神曲
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著者名:ダンテアリギエリ 

次にひとりの十字架にかゝれる者わが高まれる想像の中に降(ふ)りぬ、侮蔑と兇猛を顏にあらはし、死に臨めどもこれを變へず 二五―二七
そのまはりには大いなるアッスエロとその妻エステル、及び言(ことば)行(おこなひ)倶に全き義人マルドケオゐたり 二八―三〇
あたかも覆(おほ)へる水の乏しくなれる一の泡(あわ)のごとくこの象(かたち)おのづから碎けしとき 三一―三三
わが幻の中にひとりの處女(をとめ)あらはれ、いたく泣きつゝいひけるは。あゝ王妃よ、何とて怒りのために無に歸するを願ひたまひたる 三四―三六
汝ラヴィーナを失はじとて身を殺し、今我を失ひたまへり、母上よ、かの人の死よりさきに汝の死を悼(いた)むものぞ我なる。 三七―三九
新しき光閉ぢたる目を俄かに射れば睡りは破れ、破れてしかしてその全く消えざるさきに搖(ゆら)めくごとく 四〇―四二
我等の見慣るゝ光よりもなほはるかに大いなるものわが顏にあたるに及びてかの想像の象(かたち)消えたり 四三―四五
我はわがいづこにあるやを知らんとて身をめぐらせるに、この時一の聲、登る處はこゝぞといひて凡ての他(ほか)の思ひよりわが心を引離し 四六―四八
語れる者の誰なるをみんとのわが願ひを、顏を合すにあらざれば絶えて鎭(しづ)まることなきばかり深くせしかど 四九―五一
あたかも我等の視力を壓(あつ)し、強きに過ぐる光によりてその形を被ひかくす日にむかふ時のごとくにわが力足らざりき 五二―五四
こは天の靈なり、己が光の中にかくれ、我等の請ふを待たずして我等に登(のぼり)の道を示す 五五―五七
彼人を遇(あしら)ふこと人の自己(おのれ)をあしらふに似たり、そは人は乏しきを見て乞はるゝを待つ時、その惡しき心より早くも拒まんとすればなり 五八―六〇
いざ我等かゝる招きに足をあはせて暮れざるさきにいそぎ登らむ、暮れなば再び晝となるまでしかするあたはじ。 六一―六三
わが導者かくいへり、我は彼と、足を一の階(きざはし)にむけたり、かくてわれ第一の段(きだ)を踏みしとき 六四―六六
我は身の邊(ほとり)に翼の如く動きてわが顏を扇ぐものあるを覺え、また、平和を愛する者(惡しき怒りを起さざる)は福なりといふ聲をききたり 六七―六九
夜をともなふ最後の光ははや我等をはなれて高き處を照し、かなたこなたに星あらはれぬ 七〇―七二
あゝわが能力(ちから)よ、汝何ぞかく消ゆるや。我自らかくいへり、そは我わが脛(はぎ)の作用(はたらき)の歇(や)むを覺えたればなり 七三―七五
我等はかの階(きざはし)登り果てしところに立てり、しかして動かざること岸に着ける船に似たりき 七六―七八
また我はこの新しき圓に音する物のあらんをおもひてしばし耳を傾けし後、わが師にむかひていふ 七九―八一
わがやさしき父よ告げたまへ、この圓に淨めらるゝは何の咎ぞや、たとひ足はとゞめらるとも汝の言(ことば)をとどむるなかれ。 八二―八四
彼我に。幸(さいはひ)を愛する愛、その義務(つとめ)に缺くるところあればこゝにて補(おぎな)はる、怠りて遲(おそ)くせる櫂(かい)こゝにて再び早めらる 八五―八七
されど汝なほ明かにさとらんため心を我にむかはしめよ、さらば我等の止まる間に汝善き果(み)を摘むをうべし。 八八―九〇
かくて又曰ふ。子よ、造主(つくりぬし)にも被造物(つくられしもの)にも未だ愛なきことなかりき、これに自然の愛あり、魂より出づる愛あり、汝これを知る 九一―九三
自然の愛は常に誤らず、されど他はよからぬ目的(めあて)または強さの過ぐるか足らざるによりて誤ることあり 九四―九六
愛第一の幸(さいはひ)をめざすか、ほどよく第二の幸をめざす間は、不義の快樂(けらく)の原因(もと)たるあたはず 九七―九九
されど逸(そ)れて惡に向ふか、または幸を追ふといへどもその熱適(よろしき)を失ひて或ひは過ぎ或ひは足らざる時は即ち被造物(つくられしもの)己を造れる者に逆(さから)ふ 一〇〇―一〇二
是故に汝さとるをうべし、愛は必ず汝等の中にて凡ての徳の種となり、また罰をうくるに當るすべての行爲(おこなひ)の種となるを 一〇三―一〇五
さてまた愛はその主體の福祉より目をめぐらすをえざるがゆゑにいかなる物にも自ら憎むの恐れあるなく 一〇六―一〇八
いかなる物も第一者とわかれて自ら立つの理なきがゆゑにその情はみなこれを憎むことより斷たる 一〇九―一一一
わがかく説分(ときわく)る處正しくば、愛せらるゝ禍ひは即ち隣人(となりびと)の禍ひなる事亦自(おのづ)から明かならむ、而して汝等の泥(ひぢ)の中にこの愛の生ずる状(さま)三あり 一一二―一一四
己が隣人の倒るゝによりて自ら秀でんことを望み、たゞこのためにその高きより墜つるを希ふ者あり 一一五―一一七
人の高く登るを見て己が權(ちから)、惠(めぐみ)、譽(ほまれ)及び名を失はんことをおそれ悲しみてその反對(うら)を求むる者あり 一一八―一二〇
また復讐を貪るほどに損害(そこなひ)を怨むとみゆる者あり、かゝる者は必ず人の禍ひをくはだつ 一二一―一二三
この三樣の愛この下に歎かる、汝これよりいま一の愛即ち程度(ほど)を誤りて幸を追ふもののことを聞け 一二四―一二六
それ人各□己が魂を安んぜしむる一の幸をおぼろにみとめてこれを望み、皆爭ひてこれに就(つ)かんとす 一二七―一二九
これを見または求むるにあたりて汝等を引くところの愛鈍(にぶ)ければ、この臺(うてな)は汝等を、正しく悔いし後に苛責す 一三〇―一三二
また一の幸(さいはひ)あり、こは人を幸にせざるものにて眞(まこと)の幸にあらず、凡ての幸の果(み)またその根なる至上の善にあらず 一三三―一三五
かゝる幸に溺るゝ愛この上なる三の圈にて歎かる、されどその三に分るゝ次第は 一三六―一三八
我いはじ、汝自らこれをたづねよ。 一三九―一四一


