩人の淨火にとゞまるべき魂にあらざるを知り、たゞ何の力に導かれてかしこにいたれるやを問へるなり
【禍ひを】神恩とまことの改悔によりて人の罪淨めらる、その道によらずして罪を淨めんとする者は自ら禍ひを招くに等し
九四―一〇二
註釋者曰。淨火門前の三段は改悔の三要素すなはち心の悔、罪の告白、行の贖の象徴なり、第一の段即ち最下方にあるものは汚れなき心に寫して己が姿を見、己が眞状を知るを表示す、第二の段は色の黒きによりて心の暗き影を表示し縱横の龜裂によりて罪の告白能く心の拗執に勝つを表示す、第三の段即ち最上方にあるものはその赤色によりて、改悔を行ひに顯はし神意を滿さんとする心の愛燃ゆるばかりなるを表示すと
【ペルソ】地、五・八八―九〇註參照
一〇三―一〇五
【金剛石】神意によりて定まれる懺悔の僧の立場の堅固なるを表はす
一〇九―一一一
【胸を】ルカ、一八・一三に税吏神前に罪を悔いて己が胸をうちしこといづ
一一二―一一四
【七のP】淨火の七界に淨めらるべき七の罪(Peccati)のしるし。たとひ罪の行ひを赦さるともその行ひの本なる邪念を心に宿すときは人天堂に入ること能はず
一一五―一一七
註繹者曰。灰色は懺悔を聞く僧が謙遜の心をもてその任務を果すを表はすと
【二の鑰】天國の鑰(マタイ、一六・一九)
一二一―一二六
金の鑰は人の罪を釋くことをうる僧侶の權能の象徴にて銀の鑰は改悔者の眞の状態を知悉し、その適不適を判ずる僧侶の技能の象徴なり、僧侶もしその一に於て備はらざるところあれば救ひの門ひらかるゝことなし
【價貴し】僧侶キリストの血によりてはじめてかの權能をうけたればなり
【纈を解す】罪ある者の罪と心の状態とを審議してその罪を釋くべきや否やを定むるなり
一二七―一二九
【ピエル】ピエートロ鑰をキリストよりうけてしかして天使に托せるなり(地、一九・九二參照)
一三〇―一三二
【後方を】罪に歸るものは神の恩寵を失ふ(ルカ、九・六二及びマタイ、一二・四三―五參照)
一三六―一三八
【メテルロ】ルキウス・カエキリウス・メテルルス。ローマの保民官なり、カエサルがタルペア岩と稱する岩山(ローマにあり)よりローマの寶物を奪ひ去らんとせし時これを守れるメテルルス爭ひ止めしかども及ばず、轟然の響きとともに堂宇の藏の戸開かれきといふ
【瘠す】寶物を失へるをいふ
一三九―一四一
【最初の響き】門内に入りて聞ける最初の響き即ち歌
【調にまじれる聲】歌謠の抑揚にまじりて歌詞のきこゆるをいふ
【デー・デウム・ラウダームス】Te Deum laudamus(神よ、我等汝を讚美す)有名なるラテン聖歌の一
一四二―一四五
【詞】歌詞。歌詞のあきらかにきこゆることと器聲に壓せられてきこえざることとあるなり


    第十曲

詩人等淨火の門より岩間の小徑を登りゆきて山をめぐれる一帶の平地即ち淨火の第一圈にいたり山側なる大理石の上に彫り刻まれし謙遜の例を見また石を負ひて傲慢の罪を淨むる一群の靈にあふ
一―三
【魂の惡き愛】ダンテ思へらく、善惡の行爲すべて愛より出づ(淨、一七・一〇三―五參照)、愛正しければ善行を生み正しからざれば惡業を生む、しかるに人多くは惡に傾くがゆゑに淨火門内に入りて罪を淨むる者稀なり
四―六
【我若し】後を顧みたらんには悔ゆとも及ばざりしなるべし(淨、九・一三二參照)
七―九
【紆行りて】原文、動きて。石の動くをいへるにあらずして路の紆曲するをいへるなり
一〇―一二
路狹ければ側面の岩の路を壓して行手を妨ぐることなき處をえらぶなり
一三―一五
【月】月、床に歸るとはその西に沒するをいふ、滿月より五日目の月(地、二〇・一二七參照)にてその入るは午前九時過なるべし
一六―一九
【針眼】岩間の狹路
【後方に】山後方にかたよりて前方に平地(即ち淨火の圈)を殘せるところ
二二―二四
圈の外側と内側の間即ち幅は人の身長の三倍なり
二五―二七
【臺】cornice 圓柱の上部の意より轉じて淨火の圈の意に用ゐらる
二八―三〇
【垂直にして登るあたはざる】ムーア本、Che, dritta(=□ssendo dirtta quasi a perpendicolo), di salita aveva manco 學會本、Che dritto(=possibilita)di, etc. 登るすべなき
三一―三三
【ポリクレート】ポリュクレイトス、有名なるギリシアの彫刻家(前五世紀)
三四―四五
七罪に對する七徳の諸例の中第一例をすべて聖母の事蹟より引けり、第一圈にては聖母の謙遜を徳の第一例とす
【天使】ガブリエル(ルカ、一・二六以下)
救世主の出現を告げ知らせんため天使ガブリエル神より遣はされて聖母マリアの許に來れるさまを表はせり、キリストの降誕によりて神人相和し始祖アダム罪を犯せしよりこの方閉ぢて人の入る能はざりし天開け人はその涙を流して久しく求めしものをえたり
【幸あれ】Aue ガブリエルがマリアにのべし會釋の詞(ルカ、一・二八)
【女】マリア。尊き愛は人間に對する神の愛
【神の婢を見よ】マリアの天使にいへる詞(ルカ、一・三八)
四六―四八
【人の心臟のある方】左方
四九―五一
【後方】聖母の像よりなほ右に當る方即ちウェルギリウスのゐたる方
五五―六九
