人形使い
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著者名:豊島与志雄 

     一

 むかし、ある田舎(いなか)の小さな町に、甚兵衛(じんべえ)といういたって下手(へた)な人形使(にんぎょうつか)いがいました。お正月だのお盆(ぼん)だの、またはいろんなお祭(まつ)りの折(おり)に、町の賑(にぎ)やかな広場に小屋(こや)がけをして、さまざまの人形を使いました。けれどもたいへん下手(へた)ですから、見物人(けんぶつにん)がさっぱりありませんで、非常(ひじょう)に困(こま)りました。「甚兵衛の人形は馬鹿(ばか)人形」と町の人々はいっていました。
 甚兵衛は口惜(くや)しくてたまりませんでした。それでいろいろ工夫(くふう)をして、人形を上手(じょうず)に使おうと考えましたが、どうもうまくゆきません。しまいには、もう神様(かみさま)に願(ねが)うよりほかに、仕方(しかた)がないと思いました。
 どの神様(かみさま)がよかろうかしら、と甚兵衛はあれこれ考えてみました。町にはいくつも神社(おみや)がありましたが、上手(じょうず)に人形を使うことを教(おし)えてくださるようなのは、どれだかわかりませんでした。さんざん考えあぐんだ末(すえ)、いっそ人のあまり詣(まい)らぬ神社(おみや)にしようと、一人できめました。
 町の裏手(うらて)に山がありまして、その山の奥(おく)に、淋(さび)しい神社(おみや)が一つありました。甚兵衛は毎日、そこにお詣(まい)りをしました。あたりには大きな杉(すぎ)の木が立ち並(なら)んでいて、昼間(ひるま)でも恐(おそ)ろしいようなところでした。けれども甚兵衛(じんべえ)は一心になって、どうか上手(じょうず)な人形使いになりますようにと、神様(かみさま)に願(ねがい)いました。
 ある日のこと、甚兵衛はいつものとおりに、その神社(おみや)の前に跪(ひざまづ)いて、長(なが)い間(あいだ)お祈(いの)りをしました。そしてふと顔(かお)をあげてみますと、自分のすぐ眼(め)の前に、真黒(まっくろ)なものがつっ立っていました。甚兵衛はびっくりして、あっ! といったまま、腰(こし)を抜(ぬか)さんばかりになって、そこに倒(たお)れかかりました。するとその真黒(まっくろ)なものが、からからと笑(わら)いました。甚兵衛は二度(ど)びっくりして、よくよく眺(なが)めますと、それは一匹の猿(さる)でした。
「甚兵衛さん、甚兵衛さん」と猿(さる)はいいました。
 甚兵衛は口をあんぐり開(あ)いたまま、猿(さる)の顔(かお)を眺(なが)めていました。それを見て猿(さる)はまた笑(わら)いだしながら、いい続(つづ)けました。
「甚兵衛さん、なにもびっくりなさることはありません。私はこの神社(おみや)に長く住(す)んでいる猿(さる)でありますが、人間のように口を利(き)くこともできますし、どんなことでもできます。あなたが毎日熱心(ねっしん)にお祈(いの)りなさるのを感心して、上手(じょうず)に人形を使うことを教(おし)えてあげたいと思って、ここにでてまいったのです。けれどもその前に、あなたに一つお頼(たの)みしたいことがありますが、聞(き)いてくださいますか」
 そういう猿(さる)の声がたいへんやさしいものですから、甚兵衛もようよう安心しました。そして答(こた)えました。
「お前さんが私を上手(じょうず)な人形使いにしてくれるなら、頼(たの)みを聞(き)いてあげよう」