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   第十八曲

説きをはりて後たふとき師わが足れりとするや否やをしらんと心をとめてわが顏を見たり 一―三
我はすでに新しき渇(かわき)に責められたれば、外(そと)に默(もだ)せるも内(うち)に曰ふ。恐らくは問ふこと多きに過ぎて我彼を累(わづら)はすならむ。 四―六
されどかの眞(まこと)の父はわが臆して闢(ひら)かざる願ひをさとり、自ら語りつゝ、我をはげましてかたらしむ 七―九
是に於てか我。師よ、汝の光わが目をつよくし、我は汝の言(ことば)の傳ふるところまたは陳ぶるところをみな明かに認むるをう 一〇―一二
されば請ふ、わが愛する麗しき父よ、すべての善惡の行の本(もと)なりと汝がいへる愛の何物なるやを我にときあかしたまへ。 一三―一五
彼曰ふ。智の鋭き目をわが方にむけよ、しかせば汝は、かの己を導者となす瞽(めしひ)等の誤れることをさだかに見るべし 一六―一八
夫れ愛し易く造られし魂樂しみのためにさめてそのはたらきを起すにいたればたゞちに動き、凡て己を樂します物にむかふ 一九―二一
汝等の會得(ゑとく)の力は印象を實在よりとらへ來りて汝等の衷(うち)にあらはし魂をこれにむかはしむ 二二―二四
魂これにむかひ、しかしてこれに傾けば、この傾(かたむき)は即ち愛なり、樂しみによりて汝等の中に新たに結ばるゝ自然なり 二五―二七
かくて恰も火がその體(たい)の最や永く保たるゝところに登らんとする素質によりて高きにむかひゆくごとく 二八―三〇
とらはれし魂は靈の動(うごき)なる願ひの中に入り、愛せらるゝものこれをよろこばすまでは休まじ 三一―三三
汝是に依りてさとるをえむ、いかなる愛にても愛そのものは美(ほ)むべきものなりと斷ずる人々いかに眞(まこと)に遠ざかるやを 三四―三六
これ恐らくはその客體常に良(よし)と見ゆるによるべし、されどたとひ蝋は良とも印影(かた)悉くよきにあらず。 三七―三九
我答へて彼に曰ふ。汝の言(ことば)とこれに附隨(つきしたが)へるわが智とは我に愛をあらはせり、されどわが疑ひは却つてこのためにいよ/\深し 四〇―四二
そは愛外部(そと)より我等に臨み、魂他(ほか)の足にて行かずば、直く行くも曲りてゆくも己が業(ごふ)にあらざればなり。 四三―四五
彼我に。理性のこれについて知るところは我皆汝に告ぐるをう、それより先は信仰に關(かゝ)はる事なればベアトリーチェを待つべし 四六―四八
それ物質と分れてしかしてこれと結び合ふ一切の靈體は特殊の力をその中にあつむ 四九―五一
この力はその作用によらざれば知られず、あたかも草木(くさき)の生命(いのち)の縁葉(みどりのは)に於ける如くその果(くわ)によらざれば現はれず 五二―五四
是故に最初の認識の智と、慾の最初の目的(めあて)を求むる情とは恰も蜜を造る本能蜂の中にある如く汝等の中にありて 五五―
そのいづこより來るや人知らず、しかしてこの最初の願ひは譽(ほめ)をも毀(そしり)をもうくべきものにあらざるなり ―六〇
さてこれに他(ほか)の凡ての願ひの集まるためには、謀りて而して許諾(うけがひ)の閾(しきみ)をまもるべき力自然に汝等の中に備はる 六一―六三
是即ち評價の源(みなもと)なり、是が善惡二の愛をあつめ且つ簸(ひ)るの如何によりて汝等の價値(かち)定まるにいたる 六四―六六
理をもて物を究めし人々この本然の自由を認めき、このゆゑに彼等徳義を世界に遣(のこ)せるなり 六七―六九
かかればたとひ汝等の衷(うち)に燃ゆる愛みな必須より起ると見做すも、汝等にはこれを抑(おさ)ふべき力あり 七〇―七二
ベアトリーチェはこの貴き力をよびて自由の意志といふ、汝これを憶ひいでよ、彼若しこの事について汝に語ることあらば。 七三―七五
夜半(よは)近くまでおくれし月は、その形白熱の釣瓶(つるべ)のごとく、星を我等にまれにあらはし 七六―七八
ローマの人がサールディニアとコルシーカの間に沈むを見る頃の日の炎をあぐる道に沿ひ天に逆ひて走れり 七九―八一
マントヴァの邑(まち)よりもピエートラを名高くなせる貴き魂わが負はせし荷をはやときおろし 八二―八四
我わが問ひをもて明(あきら)かにして解(げ)し易き説をはや刈り收めたれば、我は恰も睡氣(ねむけ)づきて思ひ定まらざる人の如く立ちゐたり 八五―八七
されど此時後方(うしろ)よりはやこなたにめぐり來れる民ありて忽ちわが睡氣(ねむけ)をさませり 八八―九〇
テーベ人(びと)等バッコの助けを求むることあれば、イスメーノとアーソポがそのかみ夜その岸邊(きしべ)に見しごとき狂熱と雜沓とを 九一―九三
我はかの民に見きとおぼえぬ、彼等は善き願ひと正しき愛に御せられつゝかの圓に沿ひてその歩履(あゆみ)を曲ぐ 九四―九六
かの大いなる群(むれ)こと/″\く走り進めるをもて、彼等たゞちに我等の許に來れり、さきの二者(ふたり)泣きつゝ叫びていひけるは。 九七―九九
マリアはいそぎて山にはせゆけり。また。チェーザレはイレルダを服(したが)へんとて、マルシリアを刺しし後イスパニアに走れり。 一〇〇―一〇二
衆つゞいてさけびていふ。とく來れとく、愛の少なきために時を失ふなかれ、善行(よきおこなひ)をつとめて求めて恩惠(めぐみ)を新たならしめよ。 一〇三―一〇五
あゝ善を行ふにあたりて微温(ぬるみ)のためにあらはせし怠惰(おこたり)と等閑(なほざり)を恐らくは今強き熱にて償ふ民よ 一〇六―一〇八
この生くる者(我決して汝等を欺かず)登り行かんとてたゞ日の再び輝くを待つ、されば請ふ徑(こみち)に近きはいづ方なりや我等に告げよ。 一〇九―一一一
是わが導者の詞なりき、かの靈の一曰ふ。我等と同じ方(かた)に來れ、しかせば汝徑を見む 一一二―一一四
進むの願ひいと深くして我等止まることをえず、このゆゑに我等の義務(つとめ)もし無禮(むらい)とみえなば宥(ゆる)せ 一一五―一一七
我は良きバルバロッサが(ミラーノ彼の事を語れば今猶愁ふ)帝國に君たりし頃ヴェロナのサン・ヅェノの院主なりき 一一八―一二〇
既に隻脚(かたあし)を墓に入れしひとりの者程なくかの僧院のために歎き、權をその上に揮(ふる)ひしことを悲しまむ 一二一―一二三
彼はその子の身全からず、心さらにあしく、生(うまれ)正しからざるものをその眞(まこと)の牧者に代らしめたればなり。 一二四―一二六
彼既に我等を超えて遠く走り行きたれば、そのなほ語れるやまたは默(もだ)せるや我知らず、されどかくいへるをきき喜びてこれを心にとめぬ 一二七―一二九
すべて乏しき時のわが扶(たすけ)なりし者いふ。汝こなたにむかひて、かのふたりの者の怠惰(おこたり)を噛みつゝ來るを見よ。 一三〇―一三二
凡ての者の後方(うしろ)にて彼等いふ。ひらかれし海をわたれる民は、ヨルダンがその嗣子(よつぎ)を見ざりしさきに死せり。 一三三―一三五
また。アンキーゼの子とともに終りまで勞苦を忍ばざりし民は、榮(はえ)なき生に身を委ねたり。 一三六―一三八
かくてかの魂等遠く我等を離れて見るをえざるにいたれるとき、新しき想ひわが心に起りて 一三九―一四一
多くの異なる想ひを生めり、我彼より此とさまよひ、迷ひのためにわが目を閉づれば 一四二―一四四
想ひは夢に變りにき 一四五―一四七