第二の例としてイスラエル王ダヴィデの謙遜を擧ぐ
【聖なる匱】神がモーゼに命じて作らせたまひし契約の匱(出エヂプト記、二五・一〇以下)、ダヴィデこれをイエルサレムに移さんとてアビナダブの家より曳出せり(サムエル後、六・一以下)
【人この事により】ウザが神の命なきに手を契約の匱に觸れ、神罰をうけて死せること(サムエル後、六・六―七)を思ひ
【七の組】ラテン語譯の聖書にseptem choriとあるによれり
【一に否と】民の歌をうたふさま眞に逼れば耳は彼等うたはずといへど目は否彼等歌ふといふ
【目と鼻】目は香ありといひ鼻はこれなしといふ
【聖歌の作者】詩篇の詩人、王ダヴィデ
【衣ひき□げ】サムエル、後六・二〇參照
【器】神の匱
【王者に餘り】身もあらはに亂舞せること王者にふさはしき振舞にあらず(足らず)、されどこれ皆謙遜の念より出でたる事なればむしろ世の王者にまさる(餘る)
【ミコル】ミカル。サウルの女にしてダヴィデの妃たりし者。王宮の窓より王の群集にまじりて躍り狂ふ姿を見、これを侮り且つ悲しめること聖書にいづ(サムエル後、六・一六及び二〇)
七三―九六
第三の例は皇帝トラヤヌスの物語なり、この物語はディオン・カッシウスの話説よりいでて中古廣く世に行はれきといふ
【グレゴーリオ】傳説に曰。皇帝トラヤヌス(五六―一一七年)の死後法王グレゴリウス一世その魂の救はれんことを神に祈りたれば皇帝この祈りのために地獄の苦しみを脱して天堂に入るをえたりと。一説には皇帝地獄より再び世に歸り洗禮を受くるにいたれりともいふ(天、二〇・一〇六―八參照)
【勝利】その祈りによりてトラヤヌスの魂を救ひ出せること即ち地獄に對する勝利
【鷲】ローマの軍旗として黄地に縫ひとれる鷲
【歸るまで】戰ひ終りて
【新しき物】神は時間に超越す、しかして萬物は皆神の顯現なり、故に神には新しき物あることなし
【奇し】かく複雜なる情の變化をあらはすは世の彫刻家の爲しあたはざるところなり
一〇〇―一〇二
【こなた】左
【民】傲慢の罪を淨むる者。この罪は七大罪のうち最も重き罪なれば最も低き處に淨めらる
一〇三―一〇五
或ひは「その好む習なる奇(めづら)しき物をみんとて眺むることにのみ凝れるわが目も、たゞちに彼の方にむかへり」
一〇六―一〇八
罪を淨むる者の苦しみ甚だ大なるを聞きて心臆し、悔改めの道を離るゝは非也
一〇九―一一一
苦しみの大なるをのみ思はずして後の福をおもへ、またいかに惡しき場合にても最後の審判の日到ればその苛責止むをおもへ
一一五―一一七
【わが目も】はじめは人の姿なるや否やを判じえざりしなり
一一八―一二〇
【石】罪の性質に應じて罰を異にすること地獄に於けるに同じ、世に自ら高うせる者今大石を負うて地にかゞむ
【なやむ】si picchia(打たるゝ、自ら打つ)註釋者多くはこれを罪を悔いて己が胸をうつ意に解すれど大石を負うて低くかゞめる者にふさはしからざるに似たり
一二四―一二六
【靈體の蝶】l'angelica farfalla(天使の如き蝶)人の魂。蟲の羽化して飛ぶどとく、我等の魂肉體をはなれ己が罪をかくさずしてゆいて審判をうくるなり
一二七―一二九
世に住む人の完全ならざるをいひてその高慢を誡めしなり
一三〇―一三二
【肱木】mensola 壁より凸出して梁の類を支ふるもの、往々人物の彫像を用ゐこれをしてその上にあるものを支ふるごとく見えしむ


    第十一曲

第二圈にいたらんため詩人等道をかの一群の靈に問ひ、その一オムベルト・アルドブランデスコの答へをききて彼等と共に右に向ふ、グッビオのオデリジまたかの群の中にありダンテを認めてこれと語りかつこれにプロヴェンツアーン・サルヴァーニの事を告ぐ
一―三
一行より二四行までは傲慢の罪を淨むる魂の祈りにてマタイ、六・九以下及びルカ、一一・二以下にみゆる主の祈りを敷衍せるもの
【限らるゝ】神の天にいますは空間の制限によりてそのいますところ定まれるがゆゑにあらず、たゞ最初の被造物即ち諸天及び天使を愛したまふこと特に深きによりてなり
四―六
【聖息】vapore 神の靈(みたま)のはたらき萬物に及ぶをいふ
七―九
【爾國の平和】天上の福
一〇―一二
人その私心を棄ててよく神意に服從すること天使のごとくなるべし
【オザンナ】Osanna 神を讚美する語(マタイ、二一・九)
一三―一五
【マンナ】manna 糧。昔イスラエルの民がアラビアの曠野にて食せるものにて(出エヂプト、一六・一三以下)こゝにては神の恩惠を指す
【曠野】マンナに因みて淨火を指せり。神恩によらざれば人、罪を淨むるあたはず
一六―一八
【功徳】我等の功徳微少にして罪を贖ふにたらざれば
一九―二一
【敵】惡魔
二二―二四
我等淨火門内にある者は惡の誘惑にあふことなければこの最後の祈りは我等のためにあらずして世人のためなり(淨、八・一九―二一註參照)
二五―二七
【旅】淨めの旅
【夢に】人魘(おそ)はれて恰も重荷に壓せらるゝ如く感ずるをいふ
二八―三〇
【等しからざる】石の輕重により
【濃霧】誇りの氣
【臺】圈(淨、一〇・二五―七註參照)
三一―三三
【良根】神恩。神は世に住む善人の祈りを受納したまふ(淨、四・一三三―五參照)
【こゝに】世に
三四―三六
【諸□の星の輪】諸天
