ガリバー旅行記
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著者名:スウィフトジョナサン 

  第一、小人国(リリパット)




     1 大騒動

 私はいろ/\不思議な国を旅行して、さま/″\の珍しいことを見てきた者です。名前はレミュエル・ガリバーと申します。
 子供のときから、船に乗って外国へ行ってみたいと思っていたので、航海術や、数学や、医学などを勉強しました。外国語の勉強も、私は大へん得意でした。
 一六九九年の五月、私は『かもしか号』に乗って、イギリスの港から出帆しました。船が東インドに向う頃から、海が荒れだし、船員たちは大そう弱っていました。
 十一月五日のことです。ひどい霧の中を、船は進んでいました。その霧のために、大きな岩が、すぐ目の前に現れてくるまで、気がつかなかったのです。
 あッという間に、岩に衝突、船は真二つになりました。それでも、六人だけはボートに乗り移ることができました。私たちは、くた/\に疲れていたので、ボートを漕(こ)ぐ力もなくなり、たゞ海の上をたゞよっていました。と急に吹いて来た北風が、いきなり、ボートをひっくりかえしてしまいました。で、それきり、仲間の運命はどうなったのか、わかりませんでした。
 たゞ、私はひとり夢中で、泳ぎつゞけました。何度も/\、試しに足を下げてみましたが、とても海底にはとゞきません。嵐はようやく静まってきましたが、私はもう泳ぐ力もなくなっていました。そして私の足は、今ひとりでに海底にとゞきました。
 ふと気がつくと、背が立つのです。このときほど、うれしかったことはありません。そこから一マイルばかり歩いて、私は岸にたどりつくことができました。
 私が陸(おか)に上ったのは、かれこれ夜の八時頃でした。あたりには、家も人も見あたりません。いや、とにかく、ひどく疲れていたので、私は睡(ねむ)いばっかしでした。草の上に横になったかとおもうと、たちまち、何もかもわからなくなりました。ほんとに、このときほどよく眠ったことは、生れてから今まで、一度もなかったことです。
 ほっと目がさめると、もう夜明けらしく、空が明るんでいました。さて起きようかな、と思い、身動きしようとすると、どうしたことか、身体がさっぱり動きません。気がつくと、私の身体は、手も足も、細い紐(ひも)で地面に、しっかりくゝりつけてあるのです。髪の毛までくゝりつけてあります。これでは、私はたゞ、仰向けになっているほかはありません。
 日はだん/\暑くなり、それが眼にギラ/\します。まわりに、何かガヤ/\という騒ぎが聞えてきましたが、しばらくすると、私の足の上を、何か生物が、ゴソ/\這(は)っているようです。その生物は、私の胸の上を通って、顎(あご)のところまでやって来ました。
 私はそっと、下目を使ってそれを眺めると、なんと、それは人間なのです。身長六インチもない小人が、弓矢を手にして、私の顎のところに立っているのです。そのあとにつゞいて、四十人あまりの小人が、今ぞろ/\歩いて来ます。いや、驚いたの驚かなかったの、私はいきなり、ワッと大声を立てたものです。
 相手も、びっくり仰天、たちまち、逃げてしまいました。あとで聞いてわかったのですが、そのとき、私の脇腹から地面に飛びおりるひょうしに、四五人の怪我人も出たそうです。
 しかし彼等はすぐ引っ返して来ました。一人が、何か鋭い声で訳のわからぬことを叫ぶと、他の連中が、それを繰り返します。私はどうも気味が悪いので、逃げようと思い、もがいてみました。と、うまく左手の方の紐が切れたので、ついでに、ぐいと頭を持ち上げて、髪の毛をしばっている紐も、少しゆるめました。これで、どうやら首が動くようになったので、相手をつかまえてやろうとすると、小人はバタ/\逃げ出してしまうのです。
 そのとき、大きな号令とともに、百幾本の矢が私の左手めがけて降りそゝいで来ました。それはまるで針で刺すようにチク/\しました。そのうちに矢は顔に向って来るので、私は大急ぎで左手で顔をおゝい、ウン/\うなりました。逃げようとするたびに、矢の攻撃はひどくなり、中には、槍でもって、私の脇腹を突きに来るものもあります。私はとう/\、じっと、こらえていることにしました。そのうち夜になれば、わけなく逃げられるだろうと考えたのです。
 私がおとなしくなると、もう矢は飛んで来なくなりました。が、前とはよほど人数がふえたらしく、あたりは一段と騒がしくなりました。さきほどから、私の耳から二間ぐらい離れたところで、何かしきりに、物を打ち込んでいる音がしています。
 そっと顔をそちら側へねじむけて見ると、そこには、高さ一フート半ばかりの舞台が出来上っています。これは、小人なら四人ぐらい乗れそうな舞台です。のぼるために梯子(はしご)まで、二つ三つかゝっています。今、その舞台の上に、大将らしい男が立つと、大演説をやりだしました。四人のお附きをしたがえた、その大将は、年は四十歳ぐらいで、風采も堂々としています。といっても、その身長は、私の中指ぐらいでしょう。声を張りあげ、手を振りまわし、彼はなか/\調子よくしゃべるのです。
 私も左手を高く上げて、うや/\しく、答えのしるしをしました。しかし、なにしろ私は、船にいたとき食べたきりで、あれから、何一つ食べていません。ひもじさに、お腹がぐー/\鳴りだしました。もう、どうにも我慢ができないので、私は口へ指をやっては、何か食べさせてください、という様子をしました。大将は私の意味がよくわかったとみえて、さっそく、命令して、私の横腹に、梯子を五六本かけさせました。
 すると、百人あまりの小人が、それ/″\、肉を一ぱい入れた籠をさげて、その梯子をのぼり、私の口のところへやって来るのです。牛肉やら、羊肉やら、豚肉やら、なか/\立派な御馳走でしたが、大きさは、雲雀(ひばり)の翼ほどもありません。一口に二つ三つは、すぐ平げることができます。それにパンも大へん小粒なので、一口に三つぐらいわけないのです。あとから/\運んでくれるのを、私がペろりと平げるので、一同はひどく驚いているようでした。
 私は水が欲しくなったので、その手まねをしました。あんなに食べるのだから、水だって、ちょっとやそっとでは足りないだろうと、小人たちは一番大きな樽を私の上に吊し上げて、ポンと呑口をあけてくれました。一息に私は飲みほしてしまいました。なあに、大樽といったって、コップ一ぱい分ぐらいの水なのですから、なんでもありません。が、その水は、薄い葡萄酒に似て、なんともいゝ味のものでした。
 彼等はこんなことがよほどうれしかったのでしょう。大喜びで、はしゃぎまわり、私の胸の上で踊りだしました。下からは私に向って、その空樽を投げおろしてくれと手まねをします。私が左手で胸の上の樽を投げてやると、小人たちは一せいに拍手しました。それにしても、私の身体の上を勝手に歩きまわっている大胆さ。私の身体は彼等から見れば、山ほどもあるのです。それを平気で歩きまわっているのです。
 しばらくすると、皇帝陛下からの勅使が、十二人ばかりのお供をつれてやって来ました。私の右足の足首からのぼって、どん/\顔のあたりまでやって来ます。その書状をひろげたかとおもうと、私の眼の前に突きつけて、何やら読み上げました。それから、しきりに前方を指さしました。この意味は、あとになってわかったのですが、指さしている方向に、小人国の都があったのです。そこへ、皇帝陛下が、私をつれて来るよう言いつけられたのだそうです。
 私は、どうかこの紐を解いてくださいと、くゝられていない片方の手で、いろ/\と手まねをして見せました。すると勅使は、それはならぬというふうに、頭を左右に振りました。その代り、食物や飲物に不自由させぬから安心せよ、と彼は手まねで答えました。
 勅使が帰ってゆくと、大勢の小人たちが、私のそばにやって来て、顔と両手に、何かひどく香りのいゝ、油のようなものを塗ってくれました。と間もなく、あの矢の痛みはケロリとなおりました。