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   第十九曲

晝の暑(あつさ)地球のために、またはしば/\土星のために消え、月の寒(さむさ)をはややはらぐるあたはざるとき 一―三
地占者(ゼオマンテイ)等が、夜の明けざるさきに、その大吉と名(な)づくるものの、ほどなく白む道を傳ひて、東に登るを見るころほひ 四―六
ひとりの女夢にわが許に來れり、口吃(ども)り目眇(すが)み足曲(まが)り手斷(た)たれ色蒼し 七―九
われこれに目をとむれば、夜の凍(こゞ)えしむる身に力をつくる日のごとくわが目その舌をかろくし 一〇―
後また程なくその全身を直くし、そのあをざめし顏を戀の求むるごとく染めたり ―一五
さてかく詞の自由をえしとき、彼歌をうたひいづれば、我わが心をほかに移しがたしとおもひぬ 一六―一八
その歌にいふ。我はうるはしきシレーナなり、耳を樂しましむるもの我に滿ちみつるによりて海の正中(たゞなか)に水手(かこ)等を迷はす 一九―二一
我わが歌をもてウリッセをその漂泊(さすらひ)の路より引けり、およそ我と親しみて後去る者少なし、心にたらはぬところなければ。 二二―二四
その口未だ閉ぢざる間に、ひとりの聖なる淑女、これをはぢしめんとてわが傍(かたへ)にあらはれ 二五―二七
あゝヴィルジリオよ、ヴィルジリオよ、これ何者ぞやとあららかにいふ、導者即ち淑女にのみ目をそゝぎつゝ近づけり 二八―三〇
さてかの女をとらへ、衣(ころも)の前を裂き開きてその腹を我に見すれば、惡臭(をしう)これよりいでてわが眠りをさましぬ 三一―三三
われ目を善き師にむかはしめたり、彼いふ。少なくも三たび我汝を呼びぬ、起きて來れ、我等は汝の過ぎて行くべき門を尋ねむ。 三四―三六
我は立てり、高き光ははや聖なる山の諸□の圓に滿てり、我等は新しき日を背にして進めり 三七―三九
我は彼に從ひつゝ、わが額をば、あたかもこれに思ひを積み入れ身を反橋(そりはし)の半(なかば)となす者のごとく垂れゐたるに 四〇―四二
この人界にては開くをえざるまでやはらかくやさしく、來れ、道こゝにありといふ聲きこえぬ 四三―四五
かく我等に語れるもの、白鳥のそれかとみゆる翼をひらきて、硬き巖の二の壁の間より我等を上にむかはしめ 四六―四八
後羽を動かして、哀れむ者はその魂慰(なぐさめ)の女主となるがゆゑに福なることを告げつつ我等を扇(あふ)げり 四九―五一
我等ふたり天使をはなれて少しく登りゆきしとき、わが導者我にいふ。汝いかにしたりとて地をのみ見るや。 五二―五四
我。あらたなる幻(まぼろし)はわが心をこれにかたむかせ、我この思ひを棄つるをえざれば、かく疑ひをいだきてゆくなり。 五五―五七
彼曰ふ。汝はこの後唯一者(ひとり)にて我等の上なる魂を歎かしむるかの年へし妖女を見しや、人いかにしてこれが紲(きづな)を斷つかを見しや 五八―六〇
足れり、いざ汝歩履(あゆみ)をはやめ、永遠(とこしへ)の王が諸天をめぐらして汝等に示す餌に目をむけよ。 六一―六三
はじめは足をみる鷹も聲かゝればむきなほり、心食物(くひもの)のためにかなたにひかれ、これをえんとの願ひを起して身を前に伸ぶ 六四―六六
我亦斯の如くになりき、かくなりて、かの岩の裂け登る者に路を與ふるところを極め、環(めぐ)りはじむる處にいたれり 六七―六九
第五の圓にいでしとき、我見しにこゝに民ありき、彼等みな地に俯(うつむ)き伏して泣きゐたり 七〇―七二
わが魂は塵につきぬ、我はかく彼等のいへるをききしかど、詞ほとんど解(げ)しがたきまでその歎息(なげき)深かりき 七三―七五
あゝ神に選ばれ、義と望みをもて己が苦しみをかろむる者等よ、高き登の道ある方(かた)を我等にをしへよ。 七六―七八
汝等こゝに來るといへども伏すの憂ひなく、たゞいと亟(すみや)かに道に就かんことをねがはば、汝等の右を常に外(そと)とせよ。 七九―八一
詩人斯く請ひ我等かく答へをえたり、こは我等の少しく先にきこえしかば、我その言(ことば)によりてかのかくれたる者を認め 八二―八四
目をわが主にむけたるに、主は喜悦(よろこび)の休徴(しるし)をもて、顏にあらはれしわが願ひの求むるところを許したまへり 八五―八七
我わが身を思ひのまゝになすをえしとき、かの魂即ちはじめ詞をもてわが心を惹ける者にちかづき 八八―九〇
いひけるは。神のみ許(もと)に歸るにあたりて缺くべからざるところの物を涙に熟(う)ましむる魂よ、わがために少時(しばらく)汝の大いなる意(こゝろばせ)を抑へて 九一―九三
我に告げよ、汝誰なりしや、汝等何ぞ背を上にむくるや、汝わが汝の爲に世に何物をか求むるを願ふや、我は生(いき)ながら彼處(かしこ)よりいづ。 九四―九六
彼我に。何故に我等の背を天が己にむけしむるやは我汝に告ぐべきも、汝まづ我はペトルスの繼承者なりしことを知るべし 九七―九九
一の美しき流れシェストリとキアーヴェリの間をくだる、しかしてわが血族(やから)の稱呼(となへ)はその大いなる誇をばこの流れの名に得たり 一〇〇―一〇二
月を超ゆること數日、我は大いなる法衣(ころも)が、これを泥(ひぢ)に汚さじと力(つと)むる者にはいと重くして、いかなる重荷もたゞ羽と見ゆるをしれり 一〇三―一〇五
わが歸依はあはれおそかりき、されどローマの牧者となるにおよびて我は生の虚僞(いつはり)多きことをさとれり 一〇六―一〇八
かく高き地位をえて心なほしづまらず、またかの生をうくる者さらに高く上(のぼ)るをえざるをみたるがゆゑにこの生の愛わが衷(うち)に燃えたり 一〇九―一一一
かの時にいたるまで、我は幸(さち)なき、神を離れし、全く慾深き魂なりき、今は汝の見るごとく我このためにこゝに罰せらる 一一二―一一四
貪婪(むさぼり)の爲すところのことは我等悔いし魂の罪を淨むる状(さま)にあらはる、そも/\この山にこれより苦(にが)き罰はなし 一一五―一一七
我等の目地上の物に注ぎて、高く擧げられざりしごとくに、正義はこゝにこれを地に沈ましむ 一一八―一二〇
貪婪(むさぼり)善を求むる我等の愛を消して我等の働をとゞめしごとくに、正義はこゝに足をも手をも搦(から)めとらへて 一二一―
かたく我等を壓(おさ)ふ、正しき主の好みたまふ間は、我等いつまでも身を伸べて動かじ。 ―一二六
我は既に跪きてゐたりしが、このとき語らんと思へるに、わが語りはじむるや彼ただ耳を傾けて我の尊敬(うやまひ)をあらはすをしり 一二七―一二九
いひけるは。汝何ぞかく身をかゞむるや。我彼に。汝の分(きは)貴(たか)ければわが良心は我の直く立つを責めたり。 一三〇―一三二
彼答ふらく。兄弟よ、足を直くして身を起すべし、誤るなかれ、我も汝等とおなじく一の權威(ちから)の僕(しもべ)なり 一三三―一三五
汝若しまた嫁せずといへる福音の聲をきけることあらば、またよくわがかく語る所以(ゆゑん)をさとらむ 一三六―一三八
いざ往(ゆ)け、我は汝の尚長く止まるを願はず、我泣いて汝のいへるところのものを熟(う)ましむるに汝のこゝにあるはその妨(さまたげ)となればなり 一三九―一四一
我には世に、名をアラージヤといふひとりの姪(めひ)あり、わが族(うから)の惡に染まずばその氣質(こゝろばへ)はよし 一四二―一四四
わがかしこに殘せる者たゞかの女のみ。 一四五―一四七


