金の目銀の目
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著者名:豊島与志雄 

 それを聞いて、ほかの男たちは、外に出ていきました。太郎は入口の見張りをしました。
 そして、太郎がふり向くと、病人とチヨ子とはもうしっかりと抱きあって、泣いていました。病人はそのやせた手で、チヨ子の頭や背中をなでさすり、チヨ子は病人の胸に顔をおしあてて、どちらも黙ったまま、涙を流しています……。
 その病人こそ、玄王(げんおう)だったのです。チヨ子の父だったのです。おたがいに話したいことが、どんなにたくさんあったことでしょう。また、どんなに涙が流れたことでしょう。
 太郎は両腕をくんで、脇の方を向いて、じっと立っておりました。
 金銀廟(きんぎんびょう)の中の部屋で、あたりは、しーんとしていました。

 何もかもすっかり、はっきりしました。
 匪賊(ひぞく)の首領(かしら)は、玄王(げんおう)のふいを襲って、その城をのっとりましたが、負傷した玄王を人質(ひとじち)にとって、金銀廟の中におしこめ、自分は玄王に仕えてる者だ、と、勝手にいって、ふきんの土地を治め、やがてはその王になるつもりでした。けれど、玄王の部下たちがあちらこちらにいて、なかなか思うようになりませんでした。
 しじゅう戦いがおこりました。けれど玄王(げんおう)の部下達も、玄王が人質(ひとじち)になっているので、思いきって攻め寄せることもできませんでした。
 そのことを知っていますので、匪賊(ひぞく)達も、玄王をそまつにはあつかいませんでした。玄王のきずはなおりました、けれども、次には病気で寝つきました。それでも匪賊のうちには、だんだん玄王になついてくるものが出てきました。金銀廟(きんぎんびょう)で玄王の側についてる者たちは、今ではもう玄王の味方でした。
 そこへ、チヨ子が来たのです。玄王は力がつきました。そのうえ、どんな病気にもきくという薬を、太郎がすぐに飲ませておきました。まもなくじょうぶになるに違いありません。
 キシさんは、おどりあがって喜びました。
 朝早く、キシさんは大きな刀を打ち振り、太郎はピストルをポケットにしのばして、捕虜(ほりょ)の首きり役に出かけました。だけど、捕虜というのは、みな玄王の味方の者です。どうするつもりなのでしょうか。
 城の中の広場です。匪賊の首領(かしら)は数人の手下をつれて、見物に出てきました。向こうには五十人ばかりの捕虜(ほりょ)が、荒縄(あらなわ)で縛られ、棒杭(ぼうくい)に結びつけられて、もう覚悟を決めたらしく、うなだれていました。あの不思議なふたりの男も、その中に交っていました。
「見事にやってみせるか」と、首領はキシさんに言いました。
「奇術(きじゅつ)の法でやってみます」と、キシさんは答えました。
「目にも止まらぬ早技(はやわざ)です」
 キシさんは静かに進んでいきました。そして捕虜達の側に立ち止まって、大きな刀を二―三度打ち振りました。その時にはもう、奇術(きじゅつ)師のみなりこそしていますが、目は鋭く輝やき、勇気が全身に、みちみちて、勇ましい李伯将軍(りはくしょうぐん)に変っていました。
 匪賊(ひぞく)達は、何かはっとして、ものにおびえたようでした。
「えー、やーあ……」
 腹の底から、恐ろしい声を立てて、キシさんは刀を振りかぶりました。その刀がひらりと動いたかと思うと、一人の捕虜(ほりょ)の縄(なわ)が、ぱらりとたち切れていました。キシさんはおどりたちました。見事な手練(しゅれん)と早技とで、捕虜達をしばっている荒縄を、ぶつりぶつりとたち切りました。
 匪賊達はどよめきました。混乱がおこりました。
 キシさんは、つっ立って叫びました。
「匪賊ども、静かにしろ。今こそ名乗ってやる。玄王(げんおう)のもとの部下、李伯将軍とはおれのことだ。降参すれば命は助けてやる。さもなければ、みな殺しだ。覚悟して、返事をしろ」
 太郎もピストルをとりだしました。
 捕虜達は李伯将軍の名を聞いて、一度に、わーっと歓声(かんせい)を上げました。たちどころに、匪賊の数人は打ち倒されました。
 匪賊の首領(かしら)は、ただ、あっけにとられていましたが、やがて、うなだれて、地面に両手をつきました。
「すみませんでした。ぞんぶんにしていただきましょう」
 さすがに首領です。立派な覚悟でした。そこへ玄王が現われました。太郎の妙薬(みょうやく)で病気も治ったらしく、晴れやかな気高い顔をしていました。側にチヨ子がついており、前からつきしたがっていた匪賊達が、後にひかえていました。
 キシさんは走りよりました。
「おう、李伯(りはく)か」
「玄王(げんおう)、御無事で……」
 あとは言葉もなく、玄王は頭を垂れ、李伯将軍は膝まずき、互いに手をとりあって涙にくれました。

 匪賊(ひぞく)の首領(かしら)は降参して、心から玄王に仕えることになりました。が、まだあちこちに、玄王の元の部下もおれば、匪賊達もいます。李伯将軍が万事(ばんじ)指図をして、それらをみな治めることになりました。
 チヨ子は、父玄王の国を見せるために、太郎を金銀廟(きんぎんびょう)の塔の上につれて行きました。太郎はチロを抱いて、チヨ子の後について、高い塔の中の、うす暗い階段を昇って行きました。塔の一番上のところは、せまい部屋になっていて、四方に窓がありました。
 遠くまで、目のとどくかぎり、見渡すことができました。山があり、森があり、野原があり、川があります。野放しにした羊や馬なども、遊んでいます。
「そんなに悪いところではないでしょう」と、チヨ子は言いました。
 太郎は黙って、淋しそうな顔をしていました。九州のおじいさんのことや、大連(だいれん)の松本さんや一郎のことがなつかしく思いだされるのでした。チヨ子にもその気持ちがよくわかりました。
「ねえ、帰っていっちゃ、いけませんよ」
 太郎はふり向いて、微笑(ほほえ)んで、チヨ子の手を握りしめました。
「そうだ、不思議な地図があったろう、あれを便りに、この国を立派なものにしていこうよ」
「ええ、立派な国にしましょう。そして、チロの国と名をつけましょうよ」
 ふたりは一緒に金目銀目(きんめぎんめ)のチロを抱きかかえて、かたく握手をしました。




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