 私は気分もよくなったし、お腹も一ぱいだったので、今度は睡くなりました。そして八時間ばかりも眠りつゞけました。これもあとで聞いてわかったのですが、私が飲んだ、あのお酒には眠り薬がまぜてあったのです。
 最初、私が上陸して、草の上に何も知らないで眠っていたとき、小人たちは、私を発見すると、大急ぎで皇帝にお知らせしました。そこでさっそく、会議が開かれ、とにかく、私をしばりつけておくこと、食物と飲物を送ってやること、私を運搬するために、大きな機械を一つ用意すること、こんなことが会議で決まったらしいのです。
 で、さっそく、五百人の大工と技師に言いつけて、この国で一番大きな機械を持ち出すことになりました。それは長さ七フィート、幅四フィートの木の台で、二十二箇の車輪がついています。私が眠り薬のおかげで、ぐっすり何も知らないで眠っている間に、この車が私の身体にぴったり横づけにされていました。だが、眠っている私をかつぎ上げて、この事に乗せるのは大へんなことだったらしいのです。
 まず第一に、高さ一フートの柱を八十本立て、それから、私の身体をぐる/\まきにしている紐の上に、丈夫な綱をかけました。そして、この綱を柱にしかけてある滑車で、えんさ/\と引き上げるのです。九百人の男が力をそろえて、とにかく私を車台の上に吊し上げて結びつけてしまいました。すると、千五百頭の馬が、その車を引いて、私を都の方へつれて行きました。もっとも、これは、みんなあとから人に聞いて知った話なのです。
 車が動きだしてから、四時間もした頃のことです。何か故障のため、車はしばらく停まっていましたが、そのとき、二三の物好きな男たちが、私の寝顔はどんなものか、それを見るために、わざ/\車によじのぼって来ました。
 はじめは、そっと顔のあたりまで近づいて来たのですが、一人の男が、手に持っていた槍の先を、私の鼻の孔にグイと突っ込んだものです。こよりで、つゝかれたようなもので、くすぐったくてたまりません。思わず知らず、大きなくしゃみと一しょに私は目がさめました。
 日が暮れてから、車は休むことになりましたが、私の両側には、それ/″\五百人の番兵が、弓矢や炬火(たいまつ)をかゝげて取り囲み、私がちょっとでも身動きしようものなら、すぐ取り押えようとしていました。翌朝、日が上ると、車はまた進みだしました。そして正午頃、車は都の近くにやって来ました。皇帝も、大臣も、みんな出迎えました。皇帝が私の身体の上にのぼってみたがるのを、それは危険でございます、と言って、大臣たちはとめていました。
 ちょうど、車が停まったところに、この国で一番大きい神社がありました。こゝは前に、何か不吉なことがあったので、今では祭壇も取り除かれて、中はすっかり空っぽになっていました。この建物の中に、この私を入れることになったのです。北に向いた門の高さが約四フィート、幅は二フィートぐらい、こゝから、私は入り込むことができます。私の左足は、錠前でとめられ、左側の窓のところに、鎖でつながれました。
 この神社の向側に見える塔の上から、皇帝は臣下と一しょに、この私を御見物になりました。なんでも、その日、私を見物するために、十万人以上の人出があったということです。それに、番人がいても、梯子をつたって、この私の身体にのぼった連中が、一万人ぐらいはいました。が、これは間もなく禁止され、犯したものは死刑にされることになりました。
 もう私が逃げ出せないことがわかったので、職人たちは、私の身体にまきついている紐を切ってくれました。それで、はじめて私は立ち上ってみたのですが、いや、なんともいえない厭(いや)な気持でした。
 ところで、私が立ち上って歩きだしたのを、はじめて見る人々の驚きといったら、これまた、大へんなものでした。足をつないでいる鎖は、約二ヤードばかりあったので、半円を描いて往復することができました。
 立ち上って、私はあたりを見まわしましたが、実に面白い景色でした。附近の土地は庭園がつゞいているようで、垣をめぐらした畑は花壇を並べたようです。その畑のところどころに、森がまざっていますが、一番高い木でまず七フィートぐらいです。街は左手に見えていましたが、それはちょうど、芝居の町そっくりでした。
 さきほどまで、塔の上から私を見物していた皇帝が、今、塔をおりて、こちらに馬を進めて来られました。が、これはもう少しで大ごとになるところでした。というのは、この馬はよく馴(な)れた馬でしたが、私を見て山が動きだしたように、びっくりしたものですから、たちまち後足で立ち上ったのです。しかし、皇帝は馬の達人だったので、鞍(くら)の上にぐっと落ち着いていられる、そこへ、家来が駈けつけて、手綱を押える、これでまず、無事におりることができました。
 皇帝は、私を眺めまわし、しきりに感心されています。が、私の鎖のとゞくところへは近寄りません。それから、料理人たちに、食物を運べと言いつけられます。すると、みんなが、御馳走を盛った、車のような容(い)れものを押して来ては、私のそばにおいてくれます。
 容れものごと手でつかんで、私はペロリと平げてしまいます。肉が二十車、飲物が十車、どれもこれも平げてしまいました。
 皇后と若い皇子皇女たちは、たくさんの女官に附き添われて、少し離れた椅子のところにいましたが、皇帝のさきほどの馬の騒ぎのとき、みんな席を立って、皇帝のところに集って来ました。こゝで、皇帝の様子を、ちょっと述べてみましょう。
 皇帝の身長は、宮廷の誰よりも、高かったのです。ちょうど、私の爪の幅ほど高かったようです。が、これだけでも、なか/\立派に見えます。男らしい顔つきで、きりっとした口許(くちもと)、弓なりの鼻、頬はオリーブ色、動作はもの静かで、態度に威厳があります。年は二十八年と九ヵ月ということです。
 頭には、宝石をちりばめた軽い黄金の兜(かぶと)をいたゞき、頂きに羽根飾りがついていますが、着物は大へん質素でした。手には、長さ三インチぐらいの剣を握っておられます。その柄(え)と鞘(さや)は黄金で作られ、ダイヤモンドがちりばめてあります。
 皇帝の声はキイ/\声ですが、よく開きとれます。女官たちは、みんな綺麗な服を着ています。だから、みんなが並んで立っているところは、まるで、金糸銀糸の刺繍の衣を地面にひろげたようでした。
 皇帝は何度も私に話しかけられましたが、残念ながら、どうもお互に、言葉が通じません。二時間ばかりして、皇帝をはじめ一同は帰って行きました。あとに残された私には、ちゃんと番人がついて、見張りしてくれます。つまり、これは私を見に押しかけて来るやじ馬のいたずらを防ぐためです。
 やじ馬どもは、勝手に私の近くまで押しよせ、中には、私に矢を射ようとするものまでいました。一度など、その矢が、私の左の眼にあたるところでした。が、番人はさっそく、そのやじ馬の中の、頭らしい六人の男をつかまえて、私に引き渡してくれました。番人の槍先で、私の近くまで、その六人が追い立てられて来ると、私は一度に六人を手でつかんでやりました。
 五人は上衣のポケットにねじこみ、あとの一人には、そら、これから食ってやるぞ、というような顔つきをして見せました。すると、その男は私の指の中で、ワー/\泣きわめきます。
 私が指を口にもってゆくと、ほんとに食われるのではないかと、番人も見物人も、みんな、ハラ/\していたようです。が、間もなく、私はやさしい顔つきに返り、その男をそっと地面に置いて、放してやりました。他の五人も、一人ずつ、ポケットから引っ張り出して、許してやりました。すると番人も見物人も、ほっとして、私のしたことに感謝している様子でした。
 夜になると、見物人も帰るので、ようやく私は家の中にもぐりこみ、地べたで寝るのでした。二週間ばかりは、毎晩地べたで寝たものです。が、そのうちに皇帝が、私のためにベッドをこしらえてやれ、と言われました。普通の大きさのベッドが六百、車に積んで運ばれ、私の家の中で、それを組み立てました。