 そこで猿(さる)はたいそう喜(よろこ)びまして、頼(たの)みの用をうち明けました。用というのは、大蛇(おろち)を退治(たいじ)することでした。いつの頃(ころ)からか、山に大蛇(おろち)がでてきまして、いろんな獣(けだもの)を取っては食(た)べ、猿(さる)の仲間(なかま)までも食(た)べ初めました。それでこの猿(さる)は、さまざまに工夫(くふう)をこらして、大蛇(おろち)を山から逐(お)い払(はら)おうとしましたが、どうしても敵(かな)いませんでした。そして甚兵衛(じんべえ)に、大蛇退治(おろちたいじ)を頼(たの)んだのでした。
「お前はなんでもできるといったのに、大蛇位(おろちぐらい)なものに負(ま)けるのかい?」と甚兵衛はいいました。
「はい」と猿(さる)は面目(めんぼく)なさそうに答(こた)えました。「智慧(ちえ)でなら誰(たれ)にも負(ま)けませんが、力ずくのことは困(こま)ってしまいます。甚兵衛さん、どうかその大蛇(おろち)を退治(たいじ)てください」
 甚兵衛もそれには困(こま)りました。なにしろ相手(あいて)は大蛇(おろち)ですもの、へたなことをやれば、こちらが一呑(ひとの)みにされてしまうばかりです。長い間(あいだ)考えこんでいましたが、いい考えを思いついて、はたと額(ひたい)を叩(たた)きました。
「そうだ、これなら大丈夫(だいじょうぶ)。ねえ猿(さる)さん、お前は猿智慧(さるぢえ)といって、たいそう利巧(りこう)だそうだが、案外(あんがい)馬鹿(ばか)だなあ。今私が大蛇(おろち)を退治(たいじ)てあげるから、見ていなさいよ」
 甚兵衛は急(いそ)いで家へ帰(かえ)りまして、綺麗(きれい)な女の人形を一つ取り、その中に釘(くぎ)をいっぱいつめて、釘(くぎ)の尖(とが)った先(さき)が、皆(みな)外の方に向(む)くように拵(こしら)えあげました。それを持(も)って猿(さる)の所へもどってきました。
「そんな人形をなんになさいます?」と猿(さる)は不思議(ふしぎ)そうに尋(たず)ねました。
「まあいいから、私のすることを見ていなさい」と甚兵衛は答(こた)えました。
 彼(かれ)は猿(さる)に案内(あんない)さして、大蛇(おろち)のでてきそうなところへ行き、そこに女の人形を立たせました。そして猿(さる)と二人で、大蛇(おろち)に見つからないような蔭(かげ)に隠(かく)れて、じっと待(ま)っていました。
 しばらくすると、ごーと山鳴(な)りがしてきまして、向(むこ)うの茂(しげ)みの間(あいだ)から、樽(たる)のように大きな大蛇(おろち)が、真赤(まっか)な舌(した)をぺろりぺろりだしながら、ぬっと現(あら)われでました。大蛇(おろち)は人形を見ると、それを生きた人間と思ったのでしょう、いきなり大きな鎌首(かまくび)をもたげて、恐(おそ)ろしい勢(いきおい)で寄(よ)ってきました。そして側(そば)に寄(よ)るが早いか、その大きな身体(からだ)で、ぐるぐると人形に巻(ま)きついて、力いっぱいにしめつけました。ところが人形には、薄(うす)い着物(きもの)の下に釘(くぎ)がいっぱい、尖(とが)った先(さき)を外に向(む)けてつまっているのです。いくら大蛇(おろち)でもたまりません。柔(やわら)かな腹(はら)の鱗(うろこ)の間(あいだ)に、一面(めん)に釘(くぎ)がささりまして、そこから血(ち)が流(なが)れだし、そのまま死(し)んでしまいました。