三七―三九
以下四五行までウェルギリウスの詞
【正義と慈悲】神の
四〇―四二
【階】第一圈と第二圈の間の
【徑】第一圈より第二圈に通ずる狹路
五八―六三
【我】オムベルト・アルドブランデスコ。サンタフィオルの伯爵アルドブランデスコ家(淨、六・一〇九―一一註參照)の者、ギベルリニ黨に屬し屡□シエーナと爭へるため一二五九年シエーナ人刺客を遣はしてこれを殺さしむといふ
【ラチオの者】イタリア人
【古き血】舊家なること
【母の同じ】人皆地(或曰エヴァと)を母とす
六四―六六
【カムパニヤティーコ】オムブロネの溪なる一丘上の城にてアルドブランデスコ家の所有なり、オムベルトこゝに殺さる
七〇―七二
【生者】生前傲慢にして罪を淨めざりしかば死後この罪を贖はざるをえず
七三―七五
【垂れ】ダンテ自ら省みて傲慢の罪を恐れしなり
七九―八一
【アゴッビオ】クッビオ。マルケにあり
【色彩】alluminar(Fr. enluminer)色彩を用ゐて書籍の裝飾等をなす技
【オデリジ】グッビオの色彩畫家、一二九九年ローマに死す
八二―八四
【フランコ】ボローニアの色彩畫家、十三世紀の末より世に知らる
【一部】我はたゞ先輩として譽の一部を分つのみ。或曰、オデリジはフランコの師なりきと
八八―九〇
【もし罪を】我若し在世の間に悔改むることなかりしならば今猶淨火の門内に入るをえざりしなるべし
九一―九三
【衰へる世】先輩を凌駕する人の出でざる世
【その頂の】人の榮えの時めく間いつまでか續かむ
九四―九六
【チマーブエ】ジヨヴァンニ・チマーブエ。有名なるフィレンツェの畫家(一二四〇―一三〇二年頃)
【ジオット】有名なるフィレンツェの畫家。一二六六年フィレンツェの附近なる一小村に生れ、一三三七年フィレンツェに死す、ダンテの親友なりきといふ
九七―九九
【一のグイード】グイード・カヴァルカンティ(地、一〇・五八―六〇註參照)
【他のグイード】グイード・グイニツェルリ、ボローニアの詩人(淨、二六・九一―三註參照)
【巣より逐ふ者】ダンテがかの二詩人を凌駕するを暗示したりとの説あり、されど殊更に或一人を指せるにあらずしてたゞ一般に榮枯盛衰の定めなきをいへりとの註穩當なるに似たり
一〇三―一〇八
たとひ老いて後死すとも未だ千年經ざるまに世に忘れられ疎んぜられて稚き時に死すると異なるなきにいたらむ
【パッポ、ディンディ】papro(=pane), dindi(=denari)小兒の語、邦語にて飯(まんま)、錢(ぜぜ)といふにあたる。パッポ、ディンディを棄つるは人生長じて小兒の言語を用ゐざるにいたるをいふ
【いとおそくめぐる天】原文、天にいとおそくめぐる圈。恆星の天(第八天)を指す、當時の天文學によればその一□轉に三萬六千年を要すといふ
一〇九―一一四
【ゆく者】プロヴェンツァン・サルヴァーニ。シエーナなるギベルリニ黨の首領としてその勢力あまねくトスカーナに及ぶ、一二六〇年モンタペルティの戰ひ(地、一〇・八五―七註參照)の際大いにその黨與のために力め、翌六一年モンタプルチアーノにポデスタたり、一二六九年コルレの戰ひ(淨、一三・一一五―七註參照)に敗れ、虜はれて首斬らる
【亡ぼされし】モンタペルティの戰ひにフィレンツェ人(グエルフィ黨に屬する)の大敗せるをいふ
一一五―一一七
太陽はその光熱によりて地に草を生ぜしめ後これを枯らす、かくの如く時は人を榮えしめ後その榮を奪ふ
一二四―一二六
【かくのごとく】小股に(一〇九行)、荷重ければなり
【かゝる金錢】かゝる苦しみによりてその罪を淨む
―二七―一三二
【低き處】門外(淨、四・一二七以下參照)
【善き祈り】善人の祈り
【かく來る】死後直ちに門内に來る
一三三―一三八
古註曰。ターリアコッツオの戰ひ(地、二八・一三―八並びに註參照)にプロヴェンツァーンの一友某コルラヂーノのためにシヤルルと戰ひ、とらはれて獄に下さる、この時プロヴェンツァーン、一萬フィオリーノ(金貨)を以てその命を贖ふをうるを聞き、シエーナ市中央のピアッツァ(ピアッツア・デル・カムポ)に座を設け自ら人の憐みを乞ふ、シエーナ人尊大彼がごときもの今身を低うして人の助けを求むるを見てその志をあはれみ各□分に應じて施與す、獄中の友これによりて救はるゝことをえたりと
【震はしむ】人の憐みを乞ふのつらきに身震ふなり
一三九―一四一
【暗き】憐みを乞ふくるしさは經驗によらざれば知り難し
【隣人】フィレンツェ人。汝フィレンツェ人のために郷土を逐はれ自ら人の憐みを乞ひ自ら身を震はすに及びてはじめてよくわが詞を解せむ
一四二
【幽閉を】彼が門外に長く止まらずして早くこの處に來るをえしはこの愛この謙遜の行爲ありたるによりてなり


    第十二曲

ダンテ、ウェルギリウスの誡しめに從ひオデリジの魂とわかれて進み路上に刻める慢心の罰の例を見、かくて階(きざはし)のほとりにいたればひとりの天使その額上なる七字の一を消しこれを勵まして第二圈にむかはしむ
一―三
【魂】オデリジの
四―六
【人各□】人皆いそぎて改悔の途に進むべきをいへり
七―九
我は歩を早めんため、自然の要求に從ひて身を直くせるもわが心は傲慢のおそるべきものなるを知りてもとのごとく低く屈めり
一六―一八