     2 人間山

 私の噂は国中にひろまってしまいました。お金持で、暇のある、物好きな連中が、毎日、雲のように押しかけて来ます。
 そのために、村々はほとんど空っぽになり、畑の仕事も家の仕事も、すっかりお留守になりそうでした。で、皇帝から命令が出ました。見物がすんだ人はさっさと帰れ、無断で私の家の五十ヤード以内に近よってはいけない、と、こんなことが決められました。
 ところで、皇帝は何度も会議を開いて、一たい、これはどうしたらいゝのかと、相談されたそうです。聞くところによると、朝廷でも、私の取り扱いには、だいぶ困っていたようです。あんな男を自由の身にしてやるのも心配でしたが、なにしろ、私の食事がとても大へんなものでしたから、これでは国中が飢饉になるかもしれない、というのです。
 いっそのこと、何も食べさせないで、餓死させるか、それとも、毒矢で殺してしまう方がよかろう、と言うものもありました。
 だが、あの男に死なれると、山のような死体から発する臭(におい)がたまらない、その悪い臭は、国中に伝染病をひろげることになるだろう、と説くものもありました。
 ちょうど、この会議の最中に、私があの六人のやじ馬を許してやったことが伝えられました。すると、皇帝も大臣も、私の行いに、すっかり感心してしまいました。
 さっそく、皇帝は、勅命で、私のために、村々から毎朝牛六頭、羊四十頭、そのほかパン、葡萄酒などを供出するよう、命令されました。
 それから、六百人のものが、私の御用係にされ、私の家の両側にテントを張って寝とまりすることになりました。それから私の服を作ってくれるために、三百人の仕立屋が、やとわれました。
 それから、宮廷で一番えらい学者が六人、この国の言葉を私に教えてくれることになりました。私は三週間ぐらいで、小人国の言葉がしゃべれるようになりました。
 皇帝もとき/″\私のところへ訪ねて来られました。私は皇帝にひざまずいて、
「どうか、私を自由な身にしてください。」
 と何度もお願いしました。
 すると皇帝は、
「もうしばらく待て。」
 と言われるのでした。
「自由な身にしてもらうには、お前はまず、この国と皇帝に誓いをしなければいけない。それから、お前はいずれ身体検査をされるが、それも悪く思わないでくれ。たぶん、お前は何か武器など持っていることだろうが、お前のその大きな身体で使う武器なら、よほど危険なものにちがいない。」
 私は皇帝に申し上げました。
「どうか、いくらでも調べてください。なんなら、すぐお目の前で裸になって御覧にもいれましょうし、ポケットを裏返してお目にかけますから。」
 これは半分は言葉、半分は手まねでやって見せました。すると皇帝は、
「では、二人の士官に命じて身体検査をやらせるが、これは臣下の生命をお前の手にゆだねるのだから、なにぶん、よろしく頼む。それから、たとえどんな品物を取り上げても、お前がこの国を去るときには、必ず返してやる。でなかったら、いゝ値段で買い取ってやってもいゝ。」
 と言われました。
 さて、二人の士官が身体検査にやって来ると、私は二人をつまみあげて、まず上衣のポケットに入れてやり、それから、順次にほかのポケットに案内してやりましだ。が、どうしても、見せたくないものを入れていたポケットだけは、見せなかったのです。
 二人の男は、ペンとインクと紙を持って、見たものを、一つ/\くわしく書きとめ、皇帝の御覧にいれるために、目録を作りました。私もあとになって、その目録を見せてもらいましたが、それは、ざっと次の通りでした。

「まず、この大きな人間山の上衣の右ポケットをよく検査したところ、たゞ一枚の大きな布を発見しました。大きさは、宮中の大広間の敷物くらいあります。
 次に左ポケットからは銀の蓋(ふた)のついた大きな箱のようなものが出てきましたが、二人には持ち上げることができませんでした。私どもはそれを開けさせ、一人が中に入ってみますと、塵のようなものが一ぱいつまっていました。その塵が私どもの顔のところまで舞い上ったときには、二人とも同時に何度もくしゃみが出ました。
 次に、チョッキの右ポケットから出てきたものは、人間三人分ぐらいの白い薄い物が、針金で幾枚も重ねて締めつけてあり、それには、いろんな形が黒くついていました。これはたぶん書物だろうと思います。一字の大きさは、私どもの手の半分ほどもあります。
 次に、チョッキの左ポケットには、一種の機械がありました。宮殿前の柵に似た長い二十本ばかりの棒が、その背中から出ているのです。これは人間山が頭の髪をとく道具と思えます。
 ズボンのポケットからは、長さ人間ほどもある、鉄の筒がありました。これは何に使うのかわかりません。右の内側のポケットからは、一すじの銀の鎖が下がり、その下の方には一つの不思議な機械がついていました。私どもは、その鎖についているものを引き出してみよ、と言いました。これは半分は銀で、半分は透明なもので出来ています。彼はこの機械を、私どもの耳の傍(かたわら)へ持って来ました。すると、水車のように絶えず音がしているのです。これは不思議な動物か、小さな神様らしく思えます。人間山の説明では、彼は何をするにも、いち/\、この機械と相談するということです。
 次に、彼は左の内ポケットから、漁夫の使うような網を取り出しました。これは財布だそうです。中には重い黄色い金属がいくつか入っていました。これがほんとの金だとすれば、大したものにちがいありません。
 このようにして、私どもは陛下の命令どおり、熱心に彼の持ち物を調べてみましたが、最後に、彼の腰のまわりに、一つの帯があるのを見つけました。それは何か大きな動物の革でこしらえたもので、その左の方からは、人間五人分の長さの剣が下っておりました。右の方からは、袋が下っておりました。
 私どもは人間山の身体から発見したものを、このように、書きとめておきます。人間山は、陛下を尊敬して、礼儀正しく、私どもを待遇してくれました。」