     二

 首尾(しゅび)よく大蛇退治(おろちたいじ)ができましたので、猿(さる)はたいへん喜(よろこ)びました。
「お蔭(かげ)で山の中の獣(けもの)は、皆(みな)助(たす)かります。これから、お約束(やくそく)ですから、上手(じょうず)に人形を使うことを、あなたにお教(おし)えしましょう。ただ黙(だま)って、私のいうとおりになさらなければいけませんよ」
 甚兵衛(じんべえ)は承知(しょうち)しました。猿(さる)は甚兵衛の家へやってきました。そして家にある人形を皆(みな)売ってしまいなさいといいました。甚兵衛は人形を残(のこ)らず売ってしまいました。すると猿(さる)はいいました。
「三日の間(あいだ)、この人形部屋(べや)にはいってはいけません。三日たったらこの部屋(へや)においでなさい、すると大きな人形が一つ立っています。その人形はなんでも、あなたのいうとおりにひとりでに動(うご)きます」
 甚兵衛(じんべえ)は不思議(ふしぎ)に思いましたが、ともかくも猿(さる)のいうとおりにして、三日間人形部屋(べや)の襖(ふすま)を閉(し)め切って置(お)きました。猿(さる)はどこかへ行ってしまいました。三日たってから、甚兵衛はそっと人形部屋(べや)を覗(のぞ)いてみました。すると部屋(へや)の真中(まんなか)に、大きなひょっとこの人形が立っています。
 甚兵衛はびっくりしましたが、猿(さる)の言葉(ことば)を思いだして、手をあげろと人形にいってみました。人形はひとりでに手をあげました。歩けと甚兵衛はいってみました。人形はひとりでに歩きだしました。それから、踊(おど)れといえば踊(おど)るし、坐(すわ)れといえば坐(すわ)るし、人形はいうとおりに動(うご)き廻(まわ)るのです。甚兵衛は呆(あき)れ返(かえ)ってしまいました。そしてぼんやり人形を眺(なが)めていますと、その背中(せなか)が、むくむく動(うご)きだして、中から、猿(さる)が飛(と)びだしてきました。
「甚兵衛さん、びっくりなすったでしょう。なあに、私が中にはいっていたんです。あの人形は空(から)っぽで、背中(せなか)に私の出入口がついてるのです。大蛇(おろち)を退治(たいじ)てくださったお礼に、これから私が人形を踊(おど)らせますから、それであなたは一儲(もう)けなさい。私も山の中より町の方が面白(おもしろ)いから、御飯(ごはん)だけ食(た)べさしてくだされば、長くあなたの側(そば)に仕(つか)えて、人形を踊(おど)らせましょう」
 なるほど猿(さる)が中にはいっておれば、人形がひとりでに踊(おど)るのも不思議(ふしぎ)ではありません。甚兵衛は手を打(う)って面白(おもしろ)がりました。
 やがて町の祭礼(さいれい)となりますと、甚兵衛(じんべえ)は一番賑(にぎ)やかな広場に小屋(こや)がけをしまして、「世界一の人形使い、独(ひと)りで踊(おど)るひょっとこ人形」という看板(かんばん)をだしました。町の人たちは、あの馬鹿(ばか)甚兵衛がたいそうな看板(かんばん)をだしたが、どんなことをするのかしらと、面白半分(おもしろはんぶん)に小屋(こや)へはいってみました。
 正面(しょうめん)に広い舞台(ぶたい)ができていました。間(ま)もなく甚兵衛は、大きなひょっとこの人形を持(も)ちだし、それを舞台(ぶたい)の真中(まんなか)に据(す)えまして、自分は小さな鞭(むち)を手に持(も)ち、人形の側(そば)に立って、挨拶(あいさつ)をしました。
「この度(たび)私が人形をひとりで踊(おど)らせる術(じゅつ)を、神(かみ)から授(さず)かりましたので、それを皆様(みなさま)にお目にかけます。このとおり人形には、なんの仕掛(しかけ)もございません」
 そういって彼(かれ)は、手の鞭(むち)で人形を二、三度(ど)叩(たた)いてみせました。それから鞭(むち)を差上(さしあ)げていいました。
「歩いたり、歩いたり」
 人形は歩きだしました。
「廻(まわ)ったり、廻(まわ)ったり」
 人形はぐるぐる廻(まわ)りました。
「踊(おど)ったり、踊(おど)ったり」
 人形はおかしな恰好(かっこう)で踊(おど)りました。
「飛(と)んだり、跳(は)ねたり」
 人形は飛(と)び跳(は)ねました。
 見物人(けんぶつにん)は驚(おどろ)いてしまいました。なにしろ人形が独(ひと)りで動(うご)き廻(まわ)るのは、見たことも聞(き)いたこともありません。皆(みな)立ちあがって、やんやと喝采(かっさい)しました。中には不思議(ふしぎ)に思う者もあって、舞台(ぶたい)を調(しら)べてみたり、人形を検査(けんさ)したりしました。けれどももとより、舞台(ぶたい)にはなんの仕掛(しかけ)もありませんし、猿(さる)は人形の中にじっと屈(かが)んでいますので、誰(だれ)にも気づかれませんでした。そして、やはり、甚兵衛(じんべえ)は神様(かみさま)から人形使いの法(ほう)を教(おそ)わったということになりました。さあそれが評判(ひょうばん)になりまして、「甚兵衛の人形は生人形(いきにんぎょう)」といいはやされ、町の人たちはもちろんのこと、遠(とお)くの人まで、甚兵衛の人形小屋(ごや)へ見物(けんぶつ)に参(まい)りました。