【平地の墓】tombe terragne 高く築き上げたる墓に對していへり、表を上に向けし大理石の墓石などに生前の姿を刻して死後の記念となすこと中古世に行はるといふ
一九―二一
死者の追憶を拍車にたとへしなり
二五―二七
傲慢の罰の第一例として魔王ルチーフェロを擧ぐ
【尊く】地、三四・一六―八參照
【電光】我は電光の如くサタンの天より墜ちるを見たり(ルカ、一〇・一八)
二五行より三六行に亙る四聯は皆 Vedea(我は見たり)に、次の四聯は皆O(あゝ)に、次の四聯は皆 Mostrava(示せり)にはじまり、その又次の一聯のうち第一行は Vedea に第二行はOに第三行は Mostrava にはじまる
二八―三〇
第二の例はブリアレオスなり、神話にいづる巨人の一にして巨人等が神々と爭へる時ゼウスの電光の矢に射られて死せるもの(地、三一・九七―九並びに註參照)
三一―三三
第三例。神々と戰ひて死せる巨人等
彫像にはアポロン、アテナ、アレスの三神がその父ゼウスの傍にありてフレーグラの戰ひ(地、一四・五五―六〇參照)に死せる巨人等の骸(むくろ)を見る状をあらはせり
【ティムブレオ】アポロン。トロアデ(トロイア地方の名)のテュムブレにこの神を祭れる宮あるよりかく呼べり
三四―三六
第四例は聖書よりいづ、巨人ニムロッドネムブロット(地、三一・七六―八註參照)シナルの野にて高塔を築き、その頂を天に達せしめんとして神怒に觸る(創世記、―一・一以下)
【惑へる】言語亂れて通ぜざれば
【建物】原文、勞苦。バベルの高塔を指す
三七―三九
第五例は神話にいづるニオべの物語なり、ニオベはタンタロスの女、テバイ王アムピオンの妻となりて七男七女を生みその血統、富貴、美貌及び子女の多きに誇りて己をレト神にまされりとしテバイ人のこの神に供物を捧ぐるを責めしかば、レトその二子アポロン、アルテミスを遣はしてニオべの子女を悉く殺さしむ、ニオベは悲歎のあまり化して石となれり(オウィディウスの『メタモルフォセス』六・一四六以下參照)
四〇―四二
第六例。イスラエル王サウル、ペリシテ人と戰ひて利あらず、ギルボア山上に(パレスチナにあり)自刃して死す(サムエル前、三一・一以下)
【雨露】サウルの死を悼めるダヴィデの哀歌に曰く。ギルボアの山々よ、願はくは汝等の上に露も雨も降らざれ(サムエル後、一・二一)
四三―四五
第七例は神話にいづるアラクネ(アラーニエ)の物語なり(地、一七・一六―二四註參照)
【截餘】アテナは己が技(わざ)のアラクネに及ばざるをみて怒り織女の織りたる布帛を斷てり
四六―四八
第八例。レハベアムはイスラエル王ソロモンの子なり、父の死後その民これに苛政の苦しみを訴ふ、しかるにレハベアム、少年等の言に從ひ民の請ひを退けしかば民背きて王の税吏アドラムを殺せり、王即ちいそぎ車に乘りてイエルサレムに逃ぐ(列王紀略上、一二・一以下)
【おびやかす】イスラエルの民を
四九―五一
第九例として神話にいづるエリピュレを擧ぐ
彫像にはエリピュレがその子アルクマイオンに殺さるゝ状をあらはせり
ギリシア七王の一なるアムピアラオス、己がテバイの役に死する(地、二〇・三一―六註參照)を卜知しその所在をくらましたりしに妻エリピュレ、ヘファイストスの作なる金の頸飾を得んためポリュネイケスに誘はれて夫の隱家をこれに告げたり、アルクマイオン即ち母を殺して父の仇を報ゆ
【不吉なる】これを持つ者必ず禍ひに遭ふといはるればなり
五二―五四
第十例。セナケリブ、アッシリアの王なり、倨傲にして眞の神を侮りしが嘗て己の神ニスロクを宮の中にて拜せるとき其二子アデランメレクとシヤレゼルこれを殺して逃げ去れり(列王記略下、一九・三六―七及びイザヤ、三七・三七―八)
五五―五七
第十一例にはペルシア王キルス(クロス)をあげたり、マッサガテ人の女王トミリス激戰の後キルスを破りその屍を求めて頭を截り取りこれを血をもて滿たせし革嚢の中に入れ、血に渇ける者よ今血に飽けといへりといふ古の史家の記事によれり
五八―六〇
第十二例。アッシリアの大將オロフェルネ(ホロフェルネス)、ユダヤのベツーリアといへる町を圍めるとき、寡婦ユウディットその郷土を救はんため敵陣に赴き謀をもてホロフェルネスを殺せり、アッシリア人潰走す(『ユウディット』一一・一以下)
【遺物】首なきホロフェルネスの躯
六一―六三
第十三例。トロイア(地、一・七三―五註及び地、三〇・一三―五參照)
【イーリオン】イリオン、トロイアの異名。或曰、トロイアは町、イリオンは城の名と
六四―六六
【陰と線】線は像の輪郭をいひ、陰は高低をあらはす輪郭内の變化をいふ
【墨筆】stile 鉛錫等にて作れる筆にて最初の輪郭をあらはすに用ゐるもの
六七―六九
【面見し】原文、事實を見し。實際にそれ/″\の事柄を目撃せるをいふ
七〇―七二
【エーヴァの子等】人類。ダンテは世人が古來慢心の罰せられたる多くの例あるをおもはずして相率ゐてこの罪に陷るを嘲れるなり
七三―七五
思へるよりも時の早く過ぎたるをいふ
【繋はなれぬ】彫像にのみ心奪はれて他の事を思ふの餘地なき(淨、四・一以下參照)
【さらに多く】詩人等の歩みおそければ
七九―八一
【第六の侍婢】時を晝の侍女といへり、故に今は晝の第六時の終り即ち正午なり