 この目録は皇帝の前で読みあげられました。
 皇帝は、ていねいな言葉で、その目録に書いてある品物を、私に出せと言われました。まず短刀を出せと言われたので、私は鞘ごとそれを取り出しました。このとき、皇帝は三千の兵士で私を遠くから取り囲み、いざといえば、弓矢で射るように用意されていたのでした。が、私の目は皇帝の方だけ見ていたので、それには少しも気がつきませんでした。
「その短刀を抜いてみよ。」
 と皇帝は言われました。刀は潮水で少し錆(さ)びてはいましたが、まだよく光ります。スラリと抜き放つと、兵士どもは、あッと叫んで、みんな驚き恐れました。振りかざしてみせたら、太陽の反射で、刀がピカ/\光り、兵士はみんな目がくらんでしまったのです。が、皇帝はそれほど驚かれませんでした。それをもう一度、鞘におさめて、鎖の端から六フィートほどの地上に、なるたけ静かに置け、と私に命令されました。
 次に皇帝は、鉄の筒を見せよと言われました。鉄の筒というのは、私のピストルのことです。私はそれを取り出して、その使い方を説明しました。そのピストルに火薬を詰めて、
「今から使って見せますが、どうか驚かないでください。」
 と皇帝に注意しておいて、ドンと一発、空に向って打ちました。
 今度の驚きは、短刀どころの騒ぎではありません。何百人の人間が打ち殺されたように、ひっくりかえりました。皇帝はさすがに倒れなかったものゝ、眼をパチ/\されています。私は短刀と同じように、このピストルを引き渡しました。それから、火薬と弾丸の入った革袋も渡しました。そして、
「この火薬は火花が一つ飛んでも、宮殿も何もかも吹き飛ばしてしまいますから、どうか火に近づけないでください。」
 と注意しておきました。
 それから、懐中時計を渡しました。皇帝はこの時計を非常に珍しがり、一番背の高い二人の兵士に、それを棒にかけて、かつがせました。絶えず時計がチクタク音を立てるのと、時計の長針が動いているのを見て、皇帝は大へん驚きました。この国の人たちは、私たちより目がいゝので、分針の動いているのまで見分けがつくのです。一たいこれは何だろう、と皇帝は学者たちにお尋ねになりましたが、学者たちの答えはまち/\で、とんでもない見当違いもありました。
 次に私は銀貨と銅貨を取り出し、それから櫛(くし)や嗅(かぎ)タバコ入れ、ハンカチ、旅行案内などを、みんな渡しました。短刀とピストルと革袋は荷車に積んで、皇帝の倉へ運ばれましたが、そのほかの品物は私に返してくれました。私は身体検査のとき、見せなかったポケットがあります。その中には眼鏡が一つ、望遠鏡が一つ、そのほか二三の品物が入っていました。これは失くされたり壊されると大へんだから、わざ/\見せなくてもよかろうと思ったのです。