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   第二十曲

一の意これにまさる意と戰ふも利なし、是故に我は彼を悦ばせんためわが願ひに背きて飽かざる海絨(うみわた)を水よりあげぬ 一―三
我は進めり、わが導者はたえず岩に沿ひて障礙(しやうげ)なき處をゆけり、そのさま身を女墻(ひめがき)に寄せつゝ城壁の上をゆく者に似たりき 四―六
そは片側(かたがは)には、全世界にはびこる罪を一滴(しづく)また一滴、目より注ぎいだす民、あまりに縁(ふち)近くゐたればなり 七―九
禍ひなるかな汝年へし牝の狼よ、汝ははてしなき饑(う)ゑのために獲物(えもの)をとらふること凡ての獸の上にいづ 一〇―一二
あゝ天よ(人或ひは下界の推移を汝の運行に歸するに似たり)、これを逐ふ者いつか來らむ 一三―一五
我等はおそくしづかに歩めり、我は魂等のいたはしく歎き憂ふる聲をききつゝこれに心をとめゐたるに 一六―一八
ふと我等の前に、産(うみ)にくるしむ女のごとく悲しくさけぶ聲きこえて、うるはしきマリアよといひ 一九―二一
續いてまた、汝の貧しかりしことは汝が汝の聖なる嬰兒(をさなご)を臥さしめしかの客舍にあらはるといひ 二二―二四
また次に、あゝ善きファーブリツィオよ、汝は不義と大いなる富を得んより貧と徳をえんと思へりといふ 二五―二七
これらの詞よくわが心に適(かな)ひたれば、我はかくいへりとみゆる靈の事をしらんとてなほさきに進めるに 二八―三〇
彼はまたニッコロが小女(をとめ)等の若き生命(いのち)を導きて貞淑(みさを)に到らしめんため彼等にをしまず物を施せしことをかたれり 三一―三三
我曰ふ。あゝかく大いなる善を語る魂よ、汝は誰なりしや、何ぞたゞひとりこれらの讚(ほ)むべきわざを新たに陳ぶるや、請ふ告げよ 三四―三六
果(はて)をめざして飛びゆく生命(いのち)の短き旅を終へんためわれ世に歸らば、汝の詞報酬(むくい)をえざることあらじ。 三七―三九
彼。我はかしこに慰(なぐさめ)をうるを望まざれども、かく大いなる恩惠(めぐみ)いまだ死せざる汝の中に輝くによりてこれを告ぐべし 四〇―四二
一の惡しき木その蔭をもてすべてのクリスト數國をおほひ、良果(よきみ)これより採らるゝこと罕(まれ)なり、そも/\我はかの木の根なりき 四三―四五
されどドアジォ、リルラ、ガンド、及びブルーゼスの力足りなば報(むくい)速かにこれに臨まむ、我また萬物を裁(さば)き給ふ者にこの報を乞ひ求む 四六―四八
我は世に名をウーゴ・チャペッタといへり、多くのフィリッピとルイージ我よりいでて近代(ちかきよ)のフランスを治む 五二―五四
我は巴里(パリージ)のとある屠戸(にくや)の子なりき、昔の王達はやみな薨(かく)れて、灰色の衣を着る者獨り殘れるのみなりし頃 五二―五四
我は王國の統御の手綱のかたくわが手にあるを見ぬ、また新たに得たる大いなる力とあふるゝばかりの友ありければ 五五―五七
わが子の首(かうべ)擢(ぬき)んでられて、寡(やもめ)となれる冠を戴き、かの受膏(じゅかう)の族(やから)彼よりいでたり 五八―六〇
大いなる聘物(おくりもの)プロヴェンツァがわが血族より羞恥の心を奪はざりし間は、これに美(ほ)むべき業(わざ)もなくさりとてあしき行ひもなかりしに 六一―六三
かの事ありしよりこの方、暴(あらび)と僞(いつはり)をもて掠(かす)むることをなし、後贖(あがな)ひのためにポンティ、ノルマンディア及びグアスコニアを取れり 六四―六六
カルロ、イタリアに來れり、しかして贖のためにクルラディーノを犧牲(いけにへ)となし、後また贖のためにトムマーゾを天に歸らしむ 六七―六九
我見るに、今より後程なく來る一の時あり、この時到らば他(ほか)のカルロは己と己が族(やから)の事を尚(なほ)よく人に知らせんとてフランスを出づべし 七〇―七二
かれ身を固めず、ジュダの試(ため)せし槍を提(ひつさ)げてひとりかしこをいで、これにて突きてフィレンツェの腹を壞(やぶ)らむ 七三―七五
かれかくして國を得ず、罪と恥をえむ、これらは彼が斯(かゝ)る禍ひを輕んずるにより、彼にとりていよ/\重し 七六―七八
我見るに、嘗てとらはれて船を出でしことあるカルロは、己が女(むすめ)を賣りてその價を爭ふこと恰も海賊が女の奴隷をあしらふに似たり 七九―八一
あゝ貪慾(むさぼり)よ、汝わが血族(ちすぢ)を汝の許にひきてこれに己が肉をさへ顧みざらしめしほどなれば、この上(うへ)何をなすべきや 八二―八四
我見るに、過去(こしかた)未來(ゆくすゑ)の禍ひを小(ちひ)さくみえしめんとて、百合(フイオルダリーゾ)の花アラーニアに入り、クリストその代理者の身にてとらはれたまふ 八五―八七
我見るに、彼はふたゝび嘲られ、ふたゝび醋(す)と膽(い)とを嘗(な)め、生ける盜人の間に殺されたまふ 八八―九〇
我見るに、第二のピラート心殘忍なればこれにてもなは飽かず、法によらずして強慾の帆をかの殿(みや)の中まで進む 九一―九三
あゝ我主よ、聖意(みこゝろ)の奧にかくれつゝ聖怒(みいかり)をうるはしうする復讎を見てわがよろこぶ時いつか來らむ 九四―九六
聖靈のたゞひとりの新婦(はなよめ)についてわが語り、汝をしてその解説(ときあかし)を聞かんためわが方にむかはしめしかの詞は 九七―九九
晝の間我等の凡ての祈りにつゞく唱和なり、されど夜いたれば我等これに代へてこれと反する聲をあぐ 一〇〇―一〇二
そのとき我等はかの黄金(こがね)をいたく貪りて背信、盜竊、殺人の罪を犯せるピグマリオンと 一〇三―一〇五
飽くなきの求めによりて患艱(なやみ)をえ常に人の笑ひを招く慾深きミーダのことをくりかへし 一〇六―一〇八
また分捕物(えもの)を盜みとれるため今もこゝにてヨスエの怒りに刺さるとみゆる庸愚(おるか)なるアーカンのことを憶(おも)ひ 一〇九―一一一
次にサフィーラとその夫を責め、エリオドロの蹴られしことを讚(ほ)む、我等はまたポリドロを殺せるポリネストルの汚名をして 一一二―
あまねく山をめぐらしめ、さて最後にさけびていふ、クラッソよ、黄金(こがね)の味(あぢ)はいかに、告げよ、汝知ればなりと ―一一七
ひとりの聲高くひとりの聲低きことあり、こは情の我等を策(むちう)ちて或ひはつよく或ひは弱く語らしむるによる 一一八―一二〇
是故に晝の間我等のこゝにて陳ぶべき徳を我今ひとりいへるにあらず、たゞこのあたりにては我より外に聲を上ぐる者なかりしのみ。 一二一―一二三
我等既に彼を離れ、今はわれらの力を盡して路に勝たんとつとめゐたるに 一二四―一二六
このとき我は山の震ひ動くこと倒るゝ物に似たるを覺えき、是に於てかわが身恰も死に赴く人の如く冷ゆ 一二七―一二九
げにラートナが天の二の目を生まんとて巣を營める時よりさきのデロといふともかく強くはゆるがざりしなるべし 一三〇―一三二
ついではげしき喊聲(さけびごゑ)四方に起れり、師即ち我に近づき、わが導く間は汝恐るゝなかれといふ 一三三―一三五
至高處(いとたかきところ)には榮光神にあれ。衆皆斯くいひゐたり、かくいひゐたるを我は身に近くしてその叫びの聞分(きゝわ)けうべき魂によりてさとれるなりき 一三六―一三八
我等はかの歌を最初に聞ける牧者のごとく、あやしみとゞまりて動かず、震動(ふるひ)止み歌終るにおよびて 一三九―一四一
こゝに再び我等の聖なる行路(たびぢ)にいでたち、既にいつもの歎(なげき)にかへれる多くの地に伏す魂をみたり 一四二―一四四
若しわが記憶に誤りなくば、いかなる疑ひもわがかの時の思ひのうちにありとみえしもののごとく大いなる軍(いくさ)を起して 一四五―
その解説(ときあかし)を我に求めしことあらじ、されどいそぎのためにはゞかりてこれを質(たゞ)さず、さりとて自から何事をも知るをえざれば ―一五〇
我は臆しつゝ思ひ沈みて歩みにき 一五一―一五三