九一―九三
【今より後】誇りの罪除かれたれば(一一八行以下參照)
九四―九六
ダンテの叫びか天使の詞かあきらかならず
【報知】天使の言を指す、これを聞く者の罕なるは謙遜の人の少なきなり
【高く】天に昇らんために生れし人類よ、汝等誇りの誘ひにあひ世の榮光をのみ求めて地に墜るは何故ぞ
九七―九九
【額を打ち】七のP(淨、九・一一二)の一を消せるなり(一三三―五行參照)
一〇〇―一〇八
第一圈より第二圈に到る徑(こみち)の階(きざはし)を、フィレンツェ市外の一丘モンテ・アルレ・クローチ(Monte alle Croci)の階と比較せるなり
【ルバコンテ】アルノ河に架せる橋の名、今は改めてポンテ・アルレ・グラーチエといふ
【邑】フィレンツェ。非政を嘲りて反語を用ゐしなり
【寺】「サン・ミニアート・ア・モンテ」(San Min iata a Monte)といふ、モンテ・アルレ・クローチの上にあり
【右にあたり】山門をくぐりて登りゆけばしばらくにして路二つにわかる、こゝにしるせし階はそのうちの右の路にあり
【文書と樽板】當時フィレンツェに行はれし二大詐僞をあぐ
一二九九年フィレンツェのポデスタ、モンフィオリートなる者不正の行爲ありて免官せられし時その自白の中にメッセル、ニッコラ・アッチヤイオリのため虚僞の陳述を人になさしめきとの一事あり、ニッコラ聞きて、その發覺を防がんと欲しメッセル・バルト・ダグリオネ(天、一六・五五―七參照)と共謀して市の記録の中より己に不利なる事項を抹殺せり
またこの頃鹽の出納役なりしキアラモンテージ家の一人、市より鹽を受取る時は普通の量器を用ゐ、これを市民に賣渡す時は樽板一枚を取去りて小さくせるものを用ゐ、以て不正の利を貪れりといふ
【安全なりし世に】かゝる惡事の行はれざりし昔
【右にも左にも】この階のモンテ・アルレ・クローチの階と異なるところは、その甚だ狹くして登るとき左右の石身に觸るゝにあり
一〇九―一一一
【聲】voci この語も Cantaron(歌へり)も共に複數なれば歌へる者の何なるやにつきては異説多し、但し他の多くの場合と同じくこれを以てPの一を消せし天使なりとし voci を parole(詞)の義に解し又は複數を單數の意に用ゐしものと解する人あり(ムーア『批判』四一〇六頁參照)
【靈の貧しき者】マタイ、五・三。一の罪淨まれば天使その額より一のPを消しかつキリスト山上の垂訓の始めなる九福の一句を歌ふを例とす、讀者その句と淨めらるゝ罪と相關聯するを思ふべし
一一五―一一七
【平地】第一圈の
一二一―一二三
【消ゆるばかりに】人慢心によりて神を離れ、神を離るゝによりて諸惡を行ふ、故に慢心は即ち諸惡の根源なり(箴言二一・四參照)慢心滅すれば他の罪亦皆消ゆるに近し
一二七―一三二
頭に羽毛などのつきたるを知らずして歩む者、人の笑ふをきゝてはじめて異しと思ひ、手をもてさぐり求むる類
一三三―一三五
【鑰を持つもの】淨火の門を守る天使(淨、九・一一二―四)


    第十三曲

詩人等第二圈即ち嫉妬の罪の淨めらるゝところにいたれば愛の例をあぐる聲きこゆ、また毛の衣を着、瞼を縫はれて岩石の邊に坐せる多くの魂あり、その一シエーナのサピーア己が境遇をダンテに告ぐ
一―三
【截りとられ】山の側面きりひらかれて圓形の路を成すをいふ
四―六
【弧線】第二圈は第一圈よりも小さければ圈の弧線の彎曲すること從つて急なり
七―九
【象も文も】或ひは、陰も線も。石面に彫像なきをいふ
一〇―一二
【選ぶこと】路を
一三―一五
【身を】原文、右脇を動(うごき)の中心として身の左方をめぐらし。日右にありたれば身をめぐらして右にむかへるなり
一六―一八
【光】比喩の意にては神恩の光
一九―二一
【故ありて】罪のために
二五―二七
【愛の食卓】愛は嫉妬と相反す、愛の食卓に招くは愛の例を告げ示して罪を淨むる魂に愛心を養ふを求むるなり
この圈の魂はその瞼を縫はれて(七〇―七二行)物を視る能はざるがゆゑに彫像によらず聲によりて教へらる
二八―三〇
聖母マリアの事蹟を第一例とす。カナの婚禮に招かれしとき酒盡きしかばマリア人々を憐みてキリストにむかひ、彼等に酒なしといふ、キリスト即ち水を變じて酒としたまふ(ヨハネ、二・一以下)
三一―三三
第二例としてピュラデス(ピラーデ)をあぐ。神話に曰く、アガメムノン(トロイアの役にて名高きギリシア軍の總大將)の子オレステス(オレステ)、ポキス王ストロピオスの子ピュラデスと水魚の交りありき、アガメムノンを殺せしアイギストスさらにオレステスを殺さんとせしときピュラデス叫びて我こそオレステスなれといひその友に代りて死せんとせりと
三四―三六
キリストの教訓を第三例とす(マタイ、五・四四)
三七―三九
【鞭の紐】善に導く方法即ち教訓の例
四〇―四二
【銜は】嫉妬の罪を避けしむる方法はこれと異なる例即ち嫉妬の罰の例を示してこの罪を恐れしむるにあり
鞭は魂をむちうち勵まして善に向はしむる積極的教訓をいひ銜は魂を抑制して惡に遠ざからしむる消極的教訓をいふ、前者には徳の例をあげ後者には罪の罰の例をあぐ、淨火の七圈各□この二者を備ふ
【赦の徑】第二圈と第三圈の間にある徑(こみち)、この下にいたれば天使額上よりP字の一を消去るなり、嫉妬の罰は淨、一四・一三三以下にいづ