     3 いろ/\な曲芸

 私の性質がおとなしいということが、みんなに知れわたり、皇帝も宮廷も軍隊も国民も、みんなが、私を信用してくれるようになりました。で、私は近いうちに自由の身にしてもらえるのだろう、と思うようになりました。私はできるだけ、みんなから良く思われるように努めました。
 人々はもう私を見でも、だん/\怖がらなくなりました。私は寝ころんだまゝ、手の上で五六人の人間を踊らせたりしました。ときには、子供たちがやって来て、私の髪の毛の間で、かくれんぼうをして遊ぶこともあります。もう私は彼等の言葉を聞いたり、話したりすることに馴れていました。
 ある日、皇帝は、この国の見世物をやって見せて、私を喜ばしてくれました。それは実際、素晴しい見世物でした。なかでも面白かったのは、綱渡りです。これは地面から二フィート十二インチばかりに、細い白糸を張って、その上でやります。
 この曲芸は、宮廷の高い地位につきたいと望んでいる人たちが、出て演じるのでした。選手たちは子供のときから、この芸を仕込まれるのです。仮に、宮廷の高官が死んで、その椅子が一つ空いたとします。すると、五六人の候補者が、綱渡りをして皇帝に御覧にいれます。中で一番高く跳び上って落ちない者が、その空いた椅子に腰かけさせてもらえるのです。
 ときには大臣たちが、この曲芸をして、こんなに高く跳べますよと、皇帝に御覧にいれることもあります。大蔵大臣のフリムナップなど、実にあざやかで、高く跳び上ります。私は彼が細い糸の上に皿を置いて、その上でとんぼ返りをするところを見ました。
 だが、この曲芸ではとき/″\、死人や怪我人を出すことがあります。私も選手が手足をくじいたのを二三回見ました。中でも、一番あぶないのは、大臣たちの曲芸です。それはお互に仲間の者に負けまいとして、あんまり気張ってやるので、よく綱から落っこちます。大蔵大臣のフリムナップでさえ、一度なんか、も少しで頭の骨を折るところでしたが、下に国王のクッションがあったので、助かったということです。
 それから、もう一つ、ほかの見世物があります。これは皇帝と皇后と総理大臣の前だけで、やらされる特別の余興なのです。皇帝はテーブルの上に、長さ六インチの細い絹糸を三本置きます。一つは青、一つは赤、もう一つは緑の糸です。皇帝は、特に取り立てゝ目をかけてやろうとする人たちに、この賞品をやるのです。
 まず宮廷の大広間で、候補者たちは、皇帝からいろんな試験をされます。皇帝が手に一本の棒を構えていると、候補者たちが一人ずつ進んで来ます。棒の指図にしたがって、人々は、その上を跳び越えたり、潜ったり、前へ行ったり後へ行ったり、そんなことを何度も繰り返すのです。
 この芸を一番うまく熱心にやった者に、優等賞として、青色の糸が授けられます。二等賞は赤糸で、緑が三等賞です。もらった糸は、みんな腰のまわりに巻いて飾ります。ですから、宮廷の大官は大がい、この帯をしています。
 軍隊の馬も皇室の馬も、毎日、私の前を引きまわされたので、もう私を怖がらなくなり、平気で私の足許までやって来るようになりました。私が地面に手を差し出すと、乗手が馬を躍(おど)らしてヒラリと跳び越えます。大きな馬に打ち乗って、私の片足を靴ごと跳び越えるのもいます。これは実に見事なものでした。
 ある日、私は非常に面白い余興をして見せて、皇帝にひどく喜ばれました。まず私は、皇帝に、長さ二フィート、太さ普通の杖ほどの棒を取り寄せていたゞきたい、と願い出ました。すると皇帝は、すぐ山林官に命じられたので、翌朝、六人の樵夫が六台の荷車を、それ/″\、八頭の馬に引かせてやって来ました。
 私は九本の棒を取って、二フィート半の正方形ができるように、地面に打ち込みました。それから四本の棒を、二本ずつ平行に並べて、地面から二フィートばかりのところで、四隅を結びつけました。そして今度は、ハンカチを九本の棒にしばりつけ、これを太鼓の皮のように、ピンと張りました。すると横に渡した四本の棒は、ハンカチより五インチばかり高くなったので、これはちょうど、欄干の代りになりました。これだけ用意が出来たので、私は皇帝に申し上げました。
「騎兵の馬二十四騎を、この野原の上でひとつ走らせてお目にかけましょう。」
 皇帝はこの申し出にすぐ賛成されました。
 私は、武装した乗馬兵を馬と一しょに、一人々々つまみ上げて、ハンカチの上に置き、それから指揮官たちも、その上に乗せました。整列が終ると、彼等は敵味方に分れ、模擬戦をやりはじめました。
 矢を射かけるやら、剣を抜いて追っかけっこするやら、進んだり退いたり、こんな見事な訓練は、私もまだ見たことがありません。横棒が渡してあるので、馬も人も、舞台から落っこちる心配はありません。
 皇帝は、これがすっかりお気に召したので、何日も/\この余興をやって見せよと仰せになります。一度などは、御自身でハンカチの上にお上りになって、号令をおかけになりました。とう/\終(しま)いには、厭がる皇后を無理にすかして、椅子のまゝ私に持ち上げさせました。私は訓練の有様がよく見えるように、舞台から二ヤードばかりのところに、皇后の椅子を持ち上げたのです。
 幸いにも、この余興の間、故障は一つも出なかったのです。もっとも、たゞ一度だけ、こんなことがありました。ある隊長の乗っていたあばれ馬が、あがきまわって、蹄(ひづめ)でハンカチに穴をあけ、足をすべらし、乗手もろとも転んだのです。すぐ私は助け起し、片手でその穴をふさぎ、片手で一人ずつ、兵隊をおろしました。転んだ馬は、左肩の筋をたがえましたが、乗手の方は無事でした。ハンカチの穴はよく繕(つくろ)いましたが、私はもうあぶないので、こんな危険な余興はしないことにしました。
 私が自由の身にしてもらえる二三日前のことでした。宮廷の人たちを集めて、ハンカチの余興をしているところへ、にわかに一人の使が到着しました。
 なんでも、数人の者が馬で、いつか私がつかまった場所を通りかゝると、一つの大きな黒いものが落ちているのを見つけました。非常に奇妙な形のもので、縁が円くひろがっています。その広さは、陛下の寝室ぐらいあり、真中のところは、人の背ほど高くなっています。はじめ、みんなは、これは生きものだろうと思って、何度もそのまわりを歩いてみましたが、草の上にじっとしたきり動かないのです。そこで、お互に肩を踏台にして、頂上にのぼってみると、上は平べったくなっています。足で踏んでみると、内側は空っぽだということがわかりました。そこで、みんなは、これはどうも人間山の物らしいと考えました。
「馬五頭あればそれを運んでまいります。」
 と使者は皇帝に申し上げました。
 私にはすぐ、はゝあ、そうか、とわかりました。そして、これはいゝ知らせを聞いたと喜びました。よく考えてみると、ボートを漕いでいるときに、私は紐で帽子をしっかり頭に結びつけていました。それから、泳いでいるときも、それは絶えず頭にかむっていました。ところが、難船後はじめて陸にたどりついたときには、なにしろ私はひどく疲れていたので、何かの拍子に、紐が切れて落っこちたのも知らなかったのです。帽子は海で失くしたものとばかり思っていました。
 私は皇帝に、それは帽子というものだということを、よく説明して、どうかさっそくそれを取り寄せてください、とお願いしました。すると翌日、馬車引がそれをとゞけてくれました。帽子はかなり、ひどいことをされていました。縁から一インチ半ばかりのところに、穴を二つあけ、これに鈎(かぎ)が二つ引っかけてあります。その鈎を長い綱で馬車にくゝり、こんなふうにして一マイル半以上も引きずって来たのです。たゞ、この国は地面が非常に平なので、帽子の傷もそれほどではなかったのです。
 それから二日たつと、皇帝は、首府の軍隊に出動を命じて、また途方もない遊びを思いつかれました。私にはできるだけ、大股をひろげて、巨人像(コロッサス)のように立っていよ、と仰せられます。それから今度は、将軍(この人は何度も戦場に出たことのある老将軍で、私の恩人でもあります)に命じて、あの股の下を軍隊に行進させてみよ、と仰せになるのでした。
 歩兵が二十四列、騎兵が十六列に並び、太鼓を鳴らし、旗をひるがえし、槍を横たえ、歩兵三千、騎兵一千、見事に私の股の下を行進しました。
 陛下は各兵士に向って、行進中は私によく礼儀を守ること、背けば死刑にすると申し渡されていました。しかし、それでも若い士官などが、私の股の下を通るとき、ちょっと眼をあげて上を見るのは仕方がありません。私のズボンは、もうひどく綻(ほころ)びていたので、下から見上げると、さぞ、びっくりしたことでしょう。
 私は何回となく皇帝に書面を送って、「自由な身にしてください。」とお願いしていましたが、ついに皇帝もこの問題を大臣と相談され、議会の意見もお求めになりました。議会では誰も反対する者はなかったのですが、たゞ一人、スカイリッシュ・ボルゴラムだけが反対しました。ボルゴラムは、何か私を怨(うら)んでいるらしく、どうしても絶対反対だ、と言い張りました。しかし、議会は私を自由にすることに決め、ついに皇帝の許可も出ました。
 このボルゴラムという男は、この国の海軍提督で、皇帝からもあつく信任されており、海軍のことにかけては、なか/\専門家なのですが、どうも気むずかし屋で、苦虫をつぶしたような顔をしています。
 けれども、とう/\、この人もみんなに説きふせられて、承知しました。それでも、私を自由にするには、私にいろんなことを誓わせなければならないのですが、その条件は俺が書くのだ、と、あくまで押しとおしました。その誓約書を私のところへ持って来たのも、このスカイリッシュ・ボルゴラムでした。二人の次官と数人の名士をつれてやって来ましたが、誓約書を読みあげると、私に、いち/\その実行を誓え、と言います。
 まずはじめに私の国のやり方によって誓い、次にこの国のやり方で誓わされたのですが、それは右の足先を左手で持ち、右手の中指を頭の上に、拇指(おやゆび)を右の耳朶(みみたぶ)におくのでした。そのときの誓約書というのは、次のようなものです。

「この宇宙の歓喜恐怖にもあたる、リリパット国大皇帝、ゴルバストー・モマレン・エブレイム・ガーディロウ・シェフィン・ムリ・ギュー皇帝、領土は地球の端から端まで五千ブラストラグにわたり、帝王中の帝王として、人の子より背が高く、足は地軸にとゞき、頭は天を突き、一度首を振れば草木もなびき、その徳は春、夏、秋、冬に通じる。こゝにこの大皇帝は、この頃、わが神聖なる領土に到着した人間山に対し、次の条項を示し、厳粛に誓わせ、その実行を求めるものである。