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   第二十一曲

サマーリアの女の乞ひ求めたる水を飮まではとゞまることなき自然の渇(かわき)に 一―三
なやまされ、かつは急(いそぎ)に策(むちう)たれつゝ、我わが導者に從ひて障(さゝはり)多き道を歩み、正しき刑罰を憐みゐたるに 四―六
見よ、はや墓窟(はかあな)より起き出でたまへるクリストが途をゆく二人(ふたり)の者に現はれしこと路加(ルーカ)の書(ふみ)に録(しる)さるゝごとく 七―九
一の魂我等にあらはる、我等かの伏したる群(むれ)を足元に見ゐたりしときこの者後(うしろ)に來りしかど我等これを知らざりければ彼まづ語りて 一〇―一二
わが兄弟達よ、神平安を汝等に與へたまへといふ、我等直ちに身をめぐらしぬ、而してヴィルジリオは適(ふさ)はしき表示(しるし)をもてこれに答へて 一三―一五
後曰ひけるは。我を永遠(とこしへ)の流刑(るけい)に處せし眞(まこと)の法廷願はくは汝を福なる集會(つどひ)の中に入れ汝に平和を受けしめんことを。 一六―一八
そは如何(いかに)、汝等神に許されて登るをうる魂に非ずば誰に導かれてその段(きだ)をこゝまで踏みしや。彼かくいひ、いふ間(ま)も我等は疾(と)く行けり 一九―二一
わが師。この者天使の描く標(しるし)を着く、汝これを見ば汝は彼が善き民と共に治むるにいたるをさだかに知らむ 二二―二四
されど夜晝紡(つむ)ぐ女神(めがみ)は、クロートが人各□のために掛けかつ押固(おしかた)むる一束(たば)を未だ彼のために繰(く)り終らざるがゆゑに 二五―二七
汝と我の姉妹なるその魂は登り來るにあたり獨りにて來る能はざりき、そは物を見ること我等と等しからざればなり 二八―三〇
是故に彼に路を示さんため我は曳(ひ)かれて地獄の闊(ひろ)き喉を出づ、またわが教(をし)への彼を導くをうる間は我彼に路を示さむ 三一―三三
然(され)ど汝若し知らば我等に告げよ、山今かの如く搖(ゆる)げるは何故ぞや、またその濡(ぬ)るゝ据に至るまで衆齊(ひと)しく叫ぶと見えしは何故ぞや。 三四―三六
この問ひよくわが願ひの要(かなめ)にあたれり、されば望みをいだけるのみにてわが渇(かわき)はやうすらぎぬ 三七―三九
彼曰ふ。この山の聖なる律法(おきて)はすべて秩序なきことまたはその習ひにあらざることを容(ゆる)さず 四〇―四二
この地一切の變異をまぬかる、たゞその原因(もと)となるをうべきは天が自ら與へて自ら受くるところの者のみ、この外にはなし 四三―四五
是故に雨も雹も雪も露もまた霜も、かの三の段(きだ)より成れる短き階(きざはし)のこなたに落ちず 四六―四八
濃(こ)き雲も淡(うす)き雲も電光(いなづま)も、またかの世に屡□處を變ふるタウマンテの女(むすめ)も現はれず 四九―五一
乾ける氣は、わがいへる三の段の頂、ピエートロの代理者がその足をおくところよりうへに登らず 五二―五四
かしこより下は或ひは幾許(いくばく)か震ひ動かむ、されど上は、我その次第を知らざれども、地にかくるゝ風のために震ひ動けることたえてなし 五五―五七
たゞ魂の中に己が清きを感ずる者ありて起(た)ちまたは昇らんとして進む時、この地震ひ、かのごとき喊(さけび)次ぐ 五八―六〇
清きことの證左(あかし)となるものは意志のみ、魂既に全く自由にその侶を變ふるをうるにいたればこの意志におそはれ且つこれを懷くを悦ぶ 六一―六三
意志はげに始めよりあり、されど願ひこれを許さず、こはさきに罪を求めし如く今神の義に從ひ意志にさからひて苛責を求むる願ひなり 六四―六六
我この苦患(なやみ)の中に伏すこと五百年餘に及びこゝにはじめてまされる里に到らんとの自由の望みをいだけるがゆゑに 六七―六九
汝地の震ふを覺え、また山の信心深き諸□の靈の主(願はくは速かに彼等に登るをえさせたまへ)を讚(ほ)めまつるを聞けるなり。 七〇―七二
彼斯く我等にいへり、しかして渇(かわき)劇しければ飮むの喜び亦從ひて大いなるごとく、彼の言は我にいひがたき滿足を與へき 七三―七五
智(さと)き導者。汝等をこゝに捕ふる網、その解くる状(さま)、地のこゝに震ふ所以、汝等の倶に喜ぶところの物、我今皆これを知る 七六―七八
いざねがはくは汝の誰なりしやを我にしらしめ、また何故にこゝに伏してかく多くの代(よ)を經たるやを汝の詞にて我にあらはせ。 七九―八一
かの靈答へて曰ふ。いと高き王の助けをうけて善きティトがジユダの賣りし血流れ出たる傷の仇をむくいし頃 八二―
最も人にあがめられかつ長く殘る名をえて我ひろく世に知らる、されど未だ信仰なかりき ―八七
わが有聲(うせい)の靈の麗しければ我はトロサ人(びと)なるもローマに引かれ、かしこにミルトをもて額を飾るをうるにいたれり 八八―九〇
世の人わが名を今もスターツィオと呼ぶ、われテーべを歌ひ、後また大いなるアキルレをうたへり、されど第二の荷を負ひて路に倒れぬ 九一―九三
さてわが情熱の種は、千餘の心を燃やすにいたれるかの聖なる焔よりいでて我をあたゝめし火花なりき 九四―九六
わがかくいふは「エーネイダ」の事なり、こは我には母なりき詩の乳母(めのと)なりき、これなくば豈我に一ドラムマの重(おもさ)あらんや 九七―九九
我若しヴィルジリオと代(よ)を同じうするをえたらんには、わが流罪(るざい)の期(とき)滿つること一年(ひととせ)後(おく)るゝともいとはざらんに。 一〇〇―一〇二
これらの詞を聞きてヴィルジリオ我にむかひ聲なき顏にて默(もだ)せといへり、されど意志は萬事(よろづのこと)を爲しがたし 一〇三―一〇五
そは笑(ゑみ)も涙もまづその源なる情に從ひ、その人いよ/\誠實なればいよ/\意志に背けばなり 一〇六―一〇八
我たゞ微笑(ほゝゑ)めるのみ、されどその状(さま)□(めくばせ)する人に似たれば、かの魂口を噤み、心のいとよくあらはるゝ處なる目を見て 一〇九―一一一
いふ。願はくは汝幸(さいはひ)の中にかく大いなる勞苦を終(を)ふるをえんことを、汝の顏今笑(ゑみ)の閃(ひらめき)を我に見せしは何故ぞや。 一一二―一一四
我今左右に檢束をうく、かなたは我に默(もだ)せといひ、こなたは我にいへと命ず、是に於てか大息すれば 一一五―
わが師さとりて我に曰ふ。汝語るをおそるゝなかれ、語りて彼にそのかく心をこめて尋ぬるところの事を告ぐべし。 ―一二〇
是に於てか我。年へし靈よ、思ふに汝はわがほゝゑめるをあやしむならむ、されど我汝の驚きをさらに大いならしめんとす 一二一―一二三
わが目を導いて高きに到らしむるこの者こそは、かのヴィルジリオ、人と神々をうたふにあたりて汝に力を與へし者なれ 一二四―一二六
若しわが笑(ゑみ)の原因(もと)と思へるもの他にあらば、眞(まこと)ならずとしてこれを棄て、彼が事をいへる汝の言(ことば)を眞(まこと)の原因(もと)とおもふべし。 一二七―一二九
わが師の足を抱かんとて彼既に身をかゞめゐたりき、されど師彼に曰ふ。兄弟よ、しかするなかれ、汝も魂汝の見る者も魂なれば。 一三〇―一三二
彼立上(たちあが)りつゝ。今汝は汝のために燃ゆるわが愛の大いなるをさとるをえむ、そは我等の身の空しきを忘れて 一三三―一三五
我はあたかも固體のごとく魂をあしらひたればなり 一三六―一三八