四三―四五
【かなたを】原文、空氣を透して
四九―五一
【聖徒よと喚ばはる】或ひは、聖徒をよばはる。聖母を初め諸天使諸聖徒の助けを求むる祈りの歌(Litanie de'Santi)をうたへるなり
五八―六〇
【毛織】cilicio 馬の毛等を結びあはせて造れる粗き衣にて昔隱者これを肌に着けそのたえず身を刺すを忍びて一種の行(ぎやう)となせりといふ
六一―六六
【赦罪の日】寺院に特赦の式ある日近隣の人々赦罪を乞はんためそこに集まるを例とす、かゝる折を待ちて盲目の乞丐(かたゐ)等また寺前に集まり憐れなる言葉をいだし、あはれなる姿を示してかの人々に物乞はんとするなり
七〇―七二
目を大にして他人の境遇をうかゞふは嫉妬の人の常なれば目を縫ひふさぎてこの罪を矯む
【鷹】馴れざる鷹は人を見ればたえず恐れて逃げんとするがゆゑにこれを馴らさんため始め絲をもてその瞼を縫ひ合はす習ひありきといふ
七九―八一
路の右方即ち圈の外側は第一圈に接する斷崖あるところにてその縁平らかなればウェルギリウスはダンテの墜落を防ぎかつは圈の状況をしたしくこれに見せしめんとて自ら右側を行けるなり
八五―八七
【高き光】神
八八―九〇
願はくは神恩によりて汝等の心の汚穢(けがれ)洗ひ去られその記憶だにあとに殘らざるにいたらんことを
【これを】良心を
九一―九三
【ラチオ人】イタリア人
【益あらむ】生者に請ひてその者のために祈らしむべければ
九四―九六
【眞の都】天の都(エペソ、二・一九參照)
【旅客】天は郷土、人は旅客なり
九七―九九
【かなたに】かの魂に聞えしめんため聲を高くして語れる(一〇三―五行)をいふ
一〇三―一〇五
【登らむ】天に
一〇九―一一一
【サピーア】シエーナの貴婦人、家系不明
【智慧なく】Savia non fui 名の Sapia と savia(賢き)とを通はして文飾となせるなり
一一二―一一四
【はや降(くだり)と】われ三十五歳を過ぎしとき(地、一・一―三註參照)
一一五―一一七
【コルレ】エルザの溪の一丘上にある町の名。一二六九年シエーナ及びその他のギベルリニ黨、フィレンツェ人とこゝに戰ひて敗れ、シエーナ軍の主將プロヴェンツアーノ・サルヴァーニ(淨、一一・一二一)虜はれて殺さる
【好みたまへるもの】シエーナ軍の敗北。サピーアは極めて嫉妬深き女なればその同郷人特には當時權勢並びなきプロヴェンツァーンをそねみてその敗戰を希へるなるべしといふ
一二一―一二三
【メルロ】鳥の名、異鶫(くろつぐみ)の類
註釋者曰。こは昔の人の話柄(かたりぐさ)に、メルロは雪の頃身を縮めて元氣なけれど空少しく晴るゝをみれば直ちに勢ひを得て、冬すでに過ぐ、主よ我また汝を恐れずといふといへるによれるなりと
【恐れず】わが願ひすでに成就したれば
一二四―一二九
【ピエル・ペッティナーイオ】ピエートロ・ダ・カムピ、幼少の頃よりシエーナに住み櫛を商へるをもてペッティナーイオ(櫛商)の異名あり、その行ひ極めて清廉にして善行多し、一二八九年シエーナに死す、市民公費を以てその墓を建つといふ
【負債は】我はこゝに來りてたとひ一部なりともわが罪を贖ひ終ることあたはず、臨終に悔改めし魂の例に從ひ今猶淨火の門外に止まれるなるべし
一三三―一三五
我もいつかこのところに來りて嫉みの罪を淨めんために汝等の如く目を縫はるゝことあらむ、されどわがこゝに止まる間は短かかるべし
一三六―一三八
【この下なる】第一圈の。ダンテ自から誇りの罪をおそるゝこと嫉みの罪より甚しきをいへるなり
【かしこの重荷】かしこに罪を淨むる者の背にする石を我今みづから負ふ心地す
一三九―一四一
【かなたに】原文、下に(即ち第一圈に)
サピーアはダンテが淨火の各圈をめぐりゆく者なるを知らず、再び第一圈に歸りて罪を淨むる者なりとおもへるなり
一四二―一四四
【選ばれし】選ばれて禍ひを享くべき(淨、三・七三―五參照)
【動かす】汝の知人に請ひて汝のために祈らしめんとて
一四八―一五〇
【求むるもの】天上の福
【わが名を立てよ】彼等我を地獄に罰せらるとおもへば實を告げて
一五一―一五三
【タラモネ】トスカーナの南海岸にある一小港。シエーナ人これを以て商業及び軍事上の要港となさんと欲し久しく望みを囑しゐたるが一三〇三年にいたりて遂にこれを買取り、その地勢惡くして效果少なきにかゝはらず多くの資本と勞力とをこれがために費せるなり
【ディアーナ】シエーナ市及びその附近の地下にありと信ぜられし川の名。シエーナ市水に乏しければ市民費を惜しまずしてこの水を得んとせりといふ
一五四
註釋者曰。タラモネの築港工事を監督せる海軍の將士等、處の空氣あしきため病みて死せるをいへるなりと、されど異説多くして意義分明ならず
【危險を顧みざるは】異本、失ふところ多きは


    第十四曲

かの魂の一グイード・デル・ドゥーカ、アルノ沿岸の諸市及びローマニアの腐敗を慨く、また聲ありて嫉妬の罰せられし例を擧ぐ
一―三
グイード(七九―八一行註參照)の詞
四―六
リニエール(八八―九〇行註參照)の詞
一〇―一五
【一者】グイード
【汝の恩惠】汝が神よりうくる恩惠即ち生きながら冥界をめぐるをうること
一六―一八
