クリスマス・カロル
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著者名:ディケンズチャールズ 

 彼は戸口を開ける前に帽子を脱いだ。襟巻も取ってしまった。彼は瞬く間に床几に掛けた。そして、九時に追い着こうとでもしているように、せっせと鉄筆(ペン)を走らせていた。
「いよう!」と、スクルージは成るたけ平素の声に似せるようにして唸った。「どう云う積りで君は今時分ここへやって来たのかね。」
「誠に相済みません、旦那」と、ボブは云った。「どうも遅なり[#「遅なり」は底本では「遅なわり」]まして。」
「遅いね!」と、スクルージは繰り返した。「実際、遅いと思うね。まあ君ここへ出なさい。」
「一年にたった一度の事で御座いますから」と、ボブは桶の中から現われながら弁解した。「二度[#「二度」は底本では「二廣」]ともうこんな事は致しませんから。どうも昨日は少し騒ぎ過ぎたのですよ、旦那。」
「では、真実(ほんとう)のところを君に云うがね、君」と、スクルージは云った。「俺(わし)はもうこんな事には一日も耐えられそうにないよ。そこでだね」と続けながら、彼は床几から飛び上がるようにして、相手の胴衣(チョッキ)の辺りをぐいと一本突いたものだ。その結果、ボブはよろよろとして、再び桶の中へ蹣跚(よろめき)き込んだ。「そこでだね、俺は君の給料を上げてやろうと思うんだよ。」
 ボブは顫え上がった。そして、少し許り定規の方へ近寄った。それで以ってスクルージを張り倒して、抑え附けて、路地の中を歩いている人々に助けを喚んで、狭窄衣でも持って来て貰おうと咄嗟に考えたのである。
「聖降誕祭お目出とう、ボブ君!」と、スクルージは相手の背中を軽く打ちながら、間違えようにも間違えようのない熱誠を籠めて云った。「この幾年もの間俺が君に祝って上げたよりも一層目出たい聖降誕祭だよ、ええ君。俺は君の給料を上げて、困っている君の家族の方々を扶けて上げたいと思っているのだがね。午後になったら、すぐにも葡萄酒の大盃を挙げて、それを飲みながら君の家(うち)のことも相談しようじゃないか、ええボブ君! 火を拵えなさい。それから四の五の云わずに大急ぎでもう一つ炭取りを買って来るんだよ、ボブ・クラチット君!」
 スクルージは彼の言葉よりももっと好かった。彼はすべてその約束を実行した。いや、それよりも無限に多くのものを実行した。そして、実際は死んでいなかったちびのティムに取っては、第二の父となった。彼はこの好い古い都なる倫敦(ロンドン)にもかつてなかったような、あるいはこの好い古い世界の中の、その他のいかなる好い古い都にも、町にも、村にもかつてなかったような善い友達ともなれば、善い主人ともなった、また善い人間ともなった、ある人々は彼がかく一変したのを見て笑った。が、彼はその人々の笑うに任せて、少しも心に留めなかった。彼はこの世の中では、どんな事でも善い事と云うものは、その起り始めにはきっと誰かが腹を抱えて笑うものだ、笑われぬような事柄は一つもないと云うことをちゃんと承知していたからである。そして、そんな人間はどうせ盲目だと知っていたので、彼等がその盲目を一層醜いものとするように、他人(ひと)を笑って眼に皺を寄せると云うことは、それも誠に結構なことだと知っていたからである。彼自身の心は晴れやかに笑っていた。そして、かれに取ってはそれでもう十分であったのである。
 彼と精霊との間にはそれからもう何の交渉もなかった。が、彼はその後ずっと禁酒主義の下に生活した。そして、若し生きている人間で聖降誕祭の祝い方を知っている者があるとすれば、あの人こそそれを好く知っているのだと云うようなことが、彼について終始云われていた。吾々についても、そう云うことが本当に云われたら可かろうに――吾々総てについても。そこで、ちびのティムも云ったように、神よ。吾々を祝福し給え――吾々総ての人間を!




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