     三

 町の祭礼(さいれい)がすみますと、猿(さる)は甚兵衛に向(むか)って、都(みやこ)にでてみようではありませんかといいました。甚兵衛もそう思ってたところです。田舎(いなか)の小さな町では仕方(しかた)がありません。大きな都(みやこ)にでて、世間(せけん)の人をびっくりさせるのも楽(たの)しみです。それでさっそく支度(したく)をしまして、だいぶ遠(とお)い都(みやこ)へでてゆきました。
 甚兵衛は、都(みやこ)の一番賑(にぎ)やかな場所(ばしょ)に、直(ただ)ちに小屋(こや)がけをしまして、「世界一の人形使い、独(ひと)りで踊(おど)るひょっとこ人形」という例(れい)の看板(かんばん)をだしました。すると、甚兵衛の評判(ひょうばん)はもうその都(みやこ)にも伝(つた)わっていますので、見物人(けんぶつにん)が朝からつめかけて、たいへんな繁昌(はんじょう)です。甚兵衛は得意(とくい)になって、毎日ひょっとこの人形を踊(おど)らせました。
 ところがある日、甚兵衛(じんべえ)は例(れい)のとおり、「歩いたり、歩いたり、……踊(おど)ったり、踊(おど)ったり、……飛(と)んだり、跳(は)ねたり」などといって、自由自在(じゆうじざい)に人形を使っていますうち、つい調子(ちょうし)にのって、「鳴(な)いたり、鳴(な)いたり」と口を滑(すべ)らせました。けれども人形は一向(こう)鳴(な)きませんでした。さあ甚兵衛は弱(よわ)ってしまいました。でも一度(ど)いいだしたことですから、今(いま)さら取消(とりけ)すわけにはゆきません。甚兵衛は泣(な)きだしそうな顔(かお)をして、人形の中の猿(さる)にそっと頼(たの)みました。
「猿(さる)や、どうか鳴(な)いてくれ、私が困(こま)るから」
「では泣(な)きましょう」と猿(さる)は答(こた)えました。
 そこで甚兵衛は鞭(むち)を高く差上(さしあ)げ、大きな声でいいました。
「鳴(な)いたり、鳴(な)いたり」
 人形は「キイ、キイ、キャッキャッ」と鳴(な)きました。
 見物人(けんぶつにん)は驚(おどろ)いたの驚(おどろ)かないの、それはたいへんな騒(さわ)ぎになりました。「人形が鳴(な)いた」という者もあれば、「あれは猿(さる)の鳴(な)き声だ」という者もあるし、一度(ど)に立ちあがってはやし立てました。すると甚兵衛は一きわ声を張(は)りあげていいました。
「今のは猿(さる)の鳴(な)き声であります。これからまた他(ほか)の鳴(な)き声をお聞(き)かせいたします。……さあひょっとこ人形、鳴(な)いたり鳴(な)いたり、犬の鳴(な)き声」
 人形は「ワン、ワン、ワンワン」と鳴(な)きました。
「鳴(な)いたり鳴(な)いたり、猫(ねこ)の鳴(な)き声」
 人形は「ニャア、ニャア、ニャー」と鳴(な)きました。
「鳴(な)いたり鳴(な)いたり、鼠(ねずみ)の鳴(な)き声」
 人形は「チュウ、チュウ、チュチュー」と鳴(な)きました。
「鳴(な)いたり鳴(な)いたり、狐(きつね)の鳴(な)き声」
 人形は「コン、コン、コンコン」と鳴(な)きました。
「鳴(な)いたり鳴(な)いたり、狸(たぬき)の鳴(な)き声」
 すると見物人(けんぶつにん)は喜(よろこ)びました。誰(だれ)もまだ、狸(たぬき)の鳴(な)き声を聞(き)いた者がありませんでした。皆(みな)静(しず)まり返(かえ)って耳を澄(すま)しました。ところが、いつまでたっても人形は鳴(な)きません。甚兵衛(じんべえ)はまたくり返(かえ)しました。
「鳴(な)いたり鳴(な)いたり、狸(たぬき)の鳴(な)き声」
 それでもまだ人形は鳴(な)きませんでした。鳴(な)かないのも道理(もっとも)です。人形の中の猿(さる)は、狸(たぬき)の泣(な)き声を知らなかったのです。甚兵衛はそんなこととは気づかないで、三度(ど)くり返(かえ)しました。
「鳴(な)いたり鳴(な)いたり、狸(たぬき)の鳴(な)き声」
 すると人形は大きな声でこういいました。
「狸(たぬき)の鳴(な)き声(ごえ)、知らない知らない、キイ、キイ、キャッキャッ」
 それを聞(き)くと、小屋(こや)の中は沸(わ)き返(かえ)るような騒(さわ)ぎになりました。「狸(たぬき)の声を人形も知らない――人形が口を利(き)いた――猿(さる)の鳴(な)き声をした」とてんでにいいはやして、見物人(けんぶつにん)のほうが踊(おど)りだしました。
 甚兵衛(じんべえ)は初め呆気(あっけ)にとられていましたが、やがて程(ほど)よいところで挨拶(あいさつ)をして、その日はそれでおしまいにしました。
 甚兵衛と猿(さる)と二人きりになりますと、猿(さる)は顔(かお)から汗(あせ)を流(なが)しながらいいました。
「甚兵衛さん、今日(きょう)のように困(こま)ったことはありません。狸(たぬき)の鳴(な)き声を知らないのに、鳴(な)けとなん遍(べん)もいわれて、私はどうしようかと思いました」
「いや私もうっかりいってしまって、後(あと)で困(こま)ったなと思ったが、しかしお前が知らない知らないといったのは大できだった」
 そして翌日(よくじつ)からは、踊(おど)りや鳴(な)き声を前からきめておいて、それだけをやることにしました。