【小川】アルノ。紆曲してトスカーナの中部を流る、長さ百二十哩
【ファルテロナ】アペンニノ山脈中の一高嶺
二八―三〇
【負債を償ひて】答へて。問はるれば答ふる義務あるがゆゑにかくいへり、グイードはリニエールの問ひに對してその義務を果せるなり
【溪の名】川の名といふに同じ、溪は川に因みてアルノの溪とよばる
三二―三三
【ペロロ】シケリア島東端の岬。シケリアはもとイタリア本土の一部なりしが地勢の變化によりてこれと分離するにいたれりとの説に從ひペロロを斷たれし云々といへるなり(『アエネイス』三・四一四以下參照)
【高山】アペンニノ連山
【水豐なる】pregno(孕める)或ひは支脈多き意に解する人あり
三四―三六
この一聯、海にいたるまでといふに同じ。天太陽の熱によりて海水を蒸發せしむれば、その蒸發せるもの雨となりて川に入り、川またこれを海に注ぐ
【その中に流るゝもの】原、己と倶に行く物
四〇―四二
【溪】アルノの溪即ちアルノ沿岸の地
【性を變へ】人たるの性を失ひて獸の如くなり
【チルチェ】名高き妖女(地、二六・八八―九三註參照)、人を獸に變ぜしむ(『アエネイス』七・一〇以下參照)
四三―四五
【豚】アルノ上流の地カセンティーノ(地、三〇・六四―六參照)の民を指す
【貧しき】水少なき
四六―四八
【小犬】Botoli(小さくして善く吠ゆる犬)アレッツオ人を指す
【顏を曲げ】カセンティーノを南に下れるアルノはアレッツオ市を距る三哩の處にいたり忽ち曲折して西に向ふ
四九―五一
【狼】フィレンツェ人を指す
五二―五四
【狐】ピサ人を指す
五五―五七
【聞く者】主としてダンテを指す
【眞の靈の】聖靈の教へに從つてわが豫言するところ
五八―六〇
【汝の孫】フルチェーリ・ダ・カールボリ。リニエールの孫、一三〇二年フィレンツェのポデスタとなりて大いに白黨を虐ぐ
六一―六三
【賣り】黒黨の賄賂をうけて多くの白黨をその敵の手に渡したればなり
六四―六六
【血】市民の
【林】フィレンツェ市
七〇―七二
【魂】リニエール
七六―七八
【好まざる】二〇―二一行參照
七九―八一
【グイード・デル・ドゥーカ】ブレッティノロ(一一二―四行註參照)の名族の出、十三世紀の人にてギベルリニ黨に屬す、傳不詳
八五―八七
【我自ら】我は己が罪によりてこの淨めの罰をうく(ガラテヤ、六・八參照)
【侶】を他人とともに頒つあたはざる世の福に(淨、一五・四三以下參照)
八八―九〇
【リニエール】リニエール・ダ・カールボリ。フォルリの名族の出、十三世紀の後半の人にてグエルフィ黨に屬す
九一―九三
【ポーと山と海とレーノの間】ローマニア。北はポー河、南はアペンニノ山脈、東はアドリアティコ海、西はレーノ河をその堺とす(地、二七・二八―三〇註參照)
【眞と悦びに】精神上及び處世上に必要なる文武の徳
【その血統】カールボリ一家
九四―九六
【有毒の雜木】敗徳の民
九七―一一一
【リーチオ】リーチオ・ダ・ヴァールボナ
リーチオ、アルリーゴ、ピエートロ、グイード等皆ローマニアの名族の出、十三世紀の人々にて仁侠を以て名高かりきといふ
【庶子】父祖の徳を繼ぐ能はざるをいふ
【フアッブロ】フアッブロ・デ・ラムベルタッチ。ボローニアのギベルリニ黨(一二五九年死)
【ベルナルディン・ディ・フォスコ】卑賤より身を起しその徳によりてファーエンツァ(ローマニア州ラーモネ河畔の町)第一流の市民となれるもの
【トスカーナ人】ダンテを指す
【グイード・ダ・プラータ】プラータはファーエンツァの附近にある町
【ウゴリーン・ダッツォ】トスカーナに名高きウバルディーニ家の者にて長くローマニアに住めりといふ
【フェデリーゴ・ティニヨーソ】リミニの人
【トラヴェルサーラ、アナスタージ】ともにラヴェンナ第一流の家柄なりしが一三〇〇年の頃殆んど斷絶の悲境にありきといふ
【處】ローマニア
【愛と義氣】或ひは戀愛のため或ひは義侠のため騎士等が多くの冒險を試みしたしく苦樂を味ひたりしその昔の日をしのぶなり
一一二―一一四
【ブレッティノロ】(今ベルティノロといふ)フォルリとチェゼナの間の町にて前出グイード及びアルリーゴ・マナルディの郷里なり
【汝の族と多くの民】族はブレッティノロを治めしマナルディ家を指せるか。スカルタッツィニ曰く、こは一二九五年ギベルリニ黨がブレッティノロより逐はれしをいふと
一一五―一二〇
【バーニアカヴァル】バーニアカヴァルロ、ラヴェンナの西にある町。十三世紀の頃この町を治めしマルヴィチーニ伯爵家には男子なかりきといふ
【カストロカーロ】モントネの溪にある町
【コーニオ】イモラ附近の町
不徳の子孫仁侠の父祖に代りて君たれば惡しといへり
【パガーニ】ファーエンツァの貴族
【鬼】パガーニ家の家長マギナルド・パガーニ・ダ・スシナーナ(地、二七・四九―五一參照)
【去る】一三〇二年に死す
【徴】美名
一二一―一二三
【ウゴリーン・デ・ファントリーン】ファーエンツァの人、徳を以て知らる、一二八二年に死し、その二子また相尋で死して家絶ゆ
一二七―一二九
かの魂等足音によりてわれらが右にゆくを知り而して何をもいはざるは即ち我等が方向を誤らざる證據なり、若し誤らば彼等必ず我等に教ふべければなり
一三〇―一三二
【聲】見えざる靈の(淨、一三・二五―七參照)