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   第二十二曲

我等すでに天使をあとにす(こは我等を第六の圓にむかはせ、わが顏より一の疵をとりのぞける天使なり 一―三
彼は我等に義を慕ふ者の福なることを告げたり、而してその詞はたゞシチウントをもてこれを結びき) 四―六
また我は他(ほか)の徑(こみち)を通れる時より身輕ければ、疲勞(つかれ)を覺ゆることなくしてかの足早き二の靈に從ひつゝ歩みゐたるに 七―九
このときヴィルジリオ曰ふ。徳の燃やせし愛はその焔一たび外にあらはるればまた他の愛を燃やすを常とす 一〇―一二
是故にジヨヴェナーレが地獄のリムボの中なる我等の間にくだりて汝の情愛を我に明(あか)せし時よりこの方 一三―一五
汝に對してわれ大いなる好意(よしみ)を持てり、實(げに)これより固くはまだ見ぬ者と結べる人なし、かかれば今は此等の段(きだ)も我に短しと見ゆるなるべし 一六―一八
されど告げよ――若し心安きあまりにわが手綱弛(ゆる)みなば請ふ友として我を赦し、今より友いとして我とかたれ 一九―二一
貪婪(むさぼり)はいかで汝の胸の中、汝の勵みによりて汝に滿ちみちしごとき大なる智慧の間に宿るをえしや。 二二―二四
これらの詞をききてスターツィオまづ少しく笑を含み、かくて答へて曰ひけるは。汝の言葉はみな我にとりて愛のなつかしき表象(しるし)なり 二五―二七
それまことの理(ことわり)かくるゝがゆゑに我等に誤りて疑ひを起さしむる物げにしば/\現はるゝことあり 二八―三〇
汝が我をば世に慾深かりし者なりきと信ずることは汝の問ひよく我に證(あかし)す、これ思ふにわがかの圈にゐたるによらむ 三一―三三
知るべし、我は却つてあまりに貪婪(むさぼり)に遠ざかれるため、幾千の月この放縱を罰せるなり 三四―三六
我若し汝が恰も人の性を憤るごとくさけびて、あゝ黄金(わうごん)の不淨の饑ゑよ汝人慾を導いていづこにか到らざらんと 三七―
いへる處に心をとめ、わが思ひを正さざりせば、今は轉(まろ)ばしつゝ憂(う)き牴觸を感ずるものを ―四二
かの時我は費(つひや)すにあたりて手のあまりにひろく翼を伸ぶるをうるを知り、これを悔ゆること他(ほか)の罪の如くなりき 四三―四五
それ無智のために生くる間も死に臨みてもこの罪を悔ゆるあたはず、後(のち)髮を削りて起き出づるにいたる者その數いくばくぞ 四六―四八
汝また知るべし、一の罪とともに、まさしくこれと相反する咎、その縁(みどり)をこゝに涸(か)らすを 四九―五一
是故にわれ罪を淨めんとてかの貪婪(むさぼり)のために歎く民の間にありきとも、これと反する愆(とが)のゆゑにこそこの事我に臨めるなれ。 五二―五四
牧歌の歌人いひけるは。汝ヨカスタの二重(ふたへ)の憂ひの酷(むご)き爭ひを歌へるころは 五五―五七
クリオがこの詩に汝と關渉(かゝりあ)ふさまをみるに、善行(よきおこなひ)にかくべからざる信仰未だ汝を信ある者となさざりしに似たり 五八―六〇
若し夫れ然らばいかなる日またはいかなる燭(ともしび)ぞや、汝がその後かの漁者に從ひて帆を揚ぐるにいたれるばかりに汝の闇を破りしは。 六一―六三
彼曰ふ。汝まづ我をパルナーゾの方(かた)にみちびきてその窟(いはや)に水を掬(むす)ぶをえしめ、後また我を照して神のみもとに向はしめたり 六四―六六
汝の爲すところはあたかも夜燈火(ともしび)を己が後(うしろ)に携へてゆき、自ら益を得ざれどもあとなる人々をさとくする者に似たりき 六七―六九
そは汝のいへる詞に、世改まり義と人の古歸り新しき族(やから)天より降るとあればなり 七〇―七二
我は汝によりて詩人となり汝によりて基督教徒(クリスティアーノ)となれり、されどわが概略(おほよそ)に畫(ゑが)ける物を尚良く汝に現はさんため我今手を伸(の)べて彩色(いろど)らん 七三―七五
眞(まこと)の信仰は永久(とこしへ)の國の使者等(つかひたち)に播かれてすでにあまねく世に滿ちたりしに 七六―七八
わが今引ける汝の言(ことば)、新しき道を傳ふる者とその調(しらべ)を同じうせしかば、彼等を訪(おとづ)るることわが習ひとなり 七九―八一
かのドミチアーンが彼等を責めなやまししとき、わが涙彼等の歎(なげき)にともなふばかりに我は彼等を聖なる者と思ふにいたれり 八二―八四
われは世に在る間彼等をたすけぬ、彼等の正しき習俗(ならはし)は我をして他(ほか)の教へをあなどらしめぬ 八五―八七
かくてわが詩にギリシア人(びと)を導きてテーべの流れに到らざるさきにわれ洗禮(バッテスモ)をうけしかど、公(おほやけ)の基督教徒(クリスティアーン)となるをおそれて 八八―九〇
久しく異教の下(もと)にかくれぬ、この微温(ぬるみ)なりき我に四百年餘の間第四の圈をめぐらしめしは 九一―九三
されば汝、かゝる幸(さいはひ)をかくしし葢をわがためにひらける者よ、若し知らば、我等が倶に登るをうべき道ある間に、我等の年へし 九四―
テレンツィオ、チェチリオ、プラウト及びヴァリオの何處(いづこ)にあるやを我に告げよ、告げよ彼等罪せらるゝや、そは何の地方に於てぞや。 ―九九
わが導者答ふらく。彼等もペルシオも我もその他の多くの者も、かのムーゼより最も多く乳を吸ひしギリシア人(びと)とともに 一〇〇―一〇二
無明(むみやう)の獄(ひとや)の第一の輪の中にあり、我等は我等の乳母(めのと)等の常にとゞまる山のことをしばしばかたる 一〇三―一〇五
エウリピデ、アンティフォンテ、シモニーデ、アガートネそのほかそのかみ桂樹(ラウロ)をもて額を飾れる多くのギリシア人かしこに我等と倶にあり 一〇六―一〇八
汝が歌へる人々の中(うち)にては、アンティゴネ、デイフィレ、アルジア及び昔の如く悲しむイスメーネあり 一〇九―一一一
ランジアを示せる女あり、ティレジアの女(むすめ)とテーティ、デイダーミアとその姉妹等あり。 一一二―一一四
登りをはりて壁を離れしふたりの詩人は、ふたゝびあたりを見ることに心ひかれて今ともに默(もだ)し 一一五―一一七
晝の四人(よたり)の侍婢(はしため)ははやあとに殘されて、第五の侍婢轅(ながえ)のもとにその燃ゆる尖(さき)をばたえず上げゐたり 一一八―一二〇
このときわが導者。思ふに我等は右の肩を縁(ふち)にむけ、山を□(めぐ)ること常の如くにせざるをえざらむ。 一二一―一二三
習慣(ならはし)はかしこにてかく我等の導(しるべ)となれり、しかしてかの貴き魂の肯(うけが)へるため我等いよいよ疑はずして路に就けり 一二四―一二六
彼等はさきに我ひとり後(あと)よりゆけり、我は彼等のかたる言葉に耳を傾け、詩作についての教へをきくをえたりしかど 一二七―一二九
このうるはしき物語たゞちにやみぬ、そは我等路の中央(たゞなか)に、香(にほひ)やはらかくして良き果(み)ある一本(ひともと)の木を見たればなり 一三〇―一三二
あたかも樅(もみ)の、枝また枝と高きに從つて細きが如く、かの木は思ふに人の登らざるためなるべし、低きに從つて細かりき 一三三―一三五
われらの路の塞がれる方(かた)にては、清き水高き岩より落ちて葉の上にのみちらばれり 一三六―一三八
ふたりの詩人樹にちかづけるに、一の聲葉の中よりさけびていふ。汝等はこの食物(くひもの)に事缺かむ。 一三九―一四一
又曰ふ。マリアは己が口(今汝等のために物言ふ)の事よりも、婚筵のたふとくして全からむことをおもへり 一四二―一四四
昔のローマの女等はその飮料(のみもの)に水を用ゐ、またダニエルロは食物(くひもの)をいやしみて知識をえたり 一四五―一四七
古(いにしへ)の代(よ)は黄金(こがね)の如く美しかりき、饑ゑて橡(つるばみ)を味(あぢ)よくし、渇きて小川を聖酒(ネッタレ)となす 一四八―一五〇
蜜と蝗蟲(いなご)とはかの洗禮者(バテイスタ)を曠野(あらの)にやしなへる糧(かて)なりき、是故に彼榮え、その大いなること 一五一―一五三
聖史の中にあらはるゝごとし。 一五四―一五六