     四

 ところがその都(みやこ)に、四、五人で組(くみ)をなした盗賊(とうぞく)がいまして、甚兵衛の人形の評判(ひょうばん)をきき、それを盗(ぬす)み取ろうとはかりました。そしてある晩(ばん)、にわかに甚兵衛の所(ところ)へ押(お)し入り、眠(ねむ)ってる甚兵衛を縛(しば)りあげ、刀(かたな)をつきつけて、人形をだせと嚇(おど)かしました。甚兵衛はびっくりして、あたりを見廻(まわ)しましたが、猿(さる)はどこかへ逃(に)げてしまって居(い)ませんし、まごまごすると刀(かたな)で切られそうですから、仕方(しかた)なく人形のある室(へや)を教(おし)えました。盗賊(とうぞく)どもは人形を奪(うば)うと、そのままどこかへ行ってしまいました。
 盗賊(とうぞく)どもが居(い)なくなった時、押入(おしいれ)の中に隠(かく)れていた猿(さる)は、ようようでてきて、甚兵衛の縛(しば)られてる繩(なわ)を解(と)いてやりました。けれども盗賊(とうぞく)どもが逃(に)げてしまった後(あと)なので、どうにも仕方(しかた)がありませんでした。ただこの上は、盗賊(とうぞく)の住居(すまい)を探(さが)しあてて人形を取り返(かえ)すよりほかはありません。
 それから毎日、昼間(ひるま)は甚兵衛(じんべえ)がでかけ、夜(よる)になると猿(さる)がでかけて、人形の行方(ゆくえ)を探(さが)しました。けれどなかなか見つかりませんでした。ちょうど半月(はんつき)ばかりたった時、その日も甚兵衛は尋(たず)ねあぐんで、ぼんやり家に帰(かえ)りかけますと、ある河岸(かし)の木影(こかげ)に、白髯(しろひげ)の占(うらな)い者(しゃ)が卓(つくえ)を据(す)えて、にこにこ笑(わら)っていました。甚兵衛はその白髯(しろひげ)のお爺(じい)さんの前へ行って、人形の行方(ゆくえ)を占(うらな)ってもらいました。
 お爺(じい)さんはしばらく考えていましたが、やがてこういいました。
「ははあ、わかったわかった。その人形は地獄(じごく)に居(い)る。訳(わけ)はないから取りに行くがいい」
 甚兵衛はびっくりして、なおいろいろ尋(たず)ねましたが、白髯(しろひげ)のお爺(じい)さんは眼(め)をつぶったきり、もうなんとも答(こた)えませんでした。
 甚兵衛は家に帰(かえ)って、その話を猿(さる)にいってきかせ、占(うらな)い者(しゃ)の言葉(ことば)を二人で考えてみました。地獄(じごく)に居(い)るが訳(わけ)はないというのが、どうもわかりませんでした。二人は一晩(ひとばん)中考えました。そして朝になると、二人ともうまいことを考えつきました。
 甚兵衛はこう考えました。
「これはなんでも、地獄(じごく)に関係(かんけい)のある古いお寺(てら)か荒(あ)れはてたお寺(てら)に違(ちが)いない」
 猿(さる)はこう考えました。
「地獄(じごく)のことなら鬼(おに)の思うままだから、鬼(おに)の人形をこしらえたら、それであの人形が取りもどせるだろう」