一三三―一三五
嫉妬の罰の第一例としてカインをあぐ、カインは嫉みのためにその弟アベルを殺せし者なり(創世記、四・三以下)
【およそ我に】神罰をおそれしカインの詞(創世記、四・一四)
一三九―一四一
罰第二例。アグラウロはアテナイ王ケクロップスの女アグラウロスなり、その姉妹ヘルセがヘルメス神に愛せらるゝを嫉み、神罰を蒙りて化石す(オウィディウスの『メタモルフォセス』二・七〇八以下)
一四二―一四四
【これは】これ等の例は人の心を抑制して他人の福を嫉むことなからしむるための善き誡めなり
一四五―一四七
【汝等】世人
【敵】惡魔
【銜】罰の例(淨、一三・四〇―二註參照)
【呼】徳に誘ふもの即ち徳の例。鳥を呼ぶにたとふ(地、三・一一五―七註參照)
一四八―一五〇
【美しき物】諸星(地、三四・一三六―八參照)
一五一
これ故に神は汝等を罰したまふ


    第十五曲

詩人等天使の教へに從つて階を踏み幸福の分與を論じつゝ第三圈即ち忿怒の罪の淨めらるゝところにいたる、ダンテこゝに異象によりて寛容柔和の例をみ後導者と共にすゝみて遂に一團の黒煙につゝまる
一―六
今見ゆる太陽と地平線との間は日出時の太陽と第三時(午前九時頃)の終りの太陽との間に同じ。即ち此時は日沒より三時間前(午後三時頃)なり
【球】太陽の天。そのつねに□轉して止まざること稚兒の戲るゝに似たり
【かしこ】淨火
【夕】Vespero 午後三時より日沒迄の間をいふ
【こゝ】イタリア。ダンテの計算に從へば淨火の午後三時はイエルサレムの午前三時に當り、聖都の西四十五度の位置にあるイタリアの夜半にあたる
一〇―一二
【輝】光輝のひときは強くなりてダンテの目を眩(くる)めかせしは(額を壓す)天使の光日光に加はりたればなり
一六―二一
ダンテは直接に天使より來る光を被はんとて手を目に翳せるもなほ間接の光(即ち天使よりいでて路にあたり反射してダンテを射る光)に堪ふる能はざりし次第を説きあかさんため光線反射の原理をこゝに敍せるなり
【くだるとおなじ】反射角の投射角と相等しきをいふ、この兩角相等しきがゆゑに反射線と垂線の間は投射線と垂線の間に等し
【垂線】原文、石の墜下(cader de la pietra)
二二―二四
【目は】光を避けんとてウェルギリウスの方にむかへるをいふ
三一―三三
罪清まるに從ひて光を喜ぶこといよ/\深し
三七―三九
【慈悲ある者】(マタイ、五・七)慈悲仁愛は嫉妬に反す
【勝者】嫉みの罪に勝つ者
四三―四五
【ローマニアの魂】グイード・デル・ドゥーカ(淨、一四・八五―七參照)
四六―四八
【最(いと)大いなる罪】嫉み(淨、一四・八二以下參照)
四九―五一
【處】地上の幸
五二―五四
汝等天上の幸を愛して心をこれに向はしむれば分の減ずる憂ひなし
【至高き球】エムピレオの天
五五―五七
【我等の所有と稱ふる者】幸を享くる者
【かの僧院に】聖徒の心に燃ゆる愛、僧院は天堂を指す(淨、二六・一二七―九註參照)
六四―六六
【眞の光より】われ眞を告ぐれども汝さとらず
六七―六九
【幸】神。神が己を愛する者に臨みたまふこと恰も太陽の光が光澤ある物體に臨むごとし
七〇―七二
神は己を愛する者の愛の熱度に應じて幸を與へたまふ、このゆゑに神を愛することいよ/\深ければその者のうくる幸またいよ/\大なり
七三―七五
天上の幸を愛するもの愈□多ければ神の賜ふ幸從つて多く彼等の神を愛する愛また從つて深し(五五―七行參照)、しかして彼等がおの/\自己の幸を他の者に映(うつ)すこと鏡に似たり
七九―八一
【五の傷】天使が劒を以てダンテの額にしるせし七のPの中の五(淨、九・一一二―五參照)即ち悔恨の苦しみによりて清まる五の罪
【かの二】誇りと嫉みの
八二―八四
【次の圓】第三圈、忿怒の罪を淨むるところ
【目の】處のさまを見んとの
八五―九三
寛容の徳の第一例として聖母マリアの事蹟をあぐ。マリアその子イエスを見失ひ夫と倶にこれを尋ね求むること三日、漸くにしてそのイエルサレムの神殿内にあるを知れるも怒らず罵らず、たゞ言葉を和らげて我子よ云々といへること聖書にみゆ(ルカ、二・四一以下)
【多くの人】イエスと問答しゐたる教師等(ルカ、二・四六)
九四―一〇五
第二例としてアテナイの君ペイシストラトス(前五二七年頃死)の寛容をあぐ。嘗て一青年路にてペイシストラトスの女に接吻せしかば母怒りて夫に復讎を求めしかども夫これに應ぜざりきといふことローマ古代の文人ヴァレリウス・マクシムスの説話集にいづといふ
【これが名に】アテナイの都ははじめその命名に就いてポセイドン、アテナ二神の間に激しき爭ひありしもアテナの勝となりしためかく名づけられたりとの傳説によれり(オウィディウス『メタモルフォセス』六・七〇以下參照)
一〇六―一一四
己を殺すもののために神の赦しを乞へる最初の殉教者ステパノをあげて第三例とす(使徒、七・五四以下)
【民】ユダヤ人
【目を天の】目をひらきて天を望み
一一五―一一七
【わが魂】わが魂己が外(そと)なる實在に歸れるとき、換言すればわが魂夢幻の境界を脱して五官の覺醒に歸れるとき
スカルタッツィニ曰。
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