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   第二十三曲

我はあたかも小鳥を逐ひて空しく日を送る者の爲すごとくかの青葉に目をとめゐたれば 一―三
父にまさる者いひけるは。子よ、いざ來れ、我等は定まれる時をわかちて善く用ゐざるをえざればなり。 四―六
われ目と歩(あゆみ)を齊(ひと)しく移して聖達(ひじりたち)に從ひ、その語ることを聞きつゝ行けども疲れをおぼえざりしに 七―九
見よ、歎(なげき)と歌ときこえぬ、主よわが唇をと唱ふるさま喜びとともに憂ひを生めり 一〇―一二
あゝやさしき父よ、我にきこゆるものは何ぞや。我斯くいへるに彼。こは魂なり、おそらくは行きつゝその負債(おひめ)の纈(むすび)を解くならむ。 一三―一五
たとへば物思ふ異郷の族人(たびびと)、路にて知らざる人々に追及(おひし)き、ふりむきてこれをみれども、その足をとゞめざるごとく 一六―一八
信心深き魂の一群(むれ)、もだしつゝ、我等よりもはやく歩みて後方(うしろ)より來り、過ぎ行かんとして我等を目安(まも)れり 一九―二一
彼等はいづれも眼(まなこ)窪みて光なく、顏あをざめ、その皮(かは)骨の形をあらはすほどに痩せゐたり 二二―二四
思ふに饑(う)ゑを恐るゝこといと大いなりしときのエリシトネといふともそのためにかく枯れて皮ばかりとはならざりしならむ 二五―二七
我わが心の中にいふ。マリアその子を啄(ついば)みしときイエルサレムを失へる民を見よ。 二八―三〇
眼窩(めあな)は珠(たま)なき指輪に似たりき、OMO(オモ)を人の顏に讀む者M(エムメ)をさだかに認めしなるべし 三一―三三
若しその由來を知らずば誰か信ぜん、果實(このみ)と水の香(かをり)、劇しき慾を生みて、かく力をあらはさんとは 三四―三六
彼等の痩すると膚(はだ)いたはしく荒るゝ原因(もと)未だ明(あきら)かならざりしため、その何故にかく饑ゑしやを我今異(あや)しみゐたりしに 三七―三九
見よ、一の魂、頭(かうべ)の深處(ふかみ)より目を我にむけてつら/\視、かくて高くさけびて、こはわがためにいかなる恩惠(めぐみ)ぞやといふ 四〇―四二
我何ぞ顏を見て彼の誰なるを知るをえむ、されどその姿の毀てるものその聲にあらはれき 四三―四五
この火花はかの變れる貌(かたち)にかゝはるわが凡ての記憶を燃やし、我はフォレーゼの顏をみとめぬ 四六―四八
彼請ひていふ。あゝ、乾ける痂(かさぶた)わが膚(はだ)の色を奪ひ、またわが肉乏しとも、汝これに心をとめず 四九―五一
故に汝の身の上と汝を導くかしこの二の魂の誰なるやを告げよ、我に物言ふを否むなかれ。 五二―五四
我答へて彼に曰ふ。死(しに)てさきに我に涙を流さしめし汝の顏は、かく變りて見ゆるため、かの時に劣らぬ憂ひを今我に與へて泣かしむ 五五―五七
然(され)ば告げよ、われ神を指(さ)して請ふ、汝等をかく枯(か)らす物は何ぞや、わが異(あやし)む間我に言(い)はしむる勿れ、心に他(ほか)の思ひ滿つればその人いふ事宜(よろ)しきをえず。 五八―六〇
彼我に。永遠(とこしへ)の思量(はからひ)によりて我等の後方(うしろ)なるかの水の中樹の中に力くだる、わがかく痩するもこれがためなり 六一―六三
己が食慾に耽れるため泣きつゝ歌ふこの民はみな饑ゑ渇きてこゝにふたゝび己を清くす 六四―六六
果實(このみ)より、また青葉にかゝる飛沫(みづけぶり)よりいづる香氣(かをり)は飮食(のみくひ)の慾を我等の中(うち)に燃やすなり 六七―六九
しかして我等のこの處を□(めぐ)りて苦しみを新たにすることたゞ一度(たび)にとゞまらず――われ苦しみといふ、まことに慰(なぐさめ)といはざるべからず 七〇―七二
そはクリストの己が血をもて我等を救ひたまへる時、彼をしてよろこびてエリといはしめし願ひ我等を樹下(このもと)に導けばなり。 七三―七五
我彼に。フォレーゼよ、汝世を變へてまさる生命(いのち)をえしよりこの方いまだ五年(とせ)の月日經ず 七六―七八
若し我等を再び神に嫁(とつ)がしむる善き憂ひの時到らざるまに、汝の罪を犯す力既に盡きたるならんには 七九―八一
汝いかでかこゝに來れる、我は汝を下なる麓、時の時を補(おぎな)ふところに今も見るならんとおもへるなりき。 八二―八四
是に於てか彼我に。わがネルラそのあふるゝ涙をもて我をみちびき、苛責の甘き茵□(いんちん)を飮ましむ 八五―八七
彼心をこめし祈祷(いのり)と歎息(ためいき)をもて、かの魂の待つ處なる山の腰より我を引きまた我を他の諸□の圓より救へり 八八―九〇
わが寡婦(やもめ)わが深く愛せし者はその善行(よきおこなひ)の類(たぐひ)少なきによりていよ/\神にめでよろこばる 九一―九三
そは婦人(をんな)の愼(つゝしみ)に於ては、サールディニアのバルバジアさへ、わがかの女を殘して去りしバルバジアよりはるかに上にあればなり 九四―九六
あゝなつかしき兄弟よ、我汝に何を告げんや、今を昔となさざる未來すでにわが前にあらはる 九七―九九
この時到らば教壇に立つ人、面皮(めんぴ)厚きフィレンツェの女等の、乳房(ちぶさ)と腰を露(あら)はしつゝ外(そと)に出るをいましむべし 一〇〇―一〇二
いかなる未開の女いかなるサラチーノの女なりとて、靈または他(ほか)の懲戒(こらしめ)なきため身を被はずして出でし例(ためし)あらんや 一〇三―一〇五
されどかの恥知らぬ女等、若し□轉(めぐり)早き天が彼等の爲に備ふるものをさだかに知らば、今既に口をひらきてをめくなるべし 一〇六―一〇八
そはわが先見に誤りなくば、今子守歌(ナンナ)を聞きてしづかに眠る者の頬に鬚生(お)ひぬまに彼等悲しむべければなり 一〇九―一一一
あゝ兄弟よ、今は汝の身の上を我にかくすことなかれ、見よ我のみかは、これらの者皆汝が日を覆ふところを凝視(みつ)む。 一一二―一一四
我即ち彼に。汝若し汝の我と我の汝といかに世をおくれるやをおもひいでなば、その記憶は今も汝をくるしめむ 一一五―一一七
わが前にゆく者我にかゝる生を棄てしむ、こは往日(さきつひ)これの――かくいひて日をさし示せり――姉妹の圓く現はれし時の事なり 一一八―一二〇
彼我を彼に從ひてゆくこの眞(まこと)の肉とともに導いて闌(ふ)けし夜(よ)を過ぎ、まことの死者をはなれたり 一二一―一二三
我彼に勵まされてかしこをいで、汝等世の爲に歪める者を直くするこの山を登りつつまた□りつゝこゝに來れり 一二四―一二六
彼はベアトリーチェのあるところにわがいたらん時まで我をともなはむといふ、かしこにいたらば我ひとり殘らざるをえず 一二七―一二九
かく我にいふはこの者即ちヴィルジリオなり(我彼を指ざせり)、またこれなるは汝等の王國を去る魂なり、この地今 一三〇―一三二
その隅々(すみ/″\)までもゆるげるは彼のためなりき。