 第一 人間山は朕の許可状なしに、この国土を離れることはできない。
 第二 人間山は朕が特に許した場合でなくては、勝手に首都に入ることはできない。首都に入るときは、市民は二時間前に、家の中に引っ込んでいるように注意されることになっている。
 第三 人間山の歩いてもいゝ場所は主要国道だけに限られている。牧場や畠地を歩いたり、そこで寝ころんだりすることは許されない。
 第四 人間山が主要国道を歩く際には、朕の良民、馬、車などを踏みつけないよう、よく注意すること。また良民の承知なしに矢鱈(やたら)に人をつまみあげて掌に乗せることはできない。
 第五 急用の使が要る際には、毎月一回、その伝令と馬を人間山のポケットに入れて運ぶこと。また場合によっては、さらにこれを宮廷に送り返さねばならない。
 第六 人間山は朕の同盟者となり、ブレフスキュ島の敵を攻め、朕の国をねらう敵艦隊を打ち滅ぼすことに努力しなければならない。
 第七 人間山は閑(ひま)のときには、朕の労役者の手助をして、公園その他帝室用建物の外壁に大きな石を運搬するのを手伝わねばならぬ。
 第八 人間山は二ヵ月以内に、海岸を一周して歩き、その距離をはかり、朕の領土の地図を作って出すこと。
 第九 これまで述べた条項をよく謹んで守るならば、人間山は毎日、朕の良民千七百二十四人分の食料と飲料を与えられ、自由に朕の近くに侍ることを許され、その他、いろいろ優遇されるであろう。

ベルファボラック皇宮にて
聖代第九十一月十二日」

 私は大喜びで満足し、誓いのサインをしました。たゞ、この条項の中には、提督ボルゴラムが悪意で押しつけたものもあり、あまり有り難くないものもありましたが、それはどうも仕方のないことでした。
 すぐに私の鎖は解かれました。私は全く自由の身になったのです。この儀式には、皇帝もわざ/\出席されました。私は陛下の足許にひれふして感謝しました。すると皇帝は私に、「立て」と仰せになり、それから、いろ/\と有り難い言葉を賜(たまわ)りました。国家有用の人物となり、陛下の恩にそむかないようにしてもらいたいというお言葉でした。

     4 宮殿見物

 鎖を解かれたので、私は、この国の首府ミレンドウを見物させていたゞけないでしょうか、と皇帝にお願いしました。皇帝はすぐ承知されました。たゞ、住民や家屋を傷つけないよう、注意せよ、と言われました。
 私が首都を訪問することは、前もって、市民に知らされていました。街を囲んでいる城壁は、高さ二フィート半、幅は少くとも十一インチありますから、その上を馬車で走っても安全です。城壁には十フィートおきに、丈夫な塔が築いてあります。
 西の大門を、一またぎで越えると、私はそろっと横向きになって、静かに歩きだしました。上衣の裾(すそ)が、人家の屋根や軒にあたるといけないので、それは脱いで、手にかゝえ、チョッキ一つになって、歩いて行きます。市民は危険だから外に出ていてはいけない、という命令は前から出ていたのですが、それでも、まだ街中をうろ/\している人もいます。踏みつぶしでもすると大へんですから、私はとても気をくばって歩きました。
 屋根の上からも、家々の窓からも、見物人の顔が一ぱいのぞいています。私もずいぶん旅行はしましたが、こんなに大勢、人の集っているところは見たことがありません。市街は正方形の形になっていて、城壁の四辺はそれ/″\五百フィートです。全市を四つに分けている、十文字の大通りの幅は五フィート。私は小路や横町には、入れないので、たゞ上から見て歩きました。街の人口は五十万。人家は四階建から六階建まであり、商店や市場には、なか/\、いろんな品物があります。
 皇帝の宮殿は、街の中央の、二つの大通りが交叉するところにあります。高さ二フィートの壁で囲まれ、他の建物から、二十フィート離れています。私は皇帝のお許しを得て、この壁をまたいで越えました。壁と宮殿との間には、広い場所がありますから、私はそこで、あたりをよく見まわすことができました。外苑は方四十フィート、そのほかに二つの内苑があります。一番奥の庭に御座所があるのです。
 私はそこへ行ってみたくてたまらなかったのですが、どうもこれは無理でした。なにぶん、広場から広場へ通じる大門というのが、たった十八インチの高さ、幅はわずかに七インチです。それに、外苑の建物というのは、みな高さ五フィート以上で、壁は厚さ四インチもあり、丈夫な石で出来ていますが、それを私がまたいで行ったら、建物がこわれてしまいそうなのです。
 ところが、皇帝の方ではしきりに、御殿の美しさを見せてやろう、と仰せになります。その日は御殿を見るのは、あきらめて帰りましたが、ふと、私はいゝことを思いつきました。
 翌日、私は市街から百ヤードばかり離れたところの林に行って、一番高そうな木を、五六本、小刀で切り倒しました。それで、高さ三フィートの踏台を二つ、私が乗っても、グラつかないような、丈夫な踏台を作りました。
 これが出来上ると、私はまた市街見物を皇帝にお願いしました。市民には、また家の中に引っ込んでいるよう、お達しが出ます。
 そこで、私は二つの踏台をかゝえて、市街を通って行きました。外苑のほとりに来ると、私は一つの踏台の上に立ち上り、もう一つの踏台は手に持ちました。そして、手の方の踏台を屋根越しに高く持ち上げ、第一の内苑と第二の内苑の間にある、幅八フィートの空地へ、そっとおろしました。
 こんなふうにして、私は建物をまたいで、一方の踏台から、もう一方の踏台へ、乗り移って行くことができました。乗り捨てた方の踏台は、棒の先につけた鈎で、釣り寄せて、拾い上げるのです。こういうことを繰り返して、私は一番奥の内庭まで来ました。そこで、私は横向きに寝ころんで、二三階の窓に、顔をあてゝみました。窓はわざと開け放しにされていましたが、その室内の立派なこと、どの部屋も、目がさめるばかりの美しさです。