     五

 それからは、猿(さる)は大きな鬼(おに)の人形をこしらえ、甚兵衛(じんべえ)は荒(あ)れはてた寺(てら)を尋(たず)ねて歩きました。ちょうど都(みやこ)の町はずれに、大きな古寺(ふるでら)がありましたので、甚兵衛はそっと中にはいりこんで様子(ようす)を窺(うかが)ってみますと、畳(たたみ)もなにもないような荒(あ)れはてた本堂(ほんどう)のなかに、四、五人の男が坐(すわ)って、なにかひそひそ相談(そうだん)をしていました。よく見ると、それがあの盗賊(とうぞく)どもではありませんか。甚兵衛はびっくりして、見られないように逃(に)げだしてきました。そして猿(さる)にそのことを告(つ)げました。
「もう大丈夫(だいじょうぶ)です」と猿(さる)はいいました。「人形は盗賊(とうぞく)どもの所(ところ)にあるに違(ちが)いありません。私が行って取りもどしてきましょう」
 甚兵衛は危(あぶ)ながりましたが、猿(さる)が大丈夫(だいじょうぶ)だというものですから、そのいうとおりに従(したが)いました。
 晩(ばん)になりますと、二人は鬼(おに)の人形をかついで、盗賊(とうぞく)の古寺(ふるでら)へ行きました。それから猿(さる)は人形の中にはいって、一人でのそのそ本堂(ほんどう)にやってゆきました。本堂(ほんどう)の中には蝋燭(そうそく)が明るくともっていましたが、盗賊(とうぞく)どもは酒(さけ)に酔(よ)っ払(ぱら)って、そこにごろごろ眠(ねむ)っていました。
「こら!」と猿(さる)は人形の中から大きな声でどなりました。
 盗賊(とうぞく)どもはびっくりして起(お)きあがりますと、眼(め)の前に大きな鬼(おに)がつっ立ってるではありませんか。みんな胆(きも)をつぶして、腰(こし)を抜(ぬか)してしまいました。
 鬼(おに)の人形の中から、猿(さる)は大きな声でいいました。
「貴様(きさま)どもは悪(わる)い奴(やつ)だ。甚兵衛(じんべえ)さんの生人形(いきにんぎょう)を盗(ぬす)んだろう。あれをすぐここにだせ、だせば命(いのち)は助(たす)けてやる。ださなければ八裂(やつざ)きにしてしまうぞ」
「はい、だします、だします」と盗賊(とうぞく)どもは答(こた)えました。
 やがて盗賊(とうぞく)どもは、生人形(いきにんぎょう)を奥(おく)から持(も)ってきましたが、首(くび)はぬけ手足はもぎれて、さんざんな姿(すがた)になっていました。それも道理(もっとも)です。盗賊(とうぞく)どもは人形を踊(おど)らして、金儲(もう)けをするつもりでしたが、中に猿(さる)がはいっていないんですから、人形は踊(おど)れようわけがありません。盗賊(とうぞく)どもは腹(はら)を立てて、人形の首を引(ひ)きぬき、手足をもぎ取って、本堂(ほんどう)の隅(すみ)っこに投(な)げ捨(す)てて置(お)いたのです。それを見て猿(さる)は、鬼(おに)の人形の中からどなりつけました。
「不都合(ふつごう)な奴(やつ)だ。しかしおとなしく人形をだしたから、命(いのち)だけは助(たす)けてやる。どこへなりといってしまえ。またこれから泥坊(どろぼう)をすると許(ゆる)さんぞ」
 盗賊(とうぞく)どもは震(ふる)えあがって、逃(に)げうせてしまいました。
 猿(さる)は鬼(おに)の中からでてきて、甚兵衛と二人で、壊(こわ)れた人形を抱(だ)いて、非常(ひじょう)に悲(かな)しみました。けれども、いくら悲(かな)しんでもいまさら仕方(しかた)はありません。二人は壊(こわ)れた人形を持(も)って、田舎(いなか)の町へ帰(かえ)りました。
 甚兵衛はもうたいへん金を儲(もう)けていましたし、壊(こわ)れた人形を見ると、再(ふたた)び人形を使う気にもなりませんでした。猿(さる)も都(みやこ)を見物(けんぶつ)しましたし、そろそろ元(もと)の山にもどりたくなってる折(おり)でした。それで二人は、壊(こわ)れた人形を立派(りっぱ)に繕(つくろ)って、それを山の神社(おみや)へ納(おさ)めました。猿(さる)は山の中へもどりました。
 甚兵衛(じんべえ)は、もう誰(だれ)が頼(たの)んでも人形を使いませんでした。そして山からときどき遊(あそ)びにくる猿(さる)を相手(あいて)に、楽(たの)しく一生(しょう)を送(おく)りましたそうです。




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