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   第二十四曲

言(ことば)歩(あゆみ)を、歩言をおそくせず、我等は語りつゝあたかも順風に追はるゝ船のごとく疾(と)く行けり 一―三
再び死にし者に似たる魂等はわが生くるを知り、我を見て驚愕(おどろき)を目の坎(あな)より吐けり 四―六
我續いてかたりていふ。彼若し伴侶(とも)のためならずは、おそらくはなほ速かに登らむ 七―九
されど知らば我に告げよ、ピッカルダはいづこにありや、また告げよ、かく我を視る民の中に心をとむべき者ありや。 一〇―一二
わが姉妹(その美その善いづれまされりや我知らず)は既に高きオリムポによろこびて勝利(かち)の冠をうく。 一三―一五
彼まづ斯くいひて後。我等の姿斷食のためにかく搾(しぼ)り取らるゝがゆゑに、こゝにては我等誰(た)が名をも告ぐるをう 一六―一八
此は――指ざしつゝ――ボナジユンタ、ルッカのボナジユンタなり、またその先のきはだちて憔悴(やつれ)し顏は 一九―二一
かつて聖なる寺院を抱けり、彼はトルソの者なりき、いま斷食によりてボルセーナの鰻(うなぎ)とヴェルナッチヤを淨む。 二二―二四
その他(ほか)多くの者の名を彼一々我に告ぐるに、彼等皆名をいはるゝを厭はじとみえ、その一者(ひとり)だに憂(う)き状(さま)をなすはあらざりき 二五―二七
我はウバルディーン・デラ・ピーラと、杖にて多くの民を牧せしボニファーチョとが、饑ゑの爲に空しくその齒を動かすを見たり 二八―三〇
我はメッセル・マルケーゼを見たり、この者フォルリにありし頃はかく劇しき渇(かわき)なく且つ飮むに便宜(たより)多かりしかどなほ飽く事を知らざりき 三一―三三
されど恰も見てその中よりひとりを擇ぶ人の如く我はルッカの者をえらびぬ、彼我の事を知るを最(いと)希ふさまなりければ 三四―三六
彼はさゝやけり、我は彼がかく彼等を痩せしむる正義の苦痛(いたみ)を感ずるところにてゼントゥッカといふを聞きし如くなりき 三七―三九
我曰ふ。あゝかく深く我と語るを望むに似たる魂よ、請ふ汝のいへることを我にさとらせ、汝の言葉をもて汝と我の願ひを滿たせよ。 四〇―四二
彼曰ふ。女生れていまだ首□(かしらぎぬ)を被(かづ)かず、この者わが邑(まち)を、人いかに誹るとも、汝の心に適(かな)はせむ 四三―四五
汝この豫言を忘るゝなかれ、もしわが低語(さゝやき)汝の誤解を招けるならば、この後まことの事汝にこれをときあかすべし 四六―四八
されど告げよ、かの新しき詩を起し、戀を知る淑女等とそのはじめにいへる者是即ち汝なりや。 四九―五一
我彼に。愛我を動かせば我これに意を留めてそのわが衷(うち)に口授(くじゆ)するごとくうたひいづ。 五二―五四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、我今かの公(おほやけ)の證人(あかしびと)とグイットネと我とをわが聞く麗はしき新しき調(しらべ)のこなたにつなぐ節(ふし)をみる 五五―五七
我よく汝等の筆が口授者(くじゆしや)にちかく附隨(つきしたが)ひて進むをみる、われらの筆にはげにこの事あらざりき 五八―六〇
またなほ遠く先を見んとつとむる者も彼と此との調(しらべ)の區別(けぢめ)をこの外にはみじ。かくいひて心足れるごとく默(もだ)しぬ 六一―六三
ニーロの邊(ほとり)に冬籠(ふゆごも)る鳥、空に群(むらが)り集(つど)ひて後、なほも速かに飛ばんため達(つらな)り行くことあるごとく 六四―六六
その痩すると願ひあるによりて身輕きかしこの民は、みな首(かうべ)をめぐらしつゝふたゝびその歩履(あゆみ)をはやめぬ 六七―六九
また走りて疲れたる人その侶におくれ、ひとり歩みて腰の喘(あへぎ)のしづまる時を待つごとく 七〇―七二
フォレーゼは聖なる群(むれ)をさきにゆかしめ、我とともにあとより來りていひけるは。我の再び汝に會ふをうるは何時(いつ)ぞや。 七三―七五
我彼に答ふらく。いつまで生くるや我知らず、されどわが歸ること早しとも、我わが願ひの中に、それよりはやくこの岸に到らむ 七六―七八
そはわが郷土(ふるさと)となりたる處は、日に日に自ら善を失ひ、そのいたましく荒るゝことはや定まれりとみゆればなり。 七九―八一
彼曰ふ。いざ行け、我見るに、この禍ひに關(かゝ)はりて罪の最も大いなるもの、一の獸の尾の下(もと)にて曳かれ、罪赦さるゝ例(ためし)なき溪にむかふ 八二―八四
獸はたえずはやさを増しつゝ一足毎にとくすゝみ、遂に彼を踏み碎きてその恥づべき躯(むくろ)を棄つ 八五―八七
これらの輪未だ長く□(めぐ)らざるまに(かくいひて目を天にむく)、わが言(ことば)のなほよく説明(ときあか)す能はざるもの汝に明(あきらか)なるにいたらむ 八八―九〇
いざ汝あとに殘れ、この王國にては時いと尊し、汝と斯く相並びてゆかば、わが失ふところ多きに過ぎむ。 九一―九三
たとへば先登(さきがけ)の譽をえんとて、馬上の群(むれ)の中より一人(ひとり)の騎士、馳せ出づることあるごとく 九四―九六
彼足をはやめて我等を離れ、我は世の大いなる軍帥(ぐんすゐ)なりし二者(ふたり)とともに路に殘れり 九七―九九
彼既に我等の前を去ること遠く、わが目の彼に伴ふさま、わが心の彼の詞にともなふごとくなりしとき 一〇〇―一〇二
いま一本(もと)の樹の、果(み)饒(ゆたか)にして盛なる枝我にあらはる、また我この時はじめてかなたにめぐれるなればその處甚だ遠からざりき 一〇三―一〇五
我見しに民その下にて手を伸べつゝ葉にむかひて何事をかよばはりゐたり、罪なき嬰兒(をさなご)物を求めて 一〇六―
乞へども乞はるゝ人答へず、かへつて願ひを増さしめんためその乞ふ物をかくさずして高く擡(もた)ぐるもこの類(たぐひ)なるべし ―一一一
かくて彼等はあたかも迷ひ覺めしごとく去り、我等はかく多くの請(こひ)と涙を卻(しりぞ)くる巨樹(おほき)のもとにたゞちにいたれり 一一二―一一四
汝等過ぎゆきて近づくなかれ、エーヴァのくらへる木この上にあり、これはもとかの樹よりいづ。 一一五―一一七
誰ならむ小枝の間よりかくいふ者ありければ、ヴィルジリオとスターツィオと我とは互ひに近く身を寄せつゝ聳ゆる岸の邊(ほとり)を行けり 一一八―一二〇
かの者またいふ。雲間に生れし詛(のろひ)の子等即ち飽いてその二重(ふたへ)の腰をもてテゼオと爭へる者を憶へ 一二一―一二三
また貪り飮みしため、マディアンにむかひて山を下れるゼデオンがその侶となさざりし希伯來人(エブレオびと)を憶へ。 一二四―一二六

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