 皇后も皇子たちも、従者たちと一しょに、それ/″\、部屋に坐っておられます。皇后は、私を御覧になると、やさしく笑顔を向けられ、わざ/\窓から、手をお出しになります。私はその手をうや/\しくいたゞいてキスしました。
 私が自由な身になってから、二週間ぐらいたった頃のことでした。ある朝、宮内大臣のレルドレザルがひょっこり、一人の従者をつれて、私を訪ねて来ました。乗って来た馬車は、遠くへ待たしておき、彼は、
「一時間ばかりお話がしたいのです。」
 と私に面会を申し込みました。
 私がしきりに皇帝へ嘆願書を出していた頃、彼にはいろ/\世話になったのです。で、私はすぐ彼の申込みを承知しました。
「なんなら私は横になりましょうか。そうすれば、あなたの口は、この耳許にとゞいて、お互に話しいゝでしょう。」
「いや、それよりか、あなたの掌の上に乗せてください。その上で、私は話しますから。」
 私が彼を掌に乗せてやると、彼はまず、私が釈放されたことのお祝いを述べました。
「あなたを自由の身にするについては、私もだいぶ骨折ったのです。だが、それも現在、宮廷にいろ/\混みいった事情があったからこそ、うまくいったのです。」
 と、彼は宮廷の事情を次のように話してくれました。
「今、わが国の状態は、外国人の眼には隆盛に見えるかもしれませんが、内幕は大へんなのです。一つは、国内に激しい党派争いがあり、もう一つは、ある極めて強い外敵から、わが国はねらわれていて、この二つの大事件に悩まされているのです。
 まず、国内の争いの方から説明しますが、この国では、こゝ七十ヵ月以上というもの、トラメクサン党とスラメクサン党という、二つの政党があって、絶えず争っているのです。この党派の名前は、はいている靴の踵(かかと)の高さからつけられたもので、踵の高いか、低いかによって区別されています。一般にわが国の昔からのしきたりでは、高い踵の方をいゝとしていました。
 ところが、それなのに、皇帝陛下は、政府の方針として、低い踵の方ばかりを用いることに決められました。特に陛下の靴など、宮廷の誰の靴よりも一ドルル(ドルルは一インチの約十四分の一)だけ踵が低いのです。この二つの党派の争いは、大へん猛烈なもので、反対党の者とは、一しょに飲食もしなければ、話もしません。数ではトラメクサン、すなわち高党の方が多数なのですが、実際の勢力は、われ/\低党の方が握っています。
 たゞ心配なのは、皇太子が、どうも高党の方に傾いていられるらしいのです。その証拠には、皇太子の靴は、一方の踵が他の一方の踵より高く、歩くたびにびっこをひいていられるのです。
 ところが、こんな党派争いの最中に、われ/\はまた、ブレフスキュ島からの敵にねらわれ、脅かされているのです。ブレフスキュというのは、ちょうどこの国と同じぐらいの強国で、国の大きさからいっても、国力からいっても、ほとんど似たりよったりなのです。
 あなたのお話によると、なんでも、この世界には、まだいろ/\国があって、あなたと同じぐらいの大きな人間が住んでいるそうですが、わが国の学者は大いに疑っていて、やはり、あなたは月の世界か、星の世界から落ちて来られたものだろうと考えています。それというのも、あなたのような人間が百人もいれば、わが国の果実も家畜も、すぐ食いつくされてしまうではありませんか。それに、この国六千月の歴史を調べてみても、リリパットとブレフスキュの二大国のほかに、国があるなどとは、本に書いてありません。
 ところで、この二大国のことですが、この三十六ヵ月間というもの、実にしつこく、実にうるさく、戦争をつゞけているのです。事の起りというのは、こうなのです。もともと、われ/\が卵を食べるときには、その大きい方の端を割るのが、昔からのしきたりだったのです。
 ところが、今の皇帝の祖父君が子供の頃、卵を食べようとして、習慣どおりの割り方をしたところ、小指に怪我をされました。さあ、大へんだというので、ときの皇帝は、こんな勅令を出されました。『卵は小さい方の端を割って食べよ。これにそむくものは、きびしく罰す。』と、このことは、きびしく国民に命令されました。だが、国民はこの命令をひどく厭がりました。歴史の伝えるところによると、このために、六回も内乱が起り、ある皇帝は、命を落されるし、ある皇帝は、退位されました。
 ところが、この内乱というのは、いつでもブレフスキュ島の皇帝が、おだてゝやらせたのです。だから内乱が鎮まると、いつも謀反人(むほんにん)はブレフスキュに逃げて行きました。とにかく、卵の小さい端を割るぐらいなら、死んだ方がましだといって、死刑にされたものが一万一千人からいます。この争いについては、何百冊も書物が出ていますが、大きい端の方がいゝと書いた本は、国民に読むことを禁止されています。また、大きい端の方がいゝと考える人は、官職につくこともできません。
 ところで、ブレフスキュ島の皇帝は、こちらから逃げて行った謀反人たちを非常に大切にして、よく待遇するし、おまけに、こちらの反対派も、こっそりこれを応援するので、二大国の間に三十六ヵ月にわたる戦争がはじまったのです。その間にわが国は、四十隻の大船と多数の小舟と、それから、三万人の海陸兵を失いました。が、敵の損害は、それ以上だろうといわれています。
 しかし、今また敵は新しく、大艦隊をとゝのえ、こちらに向って攻め入ろうとしています。それで、皇帝陛下は、あなたの勇気と力を非常に信頼されているので、このことを、あなたと相談してみてくれ、と言われ、私を差し向けられたのです。」

 宮内大臣の話が終ると、私は彼にこう言いました。
「どうか陛下にそう伝えてください。私はどんな骨折でもいといません。しかし、私は外国人ですから、政党の争いのことには立ち入りたくありません。が、外敵に対してなら、陛下とこの国を守るために、命がけで戦いましょう。」

     5 大手柄

 ブレフスキュ帝国というのは、リリパットの北東にあたる島で、この国とはわずかに八百ヤードの海峡で隔っています。私はまだ一度もその島を見たことはなかったのですが、こんどの話を聞いてからは、敵の船に見つけられるといけないので、そちら側の海岸へは、出て行かないように努めました。戦争になって以来、両国の人々は行き来してはいけないことになっており、船が港に出入りすることも皇帝の命令でとめられていたので、私のことは、敵側にはまだ知られていないはずです。
 私は一つの計略を皇帝に申し上げました。
「なんでも斥候(せっこう)の報告では、敵の全艦隊は、順風を待って出動しようとして、今、港に錨(いかり)をおろしているそうですから、これを全部とっつかまえて御覧にいれましょう。」
 そこで、私は水夫たちに、海峡の深さを聞いてみました。彼等は何度もはかってみたことがあるので、よく知っていましたが、それによると、満潮のときが真中の深さが七十グラムグラム、(これはヨーロッパの尺度で約六フィートにあたります)そのほかの場所なら、まず五十グラムグラムだということです。
 私はちょうど正面にブレフスキュ島が見える北東海岸に行きました。小山の陰に腹這(はらば)いになりながら、望遠鏡を取り出して見ると、敵の艦隊は約五十隻の軍艦と、多数の運送船が碇泊しているのです。
 そこで、私は家に引っ返すと、リリパットの人民に、丈夫な綱と鉄の棒を、できるだけたくさん持って来るように言いつけました。綱はまず荷造り糸ぐらいの太さ、鉄棒はおよそ編物針ぐらいの長さでした。だから、これをもっと丈夫にするために、綱は三つをより合せて一つにしました。鉄棒も、やはり三本をより合せて一本にし、その端を鈎形に折りまげました。こうしてできた五十の鈎を、一つ/\、五十本の綱に結びつけました。
 それから、また海岸へ引っ返すと、満潮になる一時間ばかり前から、私は上衣と靴と靴下を脱いで、革チョッキのまゝ、ジャブ/\水の中に入って行きました。大急ぎで海の中を歩き、真中の深いところを三十ヤードばかり泳ぐと、あとは背が立ちました。三十分もたゝないうちに、もう私は敵の艦隊の前に現れたのです。
 私の姿にびっくりした敵は、すっかりあわてゝ、われがちに海に跳び込んでは、岸の方へ泳いで行きます。その人数は、三万人をくだらなかったでしょう。そこで、私は綱を取り出すと、軍艦の舳(へさき)の穴に、一つ/\鈎を引っかけ、全部の綱の端を一つに結び合せました。こうしているうちにも、敵は、何千本という矢を、一せいに射かけてきます。
 矢は、私の両手や顔に降りそゝぎ、痛いのも痛いのですが、これでは全く、仕事のじゃまになって仕方がありません。一番、心配したのは目をやられることです。今につぶされはすまいかと、いら/\しました。ところが、ふと、私はいゝことを思いついたので、やっと助かりました。私には、あの身体検査のとき見せないで、そっとポケットに隠しておいた、眼鏡があります。その眼鏡を取り出すと、しっかり鼻にかけました。これさえあれば、もう大丈夫、私は敵の矢など気にかけず、平気で仕事をつゞけました。眼鏡のガラスにあたる矢もだいぶありますが、これは、眼鏡をちょっとグラつかせるだけで、大したことはありません。
 どの船にもみんな鈎をかけてしまうと、私は綱の結び目をつかんで、ぐいと引っ張りました。ところが、どうしたことか、船は一隻も動きません。見ると、船はみんな錨で、しっかりとめてあるのです。そこで、また、やっかいな、骨の折れる仕事がはじまりました。鈎のかゝったまゝの綱を、一たん手から放し、それから、小刀を取り出して、錨の綱をズン/\切ってゆきました。このときも、顔や手に二百本以上の矢が飛んで来ました。さて、私は鈎をかけた綱を手に取り上げると、今度はすぐ簡単に動き出しました。こうして、私は敵の軍艦五十隻を引っ張って帰りました。
 ブレフスキュの人たちは、私が何をしようとしているのか、見当がつかなかったので、はじめのうちは、たゞ呆れているようでした。私が錨の綱を切るのを見て、船を流してしまうのか、それとも、互に衝突させるのかしら、と思っていましたが、いよ/\全艦隊が私の綱に引っ張られて、うまく動きだしたのに気づくと、にわかに泣き叫びだしました。彼等の嘆き悲しむ有様といったら、まあ、なんといっていゝのかわからないほどでした。
 さて、私は一休みするために、立ち停って、手や顔に一ぱい刺さっている矢を引き抜きました。前に小人からつけてもらった、矢の妙薬を、その疵(きず)あとに塗り込みました。それから、眼鏡をはずして、潮が退くのをしばらく待ち、やがて荷物を引きながら、海峡の真中を渡り、無事に、リリパットの港へ帰り着いたのです。
 海岸では、皇帝も廷臣も、みんなが、私の戻って来るのを、今か/\と待っていました。敵の艦隊が大きな半月形を作って進んで来るのは、すぐ見えましたが、私の姿は、胸のところまで水につかっていたので、見分けがつかなかったのです。私が海峡の真中まで来ると、首だけしか水の上には出ていなかったので、彼等はしきりに気をもんでいました。皇帝などは、もう私は溺(おぼ)れて死んだのだろう、そして、あれは敵の艦隊がいま押し寄せて来るところだ、と思い込んでいました。けれども、そんな心配はすぐ無用になりました。歩いて行くうちに、だん/\と海は浅くなり、やがて、人声の聞えるところまで近づいて来たので、私は、艦隊をくゝりつけている綱の端を高く持ち上げ、
「リリパット皇帝万歳!」
 と叫びました。
 皇帝は大喜びで私を迎えてくれました。すぐ、その場で、ナーダックの位を私にくれました。これはこの国で最高の位なのです。ところが、皇帝は、
「またそのうち、敵の艦隊の残りも全部持って帰ってほしい。」
 と言いだされました。
 王様の野心というものは、かぎりのないもので、陛下は、ブレフスキュ帝国を、リリパットの属国にしてしまい、反対派をみな滅し、人民どもには、すべて卵の小さい方の端を割らせる、そして、自分は全世界のたゞ一人の王様になろう、というお考えだったのです。しかし、私は、
「どうもそれは正しいことではありません。それにきっと失敗します。」
 と、いろ/\説いて、皇帝をいさめました。そして、私は、
「自由で勇敢な国民を奴隷にしてしまうようなやり方なら、私はお手伝いできません。」
 と、はっきりお断りしました。
 そして、この問題が議会に出されたときも、政府の中で最も賢い人たちは、私と同じ考えでした。ところが、私があまりあけすけに、陛下に申し上げたので、それが、皇帝のお気にさわったらしいのです。陛下は議会で、私の考えを、それとなく非難されました。賢い人たちは、たゞ黙っていました。けれども、ひそかに私をねたんでいる人たちは、このときから、私にケチをつけだしました。そして、私を快く思っていない連中が、何かたくらみをはじめたようです。そのため、二ヵ月とたゝないうちに、私はもう少しで殺されるところでした。
 さて、私が敵の艦隊を引っ張って戻ってから、二週間ばかりすると、ブレフスキュ国から、和睦を求めて、使がやって来ました。この講和は、わが皇帝側に非常に都合のよい条約で、結ばれました。使節は六人で、それに、約五百人の従者がしたがいました。彼等が都に入って来るときの有様は、いかにも、君主の大切なお使いらしく、実に壮観でした。
 私も彼等使節のためには、何かと宮中で面倒をみてやりました。条約の調印が終ると、彼等は私のところへも訪ねて来ました。私が彼等に好意を持っていたことは、それとなく彼等も聞いてわかったのでしょう。彼等はまず、私の勇気とやさしさをほめ、それから、
「われ/\の皇帝も、かねてから噂であなたのことを聞いています。あなたの力業を、ひとつ実地に見せてもらいたいと言っています。どうかぜひ一度お出かけください。」
 と言うのでした。
 私も、すぐ承知しました。しばらくの間、私は使節たちを、いろ/\ともてなしましたが、彼等もすっかり満足し、私に驚いたようです。そこで、私は彼等にこう言っておきました。
「あなた方がお国へ帰られたら、陛下によろしくお伝えください。陛下のほまれは、世界中に知れわたっていますから、私もイギリスに帰る前に、ぜひ一度お目にかゝりたいと存じます。」
 そんなわけで、私はリリパット皇帝にお目にかゝると、さっそくこんなお願いをしました。
「そのうち私はブレフスキュ皇帝に会いに行きたいと思っているのですが、どうか行かせてくださいませ。」
 皇帝は許してくれましたが、ひどく気の乗らない御様子でした。これはどうしたわけなのか、私にはその頃わからなかったのですが、間もなく、ある人から、こんなことを聞かされました。
 私が使節たちと仲よくするのを見て、
「あれはあゝして、いまにブレフスキュ国の味方になるつもりです。」
 と、皇帝に告げ口した者がいたのです。大蔵大臣のフリムナップと海軍提督のボルゴラムの二人がそれです。
 こゝでちょっとことわっておきますが、私と使節たちとの面会は通訳つきで行われたのです。なにしろ両国の言葉はひどく違っているのでしたが、リリパットの方でも、ブレフスキュの方でも、自分の国の言葉こそ、一番、古くからあって、美しく、立派な、力強い、言葉だ、と自慢しているのです。そして、お互に相手の国の言葉は、野蛮だ、と軽蔑しているのでした。
 しかし、リリパットの皇帝は、敵の艦隊を捕虜にしたのですから、鼻っぱしが強かったわけです。使節団には、書類も談判も、みんなリリパット語を使わせました。もっとも、この両国は、絶えずお互に行ったり来たりしているので、両方の国語で話ができる人もたくさんいます。世間を見たり、人情風俗を理解するために、貴族の青年や、お金持たちが、互に行き来していましたから、貴族でも、商人でも、人夫でも、海岸に住んでいる人々なら、大がい、両方の言葉を知っていました。
 前に私が釈放してもらうとき、あの誓約書には、いろ/\情ない役目が決められていたものです。ところが、私は今この国の一番高い位のナーダックになったのですから、あんな仕事は私に似合いません。皇帝ももう、そんなことは一度もお命じにならなかったのです。ところが、間もなく、陛下にたいして、大へんな働きをしなければならない事件が起ったのです。
 ある真夜中のこと、私はすぐ門口で、数百人の人が大声で何か叫んでいるのを聞きました。
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